はてなキーワード: 思い当たるとは
私はTwitterで恋人が出来ましたがTwitterを辞めることにしました。
今の時代TwitterなどSNSで恋人をいつでも監視できる時代だからこその大変さというか苦しみがあると思います。
私自身それがきっかけで限界が来てしまったのでこのブログを書こうと思います。
1.監視される
別にやましいことは無いから見られていること自体はいいのですが例えば自分が異性と話しているのに対し文句を言ってきたり、それによって不機嫌になるのは問題です。
(私自身も見ないようにしようと思っていてもどうしても見てしまいました)
私の場合お互いにアカウントを見て不機嫌になるのを辞めようと相互ブロックにしたり2人とも鍵垢にしたりとしてみたが私に対するリプを見られ始めました。
結局私は異性フォロワーとなるべく会話をしないようにしだしました。
2.愚痴を言われる
単純にしんどい、私が見ることをわかった上で愚痴を言われるのは直接言われるより来るものがありました。
鍵垢にすれば見ないで済むと思っていましたが恋人は愚痴を言う時に鍵を外してきました。
約束も守れない人なんだなという悲しみと、そこまでして私にダメージを負わせたいんだなという少しの恐怖を感じました。
弱ってる怒ってるそんなアピールを直接言うんじゃなく私が見ると分かっているTwitterであえて言ってくる。
この人本当に私のこと好きなのかな?大嫌いで苦しめたいのかな?と本気で思いました。
3.誰かと仲良くできない
誰かと遊びに行きました。TwitterやSNSをやっている人なら普通の投稿だと思います。
それすらも許されない。
まだ異性と遊びに行ったなら理解できますが、同性と遊びに行ったことすら文句を言われます。
複数人の中に異性がいたらもちろんアウトだし、同性と遊びに行っても他の人と楽しそうにしているのが嫌だと言われます。
気付けば私は周りの人と遊ばなくなっていき、フォロワーさんと話すのも怖くなっていきました。
4.隠れることすら許されない
裏垢を作りました。仲良い人と話す用のアカウントを作りました。
速攻でバレていました。
私のフォロワーから共通するフォロワーでバレていました。フォロワーのリプからバレていました。
逃げ場なんてもうどこにもありませんでした。
周りと話していても迷惑をかけてしまうんじゃないだろうかと本気で思い始めました。
5.そしてTwitterを辞めた
恋人の愚痴を見るのも、恋人に監視されるのも、周りに気を使わせるのも全部全部限界になってしまいました。
私は恋人にTwitterで苦しめられました。今は恋人と距離を置いています。
それでも未だに恋人が大好きで素敵な人だと心から思っています。
ただ少しメンタルが弱くてSNSに適していない人間だったんじゃないかなと思います。そこにあったのはきっと好きって気持ちだから。
今の時代SNSをやっていない人はきっと少ないですし、恋人のSNSアカウントを知っている人がほとんどだと思います。
ここまで極端じゃなくても少しくらいなら思い当たる節がある人は結構いるかもしれません。
どうか恋人を許してあげてください。
笑って見逃してあげてください。
アナタもきっと許してもらってるし見逃して貰ってることがきっと沢山あります。
不満は直接言ってあげてください。
それで喧嘩をして別れたのなら正しいのだと私は思います。ちゃんと話し合えばきっと伝わります。向き合うのは怖くて大変ですがどうか相手の見える所で愚痴を吐かずに向き合ってあげてください。
私は上手く行きませんでした。向き合うことが怖かったから。
謝って逃げていました。愚痴を吐かれるのが怖かったからしんどかったから。
もしこれを読んでくれた方がいたらどうか恋人を許してあげてください。
読みにくい文を長々と失礼しました。
私は比較的好奇心が強い子供だったと思う.小さい頃から親になんでなんでと訪ねては疲れさせていた.小学生の頃,調べ学習が大好きだった.調べ学習の時間では,その時間が始まるといてもたっても居られなくなり,先生の言うことを聞かずに行動して怒られたりしていた.
中学生の頃は,物になぜ色がついて見えるかを調べた.それを調べている時はとても楽しかった.階段状に並んだタイルの総数を考えたり,N次元空間に置かれた立方体がある視点から見える最大の面数は何か疑問に思ったりしていたこともあったっけ.
母親は欲しい本はなんでも買ってくれた.ラノベや宇宙の本を買ってもらった.雑学の本も好きだった.ブラックホールが発生してから蒸発するまでの話に私はとてもワクワクした.
私が友達なんていらないと思うようになったのは,中学生の頃,同じクラスの女子が原因だった.彼女は手下にできそうな私を見つけて,私を支配下に置いた.私はそれ以来人間不信のような状態になった.
私が自尊心がないのは両親の不仲が影響しているようにも思う.父親が帰ってくるたび毎日家がピリピリしていた.母親は私が中学3年生の頃家出してしまった.その時は毎日泣いていた.学校も休みがちになった.父親は料理ができないから,コンビニ弁当ばかりだった.その頃,母親も浮気していたと思う.私はとても寂しかった.人生は結局一人なのだと思った.
けれど,母親は結局,私を別居先のアパートにいさせてくれた.学校をサボって,会社をサボっている母親と映画を見た.映画のシーンでセックスの描写があったときに後ろから目隠しをされた.母の手は暖かくて,なんだか嬉しかった.
高校受験の時は,親に経済的な負担をさせるまいと,確実に合格できる公立の商業高校の情報処理科を受験した.
高校では友達を作らないようにしようと自分の殻にこもった.入学直後,女の子がお弁当を一緒に食べようと誘ってくれたが断った.友達になろうとしてくれた人の誘いはほとんど断っていた.
けれど,部活には入部した.商業高校だったものの科学への興味があったため科学研究部に入ったのだ.
生物のドクターを出た先生が顧問だった.高校2,3年生の頃は水生生物の調査が主な活動だった.部活の顧問は「お前はドクターまで進学した方がいい」と助言してくれていた.
この頃も,宇宙の本を読んでいた.その本は量子力学に関する奇説を扱う本だった.この宇宙は,あらゆる状態の分岐に応じて,並行して無数に存在しているという説もあった.今生きている私というのも,無数に存在する宇宙のうちの一つの認識している自我でしかないのかもしれないと思った.宇宙にとって私とはエネルギーの濃淡の揺らぎ,またはセルオートマトンの点滅.私が生きていようが死んでいようがどちらも美しくなりたつ宇宙に思いを馳せた.
大学受験では,文系の高校から理系の大学への進学は難しかったが,やはり理学への興味が尽きなかった私は,理系へ進学することを決断した.高校では数学はIとIIしかやっていなかったため数学の受験勉強は独学で行なった.私はひどく頭が悪いわけではないけど,かといって大して頭がいいわけではないから,低い偏差値の大学の推薦入学だったけど,それでも苦労した.
何回か,母の前で自殺するふりをした.反抗期だからか,勉強ができないストレスか.ある日,母に他の男の気配を感じた.当時の私はそれがたまらなく許せなかった.死んでやる,といって包丁を持ち出して,自分の首に突き立てたりした.本当は死ぬつもりはなかったけど,別に死んでも構わないとも思っていた.
高校で,中学生の頃いたような人間には出会わなかったので,大学では友達を作ろうと思った.
また,研究に対して大きな憧れを持っていた私は,すぐに研究室に配属を希望した.その教員は快く迎え入れてくれた.3年生の頃には,先輩の卒論を手伝うほど知識がついていた.今思えば,あの頃が最も楽しく知識を身につけていたと思う.授業でも良い点を取ろうとか考えてなかったので,授業を聞かずにオリジナル(?)のアルゴリズムを使って手書きでボロノイ図を書いたりして自由に楽しんでいた.外部発表もしたし,卒業論文も特に苦労もなく書き終えた.この頃,「ゲーデル,エッシャー,バッハ」という本に出会って,その本に魅了された.
いつからか,「論文を出さなければならない」,「自分は周りと比べて劣っている」,という考えにとらわれるようになった.体調的にも良くなかった.学部の頃からのカフェインの大量摂取,昼夜逆転の生活,慢性的な睡眠不足・運動不足・栄養不足などが祟ったのである.締切前になっても全く焦りが働かなくなった自分に気付き,おかしいと思って心療内科に通院し始めた.修士論文も提出しなければいけないのに全く取りかかれなかった.学部の頃からお世話になっていた指導教員ではないO先生がそんな私を見かねて,一緒にLaTeXを書いてくれた.一応提出はできたけど,修論発表を終えた後は悔しさで泣いた.
それでも私は博士へ進学してしまった.修士の頃からドクターは進学しようと決めていたし,エネルギーの低くかった私は,判断を変えるほどの力がなかったのかもしれない.正直,そんな覚悟で博士をやっているのは日本でも私ぐらいなのだろうと時々思う.幸い,修士からの学費や生活費は奨学金や授業料免除,アルバイトで何とかして親に頼らずにいられた.
博士の間はずっと,健康を取り戻すために時間を使ってしまった.カフェインを断ち,夜更かしを辞め,休日は一切休むことにして,睡眠を十分にとり,運動もして,という生活を送った.論文よりも睡眠や運動を優先した.O先生は博士の間もずっとメンタリングしたりしてくれた.なんとか学会論文を2本書いたが,卒業要件でもあるジャーナルの論文が完成しない.とうとう何もできないまま3年生になってしまった.
O先生に,成果という葉にとらわれず自分という根を大切にしなさいと教えられた.成果にばかり気を取られていると自分のエネルギーが朽ちてしまうというのだ.確かに思い当たると思った.そもそも自分ってなんだっけ?と思った.ドクターには,「自分」が必要なのだ.でも私はそれがなかったのだ.目の前の成果だけしか考えていなかった.
自分はなんのためにドクターをやるのだろう?一瞬,救済を必要とする人や弱い立場の人のためになりたい,と思ったけど,本心からそう思っているか自信がない.ひとまずそう思うことで安心したいと思っているだけかもしれない.自分とは,ちょっとした好奇心を満たすのが好き,それだけだった.
私はなんのために生きているのだろう?私は高校生の頃から,セルオートマトンの瞬きにしか過ぎない人生などに,意味を見出すことはできなかった.
死の淵に立てば,生きる意味が見出せるかもしれないと思った.服薬自殺は病院巡りをして薬が準備できるのに時間がかかりそうだし,飛び降りは失敗した時が怖いと思った.死ぬときは失血死か,首吊りかどちらかにしようと思った.結局,なんとなく気が進まなくて,自殺の手筈を整えるのはできなかった.
人文系の先生に生きる意味を相談したところ,その先生は四諦八正道の考えを教えてくれた.確かに考えても意味はないのかもしれないが,考えるのをやめることは難しかった.
哲学科の先生にも訪ねた.私の考えはニヒリズムに分類されることがわかった.達成することに意味がある,後世に何か残すことに意味があると見出すのはナチュラリズム と呼ばれるものらしい.私はどうもその考えはしっくりこなかった.その先生にニヒリズムの考えを持つ中島 義道という哲学者を教えてもらったので,後でその人の本を読んでみようと思う.また,哲学の入門として,図書館にある,哲学の雑誌の現代思想を読んでみることを勧められた.
現代思想12月号は巨大数の特集だった.2chの「一番でかい数を書いたやつが優勝」スレから始まった日本の巨大数ブームの歴史や,ふぃっしゅ数,小林銅蟲(パルの人)の漫画が載っていた.11月号は確か,反出生主義についてがテーマだったと思う.
まだちゃんと読んでないけれど,あぁ,私はこういうものを読みたかったのだ,と幸せを感じた.
私は毎日,贅沢ではないけれど,質素に暮らしていけるだけのお金があって,現代思想とかを読めればそれだけで幸せなのだと悟ったのだ.
諦めずにドクターを取得するのか,ドクターをやめて就職活動をするのか,決断しなければならない.
前者に近いがまぁちょっと違う。
VSについてはよく知らないというのはそのとおりです。
日常的にTバックを履く人ほど、男と会うときはTバックは履かない傾向にある気がするんだけどな。
実際俺も分けてるし。
大事な仕事の日、男友達と遊ぶ日、女友達と遊ぶ日、ワンちゃんあるかもしれない日、セフレと遊ぶ日、特になにもない日、それぞれ選択の基準はあるし、ブランドも形状も違うものを選ぶ。
主にグレイブボールト、TOOT、ワコール(BROS)あたりが多いがな。
で、仕事をもらうための会食のときに、VSのTバックを選択した基準ってどんなことが思い当たるのかっていうことを知りたいのですがね。
違う職場にいる男性のことが気になっている。かなり年上の先輩で、わたしとは性格も体格もぜんぜん違う。かなり年上といっても、わたしが社会人の中ではかなり若い方(大卒未満)なので、そんなにおっさんというわけでもない。肌の感じは20代くらいかな。
会話をするチャンスはほぼないけど、話しかけられると顔を斜めに向けながら、そっけない返事をしてると思う。
その男性Kさんは、会社での評判がよくない。仕事はできるけど、なんか業務中の態度が悪いみたい。わたしにはそんなことないけど。
同じ部署の先輩もKさんの悪口を言ってるのを聞いたことがある。「偉そうで、自己中で、社会性がない」んだって。そういえば思い当たる節がある。
わたしの鈍い脳みそで考えても、どうでもいい人のカテゴリーに入れるべきだと思う。
できない自分に腹が立っている。2週間に1回くらいしか会話しないのに。忘れても、ある時フッと思い出して、今来たらどうしよう、という思いがよぎって、髪型を直そうとしている自分に気が付く。
嫌だ。なんとかしたい。できれば年内には。
こんなに悩んだことはない。増田の皆さんに相談したいので時系列にまとめる。もちろんぼかしてるよ。
半年以上前、会社のイベントに動員された。パイプ椅子を運んだり、大きい机を運んだり、子どもがバルーンの中に入って遊ぶ装置を組み立てたり、射的の道具をセットしたり…同じ職場の後輩Mちゃん(でも年上)と一緒にイベント会場を回って手伝いをしてたんだけど、手持ち無沙汰になった。
みんな一生懸命に動いてるのに、わたし達だけ暇な感じでどうしようとか思ってると、Mちゃんがわたしを引っ張ってくれて、券のようなものを仕分けている男の人のところに行った。
それがKさんなんだけど、わたし達を見ると、何も言わずに引換券の整理のやり方を教えてくれて、自分はサッとどこかに行った。
いい人なんだな、とその時思った。Mちゃんも同じこと言ってた。
半年前、Kさんが職場の窓口に来た。うちの職場はいろんな課で使う情報を取り扱っているので、他部署の人がそれを求めてやってくる。Kさんが来たのは初めてだった。後でわかったけど、異動したばかりだった。それで、「○○を印刷して欲しいんですが」と声をかけられた。はい、と答えて顔を上げた。
病気かと思った。わたしの心臓が痛くなって、ちょっとの間、声が出なかった。Kさんの手にあった地図を受け取ってもう一度、顔を見上げた。もうダメだった。
手馴れた作業のはずなのに、何度も何度も聞きなおした。プリンタで印刷された物を手に取ったわたしは、「個人情報なので慎重に取り扱ってください」というルール通りの言葉と一緒に手渡した。顔は見なかった。倒れるかもしれなかった。
それから数週間置きにKさんが来るようになった。心臓はだいぶ楽になった。一度だけ、倉庫で二人きりになったことがあったけど、その時は会話にならなかった。小学生みたいな片言しか喋れなかったよ……
またちょっと後、Kさんがやって来た。今度は隣の席にいるMちゃんに声をかけて、参考の地図を渡していた。
Mちゃんは颯爽とパソコンに向かったけど、苦戦しているようだった。声をかけたかったけど、接客中だったのでそれもできず。
結局、宿題になった。Kさんは「お願いします」と言って帰った。
「無理だ」と思った。わたしでも2時間はかかる。Mちゃんがやると途方もない時間がかかると思ったので、わたしがやるよと言ったけど、Mちゃんは譲らなかった。
翌日、夕方までかかって作業を終えたMちゃんは、Kさんの部署まで届けに行った。すごく満面の笑顔で帰ってきたのを覚えてる。帰る時、Kさんの職場をちらっと眺めた。Kさんが廊下を歩いている後ろ姿が見えた。
なんとなく観てると、いきなり振り返ってUターンした。驚きすぎて固まってしまった。いや、歩いてたけど。ぶつかりそうになった時、「お疲れ様です」と言われた。無視した。
5ヶ月前、Kさんが用事でうちの職場に来た。今度は誰かに依頼するんじゃなく、自分が直接パソコンを操作するか、台帳を見て欲しい情報を書き留めていくパターン。
わたしは髪を切っていた。バッサリと。今思えばとかじゃなく、Kさんに気付いて欲しかった。今までが地味すぎたんだなって思ったから。
それで、斜め向かいの位置に座ったKさんが操作を始めてからちょっと経つと、視線を感じた。Kさんの視線。わたしをちょっと見ると、またパソコンの画面に視線を戻す。それで、またわたしを見る。
ドキドキしてた。それで、ああ、やっぱりそうなるのかなと思って目線を下にした時、「○○さん」とわたしの名前を呼んだ。
もの凄い勢いで立ち上がって、Kさんのところに行った。すると、基本的なところが分からない様子だったので、手短かに教えて席に戻った。
また時間が経った。4分くらい? またKさんがわたしを見た。悪戦苦闘している様子だった。どうしよう、自分の仕事をやめにして、声が掛かるのを待ってた方がいいかな、と思った。
でも、時が経つうちに心臓の鼓動も大きくなって、ああもうどうしようってなって、席を立ってトイレに行った。髪を直して、二重になってるかとか、唇も大丈夫なのを確かめて職場に戻った。
KさんがMちゃんと仲良くしていた。そう見えただけかもしれない。知りたい情報の検索方法を聞いているようだった。
でも、Kさんが変だった。すごく笑顔でMちゃんと話していた。わたしの時と違って、おどけた感じでMちゃんの説明に関心してた。
席に着いて、自分が今やっている業務に心を向ける。しばらくキーボードを打っていると、まただ。またKさんがわたしを見ている。ドキドキが戻ってきた。え、これからどうなるの、って思った。
「○○さん」て呼ばれた時、人生で一番飛び上がるような勢いで席を立った。Kさんのところに行って、質問を聞いた。
自分の席で、その質問に答えるために必死でキーボードを打つ。たくさん打って、たくさんの画面を開いた。
わからなかった。どうしても。え、なんで? なんで、って思った。簡単そうなのに。わたしならできるはずだって思って、何度もチャレンジした。
休憩のチャイムが鳴った。Kさんがわたしの席に来て、慰めの言葉をかけてくれた。
Kさんを睨んでいた。涙が滲んでいたかもしれない。それからなんて言葉を返したのかは覚えてない。
しばらく、Kさんが毎週のようにうちの職場に来るようになった。あの時と同じ目的で情報を取りにきてるらしい。
ある日、またKさんはわたしを呼んだ。質問の内容は……こないだと一緒だった。追加のヒントもなし。そんな、誰が作ったのかもしれない文書見せられてもわかんないし。こっちの身にもなってよ。
結局、頑張って調べたけどダメだった。か細い声でKさんに声をかけて、すいませんと謝った。すると、「いいよいいよ」って感じで、わたしから文書を回収した。
こいつクソ野郎だなって思った。
それからも、Kさんは何度もわたしに質問をした。例の件以外にも、いろいろなことをわたしに尋ねるようになった。態度がおかしかった。最初はもっと堂々としていたのに、急に窮屈そうな態度になって。言葉もたどたどしい。
あ、この人、あの連中と一緒だったんだって思った。身体が目当てで接してくるあいつらと一緒なんだって。そういう人って、態度でわかるから。おどおどしながら懐に入ってくる感じ。気持ち悪い。
Mちゃんが居なくなった。わけは言えないけど、とにかく居なくなった。
なんで? って思って、知らされた次の日に職場で塞ぎこんでいた。すると、その日に限ってKさんが来た。
それで、また何度も質問をしてくる。
気持ちが悪い。そういう嫌悪感を込めて接した。とにかく、あなたが嫌いっていう気持ちを込めた。
チャイムが鳴った後だった。こっそりと、アドレスを教えてと言われたのは。
死ね、と思った。どうやら大きな仕事が終わったみたいで、あなたのお蔭だよって言われた後だったから、余計に腹が立った。
……Mちゃんが居ないのに。それでこんなに苛々してるのに。あなたが彼女がいた位置に立って、そんなふざけたことしないでって、そう思った。
次の週、わたしはさらに塞ぎ込んでいた。Mちゃんがいないうえに新しい人も来ないので、仕事がそのままぜんぶわたしに降ってきていた。
深夜帰りの生活になった。帰りの風は冷たかった。家に帰って毎日泣いた。
その月末だった。Kさんが職場に足を踏み入れたのは。まっすぐにわたしのところに来て、仕事の依頼をした。1分で終わる仕事だ。
さっと終わらせて、プリンタから出てきた用紙を彼に渡すと、会話が始まった。
ごめん、ほかの人達にも聞かれてたから、ここで話すことはできないんだ。
でも、それが終わる頃には、ちょっと自信を取り戻していた。自分は必要とされてるんだ、わたしを応援してる人がいるんだ、頑張ってこの苦難を乗り切ろうって思えた。
ありがとうございますって言った。自分の職場に帰るKさんの後ろ姿を見送った。
そんな気分はあっという間に醒めた。
やっぱり、毎週とまでは言わないけどKさんが来る。
不自然な笑顔で「あれを借りてもいいですか?」なんて言いながらわたしの席に来る。
それで、パソコンを操作した帰りに、たまにわたしに声をかける。
その頃には、職場の中で、わたしとKさんのことが噂になりつつあった。
ある先輩は、「Kさんのこと好きなの? 彼があなたを褒めてたよ」と密かに伝えてくる。
また別の先輩は、(わたしを心配して?)Kさんが過去にした悪いことを教えてくれた。前の部署で暴力事件を起こしたことがあるとか、反りが合わない先輩をわざを煽り続けて心を病ませ、病院送りにしたとか、いろいろと聞いた。
でも、ちょっとだけ思ったんだ。そういう悪いことが堂々とできるKさんがカッコいいかもって。その病院送りになったという先輩はわたしの近くに座っている人で、口が立つ感じで、よく後輩にマウンティングするし、嫌な人だと思ってたのもある。
数日前のこと。
最近は来てないな、と思って彼の顔を見た。
笑ってた。わたし。何も考えずに、笑顔で「お疲れ様です」って言った。
珍しくスーツだった。一般入札をする時にそういう格好をするんだ、と以前に彼から聞いた。
「髪型変えた?」て聞かれた。「はい、変わりました」って答えた。口の形が変だったのは間違いない。
明け方が近い。
とりとめのない長文でごめんなさい。
でも、本当にどうしたらいいのかわからない。
年が15も離れてるのに、恋愛なんてできるの? というか、そもそも相手のことが全然理解できてない。
理解しようにもチャンスがない。
どうすればいいの?
・うんち
そうだね、うんちだね(泣)
・超怖い。 暴力と人を入院させるほどの言葉の暴力を平気で使う男と付き合ったら死ぬ思いをするだろうけど、死ぬ思いをしたいなら止めない。 Mちゃんが消えたのはその人関係なの?
彼の関係かはわかりませんが、Mちゃんは彼のことが好きだったかもしれません。視線の感じでそう感じたのと、職場の年配の人がそういう噂をしてました。Mちゃんは辞めてません。病気なので、いつか帰ってくると信じてます。彼のことがわからないんです。わたしには優しいけど、あれはクズっていう人もいます。でも、彼が前にいた職場がブラックなところで、これまで何人も心の病気になっているみたいです。今年入った新人がもう辞めています。そういう部署に何年も居たら、クズにならないとやっていけなかったのかな、と思うこともあります。でも、彼がどういう人なのか分かろうとしても、そもそも接点がない……
外で一生懸命走ろうものなら「デブがwww走ってるwww」と言われそうで嫌なのだ。
誰からも見られないような個室でダイエットしたいと思うデブだ。
あとでしっぺ返しを食らうことになろうとも
意外と運動は好きなのだが、1個目の理由で周囲の状況が気になり
何もせずにやせる方法ばかり探している。成果は未だ無い。
面倒なことはやらない。
どこかに監禁したらやる気が変わるのではないだろうか。環境の変化が必要だ。
欲しい。切実に欲しい。
他の増田に書いてあって思い当たることがあったんだが、生き急ぎすぎてね?
1週間分皿がたまるとかなら分かるよ?
だが、自分の思い通りに「家事を即座にやらない人」に対してブチキレるってどうかしてる。
そんなんでイラつくくらいなら、自分が代わりに進んでやるくらいすればいいのに。
食後すぐには動きたくない。テレビが良いところに行くまでは動きたくない。
「すぐにやるべきだ」というのも、まぁ分かる。どうせ後でやるものだし。
でもタイミングはあるだろう? 今まで一度もやり忘れたことないんだ。
急かされるたびに「あぁ、信用されてないんだな」と実感するわ。
相手の方が家事やり忘れたりすること多いのにな。本当にアホだわ。
こういう奴らの相手、どうしたら良いんだろうな。
「後でやるって言ってんだろが!!!」って毎回キレりゃ良いのか?
平行線だなぁほんと。人のことを意のままに動かそうとする奴と関わらないのが一番なんだろうな。
※増田は女です
HIV。
教科書だけで見た存在だったのに、まさか自分がこんな形で心配することになるとは。
約1ヶ月前、マッチングアプリで知り合った人とその場限りのことをした。
今思うと馬鹿だなぁと思う。
ナマではなしていないけれど、指先の傷口からとかいろいろと思い当たるフシはある。
とりあえずHIV罹患の初期症状にピッタリ当てはまるくらい同じ。
体の変化もすごく感じるし、謎の発疹も、下痢も、倦怠感もすべて当てはまる。笑える。
取越苦労だといいんだけどさ。
来週結果を受け取る。
見返りを求めずに支えてくれる親、健康な体、ファミレスでデートできる恋人、勉強し放題の時間、何でも挑戦できる学生という身分、
すべて当たり前ではなく、失ってからその価値に気づく人が多い。
まさに自分はこれ。
感想貰えると嬉しいよね。
いまは気軽にリプくれる人も多くて、ほぼ壁打ちの増田でもその時だけは繋がりのようなものを感じられて、それが大きな励みになっているのは間違いない。
そしてもうひとつ。RTしてくれた後の空リプによる感想だ。検索するのに一手間かかるけど、そこでも感想を目にできるのでありがたいの一言に尽きる。
でも増田はそれに関して悩みがある。果たしてその空感想に反応して良いものなのか。本音を言えば反応したい。
でも自分を称賛するツイートを漁る卑しさを知られたくないとも思ってしまう。
そしてもうひとつ。これは単に増田の性根が捻れすぎているためでもあるのだが、空で言うくらいなら直接言ってくれよとも思ってしまう。
わざわざ言うのは恥ずかしい、わざわざ言うほどのものでもない。理由はいくらでも思い当たる。
「おら、拾えよ」
自分でも何を言ってるのか分からないが、乞食をしているのに乞食だと思われているかもしれないという幻覚にとらわれ周りを敵視してしまうという、とてつもない救いようの無さがここにはあるのだ。
これはフォロー外の人はもちろん、フォロイーにすら適用されてしまうので目も当てられない。
なんでこんな考え方をしてしまうのだろう。
他の項目は具体的な状況がわからないので流していたのですが、設定が戻るのは大規模アップデートの時(1903など)は仕方ないとあきらめてます。
むしろ設定が戻ってもいいようにと、先ほど貼ったメモを残しているという意味があります。
この話はちょっとわからなかった(思い当たる経験がない)のですが、関連付けがなされているのに、ファイルを開くときにどのアプリで開くのか聞かれるという意味でしょうか。
関連付け関連のトラブルならヒントになりそうなメモがあるので下に貼っておきます。
関連付けの規定値に登録させ、割り当てたい拡張子を指定する手順をとる
拡張子は、そのツールが使う未割り当ての拡張子か、使われる当てのない適当な拡張子でもよい
- 作成したファイルをダブルクリック→「その他のアプリ」→「このPCで別のアプリをさがす」
- 関連付けしたいファイルを右クリック→プログラムから開く…→別のプログラムを選択
- 「OK」
- フォトビューワが邪魔をするので、下記コマンドでアプリそのものを消去すると登録可能となる
get-appxpackage *Microsoft.Windows.Photos* | remove-appxpackage
うちは父がほぼ空気だったので男という存在に私が慣れていない。
そして母の存在
そんな父に私が生まれる前に愛想をつかした母は父以外のいろんな男に堂々とうつつをぬかしていた。私の絶対的支配者である母が安易に男には媚びる様。その嫌悪。
ここかなと思う。
「男性不信」について何度目かのサーチ
きっかけは人それぞれだ。
また極端に潔癖な女性もいる。
しかし私の嫌悪感はインターネットにあるものとはちょっと違う気がする。
「女だから頼りないなー。ああわかるお前も不安だよな?大丈夫俺が従わせてやるから安心して身を任せろよ。お前も嬉しいだろ?」
とそんなセリフを シミだらけ、ほつれだらけの服を着、イオンで買ったようなボロボロなシューズを履いた小太りで出っ歯な口呼吸の男性が臭い息を吐きながらなにかでベトベトな手でこちらに触ってくる 感じ。
・・・・・・・・・・結論的にろくな男性に合ったことがないだけのような気がする。
(私自身は偉そうにより好みできるような顔面はしていないのだが。)
しかし悲しかな印象に残るのはそういうやばい、強烈な男性ばかりなのだ。
父の不在により生まれつき男性というものに私は慣れていない。学校はかなり女子が多かったし職場も女性だらけで。
そこで出会った男性は少しずつ↑のような人だらけで、それが男だと思ってしまった。
だけど私は技術職で。
就いた技術職はことごとく女性ばかりで、そうなると自然な流れで女性の会合にばかり参加することになり、女性主体な会合で堂々と参加されるのはどうしても悪目立ちをする男性が多く(具体的にいうと話に女性同士の会話に無理やり入ってきて長時間つばを飛ばしながら一方的にいかに自分がすごいかと自分の話ばかりする人だ。女性主体な会合はまとも?な男性の参加率は低いし、参加されたとしても空気を読んで女性主体の輪を壊さぬようにアシストしてくれるのだ。それはあまりに自然的だから印象的に残らないのかもしれない。)
ようするに私は男性について「愛」がないのか?
じゃあどうしたら男性に「愛」を持てるのか?
自分が唯一知っている方法は、母のやり方。嫌悪のケース。子供に平気で暴力を振るう強すぎる女がそこらへんのおじさんに弱く家庭的な女アピールする、あれ。参考にならない。しかしあれしか知らない。
誰か教えてほしい。
しかし現状それを教えてくれそうな男性で思い当たるのは上のような勘違い男性しか浮かばないのだ。負のループ。困った。
そしてもうひとりの私が言う。「今まで私を支えてくれたのは女性ばかりだったよ。(女性ばかりの世界で生きてるので実は傷つけてきた人だって女性ばかりなのだが)男性って本当にいるの?今で十分幸せじゃない?」と。
だけど世界中の1/2の人達に不信を持つのはあまりにもったいない。もったいないのだ。わかってる。いやしかし、
例えば鎧をまとえば変われるだろうか。もっとブリーチを掛けて舌にピアスでも開けようか。そうすると普通の男性は避けてくだろう。こっちが普通じゃないんだから。ああ、どこまでも負のループ。
鬼滅って男だったらとか長男だからとか完全に家父長制なのにね。一夫多妻の人が出てきたりするけど、そういうのは気にならないんだろうか。
ちなみに鬼滅の作者が女って言われてるみて、確かに色々思い当たる節があると思ったわ。
宇随天元とかの衣装とか、猪之助の女顔とか、やたらと兄弟愛が強かったりその逆だったり。
あと気になるのが、遊郭が出てくるところなんだけど、遊郭って少年マンガであまり書かれない気がするんだよね。完全に個人の感覚だから違うかもしれないけど。なんと言うか後ろめたさがある。人身売買に直結してるからかもしれんけど。どっちかと言うとこっちの方が気になる。女の人は金で買えるんだっていうイメージを与えると言う意味で。ONE PIECEも花街みたいなのは有ったけど、そこら辺は生々しく書かれてないんだよ。
最近は情報の授業でネットのリテラシーについて学ぶことも多いのだけど、
スマホが当たり前のように普及してline・Facebook・Twitter…etc.現代っ子は習う前に使っているし、何なら習う前に自爆している。
怪しげなサイトを踏んだり、それっぽいこと謳っている情報を鵜呑みにしたり、あれこれ見ている内に通信制限に引っかかったり。
既にたくさんの失敗を積んできた訳だから今更引っかかることもなく他人事だと思っていました。
少し前までは。
母親がスマホを持ち始めたのはつい先日、という訳ではなく、少なくとも2~3年前である。
最初はメールと電話だけ使っていたのがline、アプリゲームと幅を広げていった。
そして最近は「小説家になろう」に立ち寄ったり、youtubeを開いていたりしていた。
そこらの中学生と何ら変わらない。
以前のことである。
その当時、家族間でパケットをシェアしていたのだが、急に通信制限が来た。
確か20日ぐらいで、慌てて自分の通信量を見た。全体量の1/4も使ってなかったぐらいで、一体何でこんなことになっているかも分からなかった。
思い当たる節があったので母を問いただして見ると
「いつも通りサイト見ていただけ」「通信量ってこんなに使うとは知らなかった」とのこと。全体量の半分以上を一人で使っていた。
悪びれる様子もなかったが、注意をしてwifiの使い方を教えた。
ついさっき、同じように通信制限の警告メールが来た。頭を抱えるばかりである。
別の日のこと。
スマホの動作が重い、広告で出てきた軽量化アプリとかって入れるべき? とのことでスマホを見せて貰った。
タブに「99+」という表記が出てきた。
頭を抱えた。
タブの消し方を教えて、広告に出てきたからって入れないようにと釘を刺した。
また別の日のこと。母と会話をしていると、
「ねえねえ、●●ってグループが××するらしいよ」
どこからその情報を仕入れたんだ、って訊いてみるとグーグルで調べたサジェストの上の方に出てきたまとめ記事だとか。
頭を抱えた。
事あるごとにスマホやネットについて母に教える機会があるのだが、どうにも「自分たちの常識」「矜持」とやらがあるようで、一筋縄ではいかない。
まず、1950年代〜1970年代を通してみると、日本シリーズはセ19勝(うち巨人15勝)パ11勝である。
パに指名打者(DH)制度が導入されたのが、V9終了後まもなくの1975年である。
ただし巨人が勝てなくなったのは、V9メンバーの高齢化もさりながら、
1965年のドラフト導入により新戦力を思うように補充することが難しくなったからだろう。
(とはいえその後も巨人はセ・リーグの盟主としてコンスタントにリーグ優勝していくのだが)
※指名打者(DH)…投手の代わりに打席に立つ打撃専門の選手のこと。一般に投手はバッティングが良くないので、DH制を導入すると打線が強力になる。
1980年代〜1990年代に巨人と入れ替わるように西武が黄金時代を築き上げるが、
この西武の強さは「寝業師」と呼ばれた根本陸夫が主導した、有望選手の強引な囲い込みによると言われる。
また、1980年代前半の広島の黄金期、1990年代後半のヤクルトの黄金期などもあり、
1980年代〜1990年代を通して見ると、日本シリーズはセ10勝パ10勝(うち西武8勝)で意外に拮抗している。
西武の囲い込みへの批判から1993年に「逆指名制度」が導入されたことなどがあり、
1990年代後半から西武は弱体化、代わってダイエーが台頭していった。
※逆指名制度…のちに自由獲得枠→希望入団枠と変遷。1球団2名にかぎり、大学生・社会人のアマ選手が自分の希望するプロ球団に入団できる制度。それ以前は、有望な選手を親会社に入社させて囲い込み、あとからドラフト外で獲得するなどの裏技が(主に西武で)横行していた。
2000年代の日本シリーズは、やはりセ5勝パ5勝で同数であり、また特定の球団の連覇もない。
2000年代中盤には「交流戦」「クライマックスシリーズ」「希望入団枠撤廃」「育成選手導入」と大きな変化があった。
逆指名制度を使って戦力を確保していた巨人やダイエーなどの球団が打撃を受けたとされる。
(ついでに2004年にダイエーがソフトバンクに変わっていったん弱体化した)
また交流戦はパ・リーグ優位であるものの、勝敗数でそれほど差がついているわけでもない。
※希望入団枠撤廃…逆指名および自由獲得枠・希望入団枠では、高い契約金を出せてブランド力もある人気球団に、有望な大学生選手が集中したことが問題視された。さらに、有力選手に指名してもらおうと裏金が横行し、それが発覚したために希望入団枠は廃止された。
※育成選手…若手の育成を目的に「一軍の試合には出場できないが球団に所属できる選手」の枠を設けたもの。それ以前の似た制度には「練習生」があったが、有望な選手を練習生として雇って囲いこむ裏技が(主に西武で)横行していたので廃止された。
日本シリーズはセ1勝パ9勝(うちソフトバンク6勝)とパ・リーグが圧勝している。
交流戦の勝敗数で差が付くようになったのも2010年以降にソフトバンクが台頭してからである。
以上から考えると、パ・リーグ優位の原因としてDH制度を挙げるには、その導入があまりにも古い。
その原因としては、2000年代中盤から「きちんと選手を育てねば勝てない」ようになったことで、
豊富な資金により育成環境を整備したソフトバンクが頭一つ抜けることとなったため、という説明が妥当だと思う。
昔と比べると、現在の選手は軒並み筋力が上がり、球速も遥かに増している。
選手の育成に力を入れ、トレーニングを充実させるようになったことで、
「パワーで押すピッチャー」や「パンチ力のある下位打者」の増加につながり、
それが「DH制度」や「広い球場」といったパ・リーグの要素と半ば偶発的にマッチしたのではないか。
今後の変化を長い目で見ていきたい。