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2017-05-25

ニート兄弟がいることへの将来の不安

実家社会人経験全くないままメンタル病み、もう何年もニートしてる兄弟がいる。

自分独立していて家庭を持っている。

親の年齢的にはまだしばらく先の話だが、親の死後、自分が彼の面倒を見なくてはならないのかが不安で仕方ない。親は心配しなくていいと言っているがその根拠がわからないし、何だかんだ土壇場で「兄弟なんだから助けてやってくれ」と言い出しそうで不安だ。自分としては兄弟の現状は、それまでの親と本人のやり方に問題があったからで、正直自分が助けてやる筋合いはないと思っている。自分の家庭の方が大事だし、将来の自分に彼を養う余裕は多分ない。

そういう人って実は日本にたくさんいて、親を失った中高年ニートが今後更に深刻な社会問題になるのではと予想している。

アウティングされた経験

を長文で読みたいなぁ不幸な荒れた話が読みたいなぁと思った深夜の気持ちのままあんまそゆのを探し出せなかったので変なのりのまま自分のことを代わりに書いてみよう。よかったら皆も不幸自慢していこうね。楽しいから純粋に。

高校生をやってた頃カミングアウトを始めてしたことがあって、よくある突発的なアレだったのでかなりヤサグレた気分に陥った当時。

友人は不味いことを聞き出してしまったと思ったようだし、そう思わせるような割と酷い感じの言いっぱなしを行使してみせた。

その次の日、何も言わずに友人は私に皆と遊ぼう!と誘い、中学の頃の仲間とただ本当に遊んだ

そんだけだったんだけど、なんか一度口にしてしまうと堰が外れたのか、深夜友人に固定電話から泣きながら「どうしてどうして!」とアホなことを口走る電話をかけてしまった。恋愛的な感じの話で、ものすごいベタなどうしてを繰り返してしまい、友人はしようもなさそうに振り向いてもらえないのは仕方ないじゃんとなぐさめる。思い出すと超恥ずかしい。のに書いてるバカ。でも始めての匿名ブログだよ!

いやまあ別に本当は恋愛なんて今でもよく分からないし、当時もそんなことが言いたかったわけではない気がする。ただ、なんかずっと明かさなモード!超硬い壁で覆われた強い俺!って感じだったのに口に出してしまうと何かもろいものだったように崩れてしまった。

秘密大事だと思う。自分しか言えない秘密。それをずっと抱えて死ぬことも別にイヤではなかったんだけど、でもだからこそ言ってしまった自分嫌悪感がある。言ってしまった自分はかつての自分とはもう違う。終わった気がした。

それからというもの破壊的に口が軽くなった。割と身近な人ならバレてもいいや、言ってしまえ、な感じな傾向が。。。

そんなことをしていたものからちょっと会いづらい友人にメールさらっとこぼした。ら、友人は食いついた。質問攻めってやつだ。

男がすきなの?

という言葉は本当に衝撃的なものがある。

異性愛者の女の人も多少分かるんじゃないかな。男が好きって、響きがやばくない??どんだけ好きモノだよっていう。超恥ずかしかった。

なんか質問が続くとすっと目が覚めた。やばい、うかつだった。

そして遊ぶ約束をそのまま取り付けて後日彼女の家へ会いに行った。ら、共通の友人が先についてて、「お前、、、そうだったの?」といきなり聞かれた。

え、

え、

何?

言っちゃったの?早速なの?

ついでに言うと、その場にはまったく知らない殿方もいた。聞くと、友人とは昨晩(だか何だか最近の間に)出会って仲良くなったらしい。友人にとってもほぼ見知らぬ他人。私には赤の他人

へぇ、君、そうなんだ?

という話になるよね。

まあ友人とは相変わらずのいじられ遊びをした。メイクしたり、コスプレしたり、赤の他人の殿方は自分の足毛を剃って女の足を模した地鶏撮って遊んでた。あとでオナるんだって。がんば。

なんかそゆノリ。

あの殿方、俺の容姿について、まあ目は・・・まあ、みたいなお茶を濁す感じで評してたのを覚えてる。くそが。可愛いと言え。

あはは、うふふ、という意味不明な昼下がりを体験した後解散

なんかモヤモヤして、初めてカムアウトした友人(何か、いやらしい)にもそのことを相談したり。

友人は憤っていた。

友人は私の姉みたいな立ち居地なところがある。今でもそう。頼りないからな、俺。

そんなこんなあるが、別にこれらの人々誰も嫌いじゃない。むしろまた会って「ごめんね、ご無沙汰しちゃって気まずくしたよね」って謝りたい。なんか、タイミング悪くて着信あったのに折り返さなかったから、それ以来何も連絡取れてないのが後悔。いい人だったのに。今頃どうしてるのか。

まあ今思えばあれらはアウティングだった。

他にも同じ中学出身で男友達の連中もいたんだけど、この友人たちにもバレバレの付き合い方をした。

したら、したらね花が咲いたよ、じゃなく、まあ普通に猥談もあるので俺のセクも絡んでくる。なんか中学の頃にできた友人はイジリコミュニケーションが主な交友方法だった気がする。お互いにイジレる要素があればイジる。みたいな。

いい加減嫌がってる人もいたので、何か健全じゃない歯車だったんだと思う。自分でも変にビッチっぽく振舞ってしまったり;晩生なのに。

というか、俺ひとにいじられるの嫌いなんだよね。どっちか言うといじりたいほうなのに。ツーンってしたいのに。

なんか疲れてしまって、今となっては付き合いはない。なんか繊細なものを共有できないと思ったし(出来るかもしれないと思った瞬間はあったのに)、こんなことを言われなきゃいけない関係友達じゃないよなって思ったので。

それでも、例の初の友人に、彼らとの交友関係について「受け入れてもらってよかったじゃない」と言われたのが引っかかった。引っかかったことについては数年後本人に打ち明けて何かしら変化が生まれたと思う。私は他人に対しては卑屈になりたくないのだ。自分に対してならいいけど。

受け入れてもらって嬉しいワンとか、プレイじゃないんだから。俺はマゾというか、そういうヘキがあるので、余計にそゆ劣等感を持ち込みたくない。

カミングアウトして様変わりした。

今もそれはそう。

というか趣味とか隠さないからセクはカムアウトしてなくても間接的にセクがバレる。

大体の人がお察しの環境にいる。

それが苦痛

平気でやつらは聞いてくる。

彼氏いるの?

とか、

どっちが好きなの?

とか。

気持ち悪い。私は何より男が好きな自分気持ち悪いのだ。その気持ちがお前らに分かってたまるか。卑屈に見えて同情するやつは勝手にしてろ。

もう二度と会いたくない人がどんどん増えていく。

基本的にひとりでいいし。今でも付き合いのある友人はいる。そういえば、性的なことに対してどこか距離感がある人たちだ。

男女問わずそゆ人の方が長い付き合いが出来るのかもしれない。

自己嫌悪を刺激しないでくれるとありがたい。

うそう、アウティングの話だ。

何の悪気もなく無邪気にというよりは、邪気を素朴に発揮される形で共通の友人+赤の他人自分自己嫌悪部分をさらけ出して接しないといけない空間というのは苦痛だ。楽しんでても苦痛だ。

というか、なんでそんな無遠慮にバラしたんだろうと今でも思ってしまう。

まあ、もとより無遠慮な人だったけど。悪友ではある。それ自体はいいのだ。悪友なのだから

まあそれも今は音信普通からそう思うのであって、今も付き合いを続けていたら、やはり壊れたのかもしれない。

無遠慮にしていいと思ったのは、かれらが悪友だったから?なんかそれだけで片付けられないよなぁというのは、自分以外の例を見てて思う。

なんだろう。すごく浅く考えてくる。自分は浅く考えられる自由立場からって。

かれらはさ、カムアウトする側 が問題を抱えてるんではなく、カムアウトされる側 にこそ権力があるんだって自覚が、実はあるんじゃないかとすら感じる。

私・俺はお前がそうだとしても気にならないし平気で話題にするよ!

私・俺が気にしないことこそがお前にとって重要案件だろう?

みたいな。

けど、あんたらの腹が痛まないことは私にとって何の保障にもならない。

友人ならまだしも、知人程度の人にさりげないことでも突っ込まれるのは非常にストレス

なんでそんなにお気楽でいられるの?

アウティングしたり、触れることを躊躇わないひとって、何かズレてる。

俺がこんな自己嫌悪してるのに、なんで自己嫌悪せずに済んでるお前らがおいそれと俺に触れるんだ。

たったひとりでかみ締めて死にたかったのに。

あなた孤独には触れないから~って歌詞を思い出す。関係ないけど。

何の悪気もなくアウティングされた私ってヤバい

けどそんな話は本当にありふれてるんだというのは最近認知されてきてるんじゃないかな。別に私だけが特別ひどい目にあったわけじゃないし、たぶん私の体験はいわば軽いほうだと思う。ずいぶんと傷は浅い。

そういう私は、他人の深い傷の話を読んで癒されたいなぁとか勝手に思ってしまう。どうかしてるんだな。

あと、カミングアウトしてない相手なのに何故かオカマ的な扱いで嘲笑とかハラスメントはされました。勘違いしないで欲しい。自分カミングアウトしなけりゃいいってもんじゃないし、他人アウティングされなきゃいいってもんじゃない。

何も安全じゃない。

2017-05-24

ツイッターのTLがものの見事にFGOで埋まってから随分経つ。

Fate自体はそこそこ好きだがFGOで追加された新規キャラの何人かに元ネタ史実)の人物から解釈描写個人的地雷を踏み抜かれてしまっているので手が出せない。というか一回始めてみたことはあるのだがそのうちの一人の描写がどうしても耐えられなくて投げてしまった。

あくまでも個人的思い入れ問題なのでもっと考証ちゃんとしろという話でもなく。そもそもこのゲーム世界観に対して考証うんぬん言うこと自体が相当な野暮だろうし、元ネタと切り離して作中の一キャラとして見ればかなり良い見せ場貰ってたのは事実だ。

ので遠巻きに見ている状態なのだが、やっぱりイベントやらガチャ更新やらで話題が途切れないって強いなあとつくづく思う。FGO始めた人基本的に戻ってこないから、何だかんだで面白いんだろう。

作品とは全く関係ないところで妙な地雷抱えてしまった自分はやっぱ損してるんだろうなあというただの愚痴です。

コンビニレジで喋りたくない問題

まあコンビニに限らないんだが、普段買い物するのがほぼコンビニだけなので。

表題通り、俺は出来る限りレジで喋りたくない。

いつも「iDで」と、この魔法一言だけでレジを乗り切ってきた。

袋は?とかレシートは?みたいな質問には首振りで返事し、颯爽とコンビニを後にしてきた。今まで何百回、何千回も……

今日もいつものようにコンビニに行き、いつものように「iDで」と言い、それで終わるはずだった。だが店員は驚きの一言を発した

Edyですか?」

俺は虚を突かれ、とっさに「いや、iDです」と喋ってしまった。

そうきたかー。何だかからないが負けた気がした。

2017-05-22

貴族探偵はいドラマ化なんじゃないか

映像からこその見せ場が多いし、

枠にこだわらない作品作りに終始しているから毎週楽しみにしてる。

先週(5/15)と今週(5/22)のエピソードとか、ずっと見続けてきた人にはニヤリとするオチですよ。


個人的麻耶雄嵩作品は、旧チュンソフトが出したTRICK×LOGICに収録されている

2作品しか触れていないくらい、にわかにわか

でもその2作品作品全体でも好きなエピソードのワンツーなのよね。

2本目のオチは、貴族探偵エピソードに通じる話だったし。


ファン曰く、あれはかなりぬるめとのことだったので、

ドラマスタッフがこれをどう料理してくれるか楽しみ。

ドラマフジ」の面目躍如に期待する。



一方で、トンチンカンな叩きに終始するジャニーズアレルギーの方々とか

作品の中身より相葉くんかわいい的なコメントに終始するツイッターユーザーとかが

ノイズなっちゃってて何だか残念。

このせいで、実際に見て楽しめる層へ、作品の良さが届かなくなってる気がする。


また、フジ側の広報もどことなくずれている気がする。

視聴率が8%前後と伸び悩んでいる理由はこの辺にもありそう。

月9の30周年ってことで、結構気合入れてやってたらしいのだが、

テレビでの宣伝は少なくとも自分には全く引っかからなかった。

(自分たまたまチャンネルを回したら1話をやってて気づいた)


週末の深夜に再放送してるのも、あくまで先週の見逃し放送しかないのが惜しい。

FODなどネットも駆使して作品の魅力を解説する特番や、

1話からの振り返り放送の合わせ技でやれないものか…



あ、TRICK×LOGICも、とっても素晴らしいミステリーゲームなので超おすすめ

10構成難易度はかなり高いからノーヒントでのクリアはまず無理だと思う。

大山誠一郎担当したファイルNO.4なんて、

ゲーム特性をうまく生かした仕上がりで、ある事実に気づいた時は寒気がした。

2017-05-19

昇進したんだけどさ

中途入社10年目でヒラから主任になったんだけど、だからといって仕事内容がさほど変わるわけでもなく、自分としては今まで通り仕事をするだけだと思ってたんだが。

周りの対応何だか変わったような気がするんだよね。あまり良くない方に。特に部署おっさん連中の。

やっぱ嫌われてたのかな。

鼻で笑われてる感じしてたもんなあ。あーあ。

2017-05-18

http://anond.hatelabo.jp/20170518105738

痴漢男性100人に1人でも、グレーゾーンおじさんも含めたら10人以上、

痴漢しても許される場ならしたいと思ってるのを含めたら過半数超えるんじゃないかな。

多くの男性痴漢死ねと言わないのは、痴漢何だかんだで共感してるからだと思ってる。

死ねというと、自分ブーメランが返って来るからでは。

http://anond.hatelabo.jp/20170518105208

横だが「痴漢に遭った事がある女が8割(だか何だか、数値は忘れた)だなんて嘘に決まってるwwwww

だって俺の母親とかババアなのに痴漢に遭った事あるわけないだろwwwww」

と言ってる男がいたのを思い出した

ババア」もかつて若い頃があった、って事に思い至らない男って多いよね

2017-05-17

機能不全家族思春期海外渡航したら鬱になって人と会話が出来ない

私は思春期の数年を海外で過ごし、大学入学とともに帰国した、いわゆる帰国子女だ。

そしてたぶん、機能不全家族育ちだ。

色々あって、自分がわからなくなって、人と会話が難しくなった。

世の中の帰国子女といえば自信に溢れてきらきら活躍している人が多くて、自分との格差にどんどん自信を失っていく。

相談しようにも、相談できる人も、同じような境遇の人も、そういったことを専門にされている方とかも見つからなくて、誰かいないのかなと思ってすこし書いてみることにした。

.

インターネット上で、機能不全家族とか毒親というワードをよく目にするようになった。専門家の方が書いた本を読んだりネット当事者の話を見ている中で、自分の生きづらさの正体が分かってきた。

機能不全家族×思春期海外生活」のコンボだ。

海外赴任などで家族移住する場合、子にとって家族関係が良好であることはすごく重要だ。学校生活が完全にアウェイ状態から始まるのだから、心の退避所たる家庭が安定していることに越したことはない。

私の家庭はたぶん機能不全家族で、家の中での母国語コミュニケーションもままならないのに、海外に行った上に現地の学校入学してしまったものから、家の外でも言語的に孤立してしまっていた。

家では母国語OKだが健全コミュニケーションが少なく、外では言語不自由コミュニケーションに苦労した。

苦労して、挫折したのだけれど、親は放任主義であまり助けてはくれない。というかそもそも私の家族には会話が少なく、「相談する」という文化もなかった。日本にいた時から学校での出来事を聞かれることもなかったし、話そうと思うことも少なかった。「授業はわかる?」とか、「先生はどう?」とか、親の側から声をかけてもらうことがなくて、それが当たり前だと思っていた。

最悪なのは車社会学校も遊びも親による送迎で行動しなくてはならなかったこと、ビザ関係アルバイトも出来なかったこと。金銭的にも自由がなくて、意識を外に向けることが出来なかった。ひたすら学生として最低限の通学と勉強だけをして、帰国を夢見ていた。帰国さえすれば、昔の友達に会って、働くことも出来て、言葉心配もいらなくて、、

外国でひとりで外を出歩くのは危ないと思い込んでいたし、学校⇔家のガチガチに固まったループから抜け出したいという思いをもつことも悪いことのように思えていた。

今あの時の自分と話せたら、「外はそれほど怖いところじゃないし、ネットで調べてどこにでも行きな!やりたいことやっていいよ!」とか言ってやりたい。

滞在中は「このつらい滞在を耐えて日本に帰りさえすれば楽しい日々が戻る」とひたすら思っていたのだけど、いざ日本に戻ってきたらコミュニケーション経験が乏しすぎて浮いてしまい、それを気にして自意識過剰になり、鬱になり、家族関係悪化し、なんとか取り戻そうと情報を集めたり考えたことをノートに書き留めたり新しい場所に飛び込んで沢山人と会ったり通院したりカウンセリングを受けたりしてみたが、どんどん悪くなるばかりで帰国10年近く経った今 ほんとうに人と会話ができなくなってきてしまった。マズイ。

なんだかもうよく分からないのだけど、本当にコミュニケーションが上手くいかない。

返答が思いつかないし、思いついてもしっくりこないのだ。

人との会話で、些細な雑談でも一言ひとことの返しに「適切さ」を求めて、すごく考えてしまう。

海外生活の中で外国語発言をする時「どういう表現をしたらいいんだろう?」とか、いちいち考えながら喋らなくてはいけなかったのも一因かも。

「こう言われたらこう考えてこう返すべき、というパターンがある筈なのでそれを探して返さなくては」、っていう思考に取り憑かれてしまった。

正解のパターン候補として幾つかの振る舞いのパターンが脳裏に浮かんで、その是非を検討する。

教科書通りのような会話ならこうかな?(自信はない)」「憧れのAさんだったらこうするだろうけど私がそうしたらこの人はびっくりしてしまうな」「この間同じような場面でBさんはこうしていた」……

自分に素直になりたい!とは思うんだけど、自然に浮かぶはずの「自分きもち」がなかなか出てこない。

ありがとう」「ごめんなさい」「恥ずかしい」くらいは出てくるんだけど、どうしても咄嗟無難な答えを作ってしまう。

加えて帰国後は、帰国子女いじりを気にしすぎたせいで、「普通ならどうするか」、「相手がどんなことを期待して接してきているのか」を考えるようになっていった。また、母国語で考えている時と第二言語で考えている時で性格がすこし変わってしまうことに気づいてから日本語でも外国語でも口にすること全てが自分本心ではない気がしてきて、ますます自分がどういう人間なのか分からなくなってしまった。

この表現力の問題は鬱になってからさら悪化した。頭が回らなくなって、少ないながらも以前は使えていた語彙さえも出なくなったし、とっさの逃げ道の冗談なども思いつかなくなった。

いまでは相槌を打つのが精いっぱい。

人と話す時、フルオートでにこにこしてしまうし挨拶くらいは出来るので第一印象は良いらしいけど、味気のない相槌しか打てないし話題も振れない。たまに話せても的はずれなことを言っていたり、浮いたことを言っていたり、無理してる感じがしてたり、そんなつもりは無いのに帰国子女感のあるドヤ顔発言みたいになっているみたいで脳内反省会が白熱してしょうがない。

そしてそれが嫌で会話の場から逃げたくてしょうがない。

だれとも一線を引いた付き合いになってしまって、どんどん孤独になっていっている。

この文章もかなり絞り出して、可能な限り本心に近づけて書いた。自然に出てきたものではない。

こういう人いない?いないの?

こういうのってどうやって解決していったらいいんだろう?

ネットにいる機能不全家族とか毒親持ちの方は何だかんだで結婚されていたりして、自分の居場所ができていて羨ましい。

私もなんとか実家は出て経済的にも独立したけど、家族距離を置く中でいよいよ社会から孤立してしまった感じもする。

私はこれからどうやって人間関係を作っていけばいいんだろう。

しかし、これを書いていて改めて思ったけど、自信のなさとか心の弱さは生まれつきな気がする。

海外生活なんて貴重な経験させてもらったのにな。なぜ活かせなかったのか。

強くなりたい。誰かと自分言葉で話してみたい。

早く安心したい。

.

場所お借りしました。長い文章すみませんありがとう

朝食は大事からしっかり食べてって言うけど

寝起きに食事ってよくないと思うんだよ。

そもそも寝起きに食事したいか

したくないだろ?

それが体の正直な反応だと思うんだよ。

体が拒否反応を示しているのに「いや!朝食は大事から!」というのも何だか違う感じがするんだよ。

なんだかなぁ〜。

女性愛情

女性男性に対する愛情感覚って、男には何だかよくわからないんだ。なんて言うかな、あの生クリーム的な甘い感情というか感覚というか。男と女愛情の波長というか濃度いうか、そういうものって質が違う気がしてならないんだよ。だからいつまでたっても混ざりあわない。

2017-05-15

http://anond.hatelabo.jp/20170515075504

浅田真央は「キャラで売ってる」要素も十分にあると思うけどな。

何だかんだで金メダル取れなかったし失敗も多かったのに一切叩かれないのは、あのいい子ちゃんキャラ故だし。

逆に安藤美姫がそこそこ実績があるにも関わらず嫌われまくってるのは、あの生意気ヤリマンキャラ故だし。

浅田真央が今後安藤美姫並みにヤリマンな行動取ったら、ギャップ安藤美姫以上に叩かれまくるんじゃないかな。

2017-05-14

成長物語を履き違えている作り手と「さようならドラえもん

先日、とある話題作に触れる機会があった。主人公成長物語として感動的だとの触れ込みだった。しかし僕の感想は「なんだこれ?」の一言だった。

作品叩きがメインではないので名前は伏せておく。

いつごろの作品なのかも、漫画アニメ小説映画ゲームジャンルも明かさないでおく。

本題に入るが、なぜ僕が感動しなかったのかといえば主人公の変化の仕方にあった。

主人公日常生活に突如として変革が起こり、その局面を打開する形で成長していくという構造だ。

確かに作品内において主人公キャラは序盤とラストで大きく違っている。しかし僕には違和感が残った。

それは「主人公はそうしなければならなかっただけ」だからだ。

自分自身を見つめることなく、ただひたすら周囲に合わせていった結果、別な人間になったというだけの話だった。

異常な状況が今までの自分でいることを許さず、仕方なく変化する、気づかぬうちに昔の自分を捨てさることを成長とは言わない。

現実ではどうか知らないが、少なくとも作品において成長物語というジャンルとは呼べない。

僕は全て他人任せでボケーっとしている人間だが、戦争が始まったら多分積極的に周囲と連携して生きる道を模索する。

率先して様々な案を出す。ときにはリーダー役を買って出るかも知れない。

でもそんなの、雨が降れば傘をさす、寒くなればコートを着るというくらいに当然のことだ。

戦争を通して立派に成長したね」とは言えないだろう。

見捨てることもできる、逃げ出すこともできる、強い側につくこともできる、今の自分でいることもできる、

それでも自分自身の弱さを見つめ、問題に立ち向かっていくことの先に成長が待っているのではないだろうか。

さて、前述の作品と対比するように「さようならドラえもん」という話がある。

ドラえもんが帰るにあたってのび太が1人でジャイアンに立ち向かう話だ。

あの話の中で、のび太最後までドラえもんに頼ることができた。泣きつけばドラえもん何だかんだで助けてくれただろう。

いつものようにジャイアン撃退しチャンチャンで終わることのできた話だ。

しかし、のび太はそうはしなかった。ふとドラえもんのことが頭をよぎり

「けんかなら、ドラえもんぬきでやろう。」

「ぼくだけの力で、きみにかたないと……。ドラえもん安心して……。帰れないんだ!」

というセリフを発する。

のび太ジャイアンに泣かされてばかりの自分ドラえもんに頼りきってばかりの自分を乗り越え最後にこう言う。

「勝ったよ、ぼく。みたろ、ドラえもん。勝ったんだよ。ぼくひとりで。もう安心して帰れるだろ、ドラえもん

ボロボロ眼差しドラえもんへの思いで溢れていた。

今更僕が解説するのもはばかられるほどの大傑作だ。

成長を描く作り手は藤子先生の爪の垢を飲んで欲しいものである

俺が好きな物批判するな!それは俺を批判しているのと同じだ!

と、要約できるような発言をしている男性を見るととてもゲンナリしますね。

自分アイデンティティ自分個人で持つべものであって、他の物事依存していては駄目だと思います

特にアニメ漫画が好きな男性に多いんですよね。

作品に対して考察意見の交換を行っている場所ですぐにヒートアップして「違う!この作品は間違っていない!間違っているのはお前だ!」と叫び始めてしまう癖がついてしまっているようで見ていて不安になります

とある作品のもの」と「その作品に対する自分主観」がまずゴチャゴチャになっていて、更には「作品に対する主観」と「自分価値観全て」が同一視され、最後には「自分脳内にあるその作品イメージ」と「自分アイデンティティ」がピッタリと重なってしまい、それとは違う意見が出てくると「自分という人間」が批判されたように感じてしまう傾向にあるみたいなのです。

そういう人、たまにいますよね。

私、そういう人がとても駄目なんですよね。

何を考えたらそういう思考になるのかをここまで論理的に整理してもなお、何だか腑に落ちないような気持ちになってしまうんです。

頭で何となく理解可能だけど、心では完全に理解不能とでも言いましょうか。

しかたらこういった方々はパーソナリティ等において何らかの障害があるのでしょうか。

もしもそうなら私は謝らなければいけないのかも知れません。

障害のある方を気持ち悪いと思ってしまっているのですから

ですが気持ち悪いという感情が生まれしまう事を止めろと言うのも理不尽なのではないかとも感じます

私は彼らとどう接すればいいのでしょうか。

無視するという行為人間に深刻なダメージを与えるという研究成果がある以上は関わらないようにするというのも決して正しい選択とは思えませんし。

人間社会コミュニケーション、とてもむずかしい。

難しいことを考えていたら頭がパンクしそうになってきました。

昼ごはんでも食べてきます

結束を促すための愛国心はわかる

でも日本ってそれ必要

 

ほぼ単一民族で、他人の思ってることが何となく分かるハイコンテクストの国

外人も言うほどいないし、宗教何だかんだ天コロが頂点にいて統一されてる

戦後から右が与党なのも慣れっこだし

軍隊クーデター起こすようなこともない(体裁上軍じゃないし)

左翼過激派も世直し諦めて沈静化、今や自慢話程度の扱い

新興宗教地下鉄サリン事件以降は問答無用で敵視

 

何よりも数十年に一度、巨大地震が起きる

もし国民連帯感が薄れても、

地震という明確な敵があれば否が応でも結束が強くなる

東日本の時も絆どうこう不謹慎うんぬんで自粛ブームだったよな?)

 

ここまで「結束」に恵まれた国なのに、これ以上必要か? と思うんだけど

しか愛国心って一番強力な接着剤じゃん

「みんな仲間だー!(ドン!) 団結しろー!」とか、

体育会系のノリに付き合わされて、プライベートまで束縛されるのもう充分でしょ?

2017-05-13

ある女の性犯罪被害記録(未遂含む)

小学生一年生ころ)

公園で一人で遊んでいたところ、二十〜三十歳くらいの男に「あっちのほう(物陰)にいこ」と執拗に誘われる

偶然親がやってきて、男はダッシュで逃げた

中学高校生

電車通学のため痴漢に遭う

高校生になり塾に通い始めてから特にひどく、帰りの電車では八十パーセントくらいの確率スカートの中に手を入れられた

大学生

一人暮らしを始めたところ、玄関のドアの前まで不審な男につけられる

偶然隣の人が帰ってきてくれて無事にすんだ

社会人

引っ越したがまた玄関のドアの前まで不審な男につけられる

通勤電車に乗るようになって時折痴漢に遭うようになる

朝六時くらいの電車で目の前に立った男がチャックから陰茎を出していたときは何が何だかよくわからなかった

思い出せるだけだとこのくらい

周りの話を聞く限り少ないほうだと思う

文章とか、お金とか。人とか。

この長さの怪文書を投稿することにためらいはあるけれども。

偶には、言いたい事を思い切り言ってもいいかなと思う。

商品」としての文章

まず自分のことを書くと、稀にしか更新しない覚え書きのようなブログをやっている。あと好きな文章を書く人は結構な頻度でチェックしているくらい。

自分新参だけれど、新しいタイプブロガーの人が使う、押しが強めの手法がじゃっかん苦手である

新規ブログを始めた際、こちらのブログは全く読まずに(本人には割と分かるものです)、宣伝のためにスターを付けてくる人が一定数いる。まあ当然、興味を持たれる文章を書けないこちらに非があるわけですが、「貴方のことは気にならないけど私の書いた文章はぜひ読んでくれ」と受け取ることもできる。

露出を求めて「記事お題」を引用し、全く関係のないことを書く人も多い。例えば「雨の日グッズ」というお題を引用しておいて、いつもの調子日記を書く。露出したいのは分かるけれども、そのばあい読者が読みたいのは傘や長靴の話であって、職場愚痴とか趣味の紹介とかではない。

あと、リクルートの適職診断、またはリクナビNEXTのグッドポイント診断を薦めるエントリ。MIIDASの適正年収診断、dTVの紹介。日常会話みたいな感じでお勧めされるんだけれど、あれは紹介料が入るからやっているのだそうで。道理で数が多いと思った。…あれはステマにはあたらないのだろうか。「PR記事」とかの表記がない分、「選挙前にさりげなく電話をかけてくる友達」みたいな感じがして、個人的には警戒してしまう。

CGMは、そのコンテンツの持つ価値判断が難しい、とは思う。それは人によって違うし、ネットでの人気には「親しみ」も大きな要素である

ただ分かりやす基準として、例えば、寄稿出版の話が来る人にはそれだけの実力と、その人固有のブランドがあるわけで。

なので余計に、「とりあえず100記事書きましょう」「SEOを勉強しましょう」「PVを稼ぎましょう」と、クリックしてもらうことに血道を上げる風潮がどうもよくわからない。読み手客観的価値提供できているのかな?と、不安になることはないんだろうか、と。(言うまでもないことだけど、価値がある/ない、という話ではない。「価値のものさしはどこにあるのか」という話)

ここで、いやらしくも。商業文章出版物の話をする。

はてなの人なら、自分なんかよりよほど熟知されていることと思うけれど。執筆され、編集の手が入り、校正されてデータ印刷所に渡り、取次を経て本屋に巡ってきたり電子書籍になる、それだけの手がかかった、色々な「出版物」は本当に凄いなと思う。

個人がもっている「有益情報」には限界がある。取材して一次情報にあたるプロに、正確性や量で比肩するのは正直、むずかしいのではないだろうか。

比肩しなくてもいいけれど、そこから発生する「収益」は最大限にしたい、というなら、それはインターネットが役に立たなくなるわけだと思う。

媒体が紙でもネットでも同じことで、例えばキッコーマンサイトを見ると、料理の基本から旬の料理から詳しく載っている。歯の健康について知りたいときは、クリニカ辺りのサイトが役に立つ。商品の紹介記事しろエッセイしろ企業がやっている媒体掲載されている文章をみると、何歳ぐらいのどんな経歴の人が書いているんだろうと思う。

コード料理商品になるように、文章もまた商品として存在することは確かだ。ただ、コード個人お金にするにはそれなりの手順が必要だと思うけれど、文章はなぜか、個人ネットに上げるだけでも「儲かる」。

他にも、ネットにアップするだけで儲かるものは色々あるけれど、合法かつ元手がかからず、特に技術習得をしなくてもできる「稼ぎ方」として、「文章を書く」というのは確かに適しているのだろうとは思う。

個人メディア」ができること

ここまでを踏まえて。「商業クオリティ情報量には敵わないが(※ケースバイケース)、読んだ人に満足を与えるような文章を書き、お小遣い程度の利益を得られる、Win-Win取引(読者が読む時間によって「収益」を発生させるなら取引みたいなものではと思う)」を考えてみる。(ものすごく飛躍しているような気がするけど気にせず進めます

商業ではなく、市井個人が書くことに意味がある文章とは何か。

それは、「その人にしか書けない文章を書く」ということではないだろうか。

別に個人情報を晒せということではない。出身地職業家族構成は確かに、その人を知る大事情報だけれど、同じような属性を持った人が世の中にはごまんといる。

他者から客観的に見た自分」と、「自分演出したいキャラクター」には、往々にして懸隔がある場合が多いと思う。シニカルに渋く決めているかと思えば、愚痴悪口を書いてしまったり。写真にお洒落な加工をしていても、背景がどうも決まっていなかったり。「本当の自分らしさ」は、他者からの反応や自省によって得られるもので、見たくもない自分を見せられることも多いし、自分評価されたい項目と他者から評価される項目が違ったりもする。

それでも。「自分の良いところ、推せるところ」を見つけて、「それによって他の人を満足させ、楽しませる」ことが、「個人としてメディアをやること」の強みなのではと思う。

その人にしか言えない言葉、できない話。培ってきた価値観文章テンポ言い回し自分なりの軸による知見や考察。人によってはイラスト作品。例えブログ名や使っているテーマを変えても、文章ならば増田に書いても、「ああ、あの人だ」と分かってもらえるかどうか。

「その人にしか書けないブログ」こそが、個人ブログ存在意義なんじゃないだろうか、と。

商業に出来なくて個人ブログならできること」は多くある。言及合戦ボールの打ち合いもそうだし、商業の連載や肩書を背負ったブログと違って、思ったことを好きなように、題材も自由に書ける。

日記を見ると、今日したこと、最近興味のあること、生活感情の移り変わりを感じることができる。例えば料理写真ブログであっても、書いている人のキャラクターが違えば、受ける印象は全く違う。

「その人らしさ」が感じられるなら、面白くないブログなんてひとつもない。どんな個性でも、ネットに上げれば一人くらい、それを楽しんで、好きになってくれる人がいる。それがCGMの良いところで、インターネットが普及した利点であると思う。

さらに言えば。有名ブロガーの人たちを見ていると、やっぱり「読者を楽しませること」にとても力を入れているなと感じる。

スタイルは人によって様々だけれど、重い段落がつづくとその人のやり方で空きを入れたり、ボケてみる。自分の愛されている分野以外のことはあまり書かない。反応がよかったらまた掘り下げる。とか。(まあ、こうやって分析されるのも嬉しくないのかもしれないけれども。)

当たり前に、お互いがWinWinになっている関係で。それは愛されるよなあ、と感心したりする。

交流勢について

互助会」という言葉について書くにあたり、ブログをやっている人を便宜的にタイプに分けます

A)古参はてダ時代からやっているような人。総じて文章が上手い。更新頻度は低め。交流はあまりしない。

B)新参。好きなことを書いてあわよくば若干の収入を得たい感じ。更新頻度が高い。交流が好き。

C)アフィリエイター。以下のようなタイプがあるように見える。

ガチのアフィの人。それなりの戦略があるタイプ。「かわいい画像!」とか「速報・芸能ニュース」とかそういうやつ。よくダッシュボードの右に載っている。他にも色々やっていると思われる。

・何を考えているのかよく分からないタイプ。ほぼ中身のない記事にひたすら広告を貼る。偏狭そうな人が多い。

・「ブロガーとして」明確に互助を目指し、ブクマ不正している、らしい。偶に増田告発されているけど割とスルーされている印象(興味がないのでよく知らない)。

よく見かける「互助会」という言葉は、B)に向けて使われる。「お互いのブクマコメントブクマ数を稼いでいるんだろう!」というやつ。

でも、実際のところ。「当たり障りのない敬語コメント」は、「相手好意をもっていて話しかけたいから」「交流が楽しくて」やっているのだと思う。

その証拠に、「スターブクマフォローしたけど返してくれなかった!PVが伸びない!」なんて愚痴を書いている人は誰もいない。(このクラスタは素直な人が多いので、そういう気持ちがあったらたぶん正直にそういう記事が書かれ、誰かの目に留まるのではないかと思う)

ブクマしてほしい」という気持ちももちろん多分にあるだろうけれど、自分リアクションするにあたっては、利益を期待してやっているんじゃない、と思う。

嘘だと思ったらそのへんの、自分が「互助会」と呼んでいるブロガーに聞いてみたらいい。相手言葉をなげかけるのが楽しいから相手のことが好きだから。たぶん、思うより多くの人が、そう答えるのではないだろうか。

そうはいっても、はてブ的には馴れ合いコメントは確かに鬱陶しいだろうと思う。では、コメント欄を使えば解決する話ではないのか、とも。

そう考える人はもちろんブログを書いている側にもいて、読者に向けて「ブクマでなくコメントで交流しませんか」という提案をするブロガーもいる。読者が何百人レベルになってくると、はてブ側に気を遣ってのことだと思われる。

Twitterとの連動など、利点はあるようだれど。言葉をかけたいだけなら、ブロガー本人が「互助会」と叩かれるリスクをとる必要もないのではないかコメント欄もっと気軽に使っても良いように思う。

もうひとつ別にお互いに便宜を図っているわけでもないのに、「互助会」と呼ばれるのは何だかおかしい気がする。「交流会」「ひつじ会」とかのほうが実態を表しているのではないだろうか。(「ひよこ会」とかでもいい。何かかわいい名前がいい)

マネー勢について

で、じゃあ「スターブクマフォロー利益を得ることを目的とした行為」はないのか!というと、うんざりするほどある。

C)のアフィリエイター系。これが本当にしつこい。見るからに書いていて楽しくなさそうな、NAVERまとめ的なブログからリアクションがそこそこの頻度で来る。凄かったのは、同じ記事に2度3度つけてくる人。無言でそれをやられても、ただ気味が悪いだけで、何かを返したいとは思えないのだけれど。

相手の人格や思いを無視して、金銭のためにブクマをつけて何が楽しいのか、と。他人の顔が札束しか見えていないような、うわべだけの文章を読みたいとは個人的には思わない。まして広告クリックなんてしない。

これは自分に矛先が向くことを恐れているとか、好きな人擁護したいとかでもなく、単純にクラスタの分類として。交流勢よりも、こういった「機械的な無言のリアクションによって、露出や返報を期待する」アフィリエイター勢のほうが、真に「互助会」と呼ばれるに相応しいのではと思うのだけど、どうだろうか。

ネット上で、文章で稼ぎたいのは勿論、悪いことではない。でも、個人的に読みたいのは、誰でも書ける情報のまとめとかではない。

アフィリエイトをやっている人であれば、どうしてそれを始めたかとか。情報収集はどうやってしているかとか。ライバルはいるかとか、作業するときにかけている音楽とか。その人にしか言えない言葉面白い話。そういう文章が読んでみたい。

「読む側」としてのスタンス

はいえど。面白かったり為になる文章無料で読みたい、というのもある意味、何というか難しい話だとは思う。

医学辞典なんて手元にないかネットでいいや、とか。先述のように、企業宣伝のために作成しているページを利用する、とか。「ネット」と書いたけれど内訳は、キュレーションサイト個人がアフィ目的で作ったサイト質問投稿サイト個人ブログのどれかが引っかかることが多いのではないだろうか。

それが確実な情報源でないことは、もちろん周知の事実である。それでも取り敢えず適当情報がほしくて検索する人がいるから、それにあわせて少ない労力で情報を供給し、利益を得ようという流れが自然に出てくる。

「分かりやす出所の確実な情報」ならば、上述のように、出版業界商品に頼るのが却って近道ではないかと思うことが最近増えている。「集合知」は確かに無料だけれども、「文章」にクオリティを求めるならば、書籍を買うか図書館に行けばいい。紙が面倒ならデータの形で入手すればいい。

商業としての出版を信頼しているから、例えば某警察官やめたブログ暴露されていたように、CGMのふりをして売名する商業があるとしたら個人的には少し悲しい。プロとして作り上げたものプロモーションされたものに、正当な敬意を払いたい。

…ここまで書いてきて心配になったのだけれど、出版業界の回し者ではなく、ごく普通の読書好きのオタクが書いています。信じて欲しい、としか言えないけれども。

逆に言えば、ネットで、商業ではなく個人が発信するとき、それは受け取る側となんら変わらない、「普通の人」なわけで。文章を発信する側は全ての責任とリスクを負うべきで、受信側は何を言っても良い、ノーリスクハイリターンな立場である、とは自分には思えない。

ネットを使っている人であれば誰でも、ある程度の文章は書けると思う。たまには「発信側」になってみるのも、悪くはないんじゃないかと思ったりする。

同じ人間が一人としていないならば、誰にでも、「その人にしか書けない文章」があるはずで。私はそれが読みたい。

色々書いてきたけれども、これが正しい見方であるとは自分で思っていない。誤りや偏りの指摘も含めて、議論一助になればと思う。

2017-05-11

自分作品を悪く言うのは、その作品を好きだって読者に失礼です」みたいなの何なの、すっごい気持ち悪い

まず、言ってるおまえは好きなのかと、好きだから言ってるのか、好きじゃない奴が横から口を出すな

で、好きだとして、好きだから何なんだ、お前が好きだとして、俺が失敗だと思う気持ちを何で否定されないか

お前が好きだってはいいわ、好きにしろ、だが、こっちだって自分気持ちってものがあるわ

お前の個人的感情などしらねええええ

そりゃ、好きだってのは嬉しいよ、嬉しいけど、関係ないだろ、こっちの気持ちには

お前の感情一つで、なんで縛られなくちゃいけないっての

大体失礼ってなんだよ、失礼って、あやふやなんだよ、なんとなくほわっとした、こう言っておけば誰かしらの感情にそぐうだろう見たいな総花的な言いよう、ほんと知ったこっちゃねえよ

作ったもの責任とか、云々カンヌ映画祭だか何だか知らんが、

作って、出して、お前は満足したんだろ、もうそれでイーブンだろ

作品はそこでおしまいだっつうの、こっちが何をどう言おうが、もうすでに作品は完結してるだろうが

値段分のものを得たんだろ、そっから先に責任くそもねえよ

作ったほうからすれば、作品ってのは自分から”出した”ものから、もうその時点で客観化が始まってるわけで

自分の外に出した吐しゃ物で、自分ではあるけども、自分とは切り離された別のものなんだ

そっちは自分の中に”取り込んだ”から、それが自分自身の一部となって、それを否定されるのは自分否定されるように感じるかもしれないが

しったこっちゃねえええええええええええええええええええええええええ

こっちは、どこが失敗したか、何が悪かったか、それを客観視して、次につなげなくちゃいけないだろ

言語化して、それもこれも出して、そしてまた客観化する作業の途中で、そしてその終わりだわ

上っ面でつるつるすべるような「好きですー」「ありがとうございますー」って、滑らかな氷上のコミュニケーションとって終わってそれで満足できりゃあそれで良いんだろうけど

次だよ、もう次、次に行くんだよ

失敗したものを世に出したのかって?

結果的にはそうだろうさ、結果的にそうなってしまっただけで、それは結果論

出すときに失敗だとは思ってないし、作るときには失敗するとは思ってないし

でも、出した後に誤字が見つかって失敗してたって気づくことあるだろう

おんなじことだろ、出した後に、いろいろ考えて失敗だったって、結果として失敗だったって、そういうことはあるだろうが

じゃあ、出した後に「誤字がありました」「ミスプリントがありました」とかって言っちゃ駄目かって言ったら、言わないと駄目だろ

しろ言えだろ

その誤字に味があるったって「なにするだァー」は誤字だろ

お前が好きだからって、失敗を認めないとか、そんなもの、ただのなれ合いだろうが

他の受け手からしたら関係ないだろ

お前の感情が何ほどの価値があるんだって

好きだから自分の気に食わないことを言うなって、どこのストーカーだよ気持ち悪いんだよ

お前ひとりを相手にして恋を囁いてるんじゃねえよ

うぬぼれんな気持ち悪っての!!!

9年前に書かれたオタクDQNに関する2chレス

851 名前恋人電話中(湖北省) 投稿日:2008/03/31(月) 17:42:05.99 ID:oefKdfWc0

どうやら今、オタクの最新のトレンドは『DQN化』らしい

ヤンキーみたいな馴れ合い内輪ウケ、お互いがお互いを無条件で

認め合うセカイって何だかんだ言ってやっぱ良いよね。ムラ社会回帰だ!

失われた青春プレイバック・永遠文化祭、思いっき馬鹿やって何が悪い

キモイと言う奴が悪いんだ!俺には権利がある!

メタボリックデブ女装コスで街を練り歩いてコスプレ文化の素晴らしさをアピール

聖地巡礼と称して田舎町の住宅街撮影だ!

批判意見には『否定的意見もありますが、全体的に観ればアレは成功です。

批判する方が馬鹿です。』とメタ視点で対抗。

何だかんだいって成人式で暴れるガキとか初日の出目当ての暴走族とかを

馬鹿にしながらも彼らの放つ若さエネルギーとか絆のような繋がりとか

ギラギラしたマッチョイズムが羨ましかったんだ。


秋葉原通り魔事件2008年6月8日

都内では「アベ政治を許さない年寄りを見るよ

バリバリ働いてそうなスーツの人とかは皆無で、引退してるんだか何だか判らないけど、山歩きみたいな格好でフダ下げているおじいさん、おばあさんをよく見かける。

ナップザックみたいのを提げて、メッセージフダが掛けてあるの。

デモ的なヤツなんだろうか?

http://anond.hatelabo.jp/20170511103504

日本で語られるマネジメントでは欧米の例が度々引き合いに出されるが

欧米方式などが度々引用されることがあるが、首を切ることに関して言及されることがない。

それが前提で成り立っているのに、そこに関してはアンタッチャブルかのようにダンマリだ。

なんだかんだ、ダメな人もいるのは事実で、首を切るにしろ切らないにしろ、本当にどうしようもない場合にどうするか、

という部分に触れられることは非常に少なく、ドヤ顔理想論が語られるので、

"うまくいってればそれはそうなのだが、だがしかし・・・"、という部分が拭えない。

欧米場合は、ダメなら首切るでそこが担保されているわけだけど、日本だとそれがない。

ビジネス書の類を読んでいても、皆さん良い感じに書籍を書き上げてらっしゃるが、

このあたりの話に深く言及されることはあまりない様に見える。

日本場合法律的にも難しいところがあるので言及しづらいのだろうが、触れたら火傷する領域かのように、皆口をつぐむ。

そのため、何だか片手落ちな印象を受けることが多い・・・

2017-05-10

結婚4年目、セックスレス

夫とは5年ほど交際の後、結婚した。

交際時は遠距離恋愛だったので、会えば、まあ、致していた。

なので特に何とも思わず結婚した。

結婚してから、月に2回程度しか求められる事がなかった。

夫は激務だし、私が一週間生理の時もあるし、そう考えると…半月に一回でも…とは思った。

無理矢理思わせた。

本当は週に一回はしたかった。

から言うと逆に萎えしまうかな…と考え、自分から不満は言わなかった。

一応私からも夫のパジャマの隙間から肌に触れてみたりもした。

でも夫は「もうwwwくすぐったいよwwww」みたいな反応で終わる。

くすぐっているわけではないのに。

私に技量がないのか。

半年くらい経った時には、既に月に一回になっていた。

誘われてあまり乗り気でない日も勿論あった。

でも今回を逃してしまったらまた来月になってしまう、と思うと、無理にでも応えた。

ある日、可燃ゴミを捨てようとした所、臭った。

何だろう?と思った瞬間に分かった。

夫が一人で、したのだ。

私にはしてくれないのに、一人で。

二人でするのは疲れる、一人でするのはまた意味が違う、色々理由があるのは分かる。

でも、自分がこんなにもしたいのに、その結果の物が捨てられている事に無性に悲しくなった。

私は求められる様な女ではないのかと思い詰め、夫に号泣しながら訴えた。

夫は優しい人だ。

「ごめんね、気付けなくて。俺も疲れてる日があるから。出来るだけ応えるよ。◯◯ちゃんも言ってくれて良いんだよ」

受け入れて貰えた。

しかった。

これで少しは歩み寄れただろうか。

結婚4年目になった。

今年に入って、2回しかしていない。

月に一回も下回った計算になる。

いつか、前みたいに不満を言った時はあった。

けど何も変わらなかった。

私達は今でも仲が良い。

毎日キスもする。

毎日ハグもする。

でもセックスはしない。

欲求不満で爆発しそうになる時がある。

でもそこで外に相手を求めてしまったら、全てがおかしくなってしまう。

色々な事情があり先送りにしてきたが、もういい加減いい歳なので、子どもも欲しい。

子どもが大好きな夫は、子作りには積極的に協力してくれるだろう。

愛を確かめセックスではなく、子作りのセックスには積極的に。

私は何なんだろうか。

産む機械ってやつか。

今回の生理ももうすぐ終わる。

また今日セックスしてくれるのだろうか、と思う夜が続く。

そしてまた次の生理が始まるのだろうか。

夫の事は好きなのに、何だか疲れてしまった。

2017-05-09

日本都市より現代日本を読む

言語文化市場など基本的に「閉じた社会である日本において、お上承認されることにより連中の視野が広がったように見えているだけです。精神鎖国はむしろより強固になりますし、実際特に文化的側面において取り残されているのは、諸君もよく指摘されるとおり。

大衆の反発ごときでは微動だにしない強固な権威構造がこの国にはあって、原住民はそれに阿諛追従し、おこぼれを頂戴することによって生かされているということです。

近代的ではない自我原住民)が結合することによって、全体主義が出来上がるのは歴史が教えるところ。相互監視同調圧力といった悪しき伝統も剥き出しですから危機感持たないといかんでしょうね。

この国では公共交通公共性を捨ててしまい、東洋社会国民蔓延する我欲の増幅装置に堕してますからね。あん低俗ガス抜きに煽られる大衆相手なら、企業は楽に稼げますし、権力者もやりたい放題でしょう。その行き着く先が何かということなんですが。

そんなカタストロフィを予期して自分らの取り分を確保し、逃げる準備をしている連中が散見されますね。連中は昭和時代危機をそうやって乗り切った奴らの後裔ですから、やることは同じです。欧州各国のように軟着陸できればいいんですが、困難としか言いようがない。

大したことは言えませんが、個人が抱く企業権威に対する生々しい危機感当事者意識日本外国では段違いだなとは思っています日本大衆疲弊しているとかよく言われますが、それは言い訳にはなりません。例えば韓国なんか日本どころではないくら生活(たとえば通勤)は大変なので。

それはたぶん、自己や現状に対する肯定感の違いでしょう。何だかんだ言って日本人は今の日本都市が好きで、韓国人アメリカ人祖国があまり好きではない。日本人にとっての「日本」は社会臭の希薄共同体で、日本人はこれにぶら下がりますが、外国場合はかなり決定的に違います

機関民間共同体自国民を養育し、中心から片隅まで面倒を見ていた時代、あるいは国民一人一人がそう信じることができる時代がいつまで続くかでしょうね。おそらくそろそろ限界外国最初から(良くも悪くも)そういう国ではなかったんです。

私は最近特に顕著な「日本満員電車離れ」「日本鉄道離れ」に注目しました。あれは、これまで日本都市の信頼を約束してきた共同体裏切りに対する訣別宣言です。そんな彼ら彼女らの受け皿として道路交通機能するかが日本復権勝負の分かれ目でしょう。

とりあえず昔とは違い、日本国日本民間共同体ハードクラッシュしたら困る人達日本の外にもいるので、決定的な事件災害戦争などが起こらない限りは軟着陸するんじゃないかなとは思ってます(それが良いかは判りませんが)。

日本場合日本人の「日本的共同体幻想」と言語の壁のせいで精神鎖国が続いてますから、常に「まずい」状況なんだと思います日本私鉄社会車社会国鉄破滅させながら自分らの権益を確保した連中の残りカスですから卑怯なのは当然。そして同じように危険でしょうね。

韓国しろアメリカしろ日本ほど懐の深い国ではないですし、引き籠っていたら生きられなかったので外に目が向くんです。国際都市インフラガラパゴスではお話になりませんし、国内市場が完結したら大国になりませんしね。当然、資源流出しがちになるので、移民外資在外国民を受け入れたり、中国主要先進国に学ぶ方向に舵を切ったということです。

日本人日本未来中国韓国になぞらえるのはそのへんの文脈欧米やその既得権益支配によってもたらされた貧困で食い詰めて切羽詰った原住民が、革命を起こして、エスタブリッシュメントになりましたよね。さすがに日本人はそこまでになれるかわかりませんが。(笑)

2017-05-07

自分はまだましだと下を見て安心してしま自分が嫌になる

FGOで5万円(今回計15万円)つぎ込んで当たりが出ず消費者庁に連絡しようと言った人が叩かれて取り下げる

https://togetter.com/li/1108014

こういうガチャに何万円つぎ込んだとかいう人を見て

自分は親に何万円仕送りしてるから自分の方がマシだ」

安心してしま自分が嫌になる。

別に彼らは書いてないだけで、他に寄付だのなんだのしてるかもしれないし、

そもそも金額を比べるようなものでもないのに。

何だかんだ言いつつ、今年のGW帰省して親に5万円渡してきた。

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