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2023-07-24

宮崎駿終活君たちはどう生きるか

君たちはどう生きるか感想

具体的なネタバレはそれほど無いと思うが、作中のかわいいキャラクターのみ個体言及する。








一言で表すならば、眠りの浅い時に見た夢。


ナウシカラピュタトトロ魔女の宅急便紅の豚もののけ姫ハウルポニョ、そして風立ちぬといった宮崎駿歴代作品イメージボードブンブン振り回されて巡らされた。

宮崎駿終活を見た。



呆然とした。

映画が終わった時には、なるほどね、と口から漏れていた。何故広告を打たなかったのか、得心したからだ。むしろ広告が打てなかったと言う方が正しいのではないかと思う。



ストーリーが訳がわからんかったのは別にいいというか、この作品自体が夢みたいなもんだからどうでもいい。

まず引っかかったことの第一台詞回しが説明的だったのに結構ダメージを受けた。

映像だけで説明できているはずのシーンで重ねて行動の意図を口に出して「今この台詞言う必要あったか?」となったのが、覚えている限り少なくとも二回はあった。

今まで宮崎作品ではほとんど感じたことのないものだ。

他にも感情の流れの描写がなく、どうにも唐突に結果だけが放られる台詞が多かった。細田守彷彿とさせる台詞回し。辛かった……

私はキャラクターへの共感については特に必要性を感じない方なのだが、感情の流れだけはしっかり描いてほしいと思っている。その流れがブツブツ途切れていて、最後に繋げたい結論だけを口にさせていて、気持ちが悪かった。

それも意図的なのかもしれないが。




第二にショックだったのは、ワラワラがただ可愛いだけのゆるキャラだったこと。

駿の中にはもうマスコットになりうる「可愛くて、でも不思議な」キャラクターはいないんだなと痛感した。

安直でなんの捻りもない造形には、宮崎駿原体験自然の中にある生命伊吹を感じることができない。そこに「いる」必然性は描かれず、ただ丸く、かわいい、特徴の廃された「マスコットらしいマスコット」でしかない。

子供向けにフックとしてマスコットが要るだろうという「思いやり」もしくはジブリと言えばという商業要請から出されたキャラクターしか感じられなかった。

DNA螺旋なことは分かるが、それにしたって安直デザインには宮崎駿の興味・関心が感じられない。

まあそこは今の宮崎駿にとってはどうでも良かったのだろう。でもシンプルながら風変わりで、動物幼児の見せる原初感情愛嬌を細やかに描いたキャラクター達を愛していたので、個人的にショックが大きかった。



現在宮崎駿の中で鮮やかに表現されるのは、戦争であってファンタジーではないというのは今作を観て強く感じられた。

最も切実にこちらに訴えかけるのはやはり空襲のシーンであったし、街が燃え、人が炙られ彷徨うシーンだった。

主人公が自らを傷付け、結果二兎を得るが上手いこと加減できず割と深い傷になる小賢しさと迂闊さも少年らしく良かった。

背後に不穏さが漂う陰鬱現実こそが「今」の宮崎駿なのだろう。現代情勢から必然だろうとも思う。



私は宮崎駿の、普通エンターテインメントに乗りきらない切実で繊細なものを、エンターテインメントという砂糖をまぶして結実させ、本来ターゲット外の人までより広く世に送り出す手腕にこそ心酔していた。

風立ちぬ」なんかはその真骨頂で、あん純文学を大々的にお出ししてきたのは正気ではないと思いつつ狂喜乱舞したし、そこに込められた宮崎駿の諦念を目の当たりにし、これで創作活動を終いとするのは悲しすぎると涙した。庵野が棒すぎて頭に入らないから嫌と内容以外の部分で周りに否定されたのも悲しかった。



結果的に言うと「風立ちぬ」は宮崎駿終点とはなり得ず、私の望みは叶えられた。

君たちはどう生きるか」を鑑賞し、ここまでただ狼狽した心情を書いてきたが、今の宮崎駿に非常にショックを受けつつも、なんとなく心穏やかになった部分もある。

宮崎駿作品から既にひりついた表現への欲を感じなくなったのは、それはそれで救いであるとも思う。

そういう意味では、私にとっても「宮崎駿」への餞というか、終活になった。


どんなに作品の底に込めた意味があろうと、こちらに伝えようという意思が感じられない、というか作品を観ながら「伝えたかったもの」を考える余地がある、物語に没入できない時点で出来の悪い作品と考えているので、作品単体で言うと★1なのだが、監督宮崎駿ということを加味すると★3になってしまう。

君たちはどう生きるか」を宮崎駿ではなく、例えば米林宏昌あたりが作っていたら私は激怒し、オマージュ大義名分ジブリブランドを体良く利用して棄損するなと気炎吐き散らして暴れ回っていただろうが、宮崎駿ならばこれを作る権利がある。

それだけのものを今まで私たちに贈ってくれた。



そして、ここまでグチグチグダグダ書き連ねながらも、もし万が一にも次作があるなら絶対観に行ってしまうだろう。

観客なんて勝手なもんである


あと、米津好きだけど宮崎駿には合わなかった。ジブリにはもっと現代の売れ線とは関係のない歌と共にあってほしい。

2023-07-21

君生きは宮﨑駿の人間宣言である

正直宮﨑駿というアニメーターのお遊び以前に、今まで日本国内に刺激を与えた数々のジブリアニメ映画のものが見たかった。

宮崎駿アニメ日本に限らず、世界中ほとんどの人は一度も鑑賞もしくジブリというスタジオの名を聞いたことがある。

この時代人間が持っている心象風景時代精神は宮崎駿を語らずにいられない。現代ロックソングは、ビートルズという背景があるから発展して来たのと同じだ。

というか、宮崎駿作るのがアニメだけではなく、幼少期の「見る」冒険である。幼い頃に、みんなはもものけの壮大な自然神秘を感じ、千と千尋トンネルから冒険心を育つ。ラピュタで男女の純愛に目覚め、トトロ友愛を知った。

ジブリ映画存在しているだけで、確実に世界はある程度優しさが増えた。

ところが、君生きはなんだろうか?

君たちはどう生きるかという思想の強いタイトルを挙げながら、ただただ今までの作品二番煎じのように、主人公自由意志がなく、ひたすら母を求める。その母への愛情ははっきり言って共感しにくい、特に若い世代に関しては、エディプスコンプレックス的な描写あるいは哲学思想は、陳腐以外他ならない。

宮﨑駿の独りよがり、彼だけにしかからないエディプスコンプレックス、徹底的なエゴイズムだったことは明白であり、宮﨑駿という人間へさほど関心を持たない人々にとっては、どうでもいい話。どうでもいい映画なのだ

それでもこの映画を深いとか、教養が要るとかと漠然と代弁してくれるものがいるが、こいつらは夢から目覚めたくない人たちである

この作品深淵であり、洞察しようと近いたら何もない闇に堕ちてしまう。宮﨑駿が長年に渡り、隠して来たニヒリズムのものの固まり

つの神話、一つの時代はこの作品により終焉を迎えた。

エヴァ卒業式みたいなスッキリした気分にはなれず、捨てきれずに残った元カノメモリアル的な存在だった。風立ちぬで終止符を打ってくれるとダンディではあるが、君生きで〆るのが、無敵の人無差別テロストーカーの未練ダラダラみたいで気持ち悪い。

一昨日映画見に行ったのに、未だにこの不快さが取り除けない、あと褒める人がいることを見てさら陰鬱な気分になってしまう。

とりあえず最後最後無差別テロをやってしまう宮﨑駿は、所詮人間だった。

追伸

外人増田なので、日本語が変だったら許して

君たちはどう生きるか」見たんだけどさ

初見感想が「AIのつくった宮崎駿映画みたい」だった

どっかで見たよ~な要素がぶち込まれまくってひたすら車輪の再発名をしている感じ

全然まとまりきらないけどとりあえず殴り書き

開始1分経たないうちに戦時中っぽい雰囲気萎え気味

もう風立ちぬでその時代やりましたやん

ハ号が画面に大写しになって主人公独白で確定してどっちらけ

まじか~同じ時代やっちゃうしかもまたお坊ちゃんじゃないの

あんたそれ以外描けないの?いや描けないであろうことはわかるんだけどさ

風立ちぬはいいよ?初めて(その年にして初めて!)「俺は結局はお坊ちゃんなんだよ」って言ったからね

でも二度も三度もやることじゃないでしょ

良くも悪くも心が動かされたのは序盤の風立ちぬ+トトロ再利用したような絵面に突っ込みいれているあたりと

終盤に入って爺さんから積み木の話聞かされて以降くらいだった

こだまペリカンに食われるシーンとかもふーんって感じ

どーせペリカンフォロー入れるんだろうなー

あっそっすよね

ペリカンさんも大変っすよね

しかNHKドキュメンタリーの「終わらない人 宮崎駿」のなかだったと思うけど

鈴木敏夫ポニョについて「あまりきじゃない」と語るくだりがあった

いわく「昔やったことをもう一回やってるから

いやー鈴木さん、あんた今どんな気分なんだい

全編昔やったことだらけじゃないの

絵コンテ見て「やりますか」って言ったこと後悔していない?

だってほぼ全てのひとが思ってるだろうけど

から落ちてきた石って墓所の石じゃん

出てきた瞬間に「あーはいはい破壊すんのね」って思ったわ

しかもその石の破壊主人公じゃなくてインコがぶった切っちゃう

いや、いろいろ読解の余地はあるよ

外界の住人である主人公ではなくて世界住民自身の(誤った)行動によって世界崩壊するとか

崩壊ではあるけどインコたちは外に出れてるわけで自らを束縛するもの自分たち自身の手で否定できてるとか

でもね、些末なのよ

味のないガムも楽しもうと思えば楽しめますみたいなものであってそれ以上じゃない

インコ王様の動きは「おっ!」と思わせるものがあってここで最後主人公と大立ち回りを繰り広げてくれるのか!?と思ったら

剣でテーブルごと積み木ぶった切るだけ

マジか~

まぁ説明不足なのとか見てると宮崎駿が体力的に持たなかったってことなんかな

それならもう仕方がないや

でも「敢えて」描かなかったとかならエンタメ映画つくるのやめちまえよと思う

通俗エンタメにも作法があるはずで、ここでアクションをいれる!みたいのあるでしょ

ちゃんとそのへん能う限りの力でもって押さえてほしいんだよな

昨今のジャンル映画ジャンルの型を否定するがあまりジャンルのもの否定するのを見てると脱力する

そんなに枠組みを否定したいならそのジャンルでやんなきゃいいじゃんね

そんなに思想性高くしたいなら文芸作品でも撮ってろよ

通俗エンタメならちゃんと観客をスカッとさわやかな気分にさせてくれ

脈絡なく書き連ねたけど風立ちぬで終わっときゃよかったと思う

こんな過去作品の要素を再利用した作品とか見たくねぇ

いや個別にそういう作品もあるってんならまだ納得できるかもだが

引退作品がこれはない

ただまぁ時が経てば言及する奴は熱狂的なファン限定されていくし

否定的なファン感情も摩滅していくから結果的に味のある作品って社会的評価になるのかもね

スターウォーズの新三部作とか見てるとそう思う

宮さんお疲れさまでした

さすがにもう引退撤回はやめてね

俺の中での引退作品風立ちぬ

いやーあれはよかった

2023-07-18

anond:20230718141027

マルチバースっていうかラピュタ巨神兵湯屋トトロの力で時空が歪んで各作品世界が繋がってしまって世界が大混乱に陥る。その時空の歪みを矯正するためにはうんぬんかんぬんでてんやわんやあって最終的にみんなで力を合わせて社会の敵概念を倒す話でいい。

無駄バースを行ったり来たりしなくてもいい。

2023-07-17

幼少期のトトロナウシカにピンとこず(本当は大人ぶってアニメ映画を毛嫌いしてただけ)

もののけ姫エグイ描写にウッとなって(これは本当)しま

それ以降は完全にnot for meって感じでジブリアニメは見てこなかったが

シンエヴァとの対比論なんかが出てくるあたり、完全に君どうは見るべき映画なんだよな

シンエヴァぶりに映画館行くか...

anond:20230716190600

これこそが「どう生きるか」だなあ。

素直な気持ち作品を鑑賞して、まずは作品単体で受け止められるか。

識者ぶったクイズゲームに取り込まれてあーでもないこーでもないと自家中毒にかかってる人はご愁傷さま。

トトロラピュタみたいな子供が楽しめるアニメを作り給え」と怒ってプンプンしてる連中に限って、自分たち勝手宮崎駿探しをしすぎて作品を見れなくなってるのは本当に滑稽だと思う。

宮崎駿最後作品だと期待してたのによくある生きて帰りし物語じゃん」と同じ口で「ラピュタみたいの作ればいいのに~」って言うのマジでアホなんちゃうかな?

変な考察ばっか並んでる中に正気増田がようやく出てきてくれて俺は安心したよ。

君たちはどう生きるか父親母親姉妹関係について

父親母親姉妹関係について語られてるのをまだ見てないが、個人的には非常に気になった。

 

父親声優木村拓哉であることからハウルと同じく生まれながら女にモテる色男キャラであることは間違いない。

妻が死んで即妹に乗り換えた自分勝手サイコパス男のように見えるが、

もともと美人姉妹父親を取り合っていて、姉が死んだのをいいことに妹が色男自分のものにしたとも解釈できる。

妹の方から傷心の父親に近づき、誘惑して子供を身籠ったのだ。

嬉しそうに主人公に腹を触らせたのはそういうことだ。

お前の父親はお前の母ではなく私のものになったと自慢したかったのだ。

妹は主人公赤ん坊の頃以来会っていないという。

姉と主人公に対して相当複雑な思いを抱えていたことだろう。

憎しみすら密かに抱えていたことが、産屋のシーンで明らかになる。

好きな男の子供の良き母親でありたいという思いと、男を取られた姉の子に対する憎しみ両方を抱えていた。

そのどちらも本心であることから、あのようにわかりにくい複雑な表現になったのだ。

 

ヒミとなっていた当時の姉が父親関係があったのかどうかは示されなかったが、

おそらくその当時は三角関係はなかったのだろう。

から本能的な拒絶感をヒミは受け取っていたが、ヒミから妹への複雑な感情は描かれていなかった。

しかし、なぜ姉がそもそも死の原因となった病院入院していたのかという謎は残る。

宮崎駿母親が病弱だったので、トトロ母親と同じく病弱であることに理由はないかもしれない。

だがヒミに病弱な印象はない。

個人的にはジゴロな父親が、東京田舎姉妹二股をかけ続けており、それを察した姉が精神を病んでいたという説を提唱したい。

2023-07-16

君生きの話が分からなかったと言ってる人は余計なこと考えすぎなのでは?

Q.主人公はなんであん必死母親を探していたの

A.田舎で他にやることもないしエネルギーが有り余っているんだからとりあえず肉親探すんだろ

Q.あの塔はなんなの?

A.舞台装置に細かいこと考えすぎだろ。トトロの正体が実は祖父幽霊でしたみたいな話をお前らは求めていたのか?

Q.インコ王様は何がしたかったの?

A.自分たち王国を守りたかったけど、正しいやり方が分からないなりに頑張ってただけだろ。登場人物が全部完璧じゃなきゃいけないのか?

Q.ヒミはなんで炎が使えたの?その昔1年神隠しにあって帰ってきた娘はヒミでいいの?

A.それって本当に明かさないといけない謎か?湯婆婆は何者で湯屋はどうして産まれたのかを解き明かさなきゃ千尋物語が完成しなかったのか?

Q.結局主人公したことって何の意味もなかったのでは?

A.神隠しにあうところだった後妻は助けたし、カーチャンにも一応会えたじゃん。あれで駄目なら千と千尋ラピュタもアウトになるのでは?

Q.大叔父はなんであそこまで塔を守ることに固執してたの?

A.本を読みすぎて頭がおかしくなった人って設定がある時点で普通に考えても仕方ないでしょ。

Q.主人公はなんでキリコのこと気づいたの?

A.服の柄が同じだったのと気風がどことなく似てたからじゃ駄目なの?

Q.主人公はなんでヒミの正体が分かったの?

A.顔付きでなんとなく分かるんじゃね?親子の絆とかそういう不思議な力もあるのかもね。

Q.ジャム塗り過ぎでは?

A.酒を溢れるほど注ぐのと同じような文化なのでは?それって本当に重要

こうやって一つずつ考えていけば分かるけど、皆どうでもいい所にひっかかりすぎてるんだよ。

ひっかかるような作りにしてるのが悪いってのはあるかもだけど、それにしたって気にしすぎだろ。

シンウルトラマンに「主人公ヒロイン匂いを嗅ぐのが気持ち悪すぎたので★1です。それ以外は素晴らしかったのに残念」とレビューしてるようなもんじゃろ。

アホくさ。

神経質すぎるんだよ。

声優の演技は過剰すぎて、緻密な作画映像でみせることを主体となった作品にはマッチしない

という考え方自体別に間違ったものではないだろうけどな。

アニメしろ実写映画しろドラマしろ舞台劇にしろ登場人物は発話をする。

そのとき声の演技というものもっとも過剰に求められるのは舞台だ。

舞台基本的に観客はロングショット

ある種の俯瞰した状態物語を鑑賞することになるから

演技を視覚だけに頼っていると成立しない。

から舞台役者というのは声の演技力というものを求められる。

富野由悠季監督なんかが、舞台役者アニメ声優として連れてくるのは、

舞台をやっている人は声の演技ができる人たちだからだ。

では、実写映画とかだとどうなるかというと観客は基本的視覚に頼って物語を受容することになる。

映像主体となって語られる物語にとって過剰な声の演技はときに足を引っ張られることになる。

ではアニメはどうなのだろうか?

これはTVアニメ、とくに古いTVアニメにおいては声優の力により物語を保たせていた部分が大きいだろう。

というのも昔のアニメはお世辞にも映像面でのクオリティは高くなかったからだ。

また日本アニメは発展するうちに「アニメキャラ」というひとつ登場人物の型を生み出しそのようなキャラクターにも声優の力は不可欠である

しかし、宮崎アニメ代表されるような緻密で写実的であり豊かな映像表現がされたハイクオリティアニメ映画作成されるようになると

声優の演技はその映像表現の足を引っ張りかねない、過剰性を含んだものとなったのだろう。

かに、いまラピュタなんかを見ると主人公少年はあまりアニメアニメしていてくどい印象を受ける。

もちろんラピュタくらいまではそれでも成立していた。

でも、トトロくらいからは段々と難しくなっていったんだろうな、というのは十分に分かる話だ。

ただ、よくTV普段からたくさん見る人達にとって、俳優アイドルタレント声優を務めるアニメというのはつらいんだろうな、というのもわかる。

私は普段、まったくテレビを見ないので、正直宮崎駿の新作を見ていても誰が誰の声なのかというのがピンとこなかった。

もちろん、私も木村拓哉さんの声は知っている。でも、声だけ聞いて木村さんのイメージが湧くほどにはテレビを見ていない。

からほとんど違和感はないんだ。

しかし、TV普段からたくさんみて木村さんの声を聞けば木村さんビジュアルが浮かんでしまう人にとっては映画のじゃまになってしまうだろう。

おそらく、おそらくだけど宮崎駿とかもほとんどテレビを見ないはずだから、そのへんの感覚がよくわからないんだと思う。

ただ単に自分が作った映画マッチするかどうか?と純粋判断が優先されるのだろう。

anond:20230715212033

時系列順に整理してみると分かるよ」なんてのはジブリに求められてないし、ましてや「ジブリという会社の背景を知ってないと理解できないよ」は無茶苦茶すぎる。

「ガキ向けにトトロ作ってるけどたまにナウシカみたいなちょっとむずかしいのもやるよ」がジブリに求められてるものだろ。

内部告発ショーみたいなものを求めて見に来てる奴なんて1人も居ねーよ。

シンエヴァ見て俺もできるって勝手勘違いでもしたのかね

逆にジブリはなんで国民的なアニメ会社になれたんだ?

いや確かに作画演出はすごいけど、それ分かるのある程度アニメ見てた人だけじゃないの?

 

昔は声優に有名俳優起用採用とか汚い手段とってなかったのに、それでもトトロラピュタナウシカはほぼ定番の不動の位置にいた気がする。

ただ、今になってジブリ映画収益情報とか見てるとなんでこの興行収入映画続けてられるんだ?って不思議な感じしかしない。

君たちはどう生きるか ネタばれあり・見たけど意味わからんかった人

追記

たくさん読んでくれて嬉しい。元は友人とのTwitterDMが下書きになっていて雑な文章から申し訳ない。なので以下、こちらの意図が伝わってないコメントに返す。

・この物語の各パーツ・キャラを現状のジブリメタファとする解釈はこの児童文学作品矮小化していると思う。あまり好きではない

→全く同意見で、書いた通り普段テクスト的に解釈するのが好きです。矮小化されてしまってるのもそうなので、これだけが「正解」だとは微塵も思ってないし書いた通り自信はない。今回は宮崎駿最後作品、って思いが自分に強すぎて作家周辺の解釈がまず出たのだと自己分析している。作品のもの解釈海燕さん他書いているのがよかった。

映画も見てないし原作も読んでないけど、なるほど(以下略)

→お前みたいなやつがいちばんダメ。観ろ。観ずになるほどすんな。


一般向けではないというけど、次世代へのバトン家族の話って極めて普遍的で、ジブリ宮崎駿のことを知らなくとも皆それぞれ自分物語を重ね合わせて見ることができる作品だと思うよ

→この辺りは宮崎駿自己言及普遍的テーマを重ねて両輪でやっている気はする。


・あの作品登場人物実在ジブリ周りの人物に置き換える読み方はわかるけど非常に下品だと思っているので、する人を否定はしないけど、それが正解だと言って押しつけたりする風潮にならなきゃいいなと思っている。

→おおむね同意見で、自分ホッテントリに上がったことが押し付け風潮の一助になるのは避けたい。作家論は作家論でしかないし、それは基本的に狭い解釈になってしまうから、「正解」ではない。ただ言葉遣いとして、この人が作家論を「下品」としているのは、なんというか令和だなぁと思った。


前半はまぁ、とりあえず置いておいた撒き餌みたいな稚拙解釈なので、「正解」ではありません。(一貫性形成願望をとりあえず満たしておくために書いた、と思って欲しい)

しろ、この作品は唯一解を求めたがることも含めた後知恵的な意味よりも、もっとプリミティブな意味を伝えようとする作品だと思います。だから自分感想本質は後半です。そこのところ言葉足らずだったみたい。



追記ここまで


初日に見に行って、いろいろ考えつつ見たが、たぶんほとんどの人が「意味わからん(けどジブリっぽくて面白い!)」ってなるやつだと思ったので、自分なりの考えを書いてみる。ちなみに全然自信はない(その理由最後に書く)


見た人の多くは、ラストにかけてのメインストリーラインがよくわかんねえとなると思うけど、同時に物語にいくつもの象徴比喩が込められていることも、なんとなく察すると思う。

個人的結論を先に書く。(自分普段テクスト論的に物語を読むのが好きなのだが、作家論としてこの作品が見えた。)

まず、内容で感じたのはセルフオマージュの多さ。「紅の豚」の死出飛行機葬列が海の船になったり、ハウルの泥の人形が殺生できない住人になったり。老人の描き方はジブリの各種キャラを思わせたり。

オマージュ元には特にトトロが印象に残るように思って、抜け道や森から出た暗がりの風とか、ワラワラとか、宮崎駿トトロ気に入ってたんやなと思わせた。まあワラワラ鈴木敏夫の入れ知恵な気もするし、観客へのサービスって感じかな。

そしてここから感じたのは、宮崎駿人生が細かく千切られ散りばめられてるということ。


ていうことで、物語の根幹と宮崎駿人生に準えてラストで明かされる物語の根幹をよんでみる。やっぱりラストについては大事だよな。

結論から書けば、空から降ってきた大岩宮崎駿の才能、ギフト宮崎駿は大叔父でありあの世界は宮崎駿によって作られた作品の集合でジブリのもの。その血を引く主人公宮崎吾朗や孫だと思われる。ただし、内面宮崎駿投影されていて二重のモデルがいる主人公になっている。駿はジブリを継いで欲しかったが、吾郎拒否した。ジブリは駿の引退宣言とともに崩壊して、皆それぞれの暮らしにもどった。端的に言えば、それら経緯への駿の内面告白、なんだと思う。つまりスタジオジブリ(と駿)のために作られた物語なんだと思っている。


昔。降って湧いた才能に取り込まれた駿は、作品世界から出なくなった(家庭を顧みなかったりしたんだろう)。そして世界創造に励み、海や森の美しいファンタジー世界と、ユーモラスで残酷な鳥に代表される多くの愛すべきキャラクターを生み出した。

時々挟まれた、大岩が怒ってるとか。あれは才能から来る作品へのこだわり、そこから発される憤怒なんだろうな。時々駿キレてたし。

ただ、老いてきた。積み木を重ねられなくなった。積み木を安定させることも苦労するようになった。だからこの世界ジブリ後継者を探して、館に主人公ら血族を引き寄せ始めた。(この辺りの傍迷惑さについての自覚が、人生を総括し始めた老境の駿らしい感じがする)

関係ないけど、インコの王は唯一宮崎駿に謁見できて最後世界ぶっ壊したし、たぶん鈴木敏夫なんだろうなと思う笑

そして物語ラスト吾郎ジブリを継ぐのを拒否し、焦ってしゃしゃり出た鈴木敏夫がぶっ壊してジブリ崩壊した。でもそれを受け入れて?(この表現は適切じゃないかも。ただ眺めて?)老兵は去る、ってことを、ラスト宮崎駿は表したかったのだと思う。

総じて、人生全体を眺めて、ある程度中立的感情も整理しながら、比喩的な物語人物に落とし込んだ。そして達人のアニメーションで、それが分からなくとも万人が楽しめる2時間にした。

主人公が、みずから頭を傷つけて、それを最後最後告白し、汚れているか自分は継げないとジブリ世襲拒否するシーン。

あれはなんかほんとに個人的事件が、駿や吾郎にあるんかなて感じもするけど。いずれにせよ、今まで子どもイノセントに描いた宮崎駿が、この主人公にはドロドロしたものを罪悪感と共に植え付けているのは、自身自分の子どもみたいな、客観的に見られないし理想化もできない存在としてマヒトを描いているんだと思う。そしてそれが「真の人」って名前なのが、正直な曝け出しなのかなって感じさせる。

でもここは、ちょっと未整理。

まあたぶんに一義的な狭苦しい解釈なんやけど、とりあえずここまでは言語化できた。


ただ、ここまでこうして書いた考察について、正直自信がないというか、こうして作品言語化されることを拒否している作品である、ということことを、作品を見ている最中からずっと感じてきていた。

個人的にはここから作品本質だと思っている。

子供のころからジブリ作品を見て、宮崎駿のひねくれた人物像も知ってるから、この作品は明らかに異質だとわかる。観客へのサービス配慮)が欠けている。

はっきり言って、一般向けではない。大衆子供映画を作ってきた宮崎駿ジブリは、今までこんな映画を作ったことがない。上記のような一応に意味の通る解釈自力でできる人間はとりあえずいいが、そういうことをしない人が圧倒的多数で、それが大衆なのだ。だから、今回のような、作品の展開の速さや密度抽象度の高い映画は、一般向けとは言えない。自分が見た初日夕方の回は平日なのにほぼ満員で、しかし上映終了後のほぼ全員がタヌキに化かされたような顔をみんなしていたぞ。(正直自分もそんな気持ちだったので笑えた)

しかし、ここでそれを鑑みても面白いのが、この作品の「面白さ」は皆が感じているらしいということだ。

そして、これと同時に、自分のような批評する目線映画を見る者は、それはそれで大衆客と別な側面で拒まれている気がした。何か見る者の賢しい批評を拒んでいるように感じた。

以下に、その理由を書く。自分感想としての本質はむしろこっちだ。言語化しづらいのだが、見た人にはなんとか伝わるように書くと

宮崎駿生理的表現がほんっとにうめぇな」

となる。

例えば、食事のほおばり方。たとえば、黙ってうつむく表情。たとえば、真人うそをつくときの顔。みんな圧倒的に生き物らしい。生命力を感じる。みんないびつで、あいくるしい。(カワンゴがお説教されたアレとは本当に真逆な、きわめて何か、生命に対する賛美を感じます

これらすべてが、芝居をしている。客に直接的な理解を与える。この人物感情や、物語における人物立ち位置(正しい方向かどうか)など。あらゆる情報を、言語での理解を超越して、身体的・ダイレクトに観客へ伝わる。

作劇のうまさや間の取り方、ちょっとした身のこなしや振る舞いの描き方。それらすべてがアニメーションなのに自然で、本当にほれぼれする。達人のアニメーションは今でも健在だし、それはスタジオポロックみたいなのにもマネできてない駿の達人技だと思う。

で、それらの生理的表現が今作で上げる最大の効果は「生理的感覚として、見る者に言語範囲外で意味を伝える」ことだと思う。

自分新海誠映画が昔から好きなのだが、新海誠が「星を追う子ども」でやりたがって、でも全然できなかったようなことを、中盤くらいまでで軽々と全部やり尽くして、更に塗り替えていったような印象が途中した。)

はっきり言って、中盤以降は物語テンポが速すぎて情報量も多すぎて、物語が何を表現しているのかまったくわからないし考える余裕もなく、何もかもを押し付けられていくだけのように感じるのだが、いち観客として言えば、作劇がうますぎてずっと楽しくて画面にずっと惹き寄せられたままで、一ミリの退屈もなく最後まで面白かった。作品が何を言いたいのか理解できねぇのにコレなのまじ意味わかんねぇ。ユーモア人物の芝居とテンポと心地よさとその他あらゆる作劇でずっと作品世界へ惹き寄せ続けるの、冷静に考えてすごすぎる。

理解として言えば、言語範囲外で生理的に伝わってこようとする情報が、最速で理解できる。だから理性で作品に好悪を判断つけたくても、生理的理解が先に面白さを伝えていて、判断を保留し、物語が表す「意味」が分からない気持ち悪さをいったんわきに置く(打ち消す、わけではないのもポイント

たまたま映画見る前に考えてたのが、美輪明宏のモロの演技や紅白ヨイトマケの唄なんだけど、あれもなんか、生理的に分からされる凄みがあるよな。あれと同質の、生理に訴えかけてくる理解が、この作品の全体にあった。

から意味深がセリフ物語上の「意味」として理解できなくても、なんとなくわかっちゃうわけ。ああ、「そういうふうに」感じてるんだなぁ、って。

自分が書いたものも含め、なんか色々考察とか出てくると思うんだけど、この作品に関して自分はもうそんなのに大した意味を感じていない。いや言葉説明することは俺も試みたと思うんだけど、そういった理解や「意味」は後からやってくるものであって、それより先にあるこの一次的な身体感触の強さが、現在進行する映画鑑賞の今、圧倒的な作品だった。肌感覚で腹の底から湧き上がる力強さは、言語理解拒否して圧倒する。そんなプリミティブさ。

プリミティブな、といえばものすごく情報量が少ないように感じられるかもしれないけれど、ただそこで言う「情報量」ってつまりキロバイト的な情報多寡しかなくて、生理的な質感や圧倒的な情報の圧が含まれてない。この作品はそういった生理的な質感や圧、すごみをもってして最後まで観客をエンターテインする作品だった。面白さが言語範囲外で生理的に伝わってこようとするんだよな。

「語り得ないことに関しては、沈黙せねばならない」という言葉があるけれど、宮崎駿言語で語りえないことを語れる。対して、自分たち観客は語れないが、しか生理的理解している。

自分最初考察意味を感じない、といったのは、考察の当たり外れよりも「こんな小賢しい考察なんぞしてんじゃねー」的なギルティ感覚がするからだ。賢しらぶってることが怒られそう。それこそ、宮崎駿に叱られるカワンゴみたいな、「意味」や思考の中だけに生きて現実に生きる生命を見ようとしていないと叱られている気が(これは完全に自分勝手感覚なのだが)する。強いて言えばそれが、本作のタイトルのごとく自分に突き付けられたお説教だったかもしれない。

一般には訳が分からなくてもいいし、読み解く材料も与えないし、理解されなくても面白くしなんか感覚的には伝わるでしょ?みたいな感じが、ただ壁を感じるし、見る人は選ぶと思う。ジブリ作品に壁を作ったことって今まであんまりないと思うんだけど、たぶん風立ちぬで少しやって、「あ、好きにやってもいいんだ」みたいなのを、それこそ庵野秀明エヴァから知ったんじゃねーかwみたいな気もしていて、そして老境にさしかかりジブリ崩壊を見ながら、いろいろなことを感じ考えながら職人芸ですべて盛り込んだのが今回の作品なんだと思った。だから一部の人批評感想特に老人の走馬灯とかボケたとかみたいなのには全く賛成できない。

君たちはどう生きるか感想(後半ちょいネタバレ

公開数ヶ月前になってタイ人に関するなんやかやの報道でどうでもいい悪印象を与えてくれた鈴木Pでしたが、「宣伝を全くしない」という前代未聞のプロモーション戦略のおかげで、「宮崎駿の新作を全く前情報のない状態で見る」という稀有経験を与えてくれたことに感謝します。

これは実に小学生の頃「両親に連れられて『火垂るの墓』を見に行ったら突然なんか知らないアニメ始まった」以来の驚愕経験であり、その後のジブリアニメ国民アニメとなっていき毎回公開前に怒涛のプロモーションが行われていった経緯と、その時に見た「となりのトトロ」が私の生涯において不動のベストアニメであることを考えると、奇跡のような経験であるといえます

 

ただ、正直あまり期待はしていませんでした。というより期待しないように努めていました。私のジブリへの信頼感のピークは「もののけ姫」とコミック版「ナウシカ」であり、今ではアカデミー賞に相応しい最高のアニメである評価している「千と千尋」も終わった直後は頭の中「???」でしたし、ハウルでは「??????」、ポニョでは「????????????」となっていきました。

ゲド戦記アリエッティは私の生涯のワーストアニメベスト1&2です。

風立ちぬ」「かぐや姫の物語」も、「?」は浮かばなかったものの「ピークを過ぎた老境の作家の遺作としては十分以上の出来だろう」というような妥協した評価に落ち着きました。

 

この作品制作発表された時にまず思ったことは「本当に完成するのか?」という心配でしたが、鈴木Pの斬新なプロモーション戦略により完成するまでその心配を思い出すこともありませんでした。ポスターが発表されてからもほぼ忘れていたのですが、「プロモーションをしない」という鈴木Pの方針話題になってから俄に気になり始め、上記トトロ以来の経験をする決意をしたというわけです。

 

私と同じ体験をしたい人は絶対にこの連休中に観に行くでしょう。連休中に観に行く予定の人はこの先を読まないでください。

 

行かなかった人はその後普通にどのような作品だったか情報を目にすることになるでしょうし、少々のネタバレを食らったところで気にもしないでしょうから、ここから私の感想を書いていきますストーリーの核心をネタバレするつもりはありませんが前提となる設定などは普通にバラしていきます

 

 

 

 

 

面白い

 

カリオストロ」「ラピュタ」のような痛快冒険活劇ではありません。「ナウシカ」のような設定をしっかり作り込んだ異世界ファンタジーでもありません。しかし、見ている最中最高傑作」という言葉が何度も浮かんだのは確かです。「トトロ」や「千と千尋」を上回るか?と言われると、難解で観念的すぎる部分はありますが、明らかに上回っている部分もあるので、評価を決めるにはまだ何度も見る必要があります。というかすぐにでももう一度見たいです。

 

◆この作品を見るべきか否か?

 

文字通り宮崎駿集大成なので、ジブリ映画で育った人間なら見に行かないという選択肢はありえないでしょう。ハウル以降は見なくてもいいと思いますがこの作品を見ずに日本アニメのことを語ることは不可能です。というか、確実に「トトロ」や「魔女宅」などと同じように日本人のDNAに深く刻まれ作品になるでしょう。

 

◆良かった点

 

文字通り集大成なので過去宮崎アニメの要素が全て入っている

 

風立ちぬトトロ千と千尋ハウルポニョコナンカリオストロラピュタ

と怒涛のようにどこかで見たような風景、展開が続きます二番煎じではありません。

本人にしかできないセルフオマージュであり、過去作を踏まえた上で、それが国民記憶として共有されているからこそできる唯一無二の表現です。

そして、あらゆる影響を生み出してきたオリジネイターにしかできない圧倒的イマジネーションがあります

 

宮崎駿自身実存が感じられる

 

主人公モデル少年時代宮崎駿自身であり、半分自伝的な物語になっているが故に、少女主人公とした「千と千尋」などより真に迫ってくる情感があります

何より宮崎駿インタビューで度々口にしていた母親に関する憧憬が、作品として昇華されているところが素晴らしいです。

 

ストーリーが練り込まれている

 

コンテを描きながら公開日を決め、締切に追われながら作られた過去作品は、若い頃は力技で最後まで渾身の力で作りきっていましたが、近年の作品においては終盤明らかに息切れが感じられました。今回は明らかに時間をかけてストーリーが練り込まれており、「ハウル」や「ポニョ」で顕著だった「えっこれで終わり????」という感覚は一切ありません。

既存ストーリー構成の枠にはまらない」という手法は「千と千尋」の方法論を踏襲しているので唐突な展開の連続に難解さを感じる人もいると思いますが、終わってみれば一本筋の通ったストーリーになっており、深く考察する価値がありそうです。

千と千尋」で確立した「ゆきて帰りし物語」のフォーマットを発展させ、導入はよりゆっくり自然に、異世界に入ってからはよりぶっ飛んだ展開の連続で飽きさせません。結末も「これしかない」という納得感のあるものになっています

 

・泣ける

火垂るの墓」以外のジブリ映画で泣いたことはあまりないですが、様々な要因からくる深い感動で終盤は涙が止まりませんでした。米津玄師主題歌がその感動に拍車をかけてきます。ズルいと思うぐらい良いです。

 

◆悪かった点

・なんか説教くさそう

 

説教くさそうなのはタイトルだけです。少年時代宮崎駿が「君たちはどう生きるか」を読んで感銘を受けた、という以上のことは原作との関連は読み取れませんでした。原作を読み返し、何度も見て考察したい点です。

2023-07-15

つうかジブリなんて作画が全部ゴミだったら見れたもんじゃない映画ばっかだろ?

から作画が凄いだけ」なんて評価おかしいんじゃねえか。

自然共生人間は愚か!

子どもたちが冒険大人クズ

トトロいたもん!本当にいたもん!

ムカつくカスも多いけど、まあ良いやつも多いです。

カッコイイとは作画がスゲーことだ。

働け。

性格が丸い分にはババァカワイイ

妻が病気でも技術者として好き放題やりて~~~~。

はぁ?

く だ ら ね

こんな映画ばっかですよジブリブリブリ~~~

作画が凄いだけなんですよ結局は―。

から作画がすげーんだから君たちはどう生きるかはいものジブリ作品として面白かったわーでいいんじゃないのではー。

作画がしょーもなくて話もしょうもないアニメ映画ゴミですけど作画が凄けりゃセーフやろ。

2023-07-14

君たちはどう生きるか」が完全に失敗作だった件

初日に見たのでネタバレ感想

未見の人や面白かったって人に水差すのもアレなので増田で。

以下ネタバレ

吉野源三郎の「君たちはどう生きるか」は未読なので、そこから引用があったらごめんなさい)

いやね、まったくダメってわけじゃないのよ?最終的には得意の異世界冒険活劇に着地させるし。そこは熟練の技。

ただ、セルフオマージュをしたいがための意味不明な設定や展開が多すぎて、全然ストーリーに乗れないの。

意味をなさない設定の多さ

父親が(多分)軍用機のキャノピーを作る工場経営してて、主人公はいいとこの子、って設定、なにかに生かされた?

あ〜「風立ちぬ」っぽい!ってシーン以外、ストーリーに絡んでなくない?

主人公が引っ越す旧家も延々歩く描写があるわりに、結局主人公が暮らすのは離れの洋館だし、舞台はほぼ塔の建物異世界

結果、和の旧家はばあやがたくさんいる、という描写のためだけにでてきた形。

■謎展開

冒険活劇にしたいわりにはパートナーコロコロ変わる。

アオサギキリコ→ヒミ

そのたび

「ついてこい」「わかった。ついていく」で状況説明するもんだから主人公主体性isどこ?ってなる

この辺もうちょっと整理できたんじゃないか・・・

■伝わらない主人公動機

亡くなった母を探す・一緒に冒険する、の動機はわかるけど

最近会ったばかりの父の再婚相手しか距離感微妙)を救うために冒険しなくない?

助けるモチベーションを問われて、何度も「父が好きな人だ」って説明する羽目になってる。謎動機

父も別に魅力的な人物に描かれてないので、謎は深まるばかり。

後妻も一度は主人公の助けを拒否するのに、

あれ、いつの間にか救われてる。じゃああの描写いらないじゃん。

そもそも後妻はなんで異世界子供産もうとしたのかも語られない。

かにも「母親病院火事だと聞いて家を飛び出すも、一旦家に帰って着替えるシークエンス」「弓矢を作るシークエンス」など

無駄なシーンが多い。その時間主人公動機もっと作ってあげればいいのに。

ヴィランの不在

宮崎アニメの魅力はやっぱり悪役だと思うんですよ。カリオストロ伯爵しかり、ムスカしかり、カーチスしかり。

インコ大王は悪役ってほどもなかったし。アオサギ?彼は何がしたかったの?

■作劇のセオリー無視

ばあやたちの人形に触るな、と釘を刺される主人公

物語セオリーとして、タブーは破られるので主人公は触る。

で、なにか代償が起きるかというと「なにも起きない」。えーーーーー!?じゃあなんで「触るな」って言ったの?

にも関わらず「産屋に入ったのが禁忌だった」ってまさか後出しタブー!聞いたことねえよそんな作劇!

結論

「塔状の建物を上に逃げる悪役を追う展開はカリオストロ!」「森のトンネルトトロ!」「崩壊シーンはラピュタ!」「幻の船団は紅の豚!」

みたいな楽しみ方はできるけど、それだけなんだよなあ。

まるでシナリオ第1稿をそのまま映像化してしまったような、すごくもったいない作品

改稿でいくらでも面白くなったはずなのに。

宮崎御大脚本に誰も口を出せなかったのか、

出したけど聞き入れなかったのかは分からないが、

これが宮崎駿の遺作になるとしたら残念でならない。

anond:20230714155817

ただ、家族トトロとか魔女宅とか千と千尋みたいなの期待して観に行くと、ちょっと内容違っちゃうので気をつけてね

ありがとう。一人で行くわ。

[] 本『君たちはどう生きるか主人公『母さんが残してくれたんだ』

・・・じゃねーんですわwww

生きるか要素:完、以降、ジブリ異世界ファンタジー(千と千尋ではなくハウルとかそっち方向)

 

いやマジでこれ誇張ないからねwww

いやーーーパヤオの新作ウルトラ良かったよ

スパイダーバース(anond:20230712105437)も良かったけどやっぱり大天才パヤオ

あと内容を漏らさなかったの大大大大大正解だと思う

プロデューサーは大英断だと思います

 

 

シン・エヴァンゲリオン劇場版:||が10点だとしたら、パヤオ新作は1000億点ですかね

風立ちぬ』で素晴らしいアニメーション以外はがっかりした人は今回は観てもいいよ

今回パヤオは徹底に振り切った、それを許した周囲の人々もマジでかっこいい

(もしかして庵野監督も振り切ればエヴァワンチャンああなった可能性はあったのか?)

 

塔の大おじさまはパヤオことなんだろうけど、あの唯一無二の世界観狂気と言えるアニメーションへの情熱を引き継ぐのは、血族であっても無理です

(あのアニメーション手描きだからな。改めておそろしいことよ。制作に携わった方々本当にすごい)

 

感想は後ほど書くけど映画館で観て後悔はしないと思う

 

ただ、家族トトロとか魔女宅とか千と千尋みたいなの期待して観に行くと、ちょっと内容違っちゃうので気をつけてね

 

児童文学の『怪物はささやく』をジブリ節全開に鮮やかにして、碇司令の独白(庵野くんの独白)やったやつです

 

エヴァ以上に観えないものみようするお友達がたくさん出そうな映画だけど、力こそパワーですべて振り切ったよ

 

圧倒的な力の前では『万人に伝わる』なんてわかりやすさ無価値

2023-07-06

夏への扉ロリコンと言ってる奴ってトトロの親父を性犯罪者と言い張ってそうだよな

しろお前がロリコン何だろと思ってしまうよ

2023-06-27

ヘレンケラーみたいな体験好き

恋愛サーキュレーションのサビみたいなのはブリガードっていうのよとか

あなた名前トトロっていうのねとか

ひじのうちがわのたたくとビーンとすることの現象名前とか

パンのふくろとめるやつには名前があるとか

いろいろ名前があるんだなあって

2023-06-13

[]J1初対戦で3発快勝!森永、初の二桁ゴールに、右足首靭帯損傷で離脱田中も復活弾!

明治安田生命J1オレオレFC3-1新潟>◇第18節◇11日◇ロイスタ

 オレオレFCホームアルビレックス新潟との「J1初対決」に臨み、3ー1で勝利し、連勝を飾った。前半25分、セットプレーからFW森永が頭で決め、今季二桁に到達するゴールで先制。後半17分に追いつかれたが、3分後にMF村松のゴールで勝ち越し。同38分には右足首靭帯損傷で離脱していたMF田中プロ初ゴールで新潟を振り切った。

 新人ながら二桁ゴールを達成した森永は「(鈴木潤選手から)良いボールが来たので、決めるだけだった。(二桁ゴールは)目標にはしていたが、こんなに早く達成出来たのは想定外。周りのおかげです」と喜んだ。

 2月26日湘南戦で右足首靭帯損傷し、7日の天皇杯で復帰した田中は後半38分に持ち味のドリブルで切れ込み、ダメ押しとなるプロ初ゴール。「体調が100%になり、キレも増してきた」。今後は「怪我迷惑をかけた分、これからスタメンも狙えるように仕掛けるプレーもしたいです」と活躍を誓った。

 守備では1失点はしたが、持ち味のハイプレスベルギー・シントトロイデン移籍が決まっている新潟MF伊藤涼太郎を抑え込んだ。野河田彰信監督は「立ち上がりから集中して試合に入ってくれたからな。そこが勝因やね」と話した。

 今季19試合目となる14日の次節アウェー浦和レッズ戦は前半戦ラストゲーム森永は「圧倒されると思いますが、しっかり準備をして勝ちたいです」と気を引き締めた。

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