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はてなキーワード: 教育とは

2017-05-30

http://anond.hatelabo.jp/20170522072925

まさに、ブルマーについて「なぜそれが使われてきたのか」という研究出版された。

おそらく制服についてもほぼ同じ論理で読み解けると思うので一読を勧める。

ブルマーの謎 〈女子身体〉と戦後日本

http://www.seikyusha.co.jp/wp/books/isbn978-4-7872-3410-0

女子体操着であるブルマーは、ブルセラブームを契機に批判を受け、1990年代半ば以降に学校現場から急速に姿を消した。消滅社会的背景はこれまでも断片的には語られてきたが、では、腰に密着して身体の線があらわになる服装が、なぜ60年代に一気に広がり、その後30年間も定着・継続したのだろうか。

地道な資料探索や学校体育団体企業への聞き取り調査を通して浮かび上がってきたのは、中学校体育連盟存在だった。そこから、中体連の資金難、企業との提携などのブルマー普及の背景を解き明かす。また、受容の文化的素地として、東京オリンピック女子体操が与えたインパクト戦前から続くスカートの下の2枚ばきの伝統などとの関連も検証する。

ブルマーは導入当初から性的まなざしさらされてきた。にもかかわらず、学校現場ブルマーが存続してきたのは、ブルマーをはく女子身体女子修身教育の幻を見る戦前回帰派と、美と健康を見る戦後民主主義派とが思わぬかたちで共謀していたためではないかと指摘する問題提起の一書。

http://anond.hatelabo.jp/20170530074227

メジャージャンルだともっとどうでもいい事でしょっちゅう争ってるよ。

隠れてた主因はあくまで、二次創作故の原作関係者ナマモノ、つまり芸能人などの実在人物を扱うものであれば本人)や、同人など全く知らない非オタク・特に子供への配慮

原作関係者にバレて怒られた」「原作好きの子供が見てその親が気付いて驚いてこれは公式で認められてるんですか?と原作側に問い合わせた」的な話は

あの世界には多数語り継がれてるんだよ。

有名どころだとポケモン同人事件や(BLじゃないが)小学館土下座事件ドラえもん最終回同人事件とかね。

真偽が怪しい都市伝説の類まで含めたら他にも多数ある。

R18を徹底したがるのも、そういう理由が大きい(子供本人が見るのが教育に悪いとかはどうでもよくても、その親の反応が怖い)

それに伴い、同じ腐女子からの「何でお前は隠れないんだジャンル潰されるだろ!」って攻撃を避けるため、ってのもある。

えこの程度でいちいち原作者乗り出して来たりしないだろ何を今更くらいに思っていても、

隠れないと同じ腐女子から叩かれたんだよ。

腐女子同調圧力、ってやつ。

更に「ジャンルやカプ関係私怨を抱いている人の攻撃の口実になる」ってのもある。

「あそこ嫌いだから潰そう」じゃ乗っかる人はいないが、「あそこは隠れてないか危険だ、潰そう」なら乗っかる人が多数出て来るからね。

そういうのを避ける為、ってのも大きかった。

最近二次創作を堂々と認める版権元が増えたせいか、「二次創作はむしろ原作側も推奨してるから隠れる必要なんかない」

二次創作は当然の権利で、認めない方がおかしい」と開き直る人も増えたけれど、

pixivのアレが荒れてるのは古き腐女子界の伝統まだ生き残ってたのか…ってな感想を抱く(あの世界離れて久しいBBAなんで)

上記のような開き直り腐女子はてなとかでは目立ってるけど、実際はまだ少数派だったんだな…と。

研究倫理なんて習ってねーよ

当方、そこそこ規模の大きな私大工学系4年生。研究室では一応機械学習いたことをやっている。巷では某事件であれやこれやの議論が活発で、引用の仕方がまずいやら研究倫理配慮に欠けるといった話を聞く。そこで、論文著者と同じような立場学生として読んでいて思ったことがある。

引用の仕方は習ったけど、研究倫理って勉強したこともないし、勉強する機会もなかったぞ?』

この問題は次の二つから発生してるんだと考える。

1,工学系の院生意識ってそんなに高くない

研究室サークルの先輩を見ていて、「研究者」になるいう意識があるのかな? という事がしばしばある。それも仕方がない話で、現状工学系の院って「学部卒だと文系と肩を並べて就活する羽目になるのが嫌だから修士を取って開発職として拾ってもらうか」という意識で進んでいる人も少なくない。院進学が「研究者になる」という意識ではなく「単純に学歴アップのために進学する」ような感じだ。今回、社系の研究者Twitterブログなどで引用の仕方の問題点などを取り上げているが、そもそも社系の院って「研究者」になる気がない限り行かないところであって、その辺で「院進学」に対する意識の違いがあるんだろうなあとは思った。もちろん自分たちがやっていることが「研究であることはよくわかっているのだが、「研究者である意識はないのではないかな、と感じる。

2,研究倫理に関して大学講義で取り上げていない

そもそも大学高校中学じゃないので「必要ことなら『教えてもらってない』は通用しない」というのはよく分かる。しかしながら、理系院生の現状意識は前述の通りなので、それではすこし無理があるだろう。それより研究テーマに対しての学習で皆あっぷあっぷだ。「研究倫理」について取り上げる教育の場って学生実験の場が適当なんだろうが、理工系学生実験課題が与えられて延々実験して解くようなものが多いので、そもそも研究倫理とか以前に研究室に放り込まれるまで「実験設計」というものをしたことがない学生が大半だ。文社系だと学部レベルでもフィールドワーク研究設計などを自分でやるから、おのずと調査対象に対する配慮などを通して「研究倫理」を学ぶことが多いのではないかと思う。ちなみに、技術士資格の絡みで「技術者倫理」という授業は開講されているのだが、聞きに行ったところ技術者として作ったものにどう責任を持つかという話で、研究の話ではなかったように記憶している。もっとかのぼると高校時代にちろっと触れたような気もするが、それは「遺伝子組み換え技術に関する生命研究倫理」であって、今回「データを持ってくるだけでも研究倫理が問われることもあるのか」と初めて気づいた次第だ。「研究室に入ってから指導教員に教えてもらえれば」という話もあるが、正直指導教員間にも学生指導の熱意や認識の差を感じざる終えないで、不安が残る。(今回の一件も、指導教員が発表前に気づけばこんなことになってなかったんだろうし)中高大と「正しい引用の仕方や図番の振り方、『コンピューター』と『コンピュータ』が混在しているようなレポートを書いてはいけない」「実験中に火事を起こしたり使った液体を外にばらまくな」とは習ったが、「研究によそのデータを用いて、それを処理するとき留意点」などは習っていないし、この問題が明らかになるまで自分も考えたことがないことであった。(これは自分の推測だが、論文著者も「データとして使ったなら引用元として示さなければ『ならない』」という意識があったのでないだろうか)

乱文ながらしがない私大の一大学生として思うところを書いた。ある種工学系って就職予備校だよなと。(この話題は本題からそれるが)そこの学生自発的研究倫理を学ばすのって無理があるような気がする。もっとも、倫理感なんて言うものは学ぶものではなく養うもので、「習ってねーよ」というものでもないかもしれない。しかし、学部修士課程社会に出ようと思っている人間にとって、「自分名前ネットで悪評立っている」というはどう考えても就活に響くし、そういうリスクがあるのであれば学会発表もおちおち出来ない。そういうところでは工学系の研究者のみならず、これまで個々人の思想プライバシーも含みうるデータをを取り扱って研究していた社系の研究者の知見を生かして、今回の件であれば人工知能学会の方でも指針を示してもらえると我々学生安心して発表で出来るのではないだろうか。

今頭でぐるぐるしてることをまとめないとどうも良くないから、ほんとにチラ裏代わりに使う。

しわざわざ読んだ人に返信とかつけてもらっても、読まないと思うからそこは勘弁してもらって。



現状はどういう状態だ。親子喧嘩しそうだ。こっちから親父に殴りかかりそうな方で。俺がそんなに腹立ててる理由はといったら、親父もまた何かに拗ねてるせい。

あの親父はもうこっちが物心ついた頃から、何か気に食わないことがあったら、ただふくれっ面でだんまり決め込んで話しかけても、無視とかどうでもいいことで怒鳴りつけて威圧する、でも絶対理由なんか説明しない、という手をずっと使っている。子供の頃は怯えるしかしょうがないし、こっちが怒って抗議しても殴り倒されるだけだった。今はさすがに殴り合いの勝ち負け入れ替わってるだろうから、怯えはしないけれども。

それが今回は、親父が拗ねてる理由がわかって、それがあまりにも矮小すぎるから、「またあのアホが拗ねてる」で流せない感じに俺の中になっちゃってるな。

前々から日月の2日で出かける予定にしていた。10年以上ぶりの旧友と会える機会だったから、無理してでもいきたかった。というところで土曜の午後に急に胃腸壊して高熱出して。日曜の朝まで寝込んで、どうにか起きてきて昨夜の残り物食べてたところに、親父が珍しく「大丈夫か」とか声かけてきた。確か「よくない」って答えたと思う。ところが、もう一度寝て昼に起きたら、悪くなるのも急だけど良くなるのも急で、かなり良くなった。だから遅刻になったけど旧友の集まりに出発した。

それが、俺が出た日曜の夜に、親父が珍しく見舞いに食べ物買って帰っていたらしい。肉まん。なんで病人肉まんわからんが、ともかく親父が珍しく我が子をいたわろうとして空振りしていたらしい。

それで俺が月曜の夜に帰ってきて、土産の茶菓子広げて母親お茶飲んで、そこに親父が風呂から上がってきたと思ったら、あからさまにふてくされて、広げてる土産わざわざ無視して、いつも風呂上がりにしょうもないひな壇バラエティだらだら見るくせに、「寝る」とだけ怒鳴り気味に言って、母親お茶入れてるっていったのに「いらん」と怒鳴り返して寝室に消えた。

直後には俺も母親も、あの親父が何拗ねてるのかさっぱりわからんかった。けども、親父が肉まん買ってたことからようやく話が繋がって、一気に俺が腹立てていると。俺が日曜に抜けたくない用事があったことを親父は知らないというのはあるけど、それにしても、俺が回復したことは、あの親父が肉まんワンパック買ってきたことより価値ないのかね。見舞い空振りしてそこまで拗ねるなら、あいつの中ではそうなんだろう。病気の治るタイミングまであの親父の思う通りでなければいかんのか。

恥ずかしい話なんだけれども、俺はもうアラフォーなっちゃって、親父は60過ぎてるんだけれど、その歳でこのレベルだぞ。なんというか、若い人がこのみっともない話を見て、「俺は大人になりきれてないかもしれない」といった悩みへの気休めになってくれたりしたらせめてもの救いだけど、とりあえず当人は死にたくなるわ。

親父が拗ねて見せる手を使う時に、こうも拗ねてるきっかけがはっきり見えるのって、ほとんど今回が初めてというくらい珍しい。子供の頃だとそんなに頭が回らなかったり、あまりにも繰り返されるから萎縮して原因追求までできなくなってた。それから、俺が成人してから母親や弟も含めて家族全員をひたすら理不尽脅迫し続ける家庭内暴君になったこともあって、その時に俺が本気でキレてしまって。まあ、もう威圧の裏打ちしてる暴力通用しないと思い知らせちゃったから、あれからは流石に、ほとんど家族威圧しなくなってた。それで今回は俺相手には久しぶりに、単独の原因で単発の威圧をかけてきてたから、すぐ理由がわかったように思う。

しかしわかってみりゃこのレベルだった、ってのにめちゃくちゃ腹たってきて。生まれときから実家離れてた一時以外はずっとやられてきたあれは、こんな教育とも躾とも言い様がない、ここまで矮小レベルで、ただ単に暴力で怯えさせられてあいつの憂さ晴らしにされてただけのことだったのかと。

不幸自慢するにはもっと上がいっぱいいるのはわかるけど、その地方で「ガラの悪い町」といって必ず名前が出るような町にわざわざ引っ越してきたよそ者の子として生まれてきた俺は、もう幼稚園からずっと、先生が率先してやるレベルいじめはひどかった。それで家に帰れば家庭もひどいもので、祖父借金作って借金取りやら保証人しょっちゅう脅しにきて(80年代の取り立て)、親父はこんなの。祖母にだけは可愛がられたけど、そのせいで母親からは「おばあちゃんにあげた子」とか言われ、好き嫌い言ったら裁ちばさみ投げつけられて足元の畳に突き刺さったことがあるくらいヒステリックに罵られ続けた。祖母なくなったの俺が8歳の時だから、以後ただただ周囲の全ての人間に踏みにじられ続けた感じ。

まああの親父も、自分父親のせいでめちゃくちゃになってた家庭を守るのに必死で、子供気持ちまで顧みてる余裕なかったのはわかる。あの状況をどうにか片付けて、大学まで入れてくれたのは尊敬するものはある。俺ならできんで首吊ってる。全て片付いた後に、あの時代の敵に向けていたような態度を身内に向けるようになったのは、こっちからすりゃ理不尽で恨み持ってるけど、まあ、親父からすれば感謝が足りんように見えてるんかもしれない。

しかし俺はもう、中学までで擦り切れてダメになってたなあ。他人というのは、とにかく理由不明の悪意をひたすら叩きつけてくるものしか、実際そうだったから学べなかった。中学卒業までだけで10年、5歳から記憶あるとして人生の2/3、それだけ他人から理不尽に耐え続けたけど、何もなかった。ただボロボロになっただけ。高校をどうにか切り抜け、大学は入ったけど結局潰れた。

特に親父みたいな、目的理由説明せずに罵声浴びせる奴に耐えることができない。そんなやつはどこでもいるから、職場適応できない。うまく行けた職場過去に二箇所だけ。当然非正規から、結局放り出された。

そんな40前がその日暮らしで実家に居座ってたら親父もイライラもしようが、それを30年以上かけて作り上げた当の本人に怒る権利なんかあるか、むしろ詫び入れて責任取れともいいたくもなり、そういうところで怒り膨らんだ感じもある。

うん、書いてたら落ち着いてきたな。落ち着いてもどうにもならんが。

2017-05-29

http://anond.hatelabo.jp/20170528175740

お前みたいな不勉強クズに嫌でも覚えてもらうためにはやっぱ実体験を交えることが近道だと思うんだよな

具体的には机隣り合わせてる女子シモネタトークを何回もする

教育なのでセクハラじゃありません

話せないザコは単位なしで高校留年すると脅せばどいつもこいつも真面目にやるだろ

どうして俺じゃないんだ

から自分に対するだめな事の基準が多すぎた

自分をいつも批判していた。

親に愛されたかたか自分性格強制した。

自分性向を受け入れてくれる環境余地もなかったので

自分を嫌いになるしか無かった。

自分を認められないか体験をして失敗をしてしまう事が

イコール自分がクソである事を証明している事になって

しまうので行動できず、いまでも成功体験を積めず、

人に嫉妬し、孤独自分嫌いで人生が辛い。

毎日死にたいと思っている。

http://blog.tinect.jp/?p=40073

リンクの子供は愛されていて、

こんな風に子供の事をちゃんと

考えながら教育をしている親に

育てられた人間が羨ましい。きっと自分

好きなまま育っていい大学にいっていい就職

について、幸せな家庭を築いて生きていくのだろう。

羨ましい。

なんで俺じゃなくておまえなんだ。

http://anond.hatelabo.jp/20170529114454

1.このまま投票率が下がり続けると組織票があったとしても最低投票率を下回るのが現状

投票が成立しない=政治が成立しなくなる=政治家仕事がなくなる

そうなると組織票自体意味が無くなる=金をもらえなくなる

また政治に無関心な層を今のうちに教育しとかないと老人すら選挙いかない社会になる

そうすると今支えてくれている老人の支持母体のもの消失する

これは与党野党関係ない

先にもいったとおり野党は勝つつもりはまるでない

全力で与党金魚のフンをしてるだけ

 

2.実行力を伴わない対案は空論

唯一実行力のある野党であった公明党が既にいない以上、ただの道化

今の野党が実行力があると信じているのはごく一部のキチガイ

実際は与党野党の中身のない対立を煽って野党存在意義があると信じ込ませるサクラばかり

 

日本統治国家の体裁海外からみて保つためにも投票率が低下して政治機能停止になることを

企業連は望んでいない

からごみでもくずでも投票いかせようとする

政治自体自然な形で機能停止にすることが無能政治家が甘い汁を吸えなくなる最悪のパターン

anond:20170529093952

じゃあ早稲田法学部アウティング事件はどうか。性的嗜好を(本人が告白したものであっても)むりやり広めることはなんの侵害か。プライバシーではないならもっと広い人権生存権など)ではないか

 

知る人は知っているので以下はすでに大きな蛇足だが、二次創作告白されているのは本人の性的嗜好ではなく「わたしはこのマンガについてこのような読解をし、このような感想をもちました」に超絶技巧をのせていくと二次創作小説になるんだ。ここの誤解(×本人がこういうエロやってもらいたいんだろ ○こういうエロを読みたかったんだろ)も生理おしっこ事件と同様、よくトラブルになるので、pixivツイッターの組み合わせにおける二次創作業界では非常にユーザーデリカシー教育が盛んで、成功している。大人の女が(同士間に必要なだけのデリカシーをもって)趣味志向を満たすだけであげつらわれなければいけない法的根拠とは?

http://anond.hatelabo.jp/20170529100800

私が言いたいのはその、「学びに来い」というスタンス教育舐めてるよねって話。

大学はそういう場所からって、怠惰教授ゴミ

教育二の次研究が一番だからというやつはそもそも大学という期間がどうやって資金を稼いでいるか考えて欲しい。

教授研究をして生きていけるのは、生徒が資金提供しているからで、その生徒を学びに来ないから教えないと上から目線で投げ捨てるのは怠惰一言に尽きる。

何でも学校に丸投げする奴は事なかれ官僚主義

http://anond.hatelabo.jp/20170528175740

はてブ見てると何かにつけてすぐに学校で教えろ、学校で教えろってバカの一つ覚えで気軽に言うよね

法律だとか簿記だとかITだとか

第1に学校で教えるカリキュラムを変えるのをどうすればいいんだって

第2に教える側の人間の質をどう保証するのかって話

第3に教えたからってそれが生徒に伝わるのかって話

カリキュラム変えるのすげえ手間だぞ

それこそ政治に働きかける大きなムーブメントを育てでもしない限りまずムリ

教員の質だって英語教育IT教育がまともに機能してると思うか?

ろくでもない教師うんざりしたって話の方がよっぽど多い

それに第3が一番問題だが、学校でやったからって子どもがそれを身につける保証はどこにもねえんだよ

結局、「教育ときましたからね」って言い訳がしたいだけなわけだ

教育したんだから、身につかなかったらあなた方の自己責任ですからね、っと

官僚がよくやるテだわ

対策しました(対策が奏功するとは言っていない)

ってやつだな

まあ官僚のほうがはてなの連中よりずっと頭がいいから、分かってやってんだろうがな

分かって無くて、教育さえしとけば何とかなると本気で思ってる奴の方が頭おかしいって話

要はやりましたって形だけしか残らないわけだ

だが大衆は基本それでなんとなく納得するんだよな

安全安心だったら、安心の方を取っちゃうみたいな

本当は定量的検証できる方が大事なのに、

なんとなく気持ちが納得すればそれでいいか、みたいな

から教育効果があったかどうかはどうでも良くて、教育さえしとけばそれでいいだろ、って発想になる

そもそも性教育なんて知る必要に迫られた奴が必要に迫られた分だけ知ればいいだけ

ありとあらゆることに通暁するなんて不可能

不完全な人間がいるのが当たり前

それじゃいけないって?

だったらいけないならいけないなりにお前が情報発信して啓蒙してみたら?

それすらもせずに学校に丸投げしてんじゃ、もう事なかれ主義者と言われても仕方ねえだろなあ

生理教育は時の政権によって大きく異なる

大昔?のように保健の授業で男女を分けたりせず、授業をやってた少し前の公立学校に通ってた人はすごくラッキー世代

今は強硬性教育否定派(山谷えり子等)が政権についてるので、今後はもっと知識がない若者が出てくる。

童貞だ」「おやじだ」とかミサンドリーこじらせてフェミ立場からマウントを取って茶化してる場合じゃない。

各位、覚悟するように。

大学の授業が薄っぺらすぎる

東大とかみたいにレベル高いところに通っているわけではないし、言ってしまうとMERCH以下の偏差値しか無い大学に居るので「お前が馬鹿からそう思うだけ」と言われたら説得力のある返しができないのだけれど、それでも大学の授業が薄っぺらいと主張したい。

今年で大学生活も3年目に入り、順当に行けば後期には単位の取得が完了するペースなのだが、得たものが一切ないといえるほど大学での授業内容が頭に残っていないのだ。

単位取得はしているけれど成績という観点から見ればC評価が多く、ギリギリ赤点を避けている現状なので授業内容が頭に入ってないんだろうとも考えられる。

けれども単位取得の肝を担っている学期末テストの内容が『授業中に再生した動画言及した企業マーケティング戦略は何だったか?』というのはひどすぎるのではないだろうか。

自慢ではないがマーケティングについては当大学内で比較した場合に限るけれど、ある程度の知識を私は持っていると自負しているが、流石に特定企業が行っていたマーケティング戦略なんて動画を見ていなかった私に解けるわけがない。

せめて、商品販売個数を計測する戦略とか書いてくれれば何となく当たりをつけることは出来るが一切とっかかりになる情報がないので授業出席者しか解けないのだ。

授業に出席しないものは、いかなる知識保有していようとも単位は上げませんと言っているようなものである

そもそもの話私が大学に行かないのは、授業時間90分のうち、教授雑談が半分以上を超えていてどのタイミングで本旨に触れるかわからいかである

教授ゼミ生と一緒に福岡に行った時に食べた食事がとても美味しかった話など、至極どうでもいいのでとっとと必要な話をして終わらせてほしいというのはおそらく講堂にいる生徒全員が等しく思っていることだろう。

適当面白みのない授業を展開する教授ばかりではないのはだが、どちらが多いかと言われれば上記のようなゴミ教授ばかりである

こうやって教授批判するかの言葉を連ねると「彼らは有名大学を出ていて高知能、その話を楽しめないキミは低知能」とマウントを取られる。

しか東大を出ているとか、有名大学の院を出ているとか私からすればどうでもよいことなのだ。授業がつまらないという事実は私の中で変わることはないのだから

やっていることは市販されている本(自著であることが多い)を朗読しているだけで、自宅で必要な部分は覚えられる。そんな「教授いる?」と感じるような講義内容でどこに「教授は頭いいなぁ」と感じる要素があるのか。私が異端なだけで世の中の人資格肩書だけで知能を判断する、判断基準が外部にしかない人ばかりなのだろうか。

つまるところ大学というのは教育ビジネスであり、肩書を得られるのを対価に金を払って、脳死しながら授業を消化し続ける場所なのだ

私が声を大にして言いたいのは「大多数の人間にとって大学は一切必要ない」ということ。

企業大卒要求していて、大卒給料が高いかしょうがないので大学に行って卒業しようと考えているだけで、そこで何を学べるかはどうでもいいのだ。

しかし私はそこまで割り切ることができず、大学を学ぶ場所と考えてしまったいたからこうして不満が爆発しているのだと思う。

私は運がいいことに文系大学に進学しているが、小さい頃にパソコン祖父から貰い、そして2つ上のいとこがネット関係に非常に強かったため影響を受けIT関係に強くなった。

そして大学ではこれまた運がいいことにビジネス精通した人間たちと仲が良くなり、今後の希望を得た。

情報量を多くする気はないのでこれを読んだ奇特な人は「騙された人間」と私を罵るかもしれないが、それはどうでもいいことだろう。

私の周りは大学に通うことを強く勧めたが、結局それは私に合わず、彼らに合わなければ日々鬱屈とした思いを抱えながら、ただ授業を消化する人生を歩んでいた。

アドバイスに従った結果、得られたのは大学と私が合っていなかったという知見だけである

このことからアドバイスと称して意見をぶつける人間は、個人を見ていない」というのが判明する。

彼ら助言をする人間最大公約数的な、大体の人間にとってベストではないがベター程度にはなるはずという意見をぶつけることで自身人生正当化をしつつ、悦に入ってるだけなのだ

確かに最終的に選択をしたのは私であるが、どれだけの人間が周りの人全てが自分と反対の意見を述べている中、自分の考えを押し通すことが出来るのか。

私は大学生になり人に恵まれたおかげで、本当の考えを通せたのであって、高校生の頃であれば貫くことはできないだろう。

結局、大学の授業が薄っぺらいというのはこの「多様性を認めず一般論を勧める人間」が大学への進学を勧めているかなのだ

から教育という存在はまるで利権を貪る団体のように怠惰でありながら肥大してしまった。

大学というのはそもそも専門性の高い話を学び、その専門的技術社会のために使うのを目的とした教育機関だ。

特に能のない私のような人間大学に行ったところで卒業したという事実を抱えて企業に入り、一切学んだことを使わないで終わるのが関の山である

学歴社会は確かにフィルターとして有効な部分もあるが、その企業学歴フィルターをかけているのが世間にバレればまるで現在検索エンジンがハックされるようにそこに向けて最適化されてしまう。

まり大学進学するものは優秀で専門性の高い人間から採用するというのが前提にあって学歴フィルター機能していたのに、そこがハックされてしまったがためにバツグンな効果を発揮するとはならなくなった。

ハックされていない採用基準意図した人材を取得できるため優秀であるが、認知されてしまえばそこに注力できる人間採用する弱い基準となってしまう。意図しない人材を確保することになる。

起業家の話を聞いてみると「東大生のほうが統計的に話がわかる」と語る。

まり学歴フィルター大卒区別するのでなく、東大生などの超難関校とそれ以外で区別するようにしたほうが建設的だ。(給料も含め)

そうすれば無駄大学に通う人間も減るし、ビジネス大学も少なくなる。大卒枠を争って貧困に悩む人間も減る。

私が問題提起したいのは以下の2点。

・何も考えずに一般論で「大学はいったほうが良いよ」と個人を見ずに語るやつは口を閉じよう

企業大卒学歴フィルタリングしても効果が薄いので、給料から難関大学基準はMERCHかそれ以上?ここはわからない)とそれ以外で分けるべき。もしくは意図した人材採用できてかつハックされていない新しい採用基準を見つける。

こうして大学が少数精鋭になれば教育者も生き残りをかけて力を尽くし、怠惰で肥えた教授も減ることだろう。

私はとにかく薄っぺらくて意味のない授業が大学から消滅してほしいので、教育機関こそ激戦のビジネス社会のように苦しみながら競争して欲しいと思っている。

確かに科学の力というのは重要だとは思うが、現在私の身の回り生活に欠かせないと思うものを作っているのは企業であり大学で教鞭をとる人ではない。私が知らないだけで企業にその教授も協力しているのかもしれないが、それなら大学ではなく企業研究させてもらえばいい。

まり「安定してるー」とアホ面下げて年に数回、偉そうにゴミみたいな本を書きながら教壇に立つ輩は荒波にも稀ながら淀んだ精神を磨き上げるべきだということ。

そもそも大学はいま腐るほどあるわけだけれど、その全てが科学において必要ではないだろう。それならばなおのこと競争化させて精鋭化させなければいけない、なぜ「研究」という話になった途端嫌儲精神が発作的にでてくるのか。

何度も書いている気がするけれど、その大学競争化をする上で最も邪魔なのは一般論を振りかざして大学に行かせようとする無能な働き者と大卒フィルタリングする企業だ。

個人を見ないで、自分人生訓を元にとりあえず精神アドバイスするやつは総じて糞だし、対してその人を案じているわけではない。

こうした一般論で武装した人間に対して、正論に感じようが自分感性と考えを元に対抗できるように成長することが、幸福につながるだろうしひいてはこの薄っぺら大学の授業の減少につながる。


以上が大学の授業が薄っぺらいと感じたことから私が考えたことでした。

http://anond.hatelabo.jp/20170529005736

大元の原因が教育行政なり社会なりにあるなら最初からそっちに物申せばよかろうに

わざわざ寄り道して馬鹿を嘲りに来るのはどうにかならんのかね

まさか嘲った馬鹿に殴り返されて初めて原因の所在に気付くとびっきりの馬鹿なのか?

他人を確定で底抜け馬鹿扱いも失礼だろうから分かってて寄り道してる悪意の人だと思ってるけど。

留学しないと英語ができないのは、日本英語教育が嘘まみれだから

直訳と"literal translation"

日本人にとって、直訳という言葉は「機械的文法に沿って訳語を並べて、意味不明の訳文を作ること」といった印象が強い。意味が通じる翻訳をするには、意訳、つまり元の文を理解した上でその内容を自分言葉で書き直す必要があると考えられている。

しか英語で直訳を表わす"literal translation"は、そういった言葉ではない。もちろん、機械的に置き換えて意味の通じない文を作ってしまうことも言うのだが、"literal translation"は「原文に忠実である」というポジティブな側面を持っていて、formalで立派な翻訳という感覚を伴う。

それはつまり、「意訳」に良い印象がないということでもある。それは「意訳」に当たる適切な英語表現がないことでも分かる。

https://www.onehourtranslation.com/translation/blog/literal-translation-vs-conveying-sense-text

ここでは"literal translation vs. conveying the sense of the text"(直訳 vs. テキスト意味を伝えること)というタイトルになっている。日本人から見ると「"直訳 vs."と来たら『意訳』が来るに決まっているだろう」と言いたくなる。しかし、英語で意訳という言葉は、直訳とvs.出来るほどの市民権を得ていない。

英語翻訳フランス語ラテン語といったヨーロッパ圏の言語から知識を取り入れるために行われることが多く、ヨーロッパ圏の近縁語同士では直訳は有効方法論だ。結果として、"literal translation"は立派でフォーマル翻訳という意味合いが生じた。

対して、訳者勝手自分なりの表現を加えてしまうと、fidelity(原文に対する忠実さ)が欠けているという批判対象になる。

たとえば、私は素人ながらアニメ英語翻訳に関わったことがあるのだが、海外アニメオタクは意訳を嫌う。佐藤さんはSatou-san,斎藤先輩はSaitou-senpaiだし、学校先生敬称英語だとMr.なのだが、犬塚先生はInuzuka-senseiだ。

たとえば、アニメセリフに「ありえなくね?」と出てきたら、文字通り"That's impossible, right?"と訳すのが好まれ意味を汲み取って"Are you kidding?"と訳したりすると、"over translation"とか"liberal translation"などと言われて叩かれてしまう。日本人の私から見ると、とても理不尽に感じるが、彼らの感性はそうなっている。

http://www.proz.com/forum/translation_theory_and_practice/160439-%22overtranslation%22_vs_%22undertranslation%22.html#1349407

この問題についてググっていたら「literal translationが良いというのは神話だ」という海外の人の意見を見つけた。これを言っているのが日本語英訳をしている人だというのも示唆的だ。

日本では英語文献を翻訳するのが主なので、literal translation、直訳はほとんど役に立たず、ひどい翻訳代名詞のようになっている。英語話者にとっての日本語英訳でも同じだろう。

Translationと翻訳

基本的に、英語圏でTranslationと呼ばれているものと、日本翻訳と呼ばれているものは、行為としては似ているが、内実は全く異なっている。

英語圏で行われているのは直訳であり、我々がやっているのは意訳だ。英語圏でやっているのは文法ルール訳語を覚えて他言語に当てはめ、原文を出来るだけ変えずに英語に直すことであるが、我々がやっているのは「他言語を(何らかの方法で)理解し、その内容を自分なりに日本語で作文する」という行為である

直訳が役に立たないとはどういうことか

直訳が役に立たないということは、つまり文法ルールを覚え、日本語訳語を覚えて適用しても、英語理解することは出来ないということだ。

これは残酷現実であるが、「いくつの文法ルールを覚え、何万の訳語を覚えても、英語理解することは出来ない」

これは文法訳語が不必要だと言っているのではない。文法訳語はヒントにはなる。だが、答えにはならない。

はっきりいえば、ヒントを一生懸命集めて暗記しても、意味がない。文法ルールをいくつ暗記しようと、英単語訳語をいくつ暗記しようと、それは英語力ではない。

身も蓋もない言い方になってしまうが、法則化出来ないなんらかのプロセスによって、英語を直接理解する能力。それが英語力だ。

そして直訳が出来ない、つまり英語日本語に変換して理解するための法則が導けないという事実から分かるのは、日本語理解している我々の脳をどういじくっても、それを英語適用することは出来ないということだ。

それはつまり、「英語理解するための脳の回路を、日本語とは別にゼロから構築する必要がある」ということに他ならない。赤ん坊が新しい言語習得するときのように、何年もかけて、少しずつ脳を開発していき、英語理解できる脳を構築していくしかないのである

どこかの英語学習体験記で読んだことがあるのだが、「留学に行った所、フィンランド学習者と同部屋になった。フィンランド学習者はひたすら単語帳を眺め、英単語だけをひたすら覚えていたが、それによってあっという間に英語が出来るようになっていた。だから、私も一生懸命単語帳を眺めることにした」といったものだ。

これがつまり、直訳が可能言語使用している脳と、直訳できない言語使用している脳の違いだ。欧州の人々は基本的に、母国語理解するために使っている脳を英語向けにアレンジするだけで、英語ができるようになる。我々はそうではない。

しかその体験記の終わりは、「一生懸命英単語を覚えた結果、留学を終える頃にはかなり英語ができるようになっていた」となっていたように思う。しかし私が声を大にして言いたいのは「それは英単語を覚えたおかげではない」

留学神話は本当か

日本英語学習界には、留学神話がある。「留学さえすれば英語は出来るようになる。留学しないといつまでたっても英語ができるようにはならない」というものだ。

もちろん留学さえすれば英語ができるようになるというのは嘘だ。それはもちろん神話しかない。「留学して、英語を使わざるを得ない環境自分を追い込み、一生懸命英語に取り組めば英語は出来るようになる」というのは正しいが、「留学はしたものの、日本人同士で固まって遊んでいただけで、勉強はしていない」といった生活英語ができるようになるはずもない。実はそういう日本人留学生は数多い。

しかし「留学しなければ英語ができるようにはならない」というのは真実を突いている。

日本英語教育に従って、文法ルールを覚え、訳語を覚え、どんなに努力を続けても、英語ができるようにはならない。留学して、日本英語教育から離れ、ただがむしゃらに英語と格闘すれば、それだけで英語は出来るようになる。

そして「がむしゃらに英語と格闘する」ためには、留学別に必須ではない。がむしゃらに英語の本を読む事もできるし、映画を見てもいい。海外英語フォーラムに書き込んでもいいし、Lang-8英語日記をつけてネイティブ添削してもらうのも、アジア圏のネイティブスカイプ英会話をやるのも良いだろう。

がむしゃらに英語と格闘することが必要なだけだ。そしてそれ以外に英語ができるようになる方法はない。

なぜ日本英語教育では英語を出来るようにならないのか

基本的に、日本英語教師英語ができないという事実がある。

http://www.nikkei.com/article/DGXLASDG25H1M_V20C15A5CR0000/

全国の公立中学高校英語教員のうち、英検準1級以上かそれに相当する資格を取得しているのは中学28.8%、高校で55.4%だったことが25日、文部科学省2014年英語教育調査で分かった。政府教育振興基本計画17年度までに中学で50%、高校で75%との目標を掲げている。英語教員のいっそうのレベルアップが必要な状況が浮かんだ。

高校英語教師英検準一級が55%、半分近くが英検準一級を持っていないということだ。準一級を持ってないということは、日本文法単語の暗記中心の教育をする能力すら疑問符がつく。

準一級の問題は、日本英語教育で教えられたとおりに暗記した単語を当てはめ、文法ルールにそって直訳すれば理解出来る、日本人向け英語もどきしかない。それが分からないということは、英語もどきを教える資格もないということだ。

もちろん教師聖職として尊敬されるべき存在であり、それを指揮するのは霞が関文部科学省エリート官僚であるから自分たちが教えているのが「実際には役に立たない英語もどきです」とは言えない。「私たち英語がよく分かりませんし、『生徒をちゃんと英語が出来るようにしろ』と言われても出来るわけありませんよ。むしろ、そんなやり方を知っているなら教えて下さいよ」などと口が裂けても言えるはずがない。

それに対して一方では「聞き流すだけで英語ペラペラに!」とか「たった100語で英語は出来る!」とか「頻出フレーズを暗記すれば日常会話はバッチリ!」とか、英語教育界はオカルトだらけである

もちろん商売でやってるのであるから、「がむしゃらに英語と格闘しろ、それ以外ない」などと言えるはずもないのだが、そんなことを言っていても誰も英語が出来るようにならない。なんとかならないものだろうか。

私が実践してきた、オススメの、実際はがむしゃらにやるだけの英語学習法を紹介しておく。

http://anond.hatelabo.jp/20170526220542

http://anond.hatelabo.jp/20170524213622

http://anond.hatelabo.jp/20170522214348

TOEIC3000語が覚えられない

コメントを頂いた。本を読んでもTOEIC3000語が覚えられない、ということだった。

TOEICリーディング結構速読必要なので、その実力が身につくまで、100万語ぐらい、500ページのペーパーバック12冊分程度読まないと、普通最後までたどり着かないんじゃないかと思う。12冊分を辞書を引きながら、単語表現感覚を感じ取りながら舐めるように読めば、どうやっても8000語程度の単語感覚的に理解できる、生きた語彙力が身についてるはずだ。必要なのは暗記力ではなく、文を深く読み、英語表現意味を感じとる力だ。記憶は忘れるけれど、感覚は忘れない。忘れたと思っていても残っていて、何度か同じ表現を見かければ、その都度感覚は強化され磨かれていく。

単語を覚えるというのは読書の途中で自動的についてくるもので、ピクニックの途中で摘める野イチゴのようなものだ。しか英語学習者は読書というピクニックには出かけず、ピクニックの準備だけを念入りに行っているように感じている。「自分にはピクニックも難しい。ピクニックに出かけたらヤマで遭難するかもしれない。その時のために食料を買い込んでおこう」と言いながら、辛い奴隷労働をして腐りかけのイチゴを買い込んでいるように見える。ヤマに出ればいくらでもおいしい野イチゴが摘めるのに、ヤマに行っても腐ってて使い物にならない表面だけの単語知識必死で暗記しているように感じている。これは本当によくないことだと思う。

LONGMANをやるべきか

もう一つコメントを頂いた。学習者は英英辞典オックスフォードでなく、ロングマンをやるべき、というご意見だ。

辞書から得られるもの単語理解ではなく、ヒントでしかない。ヒントを英語で貰っても基本的英語学習者にはわかりにくい。英英辞典自体を読み物として楽しめないなら、英英辞典を見ても英和より効率が悪いと考えている。もちろんロングマンが読み物として楽しい、読んで頭に入りやすいという方がいるならその方が良いと思う。私はオックスフォードが読み物として楽しいので使っているが、面倒な時はウェブリオに走っている。

忘れていた

この記事は長文すぎて最後が切れていたので、二つに分割したものの後半部分だ。前半部分はこの記事と繋がりがあるようでないのだが、いろいろと書いた。 http://anond.hatelabo.jp/20170529095534

終わり

ネタがなくなったので、多分この増田で吠える英語考察は今回でしばらく休止するかと思います。今まで長文をご覧いただいた方、コメントを頂いた方、ありがとうございました。

2017-05-28

少子化理由とかそんなにややこしくないだろ

別に少子化理由なんて、ガルちゃんとか小町とかツイッター見れば分かるよね。

あいう連中とは関わり合いになりたくないのが男の本音っていうか。

高収入になりたいなら自分で稼げばいいのに稼がない怠け者のくせに強欲だし、

他人レースから棄権したら我先にぶっ叩きに回るくせに自分不自由なのは他の人達監視のせいにする。

ネット人生や異性の本音ネタバレが進む中で分かるのは、女の行動基準基本的に「他人に羨ましがられたい」「攻撃したい」。

とにかく優位に立って自分サディズムを遠慮なく発揮したい。マウンティングかいう見栄張り大会もその一つでしょ。

こんな価値観だけでも鬱陶しいのに、性格ヒステリックで気分屋。軸がないからすぐに人を裏切る。悪者認定したら身内だろうと他人様だろうと、タガが外れたように攻撃する。

男でこんな精神障害者みたいなやついたら、即ハブでしょ。ツイッターでもミュートするよ。こんなの。でもこれが(少なくとも日本の女の)デフォルトなんだ。悪いけど。

言っとくけどこれらは全て客観的事実であってミソジニーじゃないからね。

日本人はもう勤勉じゃなくて『やりたくない』民族だ」みたいなのがあったけど、もうその通り。

なんてったって何も努力インセンティブにならないだけじゃなくて攻撃的でうんざりしてるんだ。

恋愛SNS拡散やら通報リスクを犯して、まるで爆弾の罠を潜り抜けるスパイのように慎重にやらなければならない(らしい、自分恋愛経験ゼロから知らんが。多分事実だろう)。

結婚共働きなら古い百姓的なリスク回避になるが…実際は女たちはリスク回避なんてしたくないし、本音結婚なんて専業主婦という貴族階級に収まるツールしかない。

誰がそんなのやりたい?

例え時間一夫多妻制(バツあり男に股を開く行為を今ではこう言うらしい)であってもそんなん男側に何のメリットもない。インセンティブがない。

から誰もやらない。結果が現状。

「また女が悪い論か!?

まぁそうかもね。いやどうだろ。

ひるがえって、女サイドから見てみよう。

私、日本女。子供の頃からちやほや下駄履いて、大学会社女性枠で入ったの。人生ってチョーラクショー。

とりあえず会社には入ったけど、そろそろ唯一のもので他の女を羨ましがらせたい、羨望の目で見られたいな~

そうだ、医者なんてどう。寿退社の時に「旦那はお医者様で・・・」なんて言ったら連中どんな顔するだろう。ゾクゾク。

結婚したら働きたくないな。そもそも働きたくないか結婚するわけだし、甲斐性のない男って最低。

子供が出来たら絶対私立。私は育児に参加しないけど。旦那にもイクメンさせよ。女に押し付けるのはミソジニーよ。

落ち着いたら年2回は海外行きたいし、あ、留学もしたいかも。白人イケメンロマンスしても許してね。

そーだ!子供もわざわざ旦那じゃなくて白人の種から作ればいいや!旦那アジアンじゃなくてきれいな子がいいでしょ。それがいい

オーケーオーケーシミュレーションはもうやめよう。

まぁ女サイドの考えは、ガルちゃんやらツイッターやらを総合すると上のような感じになる。

えーっと「女が悪いのか?」って話だったね…うん、少子化は女が悪い。分かりきった話を長々とすまないが…。

いや、言葉が変だな

悪い、というか基本的彼女らはこういうスタンスの生き物なのであって、それをなんとか社会が存続可能なように仕事相互監視教育していたのがかつての男尊女卑システムだ。

女が悪い、とは言ったが…いや彼女たちは悪くない。こういう生き物なのだ

男の価値観で言うとこういうものは「軽薄」「不真面目」「ちゃらんぽらん」といった評価がなされるが、それも無理解というものだ。

スカンク臭いが、だからと言って邪悪性が動物に詰まっているわけじゃあない。そういう生き物なのだ

女性は軽薄で不真面目で凶悪な生き物だが、だからといって社会的に悪いというわけじゃないんだ。こういう生き物なんだよ。分かってくれ。(な?ミソジニーじゃないだろ?)

御存知の通り、女は割とどんな男にも寄生できる。

から彼女らは適当淫売生活でも送っていけばいいだけの話で、言ってみれば少子化問題貧困問題無関係だ。

問題衰退国家の末端で働く俺たちだ。

いか日本女が人生相棒としても、養うべき相手としても不適であるかを語ったが、この国には悲しいことに日本しかいない。

つまるところ、結婚は俺たちには不可能だ…

外人を受け入れる?こんな老人が支配する国に来たがる女がいるとでも?

いや待て…それはそれで聖女かもしれないな。

しかし、生活保護も叩き世論の中で今後引き締められていく中で、日本人結婚したい人はいなくなることが予想される。

当然他の先進国なら日本人なんて相手にはしない…というかアジアン男は基本的にあまり…まぁ、分かるだろ?

ということで、世界中の誰も俺たちみたいなキモくて金のないオッサン予備軍を相手にはしない

ことが決定している。

結婚しなくていいなら気楽なものだ。だって自分以外の生活を見なくていいんだから。まぁそれ以上の給料なんて出ないんだろうけど。

まらない仕事に専念する必要性が薄くなっていく。と同時に、衰退国家なので俺達の立場も危うい。

会社も国も給料据え置きで衰退していくわけで、これから自分の身の立て方を考えるしかない。

インターネットにあふれる技能持ちたちをかき分けて生きていくのは難しい…トデス子さんとかさ、ああいうの。

多くの人間は彼らほど有能ではないし、かといってウルトラ高学歴でもない。

じゃあ俺たちどうすんのって話

本当にどうすれば良いんだろうね。

国内限界なら、国外に出るしかないし、じゃあ英語プログラミング勉強しましょうってなる。

国内で生きるなら、縮むパイに食らいつくためにスーパー経歴とスーパー技能スーパーコネ必要だ。(前者にもそういうの必要だろうけどね)

全ての人が東京一工早慶出ってわけじゃないので、後者は厳しいというか無理だ。

じゃあ前者かと言えば、あまり安易選択でもないと思う。だって国外だぞ。

からといって後者は血を吐きながら続ける悲しいマラソンだ。これも他人の脱落待ちでしかない。

ちゅーことは前者をやるしかない。やっていくしかない。

昔の働く意味はもう俺たちには無い

男尊女卑システムで縛り付けられていたのは女じゃなくて、男の方。

責任を増大させることで会社に、国内に留まらせる効果があった。

それがもうなくなりつつある。女はゴミだし(あっ言っちゃった)、会社も定年どころか5年後すら分からない。(東芝すら、ついこないだまで安定企業ランキングナンバーワンだったんだよ、本当だよ)

ついでに年金は戻ってこない。三幕構成も知らないゴミもの作るガンダムを始めとするアニメは総じてクソで、秋葉はつまらなくなって、親はいつか死んで、つまり日本に留まる理由が、ない…。

結論として

俺たち金がなくてキモいオッサンになるであろう20代30代が取るべき行動は、婚活ではない。

かといって、政治論議火花散らすことでもない。外国人排斥することでもなければ、生活保護受給者を叩くことでもない。

プログラミング英語勉強だ。大学会社でやったことをもう一度整理することだ。

どうせつまんねー人生なので一発花火上げてやるしかない。

女はどうせイケメンのケツの穴でも舐めて生き延びるだろうしどうでもいいか

女叩くために書いたのに脱線しちまった…。まぁここは俺の日記帳からいいでしょ

http://anond.hatelabo.jp/20170528185757

ぼくは逆に教育の機会を未成年に限らず広げるべきだと思う。

たかだか18年間の学習過程を見るだけで永遠に消せない馬鹿烙印を押せるほど我々は全能ではないし、高等教育を受ける価値のあるやつを狭めるのは社会の損失だし、それよりかは高等教育を受ける価値のあるやつを増やすほうが社会利益は多い。

テクノロジも知識体系も常に変化し続けるのが現代なのだから,どんな立場であれどんな年齢であれどんな才能の持ち主でであれずっと学習できる機会を用意しないと日本なんてすぐ死亡しちゃうと思うよ。コスト的にも技術的にもそれが出来るところに我々の社会はいるのだからそうしたほうがいい。逆に既存教育システムが高コストかつ非効率すぎるとは思う。

ザッカーバーグハーバード卒業式スピーチをどうぞ。

Facebook Founder Mark Zuckerberg Commencement Address | Harvard Commencement 2017 - YouTube

社会的弱者入学拒否等が聞こえないのは正しい知識が広まったからか?相互監視社会自分が叩かれるのが怖いからか?

昔、日本世界ではハンセン病エイズの子ども、犯罪者の子どもが学校小学校中学校義務教育でも)に通おうとすると、

保護者達が反対し、反対のポスターを張り、子ども学校を休ませ、校門前に立ち塞がって帰れ帰れと言っていたらしい。

今の私たちにとっては、信じられないような行動だ。

なぜ昔と比べてこのようなニュースが少ない(ホテルハンセン病患者拒否されたニュースなど、完全ではない)のか、

おそらく模範的な答えは、

昔と比べて、国が病気感染力が低いことや、教育を受ける権利子どもにあることを、社会に根気強く広めていった結果である

だと思うが、

もしかしてインターネットSNSの普及によって、社会から外れた、過激な、文明的でない、感情的な行動をとった人の個人情報拡散し、簡単に叩かれるリスクが上がったから、なのだろうか。

両方だと思いたいが、

例えば小学校で、保護者が顔出しで昔と同じように、入学反対を表明したら、または学校がその方針を打ち出したら、

学校名はyahooトップニュースになり、保護者名前・住所・子供まで特定される可能性がある、とてもリスクが大きい。

後者理由が大きいとしたら、人間知識による啓蒙などによりも、単純な、罰やリスクが大きくしたほうが冷酷な振る舞いをしなくなるというのは、まったく優しくない生きもののように思えて悲しい。

それとも、我が子を守りたいという強い思いがあれば

例え当時にSNSが大普及していたとしても、排斥を強く主張していたのだろうか

子供目線で見たら嫌なことでも必要なら教えるのが教育でしょうに

Instagraニー

世の中にはいろんな趣味人間がいて、俺はXvideoでPregnantとか検索ちゃうタイプなんだけど、

ふとInstagramで#マタニティ ってタグを踏んでしまったところこれはすごいことになってんなー

って思って、まじでリテラシー教育こそ必要だよなって思ったわ

加計学園

<script async src="//platform.twitter.com/widgets.js" charset="utf-8"></script>

若い人材獣医学を学ばせるのは社会的損失だぞ

プログラミングを始めたい人に立ちはだかる壁

プログラミング教育重要性が指摘される昨今ですが、皆様いかがお過ごしでしょうか?

プログラミングを始めたいと思っていても、何から始めたらいいかからない方も多いと思います。そうした人たちがどこでつまづくのか考えてみました。

まず、普通の人がプログラム作ってみたいと考えたとき想像する普通プログラムは、きっとウィンドウがあってその中に写真文字があるようなものでしょう。

しかし、これらは大変高度なプログラムです。全くプログラミングをしたことがない人がいきなり作るのにはハードルが高すぎると思います

じゃあ、ハードルが高くないプログラムというのはどういったものかという話ですが、それはWindowsコマンドプロンプトMacターミナルといった、テキストだけの環境で動くプログラムです。

でも、プログラミングをしたことがない人にとっては、コマンドプロンプトターミナルの方こそ難しそうなイメージが付きまとっていることでしょう。

このギャップが、プログラミングを始めたい人に立ちはだかる壁なのではと思うのです。

そもそもテキストだけの環境で動くプログラムのほうが簡単だ、という話にピンとこない方も多いと思いますので、1から100まで表示するプログラムを例に説明します。

まずテキストだけの環境だと、変数iが1から100までの間iを表示してからiに1を足すことを繰り返す、というだけで作れます

けれども『普通の』環境だと、まずウィンドウを表示し次にウィンドウの中に文字を表示するスペースを用意してそれから変数iが1から100までの間iを表示してからiに1を足すことを繰り返す、ということをする必要があります

このウィンドウを用意するという手間が案外難しい。最近は開発環境も充実してきてかつてよりは確実に楽になっているとは思いますが、それでもいきなりここから始めるのは覚えることが多すぎて挫折の原因になるのではと思います

なので、一見難しそうに見えるコマンドプロンプトターミナルを使ったほうが、プログラミング最初のとっかかりにはいいのではないかと思うのです。

これは私自身がターミナルから覚えたという体験から出た考えなので、もっと他のアプローチからプログラミングを覚えた人や、こうしたアプローチで結局うまくいかなかったという人の話など、トラバしていただければ幸いだなぁ、と思います

2017-05-27

元増田提案する「標準ライセンス」が妥当ではない理由

http://anond.hatelabo.jp/20170527185142

元増田は、炎上メカニズムに触れた。

炎上は「誰かが決定的に間違っている」から続くのではなく、「ある立場の人からみると、別の立場の人のやっていることが極めて無作法に見える」ということによって起こる。

という指摘は、まったく慧眼だと感じた。元増田はその課題として対象の慣習が不可視であるということを挙げ、解決策として基準Eを提案したが、私は基準Eの妥当性には大きく疑問がある。

利用規約化」「標準ライセンス」は無駄努力であるルールがどこで策定されているか、それが法なのかコミュニティなのかは、関係ないし、炎上の防止にとって本質的ではない。例えば今回のケースでは、腐女子界隈が引用を正しく理解していなかったことが炎上に大きく寄与した。ここから言えることは、いくらルール存在しても、それが構成員ひとりひとりに周知されていないかぎり、炎上のような民主的プロセス意味をなさないということである学校であればリテラシー教育という形を使うことができるだろう。しかインターネット自己組織的コミュニティにそういう「知識強制」を適用することはできない。

また、「腐女子に頑張ってほしい」というのも奇妙だ。頑張るモチベーションが弱い。こういうことが起こるたびに燃やせばいいと考えるかもしれない。「なんであんなやつらに協力しなければいけないのか」というのが平均的な感覚であろう。とはいえ、後述するが、何らかの協力は求めなければならない。

自分たちけが弱者被害者という立場でないことは理解してほしい」というのは、ナイーブアプローチである理解を達成することを甘く見すぎている。また、ルールの衝突が根本にある問題にたいして、また更にルールを以て解決しようというのは、「ルールがあれば、問題解決する」という盲信だとすら思う。

私なら、これは学術側が主体的努力する問題だと考える。研究に伴う炎上を防止したいというのは学術界の都合だ。方策としては、「界隈に存在する研究ガイドライン推定すること」が良いだろう。具体的には、研究にあたり「どこが論点なのか」を洗い出し、腐女子インタビューを行うことで、我々は妥当であろう研究ガイドラインを成立させる。

当事者へのインタビューは、かならず肌感覚をともなって収集しなければならない。よって事例に対する反応を収集し、良さそうか悪そうか判定してもらうのがよい。我々はそこから帰納的に基準を見出すべきだ。逆に、いきなりルールを探る試みは失敗するだろう。「法律視点からプライバシー配慮するなど、完全に合法範囲であれば、研究可能ですか」に当事者が首肯しても、いざ事態となれば、やっぱりだめだったとなるのがオチだ。

では、そうしたインタビューを誰がやるのかというのが次の問題である。個々の研究者責任を負わせるだけでは、やはりめんどくさいので研究が停滞してしまう。「XX界隈に対する適切な研究ガイドライン推定」というのも一つの研究ジャンルになりうるため、それを確立するというのはどうだろうか。そうすれば、これ自体研究足りうるので、研究者として動機づけられるはずだ。

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