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2019-09-03

三谷幸喜が好きだった話

かつて私は、三谷幸喜が好きだった。

その飄々としててちょっとネガティブで、でも面白いものを書くことに真剣な、三谷幸喜とその作品が好きだった。

以前はドラマでも映画でも舞台でも、なるべく追いかけていた。

王様のレストラン」のお洒落さとユーモア。「古畑任三郎」のイヤミスブラックさと程良いミステリー感。大河ドラマ新選組!」の熱い青春ストーリー

HR」なども、革新的な挑戦だっただろう。

「恐れを知らぬ川上音二郎一座」は綱渡りのような舞台にずっとハラハラするのに爽やかだった。

「おのれナポレオン」は舞台をフルに生かしていて観客ごとナポレオンの思惑に巻き込まれるような感覚を覚えた。

映画では「ラヂオの時間」が好み。

「ありふれた日々」も単行本を買っていた。DVDも揃えていた。

もっともこれくらいのファンなら、にわかに過ぎないだろうということもわかっている。

ところが、近年の作品になるにつれ「あれ?」と思うことが増えた。

お約束の畳み掛けネタに笑えない。

「この役者さん、前も似たような役で出てたな……」と思う。

どうにも面白くない。退屈で欠伸が出る。

清須会議」は開始15分しないうちに睡眠導入用BGMになった。

真田丸」は「新選組!」に比べて作品から勢いが感じられず、周囲で絶賛されている理由が全くわからなかった。

ちなみに「ギャラクシー街道」は予告から絶望した。もはや語りたくも無い。

私の嗜好が変化したのもあるだろう。

三谷さん自身プライベート生活環境の変化が、作風に影響したという事情もあるかもしれない。

いずれにせよ、大好きだったはずのものが次第に受け付けなくなるのは悲しい。決定的な理由、大きな理由も思い付かないから余計に虚しい。

ただ、最近はいわゆるアンチ意見のほうが納得出来てしまう。

信者も受信者も歳を重ね考え方が変わっていく以上、仕方のないことなのか。

ところが先日、某局で二時間ドラマ枠で「君たちがいて僕がいる」が再放送されていた。

実演販売人を主役に据えた、人情コメディである

なお、若かりし日の渡辺謙石黒賢メインキャスト(この二人が今も第一線で活躍している時点で凄い)。

期待はしていなかったが三谷作品の中では見たことが無かったので一応と思って録画し、暇だった今日の午後に見ることにした。

面白かった。

時間ドラマなのに人は死なず、ミステリーサスペンスもお色気も無い。

もちろん特別予算をかけたようなシーンも無く、舞台の大半は地方商店街駅前で画面は至って地味だ。

ほとんどが渡辺謙の軽妙な実演販売トーク石黒賢の執念めいた奮闘で成り立っている。

ネタバレは避けるが、「衝撃のラスト」なんていう安っぽい展開も無い。

でも、面白いのだ。

テンポの良い会話が疲れた心に心地良い。染み入る人情が胸に刺さる。

くすっと笑った所で、はっとした。

私がかつて三谷作品に求めていた、そして今も求めている、あたたかな笑いがそこにあった。

新作映画の公開に向けてテレビ露出されることも最近また増えたが、私はその度にチャンネルを変える。

三谷さんの「面白さ」がほとんどもうわからいからだ。

作品についても、当人についても。

それでも多分、これからも私は、少なくとも過去三谷作品についてはことあるごとに見続けると思う。

名作は廃れない。

かつて面白いと思ったものは、大抵は変わらず面白い

新作の「記憶にございません!」はどうだろう。

面白い、と思えない可能性が怖くて映画館に行くのを躊躇う映画など、正直私にとっては三谷作品くらいかもしれない。

しかし、「君たちがいて僕がいる」を見たことで少し気持ちが揺らいだ。

……あと10日ほど、迷ってみようかな。

2019-09-02

なにもない

母親は私が中学くらいか適応障害統合失調精神病院入り浸りの薬付け(効いてない)親戚疎遠。

父親は同じ頃借金と女作って逃げて親戚疎遠。

弟は母親のせいで看護学校に行かされて挫折していじけてニート気味。

妹は弟を嫌って疎遠。

実家はないか負債しかない。

私は雑魚公立高校から地元公立大学(努力でなんとかなる勉強はした、青春は無かったし大学でも勉強バイトまみれだったけど。)まで奨学金で行ったか借金まみれで、ニートな弟を引き取って二人暮らし正社員手取り12万程度しかいから返済も50代過ぎまでかかりそうだし大きな昇進もないそれまでない。

両親から身長(成長期の栄養状態も悪いし祖母介護睡眠時間も悪かった)と天然パーマ遺伝し二分脊椎運動も駄目。

ブサイクだし食生活も滅茶苦茶で安い炭水化物で飢えを満たしてたか肥満だし仕事ストレスで片耳も突発性難聴で聞こえないし、胃をやられてるし、高血圧ボロボロ

友人たちは次々結婚したり順調に生きていてどんどん世界が違っていって居辛い。数名はまだ話が出来るけど置いていかれるのは時間問題

異性の多い職場だけど仕事に関わること以外私は存在しないかの如き扱い。仕事多忙だし何かと他部署の人に反発される仕事からそんな暇もないし好感度もないし金の余裕もない。

なにもないわ、人に好かれるための要素が。手牌が。結局、生きるための努力はなんの役にも立たない。

普通に生きることが目標だったのに頑張れば頑張るほど普通が遠ざかって孤独になっていく。始めからすべて間違っていた。まともに生きるために苦労したことなんて他人から評価なんてされない。無駄だった。こんな人生林檎の樹に水をやり続けるなんて無理だ。

2019-09-01

映画「We are little zombies」ってそんなに良いか

 映画「We are little zombies」を8/31ウェブでの無料公開で見た。今も劇場で上映されているにも関わらず、という点は素直にすごいな、と思う。海外で賞を取ったとも聞く。Filmarksを見れば、割と高評価を付けている人が多い……ように見受けられる。だけどあれ、そんなに良かったか

あらすじ ※以下、ネタバレを大いに含みます

 両親を亡くした4人の少年少女ヒカリ、イクコ、タケムラ、イシ)が火葬場で出会いバンドを結成し、社会現象となる。しかし、主人公ヒカリ)の両親が亡くなる原因となったバス運転手ネット特定され、運転手自殺バンド解散し、主人公は親戚に引き取られることに。イクコ、タケムラ、イシらはヒカリを連れ出し、ヒカリの両親が事故で行けなかった草原へと目指す。道中で事故に合い、4人の乗った車が水没する。頭の中で走馬灯が駆け巡るヒカリ。突然「Continue?」という文字が浮かぶも、一度は拒否しかし仲間たちの声もあり「Yes」を選ぶ。するとヒカリの出生シーンが浮かび、気づいたころにはヒカリ事故現場にいた。その後草原へ4人で向かい、平凡な人生いいねとかなんとか言う。念仏が聞こえ、鯨幕の白からズームアウトして終わり。

感想

 大筋だけ抜き出すとそれなりに理解は出来る。というかこういう、理解のない大人や嫌な現実に反抗し、自由を勝ち取るというストーリー青春モノの定石なので、悪くなりようがないのだ。それから映像が斬新というのも分からなくはない。短いカット連続に鮮やかな色彩、独特なショット

 それらを全部ひっくり返すほどに、演出ダサい

セリフ説明しまくる主人公たち

 自分が何を思ってどう動いたかバンドがどうなっただとか、最初から最後まで説明セリフだらけ!映画は、カメラを通じて作り手が見せたいものだけを見せられるメディアだ。だからこそ、言葉で全部喋っちゃ興ざめなんだよ。表情や仕草、寄って撮るか引いて撮るか、背景に美術、何を画面に入れて何を排除するか、言葉だけに頼らず表現しなきゃ「映画」の意味がないんじゃないの。主人公一人称ナレーションたっぷり入れることが効果的に作用する場合もあるだろうが、主人公たちは感情が無く、両親の葬式なのに泣けない(だからゾンビ」)という設定のはず。それなのに(一応「ゾンビ」だから棒読みで!)べらべらしゃべるものから、「俺、中学生だけど正直感情が無くて全てが滑稽に思える」のコピペを思い出す仕上がりである

2019年にこれをやるかという表現

 「さあゲームの始まりです」は流石になかったが、感電して骨が見える、ネット特定シーンでは画面上に書き込みと思しき文字がずらずら表示される、などの古臭い表現がそこかしこに見られる。走馬灯も「Continue?」も差しまれる出生シーンも……4人が逃げ込んだ先はラブホテル了解です!ちなみに、主人公ゲームボーイを持っている理由は一応明かされてはいるが、イクコ役の中島セナに(iPhoneでもデジカメでもなく)フィルムカメラを持たせているところから見るに、ちょっとレトロな感じよくない?ぐらいじゃないかと疑ってしまう。街中で若者スケートボードをやっている場面も、有り体に言やPOPEYE感を演出するだけ。こういうのを削除したら90分ぐらいのソリッドなものに仕上がると思うのですが。本筋には関係ないものの、正直かなり冷める。

地域格差ステレオタイプ

 ここがかなり嫌だった。主人公ヒカリはおそらく東京まれ東京在住(東京タワーらしきものが見えることから分かる)の中流家庭であるのに対し、がめつく、金をむしり取る親戚は関西弁である。これをステレオタイプと言わずしてなんと呼ぼうか。他にも、葬式の場で主人公に「感情が無いの?」と泣くよう迫る親戚の女性福島在住だし、主人公の両親が巻き込まれ事故の原因であるバス運転手広島出身であるという描写がある。それだけではない。タケムラの父親は、工場経営しており、貧困で、母子に対し暴力をふるう。そして母親を巻き込んで自殺する。イシの両親は中華料理屋を営んでおり、イシは太っている。そして実家火災で全焼する。イクコの両親は、イクコに心酔するピアノ教師によって殺害される。そういう設定だと言われればそれまでだ。気にならない人もいるだろう。だが、私はなんだかなあという気がするのだ。ついでに言うと、主人公ヒカリ父親広告会社に勤めており、社内では人気者だそうだ。監督電通の長久允氏であることを鑑みるに、強い電通力(ぢから)を感じる。

肝心の音楽そんなにいいか問題

 主人公たちにバンドを組むよう勧めたホームレスたちの音楽が、見た目通りのヒッピー感溢れるものだったことには思わず笑ってしまったが、それは好みの問題だろうから置いておく。問題主人公たちのバンドだ。エクスペリメンタルビットポップをやるのは、それも好みの問題だろうから(あと一応「ゾンビ」的設定を生かしたのだろうし)置いておく。それの凄さを語る方法が酷い。CHAI菊地成孔を出して、彼らがいかに凄いかを喋らせるのだ。鑑賞中、思わず叫びそうになった。嘘だろ?!観客はそれぞれ好みが違うから楽曲凄さ表現するのはとても難しいということは分かるが、実在するアーティスト言葉説明させるのは一番ダメでしょう。先ほども述べたが、それなら「映画」でやる意味がないのではと感じる。

自己弁護のうざったさ

 「エモいって古い」にはエクスキューズを付けるいやらしさを感じる。さらに、一種夢オチとも取れる結末で〆ているところもあまり好きではない。別に、全て主人公ヒカリ内面の旅であっても悪くはないが、それにしてはこの(法要中の)短い間によくそこまで考えたな!となり、オモシロさが増す。また、自己弁護ではないが、「絶望ダッサ」にはどうも乗り切れない。「僕は感情がないから悲しみなんて感じないんだ平気なんだ(自己防衛)→いや本当は絶望して悲しんでいるんだ(自覚)→でもそんなのダサいから乗り越えていくんだ(そして未来へ……)」なのかな、と好意的解釈するとしても、それは「ダサい」という言葉で乗り越えていくべきものなのか、疑問である抑うつ状態ダサい/ダサくない、という問題じゃないと思うのだが……。

おわりに

 疲れた映像が斬新と述べたが、中島哲也に似ているんじゃないかとも思う。他にも色々言いたいことはあったが、もう止める。だいたい夢オチ可能性がある時点で、全ての指摘は負けなのだ。楽しんでいる人をけなしたいわけではない。良かったという人はそのまま、堂々としていればいいと思う。ただ、私には合わなかった。

子供から申し上げる結婚してはいけない男・女

もう子供と呼べる年齢からずいぶん遠くなってしまったけれど、子供だった自分から、将来の自分、そして結婚するであろう若人に向けてお願いしようと思う。

よくある婚活コンサルみたいな、意表を突いた選択肢を出してバズろうとするものじゃなくて、「そんなのと結婚するくらいなら孤独死したほうが世の為」である

まず男から

暴力を振るう男、大声で怒鳴る男

店員タメ口とか、正直良い奴にも悪い奴にもあってどうしようもない事。それ以上に大事なのは暴力を振るう男、大声で怒鳴る男を選ばない事だ。

DVはまず論外。確実に子供犠牲になる。子供が出来て優しくなった、という例を見たことが無い。

店員暴力を振るったり、大声で怒鳴るのはマジでダメ相手暴力振るって来たり、口説いて来たりしてきたなら別だが、マジでダメ

愛でつながってる彼氏彼女と違って、家族というのは「他人」になる瞬間が増える。

子供がムカついた時、ストレスが溜まった時。それを受けるのは弱者である子供だ。

男に大事なのは論理性と冷静さ」である

次は女

嫉妬深い女

男でも嫉妬深い奴はダメだが、基本的に家庭に無関心な奴だったらどうでもいい。

世間一般的に家庭に積極的に関わることの多い人間嫉妬深いとろくなことが無い。

一番最悪なのが、専業主婦orパート自分世界の大部分が「家庭」にある場合

やはり若さというのは男も女もうらやましがることである

そして特に、「若くて楽しい青春」「若くて楽しい恋愛」に関してコンプレックスを持っている、

若しくは30過ぎて社会的需要が無くなってくる(と感じている)女は、その嫉妬を娘、息子にぶつける。

兎に角裏で糸を引いて、つまらない高校に行かせようと、男女関係が無いようにと努力してしまうし

子供はそれに応えようとしてしまう。その糸引きは一生涯続く。

青春の残り香

 私にはかつて、ある趣味があった。頭も身体も使う、青春を賭けた非常にマニアック趣味だった。趣味を通じて多くの知り合いも増え、ちょっとした小遣い稼ぎにもなっていた。私の承認欲求所属欲求競争心も満たしてくれ、アイデンティティでもあった。熱狂的なイベントがあり、仲間がいて挑戦すべき課題があった。あれは本当の「生きがい」であった。

 だが、結局あの趣味から遠ざかってしまった。言い訳としては就職きっかけにして、同好の士バラバラになってしまたこと。それから職場での不適応から鬱になってしまたこと。これはあくまでいい訳なんだ。バラバラになった人たちは、今でも熱心に趣味を続けてその道の第一人者となっている。私にはその熱意はなかった。ただ、自分を救ってくれるはずの趣味も捨ててふさぎ込んでしまたから、あの趣味は色あせていくばかりの青春の思い出になった。

 悲しいかな。今の私に趣味と言えるものはなく、楽しみはアニメを見て感想を書くことと、ボーナスのたびに風俗サイトを見てニヤニヤして計画を立てることくらいだ。あとは、晴れた軽い運動、たまにの外食喫茶店での黙想などという、ほんの薄っぺら幸せミルフィーユのように積み重ねた他愛のないものだ。いまは、こんな生き方もそれなりに悪くないと思っている。あえて言うなら、風俗通いはお金無駄なので辞めたい。もし10年前の私がこの姿を見たら、情熱を失った生き方軽蔑するだろうな。

 先日、数年ぶりに趣味イベントに行った。そこには私と同じように過去の思い出を求めてやってきた亡霊がいた。もう互いに語れる趣味はなく、かつての思い出を語るばかりで、互いの疾患(精神が多い)を心配しあうばかりだった。挙句の果てに、私はかつての仲間に名刺を配って、いい仕事あったら紹介してよって、無粋なことしかすることがなかった。

 久しぶりに仲間に会って楽しかったはずなのに、帰ってきた後ですごく悲しくなった。ああ、どうしたらいいのだろう。どうやって、過去を受け止めて、どうやって生きていったらいいんだろう。わからなくなった。

2019-08-28

韓国暴行事件被害女性を叩くやつ

相手が若くて可愛いくて、露出の多い服着てるカースト上位の女を叩くのは、青春コンプレックス抱えたカースト下位の高学歴男と決まってる。

お前らは一生負け組

2019-08-27

スクールカースト下位の高学歴

高収入になって、カースト上位の若い女セックスするまで劣等感に悩まされる一生

しか青春コンプレックスも抱えてるから、下手するとカースト上位の女子高生セックスするまで苦しみ続ける可能性大。

好きなCM、嫌いなCM

好き

・アゲリシャスキウイ(曲が好きだから

・老後を考えて介護用ベッドを買おうとする老夫婦のやつ(おじさまダンディ)

英雄CMストーリー性と、出てる人大体好きだから

どうでも良い

・はずきるーぺ(飽きた)

ビズリーチ(飽きた)

嫌い

・女々しい男が「守るから!」みたいに言っているCM

厚切りジェイソンが出てるCM(うるさい)

福原愛旦那が話す日本語じゃないCM日本語でやれよ)

消滅都市の一瞬無音になるCMテレビバグってるのかと思ってしまう)

肉じゃがをつくるためにお母さんと電話しているCM(息子:母さんの味にならないよ〜、母:今度はどんな娘なの?が苦手)

ペイペイペイペペイペイ〜(うるさい)

・「2分が美味いんだよ知らないの?」のCM(うるさい)

・アオハル(これが青春っていうのが何故か嫌。黒歴史見せられてる気分)

聲の形”を見て思うこと

私は小学校の時にいじめ主犯格になった事がある。

最初に"聲の形"を見た時に重なる部分が多くて具合が悪くなった。

昨日何度目かの視聴をした。

かなり醜い話と懺悔になるが思うことを書いていく。

なんというか、人間記憶主観的だし恣意的だ。見たいものを見たいようにしか見ていない。

ファクトはあるが、どう見えているかはみんなバラバラだし、昔の事ともなるとファクト自体あやふやになる。

少しぼかして書いていることもある。

***********

私は小学生の時に学級カーストトップグループにいた。

クラスの中でも小柄だったが、テストは毎回100点、頭が切れて口喧嘩が強い、悪ガキで面白い遊びを思いつく。

何やっても要領が良い、どうするのが正解か知っていても大人に媚びるのが大嫌い。

喧嘩っ早くて体格が上だろうと年上だろうと取っ組み合いしてぶっ飛ばされたり怪我しょっちゅうしていた。

自分小学校教員であれば面倒を見たくない存在だった。

私には2つ上の兄と3つ下の弟がいる。お陰で交友関係が広かった。

そうした背景もあってか小学校に入ってからずっと、誰に対しても物怖じせずにあれこれ言ってきた。先入観をあまり持たずに人と接してきた。

男の子女の子、年上、年下、昼休みにドッチボールをする人、本が好きで静かな人、お金持ちの家の人、幼稚園上がりの人、保育園上がりの人、勉強が苦手な人、ゲーム好きな人ゲームを買ってもらえない人、野球をやっている人、サッカーをやっている人、わがままな人、音読で閊える人、発達障害っぽい人、同学年の女の子全員からキモがられていた「小1の時に教室の真ん中で***を漏らした人」とも。

カーストのどのTierの人とも話せるのが私の強みだったし、(今思えばやりすぎているが)笑わせたり弄ったりできた。

小学校5年生の時だった、私のいた小学校では各学年に4クラスあって3年生と5年生でクラス替えが行われる。

5年生のクラスメンバーには1年生の時から友達も3年生から友達も多く、割と見知った顔に囲まれ結構安心した事を覚えている。

登校班や子供会なんかが同グループだった友達が多かったこともかなり幸運だった。

いつだったか時期は詳しく覚えていないが何度目かの席替えの後、私の隣の席にはクラスの冴えない女の子がいた(以降Yさんと呼称する)

私が教科書を忘れて「見せて」と言った際だったか消しゴムを忘れて「借して」と言った際だったか、あからさまな態度と嫌味をもって拒否された。

初めて同じクラスになった私とそのYさんの間が、構築前から突如として誰にも知られずぶち壊れて険悪になった。

とにかく”きっかけ”は存在した。それは本人の属性や変えようのない部分ではなく、本人の言動のものに起因することだった。本当に瑣末な事だったが。

当時の私は、今よりもさらに「自分の損」に興味がなく、あけっぴろげの人間だったので、恥知らずわがままこそ言えど、「消しゴムが無い」と言われれば、ちぎって半分あげたし「教科書忘れた」と言われれば、そのまま貸すような人間だった。

また、奔放なぶん蛮行を働いて教師たちの御用になる事や、真面目タイプ女の子のチクリポイント稼ぎの養分にされる事も多かった。

要するにやりたい放題のガキ大将キャラだった。

クラス替えをして、全然知らない、普段かにしている、何の毒もなさそうな見た目の、ほとんど話をしたことが無いような人間からいきなり剥き出しの100%の敵意を出された事は私にとって苛立ちよりもまずはショックだった。そんなつっけんどんに拒絶されるものか?と思った。

多分Yさんも人付き合いがうまくなかったんだと今ならば思うし、人間の合う合わないはどうしようもない上に精神の未発達段階で大人対応をできるわけがない。

しかしたらどこかで知らないうちに嫌われることをしていたのかもしれない。

幼かった私は、Yさんから向けられた敵意を「あーなんか嫌われてるけどまぁいっか」とか「まぁそんなもんか」で処理することができなかった。

後にいじめと呼ばれるものになることの始まりは、あくま個人間の諍いであった。

私はYさんの剥き出しの敵意に対して意地になって目に見える形で露骨に応答した。

給食時間に同じ食器の運搬係になれば一人で給食から食器を運んだし、Yさんが牛乳係の時には自分のぶんは自分牛乳を配膳した。

大人であれば「なんやこいつ関わらんとこ」で済むような人間に対して、同じように敵意をむき出しにして徹底抗戦した。

当然相手も同じような態度を取り続けた。収束までずっと仲裁が入ることはなく、私とYさんの終わる事の無い喧嘩が始まった。

1人でやっているつもりでも教室内のピリついた空気は伝染する。

周囲が異変に気付き始める。

「何かあったの?」などと問われたことはなかった。当時の私はそう聞かれても、最初きっかけをうまく言語化できなかったと思う。ただ「あいつはわけからないけどなんか自分のことを嫌っているかこちらも戦う」という態度だけは徹底して取り続けた。私はYさんのあだ名命名した。キャッチーあだ名で、「デブ」とかの悪口では無い。まだ私はこの後大事になると微塵も思っていなかった。

しばらくしてクラス人間が真似をし始めた。地獄の始まりである

子供は愚かだ。ストッパーが無ければ増長して行動はエスカレートする。みんながやっていると善悪判断がつかないまま真似をする。

「仕掛けたのはあっちだ」とか「自分は嫌いな奴と1人で戦っていただけだ」と思っていたが、周囲がのってくると、自分もまたそれにつられて調子にのった。

「一緒にいじめよう」など口にせずとも、教室というフィールドの中で生じた歪みは波及していき、クラスメイトは不穏な空気を汲み取り同調していく。

かくしてYさんはスケープコートへと転がり落ちた。

当時意識していなかったが、不幸な事に自分にはそれだけの影響力があった。カースト上位に属するとはそういうことだった。アホアホが影響力を持つコミュニティ破滅に向かう。場面場面でお調子キャラが目立とうとして度を超えてやりすぎる事があったが、私はそれを止めなかったし、時には一緒になって参加した。「結託して集団いじめをしよう」などと言い出さなかったことだけは言えるが、言わなかっただけである。見えない鎖が教室に張り巡らされていた。

「〇〇菌」

誰が考えるのか、日本各地でいじめはなぜかいつもこの形に収束する。こうして個人間の喧嘩は、いつの間にか一見(というかどう見ても)私が主導したクラス全体のいじめ様相と化した。

ランダムペアを組むワークではYさんはいつもあぶれ、男子はおろか女子露骨に嫌がったし「Yさんの隣」や「Yさんを含む班」は席替えの度にハズレの席となった。いじられキャラは押し飛ばされてYさんとぶつけられるし、休み時間は「Y菌」で鬼ごっこが始まった。その頃には私がつけたあだ名は学年中に広まっていた。

愚かな私は、みんなが私の味方になった気がしていた。

今日今日まで喧嘩の発端(前述)すら誰にも話した事がなかった。「弱者一方的に」というつもりもなかった。私の中ではYさんが突如宣戦布告した戦争だった。

しかし結果としてやられたからやり返した「報復」という形をとって、一人の地味な女の子が得られるかもしれなかったささやか小学校時代をぶち壊した。

わたしはその頃、一度受けた傷はオーバーキル相手を倒しきるまで忘れない性格をしていた。一人で始めた戦いであって、自ら徒党を組むことはなかったが、加勢されることは私の正当性の現れな気がして拒否しなかった。その一方でこれは「いじめだ」とも頭のどこかでは認知していた。

勿論「つもり」が許されるいじめなど存在しない。

私は私の始めた喧嘩に、意図せずともクラス全体が引きずられていっておかしくなっていく事を止められるほど精神が発達していなかった。

これは言い訳も虚しいほど完全にいじめだ。物理的な暴力や器物の損壊が伴わなかっただけだ。個人間の不仲から発展した空気ムードとなって場を支配し、カーストを動かし、もはや私の手で収束できる問題ではなくなってしまった。

6年生になる。いよいよ看過できないレベルにまでいじめが広がる。

高学年にもなると知恵をつけて、その方法もより精神をえぐるものになる。

他のクラスでは直接的に集団で殴る蹴る下着を脱がされるの暴行や、給食費を盗が盗まれる物が隠されるとかの、より凶悪問題顕在化しており、6年生になってからは同学年の4クラス中2クラス学級崩壊していた。私のクラスでは、目に見えてYさんの村八分が酷くなっていた。Yさんがどれほど身の狭い思いをして修学旅行を過ごしたのか、私は想像もできない。他人事のように書いてしまっているが私の責任である自分の手を汚さないやり方を望んでいたわけではない。私は私でYさんと相変わらず徹底抗戦していたのだ。

Yさんが給食係をやれば「あいつが配ったスプーンご飯を食べたくない」という言葉が囁かれた。誰がどう見ても個人間の喧嘩では無い。

ある時、昼休みだったか総合」の時間割だったか時間に私はクラス担任から事情聴取を受けた。

あなたいじめをしているでしょう」という直球だった。

私は「していない!」と訴えた。(それはいじめというのだよ、小学生の私よ)それでもそれ以上続く言葉出てこなかった。罪への意識は十分あった。

私がYさんにやられてる以上に痛めつけてしまっていたことも理解していた。

その日の放課後ホームルームで学級裁判が起きた。

まずは「このクラスいじめがあることを認識しているか」といった主旨の質問が全員に向けて発せられた。周知の事実だったが全員がすっとぼけた。

なぜこんなことになっているのか、原因がなんなのか誰もわかっていないにも関わらず、Yさんへのいじめを知らない人間は同学年に居ない。

全員の前で「先生は(私)さんが主犯格でやっているように見えている」と担任から名指しで名前が挙げられた。

「Yさんにきちんと謝りなさい」と言われた。体がロボットのように動いたがどうやって謝ったのか覚えていない。

いじめだと内心で思ってきた事をここまできてようやく裁かれた気がした。

「手から離れた問題雪だるま式で大きくなり敗戦処理の段階になって、私はトカゲのしっぽとなって切り離された」という事実をもって。

私は確かにYさんと冷戦をして、原因も話さず、周囲が巻き込まれていくことを止めもせず、1人の小学校時代を壊滅させた。始めたのは私だ。止めなかったのも私だ。わかりやす戦犯だ。私の後に「私も加担した」と続く者はいなかった。

かに無視しろ」と命令したとか、「あいつのこと避けよう」とか私は言っていない。でも嫌悪感を態度で表して周囲はそれを忖度した。

「誰がはじめたいじめなのか」とか、「あいはいじめに加担してない」とかはどこからを言うのだろうか。教室はお通夜になった。

「むしろお前らこそいじめてただろ」とも思った。普通に考えて悪いのは私だ。理解している。

醸成された空気に異を唱える小学生はいない。我関せずすらも難しい。せめて普通に無視してあげる事が関の山だ。小学生カーストで一度つけられた烙印はなかなか消えない。玉突き事故を起こしたら自分の居場所が保てなくなる。

本来であれば穏やかに過ごせるはずだったささやか生活台無しにした。どれだけ胃が痛かったろうと思う。遠足修学旅行も楽しくないものだったろうかと勝手に思う。向こうはなぜ私と交戦状態になっているかもわかっていなかったと思う。私も当時はうまく言語化できなかった。

学級裁判の後、Yさんのいじめの件はクラス黒歴史のように禁忌となり、「聲の形」の石田くんのような転落を味わうことなく、私は卒業した。Yさんもついぞ何がきっかけで始まったのか口に出さなかったが(というか引き金を認識していなかっただろうが)一人静かにけがえのない青春の一部を失った。それは取り戻すことはできない。

その後、地元公立中学校に進学した私はスクールカーストに属する事をやめた。

自分の意地や些細な喧嘩で人を壊すと思うと恐ろしくなった。中学では勉強マシーンになり、人と仲良くなりすぎる事も辞めた。

私の進んだ中学校は私の居たA小学校と、一回り規模の小さいB小学校から進学してくる生徒でほぼ100%になる。

大規模ないじめに発展する問題を起こした人間が言うのはあまりおかしな話だが、B小学校から上がってきた人間は本当に問題児ばかりであった。母数が少ないのでA小学校出身者に舐められまいとして毎年こうなるのだと後で知った。

私は同じ中学校に進学したYさんの小学校時代の話は何も言わなかったし、Yさんとは一度だけ同じクラスになった記憶があるが直接会話もしなかった。

それでも誰かが広めたのであろう、私のつけたあだ名過去はB小学校出身者にも簡単に広がった。何が起きたのか事実も発端も知らずに面白おかしく吹聴する輩がいる。

中学1年生の時、B小学校出身の友人から話があった。英語の授業で当てられたYさんは"How many friends do you have?"という英語教師の問いに"I have many frieds."と答えたそうだ。友人は笑っていたが私はとても笑えなかった。

それでもYさんにはB小学校から来た友達が少しだけできたように見えた。私にとってそれは少しだけ救いだった。

私は中学校生活の中で、2年生から入った塾関連で話しをする人は居たが新しい友達(と言える存在)は出来なかった。

入ったバスケットボール部でも当たり障りのない会話をする人は居たし、たまに一緒にふざける人たちもいたが、順番に繰り返される暴力金銭授受の絡むいじめを見てから人間関係がわからなくなった。

どうしても同じ時間を過ごさなければいけないタイミングでは、それまでのキャラで場当たり的に属したが、残りの時間勉強を頑張る人たちや、それまでの小学校から仲良くしていた人たちと細々とつるんだ。

兄の影響で2個上の先輩達から可愛がられたが、1個上の先輩からはその反感もあってかすこぶる嫌われた。はっきりいって居場所はなかった。あれこれ「自分資格がない」と思って罰だと思って受け入れたし、居場所を作る気もなかったので当たり前だが。

私がおとなしくしている間にも悲劇は拡大・再生産されていた。問題児ばかりのB小学校出身者は次々とA小学校出身者を再起不能にして登校拒否にさせた。そんな中Yさんは大きないじめにあっていなかったように思う。あまり関わっていなかったので”多分"だが。

A小学校の時に明るかった人間クラスカーストでも最下層でもなかった人間が次々と再起不能にされていく様を見ると何か色々と惨めな気分になった。自分の愚かさにもしょげた。

そこからは影に徹してひたすら勉強ばかりした。

私はミステリアスキャラになった。B小学校の人たちからちょっかいをかけられたり、体育祭の後の打ち上げで軽くハブられて悔しい思いをしたり、順番に巡るいじめ被害にあった人間に擦り寄られたりすることもあったが、そんなことはどうでもよかった。なんだかんだで助けてくれた人はいた。とにかく適当に過ごした。気持ち悪くてダサい人間関係から離れたかった。自分黒歴史を見るようだった。

小学校時代猿山大将として過ごし、学級裁判だんじりから見事に転げ落ちた私はとにかく静かに過ごしたかった。今更許される事でもないが悪いことはもうしたくなかった。被害者ぶる事は無かった。昼休みは一人で過ごす事が多かったし放課後に誰かと遊ぶことも極端に減った。自分の中身がそっくり入れ替わった気がした。

高校に入ってからしょうもないことを言う人はいなくなった。とても楽だった。楽しかったし友達も沢山できた。

自分が変われた、受け入れられた気がした。でもそんなことを感じて良いのだろうか?被害者は忘れることはない。

大学ではもう完全にみんな大人になった。大学はもうそのまま社会だ。

アホはいるが当たり前の常識をわきまえた人間が多い。彼らの中にも私と同じような後悔を抱えていたり、するのだろうか?と思うことがある。

過去の過ちは消えないし心に負った傷や失ったものはもう取り返せない。

私は27歳になった。

人をいじったりすることは相変わらず得意だが、全然違う性格になっている。

職場で多くの人を見てきて、人に好かれる人間と人が離れていく人間について考えた。自分の悪かったところと向き合って見直せるようになった。

人に言われたことは言ってくれたことだと思えるようになった。

でも今の私がいろんな人に優しくしたり、何かを与えることでYさんには何かあるのだろうか?と思う。

これは償いか?罪滅ぼしなのか?何を?誰のために?自分が楽になりたいだけか?と思う。(申し上げにくいが今でもYさんと仲良くできるとは思わないが)

二十歳を超えてから仲良くなった人たちと話しをしていて、いじめを受けたことがある人間が多く存在することを知った。そうした話しを聞くと胸が苦しくなって呼吸がおかしくなる。都合のいい人間だ。いじめられていた人間自分の話をするかどうかで済むが、いじめをしていた人間は誰かに言い出すことができない。懺悔しかならないからだ。

いじめをうけたことのある人間は私を軽蔑するだろうか。憎むだろうか。

私は自分の身近な人や、大切な人がいじめを受けて苦しんだことに対して義憤を感じる。あまり勝手すぎる。そんなことを感じることが許されない前科者だ。

Yさんは今、何をしているだろうか?高校生の頃に制服姿のYさんを見かけた事がある。そのあとは知らない。友達はできたか大学に進学したのか。就職したのか。どこに住んでいるのか。小学校の頃の事など何処吹く風でどこかで楽しく生きているだろうか。自分に自信を持てただろうか。自己破壊けが目的人生を送らないでほしいと身勝手に思う。わたしは許されることは無いし、やったことが無かったことにもならない。だから私のことは怨み倒して構わない。

でもYさんはどこかで自己肯定して救いがあったと思える人生を送って欲しい。私は一生この罪を背負って生きていかねばならないと思っている。

精神成熟していないコミュティ悲劇だ。教員のせいにすることもできない。

とんでもないくだらない理由いじめが生じる。生贄が生じる。あるものは一生消えない傷を、ある者は罪を感じて、大多数は何も覚えていない。

イニシエーションとして自分の大切な人がスケープゴートになったら?私は許せない。傷つけた人間をタダでは済まさない。

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今日小学校の頃からの仲で、Yさんに関する顛末を知っている友人に連絡をしてファクトに関する認識合わせをした。

その友人はやはり「私が主犯格に見えた」と言った。と同時に「でも流された Permalink | 記事への反応(7) | 00:41

2019-08-25

悔しくて悔しくて仕方がないのはわかるが虚しい嘘をつくと自分の心を傷つけるだけだからやめようぜ

https://anond.hatelabo.jp/20190825111011

10代の女の増田たちは見てほしい、このもはや人間とは形容しようのない妖獣のようにここまで心が妖怪のように醜く腐り落ちてしまえばもう救いようがないし、そんな奴と結婚する人間はいないというのがよくわかると思うだろ

こんなのになりたくなければ、心穏やかに自分感性に従って青春恋愛を頑張ってやってみようぜ

あとね、こんな奴と結婚する男いないから、偽装結婚苗字とか戸籍替えたい犯罪者とかなら別だろうけど、たぶんそんなんだろう

あいいんじゃないの、そういうのなら優しくしてくれる男いっぱいいるだろ

それが幸せかどうかは知らんが、本人が満足ならそれでもいいんじゃね

2019-08-23

anond:20190822140358

学生さんかいっぱいいるときっと美味しいよね。

関西学生は、お好みとか焼きそばとか、よく食べに行くんよ。

学校の近所にたいがいお店があるので青春の思い出って感じ。)

2019-08-21

anond:20190820082016

バカだろお前

セクハラになるようなことするからだろ

普通にしてりゃいいのにAVとかしか知らねえから馬鹿なことやってんだろう

10代で青春謳歌してないやつはそもそも練習の場がねーの。

まりどうあがいても無理ゲー諦めろwwwwww

2019-08-19

終わりのない劣等感

人生どん底高校不登校中退してから大学に入るまでの5年間だったと思う。

青春真っ只中を過ごす同年代をよそに、中卒無職童貞引きこもりであるという劣等感は凄まじかった。

それでも一念発起で実質3浪で一流大に合格して、これで過去とはおさらばと思うも、

同期の人生順風満帆に見えて一方的劣等感を患い、友達ができないまま授業に出なくなり留年する。

このまま中退しては中卒無職童貞引きこもりのままだと、何とか大学に復帰するも、まともに就活もできず進路未定で卒業

中卒無職童貞引きこもり10年かけて大卒無職童貞引きこもりになったというお粗末さ。

卒業後1年間就職が決まら絶望していたが親のコネに甘えて大卒童貞社会人にこぎつけた。

就職先ではコネ入社というレッテル払拭すべく努力し、幸いにも周囲から評価を得られている。

ただ、気づけば三十路が見えてきて結婚する同年代も出てくる中で童貞というステータスは変わらなかった。

単に童貞を捨てたいなら風俗に行けばいいのかもしれないが、自分他人に受容されたい、愛されたい。

孤独劣等感を抱えながらも前に進んできたことを誰かに認めて欲しい。

2019-08-18

男なら学生時代にちんぽのシゴき合いするよな

日本普遍的青春の思い出

2019-08-16

anond:20190816232155

まだ若くていい寄る男がまともなやつばかりだからお高く留まっていらっしゃるのでしょう

いいことです

青春謳歌しなさい

2019-08-11

anond:20190811225125

何もない人生を送ってきたんだな。

きっとこれからも何もない人生を送っていくのだろう。

けれどそれも一つの才能かもしれない。普通の人は何かになろうとして失敗したり苦悩したりして、その末に何かになる。それが若者時代であるなら青春形容される訳だが。

まぁ、バカ天才紙一重ともいうし、もしかしたら何かで名を成すかもしれない。

とはいえ、何もない人生を送って来たものほとんどは何も得ずそのまま、何も無かったかのように死んでいくのだが

子供の頃できなかったこ

成人して自由になったので

セーラームーンおもちゃを買って

ハムスターを飼って

日々の食品の買い出しでオマケつきのお菓子を買って

特別の日でもないのにジュースを飲んで

プレステゲームで遊んで

とか色々やってたら30歳になってた

青春(?)取りかえそうと思ってたら今期逃してみたいなことなんですけど(違うかな?)別に後悔とか全然なくてびっくりするぐらい30歳に抵抗なくて

でも友達全然会話合わないな?

というか子供の頃って青春でもないな?

これ青春取り換えすフェーズこれからなのか?

金で解決できないものもあるって?うんわかってるOKOK

まー人生これからっすよねー()

2019-08-09

anond:20190809154913

スカイクロラってダーク?

涙が出るほどカラッとした青春映画だと思うけど

俺はもうあの映画が大好き

暗くてしっとりした青春サイコホラーアニメみたいなのが少なくなった気はするな。

(むしろ世紀末にちょろっと流行っただけ感はあるが)

最近だとハッピーシュガーライフとかか?

anond:20190809142356

青春反日に捧げて刑務所暮らしになったやつはたくさんいるで

あと、北朝鮮に逃げていったやつもいたな(笑)

青春嫌韓に捧げたせいで慰安婦とかの知識くらいしか自信を持てるものがなくてそれもガチ専門家には太刀打ちできないか増田あたりで憂さ晴らししてる奴とかいそう。

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