はてなキーワード: 日本の歴史とは
オリンピックの招致委員会と組織委員会とは、別だという話しに関連して。
また、誰かがスケープゴート的に”自殺”することになったり、しないといいけれど。
地検特捜部に追い込まれて、政治家の秘書が獄中へぐらいだったら良いけどね。
明治維新における黒船の役割を、フランスの警察に期待して、何かが起こるのかな?
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日本の歴史のターニングポイントになるようなことが、これから起こるのだろうか?
太平洋戦争によって、それまでの大日本帝国の方針が、世界には受け容れられなかったために、負けたのか。
福島の原発の問題にしても、海外報道からの手厳しい意見などは目にしてはいる。
実際の所、観光客の減少には繋がっていない。
国立競技場の件にしても、ザハさんが生きていたら、どうなっていたのかな。
神宮球場の資材置き場問題にしても、不満のある人は一定数いるようだ。
それで良いことと、そうではないことがあるけれど。
https://www.buzzfeed.com/satoruishido/kaiken-genjitsu
壇上のいちばん右に「日本の歴史・文化・伝統の香り高い憲法をつくろう」と書かれていることで、もうお里が知れているようなものだ。彼らが言う「日本の伝統」とは、たかだか100年ちょっと前の明治時代を指しているにすぎない。
実際、渡部昇一は「基本は明治憲法にかえること」と言って、その意図を隠していない。しかしそんな短期間(それも欧米列強に追いつこうと蒼白になっていた一時代)を取り戻そうなんて、イヤなこったというしかない。
彼らにとって明治時代が「日本」であって欲しい理由は、それがオッサンたちが大いばりできた時代であったからであり、さらに言えばお国のために有用な人材になれと励ましてくれた母親へのノスタルジーだ(偉大なるマザコン評論家・江藤淳のイデオロギーを信じ込んでいる人もいる)。
自民党の改憲PR誌に「この70年で女性の地位は向上した。でも個人の自由が強調されすぎて…」と書かれているように、改憲=オッサンの権力闘争という側面は否定できないだろう。
本当に「日本の歴史・文化・伝統」を学んだうえで言うのであれば、周りを海に囲まれた地理的条件を踏まえ、海外からの「舶来物」を換骨奪胎して取り込む融通無碍な日本を、その本来的な姿と考えるべきではないのか。
そういう節操のなさを日本の本質だと考えれば、アメリカから押し付けられた憲法をいつの間にか自分の都合のいいように玉虫色に解釈して使っている現状こそ、日本のお家芸を披露しているようなものだろう。
もしこの部分の矛盾を放置するのが難しいとしても、基本コンセプトとして「明治にかえれ」は戦略的にもお粗末だ。明治とはモーレツ社員以外を排除して成立したブラック企業であり、社畜の天国である。それは現代日本にも脈々と引き継がれているが、いずれ超克すべきものだ。
江戸以前に遡れば、混浴だの男色だのが謳歌されていた伝統が日本にはあり、LGBTどころの騒ぎではない多様なアジア的世界が展開されていた。そういう歴史や文化を学んだ上で、「伝統」という言葉を使ってもらいたいものだ。
われわれ働く増田の会は、日本の保育園によって育てられ、いわば日本の保育園はわれわれの父でもあり兄でもあり、母でもあり姉でもある。その恩義に報いるに、このような忘恩的発言に出たのは何故であるか。
かえりみれば、幼きわれら増田は3年、あるいは保留児となったかも知れぬ過去を父母の加護により隠蔽し、入り得た保育園で一片の打算もない教育を受け、またわれわれも保育園を愛し、もはや園の柵外の日本にはない「真の日本」をここに夢み、ここでこそ終戦後ついに先達の知らなかった豊かさを知った。ここで流したわれわれの涙は山川純一であり、憂国の精神を相共にする同志として共に園の庭におしっこした。このことには一点の疑いもない。われわれにとって保育園は故郷であり、生ぬるい現代日本で凛冽の気を呼吸できる唯一の場所であった。保育士諸氏から受けた愛情は測り知れない。しかもなお、敢えてこの挙に出たのは何故であるか。たとえ強弁と云われようとも、保育園を愛するが故であると私は断言する。
われわれは失われた二十五年の日本が、経済的繁栄にうつつを抜かし、保育の大本を忘れ、保育園精神を失い、本を正さずして末に走り、その場しのぎと偽善に陥り、自ら魂の空白状態へ落ち込んでゆくのを見た。政治は矛盾の糊塗、自己の保身、権力欲、偽善にのみ捧げられ、国家百年の大計は森元らに転がされ、五輪紋章の汚辱は払拭されずにただごまかされ、保育園卒園者すなわち日本人自ら日本の歴史と伝統を涜してゆくのを、歯噛みをしながら見ていなければならなかった。
われわれは今や保育園にのみ、真の保育、真の保育士、真の保育再興の魂が残されているのを夢みた。しかも法理論的には、待機児童の現状は自治体および日本国の行政不作為が問われる状況にあり、国の根本問題たるべき待機児童が、御都合主義の法的解釈によってごまかされ、待機の語義を永遠の諦めにすり替えることによって、親となった増田たちの魂の疲弊、道義の頽廃の根本原因を、なしてきているのを見た。もっとも名誉を重んずべき保育が、早期解決すべき待機が、実質を重んずべき一億総活躍の美名が、もっとも悪質の欺瞞の下に放置されて来たのである。保育園は元号を平成に変えてから国家の不名誉な十字架を負いつづけて来た。待機は待機の本義を与えられず、女性活用も一億総活躍もその対象も明確にされなかった。われわれは失われた二十五年のあまりに永い保育園の眠りに憤った。保育園が目ざめる時こそ、日本が目ざめる時だと信じた。保育園が自ら目ざめることなしに、この眠れる日本が目ざめることはないのを信じた。憲法改正によって、保育園が福祉の本義に立ち、真の男女均等となる日のために、国民として微力の限りを尽すこと以上に大いなる責務はない、と信じた。しかるに、誤って目覚めたのは宮崎であった。
われわれは悲しみ、怒り、ついには憤激した。地方行政は自らは何もできぬという。しかし行政に与えられる任務は、悲しいかな、最終的には増田らの民意からは来ないのだ。シヴィリアン・コントロールが民主的保育園の本姿である、という。しかし英米のシヴィリアン・コントロールは、保育園行政に関する財政上のコントロールである。日本のように人事権まで奪はれて去勢され、変節常なき政治家に操られ、党利党略に利用されることではない。
この上、政治家のうれしがらせに乗り、より深い自己欺瞞と自己冒涜の道を歩もうとする保育園は魂が腐ったのか。ゆりかごから墓場までの理想はどこへ行ったのだ。魂の死んだ巨大な遊戯所になって、どこかへ行こうとするのか。
われわれは二十五年待った。最後の一年は熱烈に待った。もう待てぬ。自ら冒涜する者を待つわけには行かぬ。しかしあと三十分、最後の三十分待とう。共に起って義のために共に死ぬのだ。保育園を真姿に戻して、そこで死ぬのだ。生命尊重のみで、魂は死んでもよいのか。次世代の生命以上の価値なくして何の保育園であり一億総活躍だ。今こそわれわれは生命尊重以上の価値の所在を諸君の目に見せてやる。それは自由でも民主主義でもない。保育だ。われわれの愛する歴史と伝統の保育だ。これを骨抜きにしてしまったこの国に体をぶつけて死ぬ奴はいないのか。もしいれば、今からでも共に勃ち、共に死のう。われわれは至純の魂を持つ諸君が、一個の男子、真の増田として蘇えることを熱望するあまり、この挙に出たのである。
増田 公威
聞けい。聞かぬか。そうか。
オールバック年配男性がネクタイをポッケに入れている姿が見れたので、星三つです。
「いつかやりたい事が出来た時にそのための知識がないから諦めるとか苦労するとかつまらんだろ」
ほんとうこれな。
ガルパンを楽しくみたいのに、
ロシア、ドイツ、イギリス、フランス、アメリカ、が昔どんな国だったのかを全く知らないから、
上坂すみれが好きなのはどの国? ドイツかロシアのどっちかだよね?
アイドルマスターの765プロの面々が戦国時代? にタイムスリップする動画もよく理解できない。
こないだ、ポケモンが戦国時代の武将と戦うゲームをやってようやく、そのゲームに出てくる武将は少し覚えた。
ポーの一族、11人いる、トーマの心臓、スターレッド、百億の昼千億の夜、エロイカより愛を込めて、エルアルコン鷹、浮浪雲、じゃりんこちえ、サザエさん、いじわるばぁさんなど
漫画日本の歴史、つるぴかハゲ丸、あさりちゃん、ドラえもんなど
銀曜日のおとぎ話、ときめきトゥナイト、おとうさんは心配性、ちびまるこちゃん、星の瞳のシルエット、有閑倶楽部、ねこねこ幻想曲など
バナナフィッシュ、BASARA、THEBBB、はじめちゃんが一番、前略ミルクハウス、動物のお医者さん、笑う大天使、ぼくの地球を守って、ここはグリーンウッド、なんて素敵にジャパネスク、サイファ、月の子、OZ、花咲ける青少年、So What?、×ぺけ
今日から俺は、うしおととら、パトレイバー、ジョジョの奇妙な冒険、スラムダンク、ドラゴンボール、キャプテン翼、星矢
絶愛
アーシアン、源氏、聖伝、東京バビロン、GoWest、ダンディドラゴン
ここ最近の安保関連法案の騒動を見ていて、鎌倉幕府の制度の関係に想いを馳せた。
御存知の通り、鎌倉幕府は長期にわたって日本を支配した初の武士政権ではあるが、長である将軍の力は初期において奪われ、そのあと数百年にわたって政治を動かしたのは北条家であり、彼等の代表が執権として辣腕を振るっていた。
「御成敗式目」という日本最初の武家による法律を定めたのも鎌倉幕府だった。これも、お題目として後世にわたって尊重されてきたものの、内実は有名無実化して、現実に沿った行政が行われるようになった。
この手のことは鎌倉幕府のみならず、そのあとも幾度と無く繰り返されてきた。家祖の定めたものを壊すことはままならない。しかし理想と現実は食い違うばかり。西洋では、現実を理想に近づけるか、理想を現実に沿ったものへと変えようという試みが行われるのだが、日本では、理想を掲げながら「現実は違うよね」と開き直ってその場その場で恣意的な運用を行い、たまに「お上」が理想をふいに持ちだして厳格な処罰を行い現場の引き締めを図る……こういうやり方を続けてきた。
家祖の定めたものは素晴らしい、変えてはならない、変えようとする人間は悪逆非道の大悪党だと罵るくせに、現実とそぐわない面には頑として従わず、従わないを当然と思い、「柔軟アな対応」と誇る。法を完全無視するほどの人治主義でもないが、かといって法治主義でもない。法や権威を尊重し、時々それによって引き締めを図る程度にはその支配力を認めるけれども、普段は臨機応変な対応で対応するというこの考え方を、なんというのだろうね?
神輿となったものを壊さず、作り替えたり新しい神輿を作り上げたりすることもせずに、それはそれで担ぎながら、現実はそれとは異なる対応を行い、人々もそれに従うというものだ。
日本国憲法もどうやら、その段階に入ったらしい、平和主義という理想は理想として素晴らしいと誰もが思い、この理想を下ろす気はない。しかし、理想と相容れない現実(中国が圧倒的な軍事力を背景に周辺国の政治を支配しようと目論む)が現れたときに、憲法はそのままにして、法運用や解釈を変えることで対処しようとしている。日本社会のこれまでのあり方そのものじゃないか。
日本の歴史と社会がそのようなものだから、それを是として受け入れていくべきか、それとも西洋流の方法を是として、日本の社会を変えていくべきか……悩ましき問題だ。
・わたしが賛成の理由
日本が「人を傷つけないための」戦力を維持したままで他国からの攻撃を回避するには、米軍にバックについていてもらうのが一番だとおもうから。
米軍がバックについているとあらば、他国が今のように日本に「ちょっかい」をかけてくることがなくなるとおもうから。これは、たとえば、尖閣諸島にやってくる中国船や、日本に向いている北朝鮮のミサイルの話。
ただ、米ロの関係に日本が組み込まれていく懸念はある。(これは、世界をよく知らない主婦の意見)
じゃあどうやって日本を守るの?!
と聞きたいです。
アメリカ等の力を借りずに、たとえば、スイスのように、日本の力だけで自衛すると、自衛隊のなかに攻撃するための戦力が必要になるはず。こっちのほうが物騒じゃありませんか?
普通に生きている光景のなかでは見つからないものの、日本は、両手放しで平和と言えるのですか?
韓国はしきりに従軍慰安婦のことを出し日本人そのものに日本の歴史観を揺らがします。
もしも安保法案が可決されなかったら、この問題は前進しません。
いつまでもしつこく煽られるだけです。
尖閣諸島の警備のために戦力のある巡視船を配置したら→「戦争だ!! 」
最低限の戦力で自国を守るために安保法案を可決したら→「戦争だ!!」
この戦争ヒステリーのようなネットリベラル、日本をどうしたいんですか?
日本をはだかんぼうにして、他国に攻められるだけ攻められて、日本人の愛国心をつぶして、日本そのものをこの世界から無くしたいのですか?
わたしは日本が好きです。
日本が好きだからといって、右翼とか言うのは、ちょっとやめてください。
・最後に
反対派のかたは、安保法案なしに、どうやってこれからの日本を守るのか、教えてください。
いつものテレビが、友人が、先生が、あなたの好きな有名人が、安保法案に反対してるからといって、鵜呑みにして流されるのはアホです。
賛成でも反対でもどっちでもいいです、あなたが正しいと思うことを、考えてください。
以上です。
今回のディズニー公式ってのは、ウォルト・ディズニー・カンパニーの日本における現地法人のウォルト・ディスニー・ジャパンがやっているのかな。それともその委託先か。
46% 全米3大ネットワークの一つのABCを中心にしたテレビ事業
7% キャラクターグッズの販売
日本国内だとミッキーをはじめとするおもちゃとアニメの会社のように思われているかもしれないけど、実態はテレビやスポーツ中継などのビジネスが主力みたい。
7%のうちのさらに海外法人が…というと、本社からしたら、遠くの支社の話なんだろうなとも取れる。
なお、日本にあるパーク&リゾート部門の東京ディズニーリゾートは、フランチャイズで、オリエンタルランドって会社がやっている。
話は変わるけど、東京ディズニーランドには、かつて日本の歴史をテーマにしたミート・ザ・ワールドというアトラクションがあった。
ミート・ザ・ワールドは、日本と外国がどのように関わってきたかを表現したアトラクション。あのパークの中ではかなり地味な部類だった。
ランドに入ってワールドバザールから右に行ったところにあった。無料のわりに人が入らないアトラクションだったが、20分間は座って涼めるという避難場所的な側面もあった。
無料になったのは、松下幸之助が「天下の松下だ無料にしろ」と言ったとか。
アメリカ本国にこのアトラクションを作ろうとしたら退役軍人会の反対にあったとか話題に事欠かない。ちなみに音楽はシャーマン兄弟が担当。
このアトラクションでは、遣唐使、鉄砲伝来、鎖国、ペリー来航、明治維新と日本と外国とのかかわりが映像とシンクロするアニマトロクスで上演された。さらに躍進する日本が描かれ、最後に戦争。戦争の描写はほとんどないが、大砲が撃たれたあとに暗転する。
兄「あっ、そこにいたの? ねえ、質問していい?」
鶴「なぁに?」
鶴「それで?」
兄「これからはどうなるの?」
鶴「これから・・・。これからはあなた達の時代よ! あなた達、あなた達の家族、そして友達、みんながいっしょになって未来を創っていくのよ!」
妹「どんな風に?」
鶴「ほら、見て御覧なさい。勉強している人たち。働いている人たち。人々の英知と努力、そして外国との数々の出会いを通して日本は大きく育ってきたわ。そして未来は…。そう、これからは世界中の人々とお互いの文化を理解し、分かち合い、平和で心豊かな世界を築きあげる時よ!」
築くのさ 世界の友だちと
We meet the world with Love 愛を胸に
私は自分のことをジョン・スチュワート・ミルに連なる正統的な保守主義者だと思っているので、左翼と言われるのは心外だ。撤回してほしい。残念ながら正当な保守主義者は現在の日本ではリベラルというレッテルを貼られることが多いので、それなら甘受せざるを得ないかとは思う。
で、沖縄だが、おそらく君より沖縄の歴史については詳しい。琉球王国とその前の時代から今までかなり勉強しているし、実際に沖縄で戦争を経験した人にも話を聞いたことがある。沖縄が中国に取られたら、東京にある日本政府にとっては大惨事だし、香港、チベット、ウイグルの状況を見る限り、沖縄の人にとっても悲惨な事態であろう。ずっと基地負担に耐えてきてその後中国に支配されるとか、どれだけ辛い思いをしなければならないのか。
ただ、沖縄の独立が、第二次大戦の敗戦に匹敵するほどのことか、と言われると、同意できない。南京とホロコーストくらい違う。日本の首都が他国に占領され、天皇の生命が外国の軍事司令官によって左右させられる事態は、日本の歴史上になかった。日本国の歴史のうちかなり長い期間独立国でもあった琉球が再独立するのとはわけが違う。
これは話がずれるし、理解してもらえるかわからないが、一応書く。
オイルラインどうこう、という話は、領土や統治機構の話に比べると、二次的な重要性しか持たない。たしかに、止まったら困るリスクはある。それは、紅海やマラッカ海峡やインド洋やホルムズ海峡や南シナ海や東シナ海と一緒だ。どれも日本の主権は及ばない。
もしフィリピンが現在日本の領土だったら、君は、「フィリピン落ちたら、オイルラインどうなると思う?そう、フィリピンが落ちたら、生命線である原油輸入ラインが止まるんだよ。」と言っただろう。参考までに付け加えるが、フィリピンは日本の領土ではないし、その結果原油輸入ラインが止まったことも(ここ70年は)ない。
躊躇わないことさ
(実際そうなんだけど)
なんか今、安保関連法案が強行採決が云々で非常に霞ヶ関()が盛り上がってるみたいですね。市民デモとやってることかわらないけどあの人たち大丈夫かな
そんなわけで、強制採決になりそうなんですけど。そもそも強行採決ってなんだよって話でございまして
まぁ「民主主義において数が多いほうが一方的に決めてはいけませんよー」なんてお花畑な論理は存在しません、モチのロンですね。
数が多いほうが決めるのが民主主義の根本なので。間接だろうが古代ギリシャの直接制だろうが同じだと思うんですよ。
もちろん。「少数派の保護」とか「少数意見の尊重」とかそういうのがあるのは大いに理解してはいるんですよ。
ただ、言っても分からない相手に説明をしろというのは最高に苦行だと思います。
のでそもそも強行採決という言葉自体がイメージ先行のマスコミ言葉、否定派においての数少ない必ず使えるネガティブ戦略というか。
こういうこと言いたくはないですが、こういう政治形態である以上「悔しかったら与党になってみな」としか言えないんですよ。
少数意見の尊重ってさっき言いましたけど少数意見は少数意見ですし。
まぁもちろん、今しゃべったのは「与党が民意の大部分をしっかり把握できてるのであれば」という前提ありきにはなりますが。
民意()を無視する政治というのをやってしまったら、これはただのアレですね。独裁って言おうとしたけど独裁とはまた違う気がする
独裁といえば思いつくのは某逆卍の人だけど、よう考えるとあの人あんまり独裁じゃないな?
民意()として敗戦国のままじゃヤッテランネェヨとか経済的状況とかいろいろあるなかで選択したカードが「戦争」だっただけで。
洗脳としか言えない演説のうまさとか、そういう要素はあるにしても。
結局煽られちゃっただけなんじゃないかなぁというのはただの持論だけど。
まぁ今のドイツさん方が黒歴史扱いするのはそんな感じだからじゃないのかなぁと思う。独裁っていうのはジャコバン派とか某北の国とかのことを言うのだとモニョモニョ。
閑話休題。
そもそもこの法案が意見だなんだと文句をいっとるけど、まぁこれは違憲だと思います。
政権的には違憲かどうかで争いたくはなかったんじゃないかと思いますけどね、まぁ突っ込まれたら仕方ない
だって「戦力の保持」とかなんとか言っといて自衛隊持ってるし。さすがにアレを実力と言い切るのは清清しすぎる。
というわけでそもそもが自衛隊が違憲だから、なもんで憲法を変えようって話が…アレどこにいってしまったんだろうな
憲法変えられないから先に実をとろうという考えが理解できないわけでもないですが。
あまりそういうことやってると詐欺師まがいというか、何も知らない人からするとネガティブイメージが摘みあがっちゃうんじゃないかなと思うのですが…
「違憲」「強行採決」「独裁」「右翼」ほら、なんかすごい悪いことしてる人々みたいになってきた。
法案の中身をみて「一応」自分の頭で考えてる身としてはそんなにひどいことしてる気はしないけどね。やり方はよろしくないと思うけど
ただまぁ、そんなにのんびりしてられないんだろうなぁってなんとなく察してます。意味も無く急いでるんだったらそれはまぁなんとも言えないけど。
強行採決に始まって話がびみょうにそれたりもしたけど自分的には今回の法案は賛成。
自衛隊を応援する身としては、彼らの活動をできることなら制限されることのない状態で行って欲しいと思います。
戦争に賛成はしない。でも、相手が自分やその友達を殴ってこようとしているのに、いざ殴られるまで何も出来ない(友達に至っては殴られても何も出来ない)のはおかしい。
戦争というのが一方的に放棄することによって相手も放棄してくれるのであれば何にもいらないのだけど。優 し い 世 界
まぁ、相手が殴ってくるのに何もしないことは、まぁ「いじめ」ですよね。喧嘩にすらならない。
それを戦争の放棄と言うのであれば、多分相当頭がお花畑。若しくはごみ
中国と日本や朝鮮と日本の関係において、中には明らかな捏造も混じった「歴史認識の相違」が見られることについて。
ふと思ったのだけれど、これは、孟子の「易姓革命」の発明以来、延々繰り返されてきた「歴史書の役割」ではないかと思ったり。中国と韓国は表面のイデオロギーこそ変化したものの、内実の心性としてはいまだに儒教を引きずっており、それがために戦前の日本の暴虐性を半ば自分たちでも一部がフィクションというところまで誇張していると頭で分かっていつつも、それを主張してやまないのでは。そして日本は早めに儒教から脱しているので、一体何を言っているのかピンと来ないだけではないか。
つまり易姓革命において、現主権の正当性を担保するには、前主権の最後の人が、暴虐の限りを尽くし、酒池肉林におぼれた天から見放された大逆者でないといけないということで、現代の中国と韓国においては、それがたまたま日本国だったと。
・商(殷)の最後の紂王 → 妲己(だっき)におぼれ酒池肉林に遊び商を滅ぼした王
・西周の最後の幽王 → 褒似(ほうじ)におぼれ彼女を笑わせたいために狼煙をあげまくり本当に攻められたときに誰も集まらなかったため国を滅ぼされた王
・日本の雄略天皇(武烈天皇) → 妊婦の腹を割いて赤子を取り出したり、とにかく無茶をする大悪天皇。
以上はその次の王朝の歴史書編纂時に、悪鬼羅刹のごとく描かれている例だが、実際の治世は割とちゃんとしていたことも多く、それらは無視される。前の王朝の治世家としての正当性を描いてしまうと現王朝の都合が悪いということで。(韓国は大統領が替わるたびにまだこれをやってる。)
古代より延々と繰り返すこの「易姓革命」の概念がいまだに通用しているということではないだろうか。
では日本との歴史認識の相違論争がいつ終わるのか。中国の現主権者(中国共産党と人民解放軍)が退場し、次の主権者から現主権者が悪鬼羅刹のごとく言われ始めたときかな。
http://synodos.jp/international/13990
まず名称に問題とついているからには「解決すべきもの」であり、
と考えると、関係者が誰で、それぞれの関係者が上げる重要な論点を整理する必要がある。
1つ大事なのは論点を出す前の「視点」で、慰安婦問題には複数の視点がある。
外交の視点、戦争責任の視点、歴史認識の視点、女性人権の視点、ぐらいか。
関係者は、
日本政府、日本世論、元慰安婦、韓国・中国政府、韓国・中国の世論、アジア、西欧諸国の世論
で大丈夫かな。
ここで日本政府と日本国民が「日本の歴史家を支持する声明」なんてエライ人たちからやんわりと非難されるような状態になっている理由を整理したい。
①関係者がそれぞれ持っている視点(と論点)に対する想像力がない
②そのため問題解決に対して感度の低い論点(を出すための視点)を使っている
の3つである。
まず①。
元慰安婦は「どうして自分が?」という個人的な思いから問題を捉えるため、慰安婦問題を女性人権問題の視点から考えている。そして中立であると思われる西欧諸国の世論は問題の性質上「女性人権の視点」も重視している。女性人権>外交>戦争責任ぐらいの優先度かもしれない。西欧諸国の現代に生きる1市民を想像すれば「大東亜戦争の歴史認識」より「女性人権」に関心が高いのは当たり前である。そう思わないという人は自分の想像力が足りないことを自覚したほうがいい。
だが日本政府及び(一部の)日本世論は、女性人権が慰安婦問題の中で重要な視点の一つであるという認識すら持っていないように見える。
次に②。
関係者の一つである韓国・中国政府、韓国・中国の世論は、戦争責任の視点を重要視していて、そこで出る論点に対する意見は日本政府と対立している。
つまり慰安婦問題について、日本対韓国・中国のサシで解決しようとすると永遠に意見は平行線で折り合えない。
なので問題を本気で解決しようと思うなら、第三者である西欧諸国を関係者として巻込む必要がある。
そのためには西欧諸国の世論が重視する論点、女性人権を取り上げる必要がある。
なのに日本政府及び・・略
最後に③
歴史認識と、戦争責任の時間軸は、事件が発生した当時の時間軸で評価・判断される。
一部の日本世論では、慰安婦問題を当時の社会観・ジェンダー観では問題なかったという主張をする人がいるが、女性人権問題として慰安婦を考える場合は、問題を評価する価値観を現代の社会観・ジェンダー観に合わせて議論する必要がある。
なのに日本政府及び・・略
最後に耳に入る情報だけで出した慰安婦問題に関する自分の結論を書くと、日本帝国の責任はおそらく無罪、一方女性人権的には真っ黒。
なのでアジア助成基金が最もスマートな落としどころで、支援を受けられない慰安婦を味方につけつつ、女性基金に反対する韓国政府の矛盾を西欧尾諸国にPRすべき。
先日、日本をよく知る欧米や日本在住の日本研究者187名から声明が発表された。
詳しい内容は以下の声明を見ていただければよい。
基本的には
・安部総理への演説に一定の評価をしつつ、歴史修正主義的な政治方向への苦言
といった内容だろうか。
実際あの声明はかなり抽象的であり、ある種宣誓のようなものであったのでかなり多様な解釈が可能になっているように思える。
ただ、この声明を私なりによく読んだうえで大きな違和感を覚えた。
端的に言えばこの声明は学問を放棄しイデオロギーに唾棄してしまったからだ。
これだけではなかなか伝わらない部分もあるのでもう少し詳しく説明したいと思う。
正直なところ安部政権の過度な歴史学への介入は私も快くは思わない。
多くの人が言うように過去から存在した資料への誠実な向き合い方を阻害しかねないからだ。
だが、それ以上に異常な状況だと思ってしまったのはこの声明自体がその安部政権への鏡になってしまっているからだ。
・確かに彼女たちの証言はさまざまで、記憶もそれ自体は一貫性をもっていません。しかしその証言は全体として心に訴えるものであり・・・
・日本帝国の軍関係資料のかなりの部分は破棄されましたし、各地から女性を調達した業者の行動はそもそも記録されていなかったかもしれません。
これははっきり言っててしまうと資料や細かい積み重ねなどどうでもよく被害者がいるのだから
そうでなければならないというある種の偏った視点からのメッセージだからだ。
安部政権を批判しているつもりが自分たちで全く同じことをしようとしているのだ。
もしこのような考え方が歴史学全体を覆っているのであれば今後日本の歴史は安部政権ではなくとも様々な形でゆがめられるだろう。
昨今の民族主義からくる争いに釘を刺し、日本の歴史家を賛美する内容・・・
なのかもしれない。
なのかもしれないというのはこの声明があまりにも不明瞭でいったい何を言いたいのかよくわからないからだ。
その結果としてこの声明は早速東洋経済の記事や朝鮮日報といった新聞社からそれぞれまたく違った角度で語られることになる。
残念ながら更なる争いを生むだけの特に意味のない声明となってしまった。
彼らが歴史について資料や証言を重要視することなくある種のイデオロギーに沿って考えなければならないと自ら表明してしまったことである。
つまり一次資料にあたることや生存者の重要証言などどうでもよい、と言っておきながら一方では偏見なき清算をというわけのわからないことになってしまっているのだ。
彼らは自らの出した矛盾に気づいているのだろうか。
色んな所で非難轟々な電王戦第5局の記者会見だけど、俺はすごくいいと思ったよ。
現代の侍達が真剣勝負と武士の情けのせめぎあいで、ギスギス、ギスギスしちゃって、
ああきっと、日本の歴史の分岐点でも、似たようなギスギス感が漂ってたんだろうなぁって思った。
けど、その良さがいまいち伝わりきれてない。
だから口下手な巨瀬君に変わって、どんな会見だったらみんなにあの良さが伝わるのか、俺が勝手にifバージョンを作っちゃうよ!
司会「本日の対局ですが、21手までて先手番の阿久津八段の勝ちとなりました。
かなり早い段階での投了となったかと思いますが、AWAKE開発者の巨瀬さんに今回の対局のご感想をお願いします」
巨瀬「そうですね……
正直まだ気持ちの整理がついていない状況です。
(5秒ほどの間)
21手での投了というのは、早すぎるという意見もあるかとは思いますが、
あの時点でかなり大きな駒損で、あのまま指し続けても、もはや勝ちは望めないという状況で、
えー……そういう判断でした。
この手筋は、100万円チャレンジでアマチュアの方が指して、ハメられた形で、
もう知られたハメ手で……
(涙ぐむ)
(鼻をすする)
残念です。
っ、はー……
(上を見上げ、涙がこぼれないようにする)
プロ棋士への憧れは、どうなるのか……
ソフトから良い手を引き出して、自分の棋力を上げるのではなく、
ソフトの一番悪い面を引き出して勝ったとして、それが将棋の面白さに、何の貢献をするのか。
このような姿勢では、プロ棋士の存在理由を脅かしているのは、プロ棋士自身なのではないか……
(10秒ほどの間)
えー……以上です」
阿久津八段「阿久津です。
本局では、えー、ソフト特有の悪手を誘う、含みを持たせる形の駒組みをしたわけですが、
えー、そうならない変化も多く、勝利のために最善をつくすという意味で、
巨瀬「(司会の進行を無視して)
ま、負けない……だけでなく、
かっ……勝って欲しかっ……
うぐっ、うぐっ……
うわああああああーーー!!!
(野々村並みの号泣)」
阿久津八段「(涙ぐみながら)
そ、それでも、それでもプロは、勝たなきゃ……
プロなら……
いや……
負けとうない。
ワイは、絶対に負けとうないんや!
たとい、機械相手でも!
ワイが、ワイが負けとうなかったんや……
堪忍やで……ホンマ……うっ、くっ……」