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はてなキーワード: パワープレーとは

2020-03-20

武漢から日本人救出のため、マスクを送って交渉在留法人帰国させた訳だが、中国コロナ流行が一段落し、今度は日本マスクを送った。また、イタリアにも医療チームを送り出し全世界収束にむけ動いている。

お前のところが衛生管理出来てないからとか、初期対応がずさんとか、WHOになにか圧力かけてるだろうとか、一言言いたいこともあるだろう。

流行の大小はあるにしろ、各国の対応がそれぞれお国が出てるなって感じすごくして。

中国に関してはやはり問答無用パワープレーで市内封鎖とか、病院10日で建設するとか、それだけ人材が集められるのはやっぱり中国だな。

アメリカが同じことできるかな?そこまで思い切った医療体制は確保出来るかな?軍とかの協力で出来るかな?アメリカは今流行防ぐより、経済対策に躍起のようにみえるし。

日本はとにかく重傷者重視の対応でなんとか落ち着いてる。でもなんていうか、こういった時に経済での援助とか、医療技術の高さを誇る援助に対して少子高齢化日本金も人材もいない現状をとても嘆いてしまう。

2019-10-15

MEGWIN TV戦争の終着と考察

一連の騒動個人的感想としては、会社従業員間とのあくま業務的ないざこざがYoutubeという一般媒体流出してしまたことが問題の全てであると思う。

本来演者所属する組織会社の内状を外部に公開することは芸能世界ではタブーのはずで、この騒動ではこのタブーを犯してしまったためにもつれにもつれ両者ともに多大な被害を受ける騒動になってしまった。

ネット意見や情勢的には、最終的にMEGWIN氏が大人対応をみせ、ことを収めた。という勢いが多いかと感じているが個人的意見は少しちがう。

かに上記タブーについて先に犯したのはファルコン氏、メテオ氏だと言えなくはない。

しかし、社会的立場から考えるとMEGWIN氏は会社代表(経営者)であり二人はそこに所属していた従業員である

ここにはそもそも大きな立場の違いや視座の違いがある。

例えるなら、会社を不満退職した従業員ネット会社悪口を書くことは当然のごとくあるし、会社はそれを適切に対処する必要があるということだ。

今回の件、二人は最初動画を出したことMEGWIN TVという会社に大きな被害を与えた。結果それを挽回するためにMEGWIN TV会社の内状(2人の勤務態度など)を暴露する動画Youtube投稿したのだが、個人的にはこれは非常に悪手だったと思っている。これは、きちんとした法的な手続きをとり、会社から適切な公開情報を開示した上で本人たちに曖昧表現や誤解を与える表現を訂正するよう求めるべきだったと思う。(ケースによっては損害賠償を求めてもいい)

しかし、MEGWIN TV側は二人のタブーに対して、タブーで返すというパワープレーにでてしまった。これにより二人の活動にも大きな被害を与え、結果的MEGWIN TVが二人のチャンネルを潰したような形になった。

二人の言動には曖昧な点がたしかにあり自業自得という考え方も当然あると思うが、あくま従業員経営者との会社内でのいざこざである

これを会社単位動画としてあのような形で上げてしまうのはやはり違和感があった。

このような動画を出した以上、「内状を全く知らない視聴者を戦力として始める個人会社風評被害戦争」という泥仕合になるのは容易に予想できた話だろう。

二人を養護するつもりは全く無く、事実はわからないが筋の通っていないやり取りもあったのだと思う。

しか法人はいくら個人が無法なやり方で喧嘩を売ってきても、同じやり方で買ってはいけないのだ。

最後和解動画についても、両者のポジションが違いすぎて全く話が噛み合っていなかった。

MEGWIN氏は最後まで経営者目線で"第三者(視聴者)"に対して冷静に正しいことを発言しようとするのに対して、二人は従業員として不満としてあった事実をできる限り"MEGWIN氏"に認めて欲しいという懇願があったように見えた。

MEGWIN氏は曖昧な点については決して認めず(二人は気持ちを汲んでほしいと思っていただけだと思うが)、終始議論を前に進めることに徹した。

このポジションの違いが、結果としてMEGWIN氏が正しかったという世論を生むのは理解できる。

しかし、個人的はいくら筋が通ってなかろうが、元従業員がその当時どういう気持ちで、何が不満だったか理解し、今回のような不毛な結果を生んでしまった原因をあの場で解明し、それに対して「演者としてではなく至らなかった経営者」として二人に謝罪をしたかったのであればあのような態度にはならない気がした。

(そもそも、すでに情勢的にはMEGWIN氏に傾いていたわけであそこまでマウントをとる必要はなかった)

最後にまとめると今回の件は、

Youtubeという場所利益をいただいている人たち(この場合は三人とも)が、その媒体に公開するにはあまりにも陳腐な「至らない従業員」と「至らない労働環境(経営者)」の不毛ないざこざだったと思っている。

からこのチャンネルを見ていて、楽しんでいた一個人としてはチャンネルから離れるには十分な理由になった。

二人をまったく養護する気もないが、従業員立場としては辛かっただろうがこれから経営者なので自分たちが嫌だったことを周りにしないように頑張ってくれと思う。

MEGWIN氏は、引き続き経営者として頑張って欲しいが、正直あの経営者としてのスタンスを公開してしまった以上、演者としては見れないなぁとは思う。

2018-04-17

anond:20180415134902

論旨のおおよそについては、賛否は別として否の部分も受容可能ないい文章だったけど、この一点だけは酷いと思ったので言及する。

もし元増田にこの点に関する意見を聞ければ嬉しい。

オーストラリアは何を思ったかこれまで得意としてきたパワープレー中心のサッカーではなく真逆パスサッカーを導入しようとしてあまり上手く行っていない。

ハリルがオーストラリア完封したのも半分はオーストラリア側の自滅でしかない。

これは、あまりオーストラリアに対する敬意を欠いた感想ではないだろうか。

オーストラリアは、今まで通りの「自分たちのサッカー」では限界がある、ということを自覚した上で、痛みを伴う形でこれに取り組んでいる。

それをこうして、日本から観点だけで切り捨てて、「相手が自滅したから大した価値はない」というのは、リスペクトに欠けすぎではないだろうか。

同じことはハリルホジッチ日本もずっとやっていたわけで、つまり、このオーストラリアに対する敬意のなさとハリルホジッチに対する敬意のなさは同根だよね。

ハリルホジッチ日本も、オーストラリアも「今のままではダメだ」という視点からの取り組みで、そしてどちらも、その改革に取り組みながらW杯出場の継続を果たしたのだから、結果だけではなく、その取り組みの過程自体も双方ともに評価されるべきだと思う。

以下は俺個人の感想になるが、こういう意見が出てくるその更に元として、あまりにも「型」にこだわりすぎなのではないか、と思う。

もちろん世阿弥が「型破り」と「型なし」の違いについて述べたように、「型」は大事だ。

けど、「ハリルホジッチの型」というのは、アルジェリア代表やそれ以前のクラブで、日本人にとっても検証可能な形で残っている。

そこへの分析なしに「サッカーの形が見えない」とか「メンバーが固定されない」という意味での「型」に、「元名選手」のサッカー解説者や、一部のサッカーファンはあまりに拘泥していたように思うんだよな。

このオーストラリアに対する切り捨ても、そういうことなのかなあという気はする。

シティグループマリノスにおいて、中村俊輔を切り、齋藤学を切って、モンバエルツに3年間クラブを預け、さらに(上のオーストラリア代表を率いていた)ポステコグルーの下でそれを発展させていこうとする、そういうものが「型を作る」ってことだと個人的には思ってるので。

2018-04-15

ハリル解任で発狂しているのは海外厨と戦術厨だけ

ハリルホジッチ解任でサッカークラスタが発狂している理由を読んで「アホか」と思ったのでここに書く。

ちなみに海外厨ってのは、サッカーに関するあらゆることで『海外(≒欧州)は何でも正しい。日本ダメ』を過剰に言いたがる人であり、海外サッカー見ている人の全てが海外厨ではない。

1.サッカーのものに関する部分

・1つの生き物のようにというのを簡単説明する。フォワード攻撃選手で、ディフェンス守備選手という認識があるが、これは古き時代認識

現代では、ディフェンスフォワードから始まるし、フォワード最前線で守ってくれないと、しわ寄せが守備最終ラインに来る。

ボールに行くのか、行かないで下がるのか。縦パスコースを切るのか、敢えて縦に出させて味方で囲むのか、などなど。

・では、ディフェンスは守っていればいいのかというと、そういうことでもなくて、今は攻撃の組み立てはセンターバックサイドバック場合によってはゴールキーパーから始めることが多い。

攻撃選手攻撃を始めるのではなく、攻撃選手詰め将棋でいう最後の一手。

攻撃選手守備をして、守備選手攻撃の組み立てをして、真ん中の選手バランスを取ったり、守備を重視したり、攻撃コンビネーションに参加したり、あるいは意表を突いて攻撃最後の一手になったりする。

・細かいことはぼくもわからないので把握しなくていいのだが、とにかく緻密で複雑ということがわかればいい。

ここまではある程度同意する。が、そこから先はあまりにもサッカー本質無視した議論

現代サッカー監督は、緻密で複雑な詰め将棋を解ける人。感覚的に処理する野球の元巨人監督長嶋茂雄みたいな人は少なくなっていて、野村ID野球的になっている。

・もともとサッカーは偶然に左右される神頼みなスポーツであったのだが、現代では偶然に起こるすべての事象理論的に支配しようとする試みで満ちている。神への挑戦であり、神への挑戦者同士の対決なのだ

・だから勝敗が付いたときは偶然ではなく、何らかの理由がある。選手が頑張ったからというのもあるにせよ、選手活躍できるように監督が何らかの細工を行っていると考えるのが普通で、そのへんの謎を読み解いて楽しむがサッカークラスタ流儀でもある。

・繰り返すが、サッカーチェス将棋のような知的競技なのである

へぇ、2015-16,2016-17チャンピオンズリーグを連覇したジダン監督 (註1)や、2015-16シーズンプレミアリーグ奇跡ジャイアントキリングを起こしてレスターを優勝させたラニエリ監督は『緻密で複雑な詰め将棋を解ける人』なんですか~(棒)

サッカーボールを足(+時々頭&胸)で扱う関係上、不確定要素が非常に多く、結局のところ良い選手というのは『戦術理解が高い』だけではなく、『イレギュラー事態にも強い』選手である

加えてサッカーは他競技と比べて、点の入ることが著しく少ない競技だ。

から試合レベルでは、『敗因は、たまたまこちらのシュートが全部止められた上で、たまたま相手の1本だけのシュートが決まったことです』としか言いようのないことも多い。

もちろん、これも長丁場のリーグ戦ならばある程度は収束する。だが、トーナメントや、W杯の3試合しかないグループリーグではそのような確率の偶然と向き合わずはいられない。まったく、たまたまネスタマルディーニとジダがミスして逆転されなければ、03-04シーズン普通ミランCL優勝していたはずで、そうすればモウリーニョにでかい顔させずに済んだんだよ(究極のタラレバ)。

その辺の『偶然といかに付き合うか』がサッカー戦術ではあるが、試合を見てもインタビューを聞いても、名監督と言われる人たちが全員『確率支配しようとするような、神への挑戦』をしているとは思えない。『神の気まぐれと上手く付き合おう』派も多いように感じる。


2.ザッケローニとハリルについて

・もちろん監督の良し悪しというものはあるが、日本代表場合チェスうまいという理由ザッケローニ監督を呼んできている。

・一方で、ザッケローニ監督は、強力な戦術の骨組みを持つ強力なチームを作ることには長けていたが、相手の出方に応じて、こちらのやり方を修正することが得意な監督ではないことが、ブラジルでの敗戦からわかった。

・なので、ロシアワールドカップに向けて、最先端戦術に通じている上、相手の出方に応じて作戦を変えられる監督を探してこようということになった。

ここはある程度正しいが、次の部分で少なくとも書き手ザッケローニすらまともに見ることが出来ていなかったことも分かる。

・そんな中でブラジルワールドカップでは、選手の一部が「自分たちらしいサッカー」(用語が違うかも)を言い出して言うことをなかなか聞かなくなったと言われている。

・仮に選手意見が正しかったとしても、監督プランは狂うので、次善策を持って対応するしかなくなる

・もし、選手達がアルベルト・ザッケローニの思い描く戦術再現するために必死になっていたら、結果は違ったかもしれない。という思いが、サッカークラスタにはある。

・なぜならブラジルワールドカップでは、日本がどういう戦術を使うか、どんな選手を使ってくるかが相手にチームにバレていて、丸裸の状態惨敗たからだ。

・ぼくはザッケローニ監督の用意するサプライズに期待していたのだが、何のサプライズもなかった。

『もし、選手達がアルベルト・ザッケローニの思い描く戦術再現するために必死になっていたら、結果は違ったかもしれない。という思いが、サッカークラスタには』ありません。遠藤前田遼一調子が良ければ、という思いならばある。

ザックジャパンは非常に左右非対称なチームで、左には長友、遠藤香川比較テクニックのある選手がいて、そちらのサイドで崩して、当たりの強さのある前田遼一本田、あるいはダイアゴナルに走り込んでくる岡崎が決めるという戦術を取っていた。

これが遠藤が(オーバーワークで?)調子を落とし、香川マンU試合に出られなくて試合勘を失い、前田遼一が(体調の問題なのか)Jリーグでゴールを決められなくなったため、本番ではコートジボワール戦で上手く行かず、本田トップで使ったり岡崎を左に回したりせざるを得なかった。そしてそれが上手く行かなかったというのが直接的な敗因だ。

もちろん、相手日本代表の基本システムには対策をしていたし、逆にザックもそれを分かっていて何度も何度も得意の3-4-3を親善試合で試してはいた(が、3-4-3は最後まで上手く行っていなかった)。

ハリルホジッチ監督は、当然のことながら、相手スカウティングを警戒して手の内を隠していた。試合に勝って渋い表情をしたり、負けたときに敢えてにやりとしたり、あるいは絶望的な顔をしたりするのも、作戦の1つではないかと予想していた。

ワールドカップの本番になれば、あの時のあの顔にはどういう意味があったのかとか、あの試合では実はこれをテストしていたんだとか、ハリルホジッチの仕込んでいた作戦がようやく明らかになると思っていた。

・稀代の策士がロシアでどう戦うのか。もし全然通用しなかったということになれば、それを踏まえて新しい一歩を踏んでいけばいい。逆に、うまくいった部分があるならば、そこを日本長所として伸ばしていけばいい。

・すべてはワールドカップ勝利するため。

サッカークラスタで、ハリルホジッチのやりたいことがすべてわかっていた人など誰もいない。一般人にわかるようなものであれば相手にも当然バレる。メディア人間にもわからない。

・すべてはワールドカップ本戦での戦いぶりを見た上でないと判断できなかった。だって、3年も準備させてきたわけだし、我々サッカークラスタは3年もハリルホジッチサッカーを見てきたわけだ。

この辺はある程度は同意する。確かに、少なくともザッケローニよりは、あるいはジーコよりは相手に合わせるサッカーが上手い監督ではある。

・そして、ハリルホジッチが解任される可能性はほとんどなくなっていた。なぜなら、宿敵オーストラリア完封するという離れ業を見せ、ワールドカップへの出場を決めていたからだ。

ワールドカップへの出場を決めるというのは、決して当たり前のことではなく、大きな功績の1つだ。予選を勝ち抜いているのに解任されるとしたら、過去犯罪がばれるなどの大きなスキャンダルでもない限りはあり得ない。

だが、この部分は同意できない。少なくとも今のアジアは4.5枠あり、日本韓国オーストラリアあたりは出場を決めて当然レベルサウジアラビアもかつてはそういう国だったんだけど、2010,2014と連続で逃した。2018は予選突破した)。しか韓国にしても調子は落ち気味だし、オーストラリアは何を思ったかこれまで得意としてきたパワープレー中心のサッカーではなく真逆パスサッカーを導入しようとしてあまり上手く行っていない。

ハリルがオーストラリア完封したのも半分はオーストラリア側の自滅でしかない。

・そして、ハリルホジッチは、相手に勝つ確率を少しでも高めるためには、選手の人気にはこだわらず、対戦相手との戦いが有利になるような選手を選出しようとしたはずだ。

・そこから外れている選手からは当然不満も出るだろう。

・けど、その不満に基づいて、監督を解任するというのは妥当なんだろうか?

ファビオ・カペッロ(註2)「せやな

ハリルホジッチ監督選手をえらび、ハリルホジッチ監督プランで、ハリルホジッチ監督作戦ワールドカップを戦うのが当たり前だ。

しかし、もっと忖度してくれという。人気がある選手が出場していないと困るという大人の事情があったりする。

サッカークラスタ大人なので、大人の事情があることはわかっている。しかし、ワールドカップという大舞台では忖度していては勝てない。

ワールドカップ勝利する確率を1%でも2%でも高めるためには、監督意志尊重し、代表を外れた選手には納得してもらうように話をし、目当てにしていたスポンサーには、「勝利すれば新しい英雄が生まれます、その選手を待って下さい」と説得すればいい。

・そういうコミュニケーションこそが、サッカー協会の最大のミッションであった。

しかし、サッカー協会は、コミュニケーションがうまくとれないことを理由ハリルホジッチ監督を解任した。

・それはサッカー協会の仕事なんじゃないか?!とサッカークラスタは突っ込んだ。

・そして、勝つことよりも大人の事情を優先したのではないかと勘ぐった。

スポンサー陰謀論や、一部選手反旗のせいにしたいようだが本当にその見方は正しいのか。

ハリルジャパンが続いていたら『外れるのはホンダホンダケイスケ』になったかは、最終的にはハリル本人に聞くしかないが、(一部のアンチが言うほど)明確でもない。結局はW杯予選でも最後まで使っているし(註3)、最近メキシコ試合に出て調子を取り戻している。

香川に関しても今回の遠征では吉田酒井宏などと共に名指しで『怪我明けだし、まずはクラブ試合に出てコンディションを戻してくれ』と言っているから『本戦試合に出られたか』は別として『本戦に呼ばれない』ことは恐らくない。

それ以外で、本当にハリルが外している選手というのは誰だ。岡崎か。だが、そもそも岡崎本人や彼を起用したがるスポンサーにそんな発言力があるのか。だいたい、岡崎を名指しで使ってほしいと思うスポンサーがいるほど岡崎は人気選手か。

それに、起用されていない選手が不満を持つのある意味仕方ない。それでキャバクラで騒ぐのはダメだけど(註4)。だが、サッカー協会の聞き取り調査長谷部なども不満を言っていたそうだし、大迫や昌子も試合コメントで不満を顕にしていた。それはもはや、ハリルが選手を掌握できていない証であり、部下を管理できない上司無能扱いされるのはどの世界でも同じ事だ。

結局のところ、『相手に合わせたサッカー』をするにせよ、『相手に合わせたら逆算してこうなるケースとこうなるケースが考えられるから~』程度の予測は立てて準備をするはずであり、ハリルジャパンはその準備すら上手く行っているようには見えなかった。だから解任された。それだけに過ぎない。

もちろん、ハリルは『相手に合わせたサッカー』をする人だからという言い訳はあるのだが、それにしても直近の試合特にウクライナマリ戦は酷すぎた。

兎にも角にも、(ハリルだったら上位に行けたかは別として)西野監督GLで敗退したらその時点で猛烈な批判を浴びるのは間違いない。最終的に結果がどうなるかは、3ヶ月後に判明する。

(註1:ジダン戦術が無いというつもりはないが、ジダン戦術は最終的に『1対1ならば勝てる』という極めてレアル・マドリッドらしい前提に立っており、選手調子を落とした今シーズンはそれに代わる戦術をとうとう用意できずにいる。)

(註2:イタリアの名将だが、基本的守備的な戦術を取る監督であるためにしばしば攻撃選手対立を起こし、ミランでもユヴェントスでもレアル・マドリッドでも選手会長対立して辞任するはめになった)

(註3:トルシエ親善試合などで小野伸二中村俊輔市川大祐波戸康広試合に出して何度も天秤にかけ、最終的に中村&波戸は代表のものから落選したという事例もあるので試合に出ている=本大会に呼ばれるとは限らないが)

(註4:ジーコ監督時代にそのような事件があった)

2017-05-04

車の運転増田気をつけてケツを来出す魔はん天雨の丸く(回文

最近

なんか夢なんだけど、

車で事故するのをよく見るの。

物騒わよね。

起きたら夢でよかった!って思うんだけど、

まあ、気をつけなさいよって注意喚起だと思うの。

重々気をつけなくっちゃって思ったわ。

でもさ、

夢の中での運転って変なのよね。

アクセルいくら踏み込んでも、

ぜんぜんスピードが出ないの。

でもなんか、もったりと走ってるの。

あーでもビックリ

夢で見ていいのは体育祭文化祭かの前日の準備の様子だけよね。

あれって本番より楽しくない?

そんな本番前日ならずっとやっていたいわ。

まあ、

あなたも出かけるときは気をつけてね。


今日朝ご飯

いつも行くお気に入りパン屋さんで買った

チーズトマトサンド

ここのパン屋さんは原材料にこだわって原価が高いんだろうけど

その分それに見合って充分に最強超美味しいという、

コストダウンいかに美味いもの提供するかのこの世の中に反して、

原材料を高くても味が良ければOK路線なんだと思うわ。

そんなパワープレーヤーなパン屋さん!

力技よね。

確かに高いんだけど、

美味しいのよね。

いつも初めて食べるパンを買って食べても感動なの。

超ヤミーだわ。

デトックスウォーター

イチゴ安かったのでお休み中手抜きウォーラーよ。

イチゴウォーラー


すいすいすいようび~

今日も頑張りましょう!

2016-10-12

サッカー代表戦ってつまんねぇな

交代選手にまともなのがいないとか

テクニックがないから、前から圧力かけられるだけでまともな攻撃できないとか

じゃあパワープレーしようかと言ってもちびガリばっかで話にならないとか

選手獲得も出来ないし、構造改革も出来ないし

報道はただ賑やかすだけで寒い

相手も同レベルかそれ以下だし

2013-10-27

http://anond.hatelabo.jp/20131027180014

ものによりすぎる。

スポーツ関しては為末の言ってることは正しすぎる。こと陸上に限って言えばほとんどがその肉体能力を直接測ってる様な物がほとんどなので、

生まれた時点での成長の限界値がかなりの域を決める。

スーパーアスリートたちなんてのはその限界値が高い連中がさら完璧に育ち上がって鍛錬を得た上で成り立っているので。

努力意味が無い、と言う意味ではない。同じ努力をしても明らかに差が出てしまう部分である、ということだ。

スポーツでも、バレーバスケなんかだったら身長が低ければトップ選手にはなれない。勿論、低くても役割を得る事は出来るしその部分で凄い選手も居るが、

やはり最高のプレーヤーではない。

サッカー野球なんかだとまだ技術による物が大きいので、生まれつきが99%と言うことは無いだろう。1%の才能と99%の努力、と言うことも無いと思うが。

野球のほうがパワープレーな部分が大きいので、サッカーの方がまだ差はつきにくいか

流石にバロンドールまで行くと何が必要かは分からないが、あれでも受賞した選手をみてれば、その彼らが身体的にずば抜けてるかと言えばそうではない。

(いや、ずば抜けては居るんだけど、生まれつきでそうなったか?といえば、他の人でも同じだけの鍛錬を積んだらそれくらいにはなれるんじゃないか?程度。その鍛錬が普通は出来ないほど尋常じゃないわけだけど。)

サッカー的なセンス、ってのは才能なのかどこまで後から獲得できるものなのか分からないところなので。

ノーベル賞フィールズ賞をもらおうと思ったり

これは生まれはほぼ関係ない。マトモに大学行って大学院まで行っても許される様な環境ならばだれでも取れる。特にノーベル賞の方は。

ノーベル賞でも物理理論だったりフィールズ賞的な、もう、ホント常人とは思えないような理論で取ってる場合はもしかしたら生まれつき脳が違うのかもしれないけども。

物理実験だの化学医学については誰でも取れるといえば取れるでしょう。流石に生まれつきで決まるもんじゃない。

カンヌで最優秀賞

これは生まれよりは運だろう。作品賞とかならば。

勿論、男優賞とかになれば顔そのものなんだからスポーツなんかよりも余程生まれの要素は高いと思うけど。

起業して大成功して億万長者になりたいとか思ったら

これも運。生まれの要素はホントに低い。



その下で言ってることにはかねがね同意するけど。

 
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