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はてなキーワード: 育成選手とは

2024-03-07

[]球団は『支配下選手』を65名以上(7月末日現在保有する

仲田・川村は決まりやろうなあ。リリーバーは足りてるから緒方かな。

 現在ソフトバンク支配下選手は62人。野球協約の「日本プロ野球育成選手に関する規約」の第3条に「育成選手保有できる球団は、当面、現に『支配下選手』を65名以上(7月末日現在保有する球団とする」と定義され、さらに「育成選手保有6月末時点で支配下選手が65名に満たない球団は、育成選手支配下選手に移行するか、または新たな支配下選手採用するかについて7月末までに実行委員会にて説明しなければならない」と明記されている。

 つまり育成選手保有の条件である「65人」まで、まずは支配下枠を埋めることが必要になる。育成選手にとっては、最低でも「3」、うまくいけば7月末まで最大「8」の〝空き枠〟があるのだ。

 オープン戦で1軍帯同している内野手登録ながら外野も守れるユーティリティーの仲田、俊足の緒方、強打の外野手・川村

さらにはこの日の教育リーグ大竹の後を継いで8回に登板した中村亮ら、支配下入りを目指す育成のライバルたちがひしめいているが「大竹の特長は、三振を取っていけるところ」と松山2軍監督が評しているように、リリーバーとしての適性は十分に見せ始めている。

2024-03-05

[]阪神大竹日ハム田中正義の他に他球団活躍する、元ホークス選手!!!

「一度でも失敗したら3軍、4軍落ち」って無駄プレッシャー選手にかけてるんやろうなあ


ロッテ活躍する茶谷健太

 上記の3選手に限らず、ソフトバンクではなかなか芽が出なかったものの他球団移籍して開花した例はいくつもあった(成績はいずれも5月25日時点)。



「元ソフトバンク選手」の活躍は他にも…

加治屋蓮(阪神

ソフトバンク時代/7年間・112試合7勝4敗37ホールド

阪神移籍後/昨季まで2年間・46試合1勝4敗8ホールド

 ソフトバンクには13年ドラフト1位でJR九州から入団。18年に72試合登板31ホールドを挙げたが、同年以外は苦しみ20オフ戦力外通告を受けて阪神移籍した。今季17試合0勝0敗4ホールド防御率0.00と快投している。


小澤怜史(ヤクルト

ソフトバンク時代/5年間・2試合0勝0敗

ヤクルト移籍後/昨季まで2年間・10試合2勝1敗

 15年ドラフト2位でソフトバンク入り。2年目に一軍登板を果たすが、4年目から育成選手に。20オフ戦力外となり、12球団合同トライアウトを経てヤクルト(当初は育成)へ。サイドスロー転向したことで活路を見出し、22年6月支配下登録。昨年は日本シリーズでも登板した。今季は13試合登板0勝1敗2ホールド防御率3.48。



長谷川宙輝(ヤクルト

ソフトバンク時代/3年間・一軍登板なし

ヤクルト移籍後/昨季まで3年間・48試合2勝2敗7ホールド

2024-01-23

[]佐倉俠史朗内野手(18)=福岡九州国際大付高=

まともな親なら「俠」を名前に付けないだろうなあ。さすが福岡久留米。(チェッカーズ故郷

 週に1度の「もっとホークス」。ホークスの将来を担う今回のドラフト指名選手の歩みや横顔を紹介した「羽ばたけ!小久保1期生」は

育成選手編です。

高校通算31本塁打を放って注目された

3位の佐倉俠史朗内野手(18)=福岡九州国際大付高=は、小学生時代に〝苦境〟を乗り越えてきました。(敬称略

2024-01-10

こうするとよい

ホークス1軍・・・

ホークス2軍・・・A

ホークス3軍・・・B

ホークス4軍・・・B

ホークス5軍・・・C

☆;支配下登録選手のみ

A:NPB2軍と試合、一部育成選手

B:育成選手のみで構成独立リーグとも戦う、各月のベストナインが1軍の控えと戦う

C;九州沖縄の8県に1つずつ拠点を置きリーグ戦を行い、各月のベストナインが2軍と戦う

2022-04-11

佐々木朗希の完全試合

佐々木朗希、完全試合やりましたね。やっちゃいましたね。

ここ10年間、つまり監督伊東勤に代わってから千葉ロッテマリーンズは、高卒高身長フォークが決め球の右投手の育成に特に力を入れてきました。

2012年オフ育成選手だった西野勇士支配下登録したのを皮切りに、二木康太(2013年ドラフト6位)、岩下大輝(2014年ドラフト3位)、種市篤暉(2016年ドラフト6位)と似たようなタイプ投手を育成し一軍戦力にしてきました。

ロッテファンであれば、彼らの活躍は分かっていたので、同じようなタイプ投手である佐々木朗希も、「まぁ、なんとか上手く育成できるだろう」と思っていたのですが、まさかここまで上手くいってしまうとは。

よく、「一年目に投げさせなかったロッテはすごい」みたいに言う人がいますが、そもそもロッテのこの育成(一部ファン勝手二木メソッドと呼んでいる)では、朗希に限らず一年目は試合で使わないので、何の驚きもなかったです。

佐々木朗希の完全試合は、この10年間における千葉ロッテマリーンズが行ってきた投手育成の集大成だったんじゃないでしょうか。

高卒ドラフト指名時は完成度がイマイチと言われていた選手が育って、偉業を達成するというのは言葉に表せない嬉しさがあります

もちろん、大卒社会人FA即戦力として入団した選手でも嬉しいんでしょうけど、やっぱり高卒はチームが育てたというのが明らかですし、格別ですよ。

今回の完全試合は、朗希と松川バッテリーや内外野で守っていた野手の頑張りで達成した記録ではあるのですが、あの場にいない指導者や先輩投手達など、彼の進むべき道を整えた人々の功績も大きいと思います

交流戦が終わる6月前半までは、何かアクシデントがない限りは毎週日曜に先発することになると思うので、気になっている人はまだチケットが買える今のうちにマリンに足を運んで彼の投球を見てもらいたいですね。

2021-04-29

anond:20210428171346

パワプロサクセス特定キャラクターを育てるわけじゃなくて任意名前パワプロくんを育てるゲームからね。

育成選手サポート選手などという区切りがなく全てが「イベキャラ」という扱いになってるんだよ。

その代わりパワプロ場合選択する高校によってギミックが細かく変わるわけ。

その辺は先にパワプロをパクったシャニマスの方がウマ娘に近いと思うな。

 

育成の引き継ぎについては、コンシューマ版では継承選手というシステムがあるけれど(シリーズによってシステムは細かく変わるので詳細はググって)

ウマ娘のような引き継ぎ要素はコンシューマ版にもアプリ版にも無いね

2020-08-28

斎藤佑樹はなぜクビにならないのか

まず日ハム投手陣の去年の二軍成績を見てみたい。

選手年齢防御率試合勝利敗北投球回自責点
西村 天裕26歳0.00121019.10
村田 透34歳3.0070218.06
吉田 侑樹25歳3.26204380.029
北浦 竜次19歳3.38193588.033
斎藤 佑樹313.49184238.215
井口 和朋25歳3.66251232.013
上原 健太25歳3.72112146.019
鈴木 遼太郎233.81274454.123
生田目 翼243.88204465.028
藤岡 貴裕30歳3.91172225.111
立田 将太233.99534367.230
吉田 輝星18歳4.35182662.030
田中 豊樹26歳4.60314331.116
宮台 康平244.60174362.232
中村 勝284.73180678.041
吉川 光夫314.7670117.09
福田 俊234.90512468.037
バーベイト27歳5.50181334.121
田中 瑛斗205.851801184.255
高山 優希21歳6.25302231.222
浦野 博司30歳6.62151217.213
杉浦 稔大27歳7.3060312.110
柿木 蓮19歳8.24262443.240

ソースhttps://baseball-data.com/19/stats-farm/pitcher-f/ip3-1.html

投球回数10以下を除いて防御率ソートをかけたが、斎藤佑樹は上から五番目である

ちなみに、この年にクビになったのは中村勝・田中豊樹・立田将太で、高山優希育成選手となっている。

斎藤は二軍のなかではそこそこ良い成績を収めているのである

ただし、斎藤佑樹がクビにならないのは、成績のためだけではない。

その理由を考えるには、まず斎藤佑樹を取り巻く状況を説明しなければならない。

斎藤の年度別成績を見ると、プロ入り一年目は、優秀とは言わないまでも、そこそこ見れるものだったことがわかる。

そもそも一軍で1勝もできずに去っていく選手がどれだけいるだろう。

田中将大と比較するからショボく見えるだけで、)斎藤には確かな実力があった。

斎藤ダメになったのは、プロ入り2年目の右肩関節唇損傷のせいである。

これは多くの選手引退に追い込まれてきた重傷であり、斎藤普通に投げれば痛みが出るので、完全にフォームを変えざるをえなかった。

野球をあまり知らない人だと「プロでまったく通用せず、クビが当然の成績でも、何故かクビにならない…」と思っているかもしれないが、そうではない。

斎藤がクビになって然るべきなのは成績ではなく故障のためなのである

重大な故障をして元の能力を取り戻す選手は少ない。つまり「上がり目がない」と見なされる。

正直なところ、これだけの怪我をしていれば、並の選手なら故障の数年後には戦力外通告を受けているだろう。

ただ、斎藤は並の選手ではなかった。

なにせあの人気である

プロ野球興行なので、何より収益が重視される。

斎藤がもたらした莫大なグッズ収入、そして知名度や人気の向上。

さらドラフト1位であることを考えれば、球団は「一生面倒を見る」くらいは考えているだろう。

球団は「功労者からやれるだけやらせてやればいい」と思っているし、本人も「球団にクビにされるまではやれるだけやりたい」と思っている。

これはそういう話なのである

2019-10-29

anond:20191029133940

まず、1950年代1970年代を通してみると、日本シリーズはセ19勝(うち巨人15勝)パ11である

このセ・リーグ優位は「巨人の優位」とほぼイコールである

パに指名打者DH制度が導入されたのが、V9終了後まもなくの1975年である

ただし巨人が勝てなくなったのは、V9メンバー高齢化もさりながら、

1965年ドラフト導入により新戦力を思うように補充することが難しくなったからだろう。

とはいえその後も巨人セ・リーグ盟主としてコンスタントリーグ優勝していくのだが)

指名打者DH)…投手の代わりに打席に立つ打撃専門の選手のこと。一般投手バッティングが良くないので、DH制を導入すると打線が強力になる。

1980年代1990年代巨人と入れ替わるように西武黄金時代を築き上げるが、

この西武の強さは「寝業師」と呼ばれた根本陸夫が主導した、有望選手の強引な囲い込みによると言われる。

また、1980年代前半の広島黄金期、1990年代後半のヤクルト黄金期などもあり、

1980年代1990年代を通して見ると、日本シリーズはセ10勝パ10勝(うち西武8勝)で意外に拮抗している。

根本陸夫1992年西武を退団してダイエーへ移ったこと、

西武の囲い込みへの批判から1993年に「逆指名制度」が導入されたことなどがあり、

1990年代後半から西武は弱体化、代わってダイエーが台頭していった。

逆指名制度…のちに自由獲得枠→希望入団枠と変遷。1球団2名にかぎり、大学生社会人アマ選手自分希望するプロ球団入団できる制度。それ以前は、有望な選手親会社入社させて囲い込み、あとからドラフト外で獲得するなどの裏技が(主に西武で)横行していた。

2000年代日本シリーズは、やはりセ5勝パ5勝で同数であり、また特定球団の連覇もない。

2000年代中盤には「交流戦」「クライマックスシリーズ」「希望入団撤廃」「育成選手導入」と大きな変化があった。

逆指名制度を使って戦力を確保していた巨人ダイエーなどの球団が打撃を受けたとされる。

(ついでに2004年ダイエーソフトバンクに変わっていったん弱体化した)

また交流戦パ・リーグ優位であるものの、勝敗数でそれほど差がついているわけでもない。

希望入団撤廃逆指名および自由獲得枠・希望入団枠では、高い契約金を出せてブランド力もある人気球団に、有望な大学生選手が集中したこと問題視された。さらに、有力選手指名してもらおうと裏金が横行し、それが発覚したために希望入団枠は廃止された。

育成選手…若手の育成を目的に「一軍の試合には出場できないが球団所属できる選手」の枠を設けたもの。それ以前の似た制度には「練習生」があったが、有望な選手練習生として雇って囲いこむ裏技が(主に西武で)横行していたので廃止された。

2010年代ソフトバンク黄金である

日本シリーズはセ1勝パ9勝(うちソフトバンク6勝)とパ・リーグ圧勝している。

交流戦勝敗数で差が付くようになったのも2010年以降にソフトバンクが台頭してからである

以上から考えると、パ・リーグ優位の原因としてDH制度を挙げるには、その導入があまりにも古い。

明確にパ・リーグが優位となったのは2010年代のこと。

その原因としては、2000年代中盤から「きちんと選手を育てねば勝てない」ようになったことで、

豊富資金により育成環境を整備したソフトバンクが頭一つ抜けることとなったため、という説明妥当だと思う。

もうひとつ思い当たるのはトレーニング進化である

昔と比べると、現在選手は軒並み筋力が上がり、球速も遥かに増している。

選手の育成に力を入れ、トレーニングを充実させるようになったことで、

「パワーで押すピッチャー」や「パンチ力のある下位打者」の増加につながり、

それが「DH制度」や「広い球場」といったパ・リーグの要素と半ば偶発的にマッチしたのではないか

とはいえ10年程度ではいかようにもトレンドは変わりうる。

すべてをDH制度のせいにするなど短絡的な考えに飛びつかず、

今後の変化を長い目で見ていきたい。

日本シリーズの成績から考える最近パ・リーグ優位の要因

日本一の回数で上位の三球団巨人西武/西鉄ソフトバンク/ダイエー/南海)の色を濃くして区別している。

日本シリーズ

開催年リーグ勝利勝数敗数敗北備考
1950年毎日42松竹
1951年巨人41南海
1952年巨人42南海
1953年巨人42南海
1954年中日43西鉄
1955年巨人43南海
1956年西鉄42巨人
1957年西鉄40巨人
1958年西鉄43巨人
1959年南海40巨人
1960年大洋40大毎
1961年巨人42南海
1962年東映42阪神
1963年巨人43西鉄
1964年南海43阪神
1965年巨人41南海ドラフト制度」導入
1966年巨人42南海
1967年巨人42阪急
1968年巨人42阪急
1969年巨人42阪急
1970年巨人41ロッテ
1971年巨人41阪急
1972年巨人41阪急
1973年巨人41南海
1974年ロッテ42中日
1975年阪急40広島パに「指名打者」導入
1976年阪急43巨人
1977年阪急41巨人
1978年ヤクルト43阪急
1979年広島43近鉄
1980年広島43近鉄
1981年巨人42日本ハム
1982年西武42中日
1983年西武43巨人
1984年広島43阪急
1985年阪神42西武
1986年西武43広島
1987年西武42巨人
1988年西武41中日
1989年巨人43近鉄
1990年西武40巨人
1991年西武43広島
1992年西武43ヤクルト練習生契約廃止
1993年ヤクルト43西武フリーエージェント制度」導入
逆指名制度」導入
1994年巨人42西武
1995年ヤクルト41オリックス
1996年オリックス41巨人
1997年ヤクルト41西武
1998年横浜42西武
1999年ダイエー41中日
2000年巨人42ダイエー
2001年ヤクルト41近鉄
2002年巨人40西武
2003年ダイエー43阪神
2004年西武43中日パに「プレーオフ」導入
2005年ロッテ40阪神交流戦」導入
育成選手制度」導入
2006年日本ハム41中日
2007年中日41日本ハム希望入団枠(逆指名)」廃止
クライマックスシリーズ」導入
2008年西武43巨人
2009年巨人42日本ハム
2010年ロッテ42中日
2011年ソフトバンク43中日
2012年巨人42日本ハム
2013年楽天43巨人
2014年ソフトバンク41阪神
2015年ソフトバンク41ヤクルト
2016年日本ハム42広島
2017年ソフトバンク42DeNA
2018年ソフトバンク41広島
2019年ソフトバンク40巨人

交流戦

開催年リーグセパの勝敗優勝チーム優勝チーム勝敗
2005年105勝104敗ロッテ2411
2006年108勝107敗ロッテ23勝13敗
2007年74勝66敗日本ハム18勝5敗
2008年73勝71敗ソフトバンク15勝9敗
2009年70勝67敗ソフトバンク18勝5敗
2010年81勝59敗オリックス16勝8敗
2011年78勝57敗ソフトバンク18勝4敗
2012年67勝66敗巨人17勝7敗
2013年80勝60敗ソフトバンク15勝8敗
2014年71勝70敗巨人16勝8敗
2015年61勝44敗ソフトバンク12勝6敗
2016年60勝47敗ソフトバンク13勝4敗
2017年56勝51敗ソフトバンク12勝6敗
2018年59勝48敗ヤクルト12勝6敗
2019年58勝46敗ソフトバンク11勝5敗


続く。

anond:20191029134117

 
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