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はてなキーワード: プリンセスとは

2017-04-13

ぼくが死なない理由

最近仕事もうまくいかないし

転職してもどこいってもデスマだし

給料は今高いけど、遊べるほどじゃないし

彼女どころか友人もいないし

今年起業する予定だけどなんか最近やる気もなくなってきたし

学生の頃から自分ごまかして頑張る理由を作ってきたけど、なんか本当に何で頑張ってるのかわからないし

借金ももう返したし、かと言って貯金はないし

親もいい年だし

そろそろもう消え去っても良いんじゃないかと思うんだけど 

けものフレンズ2期が見れないのは困る

困る

たつきいいいいいいいいいい

かばんちゃあああああああん

サーバルちゃああああああん

 

___

>そこで全フレンズを書き出せばホッテントリ入りする

 

じゃあお言葉に甘えて、覚えてる分だけ叫ぶ

サーバルあああああああちゃん

かばんちゃーーーーーーん

ボスううううううううううう

シマウマあああああああああ

トムソンガゼルうううううううう

カバああああああああああ

アライさあああああああん

フェネックううううううう

オセロットおおおおおおお

マレーバクううううううう

フォッサああああああああ

インドゾウううううううう

アクシスジカあああああああ

キングコブラあああああああ

ミナミコアリクイいいいいいい

クジャクうううううううう

タスマニアデビルうううううう

エリマキトカゲえええええええ

オカピいいいいいいいいい

コツメカワウソおおおおおおお

ジャガーさああああああああああん

トキいいいいいいいいいいい

アルパカあああああああああ

ショウジョウトキいいいいいい

スナネコおおおおおおおおお

ツチノコおおおおおおおおお

アメリカンビーバああああああ

グロプレーリードッグうううううう

オーロックううううううううう

オリックスううううううううう

ライオンんんんんんんんんん

アルマジロおおおおおおおお

アフリカタテガミヤマアラシいいいいいいい

カメレオンんんんんんんんん

シロサイいいいいいいいいい

ヘラジカあああああああああ

ハシビロコウうううううううう

ツキノワグマああああああああ

アフリカオオコノハズクハカセえええええええ

ワシミミズクのミミちゃあああああん

マーゲイいいいいいいいいい

ロイヤルペンギンプリンセスうううううううううう

イワトビペンギンだぜのイワビーいいいいいいいい

ジェンツーペンギンジェーンんんんんn

フンボルトペンギンのふるるうううううううう

コウテイペンギンのコウテイいいいいいいいい

ギンギツネえええええええええ

キタキツネえええええええええ

カピバラああああああああああ

アリツカゲラのアリツさああああああん

タイリクオオカミいいいいいいいいいい

アミメキリンんんんんんんんn

ミライさあああああああああん

野中サーバルちゃああああああああん

キンシコウううううううううう

ヒグマあああああああああああ

リカオンんんんんんんんん

マイルカああああああああああ

うおおおおおおおおおおおおお

漏れてる子いないかあああああああ!?

 

__

 

たつき尊敬する

たぶん同年代だと思うんだけど

まぶしい

 

オーロックスは打ち間違いです

未だにフルネーム覚えられない子がいる

でもアフリカタテガミヤマアラシ覚えたし、全員いけるいける

2017-03-31

プリンセスよりも

フツーに騎士の方が良くね?

他の男オタクっていまだに固執してんの?

プリンセスってあれだろ、男をATM扱いして

どーせ劣化すんのにカワイイ文化ファッションで媚びて

スイーツSNSにアップし、綾野剛だかなんだか主演恋愛映画でアソコ濡らす連中

それなら代わりに働いてくれる騎士の方がええやん

http://anond.hatelabo.jp/20170331135152

プリンセスには、ひたすらかわいくてかわいくて誰からも愛されるお姫様

かわいさに加えて賢さと強さをも兼ね備えた女王様のちっちゃい版があって

どちらをより好むかは本能で決まっている。ふしぎ。

http://anond.hatelabo.jp/20170331143425

氏家むつみ「はて…? 『私はプリンセスじゃない』に対して『でも村長の娘だ』『テ・フィティに選ばれた』などと言われていたような気がしますけれど…」

http://anond.hatelabo.jp/20170331141715

それは主人公が「私はプリンセスじゃない」と明言してたわけだが。

あと実際見てないだろ

プリンセス」が子供に与える悪影響

http://anond.hatelabo.jp/20161108151844

娘が数学に苦手意識を持ったり、外遊びを避けるようになってほしいのならそのままプリンセス扱いをするがいいさ。

Why Disney princesses and 'princess culture' are bad for girls

http://wapo.st/28Um1hs

2017-03-27

「女は愛されるべし」という呪い

 日本女性日本だけじゃない気もするけど)を生きづらくしている最たる要因ってこの「愛されない女には価値はない」強迫観念だと思う。

 男性には男性で愛され強迫症の代わりに「立身出世こそ男の本懐」(by 水渡し専用デブ官僚)があるけど、大人になるにつれて「誰もが大統領社長になれるわけではない」という現実をつきつけられて、苦笑い妥協と諦めを学んでいく。

 

 それはそれで惨めかもしれないけれど、愛されの呪いの方がもっと凶悪だ。

 だってあなたが誰かにとってのプリンセスである可能性は常に存在するからリアル白馬王子様は実在しないことはわかっていても、「自分にとっての王子様」は万人に平等に与えられたチャンスだ。これに「それまで中途半端に愛されてきた自分」が加われば目も当てられない。

 男だって愛されないやつは悲惨だろと思う人もいるかもしれない。

 でもそれは本物の悲惨さじゃない。

 本物の地獄じゃないんだよ。

2017-03-24

けものフレンズアプリ版のストーリー動画おもしろかった

設定とかストーリーとか凝ってるのに人知れず中途半端打ち切り終了するソシャゲも多いけど、そういうのは本の1冊でもなんでもいいから消える前に何か残してから消えてくれないものかね

ワンダブロックとかプリンセスラッシュとか好きだったんだよなあ

2017-03-17

オタク映画館SAOを見るよりモアナを見ろ

モアナ伝説の海、とにかく凄かった。

まりに凄すぎたので、とにかくこのホットな感動を伝えたいという衝動に突き動かされて今これを書いている。

もう本当に凄い。

クオリティという意味でもそうだし、面白さという意味でもそうであるし、何かもうこの映画の全てを総合して凄いとしか表現しようがない。

もう色々な人に出来る限り観に行って欲しいくらいに素晴らしい映画なのだが、その中でも特にオタク達に観に行って欲しいのだ、この映画を。

何故ならこの映画普段ディズニーアニメのメインターゲット層であるお子様達よりも、素敵なお姫様王子様とのラブストーリーに憧れる少女達よりも、大人になってもディズニーラブなお姉様方よりも、それらのどの層よりも、何より冒険と戦いと伝説勇者にいまだに憧れる馬鹿野郎共にこそ深々と心にぶっ刺さる熱い熱い熱い映画であるのだから

そう、この映画は大いに感動も出来るし、ハートフル気持ちにもなれるという普段ディズニー看板を全く偽ることなく、果てしなく広がる海を旅する冒険と、心を奮わせる激しい戦いと、熱き血潮と筋肉入れ墨をも同時に詰め込んだスーパーマッチョアクション巨編なのである

しかしこのまま熱く内容についても語り尽くしたいところではあるのだが、まだ公開して一週間も経っていない今そこまでネタバレしてしまうのは気が引けてしまう。

何よりこれを書いている目的はより多くの人にモアナを見て欲しいという気持ちからであるからして、そんな未視聴の人達から初見の感動を奪ってしまうのも忍びない。

なので、大筋のネタバレを避けつつ「モアナ伝説の海」という作品の魅力をいくつかピックアップして紹介していきたい。


1.ストーリーがいい

すでに巷では海のマッドマックスだのワイルドスピードだのと評判であるが、まずモアナは決してそんなインパクト重視な部分だけの映画ではないことを強く主張したい。

確かに途中から明らかにマッドマックスだし、終盤のセーリングバトルはまさしくワイルドスピードである

そういう面がモアナのわかりやすキャッチー面白であることは否定しないが、それらに劣らぬ魅力がそんな荒唐無稽描写を単なるパロディギャグで終わらせない骨太ストーリー展開にある。

序盤の展開を少しネタバレしてしまうことになるが、ここで軽くその一端を語らせて欲しい。

村長である両親や周囲の期待に応え、村を継ぐという自分の将来がすでに決まってしまっている少女モアナ

しかし同時に彼女は小さい頃から抱き続ける、海を越えて旅することへの憧れを捨てきれずにいた――。

ここまではディズニーでよくある抑圧されたプリンセスという構図であるが、モアナはここからが少し、いやかなりいつもと違う。

しかし、村長の娘として過ごす内に、彼女が暮らす島には徐々に異変が現れ始める。

・島の命が涸れていく――。

異変の原因は、今も口伝で伝わる神話の昔に起きたある伝説に原因があった。

伝説は嘘ではない。海へ出ることを夢見るモアナの唯一の味方である祖母は、島に危機が訪れた今こそ彼女真実を語る。

・島の先祖達の真なる歴史、そして島の中のとある場所封印された船達。そして幼少の頃より海に選ばれし者であった自分運命

・島に、いやこの世界全てに危機が迫る今こそ、少女は己の運命先祖から受け継いだ血に突き動かされて、封印された船を駆り、世界を救う旅へと出発する――!

これである。これがモアナの真の姿なのである

そう、もう完全に少年漫画なのだジャンプに連載されていても違和感がないほどに完全に少年漫画なのである

何だったら船をロボットに置き換えても通じる。

飄々とした老人が語る真実。選ばれし血筋運命。島に封印された兵器世界を救う旅に出る少女

まさしくロボットアニメ文法そのまんまである。そんな作品を見てみたいと思わないオタクがいるだろうか。

俺は見たい。そして実際に見た。凄い。この序盤以降も、もう本当に自分が望むままの血湧き肉躍る冒険活劇が繰り広げられるのである

そう、冒険活劇。まさしくモアナとはそれである

この時代ガッチリと、一分の隙も無く見事な、全く伝統的でブレることな王道を真っ直ぐ突き進む冒険活劇が見られるのだ。

それこそが、そんなストーリーこそがモアナ最大の魅力であると、自分はまず自信を持ってオススメしたい。


2.ラブストーリーじゃないバディものである

そして二つ目ポイントもそのストーリーに掛かってくる部分なのであるが、「この映画は全くラブストーリーではない」というところをそれとして挙げたい。

そうは言ってもディズニーで、一応プリンセス主人公なんだぜ? ラブストーリーじゃないなんてことあるの?、と思われるかもしれない。

しかし、安心して欲しい。

自分のようにモテない独身男が一人で観に行っても全く闇を抱えることがない程に、清々しいくらいにラブストーリー要素は一切ないのである。(一応カップリング的なものはあるが、あくまファンの受け取り方次第である)

前年度のディズニー映画ズートピア」も恋愛関係というよりはバディものに近い関係性であったが、モアナはそれよりも更にバディもの、なんだったら師弟もののような関係性となっている。

一応に一応を重ねて今作のプリンス立ち位置であるマウイというキャラクター存在するし、彼と二人でモアナは旅をすることになるのだが、映画全編通して二人の間には一切恋愛を匂わせるような心の交流存在しない。

しかしだからと言って二人の関係が薄いということは全くなく、冒険を通じてモアナという少女とマウイという英雄の間には友情のような、あるいは兄妹のような、あるいは師弟のような、固い固い絆が結ばれることになる。

そしてそこに恋愛というモチーフが一切入ってこないというのが、本当に爽やかで気持ちよく思えるのである

恋愛感情の一切無い男女のコンビというと「シュガーラッシュ」の例も存在するが、デフォルメの効いたキャラクター同士であるあちらよりも一人の人間としての形を色濃くデザインされた男女二人が恋には落ちないモアナはより珍しく映るだろう。

そしてそんな関係の二人だからこそ、シンプル恋愛だけでない複雑な魂の結びつきを感じる余地も生まれキャラクターとしての奥行きを生み出しているようにも感じられるのだ。

独身男の心を傷つけない優しさという点だけではなく、そういう作品的な深みを生んでいる意味としても、ラブストーリーでないということはかなりオススメ出来る点である個人的には考えている。


3.単純な悪役のいる物語ではない

これまたストーリーに掛かっているポイントであるが、個人的にもこのポイント独立したものとして強く推したかったので語らせて欲しい。

さて、ディズニー映画と言えば必ずわかりやすヴィラン(悪役)がいるというのが御約束である

時には極悪非道、時にはコミカルで憎めない、そんな多種多様ヴィランディズニー映画には登場するのだが、彼らはまた必ず物語最後には主人公達に打倒されるものでもある。

単純な小悪党というパターンも多いが、彼らは多かれ少なかれ作品内の歪みを体現した存在でもあり、彼らが単純に倒されるだけでいいのだろうかというモヤモヤを残していったりもする。

それをして作品に奥行きと考察余地を与えたり、現代における社会問題を反映させた構図としてみせたりするのがディズニー映画の一つの魅力ではある。

それは個人的にも長所ではあるとも思うのだが、やはり作品を見終えた後でいくらかの引っ掛かりや疑問を抱えたままになるし、それがあまり気持ちのいい感情ではないことも否定は出来ないだろう。

しかし、今回のモアナにはそれが一切存在しなかった(と、個人的には感じている)。

単純に歪みと闇を抱え、倒されるだけのヴィランというもの存在しないのである

確かにモアナ冒険の途中には、モアナ達を狙う敵達が登場したりはする。

しかし、いずれも己の信念、というよりは生き方に基づいて立ち塞がるのであり、憎み合う敵というよりは障害物に近いものとなっている。

そしてその全てが憎めなくてどこか面白い、魅力のあるキャラクター達となっているのだ。

からと言って、モアナという作品がそんなただ優しいだけの世界を描き、テーマ性の薄いものになっているのかというとそんなことも一切ない。

作品テーマ最後まで一本筋の通ったもの存在しているし、それは様々なことを深く考えさせられるものである

モアナを取り囲む世界も優しさに満ちていることは否定しないが、時にどうしようもない厳しさというのも十分に描かれている。

そして、この世界におけるこれまでのようなヴィラン体現する歪みというものは、モアナとマウイを含む全ての人物が己の心の中に持っているものとされている。

モアナとマウイは冒険を通じて自分の歪みと向き合うことでそれを打倒し、誰にも押しつけることなくそれを昇華する。

からこそ、明確なヴィラン存在しない物語というもの存在し得るのである

そして、そんな物語の迎える結末というものが、もう本当に、涙が出るほど清々しく、爽やかな気分にさせてくれるのだ。

何の引っ掛かりも疑問もなく、ただただ爽快感だけを残してモアナという作品は終わってくれるのである

単純なハッピーエンドではなく、みんながこれからも考え続けていかなければならない。確かにそういう作品大事だし、素晴らしいこともわかる。

しかし、たまにはここまで気持ちよく、優しい世界を描いた作品を讃えるのもいいではないか

さらに加えてこの作品プリンセスの不遇を描くに辺り、誰かしらや何かしらからの悪意が存在したりしないことも個人的には素晴らしいと思っている。

物語の序盤のモアナは抑圧された状況下にあることは確かなのだが、それは全て優しさと正当な理由があってのことなである

からこそ、モアナの旅立ちのシーンが本当に胸を打つものになっている。

そしてそれはプリンセスの生い立ちや状況だけでなく、マウイという存在や行く手を阻む様々な困難の全てに単純な意地悪や悪意だけで構成されているものがない。

そういった部分も、この作品の優しさと爽やかさと気持ちの良さを支えているように思う。

作為的な悪というもの存在しない点。それもまたこの作品における重要オススメポイントとさせていただきたい。


4.ディズニー渾身の映像

これについては今更自分のような者が語ることはないほど周知されていることだとは思うのだが、それでも今一度ここではモアナの魅力としてオススメさせて欲しい。

南洋の島々の楽園のような景色雰囲気

そして透き通るような美しさを持ちつつも精巧絵画のように鮮やかな色をも見せ、生き物のようにうねる、これがアニメーション可能なのかと驚愕しきりの海の表現

愛くるしくも時に凜々しいキャラクター達の活き活きとした表情と動き。

そして何より激しいアクション! グリグリと動きまくる格闘戦! ド迫力な神と英雄のバトル! 躍動する筋肉! 精緻美術設定によって作られた変態改造船舶

もう枚挙に暇がないし言葉も足りない程に美しくて活気に満ち溢れた、そして過激かつマッチョモアナ世界スクリーンの向こうには広がっているのだ。

なのでこれはもう是非ともディスク化を待たずに劇場へ足を運んで、ドデカスクリーンでこの映像美を拝んでいただきたい。

そのマッチョマッハアクションにはとてつもなく興奮することは間違いないし、そのあまりに美しい世界観に感動することもまた間違いがない。

特に予告編でも一部見ることが出来る夜の海を光る船団が行くシーンは本当に、本当に美しすぎて溜息が出るので絶対劇場で見て欲しい。

そして海のマッドマックスと呼ばれる所以たるシーンも併せて是非。いや、マジでスゲーのよ。


5.挿入歌の使い方が最高

これもまあ今更自分が語るようなことではないと思うのだが、それでもあまりに感動したので書かせて貰いたい。

とにかくこのモアナという作品劇中歌が強い。

劇中歌の強さで天下を取ったディズニー作品と言えば「アナと雪の女王」が記憶に新しいが、個人的にはモアナのそれはアナ雪に勝るとも劣らぬ力があると感じた。

その上で、更にアナ雪よりも強いモアナの要素として劇中歌が挿入されるタイミングがとにかく最高ということが個人的には挙げられると思っている。

アナ雪で一番有名かつ作品テーマソングともなっている「Let It Goであるが、実は劇中での使用は一度のみなのである

それもエルサが城から逃げ出して自身能力で氷の城を作り上げるという、映像的には圧巻の美しいシーンではあるのだがタイミングとしてはいまいちカタルシスを感じていいのか微妙な部分で使用される楽曲であった。

対してモアナにおけるメインテーマソングである「How Far I'll Go」は、作中で数回に渡って使用される。

そして、それは主人公であるモアナが悩む時、壁にぶつかった時に、己を慰めるように、あるいは鼓舞するかのように歌い上げるのだ。

この劇中歌の流れるタイミングと、ストーリー的なカタルシスの一致がとにかく素晴らしいのである。素晴らしいシンクロ具合を見せてくれるのだ。

そしてこのテーマソングが一度ならず幾度も使用されるというのもありがたい。

作中のシーンに合わせて幾つもの曲を書き下ろすディズニーにしては珍しいしそこを欠点に感じる人もいるかもしれないが、一つの曲を大事に使ってくれる今回の方が個人的にはより好みであった。

そして何より言うまでも無いこの「How Far I'll Go」という楽曲自体の素晴らしさ。

切なくも力強いこの曲のサビの部分は、何度も使用されてこの歌を覚えていくことで作品の後半に進む程により心を震わされ、感動させられる作りになっているように思える。

更にモアナ役の吹き替え声優である屋比久知奈さんの歌声もこれまた最高で、これがあってこそと思えるものであり、この歌声と曲が合わさる相乗効果は本当に言葉にならない。

そして無論、「How Far I'll Go」以外にもモアナには素晴らしい劇中歌の数々が存在しているし、それらの使い方も言うまでもなく素晴らしい。

特に「We Know The Way」という曲はこれまた複数回使用される曲なのだが、映像と力強いメロディーとを合わせて自分の中の冒険心というものをこれでもかとかき立てられる素晴らしい曲であった。

とまあ、とにかくモアナ劇中歌は「曲自体の素晴らしさ」、「それが使用されるタイミング」、「その曲を覚える程繰り返し使用してくれる演出」と三拍子揃ってとてつもない感動を与えてくれるものとなっているのだ。

そしてそれを劇場の迫力ある音響で堪能出来る至福といったらもう、是非とも映画館に足を運んで味わって貰いたい。それ程大きなオススメポイントである。というかモアナでも極上爆音上映とかないですかね……。


さて、以上が自分モアナという作品で素晴らしいと感じたポイントであり、オタク達にオススメするポイントである

いかがだろうか、正直書いてる内に止まらなくなって自分でもちょっと引くほど長くなってしまったが、それくらい情熱に任せて書いてしまえる程モアナという作品面白かったのだ。

なので、これを読んで少しでも食指を動かされた人には、本当に是非、すぐにでも劇場で観ていただきたい。

というか今すぐ観よう、今日レイトショーで観よう、明日レイトショーでもいい、休日は言うまでもなくモアナで予定を埋めよう。

自分もあと三回くらいは観るつもりである

誰に何を言われたからでも、観覧特典のような配布があるわけでも、ディズニーから金を貰ったからというわけでもない。

ただただあの優しくも熱い冒険世界をまた味わいに行きたいかである

そしてこれを読んでいる皆様にも、是非ともそれを味わっていただきたい。

純粋にそう願いながら、この文章をようやくここで終わらせることにしよう。

いや、やはり最後にもう一度。

オタクよ、モアナを観よう。絶対にハマるから



……

………

…………

……さて。おまけで、かなりネタバレになってしまうがもう一つのオススメポイントを書き残しておきたい。




6.特殊性

それは巨女巨女だ。

ディズニー渾身の映像クオリティで作られた巨女

巨女こそが女神の姿であり、自然であり、豊かな緑であり、巨女が島となり、大地となり、命を生む!

これこそまさしく地母神信仰の姿!!!

この映画は紛れもなく巨女信仰映画であり、子供達に巨女属性を幼い頃より刷り込ませ、更に一般的認知をも拡大せんとする目的で作られた映画であることは間違いがないだろう。

そう、巨女一般性癖!

みんなでモアナを観て巨女の素晴らしさを知ろう!

2017-03-16

うたプリファンって

なんでプリンセスって呼ばれるの?

何かにつけて大暴れするゴリラしかいなくない?

2017-03-11

ラプンツェルの次におおかみこどもやるって凄くね?

プリンセスかくあるべき”破壊物語をやった後に”理想母親かくあるべき”賞賛物語やるのか。

ジェンダーの考え方が70年ぐらい巻き戻っちゃってる。

ディズニー自虐はもうたくさんだ

今日モアナを見てきた。

アクション満載で面白いし、歌もいい。

映像もとてもきれい

ただ、私に一番残った感想


また自虐ネタかよ!!!

ディズニーお得意の自虐ネタかよ!!!!!!


です。

最近ディズニー作品には「プリンセスは歌って踊って動物とおしゃべりするんだろ?」「突然歌い出すのはやめてくれよ」(意訳)というような、かつてのディズニー作品皮肉るようなセリフが出てくる。

もちろんディズニー現代に合ったプリンセス像を模索していることを知っているし、その改革はとても偉大なことである

でもさ、もういい加減自虐するのやめない?

その自虐ネタ何回も聞いたよ。

リライアブルじいさんの話レベルに耳タコだよ。

何回も自虐されるとげんなりするんだよ。

Twitterとかで美人自撮りして「まぢ私ブスすぎ…つらたん…」とか、絵師過去絵再投稿して「過去絵下手すぎてつらいわー糞絵だわー 」とか何度も言ってたらイライラしない?

少しなら笑いになるけど、何度も繰り返されると卑下しか聞こえない。

さらに、もし映画を見ている人が昔の作品も大好きだったら?

子供の頃に抱いたあのプリンセスへの憧れは間違いだったのか?

昔の作品が好きな私はあざ笑われる存在なのか?

もっとディズニー側は自虐ネタをただ単に笑いの要素として入れているのであって、過去作品全否定する意図はないし、ましてやファン否定するつもりなんて全然ないのだろうけど、どうしてもそんな想いがよぎってしまう。


時代に合わせてスタイルを変えていくのはいいことだし、自分意志で道を切り拓くプリンセスの姿はとても素敵だと思う。

でも、あなた黒歴史だとした作品愛する人がいることを忘れないでほしい。

純真運命を信じて生きるプリンセスときめいた私をどうか笑わないでほしい。

2017-03-02

けものフレンズ8話がつまらない

今までと比べてかなりつまらなかった。

しかし見る価値のない回であったかというとそれは違う。

けものフレンズ8話がつまらない、ということもまたけものフレンズという物語を紐解く上で重要意味を持っているかである

8話はそれまでの話とは明らかに異質な存在である

OPを歌っているアイドル声優グループが演じるPPPというフレンズアイドルユニットが主役となっているという事からは明らかな大人の事情が伺える。

物語の中においても、ヒトがいなくなり文明的な要素の多くが失われた世界アイドルを行っているPPPは異彩を放っている。

そもそもフレンズアイドルユニットを組んでいるという状態ジャパリパークがまだアミューズメントとして機能していた時代に置いても特別存在であった事は想像に難くない。

動物が観客に見せるために芸を磨くという行為現実動物園では一般的行為となっているが、それは動物本来の姿ではない。

動物園営業していく為に動物に行わせている本来の生態から外れた行為である

PPPはいわばヒトが持つ商業主義拝金主義的な側面の化身としてジャパリパーク存在している。

けものフレンズはここまでそれぞれのフレンズ自然な姿を描いてきた。

フレンズ達がそれぞれの日常自然にのびのびと暮らす世界カバンちゃんが旅する話である

確かにアルパカ喫茶店を開いたり、ライオンDOG DAYSみたいな事をしている事はあった。

しかしそれらの中にも、徒歩によって移動するフレンズでありながら高い崖の上に難なく移動してしまアルパカや、狩りごっこごっこに興じるライオンといった形でフレンズベースとなった動物の生態が現れていた。

それらと比較するとPPPはやはり異質である

ロイヤルペンギンプリンセスPPP再結成しようとしたのは、ペンギンの生態がそうであったからではなくPPPがその昔ジャパリパーク存在たかである

いわば間接的ではあるがヒトの手による強い介入を受けた行動である

(まあぶっちゃけアルパカもジャパリカフェの名残という形でヒトの介入や大人の都合をゲフンゲフン…例外として今は忘れてくれ。)

カバンちゃんと無関係の所でここまで強くヒトの影響が描かれることは今までなかった。

そしてそれによって描かれた光景は、我々がけものフレンズに期待していたものとは全く違ったものとなった。

自分たち存在自分存在が観客に受け入れられるのかと恐れるプリンセスの姿は、自分本来のあり方のまま生きている他のフレンズにはないものである

なぜなら他のフレンズはただどこまでも自然体で生きているかである

PPPに参加せず普通ペンギンとして生きる道も開かれている事を知っているプリンセスと違いそもそも生きる道を選ぶという発想自体がない。

目先目先の日常から抜け出て生き方選択するという発想は文明が発達したことで生まれものである

自分が何者であるかを迷うという行為は、道があることによって生まれ感情である

ヒトの商業主義によって生まれPPP、今までとは違う生き方選択肢の登場によって生まれプリンセスの悩み、これらはヒトが残した文明の残り香がなければ存在し得ない物である

文明のない世界では生き物はただ生きるために生き、空いた時間はただ本能のままのびのびと過ごす。

だが文明誕生するとそれとは別の道が生まれる。

ある種の貪欲さ、ストイックさをもってより良く生きようとそれまでとは違った生き方を選ぶ道である

これは7話において博士達がジャパリまん以外の食べ物を求めカレーを食べた際に半分描かれている。

だがその時描かれたのはプラス面がほとんどである

火という恐ろしい存在カレーという益をなす光景は、文明危険性をを暗示してはいるがそれが実際にフレンズを傷つけることはなかった。

だが今回は違う、文明選択することの不安という形でフレンズに牙を剥いた。

自然の中でのびのびと生きるフレンズの姿を描いてきた作品の中で、文明フレンズを傷つける姿が描かれたのが8話である

ヒトのもたらした文明フレンズを傷つける、それが8話である

唐突にこんな物を投げつけられて無意識嫌悪感を抱かないでいられるはずがない。

我々がけものフレンズの8話をつまらない、何かが違うと感じたのは当然なのだ

だがそれは同時に我々がけものフレンズに求めていた物を再確認させてくれる。

我々が求めていたのは自然の中を生きるフレンズ自由な姿だ。

ここで勘違いしてはいけない事がある。

けものフレンズ文明否定する物語ではない。

8話の直前に7話が描かれたのも、これが文明否定する物語でない事を強調するためなのではいだろうか。

文明はヒトに益をもたらし、フレンズにも益をもたらす。

それはなにもカレーだけではない。

ライブだけではない。

ジャパリまんだ。

ジャパリまんはジャパリパーク平穏生活を支える重要資源である

それらはラッキービーストによって管理されフレンズの元へと配られている。

8話で初めて登場した二人目のラッキービーストは多くの情報を我々にもたらした。

フレンズが多い場所ラッキービーストは現れる、それは彼らが能動的にジャパリまんを配り歩いていることを意味している。

フレンズ自由生活を送りながらジャパリまんの供給が受けられるようになっている。

またこれまでラッキービーストにあわずともカバンちゃん達が不自由なく生きてこれた事からも、ジャパリまんの供給量や栄養価フレンズ達の暮らしにおいてかなりの余裕がある物であることがわかる。

ジャパリパーク平穏生活文明の力によって支えられている。

それはヒトのもたらした物であろう。

けものフレンズ文明否定する物語ではない。

だが文明の持つ暗部も描く。

自然体で生きることの素晴らしさを描きながらも、そうやって自然体で生きるのに文明の力が役立っている事を描く物語けものフレンズである

我々現代人は自然体で生きる事が難しくなっている。

だがそこで文明を投げ捨てたとしてそこに求めていたものがあるかといえば違う。

文明と共に生き、しかして文明の持つ闇に飲まれないようにすることが、我々の求める生き方に辿り着く鍵なのだ

けものフレンズ自然の素晴らしさを伝える物語である

しかし、文明否定する物語ではない。

けものフレンズの8話は私にそのことを再認識させてくれた。

ただ楽しいだけの回ではなかったが、それでもけものフレンズの8話を見て良かったと今は思う。

ありがとうけものフレンズ

2017-03-01

けものフレンズにおける最大の争点

キャラとしてのPPP必要だったのか?」


はい、言うまでもなく要りません。

明らかにPPP存在は悪い意味作品の完成度を下げています

作品の質を向上させるための不完全さには極めて絶妙バランス要求されます

その点PPPはもうかなりダメです、救いようがありません。なぜ5人もいてあれほどつまらないのか?

プリンセスさんは大勢視聴者を退屈させるためにわざわざメンバーを集めたのでしょうか?

もはや彼女たちには「烏合の衆ってどういう意味?」と尋ねられた際に

PPPのような集団のことを言うんだよ」と説明する時ぐらいにしか用がありません。ペンギンだけに。

2017-02-28

http://anond.hatelabo.jp/20170226101045

どうしてきれいで可愛くておしゃれしていちゃだめなんだ?

どうしてプリンセスソフィアが好きじゃだめなんだ?

それこそ毒親の「色気づきやがって!いやらしい!」という呪いじゃないか

2017-02-26

また駒澤弘樹がなんか言ってる

https://togetter.com/li/1084650

ヒーローもの番組でも、「守る男性」と「守られる女性」というステレオタイプしかない。

大分からプリキュアは勿論特撮だって戦う女性メンバーまれてるだろうよって事すら知らない辺り、

対外的はイクメン気取りつつ実際は自分の子供の育児に全く関わってないんだろうなあ。

例え自分の子供にはその手のものを見せていなくても、育児してりゃどんな内容なのかって事は情報入ってくるもんだしさ。

別の「呪い」として、女の子は綺麗で可愛くてお洒落してなければならない的な事を押し付けている、ってなら

日本アニメにまだまだ多々ある構造から分かるけど、

それなら全く同じ呪いをかけているちいさなプリンセスソフィアを持ち出す訳がないから、そこが「呪いである、と言う発想はないんだろう。

つかソフィアってPC配慮しまくりディズニーの中ではかなり保守的だよねえ。

(それが今の幼児向けディズニーアニメダントツの人気と言う辺りは皮肉だけど)

同じディズニーチャンネル幼児アニメでも、どうせなら

主人公黒人少女で(おもちゃの)医者をやっていて、母親医者父親専業主夫」という「ドックおもちゃドクター」とか

主人公がおばさん(猫なので実年齢は分からんが、声や作中の扱いからして明らかに若い女ではない)カウガールで、

それが西部の町で保安官として大活躍」という「西部の猫キャリー」辺りを持ち出せってんだ。

ここまでやってるアニメは流石に日本にはない(成人男ヲタ向けは除く。あの辺は別にPC配慮でやってるんじゃないし

別の意味女性差別満載だし子供に見せられたもんじゃないし)から

この辺と比較するってなら日本の子アニメ叩けるのに。

この人本当に女性が置かれている状況にも育児にも本当の意味では興味なくて、

ただ「困ってる女の子を救うヒーローな俺」がやりたいだけだろ、と言う

テンプレフェミニストイメージを裏切らないよねえ

2017-02-25

あと2文字

発達障害マン発達障害ウーマンでさえあればブクマサンドバッグではなく赤絨毯で迎えられるプリンセスになれたろうにの

2017-02-15

プリキュアのうぃきぺでぃあみてるんだが

SSの売り上げ落ちすぎてみててつらい

それ以降は大体100ちかいけどハピチャでまたSS並に落ちてた

プリンセスは割りとよさげなのかなと思ってたけどハピチャとほとんど変わらないくらいで、

前年の不振を引きずってるのかそれとも前年並に実際にひどかったのかがわからない

まだまほぷりの売り上げは入ってなかったけど、プリキュア数字ブログを見ればプリンセスよりかはだいぶ上がってるみたいね

まほぷり自体微妙でもモフルンが強かったからかなあ

もうデザインからしてかわいかたからねえモフルンは

しかもそれがプリキュアになるってんだから

もしTVに出てたらもっと縛上げになってたと思うよ

はあ・・・

仕事しよ

2017-02-14

anond:20170214174041

田代まさしプリンセスがいっぱいの女の子の最年少が今や33歳だけど今どうなってるのか見てみたい、最年長は老け顔だけど

http://anond.hatelabo.jp/20170214170850

異議あり

田代まさしプリンセスがいっぱい』はモデルとなった女の子達が一般少女達であって、別段芸能活動もしていない。それをアイドルゲームとは言えないのではないか

その点、『チャイルズクエスト』に登場するチャイルズ現在メンバーの一部がテレビに登場するような実在アイドルであるのだ!

どちらが真のアイドルゲームかは自明の理

2017-02-13

http://anond.hatelabo.jp/20170202144732

元増田あんまりオススメするから読んだよ、『ソシャゲライタークオリアちゃん』。

これ、普通につまんなくて出来悪くて、普通につまんなくて出来の悪いラノベってなんなの、ということを考えるのにすごくいい素材になってしまっているように感じた。

ラノベなんてみんな同じだろw」というような声がどこからともなく(というか元増田ブコメあたりから)聞こえてくるんだけど、そんなことはない、『クオリアちゃん』はかなり出来が悪いよ、ということをしっかり言っておきたいな、と思って、エントリを起こす。

小説としての出来云々じゃない部分、ソシャゲシナリオライターとしての主人公たちの生き方については

http://hishamaru.hatenablog.com/entry/2017/02/09/003000

http://anond.hatelabo.jp/20170203190941

この批判が当たっていると思う。

とりあえず俺はクララ先輩には機を見て空売りを仕掛けていくことをオススメしたい。

さて。

漠然と出来が悪い、と言ってもわかんないと思うので、サンプルを用意する。

と言っても、ここで新城カズマとか古橋秀之とか秋山瑞人とか石川博品とか出してもそういうのは例外と流されるだけだと思うので、もっと普通っぽい奴を見繕いたいところ。

例えば、商業性があると評価された実績のある人が書いた作品、すなわち「アニメ化作家の新作」と、ラノベ業界作品を送り出す人たちが評価して世に出した「新人賞受賞作」……と考えて本屋ラノベ棚を見てたら『勇者セガレ』((アニメ化作品はたらく魔王さま!』の和ヶ原聡司の新作))というやつと『通常攻撃が全体攻撃で二回攻撃のお母さんは好きですか?』((第29回ファンタジア大賞大賞受賞作))というやつが目に入ったので、買ってきた。増田のために『クオリアちゃん』と合わせて2000円くらい課金した計算である

http://dash.shueisha.co.jp/bookDetail/index/978-4-08-631161-8

http://dengekibunko.jp/newreleases/978-4-04-892615-7/

http://fantasiataisho-sp.com/winners/mother/

作品とも試し読みがあるので読み比べてみてほしい。冒頭だけだけど、それでも出来の良さの違いが見て取れるから

一見して『勇者セガレ』のレベルがとびきり高く、『お母さん』がその次、『クオリアちゃん』は論外、と俺は思うけれど、そう思わない人もいるだろう。

説明する。

小説には、概ね、お話が付き物だ。もちろん、お話で引っ張る小説は低級、みたいな話もあるんだけど、一般的エンタメ小説(多くのライトノベル一般的エンタメ小説である)においては、そういう議論はあまり考える必要はない。一般的エンタメ小説じゃないラノベに出くわす可能はいつでもあるので頭のすみっこにはおいておいたほうがいいけれど、でも、今回の三作品は全部一般的エンタメ小説志向なので大丈夫

さて、一般的エンタメ小説にはお話がある、という話だった。

勇者セガレ』なら、父親に異世界を救った勇者過去がある、と知ってしまった少年が、異世界での魔王復活を巡る騒動に巻き込まれお話。『お母さん』なら母親と一緒にMMORPG世界ダイブして冒険しながら親子関係を見つめなおす話。『クオリアちゃん』なら平凡な男が惚れた先輩に巻き込まれる形でソシャゲシナリオライターになる話。

んで、さっき示した試し読みで、そういう話だ、とわかるまでにかかる文字数は大体どれも同じ、5ページくらいなんだけど、その最初のとっかかりまでに与えられる情報無駄のなさを見てほしい。

勇者セガレ』は単刀直入お話全体像テーマ、というやつだ)を提示し、そのテーマについての主人公の開始時点での認識提示し、そして、それが揺るがされる場面が、いい意味で突然始まる。

『お母さん』はそれに比べれば随分もたつく印象だが、それでも母親と息子の関係物語だ、ということは十分手早く、一直線に提示されている、と言っていい。

クオリアちゃん』は無駄だらけだ。同級生に平がからかわれる話とか、いらない。

そもそも主人公の平凡さに何故ここまで言葉を費やすのか。クララ先輩にソシャゲシナリオライターの道に誘われる場面から入っていい。主人公が平凡さを脱して何者かになるお話なんだからスタート地点を明示しなければいけないのでは、というのは罠だ。平凡だ、とは、平凡という特徴がある、ということではない。非凡な特徴がない、ということだ。ならば、クララソシャゲシナリオの道に誘われるまで、何らかの特徴があるかのような描かれ方をしてはいけない。この主人公、狙ってか事故でか、かなり平凡ではないキャラなのだが、それもまあ、いいのだ。普通男子高校生と言って始まった話で主人公がとんでもない過去を思い出す、すげえ設定が明らかになるなんてのはよくある話だ。語り出す位置に変な癖をつけないことで間口を広められることだけが平凡な主人公という設定の美点で、それをこなしたらあとはどんどこヘンな奴にしていっていい。逆に、ヘンな設定をあとから盛りやすくするためにも、平凡さを積極的に描くのは悪手だ。

ここには多分、ライトノベルキャラクター小説である、という誤解がある。

商業性を認められたアニメ化作家も、送り手に評価された新人賞作家も、テーマ登場人物関係性を提示するところから小説を書きだしている。主人公人物像に無駄に筆を費やしたりしていない。主人公人物像を描いてはいけない、のではない。主人公人物像は、この際テーマ関係性よりも後回しにすべきだ、という話だ。

ライトノベルキャラクター小説だと早合点していると、主人公キャラクター性を提示するのが大事だ、と思い込んで、本筋のお話よりも先に名前からかわれるエピソードを入れ込んだりしてしまうのではないか、と思う。

そうした結果、ソシャゲシナリオライターの手伝いを頼まれるという展開の驚きが盛れなくなる。驚きのない掴みは最悪だ。

そもそも、ソシャゲシナリオ仕事を手伝うことになるって普通に考えて驚くような話なのか、という問題はある。

ソシャゲシナリオ仕事の手伝いを頼まれて驚くのは、ソシャゲシナリオに関わることをまったく想定していなかった場合だ。主人公脚本科の学生なんだからゲームであれシナリオ仕事を頼まれるのは、そんなに違和感のある話ではない。先輩に手伝ってと頼まれた、なんてのは、ライターデビュー王道と言ってもいい。

どうすればソシャゲシナリオライターデビューで驚きを演出できるのか。主人公ソシャゲを嫌いだ、という設定にしたらどうだろう……と王我は作者にささやいてはくれなかったのだろうか。

これも、関係性やテーマを後回しにしたことで生じた問題だ。ソシャゲ主人公関係をちゃんと設定していないから、こうなる。

ソシャゲマニア制作現場に関わることで現実を知る、でもよし、ソシャゲ嫌いが制作現場に関わることでソシャゲを認められるようになる、でもいい。ソシャゲどころか物書きとさえ無関係主人公なら(脚本科に在籍し、名作の名台詞を書きぬいてノートを作っている主人公はどう考えても無関係ではない)ソシャゲというものに触れる、というだけでも驚きがあるだろう。

半端にクリエイター志望でソシャゲ特に何も思うところがない主人公、というのは、掴みのインパクトを出すには最悪だ。

テーマ関係性、お話というあたりにあまり気を回さず、四姉弟の設定とかでインパクトを出そうとしている((『涼宮ハルヒの憂鬱』の構造をいただいているつもりなのかなって思いついて、ちょっと戦慄した。あれはハルヒについての話をあの三人がしてくれる構造であって、異能者が三人ただ自分異能を見せてくれるという構造ではないのだ。))んだけれど、そりゃ読者にも驚く理由がないよね、としか言いようがない。『ハルヒ』は、読者と視点を共有しているキョンハルヒ普通少女だと信じる理由があって、だからこそ、超常的な存在なのだ、と語る長門たちの言葉に驚かされることができる。本作では、クララタイムリープしない、オーガが異世界転移しないと信じる理由がどこにもない。だから、平がどれだけ驚いても読者は( ´_ゝ`)フーンとしか思わない。

あとがきラノベ200作品勉強した、って書いてあって、それは感心なんだけれど、でも、勉強する方向を間違えてはいなかったか、そこは疑問。

ライトノベルキャラクター小説だ、とか、男オタク向け作品関係萌えじゃなくて属性萌えだとか、そういう俗説を真に受けて、バイアスをかけた勉強をしてしまったんじゃないだろうか。

結果、普通につまんなくて出来の悪いラノベになってしまったんじゃないだろうか。

 

なお、ソシャゲ周りの設定について付言しておけば、作中作初恋メモリーズ』のシステムは、『プリンセスコネクト』に似ている、らしい。まあ伝聞なので確言はできないんだけど、だとすれば、元増田が言うほどソシャゲとは違うものの話をしているわけではない。とはいえ、『チェインクロニクル』のライターが書いた本で『プリンセスコネクト』の創作秘話を読まされることをみんなが望んでいたかどうかは不明だけれども。

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