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2017-04-07

http://anond.hatelabo.jp/20170407115858

その記事に限らず、wikipediaには往々にしてフィクションから出たクソリプみたいな情報が「当然の事実である」として書かれてることがままある。

有名なのだと「ナポレオンほとんど眠らなかったとされているが、居眠りしてたから結局睡眠時間はそれなりに取っていた」みたいな記述な。

歴史的ナポレオンショートスリーパーだったみたいな記述はあるけどじゃあ居眠りしてたって記述はあるのかって言われたら実は殆どないんだよ。なのに、ショートスリーパーっていう記述事実をお前らの常識で埋めるために「昼寝してた」とかクソどうでもいい虚構を付け加える。

更にはその虚構がいつの間にかトリビアの泉みたいなもの広報されることによって事実であったように改変される。

これじゃまるで北朝鮮なんかと同じじゃないか。<メディアがそう言っていたから>事実はそうであったという思考プロセスしかできない一般人によって日本語版wikipediaが侵されているのは一定事実やろな。

2017-03-20

小林多喜二を切り離したい人は切り離せばいいのでは。

ただし政治には言及できないし、むしろ文豪トレイドックス化するけど。

そういう外装がありだという時代でもあるから武田信玄イケメンでもしょうがないとは思うし。

ナポレオンはブ男だったらしいけど、山登る彼の肖像はかっこいいしね。

個人的にはあの案件に関しては切り離すべきではないという立場だが、

普通文脈理解とごちゃまぜにしてオタクの態度を問うのは筋が悪いね

2017-02-06

公人精神疾患アウティングについて

為政者精神疾患暴露されねばならない

為政者精神疾患については一般に、公益に重大な関わりがあるから、指摘されねばならない。暴露すること(アウティング)が必要である

それに対して一般に、私人プライバシーについては暴露されてはならない。「この人は境界性人格障害だ」とか「アル中だ」とかどころか、精神疾患に関わることですらない普通のこと、例えば「ゲイかもしれない」とか「親は生活保護受けている」とかも、あるいは「親は外国人だ」とか「ムスリムだ」とかも、暴露されてはならないのである。ちなみに、それをやっても憚らぬところに日本社会の異常と横暴がある。ついには国会にまで呼び出して「親は生活保護受けている」イジメをしたりする。吊るして見せしめにすることで「綱紀を引き締め」、民衆ストレス解消を解消し、腐敗し壊れた社会体制を維持するのであろう。

往々にして過去にも現在にも、侵略者暴君精神疾患をもっている。いまは既に殺されているカダフィにせよPTSD統合失調だろうということは指摘されてしかるべきであったし、カエサルシーザー)やチンギス・ハンやナポレオンにせよ精神的におかしいところがあったから飽き足らぬ侵略を行ったのである。たとえ既成権力構造を打破するという名分があったとはいえ、織田信長によるジェノサイドもいささか精神疾患じみている。ましてやアドルフ・ヒトラーについては言うまでもなくアタマがイカれている。

なぜそうしたイカれた侵略行為が野放しどころかむしろ支持されるのか、そのことにも反省必要である。たとえばナチズムにせよ十字軍にせよ、主導者の精神疾患性ということのみならず、支持者や社会精神疾患状態にあるのであるイスラミック・ステイトによる、統治におけるファシズムと、テロリズムも、同様に、壊れている。

アベ晋三にせよドナルド・トランプにせよ、狂信的であることは言うまでもないが、そもそも言動からして精神疾患をもっていることが明らかに見て取れる。ちなみに、その精神疾患性がゆえに狂信に至り、狂信がさら精神疾患を高めるという悪循環である

信仰宗教)と政治は同根であった

なお、その狂信も信仰であるにはあろうが、信仰政治に持ちこんではならない。そもそもは信仰シューキョー)というのが統治のための手段であったのだから歴史的にみていわゆる「政教一致」は当然のことであった。なにせ信仰というのは、現実関係がなく、「ダメなもんはダメ」が通用し、社会の既成構造を堅持することが容易い。そして、政治意味不明になって腐敗してしまう。民は信仰により隷従させされ、国家家畜になる。その闇(病み)を打破したのが西洋近代革命である

ちなみに、その信仰政治への持ち込み(政教分離違反)についても、日本人には自覚反省がない。信仰シューキョー)を信条だと強弁したり、儒教教義道徳だと強弁したりして、平然と政教一致社会体制を堅持している。滑稽であるが、迷惑だ。実害がある。

為政者精神疾患に気がつけないことの危険

話が逸れたので戻すが、首相大統領のような為政者精神疾患をもっているのに指摘されないのは危険なのである。「精神的にかなりおかしい人だけど政治家にする」という、判っていて敢えてやるのならばまだしも。首相大統領だけではなく凡そ公権力行使者について同様で、公費でたびたび県の反対側にまで温泉旅行に行ってそれを批判されたら泣いて自転車で逃げる県議とか、SNS中高生言動が気に食わないからって脅す議員とか、精神的にどこか来している。

精神疾患をもった為政者の多くはおそらく、首でもくくったり、飛び降りたり、アル中になって失職して孤独死したり、形態はさまざまあれど、可哀想な終わりになってしまう。だから放置しているのは当人のためにもならない。しかし稀にそうした結末にならずに祀り上げられて横暴のかぎりを尽くすことがあるから、先述の通りの暴君が出る。いずれも、ためにならない。

思うに香山リカとか和田秀樹だとかだって、アベやトランプ精神疾患なんだってことは手にとるように判っているだろう。けれども、判っていてもそのことを公言しない。それは、一般アウティングを避けるべきだということが医師にせよ社会人にせよ必要であるからだろうし、真実暴露してしまえば社会から狩られるからかもしれない。大概の人は、狩られるのが怖い。勇気をもって人生と命を懸けて行動しないのは、エゴイズムなんだけど、残念ながら可哀想もので、怖いのだろう。

だがそうして「王様は裸だ」(自尊心が高いだけのアホの気狂いだ)ということを「ロバの耳」の如く人知れぬ山林の穴に叫んで埋めてくるようなことをしていていいのか。もしかするとそうしているうちに、王様は裸だということすら、誰にも判らなくなるかもしれない。そのとき国家社会も、自分自身のことすらも、自ら制御不可能になり暴走するのである。誰にも止められない

2017-01-29

身長様にヘイトスピーチされ心が折れた…人生終了

心と魂と自尊心を完全に粉砕されました

もうかれこれ10年は半引きこもり生活してる

最初の5年は慢性疲労症候群自律神経失調症鬱病を併発した感じだったと思う

とにかくいつもダルくて疲労感があって何もできなかった

最近は数週間か数ヶ月ぶりに勇気を出して外出することもある

ところが勇気を振り絞って外出したってのに

家具店の前を歩いていたら子連れ主婦野郎が後ろから自転車で追い越して振り向いて勝ち誇ったように笑って「デカ(笑)」とかヘイトスピーチしてきやがった

から身長が高いとか体格が大きいとか気にしてる

まりにもひどい仕打ちだと思う

絶対に許せない

そこからまた数ヶ月引きこもった

やっと心が回復して外出したら今度はレンタルDVD屋で男が右からデカ(笑)」とかヘイトスピーチしてきやがった

目立ちたくないし性格でこっちは鬱病なのに何で全く配慮しないの??

ふざけんなって思います

そこからまた数ヶ月引きこもった

そしてまた心が少し回復して外出したら

今度は電車学生に指さされながら「あいデカくね?」などとヘイトスピーチされた

あとはこの繰り返し…

この国では高身長に生まれただけで畜生にも劣る存在として扱われ罵られ迫害され精神的に痛めつけられる

身長様は自分高身長ときよりはるかに格上の存在だと理解している

フィクションでは低身長様はカリスマ性ある優れた人物として書かれる

聖書ダビデ高身長ゴリアテをぶちのめしたことを讃えられ英雄扱い

ロード・オブ・ザ・リングホビット主人公

フリーザや飛影や赤司征十郎リヴァイなどもカリスマ

進撃の巨人は低身長様が高身長をぶちのめすことで大衆の人気を得た漫画

現実社会においてもレーニンスターリンフランコ将軍田母神ナポレオンや司忍やチャールズマンソンなど組織トップは低身長様が多い

体操選手競馬騎手ジャニーズも低身長が多い

心が折れたせいでもう外出できない

高身長なんかに生まれたくなかった…来世なんてものがもしあったら低身長様に生まれたい

身長様にヘイトスピーチされ心が折れた…人生終了

心と魂と自尊心を完全に粉砕されました

もうかれこれ10年は半引きこもり生活してる

最初の5年は慢性疲労症候群自律神経失調症鬱病を併発した感じだったと思う

とにかくいつもダルくて疲労感があって何もできなかった

最近は数週間か数ヶ月ぶりに勇気を出して外出することもある

ところが勇気を振り絞って外出したってのに

家具店の前を歩いていたら子連れ主婦野郎が後ろから自転車で追い越して振り向いて勝ち誇ったように笑って「デカ(笑)」とかヘイトスピーチしてきやがった

から身長が高いとか体格が大きいとか気にしてる

まりにもひどい仕打ちだと思う

絶対に許せない

そこからまた数ヶ月引きこもった

やっと心が回復して外出したら今度はレンタルDVD屋で男が右からデカ(笑)」とかヘイトスピーチしてきやがった

目立ちたくないし性格でこっちは鬱病なのに何で全く配慮しないの??

ふざけんなって思います

そこからまた数ヶ月引きこもった

そしてまた心が少し回復して外出したら

今度は電車学生に指さされながら「あいデカくね?」などとヘイトスピーチされた

あとはこの繰り返し…

この国では高身長に生まれただけで畜生にも劣る存在として扱われ罵られ迫害され精神的に痛めつけられる

身長様は自分高身長ときよりはるかに格上の存在だと理解している

フィクションでは低身長様はカリスマ性ある優れた人物として書かれる

聖書ダビデ高身長ゴリアテをぶちのめしたことを讃えられ英雄扱い

ロード・オブ・ザ・リングホビット主人公

フリーザや飛影や赤司征十郎リヴァイなどもカリスマ

進撃の巨人は低身長様が高身長をぶちのめすことで大衆の人気を得た漫画

現実社会においてもレーニンスターリンフランコ将軍田母神ナポレオンや司忍やチャールズマンソンなど組織トップは低身長様が多い

体操選手競馬騎手ジャニーズも低身長が多い

心が折れたせいでもう外出できない

高身長なんかに生まれたくなかった…来世なんてものがもしあったら低身長様に生まれたい

2017-01-08

http://d.hatena.ne.jp/t_kei/20170107/1483780237

フランス大統領国民議会で「侵略定義は学界的にも国際的にも定まっていない。ナポレオン行為についても国と国との関係でどちらから見るかで評価が異なる。」と答弁をし、また共和国政府もそれを追認する閣議決定をおこなう

一方、共和国国防大臣はオテルデザンヴァリッドを訪問軍事予算過去最高を記録。

そんな背景がある中、イギリスでルイ・アントワーヌ・ド・ブルボン=コンデ像が民間団体の手によってフランス領事館前に建立されるが、それを受けたフランス政府イギリスに対して異例とも言えるほどの強硬対抗措置をおこなうのだった…。

2016-10-03

http://anond.hatelabo.jp/20160929223031

フランス革命からナポレオンが帝位に就くまで20年かかってないのでそんなもんなんじゃないかなーと思う。

2016-04-01

http://anond.hatelabo.jp/20160331235340

ショートスリーパーだとされている人のほとんどは無理しているだけらしいよ

ナポレオンサッチャーおかしくなってたでしょ?

2016-03-06

日曜9時ドラマに見る、世間との感性のズレ

半沢直樹にしても下町ロケットにしても、確かに分かりやす勧善懲悪なのかもしれないが、なんか雰囲気が重苦しくて、日曜の夜に観たいという感じがしない。

この時間帯のTBSなら、ごめんね青春とかナポレオンの村とか、今やってる家族のカタチとかのほうが、個人的面白いんだけど、視聴率的には、まったく逆なんだよなぁ。

世間感覚って、そんな違うんかなぁ。

時間帯的には穏やかな気持ちで観れるドラマが、観たいんだけどなぁ。

フジが同時間帯のドラマ復活させるらしいけど、そっちのほうが期待できるんかなぁ。

けど視聴率は…ってなるんかなぁ。

2015-12-19

http://anond.hatelabo.jp/20151218223958

シャバダバディー!

俺が昔、ナポレオンだった頃、前世チンギスハンで、前前世アレクサンダー大王だった。

わかるかなぁ、わっかんねぇだろうなぁ…

2015-12-18

俺の前世ナポレオンであることのツラさ

俺の前世はかのナポレオン・ボナパルト

フランス革命の混乱を収束し新たな時代を切り開いた革命天才である

しかしこの世の日本太平

世は太平

すっかり腑抜け平和ボケのこの国家には

残念ながらナポレオン並の軍事的政治的天才を受け継いだこの俺に出番はない

自らの天才をもてあまして日々もんもんとしている

このようにいかに天才といえども時代地域を間違えて生まれしまえば

平凡無害な人民なかに埋もれこんでしま

ああ、かなしやこの運命

ちなみに前前世はチンギス・ハン

その前前前世アレクサンダー大王である

やれやれだぜ

2015-10-16

世界の名争50戦

前1285 カデシュの戦い エジプトの大ファラオ・ラムセス2世と、製鉄技術で名高いヒッタイトの王ムワタリの戦い。戦況が膠着状態に陥った後、ムワタリが停戦を申し入れ、ラムセス2世が受諾した。これは記録に残る最古の戦争であり、記録に残る最古の平和条約でもある。
前479 プラタイアの戦い 古代ギリシアペルシアの一連の戦争における決戦。数十万を誇るペルシア軍の攻勢を、一万のスパルタ軍だけで防ぎ止め、押し返し、打ち破った。これによりギリシアからペルシア軍は駆逐され、スパルタは前年のテルモピュライの戦い(映画『300』で有名)の雪辱を果たした。
前371 レウクトラの戦い 古代ギリシア都市国家テーバイスパルタの戦い。テーバイのエパメイノンダスが編み出した、兵力を左翼に集中する戦術「斜線陣」により、精強を誇ったスパルタファランクスは打ち破られた。皮肉にも、後に斜線陣はテーバイではなくマケドニアに伝わり、ギリシア諸都市はその戦術によって敗れ去ることになる。
前331 ガウガメラの戦い 「大王」アレクサンドロス3世率いるマケドニア軍とアケメネス朝ペルシア軍の戦い。マケドニア軍の重装歩兵ペルシア軍を受け止めているあいだに、アレクサンドロス自らが率いる騎兵がペルシア軍にできた間隙を衝く、いわゆる「鎚と鉄床」戦術によってマケドニアが勝利し、大国ペルシアは滅びた。
前260 長平の戦い 中国の戦国時代、趙の老将・廉頗の持久戦術に手を焼いた秦は、情報工作によって廉頗の悪評を流し、若い趙括と交替させた。趙括は勢い込んで秦との決戦に挑んだが、秦の名将・白起によってあっけなく包囲殲滅された。四十万人の捕虜が虐殺されたという。秦の中華統一の過程において最も大きな勝利の一つである
前216 カンネーの戦い アルプスを越えてイタリア半島に侵入したカルタゴの名将・ハンニバルが二倍の兵数のローマ軍に大勝した戦い。中央の歩兵が敵を受け止め、両翼の騎兵が敵側背に回り込む、「包囲殲滅」戦術の鮮やかな見本として史上に名高い。しかし、そのハンニバルも後にザマの戦いで敗れ、地中海の覇権はローマのものとなっていく。
前202 垓下の戦い 秦が倒れた後、中華を二分して戦っていた楚の項羽と漢の劉邦は、互いに疲弊したことで和睦を結んだ。しかし、劉邦は直後に盟約を破り、引き上げる楚軍に襲いかかった。「四面楚歌」となった項羽は、最後の力を振り絞って包囲を破るも、衆寡敵せず自害した。天下は漢のものとなった。
前48 ファルサルスの戦い 古代ローマ代表する二人の軍事的天才、カエサルポンペイウスの戦い。カエサルは、包囲を狙うポンペイウスの騎兵を重装歩兵で囲い込み、投槍を投げずにそのまま騎兵の顔や目を刺すよう指示して打ち破った。勝利したカエサルローマの実権を握ったが、やがて暗殺されることになる。
前31 アクティウムの海戦 カエサルの跡を継いだオクタウィアヌスとその政敵アントニウスの戦い。しかし、アントニウスとその愛人クレオパトラは、本拠地エジプトへ逃れることを優先してすぐに戦場を離脱、取り残されたアントニウス軍は壊滅した。アントニウスクレオパトラは自殺し、数年ののちにオクタウィアヌスは初代ローマ皇帝となる。
23年 昆陽の戦い 漢から帝位を簒奪した王莽に反発して「赤眉の乱」が起こる。昆陽に篭もる赤眉軍は、実数でも40万と言われる王莽軍に包囲されたが、リーダーの一人である劉秀は数千の兵とともに敵の中枢へ突撃を敢行、王莽軍は大混乱に陥り全滅した。主力を失った王莽はまもなく滅亡。劉秀はのちに光武帝として後漢王朝を開く。
208 赤壁の戦い 三国志に名高い一大決戦。中原を制し、中華統一を目指して大軍を南下させた曹操だったが、見知らぬ土地での疫病、慣れない水上戦に悩まされ、呉の都督・周瑜の火計によって打ち破られた。呉に協力していた劉備は、勝ちに乗じて荊州の南部を占拠し、後の飛躍へと繋げた。
383 淝水の戦い 五胡十六国時代、前秦皇帝・苻堅は天下統一を狙って百万を号する大軍を南下させ、東晋の将軍・謝石と謝玄が数万の軍でそれを迎え撃った。苻堅は異民族の融和を目指した理想主義的な君主だったが、異民族の混成軍は実際には統率がとれておらず、偽装後退を命じたことが本当の撤退と勘違いされ、前秦軍は自壊して潰走した。
451 カタラウヌムの戦い フン族の王アッティラの侵略に対して、西ローマ帝国の名将アエティウスと西ゴート王テオドリックなどが連合して挑んだ決戦。痛み分けに近いものの、西ローマ帝国軍の勝利に終わった。のちにアエティウスの武功を恐れた西ローマ皇帝は彼を暗殺した。この戦いから二十五年後に西ローマ帝国は滅びた。
506 鍾離の戦い 数十万の大軍同士が激突した南北朝時代最大の決戦。北魏軍は、河に橋を掛けて梁の鍾離城を攻め立てていたが、長雨もあり戦いは長期化した。救援に来た梁の智将・韋叡は、増水に乗じて戦艦を走らせ、北魏が掛けた橋を焼き払った。大混乱に陥った北魏軍は十数万の死者を出して敗走した。
530 ダラの戦い サーサーン朝ペルシアの大軍を東ローマ帝国のベリサリウスが破った戦い。ベリサリウスはあえて要塞から出て敵の攻撃を誘うと共に、壕を掘って相手の中央突破を防ぎ、伏兵を巧みに使って撃破した。その後、ベリサリウスは中世欧州最高の名将として、東ローマ帝国の最大版図を現出させる。
627 ハンダクの戦い 初期イスラムの三つの戦いの一つ。敵対するメッカ軍に対し、ムハンマド率いるメディナ軍は数で劣ったため、ペルシャ人技術者の進言で「ハンダク=塹壕」を巡らせた。メッカ軍は初めて目にする塹壕を突破できず、メディナ攻略を諦めた。以降、アラブ世界におけるイスラムの優位が確立された。世界初の塹壕戦とも言われる。
636 ヤルムークの戦い 「神の剣」ハーリド率いるイスラム軍と、皇弟テオドロス率いる東ローマ帝国軍の戦い。砂漠の戦闘に慣れたイスラム騎兵が東ローマ帝国軍を渓谷に追い込み撃滅した。イスラム軍は、直後のニハーヴァンドの戦いを経てサーサーン朝ペルシアをも滅ぼし、ここにイスラム帝国が興隆することとなった。
732 トゥール・ポワティエ間の戦い イベリア半島から侵攻したウマイヤ朝イスラム帝国と、フランク王国の宮宰カール・マルテルの戦い。イスラム騎兵の猛攻をフランク重装歩兵が跳ね返し、撃退した。イスラム騎兵の強さを痛感したマルテルは、直属の臣下に土地を与えて「騎士」制度を創設し、これが欧州の封建制へと繋がっていった。
751 タラス河畔の戦い 西へ拡大する大唐帝国と東へ拡大するアッバース朝イスラム帝国中央アジアにおいて衝突した戦い。唐の同盟者ウイグル族に従っていたカルルク族が裏切ったことでアッバース朝が大勝した。これによって、唐の伸張は止まり、中央アジアイスラムに帰し、そして製紙法が西方に伝播した。
1098 アンティオキア攻囲戦 第一回十字軍は、半年以上の攻城戦の末にアンティオキアを陥落させたが、遅れて到着したイスラム諸国連合軍七万によって逆に包囲されてしまう。しかし「聖槍」の発見で士気を高めた十字軍は、城外に打って出てイスラム軍を打ち破った。次の年にはエルサレムを陥とし、まさしく奇跡的に十字軍成功に終わった。
1141 カトワーンの戦い イスラムセルジューク朝を復興させたサンジャルと、遼の再興を掲げて中央アジアに覇を唱えた西遼の耶律大石との戦いで、西遼軍がセルジューク朝軍を包囲殲滅した。セルジューク朝は再び衰退、まもなく耶律大石も亡くなったことで西遼も勢いを失った。この戦いがプレスター・ジョン伝説の原型となったという。
1187 ヒッティーンの戦い 暑さと渇きに苦しむエルサレム王国軍に対し、イスラムアイユーブ朝サラディンは、夜通し弓矢で攻め立てて士気を挫き、野に火を放って追い詰め、壊滅させた。聖地エルサレムは再びイスラム勢力のものとなった。その奪回のために第三回十字軍、すなわちサラディンと「獅子心王」リチャードの戦いが開始される。
1212 ナバス・デ・トロサの戦い イベリア半島で争っていたキリスト教諸勢力が、教皇インノケンティウス3世の要請により連合してイスラム勢力を迎え撃った、「レコンキスタ」最大の決戦。イスラムムワッヒド朝の十二万の大軍が悠然と構えるのに対し、連合軍は猛烈な突撃を敢行。ムワッヒド軍は十万とも言われる被害を出して敗走した。
1214 ブーヴィーヌの戦い フランスの「尊厳王」フィリップ2世と、神聖ローマ帝国イングランド王国などの連合軍の戦い。フィリップ2世は北へと逃げてブーヴィーヌに陣取ると、ばらばらに追いかけてきた連合軍を到着した順に各個撃破した。脆弱だったフランスが強国として台頭し、またイングランドで大憲章が成立するきっかけともなった。
1241 モヒの戦い バトゥ率いるモンゴル帝国の遠征軍に対し、ハンガリー軍は堅固な陣地を築いて健闘したが、モンゴル軍はイスラムの投石機と中国の火薬兵器で攻撃を加え、さらに周りこんだスブタイの軍によって包囲殲滅した。同時にリーグニッツでもモンゴルの別働隊が勝利していたが、オゴタイ・ハンの死を聞いてバトゥは引き返した。
1260 アインジャールートの戦い モンゴル帝国西アジア遠征軍と、イスラム勢力のクトゥズやバイバルスの戦い。先鋒のバイバルス軍が退却を装い、それを追撃したモンゴル軍は、伏兵のクトゥズ軍に包囲されて壊滅した。モンゴルの西進はここで止まった。バイバルスはその後もモンゴル軍に勝ち続け、マムルーク朝実質的建国者となった。
1267 襄陽・樊城の戦い モンゴル帝国のクビライ・カンは、入念な準備の上で襄陽と樊城を大軍で包囲、長大な土塁を築いて封鎖した。南宋の主力軍十万が救援に向かったがモンゴルの水軍の前に完敗した。中東由来の新型投石機「回回砲」による攻撃が開始されると襄陽・樊城は為す術なく降伏した。この敗北は南宋の滅亡を決定付けた。
1346 クレシーの戦い イングランドフランス百年戦争における初期の決戦。イングランド軍は斜面にV字に長弓部隊を並べ、中央に下馬騎士を置いた。フランス軍クロスボウは射程の違いで長弓に対抗できず、重装騎兵も敵軍を突破できずに惨敗した。その後、百年戦争の終盤まで、イングランドは同様の戦術で勝利を収めていった。
1363 鄱陽湖の戦い 中国・元末の群雄である朱元璋と陳友諒の戦いで、それぞれ数十万人規模の大船団同士が激突した。大型の艦を鎖で繋いでいた陳友諒軍は、朱元璋が特攻させた火船によって大炎上して敗北した。この勝利により優位を確立した朱元璋は後に明の建国者となる。三国志演義における赤壁の戦いの描写はこの戦いがモデルだという。
1402 アンカラの戦い ニコポリスの戦いで欧州連合軍に圧勝したイスラムオスマン帝国の「雷帝」バヤズィトと、モンゴルの後継を自称して大帝国を築いたティムールが激突した戦い。結果、オスマンが敗れてバヤズィトは捕虜となり、日の出の勢いだったオスマン一時的に衰退した。ティムールもこの戦いを最後に生涯不敗のまま亡くなった。
1410 グルンヴァルトの戦い ポーランドリトアニア連合軍ドイツ騎士団が戦った、中世最大とも言われる会戦。リトアニア軍の偽装撤退に誘い込まれたドイツ騎士団は、連合軍の反攻によって壊滅した。この勝利のあと、ポーランドリトアニアは欧州最強国として最盛期を迎える。現代では古戦場跡で行われる祭りが有名。
1420 ヴィトコフの戦い ヤン・ジシュカ率いるフス派と、それを鎮圧するために結成された10万の十字軍の戦い。フス派は包囲されプラハに立てこもったが、欧州で初めて銃を装備し、武装した荷車をつなげて砦とするなど、革新的な戦術を用いたジシュカの活躍で、十字軍は撤退に追い込まれた。以降もフス派は勝ち続けていくことになる。
1450 フォルミニーの戦い 他国に先駆けて常備軍を創設し、長弓より射程の長い大砲を活用するなどの軍政改革を行ったフランス元帥リッシュモンは、百年戦争で負け続けだったフランス軍を立て直してイングランド軍を撃破した。このフォルミニーでの勝利は、百年戦争におけるフランスの勝利と、そして以降のフランス軍事的優位を決定付けた。
1453 コンスタンティノープルの陥落 東ローマ帝国首都にして史上最強城塞都市と、それを包囲したオスマン帝国軍の戦い。「ウルバンの巨砲」「艦隊の山越え」といった大仕掛けにも耐えたコンスタンティノープルだったが、施錠を忘れていた通用口からオスマン軍に侵入され、あえなく陥落した。古代から続いたローマ帝国は中世と共に終わりを迎えた。
1503 チェリニョーラの戦い 二次イタリア戦争におけるスペインフランスの戦い。レコンキスタにおいて攻城戦の経験豊富だったスペイン軍指揮官ゴンサロは、野戦に攻城戦の技術を持ち込んだ。長槍兵と銃兵の陣形「テルシオ」と塹壕の組み合わせによって、フランスの重装騎兵を打ち破り、欧州に野戦築城の有効性を知らしめた。
1514 チャルディラーンの戦い イスラムサファヴィー朝建国者スマーイール1世は神がかり的な戦争の天才だったが、対するオスマン帝国のセリム1世は鉄砲と大砲を大量に運用して、不敗の騎兵「クズルバシュ」をさんざんに打ち破った。初めての敗北を味わったイスマーイール1世は無気力となり、サファヴィー朝の拡大は停滞した。
1588 アルマダの海戦 黄金時代スペインイングランドが迎え撃った戦い。接舷攻撃を企図するスペインの大艦隊に対し、ドレイク率いるイングランド海軍はヒットアンドアウェイの砲撃戦で勝利した。以降、海戦の主役は白兵から大砲へと移っていく。スペイン没落の画期とも言われるが、実際にはスペインの優位はしばらく続いた。
1619 サルフの戦い 女真族を統一したヌルハチ率いる後金軍と、その討伐に差し向けられた明軍の戦い。圧倒的に数で優る明軍は、四手に分かれて後金を包囲しようとしたが、全く連携が取れておらず、ヌルハチの見事な内線作戦によって各個撃破された。後金はやがて清となり、明を滅ぼすことになる。
1631 ブライテンフェルトの戦い 三十年戦争に参戦したスウェーデン王グスタフ・アドルフと、ティリー伯率いる神聖ローマ帝国軍の戦い。グスタフ・アドルフは歩兵・騎兵・砲兵が緊密に連携する「三兵戦術」によって、神聖ローマ帝国軍のテルシオを完全に打ち破った。この三兵戦術が近代的な軍制の基礎となる。
1683 二次ウィーン包囲 オスマン帝国は15万の大軍をもってオーストリア首都ウィーンを包囲したが、要塞化された都市は容易に陥落しなかった。キリスト教諸勢力は連合して救援に向かい、特にポーランドが誇る有翼重騎兵「フサリア」3000騎の中央突破によって、オスマン軍は大敗した。オスマン帝国の衰退を決定付ける戦いとなった。
1704 ブレンハイムの戦い スペイン継承戦争において、イングランドマールバラ公とオーストリアプリンツ・オイゲンの名コンビが、フランス軍を打ち破った戦い。開戦後、しばらくは一進一退が続いたが、マールバラ公はオイゲンと連携して粘り強く戦い、フランス軍の両翼を釘付けにした上で手薄になった敵中央を突破して撃破した。
1709 ポルタヴァの戦い 北欧の覇権を握ったスウェーデンをめぐる大北方戦争最大の決戦。スウェーデンの若き天才カール12世は、並み居る敵国を瞬く間に撃破し、残るロシアに攻め込んだが、寒さと焦土作戦により疲弊、ポルタヴァで大敗を喫した。カール12世はオスマン帝国に亡命し、スウェーデンの「大国時代」は終わりを迎えた。
1757 ロイテンの戦い 七年戦争プロイセンの「大王」フリードリヒ2世とオーストリア軍の戦い。斜めに行軍して敵の側面に回りこみ火力を集中させる「斜行戦術」により、プロイセンは倍する敵に勝利した。その後も、イギリス以外のすべての国を敵に回した状況で、フリードリヒ大王は粘り強く戦い抜き、七年戦争プロイセン優位に終わった。
1781 ヨークタウンの戦い アメリカ独立戦争。チェサピーク湾の海戦でフランス海軍に敗れたことにより、ヨークタウンに篭もるイギリス軍に支援は届かず、彼らはアメリカ軍に包囲された。イギリス軍は幾度かの抵抗の後に降伏し、この戦いが事実上の終戦となった。勝利の立役者となった総司令官ワシントンは、のちに初代大統領に選ばれた。
1805 トラファルガーの海戦 欧州を支配し、イギリス本土へ侵攻せんとするナポレオンと、名提督ネルソン率いるイギリス海軍の戦い。敵列の側面に縦列で突入する「ネルソンタッチ」によりイギリスが勝利、ナポレオンの計画は頓挫した。勝利したネルソンは、しかし狙撃により重傷を負い、「私は義務を果たした」と言い残して亡くなった。
1805 アウステルリッツの戦い フランス皇帝ナポレオンと、オーストリア皇帝・ロシア皇帝が戦ったために、「三帝会戦」の異名がある。ナポレオンの正確な洞察と完璧な機動により、数で劣るフランス軍が大勝利を収めた。あえて要地を明け渡し、機を見て奪回することで敵を分断する、その華麗な用兵は「戦争芸術」と讃えられた。
1819 ボヤカの戦い 南米を植民地とするスペイン軍と、それからの独立を目指すシモン・ボリバル率いる革命軍との戦い。わずか三時間で革命軍の勝利に終わったが、南アメリカ諸国の独立を決定づける重要な戦いとなった。敗れたスペインは彼らの独立を承認し、ボリバル大統領とした大コロンビアが誕生することになる。
1863 ゲティスバーグの戦い 「鉄道と電信の戦い」となったアメリカ南北戦争、最大の決戦。鉄道と街道が集まる要衝ゲティスバーグを巡り、偵察部隊の小競り合いが発生。増援を送りあって戦闘はみるみる拡大、両軍に多大な損害を出して終わった。国力に劣る南軍にとっては、より大きなダメージとなり、名将リーが計画した北部侵攻も頓挫した。
1870 セダンの戦い 国民皆兵制と鉄道による大規模かつ迅速な動員、参謀幕僚制と電信による戦略レベルでの分進合撃戦術により、参謀総長モルトケの指揮するプロイセン軍が、フランス皇帝ナポレオン3世と十万のフランス兵を捕虜とした戦い。これにより邪魔者を排除したプロイセンは、「鉄血宰相」ビスマルクのもとでドイツ統一を成し遂げる。

2015-09-20

ヒトラーはなぜ英雄と呼ばれなかったのか

ナポレオンのほうが人殺しまくってるように思えるんですけど…

2015-08-16

ナポレオンの村ってドラマひどすぎ

実家帰省中で初めて見たけどいろいろひどすぎ。

今日のあらすじ。

田舎舞台で都会の女性呼んで婚活パーティやった。

でも、参加した地元の男どもがマナーとかデリカシーなさすぎ(トイレに虫がいて嫌がってる女性を後ろから押して面白がる・嫌がる女性肩にでっかいヒキガエルをのせる等)て、女性陣をぶちギレさせた。

その後女性のひとりが激流アクセサリー落としてピンチ!ってところで、男どもがここぞとばかりに奮闘して救出!

その心意気(笑)を見て、女性陣はころっと態度を変えて仲良くごはんを食べる♪

極端にバカっぽく描かれる田舎の男への偏見と、あまりにもテンプレすぎる展開と手のひら返し

村をつぶそうとするあからさまでテンプレすぎる沢村一樹市長。これを面白いと見ている親にもがっかりしたわ。

割とマジで深夜アニメと大差ない低レベルで幼稚な内容。

テーマシリアスさを扱いきれてない。

唐沢寿明が出てるから面白いのかなと抱いた淡い期待を返せ

2015-07-15

下町ナポレオン

ナポレオンはこの場合、人物ではなく、酒のこと。

高価なので誰でも飲めるものではない。

なので、安くておいしい酒を「下町ナポレオン」と例えたわけ。

もー今物知らない奴ばかりでイライラする!

文系がいらないだと!

それはお前が物を知らないことを知らないからだ!!

2015-06-09

私はナポレオンの生まれ変わりです、とか私は宇宙人交信できますとか言う奴はキチガイ認定して差し支えないのに

私は霊感ありますとか言う奴は受け入れないといけない風潮なんなの?

2015-05-16

橋下徹大阪都構想行方

橋下徹ナポレオンだと思う。

彗星のように現れ、劣勢を跳ね返し、破竹の勢いで連合軍を破り、大帝国を作った。

大阪都構想が人気絶頂ときだったら、ナポレオン皇帝位につくために国民投票をしたこととすごく似たのだろう。

その政策が正しいかどうかは別として、民主的手続きを取っている。

ところが、民衆は、結局自分生活がよくなるのかどうかしか興味が無い。

そりゃそこに住む人間の心情としてはそうなんだろうけど、大阪財政破綻寸前の赤字団体なわけで、より大きな飴をくれるほうに賛成しているようじゃ、先はない。

大阪都構想は否決される。

そして橋下徹市長任期終了と同時に引退すると思う。

エルバ島に流されたナポレオンのように。維新江田のものになる。

そしてナポレオンのように、舞い戻る。

たぶん、そのときこそは国政に。

でも、百日天下にはならない。次こそ徹底的に潰されるだろう。

橋下徹手綱をつけられないことは既に実証済みだ。

そんな人材を内に取り込みたがる政党はない。

でも、大阪都構想が否決されようと、橋下徹が潰されようと、彼の思想は消えないんじゃないかと思う。

ナポレオン革命の気運を輸出したように、地方自治の動きは活発化するだろう。

2015-05-12

ナポレオンみたいな匂いフェチ風俗ってあるんかなーって思ったら本当にあってわろた

2015-04-17

世界史人物概覧

世紀
前6 孔子(前551儒教の祖)
孫子(前544・『孫子』著者)
前5 釈迦(?・仏教開祖
ヘロドトス(前484・歴史の父)
ヒポクラテス(前460・西洋医学の父)
プラトン(前427・哲学者
前4 アリストテレス(前384・万学の祖)
アレクサンドロス大王(前356・マケドニア王)
前3 アルキメデス(前287・古代最大の数学者
始皇帝(前259・最初中華皇帝
劉邦(前256・漢の高祖)
ハンニバル(前247・包囲殲滅戦術確立
前2 司馬遷(前139・『史記』著者)
前1 カエサル(前100・ローマの終身独裁官
ウェルギリウス(前70・ローマ最大の詩人
オクタウィアヌス(前63・ローマ帝国の初代皇帝
イエス(前4・キリスト教開祖
1 プトレマイオス(83・天文学者
2 ガレノス(130・古代医学確立
張仲景(150・医聖)
曹操(155・三曹の一人)
3
4 王羲之(303・書聖)
アウグスティヌス(354・古代最大の神学者
5 アッティラ406・フン帝国の王)
6 ムハンマド(570・イスラム教開祖
李靖(571・『李衛公問対』)
李世民(598・唐の第2代皇帝
7
8 アブー・ムスリム(700・アッバース革命立役者
李白(701・詩仙)
杜甫(712・詩聖)
カール大帝(742・フランク王国
9
10 フェルドウスィー(934・『シャー・ナーメ』著者)
イブン・ハイサム(965・光学の父)
イブン・スィーナー(980・アラビア医学を体系化)
11
12 朱子1130・儒教の中興者)
サラディン1137・アイユーブ朝開祖
インノケンティウス3世1161・教皇権最盛期のローマ教皇
チンギス・ハン(1162・モンゴル帝国の初代皇帝
13 トマス・アクィナス1225・『神学大全』著者)
ダンテ1265・イタリア最大の詩人
ジョット(1267・西洋絵画の父)
14 羅貫中(?・『三国志演義』『水滸伝』編者』)
イブン・ハルドゥーン(1332・『歴史序説』著者)
ティムール(1336・ティムール朝建国者
ヤン・ジシュカ(1374・マスケット銃を使用)
グーテンベルク(1398・活版印刷発明者)
15 ジャンヌ・ダルク(1412百年戦争聖女
コロンブス(1451・アメリカの再発見者)
ダ・ヴィンチ(1452・万能の天才
ヴァスコ・ダ・ガマ(1460・インド航路開拓者
マキャヴェッリ(1469・『君主論』著者)
ミケランジェロ(1475・芸術家
マルティン・ルター(1483・宗教改革
スレイマン1世(1494・オスマン帝国最盛期の皇帝
16 エリザベス1世(1533・アルマダ海戦に勝利)
セルバンテス(1547・『ドン・キホーテ』著者)
ガリレオ(1564・科学革命の中心人物)
シェイクスピア(1564・イギリス最高の詩人劇作家
グスタフ・アドルフ(1594・三兵戦術確立
デカルト(1596・合理主義哲学の父)
17 ルイ14世(1638・絶対王政最盛期の王)
ジョン・ロック(1632・イギリス経験論の父)
ニュートン(1642・科学革命の中心人物)
康熙帝(1654・清の第4代皇帝
バッハ(1685・音楽の父)
18 オイラー1707・数学者
曹雪芹(1715・『紅楼夢』著者)
アダム・スミス1723・経済学の父)
カント1724・哲学者
ワシントン1732・アメリカ初代大統領
ワット1736・蒸気機関の改良)
ラボアジェ1743・近代化学の父)
モーツァルト1756・音楽家
ナポレオン1769・初代フランス皇帝
ベートーヴェン1770・音楽家
ガウス1777・数学者
クラウゼヴィッツ1780・『戦争論』著者)
スチーブンソン(1781・鉄道の父)
ファラデー(1791・電磁気学の父)
バベッジ1791・コンピュータの父)
19 ダーウィン(1809・進化論提唱
ポー(1809・ミステリの父)
マルクス(1818・共産主義提唱
ヴィクトリア女王(1819・帝国主義最盛期の女王
パスツール(1822・近代細菌学の父)
ヴェルヌ(1828・SFの父)
モネ(1840・印象派の祖)
ロダン(1840・近代彫刻の父)
エジソン(1847・発明王
フォード(1863・自動車大量生産
ライト兄弟(1867・飛行機発明
アインシュタイン(1879・相対性理論を発表)
ピカソ(1881・画家
ケインズ(1883・マクロ経済学確立
グデーリアン(1888・電撃戦確立
ヒトラー(1889・ナチス指導者
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