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はてなキーワード: 連帯とは

2017-03-11

ガラスの壁

男の俺から見た一般論なんだけど、

女性人生について「ガラス天井」ってよく言われてて、要するに能力があっても出世できないということなんだけど、一方で、男性にはない多様性女性生き方にはあるとも女性自身から聞く。これはつまり、上には行けないが横方向には広がっていけるということなのではないか。「横方向」だから多様性がありつつも連帯ということが成り立つ。



これに対して男性は、女性のような「ガラス天井」はないものの「ガラスの壁」があるために横へは行けず、社会的には上昇するか堕ちていくしかなく、言い換えれば移動方向が上下しかないってことだから、結果として連帯ではなく競争序列になってしまう。だから女性と比べたら生き方多様性がなくなってしまうのではないか



とか考えてみて、自分の生きづらさをガラス隠喩表現するとこんな感じだが、まあ要するに、社内政治とかすごいやだなー、とか最近思ったもので、どんな小さな組織でも人が集まれ政治が発生してしまうのは驚くばかりだ。

というわけで、人間は嫌いじゃないけど人間の集まりは苦手だな、と自分についての発見があったので記録したかった。

あと、10とか20とか年上の女性からもてることがほぼ確定した。なぜだろう。

2017-03-10

くだんのリベラル私的メモ

この問題はいろいろな意見があって面白かった。メモ的整理

大別

1直接の批判リベラル視点からの)

2この批判に対する批判

トランプ否定的にとらえた上でのトランプ支持者と断し、今後の日本を憂う

コメ主を救うべき対象としてみようという考え方

(前提として脱線トランプは本当にそういった人々からしか支持されていなのか。トランプの良い面は全く見ないようにしているかのように見える。)

htnmiki 良い悪いとは別に、この問いを無視することはトランプ誕生に繋がるよね。衣食足りて礼節を知る、貧すれば鈍する理屈じゃない

→このコメント問題を正しく捉えようと言っている。

同時にこのコメ主が貧して鈍じたとも言っているようにもとれる。

解決策を提示はしておらず、トランプ当選ネガティブと捉えている。

rgbv お前らが結婚もできず子どもも作れず必死に働いてるのは外国人がいるせいなの?追い出したらトントン拍子に結婚できて子ども授かって給料うなぎ上りになんの??日本死ねって叫んだ方が健全なんじゃないの???

リベラル感情面だと思った。

リベラルバカが嫌いだ。バカ特に合理的でないことや非論理的な事など。

コメ主の言ってることはただの逆恨みだ!と言っているが、嫌いという感情によって批判しているため、他のコメントによって感情によって批判したことを批判されている。

また、バカを掘り下げて精神貧困や、貧困によって引き起こされる問題と捉えることによって庇護対象として組み込もうというコメントもみられる。

yunitaro 典型的認知の歪み。貧困から家庭を持てないならそれは経済政策の失敗であり行政責任。責めるべきは政府であって外国人ではないし、明後日の方向へ抗議をしているか行政も変わらない

リベラルからみたら全くもって正しい理屈だが、その実、対象者精神的or知性的貧困者)の思考に即していないことを指摘されている

「責めるべきは政府であって」政府をどう責めるべきなのかを補足してコメ主と語り合ってほしい

→これに対する批判

netonlinejob ブコメの「経済政策の失敗であり行政責任」とか言い出したら、外国人排斥政策を支持する政治家が台頭するだけだと何故わからないのだろう? 認知の歪みという指摘は逆ではない

政治転嫁した場合、己が(リベラルからしたら間違った考えをもっている人間)がそもそも自分の考えが間違っているという前提に立たないだろうという当たり前の示唆。実際に思考実験するとおそらく正しい。

自己責任論 ※重要キーワード キモくて金のないおっさん

lcwin この意見自己責任論とせずにうまく寛容とリベラリズムに沿ってゆるく導く発言をすることが今求められていることかもしれないんだよなあ。本当に難しい。


hanyan0401 「結婚出産もしようと思えばできる」という自己責任論に、弱者男性、いわゆる「キモくて金のないおっさん」が、「金のないフィリピン国籍妊婦」ほどには弱者として顧みられないという現実垣間見ました。

augsUK ここに自己責任論なんだ。救うべき対象の選別をする権利が欲しい人が一定数いるなあ。さらに、救われない対象を叩くことを楽しむ人が主流派になってる。

→この人のを自己責任として切り捨てるのはちがうのではないかというリベラル内省垣間見られる。では自己責任とは、何が自己責任なのか。コメ主が置かれている現状がってことなのだろうか。おそらく違う。リベラル自己責任として切り捨てるのは「知性のなさ」だ。自分は頭がいいと思っていて、バカ自分改善されるべきものという思想根底にあるのかもしれない。

キモくて金のないおっさん擁護

kirifuu これを自己責任で切り捨てるのが今の日本現実からなぁ。セーフティネットと言っても難しいのだけど、あざ笑ったり叩いたりするような発言ではあるまいよ。

kasugano ここに自己責任論が出てくるの本当に地獄だよな。異性獲得弱者のオッサン相手になら何言ってもいいと思ってる連中がワラワラと湧いてくる

awkad まさに「キモくて金のないおっさん問題キモくて金のないおっさんは誰も哀れまないし、救われない。「自己責任だろ」を浴びせ続けられる。そしてどんどん歪んで沈んでいく

shira0211tama 問題切り分けるべきが正論かもだけど切り分けると自己責任論で各個撃破されるんじゃ? これだけ他を引っ張って来ないと辛いと言えないし、これだけ引っ張ってもボコボコにされる闇

dongdeng 弱者の味方を自称するリベラルがなぜキモい金のないおっさんに寄り添わないのかわからなかったが、人気のブコメを見ると差別を行なってる仮想敵に無条件に見下せるおっさんを置いてるからなのかなと思った

→確かに、、、どうやらリベラルどもには、救うべき対象者は、経済的に貧している人間であって、知性的、あるいは精神的に貧困している人間は救う対象にはなりにくいようだ。それはリベラルアイデンティティベースにの批判」があるからかもしれない。そしてその批判対象知性的貧困をするのが手っ取り早いからだろう。


自己責任論に対する批判

CelestialFire 努力すれば結婚できるなら誰も困らないんだけどな。普段自己責任論を心底嫌ってるくせして、「キモくて金のないおっさん」には平気な顔して自己責任論を押し付けてくるリベラルダブスタはいい加減うんざり


cloq 貧乏自己責任論者の頬を金でひっぱたいて黙らせろ案件

sds-page 無自覚自己責任論者

→結果、こういうダブスタと言われるような批判さらされる。


danaca この人を叩いてるはてブ民を見ていると、はてブ民は弱者の味方ではない事がよくわかるよね。はてブ民は「助けたいと思える綺麗で気持ち悪くない弱者」を助けたいだけで、決して弱者の味方ではない。

→ここでいう「気持ち悪くない」というところがやはりダブスタと言われる所以だろうし、リベラル内包する自己矛盾かもしれない。


そもそもコメ主はなぜ「キモくて金のないおっさん」なのか

(先に断っておくが、彼はとても偉いと僕は思っている。これだけ批判されているのを認知しておいて、自分コメントを消していないのだから

dj_superaids 結婚もできず子どもも作れず、と必死に働いてるの相関関係理解できなかった。かわいそうだな、とは思った。

→この指摘のとおり本来相関はない。だが文章の読み方を逆にしてある補語を補うと、「必死に働いているのに、結婚子供を持てるほど稼ぐことができない貧困にある」

という彼の中では実際に因果が生じているのかもしれない。

しかし、ここまでは金銭的な貧困だ。

しかし、フィリピン人批判することと結びつけることで、知性的精神的な貧困になった。なぜコメ主はそのような結びつけをしたのか。


kirifuu 結局救われる優先度の最下層に自分がいるって自覚がこの発言を生んでるんだろう。この発言を叩くのは簡単だがそれは割と社会として末期的だと思うね。

→このコメントの言うとおりだとすると、他の層が見えていない問題。これだと根深

T_Tachibana 主 語 が で か い 。 金が無い事と結婚出来ない子供が作れない事はイコールじゃないって本当は気がついてるんでしょ。

crapman 一切同意できないがこの叫び理由を考える必要はある。世代別の保有資産を見てもわかるけど、日本若者世代世界一相対的に金がない。世代間で分配が進んでないという叫び。だがフィリピーナにあたるのはよくない

→本当だとしたら興味深い話だ。


totoronoki あの人を救ったら次はおれの番だ、じゃないんだよな。他人が救われても自分絶対他人の手によって救われないという確信があるから露悪的になれる。

→なるほど。その確信はどこから来るのか。なぜ来るのか。

baikoku_sensei 弱者同士は連帯せず、自らの待遇改善より他人改善を妬むのが現状。全体の格差是正より「俺たちを優遇しろ」の声を拾い上げ、扇動して支持を集めたのがヒトラーやらトランプなので、感情論を持ち込むべきではない


→慧眼なのに感情論を持ち込むべきではない、という結論ではなぁ。わかり合うためにはどうすべきかを提示してほしかった

tGsQqV この発言をした人が困っていることと、この外国人女性が困ることにまるで因果がない。 例えば、自分が別の理由で本当に困ったとき他人から難癖つけられて適切な手当てを受けられられなったら…なんて考えないの?

→実に正しくリベラルチックな考え方に見えた。


mamezou_plus2 子供作って生活保護受給すれば良いじゃん?何故出来る事をしないのに僻むのか?結婚も子作りもやろうと思えばできるよ?幸せかどうかや自分基準を満たしてるかは別として。

→それは違うんじゃないか社会構成する一員として、自覚をもってる面があって、それだからこそのフィリピン人への妬みだとか恨みになってるわけで、それを取っ払えばいいじゃん?って言っちゃう社会崩壊するわけだから、彼の我慢社会の安定に資するところであることは評価しなきゃ

そもそもそういった自覚人間社会的動物として成り立つようになったDNAに刻まれている感情でもあるようだし。

・・・なんか気になるコメント抜粋しながら書いてたら、支離滅裂になってきた。整理になってねーな・・・・いったん寝るか

2017-03-07

感情移入よりキャラ面白さだけで興味をひいたのがドラゴンボールなら、仲間意識連帯感などで気を引いたのがワンピース

後者感情移入の部分で読者を獲得しようとした。

感情移入を仕組みとして取り入れるには共感性を獲得することが大事で、共感性のターゲットは研ぎ澄ませば研ぎ澄ますほど狭くなりがち。

マイヤンが刺さる人にはワンピはいいけど、マイヤンが鼻につく人にとってワンピ唾棄すべき存在なわけで。

そこで共感できる普遍的感情を入れてくるわけだけど、普遍的感情ってわかりやすければわかり易いほど陳腐化してしまう。

なにが言いたいのかといえば、感情移入ってターゲッティングありきのテクニックだってこと。

なのでシナリオの各所に移入箇所を散りばめることはできるのだけど、ターゲッティングされていない、

普遍的感情移入があまり考慮されていない今敏アニメを見て感情移入できない、なんて意見を述べてしまうのは、

メロスを読んだけど走って王にあって友人と再会するだけじゃん、何が面白いの、と言ってることとそう変わらない。

2017-03-04

アニメとか安い自己発信型コンテンツキュレーション含む)とか精神障害コンテンツ(今のタームは発達障害)とか20年前に比べて娯楽マジ金がなくなった。漫画雑誌も無理に買わなくて良くなったし(違法という意味ではない)。興味のない人が犯罪心理哲学を援用した談義でナハナハ言ってた頃はまだ金あった。その前のドリフプロレス全盛の時代もっともっと金があった。金の分だけ情熱があったのかもしれない。アニメ自己発信コンテンツ根本的な変革がなければジリ貧でより貧乏ったらしいものに変容していくんだろうけど、発達障害の人々は自分自身コンテンツに変え、理解を得られようとし、実際理解を得ていくんだろうが、大多数の人々は燃え尽きてしまうと思う。「ゲームオーバー後の人生」とよく言われるように、終わったという感覚を引きずって別のタームを見つけていくのだと思う。でも終わらないので辛いですね。

音楽楽器が(ハードソフトウェアも)べらぼうに価格が下がったので参加障壁ものすごく下がった。痛い思いしなくてもパッドさえ叩いていれば音楽っぽいものが出来るからテクニック的にも敷居が低い。その代わり、異常なほど狭いスモールサークルな場がいくつも出来上がり、その中で各世代や同系統のスモールサークル同士が上手く連帯したり、いがみ合ったりしていて、まだちょっと健全だと思う。ただ、金にならないだけ。成功願望も金というところに着地しない人が増えてきたし、慰みの文化としてはちょうどいいのかも。承認欲求丸出しな殺し合いも見られるからネットプロレスとしてもちょうどいい。

添削なし。書捨て。

2017-03-03

http://anond.hatelabo.jp/20170303115753

そうやって男が悪い、女性連帯する必要なんてないと言い続けるの?

フェミニズムは一人一派だから共闘なんかしたくないって?

そんな態度でどうやって男尊女卑を打ち崩すの。

結局白馬王子様的な善良な男が現れて解決してくれるのを待つの

2017-02-27

普通」の社会に過剰適応しないでほしい

残業規制にまつわる借金玉氏の言説に非常にモヤモヤしていた。というか、この頃考えていたことをまとめる良い機会になったので書いてみたい。


私もADHD自己診断をするとそれなりの数の症状に該当するうっかり者ではあるものの、たぶん薬を処方されるレベルではない。それでも例の「出力が安定しない」問題は大いに共感できる。

しかし私は効率が悪いながらに懸命に勉強し、「いい大学」に入り、希望の会社に就職した。効率が上がらないグズであると同時にそこそこの努力家でもあったと思う。とにかくここまでは良かった。

就職先では私と同じ職域の女子社員が極端に少なかった。ここで私は自分が「優れた女子なのだ勘違いした。

優れた女子なのだから、当然男の同僚とも対等に渡り合えるはずだ。むしろ女子の方が応募に対して選抜数が少なかったのだから、大半の男連中よりは優秀なつもりだった。男性より気が利くんだから、その分有利なはずだとさえ思っていた。

ある意味ではそれはその通りで、研修中の成績も上位に食い込み、周りからは大いに期待され、ここでもまた希望部署へ配属された。

問題はそこから。男の同僚連中は何かあればしょっちゅう深夜3時の残業明けに上司と一杯ひっかけてから帰る。すると次第に彼らの間にはなんとも言えない友情が芽生えていく(ように見えた)。そして年度末の評価や配置に微妙な影響が出る。もしも私に悩みがあったとしても日中の別室に上司を呼び出すしかない。そして上司の貴重な業務時間を圧迫し嫌な顔をされる。女の上司はいないし、いたとしても深夜3時に一緒に飲んでくれるわけがない。

私の気持ちだんだん腐っていった。

とにかく仕事残業まみれで、残業した方がえらい風潮の職場だった。土日も全部仕事に使うやつがえらい、責任感がある。えらい。

それでも数年間は私も皆と同じように働いて、深夜にラーメンを食べに行ったり雀荘に行ったりする男連中を横目に帰宅しギンギンに冴えて空回る頭を持て余しながらなんとか数時間眠ってまた働くという生活をしていた。しかしついには生理が止まり睡眠障害摂食障害がどうにもならない状態となり、30を数える前に死体同然の状態になってしまった。私は負けたのだ。

そこでようやく、私は自分と同じ仕事を選ぶ女性が極端に少ない理由が分かった。

こんな所で勝負しても、割りに合わないのだ。

私は自分が選ばれた人間だと自惚れて、戦ってはいけない場所にかじりついて死んだのである

正直言ってこうなる前は、仕事はそこそこに結婚して家庭を大事に…なんて人生はつまらないと思っていた。今となっては、そういう人生の方が100倍幸せだったに違いないとも思うが、排卵の止まってしまった私にはもう手に入らない可能性が高い。二兎追うものはなんとやらで、そっちの「普通」も今の私には望むべくもないのだ。何度考えてもまだそのことはまだ整理がついておらず、心がヒリヒリする。


とにかく、会社は男が作った場所から、男に有利にできている。同じように、健常者が作った場所から障害がある人には不利にできているとも言えるだろう。

普通」に仕事をするのが難しい人たちに言いたい。無理して「普通」の土俵勝負する必要なんかないはずだ。どこまでいっても、体力があって健康で育ちのいい人が勝つ。無理して心身をズタボロにしたりして、そんな自分だけを肯定するのはやめた方がいい。

自分人生を「普通」の人と同じ価値観断罪して、無価値だと思ったり、失敗したなんて思わなくていいはずだ。苦労するのが当たり前だなんて思わないでほしい。

そういう意味で、私は会社員残業規制に反対する人には反対だし「じゃあ死ねっていうのかよ」って言う人に考え直してほしい。残業がないと死ぬって言っている人たちは、もし自分残業できない体になったら自分死ねって言うのだろうか?そうであってはほしくない。

適応できない理由がなんであれ、弱者区分することほど愚かなことはない。私たちは何者であれ、「普通からはみ出ている者であるという一点で連帯し、互いの事情を汲んで居場所を作り、食い扶持を探し、多様性を許す社会、再配分する社会を求めていかなくてはいけない。そうしない限り、社会私たちにとって苦しい場所のままだ。そのためにはまず、既存価値観人生の成否を決めないことが必要だろう。当時の私みたいに自分だけは特別なんだなんて思いながら死ぬほど苦労して「名誉強者」たらんとすべきではない。それは立派なようでいて、安直で愚かな道だ。そういうことを、少しでも多くの人に考えてもらいたい。

そんなことを思いました。

2017-02-21

http://anond.hatelabo.jp/20170221112031

ある言語の話者はいくつかの言語変種習得しており、TPOによって言語変種を使い分けているのが普通である

言語変種集団への帰属意識連帯感、自己アイデンティティなどに関連すると考えられている。東京において偶然出会った同郷出身者同士は同じ地域変種で話すことによって連帯感を育むのがその例である

2017-02-19

管理職研修 ブラック

某所でブラック研修を受けた

その中身を書く

場所

会社ではなく、別の研修施設。泊まり込みで行う。

俺の場合は最寄り駅から徒歩1時間程度。

日常演出するため。

宿泊は一人部屋ではなく、複数人が一部屋になることが多い。

内容

座学

精神論が中心。

やる気と気合があればなんでもできるみたい。

修了条件

一定試験クリアしないと修了しない。

素読

企業理念電通鬼十則のような文章を全力の声で音読

暗証しないとクリアできないが、暗証中は講師視線を合わせないといけない。

反抗的な態度の相手には視線を外したと言いがかりを付けて認定しない。

運動

体操筋肉痛になるレベル。穴掘りや行軍を課す場合もあるそう。

恐怖で支配

大声で恫喝人間て、恐怖で支配されると思考しなくなる。

最初

会社上司から、全権委任されている。生殺与奪自分にある。

途中で研修放棄するということは業務命令違反から、帰るんなら辞表を書け」

と釘を刺される。

反抗的な返事をすると、大声で恫喝する。

恫喝すると同時に「なんだその目は」

文句があるなら帰れ、金なんて返す」

思考停止

朝は早朝、夜は深夜まで。

睡眠を奪うことと運動思考力を停止させる。

座学中に大声で相槌を要求。できないと恫喝

質問には解らなくても挙手を要求。できないと恫喝

指名され、返事ができないと恫喝

考えずに動くようになってくる。

考えられないから失敗すると恫喝

失敗すると、周りにも「なんでお前らが注意しないんだ」と恫喝

スピーチ

徹底的に自己否定させる。

取り繕うものであれば、恫喝

恫喝して、思ってもいない方向に誘導

声に出すと、「そうだったのか」と思い込んでしまう。

だいたい泣きながらスピーチさせる。

アメ

言うことを聞くと優しくなる。

そのうち、講師の顔色をうかがいだす。

最終日には最終課題として出したモノを発表させるが、その段階で上司TOPを呼んでいる。

終わったら泣きながら抱き合うなんて普通

講師とも泣きながら抱き合う。

得たもの

辛い内容をクリアしたという達成感、高揚感、仲間との連帯

まあ、すぐに元に戻るけどね

2017-02-17

http://anond.hatelabo.jp/20170216204813

十把一絡げなバカ差別を平気でやらかすブクマーも、いざ差別される立場になるといつもの弱者連帯で顔真っ赤にして反発する。

とても見苦しい。

2017-02-16

日本社会の本格的な分断はこれから来る

日本選挙において、経済的格差というのが投票行動に影響を与えているようにあまり見えない。すなわち排外主義財政拡張軍拡警察拡張、ばらまき万歳極右極左政党候補者があらわれ支持を伸ばすという欧米で起きている現象が起きていない。

維新の会民主党政権安倍政権小池百合子をこういう現象にあてはめようとする論者も多数いるが、はっきりいって彼らの間に政策面での差異ほとんどないし、彼らが社会の分断を利用して支持を伸ばしているなんてことも全然ない。

では日本社会において、経済の発展や変化についていけずに見捨てられていった人々がいなかったかといえばそんなことは当然ない。では彼らはどこへ行ったのか。それは創価学会だ。創価学会都市部において見捨てられ、コミュニティからはじき出された人々を吸収することで成長してきた。そして創価学会は彼ら見捨てられた人々を公明党を通じて穏健保守勢力に変換してきたといえる。これこそが日本社会が安定している最大の要因だ。

最も創価学会批判的なジャーナリスト、例えば野田峯雄のような人たちが見積もったところによると、 2010 年代日本においても創価学会員はおよそ 500 万人も存在しているという。これは日本国政選挙における有効得票数がだいたい 5000 万とか 6000 万だとかいう数であることを考えると驚異的な数で、日本の政治勢力10% 近くを占めている。

創価学会がまとめあげている勢力の 30% が欧米のように過激派に参画し、残り 70% も公明党にまとめられることがないとすれば、トランプ現象のようなことを起こすことはできないまでも、ギリシャにおいて独立ギリシャ人与党入りしたという現象ぐらいまでは起こせるだろう。

池田大作創価学会こそが日本背骨であり、自身庶民王者だなどとうそぶいていて、創価学会批判的な人々からは厳しく批判されているところだが、はっきりいって客観的に見た限りそれは事実だ。創価学会こそが日本社会底辺から支え安定させてきたし、池田大作日本におけるもっとも偉大な宗教家であり、聖人の中の聖人だといえる。池田批判的な人々は池田思想仏教ソクラテスから都合のいいところだけとってきたいい加減な思想だというが、それがなんだというのだ。ムハンマド思想ユダヤ教のいい加減な解釈にすぎない。思想の内容が問題なのではなく、池田大作という偉大な個人こそが問題なのだ

ここで問題となるのはなにか。それは池田大作自身がその事実認識していなかったということである池田自身のことを宗教政治ビジネス天才認識していても、偉大な宗教家とは思っていなかった。故に彼は大いなる過ちを犯した。彼は創価学会成功したのは、選挙活動による成功体験信者にあたえ、そしてそれによって得られる集票力を換金するというシステムがうまく回ってきたからだと認識していた。しかし実際には違う。創価学会員たちはシステムの一員なのではなく、個人資格において池田大作という偉大なカリスマと繋がりをもつことによって精神的な安寧を得ていた。

池田はこの事実をうまく認識していなかったフシがある。というのも池田自身宗教帝国を息子たちに世襲させようと企んでいた。しか池田は息子たち、すなわち城久や博正を鑑定するにおいて組織リーダーとしての資質は厳しく鑑定したが、宗教家としての資質を重視していたということは全くない。池田あくま創価学会詐欺的な政治ビジネスだと捉えていた。

もし池田大作自身聖者だと正しく認識できていれば、池田大作以後創価学会を正しくシステムとして回していくための方策をとることができただろう。しかしそうではなかったので、創価学会とは平等個人池田大作精神的な繋がりをもっているだけの人間集団であって、組織たりえなかった。そしてその創価学会放置したまま池田大作は倒れてしまった。

ここで池田博正が冷徹組織管理者として創価学会を大改革することができれば、それはそれで道はあっただろう。しか池田博正は温厚かつ誠実な池田大作信者にすぎず、その大任を果たす意思能力もなかった。

今はまだよい。惰性によって創価学会は続いている。公明党穏健保守勢力として機能している。しかカリスマ池田大作亡き(亡きといっていいいだろう、生きてるんだろうけど)今、創価学会機能を停止する日はすぐそこだ。そうなったとき日本社会の見捨てられた人々を連帯させるものはなにもなくなり、その時はじめて日本社会は本当の極右極左勢力というものを目にすることになる。

2017-02-10

[]神あるいは物語絶対的命令者―後期近代の根源的難問

この命題はこれから語られる三つの命題いちばん根本位置する第一命題である

神は存在しない。

神は存在しない。

私たち私たちの外側から定め、その実在保護してくれる神というもの存在しない。

私は私のみの神、物語絶対的命令者を信じている。

今まで神が存在したのは各々の神が一致していると思っていたからだ。

私はこの神を「表象としての神」と定義しようと思う。

しかし、私たちは神を信じる。

神は存在しない。

しかし、私たちは神を信じる、「表象としての神」を。

私たちは神を信じることで繋がることができる。

各々が各々を各々の世界繋ぎとめ、各々を各々として生かすことができる。


しかし、この連帯は時として息苦しく感じられる。

なぜなら、それは私たち可能性を封じ、まったく不自由ものにするからだ。

私たちは神を殺して自由になった。

そのため、私たちはこの連帯から逃れたいと思うようになった。

それは近代という神によって、考える葦という自己認識を与えられたからだ。


しかし、人々はこの知恵を授けられた瞬間に、呼吸不全になった。

今まで吸っていた連帯空気を吸えなくなり、

自由空気を求めるようになったかである

そのために、私たち個人は一致して、近代という神を自らの不信によって殺した。

私たちは虚無に解き放たれた。

私たち個人自由になった。


しかし、私たち個人造物主を失った途端に、この世界を失った。

私たち個人連帯は神を殺したときから消滅し、

私たち個人意味はなくなり、

私たち個人実在は虚無に解き放たれた。


私たち個人保護してくれる神はもういない。

私たち個人の足場はもう存在しない。

私たち個人証明してくれるものはもう何もない。


私たち個人は今、究極の虚無に、剥き出しの世界に相対している。

私たち個人は一時として安心することはできない。

から神殺しは神を求める。

から神殺しは神を求める。


私たち個人世界を取り戻すために、

失われた過去を取り返し、

約束された未来を取り返すために。

 

神殺し神殺しを許してくれる神を求める。

時に神擬きに騙されるかもしれない。

神なんていないと斜に構えたくなるかもしれない。


しかし、私たちはそれでも神を求めざるを得ない。

私たち意味を与えてくれる確固たる存在がなければ、

私たち私たち存在すら確固たるものとして捉えることができないのだから

2017-02-08

プレママ友達ネガティブ攻撃がつらかった

無事に保活を終えて働きだしてからしばらく経ったので書く。


高校以来の友だちとほぼ同時期に妊娠した。比較若い年で妊娠したので、わたしたちの年代で同じ境遇にいるひとはまず周りにはいなかった。お互いを、心強い味方だと思いあっていた。


からこそなのか、「プレママ友達」と化したその友人はことあるごとに、妊娠育児に対するネガティブ不安わたしに漏らすようになった。そして当時のわたしも、その後ろ向きな言葉にアテられてるようにして、不安焦燥感から逃れられなくなってしまった。


心拍確認できても、流産するときはしちゃうらしい」

「周りに妊娠報告したあと流れちゃったらどうしよう、気まずい」

保育園入れるか不安すぎて今からもうやだ」

「安定期前に職場に報告して浮かれてると思われたらどうしよう、でも、報告せずにいると業務しづらい」

無痛分娩じゃなきゃこわいけど、24時間体制の産院じゃないから、もし何か起こったら自然分娩になっちゃうのがこわい」


はじめての出産を迎える、孤独わたしたち。「不安だね」「そうだよね」は合言葉だった。そこにしかまれない奇妙な連帯感が、その恐怖たちを加速させていく気がした。


不安感をいたずらに煽る友人のことばを受けるたび、心にどす黒い雲がかかるようになっていった。そのことに自覚的になっても、唯一のプレママ友達という絆ゆえ、友人から離れることはできなかった。待望の赤ちゃんがこんなにも近くにいるのに、心が暗くなっていって、つらかった。


いま妊娠してるひとへお願いしたい。(とくに初産の)妊婦同士で、不安煽りあわないでほしい。不安をぶちまけるべき相手は、同じ不安を抱えているひとではない。その不安を乗り越えたことのあるひと、もしくは、不安いちばん近くで一緒に乗り越えてくれるひとだ。


「ま、あとから振り返ってみて思うけど、何でもどうにでもなるよ!」とカラッと笑い飛ばしてくれるような先輩のお母さんたちに、わたしは後からずいぶん救われた。


前に進もうとアクションを起こし続ける夫にもとても救われた。産院を熱心に調べてくれたり、生活サポートをしてくれたり、保育園情報を片っ端から整理してくれたり。


不安を口にすることは、ほぼ何の歩みにもならないと知った。不安自覚的になるだけで何かが進んだ気になったり、あるいは他人との強い共鳴がある種の安心感を産んだりする。でもそれは、自ら不安を招き入れている行為だろう。


「なんかよく分からないけど、なんか、どうにかなりそう!?」っていう根拠のない楽観のほうが、よほど衛生的だ。


今思えば、友人はうつに近い症状だったのかもしれない。もしくはそう考えれば、「しかたなかった」とわたしも割り切れるかもしれない。でも、実際にアテられた期間はなんだかものすごく、つらかった。無性に不安だったし、つねに心に影が指す感覚がべとっとまとわりついていて、いやだった。


と、書き綴り終わったところであらためて願う。すべての妊娠出産育児が、おだやかにゆますように!祝福されますように!「なんとかなる」で、なんとかなってゆきますように!!

だって、じぶんのこども、もうはちゃめちゃにかわいいよーーー!!こどもは、いいぞ・・・

2017-02-07

○○ママって自称する女嫌い

コミュニケーションの一環だとわかってるけど○○ちゃんママって自称したり相手に呼んだりする女が嫌い

ついでに言うと○○パパって自称する男も嫌い

幼稚っていうかはっきりいってバカに見える

なんか森ガールとか天文女子とか女子会とかそういう気持ち悪さ

ママって自称することで同類意識っていうか連帯感とか感じちゃってるのかな

それとも子供母親ってことに自分存在感役割見出そうとしてるのかな。依存っぽい

プレママとかも気持ち悪い。妊娠中じゃだめなのか

そういう親に限って非常識ベビーカーの使い方とかママなんだからって開き直るんだよな

とにかく○○ママって自称する女とその子供ととかかわると厄介事に巻き込まれそうだし単純にきもいから近寄りたくない

2017-02-04

彼氏の「ノリ」がわからない

彼氏が友人たちとの飲み会にたびたび誘ってくる。

正直、行きたくない

断ることがおおい。あとで喧嘩になることがわかりきってるから

というか、呼ぶなとまで言ってある。

でも、頼み込まれて、たまに行くことがある。

だいたい「◯◯の彼女も呼んだから!」と言われる。

最初はだからなんだよ!と思った。

最近、「◯◯の彼女も呼んだのに、自分彼女が来ないと友達からノリが悪いと思われる」というのが言外に含まれているのがわかるようになった。

でもやっぱり、行かなきゃよかったとなる。

100%後で喧嘩をする。


何で絶対喧嘩になるのによぶの?というと「その場のノリで…」「酔っ払って楽しくなってつい…」と答える。

でた。ノリ。と思う。

この言葉何回聞いたんだろうと思う。

彼女を男だらけの飲み会に呼ぶのもノリ。

飲み会中男同士でずっとお互いをいじり、かと思えばかばい合って盛り上がる。それがノリ。「ノリでつい楽しくなって」店員さんにからむ。大声で騒ぐ。またノリ。呼んだ彼女存在など忘れて男だけでひたすら盛り上がる。ノリで。「試しにどんなものか」と女の子のいる店にいってみたのも「酔っ払って」「ノリで」「そこで断ったらノリが悪い」。ノリって何?

正直、彼氏たちグループの対男性に対する連帯感や仲間意識が分からない。

彼氏が側から見ると少し心配なくらいけなされていて、困惑を向けると、「大丈夫これはこういうノリだから」という。

めぐるましくイジリの対象が変わり、笑い、ギャグをいい、それがまたイジリの対象になり、かと思えば相手をいきなり誉め始める。

さっきまで「◯◯は人間のクズ」と散々に言っていたのに、急に「◯◯ほどのイケメンはいない」となる。

これもノリなのだろうか、本当に分からない。

飲み会中上記のようなことを永遠にループし続ける。誰が一番周りを笑わせられるのか競っているのだろうか。その割には内輪ネタに終始していて、普段そのグループにいない女子陣はまったくわからない。わからいからせめて、◯◯ってなに?とか◯◯って誰?とか聞くけど、説明を聞いているあいだに、また次のノリが始まって、何が何だかからないままだ。

ごめんなさい、あなたと2人きりの時は楽しいけど、あなたのいう男のノリというやつは、正直わからない!!!!!というか、むしろまらない。帰りたい。

そのノリというやつをまともに相手してはいけないことは分かった。

一緒に楽しんでほしいと望んでいることもなんとなく分かった。

ごめん、そのノリは1ミリも分からないし、楽しくない。

あなたたちのノリとやらに、ひたすら苦笑いしているだけ。


男だけで会話が完結してるのに、どうして彼女がいる必要があるのか?

一向に内輪のノリとやらをやめないあなたに、怒り以外の感情が浮かばないんですが。

隣でにこにこ笑っていてほしいと思っているのだったら、わけのわからないノリとやらで騒ぐのはやめて、まっとうな世間話でもすればいいと思う。

まあ、それだと「ノリが悪い」んでしょうけど。

2017-02-01

http://anond.hatelabo.jp/20170201090740

本当にそうだよねぇ。

から今の時代女性同士で固まるんじゃなくて、育休とりたい男性連帯する方が理にかなっていると思うのだけど。

http://anond.hatelabo.jp/20170130224433

その上司が言っている「女ともだち」は、普通女友達意味とは違うような気がする。

多分ウーマンリブ運動の「シスターフッド」のこと。

これは女性解放という同じ目標のために、(男性から離れて)女性同士で連帯しよう!って概念

上司が「連帯」とか「結託」とかの硬い言葉を使って、すごく真顔だったのはそのためだと思う。

その上司は「出産育児をする女性はすごく孤独」といっているけれど、父親である男性存在をどう考えているんだろう?

今は男性も育休をとりましょう!って呼びかけられているよねぇ。

「生きのびるために赤の他人の女同士で結託しましょう」って、なんかすごい古い。

2017-01-30

女ともだちができない女は死すべき世界なのか

ちょっと人生で悩んでいることない」

残業中、女性上司が突然そんなことを聞いてきた。

そういうこといきなり聞く上司です。とは流石に言えないので、

「女ともだちがひとりもいないんですよ」と言ってみた。



本当にそうなのだ

はいま30で、女の友だちはひとりもいない。



まあ、居酒屋タラレバ話ができる友人関係なんてユートピアですよねえ、と

へらへら言ったらその上司ものすごい真顔で、



女の結託ってすごくすごく大事なの。

とくに、あなたみたいにこれから妊娠出産子育て

といった営みにのぞむような人は

女どうしの連帯がなければ絶対にやっていけない。

すごく孤独なんだから

とりあえず話聞くから。飲みましょう。



え、ほんとに? ほんとにそうなの?

女どうしの結託って、そんな必要なのかな。


熱心な飲みのお誘いを熱心に断って、

ひさしぶりに、すごく不安気持ちになって会社を出た。

あんな真顔、みたことない。




小中高あいだじゅう、女どうしの連帯関係がとにかく怖かった。

なかよしどうしの相互監視暗黙の了解

女どうしの言語体系は何年経ってもよくわからなくって、

よくわからないまま、30になってしまった。



女どうしの結託って、そんな大事なんだろうか。

結託できない女は生きのびることができない、くらいの真顔だったけれども。

女どうしの結託のなかで、私や、私の旧友は、何度も殺されたけれども。



やりきれない気持ち駅前本屋に入ったら

入口すぐに『東京タラレバ娘』がガン詰みで、

ああ7巻発売日だったなと思いながら、

もうこの世界のどこにも居場所がないような気持ちになって、

とりあえず7巻買ってオリジン弁当食べながら読みました。おもしろかったです。

2017-01-13

一人で生きるから辛い

現代は、「個人」を見る時代だ。

ファッションダイエット勉強筋トレ

  

一方、金になるのは、「連帯」だ。

  

ここで問題になるのが、「気持ち悪い個人連帯に入れてもらえない」ってことだ。

ここをビビって皆、「個人を磨こう」とする。

個人として認められない人間たちは、ドンドン社会からハブられている。

  

そういうハブられた人間ってのが、オタクとか、そういう人間になったりするんだろう。

  

気持ち悪い個人が、「連帯」で「狩る側」にまわらないと、ドンドン状況は悪くなる。

  

人間家族以外の連帯ってのがナカナカできない。

ドキュンとかは簡単にできる。

  

料理でも、将棋でも、なんでもいい。

個性でつながるんだ。

別に日本一とかじゃなくていい。

連帯」の中での一番とかで。

  

クッソ。勝てない。

  

しろ、半端ものが集まって何かをしなきゃだめだ。

2017-01-01

http://anond.hatelabo.jp/20170101133604

リアル連帯できないぼっちコミュ障から、直接他人と関わらなくても匿名連帯できるネットではしゃぐんだよ

http://anond.hatelabo.jp/20170101114244

陰は劣等感による連帯ができるが、陽は個人スキルによって成立するからじゃねーかな

陽は中心にいてそれを盛りたてる人が周りにいるコミュニティーイメージだけど、陰は同じ不満を持ってる奴らがなんとなく寄り集まって大きくなっていく感じ

2016-12-16

http://anond.hatelabo.jp/20161216140421

全ての女性被害に遭っているということにしないと連帯できないからそういうことにしておきたいのは当然だよね

2016-12-10

http://anond.hatelabo.jp/20161209143537

男性陣はもう縄張り意識とかの時代を通り越して自ら貯めたヘイト消費して連帯時代に入ってるから

作り手も受け手も「結局は叩いて消費するのがユーザーである」という認識をしないといけないんだよ

2016-12-09

充実していない人間政治に参加する?

資本家庶民政治から遠ざけることに成功したという記述をよく見るようになった。

確かにバーニー・サンダースも下層とされる人々が連帯をすることの難しさと希望を述べていた気がする。

自分の通う大学でも、経済格差の話に爆睡している化粧の勉強しかしていなそうな頭が空っぽな女やらがうじゃうじゃいる。

男も大概そんなやつだ。

この大学レベルが低いということが理由なのは確かなのだろう。

しかし、それだからこそ格差は考えなければいけないのではないかと思ってしまう。

知り合いが握手券をかき集めていたが、某アイドル集団の『アインシュタインよりディアナ・アグロン』とか言う歌詞は間違いではないのだろう。

性的価値いかに高めるかという闘争が結局はいちばん大切なのだ

政治というので、それは解決できない。

フェミニストっぽい人間が、この歌に激おこしたそうだが、実際そんなものだ。

怒っている人も、「ディアナ・アグロン」になりたくないとは言っていない。

なれたら、黙る。

その性的闘争に破れたりしたら、政治やらに色々と言うのだ。

女子大生を見ていると、その多くはどこまでもセックスすることと公務員試験に受かることくらいしか考えていない。

それでいいのだ。

かつて、日本戦争を仕掛けて破れたら米兵ペニスをしゃぶった。

当時は女性参政権がなかったから、悲惨だったという一言で片付けることができるが今は国民主権男女平等である

次に戦争を仕掛けて破れても、しゃぶればいいのと思っているのだろう。

あぁ、この女たちには武器がある。

政治に参加するというのは、充実していない人間という証なのだ

顔が良ければ、大概は参加しないということなのだ。

アレコレ言うと激怒する人がいるかもしれない。

大丈夫である。男も同じだ。

まぁ、政治に参加するとか、連帯かいうのは非常に難しい。

ネトウヨちっくな人間も沢山いるし、年を取ってから政治に目覚めたどこまでも他責的な女というのが自分は嫌いである。

そして、自分の不満というのは自分容姿であり政治というのはイケメンや見てくれの良い女を批判するためのものである

イケメンや見てくれの良い女と価値観なんてたいてい合わないだろう。

2016-12-07

http://anond.hatelabo.jp/20161207162635

お前ちょっと考えてみろ。

普段医者にかかっている人間ならまだしも、普段からお前も「医者は神!」とか思っているか

普段接点のない人間ことなんか、みんなあまり意識にのぼんねーんだよ。

公務員だって医者はどう思う?」と訊かれたら「それは立派な仕事ですね」くらいは思うだろうけど、普段そんな存在認識してないんだよ。

それでなくとも、人は自分より劣った人間を見つけたがるものだし、

そもそも、こういう「自分会社こそが至高!」という発想は、仲間内連帯感を高めるための共同の洗脳からな。

人の出入りの少ない地域会社では、だいたいこの洗脳が効いているんだよ。

みんな、客観的評価無視して「オラが村が一番!」って思ってるの。

そして、より純粋にそう思いこめたヤツが、集団に対する忠誠心が高いとして出世するの。

2016-12-06

格差論が好きだと嫌われる

格差論を話していると嫌われるようだ。

人間というのは格差というものに目を背け、現実逃避的に強者に従ったりする。

平等と同じは違うだとか言って、見てくれの格差やらを肯定したりするのは愚の骨頂だと思っている。

また、「配られたカード勝負云々」と抜かしている奴には心底呆れる。

最近、約5000円の本を買うか買わないか迷っている。

格差などを論じた本であるが、貧しい人々は連帯することが出来ていないという現状を記している。

なぜ、多くの庶民連帯することが出来ないかということを考えた。

本にも、あまり具体的な分析はされていない。

あくまでも、連帯が難しいという現象について書かれている。

自分はその本を書店立ち読みしていた。

そして、買うか買わないかというのを迷いながらファミレス入店した。

そのときに、庶民が共に格差というもの解決することの難しさがよく分かった。

というのも、隣の席にはイケメンと見てくれの良い女達が座っていたのだ。

容姿が醜い自分は余りにも苦しくなり、適当に注文してすぐに帰った。

資本以外における格差というものが、存在する。

若い人間の大抵は容姿だと自分は思っている。

自分はこのような恵まれ人間と手を取り合いたくない。

まれている特権階級であり、腹が立って仕方がない。

このようなことを言うと嫉妬だと、頭の宜しくないことを言う輩がいるから呆れる。

まり、他の格差があるからこそ人間連帯しにくいのだ。

寧ろ、カネになるという資本的なゆるいつながりがある資本家のほうが結果としては有利になる。

また、下層が喜んで上層に服従するケースも多い。

資本しろ容姿しろ

最近、お前はいつも格差論ばかりだなと同じ大学の輩に言われることがある。

自分格差論が好きなのかもしれない。

小さい頃から自分けが怒られるのはオカシイと思っていたし給食の量の違いにも敏感だった。

ただ、今の自分は持病の薬に副作用で付いた酷く深い大量の二キビ跡やらの醜い容姿というものの苦しみが湧き上がっているだけなのだ

本を買うより、出来るか分からない整形代金の為に貯めたほうが良いのかもしれない

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