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はてなキーワード: 命題とは

2017-04-19

なぜ見当外れのコメントが無くならないか考えても無駄な日々を送っている

提唱者「原因Aのとき結果Bである

同意者「自分も同じ結果Bであった」

正しい反論「結果B以外でも結果Cの場合がある」

見当外れ「原因Aはおかしい!原因Xであるべきだ!」

 

この見当外れにとっては「原因Aであるとき、結果Bである」という命題に対して

本題となるところは原因Aという動かぬ前提に対して結果Bであるかどうか、というところに焦点を当てるテーマだということが理解できてない。

分かりやすくいうと空気読めてない。

現代文を満点取れないタイプだ。

 

周りの人間が何について議論していて何が真で何が偽か突き止める優先順位が目に写らない。

そのため平気で前提を変えようとするし自分の中でそれは筋が通っていると思い込む。

この手のタイプ会議の進行をたびたび邪魔するし何か新しいアイデアを出せるのかといえば、

その原因Xという新しい前提でさえ途中で変えるため何の積み重ねも作らずに何も生み出さない。

泡のように出てきた自分の考えがさも名案のように会話にハサミ混んでくる。

徒労だ。

 

彼らにとって変えてはいけない前提というのがそもそもないのかもしれない。

朝起きて見知らぬ歯ブラシがコップに刺さってても、それがトイレ掃除用の歯ブラシでも平気で歯磨きするのだろう。

今日も彼らの原因Xであるべきだ、原因Yであるべきだ、水ようかん何だかんだという

進行妨害を受けながらもなんとか協力者と会議をまとめることができた。

牛歩のように遅い進捗も彼らは社長お気に入りなので咎めることもできない。

お疲れ様です、明日の私。

2017-04-15

電車内は飲食禁止原則じゃない

なんだか電車内での飲食が是か非かが中心命題なっちゃったので仕切りなおして、その件に関して。

具体的にJR東日本に関して、JR東日本お問い合わせセンターに問い合わせて「電車内での飲食禁止していますか?」とたずねたらノータイムで「一切制限はしていません」と返ってきたよ。

東京メトロ電車内の飲食で制限はありますか?制限はしてない。マナーポスター飲食に関するものもあるけどあくまマナーを守った範囲でというお話

もちろん禁じてるところもあって新京成マナーで明確に飲食を禁じている。

から飲食を禁じていない電鉄会社電車内で飲食はせいぜい「マナーを守って飲食する」なのになんかそのマナーが「飲食原則禁止」っておかしくないか

というのが大前提だったわけなの。

もちろん「マナー」が人により変わるのは分かるが、その範囲が「原則飲食禁止」の方に偏りすぎてない?って思うんだけど。

以下レス的な文章表記方法とかあまりからないので言われたら訂正しま



田舎者

お前らDQ3エジンベア住民かよ!?田舎出身とは書いたが、「田舎者連呼はひどいだろ。そもそも電車内での飲食禁止とかロングシートでは飲食禁止なんて都会の一部のルールなのにそれが誰もが共有するマナーだと思ってる方がモノカルチュラル自己価値基準絶対だと思ってる精神的に「田舎者」なんじゃないかな?

マナー常識

から電車内での飲食を可と文化圏に育って、駅構内電車内でも一切告知されないことがマナーだとか常識だとか言われても困る。私はエスパーじゃないんだから

周りを見たらって言われても、そもそも食事をしてる際に周囲の視線なんて「趣味人間観察(笑)」の上級者でもないのにやらんわ。

そもそも電車内で一緒になった程度の人間にそこまで関心なんて皆持つの

それに行きが下りで帰りが上り、反対車線の殺人満員電車の様を見て「あっちは大変そうだなー」て感じで目の前には夜勤明けなのか横になって寝てるおっさんかいる状況だぞ?

アスペ気味、キチガイ

自分価値観判断基準が違う人間をそう定義するのは正直感心しないな

臭い

臭覚障害なら、大変だね。でもさすがにそこまで気を使えと言われても困るし、街歩いてれば色んな匂いもあるでしょう?

そもそも匂い自体即悪的なデオドラント文化の影響かな?

牛タン弁当

あのシーン、見てて主人公自体結構アレだし、リーマンの反応も嫌なら空いてるし離れればいいじゃんとしか思わなかったよ。

ピザがのけもの

うん?想定してるのはピザー○お届け!的なものでC.C.が食べてるようなやつだから、両手は汚れるし具はポロポロこぼれるので、ちょっと電車で座った状態でシートなどを汚さないで食べる自信がまったくないんだが。

<国に帰れ

少なくとも江戸時代から日本にいた一族なんでそう言われても困るな。そもそも自分と違った価値観を持つもの外国人扱いするレイシズム軽蔑するし、中国地下鉄韓国電車あたりはたしか飲食禁止だったはずだけど、まあこういう事を平然と言える人間知識も知恵もないのは往々にしてあるので不思議じゃないかな。

そもそも車内飲食可は鉄道黎明期から日本の伝統文化なんじゃないかな?


<俺ルール

日本では「マイホーム」「マイカー」なんて用例もあるし、なんら法的、公的根拠の無いルールという意味で「俺ルール」って使ったけどなんか他にいい言葉ある?「村の掟」とか?

2017-04-13

はてなーってLGBTは物凄く尊重するけど

実際のところ、例えばペドフィリアとか、ロリコンとか、動物性愛とか、ネクロフィリアとかは差別してるよね。

どういうとこでその差をつけてるの?

自分が許せるかどうか、気持ち悪いと思わないかどうか」「社会一般的にそれなりの多数かどうか」レベル判断しかしてないんじゃないの?

たまたまLGBTはそれなりの数が居て、自分気持ち悪くない程度の「度合い」でしかいから「赦してあげてる」だけなんでしょ?

小児性愛しか性的興奮できない人の悲哀について考えたことは?自分がその立場だったらどうすればいいのか、ってことを想像したことすらないでしょう。

同性愛だけにものすごく「配慮」するくせにね。

こないだの大阪府の「同性愛者に養子を」ってニュース拍手喝采送ってたのはものすごく滑稽だった。

「俺たちの思いが伝わってる~」って、完全にオナニーやんけ。気持ち悪すぎるw

結局、「自分気持ちいい」対象存在しか認めない癖にね。

どうせ「子どもなどの判断や抵抗ができない対象性愛対象にするなんてありえない」ってんでしょう。ましてや、「小児性愛精神的にビョーキから適切な治療が待たれる」くらいの気持ちでしょ?その理屈なら同性愛だって病気扱いできるだろ。

自分たち気持ちよく思える範囲の「差別反対」に一生縋ってろ。

この命題論理的反論できる奴がいたら出てこいや

2017-04-10

http://anond.hatelabo.jp/20170410173520

ここの破綻がもう20年も前の話で、知らない人がいてもおかしくないくらい前なんだな。

ロングターム・キャピタル・マネジメント

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%A0%E3%83%BB%E3%82%AD%E3%83%A3%E3%83%94%E3%82%BF%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%9E%E3%83%8D%E3%82%B8%E3%83%A1%E3%83%B3%E3%83%88

アメリカ大学だと、大学資産経済学の知見を使ってうまく運用している話はよく見かける気がする。

日本大学もその手のことをやっているところがあって、リーマン・ショック大穴開けてた記憶がある。

まあ、経済学者は稼いでないって命題が間違ってるんだと思う。

2017-04-08

http://anond.hatelabo.jp/20170408115713

なんで?女だから生きづらいって主張するのも

それは関係ないって主張するのも個人自由でしょ

卑怯だとかいう話を持ち込むなら女だから生きづらいとかい実証不可能命題を持ち出す側のほうが卑怯でしょう

別に自分卑怯かどうかなんてことにこだわってないからどうでもいいですけど

2017-04-03

死にたくない

私は教師じゃない。行政職員だ。絶対定時に帰ることを誓おう。憎くてたまらない。誰も教室の中で味方になってくれない。平静を保とう。自分がまず生き残る。それが私の生存戦略だ。鬱にはならない。安定した自尊心の中で生きる。ストレス耐性をつける。コミュニケートは過度には要らないが、しっかりと生きよう。コミュニケーションに自信がなくてもいいじゃないか死ぬわけではあるまいし。私には諦念がある。誰ともうまくコミュニケートができないのだ。元来の性質であれ、生得的な性質であれ、もうこれはあまり改善しないし変わらないのではないか。そんな諦めだ。だって、どうやっても改善しなかったじゃないか。もうしょうがない。諦めよう。他と適切なコミュニケーションを求めるのはある程度諦めよう。望みが強いから、欲求が強いから、できなかった時の失望が大きいのだ。仕方ないと割り切ろう。私はもう誰とも心を開いてコミュニケートできないのだ。しょうがない。だからと言って向上させないわけではない。初期値が低くても、限度があっても、第二の課題程度と置いて、少しずつ伸ばす方向での戦略をとる。絶対戦略ではない。必ずではない。命題第一精神が安定し、生き残ることだ。

2017-03-27

死んでも代わりはいくらでもいるという現実

上司が死にました。

突然でした。

会社に来たら「昨晩亡くなりました」と。

隣のチームの上司だったけど、大して仲良くもなく、仕事で絡むこともなく、それまで会話という会話はしたことがないけれども、それでもやはり驚きました。

過労死ではないとは思うけども、そこそこ多忙仕事でした。

月に2回程度の国内出張に、3ヶ月に1度くらいの休日出勤代休なし)、残業時間は月60時間くらいでした。

いわゆる過労死判定される80時間には届いていないので、過労死と訴えられることはないと思う。

それだけ働いていた人だから、さぞいなくなったあとは大変だろうと思われるだろうけども、

確かに後任の人が来てその人が慣れるまでの一ヶ月くらいは同じチームの人たちは大変そうだったけども、

後任の人が慣れてからは「亡くなった」という事実すら忘れ去られるくらいに何事もなく仕事が回るようになった。

結局、どこかのアニメであったセリフ、「私が死んでも、代わりはいもの」は真理なのだ

余程名の売れている漫画家とかスポーツ選手とか芸能人でもなく、単なるサラリーマンである場合は、その人の仕事なんてその人が死んだら別の人がやるだけで、いくらでも代わりがいるのだ。

から仕事のために無理をしてプライベート健康犠牲にしたりするのは無駄以外の何者でもない。

「この仕事は俺にしかできないんだ!( ー`дー´)キリッ」などといって、気張って無理をするのもいいけれど、結局自己満足で、自分しかできない仕事なんてそうそうこの世の中にはない。

遊んだり、家族時間を過ごしたり、友達と笑ったり…そういう時間は、自分しか過ごすことのできないかけがえのない時間だ。

仕事プライベート、どちらが大事なの?」なんていう、使い古された命題は、

死んだあとも何事もなかったかのように回る職場を見て一定の答えを得た気がする。

本当に、上司は死んだんだろうか。

上司が死んだと思っているのはその上司家族だけなのではないだろうか。

同僚である私達にとっては、後任の人が普通にその上司がやっていた仕事をこなしてくれているので、

上司が死んだ」のではなく「上司が異動した」という感覚しかならない。

あんたが死んでも代わりはいもの

「私が死んでも代わりはいもの

人間なんて、そんなもんだよなー。

2017-03-08

http://anond.hatelabo.jp/20170308222636

条件を付け加える?

不適応者は不幸になる確率が高い」という論理が成立するなら、他の全ての要因についても同じように成立するため、「不適応者は不幸になる確率が高い」というもともとの命題矛盾する。そんだけの話。

付け加えるんじゃなくて、最初の前提を認めるなら、集団の全員が「不幸になる確率が高いグループ」に入るまで、要因分けをすることが出来るでしょ?

http://anond.hatelabo.jp/20170308220623

うん、で各種要因に適用し続けた場合不適応者とそうでない者も、「不幸になる確率が高い」グループに含まれることになり、その特定集団の中で「不適応者は不幸になる確率が高い」という命題矛盾をきたすの。

わかる?

http://anond.hatelabo.jp/20170308170122

んーそうじゃねーんだ。ロジック問題なんで

言い換えるなら




不適応者がそうでない人よりも不幸になる確率が高い」ならば「不適応者が不幸になる確率が高い」

という命題は偽である




ことをどう説明したらいいのかっつーことで。

○○パーセント以上を「高い」とする、で○○の数字に何を入れても、命題が偽になる点で変わらないのな。

2017-03-05

http://anond.hatelabo.jp/20170305202646

産んだら不幸になるから水子芸とかいう謎論法。産んだら存在してしまうので水子じゃないんだが産まれ子供と産まれなかった子供が同一だというキチガイ理論を垂れ流すクソの子供ってキチガイになりそう。

産んでないんだから一休さんの虎とか言ってる阿呆もいるけど、存在しうる存在現実には確実に出てこない虎にたとえるって相当頭悪いぞ。それを言うなら存在してない産まれなかった子の意志なる概念を持ち出してる方に言うべき。

トラバまとめ

http://anond.hatelabo.jp/20170305212416

http://anond.hatelabo.jp/20170305215044

はい?たとえば遺伝が確実な障害を持ってるのに産んだら、環境が悪いのに産んだら、不幸になる確率は健常者よりも高いよね?^^

これは社会学生理学遺伝学で証明された事実なので、きみらがわーわー喚いたところで、何の意味もないですよ?

健常者や現在勝ち組に入れた障害者等の側の人間が、努力認識でぜったいにぜったいに幸福になれるもん!とか喚いてるのって、典型的感動ポルノだよね笑

努力認識幸福になれる~という期待を勝手子供におしつけて産むのは虐待と言っても過言ではない。

幸福にできる可能性が低いなら、産まないという選択必然だよね。

☆脳ミソ腐ったクズトラバがまだ喚いてるのか笑http://anond.hatelabo.jp/20170308165310

最初セリグマンを持ち出して低所得など外部環境では不幸かどうかは決まらない!遺伝子ほとんど決まるんだ!と熱弁していたクズが。

「不幸かどうかは幸福を感じやす遺伝子という要素で50%決まる」という議論があるけど、この命題が正しければ一般人発達障害者など不適応者のうつ病にかかる率は同じでないといけない。しかし、実際は後者の方がうつ病にかかりやすい。つまり不適応者は幸福を感じやす遺伝子が低い傾向にあるので不幸になりやすい」か「不適応者は幸福を感じやす遺伝子を持っている場合があるが、それ以外の二次障害で不幸になりやすい」である証明がなされた、ということになる

こうやって論破された途端に、外部環境でも不幸は決まるかもしれない!とか言い出す議論にもならないゴミ

しかもさんざん可能性が上がるという話と高いという話は別だぞと言ってきたくせに、可能性が上がるから~とか言い出しててワロタ



☆以下の消えたトラバで「不幸かどうかは幸福を感じやす遺伝子という要素で50%決まる」という議論があるけど、

この命題が正しければ一般人発達障害者など不適応者のうつ病にかかる率は同じでないといけない。

しかし、実際は後者の方がうつ病にかかりやすい。

まり不適応者は幸福を感じやす遺伝子が低い傾向にあるので不幸になりやすい」か

不適応者は幸福を感じやす遺伝子を持っている場合があるが、それ以外の二次障害で不幸になりやすい」である証明がなされた、ということになる。

さらに50%以外の要素は、人間関係など、不適応者が苦手なものなので、より不幸になる確率は高いといえる。つまり、「他人幸福になれるかどうかは、わからない。」、「 子供はい他人の幸不幸を判断し得ると考えるのは愚かだ」という主張は間違いだといえる。また、トラバに対する反論をまとめておく。

・下層ですら適応できずに苦しむ可能性が高いなら産まなくていいってことですね~

次にサービス業が増えた現代では下層でも感情労働しなきゃいけないのでストレスまりっぱなしで大変ですね~

体力仕事だと30代後半で詰みが見えるね~

特に発達障害者身体性が低かったりストレス耐性が低かったりするから難しいですよね~

下層で適応できてるって、要は諦めで現在快楽に逃避してるだけでしょ?

不幸になる確率が高い子供感動ポルノを期待して不幸を味わわせるのってマジで可哀想

幸福になりやすい脳があっても仕事人間関係人生の大半なのでそこに不適応を起こしやす遺伝子の結果、ストレス値が高くなるので不幸につながる

他にも発達障害特にフラッシュバックが起こりやすいなど不幸を感じやすいというデータがある

・某さんの依拠してるであろうセリグマン人間関係重要性について謳ってるしね。

人間関係不適応になる確率が高い人間は不幸という指摘をしている俺の主張を補強するものだ。

また、セリグマン不適応なうつ病や統合失調症遺伝率は幸せを感じる遺伝子遺伝率よりも高いと本のグラフ提示していた。

うつ病患者も不幸な子供を産む確率が高いという点においても俺の主張を裏付けものだね。

人生の大半は仕事人間関係である以上、それに適応できなければ不幸になる確率が高いのは当然。

その場合環境遺伝が大きい影響があるというのは学術根拠がある。

努力認識論に持ち込むのは健常者や既に適応済の人間感動ポルノにすぎない。

学術的に不幸になる可能性が高い親がいるという事実否定できません。

メートル走で一般人より3秒出遅れてもボルトなら勝てる!一般人相対的に足が遅いやつもある!

3秒遅れたからといって絶対に負けかはわからないぞ!と喚いて、適応するのに苦労する人間を見てオナニーするのは虐待ですよ。

2017-02-26

意外と見落とされがちなリベラル派の難民問題に対する認識問題点

難民難民入国トラブルになる最たる例が、受入国雇用難民が圧迫するというもの

それが難民排除に繋がり、最終的には難民支持派の政治家選挙で落とされるという事態にまで発展した。

そこで修正案として、例えば最近ではスウェーデンが、その国にいる既存労働者雇用を優先するという政策を発表した。



ここからが本題だ。

スウェーデンのこの政策は、紛れもなく自国第一主義だ。

トランプ政権の「アメリカを再び偉大に」というスローガンも、表現は大げさでレトリックにまみれたものだが、その本質自国第一主義にある。

まり、その究極的な目的は「他国難民よりも自国国民が優先」ということだ。



いわゆるリベラル派は、この難民よりも自国民を優先することを、

差別、或いは不正義とみなしているのではないか



昨今は難民問題で大きな論争が起きているが、まずそもそも大元問題として、

上記の命題に対する是か否かという論点が、非常にあやふやなまま放置されているのではないか

というのが私の主張したいことだ。



国民国家という枠組みを前提とするなら、難民より自国民を優先するのは当然の発想だ。

だが国際的問題視野を広げ、ただ自分たちだけさえ良ければ良いという考えこ先進国欺瞞だ、

その欺瞞が抱える矛盾こそがシリアなどの戦争歪んだ形で現れている、

従って先進国自国利益を削ってでも難民を助けるべき、という考えもまた当然出てこよう。

またあまりにも理想主義がすぎるが、自国民雇用も維持、かつ難民も受け入れて共生を図ろう、とするのも選択肢としてはあり得よう。

ただこの場合現実性があまりにも乏しく、従って支持する人が非常に少ないことは想像に難くないが。



難民問題について議論するには、まず上記した2+1選択肢のいずれによってたつか、その主義を明確にした上で始めるべきだろう。

また或いは、2+1以外の選択肢もあるならそれを提示した上で、それを選択すると発言した上で議論すべきだろう。

前提条件すら確認もせず立場曖昧なまま議論を進めるから議論はいつまでたっても一向に成熟しないのではないかと私は考えるのだ。

老害チェックリスト

  1. 人に会えば年齢をまずチェックして、自分より若い人にはぞんざいな口調になる。
  2. だいたい命令口調で話す。
  3. 最近の若者たちは努力がなくて、世の中のせいにして、不平不満だけを言っていると主張している。
  4. 「○○とは○○である」というような真理命題を頻繁に駆使する。
  5. バス地下鉄優先席に座っている若者に「どけ」と言ってやりたい衝動がある。
  6. 後輩の長所や業績を見ると、自動的反射的にその後輩の欠点や弱点を探す。
  7. 「私がお前の年齢だったときは~」という話をよくする。
  8. 私より遅く出勤する後輩にむかつく。
  9. 高位公職者や大企業幹部、有名芸能人などと個人的な縁があることを必死で話す。
  10. コーヒータバコの世話をしなかったり、あるいは飲み会の席で酒を注がない後輩を不愉快に思う。
  11. 自分の知らない方法で働いている後輩に、正しい働きかたを教える。
  12. 自由意見を話しなさいと言っておいて、結局は自分意見押し付ける。
  13. 服装挨拶も勤務のうちだと説教する。
  14. 私はかつてはスバシイ人だったという事実をみんなに知らせたい。
  15. 恋愛子供同士の計画のような私生活領域についても、人生の先輩として、正しい答えを提示できると信じている。
  16. 飲み会ピクニックなど、個人の予定を理由にして場を抜ける人を理解できない。
  17. 私の意見に反対した後輩は、永久に忘れない。
  18. 説教スタイル業務を指示したり確認したりする。
  19. 周りを見回しても、私よりも誠実で情熱的に働いている人はいないような気がする。
  20. 子供たちからも学ぶことがあるという原論には同意するが、実際には何かを学んだことはない。

2017-02-16

いまのはてなブックマーカーのなにが嫌かって、互助会以上に

自分の頭で30秒もろくすっぽかんがえてもいないゴミゴミクズのくせに、

脊髄反射自分にとって心地いい方向に他人を捻じ曲げようとするサイコパスっぷりを発揮しつつ、

言語化した自分によって自省することなしに絶頂に達してるとこなんですよ。

そこから進化して自分にとって心地いい方向に他人を捻じ曲げるために

知識屁理屈や、統計を元にして相関から因果関係を導く誤誘導などで誤魔化すクズことはてなブロガー記事を見て、

自分にとって心地よけりゃ同意してそれが結論であるかのように思い込むし、

自分にとって心地悪けりゃ殺す勢いで否定しまくってスッキリするし、

おまえ情報を得てなんにも変化する気ねぇなら意味ねぇから死ねよという感想しか湧かないんですよね。

他人の考えをどうにかしたくてコメントを書いてる人そんなにいるのだろうか。自分に関わりの無い人になんらかの攻撃をされていると思ってしまうのは、心が疲れている証拠なので、お大事にしてほしい。 - sisya のコメント / はてなブックマーク

自省したことのないクズ自分発言がどういうところから出てくるのか考えたこともないのだとよくわかるな

しかもなぜか俺が捻じ曲げられる側の人間に違いないという脳内妄想全力で振りかぶっちゃう論理性のなさね

他人に影響を与えようとしてないならどうぞさっさと非公開にしてくださいね

他人のコメント見たらそれが全部他人の意見を捻じ曲げるためだと判断するとかどんだけ感受性豊かなんだ。まずネット上の意見なんて指向性ないもの腐るほどあるし、みんなそんな簡単に影響受けねえよ。 - moko_chan のコメント / はてなブックマーク

他人コメント見たらそれが全部他人意見を捻じ曲げるためだと判断するとかどんだけ感受性豊かなんだ

「私はコメントを見たらそれがすべて他人意見を捻じ曲げるためだと判断している」とはどこにも書いてないんですが。

論理性がないアホは脊髄反射コメントするから命題を踏まえた意見を述べられないんだとよくわかるな。

ネット上の意見なんて指向性ないもの腐るほどあるし

はてブの話をしてるんですけど?

あと他人を捻じ曲げようの部分にしか反応してないバカ多いけど

30秒もろくすっぽかんがえてもいない脊髄反射コメントして言語化した自分に酔って自省することなしに絶頂に達してるということや

自分にとって心地いいかいかコメントしてるクズばっかという事実はお認めになってくれてるんですかね?

2017-02-13

夢は南海トラフ上野女史への反感―

本来、三大命題二つ目を書きたかったところだが、こちらの問題を先に論じさせてもらう。


この論考は以下のURLにたいする一人の若者から反論である

https://togetter.com/li/1080097

以上の新聞記事で、上野女史は「経済犠牲にしてでも、平和国家として衰退すればいい」と主張している。

この主張にたいする批判等は、本職の社会学者に任せるとして、ここでは私の純粋なる反感について述べていきたい。

平和国家という「ファンタジー

上野女史は無邪気にも、戦後日本を「平和国家」としてとらえている。

この考えはまったくの見識違いといわざるをえない。


そもそも、戦後日本社会体制1940年代の「総力戦体制を「経済最優先」の形として再編したものである

扶養控除、源泉徴収終身雇用制、護送船団方式のすべてが元々「戦争を想定して」造られたものだ。


社会実態についても、「平和」と呼ぶにはほど遠い。

1950~60年代には、「高度経済成長」の美称の裏で、世界でも稀にみる学生運動市民運動社会不安が吹き荒れていた。

70~90年代にかけては、家庭や企業社会体制のガタが入り、人々を「死へと誘う」システムへと変貌していった。

これが少年非行いじめ過労死などの狂気的な状況を引き起こした。


戦後日本とは、世界的にも稀にみるただの「ゆたか社会である

まったく「平和」でも「民主的」でも「自由」でもなかった。ただただ「ゆたか」だっただけである

後期近代―不確実な私、国家社会

しかも、「ゆたか社会」は90年代2011年にかけて完全に崩壊した。

まず、政府安全神話が崩れ、

企業身分制保障崩壊し、

最後に、原発事故とともに社会安全神話が吹き飛んでしまった。

この事実について語らない者はすべて、今の時代にたいして不誠実である


では、現在社会とはどのような社会なのか。

それはギデンズやバウマン、ジョッグ・ヤングなどを見てもらえば分かるが「流動的、効率的である

企業におけるセーフティーネットが「生産性自己実現神話」の名のもとに縮小され、

パートフリーターという不安定生活者が生まれた。

政府が担っていた安全保障は「構造改革」の名のもとに縮小され、

監視カメラSNS監視なしに、人々は安心して生きることができない。

不誠実な脳科学認知神経科学AI研究によって人間という「私」の特権性が失われ、

人々は常に失職と人間尊厳消失心配するようになっている。

そして、このような多様な人々が同じ町で同じように暮らしている。


このように、後期近代社会とは

当たり前だったものがすべて崩れ去り、人間永遠の虚無へと投げ出すのである

相対的剥奪感と存在論不安

このような状況では、人々は二つのレベル不安を抱えることになる。

一つは生活レベル不安相対的剥奪感―

もう一つは存在レベル不安存在論不安

である


私たち人生ほとんどを仕事をして、生きている。

しかし、その仕事価値が急速に低下してしまった。

人生の多くを占める活動である仕事にふさわしい「対価」が支払われなくなってしまった。

一方、ただ一日中パソコンを見つめて投資とやらというギャンブルをするだけでも「対価」を得られる人々もいる。

この二極化する現実は人々に

「不当な地位にいる!」

「ふさわしい金額、敬意をもらっていない!」

という相対的剥奪感を抱かせる。


また、後期近代社会はいわゆる「コミュ力」の高い人々が成功する。

軽薄に仕事にたいする敬意なく、強者追従する人々が「評価」され、グローバルエリートとして出世していく。

そして、仕事に真面目ながらも報われない弱者は常に「自己批判」と「変革」を迫られる。

二極化する現実に人々は「私は人間らしい扱いを受けていない」という存在論不安を抱かせる。


しかに、ここであげた例は極論である

しかし、似たような体験をする人は多いだろう。

そして、人々はつねに不平不満をもらすのだ。

「私はこうなれたのに……」

「私もこうしたかった……」

ここでは深く述べないが、この可能性としての私=‹他我›にたいする深い怒りの感情現代社会不安の核心にあるように思う。

上野女史は「みんな貧しくなる」ことによって、この怒りを無くせるなんて無邪気にも思っている。しかし、それは不可能である

この感情こそが永遠の虚無において、私を生きることのできる唯一の鍵だからである

夢は南海トラフ赤木理論の失効―

――常に人々に嫉妬を抱かせながら、その嫉妬を用いて欲望を加速させる。そして、その嫉妬を全身に受ける者は高笑いしつづける。


このような後期近代グロテスクさに最初に抗議をあげたのが赤木智弘だった。

彼はある論考で「夢は戦争」とドゥルーズ的な集団自殺理論を主張した。

しかし、私は「戦争」を夢にはできない。

今や「戦争」こそが「富裕層」を富ませ、「貧困層」を殺すことを知っているからだ。

今や「自殺」ですら「富裕層」を富ませる資本である

加藤智大植松聖などの社会的自殺者は、情報として処理され資本となる。

そして、情報となった「自殺」は「貧困層」による社会転覆不可能性を解き、

「後期近代」の隊列にから逸脱しないことを促進させる。

後期近代において、「自殺」こそが「富裕層」へのもっと積極的な「支援行為なのだ


私の夢は「南海トラフである

防ぎようのない「天災」によって、

嫉妬の中心地である太平洋ベルト東京

ありとあらゆる社会資本が壊され、嫉妬の根源が無化される。

私はベンヤミンのいう「法維持暴力」に立つ者であるが、

この瞬間を心の底から待ち望む。

私はそのとき、心の底から嗤うことができるだろう。

109崩壊し、秋葉原が灰塵に帰し、大手町サーバーがダウンし

白金の御婦人たちが焼け出され、お台場の子どもたちが押しつぶされるとき

後期近代はその柔らかな恥部を表出する。

私は笑顔でその恥部憎悪の限りをぶつけてやり、

後期近代を殺し、末期近代を出現させてやるのだ。


そのときに来るのが、

東のいう変質したファシズムなのか

笠井のいう生存のためのサンディカなのか

佐藤のいう無慈悲アナーキズムなのか

知ったことではない。

私が心の底から嗤いたいのである

相対的剥奪感や存在論不安に晒されることなく嗤いたいのである


そして、私は嗤いながら確信する。

東北の「土」と「血」が正しかったことを

東京の「コンクリート」と「鉄道」が虚妄であったことを


このような自己破滅願望について納得する解答を提示できない上野女史に

後期近代現代社会を語る権利はない。

彼女はせいぜい自らの理念後生大事に背負って、大学瓦礫に押しつぶされて死ぬのがお似合いだ。

2017-02-10

[]神あるいは物語絶対的命令者―後期近代の根源的難問

この命題はこれから語られる三つの命題いちばん根本位置する第一命題である

神は存在しない。

神は存在しない。

私たち私たちの外側から定め、その実在保護してくれる神というもの存在しない。

私は私のみの神、物語絶対的命令者を信じている。

今まで神が存在したのは各々の神が一致していると思っていたからだ。

私はこの神を「表象としての神」と定義しようと思う。

しかし、私たちは神を信じる。

神は存在しない。

しかし、私たちは神を信じる、「表象としての神」を。

私たちは神を信じることで繋がることができる。

各々が各々を各々の世界繋ぎとめ、各々を各々として生かすことができる。


しかし、この連帯は時として息苦しく感じられる。

なぜなら、それは私たち可能性を封じ、まったく不自由ものにするからだ。

私たちは神を殺して自由になった。

そのため、私たちはこの連帯から逃れたいと思うようになった。

それは近代という神によって、考える葦という自己認識を与えられたからだ。


しかし、人々はこの知恵を授けられた瞬間に、呼吸不全になった。

今まで吸っていた連帯空気を吸えなくなり、

自由空気を求めるようになったかである

そのために、私たち個人は一致して、近代という神を自らの不信によって殺した。

私たちは虚無に解き放たれた。

私たち個人自由になった。


しかし、私たち個人造物主を失った途端に、この世界を失った。

私たち個人連帯は神を殺したときから消滅し、

私たち個人意味はなくなり、

私たち個人実在は虚無に解き放たれた。


私たち個人保護してくれる神はもういない。

私たち個人の足場はもう存在しない。

私たち個人証明してくれるものはもう何もない。


私たち個人は今、究極の虚無に、剥き出しの世界に相対している。

私たち個人は一時として安心することはできない。

から神殺しは神を求める。

から神殺しは神を求める。


私たち個人世界を取り戻すために、

失われた過去を取り返し、

約束された未来を取り返すために。

 

神殺し神殺しを許してくれる神を求める。

時に神擬きに騙されるかもしれない。

神なんていないと斜に構えたくなるかもしれない。


しかし、私たちはそれでも神を求めざるを得ない。

私たち意味を与えてくれる確固たる存在がなければ、

私たち私たち存在すら確固たるものとして捉えることができないのだから

2017-02-02

友達やめた話

何ヵ月かに一度、相談を持ちかけてくる友達がいた。

その内容は何年も前から

『痩せたいかダイエットしてるの、でもおやつがやめられない』というような話だ。女性によくある話だね。

痩せたいとか言うなら食べなきゃいい。もしくは運動しなよとしか思わない。

私はダイエットしたことはあまりないし、彼女アドバイスを求めているのではなくだらだら自分語りをしたいようだった。(たぶん)

いろんな話題を挟みつつだらだら話を聞いて、またしばらく音信不通になる。そんな友達とも言い切れないような薄い交流が5,6年続いていた。私は人の話を聞くのが好きだったか特に苦ではなかった。特に返信も急かしてこないし。

その間お互い大学卒業し、就職もして、生活がどんどん変わっていっても彼女相談内容は変わらないのだ。ずっと痩せたい~食べたい~

いい加減うんざりしてきた。彼女は一生この悩みを熟成させて生きていくつもりなんだろうか。

女性にとっての命題であることは理解できるのだが何分異性のわたしには何度語られても理解できない。女子会ツイッターでやってくれ。

先日も同じことを垂れ流していた彼女に私は

『何度言われてももう私には同じ返答しか出来ない、痩せたきゃ食うな』

彼女の返答は

『女はみんなそうなの‼ホルモンバランスとかあるし、チョコとか目の前にあったら我慢できないの!』

続けて『あなた彼女だってそうでしょ?あなたの知らないところで暴飲暴食してるよきっと。そのうちすぐデブるよ』

女性はみんなそうなんだからわたしがそうでも仕方がない。

知るか!

会ったこともない私の恋人のことを引き合いに出されたことにいらっとした。私に恋人ができてからたまにこういうことを言うのだこいつは。

不快に思う旨を強めの口調で伝えた。たぶん彼女に怒ったのは初めてだと思う。

彼女は『あれ?怒った?( ´∀`)』

私は重ねて恋人バカにされて不快でないはずがないとキレ気味に伝えたのだが彼女の返答は『そっかーごめん!で、別の相談があるんだけど~…』

そこから返信していない。

どうかな、こうやってかけばあなたにも少しは私の気持ちがわかるだろうか。

私が何に怒ったのか分かっていないようだったけどもう言葉を尽くす気力がなかった。

わたしには彼女がいながら他の女性モテたい気持ちはわからないし、もう聞きたくもない。どうやったらうまくいくかなんてアドバイスできないし、したくもない。

彼女大事にしたいし結婚したい、でも他の女性とチャンスがあればその事について相談してくるあなたを心底理解できない。よく何年も同じようなことやってて飽きないね

これなんなの?彼は何を思って私に言ってくるの?わかるひと教えて。

あー疲れた

2017-01-24

http://anond.hatelabo.jp/20170124101432

いやだから抽象的にでもどんな事実があるのかと。根拠云々以前に判断基準ってものがあるでしょ。

いやだから抽象的な判断事実はないだろアホか。世間一般基準で見て抽象的にマイナスだということを述べた上でその要因を考察してるわけでしょ。

30代・40代マイナス評価20代以下と50代以上をプラス評価しているとするならば、その評価点は何なのか。

「Aがマイナスだ」という命題を述べると「A以外はプラス」だという命題帰結できるとかちょっとオツムが足りてない人だと確信されてしまうからやめておこうな。

自営業比較的早くに影響があったけど、バブル崩壊当時ってそんなに大事になると思われてなかったんだよ。あくま一時的不況で、まあ3-4年で日本経済ももう一度波がくるだろうと楽観視されてたので、サラリーマン給与についてはしばらくの間手を付けられていなかった。そこから日本の歴史を知っている感覚過去を振りかえると、バブル崩壊の瞬間に何もかも変わったように思えるかもしれないけど、俺の記憶ではかなりの間、楽観視して、ぼやぼやして何も手を打たずに数年放置されてたの。少なくとも、バブル崩壊が直接的に生活に影響を与えるまでにはタイムラグがあった。投資レベルではバブル崩壊からマイナス局面に入っているけど、生活レベルとしては消費者物価指数デフレになった1998年くらいからが、自分感覚としてもバブル崩壊のヤバさが生活に出てきてた感じ。

98年デフレ指標悪化消費税ますます悪化させたというだけでしょ

そもそも株価暴落自体は89年をピークに90年にかけて一気に起こってる

株価は景気の先行指標半年から一年をメドにやってくると考えれば91年と捉えるのは妥当だよ

大卒求人数は91年から削られてるし

2017-01-23

http://anond.hatelabo.jp/20170123113224

her/世界でひとつの彼女

エクス・マキナ



どっちもAI人間を超えるときにさぁどうするのってのが命題なんだと思う

その点では「チャッピー」も同じグループに属してるはず



「超えるまで〜超えた瞬間」のネガポジフォーカスされており

「超えたあとの世界」は描かれてないから物足りないのかもしれない




大穴で「銀河ヒッチハイク・ガイド

42だよ42!

[] #13-1「弟が出来るまで」

「俺ってどうやって生まれたの?」

ある日、弟の投げかけた言葉である

ああ、とうとう来てしまたかと思っていたにも関わらず、両親は動揺した。

命題であることもそうだが、弟は知の探求家なのだ

一度、疑問を持てば自分が納得する答えを探し求め、その労力を厭わない。

魔法少女の正体を暴いたり、エベレストだって登る。

そんな弟に、生半可な回答は危険なのだ

「そうね……よく知らないの。ほら、私ってサイボーグでしょ?」

サイボーグだと生まれないの?」

「まあ……」

我が家ならではの誤魔化し方であるが、後々ややこしいことになりそうなのは目に見えている。

「母さんが本格的にサイボーグ化したのって、つい最近だろ。そもそもサイボーグであることと、知っているかどうかとは関係ないし」

「あ、それもそうか」

俺は横に入って訂正をせざるを得なかった。

具体的にどうこう言えというつもりはないが、誤魔化すならもう少し支障がない方向性でいくべきだろう。




「……」

「……」

両親の回答に、俺は思わずため息が漏れた。

回答というか、要は“沈黙である

当然ながら弟は納得しない。

「ちぇ……なんだよ、それ。じゃあ兄貴は知ってる?」

そして両親がその調子であれば、次に訊ねられる身内は俺しかいないことになる。

父が目配せをする。

どうやら、さきほどの俺の訂正と同時に、回答権を俺に譲った形にしたつもりらしい。

「なあ、兄貴……」

「待て、説明するには言葉選びと構成大事なんだ。それを考えている……」

正直なところ、俺は皆がそこまでして誤魔化す理由すら把握していない。

しかし、漫然と「今じゃない」という思いが横たわっているが故に苦心する。

まり、恐らく父と母は「今じゃない」と判断したのだ。

それを汲み取るべきかは知らないが、かといって返答に窮することは変わらない。

俺の知識ボキャブラリでは、言えることに限界があるのだ。

コウノトリだのキャベツ畑だのは陳腐すぎるが、無修正ポルノを例に説明するのが愚策であることもさすがに分かっている。

かといって、ここで両親と同じく沈黙を貫いたり下手なことを言ったりすれば、その被害我が家だけではすまないことになるだろう。

いわば、意図せずして俺は弟の知的好奇心を止める最後の砦となってしまったのだ。

なんだか、こういうこと前にもあったな……。

ああ、関係のないことまで思い出して、考えがまとまらなくなってきた。




「いや、待てよ」

わずからこぼれる。

俺はそうして思い出した記憶の中から、一つの光明見出したのだ。

「俺も所詮ティーンエイジャー。言える事は少ない。だが、それでも言える事はある」

「お、なになに?」

「お前が生まれる前の話だ。第三者から見えてくる、誕生真実ってのもあるんだぜ」

俺の意味深な語り口に、傍観を決め込んでいた両親もソワソワし始める。

真実……?」

「まあ、聞け」

(#13-2へ続く)

2017-01-03

塾講バイト中学生必要条件十分条件を教えた

私は某大学数学科学部生です。塾でアルバイトをしており、先日、中学1年生のクラスで1次方程式の解き方を教える機会がありました。その際に起きたことについて書いておこうと思います

私の認識では、中学数学において「4x-6=xを解く」とは「4x-6=xを満たす実数xをすべて求める」ということです。中学数学参考書は「4x-6=x, 3x=6, x=2」という書き方しかしておらず、これでは、「4x-6=x⇔3x=6⇔x=2」なのか「4x-6=x ∴3x=6 ∴x=2」なのか分かりません。前者であれば問題ありませんが、後者であれば論理的に不完全であり、x=2が実際に4x-6=xを満たすことを確かめねばなりません。

中学1年生にこのようなことを話半分に説明したところで、理解してもらえるはずありません。しかし、このことは本質的であり、また、中学校曖昧にしたまま方程式を解かせるから高校数学論理と集合で多くの人が躓くのだと私は考えています。そこで、1コマまるまる使って論理命題必要条件十分条件の授業を行いました。それから、1次方程式を解くときの式変形では式だけを並べるのではなく、式と式の間に⇔か∴を挿入し、その論理構造によっては検算も行うように指導しました。結果、生徒の多くは戸惑いながらも喜んで授業を吸収してくれ、小テストでも多くの生徒の理解確認することができました。

ところが全く予期しないことに、保護者数名から苦情が入ったようで、塾長からかなり厳しく叱られてしまいました。「教えるべきレベルを逸脱している」とのことでした。塾長英語国語社会担当数学素養がないのもあるのか、方程式を解くということについて必要条件十分条件概念本質的であり、教える必要があるのだと力説しても、「必要ないし、普通の内容を教えることに時間を使え。ここでの方針に従えないならしかるべき措置をとる」とまで言われる始末でした。

仕方がないのでそれからテキストに徹底的に従って授業していますが、指導方法について、私が間違っていたのでしょうか。モヤモヤしています

2016-12-18

http://anond.hatelabo.jp/20161218232954

それは最初命題仮定問題ではー。

愛してるか否かなわけで。

まあ、どうでもいいので、もう寝ます

http://anond.hatelabo.jp/20161218232428

日本を愛してる人と愛してない人の2パターンしか無いっていうのが命題として無理ありすぎるだろ

集団にその2パターンしか無い場合のみしかそれ成り立たないだろ?

2016-12-15

[]

前回、民法の偉い先生が、自身キリスト教信仰民法研究無関係であると言った講演について書きました(http://anond.hatelabo.jp/20161127222341)。

が、どうもこれが頭に引っかかってしまって思考が進まなくなってしまったので、とりあえず混乱したまま吐き出すことにします。



まず問題になるのが以下の2つの命題です。



(1) 民法研究キリスト教無関係だよ

「〔私にとってキリスト教信仰民法研究とは〕全く関係ありません。キリスト教は私の人間としての生き方の指針。民法学は私が民法研究者として、民法上の諸問題を一解釈学者として精一杯明らかにしようと務めているだけのことです。両者はその存在次元を異にしていますから、直接関わることはありません。」

「そもそも、あなたがたの間に裁判ざたがあること自体、既にあなたがたの負けです。なぜ、むしろ不義を甘んじて受けないのです。なぜ、むしろ奪われるままでいないのです」(コリント前書6-7)

「人を裁くな」(ルカ伝6-37)


(2) キリスト教における真理はイエスその人だよ

イエスは言われた。わたしは道であり、真理であり、命であるわたしを通らなければ、だれも父のもとに行くことができない。」(ヨハネ伝14-6)



一方で「民法研究キリスト教無関係である」と言い、他方で「キリストを通らなければ真理はない」と言われると、つまるところ法律学研究には真理はないということになるのでは?というのが今の疑問。



ぜんぜん関係文脈も違う2つの命題を繋げて何を言っているんだ、という感じなんですが、これ実感として「そうかもしれない・・・」と思えてしまうのが不安を持つ原因。



どういうことかというと、民法ちょっとややこしい(資本主義の影響が~とかになりそう)ので刑法を例にとると、刑法の事案を処理する際、法律家は(事実認定を除くと)大体以下のような作業します。

(1) 事案をよく見る。

(2) 適用条文を探す。

(3) 条文の要件を切り出し、解釈を通じてさらに具体化する。

(4) 過去判例裁判から重要と思しき事実ピックアップしてマトリクスを作る。

(5) マトリクスを作る過程過去裁判所判断を分けた重要事実が炙り出される。

(6) 本件に戻ってその重要事実の有無・相違を確かめる(自然結論も出る)。

(7) 上手くいかなければ(1)に戻る。

さらに学究肌の人であれば、以下の作業も行います

(8) ①罪刑法定主義、②結果無価値論、③責任主義観点から以上の作業特に(3))に問題がないか検証する。

ただこの作業、やってる最中は真理というものを全く意識しません。



(1)~(7)の作業が担っている機能は、よく考えてみると過去判例裁判例の結論平仄を合わせるものしかありません。

また、こうして出された結論が「国民常識」にかなっていることが多いと評価されることが多いのですが、よく考えてみるとそこでいう「国民」のほとんどは無神論者資本主義者です。また「常識」にかなっていたから何だ、という話もあります



他方、(8)の作業はいかにも真理っぽい作業なのですが、①②③の原則というのも、治安悪化の程度や警察捜査能力などによってその要請の強度が変わってきます

たとえば警察捜査能力がぜんぜんない国で、責任主義を徹底し、故意認定を厳格にするよう求めても、土台無理な話でしょう。

他にも、イスラエルのようにテロが頻発する国で予防拘禁を止めろというのもなかなか難しい話だと思います

真理というもの普遍的ものだと仮定するなら、やはりここでも真理というものは現れないように思えるのです。



そしてさらにこういう作業を綿密に経たところで、刑務所の中受刑者が思うことの多くは安部譲二塀の中の懲りない面々』や堀江貴文刑務所わず。』で描かれてるようなことでしょう。



そうなると上の作業には、やはり真理はないと思われるのです。せいぜい国の治安維持政策としての意味しかないのではないか、と思われてならない。



これっていったい何なのだろう。キリスト教圏の法律家はどう考えているのだろう。

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