はてなキーワード: 実践とは
このツイート、手取り14万にやたら注目集まってるけど地方ならそんなもんじゃないか?というのが個人的な感想。
「手取り14万円しかもらってないのに目標設定させる会社はおかしい。手取り30万円にしてから求めるべき」という話題ですが、30万稼ぎるようになるために目標設定するということが理解できてない感あります。「給与上げてから求めろ」という思考では一生キャリアアップできません
https://twitter.com/MotoyasuYamada/status/1651927402401136641?s=20
目標設定は特にしてなかったけど、興味ある分野の情報収集とか、得た内容を仕事の中で勝手に実践をしていた。
求められてないことをやっても今いる会社からは評価はされないけど、転職先からは評価されることが多かった。
だから、給与に関係なく新しいことにチャレンジしたり何でも良いから実践して実績残すのが大事だと思う。
ちなみに自分はプラスな実績はあまり残せていないが、プロセスやコミュニケーションを評価されることが多かったから、必ずしも成功している必要はなさそう。
特に秀でたスキルも資格も持ってないけど、地方→東京の会社に転職したら一気に上がった。
転職回数は多くても業種さえ同じなら給与は下がりはしなかったし、自分のやりたいことと会社側が期待していることが一致さえしてれば提示される給与は上がっていくんだと感じた。
たいしたスペックでもない自分でも給料上がったから、東京に出てみるだけで給料上がる人は結構いると思う。
1社目:月給18万(1年半働いた)
↓
2社目:月給18万(2年働いた)
↓
2年半アルバイトで過ごす
↓
3社目:月給18万(派遣:2年働いた)
↓
4社目:月給18万(1年働いた)
↓
5社目:月給30万(1年働いた)
↓
6社目:月給35万(2年半働いた)
↓
7社目:月給42万(いま2年目)
1〜5社目は地方、6社目から東京の会社。1社目は接客業、2社目〜現職はずっとIT系のとある仕事をやってる。
5社目までは月の残業30時間は当たり前だったけど、6社目からは月の残業は5時間以下になった。
仕事のための勉強はしていないけど、たまたま仕事と趣味の領域が一部被ってるからそれが勉強といえば勉強なのかもしれない。
最近はフルリモートで採用してる会社もあるから、転職先探すエリアを変えてみるのもアリだよ。
自分のやりたいことと会社が期待してることが一致してなかったから、一致する会社に転職しただけ。
夜に一人で起きてると色々モヤモヤしてよくない感じがある。
ヒマになると仕事とかキャリアのことを考えてしまうから、書き散らそう。
年齢だけは中堅社員で、でも周りと比べて評価も出世もイマイチだから役割は中堅じゃなくて、年上社員には「まだ若いって」と言われ、上司には「焦らず長い目で見ていけ」と言われ、そうは言っても焦りが募るからモヤモヤしてため息ばかりで。
上司にはどうすれば評価が高くなるか相談して、アドバイスに従って1年間やってきたけど、今年度の役割説明を聞く限りでは評価は変わらなかったんだろうな。評価のフィードバックはまだ分からないけど。
まあ、アドバイス通りに実践できたかどうかは上司が判断することだとか、言われた通りにやるだけだと評価されないとか、いろいろあるのは分かってるけど、さすがに疲れた。
昇格から縁遠くなって何年経ったっけ?数えるのも気が滅入るわ。
辞める辞める詐欺で数年経ったから、そろそろ腹括らないとなと思いながらまた数年経ちそう。
年度が変わってから家でため息が増えた気がする。元からかもしれんけど。
愚痴ったところで状況は変わらないから行動しないといけないよな。とか普段からこんなこと考えてると、仕事のときも言動に表れてそうな気がするな。
そういうのも評価に影響してそうな気がする。
そういえば、社会人になりたての頃はなんだかんだ言って希望は持ってた気がする。
これ投稿したら気持ちを切り替えて明日から頑張ろうとか思ったけど、こんなんで頑張れる気がしないから詰んでるかもしれない。
若い頃、こういうおっさんにはなりたくないと思っていたおっさんになりつつある気がして、そういう無気力人生だなぁ。
世の中にはもっと大変な人とか、もっと思うようにできない人とかだっていることは分かってるけど、それで割り切れるもんじゃないんだよな。
こんなこと考えてるのは、心の底では納得してないし拗ねてるだけなんです知らんけど。
世の中のこと分かってて、自分を客観視できてると妄想してるおっさんの戯言に付き合ってくれてありがとう。
そろそろ寝よう。
SBI証券のクレカ積立を導入するために三井住友カードを申し込むことにした。
以下の内容は、導入にあたって検討したことを備忘録として書き連ねたものである。
来年の新NISA施行後は毎月10万円(年間120万円)を投資予定
内訳
近所のスーパー(ローカルチェーンを複数店ローテーション)の食料品購入で約1万円程度
三井住友カードが対象で、ポイント付与率0.5%~5%。ただし、2%以上はプラチナカードが条件なので、自分にとっては縁がない。
自分にとっては、ノーマルカードの0.5%かゴールドカードの1.0%のどちらかが対象となりえる。
また、クレカ積立の上限は月間5万円。
新NISAが始まっても月間5万円は変わらないはず。
『つみたてNISA「月10万」でもクレカ上限「月5万」という意外な障壁も』
https://news.yahoo.co.jp/byline/yamaguchikenta/20221213-00328153
ノーマルカードの場合(ポイント0.5%)、年間3000ポイントもらえる
ゴールドカードの場合(ポイント1.0%)、年間6000ポイントもらえる
三井住友カード(ノーマル)は年会費0円なのでデメリット無しで3000円分得できる。
三井住友カードゴールドは年会費5500円なので、差し引き500円分だけの得になる。ただし、年間100万円使用すれば年会費0円になる。年会費0円にすることは、100万円修行と言われている。
『三井住友カードゴールドNLの100万円修行で解脱に至るための曼荼羅』
https://honeshabri.hatenablog.com/entry/smbc-card-mandala
クレカ乗り換えのメリット・デメリットを評価するために、現在使用しているクレカ・三井住友カード・その他調べたクレカを比較した。
現在使用しているクレカはこれのみ。ポイント還元率の高さと年会費0円のみに惹かれて契約して今に至る。
ちなみに旧REXカード(REXカードlightと統合する前)の還元率は1.75%(のちに1.5%)だった。
年会費5500円だが、年間100万円使用すれば年会費0円になる。
基本還元率0.5%と低いが、年間100万円利用で10,000ポイントの還元あり。
年間100万円ジャスト利用と仮定すれば還元率1.5%になる。
『三井住友カード ゴールド(NL)および三井住友カード ビジネスオーナーズゴールドの特典条件である年間100万円のご利用には、どのようなものが含まれますか?』
https://qa.smbc-card.com/mem/nyukai/detail?site=4H4A00IO&id=1871
基本還元率0.5%。
Amazonでのショッピング還元率1.5%(プライム会員2.0%)
その他還元率1.0%
還元率だけを見れば私が保有するDelight JACCSカードより優秀だ。それに私はAmazonを利用している。2022年で約5万円分利用、2021年で約8万円分利用だ。
しかし、私は福利厚生倶楽部を通じてAmazonギフトを額面の約2%引きで購入している。以下参照。
【福利厚生倶楽部】リロクラブでAmazonギフト券を安く購入する方法まとめ
https://otoku-pc.com/fukiri-amazon/
それにAmazonプライムも利用していないので、Amazonマスターカードを導入する利点はない。福利厚生倶楽部でのAmazonギフト券(正確にはEJOICAセレクトギフト)の購入にはかつてクレジットカード支払いができたが、現在はできなくなっている。しかも、支払いには手数料(210円)が必要になった。一度に高額のギフト券を購入することで手数料の損失を小さくしているが、今後さらなる福利厚生倶楽部のサービス改悪があったら、Amazonマスターカードの導入を考えている。
ポイントは、Pontaポイントまたはdポイントに変えられる。
どちらもコンビニ・飲食などで使えるが、Pontaもdも持っておらず、個人的に積極的に使うサービスはないのでポイント利用はやや面倒。
現在利用しているDelight JACCSカードがさらにサービス改悪したら、リクルートカードに乗り換えるかもしれない。
還元率が1%を超えるカードはほとんどない。ゴールドカードでも1%以下がほとんど。
楽天カード・イオンカードなど特定のサービス名(会社名?)を表すカードなら、カード名に含まれているサービスの利用で1%超えるものもある。とはいえ、特定のサービスに大きく依存していないので、自分に適しているカードは見つからなかった。
Amazonマスターカードのイシュア(クレジットカード発行会社)は三井住友カードだが、この手の提携カードはSBI証券のクレカ積立の対象外。対象は三井住友カードのプロパーカードのみ。
三井住友カード以外にも、ゴールドやプラチナのカードを調べてみたが、年会費がかかるくせに基本的な還元率は高くない。コンビニやファーストフード店で還元率が高くなるとアピールしていることがやたらと目についたが、ゴールドやプラチナを持ってる人は利用するのか? クレジットカード会社としても、安っぽい印象がつくからイメージダウンになる気がするのだが。公式Webページでゴールドやプラチナのお洒落な雰囲気を醸し出しながらも、コンビニやファーストフード店のロゴが出てくるのに違和感がある。それとも、金持ちはそんなことを気にせず庶民と同様に安い店に通い、ポイントをちまちまと稼ぐのを好むのだろうか。そうなのだろうな。ビルゲイツだって、マクドナルドでクーポンを使うんだから。
100万円修行をするには、家賃や公共料金の支払い全てで支払方法を変更する手続きが必要になる。それをしてなお、100万円に届かない可能性もある。冒頭に述べたように、毎月のクレジット支払い額は8万円~9万円程度だからだ。修行のために金を浪費しては本末転倒だ。
ちなみに、SBI証券のクレカ積立は修行の対象外だ。クレカ積立が修行の対象だったらよかったのに。
Amazonギフト券を購入して年間の支出額を無理やり100万円までに引き上げる方法もある。しかし、前述の通りAmazonギフト券は福利厚生倶楽部で購入(クレカ支払い不可能)しているので、そのメリットがなくなってしまう。また、Amazonでの買い物額は安定しておらず、家電やPCなど高額の買い物をすれば年間で10万円を軽く超えることもあるが、そうでなかった昨年は5万円にとどまっている。食料品などでAmazonで取り扱っている商品の改悪があれば近所のスーパーでの購入にシフトすることも多く、2023年はさらに買い物額が減ることも考えられる。Amazonギフト券の使用期限は10年だが、修行のために何年もAmazonギフト券を購入し続けていたらギフト券消費のために買い物という、これまた本末転倒な事態に陥る可能性もある。
さらに、修行に失敗したら0.5%という低い還元率に甘んじるだけでなく、年会費5500円を負うことになる。
以上により、私にとって100万円修行はリスクが高いので、三井住友ゴールドカードは採用しない。
採用するのは三井住友カード(ノーマル)であり、クレカ積立のみに利用する。
ただし、将来の私の支出状況の変更によっては、ゴールドカード導入は十分にあり得る。
他にも、各種クレカや証券会社のサービス変更によっては、その都度柔軟に対応していく予定である。
いろいろと調べて長々と文章を書いたが、結果的にやるのはこれだけだ。得するのは、来年以降に年間で3000円だけ。今年稼げる額はもっと少ない。調査とこの文章の執筆に10時間近くかけたが損したとは思っていない。労力の割に稼ぎは少ないが、最新のポイ活(ポイント活動)情報を得られたからだ。
参考
https://honeshabri.hatenablog.com/entry/poikatsu
金持ちであるほど、みみっちく金を稼ぐことが好きなように思える。ポイ活以外でも、NISA・iDeCo・ふるさと納税はその典型的な例だ。たとえ少額でも、金持ちは金を確実に稼いでいるから金持ちなのだろう。一方で、貧乏人は着実に稼げることを軽視してギャンブルを好む。パチンコ・競馬・宝くじなどの公営ギャンブルはその典型例だ。
投資においても差は顕著であり、金持ちはS&P500連動などの着実なインデックスファンドを積立投資して、ドルコスト平均法によりリスクを小さくしている。積極的に金を稼ぐことよりも、インフレリスクに対処することを目的にしている。一方で貧乏人は、FXやビットコインなどギャンブル的な商品を好む。株式投資でも、テンバガーを夢見たり短期的な取引を繰り返したりとギャンブル的な運用をしている。
貧乏人は一発逆転を夢見ている。金持ちは一発逆転など夢見ずに、着実に稼げる金を積み重ねている。貧乏人と金持ちの差が広がるのも当然のことだろう。前述したが、ビルゲイツはマクドナルドでクーポンを使っているのだ。
もう一つ私に持論がある。それは、貧乏人は情報収集と判断が遅いということだ。例を挙げると2万円分のマイナポイントだ。今年2月の期限間際にマイナポイントを求めて役所に群がったのは貧乏人であることに間違いないだろう。金持ちは早々にマイナポイントをもらうか、もらわないにしてもすぐに決断して、期限間際であわてることなどなかっただろう。
その観点で言うと、私のクレカ積立をするという判断は、まさしく貧乏人相応のものだろう。SBI証券のクレカ積立は2021年6月30日に開始したからだ。あまりにも判断が遅すぎる。クレカ積立という制度があることは前々から知っていたが、対象のクレカをもっていないことと還元率があまり高くないことで深く調べることを放棄してしまったのだ。来年に新NISAが始まり投資額も増やせるようになるからどうしようかと考えたときに、ようやくクレカ積立を思い出して今に至るというわけだ。理由を述べたとて判断が遅くなったことには変わりないので、自身への戒めのためにあえて恥をさらす。
私は金持ちになるつもりはない。稼ぎは今のままで十分だからだ。しかしながら、情弱で判断の遅い貧乏人にもなりたくない。私は情弱ではないと漠然と思いながら生きていたが、この投稿内容をまとめるうちにその自信はなくなってきた。私が漠然と持っていた知識が少なかったり古かったり間違ってたりしていたことを自覚したからだ。ソクラテスの「無知の知」ではないが、情弱は情弱であることを理解できないのだろう。
情報は一度収集したら終わりではなく、常に変化することを改めて自覚した。今現在、私が最新だと思っていることをここにまとめたが、すぐに古くて使えない情報になるだろう。それどころか、古い情報・間違った情報をすでに書いているのかもしれない。指摘や批判もあるかもしれないが(無かったとしても、個人的な備忘録だからそれはそれでよし)、それが自分自身の知識向上になったり今後の金(ポイント)儲けにつながるだろうから、その期待も込めて拙い文章だが投稿することにする。
日常的にマンガを読む人は感じないだろうけど、マンガを買うという行為は結構ハードルが高い。
マンガの単行本というのを今まで買ったことが無かった。いや、AKIRAは買ったが大分前だ。
一方、無料で公開されてるWEBマンガは結構読んでいて漫画太郎や『アンテン様の腹の中』とか、漫画家の病気体験記とか楽しく読ませてもらっていた。
そこで虚構新聞を見るたびに広告が出て気になっていた『無能の鷹』のリンクをクリックしてAmazonで買ってみた。
めっちゃおもろいやんけ。美人で身のこなしもさまになっていて如何にも仕事が出来そうな女性社員が実はポンコツで仕事も出来ず仕事の話も出来ずに話にならない。
でもその天然ボケなのに威厳がある立ち振る舞いによってポジティブに勘違いされ組織としての仕事はうまい方に転がるって話だ。
次に以前かなり人気があったブログ「デマこい」の作者が描いたという『女騎士、経理になる。』を注文した。
これ読もうと決意して6年以上経ってるわ。
これも最高に面白かった。昔ネトゲしてた頃、中世ヨーロッパやファンタジーの文脈を勉強していたので話の勘所が判って大変に面白い。
ファンタジーで舞台はどっかの港町なのだが、これは中世~近世を調べた事があればモデルはイタリアの都市国家、フィレンツェ、ジェノバ、ベニスなどと判る。この頃複式簿記が普及し、同時に紙と株式会社、持株会社という資本主義の原型が出来た。そこら辺の歴史(会計史)を教養主義の外連味なくプロットにしている。
同時に度々複式簿記の実践が挿しはさまれるという流れだ。これ青色申告で簿記の勉強してる時に読みたかったぞ。
そんな風にマンガ熱に浮かれだした増田は街の本屋に出かけたのだ。
まず、『無能の鷹』と『女騎士、経理になる。』の続巻がどこにあるのかが判らない。また、ネットでちょっと読んで名前を知っているような本も全く見つからない。
探しているうちにすっかり疲れて何も買わずに店を出てしまった。
次に小さめのブックオフに行ってみた。
すると女戦士の方は見つかった。しかしそれ以外は見つからない。
家に帰ってから考えるに、どうも店が大きいと見つからないが小さいと限定的に見つかるという事のようだ。
それは察するに総当たりで探しているからでは?
という事で次は棚の並びの特徴を捉えることを目標にしてみた。
すると、ダーッと並ぶ棚は集英社や講談社の大出版社の単行本が並び、それが一番の売れ線らしいという事が判った。
そして自分が探しているようなマンガはマイナー、ロングテールに属するものになり、それらは端っこや奥の方に追いやられて陳列されているのだと。
でも待てよ?奥付を見ると『無能の鷹』は講談社刊だ。なんで講談社のところにないのか…。
考えながら棚を観察するとマンガ雑誌の連載の有無で場所が決まっているらしいという事に気が付いた。講談社刊であっても連載物じゃない作品は中小出版社のものと同じ扱いを受けるようだ。世知辛い。
ここまで到達するのに2週間程度を要した。
しかし未だ解明されていないのが、漫画家の病気ルポみたいな実録マンガがどこにあるか?だ。
本屋のマンガコーナーをぐるぐる回り続ける増田氏はやがて棚の下の方に「大判本」というジャンルを見つけた。
普通の単行本より一回り大きいので、高さが違う棚に入っている。
そして下の方にあるという事は売れ行きは良くないという事であろう。本屋によってはこの大判本は柱の影の凹みなどに棚があったりする。
更に気が付いたのは、連載物は巻数が多く、新刊が出てる限りは現役で、棚を占拠し続ける。
だが実録系は単発なので売り切りなのだ。元がマイナーで発行部数が少ない上に、配本があった時しか棚刺しされない。
それが売れたらそれっきりなので本屋で買うのは結構難しいらしい、という事に気が付いた。
ネットで見るとフラットに見えてしまうが実店舗ではヒエラルキーがある。増田が好むのは下層に近い。実録系に至っては一期一会で、偶然見つけた時に確保せねばもう出会いはないのだ。
ここまでに至るのに1ヶ月くらい掛かっている。
最初の右も左も分からずすごすごと敗退した時に比べたら大分成長したが、それでも未だに不如意な感覚はする。
東京に出てきて「中央線の黄色じゃなくてオレンジの電車に乗ればいいんだ」と覚えていたら深夜早朝に黄色電車が無くなって混乱みたいな事が良く起きる。
マンガを買う層と買わない層の間には結構深い溝があり、マンガの売り場は購買スキルがある人間に最適化されていると思われる。
シャバに出てもスーパーでの買い物が出来ずに他の客が買ったものを大量にかごに入れてるニキータになった気分である。
というのも、かなりの速読なので半日で10冊近く読んでしまうのだ。買う時に苦労するものを半日で10冊も減らしてしまうなど勿体なくて気軽に読めない。無くなったら「どのマンガが面白いのか」という新しいミッションエイムに立ち向かう事になるのだ。
傾聴これすごく大事、分かる。
その通り実践しようとして相手の話をよく聞いたけど、やっぱり相手が何言ってるのか、咄嗟にわからなかった。どうしてかというと、相手が英語における目的格を省略もしくは後ろへ倒置してて、そもそも何の話をしているのか分からない…からである。
他の人はそういう省略や倒置があっても、感覚で理解できているみたいだが、私には出来なかったから、「それって○○ってことですか?」と訊いたら、「ちげーよバカ」だの「ハァ?なに当たり前のこと聞いてんの?」みたいな態度をとってきてほんとムカつく。お前の話し方がヘタクソだからフォローしてるんだろうが、下手糞。
首題のとおり。
知人になんて話せない悩み、葛藤、苦しみをこの場を借りて吐露させていただきたく。
皆さんご存知大規模新興宗教の創◯じゃない方(統一うんたらでもないしオウム関連でもない)の信者家庭の二世として生まれた。
外見はごくごく普通の家庭。
都市部に30年ローンで戸建てを購入し、両親共働き二人兄弟の、なんともありがちな家族像という感じ。
物心付いた頃から頻繁に“支部”に連れて行かれ、同年代の子どもたちと一緒に、時には“御法話”を聞いたり、時には遊んだりしていた。
(もちろんそれ以外にも、一般的な習い事をしたりという、一般的な社会的生活も送っている。)
教団では常日頃から人に優しく、人と仲良く、的なことを教わっていたので、子どもながらに離婚することって信者としてどうなのと思った記憶がある。(ちなみにその後しばらくして教祖も離婚した。わけが分からん。)
無論子どもの意思など関係なく両親は離れ離れになり、今でこそもう何とも思わないけれども、当時とても悲しかったことは覚えている。
ただ、幸い何不自由なく有名私大に奨学金無しで通わせてもらい、誰もが知っている大企業に就職することもできた。
両親の離婚はつらかったけど、何不自由ない、寧ろ人並み以上の生活をさせてもらったことにはとても感謝している。
信者、それもいわゆる宗教二世は恐らく特に、世間が思ってる以上に、新興宗教というものが世間から受け入れられないものであるということをよく理解しているし、世間からの差別にも近い視線に恐怖し、あるいは肩身の狭い思いをしている。(と、思う。稀に堂々と周囲に信仰告白をする人もいるけれども、それはかなり信仰度合の高い一部の人だけだと思っている。)
自分は、自分がこの宗教の信者であるということを死ぬまで他の人には話せないし、話すつもりも全くない。
墓場まで持っていく、とはまさにこのことだと思う。
しかし一方で、この宗教の“教え”については、そんなに間違っていないと思うし、自分の価値観のオリジンとなっていることは認めざるを得ない。
教義としては「愛・知・反省・発展」という4つの要素を常に実践せよということを教え込まれたが、それ自体はまったくもって正しいことだと思うし、そのためか、教団の信者さんたちは皆、優しく、誠実で正直な人ばかりだった。
世間一般的な水準に照らし合わせると、皆がいわゆるいい人だった。
手前味噌ではあるが、自分自身もその要素をある程度は持ち合わせた人間に育ったと思っている。
つまり何が言いたいかというと、信仰のことは一生教団以外の人にカミングアウトすることはできないが、一方で教団を悪く思っているかというと、必ずしもそうではない、ということ。
神の存在(それが教祖かどうかはさておき)や輪廻転生は信じているし、誰も見ていなくとも善い行いを重ねることで死後天国に戻れる、ということも信じている。
かといって教団に積極的にコミットしたいわけでもないので、社会人になってからは教団とはだいぶ疎遠になっているし、いわゆるお布施も直近数年は全くしていない。
でもこんなだから、信者以外の人とは結婚は難しいし(相手方に迷惑をかけるのではないかと思ってしまう)、かといって信者とは結婚したくない。
この先もできる見込みなどない。
自己責任論を突き詰めた結果、自己肯定感が皆無(寧ろマイナス)で奥手な人間が出来上がってしまった。
人生詰んでいる。
いい大学出ていい企業に勤めても、宗教二世という事実が全てを差し引く。
この先何を糧に生きていけばいいのだろうか。
先行きが見えない。
最近教祖様の実子が次々と破門され、しかも教祖様は二回り以上も年下の女性と再婚してたし、教団も組織としてはきな臭くなってきてしまったので、ここいらが潮時なのだろうか。
(ちなみにYouTuberをやっている長男も、破門前はノリノリで教団の映画とか音楽とかやっていたので、破門後の諸言動もあまり信用していない。)
この先どのように自分の人生を全うしていくのか、真剣に再考しなければいけない。
いやまあ正直、厳密にはそうなんだけど、
じゃあ実際にそれが今の邦画で実現できてるか?って考えると、「できてない」んだよね。
「試行錯誤すれば」の、
こういうの、昔は「役者たちが自分で」できてたことなんだけど、今の役者はできなくなってる。
だから、衣装係がやらなければいけないんだけど、今の衣装係にも、その知識がない。
さらに、どこの現場でも「(浪人ですらも)着崩れていないこと」が当たり前になっている。
今の時代劇じゃ、安いTVみたいなペカペカした着こなしが普通になっている。
そんな状況で「わざわざ」着崩れさせるリアリティを入れるためには、
監督なり「上の権限がある人間が、気合を入れて指揮してやらないと」いけなくなっている。
けど、そんな面倒くさい(時間がかかる=金がかかる)ことは、できない。
「衣装係」を勉強に行かせるところから金を払わないといけない。
ただでさえ時代劇はセットなどの大道具に金はかかるし、時代考証だの専門的な部分が多くて、
まあとにかく面倒くさい、金がかかる部分が多すぎる。
だから、
結果的に、簡単なノウハウがロストテクノロジー化する、という話。
「そんなわけねえだろ」と思ったのもわかるが、
もうすでに、「そんな惨状」に時代劇は陥ってるんですよ、という話でもある。
「そんなわけねえだろ」が現実。
顔だけはドーランで汚してるけど、全然「浪人に見えない」学芸会みたいなルックの時代劇になるのは、
こういう原因が100万個くらいあるわけよ。
もちろん、
そういう着崩しなりなんなりが「できてる時代劇」だってちゃんとある。
今の映画撮影は「一回の撮影で、現場自体が解体されてしまう」。
せっかくそこで培った技術も、「その場限り」で終わってしまう。
次の現場で監督やプロデューサーから「そんなことしてる余裕ないから」と言われたら、それでおしまい。
現場が知識をもっていても「そんな面倒くさい事いいじゃーん」となる。
こういう状況なわけ。
https://togetter.com/li/2129165
「スープストックトーキョーが離乳食の無料提供を発表し子供嫌いな人から批判殺到!『最悪』『うるさくなる』『一人客を無視してる』 ⇨しかし批判者の正体がキツいと話題に…」ってまとめ
でも実際に見てみると、殆どの声はただ単に「もう行かない」「行くのやめます」という意思表示であって
スープストックトーキョーに対してやめろとか、ましてや脅迫するような文言は特にないじゃん
これってまさに「嫌なら行くな」の実践だよね?
「嬉しいです」の意見と同様に、「悲しいです」「もう行きません」という意見だって尊重されるべきなんじゃないの?
……で、こういうふうにあの手この手で『子連れに優しい社会』を実現し、独身女性の意見を封じようとすると、多分生まれる子供の数は増えるどころかますます減ると思うよ?
何故なら生まれる子供の半分は女の子であり、彼女達の未来は独身女性だからです
独身女性にとって生き辛い世の中では、まともな考えの人間は安心して子供を産もうなどとは到底思えないからです
子供の未来などは全く考えず、今現在の子育てママである自分達だけが優遇されればそれで良いと考える…そういう人達ばかりではないのだから。
https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/about/president/b_message2023_03.html
このテキストしか読んでおらず、聞いたり動画を見たりはしていない。この人も今回初めて知った。
今の学生、特に今東大を合格した人に対するスピーチとしては出来が良くないと思う。前の千鶴子の方が今読んでもだいぶインプレッシブで、メッセージ性も強い。
以下実践してること。イライラはするが、外に出してしまう頻度は減ったと思ってる。
・メールやチャットなど文字に残るコミュニケーションでは目下であっても敬語もしくは丁寧語を使う。
最近明らかに20代の頃と比較して、自分が怒りっぽくなっているのを感じる。
社内外の協議等で、相手が真意をついていない発言や、自分の立場のみ主張する人と相対すると、
なぜきちんとした思考をしないのか、適切な発言ができないのかイライラしてしまう。
さすがに怒りをものにぶつけることはないけど、悪態をついたり、冷静なフリをして徹底的にやり込めたりしてしまう。
書き出してみると全然冷静じゃないし、大人がやるようなことでもないな...
それに30代になってとか書いてるけど、もともと生来の気質が先鋭しただけかもしれない
(職務上のボリュームが増えたり、内容が深度化していたり、それに応じて単にストレスが溜まりやすくなっているだけかも)
上記に書いたイライラする点なんて、こちら側でも懇切丁寧に説明したり順序立てて教えてあげればいいだけなんだが、その瞬間は突発的に不快・イライラが先行してしまうんだよな。
(つまり、相手側にうまく話が入っていないのは、単にこちら側の落ち度でもある)
誰かアンガーマネジメントのコツだったり、実践的な解説が記述されている良本を教えてくれないか。
よく頑張ったな。体重93kgでやべぇって思って糖質制限ダイエットを過激に半年実践して、71kgまで落としたよな。すごいよ、後にも先にも、食欲に完全なる抵抗を示せたのはその時だけだ。本当に偉い。
で、少しずつリバウンドしたとはいえ、76kgくらいでキープできてたよな、頑張ったよ。
でもな、2年後にコロナとかいうぼっちのお前には最高のイベントが来る、出社しなくてよくなる。
これまで会社でも自宅でも仕事したおしてて、自宅を最高の仕事環境に仕立ててたお前は「時代が来た」と思うんだ。
仕事が大変なのは変わらないけど「え?」っていうくらい給料上がるから、お前はもっと頑張ろうってなるんだ。
で、体重は103kgに至る。103kgだぞ。お相撲さんだぞ?立ったまま靴紐を結べないからな?なんでかわかるか?お腹が邪魔で手が届くところまで足が上がらないんだ。鶴みたいな体勢をとろうとしたら「無理!」ってなってこけるんだ。すごいだろ?
だからな、今から俺がお前に言えることはひとつだけだ。自炊しろ。
2年後にはお店の料理をお店と大差ない金額で自宅で食べられるようなサービスが出てくるから、その前に自炊をマスターしろ。
マスターといってもお前は今まで自炊でうまくいったことないよな。知ってる。そうなんだ、5年後のお前も立派に自炊できてるとは言い難い。
でもな、自炊してるっぽさを出すことはできるんだよ。美味しいものが食べたかったら外食しろ。それ以外のときは玄米と味噌汁だけにしろ。
まずはスーパーでジャガイモ、タマネギ、長ネギ、ナス、鶏肉だけを買ってこい。これを適当な大きさに切って、タッパにいれてなくなるまでそれを味噌汁にして食う。
タッパが空になったら追加しろ。これを繰り返せ。意外と飽きない。意外と、飽きないんだ。
人参は買うな、あれ固いし、なんか不自然な甘さある、健康に悪い。キャベツも買うな、店で食うとうまいけど、自分で食うと青臭い、健康に悪い。
野菜は意外と持つ。2週間位はタッパの中で余裕で持つ。
3週間こえてもいけると思うけど、そのときは農家の方に「ごめん」って言いながら捨てろ、でスーパーに走れ。いや、走らなくていい、疲れるから歩け。
これだけで90kg台にはいける。あとは運動だな。これは5年後のお前もまだできてない。1日で疲れちゃう、もういいやって思っちゃう。だから5年後の俺からの通信を待つしかない。早く連絡くれよ、5年後の俺よ。
「水は火に強い」だとか「風は土に強い」だとかだ。
登場人物がゲーム的に世界を解釈しているのは別に嫌いじゃないが、作品がゲーム的な設定を持っているのは好きになれねえ。
本当にゲームの中だというのなら別にいいが、そうではなくその世界はその世界で現実だというのなら違和感がヤバイすぎる。
木火土金水になぞらえていようが西洋の四属性思想になぞらえていようが世界の物理法則にそこまで深く関わるようなもんではないだろ。
まあ確かに陰陽師の世界において五芒星の相克関係によって霊的な力がどうこうしていたというのはあるが、あれも結局は何も起きてない状況にそれっぽい儀式をやってみせるための設定でしかないだろ。
実際に霊的な力が蔓延っているような世界になってしまったら、そんな上っ面の設定は吹き飛んで実践的なものだけが残るはずだ。
別にコレは「個別の状況に対しての有効打の存在」を否定しているわけじゃない。
カビにカビキラーを打ち込むと落としやすくなるのは、そこにゲーム的な相性設定があるのではなく、ある対象に対して効きやすい道具を開発した結果だ。
だがそこに「ゲーム的な倍率」みたいなのが入ってくると完全に無理になってしまう。
騎兵に対して槍兵は5倍のダメージを与えるとか言われても何のリアリティもない。
ゲームにおいて5倍の特攻効果があるものとして計算されているものが、現実にはどのような過程で起きているのかを演出するのが漫画作品や映像作品の役割だろう。
「判定でクリティカルが出たからダメージが倍になった」とゲームで計算されるのは、現実の戦闘においても「当たりどころが悪くて大きなダメージを受けた」「装甲の隙間に完璧に入ってしまった」といった事が起きているのを簡略化したものだ。
ゲームは多くの場合が現実の簡略化によってシステムを設計しており、「火属性が草属性に2倍ダメージ」というのは、草木に対して炎で焼き払うのが有効であるのをゲーム的に簡略化した結果であり、それぞれのゲーム世界における実際の戦闘においても2倍ダメージが先にあってそれに相応しい演出として草が燃えているのではないはずだ。
そこを理解しているのか怪しい作品が増えてきているように思う。
世界の解釈にゲーミフィケーションを持ち込むのは良いことだし、登場人物がそういった価値観を持つのは現代なキャラクター造形として正しいと思う。
だが、世界を形作る根本原理がゲームそのままであるのが許されるのは、その世界が造物主によってそのように作られた場合のみだ。