はてなキーワード: 旧人とは
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メジャーな作品は読んだという中に『ファウンデーション』も『リングワールド』も入ってないって事は
『電気羊』好きならエフィンジャー『重力が衰えるとき』(身体や人格を改造しまくった人間ばかりのアラブ都市での犯罪捜査)もいけるかな。
『幼年期の終わり』的なのだとスタージョン『人間以上』(意識接続ができる新人類の誕生と旧人類との葛藤)、
ベア『ブラッド・ミュージック』(学者が創り出した「知性を持つ細胞」が人類を変える)
タイムトラベルものなら『夏への扉』とは雰囲気が大分違うがウィリス『ドームズディブック』(14世紀に調査に出かけた歴史学者が巻き込まれる苦難)とかどうかな。
ブックマークからお気に入りのものを。誤字脱字や「せざる"お"えない」みたいなのが目についたり、一人称視点変更の多さが気になる作品もあるが、とりあえず目をつぶっている。
SF。ポストアポカリプス。人類が滅びたと思われる近未来で、コールドスリープから目覚めた主人公は生き残りを探す。あらすじ、前書き、後書き、のテキストがすごく好き。
異能力バトル。ちょいSF。能力バトルものだけど、いろいろあって主人公だけは特殊能力なし。フィールドが主人公に有利気味とか終盤の展開が読めちゃうとかあるけど、主人公の戦い方が好きなので。
SF。群像劇。超越者となった旧人類の生き残りが、進化していく新人類を観察する話。ちょっと中二感ある主人公。惑星連盟あたりは時間の設定がちょっと気になる。
異世界転移。ダンジョン運営。ダンジョンマスターになった女子高生が頑張る話。ダンジョンマスターなのに貧乏で何も作れないので自分で戦うところからスタート。異世界人には容赦しないタイプの主人公。
異世界転移。砂漠のような場所に転移した主人公が漂流しつつ、世界の謎にせまる話。中盤まで誰とも出会わない。途中からずっと穴掘りしてる。
異世界転移。ホームレスの二人が飛ばされた異世界でお手伝いしたり。二人がかかわる事件の設定が面白い。この人ホームレスっていうかサバイバリストですよねという気持ちもある。
SF。12個の迷宮を持つ惑星。全ての迷宮に共通の敵対生物が存在している。それぞれの迷宮でのそれぞれの物語。オムニバス。章ごとのジャンルはバラバラ。
異世界転移。完結マークないけど話は終わっている。主人公は転移した森のなかで一人で生き抜き、人間の痕跡を探す。
異世界転移。クラス集団転移。だけど、転移先は滅ぶ寸前。破滅へと進む世界でのお話。全体的に暗い。
異世界転生。いわゆる知識チートもの。商会のために奔走したり、魔法を科学したり。主人公は自分には知識はあるけど技術がないので、助けてくれる人がいないと何もできないという認識の人。
異世界転移。デスゲーム。死に戻り。スキルシステムあり。とテンプレを揃えながらもとてもシビアなデスゲームの話。途中まで一人。同作者の作品は他にも読んでいるけど基本的にどれも好き。
ファンタジー。超凄腕暗殺者の主人公が敵対勢力の街で100人殺してこいという依頼を受けて、殺人を繰り返す話。
異世界転移? 迷宮の最奥からスタート。途中まで一人。主人公どんどんボロボロになっていく。主人公は特に強いわけでもないので逃走と策で戦うことが多い。
異世界転移。SF。異世界へ行く技術のある世界。ファンタジー世界の森で生き抜く話。基本的にずっと一人。病気にかかるし怪我もする。いいところで更新停止してしまった。
異世界転生。ダンジョン攻略もの。HPとかスキルとかある。主人公あんまり強くない。風呂敷すごい広げてるけど大丈夫なのかなとちょっと心配。
ファンタジー。なろうによくあるスキルのある世界で、スキルを売買できるスキルをもった商人の話。一話完結もの。
異世界転生。チートとかスキルとかない。魔法はある。ファンタジー。主人公は基本的に卑屈。
異世界転移。舞台は東京。スキルはある。現代の銃火器を持つ人物もいる。東京に住んでる人は舞台の光景を想像しやすい。渋谷のスタバは冒険者ギルド出張所。
重く受け止めているからこそ、旧人類のした「生命をもてあそぶ」という愚行を責めていないだろう。それは仕方がなかったと言っている。それを重く受け止めた上で、現人類は別の道を行くと言ってるだけだ。
旧人類は「リセット」したんだよ。現人類は「リセットはしない」と言っている。そのことをもっと重く受け止めろ。
団塊世代は高度成長期という比較的過ごしやすい時代を生きていたのに後生のことは考えていなかったから批判されている。ナウシカたちの死ぬか生きるかの世界とは全然違う。雑な例を出すな。あと「ナウシカが正義」なんて一度も書いてないだろ。「ナウシカもそうするしかなかった」と書いてるの。
ナウシカは選択の是非を問われる立場にいたし、それまでの功績がどうであろうがその1点については人類滅亡まで問われ続ける。それは揺らぎようのない事実。
あなたはいつも「~なのは疑いようがない」とか「~は揺らぎようのない事実」とか書いているけど、根拠がないんだよ。「○○だと思う。なぜなら私がそう思うから」でしかない。毎回そうだ。
違う。未来への道筋を残すために今を生き残る必要があるの。現人類はあなたの言う「未来を作る確固とした意志」の上に今を選択した。
一方の旧人類は自身の改善を諦めた。旧人類は「未来の今を生きる人間のため」に新人類を作ったんじゃない。道筋なんて作ってないの。自分たちに絶望し、自分たちと未来との繋がりを切って捨てたの。旧人類が未来に残したのは音楽や詩だけ。卵には旧人類の積み重ねなんて残っちゃいない。
あなたは「旧人類の絶望が分かる」と言うが、これが理解できていないようでは全然分かってないんじゃないの?
私は最初はあなたに期待していたんだよ。「きっと別の方法が取れる」かのように書いているから「確かに選択肢は多い方がいいな。どんな手段を考えているんだろう」と読んでみたら「~は揺らぎようのない事実。~は恨むだろう」だ。
別にあなた一人がそう思うだけならそれで何の問題もないよ。でもその思考をもって他人を責めたり、他人の思考を代弁する気なら、それなりの根拠が必要だろう。
繰り返すが、私がここまでで一番納得いかないのは、あなたにはまともな根拠がないこと。あっても簡単に反論できてしまうものしかないことなんだよ。
ここでもう一度これまでにあなたが出してきた疑問点について書いてみたい。
ない、と私は書いた。それは物語から読み取れることであり、また「ある」とした場合矛盾が生まれるからだ。
1.現人類と新人類は共存できない。なぜなら現人類は新人類を簡単に滅ぼせる力を持っており、新人類は簡単に滅ぼされるほど弱い。
2.よって旧人類は、現人類をそのまま生かしておくことは考えていない。唯一の抜け道は現人類の新人類化。
3.しかし、新人類化=感情をなくした人間=「そんなもの人間ではない」と私は考える。
4.「それもまた人間である」派に「そんなもの人間ではない」派を止める力はない。あなたにその力がないように。
5.結果、現人類は旧人類の技術を受け入れない。墓の技術は使用されない。
現生人類が奇跡的に新しい環境に適応できる確率と、墓と和解する、墓の技術を使って適応できるよう変わる、新生人類と共存の道を歩む確率なら後者の方が高いことは疑いようがない。
同意しない。私はナウシカが言うように、血を吐きながらでも現人類の中から浄化された環境に適応できる人が現れると考える。なぜなら自然界の中で生き多様性を身に着けた人類の生命力は、頭空っぽの新人類には想像できないくらい強いからだ。
一方の新人類の生命力は恐ろしく弱い。あなたが言うように、敵を殺すぐらいなら自分で死を選ぶからだ。捕食して栄養を得る能力を持つ単細胞生物(粘菌)にすら及ばないのだ。墓所の技術で栄養はなんとでもなるし、不死身にもできるが、実際は寿命が設定されて次の卵と変わるだけだろう。一種のウイルスか、卵が寄生虫に乗っ取られるか、いずれにせよ同じ体に作り変えられたら現人類は一緒に全滅する。
なによりそれらの方法を検討している余裕がない。墓は現人類の存続を現在進行形で脅かしている。墓所を生かしておけば先に現人類が滅ぶ。そして何度も言うが現人類は滅びを選ばない。
現生人類が生き残ることではなく、火の七日間を再度起こさないと確信に値するものを示すしかない。
上にも書いたけど、あなたは旧人類の思考を理解できていないと思うよ。または「あなたは理解できた」かもしれないが、現人類の大多数には理解できなかったんだよ。そしてあなたには理解をしてもらえるだけの説得力がない。
全滅してから言え。
とかまだ言ってるし。人類は「今は絶滅しない」道を選んだんだよ。あなたの言うことは聞かない。
絶滅するしかない、という案を取るか取らないかはその時の人類が決めることだ。あなたが「現人類には絶滅してほしい」「新人類に希望を」と言ったところで現人類を説得できなければかなわないじゃないか。
私は、あなたの疑問に一つ一つ反論を出し、その根拠を書いてきた。なのにあなたはなんだ?パチンコが~とか本来日本人は~とか雑な例はいらないんだよ。疲れてたのは分かるけどさ。
私は、一応は人類としての回避策を出しただろ。現人類が踏みとどまり、どうにか戦争と自滅を回避し、新人類を受け入れられるだけの余裕を持てればよかったと。しかし今回はかなわなかった。私自身がその場にいても、協力らしい協力もできず、ナウシカに託すくらいしかなかっただろう。
多様性のない新人類はそのままでは王蟲のようにはなれないし、あの時点で現人類に新人類を受け入れる余裕もない。ナウシカが滅ぼさずとも現人類に滅ぼされる。
罪をかぶるなら全人類が被るべきであって、最後の決断をゆだねられたナウシカではない。あなたは自分なら罪をかぶらずに済んだのにと思っているようだがあなた自身も現人類であり、新人類を救えなかった一人だ。
私は先日、
「ナウシカは一人の人物ではあるけど、結局はそこに至るまでの過程を現人類が選択したんだよ。あなたならその時破滅を止めるために何か協力できただろうか?」
と書いたが、一番聞きたい回答はこれについてなんだ。あなたは、自身がどうすれば今回の悲劇を止められただろうと思っているのか。
「ナウシカがこうすればよかった」という例についてはこれまでに書いた通り「それはできそうにない」と私は思う。なので、ここではあなた自身、いや個人でできることなんてたかが知れてるので、あの場の「人類が」どうすればナウシカの行動を止めることができたか?ということについて聞いてみたい。
で、私は今後三週間くらい忙しくて増田を読んでる余裕がなくなる。もしこのダラダラと長い駄文に回答してくれる余裕があるなら、急がないんでのんびりどうぞ。
(実は上記以外に、もう一つ追加で文章を書いていて、長いので別記にした。anond:20180303232700 忙しいだろうし余裕があるときにでも)
とりあえず全部読んだ。
が疲れていて細かい返信ができない。
ナウシカ最大の責任は「『歴史は繰り返す』『お前達はその朝をこえることはできない』」
これに正しく答えられなかったところだ。
「その場限りのプーは気楽でええですねん!」
先のことを考えず今その瞬間でベストな選択をしてきた結果、墓所までたどり着いた、
だからナウシカは正しいことをしてきた、というのは結果論に過ぎない。
旧人類の長い歴史を顧みればその時代に当然ナウシカのような人間が一人や二人い無かったという方が難しい。
旧人類だって殺してでも生きなければ生き抜けない時代なんて経験してる。
その経験の果てに新人類の卵を作ったんだということをもっと重く受け止めろといっている。
歴史は繰り返すけど俺らプーだからパチンコ打ちにいくぜ!って連中にまじめにしろなんて言ったところで通じるわけがないよな。
特にそれまでパチンコで食っていけたパチプロのカリスマみたいにナウシカに言ったところで通用するわけがない。
墓所がナウシカと出会ったことが墓所最大の失敗であり敗因であったというならまさにその通りだろうよ。
でも墓所側が提供する環境に適応した改造手術と同レベルの救済の道をナウシカが示さない限りはナウシカの責任は残り続ける。
ナウシカは選択の是非を問われる立場にいたし、それまでの功績がどうであろうがその1点については人類滅亡まで問われ続ける。
それは揺らぎようのない事実。
迎えられない朝がきたときに、そのとき「今を生きる現生人類」は歴史を知ってナウシカを恨むだろう。
それは当然のことだろうよ、今しか生きてこなかった人間のツケってのは、
日本で例えるなら今を生きてきた団塊世代たちのせいで貧して今を生きたいはずの若者が背負わされてる姿だ。
説得力もなにも、今を生きるしか頭にないやつには、そりゃ未来なんて永遠に存在しない「今」だろうな。
そして、今しかいきれないというのなら過去の積み重ねという未来への道筋を自分らの功績かのように語るんじゃない。
未来を作る確固とした意志もなく、ただ過ごしてきた時間を過去として語るのは愚かですらない、単なる無知だ。
本来日本人は自分を犠牲にしてでも「家」、つまり一族の未来を重視する人間だったんだが
半端なアメリカ文化が到来してからは自分を守るもの、守るべきものという一族・家庭は崩壊して弱体化してしまった。
今を生きるのがずっとその先うまくいくなんてのは、宗教だよ。
特にずっと上手くいってきたナウシカがそういっても、それこそ説得力がない。
全滅してから言え。
うん。めちゃくちゃ肩入れしてるよ。私はナウシカという人物が大好きだし。
そして、ナウシカは現人類に肩入れしている。ユパが好きだし、アスベルやチククも好き。クシャナやクロトワだって好きだ。風の谷のみんなが好きだし、トルメキア人やドルク、蟲使いも。それ以上に王蟲が好きなんだけど……。いがみ合いは嫌いだが、いがみ合ってる人物そのものを嫌っているわけではない。
その好きな人々を亡くしたくないんだよ。そのためにできることは何でもするだけだ。犠牲行動を「良い」と思ってやっているわけではない。行動原理は「その相手を助けたい」だ。そのためなら瘴気の中でマスクだって取っちゃうし、周りをドルクに囲まれて死の一歩手前だろうがトリウマを助けるのが先だ。「良いか悪いか」で判断してるような人にこの行動はとれない。
ナウシカは墓所が現人類に邪魔だから消したんだよ。私もその決断に同意する。「私達のように凶暴でなく、おだやかで、かしこい人間」なんていらない。少なくともそれを生かすことによって自身の愛する世界を失うことになるのなら、その障害を潰すことを厭わない。
作中の現人類の多くはこの思考に同意するだろう。漫画の世界ではなく、今PCを閲覧している読者の多くも、ヴ王と同様に「そんなもの人間とはいえん」と思っているだろう。
うん、それは私の思い込みだな。新人類が進化して「凶暴で、おだやかでない、バカな人間」に、現人類並みに育つ可能性はあるよ。私はそれまで待てない、と言い換えるか。それにどうせ現人類並みになるならリセットせずに今の現人類を使えばいいじゃない。そしてそのとき、墓所の技術は現人類にとって危なすぎるの。そこの技術が現人類のいがみ合いの種の一つになってるから。「ヒトラーと同じだ」というが、ヒトラーなら優性思想だから「おだやかで賢い人間」を生かすんじゃないの。知らんけど。
墓所側が攻撃するのは当たり前のことだ。旧人類の悲願は人間性の闇を捨てることだ。現生人類を死滅させたいのも当たり前だ。それが残っていては計画が水の泡になる。交渉する余地など最初からない。武力で負かして交渉のテーブルに無理やり着かせる必要がある。
あ、そういうこと言っちゃうんだ。じゃあまあ墓が弱かったから仕方ないね。「交渉の余地すらない。武力で負かして交渉のテーブルに無理やり着かせる必要がある」と言うからには負けた旧人類と新人類は黙って消えるしかないだろ。どうもあなたは「墓所が勝った場合は人類に交渉の余地はない」しかし「墓所が負けた場合は、墓所は交渉のテーブルに着かせてもらえる」と思っているようだが、そんな甘いわけがない、巨神兵の裁定はおりている。そして巨神兵をプログラムしたのは旧人類だ。
新人類に正しい審判を下せるのは旧人類でも現生人類でも新人類でも王蟲でもナウシカでもない。はるかかなたの未来に生きる人類たちだ
「今」を生きるのに精いっぱいの人々にはるかかなたの未来に生きる人類を気にかけてる余裕なんかない。21世紀の現代日本ですらそうだろ。繰り返すけど、あなたは物語の中の今を生きている人類に寄り添えていない。そんな人物の言説を誰が聞く?
古今東西、人を説得できないと物事は変わらない。国会でどれだけ「日本を良くする法だ!」と自説の正しさ唱えたところで、党内の票をまとめられなければ法案は通らず歴史は変わらない。
その、愚かな人類と決別しようとする "新人類教" では物語の中の世界を変えられないんだよ。せいぜい数千年後にまだしぶとく生き残っている現人類が「古文書見つけた!『お前ら人類は虐殺者だ』『ナウシカは悪魔だ!世界を滅ぼしたのだ!』とか書いてあるよ。新人類教だってさ」と珍しがる程度だ。
そうだろうね。そしてそういう人物は、誰かを殺す心配をするまでもなく、とうに誰かに殺さているだろう、と先にも書いたよ。
ナウシカの世界は、その環境の過酷さにより人々がいがみ合い、憎しみ合っている。しかしそれぞれの人は "新人類ではない" から、憎悪の一方で愛も持っている。良い一面も悪い一面も持っている。これが人間だ。そういう人々の行動を変えるにはどうしたら良いか。まずは説得だ。ナウシカは数々説得してきた。しかし凶暴で賢くない人類だから、説得には応じられないこともあるだろう。では説得に応じない相手はどうすれば良いのだろうか?そう "行動を起こす" のだ。あなたは「交渉する余地などない、まず武力だ」と言っているが、まずは交渉、のちに行動。
最終話近く、マニ族とクシャナ軍がにらみあっている。ユパが、ケチャや年寄り連中と一緒に必死にマニ族を説得している。だがマニの若者たちは納得しない。彼ら彼女らも "復讐は何も生まない" と理性では分かっているのだ。だが自身の感情を説得しきれない。そして、この気持ちを晴らすにはトルメキア人を殺すしかない、と"行動を起こし"クシャナに襲い掛かかった。(法の整備された現代日本では許されないよ)
ここでユパも説得は通じなかったことを悟り次の手段に出る。マニ族とクシャナの間に割って入り、マニの刃を受けることで双方の連鎖を止めた。先だって左腕も犠牲にし「この片腕、わしの心のあかしだ。たのむ判ってくれ」と再度説得。単なるきれいごとではなく、自らを痛めてまで訴える人間の言葉は人の心に届く。(これには先立ってマニの僧正が同じ方法でユパの命を救っており、恩返しという側面と、僧正の念がこの場に出現しマニ族を説得するという流れになっている。この通り、聞かなきゃ殴るだけが行動ではない)
ナウシカも同様に、数々の行動によって人々を説得してきた。
ナウシカは恐れでためらうことが少なく、瞬時の判断力を持っており、おおむね良い方向に作用する。(主人公補正はあるが)
アスベルを新人類と入れ替えてみたらどうだ?と言いたそうだな。やってみようか。新人類は生き残ろうとしない。生に執着しない。あなたと同様に「人間の凶悪さを発揮し蟲を殺してまで生きようとは思わない」と言い残し、ナウシカに遭遇する前に蟲に食われる。おしまい。
説得・行動・説得・行動だ。これによりナウシカは数々の障壁を超えてきた。残念ながらあなたの思惑とは違い、最終話ではもはやナウシカを止める人はいない。ナウシカはもう辺境の一首長ではない。行動により強力な支持者を得て、民衆を説得できる力を持った。ナウシカはみんなをつなぐ糸になれた。
あなたには説得力もなければ行動力もない。だから序盤で死んでいるだろうけど、それを大目に見てこの場で
新人類に正しい審判を下せるのは旧人類でも現生人類でも新人類でも王蟲でもナウシカでもない。はるかかなたの未来に生きる人類たちだ
と言えたとしよう。で?誰が耳を……あ!聞く耳持つ人がいたわ!墓所と守り人。ヒドラ。
これがあなたの発言。そして墓所・庭園の主『歴史は繰り返す』『お前達はその朝をこえることはできない』。そっくりだな!といってもあなたは墓の側に立って意見を出してるんだからそりゃそうか。
あなたが墓所かヒドラだった場合、結局ナウシカを説得できなかったので歴史は変わらない。変えるとしたら、最後の生き残りの人々の前に現れ、今回の数々の教義を唱え、賛同者を募ってナウシカを止めてもらう必要がある。
そこにいる人々は、戦乱の世を必死に生き延び、死にたくないと願い、場合によっては人を殺めても生き延びてきた人たちである。その中でどのくらいあなたの賛同者がいると思う?ナウシカを引き留めるには到底足りないと思うんだけどね。
ナウシカだって最初は無垢でいたかったんだよ。でもそれだけでは自分の愛する人は救えないと理解し、成長する物語だ。そしてナウシカは罪悪感や自己矛盾をちゃんと受け入れている。「人類を滅ぼしにいくのかもしれない」と自覚している。「悪魔として記憶されてもかまわぬ」と言っている。それに比べりゃ私たちなんて楽なもんだ。最後の決定をナウシカに任せちゃえるんだから。だからこそ、その決定について、ナウシカに責を負わせることはしないでおこうと思う。
新人類だってあなたを救世主だとは思えないだろう。「その人は私たちのために何かをしてくれたの?」「なんだ、世界の片隅で祈ってただけか」と。
あなたは、未来を変えたいが、自分の手は汚したくないという。墓所の主はそういう役割としてプログラムされているからまだわかる。しかしあなたはには自分の意志があるのに、その体があるのに、先へ進もうとしない。今の自分を超えようとしない。現人類より新人類側に思いを寄せている。もしかしたらあなたも旧人類のように全てに絶望しているのかもしれない。どうせ全滅するのだから何をしたって同じか?「そうではない」とこの物語は示している。
ナウシカの行為に正当性を産むことができるとしたら現生人類が生き残ることではなく、火の七日間を再度起こさないと確信に値するものを示すしかない。しかし作中の現生人類がそれを示すことはないまま作品は終わってしまった。
「答え」なんか分かるわけがない、っていうか自分で考えろってことだよ。人類は再度火の七日間を起こすよ。歴史は繰り返す。人類は愚かだから正統性より目の前の命を取る。
今回私が書いたことはほとんど漫画の中に描写されていることだ。あなたは最後の答えを知りたいというが、まずそこに至るまでをうまく読み取れていないじゃないか。まずもう一度通して読んでみてはどうだ。
あなたは結果を重視しているが、私は現人類の過程を重視している。あなたは「自然に任せよう」と思っているらしいが、あなたが自然だと思っていることは実のところ人間のプログラムだ。穏やかで、賢い、人工の物体だ。自然体は許されない。人も動物も全てを書き換えるつもりだ。ナウシカの方法の方がずっと自然だ。「今」を乗り越えても、凶暴で頭の悪い人類は結局は滅ぶかもしれない。でも人類は滅んでも虫や動物は生き続ける。人類は滅ぶが、世界は滅ばない。とはいえ、人類はそんな簡単には諦めないという話だ。
たとえ過去1万回同じ過ちを繰り返したとしても、諦めなければ1万1回目でクリアできてしまうのが人類だ。1万1回やったけどダメだったから諦めたのが旧人類なんだろう。現人類は1万2回目、歴史は繰り返す。しかしそれがいつになるかは現人類が決めるし、現人類はその今を精いっぱい生きるの。
このあたりはどこまでいっても平行線かもしれない。だからあなたが「私はナウシカの決断に同意できない」と宣言すること自体に問題はない。ただ、最後の決断をした人物を責めてはいけない。私は旧人類の決断が間違っていると思うが、旧人類がそれしか取る手がなかったのだということは受け入れる。旧人類を責めはしない。現人類として、その決断には従わないという意思を示すだけだ。
1万2回目の人類の最後はナウシカが決める。少数の反対を除き、私を含め大多数はナウシカに最後を託した。
歴史に埋もれたできごとが間違っているわけではないが、トルメキアとドルクをクシャナとチククが再興していくことを考えると、はるかかなたの未来に生きる人類たちはナウシカを「救世主」として受け止めることになるよ。「青き衣の人」として。新人類は生に執着しないが、もし執着するほど進化したとしたら、その時は現人類の選択を理解し受け入れるだろう。(同時にはなし得ないのでパラドックスだが)
あなたは現人類に絶望しているのだろうが、それでも旧人類の決断に自分を託すんじゃなくて現人類として自分で決めよう。誰からも必要とされない自分なんていなくていいと思っているかもしれないが、人の評価で未来を決めることはない。
本当に絶望の淵に立っている人に「マンガでこう言ってるし」「不安も絶望も背負って、それでも生きていくしかない」と諭してもまったく力にはならないだろうなとは思う。私は漫画版ナウシカから力をもらったけど、絶望中にはせいぜい現実逃避として読んでただけな気がする。ある程度元気になって、現実世界に少し救いがあったからこそ、余裕をもってああだこうだ言える今がある。
とはいえ、あなたは「マンガだし」と投げ捨てず、その内容について意見を書き綴れるくらいの力があるんだから、もう一度立ち止まって読んでみてはどうですか。
逆にいうけど、あなたはあなたでナウシカに肩入れしすぎている。
墓所側の言い分はどうなんだ。
人類の行きつく先として巨神兵や王蟲を作るほどの高度な科学技術を手に入れたが
ヴ王やナウシカの好む人間としての闇が強すぎた結果、滅びの道に進んでしまったのが旧人類ではないか。
滅びに進むにつれて旧人類はナウシカたちが想像するよりもずっと大きな絶望と失敗を繰り返した。
ナウシカのいうような「血反吐を吐いてまで」という経験は旧人類側はもう既に十分すぎるほど経験している。
墓所側の歩いてきた歴史を信じられないし、同情もできなかった。
血反吐を吐いて進んだ道の答えが新人類であり、現生人類たちが例え環境に適応し生き残ったとしても、
まったく徒労でしかない。
人間性の闇を捨てる計画を立て、自分たちで破壊した環境を取り戻すために尽力した行動と選択は、全部旧人類の流れた血によってつくられている。
神の視点に立たずともナウシカには墓所側の行動と動機を推し測るだけの情報は十分すぎるほど得ている。
ナウシカのエゴが贔屓されたのは、それは自分たちに向いていたからだ。
ナウシカは自己犠牲や時には反知性的な犠牲行動を、「良い」と思ってやっている。
やりたいから、やっているだけであり、その行動の結果がどうなるか推し測る能力にたけているわけではない。
トルメキアの兵士を怒りに任せて殺した場面でも仲間をより危険にさらすだけだ。
それが残っていては計画が水の泡になる。
旧人類は徹頭徹尾、新人類を次の星の覇者にしたいのであって、現生人類はずっと捨て駒としてしか見てない。
だからこそ武力で負かして交渉のテーブルに無理やり着かせる必要がある。
あの時点で武力衝突するのは当たり前のことだし、それで和平が成立しないというのも早計すぎる。
交渉は戦争が終わってからしかできない、墓所と現生人類の戦争はあの時点では何も終わっていない。
むしろ墓所側からしてみれば現生人類が約束を守ってくれるなんて信じられるわけがないんだから。
真実を話せば殺される、なら戦うまでだろう。
実際その予想は当たっていてナウシカという現生人類に殺されたわけだ。
それもまた思い込みにすぎない。
旧人類の計画では新人類は現生人類が死滅した浄化された世界ではじめて活動を再開する生き物であって、
それが一体新人類にどういった影響を与えるかはそれこそ神ですら分からないことだ。
完全に未知の領域であり、王蟲のようによりよい変化が起きる可能性もあるし、
そういった可能性のある未来を確かにナウシカはあの場で殺したのだ。
ナウシカは道化との問答で自然に生きて自然に死ぬべきだといっていたが、
それはナウシカが産まれるよりずっと前から存在し何百年も経過した後の結果である、
王蟲の心という、それこそ旧人類の計画で産まれた上澄みだけを掬い取って悟ったつもりになっているだけだ。
新人類に正しい審判を下せるのは旧人類でも現生人類でも新人類でも王蟲でもナウシカでもない。
人々はナウシカを見て心動かされるかもしれないし、ナウシカのおかげで助かった人間もいる、
だがそれは、そこまでは正しかっただけであり、この先もナウシカという暴力とカリスマが正しくあり続ける保証などない。
ナウシカの聖人性の反証として最後の新人類虐殺があったわけだ。
人間性の闇に疲れて果てた旧人類側からしてみれば成し遂げられそうだった計画を台無しにして、
生みの親どころか抵抗すらできない子どもを殺す悪魔でしかない。
あの世で彼らは環境変化を生き延びた現生人類が再び科学技術を再興し、二度目の火の七日間に進むまでじっと見てるだろう。
現生人類が生き残ることではなく、火の七日間を再度起こさないと確信に値するものを示すしかない。
しかし作中の現生人類がそれを示すことはないまま作品は終わってしまった。
誰もが森の賢者のようにはなれない、それを実現しようとしたのが墓所の願いだった。
ナウシカを読んだからこそ、愚かな人類と決別しようとした旧人類の思考を理解できるし、
あなたの視点は読者として外の世界から見ているからこそ言える「神の視点」なんだよ。
『墓と和解せよ』というけど、裁定者となった巨神兵が話合いのために責任者を出せと言ったのに墓は問答無用で攻撃してきた。交渉を拒否したのは墓側だよ。
『勝手に一人で現生人類を愚かだと決めつけて』というが、ナウシカは色々なところで何度も説得したよ。でも民衆は聞かなかったの。
『それがエゴ以外の何だというんだ』については先にも書いたけどその通り「エゴ」だよ。これは本にも描かれてる。
"虚無" から『お前はもう何人も殺してるくせに何カマトトぶってんだ』なんて言われてるし。
『どれだけ苦しくても人の命を奪ってでも生きたいと願わない人間もいる』
そういう人間がいた方がいい。しかし、あの世界のナウシカにそれは不可能だった。風の谷を守るためにトルメキアの捕虜になり戦場へ赴かなければいけなかった。
少年兵だと分かっていながら切り殺さなければいけなかった。そこで自分が死んではいけなかったからだ。ナウシカは風の谷を守るために人を殺してでも生き残る必要があった。
ナウシカのエゴ。戦場で赤ちゃんを拾っても足手まといなだけだ。戦場を一騎で駆け抜けたり、兵士が瘴気を吸って吐いた血を口で取り除くなんて自殺行為だ。トリウマ一匹に泣くなんて無駄だ。
しかし、これらのエゴが兵士や民を惹き付けた。あのクロトワですらな。
村の長なのに一人で腐海の深部をうろついて凶暴な王蟲を愛でている。この無謀な行動が、"汚れているのは土である" に繋がり、"粘菌の暴走の原因に気づくことができた" 理由であり、
"王蟲の信頼を得ている”ので "大海嘯の最前線に入ることができ" "王蟲は怒っているのではなく腐海となって土地の傷を癒そうとしている" "腐海は土を浄化するためにある" "これらが大海嘯の原因である" "どうも地球は腐海まみれになって滅ぼうとしているのではなく、ギリギリのバランスで生き残ろうとしている" というすべての流れに繋がっていくんだよ。それでも一回諦めちゃったけどな。
これがあなたにできただろうか?ナウシカは無敵のマンガの主人公だからなんて話は聞かないよ。私なら頭悪いから腐海に入って5秒で死んでる。あなたはおそらくどこかの時点で自らの命を絶っただろう。「最後の決断」まで辿り着けない、のはまだしもナウシカを助ける脇役にもなれないだろう。
『どれだけ苦しくても人の命を奪ってでも生きたいと願わない人間もいる』
というあなたと同じことをする人物がこの物語の中に存在する。綺麗で争わない新人類だ。あなたは私から見るとどこか「大人しくて清らかな人類の側」に立っているようにみえる。あなたは物語の中の今を生きている人類に寄り添っていない。
そして、あなたは新人類と王蟲を同列に扱い「新人類にも希望を」と言っているが、私はこの二つは同列に扱えないと考えている。
まず、旧人類は「汚染に適応した人類を元に戻す技術もここに記されている」と現人類を諭しているが、おそらくこれは嘘だ。または条件付きだろう。ロボトミー手術よろしく、頭を書き換え清廉潔白な体になれ、と。これを現人類が受け入れるわけがないし、旧人類もそれは承知なので、危険な現人類を生かしておきはしない。役目が終わったら死ぬようにプログラムした。
そして、墓もエラーが出ないように旧人類がきちんとプログラムしている。夏至と冬至に1行アウトプットするだけだ。同様に墓が管理する卵にもエラーはない。恋愛があれば争いが生まれるので、単性生殖すら避け、墓が製造した卵からのみ増えることになるだろう。
ではなぜ王蟲にはエラーが出たのか。それは ”王蟲は自然界に放たれたから”に他ならないと思う。"外敵"に襲われ、自然の驚異にさらされるなか命を長らえ、交わり子を産み世代を重ねることで突然変異も生まれる。
敵のいない、すべてを中央コンピュータに支配された新人類は、何世代も進化のないまま一種類のウイルスに対応できず全滅するだろう。"血を吐きつつもそれを乗り越えて飛ぶ"力はない。だからといって殺しても良いとは言えないけどさ……。
(墓所も能力に上限がかけられてて自我を目覚めさせるレベルにはないと思う。最後なんやかんや喚いてるがあれは旧人類の伝言。自我は巨神兵が担ってるし)
『その場にもしヴ王がいたらやはり選択は違っていただろう』『居たような気がする』
そう、その場にヴ王はいたよ。しかし、ヴ王がいても選択は変わらない。
ヴ王はナウシカの「私達のように凶暴でなく、おだやかで、かしこい人間になるはずの卵です」という言葉に「そんなものは人間とはいえん」と返している。
ヴ王は人間の闇の部分がわりと好きなんだよ。王に対してボロカスな口をきく「道化」を蹴っ飛ばしながらも割と仲良くやってるしね。清廉潔白な人なんか面白くないと踏んでる。お人よしかどうかの話ではない。
「とんでもないことになると分かってても欲しがるタイプ」というのは正しい見方で、まったくもって危ない人物ではあるけどな。
最後に毒気が抜けたのは「お綺麗な」墓の光を浴びたのでまさに「毒気が抜けた」んだろう。この辺は漫画だから「そんな超常現象」とか言わずにね。ナウシカのカリスマ性も一因だろうね。
ここまでで挙げたように、たぶん今あなたは手元に本が無いから?内容を曖昧にしか理解できていない気がする。
という私もコミックをある所に持ち出したら、その場に定着しちゃって置いてきたから今は持ってない。勘違いしてる部分が沢山あるはず。ちゃんと買って読み直そうっと。
確かにナウシカがいなければ現生人類はすぐに絶滅していただろう、そこは認める。
しかしナウシカに全責任を押し付けたのなら、押し付けられた最高責任者であるナウシカは最後まで慎重な判断をするべきだった。
墓の技術を用いれば現生人類が新しい環境でも生きていけるだけの可能性だってあった。
その真偽を確かめる前に破壊したのは全責任を背負わされた者の判断としては絶対に間違っている。
人が傲慢であることを認めるなら例え危険を冒してでも墓の技術を現生人類存命のために転用しようと努力するべきだろ。
ナウシカの境遇に対する同情は当たり前だが、それとは分けてナウシカは現生人類の運命を決断する立場にいたことを理解するべきだった。
墓と和解する、墓の技術を使って適応できるよう変わる、新生人類と共存の道を歩む確率なら後者の方が高いことは疑いようがない。
武力的制圧の観点からなら生殺与奪拳をナウシカが握った時点でついている。
ところがナウシカは根っからのテロリストだから相手が無力化しても最後まで暴力を手放さなかったわけだ。
真意を聞かされた人間がナウシカだけだったのが現生人類・旧人類・新生人類全員の不幸だった。
それにナウシカが押し付けられた側というのなら、ナウシカは現生人類と話し合い情報を共有しあったか?
勝手に一人で現生人類を愚かだと決めつけて話すタイミングもあったのに、一人で判断し一人で決断してたじゃないか。
それがエゴ以外の何だというんだ。
王蟲とは心を通わせるというが、ナウシカのような特異な人間でないからこそ現生人類を導く役目があったのではないか。
カリスマ的求心力を向かわせた先は結局ただの暴力と破壊活動だった。
平時においてはみなまとも、とは夏目漱石の言葉だが、平時でないからこそナウシカの本質が浮き出た最終審判となった。
どれだけ苦しくても人の命を奪ってでも生きたいと願わない人間もいる。
ナウシカは危険な道を手探りで歩くことよりも、エゴイズムにまみれた自分の信じる正義で現生人類の生きのこる選択を奪った。
それはナウシカに背負わされた責任よりも遥かに重い結果だった。
何度でもいうが墓の技術を破壊したというのは取り返しがつかない選択だ。
政治力・武力を持った人間が行うべき選択は、支持率や多数決が問題ではない。
正しい歴史が残るかどうかだ。
ってこんだけ書いててヴ王もその場にいたような気がするなあ。
というかラストでヴ王がナウシカの決断に納得してるのがやっぱり腑に落ちないわ。
ヴ王なんて墓所の技術を何としても手が欲しかった側の人間じゃん。
横からだけど。あそこに至るまでに全人類の希望をナウシカ一人に責負わせちまったからなぁ。
命をもてあそぶのをやめろって言ってもやめないし、争いをやめろって言ってもやめない。なんでこんなことになったのかというと墓のヤバイ技術が漏れ出してるからで、そんな墓何のためにあるのよと思ったら「現人類はバカだからリセットして、争わない綺麗な新人類を作るんだ」だもん。ざっけんなよって言いたくなるわ。
(整理。旧人類:巨神兵や王蟲を作り、火の七日間を起こした世代。現人類:ナウシカの世代(浄化までの捨て駒)。新人類:世界浄化後、卵から生まれる予定の綺麗なジャイアン)
まああんたの言う通り、王蟲も巨神兵も人工物だけど当初の予定以上の知能を持つようになったんだから、頭空っぽの新人類だって年月を経ればまともな感情を持つかもしらんよ(オーマは裁定者として元からスーパーAIだったろうし、王蟲と墓の血液が同じだと分かったのは墓の崩壊後だけどな)。
綺麗な新人類はすぐに邪悪な現人類に攻撃されて滅ぼされそうだけど、それをナウシカが守ってやればいいじゃんってのもまた一理ある。ただな、最終話の時点で人々はもうどうにもこうにも限界が来てた。旧人類が絶望の末に綺麗なジャイアンや音楽くらいしか残す価値を見出せなかったように、人間は絶望すると余裕のある判断はできなくなる。
なにより前提として、そこに至るまでにすでに現人類はナウシカに全部を託したんだよ。そうしないと現人類絶滅が避けられそうになかった。ナウシカによってどうにか破滅の一歩手前で止まってたわけ。ヴ王とかに任せてたら巨神兵使って再度核戦争まっしぐら。
で、託してしまった以上「文句を言うのが遅い」と思うね。本当に綺麗な新人類を助けたいなら、それまでに現人類がナウシカを助ける必要があった。現人類同士での争いをやめて、新人類を受け入れるくらいの余裕がありますよと言えればよかったのに…できなかった。クッソ重い責任をたった一人に背負わせて「最終判断間違ってるぞ!」って責めるのは酷だろう。
ナウシカは一人の人物ではあるけど、結局はそこに至るまでの過程を現人類が選択したんだよ。あなたならその時破滅を止めるために何か協力できただろうか?
絶望した旧人類の選択を、これまた絶望した現人類が書き換える。傲慢だ。ただそれはちゃんと漫画にも描写されてて、旧人類にはああするしかなかったと書かれてるし、ナウシカ(というよりは現人類)が傲慢だってのはまあそうだ。その傲慢さを持つのが人間だと。
『巨神兵を使い捨てにした』と言うが、技術が未完成で育つ見込みは薄かった。そしてナウシカが指示したわけではなく巨神兵(オーマ)自身の判断もある。あの時点で裁定者として動き始めてたからな。前線でドンパチやってる「墓所」を前にして「責任者を出せ」と言ったら墓所が問答無用で発砲してきたのが発端。最後はナウシカもオーマ本人も、助かる見込みはないということが分かっていて、ナウシカの最後のお願いを聞いてオーマは発砲し死んだ。ナウシカ自身もオーマに自身を母親のように認識させておきながら同時に「オーマの死を望んでいる」。物としては危なすぎるからな。その傲慢さは本人も自覚している。
結果として、墓の崩壊とヴ王の死去により今後はクシャナ殿下が国を統治することになり、人類は少しは軌道修正できるだろう。
最後にユパが身を挺してトルメキアとドルクの報復合戦を止めたことも大きい。そのユパの存在はナウシカの存在によるものが大きく、ナウシカなくしてはユパもまだ腐海の探検を続けてただろうし、ここまで身を挺さなかっただろう。
ナウシカが巨神兵を物扱いせず名前(オーマ)を授けたことで、巨神兵の知識が急速に進み「昔の人は巨神兵をただの兵器としてではなく裁定者として作ったのかも」ということが分かった。
旧人類は自らに絶望し、すべて新人類に託すことにした。一方の現人類は、旧人類同様リセット寸前だし、浄化後の世界に耐えられないかもしれない、だがそれでも「我々は血を吐きながら、繰り返し繰り返し、その朝を越えて飛ぶ」という選択ができた。
俺としては「ナウシカは称えられこそすれ、責められるべきではない」「ナウシカに全責任を負わす前に、人類が自分たちで踏みとどまる必要があった」だな。
あれは今なら『もののけ姫』との対比で読むもんだわ。
結論をざっくり書けば、ナウシカ世界のように「旧人類の理性 VS 新人類の理性」の構図だと(増田が言うように)決着が付かないので、もののけ姫では「神」を導入した。
これはどういうことかってことを書く。
昔はてなでナウシカはニヒリズムの話だと看破した人が居たけれど、まさにその通りだと思う。本作には神”的”な存在がいくつも出てくるが(巨神兵、古代の神、旧人類、明らかにキリストになぞらえられているナウシカ本人)、そのどれもこれもが「神」であることを否定される。
ただそれだけだと納得のいく決着が付かなかった。ニヒリズムに陥るのも、宗教に走るのも、両方ダメ。それは分かる。しかし、具体的にナウシカたちはどうしたら良かったのかが分からない。
どうやったら理性を正しく行使できるのか?いや、そもそも理性を「正しく」行使することなんてできるのか?
こうした人間理性の限界に直面して、もののけ姫では「神」を出さざるを得なくなった。作中に出てくるたたら場( ≒ 駿の思い描く共産主義社会 ≒ 理性万能主義が支配する社会)は、「神」であるデイダラボッチに戦いを挑み、無惨に敗れる。
この流れはヨーロッパの近代人が抱えてきた悩みをなぞっているだけ。もののけ姫の舞台は室町時代の日本だが、やってることは「神 VS 人間の理性」というベタベタな欧米思想だ。
だからまぁ増田の問いに対する回答はまさに「どっこいどっこい」というところで、そうなっちゃうのも人間の理性の限界の顕れということだろう。「どっこいどっこい」になってしまうのはむしろ自然な帰結と言え、作品の価値を上げている。
欧米ではそこで「だからキリスト教に還ろう」という話になるわけだが、もののけ姫ではそこまで言っていない。せいぜい「理性の限界を自覚しましょう」ぐらい。この自覚がないまま各人が「正しく」理性を行使した結果がナウシカ世界の惨状か(言い過ぎ?)。アシタカの「共に生きよう」ってのはそういう意味だと思ってる。
原作だと旧人類は浄化でやがて死滅するので、ナウシカに殺されるわけではない
ナウシカに殺された?といえるのは墓所から生まれるはずの新人類かな
まあ生まれる前なので殺すというのも変だが
※未読の方はネタバレ注意
ネットの記事で、ナウシカはアスベルのこと好きだったけど最終話で振られたってあったが、途中から本人もう気にしてないですよね。
むしろ王蟲の世界や自然と同化したい、って方に思考が飛んでから、アスベルどころか風の谷すらあまり重要視しなくなってますよね。
ああいう世界の真実を知っちゃって、元の意識には戻れないなら、森の人と一緒になるのはナウシカにとって一番幸せな結末かもしれませんが。
でもそれも、伝説として残ってる話であって、本当の結末かどうかとか、あいまいですね。
最終話の言い伝えは、それぞれ別の人が書き残した伝説と考えれば、時系列とかも納得できないこともないですが。
映画版だけしか知らないと、漫画版ナウシカはヒロインでありながら過激で、行動力があるのが印象的でしたが。
自分は、ナウシカの残酷さも、旧人類のエゴも、どっこいどっこいかなあと思ったので、あのラストも受け入れられましたが。
やっぱり大多数の人にとって、ナウシカはわがままという印象ですか?
感想を聞きたいです。
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追記。
しばらく静観していました、日記の主です。
思ったより反応が多くて驚きました。
ブックマークコメントや返信などいろいろもらったので、一括してここに返事のようなものを書きます。
旧人類=間違った方向に行っちゃった私たちの成れの果て だと思ってナウシカを読んでいたので、卵に戻った自分たちが殺された、と考えました。
そもそも卵の新人類と、巨神兵を発明した旧人類とが別で、新人類は旧人類ともナウシカたちとも違う第三の人類だとするなら、私が冒頭で言ったことは覆りますが。
どっちが正しいんでしょうね。
墓所がいろんな地方に複数ある、という説もあるらしいので、謎が多いですね。
漫画を読んだあと、オンラインの記事や2chなども読んでから書いたので、ナウシカの批判が目立つ印象が強く残り、ナウシカのことわがままだと思ってる人が、意外と多いような気がしていました。
だいたいの人はそう思ってるのかと予想してましたが、そうじゃない考えも、色んな意見もあって、訊いて良かったです。
同じ作品を読んでいるのに、人によってここまで印象が変わるのも面白いです。
ナウシカはナウシカ自身の「いのちは闇の中のまたたく光」という考えと選択の結果、ああしたという訳で、そのまま受け止めている人が結構多いですね。
ナウシカたちの未来がどうなるかはわからないですが、でも現実の私たちだってどうなるかわからないから、人間の未来ってはっきりしてないものなのかもしれない。
と思いました。
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一晩経ってからの補足。
返事しきれないですが、返信もブックマークコメントも面白いです。
自分がなにをいったかわからなくなりそうなので、誤字脱字以外は、文を下に追加するぐらいで、原文は残しておきます。
ネットでこう書かれていた、と述べて否定文を書いたのに、否定文無視されていつの間にか私の考えのように言われたり、なんだかつっ込みどころも。
考えを深めたり、それは違うと別の考えをひねり出す土台として、考察の参考になれば幸いです。