はてなキーワード: ベテランとは
小学生の頃に父の寝床にあったミステリ短編アンソロジーのひとつ。
小学生の頃にはこれに恐怖しながら頁を繰っていたものだが、そんな感性を持っていれば読書は楽しくて仕方ないだろうと思う。
作者もタイトルも覚えてないので、もう二度と会えない作品でもある。
ネタバレも糞もないけど以下あらすじ。詳細はたぶん色々と違ってるはず。
ビジュアルのよい若い女性である事もあってマスコミは色めき立ち、連日週刊誌やワイドショーで引っ張りだことなる。
当人のキャラクターと裏腹に作品の内容は重く暗いものだたが、選考委員を唸らせるだけの内容のあるものだった。
狂言回しの編集者はマスコミに出る女子大生の軽い言動と作品の乖離に違和感を覚える。
一方、彼女が写ってる写真や取材の映像で高頻度である男が背景に写り込んでいる事に気付く。
そんな事をしているうちに、彼女は受賞後第二作を発表、これも受賞作ほどではないが高い評価を得る。
このペースで内容の伴う作品を連続で書くのはベテランでも無理だろう、
何かあると調べて行くと、文藝マニアの知人が、彼女の二作品と戦後まもない頃にデビューして注目されつつも病か何かですぐに姿を消したある新進作家の作品との類似点に気付く。
その作家のデビュー作はそれなりに注目されたため巻頭で近影が掲載されたが、その顔は彼女の背景に写り込んでいる男の顔そのものだった。
そこに辿り着いた時点で、彼女が交通事故に遭い意識不明の重体とのニュースが飛び込んできた。出版社に第三作の一部を届けに行く途中の事故だった。
同僚の担当編集と共に彼女が搬送された病院に行き、ICU前で彼女の家族から聞いたその作品の内容は前二作と文体も内容もかけ離れたものだった。
「ある文学部に通う女子大生が授業のレポートで、何の気なしに戦後の頃のあまり知られてない作家を取り上げてみる事にした。
それから暫くしたある日、彼女の元に差出人不明で手書きの古びた原稿用紙の束が届く。どうやら文芸作品のようだ。
原稿と一緒に「これを世に出して欲しい」とのメッセージも入っていた。訝しんだが文芸方面で名のある出版社に投稿すると、その女子大生の素性も相まって大々的に売り出される事になった。
そこからしばらく、差出人不明で礼を述べる手紙等が届き、次に発表する用の原稿も届く。
女子大生は世間からちやほやされて浮かれてたが、送り主から「メディアに出過ぎるな」「露出を控えろ、喋り過ぎるな」と警告されるようになる。
彼女は常に監視されている事に恐怖を覚え、この事を世間に発表しようとする。」
話はその書き掛けで止まっていた。
そんな事を編集者たちが考えていると、ICUの扉が開き、そして告げられた。
「彼女が息を引き取りました」
80年代あたりから90年代にヒット作を出して作品が映像化もされてるけど、そこまで大ヒットというわけじゃない。
作家になれなかったら自殺するというくらいだから、本業があって作家は副業ってわけじゃないよな。
どうやって生活してるんだろう。
ちょっと前に吾妻ひでおが、某ベテラン漫画家の名前をだして「〇〇くんがバイトをしてるコンビニに行ったら~」と言っていてショックを受けたわ。
その漫画家も、大ヒット作はないけど、けっこう有名だと思うんだけど。
漫画家のほうはツイッターで見るけど、作家のほうはネットで検索した限りでは消息不明。HPも更新が10年以上前に途切れてる。
どの国もそうなのかな。
たかがアルバイトにその道20年のベテランばりのシャキシャキした対応を求める。
それが正社員ともなると入って数ヶ月で研修なしのいきなりOJTで完璧な仕事が出来ないと回り全てが敵になって社会に1人取り残される。
いやはや生きるってのは地獄だな。
最初から地獄だったのか、人間が頑張って地獄を作ったのか、誰かが地獄じゃなくしたはずの世界を再び誰かが地獄に戻したのか、それは知らないけど。
でもたった1つ分かることがある。
スター欲しい。
THANK YOU FOR LISTENING!
貰える運営資金は一緒だから、マンパワー潤沢=保育士一人当たりの給料は少ないって事になる。
つまり賃金安い若いうちに人材使い捨てとか、最低賃金パートだらけの園になるよね。
ハリルがベテランを使わないなんていつ言ったの?
もと南海の電車からホームに降り立つと、千頭駅にはたくさんの親子連れがいた。
妻と、4歳の娘と、1歳の息子と、チケットがとれてから、楽しみにしていたトーマスに会える日だ。
子供だけではなく、大人が見ても、このトーマスはテレビから飛び出した等身大のヒーローだ。大きさだけのハリボテではない。ホンモノなのだ。
トーマスの種車はC11-227。かつてはテレビドラマや映画で大活躍。裸の大将(雁之助の再放送)をよく追いかけていたのを覚えている。
正面にはトーマスの顔をつけ、ライトブルーに化粧をして、動輪までしっかりカラーリング。
大ベテランが子供の前で大活躍する姿をみて、Eテレの幼児番組、みいつけた!のワンワンと中のチョーさんを思い出してしまった。
千頭駅では機回りをした後で転車台で方向転換。ちゃんと顔を新金谷方面に向けるためだ。周りには子供も大人も集まっている。
転車台にのって、係員が人力で回すと、トーマスも汽笛を鳴らしてアピールする。
ぐるぐるっと向きをかえ、止まるかと思ったら、あれあれ、まさかのファイブフォーティ。魅せます、トーマス。一回転半まわって転換完了。
駅構内はイベント会場に整備され、パーシー、ヒロに、方向転換を終えたトーマスが並ぶと、地方私鉄の構内とは思えない華やかさになった。
トーマスの汽笛に合わせて、他の列車も汽笛を鳴らす。効果音ではない。本物だ。
新金谷駅の売店で買ったお弁当をベンチで広げ、子供たちの声を聞きながらお昼ご飯を食べる。ホームに入る風は山岳ローカル駅の風だ。
ただ、駅全体に子供の声があふれている。混んではいるが、人道的な混み方だ。ちょっと並べば、トーマスの前で写真も撮れる。
トーマスは発車直前まで写真撮影に応じている。煙突からは煙が出ている。発車が近くなると、黒い煙が増えてきた。
小型タンク機関車とはいえ、1,600mmの動輪径は子供の身長の倍。ホンモノのトーマスは、車輪の大きさも圧倒的だ。
みんなが並んでいるその前を再びゆっくり走り出し、再び客車に連結。
鉄道界の老老介護、最後尾の補機、電気機関車E10-2に感謝の黙礼をする。
そして、7輌の客車なかほどのスハフに乗り込む。
青いモケットのボックスシートに、トーマスのシートカバー。そして、所々にJNRマーク。
娘は、窓が開く、扇風機があると大喜び。昔はみんなこれだったと喉まで出かかったが、トーマス号とは関係の無いこと。
千頭駅から新金谷駅まで1時間強。途中の鉄橋や通過駅ではみんなに手を振ってもらえる。
特急となっているが途中の駅に止まらないだけで、各駅停車の電車と所要時間はほぼ一緒、のんびり走るのだ。
だから、手を振ってくれる人の顔がよく見える。子供はもちろん、大人も年寄りも、みんな笑顔だ。
白レンズを構えたおじさんもお兄さんも、客車が通過するころにはシャッターチャンスはすぎたとみえ、ニコニコしながら手を振る。
本命はこの後のC56-44かもしれないけど。
大井川にかかる鉄橋は見晴らしも良く、遠くから手を振る人もみえる。
吊り橋の上から手を振ってくれる人もいる。
茶畑のおばさんも手を休めて両手を振っている。
新金谷駅に着くと、車両基地の機関庫に入っていくトーマスがみえた。
子供と近くまで歩いてみると、もと近鉄電車や他の蒸気機関車とならんで、トーマスがみえた。
あっはっはー!!
聞いてくれよセニョリータ!!
え?オツボネーズは何かって??
手をつけられないほど厄介な御局様2人組だよ!!!
……ほんとにしんどい。。。
彼女らは何故ああも他人のアラばかり探せるのか。いや、百歩譲ってアラしか見つけられない性格だとしても、とりあえずそれを『学級委員会の議題』のように声高に騒ぎ出さないでほしい。頼むから。
ほんとにね、しょぉ〜もないんですよ。
しょぉ〜もないことを、さも大問題のようにヤイノヤイノ引っかきまわすのですが、正直みんなそれどころじゃないんですよ。貴女方が「やりたくない!面倒くさい!(`Д´)ノプンプン」と放り投げてるせいで仕事が偏っているんですよ。
偏っているのは全員分かっているのに改善しないのは、『御局様に頼む→文句/嫌味を言われる→気分が悪くなる→次からは違う人に頼む』ってな流れができちゃってるからなんですよ。
さらに言えば、『御局様に頼まなくなる→暇になる→他人の言動を観察する→気に触ることを見つける→その事ばかり考える→ムキーッ!!!』ってなるんですよ。「なんで皆はアレに気づかないのよ?!私ばっかりイライラさせられてるのは不公平じゃない?!」って。
そりゃそうだよ、みんな忙しいんだもの。そんなしょうもない小さなことに手を止めている時間すら惜しいんだもの。社会人だもの。
いやね、それでもね、文句があるなら自分で改善するぐらいすればまだいいんですよ。それがね、「私は腹が立ってるのよ!!なんとかしなさいよ!!こう(自分だけ楽をする案)しなさいよ!!(`Д´)ノプンプン」と口だけだから皆うんざりなんですよ。
己で何か努力はしたのか、と。具体的に働きかけたのか、と。他人の立場になって考えたことがあるのか、と。
ていうかね、「新人のくせに私たちより仕事が少ない!!」って、アホか、と。当たり前だろ、新人なんだから。
貴女方は何年その仕事やってきたんだ?10年だろ?10年のベテランがこなす仕事量と新人がこなす仕事量が同じだったら、逆にあんたら何やってんのって感じじゃありません?え、私がおかしいですかね??
またまた百歩譲って「新人なんだから雑用をどんどんやれ!」ならまだ納得できる。重要な仕事が出来ない代わりにってのなら分かる。でも、その難しい仕事を同じようにやれっておかしくありません?教えてあげもせず、ましてやサポートやフォローもする気がないのにそれって、あまりにも可哀想過ぎません??自分達が楽したいなら、とっとと独り立ちできるように面倒見てあげればよくないですか??『見て覚えろ』って、それなんて職人技??
そんなこと繰り返してたらさ、そりゃ新人さんも同僚さんも気さくな人のとこに聞きに行くよ。頼みやすい人のとこに行くよ。
自分のとこに人が寄ってこないのは自分のせいなのに、「あいつばっかりチヤホヤされて…ムキーッ!!!(憤怒)」って、コントかよ。自業自得だよ。
こちらが「あのオツボネーズ働かなさすぎ!!ムキーッ!!!」ってしてないんだから、こっちに敵意を向けてこないでほしい。
関わるとヤバそうなのを察して距離を置いている人間に、わざわざ槍持って襲いかかってこないでほしい。そなたは森で、私は職場で暮らそう。ヤックルで会いに行く気はないけどね。
あとね、付箋をPCモニターに貼らないでほしい。枠に貼って、お願いだから。画面に貼らないで、頼むから。
もうね……そういうとこやぞ!!!(怒)
ネットでも割と話題になっているのでなんとなく知っている人が多いと思うが、今年のプリキュアはとりわけ出来が良い。
ベテランの佐藤順一監督がこれまでのキャリアを全部ぶち込んで全力で殴りに来ているような出来の良さである。
ストーリー・セリフ・キャラクター造形に関して、よく練られているというか、あらゆるツッコミを想定して作られているような盤石ぶりを感じた。
あらゆることに対して相当な配慮がなされている作品だと感じた。
しかし、それ故に私は少しその「正しさ」が怖かった。
吉見リタがファッションショーのテーマに「女の子だってヒーローになれる!」を掲げた時、私は「こんなにわかりやすくメッセージ性を掲げてしまって大丈夫?」とかなり不安になった。
もうこの時点で、放映後にはジェンダー的論点から語る人がたくさん出てくるのが想像できて、いやになった。
そして、アンリに対してはなが「いいんだよ!男の子だってお姫様になれる!」と言ったとき、ああ、この回は「そっち」に持ってかれちゃうな、と思った。
どういうことかというと、
私が恐れていたのはこの三つである。
一つ目。
この回では、「女の子だってヒーローになれる」「男の子だってお姫様になれる」という二つの言葉によって、「ジェンダー」という特定のテーマばかりが強調されてしまっている。
しかし、物語は特定のメッセージを伝えるだけのものではないはずで、あらゆる側面を持っているはずである。
この回はシリーズの第19話であり、当然それまでのお話と地続きの物語であるわけで、そのテーマ以外のあらゆる側面が存在するはずである。
例えば、佐藤順一監督がツイッターで言及していた、えみるとルールーの関係。
『HUGプリ』19話の脚本は坪田さん。ルールーの方がえみると二人であることを大切に思ってて、えみるの方がルールーと自分は違うと感じている事がセリフでなく会話から自然に感じられて、そして子供たちに伝えたい事はきちんとセリフにする。届けたい思いのある脚本、素敵ですよね。 #プリキュア— 佐藤順一 (@satojumichi) 2018年6月10日
この二人の、「ふたりでプリキュアになる」という目標につながっていく感情の動きがこの回では描かれていた。
他にも、正人のトゲパワワをもとに作られたオシマイダーに対し、アンリが「君も苦しいんだね」「自分を愛して」と言ったこと。
一言では片づけられないような正人の苦しみが存在していること。
そして、「自分を愛する」という言葉に対し、ルールーが反応していたことにも、ジェンダー的テーマ以外の側面が感じられる。
別にジェンダー的なメッセージは、お話の一つの側面に過ぎないわけで、その一つの側面のみで作品が語られてしまうのは、正直残念である。
二つ目。
「ジェンダー」というテーマが独り歩きし、キャラクターに、そのテーマに対応する「役割」が付されてしまっている。
代表的な例が、えみるの兄、正人だ。
彼は「ジェンダー」的な観点でいえば、いわゆるステレオタイプな古い価値観を持った人間として見られるように描かれている。
だがしかし、キャラクターは、物語を動かすための「装置」ではない。
否定されるべき古い価値観のメタファーとして彼が見られてしまうのは、非常に残念である。
キャラクターは、特定の役割のために存在しているのではなく、あらゆる側面を持った生きものである。
兄としてえみるに向ける感情は一言で片づけられないものであるだろうし、ただ「男の子らしさ・女の子らしさ」の価値観に縛られているからそれを逸脱するアンリを敵視したのだと断言することも出来ない。
彼には彼の物語というものが存在していて、この回における彼の言動は、その結果でしかない。
また、「女の子だってヒーローになれる」を掲げたファッションデザイナーの吉見リタにしても、単にこの回のために用意されたキャラというわけではない。
かつて彼女は、園児の泣き声で集中力が乱れるからと保育園にクレームを入れ、その時のトゲパワワがオシマイダーの素体に利用されたことがある。
さらに、前回ではアイデアが浮かばないスランプのトゲパワワで再びオシマイダーの素体にされている。
そんな彼女が、今回のファッションショーでこういうテーマを掲げるようになった経緯についても、小さいながらも物語があるのだと想像できる。
特定のテーマに対する「役割」という考え方では、人間的な深みがオミットされてしまうし、作品の世界観を狭めてしまう。
私は典型的な優柔不断で、断定するのが怖いタイプの人間である。
それが原因なのか、今回登場したような、「人の心を縛るな!」等のメッセージ性がはっきりとした強い言葉が苦手だ。
彼女たちの言葉は正しい。しかし、正しいことを断言することで切ってしまう何かもある。
アンリというキャラクターが初登場時どうであったかを思い出してほしい。
彼は自分がいいと思ったもの、正しいと思ったことに対して真っ直ぐに行動する人間で、それは今回の話でも同様であった。
しかし、かつてアンリは、自分の信じる正しさでもって、ほまれをはなたちから引き離そうとしたことがある。
アンリは間違ってはいなかったが、その正しさで別の何かを切ってしまった。
ツイッターでよく「正論で相手を論破する漫画」を見るが、それに感覚としては近い。
正論をはっきりと示すということは、何かを正すことになる。
「僕は君のために僕を変えることはできない」
これは正人が、自分の価値観に合うようにアンリを変えさせたかったことからくる言葉と捉えられるが、逆であっても同じことが言えるのだ。
正しさをもって他人の価値観を否定することは、「人を変えさせる」行為であり、攻撃的側面を持つのだ。
だから、今回、メッセージ性がはっきりしすぎている言葉が出てきたとき、その正しさが、何かを攻撃することになるのではないか、と思ったのである。
それが正しいのだとしても、それは自分にとっては少し怖いことでもあった。
コンビニで夕勤のバイトを始めてじきに丸二ヶ月になる。といっても1日4時間週2日勤務なので、出来る事は大して多くない。
自分では結構いい感じにやれていると思っているのだけれど、誰も私の仕事を良いとも悪いとも評価しないので、本当のところよくわからない。ただ、たまに交代時間に会うベテランのパートさんには、「大分慣れたみたいだね」と言われた。それだけ。
週に2回の勤務のうち1回は店長とでもう1回は副店長と組んでいる。
副店長は陽気で親切な性格で私にもなにかと話し掛けてくれるのだが、店長とは用が無い限り全くと言っていいほど話す事がなくめっちゃディスコミュニケーション。だがごく僅かしか話さないけど、何となく面倒事が嫌いな様に思われ、しかも最近新人である私の教育もその面倒事の一つになりかけているような感があるような無いような気がするけどよくわからない。
店長は寡黙な質なのかといえばそうでも無いらしく、副店長や時々来店する以前バイトしてた女の子とはよく喋っている。
てことは問題はどちらかといえば私にあるという事か。私自身、猛烈人見知りで自分から人に話し掛ける事がなくて、しかし仕事となれば朗かに接客するし副店長やマネージャーやベテランのパートさんなどに話し掛けられるとちゃんと応答(内心かなりびくびくしてるんだけど)するせいで、店長にだけ塩対応してるみたいに思われちゃったのかな。すみませんけど本当に人と話すの苦手なんでどうしたもんだろう。
先日は副店長と仕事だったが副店長はあーもー辛い眠いマジしんどいとぼやきまくりだった。接客の時はうってかわって仕事のバリバリできる快活なお兄さんになっているのだが、客足が途絶えると萎びていた。
実際副店長のシフトは鬼の様で、夕勤帯から早朝まで、休憩を挟むとはいえ14時間も拘束されている。なお店長も同じ。この時間帯のシフトは毎日店長と副店長が交代でやっているということ。そこに夕勤・準夜勤の時間帯だけは私含めて三人の女性バイトのうちの一人がつく。女性バイトのうち二人が新人だ。
だから店長も副店長も1日おきに長時間労働でしかも忙しい夕勤の時間帯には新人のフォローもしながらという、しんどい仕事をしている。正社員なのでお店に出ていない日は昼勤や他店のフォローやら事務仕事やら、やることが色々あるだろう。
バイトが働き易いと思って仕事をしている裏ではこのようにその分苦労している人達がいる。
私はまだ子供達が小さいので、昼間フルタイムで働くのは難しいと思い、夕方夫の帰りが早いのを良いことに、働きに出る事にしたんだけど。でも上手いやり方だと思ったけどその分他人に負担をかけてるんだなと思ったらやるせなくなった。
子なし時代に働いていた職場では、私は若いからって子持ちの人達のフォローを全部押し付けられてしまって、心身を病んでしまう程に追い込まれてしまったが、フォローされる方の人達は私に対して容赦がなかった。
若くて体力が有り余ってる癖にとか、どうせ子持ちの気持ちなんかわからないでしょうとか、こっちは何も言ってないのに一方的に叩かれたし、生理止まるくらい疲弊してるのにあんたも早く子供産めばいいのにとか、とにかくハラスメントされ放題になっていた。
そんなんだったから、子持ちになったら極力職場の人に面倒をかけない様にと思って、子供の行事や病気などがあっても休まないで済みそうな時間帯で勤務日数も少なくて済む職場、という事でコンビニバイトを選んだけれど、私の考えは甘かったのかもしれない。
特に、副店長はこきつかわれてた頃の私と同じくらいの歳なのもあって、目の周りがぐるりと隈で真っ黒になってるのを見るとほんと悪い事をしている気がしてしまう。
そんな底辺の、プログラマとも呼べない微妙な立場の俺からベテランプログラマのみなさまに質問です
てか当時は勤務先でそれしか使われてなかったので選択肢無かったです
あとはVB.NETの既成プロダクトのちょっとした編集が数件…
2年目です
時間の計測を幅広い業務に当てはめて、今までの実績からいつその業務が終わるかを予測表示するシステムを考えています
お金さえ稼げればなんでもいいです
嘘みたいだが本当の話である。
難易度を示す偏差値(河合塾基準)が35以下となる入試を通じて
実際に教壇に立つ教師のことで、誇張や叙述トリックでもなんでもない。
子供たちを教え育てていることになっている。
そんな信じられないことが学校現場で起きているのだ。
旺文社のサイトで「偏差値35以下」「教育・教員養成系学部」で
数多くの大学から、毎年、偏差値35の教師が世に送り出される。
僕の調べた限りでは、この大学数は近年なぜか急増しているのだ。
教師といえば、子供たちに正しい知識を正しい方法で伝えるプロ。
この認識はそれほどまちがっていないだろう。
実際のところ、偏差値35の教師は中等教育(高校、中学)よりも、
子供たちの基礎的なリテラシーを育てる重要な仕事だが、大丈夫だろうか。
偏差値35の教師が説く道徳を学んで議論する(通知表に特別な評価記入あり)。
事ここにいたっては、恐怖しかない。
偏差値がすべてではないと人は言う。
その通りだと僕は思う。
しかし、教師たるもの、ある一定以上の水準が求められるのは必然。
例えば、2018年のセンター試験結果から計算すると、以下の数字が出てくる。
英語:200点中、63点
国語:200点中、48点
ご承知の通り、センター試験は基礎知識を問う問題がほとんどで、
わからなくても選択肢を選べば一定の確率で正解することもある。
つまり、それがこれほどまでに解けないということは
少子化によって大学全入時代となったことだけでは説明がつかない。
ベテラン教師の大量退職と、教員免許更新制によって教師になる資格を持つ者が
不足しているのが大きい要因だ。
詳しくない人でも、ニュースで教師不足を嘆く声を聞くことがあるだろう。
現行の制度は、教師のなり手そのものを減らす結果となっているのだ。
そうして、本来、教師となりえる有能な人間(会社員経験者、研究者上がりを含む)を弾き飛ばし、
人生経験も学識も浅いが免許だけは持っている「偏差値35」の教師が誕生する結果となった。
あなたの子供の教師は、賢そうなふりをしているが、本当は偏差値35かもしれない。
教室は偏差値35の教師に支配され、子供たちは偏差値35から学ぶ。
我々はその先の未来をまだ知らない。
以下、予想される反論にあらかじめ回答を。
A. 現行の入試制度では、私立大の場合、AO入試・推薦入試での入学が
半数を大きく超えるのが通常だ。
すなわち、がんばっても偏差値35にしかならなかったということである。
A. もし本当に人柄や人間味が秀でているとしたら、
人としてわかりやすい魅力を備えていないこともわかる。
低ければ経営に関わる問題なので、一生懸命試験対策に取り組むのだろう。
また、幼稚園教諭に知的能力が必要ないというのは大間違いだと思う。
A. 何を言っているのか。
採用後に何を積み重ねていくかが重要であり、教師たるもの日々勉強だ。
A. 論外な考えだ。
自分の子供はいいかもしれないが、偏差値35の教師から教育された
最初の頃は「怖い人」だった。
入社前、若手の先輩が内定者と社内の人の懇親飲み会を開いてくれた時、今の上司と出会った。
大学生でフォーマルな装いとしては就活スーツくらいしか持っていなかった私は、何を着て行くべきか散々迷った末、先輩の「普段通りの服でいいよ」との言葉を信じ、ジーパンとセーターで参加した。それが本当にいつもの装いだった。
のちに上司となるその人は、パリッとしたスーツを着たキャリアウーマンで、周りがおじさんばかりの中、負けずタバコを吸いお酒を飲んでいた。こういうバリバリした人もいる会社なんだなあ、と思った記憶がある。
飲み会も終盤になった頃、上司は吸っていたタバコを消しながら、「その服装は社会人と飲むにはカジュアルすぎる。それくらい気遣いをしなさい」と言った。
正直、先輩の言うこと違うやん、社会人こええ、と思った。
入社後はしばらく関わりはなかったが、案件の相談をすることがあった。「あの人は厳しい」という噂を聞いていたので、いつもビクビクしながら相談していた。
毎度、その場限りの解決策ではなく、私の提案内容に一歩踏み込んで「もっと営業として自分で動かないと」と、檄を飛ばしてくれていた。上司でもないのにそこまで首を突っ込んでくれる人はいなかったので、珍しいなと思っていた。
二年目になって直属の上司になった。それからは、もうひたすら怒られた。最初の半年くらいは様子見でそこまで怒られなかったものの、何か相談するたびに一点は怒られた。やる気あるのか、本当に決める気あるのか、お前は記憶する気があるのか、バカなのか、お客様のこと考えてるのか、それで相手が満足すると思うのか。
怒られるたびに周りが聞き耳立ててるように感じるのも辛かった。上司ほど仕事に熱意を持てないことが苦しかった。営業の仕事はイエスだけでは進まない。相手に無理を言ってお願いしたり、嫌がられてるものをなんとか進めなきゃいけないこともある。そんなとき私は人に嫌われるのが嫌で逃げてしまうが、上司はそんな弱さを許さない。やりきるところまでやりきって、それで案件に負けるなら仕方ない。やりきる前にやめてしまうのは何も意味がない。私が日和った案件は上司が最後まで取り組むこともあった。
一度マジギレされた後、自分のフロアにいられず他のフロアで先輩に愚痴をこぼしていたことがあった。わたし、営業向いてないのかもしれないです。毎日怒られてるし。そういう私に、同じく上司の檄をくぐり抜けて来た先輩は、あの人がそこまでいうのは育てたいと思ってるからだよ。と諭してくれた。そのとき上司から電話がかかって来て、さっきは感情的になってしまったことの謝罪と、アドバイスの要点を再度伝えられた。上司のような大人でも感情的になること、またそれを反省して改めて電話してくれたことに驚き、なんだかツンデレのような対応に笑ってしまった。
上司の下で働いて三年目、相談した際10回に1回は褒めてもらえるようになった。考えが足りなくても、とりあえず行動力を生かして客先にひたすら行ったりする姿勢を評価してもらえた。相変わらずアポの日付を間違えたり、持ってく契約書を忘れたり、粗忽者としかいえないようなミスで怒られることもあった。
四年目、大きな案件が取れた。今まで上司に80%力を借りていてやっていたが、その案件は30%くらいの力を借りて、残りの70%は自分で決められた案件だった。初めて、ではないが、心から大きな笑顔で褒めてもらえた。契約書をもらって来たときにはやったね!と両手を広げて抱きしめてもらえた。ふくよかな胸元が暖かかった。そういえば母にももう何年も抱きしめてもらってないな、女性に抱きしめてもらうなんて何年ぶりだろう、そんな風に思ったのを覚えている。
その案件以降運が続き、大きな案件が複数取れた。私だけの力ではないが、度々表彰されることで自分も仕事ができるような気になって来た。昇格もさせてもらった。気づけば後輩もできて、それなりに数字も持つ、中堅どころになっていた。
同時に、慣れてしまった仕事について物足りなさを感じて来た。もっと大きな挑戦がしたい。その思いが強くなった。
前からいずれ他の部署で挑戦してみたい話はしたことがあった。今の部門でやりきってからにしろ、と頭ごなしに否定する上の人もいた。上司にその話をした際には、真剣に聞いてくれた。自分でいくつか異動先を交渉し、新しい部門に移ることになった。
異動するいまになって、この想いを書き留めておこうと思ったら、上司のことしか出てこなかった。上司の存在が自分の会社人生の中でどれだけ大きかったか、今更になって思い知った。
上司とはプライベートな話はほとんどしない。電車の移動中も案件やチームメンバーのことばかり話している。社内で人と距離を詰めるには、プライベートを少し曝け出したほうが仲良くなりやすいが、上司にはそれは関係ない。仕事の距離感で、純粋に仕事の結果、仕事の姿勢で評価してもらう。それが心地よかった。自分が、”若い女性”として、何かを許してもらったり軽んじられたりすることもある中、上司はそういった甘えはなかった。人として、営業として、評価をしてもらっていた。
上司からは、営業とは何かを教えてもらった。人を育てるとはどういうことかを教えてもらった。人の叱り方を教えてもらった。諦めないとはどういうことか、やりきるとはどこまでやるのかを教えてもらった。大きな案件に取り組むチャンスをもらった。給与も上げてもらった。昇格もさせてもらった。後輩育成のチャンスももらった。
私は上司に何が返せたのか。数字はベテランに比べれば全然できないし、まだまだ未熟なところも多く、相変わらず逃げてしまうこともある。今朝も怒られた。後輩とは仲良くなれるものの、育てたとは言い難い。ダメな部分をあげればキリがないが、完璧になることもない。そう思って新しい挑戦をすることを決めた。もらったものほど返せてないのは痛いほど実感している。それでも自分のわがままを通して異動を決めた。だから、これからの頑張りで返すしかないのだと思う。
こんなに面倒見のいい、厳しくも優しい上司の下で働けることは、もうないのだと思う。その機会を棒にふる自分も馬鹿だと思うが、それでも他に行きたいと思ったのは自分だ。自分で決めたことだから、自分で納得するまで、今度は上司に教えてもらったことをとことん他の場所で実践しながら、結果を出せることころまで、頑張り抜きたい。
言葉にしきれないが、本当に上司のことを尊敬している。いつか私が部下になったら、あなたのようになりたい。上司そのものになることはキャラクター的にできないけど、あなたの哲学を受け継いで、愛に溢れる、影響を与えられるような人になりたい。
最初の頃は「怖い人」だった。
入社前、若手の先輩が内定者と社内の人の懇親飲み会を開いてくれた時、今の上司と出会った。
大学生でフォーマルな装いとしては就活スーツくらいしか持っていなかった私は、何を着て行くべきか散々迷った末、先輩の「普段通りの服でいいよ」との言葉を信じ、ジーパンとセーターで参加した。それが本当にいつもの装いだった。
のちに上司となるその人は、パリッとしたスーツを着たキャリアウーマンで、周りがおじさんばかりの中、負けずタバコを吸いお酒を飲んでいた。こういうバリバリした人もいる会社なんだなあ、と思った記憶がある。
飲み会も終盤になった頃、上司は吸っていたタバコを消しながら、「その服装は社会人と飲むにはカジュアルすぎる。それくらい気遣いをしなさい」と言った。
正直、先輩の言うこと違うやん、社会人こええ、と思った。
入社後はしばらく関わりはなかったが、案件の相談をすることがあった。「あの人は厳しい」という噂を聞いていたので、いつもビクビクしながら相談していた。
毎度、その場限りの解決策ではなく、私の提案内容に一歩踏み込んで「もっと営業として自分で動かないと」と、檄を飛ばしてくれていた。上司でもないのにそこまで首を突っ込んでくれる人はいなかったので、珍しいなと思っていた。
二年目になって直属の上司になった。それからは、もうひたすら怒られた。最初の半年くらいは様子見でそこまで怒られなかったものの、何か相談するたびに一点は怒られた。やる気あるのか、本当に決める気あるのか、お前は記憶する気があるのか、バカなのか、お客様のこと考えてるのか、それで相手が満足すると思うのか。
怒られるたびに周りが聞き耳立ててるように感じるのも辛かった。上司ほど仕事に熱意を持てないことが苦しかった。営業の仕事はイエスだけでは進まない。相手に無理を言ってお願いしたり、嫌がられてるものをなんとか進めなきゃいけないこともある。そんなとき私は人に嫌われるのが嫌で逃げてしまうが、上司はそんな弱さを許さない。やりきるところまでやりきって、それで案件に負けるなら仕方ない。やりきる前にやめてしまうのは何も意味がない。私が日和った案件は上司が最後まで取り組むこともあった。
一度マジギレされた後、自分のフロアにいられず他のフロアで先輩に愚痴をこぼしていたことがあった。わたし、営業向いてないのかもしれないです。毎日怒られてるし。そういう私に、同じく上司の檄をくぐり抜けて来た先輩は、あの人がそこまでいうのは育てたいと思ってるからだよ。と諭してくれた。そのとき上司から電話がかかって来て、さっきは感情的になってしまったことの謝罪と、アドバイスの要点を再度伝えられた。上司のような大人でも感情的になること、またそれを反省して改めて電話してくれたことに驚き、なんだかツンデレのような対応に笑ってしまった。
上司の下で働いて三年目、相談した際10回に1回は褒めてもらえるようになった。考えが足りなくても、とりあえず行動力を生かして客先にひたすら行ったりする姿勢を評価してもらえた。相変わらずアポの日付を間違えたり、持ってく契約書を忘れたり、粗忽者としかいえないようなミスで怒られることもあった。
四年目、大きな案件が取れた。今まで上司に80%力を借りていてやっていたが、その案件は30%くらいの力を借りて、残りの70%は自分で決められた案件だった。初めて、ではないが、心から大きな笑顔で褒めてもらえた。契約書をもらって来たときにはやったね!と両手を広げて抱きしめてもらえた。ふくよかな胸元が暖かかった。そういえば母にももう何年も抱きしめてもらってないな、女性に抱きしめてもらうなんて何年ぶりだろう、そんな風に思ったのを覚えている。
その案件以降運が続き、大きな案件が複数取れた。私だけの力ではないが、度々表彰されることで自分も仕事ができるような気になって来た。昇格もさせてもらった。気づけば後輩もできて、それなりに数字も持つ、中堅どころになっていた。
同時に、慣れてしまった仕事について物足りなさを感じて来た。もっと大きな挑戦がしたい。その思いが強くなった。
前からいずれ他の部署で挑戦してみたい話はしたことがあった。今の部門でやりきってからにしろ、と頭ごなしに否定する上の人もいた。上司にその話をした際には、真剣に聞いてくれた。自分でいくつか異動先を交渉し、新しい部門に移ることになった。
異動するいまになって、この想いを書き留めておこうと思ったら、上司のことしか出てこなかった。上司の存在が自分の会社人生の中でどれだけ大きかったか、今更になって思い知った。
上司とはプライベートな話はほとんどしない。電車の移動中も案件やチームメンバーのことばかり話している。社内で人と距離を詰めるには、プライベートを少し曝け出したほうが仲良くなりやすいが、上司にはそれは関係ない。仕事の距離感で、純粋に仕事の結果、仕事の姿勢で評価してもらう。それが心地よかった。自分が、”若い女性”として、何かを許してもらったり軽んじられたりすることもある中、上司はそういった甘えはなかった。人として、営業として、評価をしてもらっていた。
上司からは、営業とは何かを教えてもらった。人を育てるとはどういうことかを教えてもらった。人の叱り方を教えてもらった。諦めないとはどういうことか、やりきるとはどこまでやるのかを教えてもらった。大きな案件に取り組むチャンスをもらった。給与も上げてもらった。昇格もさせてもらった。後輩育成のチャンスももらった。
私は上司に何が返せたのか。数字はベテランに比べれば全然できないし、まだまだ未熟なところも多く、相変わらず逃げてしまうこともある。今朝も怒られた。後輩とは仲良くなれるものの、育てたとは言い難い。ダメな部分をあげればキリがないが、完璧になることもない。そう思って新しい挑戦をすることを決めた。もらったものほど返せてないのは痛いほど実感している。それでも自分のわがままを通して異動を決めた。だから、これからの頑張りで返すしかないのだと思う。
こんなに面倒見のいい、やさしい、母性溢れる、厳しくも優しい上司の下で働けることは、もうないのだと思う。それを棒にふる自分も馬鹿だと思うが、それでも他に行きたいと思ったのは自分だ。自分で決めたことだから、自分で納得するまで、今度は上司に教えてもらったことをとことん他の場所で実践しながら、結果を出せることころまで、頑張り抜きたい。
言葉にしきれないが、本当に上司のことを尊敬している。いつか私が部下になったら、あなたのようになりたい。上司そのものになることはキャラクター的にできないけど、あなたの哲学を受け継いで、愛に溢れる、影響を与えられるような人になりたい。
フリーでやってる時期にrubyやらpythonやらのWEB系の仕事より、javaとかphpのお堅いシステム屋の案件の方が単価は高かったし。
確かにそういう経験あるな、たぶん若い人間雇って安く済まそうと思ったけど若い連中はWEB系の仕事受けて集まらなかったから俺のような良い言い方をすればベテラン悪い言い方をすれば単価の高い年寄りを使う事態に陥ったんだろうな。
rubyとかpythonのコミュニティ見てると今それらにハマってる人って新しいおもちゃが出てきたらそっちにいっちゃって更に新しいおもちゃが出てきたらそっちに行くの繰り返しで、結局rubyとかpythonはphp程の勢力を持たずに終わりそうな気がしてくるんだよね。
PHPに対して好意的な見方をするとPHPが強固な地盤を作れたのは馬鹿にされがちなPHPしかできない連中が浮気せずにPHPに愛を注いだ結果と思えてくる。