はてなキーワード: 劇団とは
ピエール瀧は何を考えているかわからない存在感、クレイジーなこともできて黙っていると只者ではない威圧感がある。
出川哲郎は可愛げ。一方で劇団主催などまともな求心力とリーダーシップもある。
カメラに映らない裏ではある意味真面目さと社交能力があって、カメラの前では養成所などで身につけることができない持って生まれたキャラクターの唯一無二の部分が重用される理由。
正統派の演技スキルやトークスキルが芸能界では新鮮味がなくて軽視されがちというのはわかる。
あと、社交能力自体は良いことだが、社交能力が重視されすぎて今回の紳助ファミリーみたいな騒動になるので線引きが難しいところ。
テレビドラマ「北の国から」や「新選組!」、映画「学校」など、数々の作品で存在感のある役柄を演じて親しまれた俳優の田中邦衛さんが、先月24日、老衰のため亡くなりました。88歳でした。
田中邦衛さんは昭和7年に岐阜県で生まれ、昭和30年、劇団「俳優座」の養成所に入りました。
昭和32年に「純愛物語」で映画デビューし、昭和36年から始まった映画「若大将」シリーズでは加山雄三さん演じる主人公「若大将」のライバル「青大将」の役を演じて、存在感あふれるコミカルな演技で人気を集めました。
その後も、映画化もされた民放の人気ドラマ「若者たち」で両親を亡くした5人きょうだいの長男の役を演じたほか、ヤクザ映画の「網走番外地」シリーズや「仁義なき戦い」シリーズでは、悪役としても存在感を見せるなど、幅広い役柄を演じました。
中でも、昭和56年に始まった民放のドラマ「北の国から」のシリーズでは、北海道富良野市の大自然の中で息子と娘の成長を見守る寡黙な父親の役を20年以上にわたって演じ、温かみのある演技で幅広い年代の視聴者をひきつけました。
また、平成5年に公開された山田洋次監督の映画「学校」では夜間学校に通う中年男性を熱演し、日本アカデミー賞の最優秀助演男優賞を受賞しました。
このほか、平成16年のNHKの大河ドラマ「新選組!」では近藤勇の養父、周斎の役を演じ、平成17年にNHKスペシャルで放送された終戦60年企画のドラマ「象列車がやってきた」では戦時中の動物園で象を守り続けた飼育員を演じました。
平成11年に紫綬褒章、平成18年には旭日小綬章を受章しています。
田中さんは、平成22年に公開された映画「最後の忠臣蔵」に出演し、平成24年に亡くなった俳優の地井武男さんのお別れの会に姿を見せていましたが、その後、俳優活動から遠ざかっていました。
家族によりますと、田中さんは先月24日、老衰のため、家族に見守られながら息を引き取ったということです。
葬儀は家族葬の形ですでに執り行われ、お別れの会などの予定はないということです。
田中邦衛さんの死去について、30代の会社員の男性は「大往生ではないでしょうか。北海道といえば『北の国から』。『北の国から』といえば田中邦衛さんだというイメージです」と話していました。
また、50代の女性は「とても有名な方なので残念です。それほど年をとられていたなんて、知らなかったので驚いています」と話していました。
田中邦衛さんが出演した民放のドラマ「北の国から」を手がけた脚本家の倉本聰さんは「気持ちの中に大きな穴があきましたね。とにかく人間的にも友人的にも無二の人です」と心境を語りました。
また、このドラマでの配役について「さまざまな候補者がいてその中で誰がいちばん情けないんだろうという議論になって、邦さんになった」と明かしたうえで、「ドラマを通じてとても演技が成長していったと思う。彼の芝居は、本人はとても悲劇的なのに端から見ているとなんともおかしくなる。これが彼の神髄だと思う。情けなさの中に詩がある」と評しました。
そして「邦さんは亡くなったけれど、僕の中で、彼が演じた五郎は厳然と富良野で生きています。またあしたスーパーに行くと、『先生』なんて言われて肩をたたかれるような気がします」と田中さんをしのんでいました。
加山雄三さん「今は何もことばにならない」
映画「若大将」シリーズで田中邦衛さんと共演した加山雄三さんは自身のホームページでコメントを発表し「ショックです。邦さんに連絡をとりたくてとりたくて、ずっと気になってて、不思議なことに、2日前若大将のDVDで邦さんの姿を見たばかりだったんだよ。信じられない。今は何もことばにならない。寂しいよ本当に寂しい。邦さん本当にありがとう」とつづりました。
田中邦衛さんが亡くなったことを受けて、田中さんが出演した映画「学校」の山田洋次監督は「田中邦衛さんへ 善良が服を着て歩いているような人だった。一緒にいるだけで楽しい気持ちになるようなすてきな人だった。あんな俳優が、あんな日本人がいたことを誇りに思う」とコメントしています。
田中邦衛さんが亡くなったことを受けて、映画「最後の忠臣蔵」で共演するなど長年親交のあった俳優の役所広司さんは「邦衛さんには大変お世話になりました。ここ数年ずっとお元気なのか気がかりでした。スタッフにもキャストにも愛された、本当にすばらしい俳優さんでした。覚悟はしていましたが、悲しいです。邦さん、お疲れ様でした」というコメントを寄せました。
田中邦衛さんが亡くなったことについて、民放のドラマ「北の国から」の共演者がコメントを発表しました。
息子の役を演じた俳優の吉岡秀隆さんは「いつか、この日が来ることを心のどこかで覚悟しておりました。今は邦衛さんの笑顔しか思い浮かびません。自分の覚悟の小ささとあなたの大きな優しさに涙しかありません」とコメントを寄せました。
また、娘の役を演じた俳優の中嶋朋子さんは「幼い頃から、今まで、何も変わることなく、人として、深く接してくださいました。田中邦衛さんという存在に出会い、見守っていただけたことは、かけがえのない宝ものです。役者として、人として、大切なものをたくさん教えていただきました。本当に本当に感謝でいっぱいです。大好きです。出会う人をみんな幸せにしてしまう少年のように無邪気な笑顔ばかりが胸に浮かびます。天国でも、たくさんの人を幸せにしてくださいね。ありがとうありがとうありがとう」とコメントしています。
さて、今年度の7月に適応障害と診断を受けてから8ヶ月の時間が経ちました。
この8ヶ月の中での変化や、心や気持ち・環境との対峙の仕方などについて書いてみたいと思います。文脈が崩壊したり、段落のつながりが見えなかったりしたら、ごめんなさい。
【読んでくれると嬉しいなーという人】
1、診断の効用と注意点
診断が下ったことで、自身の状態が外部のストレス環境に大きく依存するということがわかりました。環境によって波は大きくなったり小さくなったりしますが、そういった波とうまく付き合っていくための方法を獲得できました。もちろん、まだまだ未獲得だったり、未学習な部分も多いですが。
(これについてはあとで詳しく書きますね)
一度自身の精神的にきつい状態を認めて病院に行き、診断をもらうということは、”病理”の世界に立ち入るということなのだと思います。
そうなったときに、一点不安だったことが、自分のアイデンティティの根っこを「病気」に持っていかれるのではないかということでした。つまり「病気だ」というラベルを自分自身につけて剥がせなくなるということです。これはメリットもデメリットもあることだと思います。
例えば、症状がひどかった当時は、診断書をかばんに入れて持ち歩いたりしていました。おそらく当時を振り返るに、自責傾向の強い自身にとっては、「自分は病気だ」とラベルを貼ることが唯一自分を責めないための手段だったのだろうと思います。「がんばらないと自分の価値がない」という精神的シャカリキさから、「もうがんばらなくてもいいんだ」という気持ちへ、診断を機にやっと切り替えることができた感じですね。診断の力はすごいです。
また、適応障害を機に、調べたり本を読んだりすることで、自分の認知がかなり歪んでいるということにも気づくことができました。(「認知の歪み」は過去記事にもある通り、去年の7月に「みんな私のことが嫌いなんじゃないか」などの考えのことですが、これは日常のささいな他人の言動を捉えるときにも適応されるので、取り組むことは一定重要な課題だと思います)。これは一朝一夕では解消されないので、なかなか苦労していますが、長期的に改善できるといいなと思います。
③別の病気への移行
適応障害はストレス環境により症状が出てしまうという一過性のものなので、ストレス環境から身を離せば、症状がなくなります。ただし、うつ病(恒常的な)だったり双極性障害にも移行するということもあり、ちょこっと注意しなきゃいけないな…と思っています。
この移行は、診断をきっかけに起こることなのかわからないですし、ごく個人的な所感なのですが。あまりに病識が強くなりすぎた場合に、「ほかの病気のこの側面も自分の状態にあてはまるんじゃないか…」と強く思いすぎることにより、自分の不安定な状態を強化していく…というサイクルに入るんじゃないかなと思います。ここについては、ちょっと個人的に思うところもあるので、また別の記事に機会を見てまとめます。
2、波とうまく付き合うためのあれこれ
①感情を記録する
「muute」というアプリを用いて感情とその日にあった出来事を記録しています。記録することでよかったことはまだよくわからないけれども、2ヶ月くらいやってみた所感として「気分がいい時には記録つけない」「気分が落ちすぎていても記録つけられない」ということ、軽くしんどい時には記録を取れます。記録を見返すことで、「何がきっかけで落ちることが多いのか」を把握することができます。あと、アプリのデザインがかわいい。そして、毎週AIからの「ニュースレター」が届くのが嬉しい。
もうちょっと重めの出来事を整理するのために「認知行動療法アプリ」というアプリを入れています。これは割とがっつりと書かなきゃいけなかったり、アプリのデザインもあんまりかわいくなかったりするので、個人的には使いにくいなーと思うんですが、ちゃんとやれるならよいと思う。私は一度だけ、先月末に仕事であった出来事を振り返るために使いましたが、頓挫しました。認知行動療法を一人でやりきるのは、結構エネルギーがいるので、信頼できる人と一緒にやれるといいかもです。だれか一緒にやろう。
②依存先について
どっかの大学の熊谷先生は「依存先を増やせ」ということを常々から言っていますが、その通りです。依存できる場所は分散し、相談の内容もそれぞれに分けられると超ベスト。これは相手のためでもあるし、自分のためでもあります。
ざっとあげると、「母親」「病院」「社内の相談窓口(キャリアセンター、こころの相談センターなど)」「仕事の同僚」「退職した元同僚」「パートナー」「知人」「元劇団の人たち」などかな。大学とか会社とかなんらかの組織に属している人は、組織のリソースはガンガン使った方がいいです。これ読んでいる人に学生さんがいたら、とりあえず健康センターとか保健室とか、なんでもいいから、お茶しばきに行く感覚で軽めのノリで一度はいっとくことをおすすめします。相談のハードルを元気なときに下げておくことも大事です。
個人的な話に戻ると、最近は友人との接触頻度を増やすことに意識を向けています。例えば、「ゲームやるだけの仲間」に入れてもらったり、過去の大学の友人に気軽に話せる場(「mocri」というアプリ)を持ったり、「〇〇の会」と称してエネルギーのある時には知人を家に呼んだりしています(例、「私たちのためのバレンタインの会」など)。対面で会うのは結構エネルギーいるから、そのときにはオンラインの手段もまぜこぜにしながら、ぼちぼちね。
あと、予定の管理がなかなかできないので(当日体調が悪くなったり、コンディションが悪くなるということが結構ある)、気の知れた人には「波が読めないので、当日連絡するか、遊びをやってることだけ教えてもらえたら当日調子がよければ行く」というふうに事情をつけて話しています。
③過敏さとの向き合い方
今「HSP」なんて言葉が大流行しており、書店での平積みも凄いことになってますが、「過敏さといかに向き合うか」という命題は、特性によりけりでしょうが、「すぐ疲れちゃう」と感じている方にとっては、とても大事です。情報の取り込みすぎは、疲れちゃうから制限しながらね。私の方法を載せておきます。
【音】
音への過敏傾向のために「耳栓」はマストです。トイレやキッチンの換気扇や冷蔵庫の「ブォーン」という音が気になった時には情報取り込みすぎのサインだと思っています。
最近耳栓が役に立ったのは、水族館のイルカショーに行った時でした。意図せずスピーカーの真ん前に席を陣取ってしまい、生の音に触れた時には頭が割れるかと思ったので、よいしょとつけました、危機回避成功。あとは最近は電車ですね、地下鉄とJR快速は要注意。窓が開いていて大変に脳みそに音が突き刺さってくるのでイヤホンもしくは耳栓マストです。
【光】
これは入社当時から苦労していたのですが、白熱電球が大の苦手でして。白熱電球の下にいるだけで、パフォーマンスが低下することがわかっています。だから、なるべく太陽光を取り込んだり、廊下の光だけで部屋の中は電気を消したりと、いろいろ工夫をしています。前の教室とかだと「電気ついてるけど消そうか?」とか「窓のある部屋がいいですよね」とか、スタッフみんなが配慮してくれました。感覚はひとそれぞれだから、しんどいときにはちゃんと言えることが大事です。ちょっと勇気いるけど。
【睡眠】
ストレスサインとして「悪夢」と「途中覚醒」は念頭に入れておいています。キャパシティを超えるストレスを受けた時って、交感神経優位な状態で睡眠に入ってしまうことが多いので。交感神経鎮めてから入眠する(お風呂に入ったり、湯たんぽ使う)などがベストですが、極度に疲労しているとそれもできにくいと思うので、お薬の相談もできるといいかなと思っています。自分はまだ眠剤は使用していないですが、場合によっては。
【教えて】
スマホとの距離感は、今試行錯誤です。依存気味なので、いい方法あったら知りたいです。
【その他】
鬱の状態のときの衝動性は怖いなとも思うんですが、早く通り過ぎるものに吸い込まれるってのは、本当にあるのね。だから「ホームの端っこにはいかない」「赤信号の時には道路のキワに立たない」ことは普段から意識をしたいものだなって思います。
3、最後に
新年度が始まり、社会人4年目になる4月に向けて、近況報告がてら書いてみたいという思いで書き始めましたが、波と付き合うための手立てやアウトプットできることがなかなか増えていて、自分でも感心しました。
こないだ見た映画で「いいなあ、君は私とは別れられるけど、私は私とは別れられないんだよ」というセリフがあって、「あーその通りだなー」ってぼんやりと思ったんですよね。そうそう、別れられないなら仲良くする方法を探すしかないのです。死ぬ勇気もないので生きるしかないんですが、穏やかに生きられるための方法や環境をゆるゆる作っていきたいものです。
その作品は女性ファンが大半を占め、気を使ってか原作や舞台は女性を起用してこなかった。
ハイトーンボイスのキャラクターも子供も男性が演じていた(一部アニメ除く)
しかし昨年、元某劇団の女性役者さんが舞台にキャスティングされたのである。
某劇団は女性ファンが多く、実力もあるため納得の起用だと言える。
私は某劇団を観劇したことはないが、嫌いではない。むしろ好きな部類に入ると思う。
公開されたビジュアルもとても美しく、見栄えのする2 5次元俳優と並んでも遜色ないどころか一番華があったかもしれない(個人の見解です)
また、他メディアミクスの脚本家の方も「なるほど」とインタビューで語っていた。
皆、思い思いに期待していたのがわかる。
残念ながらチケットは取れなかったため、配信で視聴することになった当日。
私は胸を躍らせながらパソコンの前に座っていた。
=====
モニタの中では、大好きなキャラクターたちが喋り、動き、戦っていた。
一時は中止を危ぶまれた舞台だが、どうにか違う形で上演してくださったスタッフ、キャストの皆さまには感謝しかない。
元某劇団の女性役者さんも力のある演技で、たちまち引き込まれてしまった。
美しい。とにかく美しい。
敵側のキャラクターたちの容貌が変わり、激しい戦いが始まった。
和装が洋装に変わり、私はそこで違和感を覚えた。※この物語は歴史物のため登場人物は和装が多い
艶のある女性の声が一変して、身体の芯まで震わせるハスキーな声になったのだ。
凛々しい佇まい
(これはなんなんだ?)
違和感を残したまま終演となった
首を傾げながらネットを彷徨っていたら、ある情報が目に付いた。
なるほど。
そういうことかと理解した。
ラストの衣裳は、まるで某劇団の男性役ようだったのだ。そしてハスキーな声。
演出家の方にそう指導されたのかもしれない。これがいいのだと皆が思ったのかもしれない。
けれど私は、和装のまま、芯の強い女性でいてほしかった。※原作では和装で登場する
一年近くずっとモヤモヤとしていたが、次の舞台でまた元某劇団の方からキャスティングされたと聞いて自分の中で整理しようとこれを書いている。
今度の方も実力があり、今もファンが多いというのはネットの情報だが把握している。
きっと素晴らしい舞台にしてくれるだろう。
東京ミュウミュウが、アニメの新作に向けて、ややめんどくさいことになってる。
小清水亜美はナージャがデビュー作だぞ。キタエリだって、さほど経験ないまま主役やってるぞ。
劇団にいたり、子役出身だったり、まあ声優にはよくある経歴だろ。
顔がいいからアイドル売り?いや、ブスだったらお前らそれはそれで叩くだろ。
そもそも、旧アニメのエンディングは声優が歌ってただろ。カリカリ歯応え欲しいし〜♪って歌ってたの声優だぞ。キャラソンもあったし。
忘れられないように 定期的に話題提供したくて、このタイミングでCD発売の話が出たのは失敗だったな。
プロジェクトの動き出しが早すぎた感はあるけど、セーラームーン Crystalの柳の下のドジョウを狙ってるんだろうよ。
声優が発表になったとき、うさぎ以外の声優刷新は賛否を巻き起こしたが、今となっては 気にならないな。自分が過去のキャストにそんなに思い入れがなかったのかもしれないけれど。
高校生の時分からニコニコ動画にハマっている。ようつべよりもニコニコが好きだ。アニメが多いことと、ゲーム実況の存在が大きい。アル中カラカラも好きだ。
やはりコメント機能だろうか。あれがようつべとの最大の違いだと思う。画質も速度もサイトデザインもようつべの圧勝なんだけど、それでもあのコメント機能ひとつで、俺の中ではニコ動はようつべを凌駕する。
去年の春から社会人になったんだけど、動画の視聴スタイルがわからなくなった。
学生時代は、適当に時間のある時に見てればよかったんだけど、社会人になると、夜更かしで翌日の仕事に差し支えるリスクがある。特に、酒を飲みながら動画を見るので…
だから、土日にまとめて見ようと思ったんだけど、休日をガッツリ削るのはもったいない気がする。本が読めなくなるのが痛い。あとは酒だ。酒が好きなので、ニコ動を見ながらだと、ウイスキーか焼酎を1本は空けてしまう。健康的にヤバい感じがする。アル中カラカラの次元には到底及ばないが…。
アニメやゲーム実況を見ているとあっという間に時間が過ぎていく。マジで時間がもったいないなと思うこともあるが、今の俺にはこれが一番面白い。飽きるまで続けていきたい思いがある。
増田の先輩方は、ニコ動やようつべを見る時はどういう視聴スタイルなのだろうか。ぜひ教えてほしい。
本題とは関係ないが、最後に、個人的に面白いと感じたゲーム実況動画をいくつか載せる。
できるだけ昔の年代のやつを選んだ。後で気が付いたけど、こっちがメインみたいになってしまった...
1. 【FF6】20代後半の叔母さんが頑張ります【実況プレイ】その1
https://www.nicovideo.jp/watch/sm4857589
これがデビュー作なので録音環境もよくなかっただろうに、透き通るような声だ。この後も数作を投稿した後に引退した。今でもたまに見返す。
https://www.nicovideo.jp/watch/sm4565439
ようつべで見たことがあるかもしれない。ドラクエⅥの改造ROMだ。製作者=実況者。この時代の実況プレイは声がないものが多い。
あなたが中高生程度の年齢であれば爆笑間違いなしだ。難点としては、制作途中で作者が社会人になってしまい、投稿ペースが落ちたことだ。ラストの方はネタに苦しんでいたのが見て取れる。
視聴者の期待に応えて最後まで投稿してくれたのは疑いようのない事実だ。
3. 【実況】 クッキングファイター好 part1
https://www.nicovideo.jp/watch/sm20704086
このゲームが作られた当時は、「下から日本一ソフトウェア」だった。どう考えても某ガンダムアニメのパクリであり、訴えられても文句は言えない。
ツッコミどころが満載だ。とにかく見てみようとしか言いようがない。当初は宮助さんの実況をここに挙げようと思っていたが、残念ながら消えていた…。
4. 全員を幸せに導く!!【実況】1日目
https://www.nicovideo.jp/watch/sm22715218
レトルトさんの秀作のひとつ。プレイするのは「Chime」という多視点アドベンチャーゲーム。複数の登場人物を操作し、それぞれのシナリオで設定された小さな目的をクリアしていく。『街』が謎解きアクションゲームになった感じ。
それぞれのキャラは、主に恋愛的な意味で葛藤することが多いのだけど、その時の登場人物の気持ちを、実況者が溢れる感情とともに声に出してくれる。実況者を通じてキャラクターの心が伝わってくる。
ゲーム自体にも地力がある。一流のフリゲといっていい。一気見したくなるタイプの実況作品。
https://www.nicovideo.jp/watch/sm27847819
まかだみあさんの投稿作では、ポケモンとアンダーテールに次いで面白い。
声が聞き取りやすいだけでなく、本人自体が高スペックであり、難しい謎もすいすい解いていく。ニコニコ動画の侮辱的なタグのひとつに「知能縛り」というのがある。頭の冴えない(と視聴者が判断した)投稿者に対して用いられるのだが、彼女にそのような隙はない。謎解きに苦しむことはあっても、それは生産的な失敗だ。
最後にこれを見たのは3年以上前になる。当時、実況プレイ中にマイクから漏れ出る小さな悲鳴に心がぎゅっとなったのを思い出す。賢いうえにめちゃくちゃ優しい女性実況者だった。
6. 【フルボイス】ファイナルファンタジー6.Part1【リメイク版】
https://www.nicovideo.jp/watch/sm7472088
声優学校あるいは劇団の仲間と思われる人達が作った実況作。完結までに6年かかっている。
こういう名作を掘り当てることができるから実況プレイ探しはやめられない。
投稿者が作品作りに打ち込んだ結果として、回を重ねるごとに作品への愛が深まっているのがわかる。※学生ノリが多いので、大人の視聴者にはキツイかもしれない。
ちょい役ではあるが、今でもアニメのテロップに載る人が出演している。
https://www.nicovideo.jp/watch/sm27760539
稲葉百万鉄さんの最高傑作だ。騙されたと思って見てほしい。運がよければあなたの生きがいのひとつになるかもしれない。
実況者のキャラクターへの愛が伝わってきて、そのうえで電子データに過ぎないキャラクターが実況者に応えている。こんな作品は今までに見たことがない。
劇団雌猫が嫌い。
TwitterでRTが回ってきて、「浪費」っていうテーマが面白そうだと思って通販で買った。
読んだら面白かった。
私もオタクで、そしてめちゃくちゃ浪費している。
読んでて、わかる!!という事ばかりだった。
「悪友」はその後も別のテーマで刊行されて、なんとなく買って面白く読んでいた。
劇団雌猫の活動の時系列はよく把握してないし、最近は知らないけど、「悪友」がいつの間にかすごく話題になってて、同人誌だったのが商業出版されて、その本が売れて、イベントとかもやって、漫画化もして、ドラマ化もしたのは知ってる。
私も途中までは追ってた。オタクの女の事が書かれていて、わかる!!と思いながら読んでた。
私は劇団雌猫が嫌いなんだなってはっきり自覚したのは、「一生楽しく浪費するためのお金の話」って本を読んだ時だと思う。
「一生楽しく浪費するためのお金の話」はオタク活動で浪費しつつ将来のためにお金も貯めましょうみたいな本。
知らねーよと思った。
お金貯めてる余裕なんかない。お金貯めてたらオタク活動できない。お金貯められるようならオタクなんてやってない。
浪費がテーマの本出してたくせに、何手の平返してんの?と思った。
劇団雌猫のアンチスレみたいなのがあって、そこを見るようになった。
他にも色々見る内に、劇団雌猫の人達はみんな高学歴で派手な職業でお金持ちで恵まれた人なんだって知った。
私は学歴なんかない。
家が貧乏で大学に行けなかったし、頭も良くないから奨学金借りて大学行こうとかいう気持ちもなかった。
田舎で高卒で小さい会社に就職して、誰でもできるような仕事やってる。
それでもオタクをやるのは楽しくて、イベントのある時は東京に遠征して、Twitterでできたオタク友達とも楽しくやってた。
でも劇団雌猫の人達を見てたら、自分がすごくみすぼらしく思えた。自分って底辺なんだなって思った。
私は高卒だし、投資できるような頭も余裕もないし、デパコスなんか買えないし、ギリギリで生活しながらオタクやってる。
劇団雌猫の本を絶賛する人達は皆高学歴で投資ができる余裕があってデパコスも買えるんだろうな。
生きる世界が違う。
同じ女のオタクなのに。
好きな漫画を買って、同人誌を買って、アニメのDVDを買って、安い服とプチプラコスメ買ってたら貯金なんかできない。
このまま生きていったら、別に好きでもない人と結婚してこの田舎で専業主婦になるか、最近流行りの子供部屋おばさんとして一生を終えるんだろう。貯金は全然してないし、家は貧乏だから、将来はもしかしたら生活保護になるかもしれない。
どのコースでも劇団雌猫の人達と、劇団雌猫を絶賛する人達と比べたら底辺の人生だ。
高校の時に必死で勉強して奨学金貰って、劇団雌猫の人達が卒業したような大学に行けばよかったの?
そうしたら私も「一生楽しく浪費するために投資する!」とか言えたの?
結局、最初に買った「浪費」の同人誌も「私達、こんなに浪費しててヤバイでしょ(笑)」みたいなものだったんだな。カッコ笑いがついてるの。「こんなに浪費しててヤバイけど一流大学出てるし仕事も充実してるし同人誌が商業化して大ヒットしたし漫画化もドラマ化もしたし、すごいでしょ」って言い換えろ。
私みたいな学歴もなくて貧乏でつまんない仕事してて将来もないオタクは存在しないのと同じなんだろうな。
劇団雌猫が本当に嫌い。
ご贔屓、いわゆる推しもいる。
私は地方民なので、観劇の際は兵庫県の大劇場か、若しくは東京日比谷の東京宝塚劇場のいずれか、若しくは別箱、と言われる梅田芸術劇場や東京フォーラムといったホールに「遠征」する。遠征、つまり、宿泊を伴う移動だ。いずれにせよ、新幹線や飛行機を使わずに行ける距離に私の現場はない。
2020年、世界を未曾有の脅威が襲い、私は一切の観劇遠征を諦めざるを得なくなった。もちろんそれは私だけではない、遠征民と呼ばれる地方在住のヅカファンの多く(全部とは言わない)がそれを余儀なくされた。(中止となった公演もあり、それについてはチケットを持っていた者全員が涙を飲んだ。もちろん、それは劇団側もそうだろう)
春ごろには、夏くらい、遅くとも秋くらいには落ち着いてくれるかな?と、コロナのせいで中止になった公演が、劇団の不断の努力で次々とリスケされていく中で、この公演には行けるだろうか、この公演には絶対行きたい…などと、頭の中で叶わぬ予定を立てたりしていた。
状況は決して好転してはいなかったが、なんとか、ぎりぎり、行けるか…?という兆しがあった2020年11月末。私は、年内は我慢しよう、ここまで我慢したのだから、とにかく今年は我慢だ、そうすれば、2月くらいなら、状況ももっと落ち着いて、ご贔屓様の舞台も見られるはず!そう考え、チケットと宿、交通機関の手配に勤しんだ。ワクワクしていた。1年半ぶりの観劇遠征だ。1月ならGOTOとやらいう恩恵(結局私は使えなかったが)があるが、そんなもん関係ない、2月の観劇遠征に向けて、心は既に関西へ飛んでいた。
私は、いわゆるエッセンシャルワーカーの一端であるため、長距離の移動を伴う遠征は避けねばならないと自重していた。私が感染するわけにはいかなし、無症状の感染でウイルスを媒介することなど絶対にあってはならない。もしそうなったら、私の職場は完全アウトだ。だから遠征をあきらめ、日々感染のリスクに怯えながらも出来る限りの予防策をこうじて仕事を続けていた。
友人とも会えない、外食もカラオケも映画も行けない(鬼滅のムビチケは公開前から買っていたけどもう使うことはできないまま公開終了しそうだ)、帰省もできない、ただただ職場とアパートを往復し、休みの日もスーパー以外は一歩も外に出ず、タカラヅカスカイステージという有料のタカラヅカ専門チャンネルを同居人に遠慮しながらも視聴し、オンラインで購入したブルーレイが届いて喜んだのもつかの間、同居人に「それ宝塚からの荷物でしょ、消毒して」と言われ自分でも驚くほどの心の痛手を負ったりしながらも、黙って、ただただ我慢の日々を過ごした。
夏、秋、と徐々に再開されてきた公演を、配信で視聴しながら、それを観劇してそのレポを嬉しそうにテンション高くあげているツイッターのタイムラインを妬ましく思いながら眺めつつ、もう少し、もう少し我慢だ、年内我慢すれば、きっと、と唇を噛んで耐えていた。
のに。
なんでこんなことに。
私、ものすごく我慢した。お医者さんも頑張ってる。看護師さんも保健師さんも、ものすごい数の人たちが、疲弊しながら頑張っている。
なのになんで。
なんでこんなことに。
ものすごい数の人たちが頑張って、私も含めてものすごい数の人たちが我慢を続けている。
のに。ねえなんで?
政治がどうの、ウイルスの性質がどうの、わかる。そこから目を逸らすつもりはない。正常性バイアスに陥らないように、注意深く、今も、感染予防に努めながら歯を食いしばり続けているよ、私は。そしてものすごい数の人が。
なのに。
ツイッターのタイムラインを眺めると、今日も楽しそうに観劇のレポツイしている人たちがたくさんいる。あのシーンのここがよかった、とか、ここのダンスが最高だった、とか、私のご贔屓様のことも、きれいだった、かっこよかった、etc…
私と同じ地方民であり感染拡大地域に住んでいるにも関わらず、「悩んだけどもう無理!行く!気をつけるし大丈夫だと思う」と観劇遠征している友人からも、「観るべき!贔屓ちゃん最高だよ、なんで行かないの?私あと二回観るわ」というメッセージが来る。
それが悪いとは思っていない。なぜなら、エンタメの世界は瀕死の状態だからだ。公演中止が続けば、利益が出ずに「劇団」などすぐに潰れる。現に潰れた劇団は既に枚挙にいとまがない。宝塚歌劇は、バックが大企業だからまだ持ちこたえているというだけで、106年の歴史が終了することも、この状況ではもしかしたらあるやも知れない。そうならないためには、劇団が存続し続けるためには、今、観劇してくれる人たちが必要なのだ。今観劇できない私のような者が、いつか観劇できる日まで、劇団を存続させてくれるのは、今観劇しているファンたちなのだ。
それは、そのことは、痛いほどに、分かりすぎるほどに、理解してる。
でも。
それでも、どうしても、思わないではいられない。
こんなに何回も何回も観劇できている人が、現にここに(SNSの中に)存在しているのに、どうして私はただの1回も観劇できないんだろう…、と。
確保した、1年半ぶりの、たった一枚だけのチケットを、手放した。
私は、泣いていいだろうか。
自分も新幹線のぞみが止まる都市育ちで、20代前半で田舎に配属されてしばらくは辛かったな~1年働いてクルマ買って、3年ぐらいで慣れた。深夜思いつきでドライブして、500円のものを買うのに片道80kmのドライブもラジオや音楽を聞く時間として楽しめた。ちょうどガソリンが激安の時期だったし(リッター85円とか)
10年後に落ち着いたころに、こんどは東京飛ばされて、しばらくは辛かったな~。クルマは持っていったが、使い所が難しい。それでも10年居たら徒歩も電車も自転車も電車も東京でのクルマ活用も慣れた。今では首都高もほとんど迷わない。たぶんだいたいの東京生まれの奴より東京の道には詳しくなった。
仕事帰りにアングラな劇団やアングラなトークライブとかを楽しめるのは東京ならではだな。TVやメディアの中の人にも目の前で会えるしメディアには乗らないディープな話も聞ける。思いつきでフラフラできるのは東京の良さ。首都高は深夜走れば300円の夜景ドライブコースだしな。
んで、また飛ばされたわけだが、故郷を離れた頃は故郷が、田舎を離れた頃は田舎が、東京を離れた頃は東京が懐かしかった。どこも行った最初は辛かったのな。不思議なもんだ。たぶん次もそんな感じで馴染むんだろう。