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2017-02-21

遊戯王はなぜ炎上したのか

http://anond.hatelabo.jp/20170220012819

カードゲーマー説明力の無い人が多い。


素人でも本当にわか解説を書く。


今回起こったのは、10年以上遊戯王の主役で有り続けた「エクストラデッキから特殊召喚」を根本から揺るがし、取り返しがつかなくなったルール変更である


遊戯王モンスターを場に召喚して戦うカードゲームで、様々な召喚方法がある。その中でも主役級の位置を担う融合召喚シンクロ召喚、エクシーズ召喚ペンデュラム召喚、これらをまとめて「エクストラデッキから召喚」と呼ぶ。昔は融合しかなかったのだが、世代が進むにつれて新しい召喚方法が生まれ、「エクストラデッキから召喚」と呼ばれるようになった。


そして今回行われたルール変更とは「新しいカードで新しい召喚方法を使わなければ、エクストラデッキから召喚を大きく制限する」という盛大なちゃぶ台返しである


その意図は間違いなく、カードパワーをデフレさせることであろう。


なぜデフレさせなければならないのか。現在遊戯王インフレがいきすぎてしまっているかである


トレーディングカードゲームにおいて、カードプールの増大と強さのインフレは不可分だ。カードプールが大きくなる(カード選択肢が広くなる)ほど、古いカードだけでも十分なデッキを組むことができてしまう。すると、新しいカードを買う動機がない。新しいカードがちゃんと売れるためには、古いカードよりも強くなければ、でなければ斬新なカードでなければならない。そして遊戯王は「新しいカードは強くなければならない」という構造から逃れられず、インフレを止められない状態となっている。


その結果、アニメと違って、現実遊戯王は1,2ターンで勝負が決まる。最前線級のデッキとそれ以外には、深い断絶が存在している。最前線級のデッキとまともに試合をしたければ、最低でも「即死技を出す能力」「即死技を止める能力」のどちらかを備えていなければ話にならない。このような高速環境では斬新さを作る余地ほとんど残っていないので、新規カードさらに強さに偏る。これが何年も続いているのが今の状況だ。


数年前までは禁止制限リスト最前線級のカードを適宜入れていくことで代謝を促すことがまだ機能していた。しかしこの方式限界が来ている。なぜなら新作のカードはどれも異常に強いので、特定カード禁止するという方式現実的ではなくなってきているからだ。禁止制限リスト100種類を突破して久しい。


以上がコナミルール変更を強行するに至った背景である


ルール変更はデフレをもたらし、永続的に健全環境をもたらすだろうか?残念ながらならないだろう。


最前線デッキなかには、本変更の影響を受けないグループ存在する。これらのデッキは「エクストラデッキから召喚」をほとんど使わないので、ルール変更前と強さが変わらない(例: インフェルノイド)。となれば、他のデッキはそれらと互角に渡り合う必要があり、新しいルールの下また高速環境に戻るのに、そう時間はかからないだろう。


既存デッキ環境から強制的に退場させるという点で、このルール変更は事実上のスタン落ち(古いカードをまとめて使用禁止にすることで環境強制的代謝させる仕組み)であるしかしこのような場当たり的なやり方では、仕組みとして持続性がない。いずれカードプールは増大し、また現在と同じ即死ムーブ跋扈する状態になる。その度にグレートリセットを行うのだろうか?他のカードゲームの事例を挙げると、マジック:ザ・ギャザリングでは定期的にスタン落ちが行われるのだが、少なくとも1年前には予定されているので、プレイヤーショップも適切に備えることができる。


ルール変更は大きな傷跡を残すことになった。


電撃的に発表された変更は影響範囲が甚大で、多くのカードを紙屑化し、その価値破壊するものだった。これは「遊戯王には高価なデッキ明日には無価値になる大きなリスク存在する」という極めて悪しき前例となった。「業界トップソシャゲーにおいて、突然既存SSレア価値がN相当になった」と例えればわかりやすいだろうか。今後同じことが起きないという保証は全くない。そのリスクショッププレイヤーに降りかかる。


遊戯王アニメ世代交代するたびに「エクストラデッキから召喚」に新しい召喚方法が生まれ、「エクストラデッキから召喚」は遊戯王の主役であり続けた。それが潰れたということは、これまで活躍したデッキほとんどが、最前線デッキのみならず、歴代アニメ主人公ほとんどのデッキまでが機能不全に陥ってしまったことを意味している。アニメカードゲームの両方に対して、過去積み上げたアイデンティティ否定されたということでもある。


アニメ面白いですね。彼らのデュエル、かっこいいですね。でも彼らがやってること、これからルール違反なんですよ。


ルール変更はインフレ解決しない。大した意味もないくせに、失ったものは大きい。


遊戯王にとって、これは本当に取り返しのつかない事だった。

2017-02-20

http://anond.hatelabo.jp/20170220153944

ジジババや障碍者無人島に捨てて社会保障費を大幅削減します!消費税は0%にします!

とか言う政党出てきたら勝てるかも。



っていうか政策勝負しろよって思うけど。

http://anond.hatelabo.jp/20161230142101

29歳消防士

ガテン系兄貴で野生的な肉付き最高!

体力自慢らしく、2回3回は当たり前で、

俺も負けてらんねぇ、ってことでお互い抜き勝負になりました。

ただ、職業柄緊急招集がかかって中断したのでそこがマイナスポイント

2017-02-16

借金玉氏のブログ

借金玉氏のブログが日々ホットエントリーに入り、役立つ情報満載で

更新されたらすぐ読みに行くのだが、読後の感想は良い物読んだ4割死にたい6割になる。

これほどまでの能力社会適応力、文章力衝動に耐える力)を持ちながら借金玉氏は日々苦労しており。

これほどまでの努力をしなければ、社会(の中でも主に社会人として)でやっていけない、

そんなことがもうキッチリミッチリ来るわけでブログは役立ちながらも私の酒量は増えている。

読まなきゃ良いじゃんとは思うのだが、ここ3年ぐらいの私が読んだブログの中で一番役立つので読まないと損するのは分かる。

今までの発達障害連コンテンツは何適当なこと言ってるんだとタブ閉じて万が一にも開かないようAdblockに入れていたがそうもいかない。

ここまで来ると俺と借金玉氏どっちが先に音を上げるかの勝負だ!という気持ちになってきたので

応援してます書籍化頑張ってください酒飲んで寝ます

http://anond.hatelabo.jp/20170216101917

夢があるっていいね

眩しいよ。目が痛くなる。

そんなおっさんから



夢を追うのは30代がギリ。

20代仕事を覚えて

30代は仕事に関わるスキルを身に着け自分資産価値を高め

40代はその資産勝負

50代はその資産で何とかやり過ごす

というのが典型的サラリーマン生き方



そう考えると夢を追うのは30代がギリって感じかな。

40代で夢を追うのは難しい。というか無謀。

活用できる資産も無いまま生きていくのは難しいと思うよ。




成功してる人もいる?

うん。いるね。

もし夢を捨てれないならオススメできない方法もある。

まあ、おっさんの戯言だから話半分に聞いてね。



それは夢はいったん封印すること。そして一定期間無収入でも生きていける環境を作ること。

まあ、方法は色々あると思うけど一番簡単なのは40代までに1000万の貯金を作ること。

10年あればいける。徹底的に経費を削減すればいける。

家賃光熱費? 食費?

実家があれば親に泣かれようが10年は涙を飲んでスネを齧らせてもればよろしい。

無理ならばシェアでもして・・・は無理そうなので極力押さえるように努力する。

探せばびっくりするほど安い物件も意外とある。まあ、もちろん問題もあるけれど耐えればいける。

そしてあとは貯金が尽きるのを期限にしてひたすら夢を頑張るのだ。

1000万あれば5年は無収入でもいける。



まあ、芽が出ないで終わる可能性のほうが高いとは思うけど。

成功者の下には失敗者の死体が累々だしね。

でもその後も細々と生きていけるだけの資産自分の身に残ると思うよ。



まあ頑張って。

ふじょし」なるもの

腐っている方々のことではなく、若いうちから貯蓄や投資に強い関心を持ち将来に備える女の子たちのことらしい。

『富女子』とNHKのあさいちで紹介されていた。



うん。将来年金もらえるかどうかわからないもんね。

もらえたとしても受給開始の年齢は間違えなく引き上げられるし。

10年後ぐらいには受給開始が70歳ぐらいになっているのではなかろうか。



良いことだと思うよ?

将来に備えてコツコツと資産を増やすのは良いことだとは思う。

投資(今は運用といった方がソフトに聞こえて好印象らしい)するにもまとまったお金があったほうがいいもんね。




……でもね。確実に婚期は逃すと思うよ?

20代・30代(前半)という女性としての資産価値が高いときになにやってるのさ。

20代ピークに迎えるその価値は日々どんどん目減りしていると思ったほうがいい。

そして30過ぎれば加速度的に暴落していく。



貯蓄目標を達成して運用を開始してそこそこ安泰になったとしよう。

おめでとう。独り者の女性誕生だ。

そのとき婚活したとしても、今までして来た貯蓄と運用が逆に足を引っ張るだろうね。



この人と自分資産を分かち合えるのか? そこまでの魅力がこの人にあるのだろうか? この人と交際する価値はあるのだろうか?

見極める目がよりシビアになっているだろうね。

より広く視野を広げねば行けない年齢になっているのにかえって狭まれしまっている。

自分ハードル上げてどうするのって感じ。

そして焦ってうっかりクズヒモを捕まえてしまい失う資産



もしくはうっかり今までの人生を振り返ってしまい「今までの私は何だったろう」症候群発症してしまい吹っ切れたようにパーと豪遊してなくなっていく資産

あ、人生振り返るのは若いはいいけど40代ぐらいになると致命傷になりかねないかホントやめたほうがいいです。



まあ、「自分旦那がいるなんて想像ができない」と10代・20代前半で悟ってしまうような容姿の持ち主なら仕方がないけどさ。

自分もそうだし(男だけど)。

でもこの場合交際費など人関係でかかる費用も少ないからほっといてもある程度は貯蓄できるんだよね。

そこそこ貯めたあとはのんびり投資……じゃないや運用すればいいと思うよ。

……去年に運用損失出した下手くそがいうことではないけどね。確定申告せねば。



そうじゃないなら20代は頑張っていい男捕まえるほうに投資した方がいいと思うけどねぇ。

30代後半

40代

……

頑張って富女子目指しましょうね!!



あ、ちなみにこれ男なら十分アリだと思いますよ。

35ぐらいでそこそこが資産ができて絶望的な容姿の持ち主でなければモテモテになるのでは。

まあ、その場合でも『この人と自分資産を分かち合えるのか?』問題はついてまわると思うけどさ。

男子めざしましょ。

イケメンが圧倒的に優勢なのは資産勝負ができない高校生までだしね。

……もちろん資産が同条件なら敗北は必須だけど。

(追記)

ほほぅ。経済的DVとな。

そう言われるとは思ってもみなかった。

アリとキリギリス的なことで考えたんだけど。

まあ、独身だし今後も結婚の予定もないかDV心配はないか大丈夫

昭和時代でも結婚できなかっただろうし。

万が一、いや億が一結婚できたとしたら気をつけないとね。

2017-02-15

プロ棋士は「観る将」と決別すべきだ

 将棋は、とても面白いゲームだ。

 二人零和有限確定完全情報ゲームで、将棋以上に完成されているゲームはそうそうない。先手後手の差が微差であり、戦術上の大差はない。ルールも簡明で、ルールブックはA4用紙一枚で事足りる。必勝法も全く未知数。「とりあえずこうしておけば間違いない」という道筋すら、十手も指さないうちに幾百に枝分かれする自由度。終盤になるにつれ複雑度が増していくゲーム性ゲームに求められる多くの要素を将棋は満たしているのだ。

 ところで、ゲームプロ価値は、結局ゲーム面白さをいかに伝えるかという点にある。僕らは豪速球を投げ込むピッチャー熱狂し、素晴らしいパスワークを見せるミッドフィールダーに酔いしれる。スポーツには全く詳しくないが選手は好きと言うファンがいたら、そのファンはどの競技でもこう言われる。「ニワカ」「応援している自分に酔っている」……。

 むろん、楽しみ方は人それぞれであって、否定する気はさらさらない。しかし、そういった人々は、競技自体にはほとんど興味がないのであって、断言するがプロプレーヤーは彼らを考慮すべきではないのである。なぜなら、プロプレーヤー競技自体の魅力を発信するプロではあっても、決して自らや他選手自身の魅力を発信するプロではないからだ。有りていに言ってしまえば、素人バラエティ番組を作っても面白いものにはならず、プロならば競技自体を楽しむファンのために競技に集中しろということだ。ただしこれはまた、解説者・評論家記者等がプレーヤーの魅力を発信しないべきとするものではない。彼らは、業界全体のさまざまな魅力を発信することで、ファンに多様な楽しみ方を提供する職業であるからだ。

 ここまでの話を将棋界においてみると、いかに今の将棋界が歪んでいるかがわかるだろう。棋士ソフトより弱くなったことで自分たち将棋の魅力を伝えられないのではと不安になっている。そして個人の魅力を自ら売り出す方向へ迷走してしまい、棋士精神性だの勝負の厳しさだのはまだいいにしても、「豊島、強いよね」だのは見苦しすぎて見ていられない。そういったことは専業解説者や評論家が行うべきことなであるが、残念ながら将棋界においては解説者はほぼ現役のプロ棋士であって、専業解説者というのはほとんど存在しないと言ってよい。そして観戦記者には、棋士個人の魅力に踏み込む者も存在するが、なんら代わり映えもしない将棋の内容について語るだけの観戦記を恥ずかしげもなく発表するような者も多い。こんなことだからプロは自ら棋士個人として素晴らしいと思い込み発信していかないと、ソフトが強くなった今はなおさらやっていけないのだ。結局、今回の騒動も、将棋連盟の一部の棋士棋士価値について「将棋が強い」以上の過大評価をしたことが遠因であることは論をまたないものと思うが、それはここまで論じてきたように将棋界の構造自体がそうさせたものであって、僕は棋士個人批判する気にはならない。彼らも被害者なのだ

 現役のプロ棋士は、早く「観る将」と決別すべきだ。彼らを楽しませるべきなのは、専業解説者・評論家記者であって、決してあなたたち自身ではない。そういった外部の人々に思い切って任せておけばいいのだ、需要あるところに供給は発生するのだから

 そして、あなたたちの将棋は、ソフトより弱くなっても依然としてとても面白いものなのだ。少なくともずっとそう思っている人が一人いることを、ここに書き記しておきたい。

2017-02-13

小学校中学校に戻って授業受けて給食を食べてそうじしたい

というか休職食べたい

デザートのじゃんけんという一世一代の大勝負したい

ちなみに俺福岡出身だけど福岡掃除当番とかじゃなくて掃除時間ってのがあって、昼休みのあとに掃除時間が20分あって、生徒全員掃除してたよ

そのあと5時間目が始まる感じ

からアニメとか漫画とかでいじめられっこが掃除当番をおしつけられる描写があるたびにいつも違和感がある

外人日本アニメ見てるときに感じる違和感もこんな感じなんだろうな

明らかに自分文化とは違うことわかってるけどフィクションだったらこれが普通ってのを別の尺度理解、納得してるダブルスタンダードというか

2017-02-12

一人暮らしの男が少しでも賞味期限の遠いものを選ぼうとするのは許してほしい

許されないんだ

男は毎日ベンチプレススクワットしてシャワーを浴びてパンイチで牛乳リットル飲まなきゃいけないんだ



sugimurasaburo 毎日1リットル飲むのなら、牛乳賞味期限にこだわらなくてもいいのでは…。/切れても大丈夫、ではなく期限内に飲みきれるのでは、という意味です。

男のあるべき姿が”毎日リットル飲む”であり、

賞味期限を気にする男=毎日リットル飲まない=男のあるべき姿じゃない=死すべし

社会が求めるということですね



hungchang 守るものもない野郎賞味期限など些細なことを気にする必要なんてないだろうとは。

残飯処理くらいしか役に立たんわってやかましいわ



pseudomeme 小さいパックを買えばよいのでは

「頼むなっ!その図体で・・・レディースサイズ・・・・!」(中間管理録トネガワ3巻)



zeromoon0 牛乳より生卵飲むんじゃないの。

コレステロール値も気にしちゃいけないんだ・・・



kenzy_n そういったジレンマに悩まされるのもオトコ故に

割引商品も買っちゃいけないらしいし男は大変だぜ



htnmiki 牛乳飲むとおなかゴロゴロするし……

幼女



cj3029412 ゆるすにゃー😺😺😺

わーい!たーのし



death6coin それでも賞味期限突破する調味料・・・・・・まぁ、賞味期限は切れてから勝負だしな

キッコーマンのいつでも新鮮シリーズめちゃ有り難いよね



なんか疲れて面白いコメできんわ

やすミル姉さん



kuzudokuzu まるでいつもは面白いコメできてるような言い分。

わりとデキてるよ。20ブクマで終わるところを100まで伸ばすよ。



cider_kondo 中学ぐらいからずーーーーーと毎日1リットル飲んでるので何を言ってるか全く理解できない(1日の最高消費は20歳の夏に一度だけ4.5l飲んだ。金銭的な意味負担が大きかったので以後夏場は麦茶も飲むようにしている

なんでも好きにやればいいと思うけど

お前のその「え?僕って変人なの?自覚ないんだけど!」っていう変人アピール中学生までだと思うよ

http://anond.hatelabo.jp/20160414094802

ぷぷ

こうやって煽るから



でも忙しいからこの増田はここまで

アデュー

幸福の科学インタビュー守護霊著名人リスト

尚、とりあげられたからといって彼らが本当に幸福の科学信者かどうかが分かるものでは無いのであしからず

尚、この記事を書いている人は守護霊とか霊験がどういったものなのか全くわかってないのであしからず





やべぇ見たくなってきた(だが踏みとどまる)

2017-02-11

けものフレンズが「書籍」として円盤を出すということ

けものフレンズアニメ円盤は「書籍」として販売される。これはわりと衝撃的なことではないか。これは円盤販売において2つのメリットを生む。

書店での販売がなされること。

・定価での販売強制されること。

後者メリットは、日本が誇る世界に冠たる再販制度により生まれものであり、値下げ競争から解放意味している。

これは本当に大きいことで、大抵は高い定価に対してショップがどれだけ割引・店舗限定特典を付与できるかで勝負していたアニメ円盤販売根底から覆る。なんせ価格面での対決は何もできないのだからショップ間の差別化の主軸はディスプレイの巧拙になるだろう。そして販売者から見れば、値下げ競争の影響を受けず悠々と利益を得られるという牧歌的世界にいられるだろう。

当然ながらいいことづくめではなく、特に販売者側は返品という強烈なリスクを負う。このため価格設定在庫管理はとても難しくなり、けものフレンズ一巻のように「定価がそもそも安い」「厳しい在庫管理に突発的ヒットに対応できない」ということになるだろう。

また、どうみても円盤主体商品を「書籍」と言い張るこの手法がどこまで通じるかも見所だろう。食玩として売るプラモとは違い、こちらは定価強制販売問題が絡むため、そう簡単に終わらない気がする。

やまもといちろうvs町山

さて、例のブログ記事から日経った訳です。

で、個人投資家視点から見ると、町山さんは下手を売ったなあという印象です。

何故かというと、

1、町山さんは悪魔の証明をしないといけないか

2、はてな民情弱雑魚から

3、やまもといちろう信者の数が予想以上に多いか



ほい、では1の悪魔の証明からなんですが。

我々投資業界人間は、資産があるという証明をしないことには信頼されません。

たとえば、証券会社から送られてくる年間取引報告書なり、一定数以上の株を取得した際に提出する義務のある大量保有報告書なり、証券口座スクショなり。

スクショ信頼性は低いですが、早い話、公的証明ができない奴は信頼するに足らないということです。

何故かというと、この業界は昔からフカシ野郎が腐るほどいるからです。それらをいちいち真に受けるのも、儲けていないことを証明するのも時間と手間の無駄なので、儲けている証明ができない奴はみんな信頼するに値しない。これが常識です。それにも関わらず、やまもといちろう氏の話を信じる人が多いこと。

こういう裏取りのしていない話を信じちゃう辺りが、2にもつながるはてな民の糞雑魚さです。

http://b.hatena.ne.jp/entry/d.hatena.ne.jp/TomoMachi/20170209

所詮この程度の人達いくら集まっても、まともな意見なんて皆無です。皆無。

嘘を嘘となんとやら。

で、ほぼフカシ野郎であるやまもといちろう氏と相対する町山さんですが、彼も同じように失敗をしていて、彼がやろうとしているのは悪魔の証明です。

要するに、やまもといちろう氏が儲けていない、あるいは納税していないという証拠を集めたり、つきつけるのはほぼ不可能です。

それなりに理解のある人であれば、証明ができないなら無いのも同じという立場を取れますが、世間の糞雑魚どもはそうではないことがブコメから読み取れる。

論理的不可能ことなんかもあって、そこを突くこともできるとは思いますが、当時のやまもといちろう氏の発言を集めるのはそこそこ大変。



で、こういう真っ当な戦い方ができないなら、民意をあつめる。信者力とポピュリズム対決になるわけですが、ここでも町山氏はやや分が悪くて、ブコメを見た感じだと、糞雑魚もの中にはホラ吹き野郎信者結構いるようで、馬鹿の数ではやまもといちろう氏の方に軍配が上がるかと。

ということで、この戦いは町山氏の負けなんじゃないかなあと。

もし町山さんが今後の巻き返しをはかるために、ちゃんと証明しながら戦うなら、きちんと裏付けの取れる部分を突いていったほうが、勝負になると思いますよという話。

教師との恋愛という罪の告白

 先生出会ったのは、わたし中学生の時です。彼は大学院卒業後、国語非常勤講師として赴任してきました。わたしと1周りほど年が離れていて、身長10cm程度高く、かわいい顔立ちをした、少し年齢不詳気味の人でした。


 当時のわたしは、授業中は寝ているか教科書の隅に落書きをしていて、学年下位をふらふらと彷徨っている、やる気のない生徒でした。そんなわたしに「やればできるから」と声をかけ、必死に授業に参加させようとする先生は、いかにも「教師になりたて」で。その熱い眼差しで見られる度に、わたしは居心地の悪い思いをしていました。どれだけ無視をしても「おはよう」と笑顔で手を振る先生、「わからないことがあればいつでも聞いてね」と教室を去る間際、席までわざわざ歩いてきて声をかけてくる先生わたしは、彼の笑顔がどうしても嘘くさく見えて、大嫌いでした。

 気持ちが変わったのは、制服シャツが半袖に変わり始めた頃でした。一週間遅れで課題を提出しに行った際に、とある難関大学過去問を意地悪のつもりで聞いてみたら、さらりと答えられてしまい、その際に知った彼の学歴の高さに意外性を感じたからです。先生はいま思い返してみても、とても頭の良い人でした。自分が頭の良いことを知った上で、きちんと、相手にあわせたレベルで話ができる、勉強を教えることのできる優秀な先生でした。彼の解説を聞きながら、初めて、答えを導き出す楽しさに気付き、勉強楽しいと思うことができたのです。

 いま思えば、わたしは彼のパフォーマンスの引き立て役のひとりでしかなかったのでしょう。後々、彼の鞄から発見した、クラスの成績表の書き込みを見れば分かります。伸びしろはあるがやる気がない、かつ、やる気になれば伸びるタイプわたしは「ちょうど良い生徒」に過ぎなかったのです。そして、幸か不幸か、彼の好きなタイプの顔立ちをしていました。


 先生は褒めるのが上手でした。たった10問の小テストで満点をとっただけでも「偉いなあ、嬉しいなあ」と、にこにこ頷いてくれました。自分で言うのもアレですが、わたし地頭は悪くなかったので、少し本腰をいれて勉強するだけで見る見る間に成績は上がっていきました。周りの教師が驚いた眼で答案を返してくるのが面白くて、わたしもっと良い点数が取りたいと思い始めていたのです。

 いや、違うかもしれません。分からない問題先生に聞きに行きたいがために勉強をしていたのかもしれません。先生担当教科の国語だけでなく、どの教科も教えることができ、また、教え方が上手だった。だから、分からないものがあれば、どの教科でも先生に聞きに行っていた。わざと分からない振りをしていると見抜かれてしまうので、本当に分からない問題を探し、解決していく内に、分からない問題は減っていき、どんどん難解になってしまった。わたし先生に会いたい、質問をしたい、話したい一心で、教科書に向き合っていたのです。


 たったの半年程度で、わたし順位は下の下から、上の上へと上がっていきました。先生は桁数の違う成績表を見比べて笑っていました。その彼の横顔を見ながら、わたしは少しだけ、意地の悪い考えを抱いてしまいました。言わなければ、幸せでいられた言葉を言ってしまったのです。


「1位を取ったらデートしてください」


 先生は、びっくりした顔でわたしを何秒か見つめた後、視線を宙に泳がせました。「お願い」。そう、一歩前に出たわたしから距離を開けるように後ずさり「1位は難しいよ?」と苦笑いしました。「無理だと思うなら、約束してください」。その時の彼の脳内には、きっと、学費免除をされている学年主席優等生の顔が浮かんでいたのだと思います先生は意を決したように「いいよ、ただし、全教科合計順位で」と小声で告げました。


 300人いない程度の学年でも、1位を取るのは簡単なことではありません。優等生は、わたし学校でも飛びぬけて頭の良い少女でした。しかし、わたしには彼女に負けない思いがある。恋心です。

 わたしは、先生とのデート権利をかけて彼女一方的勝負を挑みました。彼女の苦手科目であった生物攻略することで、大幅に点差をつけたわたしは、僅差で勝つことができました。学年末試験の結果が書かれたA4のペラ紙を持って、勝ち誇った笑みを湛えながら職員室に飛び込んできたわたしを見て、先生は少し罰の悪そうな顔をして「おめでとう」と返しました。



 誰かに見つかるのは避けたいと提案された場所は、あろうことか先生の自宅でした。少し驚きましたが、恋は盲目状態だったわたし先生からメールが届いた瞬間、秒速で返信しました。春休み、まだ蕾のままの桜並木を見ながら、ミスタードーナツの袋を下げて、先生の自宅への道を歩みました、人生で1番幸福な瞬間でした。私服姿の先生想像の何倍もおしゃれで、部屋も黒を基調とした、かっこいいものでした。

 わたしたちはドーナッツを食べながら「教師と生徒」という禁断の響きに似つかわしくないほど、平凡で下世話な話をして盛り上がりました。教室内のヒエラルキー職員室内のパワーバランスも変わらず馬鹿らしいと腹を抱えて笑いあいました。先生が録画をしていた、ただ絵面だけが派手な洋画を見ながら、作品とは全く関係ない話に興じました。


 映画を見終わった頃、先生が不意に真剣な表情で聞いてきたこと、その声音を、わたしは忘れることができません。「俺のこと好きなの?」。いつも飄々としていた先生が、こんなに真剣になるのを見たのは初めてでした。報われぬ片想い今日最後にするつもりだったわたしは、笑顔で「大好きです、結婚したいみたいな意味で好き」と頷きました。次に出てくる、哀れで馬鹿な生徒の恋心を突き放す言葉に怯えながら。

 しかし、先生の口から発せられた言葉は、予想の真逆をいくものでした。わたしのことがひとりの女性として好きなこと、これからもこうして会いたいこと。しかし、くれぐれも周りの人に気付かれてはいけないこと、それが守れなくなった時点で離れたいこと。彼の話していた言葉はよく覚えていませんが、約束事の多さだけは覚えています。「教師と生徒」の恋に怯える先生気持ちを手に取るようで、その真剣眼差しに促されるように、わたしは「はいはい」と頷いていました。

 先生が、なぜわたしのことを好きだったのかはわかりませんが、彼はよく「愛に飢えててかわいそう」とわたしを評しました。両親も健在ですし、人並みに可愛がってもらえていたはずですが、わたしは両親との関係性というものがどうしても希薄しか感じられなかった。そんな姿が、愛に飢えているように見えたのかもしれません。彼は小さなから過剰な愛、過干渉を受け育ったそうです。だから、その与えられすぎた愛を持たざる者(と彼が思うもの)に受け渡すことで、バランスを取っていたのかもしれません。


 先生わたしは、密かに逢瀬を重ねていきました。学校では、若いお気に入り教師に熱を上げる馬鹿な生徒を演じ続けました。その一方で、2人で会う時のわたしは、あまり騒ぎませんでした。先生に似合う、大人の女性に早くなりたかったので、静かに、黙っていました。

 高校生になり、バイトを始めると、わたしの身なりは少しずつ「ちんちくりんな子供」を脱却し始めました。大人になるにつれ、彼の熱が上がるのを感じ、気分が良くて仕方がなく、その感覚を味わう度に自分の箍が外れていく気がしました。己のアイデンテイティがうまく掴めなくなり、自分子供なのか大人なのか分からなくなる瞬間が増え、ぼーっとした日々を過ごしていました。誰にも言えないまま、大人になるストレスは存外厳しく、不安に泣いた日も多かった気がします。

 そして何よりも、わたしは頭が良くなってしまった、なりすぎてしまった。あんなにも尊敬していた彼の大学の合否判定は「A」しかでませんでした。学年1位は優等生からわたしの手に移ってしまった。彼が枕元で得意げに語る知識に、目を輝かせることは、もはやできなくなり、ただ黙って薄笑いを浮かべることで精いっぱいになりました。そういったわたしの変化を感じてか、彼はわたしの「人に言えない」ことに漬け込むようになっていきました。


共犯者だよ、君も捕まる」


 そんな言葉を言われる度に、わたしの頭の中はぐちゃぐちゃにかき回され、嗚咽をあげて泣くか、へらへら笑うことしかできなくなりました。誰かに言わなくては、と思いつつも、その先に待つ破滅を考えると声が出せない。何よりも「淫行教師」と「可哀想女生徒」として衆目に晒されるのが耐えられませんでした。

 わたしは、先生のことを本気で愛していました。彼の未来は輝かしいものであってほしかった。たとえその先に、わたしがいなくても。先生がどれだけ汚い姿を見せてきても、教室の隅で燻っていたわたしを救ってくれた人に他ならないのですから。それが例え、先生の株をあげるためのパフォーマンスであっても、救いだったのですから


 物語の幕引きは、あっけないものでした。先生は、自分の罪を周囲に告白してしまったのです。2度目の冬のことでした。放課後、その曜日先生学校に来ていない日だったので、早めに家に帰って漫画でも読もうといそいそ帰りの支度をしていたわたし学年主任が呼び止めました。主任は、まるで化け物でも見たような、恐ろしい、それでいて悲しそうな目でわたしを見ていました。すべてを察しました。

 先生は、主任校長にだけわたしたちの関係告白しました。校外で2人で会っていた事実を認め、これ以上関係が深くなる前に学校を去りたいと告げたそうでした。主任校長は、わたしに深く頭を下げました。そんなことしてほしくないのに、する必要ないのにと焦るわたしを2人は涙を堪えた目で見上げてきました。そして、痛切な表情で「肉体関係はあったのか」と問うてきました。「ありません、断じて」とだけ答えると、先生たちは泣き出し、再び謝り始めました。わたし校長室の分厚い壁が、この大きな泣き声を外部に漏らさないかだけが心配でした。


 先生からはその数日後、直接、学校を去ることを告げられました。彼は、わたしが嘘をついたことを責めました。勝手な生き物だと、少し幻滅したのを覚えています一方的に罪を告白し、逃げ出すのはルール違反だと怒りたい気分でした、しかし、解放されたがっている自分がいたのも、また、事実でした。わたしたちは主任校長に話したこと「だけ」が2人の間にあった関係であることを確認会話し、男と女関係を辞めました。

 先生わたしは、3学期中をいつも通りに過ごしました。終業式で言い渡された先生退職を聞き、泣いている生徒の多いこと。別れを告げ、さよならを惜しむ生徒たちを横目に見ながら職員室に顔を出さずに、わたしは去りました。先生の机に重なった書類の多さは、1日やそっとで持ち帰れる量ではないと判断たからです。

 春休みわたし毎日のように学校に通いました。先生の机が見える、職員室と質問コーナーの境目に陣取って赤本を進めました。毎日うつもりでしたが、たったの1日だけ大雨が降り、行かない日がありました。その翌日、いつものように職員室に向かうと、先生の机はもぬけの殻になっていました。わたしはその瞬間、初めて人前で叫び声をあげ、怒り狂いました。教師たちの静止の声も聞かず、わたしは何度も横に立ち、椅子にもたれかかり、無意味に引き出しを開け閉めして遊んだ、彼の机を蹴り上げました。そして、糸が切れたようにしゃがみ込み、永遠と、わんわんと小さな子供のように泣いていました。


 高校3年生の時、知り合いか先生都内の某大学で働いていると知らされました。わたしは当時の志望校よりも幾分か偏差値の低いその大学第一希望に変更し、無事に合格しました。学びたい学問でもなんでもありません、ただ、先生いるからでした。何も言わず、大雨の中逃げるように去っていった彼に、文句の一つでも言ってやりたかたからです。大学生としてあらわれたわたしを見た先生は、怯えきっていました。「お金ならあげるから」と言われた瞬間、わたしは、あの日職員室で暴れた時のように先生の鞄を投げ捨て、近くのベンチを蹴り上げました。

 なぜか彼は土下座をして、許しを乞うてきました。わたしがしたかったのは、してほしかったのは、そんなことではありません。ただ「さようなら」とだけ言いたかっただけなのです。先生は、季節が夏になる前に海外へと去っていきました、何か月か後に届いたエアメールには「許してほしい」と何度も綴られていました。

 先生は、わたしのことが恐ろしくて仕方がないようでした。大学でふとすれ違っただけで、化け物を見るような顔をして踵を返されるたびに、わたしの心は潰れました。きちんと別れを言いたいだけだったのに、いつしか、互いに恨みが募っていってしまったのです。彼はすでに日本に戻ってきているようですが、わたしは、まだ会いに行けていません。会うのが怖いのです。あの目が怖いのです。


 わたしの家には毎年、主任校長から年賀状が届きます。他の生徒には届いていないようですが、わたしにだけは届くのです。罪を共有し合う仲間ですからわたしはその年賀状に、便箋3枚程度の手紙で近況や1年の振り返りを送るのが常でした。母は、特別親しくもなかった教師への手紙を綴るわたしを眺めては、毎年、不思議がっていました。

 はじめて家を出ることになり、年賀状の送付先が変わることを告げる手紙を綴る最中わたしはぽろりと母に罪を告白してしまいました、勿論、関係については「公然事実」のみ伝えました。母は「でも、好きだったんでしょう?」と聞いてきました。そうです、わたしは好きだったのです、先生のことが。そして、今でも好きなのです。「さよなら」を言えないまま、わたし片想いの渦にまだ囚われているのです。「なら、良いじゃない、世間はどういうか分からないけれど」。そうです、他人など、どうでもいいのです。どうでもよかったのです。


 冬になり、主任校長一人暮らしになったわたし年賀状を出すことなく、立て続けにこの世を去りました。わたしのことをずっと気遣ってくれた2人は、成人し、就職が決まったことをとても褒めてくれました。彼らが、あの日以降、罪について話題に出した日は一度もありませんでした。わたしを気遣う優しい文面、文化祭に遊びに行ったわたしを出迎えてくれた笑顔、どこまでも優しい2人でした。

 2人の葬儀には沢山の生徒、教師が集まりました。その中の誰も、わたしの罪を知る者はもういません。しかし、幼き日の思い出話に花を咲かせれば、誰もが「あなたは、あの先生が好きだったのでしょう?」と聞いてきますわたしはその質問をされる度に「好きです、今でも」と答えるのです。そう答えながら、喪服姿の先生を横目で探してしまうのです。ヒールはいわたしと同じぐらいの身長、年の割にかわいい顔立ちをした年齢不詳の人。わたしは、彼がどんな姿をしていたのかも、もう曖昧しか思い出せません。一緒に撮った写真はたったの1枚しかありませんでしたし、それもどこかに消えてしまいました。

 

 はじめて会った日から、気付けばもう10年以上の月日が流れてしまいました。あの頃急速に大人になってしまったわたしは、ひどくアンバランスな心を抱えて生きていますわたしの心は未だに、あの新しいようで古ぼけた校舎に囚われたままなのです。職員室を入って右側の島、奥から3番目の灰色の大きな机、先生の足元にしゃがんで、顎をひんやりとした板にのせて、話すのが大好きな子供のままなのです。

 しかし、わたしがいまいる場所は、生きている場所は、あの箱庭ではないのです。過去の罪に囚われる時代はもう終わりなのです。だからこそ、口に出さなくてはいけないのです。だからこそ、会いたいのです。会って、言いたいのです。


 せんせぇ、さようなら


 はいさようなら


 いつか終わりを迎える日に、罪を抱えた半身の行方を知らずに眠ることが、わたしはできそうにないのです。

2017-02-10

書きながらまた眠ってしまった

http://anond.hatelabo.jp/20170207224412

こんばんは、教育困難校に勤務してる増田です。

昨日(エントリを書いた次の日)の昼休みパンかじりながらスマホをチラ見したら、エントリがすごいことになっててうろたえた。目に入ったコメントに泣きそうになったからそれ以上は見なかったよ。

仕事から帰ってきてセブンイレブンおでん食べながら、ざざーっとコメントとか関連エントリを読みました。セブンイレブンおでん白滝が好きです。


読みながらちょっと感動して、いろいろ書きたくなって書いたんだけど、疲れすぎてて気づいたらソファで寝てた。書いたものは消えてた。スマホめ、グーグルアプリめ。


で、仕切り直してもう一回、今日、いま帰ってきて、書いてます。揚げ鶏食べながら。

長くなってしまうかもしれないけど許してほしい。

エントリをたくさんの人が読んでくれたみたいで、東洋経済教育困難校シリーズも読んでくれたかな。そうだったら嬉しい。

こんな状況があるってことを、少しでも多くの人に知っててもらえるだけでも、同じようなしんどい思いをしてる同業者たちにとっては、きっと心強いと思う。


単純な感想としては、まずこんなにたくさん反応をもらえるとは思ってなかったというのと、その中でも好意的というか、問題をすごく深く捉えてくれている人たちが多くて驚いた。あと励ましも。嬉しかった。

自分頑張ってるアピールうざい、みたいにもっと言われるかと思っていた。意外と言われなかった。なんかごめんなさい。


実は、あのエントリの中で書いたことには、私の経験だけじゃなく、私が教員として信頼している人、尊敬している人の経験も混ざっている。全部が全部、私が現在進行形で抱えている事象ではないのでご安心を。まぁ、じゅうぶんしんどいけどね。

だまされたと感じた人がいたらごめんなさい。いろんな形で頑張って、生徒と向き合っている人たちがいることを伝えたかった。もちろん勤務時間外の対応別に義務でもないし、勝手にやってるだけと言われればそれまでなんだけど、生徒の大変な状況を目の前にして放っておけないって人が多いんだと思う。うちの旦那さんとかね。


私はどちらかといえば、職業教員というか、仕事から、って割り切っているほうだと思う。だから、同じようにしんどい思いをしていた旦那さんに肩入れし過ぎだって言ったこともあるし、熱い前担任からクラスを引き継いだときは、やりにくいと思った。


私が生徒に時間をかけて関わるのは、そうしないほうが大変なことになるということを経験してるから。どんなに罵詈雑言を浴びせられても、授業以外でも生徒たちと関わる時間を最低限とって、個別に声をかけて、あなたのことをきちんと認識しているよ、見ているよ、ということを相手にわかるように伝えてあげないと、今よりもっと大変なことになる。そこで少しでも信頼関係がつくれたら、そこを拠り所としてなんとかやっていける。うまくいけば、その子の拠り所にもなれる。


でも、罵詈雑言を浴び続けて、心が折れて、生徒と一切関わらなくなった人もいる。気持ちがわかるだけに、本当につらい。けど、本当にしんどい。

そうなると、その人の授業はさらにひどい地獄絵図になる。その指導巡回を他の教員がすることになって、自分のために使う時間さらに削られる。職員間の関係性も悪くなるという負のスパイラル

つらい。



私が首都圏都市部で勤務しているのでは?という声を見かけた気がするんだけど、地方公立高校国語教員です。都市部で働いたこともありますが、いまは担任分掌仕事や、その他の主任業務も当然かけもちくらいの規模の学校にいます分掌っていうのは、教務とか進路とか、生徒指導とか生徒会とか、授業そのもの以外の学校業務もろもろ。大規模校だと、担任業務分掌業務かどっちかだけで良いパターンもある。


ちなみに、学校絶対にやらなければならない授業以外の業務ってほぼ一律で、絶対量はどんな規模の学校でもほとんど変わらない。

から職員数と授業以外の仕事量はほぼ反比例する。規模が小さくなれば職員数が減るので、単純に一人当たりの仕事量が増える。あと、受け持つ授業の種類も増える。小規模校の先生はどこも大変だと思う。情報共有がしやすいというメリットはあるけど。



から大都市の大規模進学校に行きたい教員が多い。生徒はおとなしいし、仕事量は少ない。自分の得意な分野で勝負できる。定時で帰れる人も多い。

ある程度の進学校にいた人たちは、高校先生って楽そうだな、そんなんでお金もらえるなんていいな、って思ったことあるんじゃないかな。私は思ってた。バカにしてた。

でも全然違ったよ。世の中にはいろんな学校があって、いろんな先生がいた。進学校にも、進学校の良い先生がいる。


脱線した。

私は、辞めようと思ってる。決心したのは本当に個人的理由なんだけど、流産たから。

誤解しないで欲しい、別に生徒に何かされたわけじゃないよ。私の体の問題なんだと思う。

でも、それをきっかけに自分生活大事にしたくなった。自分の子ものことを考える生活をしたくなった。それだけ。ありがたいことに、私が無理して働かなくても生活はしていける環境もある。


辞めるって思ったら、ちょっと楽になった。逃げるは恥だが役に立つ


最初エントリ言葉遣いもひどいし、差別的に感じるところもあったと思うけど、私の正直なところだった。

発達障害については色々思うところあるけど、長くなるからやめておく。

差別と言われればその通りだと思う。たくさんの発達障害の生徒や教員旦那を含む)と付き合ってきた上で、私は差別というか、区別している。人間誰でも苦手なことはあるし、発達障害はその延長線上だし、フォローし合えばいいと思う。でも、コミュニケーション必須、むしろそれが全て、という教員という職業に就いていて、コミュニケーションが苦手なので自分の好きなように授業だけします、っていうのは許されないと思う。どんなに進学校でも、もちろん教育困難校でも。


長いですね。すぐ語っちゃう

誰かに聞いて欲しかったんだな。

この職に就いたばかりの頃にお世話になった先生に、「誘ったらすぐ飲みに行ける異業種の友達がどれだけ居るか、が良い教員かどうかのバロメーター」って言われたこと思い出した。最近、飲みにも行ってない。狭いな。飲みに行きたいなー。



色々、わーわー言いましたが。

お子さんがいる保護者世代の方々、理解してくれている人たちがいると思うと心強いです。ありがとうございます


エントリきっかけに色々考えてくれた方々、心配や励ましをくれた方々、ありがとうございました。勇気付けられたり、気付かされたりしたことがたくさんありました。


教職経験者の方々、共感アドバイスほんとに嬉しかったです。泣いた。

教育困難校勤務の国語教員増田さん。

http://anond.hatelabo.jp/20170208200842

私はこの職に就いた頃にあなたのような尊敬できる教員出会って、たくさんのことを教えてもらったから、ここまで続けてこられたし、教員という職に対して誇りも意味も見出せたと思う。女性教員から難しいこともあるけど、女性教員からこそ得意なこともたくさんありますね。

こういう素晴らしい教員も、現場にはたくさんいて、頑張ってる。それが少しでも伝われば嬉しい。



全国の教育困難校と言われる学校で、磨り減りながら頑張っている先生

しんどいですよね。

でも、理解してくれてる人もいるみたいです。



ちょっとでも、これで心が軽くなる人がいたらいいなと思う。

教員でも、全然違う環境で、見えないところでしんどい思いをしてる人でも。

生徒と一緒で、大人も、誰かが自分の状況を理解してくれてるって思うと安心するよね。

そういう教員でありたかった。いろんな生徒の状況を理解たかった。でももう今はしんどい

とりあえずあと1年、無理しない範囲で生徒と関わって、彼らの人生にとって少しでもプラスになることを残せればと思ってる。


もう絶対教員なんてやらない、という気持ちではないです。いつか、他の学校でまたやるかもしれない。


でもとりあえず、いったん少し休もうと思ってる。今はね。


長くなってごめんなさい。

ありがとうございました。

2017-02-09

ソシャゲ(に課金するのを)やめる

 とでも書かないと心がぶれそうになるから書いておきたいな。

 私は別に廃課金ユーザーとかそんな大それたものではないし、過去にハマったソシャゲにつぎ込んだ額も精々二万程度だったと思う。

 二万をソシャゲに注ぐことに対してどう感じるかは、個々の判断によるところだとは思うけれど、少なくとも私は一度経験して「充分だった」と思った。

 ソシャゲガチャを引く事により手にすることが出来るのは大多数が「カード」であり、ものによってはカードの強化に必要限定アイテムだったりするだろう。

 ゲームとして他のプレイヤーより強くなる為に、勝負に勝つために、ランキングで上位に食い込むために(それによりランキング報酬カードを取るために)など、カードを獲得するのには色んな理由がある。限定衣装に身を包んだ大好きなキャラクターイラストだって集めたい。

 特にキャラクター性重視のソシャゲに多いのが、カードを獲得することによって開放される限定ストーリーなどからキャラクターの更なる情報」が得られるという点だ。

 私の大好きなキャラクターは、季節の行事をこんなふうに楽しんでいる。他のキャラクターとこんな会話をしている。新たな一面が垣間見える。今までよりもっと、そのキャラクター理解できる。

 カードを獲得すればこんな風に楽しめる反面、カードを獲得出来なかった場合他者との圧倒的な情報格差生まれる。

 これが、漫画や買いきりのゲームの様に、お金を出せば確実に情報を得られるコンテンツ根本的に異なっている点だと思う。

 私が限界を感じたのも正にこの点で、ギャンブル的な要素にお金を投じなければ、公式から供給を得られないのだ。

「あのストーリー読んだ?」「私あのカード引けてないから読めてないや」

 こういうことは当たり前の様に起きる。課金して、なおかつ1%以下に設定された排出率に勝利しなければストーリーすら共有出来ない。(カード引いた友達に読ませてもらえば?というお話ではない)

 なんだそれ。ギャンブルしないとストーリーすらまともに楽しめないってか。

 それなら漫画アニメ買い切りゲームを買ってを楽しんで、期間限定の小話は雑誌掲載されたSSを買って読んで、連載誌や円盤買って応援した方が100倍マシだ。

 一定額のお金を出せば情報が受け取れる。これらのものが物凄い優良コンテンツに思える。よく考えなくてもこれらはごく普通の当たり前の情報コンテンツの楽しみ方で、そんな楽しみ方すら出来ない事がとんでもなく異常に思えた。

 現実には、ギャンブル性そのものに対する楽しみや、自分他人よりこれだけ課金したと言ってコンテンツへの愛情アピールする競争意識や様々な感情を煽るからこそ現在ソシャゲの隆盛が実現してるんだろうけど、一度その輪を外れてみたら、私にとってそのお金の使い方は適していないと思うようになった。

 まぁ推しガチャの為に溜めに溜めた1000近い無償の石も全て無駄に終わり、ただでさえこんなに出ないガチャに、これからお金を掛け続けてコンプするのかと思ったら急に虚しくなった。それだけ。これで推しの限定ストーリーは読めなくなった。でもも疲れたし、これでいいんだと思う。

ネットの大部分が残念なのは日本海外も同じなんだが

英語圏はそれとは別にまともな管理者がいてちゃんと内容で勝負できる場所があるんだよな

日本ネットはそういう場所をまったく作れていないように思える

あるいは俺なんかが知らない優秀な先生方が集まるサロン的な場所がもうあったりするのだろうか

あと海外はWE〇Qみたいのが底辺チンピラの小遣い稼ぎで大手会社がまともなコミュニティ運営していたりするのに

日本はなぜか反対の構造

2017-02-07

http://anond.hatelabo.jp/20170207223033

面接とかで取る入試制度を取ってる大学もあるよ。全部が完全にペーパーテスト大学はかなり少ない。勿論難関大学でも私立はそうだ。

まあ、ほぼ合否に関係ない名目上の書類提出とかは勿論そういう入試形式でも有りうるけど。



しろ今の入試制度は、ペーパーテストだんだん軽視されつつある。

一般入試こそペーパーテストだけど、他の形式の占める割合が大きくなってきている。

僕も昨日今出川大学を受けてきたけど、私立入試は何回設けれるから「一発勝負」じゃないし。

地元で受けれるから負担も昔より減ってるし。まあ僕もちょっとあとにはW大受けるため新幹線を使わないといけないわけだけど……。



ただ、学問を学ぶ意義もないのに最難関大学就職のために行くってのが問題だってのはとても良く解る。

例えば論文高校生のうちに、仮に稚拙ものであっても「意欲」が図れるようなもを書く風習があったほうが良い気はしたし僕もそれを活用して大学を目指しただろう。

あとまあ国公立だとチャンスが限られてくるってのもアレかもしれん。




しかし、面接などで「意欲」を図るのは、ペーパーテストなどよりもよっぽど真の力が図りにくい。

時間に渡る試験でも図れないようなパワーを、数十分の面接でどうこうできるとは思えない。所謂コミュニケーション」出来るだけで、学ぶことの適性なき人間が有利になりかねない。

就職予備校は十分かもしれんが、学問を学ぶ場所としてのにそれはまずい。現状はペーパーテストが一番「マシ」なのだと思う。それを、推薦、AO特殊科目入試などで補っているのが現状だと思う。



なお、科挙廃止されたのは、アヘン戦争敗北から洋務運動・戊戌の政変などで「西洋近代化」が推し進められる中で、

科挙の出題科目は「儒学」であったことが、守旧的とみなされてなくなっただけのようにも思える。「古典を暗記して、解釈をする」だけが入試範囲だった。

今の入試は違う。どの科目も、なんだかんだ行って大学学問をやるには役に立つ。あと、科挙あくまでも「官僚採用試験」であり、官僚の適性を見るのが役目だった。それに古典しかないというのも問題だった。大学入試とは訳が違う。



まとめると、ペーパーテストはそれなりに合理的。回数を増やすことで、一発勝負不安定感も一応軽減している。

形式で、ペーパーテストで図れない力をみる入試もやっている。

それでもやはり、大学就職予備校とみなして、学問を学ぶためでないのに入ろうとする人達は困りものだしそういうのと学びたい人を分けることのできる仕組みはやっぱり存在したほうが理想ではあると思う。ただ、現実にはそれはとても難しい。


自分もまだ19歳、よくわかってないところもあるだろうけど、取り敢えず書き立ててみた感想ってことで。

http://gigazine.net/news/20170206-windows-10-cloud-upgradeable/

MSWindowsRT再来を企画してるそうな。

こないだのARM Windowsみたいなものでいいのにねえ。

しろエディションが増えて混乱と勘違いの的になるのが目に見えてる。

ARMで動くやつって前と同じRTみたいなやつでしょ? という勘違いが。

このWindows 10 Cloudについて判明しているのは、Windows Storeからインストールされた「Unified Windows Platform(UWP)」アプリだけを実行できるという点のみです。これはMicrosoftが数年前にリリースしたものの2年前に消えていった「Windows RT」にかけられていた制限と非常に似通ったものです。

Palmで失敗してRTで失敗してWindows Phoneで失敗して。

UWPなんかコンビニで決済すらできない時点で勝負は終わってるのに。

窓が売れないならNvidiaみたいな多角経営するしか無いんじゃないのか。

2017-02-05

勉強することで得るもの

http://anond.hatelabo.jp/20170204225930

 

これ読んで考えたけど、やっぱ勉強はしておいたほうがいいなあって思うんだよね。

自分田舎公立高校出身で、受験に対する姿勢勉強に対する姿勢も弱い環境だった。

親も高卒だし、大学東大京大しかしらなかった。

それが高3のある日、友達勉強勝負しようってなって、そこから勉強するきっかけを得て、旧帝大に受かった。

まあ東大に比べれば大したこと無いけどね。

ただ、本当に偶然学歴を得たと思うんだ。

そういう意味では、以前話題になった「高学歴の世界」と「低学歴の世界」の両方を何となく見てるので、

私の意見が参考になれば幸いです。

 

勉強しない層の価値観だと、勉強しなくても金持ちはいるし、コミュ力の方が大切だと思われている。

これは実際間違ってなくて、高学歴でも就職してから技術職であってもコミュ力がモノをいう環境の方が多いだろう。

高卒でもアパレルコンサル飲食起業して稼いでいる人もいっぱいいる。

厳密な知識学問があまり重要で無い分野では、正直学歴なんて必要無い。

勉強で言えば読み書きそろばんができれば十分だ。微分積分行列群論複素関数なんて一般の人は使わない。

から自分生活していく」ことを考えれば、別に勉強なんて不要だ。

幸せかどうかも周囲との相対的ものなので、変に優秀な友達ばかり作るとかえって幸せに感じにくくもなるだろう。

 

だけど、それでも勉強はしておいたほうがいいと思う。

 

1つは、論理が通じる集団に属せるということだ。

元増田の娘は頭がいいだろう。論理的物事を考えることができる。

その場合、周囲に論理が通じないとストレスが生じやすいと思う。

こうすればみんな幸せ、こうすればもっと良くなる、なのになんでしないの?

なんて考える機会が圧倒的に減る。

理不尽に声出しさせられたり、嫌いな人を家族愛でつつめ!なんてわけのわからないことを言われないで済む。

泣く子と地頭には勝てないというのは、論理対処しようとしない集団には論理は無力であることをうまく表現している。

から自分論理的な行動を大切にしてしま場合論理的集団所属することが幸せになる重要な条件となる。

 

2つ目は、たくさんの人を幸せにできる力を得ることができることだ。

自分けが幸せでいいなら不要かもしれない。

だが、多くの人を幸せにしたり、世の中の理不尽を減らすには、いろんな知識必要となってくる。

発想は知識の量に影響を受けるので、知識がある分、いろんな方策を考えることができるようになり、それをもって主体的に世の中を良くしていくことができる。

また、論理的でない人をどう変えるかということも複眼的戦略必要となる。

自分勝手で、反社会的な態度の人と切っても切れない環境というのが世の中にはある。

そういう人たちを全て切り捨てるのは現実的では無い。切り捨てた人間多数派になった時に割りを食う可能性もある。

から、彼らがそうなった原因だったり、どうすれば考え方を変えることができるか、なんてのもいろんな知識経験必要になる。

自分がそう思うから」だけで物事を進めていくと、感じ方が違う人との軋轢を生むことになり、不幸になる人が発生してしまう。

 

3つ目は、学歴チャームだ。

チャームは魔除けって意味だけど、学歴は魔除けとしては非常に優秀だ。

転職就職でも学歴があれば相手見方も変わるし、ずっとニートをしてても学歴がいいからもしかしたらすごいのかもと思ってもらえたりする。

それと、世の中には権威主義の人が跋扈していて、論理じゃなくて、どんな人間が言ってたかしか是非を判断できなかったりする。

そういう相手から切り捨てられたり、学歴至上主義人間から不条理差別を受けないためにも、この魔除けはかなり有効なのだ

それを凌駕する才能があればいいが、そんなものを持っている人間はごくわずかだ。

もし娘さんが突出した何かを持っていないのであれば、学歴チャームを持っていない場合、ただの偏屈な嫌な女になってしまうだろう。

そういう生きづらさから守ってくれる、不可視なお守りが学歴なのだ

 

大学(と大学院)を卒業して思うのが、まだまだ勉強必要だなあと思っている。

経験勉強なくしては、自分はだれかの意見を垂れ流しているだけで主体性が無いなと感じてしまうのだ。

人生で一番辛いのは主体性を無くした時だから。そうなる時、生きることがバカバカしくなるのも理解出来る。

それを防ぐためにも主体的自分を手にいれるためにも、お勉強だけじゃ無い経験も含めた勉強重要だと思う。

ただ、学歴だけは若いうちに手に入れた方がいいので、今は受験に関わる勉強をした方が効率はいいと思う。 

 

余談だけど、学歴けが欲しい人ってのは受験仕事で使わない知識経験を軽視しすぎていると思う。

経験知識の一部なんだけど、俗的な合コンナンパクラブゴルフ登山サーフィン釣りスポーツなどなど、

どれも勉強になる面はあると思う。

理系の同僚は行動力がなくて、権威に認められた知識以外を軽視しすぎて考え方に偏りが多い子が多かったから。笑

理由をいろいろつけてたけど、多くは傷つくのが怖いとかバカにされたくないとかそういうことだった。)

なので、こういう経験もいずれは手に入れて欲しいなと思う。

辞めた会社から民事訴訟刑事告訴検討している」と脅された愚痴

ただの愚痴と、いざという時に正式な資料をつくるための参考にする備忘録である

記述した内容は概ね事実そのままだが、説明すると長くなるような背景事情は省いたり、役職名などは便宜上適当に置き換えている。


前置き

最近、勤めていたA社を退職して、プチ競合のような、若干事業領域が重なる業種で独立起業した。




A社の事業は、エンドクライアントから発注を受けた制作物を、A社が持つ外注ネットワーク(外注先が自らA社のシステムに外注先候補として会員登録を行う仕組み)を駆使して制作し納品する、というクリエイティブ系のtoBサービス業である

A社には、この主力事業を統括する事業部長職として入社したが、社長と壊滅的に相性が合わず、短い期間で退社することとなった。


社長とその取り巻きから理不尽な陰口を言われ続ける日々のストレスはハンパなかった。

もしかすると僕が本当に陰口を言われるに値する無能だった可能性はあるが、それはこの愚痴の本筋とは関係がないので触れずにおく。


退職の際は、社長のさらに上位である会長に「独立起業したいと思っている」旨を相談した。近しい業種ということもあり、後々トラブルになることを避けるため、予定している事業内容の説明など数回の打ち合わせを行い、競業避止義務に関して退職時の誓約書の文面を一部書き換えてもらうなど例外的な対応もお願いしたが、すべて快く対応してもらい、最終出社日には「近い業界なのでこの先また何か縁があれば」と明るく送り出してくれた。


会長は若くしてこの事業を立ち上げて成功に導いた人で、歳は僕よりもだいぶ下だが、会話の物腰も柔らかく人当たりも良いため、人間としてとても尊敬していた。




先日、そんな会長から突然電話があった。

昼寝の最中だったので寝ぼけつつ電話に出ると、開口一番、聞いたことのない淡々とした口調で「増田さんのA社在職中の問題行為、不正行為について調査をしている」と言われ、


(1)「外注先リスト」のCSVデータ業務の基幹システムから書き出した

(2)外注先に接触を行った

(3)従業員の引き抜きを行おうとした


という3点を指摘され、「民事訴訟刑事告訴検討をしている」と告げられた。


弁護士先生の話では、刑事事件だと1〜3年の懲役になる内容ですね」「どう対処するかは弁護士先生や役会と検討して決定しますが、まずは当該行為をやめてほしくて連絡しました」とのことだった。(どう頑張っても民事の範囲にしか思えないのだが、何の罪の構成要件を満たすのかはわからなかった)


寝起きで頭が回ってないうえに意味が分からない点が多かったので、「とりあえずお話は伺いました」といったような中身のない返事をして通話を終えた。


「また連絡する」と言われたので『待ち』のつもりでいたのだが、「訴訟」「刑事告訴」だのと穏やかではないキーワードが出ていたうえに、よくよく考えてやはり言っていることの意味が分からずムカついてきたので、愚痴の吐き出しと、自分の中での記憶と事実整理のために本件に関する僕の見解を記録しておく。




(1)外注先リストを書き出したという指摘

A社の業務基幹システム(制作物にマッチした外注先などを検索するシステム)には、外注先DBの情報をCSVで書き出す機能がある。Excelなどでのデータ分析・加工や、メールニュース配信する際にメールアドレスを書き出して社外の配信システムに流し込むといった用途を想定しているものだ。


個人情報を含む情報であるため、セキュリティ上、この機能使用すると、データ出力を実行したユーザー名前と日時が記録されるようになっている。


恐らくはこの書き出しログ退職間際の僕の名前を見つけたのだろう。事実、僕は最終出社日の当日か前日かといったタイミングデータの書き出しを行っている。


が、それは社長命令によるプロジェクトでそのデータ使用するためだ。

具体的には、外注先向けの発注書といった書類を自動で作成・出力するシステムを組むというプロジェクトだったのだが、このシステムは基幹システムとはAPI等で接続されていないため独自に外注先DBを持つ必要があり、そのDBを構築するための元データとして、基幹システムから書き出したCSVを使用した。


このことは、僕の退職後にこの書類発行システムメンテを担当することになる人間への引き継ぎの際、外注先DBは基幹システムと同期していないため定期的に基幹システムから出力したCSVをマスターデータとして更新をかける必要があることの説明と、CSVデータをDBにインポートする方法の実演まで行っている。

確固たる理由があり、社長命令遂行するためにデータを書き出したのである。書き出しログが残っていて当たり前だ。


そしてこの話の面白いところは、この基幹システムに「CSV書き出し機能」の実装を決定し、仕様検討、要件定義を行ったのが僕自身だということだ。


そもそも僕は長年IT業界で勤めてきたため職種こそエンジニアではないもののWEB開発の基本知識はあり、職務上、直接本番サーバー上のDBにアクセスできる権限も持っていたので、このCSV書き出し機能使用せずともデータを丸ごとダンプすることが可能だし、sudoも打てるのでいざとなれば痕跡を消し去ることも可能だ。


痕跡を残さず直接DBからデータを抜ける権限リテラシーを持った人間が、「確実に足跡が残る」ように自ら仕様を決めたデータ書き出し機能使用するだろうか。しねぇよ。


足跡が残っている理由も社長命令プロジェクトのためだということは、書類発行システムを引き継いだ人間確認を取ればすぐ判明する話だ。

ろくに経緯調査もせず、ログだけを見て「データを不正に書き出している!」と脊髄反射的に反応したのであろう。


なお当然ながら、僕の基幹システムアカウントは最終出社日をもって停止させられている。




(2)外注先に接触しているという指摘

事実として掴んでいるのか、「リストを書き出したのだからきっと」と勘で言っているだけなのかは不明だが、外注先へのコンタクトは確かに行った。

A社時代にお世話になった一部の外注先へ「増田会社では制作を手伝っていただける外注先を探しております」といったメールを送ったり、僕の個人的Twitterアカウントでいわゆる「拡散希望」として外注先を募集した際にリプライやDMをくれた人の中に、偶然A社でも世話になった外注さんがいたりもした。


が、これらは問題なのだろうか。


クライアント」への接触(営業活動)をして、本来であればA社が受注していた案件横取りしたとかであれば、独立トラブル代表例だし、訴訟というキーワードが出てくるのも理解できる。


しかし今回問題と指摘されたのは「クライアント」ではなく「外注先」である

外注先候補の数が多ければ多いほど生産性も上がり有利な業界なのは確かなので、仮に(1)の外注先リストを不正に持ち帰ったりしていて、A社が持つ数千件の外注先に一斉に無差別メールでも配信したのであれば、それはそれでA社の資産であるリストを持ち出したという点で問題にでもなりそうだが、コンタクトを取ったのは信頼のおける仕事ぶりだったため名前認識していた人や、A社在職中に何度かやりとりをさせていただいていて交流があった一部の方々だ。(VCマネーも入り数億の資本を持つA社と、小学生お年玉みたいな資本金設立して従業員は僕1名の増田会社とでは事業規模も違いすぎるので、数千の外注など管理していられない。)

それに、外注先はみなWebサイトなどで「お仕事募集しています」と意思表示をしているフリーランスの方々である


コンタクトを取った際も、文面上「元A社の増田です」と言ったときはA社の問い合わせ窓口や僕の後任の紹介に加え「引き続きA社もよろしくお願いいたします」とフォローを入れたし、僕の名前を知らないであろう人には「増田会社と申します」とまったくの新規会社としてアプローチを行っている。


仕事を募集しているフリーランス増田会社が仕事の相談をすることがA社にとって問題になるのだろうか。「増田会社の仕事でスケジュール取られたら困る、損害だ」という理屈だろうか。それとも「この優秀な外注先を発掘したのはA社だ、だから増田会社は使うな」というジャイアニズムだろうか。だったら全世界に発信している「お仕事募集していますWebサイトを取り下げさせて、専属契約でもすれば良い。


こればっかりは「理解できない」としかコメントができない。もし僕の感覚の方がおかしいと思う人がいたらブコメででも教えてほしい。



(3)A社の従業員を引き抜こうとしたという指摘

これは正直ちょっと複雑な話ではある。


退職を社内告知する間際の某日、社外MTGの行き帰り、仲の良い(と、僕は思っていた)部下Aに「退職して、現職に近い業種で起業する」ことを打ち明けた。

それに対する反応は「自分も今のA社の環境に嫌気がさしている。先は長くないかもしれない。」というものだった。


僕が起業予定の会社計画などを話すうち、言われたのが「増田さんの会社で雇ってもらえたらA社辞めれるんですけどね」だった。

これは、正直嬉しい言葉だった。設立したての小さい会社で働くなんて、よほど相手を信用していなければできない。お世辞や冗談の類かとも思ったが、働くと仮定した場合の待遇の話や、増田会社での業務の進め方など、具体的な質問や話題が多く出た。「これは本気で考えてくれているのかもしれない」と思った。




従業員の引き抜きは禁止されているので僕自身が明確に「うちに来てくれ」と引っぱることは信義則に反するが、誰しも職業選択の自由があり、自らの意思転職をするのであれば法的にはA社が止める権利はない。

A社退職時には同業種へ転職禁止の競業避止義務についての同意書を書かされるのだが、以前別の部下から「競合のB社に転職したい」と相談されたときには、A社の管理部(人事・法務などバックオフィス統括部署)に確認を取り、「一応サインはしてもらってはいるが、A社の企業秘密を流出したりさせない限り実際のところ転職先に制限をかけることはない」と回答を得ていたので、今回の部下Aについても、社長、会長への事前の説明など、A社への筋を通せば実現不可能ものではないと考えた。


その後も、部下Aからは「増田さんの会社に入社するとしたら何月頃が良いとかありますか?」といった質問を何度か受け、温度感は維持しているもののとくに結論は出さないまま、僕は最終出社日を迎えた。


退職後して少し経った頃。この部下Aが本当に増田会社に転職してくるのかどうか次第で今後の事業計画も変わってくるため、一応「情報交換なども兼ねて近々飲みに行かないか?」とLINEで声をかけた。それ対する回答は「やはり転職お断りしたい」だった。


少し残念な気持ちはありつつも、「誰かの人生を背負わなくて良いんだ」という安心感と、それと正直、この部下Aの仕事ぶりに関しては若干の不安(仕事をこなすスピードなどは社内ダントツだが、細部が粗かった)があったこともあり、僕は「それなら仕方ないですね」とあっさりと承諾した。

飲みも、お互い仕事の愚痴ばかり言い合う生産性のない会になってしまいそうなので、またいつかにしましょうと返信し、この話は終わった。




しかし僕はこの断りの会話に少々の違和感を覚えた。A社在職中は毎日会話をしていた部下だ。微細な言葉選びの違いや、「なぜ急にこのタイミングでその結論に?」など、引っかかるポイントがいくつかあった。


僕の中で出した結論は、「増田会社に転職する可能性があったことがA社にバレている。かつ、A社からストップをかけられたか、A社に何かしらネガティヴ情報を吹き込まれている。」だ。


詳細を記すと長くなるので省略するが、退職間際に発生していたトラブル解決するため、独立することを打ち明けていた一部の取引先に対しては、「増田会社にそのうち部下Aが合流するかもしれない」と伝えていた。

前述の通り、増田会社への転職は筋さえ通せればやましい話ではないので、この連絡はA社のメールアドレスから堂々と送っている。

僕の退職後にこのメールログをA社が見れば「部下Aの引き抜きを行おうとしている」と受け取るだろうし、部下AがA社に「増田会社に誘われた」という表現で報告をしていたとしても同様だ。


しかしいずれにせよ、実際には「増田会社に転職していない」以上、A社には何ら損害が発生しておらず、この話をもって訴訟を起こすとは考えにくい。

よって、A社が言う「民事訴訟刑事告訴」は(1)(2)のいずれかに対してであり、この(3)については「このことも知ってるぞ」というただの威嚇でしかないと考える。



状況整理

ずいぶん長くなってしまったが自分の中でも忘れかけていたことを色々思い出して状況整理ができてきた。

まり現状こういうことだ。


A社は、社外秘情報である外注先リストの書き出しや、外注先への接触を理由として民事訴訟刑事告訴をすると脅してきている。


ストーリーとしては「リストを書き出し、そのリストを不正に使用し外注先に接触」と考えるのが自然なので、おそらく一番のポイントは「リストの書き出し」という行為を問題視しているのだと思う。


しかしこれは(1)で説明した通り業務上理由があって書き出したものであり、そのことは社内ヒアリングなどで容易に証明可能


唯一噛みつかれるとしたら、「業務上必要があって書き出したリスト私的に持ち帰ったのでは」という言いがかりをされる可能性だが、その証明責任はA社にあるので、社内回線の通信ログでも永遠に漁っていていただきたい。


警察官だって犯罪を犯すことがある」という話をされると身もふたもないが、事業部長として部内の情報管理を徹底させる役目も負い、業務委託先が情報管理に関する事故を起こした際には、監督すべき立場であるA社を代表してクライアントに頭を下げにも行った人間として、データ管理は人一倍徹底していたつもりだ。

それにPCの操作ログでも記録されていれば情シスにはファイル操作が筒抜けなことも理解しているので、ITリテラシーレベルは並以上ではあると自負している人間としては、そんな恐ろしいことに手を出す蓋然性がない。


いよいよもってA社の意図がわからない。

単純に増田会社の営業妨害をしようとしているのではないかと勘ぐりたくなるほど主張に穴がありすぎる。あと(1)〜(3)どれも民事の範囲内で、刑事告訴というキーワードが出てくる余地がない気がする。懲役1〜3年どこから出てきた。



余談

余談だが、僕はつい先日、「A社の競合C社が今度解散するらしい」という噂を聞いた時、A社の人間に「C社の取引先調べて営業かけるチャンスですよ」と伝えた。


A社に伝えず増田会社として営業をかけていれば、増田会社の利益になったかもしれない。

けれども、(社長や一部の人間はゴミクズだったが)A社には短い間ながらお世話になった恩があり、プチ競合のような近い業種での独立を許してくれた感謝という愛社精神があったからこそ情報共有をしたのだ。


今回の件は愛していたものに裏切られたような気分で、残念でならない。よく聞く「愛は憎しみに変わりやすい」という言葉意味がよくわかる。

実際、僕のA社への貢献(多少はしたと思っている)をすべて否定されたような今回の対応を受けて、A社への愛社精神は薄れ、いまは「嫌い」にシフトしつつある。

なんでこんな会社に自分人生の貴重な時間を費やしてしまったのか。




もともと、売られた喧嘩は買うし、やられたらやり返す性格の僕だ。

できることなら、A社がちょっとした脱税をしていたこと(A社自身認識してたのかどうかと、本日時点ではどうなってるのかわからん)や、一時期、DeNAで話題となったのと同様のパクリメディア運営し、ライターに「このサイトからパクれ」という旨の記述があるマニュアルを配布していたこと、社長が部下、従業員に対して「死ね」「殺したい」といった暴言のほか、人格否定系の誹謗中傷をしていること、その他様々なアレな話題を、便所の落書き掲示板にでも書いたり、しかるべきところに告発してやりたいくらいの気分だ。IPOを目指すと宣言している会社にとっては痛手ではあるだろう。(大人げないのと、後が怖いので実際はできないチキンだが)




それはさておき、A社には「エビデンスを残したいから先日電話でもらった話の内容をメールでくれ」と伝えているが、今のところレスがない。

勝ちが決まっている勝負なだけにその面での不安はないものの(弁護士費用とか考えると頭が痛いが)、待ちのストレスハンパないのでさっさと対応していただきたい。

2017-02-04

仕事を体力勝負か何かだと思ってる先輩

大手SIer。未だに仕事を体力勝負だと思ってる人ばかりでドン引き

以下、先輩が協力会社パートナー)の方へ言っていたセリフ



「なんでまだ作業終わってないんですか! ちゃんと今日中に仕上げてくださいね?」

「あの資料は月曜の朝に完成してればいいんで。土日もありますからね」

ちなみに定時後。めちゃくちゃな作業量押し付けているという自覚なし。



そして無理に残業休日出勤をさせたあげく、出社時間作業品質について大声で愚痴る。

「9時過ぎたのになんであいつ来てないの? 勤怠悪いなー、困るんだけど」

「なんでこんな単純なミスばっかりしてんの? こんなのダメに決まってるじゃん」



考えを改めてもらおうとしたけど無駄だったので、もう反面教師だと思うようにした。

先輩に代わって、私は「ベストを尽くしたと思ったら、定時で帰ったほうが絶対いいですよ~」と言いふらして定時で帰るようにしてる。

http://anond.hatelabo.jp/20170204082312

人間プロ同士の戦いにAIがやってきたと俺達は見ることが出来るけど、AI人間を倒した後の世代から見たらAI同士の戦いを人間が真似っ子してるように映るんじゃないの。

どうなんだろうか。

既にAI人間を完全に上回っていて、

AI人間を完全に上回ったあとにその世界に入門した」か、下手すれば

AI人間を完全に上回ったあとに生まれた」という

人が入ってきてそうなチェスバックギャモンプロ観戦の界隈では

どういうことになってきてうんだろうか。



あー、いやまてよ。そこにAI人間が勝てる要素があるな。

作品(ボードゲームなら勝負のもの)」ではなく、その周りの作品を作っている人間行為

コンテンツの重さを決める大きな指標になってくるんだ。



アイドルコンテンツなどは今でもそうだけど、歌って踊れるステージ単体での価値なら

どのグループでもそう差はないのに特定グループを支持するのは

しろ歌って踊ってる部分じゃなくそれを実現するために行ってきた努力

対してファンになっているわけじゃない?



AI人間の差がない作品を出力できるようになったあとは、

文学作品とかもそういうコンテンツになっていくんじゃないだろうか。

2017-02-03

はてサとの議論絶対勝つ方法

基本的勝負事というもの相手の弱点を突けば勝てるものであり、言い換えれば自分より弱い者を相手にすれば勝てるものである

でははてサの弱点は何かというと大きく二つあり、一つは党派性に縛られがちであるということ

しかはてブに集まる反はてサはてサ党派性を指摘するばかりで、それを有効攻撃に繋げられないので議論に勝てない

これをいうとそもそも議論勝負事ではないだろうというツッコミをする人も現れるが、議論は間違いなく特定局面では勝負事であり、ある限られた用法においてこれははっきりと勝ち負けがつく活動である

党派性を使って攻撃する場合、まずその党派性に縛られて本来つべ立場と違うコメントを残さざるをえない状況に追い込んでから党派性を指摘してやれば有効攻撃になるのだが、最近はてサ学習しているのでそういうコメントをするよりも沈黙を選ぶ傾向にあり、そもそも議論が始まらない

また議論をする場合たいていは勝ち目があるからやるのであって、普通は「こいつには負けないだろう」と当たりをつけた相手IDコールすることで議論を開始するためこの党派性を利用した戦術が使えない場合も多い

ところがはてサのもう一つの弱点を突くことで、はてサからIDコールされても確実に勝ちを取りに行けるのである

はてサのもう一つの弱点とは、日本人であることだ

はてサにとって人生で最大の過ちは日本人に生まれしまったことであり、これは死ぬまでついて回る消えることなき汚点である

その割に外国語が苦手でとても日本脱出出来そうにない者が多く、また日本脱出成功したものはてなに来ないのではてサでこの弱点を克服した者はいない

そこで、議論に付き合うフリをしてさりげなく国籍マウンティングすることで議論のものに勝ったような状況を導くことができる

はてな公用語日本語なので相手は当然こちらも日本人だろうと決めてかかっており、たいていの国籍ならば勝てる

国籍によっては国籍じゃんけんになってしまうこともあるが、彼らの日本人であることへの絶大な嫌悪を鑑みればよほどのことがなければ負けることはない

中国籍韓国籍はかなり有利であるが、この二つに限らずたいていの国籍で勝てる

ごく一部、中韓を見下しているはてサもいないことはないが、中韓を見下していることが他のはてサに知られるとまずいので勝手に負けてくれる

この場合終結というのは、議論を始めておきながら向こうから妥協点を提供して議論安全に終わらようとする形でやってくる

ネトウヨ相手には絶対にやらないことである

ただし国籍じゃんけんに勝てない国籍もある

ドイツアメリカイスラエル国籍保持者ははてサにとって安心して見下せる対象であるため、はてサに対してどうしても弱くなる

これらの国に留学していた人も同様である

はてサの中でFondriest氏やDavit_rice氏が不当に地位が低く同じはてサから舐められているのもこの辺りが原因である

これらの国籍保持者は国籍マウンティング有効ではないので、有利な国籍を持つ知り合いをうまく議論に巻き込んで相手誤爆を誘うのが有効である

IkaMaru氏が「この世界の片隅に」の主人公すずを評して「韓国人を見かけたら素朴に怖がりそう」と言ったが、「韓国人外国人)を見たら素朴に怖がりそう」なのがはてサ実態であり、この弱点を突けばはてサに対しては常に勝てるのである

2017-02-02

2歳の娘に野菜から食べさせる方法

今日は夕飯の炊事当番だったので、娘がどうやったら野菜を食べるか考えながらキッチンに立っていた。

まずは、興味を持ってもらおうと、買ってきた野菜を一緒に冷蔵庫へ入れた。

「これは、トマトキュウリ、これは・・・カンナイ」「これはレタスだよ」

「これは牛乳、これはビール、これもビール、これもビール・・・」だめだめ、ダイニングの妻にばれてしまう。



娘は野菜嫌いと言うほどではないが、どうしても野菜は残しがちである

今までは、細かくしたり、火を通してみたり、好物との交換条件をだしてみたりしたが、野菜はしかたないから食べるといった感じだった。

でも、自分サラダで食べたかった。今日サラダの直球勝負だ。



娘は手を洗う踏み台にのって、野菜を切る様子を見ている。

レタスは一時期よりだいぶ安くなった。美味しそうなところをちぎって皿に並べる。

トマトテレビ特集してからスーパーに1個ずつ並ぶところができた。これはくし切りにしよう。

キュウリは娘にアピールするようにちょっと音を立ててリズムよく小口切り。



娘はぽかーんと口を開けてみていたので、切った先から一口ずつ放り込んでみた。

レタストマトキュウリも、しゃりしゃりむしゃむしゃ。「しゃりしゃり、おいしいね」と娘。

自分も一緒に食べた。ドレッシングも塩もなし。そのままむしゃむしゃ。



なんだ、簡単じゃないか

2017-01-31

名古屋の人は将棋が弱い 疑惑

なぜだかまったく分からないのだが、名古屋界隈を活動範囲にしている人はほかの地域の人より圧倒的に「勝手な俺理論で推測を重ねて、外れていることがわかると激昂しそんなのおかしい有りえないと言い募る」率が高いと感じている。(サンプル数は当該地域の人20人程度とそれ以外50人程度なので微妙だけど。)

単にあいつらドアホなのかなと思った時もあったけどその傾向がある以外はそこまで会話ができないわけじゃない。

そこで思ったのは、これはつまりロジック客観視が絶望的にできない土地なのだということだ。

こういう人ができないゲーム将棋のような理詰めで解ける要素が多いゲーム(=勝手読みをしてしまって自爆するので勝負にならない)なので、ほかの地域に比べてgdgdになる率が高いのではないだろうか。

しかし少数ながらもいるであろう論理的整合性検証が得意な人は周囲からの疎外感からかえって傾倒して上達が早いかもしれず、競技人口裾野が狭いことはあってもそれによって大成する人がどの程度出てくるかは一概に言えない可能性もある。

ということで名古屋の人が将棋が弱い疑惑は立証することが容易ではなさそうだという結論に至った。

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