はてなキーワード: エディプスコンプレックスとは
まず、『ダークナイト』は、フロイトの「自我・超自我・イド」の図式に当てはめると解釈しやすい映画です。
そもそもジョーカーってなんなの?というと、病院のシーンでハービーに言っていたように、「混沌の使者」(Agent of chaos)です。
ゴッサムに秩序をもたらそうとするハービーやバットマンに対して、人々の怒りや不安(防衛本能)を煽り、本能的衝動にしたがって行動させることで街の秩序を崩壊させようとするのがジョーカーです。
ここでの秩序とは何かというと、「父権制的な権力」を指します。
これは、明治時代など、近代以前の家父長制でも見られる、父親や「家」といった道徳や社会的信用に基づいて人々を従わせる権力を指します。
近代以前の社会では、家長同士の信頼によって地域コミュニティに必要な産業や社会制度が賄われており、それらの秩序を犯した者がいた場合、例え家族であってもその命を差し出す必要がありました。
父親のもたらす権力・秩序が個人の自由に優越していた時代です。
一方、近代の市民革命以降は、主権者が一般市民(国民)に移ったことで、上記の「父権制的な権力」に個人の自由が優先されるようになります。
コミュニティの構成員の間でも格差があったり、それぞれ価値観は異なります。
するとどうなるかというと、それぞれの権利の拡大やコミュニティの方針を決める上で争いが起きるようになります。
この原動力が、ジョーカーの象徴する「人間の生理的欲求・本能的衝動」です。
『ダークナイト』の公開された2009年はアメリカがイラク戦争の泥沼にどっぷりハマっていた時期で、ジョーカーの爆破などテロ行為と合わせて、この映画をイラク戦争批判と見る人もいました。
私はこの映画がイラク戦争批判だとは思いませんが、「人々の防衛本能によって事態が混沌に陥った」という点では共通していると思います。
イラク戦争の発端は、アメリカを攻撃する大量破壊兵器がイラクにあり、「先制攻撃」の対義名分で侵攻、泥沼に陥りました。
この映画でもそうで、人々が防衛本能によって親しい人物を裏切り、ジョーカーに加担することで一連の計画・悲劇は進みます。
終盤もジョーカーが市内に仕掛けた爆弾から逃げるために船に乗り込んだ一般市民が船内の爆破を免れるために、囚人船の爆破との二択を迫られる展開となります。
終盤の二択のシーンは、人々が社会的信頼や道徳(善)に基づいた振る舞いをすることで危機を免れるわけですが、ここでも生存本能を脅かす不安(本能的衝動)と社会的信頼(父権制的権力)の葛藤が起きているわけです。
この二者の葛藤を説明する概念が、フロイトの「自我・超自我・イド」です。
これらの概念は、父親のしつけを通じて内面化された父権制的権力と動物的欲望・本能的衝動の葛藤の間で揺れ動く人間の自我のありようを表すものです。
この三者の関係を表すものとしてよく触れられるのが、ギリシア悲劇の「オイディプス王」やこの寓話を受けた「エディプスコンプレックス」の概念です。
エディプスコンプレックスの概念によると、幼児期の男児は母親との結婚を望むが、父親と結婚しているため、その願望が叶うことはない。この時、男児に母親との結婚をタブーとする父権的な「規範」(秩序)が生まれ、男児は精神的な去勢を経験するとされます。
要は、母親と結婚したい男児の欲望と、それを男児のモラルとして彼の心の中で禁止する父権制的な権力との間で葛藤する男児の自我の揺れ動きを表しているという話です。
実際、この映画では、ハービーは社会的信用を守る地方検事で、ブルースの幼なじみであるレイチェルの恋人役です。
ブルースのレイチェルへの性欲を抑圧し、彼自身が望む秩序を体現する存在で、ブルースの「超自我」の象徴と言えます。
一方で、ブルース自身に目を向けると、幼い頃に両親を奪ったギャングに、自分自身の幼児期のトラウマである「コウモリ」のコスチュームで私刑を加えることで、彼らに自分と同じ畏怖(トラウマ)を植え付けようとしています。
ブルースが「コウモリをシンボルに選んだ理由」と「なぜシンボルが必要か」(逐次制裁では模倣犯が出るため、模倣犯が出ないよう、悪漢を怖がらせる、畏怖の対象となるシンボルが必要と考えた)は、前作の「バットマンビギンズ」でブルースによる上記そのままの説明があります。
つまり、「ブルース自身が彼の超自我(父親の象徴)であるコウモリになろうとしている」という話で、先述のエディプスコンプレックスにある、父親の座につこうとする男児の精神と合致します。
また、ブルース自身の葛藤として、彼は街に秩序をもたらすという公益性とは別に、Mob(ギャング)への個人的な恨みで制裁を加えている側面があり、この個人的な恨みが暴走してしまうのではないか、そもそも自身の行動はただの私刑(リンチ)ではないかという懸念がついて回っています。
ジョーカーが焚きつけようとしているのは、ブルースのこの個人的な怒りです。
ブルースがMobの制止と社会秩序の実現という社会道徳ではなく、個人的な怒りでバットマンの活動を行なった瞬間、彼はただの犯罪者になります。
ジョーカーの目的は、このバットマンの大義名分を取り払い、自分やスケアクロウなどの怪人や、Mobのようなゴロツキと変わらない存在に陥れることです(この企てに成功したのがハービートゥーフェイス)。
取調室でのバットマン・ジョーカーの尋問シーンで“You complete me.”(プロポーズの慣用句です)と言っていることからも分かる通り、ジョーカーはバットマンが半ば自分と同じ本能的衝動で動いていることに気付いています。
(だから、“You and I, are destined to do this, forever.”となる。)
長くなりましたが、パーティーシーンについて。
このシーンでは、老紳士が父権制的道徳を象徴する形でジョーカーに反抗したため、ジョーカーから“You remind me my father, I hate my father!”(お前見てると俺の父親を思い出すんだよ、大っ嫌いな父親をな!)と反感を買います。
ここでレイチェルが止めに入り、ジョーカーが口元の傷の由来を話しているのが、この場面の一番重要なポイント。
ここで何をしているのかというと、レイチェルを象徴的な意味で自分の女にしようとしています。
というのは、上に書いた通り、ジョーカーはバットマンの片割れです。
すると、ジョーカーにもレイチェル的な存在がいてよい、いるはず、という話になります。
それがジョーカーが”D’you know how I got these scars?”で始める「傷の由来の話」に出てくる「ジョーカーの悪妻」です。
レイチェルをこの悪妻に重ねているのは、逸話に入る前に“I had a wife, very beautiful, like you.”と言っていることから分かります。
ではその悪妻がどのような女性かというと、レイチェルのように慈愛に満ちている反面、ギャンブル狂で、口を裂かれた彼女に寄り添おうとしたジョーカーを拒絶した女性です。
ハービーと同じ検事職にあり、貞淑さを象徴するレイチェルとは真逆の存在です。
ジョーカーのしようとしたのは、レイチェルを自分の別れた悪妻と重ね、彼女と同じ傷をつけることで、レイチェルをその悪妻と同じ側に落とすことです。
おそらくこの逸話自体は嘘です。この場面以前にもGambolのシーンで傷の逸話がありますが、別の話をしています。病院のシーンでハービーに「俺が計画して動く男に見えるか?」(”Do I look like a guy with a plan?”)と言っていることからも、彼がポジショントークしない人間であることが分かります。
レイチェルを殺したり、ただ傷物にするのではなく、その前にこの逸話を挟むことで、その傷は彼女へのマーキングの意味を持つようになり、シンボル的な意味でレイチェルはジョーカーの女に堕落します。
彼女はやがてジョーカーにさらわれて殺されてしまいますが、面白いのは、その時ジョーカーが指定した彼女の居場所です(実際にいたのはハービーですが、言葉の上で彼女と結びついていたのが重要)。
ジョーカーは彼女の居場所を“She’s at avenue X, in Cicero.”と指定しています。
Ciceroとは、共和制ローマ末期の弁論家・政治家・哲学者で、彼の政治思想で理想とする統治機構は「共和制」でした。
「共和制」は、国家主権が人民に存する統治機構で、国家元首(王)により支配する独裁制とは対立する統治機構です。つまり、父権的制的権力とは対立する概念。人民の動物的本能に公共善による秩序をもたらそうとするもので、超自我とイドの調和が取れた状態と見ることもできます。
つまり、超自我とイドの葛藤に揺れるブルースが、本来身を委ねるべき安息の場所にレイチェルがいた、と比喩的に表現されているのです。
(その場所にハービー(父親)を置いとくあたり、徹底してジョーカーは底意地が悪い)
とまぁ、パーティーシーンは、これらの葛藤の舞台となる場面です。
直前でスリロ判事・警察長官が殺されて、ハービーが殺されればゴッサムの司法庁崩壊でその王手がかかっていたり、それを阻止すべく大急ぎで対応するブルースと迫るジョーカーのサスペンスだったり、ヒースレジャーのセリフ回しだったりで見所がいっぱいある、個人的にも好きなシーンです。
意外と用意しすぎちゃったことが本人の自立を阻むっていう話もあるから難しいよな…
お父さんエリートだからエディプスコンプレックス拗らしちゃったりとかしてそうだし。
ちょっとやそっとじゃ乗り越えられない立派なお父さん、なかなかつらいものがあるかもしれんね。
他になんかやり方なかったのかねえとは思うけど、なんかどっちもかわいそうで責められない…
しばらくちんこネタ抑えていた反動と深夜テンションでもはやちんこはとことんとまらない。
どうせ眠れそうにもないのでどうしてちんこが好きなのか考えてみることにした。
物心ついたころからちんこネタがすきだった記憶はある。ウィンナーとかみるとぽこ!ぽこ!言ってた(ちんぽこのこと。このせいで今でも父親がたまにウィンナーのことをぽこ!といってくる。そのたび爆笑したい気持ちを抑えながら必死に顔を無表情にして「パパうるさいキモい」というのも一苦労)
幼稚園、小学校、中学校とひたすら外ではピュアを演じつづけていた。
オタクなので推しの絵を描くのが好きでずっと書いていたら高校の時、クラスの男子に見られて「なんでそんな股間強調するの」と言われたことは3回ある。笑いながらいう人もドン引きしている人もいた。特に強調している自覚はなかったが、女の子には言われたことがなかったので、やっぱり男の子はおちんちんのおおきさきになるのかしら…?なんて思いながら、気にせず推しの股間に陰影(淫影?)をつけていた。余談だが我が推しは全身タイツなのでもっこりがよくわかる。ちゅき♡
話は一度脱線するが、推しと彼氏を除いた男は好きじゃない。別に嫌いではないがかっこいいとかいう感情が全くわかなくて、同性の友達のかっこいい男談義にまったくついていけない。推しと彼氏以外の男を鑑賞対象にしたいとは思えない。鑑賞対象は専ら美しい女の子達だ。でも恋愛対象は絶対男、女の子は有り得ない。だってちんこがついていないもの。
好きになった人にちんこがついていないなんて悲しすぎて泣いてしまう。自分の身体にぽっかり空いた穴を埋めてほしい。だから見た目は圧倒的に女の子が好きだけど男しか好きになれない。
なんだっけ、エディプスコンプレックスだっけ?あの女の子はちんこが足りないみたいなやつ。なんか昔電子辞書に隠語入れまくって遊んでいた時にペニス羨望とかでてきてへーって思った記憶。
多分あれかな、小さい頃父親が大好きで、少し大きくなるとよく稼いで母親が専業主婦にも関わらず家事もかなりしたり休みは外食にして母親の家事負担を減らして、家族サービスもかなりする某二枚目俳優の上位互換のルックスの父親(よく間違えられる)が当たり前ではないと気付いて尊敬の念を抱いていた(実際かなり友達から羨ましがられた)(ただなぜかここで、パパのような人と結婚したい!ではなくパパのように稼ぎたい!となったのはよくわからないが)
そしてまたさらに大きくなるとなぜかメンヘラもどきに成長し、その頃から自分の股間の穴が気になって、埋めて欲しくて、この穴がちんこで埋まれば満たされるんじゃないかと思った。さらに時が経って、ついにちんこんにちわを果たしたらメンヘラはだいぶ落ちついた。
父親と自分の大きな違いはちんこで、ちんこに自分を満たしてくれそうという憧れを抱き、実際ちんこに救われた。
多分ちんこに万能感のような憧れを抱いているんだろうなあ。造形的にもとてもすき。
キモくて金が無いおっさん=質も量も時間も持っていない、と自らを定義するのに、
定義のもとになっている「父的なもの」は否定したくないんだから、正しくエディプスコンプレックス的ではある。
オイディプスは、母と結婚し子をなした罪に耐えかねて自らの眼をついたけど、
父に認められなかった上に母からも受け入れられなかった己は、自分を壊すだけでは飽き足らず外の世界ごと否定せずには自我が保てない、
彼らの言い分を聞いてると幼稚園児男児と話してるような気がしてくる。
「理想の女像」みたいなのは透けて見える。俺のすべてを受け入れてくれるはずなのにという絶望も共通する。
幼児期にカーチャンにそれを見いだせなかったからというのはあり得るかね。ちょっと古典的すぎる気もするなぁ、自己愛性障害という感じもある。自己愛性障害の源泉をエディプスコンプレックスに見るというか。
心理学の超超古典解釈でエディプスコンプレックスというのはハマりやすいかも。そういう意味でも、時代に完全に乗り遅れちゃってる感はある。
法事で会うたびに酔ってブツブツ下向いて、ネットでしか見かけないようなネトウヨ電波と
東日本はフクイチ汚染で人が住めないって妄言を放つニートの従兄弟がいるので、
ネットで見かける極端な右翼的発言は、従兄弟の顔を思い出して気の毒な気持ちになる
みんな従兄弟が悪いんや。
いや、従兄弟をニートにしたままほっぽって外では威張ってる従兄弟の父親が悪いのかな。
従兄弟のネトウヨ発言を注意深く聞いていると、エディプスコンプレックスを強く感じる。
示威的で父権強者そのものの実の父は憎んでいるのに、一方で、ネトウヨ特有の強い父権へのあこがれはあるんだ
強い父権=うつくしいにほん=国家主義的なもの=その実は実の父と一緒のハリボテの父権風、実はただの威張りん坊の既得権者なのに
それが分からず、頭の中の理想の父親を日本会議的な似非右翼コスプレに重ねてころっと騙されちゃうのが、引きこもり歴約10年のキャリアのなせる悲劇。
従兄弟を観察していて分かるのは、自分が社会で認められることがないからこその、父権的なものへのゆがんだ憧れ
自分で努力して力を手に入れようとはしない、自分も他人の父権を借りて威張りたいだけだから、コスプレ右翼の日本会議と親和性が高いんだよね。
他方、デカルトにおける私と明晰判断に認知できるものだけで構成、しかしそれでは私の全体像をとらえたことにならないのでは?
超自我がエディプスコンプレックス(異性の親に対する性的願望と同性の 親に対する敵対心の複合したもの)を克服してゆく過程で近親相姦願望を抑止する者として
<幼児がエディプスコンプレックスを克服する。同性の親を取り込んで心の中を番人にする。>
の同性の親を心の中に取り込むことで、それを核に成立(こうした説明を元に可能となるデカルト批判)フロイトに従う限り(人間の心をもつ)私の中には本来 「私」とは異なる他者(同性の親)が部分として存在していることに
↓
こうした本来の「私」の外に存在する他者、しかしそれでいて私を形成する他者をデカルトの目の内面でひたすら探るというやり方では捉えきれないのでは?
☆ジャック・ラカン(1901ー1981)が鏡像段階に関して展開する議論をもとに可能になる
鏡像段階→幼児の発育過程の中の一段階(生後6か月〜18か月)この段階の幼児は、鏡の中に映った自分の姿に強い関心を示しなおかつそれを見て大喜びするという特徴をもつ。
↓
なぜ大喜びするのか?
↓
自分が一つの統一的な身体を持つことの発見、そしてまたそうしたものとして他者から見られているのだということの発見
↓
そして発見を通してナルシシズム(自己像に対する愛着)がめばえ
様々に思い描くようになる
EP7見て、いつもはネタバレ気にせずにSNSに書くけど、今回は見る人多そうだし
ここ好き! っていうところと気になったところがあったので、増田に放り投げたい。
ネタバレなのでご注意ください。
・前提:EP1~6まで視聴済みだけどテレビであった4以外だいぶ前
・残虐シーンフレームアウトありがたい
・フィンとレイとBB-8の組み合わせかわいい!! かわいい!!!
・BB-8の動くフィギュア俄然欲しくなったけど値段が可愛くなかったので断念(19,800……)
・BB-8がぐるんぐるんしながら、途中でびしっ! てなるところが可愛すぎた。
・ソロやっぱり格好いい……
・レイア姫とツンデレケンカップル健在なんだけど、年齢を重ねたツンデレも大変よろしい
・ポーが格好いいのと、Xウイングでの戦闘でめちゃくちゃ動くのよかった!! やっぱりXウイング格好いい~
・ミレニアム・ファルコン号の砲台がぐるんぐるん動くのもやっぱりすごくいい。
・カイロ・レンのマスクとマントすごくいいし、あの情緒不安定な感じも嫌いじゃない(笑)
・C3-POが姫……って言いかけて将軍、って言い直すのがすごく好きでした。
・フィンが逃げたくて逃げたくてたまらないのに、足を止めて立ち向かうのがすごく、好きです。
・レイがフォース使うシーン好きです。もうちょっとガンガン使ってくれてもよかったのよ!
・カイロ・レンよりも強いフォースの持ち主なんだろうけど、アナキンとかと違ってあんまり不安定そうに見えないので、このままダークサイドとふらふらするような展開にならないで欲しい~
・全体的に、新キャラほぼみんな魅力的で、旧作キャラも見せつつ満足しました。導入+キャラ紹介+世代交代を見せるEPなんだろうなあ
・8でどういう関係性に変わっているのか楽しみ!
・ソロの件は、丁寧にフラグを積み上げすぎていたので仕方ないかな……と思いました。噂もあったし
・苦しいんだ、とベンが吐露するシーンで、太陽が消えたのは判りやすいけど演出好きです。あの這いよる絶望感
・レイア姫が帰ってきてね、と言うところで返事をしないソロに、多分察したんだろうなあと思うと、この夫婦(夫婦なんかな? 結婚したんかしら)の絆を感じるのと同時に、ルークもだけど、幸せな家族の記憶がこの30年にあったんだと思いたい。
・ソロはジェダイじゃないから、落ちたままレイア姫のところに帰って来ないんだろうな……。
・好意とか愛情を示すのもひねくれてるソロが、最期にベンの頬を撫でて、素直に愛情を示したところに彼が年齢を重ねたことと、父親だっていうのを感じて辛い
・いつかベン(カイロ・レン)が、ソロ(とレイア姫)が示した愛情に気付いて、実を結ぶことを期待したい(スルーじゃありませんように……)
・話がほぼ「JJエイブラムスの作ったEP4(と、ちょびっと新三部作)」。見てる間中、『見せましょう JJエイブラムスの「スター・ウォーズ」』って頭をよぎって仕方なかった
・シーンの繋ぎ甘くね?(特にミレニアム・ファルコンにソロが乗り込んでくる流れ)
・この監督、他の映画もだけどシーンが切り替わる手前に変な間があるのなんなんだろう……
・トイレ我慢してるんでそこんとこもう少し早回しを!!!!! とすごく願った。なんか間のとり方が邦画っぽい
・カイロ・レンのマスクを取ってからの小物臭。もう少し……! がんばれ……!!
・あと「遥か彼方のどっかの星」みたいな感じが殆ど無いのも消化不良。地球でのお話でしたっけ
・レイがいた場所はルークと同じような風景で目新しさはないし(レイ=ルークをなぞってるのかなと思ったので、これはしゃーないのかもしれないけど)、共和国軍のいる場所もどっかヨーロッパ辺りのロケかな? って思うし、デス・スター改良版みたいなやつもどっかでロケかな? って思うし、酒場もどっか地球上にありそうだし、極めつけはルークのいた遺跡はグーグル画像検索で同じようなのヒットすんじゃねーのって
・セットでいいからそこは頑張ってくれ……。
・良くも悪くも、前6作品と比較できすぎてしまう……。旧三部作なんて映像は古いけど、異星・異文化描写はすごく良かったんだなあと改めて実感した。
・えーと、あと新しい敵組織「ファーストオーダー」は、カイロ・レン→小物臭 将軍→小物臭 キャプテン・ファズマ→思わせぶりに出てきておいて小物
・っていう三拍子揃ってて、こいつらほっといてもそのうち自滅するんじゃねーかなって思った
・最高指導者も人がいなくて大変だろうな……。
・カイロ・レンが圧倒的な力を持ちつつ情緒不安定っていうのはいいと思うんですが、代わりに他者のことでは動じないとか、別の強キャラとか欲しかったなあって思うんですけど。
・特にキャプテン・ファズマは大丈夫なんですかあれは。まさかあそこで退場ですか(生きてんの?)(EP4でダストシュートで生き残ったことを考えると生きてるかな……)
・カイロ・レンですが、多分モチーフになってるのは小説版のソロ家の長男かな~って思ったんですけど、名前はルークのとこの長男だしミックス?
・何が問題かって、アナキンがダークサイドに堕ちたのは「パドメを失う」っていう恐怖心から力を欲したせいだったけど、そういうのがなさそうな辺り……
・「ダース・ベイダーさんちょーかっけーっす! マジリスペクトっす!!」だったらどうしよう。小説のソロ長男は家族を失いたくない、なんですよね……? そういう動機あるのかな。なさそう(うすっぺらい)
・ところでダース・ベイダー信仰してるけどその人結局ジェダイに戻ったよ? 大丈夫?
・リスペクトだけだったりして……と思ったのは、カイロ・レンの頭の中を覗いたはずのレイが、ソロの息子宣言でフィンくんと一緒にえっ!?て顔をしてたので、
・ダースベイダーのことで頭がいっぱい=(理由)力が欲しい=(動機)力が欲しい で、きっかけは家族を守りたいとかそんなんではなく強くなりたい! だけで、両親についてひとっつも考えてなかったのならレイが知らんてなるよなーと
・エディプスコンプレックス拗らせてるくらいの理由がありますように……。
気になったところでめっちゃ書いたけど、でも楽しかったのは楽しかったんですよ!!(賛否両論なのめっちゃ分かる……)
前6作は、忘れているところがかなりあるので、きちんと見直したら色々元ネタとかそういうのいっぱいありそうだったので、感想とか見て回りたいです。
ソロの退場は今も尾を引いているんですが、多分テレビでEP4見てなかったらここまでショックじゃなかった気がする。鬼か!
スター・ウォーズを語るのにふさわしくないことに関して俺の右に出るものはいないだろう。
・まず愛着はないが、ネームバリューと話題性だけでとりあえず話題にしたりする。
・そもそも子供の頃にテレビで旧作をみて古くさくて話もよくわからんなと思っていた。インディ・ジョーンズの方が面白いと思っていた。
・ディズニーランドのアレは揺れとか演出がすごくて楽しかったとは思っている。
・オタキングさんとかがコスプレしたとかエピソードを披露しててうざいなー、と思っていた。
・少し青年になって自分で映画を色々見るようになったりSFに興味をもったりするなかでスター・ウォーズを批評する記事をみて一度まとめて見てみようと思うも結局みていない。
好きなSFは筒井康隆、ディックとかヴォネガットの社会科学・思索的なものでスペース・オペラ感、ヒロイック・ファンタジー感の強いスター・ウォーズは好みと違う。そのくせFFとかドラクエは普通に楽しむ。
・10代の頃にファントム・メナスが公開され話題になったが、劇場にはいかず。テレビもみたが集中がもたず見るのをやめる。ハムナプトラとかフィフスエレメントの方がまだ面白いと思っていた。
・好きなタクティクスオウガなどの作品にスター・ウォーズの影響があるなどを知りとりあえず敬意は持っている。でもやはりつまらなそうなのでちゃんとみない。
・ちゃんとみてはいないが、あらすじを読んで父と子の対立、ははあ、これはフロイトやギリシャ悲劇のエディプスコンプレックス的なやつだな!と、斜に構えてみたりする。
・スター・ウォーズ本編の内容より、ルーカスがグッズの版権を抑えて大儲けしたエピソードの方に興味津々だ。
・ゲームのレゴスター・ウォーズにも興味があるけど、やっぱりスター・ウォーズをちゃんと見ていないから別にいいや。
「男にとって理想の女はセックスのできる母親」ってのはかなり昔から見聞きした覚えがあるんだけど、何だったっけなー
心理学だったか、エディプスコンプレックスからきているのかも