はてなキーワード: ドロップアウトとは
身長157センチ、いじめられてドロップアウトしたKKOです。
見た目の醜さと身体能力の低さから物心ついたときからいじめられてた記憶しかありません。
だから俺を差別してきた人達が外国でアジア系の劣った容貌によって見下される話を聞くのがとても気持ちいいです。
俺の容姿をゴミのように扱うことができてもしょせんモンゴロイドのブサイク同士の背比べにすぎないとわかって気分が良くなります。
見た目がまともだと調子に乗ってる日本人をもっと差別してやってほしい、俺が不細工だと罵られたように容姿で上回る外国人から罵られてほしい、あからさまに見下され尊厳をめちゃくちゃにされてほしい、お前らなんて大したことないんだって思い知らせてやってほしい。
そして自分のスタイルの悪さや低い鼻が生涯まとわりつく事に苦しむようになってほしい、そんなコンプレックスを死ぬまで持っていてほしい、俺がブサイクから逃れられない辛さを100万分の1でも味わってほしい。
俺はゴミだから、みなさんと喜びや楽しさを共有することはできませんでした、だからせめて苦しみだけでも共有できたなら嬉しいんです。
このタイミングで年配ロックジャーナリストみたいな人が、周回遅れの音楽等の芸術活動におけるドラッグの効用を高らかに謳いあげていて頭痛がした。勿論、そんな人の発言はその意見に親和的な人しか読まないせいだと思うが、結構賛同を集めていて、本当にどうかしている。大部分は大した作品も残せずに廃人になって、大した作品を残した人だって結構な数ドラッグでドロップアウトする事になっているのにな。
この人は知らんけど、界隈はクラブ営業の話の時「クラブは音楽を楽しむ所で、ドラッグとは無縁」とか言ってなかったか?違法ドラッグはやるけど、住宅街とかでクラブをやらせろ!って言っている人は見かけなかったぞ。
うつになって大学中退して5年くらい経った。その間に資格取ったり就活したりしたけど失敗して死んでる。
ハロワ行って求人票見てるけど目が滑る。文字の羅列がばーーーって並んで表示されるけど全然わからない。どれを選んでもダメだという、全てを台無しにするような気持ちが湧いてくる。
小さい頃からいわゆる“いい子”で親の顔伺って調整役やって、「あんたがこの家を支えてるんや」って親や祖父母から褒められてきたけど、今となってはなんにも残らなかった。家計的に家を支えているのは父であり、家事をしているのは母だ。兄弟もいる。だからそんな風にひとりだけ持ち上げるのは本当にやめてほしかった。それぞれ苦しみながらなんとか生きてるのに、どうしてそんなことを言うのか。不思議だったし、楽にしてあげたいって気持ちもあった。単に大人としての責任を放棄してるだけなんじゃないかって疑いもした。
朝、目が覚めたことに絶望して、学校の席に座ってるだけでしんどくてどんどん成績落ちていって、「寝たら次は朝になってしまう」って嫌な気分になりながら眠りに就く瞬間だけがマシな救いだった。一日過ごして布団にたどり着くだけで精一杯だった。自分がどんな大学に行ってどんな仕事がしたいかなんて少しも考えられなかった。もともと天然だとか変わってるってよく言われる性格だからかなんなのか、いじめられた。
自分がつらく思っているということを自覚できなかった。友達や恋人などの人間関係を広げていく営みなんて全く余裕がなかった。
やるべきだと勝手に思い込んだことに耐え続けて、耐えきれなくなってドロップアウトして這い上がれないままずっと死んでいる。
なんにもない。なにを選んでいいのかもわからない。自分があまりにも空っぽで何を考えているのかわからない。こうやって昔のことばかり思い出して言い訳ばかりしてて、ほんとバカだと思う。生きていく意志って、どれぐらいの範囲なら許されるんだろう。もう外に出てなにかやりたい。
高専卒の方のエントリーが上がっていたので,レアな存在である高専について私も語ってみる.何度目の焼き直しになるかわからないが.
15年前に卒業.化学系学科.情報としては古い点も多々あるかと思う.ただ学生会長で全国高専につながりを持っていたので、情報ソースは1校のみではない.
①進学が容易
後述する.
高校1年次から専門教育を受けられる.全課程が専門教育というではなく,高校や大学で履修する一般教養とのミックスになっている.年次が低い段階では一般教養の比率が高く,年次が上がるにつれ逆転するという塩梅だ.まともに単位を取っていれれば5年次は週の半分は研究だった.
①進路が固定されやすい
大多数が工業系の道に進む.進まざるを得ないといっても過言ではないだろう.感覚的に同級生の8割はメーカにいる.世界が技術系一辺倒なので,その他が見えにくい.入学時点で15歳なので、染まりやすく視野を広く持つことも難しいという点もあったかも知れないが,情報網が発達した現代はまた異なるかもや知れない.教員も普通の研究員なので,理系のアカデミアで純粋培養されたような癖が強い人がごろごろ.コースを変更しようとしても,マイノリティになるため後押しもロールモデルが少なくハードルが高い.
専門性が高い故、入学後に技術に興味がないことに気づいてしまった場合,モチベーションが下がりついていくのが困難になる.高専は受験日が普通高校に比べて早いので,度胸試しで受けてみたら受かってしまった,偏差値が高いのでなんとなく来た,という層の一部がこの状態に陥る.一念発起して3年次にセンター試験を受け大学に進学、文転したものもいた.これはレアなケース.
③恋愛チャンスは共学に比べ少ない.15-20歳という多感な時期に恋愛経験はまあ一般的に重要だろう.学科構成に依るとは思うが伝統的な学科であれば女性が少ないので競争は激しい.然しながら化学専攻などは女性比率が高い,それでも半分程度だろうか.
授業時間は90分.1年次から週1-2回のペースで半日かかる実習or実験があり,1年次から毎週毎週濃密なレポート提出を課せられる.締め切りや採点も厳しく,図書館での追加調査を含め毎週5-6時間をレポートだけで費やしていた.科学的文章の書き方の下地はここで醸成されたと感じる.専門科目が入っている分,一般教養が割かれている.歴史はなく,地理も確か1年前期しかなかった.その他普通科高校と比べて色々なものが削られていたに違いないが、よく分からない.
また,数学が難しかったことを殊更に覚えている.入学後すぐに三角関数,確率,2年次に上がる前に微積,線形代数.2-3年次で重積分,偏微分,常微分・・・.4年次以降で複素関数,曲面,群論,ラプラス変換,ベクトル場等の応用数学に入っていく.他にも電磁気,化学,熱力,固体物理・・・うっ.
①就職
就職率100%.求人倍率~20倍.県内の有力企業,大手の現業職(現場職長候補)に比較的楽に就職できる.ただ高専生は世の中のことをよくわかってないので,企業や業態研究をせずに適当に就職してしまい数年後に後悔する同級生はそこそこいた.先生も技術バカが多く,経済的なリテラシー教育はほぼなかった.私のころはインターネットの情報量も多くなく,現在はまた違っていると思われる.
②進学
大きく2つに分かれる.専攻科か大学か.
専攻科:
自校に残り,2年間の延長教育を行う.大卒の資格を得られる.ほぼ研究メインの生活を行う.研究8割,授業2割くらいか.卒業後は旧帝や技術系大学院(奈良先端科技大/豊橋技科大/長岡技科大)などに院進する人が多かった.就職する場合世間的にはレアな存在であり,専攻科?そんなのがあるんだ?という反応をされ,研究漬けで辛い生活を送ってきたのにも関わらず就職アピールとしては弱いと友人はボヤいていた.
進学(3年次編入):
ここが最大のうまみであろう.
①いくつも受験が可能.大学毎に試験日程が統一されていないので,費用と日程確保さえできればいくらでも.自分の場合は4大学に出願し,3大学目で決めた.偏差値が低いほど早めに行う傾向があった.
②受験科目が少ない.例えば東大は数学と英語だけだった.(東大のみ2年次編入だったが)問題も奇天烈なものでなく,真面目に授業を受けてしっかり対策していれば十分に解ける範囲である.
③高専によっては提携大学がある.私が卒業した高専では所在県の大学,提携の私立大学(関関同立など)は指定校推薦でほぼ全入していた.高専から私立大学に行く人は少ないので,競争率も低かった.就職したくはないが勉強も好きではないモラトリアム層は延命策としてこの選択肢をとっていた.大学編入後は一般教養はほぼ単位認定(=免除),専門教科も高専で齧っていることが多く,比較的楽.実験,研究発表においては経験の差が歴然.学部レベルでは専門を変えない限り大きな問題はないだろう.私も彼女が欲しくてテニスサークルに入ってみたが,雰囲気についていけずすぐ辞めたというオチ.
ピンキリ.トップレベルの明石高専や豊田高専などは偏差値60後半でそこらへんの進学校を超える難易度だが,商船高専などは50前後.学科としては電気がいつも大変そうだった.数式だらけで理解するのが大変.材料や土木,環境,その他新興分野はおぼえればいい科目も多く,比較的楽.
全寮制の高専は確かなかったと思うが,大概他県や遠隔地からの学生用に寮が用意されている.寮ではゲーム相手に事欠かない,発売日に漫画がすべてそろう,ありとあらゆるジャンルのエ〇本を閲覧できるなどのメリット(?)もあるが,大きなデメリットとして私が通学していた20年前では上級生による「しつけ」という名の体罰が行われていた.木曜日の夜に1年生を呼び出し,暗闇の中で数時間正座をさせて悪事を白状させるというもの.(風呂掃除に数分遅れたとか,寮の敷地内で先輩を発見した際百m離れていても90度おじぎをして挨拶を”叫ぶ”必要があるが,そのお辞儀角度が足らなかったなど)一定数白状しないといつまで経っても終わらないため,どうでもいい些細なことを報告するのが常であった.正座のみならず1時間両手を上げっぱなしにさせるなど.終わった後は体が痛んだ.脚が痺れを通り越して暫く立てないレベル.なぜ木曜の夜かというと,金曜になるとみんな帰省してしまうため.
さすがに今はもうないだろう.しかし,中学校を出たばかりの小僧に大学1-2年生相当の先輩たちはとても怖い存在で,且つ退寮して親に金銭的負担をかけられないため多数は我慢を選択する,という構図だったし,私の親も鍛えられてこい,という感覚だった.家が比較的近いやつは馬鹿馬鹿しくて通学に切り替えていた.私のころはなかったが,以前は先輩から達しが出るや否や吉野家の牛丼を30分以内で代理購入してくるという「吉野家ダッシュ当番」なるものもあったそう.尚,年次により寮内でのルールは緩くなっていく.年次による権力を揶揄した称号があり,1年次から「奴隷」,「見習」,「平民」,「貴族」,「神」.1年次においては共有スペースの炊事禁止,テレビ閲覧禁止,風呂掃除や朝食準備などの各種当番,祭りでの汚れ系出し物など.2年次になると共同場のテレビ閲覧可,3年次から個室があてがわれ、テレビも自室に設置が可能となる.今思い返せば,陰湿な日本文化を如実に体現しており,乾いた笑いが出る.
私は上級生になった際このシステムを廃止しようと試みたが、全体的にそれを維持したいという空気が流れており結局叶わなかった.ただ親元を離れて集団生活を送ったことで自身も随分たくましくなったと思う.
メーカを何社か転職し,現在はITでデータ解析職.製造業に興味がないことに気づくのに大分時間がかかり,また気づいてからも収入を維持しながらも他業種へ脱するまでが大変だった.現在は34歳で年収950万円.奨学金は500万ほどあったが30歳前に完済することができた.
【2022年追記】現在37で1700万.幸運が重なり待遇の良いコンサルへ転職することができたが,周りの優秀さに埋もれつつありキャリアピークも近いかと感じている.がんばりたい.
"実際に私も周囲の人間や環境に大きく影響を及ぼされたが、最終的に納得の行く結果は自分の選択からしか生まれなかった。"
中高の頃は理学部で宇宙の研究をしたいと思っていたけれど、親戚と、親戚に引きづられた親の強い薦めで資格の取れる薬学部に進学した。果たして結果は、入学したはよいものの留年した上ドロップアウトしかけるなど散々なものだった。意を決して道を変える際にも強硬な反対にあったが、今は割と幸せに暮らしている。
*
他の人は善意で自分に助言をしてくれるのかもしれないけど、その選択を自分が主体的に選ばない限り、たとえ成功しても自信にはならない。それに、人によっては、自分の助言に従って他人が成功したときには「私の助言があってこそ」、従わずに失敗したときには「言わんこっちゃない」、従って失敗したときには「お前の実力がないからだ」とうまく使い分けてくる。そういう人は、人が自分で人生を選び取る力を奪い取っていく。
周囲の声に耳を傾けつつ、最終的にしっかり自分の頭で下した選択なら、成功しても失敗してもそれなりの納得はできるものだ。それができるようになるには、幼い頃から自分で物事を決め、チャレンジすることこそが重要だと思う。チャレンジすると言ってもいきなり全人生をかける必要はないし、それに今の時代、失敗してもリスクのほとんどない「お試し」の機会なんていっぱいある。
大学関連ならオープンキャンパスは大学の雰囲気を肌で味わう良い機会だし、もっと踏み込んでみたければ授業に潜ったり、研究室にメールを出して見学させてもらってもいい。そういう機会は、大学に入る前から入ってからも常にある。
たとえそれに自分が向いていなかったり、やりたくないと思ったら、それはむしろ成功の部類だ。なぜなら、今後自分が行くべきでないところを避けることができるのだから。もし大学の先生や企業にメールを送って返って来なかったら?それもリスクゼロだ。返信してこない方は、迷惑でもなんでもなく、ただメールを一瞥して無視しているだけでなんの認知資源も必要としていない。そこが無理なら、他を当たればいいだけのことだ。
こういう「小さなチャレンジ」はやらなくても漫然と人生が過ぎていってしまうし、少しの勇気が必要だけれど、いきなり大学や企業を決めてそこに入ってしまうよりはずっといい。「小さく失敗しろ」という言葉をネットで見たことがある。まったくその通りで、小さい失敗を繰り返す速度が早いほど、人はよい選択ができるようになると思う。
*
そして、小さなチャレンジをすることが特に必要な人がいる。それは、「やりたいことしかうまくできない」度が高いような不器用な人たちだ。私も含めて、そういう人ほど本当に自分がやりたいことを探すことが重要で、小さなチャレンジはそのために必須のプロセスなのだ。器用な人ややりたくないこともイヤイヤやってしまえる人は小さなチャレンジなんてしなくても、そこそこ好きな場所でそこそこの働きをして、そこそこの幸せを得られるが、不器用な人にそれは望めそうにない。しかし困ったことに、不器用な人ほど失敗を怖がる。彼らは、小さい頃から人より沢山失敗を繰り返さざるを得なかったし、周囲の人に理解がなければその分怒られ続けただろうから。
だから、これを読んで失敗を怖がっているような若い人がいたら、ぜひ失敗を責めるような人から(少なくとも精神的には)離れる方法を見つけて、小さなチャレンジをしてほしい。もし大人になってしまった人が読んでいても、まだ遅くはない。大きなチャレンジはリスクが大きいけど、小さなチャレンジは生活を壊さずにトライできる。そして、自分の子供が不器用なら、「どんどん失敗しなさい、けれどいきなり全てを賭けるのではなく、小さく試しなさい」と教えてあげてほしい。
ただ、水曜日のダウンタウンはヤラセにかなり厳しいところがあるので
完全なヤラセというのは無いと考えている。
それでも全部台本通り、という思考停止するのも簡単だが、今回はそうではないと考えた上でのヤラセっぽいポイントをまとめておく
最初から全く脈も無く、手を握ろうとしたら拒絶するとかされたら何も起こらない。
まずキャスティングの時点で本人なり周囲なりに恋愛観を尋ねておき
見た目とか世間的評価を気にしない女性をキャスティングしているとは考えられる。
現に、途中でクビになった女性(名前なんだっけ)はかなりの性癖の持ち主だった。
まぁまぁ話せる人をキャスティングしておきさえすれば
後はデートなりなんなりはしてくれるし、それっぽい雰囲気になることもあるだろう
そこにテレビで撮影しているという圧力があれば邪険にもできない。
女性陣は基本的に芸能関係者であることを考えても、ヤラセを指示しなくてもそこそこ恋愛っぽいことはしてくれると想像できる。
あのくじ引き、企画としては最悪で、ほぼほぼの確率でクロちゃん以外が当たりを引いてしまう
あのときの空気感はクロちゃんをクビにすることで一致団結しており、その場合はクロちゃんがクビになる。
もはやモンスターハウスでもなんでもない。
出演者もその辺のことは分かっているはずなので、クロちゃん以外をクビにすれば企画が継続できるが
と思われるだけなので、モンスターハウスの緊張感も無くなる。
結果、クロちゃんがアタリを引いて女性をクビにしたから企画として成り立ったが、そもそもなぜくじ引きをしたのかがさっぱり分からない。
最初からクロちゃん以外をクビにするというルールを定めておくか、
クロちゃんがクビになったらモンスターハウスは終わる、と明示しておけば良かったが
あの6分の1が起きないと全く意味の無いくじ引きを、本当に企画するだろうか?
当たり前だがここでクロちゃん好き女性を投入したのは恣意的だ。
コーラを飲ませておいてゲップはヤラセじゃないと言われても困る。
とはいえ、結果からいうと大して盛り上がらずに終わってしまった。
莉音ちゃんがフったのは順当としても、蘭ちゃんの「放送を最後まで見てから考える」というのは普通の発言ではない。
あの時点ではモンスターハウスが終わることは分かっているのに
放送を最後まで見てから考える、ということは放送が終わった後に返事をしなければならない
つまり放送後の仕事を取りに行っているわけで、そんなことができるかどうかを蘭ちゃんだけの判断で決められるだろうか?
また、蘭ちゃんの返事を聞くというところも、いくらクロちゃんがゲスでも、蘭ちゃんが
「まぁでも付き合ってみようよ」
あらかじめ、クロちゃんが振られたら罰ゲームがある、というぐらいは蘭ちゃんに伝えておいたのではないだろうか。
そうすれば蘭ちゃんはテレビ的にも断らないといけない、と思うに決まっている。
コーラを飲んだらゲップが出るのと同じだ。
でもガチではない。
モンスターハウスはヤラセではないだろうし、ガチでも無いだろう。
ただ、面白いかどうかはそれとは少し違っていて
個人的には十分楽しめて見られた。
ただ、くじ引きあたりのヤラセ感は相当酷いと感じたのであの当たりでドロップアウトした人もいるのではないだろうか。
水曜日のダウンタウンはいつも攻めた企画が多いので、是非この調子で頑張って欲しいが
ヤラセ感を消すところは上手くやって欲しいと思う。
元増田(使い方あってる?)です。反応ありがとうございます。
心中お察しします。色々な境遇がありますし、死を考えるほど心が疲弊しているわけですから、在職中に命を絶たれても会社は「迷惑」ではないと思います。あなたなら、急な大怪我をして突然仕事からドロップアウトをするような人のこと責めないと思います。それと同じことだと思います。
死を選択肢に入れると、それが神格化されて希望にすら感じますよね。死ぬ方より生きる方を選んでいくほうが良いはずなのに。
「生きてください」って抱きしめてあげられるくらいが真っ当なんでしょうが、こんなわたしなので「死ぬな」「生きろ」的なことは言えません。ですが、「死ぬ前に会って話がしてみたいな」と思いました。
わたしは友達全然いなくて、いてもリアルな知り合いに落ち込んでいる話は全然できなくて…でも誰かとの会話からほぐれる心があるような気がしてなりません。だから、似た境遇を経験している(した)誰かと話しがしてみたいと思っている次第です。匿名性がウリのここで何言ってんのって話ですが、自分に似て時間が余っている誰かと話してみたいと漠然と思うのです。
あなたは、死に向かって積極的なのがすごいですね。わたしは好きなアイドルとか歌手がいて、その人たちのこれからとかグッズとかCDとか本とか…そういうの見れなくなるのが、死ぬには少し心残りで足首掴んで離さないんですよね。死に向かって思い切れることが偉いわけじゃないですが、そういうところに自分との違いを感じます。
タイトルそのままの意味です。自分を基準に生きる方法が今とても知りたい。
私は今仕事をしておらず、心療内科に通いカウンセリングを受けながら無職状態で生きてる人間です。
新卒で就職した会社をすぐ辞めて、そのまま上手くいかずにこの状態になって1年弱。正社員として働いていた期間は1ヶ月にも満たないです。
最初、デザイン関係の職場に就職したのですが、人手不足と残業過多で生活が回らなくなって起き上がれなくなって辞めました。
そのあと少しの空白期間を経て、別の会社にデザイナーとしてアルバイトを始めるものの、2ヶ月強でまた起き上がれなくなって辞めて、実家に引っ込んで今に至ります。
二ヶ所めの会社に行けなくなった理由は正直自分でもわかりません。適応障害という病名がついたものの、わからないことが多いです。
実家に引っ込んでからもバイトに応募を何度かしたのですが、面接までは大丈夫なのに、いざ勤務初日となると行けなくなりそのままドロップアウトということばかりでした。
心療内科の先生やカウンセラーの先生にたくさんアドバイスをもらいましたが、「働いていない自分を認められていないのでは」「きちんと休めていないのではないか」という言葉をいただき、1ヶ月はなにも考えないように、と自分の中で期間を定めて休みを取るということを実行している最中です。本当はずっと休んでいたつもりだったのですが。
だけど、それでも「休みが明けたらどうしたらいいのか」「休みが明けたらちゃんと道を開くことができるのか」と考えてばかりです。
本末転倒なのはわかっていますが、考えないようにしようとしても上手くいきません。
たぶん、先生が仰った「働いていない自分を認められていないのでは」ということなんだと思います。いやでも、働いていない自分を認めることなんてできるわけがないのでは、と私は思っています。それを認めてしまったら、その先働かなくなってしまうのではないかと。
私は、他人に認めてもらうことをして初めて自分で認めるようになるんだと最近考えるようになりました。なんでもかんでも他人が基準なのです。今、仕事もせず恋人もいなくて家にいることが、世間に、親戚に、友達に、どう思われているのか不安で不安で仕方がないです。
二ヶ所めのアルバイトしていた会社を辞める前、しんどかった私は何度も「許して欲しい」と思いました。思って、一人で口に出して、日記に書いていました。何を許してほしいのか、今でも厳密にはよくわかりませんが、当時ずっと大怪我をしないかな、大病を患って入院したいな、と不謹慎ですが思っていました。世間的に何もしていないことを許して欲しかったのでしょうか。しかも、私はイラストを描くのが趣味だったので、ワガママにも「腕と手だけは無事に動く状態で」と。
許してもらえるなら、余命が3年でも構わないと思っていました。余命3年になって、世間に許してもらって、海の見える綺麗なところで絵を描いてその3年を自由に過ごしたいと思っていました。
この「許して欲しい」は明らかに自分じゃなくて他人に向けた言葉です。でも、そんな他人基準の生き方ではこの先生きていけないし、まず目の前の壁を乗り越えることすらできません、それは理解しました。だけど、他人基準ではなく自分基準に生きていく、考える方法がわかりません。
匿名ですし、今の自分を落ち着けることをメインにしてこの日記を書いているので文章も支離滅裂ですが、もし、何か良い方法をご存知の方がいらっしゃれば、コメントなどでご教授いただけると嬉しいです。
俺がいた大学は、一年生のときに週に幾度となく英語の授業があった。今みたいにSNSで事前に友達を作れるような時代じゃなかったので、入学してからの友達作りは大抵英語のクラスメートが中心になっていた。出身地や好きなアイドルなどの共通点を持ったグループが徐々にクラス内で出来上がっていくなかで、その子はずっとひとりぼっちだった。中国地方出身の、笑うとえくぼができるおとなしい女の子。女子高生のノリで騒いでいた周りの女子とは違って、どこかミステリアス雰囲気を醸し出す子だった。男子校出身だった俺はその独特な雰囲気に魅了され彼女とメアドを交換しようと試みたが、根っからの臆病な性格が邪魔をしたため男子のコミュニティの中から眺めているだけだった。
一ヶ月が過ぎたある日、昼飯を食べていたときに悪友が俺に話しかけてきた。コミュ力が高かった友人は最初の一週間で全ての女の子と一通り話をしてみたらしい。ふーん、と俺は適当に相槌を打ったが、友人は「やべえよな、必修の語学で再履修のぼっちだぜ?俺らはあんな奴みたいにはなりたくねえよな」とケラケラ笑いながら話を続けた。俺は少しだけむっとしたが、すぐに次の話題に切り替わったので咎めることもしなかった。
それから数日がたち、あの子は次第に授業に来なくなった。友達グループがほぼ固定化してきた時期だった。授業に来たとしても、教室の隅の方でひとりぼっち。授業に集中している様子もなく、ずっと本を読んでいた。今考えると、話しかける絶好のチャンスであったことは間違いない。しかし、俺は男子の友達グループの居心地の良さに負け、ついに声をかけることができなかった。それから3週間がたち、ついにあの子が授業に来ることはもう二度となかった。ほどなくして退学したという噂が飛び交った。
いつかのテレビの街頭インタビューで、年配の方が「挑戦しなかった後悔は年を取ってから押し寄せてくる。あのとき失敗してもいいからもっと挑戦するべきだった」と話していたことを思い出す。もしあのとき勇気を振り絞って声をかけていたら、何か状況は変わっていたかもしれない。交際関係に持ち込むことは無理でも、あの子にとって気軽に話せる友達になれたかもしれない。
割とリアルな話をすると、国家公務員(の特定業務)で20年位勤め上げると自動的に行政書士資格が付与されるから、公務員からドロップアウトして行書法人(とか)で起業するのはよくあるパターンだそうな。
辛い辛いと言ってて、毎日深夜まで残業して心も体も追い込まれてるのにやめない
何年も辞めたい辞めたいと辛そうに言ってるのに辞めない
辞めなよ、心配してるよ、辞めたらこんなところに遊びに行こうよとか
こういう専門の機関に相談したら?と話したり、再就職が不安なら資格が取れるシステムがあるよとか
優しく言っても、つよめに言っても全部右から左で何も変わらない
ニートになってもいいから、生活保護でもなんでもいいから心が折れて自殺する前に仕事やめて欲しい
どうにかしたいな辞めたいな辛いなと言いながら友人は何もしていない
今は出社しないで退職できる代行サービスもあるらしいし、どうして辞めないのか
一度ドロップアウトすることを異様に恐れていて、ただハローワークに行くのも嫌みたい(退職する前にハロワで相談して見たら?と行ったら難色を示された)
自分は遠くに住んでいて、家に行ってどうこうしてやることができない
自分の生活もあるから、うつ気味の友人を四六時中支えることはきっとできない
それができないなら手出しするべきではない?でも目の前で折れそうな姿をみて何もしないでいられない
唯一繋がってるSNSの様子を見る限りいつ倒れるか分かったものではない
辛いのに辞めなかった人、辞められなかった人、どうして辞められなかったのか
事業者の"わがまま"と被雇用者の"わがまま"。お互いの"わがまま"を許容できるマッチングシステムをつくるほうが先で、移民(に準じるシステム。外国人を受け入れること)はそれからじゃないかとぼくは思っていました。
でもこのタイミングで外国人を受け入れることが、ぼくたちの苦しめてきた精神を壊す起爆剤になるかもしれません。
ー
残念なことに、日本ではいまだに「働かざる者食うべからず」の精神が根付いていて、それはずっと日本人に刷り込まれ続けています。
無職であることを無意識に非難し、生きていることさえ否定してしまう自虐思想は、いま働いている被雇用者たちや、働かせている事業者たちにすら、「四六時中働かないといけない」というふうに、大きなプレッシャーをかけていないでしょうか。
このプレッシャーは、いずれ受け入れる移民にも悪影響を与えると思います。もっというと、先の外国人実習生の失踪の気持ちの裏側だと思います。もしぼくが外国からやってきたとして、日本人が「食うべからず」の精神で迫ってきたなら、拒絶するし、必死に逃げます。そしてやりたいことをして暮らすと思います。
ー
ぼくはいじめや成績不良から学校を二度も(高校と大学で)ドロップアウトして、引きこもりになってからずっと、「どうして自分はダメなのか」ということばかり考えてきました。
・・・もっと真面目に人と接したら良かったのかとか、成績が落ちてももっと頑張れば良かったのかとか。皆よりも劣っているからダメだったんだろう。そんなぼくに生きている価値なんてあるのか。・・・
あるとき、こんな思考の大本が「働かざる者食うべからず」にあると気づくのです。働けない者を、社会は許さない。
・・・この『社会』とはなんなのか、よくわかりません。そしてこの価値観がどこからやってきたのかもわかりません。でもなぜか、『働いてないのだからダメだ』というふうに仕向けるのです。自分のまま、"わがまま"に生きることを許さない。ただ「働け」と。金を稼げなくても働け。身体がダメになっても、死ぬまで働け。・・・
そうして好きでもないことに自分を働かせ、気づいたら身体はボロボロになっていて、一度は選んだはずのパートナーからは冷たい目で見られ、離れ、しあわせからはほど遠い場所にぽつんといる自分がいるのです。
本当のぼくは、いったいどこにいるんでしょうか。
・・・どうやら、"わがまま"に生きたいようだ。休みたいときに休みたい。昼寝したい。好きな人といちゃいちゃいたい。遊びたい。自由で、ありたい。子どもの頃のように。思うままに。"わがまま"に。・・・
ー
いまの日本はそんな"わがまま"を実現できるシステムをこしらえているでしょうか。もしそんな精神的な余裕のあるシステムを実現するなら、きっともう少し笑顔の数が増えるはずです。『お金がない』ひとたちですらしあわせを感じられるはずです。
お金がないひとたちは、お金がほしいのではなく、"わがまま"がほしいんです。お金は"わがまま"を叶えやすくするツールですけど、となりのひとに"わがまま"を聞いてもらえたら、お金なんていらない。でも『きっと』"わがまま"が認められないと思うから、違う何かにすがろうとする。その一つがお金です。
だから、いっそのこと、"わがまま"を許容する。たとえ無職のままであろうと、明日したいことに転職しようと、国家資格を無視しようと、公務員をしながら副職しようと、今日だけパートナーと仕事を交代しようと、一ヶ月推しのライブツアーのためにずる休みしようと、"わがまま"であることを一切許容して、ひとの"わがまま"を実現する方向にフォローする気持ちをつくるところから、はじめませんか。
やることはとても簡単なことです。あれはダメ、これはダメ、と思っていたことをひとつずつオッケーするだけ。なかには許せないと思っていることだってあるでしょうが、許せない自分だって"わがまま"のひとつなんですから、そこからオッケーする。
上に書いてあることは「ダメ」だとされていることばかりだけど、だからこそオッケーする。オッケーしたからといってするわけではないので一切犯罪ではありませんよ。ただ自分のなかにおいて"わがまま"を裁こうとしないだけです。まずは、そこからはじめる。
いずれは人を殺したいと思う自分も、万引きしたい自分も、放火したい自分も、おかす/おかされる自分も、すべての分野において範囲を広げていくわけです。ちなみに、許せる範囲=自分の受け取れるものの大きさに反映されるので面白いです。普通の人が気づかない『愛』を感じる感性も強くなります。
ー
さて、話を戻します。人手不足っていうんですけど、それは事業者の"わがまま"と被雇用者の"わがまま"がマッチングしていないからだと思うんですよ。
「いま働きたい」でも「明日は働きたくない」「休みたい」、「あの人の下につきたくない」「我慢したくない」「発表するのが嫌だからスピーチ役を回して欲しくない」とかの被雇用者の"わがまま"を、事業者はきっと受け入れないと思っている。
反対に事業者も「給料払いたくない」などの"わがまま"を聞いてもらえないと思っていて、もう仕方がないから外国人に頼ろうとするけれど、きっと外国人も同じ"わがまま"な反応を示す(日本人よりももっと"わがまま"に生きる)と思います。
つまり、外国人を入れたところで結局同じ問題にぶつかるはずです。これはぼくたちの"わがまま"を受け入れるまで続く問題です。
ー
お互いの"わがまま"を許容できるマッチングシステムをつくるほうが先で、移民(に準じる、外国人を受け入れるシステム)はそれからと書きましたけど、システムをつくるとは、そもそもぼくたちの意識が"わがまま"を許せるようになることです。
ぼくたちが変わらないと、システムは維持できないし、そもそも生まれない。"わがまま"をダメだと思っているうちは、うまくいかないでしょう。
だからこのタイミングで外国人が入ってくることで"わがまま"に生きる外国人を見て、日本人の意識が変わるのを期待するというトップの考えなら。どうして「このタイミングで改正するのか」の真意が、分かってくるかもしれません。