はてなキーワード: 信頼関係とは
「死にたい」って言ってきた人に「死んじゃダメ」って言っちゃダメなの?
考えすぎて何も言えなくて止めれるものも止めれなかったら?死んじゃダメにダメも酷じゃないの?
ていうか悩みを打ち明けてもらえただけで、信頼関係築けてるんだから偉くない?対応誤ってもその人のせいじゃなくない?
身に覚えないのに自分の名前が署名されてたら申告くださいって言うことそんなにおかしい?
主催側で調査するにしても追いつかないから自分で気づいたら指摘してねっておかしくなくない?
その前に言うべきことあるだろ、とかもう良くない?
もちろん、この先にいる誰かのためにと1分1秒も惜しんで仕事してる人は超スゲェって思うしそうでありたかったけど、全然無理なんだよね。
無理なものは無理なのよ。完璧を自分に求められてなくても完璧を求めてる姿勢に疲れちゃうよ。
あでもこの自分の態度も、サボりたいって自分の欲求を完璧に満たす為の思考なのか?
よく分からんけど、とにかくつらい。
俺とノリで入籍してみようや
こう書いたが、どうやらあなたは本気で結婚もワンチャンあると思っているようだ。
自分のプロフィールを晒してるし、どんな未来にしたいかのビジョンも示している。
彼女のどこに魅力を感じたのか書いてない。
知的機能に問題がない似た境遇の女性なら誰でもいいのか? 「似た境遇をしているが稼げてます」だけでいきなり求婚するのか?
ステップを踏んでない性急なアプローチを受けたら、女性はビックリしてしまうよ。
ふたりの間には、信頼関係が作られていないから、あなたの言葉を信じる理由がない。
「セックスの下心だ」を見抜いて、恐怖する。
実際それこそが目的なんでしょう? 驚かして悦に浸る、身勝手な性加害行為。露出魔と同じ動機だ。
そう思われたくないのなら、いきなり近くのをやめなさい。
「今日は電車で来たから大丈夫だよ。もし止まってもタクシーもあるから心配しないでね。ありがとう~」
と返しつつも内心穏やかではなかった。
うちは普通の家庭だから、困ったときは相談してもらえるはずと無邪気に思っている親に無性に腹が立つことがある。
心配してくれるのはとてもありがたいけど、今まで何か困ったことを相談したことあったっけ?
一人で抱え込むタイプだからと思って心配してるのはわかるけど、困ったときに何でも相談する相手はちゃんと存在しています。
あなたたちに相談しないのには理由がある訳で。あなたも父親も、何かあったときに相談したいと思える相手じゃないんですよ。
育ててもらった恩も感謝もあるし、定期的に一緒に出掛けるし、あなたの愚痴もいつでも聞くよ。
でも私が本気の相談ができるような関係は私たちの間に成立していないじゃない。
心配する気持ちが生まれるのはわかるけど、その前に自分が相談してもらえる相手なのか考えて。「家族だから」って理由で無条件で信頼関係が生じていると思うのは本当に止めてほしい。
できれば2人紹介したかったが、1人に留める。
ここまでの6人は問題ない。何かあっても私が責任を取ろう。が、この2人は今でもK市で働いている。うち1人は男性で、接触当時は入庁4年目だった。
協調性がないとの評判であり、人事評価では直属の上司から「免職を促すことが相当である」とのコメントが入っていた。しかし、実際に本人と面談してみると……といったパターンの子だ。本質が見えていないのは上司の方だった。
残り1人は女性で、接触当時は入庁1年目。先に挙げたGさんと同じく直向きな職員だった。地元の新聞記事にも「期待の新人職員!」という記事が載るほどに期待されていたのだが、残念なことに、頑張りすぎてうつ病になってしまった。その後のじりじりとしたリハビリと、復活後の活躍には目を見張るものがあった。よって、この子を取り上げようと思っていた。
迷ったが、男性の方を選んだ。理由は私と同性で、気質も似ているところがあったので心の内部を覗きやすいと感じたからだ。登場人物の男女比の関係もある。仮に、E太さんとする。
私が特定任期付き職員として採用されて3年目のことだった。E太さんと話したのは。彼は入庁4年目だった。ある意味で先輩にあたる。
当時は20代後半で、福祉の部署で働いていた。といっても、ケースワーカーや自立支援、福祉事業者の審査といった類ではなく、裏方の仕事だった。直接福祉の仕事に携わることはなかったが、それでも部署全体を支えるポジションだったのは間違いない。
梅雨時のある日、彼について人事面談をしてほしいと福祉課長から依頼があった。このE太さんというのは、いわゆる問題職員という扱いだった。私は、彼のいったい何が問題だったのか、その時は理解していなかった。が、K市の問題職員リストにE太さんが名を連ねていたのは事実だ。
福祉課長によると、彼には以下のような問題点があり、人事で指導してほしいという。
・みんなと協調的な行動を取ることができない。自己中心的である。
今回は3点目で引っかかったようだ。
いろいろと調べていったが、やはり机上のデータでは見えてこない。他の福祉課の職員から聞き取った情報も総合すると、先週あった課全体の飲み会でひと悶着あったらしい。
うす暗い飲み屋の片隅に座っていたE太さんが、近くにいた福祉課長やその他先輩がいた席まで呼ばれた。「この間のことで話がある。ちょっとこっちに座れ」と言われたE太さんは、ダイレクトに断った。「行きません」と突っぱねたとのこと。それで先輩職員らと口論になって、そのうち優しめの先輩職員が彼の席に移ってきて、まあ飲みなよとお酒を注ごうとしたところ、これもまた「帰りがバイクなので」(※真偽はわからない。E太さんの嘘かもしれない)と断った。
そんな態度に憤ったほかの上司や先輩が、E太さんに詰め寄り、お酒を吞ませようとした。それでも断固とした態度のE太さんに、先輩は次第に声を荒げ、ついに係長級の職員がE太さんの首根っこを掴んだところで、「やめてください!」と彼が拒否して……市役所職員の宴席から大声が響いたものだから、近くに座っていた別のお客のグループが店員に静かにさせるよう苦情を入れるも、店側も注意ができず……翌日になって、その居酒屋で飲んでいた人が市役所に直接クレームを入れたというのが顛末になる。
福祉課長の言うことは明らかに自分寄りである。ここまでのハラスメント行為があったとは聞いていない。私がほかの係員に聞き取りをしなかったら、あやうくE太さんだけを悪者にするところだった。
彼にしても、飲み会に参加したなら、もっと仲間意識を持つ必要があった。飲み会は、「供食」の場だ。供食は仲間同士でしかしない。古今東西、自分達の敵と一緒に食事を取るなんて文化はない。一緒に食事を取るということが仲間であることの証なのだ。昔の人間というのは、そんな儀式を神聖視せざるを得ないほどには、人間や組織の生き死にが間近にある生活をしていた。
ある日の午前、窓ガラスに雨粒が叩きつける中、面談室に入ってきたE太さんはソファの前で立ち止まった。「座ってください」と私が言うと、彼はゆっくりと腰かけた。
初めに言ってしまうと、私はE太さんがそこまで悪い人間ではないとわかっていた(後述)。それで、リラックスしながら、今日は何を話すんだっけ? とバインダーに挟んだ聞取票を手に取った私は、簡単な挨拶の後、E太さんとのやり取りを始めた。
「朝ご飯は食べた?」
「はい。食べました」
「どんなものを?」
「どんなカップ麺が好き?」
「特に好みはないです」
「そうか。私も毎日そんな感じだ。おにぎりとカップ麺は合うよね」
「そうですね」
「E太さんは、バイクだっけ?」
「私は……バイクではありません」
「バイクじゃないの?」
「自転車です」
「そういう意味じゃありません」
※重ねて言うが、これまで私が記してきた会話の記録には不自然さが否めない。方言や言葉の癖など、個人情報に関わる内容を編集していることによる。
指導を目的とした人事面談というと厳しいイメージが漂うだろうが、相手が筋金入りの問題職員でなければ概ねこんなスタートを切ることが多い。信頼関係を築くためだ。
雑談が続いた後、いよいよ問題の核心のフチに触れる問いかけをしてみる。
「それで、福祉課長から聞いた件なんだけど。今回の面談のきっかけ」
「……はい」
「周りの職員のこと、どう思ってる? この人は好きとか、嫌な人とかいる?」
「特にいません」
「E太さんの態度や行動が、同じ課の職員を傷つけることがあるみたいだ。私も調べてみたけど、そう思ってる人も確かにいる。どうしてこの結果になってしまうのか、考えていることを教えてほしい」
「普通に、とは」
「正しいと思うことを言ったりやったりして、でもほかの職員からするとそうでないみたいです。嫌われるのはわかっても、でも自分がやるべきだと思うのでやっています」
思ったより早く本音を出してくれている。チャンスだ。私は、聞取票が挟んであるバインダーを机の端に裏返しに置いた。ここからのやり取りはうろ覚えだ。
「E太さん。せっかくの機会だから、腹を割って話そう。公文書には残さないから、もうこのバインダーはいらない。一対一でE太さんと話したいと思ってる。ところで、私のことは知ってるよね。ここのプロパー職員じゃないって」
「知っています。2年前にK新聞(※地元情報誌)で読みました。〇〇社の出身で、人事領域のプロだと書いてありました」
「知ってるんだね。ありがとう。でも、プロと言えるほど経験は積んでない。社会人を20年以上やっているけど、人事は6年くらいしか経験がない。ほとんど営業だった。大人の事情というやつで、プロにはほど遠くてもプロなんだと――そうアピールしないといけないことがあるんだ(ここで両者の笑い声があった)。で、話を戻すけど、E太さんはどうして今の状態を保ってるのかな。変えてみたいとは思わない?」
「キツイと感じることはありますが、これでいいと思っています」
「どういう理由で、キツくてもいいと思ってる?」
「自分のやりたいことがあります。社会人として、こういう生き方がいいって。それで、その目的から逆算して考えると、今は人間関係よりも実力がほしいんです」
申し訳ないがここまでだ。これ以上は、私の記憶からE太さんの口述を曝け出すことはしない。
簡潔に言うと、彼は仕事が一番ではないタイプだった。E太さんの人生の優先順位の中で、仕事は3番目ということだった。だから、民間から公務員に転職しようと思ったし、だから、どれだけみんなに嫌われようがどこ吹く風でやってこれたのだ。
肝心なことを述べていなかった。E太さんの仕事ぶりだ。毎年、人事課に提出される査定表で、彼は3年連続で5段階中の2を取っていた。もちろん低い数字だ。実務能力は平均3.5だったが、礼儀やマナー、人格、職務遂行姿勢などで大幅に減点を受けていた。
私が再調査したところだと、彼の査定は控えめに見ても3はあったように思える。福祉課で彼と同じくらい「人柄が悪い」と評価を受けている人間も、その多くが3を取っていた。それに彼は、年は若いが福祉課の裏方として3年以上も職場を支えてきた実績がある。
ちなみに調査方法だが、①人事権限で福祉課の共有フォルダに入ってE太さんの成果物を確認する、②E太さんの同僚を面談室に呼んで印象に残った行為や実績を聞き出す、③過去のE太さん関係の始末書を読み解く――という3通りの方法で行った。確認できた事実は以下のとおりだ。
・オフィスソフトの腕前は一流である。パワポもExcelもAccessも使いこなせる。文も読みやすい。
・プレゼンテーションの能力が高い。普段は物静かだが、かつて大都市の商工会議所で行われた各市町合同での新人職員研修会の折、K市の未来について数分間のスピーチを行い、拍手喝采をもらったとのこと。
・事業計画立案。E太さんは広告会社の出身だった。その経験を活かし、福祉課の裏方としてケースワーカーなど福祉職を支えるための各種設備・インフラを整えるための計画書を作り、それがそのまま課の予算要求に使われていた → ということは、彼の上司はその仕事振りだけは認めていたということだ。
・福祉課の職員からの苦情はあるが、市民や取引業者とのトラブルの記録はない。
・年下の職員には人気があるらしい。例えば、彼が選挙のスタッフとして従事した際、開票作業の前に事務吏員の腕章をみんな装着するらしいのだが、「安全ピンが刺さりそうなので、私の腕に腕章をつけてください」という体で、何人かの女子職員がE太さんの前に並んでいたという。尾ひれが付いているとは思うが、そういうこともあったのだろう。
私が退職するまでの数年間で、E太さんと呑みに行くことが何度かあった。まさしく意気投合であり、今回ここまで赤裸々に彼のことを書いてきたのも、彼なら笑って許してくれるだろうという甘えから来ている。
私は、彼が悪い奴ではないとわかっていた。上の面談の1年前のことだ。かなり広めの川べりで行われたK市の音楽イベントに、私と彼もスタッフとして動員されていた。ステージ発表が始まると、スタッフはみな暇そうに周辺警備をしていた。
さて。一級河川にかかる橋の袂だった。カートを押している高齢のおばあさんがE太さんに声を掛けた。私は、高いところから偶然それを眺めていた。
E太さんは、話しかけてきた老婆としばらくにこやかに話をしていた。その老婆は、さっきはE太さんの上司や、ほかの若手職員にも声をかけていた。誰もが皆、迷惑そうに会話を切り上げてどこかに去ったというのに、彼だけは、その老婆の話し相手をしていた――貴重な体験だった。こういうところに人格が滲み出るのだ。
とはいえ、このままではE太さんの株は落ち続ける一方だ。それに、職員を傷つけるような冷たい態度もよくない。社会人には、絶えず相手を不快にさせないよう振る舞う義務がある。会話をしたくなくても、そうした態度をおくびにも出さず、明るく振る舞わねばならないことだってある。わかっているのといないのとでは、社会生活に大きな差が出てしまう。
E太さんに何度も伝えた。「こんなのはもったいない。もっと仕事に打ち込んで、本気をアピールして、みんなの信頼を集めてみたら?」と伝えてみたが、なしのつぶてだった。こちらとしても、今の状態でE太さんを問題職員リストから外すことはできない。どこかの部署で重大な人間関係トラブルを起こす可能性があるからだ。私はE太さんのことが好きだけれども、それとこれとは別問題だ。
結局、私が辞める時まで、E太さんを理解する人は少なかった。孤高で、人とは交わらない。でも仕事ができて、市民や業者からの受けがいい。いろいろと惜しい職員だった。今でも彼を思い出すことがある。今度K市に遊びに行った時は、また彼を呑みに誘うつもりだ。
この章の最後に。なぜ、私は彼を好きになったのか。
『渇き』を感じたからだ。E太さんは人生に飢えている。自分がやりたいこと、どんな人間になりたいのかはっきりしているのに、叶えられずにいる。叶えられる保障もない。
でも、足掻き続けている。まるで昔の私自身を思い出すようであり、懐かしい感じが脳内からビンビンと込み上げてくる――ビールは、渇いているからおいしいのだ。いつかE太さんが大成して、そんな美味を楽しめる未来があることを祈っている。
小学校のころから変わんねぇな結局俺が俺が俺がどう思うかなんて誰にも何にも関係なくてずっとずっとないがしろにされて文章だったら何か言えるのかもしれないって思って、それでも結局何もないし、日本語能力はないし、たまにここにつらい気持ちを吐き出しる人たちが気持ちを汲み取ってもらえることがある気がしていたけど、それだって結局日本語で分かりやすく読みやすく文章を書く能力がある人たちが得られるひと時の承認欲求の充足で、だから、句読点の置き場すら満足に分からない俺には弱音を吐く場所すらなくて、ここでも結局「意味不明」で片づけらるだけだろうけど、もう我慢できないくらい辛いことがあったけど、全部言うわけにはいかないのは知っているからかいつまんで言うけど、結局今までの値段では付き合いきれないっていうことだった。もちろん相手側にも利益を出さなくちゃいけないしでもこれまではいいですよってやってきてこれまでの仕事は仕事じゃなかったのかなって。いやもちろん厳密にいえば、金銭のやり取りがあるとは言え、それだけで食っていけるはずもないからそれで生きてるわけじゃないから仕事でのお金にはならないのは分かるけど、でもいきなり倍の値段を提示されたのはびっくりしちゃってこれってこれから仕事を引き受けるのなら今後倍の値段でやりますよってことなのか、それともこれ以上仕事頼まないでくださいっていうのを遠回しに伝えるための提示なのかが分かんない。俺ってバカだからここら辺の「そういうことだからわかるよね?」って言われて後はこっちで分かれよって感じのが分からなくて、いやいかにもドラマとかアニメとかでやるような典型的なしぐさならこっちもあぁあれのことかなって一応の判断はすることはできるんだけど、今回は以前から付き合いのある人に今回の提案だけ倍額示されて、もちろん今回の件が向こうからすれば難しい案件だったことも十分考えられるんだろうけども。素人目にはそうとは見えなくて、素人目にはそう見えないだけで大変なんだってこともあるんだろうけども、でもでもでも明らかに今回の件断るつもりで出している感じが強くて、でも断るんではなくて倍額で提示しているのが、もちろん足元見られてるとかあり得るんだけど、かなしい。結局俺は悲しいだけだ。仕事でこんな感情を抱いてるのが間違いだけど。でもそれなりに信頼関係気づいて来たつもりで、まぁ、でも所詮つもりだったから信頼なんて築けてなかったわけだけどいや信頼築いたって金の問題はどうしようもねえんだって、お前ら面白いだろ、いい年こいたおっさんが苦しんでるぞ、なぁ楽しいだろ楽しんでくれよ。お前らいつも楽しそうに馬鹿にしているじゃんか、いや馬鹿になんかされたくない馬鹿になんかされたくないんだよ。何が言いたいのか分からなくなってきた、はは違うや初めから何が言いたいのか分かんなくて書き始めたんだこの文章は、まぁ、なんにせよおれがずっと大事にしてきたものは世間的には何の価値もなしということで決着がついたみたいだ。もうこれで何もない。なにもできることはないそれで満足なんだろう。どうせいや違うな、当たり前のことだ当たり前のこととしてこの文章は何の価値もなく、何の意味もない、じゃあなんで俺はこの文章を書いたんだろ、黙って死ねばいいのに。それでも俺がこの文章を書いたのは怨嗟ではなく寿ぎを残したかったからもしれない。恨み節まみれの文書を書き連ねておいて恥も知らずに何をのたまうのかと当然思うであろうでも、おれが残したかったことは、ああ、でも、そうか、ことほげないのだな、結局俺はいつまでたっても呪いの言葉を吐く装置でしかなく何も残せず何も与えない。脳が終わりかけている。もうちょっともうちょっと世界がマシになるところを見たかった。でもマシって何?いかれた頭じゃ何にも分かんない、結局日本語まともに操れないやつに救いの手はない、いや違く救いの手なんか初めなんかないんだよ?そうだろ?だからお前の前歯をへし折ってそれで草を刈ってご飯を食べるよ、お前に前歯がないなら肉を食べてもいいんだろう?結局だらだら文字だの法だの作ったってそれが意味するところの世界に俺は入れなかった椅子を引いたんだ。だから、俺はおとなしくお前の歯を折ってお前がいないならお前の子供の歯をへし折るけど、子供の歯をへし折るってかわいそうだよな、どうすればいい?でもお前ないないんだからこの子の歯をへし折るしかなくて、本当に悲しいよどうしてお前はいないんだろう。ちがうね、お前がいなかったら、俺はお前じゃない家族を見つけて、でも歯をへし折る腕力なんて俺にはないなぁ?じゃあどうすればいいんだろう?ねぇ明日の空だけ見てもいい?
障害年金をやたら熱心に勧めてくる。いわく「かなりの金額が戻ってくるし、追加で使えるお金も2万円くらい増えて、生活が楽になるから是非受けましょう」とのこと。
ただ、このケースワーカー、自分に都合のいいことはゴリ押ししてくるくせに、都合が悪くなると平気で1ヶ月2ヶ月連絡取れなくなるし、それについて突っ込むと、言うことが二転三転する上に、最後は逆ギレする等、ちょっとあれな人物。
当然信頼関係等まったくなく、そんな人間が熱心に勧めてくるので、かなり疑ってかかり、専門の機関に相談していた。
その結果判明したのは、「障害年金が認められると、本来障害年金と相殺されていた生活保護費を役所に返済することになる。その額、約100万円。一括で返済するのはまず無理だから、月々2~3万円ずつの分割返済になるだろうけど、生活はかなり苦しくなるので、申請しないほうがいいです。使える生活費?障害年金は収入扱いだから全額没収になるので変わりません」とのこと。
つまりケースワーカーが言ってることは全部ウソだったと言うことになる。すごいね。これで彼にウソをつかれたのは何回目だろう。10から先は数えてないや。
みんな、法の名の下に弱い者いじめをしたいなら役所でケースワーカーになるといいよ。何やっても許されるし、その結果、生活保護受給者が困窮すればする程、世間は称賛してくれる。まさに現代の「公が認めた被差別民」な訳だ。
例えば「あなたは病気で頭がおかしいから、妄想でこっちの発言を捏造して言いがかりをつけてくるんです」みたいな、普通なら裁判沙汰になりかねない発言も生活保護受給者相手なら「行き違い」で済ませられてしまう。共産党も公明党もそう言うややこしい事案には関わってくれないし、法テラスに相談しても、裁判しても負ける可能性が高いからそれくらい我慢してくださいと言われる。
人権がある、働ける健常者が悪い。
櫻井翔を擁護する人間は「彼は依頼された仕事(質問すること)をこなしただけ」と主張するが、それは「兵士は上官から命じられた任務をこなしただけ」という主張と何が異なるのだろうか?それとも真逆、ニュース番組のキャスターの仕事をしているのは単なる真似事で、櫻井翔は操り人形に過ぎないとでも言うのだろうか?それは幾らなんでも櫻井翔を馬鹿にしすぎではなかろうか?
念の為に言っておくが、私個人の基本的な考えとしては、戦時中に行われたことについての調査や批判は、躊躇ったり差し控えたりするべきことではないと考えている。
とはいえ、生きている人間に対しての調査や質問を行なうのであれば、そこには何らかの配慮が必要ではあろう。歴史とか人類学とか社会学とかの調査・研究の専門家ならば、当然それら配慮のマナーを熟知しているはずであろう。彼ら専門家は、時間と手間暇を掛けて調査対象の集団や個人と信頼関係を築き上げてから、デリケートな質問なり何なりに着手するのではなかろうか?
望ましいのは、櫻井翔及びテレビ局が取材対象者との間に信頼関係を築き上げるような丁寧な過程を経たのか否か、取材手法に関しての情報を自発的に公開し、それを誰か外部の専門家が、櫻井翔及びテレビ局のとった手法の妥当性を批判してもらえればと思う。もちろん、批判イコール攻撃ではないから、吟味してみて矢張り問題無しだったということもありえる。問題ありとされたならば、その時点で、櫻井翔とテレビ局側も説明なり反論なりをすればよい。
私が一つ気になったのは「戦時中の日本軍は悪(注:この点について私個人も異存は無い)。したがって、元・兵士の人間に対して直截的な言葉を投げかけても構わない。と言うか、櫻井翔の質問は生温い!」と考えているのではないかと思われるような、一部の人間たちの反応である。こういう人たちを見ていると私は、例えば飯塚幸三のことを「若い母親と幼い娘を死なせて何とも思わないのか?」と言い立てて攻撃していた人たちのことを想起してしまう。そういう類いの人たちは、事実の解明よりも、質問を装った精神的な攻撃を調査対象者に与えて、攻撃欲求を満たすことが目的のように私には見える。そして、櫻井翔の質問も、飯塚幸三に向けられた「相手を死なせて何とも思わないのか?」という言葉と五十歩百歩に見える。
その辺の指摘が正しいのではないかと思うんだけど
そもそもはJavaで分散オブジェクト指向が流行したのが問題の歴史的な発端だと思ってる
つまり、RMI(いわゆるRPC)とかCORBA(それは紛れもなくヤツさではないです)とかHORB(産総研だっけ?)とか、
ネットワーク透過だのRPCのスケルトンだの、そういう話が発端な気がする
つまり、インターネット上ではマシンは当然ネットワークで繋がってはいるけど、
マシンAのJavaのプロセスがマシンB上のJavaのクラスを読み込んで実行できたり、
マシンBに肩代わりさせても、それを意識しないように書けると便利だよね、
という話であって、
ぶっちゃけ、今になっても、
世の中的に、今はJavaよりイケてると思われてる言語にも、この手のネットワーク透過にする機能とか、
よー知らんけど、クラウドコンピューティング()だなんだの機能としてあっても不思議ではない気がする
昔で言うなら、ソニーのTelescriptとかよー知らんけど、
ネットワーク上の複数のマシンを渡り歩くプロセスというかプログラムみたいなのが実現できるのって、
今になって考えてみると脆弱性の温床でしかない気がするし、理解はできる
理解はできるが、じゃあ、まったくメリットがないのかというとそうでもなくて、
しかし、Javaのかつての流行が放置されたままになってるとか、そういう問題はあるわけで、
その辺がセブン&アイだったかの、Struts2のOGNLインジェクションもそんな感じで、
ぶっちゃけ、マシンAからHTTPでマシンBのJavaクラスとか実行できたら便利だよね、みたいな話で、
マシンAとマシンBが外のネットワークと敷居があるという前提があるから問題がないのであって、
CGIでもよくあったけど、サーバー側の任意のコマンドを実行できるというのは、
サーバーの状態を監視するとかには便利だけど、当たり前だけど危険だよね、という話であって
眠くてまとまらない…
おやすみ…
あ、言い忘れるところだった
知らんけど
それと日本がいくつかの二重用途物品を包括輸出許可制度の対象から外した理由は、日本側が求めていた輸出管理に関する定期的な協議を韓国側が三年連続で拒否したから
https://diamond.jp/articles/-/210908?page=2
EUの規定を見てもわかる通り、輸出に関する優遇措置を認めるには、当事国間の“信頼”が欠かせない。過去3年間、韓国は日本が求めた輸出管理に関する協議に応じてこなかった。私たちの日常生活でも同じだが、真剣に対話できない人を信じることは難しい。日本が韓国をホワイト国として認定し続けることは適切ではないといえる。
直接的な要因はこれだよ
これを日本政府は「信頼関係が著しく損なわれたと言わざるを得ない状況」「大韓民国に関連する輸出管理をめぐり不適切な事案が発生した」と表現している
もちろん、これ以前に発生したレーダー照射事件や慰安婦問題(日韓合意に基づいた財団を韓国側が一方的に解散した件)、徴用工訴訟問題(仲裁委員会の設置を韓国側が拒否した件)、あとは韓国国会議長が天皇へ謝罪を要求した件など、日本からの信頼を損なう行為が多々見られたのも副次的な要因としてはあると思うが、それらはあくまでも枝葉の部分でしかない
アニオタ批判に対して二次元と三次元の区別がつかなくなるわけがないって一昔前によく聞いたけどさ
創作物のキャラクターって好感度や人間関係が超ファンタジーなのに、現実の三次元でもその感覚で生きてる人を見る。
二次元と三次元の区別ついてないヤツいっぱいいるじゃん!って思うんだがどうなんだろう
普通は嫌われることや軽蔑されるようなことをしても絶対に好感度自体が下がらないし(主人公がガチで嫌われたら話が終わる)維持のために手をかけないと好感度は消えてくものなのに何もしなくても常に高いし減らない
いい印象を与えないといい印象を持たれないのは当然だし、ちゃんと話して自己開示して信頼を示して信頼関係を構築しないと普通の人は相手に興味を持たないけどアニメのキャラクターはその過程をすっ飛ばしてみんな最初から信頼を寄せてる
主人公は常に好感度の獲得が約束されていて、一度嫌われても最終的には理解されるし必ず好感度が得られる
我も書いてみる。多分、誰が書いたかは分かる人には分かると思う。
因みに職種はケアワーカーってヤツです。昨今注目されるエッセンシャルワーカーとも呼ばれるアレです。
一つ目の施設は大学在学中に内定をもらった。民家っぽい見た目の小さなグループホーム。小さなグループホームなので男女で区分けされずに利用者様が暮らしていた。あ、もちろん個室はあります。我は若い女性の見た目をしているので男性利用者様によく絡まれた。それはまぁ良い。想定していたことだ。ところが指導役である男性職員が止めるどころかそれを煽る。何かされる前から「ほら、○○さんがあなたを見ているよ。」とか言ってくる。とても気持ち悪い。そして職員が煽るもんだから利用者様からのセクハラも悪化していく。(具体的に何を言われたかは利用者様の個人情報を外部にバラすという守秘義務違反になるので話しません。我は偉いなぁ。)一番キツかったのは夜勤。夜勤は基本的に一人で入る。そのためにどうしてもセクハラ常習の利用者様と一対一で話さなきゃいけない時間ができてしまい、逃げ場がなかった。ついでに言うと夜勤明けに例の男性職員が「差し入れ」としてほぼ毎回朝ご飯を渡してくるのだが、それも段々気持ち悪くなっていった。我はケチなのでほぼ毎回ありがたく頂いていたのだが。この男性職員は他にも「女性が野球を知ってる訳ない」とかジェンダーバイアスが強い発言を多々していて一緒に働きたくないタイプの極みだった。おまけに一度海外から実習生が来たことがあったのだが、その実習生の名前を日本の芸人のギャグを文字って弄っていた。そういうことをする人も、そういうことをする人を雇う職場も信用できなくなった。ある日突然勤務に行けなくなってそのまま辞めた。
二つ目の施設は一つ目の施設を辞めて1ヶ月ほど後に内定をもらった。我は福祉とは無関係の大学を卒業していたのでその点を突っ込まれるかと思っていたが面接ではスルーされた。その時既に嫌な予感がした。一つ目の施設よりは広いグループホームで利用者様のスペースが男女で分かれていた。「男性利用者様からセクハラを受けることはない」と安心していたが、この施設も職員のクセが強かった。この施設では海外出身者が多くパートタイムで働いていた。そのために我が仕事のやり方を教えてもらうのが難しかった。これはまだ我のコミニュケーション力不足で説明できる。それじゃ日本人の職員はどうかというと海外出身者を見下すような態度を取る人ばかりで我が心を開くのは難しかった。母国以外でケアワーカーのバイトするくらいだから相当優秀で日本語にも自信のある人たちだっただろうに無能扱いされていて居た堪れなかった。そんなこんなで職場でのコミニュケーションをサボる内に我はとある失敗をする。対処法としては誠心誠意利用者様に謝罪するしかない類の失敗だった。(具体的に言わないのは守秘義務を徹底するためです。ケアワーカーの守秘義務は辞めてからも守らなくてはいけないものなんです。我は偉いなぁ。)ここで元から働いている職員に利用者様との間に立ってもらわないと我は利用者様と信頼関係を築くことができずに"詰む"。ところがそこでの指導役である職員は我を突き放し、あろうことか謝り続ける我に「さっきから謝っていますが謝って済むと思っているんですか?」と言い放った。我はなす術無くして棒立ちになるしかなかった。多分この施設は蛸壺化みたいなものが起こってクセの強い職員とそれについて来られるパートタイマーしか残らなかったのだと思う。ただでさえ地域で孤立しやすいのが福祉施設なのに、別区画の男性職員が女性職員に干渉していなかったらそらそうなるわなって感じっス。翌日からその勤務先には行けなくなった。連絡が何度か来たような気がするが全部無視してしまった。多分辞めたことにはなっているはず。
グルーミング(性犯罪者が年下(もしかしたらそれに限らず?)との性的接触を実行段階に移す前段階としての信頼関係の構築を行う行為)への罰則をというニュースを見た。
https://www.huffingtonpost.jp/entry/story_jp_619f3793e4b044a1cc114845
ハフポストであるのでそこまで真剣に取り合う問題でもない気がするが、実際に行われるとしたら、社会全体が人間の発達期において、世代の上下をまたぐようなコミュニケーション全体を忌避するようになるのだろうか。
そのような環境が到来したときには、家族内部で解決できない、あるいはそこに起因する問題を抱えた子供を、血縁関係の外側にいる人間が個人や地域としてかかわるということは基本的に異常な行為とみなされ(今も?また基本的にそういう子供に“かかわる”人間は奇特な人間か異常者が多いのは確かかもしれないが…)、問題に対処する役割だということを国家が規定した施設や人物に問題を通告して、その後は関わらないのが正しい市民の在り方ということになるのだろう。
そうなったときにはおそらく今まで以上に児童相談所の役割は増大するのであろうし、そのために社会全体が経済的な負担をする必要があるが、果たしてそれを受け入れるのだろうか。
もしも負担なくして罰則を設けるということであれば、子供を取り巻く環境はかなり悪化するような気がする。
またうがった見方をすれば、国家が(あるいは何らかの共同体が?)家族の在り方というものにかなり深く干渉するきっかけとなりうる動きなのかもしれない。
しかしながら、民主主義社会にいる以上、声が上がったからにはその意見に対して真剣に向き合う必要があるのは確かであろうし、そもそもの問題として(グルーミングが)『性犯罪をおこなうのは見知らぬ通りすがりではなく、ある程度知り合った周囲の人間のほうが多い』という話とつながっている(顔見知りになり警戒を解いてから実行に移すので行為の成功率も高いし、発覚の恐れも少ない)のもたしかであろう。
外部の人間からすれば、「人間の記憶それ自体は内部・外部によって容易に操作され変質しうる(虐待や性犯罪の記憶は身体が捏造することもあり得る)」という事実のほうばかり向きがちで、実際に被害を受けた被害者の改革の訴えにはどうしても及び腰となるが、直接捜査や処罰の対象とはならずとも、発覚した性犯罪にたいして、完遂されたもの以外にも前段階にある性犯罪被害に対して罰則をという形であればある程度受け入れられやすいのではないだろうか。
ただし、罰則の追加や強化ははやり慎重に行われるべきであるし、加えて犯罪者となった人間をぶち込んで終わり、隔離して終わりという形の解決ではなく、被害者・加害者問わず治療などの防止策を含めて考える必要があるであろう。
再発の防止、被害の抑止という形での規制や改革は行われるべきであるが、性犯罪に限らず過去の被害の応報として社会の規則を定めたり変えたりということには少なくとも慎重であるべきだと思う。