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はてなキーワード: 超高層ビルとは

2018-11-10

アフリカ人手品を見せてみた

Youtube動画見てたら、おすすめに、アフリカの一度も手品を見たことない部族の人に手品を見せてみた、っていうテレビ無断転載っぽい動画がでてきた。

正直ワロタ

ちなみに、動画は見てない。そんな恥ずかしい動画見る気も起きないし、コメ欄もどうせウヨっぽい日本スゲーなコメントばかりだろうし。

しっかしアレだね。ワイが子供の頃の90年代だと、アフリカの人を東京に招いて日本超高層ビルとか見せて、日本はお前らと違ってこんなに進んでるんだぞっていう優越感と差別意識露出狂みたいな自己顕示欲とまぜこぜになった悪趣味番組があったけど、

日本もすっかり落ちぶれて、とうとう技術最先端の街並みじゃ自慢できなくなったから(中国の方がすごいもんなw)、手品なっちまったか。正直ワロタ、ってのはそこ。

そのうち、黄色人種を見たことないアフリカの人に日本人を見せてみた、くらいまで落ちぶれそう。

追記

動画は見る気がおきないけどコメント欄だけ怖いもの見たさで見てみたら、みな意外と冷静で、マサイ族の虚構性や、アフリカ部族でも手品は見たことないかもしらんが今時スマホ使いまくってるよ、そんな都合よく遅れた存在なわけじゃないよ、て感じの指摘が多くて、映像作った側の(おそらくの)期待とはズレがある感じ。でもネットじゃなくて、テレビの前の層はこういうの見て喜んでるのかな?

2018-09-28

anond:20180928163050

超高層ビルとか、50年か100年かして、日本が衰退してビル老朽化したときに、取り壊しとかできるのかって思うな。

2016-09-11

アメリカ同時多発テロ事件発生時のNHKニュース10 冒頭10文字起こし

2001年9月11日NHK総合テレビNHKニュース10」の最初10分ほど。括弧内は書き起こし者注記。内容に影響しない相槌・言い淀みはほとんど省略。

書き起こし元

https://www.youtube.com/watch?v=q-f9Gat93XQ

http://www.nicovideo.jp/watch/sm22467865

―――――

(オープニング映像

森田美由紀「こんばんは。」

堀尾正明「こんばんは、9月11日水曜日火曜日

森田火曜日です」

堀尾「火曜日の夜10時、ニュース10です。失礼しました。」

森田「まず、今夜お伝えする主な項目です。」

台風15号 首都圏直撃)

堀尾「台風15号今日神奈川県鎌倉市上陸しました。強い雨と風が首都圏を直撃しました。」

狂牛病 食肉・乳製品安全

森田狂牛病の疑いのある牛が国内で初めて見つかった問題…」

VTR)武部農相「食肉や、牛乳乳製品は食べても安全であると言われております。」

VTR消費者「やはりちょっと心配ですねえ。牛乳大丈夫って言うんですけど、いや本当なのかなあ」

森田牛肉乳製品安全性問題はないのでしょうか。詳しくお伝えします。」

(ここで映像スタジオに切り替わる。)

森田イチロー選手がいる大リーグマリナーズ10日の試合に勝って、早ければ日本時間明日地区優勝が決まります藤井(彩子)キャスターはその取材のため、アメリカに向かっています。また、榎原(美樹)キャスター夏休みです。」

堀尾「はい台風ニュースをまずお伝えしようと思ってたんですが、たった今、こういうニュースが入ってきました。

CNNテレビによりますと、ニューヨーク世界貿易センタービルに、11日航空機が突っ込みました。

詳しいことはまだわかっていないんですけれども、CNNテレビビルの上の部分、上部の部分が煙に包まれてる映像を伝えております。」

(ここで映像が現地ヘリから映像に切り替わる。煙を上げる世界貿易センタービル北棟(左)と、まだ無傷の南棟(右))

堀尾「ニューヨークから中島(将誉)記者がお伝えします。この映像です。中島さん。」

中島はい現在貿易センタービルから1キロほど北にあります国連本部の32階に来ています。(堀尾キャスターが小声で「うわぁ…」と言っている)

ここから貿易センタービルの上部、3分の1程度がよく見えます。下の部分は他のビルに隠れて見えませんが、上部のうちの3分の1は見えてるんですが、そのうちの3分の1くらいから上がですね、大きく燃えていまして、黒い煙がもくもくと出ています。」

堀尾「すごい映像ですね、はい

中島「その煙、今東の方に長引いて、たなびいていまして、この煙すでに3キロぐらいの長さで、こっからますと東の方に大きく延びていまして、この煙ますます今濃くなっている様子です。」

堀尾「中島さん、今そちらは何時で、そのビルの中には人がいるんでしょうか。」

中島「今現在こちら午前9時すぎなんですけども、もう働いてる人たちはオフィスにいる可能性があります。このビル観光客もよく訪れる所で、2本…、2つ、2棟あるうちの1棟は上が観光のための展望台になっていまして…」

(「2棟あるうちの…」と話している間に、2機目の航空機(UA175便/機体番号N612UA)が画面右方から現れ、画面奥の南棟に突っ込み、炎が上がる。

堀尾「あっ!」

中島「あ、今現在こちらからも火が大きく見えました。赤く大きな火が出ました。えー、煙ますます濃くなっております

で、今言いましたようにここは観光客もよく訪れる所で、その他には下の方にオフィスがいっぱい沢山入っているんですが、もう9時を過ぎていますので、働く人たちが来ている可能性も十分考えられます。あの、こちらのメディアもですね、この様子を生中継で大きく伝えていまして、まだその原因とかこれからどうするのかといったところについては、どのメディアも混乱していると言って、詳しくは伝えておりません。」

堀尾「中島さん、あの今2機目の飛行機がね、ビルに突っ込んだようにも見えたんですけども、そちらは確認できますか?」

中島ちょっとその、もう一つ火が出てる所、こちらから見ると裏になってしまものですから…、ただこれ今出てる他にですねもう1か所小さい火が、もう少し小さいが出ている所がありますので、こちら確認できませんが、あのー、もちろんそういうことも考えられると思います。」

堀尾「んー… 最初にあの、ビルにぶつかった飛行機はどういう飛行機で、何人ぐらい乗ってたとかそういうような情報は無いんですね?」

中島「そうですね、このへんもまだどのメディアもこちら詳しいことはわからないということで現在情報確認中だという風に伝えています。」

堀尾「それいつ、何時何分頃起きたもんなんでしょうか。」

中島「そうですね、こちらの時間の朝の8時半から9時の間ぐらいに起きたように、こちらのメディアは伝えております。私がこちらに午前9時にちょうど来た時にはもう既にもくもくと煙が立ちあがり始めていましたので、起きたのは大体その頃かなと推察されます。」

堀尾「だいたい30分くらい前ということですね?」

中島はい。」

堀尾「あの、下にはたくさんの人たちがいるような様子はそちらから確認できますか。」

中島「こちらからは下のほうが先ほど言ったとおりマンハッタンの高いビルがいっぱい建っていまして、下の3分の2ぐらいはこちらからは見えません。ただこちらのメディアが伝えているところでは、人が多く集まっています警官などがですね、これを排除している様子を伝えています。」

堀尾「世界貿易センタービルマンハッタン島の南の端にある超高層ビル群の中の一つですよね。あの、ホテルとか企業とかが入った6つのビルディングから成ってるということなんですけども、こちらの情報ですと、1200を超える企業がこの中に入っておよそ5万人が働いてるということで、最上階にはマンハッタンを一望できる展望台があって一日8万人の観光客が訪れると言われているんですが、9時というと観光客の方がいる可能性はどうですか。」

中島「そうですね、9時ですと観光客(が)ちょうど入れる時間になったところで、(1機目の衝突が)起きたのはそれより少し前ですから、まだ観光客展望台に上がっていたということはあまり考えにくいと思います

ただ先ほど言いましたようにオフィスで働く人たちは8時すぎには、ウォール・ストリートという金融街の近くで金融関係企業も多く入ってるものですからマーケットが開く前には来ていますので、すでに来ていた可能性は十分あります。」

(ヘリ映像ズームアウトし、周辺のビルハドソン川が画面に入る)

堀尾「うわぁ…。はい現在ご覧いただいているのはニューヨーク世界貿易センタービルの生の映像です。

時間は午前9時を過ぎたところで、中島記者によりますと、およそ30分から40分くらい前に飛行機が、航空機が突っ込んでですね、ご覧のように世界貿易センタービルの上部の部分がご覧のように煙に包まれている映像です。

そして2機目もぶつかったようにさきほど見えましたが、それは確認されておりません。」

(2機目衝突時のVTRに切り替わる)

堀尾「あっ」

森田「あっ、はい

堀尾「これ2機目ですね、これ2機目が衝突する瞬間の映像VTRでご覧いただいています。赤い炎とそして、煙が出てきました。これが先ほど中継の中で、航空機ビルに衝突して2つ目の炎と煙が上がったところ、今VTRでご覧いただいています。」

(同VTR2回目)

堀尾「もう一度、その時のVTRをご覧いただきます。これです。はい。私が中島記者と中継で結んでいる間に、生の中継の中でご覧いただいた様子をVTRでご覧いただいてます。」

(同VTR3回目。「ニューヨーク 日本時間午後10時」のテロップが入る。)

堀尾「世界貿易センタービル航空機が2機、衝突したものと見られていますはいもう一度ご覧いただきますニューヨークは午前9時を過ぎたところです。中島さん。」

中島はい。」

堀尾「何か新しい情報入りましたか。」

中島「今そちらから伝えた映像がですね、こちらの各メディア生中継で伝えています番組の中でも今繰り返し放送されまして、こちらからはもう1機がぶつかったところの火もやや上がっているのが今見えてきたんですが、それからあと煙も上がったのが見えてきたんですが、この様子がはっきりとこちらのメディアでも伝えていますので、これはまず間違いないと思います。」

堀尾「この映像はどこから送られている映像でしょうか。」

中島「こちら各種、各メディア…こちらでいいますABCNBCなど3大ネットワーク、またCNNなどがヘリコプターを出したり、あとはそのすこし離れたビルにですね「天カメ」(お天気カメラ)といいますその、ビル上に設置している、通常交通情報とか雲とかの様子とか空の様子とかを伝えるカメラがあるんですけども、自動のですね、そういう映像を使って伝えている様子です。」

(再び中継映像に戻る)

堀尾「なるほど。ご覧いただいているのはニューヨーク世界貿易センタービルです。この世界貿易センタービルマンハッタン島の南の端にある超高層ビルで、センターの中には1200を超える企業が入っておよそ5万人が働いています。先ほど2機の航空機時間を違えてですね、このビルの上部に衝突したという衝撃的な映像が飛び込んできました。」

2016-03-21

なぜゲームなどのキャラクターは非常時にエレベーターを使うんだろうか

超高層ビルとかならともかく

荒事に慣れてるキャラクターですら階段でなんとかなる移動を

エレベーターで登り降りしようとして停止して閉じ込められるのは間抜けすぎる

そんなに必要お約束なのか?

2015-02-24

http://anond.hatelabo.jp/20150223161214

最近転職した時に、某最大手超高層ビル面談しに行ったけど。

普通に私服で行ったよ。

向こうは単なる企業との連絡役だから、こっちの服装は関係ないよ。

模擬面接とかのときスーツで行けばいい。

2014-08-20

姉歯物件は大震災でビクともしなかった?

やまもといちろう長谷川豊の一連の姉歯物件に関する議論

姉歯物件は大震災でビクともしなかった ⇒http://spotlight-media.jp/article/50466214100990319

②大震災で配管が断絶した(つまり建物がそれなりに地震で変形した)ものもあった ⇒http://blogos.com/article/92808/

の両方の主張は、いずれかが全数調査を行っていない限り「ウソを言ってないというレベルでは」「自分調査した範囲では、という但し書きの下では」同時に成り立ち得るが、あまり意味が無い。

東日本大震災は、地震のものの揺れのレベルは非常に小さかった。ここで言う「揺れのレベル」というのは「一般的建築物を揺らす能力」という意味だがこれは震度意味しない。震度が高くても建物が全く壊れない地震もあれば、震度が低くてもメチャメチャに壊れる地震もある。この辺は高校中学で習う「共振」を思い出せば何となく理解できるんじゃないだろうか。要するに地震のものの持つ周期と建物が持っている周期が一致すればより建物は揺れやすくなる。建物共振やすさは、震度計算にあまり加味されていない。これが東日本大震災で「揺れのレベル」が小さかった、と書いた理由だ。

この前の震災では地震継続時間が長かったか超高層ビルがめちゃくちゃ揺れたとかニュースが流れたが、一般の建物崩壊させるほどのパワーはほとんどなかったと見ていい。

もちろん局所的に地盤が軟らかい土地などでは大きな被害を受けた建物もあっただろうし、もちろんその逆もあっただろう。

要するに地震のものに対する認識が雑だと、この種の議論はまったく空転するのである。いくら建物が強かろうと、それを上回る程度の「揺れのレベル」の地震が来れば壊れるだろうし、逆に弱小建物も「揺れのレベル」が小さければ壊れないのである

長谷川豊が言っている、

当時、震度5か6でパターンと倒れると報道された姉歯元1級建築士設計したマンション果たしてどうなっているのか?!答えは…

ビクともしていなかった。

当時、姉歯氏はこう語っている。

耐震に関してはかなりの強度を保っておりますし、震度7や8にも十分耐えられるはずです」

そう、関東地方にある姉歯物件は実はフジテレビ関係者も住んでいた。お台場にあるフジテレビ本社にはかなり交通の便の良い所に姉歯物件存在するのだ。ちなみに、それらの姉歯物件だが、少なくとも僕の知る限り…

1棟もヒビ一つ入っていない。

要は姉歯氏の言っていた言葉の方が正しかったのだ。

国土交通省省の定める耐震強度がそもそも、あまりにも強すぎる設定になっているだけで、姉歯氏の計算通り、1000年に1度の地震が来ても、彼らの物件マンションはビクともしなかったのだ。

は、まったく地震に対する議論が雑である専門家ではないので仕方ないかもしれないが。地震に対する言及

1000年に1度の地震 ⇒ マグニチュードはその程度の頻度になるかもしれないが、マグニチュードは揺れの強さではない。「揺れのレベル」も表さない。

・そもそも震度8などない(最大で7。姉歯言葉引用のようだが。)

だけである。上でも書いた通り、震度7でもまったく建物が壊れない場合もある。

では逆に、震度5姉歯物件は倒壊しうるか?と言われれば、「倒壊しうる」と俺は答える。

http://www.data.jma.go.jp/svd/eqev/data/kyoshin/kaisetsu/comp.htm

上記を参照すると、震度5強で周期1.0秒(建物の周期に近いところな)だと加速度100gal~200gal程度だろうか?(重力加速度は980galなので重力の1/10~1/5の「地面の揺れ」)

建物に「地面の揺れ」が伝わると加速度は増幅される。その倍率を仮に1.5だとする。そうすると建物作用する加速度100gal~200gal×1.5で150gal~300galだとする。

通常建物重力の0.5倍の加速度(490gal)で倒壊しないよう設計されるとして、それが耐震偽装により半分まで落とされた場合どうなるか?

490gal×1/2=245gal

これが耐震偽装された建物の耐えられる加速度だ。地震によって150gal~300gal程度の加速度作用したら?

安全率、建物劣化程度、局所的な地盤条件その他諸々条件を考慮したとしても、「倒壊し得る」という答えが妥当だ。100棟あれば少なくとも1棟くらいは倒壊する可能性が高い。

そんなような簡単な計算に基づいた推測からすると、姉歯は相応に叩かれるべきだったと思うし(叩かれ方は妥当ではなかったと思う。それは同意できる。)、姉歯物件震度5強でも倒壊し得る。

長谷川豊は「あの姉歯物件東日本大震災でビクともしていなかった。」とあくま特定地震に対する結果のみに限定しているとはいえ、姉歯物件安全であるかのような書きっぷりにはやはり納得がいかない。

もっと「揺れレベル」が大きい地震が来たら、倒壊するかもしれないのに。

2012-10-26

Pocket Planes 都市解説日本語

アフリカ

Al Fashir
エル・ファシールは、周辺地域でつくられた穀物や果物を供給する農業市場です。
Algiers
アルジェは、海から迫り上がるように建てられた白く輝く建築群のために、別名「白のアルジェ」と呼ばれています。
Bamako
バマコという名前はバンバラ語で「ワニの河」を意味する言葉に由来しています。
Beira
ベイラは、ジンバブエ、マラウィ、ザンビアなど南アフリカ諸国が輸出入を行う、古くからの主要な交易地です。
Benghazi
ベンガジの地は、2011年のリビア内戦で転換点となりました。
Cairo
カイロは、スフィンクス像やギザのピラミッドに近いことから、古代エジプトとも関係が深い都市です。
Cape Town
ケープ・タウンは、東アフリカインド、極東への供給基地として、オランダ東インド会社によって開発された都市です。
Casablanca
カサブランカ港は世界でもっとも大きな人工港の一つで、モロッコの経済、ビジネスの中心とされています。
Dakar
ダカールは、かの有名なダカールラリーの終着点でした。
Djibouti
異国情緒あふれる建築群が立ちならぶジブチは、「紅海におけるフランスの香港」と呼ばれてきました。
Durban
ダーバン市の有名な海浜地帯は、ゴールデンマイル、あるいは日常的に「マイル」という名前で呼ばれています。
Harare
ハラレ(1982年以前はサリスベリー)は、ジンバブエ最大の都市であり、首都でもあります。
In Salah
サラという名前は「よい泉」という意味の言葉に由来していますが、イン・サラの水はむしろ悪質で塩辛いことで知られています。
Johannesburg
ヨハネスブルグは世界の輝かしい首都であると主張していますが、その栄冠を主張する都市は他にもあります。
Juba
(Wiki のリンク先がムンバイになっています)
Kaduna
カドゥナのシンボルは、現地ハウサ語でカダと呼ばれるワニです。
Kampala
ブガンダのカバカ(王)、ムテサ・イは、やがてカンパラと呼ばれるようになるこの地域をお気に入りの狩り場としていました。
Kananga
カナンガとは「平和と愛の場所」という意味です。植民地時代以前は、領土問題を解決する条約の制定会議のために首長たちがここに集まったためです。
Khartoum
(Wiki のリンク先が長崎になっています)
Kinshasa
キンシャサは、コンゴ川リビングストン滝上流において航行可能な、初めての港として建設されました。
Kisangani
サンガニは、コンゴ密林地帯最大の都市です。
Lagos
ラゴスは、小川に隔てられた、ラゴス潟湖の南西口を縁取る島々に生まれた大都市です。
Lilongwe
リロングウェにはたくさんのヨーロッパ人と南アフリカ人が住んでおり、多くの国際支援機関がここを本拠地にしています。
Livingstone
リビングストンは、巨大で美しいビクトリア滝の水源地です。またの名をモシ・オア・ツニャ、「雷鳴轟く煙」という意味です。
Lobito
ロビトは、アフリカで最も良質な天然港を利用するために、ポルトガルマリア二世の命令で1843年に建設されました。
Mahajanga
マハジャンガは、美しい浜辺、ココナッツの木が並ぶ遊歩道を備え、そして雨のふらない晴れ間が8ヶ月続く、人気の観光地です。
Mogadishu
モガディシュは、インド洋沿岸のベナディール地方にあり、数世紀にわたって重要な港として機能してきました。
Mombasa
モンバサは、近代において香辛料、黄金、象牙貿易の重要な中心地でした。
Monrovia
1822年に建設されたモンロビアの名前は、リベリア植民地化の突出した支援者であった合衆国大統領ジェームズ・モンローにちなんで名付けられました。
Nairobi
ナイロビ国立公園にはライオンキリン、クロサイなどたくさんの動物がおり、また400種以上の鳥たちの繁殖地にもなっています。
Port Elizabeth
ポート・エリザベスにある聖ジョージ公園のクリケット競技場は、オーストラリアイングランド以外の地で練習試合が開かれた最初の会場です。
Port Sudan
ポート・スーダンは、紅海からナイル川までを繋ぐ鉄道の終着駅として、1909年イギリスによって建設されました。
Timbuktu
ティンブクトゥはサハラ砂漠の南の端にあります。砂丘に囲まれ、道路は砂で覆われています。
Tripoli
トリポリは、そのターコイズブルーの海と白亜の建物で、情緒を込めて地中海の人魚と呼ばれています。
Windhoek
ナミビア大学、ナミビアで唯一の劇場、中央省庁本庁舎、また主要なメディア金融機関はすべてウィンドフックにあります。
Zanzibar
ザンジバルの主要産業は香辛料、ラフィア椰子と観光業です。特に島嶼部では、クローブナツメグシナモン、胡椒を産出しています。

アジア

Aden
アデンは、1937年までイギリスインドの一部として統治され、アデン居留地として知られていました。
Ahmedabad
アフマダバードは、20世紀前半におけるインド独立運動の最前線でした。
Anadyr
アナディリは、ロシア東端の街であると同時に、ロシア極東地方にとって重要な港と空港になっています。
Baghdad
チグリス川沿岸に位置するバグダードの街は8世紀に成立し、アッバース朝の首都となりました。
Bangalore
バンガロールは庭園都市とも呼ばれ、かつては隠居生活天国と呼ばれていました。
Bangkok
バンコクでは、夜の繁華街に加えて文化的建造物やアトラクション異国情緒を醸し出しています。
Beijing
北京首都国際空港は、世界で二番めに多い利用者でごった返す空港です。
Butwal
ブトワールは、西ネバールカトマンズ都心を繋ぐ主要な玄関口です。
Cebu
セブでもっとも有名なランドマークマゼラン十字架です。1521年に、フェルディナンド・マゼランが鋳造したと言われています。
Chengdu
成都には、世界的に有名なジャイアントパンダ生育研究所が設立されています。
Delhi
ニューデリーの設立記念碑は、英国王ジョージ5世とマリー妃によって1911年12月15日キングスウェイキャンプに定礎されました。
Dhaka
ダッカの街では毎日40万台の自転車リキシャが走り回っており、世界一のリキシャの首都として知られています。
Guangzhou
1514年、欧州人として初めて広州にたどり着いたポルトガル人は、遠隔貿易の独占権を確立しました。
Hanoi
ベトナムの首都ハノイは、2010年、公式に建設から1000年を迎えました。
Harbin
ハルピン国際雪祭りは、世界四大雪祭りの一つです。
Hong Kong
香港は、1997年に中国が統治権を取り戻すまで、大英帝国植民地となっていました。
Hyderabad
ハイデラバードは、トリウッドとして有名なテレグの映画産業の中心地です。
Istanbul
今はイスタンブールです。コンスタンチノープルではありません。
Jakarta
ジャカルタは、別名ビッグドリアンといいます。ビッグアップルと呼ばれるニューヨーク市インドネシア版と目されているためです。
Jerusalem
イェルサレムは、三つのアブラハムの宗教、ユダヤ教キリスト教イスラム教の聖地です。
Kabul
カブールは3500年の歴史を持っています。交易路に位置するその立地の戦略性のために、多くの帝国がカブールの谷を巡って戦ってきました。
Kandahar
カンダハール地方は、高級フルーツ、特にザクロブドウの産地です。
Karachi
カラチは、南アジアと広域イスラム世界における高等教育の中心地です。
Kolkata
かつては英語綴りの Calcutta が正式名称でしたが、ベンガル語の発音にあわせるため2001年に Kolkata に変更されました。
Kuching
クチンはブルネイ首長国の一部でしたが、1841年に、英国人冒険家ジェイムズブルックの個人王国として割譲されました。
Kuwait City
1936年の油田発見によって、衛生、教育サービスなどクウェート市の生活水準は劇的に向上しました。
Lhasa
ラサは、ポタラ宮、ヨハン寺院やノルブリンカ宮殿など、チベット仏教の強い文化的特徴をもつ土地です。
Magadan
マガダン経済の主な収入源は、金鉱業と漁業です。
Manila
マニラは、1平方キロメートルあたり43,079人が住む、世界一人口密集率が高い都市です。
Mumbai
かつてボンベイとして知られたムンバイは、インドで1番、また世界では4番めに人口が多い都市です。
Muscat
マスカットは、アラビア海オマーン湾岸、戦略地であるホルムズ海峡の近くに位置しています。
Nagasaki
1945年8月9日、長崎はアメリカによる2度目の原爆攻撃の標的になりました。
Nanping
南平を取り囲む高い城壁は、古代に敵襲に備える防壁としてつくられ、砲撃を防ぐために使われました。
Norilsk
リリスク、タルナクのニッケル鉱床は、世界最大のニッケル、銅、パラジウム鉱床です。
Novosibirsk
ノボシビルスクは、モスクワサンクトペテルブルグに続いてロシアで3番めに人口が多く、アジアンロシアでは最大の都市です。
Osaka
大阪では、大阪湾湾岸にある人工島につくられた関西国際空港が営業しています。
Padang
(Wiki 記載の英文が他の街のものになっているような…。)パダンは、平均年間降水量が4,300ミリで、インドネシアでもっとも湿度の高い都市の一つです。
Palu
パルの主婦業は、木材彫刻、木材加工、編み物、さらにカゴづくりや敷物づくりを含みます。
Pevek
20世紀を通してソ連に錫、ウラニウムを供給したペヴェクの労働者は、強制労働制度による囚人たちでした。
Port Moresby
1975年9月、パプワニューギニアはポート・モレスビーを首都として独立しました。
Rangoon
ラングーンの下町は、緑に包まれた通りと、デカダン調の建築物で知られています。
Riyadh
サウジアラビアの首都として、リヤド南アジアイエメンスーダンなどの出身の住民も住む多様性のある都市です。
Sapporo
札幌は、サッポロビールと、有名なホワイトチョコビスケット、白い恋人の地元です。
Sendai
2011年3月、マグニチュード9.0の地震とそれに続く大規模な津波が仙台を襲い、深刻な災害を引き起こしました。
Seoul
ソウルは、世界でもっともインターネット接続率が高い都市です。全人口の半分以上がブロードバンド接続を活用しています。
Shanghai
上海は、人口において中国、世界でもっとも大きな都市です。
Shenyang
瀋陽は、中国東北地方における主に日本、ロシア、朝鮮との交通、商業の中心地です。
Singapore
シンガポールは、シンガポール島、またの名をプラウ・ウジョン島として有名な本島を含む63の島々で構成されています。
Taipei
台北101は、101階建ての超高層ビルで、完成時には世界で一番高い建物でした。今は2番めです。
Tehran
イランはその歴史上、何度も遷都をおこなってきました。テヘランイラン国家の首都として32番めになります。
Tiksi
ティクシの冬はとても寒く、11月から2月まで、気温はずっと氷点下です。
Tokyo
東京は日本の首都で、世界最大の都市です。ゴジラなどの巨大怪獣に定期的に破壊されます。
Ulan Bator
ウランバートルは、1639年に遊牧民仏教修行の中心地として建設されました。1778年に、現在の位置に恒久的に落ち着きました。
Urumqi
中国西域最大の都市ウルムチは、世界一海から遠い都市の記録を保持しています。
Vladivostok
ウラジオストクロシア太平洋艦隊の母港であり、太平洋におけるロシア最大の港です。
Xi'an
秦始皇帝陵と兵馬俑は、西安郊外にあります。
Xining
西寧は、夏の涼しさから中国避暑地の首都とも呼ばれてきました。
Yakutsk
ヤクーツクは、1880年から1890年代に金やそのほかの鉱物の大規模な埋蔵が発見されて以降、都市として発展しました。
Yinchuan
銀川は、周辺草原地帯の遊牧民が飼う家畜の群れから生産される動物製品を取り扱っています。

2011-03-28

今朝中国人と殴り合ったわけだが

今、仕事上海に住んでいる。半年ほどになる。

日本ネット界隈の嫌中国報道は痛ましく思っている。思っていた。

椅子が爆発するだとか、米がプラだとか、ビルが倒壊するだとか、そんなことはどうでもいい。

僕がこの国に住んでみて感じた事はそんなことじゃない。

なぜ、そんぜそことが起こるのか、本質はなんなのか、僕の見た中国

それを書く。


この国は今、まさにバブルだ。

高度経済成長に乗っかって、金が乱れ飛び、バブル時代の象徴のようにデコラティブな超高層ビルが並び、地下鉄縦横無尽に市内を走る。

カルチャーを伴うようなものでもなければ、買えないものなんてほとんどない。

国が先進国の仲間入りを果たさんがために、成長にじゃぶじゃぶ金を使っている。

だが、人は違う。

ネット界隈の言葉を借りれば、民度

これが全く経済の成長に追いついてない。

地下鉄はあっても、地下鉄の乗り方がわかってない。

列に並ぶ、降りる人に道を譲る、前の人を押さない、脚を投げ出さない、弱者に席を譲る

こんなことも、本気でわからない。

音漏れとか電話とか化粧とかそんな次元じゃない。

高層ビルで働くホワイトカラーは、そのエレベーターの開くボタンを後から来る人の為に押しておくことを知らない。

どこの街角にもファミマセブンローソンがあるが、列に並ぶ、たったそれすらもわからない。

「なぜ?私いそいでるのよ?譲ってよ。当然でしょ?」

家の寝室のドアの立て付けが悪いと業者を呼べば、布団や家具カバーをかける事も無くいきなり大理石に電ノコを入れ始める。

終わった後にはうずたかく積もった砂埃の山に頭を抱える。

レストランで注文をする。

料理のあとにサラダを運んでくる。

厨房を除けばコックが蛇口で頭を洗っている。

運んで来ればまだましだ。3回に1回は必ず何か忘れる。

おもしろい話がある。

中国でオーダーしたものが出てこない時、「早くもってこい」といっても出てこない。

「もういらない」と言えばいい。5分で出てくる。


いちいちイライラさせる。

気が短いのは自覚している。けつの穴がちいさいことも。

もっと世界を知れば、そんなこと気にならないのかもしれない。

だが、それが毎日、あたりまえの日常としておこる。

これほど経済が成長した国だ、つい期待してしまう。

清潔(に見える)な新しい地下鉄に並ぶ時、誰が後ろから突き飛ばされることを予想できる?

それが貧民国の路上を土ぼこりをあげて走る機関車ならわかる。

舗装されて交通量の多い交差点をわたる時、誰が信号無視車両を予想できる?

それが中東の荒れ果てた信号もない交差点ならわかる。

誰がドアマンのいるレストランでコックが厨房シャンプーしてると想像できる?

それが人口3,000人くらいの農村ならわかる。

何もかも不釣り合いだ。

分不相応だ。

まだ、早い。おまえらにこの暮らしはまだ早いんだよ。

そう思ってる。

基本的に、他者を思いやる、想像する、ということができない。

そう感じる。


さて、釣りタイトルだが、今朝、例によって地下鉄に乗っていた。

上海の2号線は朝、ひどい混雑だ。乗車率で言えば東京山手線以上、田園都市線以下といったところか。

いつもは上のような理由でイライラするのが嫌で、タクシーで出社している。

自宅から会社まで日本円で250円くらいだから、その方が精神衛生にいい。

だが、今朝は早く目が覚めた。

早起きは3文の得。電車なら50円くらいで出社できる。

背中を押され、体をぶつけられ、眉をしかめながら電車に揺られていたわけだが、そのひどさといったら日本人には絶対理解できないだろう。

他人なんかどうでもいいんだ。自分の乗る場所を確保できればいい。そんな人間の集まりだ。

脚をふもうが、肩が女性のほほを擦ろうが、鞄が誰かの胸を圧迫してようが関係ない。

やっと車内のアナウンスが降車駅を告げた。

こっちの人間は、自分が降りるときは、列車がつく前にドアの前に移動しないと気が済まない。

日本人なら、どんなに混んでいても、並んで降りれば降りられないなんてことは無いと知っているのだけれど、そんなことは皆知らない。

これはマジだぞ?

もう少しも動くスペースがないのに、無理矢理肩をこじ入れてドアの前に行こうとする。

僕はその時目の前に数人の人がいたので、お行儀よく並んでいたのだが、後ろにいた中国人の目にはそれが「降りない」と映ったようだ。

僕を突き飛ばしながら肩をぶつけてきた。

頭にきて、眉をしかめながら振り向いて舌うちをした

すると、そいつ、「やんのかおい」と言わんばかりの顔で睨んできた。

笑える。

キレた。

たまりにたまった半年分の怒りだ。

振り返るや胸ぐら掴んで思いっきり殴ってやった。

嘘だ。そんなにうまくいかない。ただのサラリーマンだ。中学卓球部で高校は美術部だ。

胸ぐらつかんで列車に押しもどしてやったら、後ろからかに後頭部を殴られた。

一瞬、中国人日本人に対して集中攻撃を始めたのかと思ったが違った。

仲間だ。仲間がいた。向こうは2人だった。

後頭部をうしろからガンガン殴ってくる。それ自体は全然痛くない。拳なんかより頭蓋骨の方が固い。

だが眼鏡、おれの眼鏡はどこいった?

知らない、そんなことはどうでもいい、それよりこいつ、この今胸ぐらつかんでるこいつ、こいつは許せん。

そこで殴ろうとしてとうとう止められた。

駅員に。

冗談じゃない。おれはまだ殴ってない。

羽交い締めにされながら「てめーこっちこいこの野郎!」そんなことを喚いていた気がする。

内心ホッとしてたか?そこまでひ弱じゃない。

どんなにボコボコにされてもごめんなさいと言わせてやる電車に乗るマナーを教えてやる!

無理だった。

その後引き離されても挑発してくる。

上等だおい。

ジェットリーよろしく胸をはって薄ら笑いを浮かべて、手のひらを上に向けてクイクイっとしてやる。

こいよ。マジでぶっとばしてやる。


まぁ、そんなこんなで、僕は眼鏡を失った。

「秦八郎」という眼鏡職人の作ったお気に入り眼鏡だった。レンズも含めたら4万円はするだろう。

そのまま列車で運ばれたか、ホームに落ちたか

この国で落とし物が見つかる事は無い。

先ほど吉祥寺眼鏡屋に問い合わせたら秦八郎氏はもうそ眼鏡を作ってはいないそうだ。

無念。惜しい物を無くした

早起きは3文の得?

4万円の損失だ。


これから中国旅行に行ったり、赴任したりする人がもしかしたいるかもしれないので言っておく。

あいつらに他人は見えていない。

中国多いに結構。思う存分やってくれ。おれも嫌いだ。

今まで一生懸命好きになろうとしたがやっぱりダメだった。

飯もうまいと思おうとしたし、うまい飯を探した。あるわけがない。

いい人も沢山いる。ホントに親切だ。

だが、そんな人ですら、「列に並ぶ」ことができない。ドアを支えておくことが出来ない。

これが文化の壁だ。


日本はいい国だ。

最後になったが、地震被災者とその二次被害者に心からお悔やみを申し上げる。

それでも日本はま大丈夫だ。

救援物資を待つ長蛇の列をニュースで見ると、涙がでそうになる。

2011-03-12

地震日本の厳格な建築基準が命を救った。【The New York Times

The New York Times に 日本からこそ、この被害で済んでるみたいな記事があったので意訳。

Japan’s Strict Building Codes Saved Lives」

http://www.nytimes.com/2011/03/12/world/asia/12codes.html

日本では、海岸線沿いの防波堤から揺れることで地震の衝撃を吸収する超高層ビルまでが、世界で最も厳しい建築基準法によって建造されており、日本ほど地震に耐えうるよう準備されている国はない。

日本以外の国が、金曜日日本を襲ったM8.9の地震に見舞われたとすれば現時点で死者は数万人となっていただろう。しかし、(後々増加するのは確実とはいえ)日本での死者は数百人である


長年にわたり日本は数十億ドルを費やし、地震津波に対する最先端技術を開発してきた。

2004年インド洋大津波において海岸付近に居残ったことで多くの犠牲者がでた東南アジアとは異なり、定期的に地震津波がおこる日本では定期的な訓練によって、日本人地震津波への対処法を心得ている。


日本海岸線に沿ったエリア、特に過去津波被害に遭ったことのある地域では、より最善の地震津波に対する準備がなされる。地元当局は通常、各家庭に設置された緊急システムを通じて直接連絡を取ることができるし、主要な高台へ通じる避難ルートは明確になっているのだ。


日本は「tsunami」という単語世界に広める程の国であり、1980年代から1990年代にかけては多くの地域で約40フィート(約12メートル)のコンクリート製の防波堤を作った。

加えて、沿岸部の町ではセンサーによるネットワークが構築され、全ての住居でアラームが鳴るようになっており、地震の際には自動水門が閉まり、川を遡る波を防止する。港にも大抵の場合(避難用の)高台が準備されている。


しかしながら批評家は、防波堤は目障りで環境にも悪いという。彼らによれば、防波堤は誤った安心感を沿岸住民に植えつけ、定期的な訓練への参加を疎かにさせてしまう。また、住民から海が見えなくなる為、人々が波のパターンを観察できず、海を理解する能力が低下してしまうというのだ。


NHKによれば金曜日津波は、いくつかの防波堤を乗り越えたという。しかし、今すぐには分からないが、防波堤か定期的な訓練、もしくはその2つの両方があったことで、人々は高台に非難でき、死傷者数を抑えられたのだ。

しかし、今日は徐々に被害が明らかになって、ホント悠長なこと言ってられなくなる気がする。

本当に被災地の皆さん頑張って!

2010-02-01

海外旅行に「生活旅行」のジャンル

日本旅行会社が企画する海外旅行は、基本的には「自然風景歴史的遺産を物見遊山」である。

しかし、自分が例えば中国に行って「本当に見てみたい」のは、

中国で売られているマンションというのは、どのような広さ・中身であって、

 価格はどれくらいしていて、年収に対する割合はどれくらいか?」とか

上海ではどれくらい超高層ビルが建っているか?」

等のウォッチングである。

これはまあ、自分不動産屋だから、仕事的興味が先に立っているからだろうが、

中国で売られているマンションを見てみる」というのは、案外、不動産関係者以外の

一般人も興味があるのではないか?

観光旅行の本来の目的が「異文化に触れて、いい意味カルチャーショックを受ける」のであれば、

中国人の生活の一端に触れることが、最大のカルチャーショックじゃないか、と思う。

不動産以外でも、

中国百貨店ショッピングセンターはどんな感じなのか?」

ロードサイドショップはどんな感じなのか?」

「大規模工場はどんな感じなのか?」

町工場はどんな感じなのか?」

小学校はどんな感じなのか?」

病院はどんな感じなのか?」

篤農家はどんな感じなのか?」

「零細農家はどんな感じなのか?」

などなどに、個人的に、すごく興味がある。

自分が聞いたことがないような「杭州世界遺産の●●寺」なんかより、よほど訪れて見たいが、

残念ながら、中国語はできないし、そもそもそのような「非観光地」を訪れられるような

パイプを持ち合わせていない。

こういうジャンルにこそ、旅行会社は商品化の知恵を絞るべきじゃないか?

http://www.collaborate.co.jp/tourlist.htm

には「ビジネスツアー」という「肩肘ばったツアー」があるが、

もっとそういうのじゃなく、

「お気軽にマンション小学校病院をウォッチングするツアー」が

あってもいいのではないか?

これは「逆も真なり」であり、地方在住者や海外から日本に来た人に、

東京マンションの高騰ぶり、ウサギ小屋ぶりを見てもらうツアー」とか

通勤殺人ラッシュ体感してもらうツアー」とか企画すれば、案外ヒットする・・・訳ないか?

2008-10-02

http://anond.hatelabo.jp/20081002112648

それといちいち1階に手動で戻すって常識マナーなのか?

待機階数設定されているエレベータが多いから1Fに戻るのは当たり前!っておもってるんぢゃないのかな。

しかも最後に降りた人が手動でやってると思ってるから(ry

大体近年のエレベータはみんなそうなってる(場所によっては設定せずフリーのまま)からよほど古いのか設定されてないやつなんだろーね。

何も超高層ビル最上階から降りてくるの待ってるわけでもないんだしw

 
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