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はてなキーワード: 感性とは

2017-03-24

http://anond.hatelabo.jp/20170324193854

流石、アスペっぽい切り返しだな。

その定型文の使用例がほとんどの場合監督などの立場的に上の人間であるということを知ってて言ってるならなおアスペっぽくて良い。

君の感性、嫌いじゃないぜ。

下品の線引きを男女で変えてしまっている

‪明らかに偏見というか、男女差別的な感性とは知りつつも

女が口にする「メシ」「食う」がアーッてなる

「ご飯」「食べる」で話してもらいたい

男が言う「メシ」「食う」は許容できるのに、女のそれはダメ

ぎゃはぎゃは笑う女も品がなく思えてきつい

まあこれは男もだけど

女のほうをより厳しく見てしま

なんで女にだけ強く品性を求めてしまうんだろう

均等にしたいのにな

収入学歴の話しかしないので世間的なんですかね、というと良い顔をしないのがはてな民

じゃあ世間的ではなくエキセントリック感性の持ち主なんですね、というとまんざらでもない様子。

その割に世間自尊心を捨てきれないという小市民ぶり。

2017-03-23

http://anond.hatelabo.jp/20170323143509

まあね

とりあえず、いまの感性がずれてるわけじゃないならよかった

2017-03-22

http://anond.hatelabo.jp/20170322181010

映画の2/3をつまらないと思う感性が異常なので無問題

自分の偏食のほうを心配しよう。

http://anond.hatelabo.jp/20170322130657

良いモノの良いところを真似し続けることで、感性が磨かれて、おのずと良いモノが作れるようになるのです。

変に歪んだ矜持をもって、奇をてらうようなWEBばかりを作っていては、決して上達しません。

http://anond.hatelabo.jp/20170321214825

猜疑心が強すぎるのでは。そういう乱れた場もあるのかもしれないが、

おそらく実際としては、現役コスプレの子たちの言っているような健全な場の方がはるかに多いのだと思う。

往々にして、外部の風評というのは特別醜悪な部分だけ抜き出し、誇張され、時に捏造されたものなので、

それをベースに現役の子たちに聞くと、その聞き方によっては自分たちを愚弄していると捉えられ、頑なに反発されるのは当たり前のことだ。それを隠蔽と受け止めてしまったのでは。

というより、そのコスプレイヤーたちもあなた友達だったくらいだから、概ねあなたと同じくらいの知性や倫理観世界で生きてきた人だ。あなたの憂慮するような事に遭遇したなら辞めていたはず。

続けているということはそういう乱れた層の人間とは遭遇していないか、したとしても距離を置いて、真っ当にやっているのだろうと汲んであげ、配慮した上で訊いてほしかった。

 

このような、内側の人と外側の人との乖離を、私も別の件で感じたことがある。

私自身、ラブライブという作品ファンで、その作品性に、キャラクターたちの関係性に、演じる人たちの熱意に、心動かされ感動することしきりだった。今も作品を大切に思っているし、ファンも大半は悪い人ではないと思っている。

なにしろ内容が、多様性を尊び、拙さにも寛容で、思いやりにあふれた優しい世界観でありながらパワフルなベンチャー精神鼓舞するような内容だからだ。

けれども、偏見の目でみられやす美少女ものかつアイドルものでもある。大ヒットしファンを大量に抱える中で、やはり外部の人からは「気持ち悪い」と思われる部分が、ことあるごとに抜き出され続けてきた。

全身にキャラバッチをつけた人や特攻服を来た人が徒党を組んで街を闊歩しているだとか、ファン聖地甘味処で騒いだだとか、あるいは殺人事件を犯した学生ファンだったとか。

そういう悪評に繋がりそうなことを、ネット暇人たちは目ざとくみつけてきて、そのたびに作品ファン呼称であった「ラブライバー」は、ネット上においては蔑称として認知されていった。

実際にそれ単体で迷惑を掛けているとは言い難い「痛ファッション」などについては、私自はいい歳のおっさんでありグッズ収集欲も見せびらかし欲もないとはいえ、

まりに叩かれるのが不憫で擁護していたりもした。もっと暖かい目で見られるくらいでいいとは思うのだが、やはり外部の人は弾圧対象にしたいくら気持ち悪がるものだ。

ネットを見ていると、非ファンの人が触れる情報は、そういう「ラブライバー」を揶揄するものばかりだから、「あの作品クズキモオタヤンキーの集まりなんだな」という印象になってしまっているだろう。

けれども、私が街や劇場などで目にし、触れてきたファン若者たちは、平均的な若者たちと大差なく、基本的礼儀正しく、親切で、真っ当なバランス感覚を持っている人が多かった(あとカップルが多すぎ)。

その乖離は、私が運良くファンの一員として内側に居たからこそ気づけたようなもの

もし2013年のあの時、偶然スクフェスDLせず、ネットに篭ってゆるいアニオタを続けていたら、ラブライバーにいい印象は持っていなかったと思う。

それほどまでに、「理解しがたい奴ら」への「嫌悪感」は容易に人の心へ侵入してくるものだと言うこと。

2ちゃんファンが集う板でも、「前は『ラブライバーwww』って見下してたけど…」という人はよく見かける。

けれどもそうした人は、ラブライバーdisで溢れているメジャーまとめブログコメ欄などには行かなくなるし、可視化されない。

結果として、他人醜態を嘲る卑小な感性の人々の持論ばかりが、ネットの総意になりやすい。

 

同じようなことは、もちろん他作品でもある。○国嫌悪だとか、著名な人、政治家芸能人経営者への態度でも起こりうる。

そういえば私はその前に、堀江貴文さんに関しても同じことを経験していた。

彼がなぜ罪に問われたのかについて興味をもって、ニートで暇はいくらでもあったので、日本司法経済についてWebコラムや本を読み漁った。

いろんな方面有識者の彼に対する見方総合した結果、彼は過剰に批判されていると私は判断した。

そして、むしろ彼の才能や考え方は尊敬に値するものが多いと感じてファンになった。もともと自分思想傾向が彼同様リバタリアンに近かったせいもあるだろう。

もちろん世間感覚とは真逆だ。いつまで経っても彼を「でも犯罪者でしょ」と思考停止して評する人が多いのは、息苦しいがどうしようもない。

ただ、彼が他と違うのは、今でも著名な大学に招かるなど、風評と切り離して是々非々評価する人たちからは求められていること。

彼に限らず、歯に衣着せぬ物言いをする人は、どうしたって悪印象を持たれ、する事なす事マイナス補正が掛けられる。

それでもやってる事が保守的職人キャラなら好かれることもあるが、破壊的急進的な行動様式の持ち主であれば、多くの日本人は嫌う。

でもそういう人も必要だし、正しく評価されるべきだ。

私は「叩かれまくっている人から良さを汲み取れるオレカッコイフェチ」になっているのかもしれない。

ほかにも、極論ばかりと叩かれる池田信夫だが、氏のブログ普通に勉強になることが多い。感化されて『資本主義自由』や丸山真男を読むようになったり。

一種中二病と笑わば笑え、それでも「安易に悪意に染まらない」心という得難いタレントを得たと自分では思っている。

 

話を戻すと、増田が難儀なのはコスプレ世界踏み込みそうなのが彼女だと言う所。

これが自分自身であれば、まだ傷つくのを恐れず飛び込んできちんと判断してやろう、という良い選択肢があるのだが、そうは行かない分、慎重になるのは分かる。

もし、増田があげた彼女のくだりが虚構で、コスプレへの嫌悪感を表明するための方便だったとしたら、この下衆がと罵倒してやりたい所だが、本当にそういう事なら、提案がある。

彼氏彼女の仲なのだから、二人そろってコスプレに参戦してみたらどうか。

彼女を守りつつ虫除けもできるし、彼女にとってもその方が嬉しいし楽しめるだろう。

コスプレ元ネタ作品を一緒に鑑賞する機会などもつくれるし、一石三鳥だ。

それをせずに、彼女コスプレ醜悪な部分ばかり語って忌避するように仕向けるのも手としてはある。

それも彼女保守的性格ならいいが、そうでなければ「了見の狭い男」と取られる可能性もある。

わざわざコスプレしている友人に裏を取りに行こうとしたあたり、後者を恐れているんじゃないかと思う。

それが頓挫した今、残された道はやぱり「二人一緒に」しかないのではと思う。

2017-03-20

ウヨ美的センスがない

ただでさえ全てのものは等しく朽ちて無価値になっていくというのに

なぜよりにもよってジャップ悪徳を詰め込んだクソカスである大日本帝国をありがたがるのか

同じ時代から選ぶならアメリカ大量生産物量作戦の方が計画的で統制が取れてて美しいだろ

ウヨ諸君もっとエレガントな感性を持てよ

2017-03-19

大味な感性丸めまれること

ネットで声が大きい人たちは、感性が大雑把すぎる。

http://anond.hatelabo.jp/20170318131509

これもそうだし、世間を騒がせてるアレやソレやカレに対する反応も。

繊細な良さや、複雑な実情を慮ろうとする人は袋叩きにあい

声高に叫ばれる大味な感性、わかりやすい評定に丸めまれる。

君は、絶対にそういう人間の滞留の中に取り込まれるなよ。

取り込まれていないつもりでも、別の件ではずっぽり嵌っていることがほとんどだからな。

ネット人間精神と知性を無自覚なまま後退させる魔窟だぞ。

常に大勢(たいせい)とは逆の姿勢をとっているくらいが、逆に現実的思慮深い態度なんだ。

2017-03-16

ゲーム迷惑サイトの読者はなぜゲームメディアを信用しないのか?」を電ファミニゲーマー記事から考える

まずはこのリンク先のコメント欄を見てほしい。

https://df.nicovideo.jp/entry/347125

リンク先は「ゲームメディア側の視点からアフィブログ問題を語ってみる。ゼルダ95分で全クリという誤報の大拡散から考える、現代メディアのありかた」という記事だ。簡単に言うと、ドワンゴ(角川)が主体となって運営しているゲームメディア「電ファミニゲーマー」が「はちま起稿」や「JIN」、「やらおん」などのゲーム迷惑サイトフェイニュース大量生産姿勢批判するものなのだが、この記事に対するコメント欄の反応が地獄様相になっている。



ゲーム迷惑サイトの読者による罵倒荒らしは見るにも堪えない。感性の違いで済ませるにも中々厳しいところが多すぎる。電ファミニゲーマーはそもそもTwitterはてブコメントが付くことはあっても電ファミのサイト側にはあまりコメントが付かない(いつも常連の人か中の人しかコメントしてない)。電ファミにログインするにはニコニコアカウント必要なのだが、この記事コメントしたユーザーアイコンはほぼアカウント作成時のデフォルトツイッターでいう卵アイコン)のままだ。つまり、件の記事を荒らすためだけに作られた、もしくは初めて電ファミにログインしたユーザーである可能性が高い。実名顔出しアイコンの人は…知らん!


この人たちの主張をまとめると「既存ゲームメディアメーカー癒着してるから信用しない。だからメーカーとの癒着がない個人運営しているゲームブログを信用する」らしいのだが…


結論からいうと、この主張をする人は「既存ゲームメディア」ではなく「ファミ通」を信用していないのだ。実際問題、紙媒体として現在有力なのは実質ファミ通のみだろう。ファミ通レビューはさんざん注目されるが電撃のレビューは一切注目されない。紙媒体ゲームメディアファミ通、電撃を始めとしてほとんど角川系しかないし。


実際ファミ通レビューは「点数はアテにならない」なんてさんざん指摘されていることだ。それこそ2013年に発売されたジョジョASBである。あれを格ゲーとして見るかキャラゲーとして見るかで評価は変わると思うのだが、いずれにせよ満点はやりすぎだったと思う。現在人気タイトルの筆頭であるポケモンスマブラソウルシリーズデモンズ)も当初はファミ通レビューで大した点数をつけられなかったのも有名な話だ。どうせみんな40点(満点)か極端な低評価しか見ていない。




そもそも、「ゲームメディア」とは何だろうか?とりあえず増田が考えた簡単定義を紹介する。

1.ゲーム情報を中心とするメディアであること。

2.あくまメーカー開発者)と消費者中間存在であること。

3.営利組織運営しており、運営会社を明記していること。

4.記事執筆者が誰なのかわかるようにしていること。


まあ、1の伝える中心の情報を変えればわりと普遍的メディア定義になるのではなかろうか。これらの条件を満たすゲームメディアはかなりの数がある。


媒体ではファミ通(角川)、電撃PS(角川)、ニンドリ徳間書店)。

ウェブメディアではファミ通.com(角川)、電撃オンライン(角川)、4Gamer(Aetas)、GAME Watchインプレス)、インサイド(イード)、Game*Sparkイード)、AUTOMATON(アクティブゲーミングメディア)、IGN Japan産経新聞)他。

ちなみに電ファミニゲーマーファミ通と電撃と4Gamer関係者が合体したものだ。

増田が知っている範囲で並べた。かっこ内は運営会社


まさかこれらのメディア全部が「メーカー癒着しており、信用するに足らない」とでも思っているのだろうか。


…実際に定期的にねつ造じみた誤報を出したり、運営企業がそもそもメーカー側の事業の一部な所もあるのだが、そういったところは読者から指摘されれば記事を訂正もするし、責任所在がはっきりしているし、自社のゲームを取り扱う際は読者から疑われないようにかなり神経質にしている。もしメディア記事を読んで気に喰わないのであれば別のメディアに頼ればよい。読者はメディア自由に選ぶことができるのだ。紙媒体と違って無料で読めることが前提のウェブメディアなら尚更だろう。



まさかゲーム迷惑サイトの読者は自分が読んでいるサイト以外にゲーム情報源存在することを知らないし、知ろうともしない可能性が?

いやあ、それはないだろう…


ないよね?



そもそも何が悪かったのかというと、特定メディア企業)が読者(市場)をほぼ独占するとろくなことにならないという普遍的結論である新聞一社しかなかったら絶対にろくなことにならないのは誰でも想像がつくだろう。


最後に、電ファミニゲーマー既存メディアは他メディア記事に触れることができなかったとして「ゲームまとめブログみたいに複数メディア記事を閲覧できるようにキュレーションメディアという形をとった(もちろん無断転載ではなく、元記事リンクする仕組み)」のだが、そもそも電ファミニゲーマーが書くオリジナル記事(「ゲーム企画書シリーズ増田個人的に好きなのはドワンゴVR部系の記事)の品質が良すぎてそれだけで勝負できてしまい、キュレーションサイトとしての存在感が薄い。

あと、キュレーションするサイトの中にいわゆる「個人騙り責任所在曖昧にしている企業によるゲーム系速報/まとめサイト」がキュレーションされてしまっているので、ある程度責任所在が明確なメディア記事のみがキュレーションされるような仕組みに変えてほしい。

これらは増田個人的要望です。



<追記>

件の記事コメント欄ゲーム迷惑サイトの読者ではなくゲーム迷惑サイト運営側工作ではないかという意見があった。その可能性をすっかり失念していたが、いずれにせよゲーム迷惑サイト関係者は例え地の果てまで逃げようとも必ず追い詰めて責任追及してやる。


<追記その2>

久しぶりに電ファミニゲーマーを閲覧したらまさかのこの記事が載っていた。どうやら公開の約1週間後(3/22~23)にピックアップされたらしい。それで色々と反応を見てみたのだが、興味深いトラバhttp://anond.hatelabo.jp/20170323161617)があったので引用させていただく。


==

ゲーム迷惑サイトの読者は事実ではなくゴシップを求めている

http://anond.hatelabo.jp/20170316204720

上の記事を興味深く読んだけれど、少し違和感があった。

読者がゲーム迷惑サイトを読む理由事実にある点だ。

彼らは自分の分かるネタで盛り上がりたいだけである

参考

オタクではなくアニメが好きなだけのゴシップ好きが増えたと感じる

http://futalog.com/369294475.htm

==

ちなみに私はゲームメディア関係者ではない。強いて言うならば、「みんな、どうしてテレビゲームに飽きちゃったんですか?(http://anond.hatelabo.jp/20170207194549)」とかい駄文を書いた挙句はちまJINやらおん拡散されてしまったゲーム業界志望者の学生であるあいつらに自分PV稼ぎの餌にされたと思うと心の底から悔しい。この記事なら多分あいつらに拡散されることはないだろう。


言いたいことがたくさんあると文章が散らばって良くないですね。読んでくれてありがとう


以下、書いたはいいけど主題関係の薄い無駄話なので読まなくてもよい。


正直なぜゲームブログが「メーカーとの癒着がない」前提で話しているのかがわからない。つい最近にもはちま起稿DMM管理下だった時期があるとニュースになったばかりではないか。S社なんて何人かの関係者ゲーム迷惑ブログ管理人と接触して増田みたいな人間から滅茶苦茶叩かれているのを知らないとは笑わせてくれる。


そもそもゲーム迷惑サイトがあの規模で記事を大量量産しまくっているのを見て個人運営(笑)だと思うのがおかしい。大手に限らず話題の新作ゲームが発売されるたびに雨後の筍のごとく出てくる「○○(ゲームタイトル)速報/まとめ」は大体まとめブログ収入源とする企業が作っているものだ。個人運営匿名を装うのはまず組織的犯行とみて間違いないだろう。個人収入源にするには採算が合わない。一番いい例がそれこそはちまだ。あれは管理人の親が広告業だったからそれの発展形として企業化したのものだ。


なぜ自分の愛読するブログが親の仇にように増田から執拗に責められるのかがわからないゲーム迷惑サイトの読者のために理由簡単説明すると「記事ほとんどが他所メディアから無断転載」で「PV数を稼げるように転載内容を編集してねつ造」し「まるで何の変哲もない個人運営しているようにみせかける」ことによって「責任所在あいまい」にして自分の身に不利益がないようにふるまっているかである

2017-03-15

http://anond.hatelabo.jp/20170314181833

批判的なコメントが思ったよりもついていてびっくりなのですが、いや、なんというか、ヘンな女が愚痴ぐち言ってるようにしか聞こえないのかもしれませんが、

ただ単にバレンタインみたいな行事が好きなだけなのです。誰かにプレゼント渡すのとかお土産とか渡したり渡されたりするの楽しいんです。

そういう行事が好きじゃない奴もおるのです。結構一杯おるのです。

きじゃない奴は大抵得意でも無いのです。

プレゼント受け取るのもお返し考えるのも負担しかないんですよそういう人達には。

あんたが好きで楽しくてもそうじゃない人を問答無用で巻き込んだらあかんじゃないですか。




特にバレンタインなんか、普段まりさない人でも、感謝気持ちを伝えたりとか、そういうことが自然にできる数少ないイベントからかなり楽しみにしてしまうんです。

気持ちはわかりますけどそういうの楽しまない人も居るんです。

渡すとみんな「わー!ありがとー!」みたいなリアクションしてくれるから、やっぱり今年もチョコあげてよかったって思うし、自分彼氏職場からチョコを持って帰ってきたときには、チョコだったり包装のセレクトとかから彼の職場の女の人の気持ちがわかって楽しかったりもするんですよ。

あなたはそういう神経が発達しててチョコからいろんな情報読み取れてしかもそれがポジティブ楽しいんでしょうけど

その神経が発達してない人は受け取ったもの意味も図りかねるし、お返しにどんなもの妥当かもわからないし、

なれないから買うのも大変な労力だし、とにかく負担なんですよ。




お返し目的チョコ配ってるなんて気持ちは一切ないけど、せっかく、たまに聞く「バレンタイン禁止!」みたいな殺伐とした雰囲気職場じゃないのに、もったいないなーっていう感じでした。

あんたは純然たる善意でやってるのは分かるので責めたりしたくないですけど

でもあんたは自分と違う種類の人間に対する察しや配慮が足らんのと違いますか。

あなたチョコにいい反応示さない人は、

別にあなたのことが気に食わないのではなく、あなたと同じ感性をしてないんですよ。

かくいうぼくのとこも法律事務所ですが代表の「虚礼廃止」の方針お中元年賀状もやりとりしません。

代表誕生日にも何にも贈りません。やめろっていわれたので。

サツバツとしてるんじゃ無くて、そういうこと楽しまないだけです。



たぶん、彼には彼なりの主義主張があるのかもしれません(でも、ぽや~とした雰囲気の人なのでそんな感じもしないのですが・・・)。

これもずいぶん人間洞察が浅いなと言う感じがしま

ぼや~とした雰囲気の奴のほうが大体こだわりありますよ(この場合はこだわりの問題じゃ無いけど)

2017-03-09

受け手感性の話でもあるが言動は丁寧だけど「人を見下す態度が透けて見える」というのもよくある話で

何故、今回の茂木の主張はおかしいのか?

茂木健一郎Twitterが盛り上がっている。(一番盛り上がっているのは茂木自身だ)

なにやらTVに出ているコメディアン国際的水準に満たない陳腐な笑いに辟易してるらしい。(笑い話では無いようだ。)

しかし、なにやら今回の主張は違和感がある。なぜ、コメディアン国際的水準に合わせないと日本芸人オワコンになるのだろう。ネトウヨがこの論理を使えば国際的に見たとき日本憲法国際的水準を満たしていないかオワコンだ、となりそうなものである。(実際にあったよね。)

冷静に見て、明らかに今回の茂木の主張はその国固有の文化に対する感性が発揮されていない。

本来茂木日本マスメディア殊にテレビ報道に対する姿勢が、今回の主張のような論理であったはずだ。この先茂木は、政治報道お笑い映画音楽小説コラム......と続いてついには日本人精神構造欧米人に達していない、キリストを崇拝すべきだ、とも言いかねない感じもある。(あるいはない。)

兎に角、なぜお笑い固執するのか訳がわからない。

私の診断はこうだ。マスメディアに対する積年の恨みを書いていたら突然テレビ日本お笑い怪獣東大生と仲良く馬鹿をやっていた。茂木東大生劣化を憂いつつトランプ代表されるような、各国のナショナリズムの高まり、および人種差別運動の拡がりが駆け巡り、アカデミー賞での気の利いたユーモア(少なくともアメリカでは気の利いたという事になる)と、こんな日本不安に苛まれている時に実に緊張感(ここで言う緊張感とはお笑い芸人の芸に関するものではなく、政治に関する鋭い批評の事である)のない笑いに、、、キレたのである

日本お笑いの真っ当な批評別にあるはずだ、と思わせるくらいに茂木の主張が陳腐なのはこのような理由からだろうとしか思えない。(陳腐というのは日本コメディアンと一括りにする乱暴さと、先述の固有の文化に対する感性の薄さである。)

お笑い芸人達が鎬(しのぎ)を削って作り上げた真っ当な日本の笑いが今後も、例え憲法改正され日本が何処かの国と戦争しても、ヘイトますます勢いを持っても、茶の間にあり続ける事を願うものである

2017-03-08

就活ハイヒール

就活生のヒールの話をみて自分過去面接を思い出した。私はヒールでは面接に行かなかった。それはその日雨だったから。集団面接だったが他のみんなはヒール。当然みんなの足はビチョビチョ。私は長靴だったからなんとも無し。その後、内定を貰い、その会社就職し今に至る。あの時の他の子たちは誰も見ていない。みんな不採用だったということだ。しばらくしてから当時の面接官と話す機会があったので、当時のことを聞いてみた。

私「私はお陰様でこの会社に入れましたけど、あの時の他の人たちは何故不採用になったのですか?」

面接官「そりゃ君が長靴だったからだよ。雨の日にわざわざ濡れることがわかっている靴を履いてくるなんてどうなんだい?ってことだよ。その場その場で臨機応変にやってくれなきゃ困るわけよこっちは。こっちはというか仕事は何でもそうだよな。杓子定規であれはこうだからこうって型に嵌めてるだけじゃ上手くいかないわけ。その点、君はそこら辺の感性が柔軟だったか採用したの。まぁ就活ではハイヒールでって言われて素直にそうするのも別に悪くはないけど、その意味を考えて自分の頭で判断するってことが必要だよな、現場ではさ。」

極真っ当な意見で何も言うことはなかった。

2017-03-07

http://anond.hatelabo.jp/20170306235007

そうでしたか。それは残念なことでした。

抽象しか言えないけれども、他人人生トレースできないのと同じで、

他人作品に感動する理由も同じくらいトレースしがたく、根深く、言語化しにくいロジックなのでしょう。

これだけ価値観多様化した時代ですし、自分と異なる感性の人が大絶賛しているコンテンツやらサービスやらに突き当たる事も多くなりました。

からダメだったら、合わなかったことを嘆く程度はいいですけれども、

ここがこうだからダメじゃないか、などと上下ランク付けしたり、良い悪いを判定したりはしない方がよいと思います

要は、世の中にはピカソの絵の類がたくさんある、と考えてみてほしいのです。

 

それを踏まえて、ストーリーを評するのは慎重になってほしいのです。

とりわけ、ご都合主義、という評は極力さけてほしい。

すべての物語ご都合主義なんですから

それでも人を感動させる物語は、物語の都合を「乗り越えて」伝わる、メッセージ性、パワーをその人に感じさせているんです。

それはその人に欠乏していて、欲しがっていたものです。

かい表現の数々に感性マッチして、琴線に触れて、それらを拾い上げていった人だけに伝わる感動がある、

そういう状態になったとき、人はそのご都合主義に対して寛容になれるんです。

そういう状態になれなかった時は、どうしても色んな部分が鼻についたり、寒く感じたりしてしまもの

そして、そういうネガティブ評は、本来作品を楽しめたかもしれない人の思考侵食して、

「乗り越える」力を失わせてしまう。

話が逸れましたが、具体的ではなく抽象的には、これが答えになるかなと思います

聞きたかった話ではないですよね。私が語りたかっただけです。

気に障ったらすみません

http://anond.hatelabo.jp/20170305022101

私が言いたかったのは、「作り手に対する敬意がない状態」で悪意的に見た人の個別の内容に対する批判を、「内容に対する反論」で納得させるのは「不可能」だということ。

よくある2chアニメアンチたちが「この脚本がクソ、寒いガバガバ」とか言って個別のこういう展開がダメだと言っているようなこと対して、

どんなに上手に言語化して長文で物語とはどういうものか、というレベルから説得したとしても、絶対理解させることができないし、自分が感じた「欠点」に対して寛容な見方に変えさせることはできないんです。

それは、先のエントリで述べたように、非対称性があるからです。だから結局、どうしても、デフォルトの視聴姿勢を変えるくらいしか忠告のしようがない。

それに、主体性ウーマンパワー的なもの巧遅拙速を再評価しよう的なイノベーション思考自由に動いてこそ答えにたどり着く、多様性と寛容、…

そういった作品テーマ性にかかわることがらは、個別的な部分で表現されているものではなく、全体で少しずつ積み重ねられているもの

でも、「クソ寒いわ」と思って見ている人は、その積み重ねの部分部分をことごとくはねのけて、1ミリも積み重なっていない状態になっているので、

個別にこのシーンはこうなんだよと解説した所で、「やっぱうさんくせーわこじつけ信者乙」って気分になって感性アンテナが反応しない。

結局、初見で運良く自分の中にするりと入り込んでこなかった表現は、他人ブログで長文で書いているようなものを読んで、視座のとっかかりを得てから全編見直すくらいの事をしないと、その良さを理解できないわけです。

人生体験は人それぞれ違うので、するりと入り込む部分とそうでない部分が一作品の中にも必ずあるから、きちんと公平に論評しようとするならそういう作業必須

もちろん、そこまでする気がなくても、あくま自分感性に従った感想もつことは自由だけれど、

そうして至ったネガティブな捉え方をネットで発信して、悪意の感染に加わってしまうことが、いかクリエーターにとって辛いことなのかを考えてみてほしいというのが趣旨です。

とくに、アニメというのは敏感になるべきなんです。

視聴者は若年層やASD傾向の人が多いため、その人生経験の少なさや精神気質ゆえに、著しく思慮に欠けた受け止め方をする方が非常に多い(決めつけですが、ネットをみている限りではそう感じます)。

また映像表現であることに由来する難しさもある。

すべて、とは言わないまでも大部分が文章説明されている小説とは違って、映像作品表現やその意図曖昧になりがちだし、尺の都合または演出上の省略が多用されるので観る側が擦り寄ってある程度補完してあげる必要がある。

また、その作品が本当に自分向け(年齢・性別文化嗜好のクラスタ的な意味で)のアニメなのか、見極めるのが難しいという問題もある。

そういった諸々を考えると、ネットで悪い(と自分が感じた)部分を書いて作品侮蔑するのはたしか自由だけれども、極力慎重になってほしいと強く思うんです(そのための「謙虚」を説いたのが先のエントリーです)。

そういう思いが強すぎて、つい偉そうな攻撃的口調になったことは謝ります。私も未熟で自己矛盾を抱えた30代のおっさんなんです。

こういう事を話すことで、少しでもあらゆる趣味理解と敬意を示せる人がネットに増えてほしいし、すぐ何かをクソ呼ばわりしたり、丁寧に長文で特定方面disするような人やメディアが減ってほしいと思う。

私はアニメが好きだけれど、女児向け、BL系、右翼系、日常系などはあまり好まないので見ない。でも、それらの作品を内心でもバカにはしたくないし、そのファンバカにしたくない。

はてブでもはてな有名人系、まとめブログ系、タブロイド系は非表示にしているけど、それらのメディア攻撃はしない。ただ避ける。それらを好む人もバカにしたくない。

そういう人が増えてほしいんです。

いや、増えたところでそういう人は「見えなくなる」から増えたかどうかも分からないのですが。

ただ、そういう人、静かな怒れる人の存在を、あなただけでなく、すべてのネットユーザーはてなユーザー意識してほしいと思いその一心で書きました。

2017-03-06

「右に倣えの絶賛ばかりで気持ちいから俺は酷評します」という感性の奴をときどき見かけるけど

だいたいそいつ自分で絶賛ばっかり拾いにいってるだけだし、その批判の内容も(そいつが目にしてないだけで)他の批判の右に倣えでしかなく完全に没個性である

2017-03-05

http://anond.hatelabo.jp/20170304221255

から、あれを「型どおりの反抗、型どおりの和解、型どおりの成長」としか見れていない人は、

あれをそう捉えなかった人の目に映っていた高解像度の微細な捉え方をすべて無下にしている、そういう傲慢さがあるわけだよ。

あなたがそう思ったことは勝手だし、ファンの人が受けた衝撃や感動の「種」になっていたさまざまなウンチクには永遠に辿り着かないし、そんな「種」の存在があることも想像すら及ばないだろう。

そういう人がいることはそれでいいけれども、だからと言って作品矮小化するなと言いたい。

自分より心から楽しんでいる人がいて、ついでに世間的にもヒットしているのなら、「自分には合わなかった」と思うだけでよい。

「見たけど下らなかった」みたいな事をあえて言う下劣感性の人が、ネットには多すぎるから辟易しているんだよ。

特にアイドルものなんかはジャンル自体への偏見もある上に、一部のファン気持ちさゆイジメられやすい。

からそういうキモオタなんかを揶揄したい人間が、作品にその矛先を向けることも多々あるように感じる。

まるで「自分はまともだぞ」「自分もっといい趣味してるぞ」「自分はそんなチャチなものどうかと思う」と言って、

自己肯定のために作品を貶めているように。

けれども、どんな作品ファンにも必ず、自分より優れた知性を備えた人がいる。いい歳のいい肩書もった人がファンだったりもする。

例えばあなた海外ドラマを高く評価していて、アニメヌルいと思っていたとしても、その両方にあなたより精通していて、そのどちらも高いレベルで楽しみ評価している人がいる。

あなたに無い着眼点でみる人、例えばまどマギ仏教文脈で語る僧侶や、ラブライブマネジメント文法で語る人などもいる。

とてつもない熱量で、自分では気づきもしなかった考察ブログで重ねている人がいる。

鳥肌を立てながら、そこまで考えて作られていたんだと気づき敬意を表する、そんな純粋さが馬鹿にされてはいけない。

そういう人の存在無視して、一括りにファン自分より感性下劣であり、作品も見下してしまってもいいだろうというような傲慢判断をする人は、

自己顕示欲支配されている以外になんと表せばいいか

そういう視点でつけるケチは、結局いつも表面的な部分しか捉えていないことを銘記してほしい。

ロックバンドオマージュをするのが陳腐からと言って、別に作品としてはその部分でいかに新しい表現をするかを競っているわけではない。

あの回の迷走の仕方はなんでもよく、あれを通して何を伝えたかったのか、そこに注目してみてあげるのが作品に寄り添う普通見方だろう。

ネットには、瑣末な描写言動や辻褄に「あーハイハイ」「なんでやねん」となって気を取られてしまい、総体的評価をフェアに出来なくなっている人が多く見受けられる。

妙な「事情通」ぶった自負があるせいか、へんなところに神経質になって気を取られ続けているため、素直にみていれば感動に繋がるはずの布石を取りこぼしている。

あるいは、元から上から目線で鑑賞していて素直に楽しむ気が元からないせいで、些末なツッコミに躍起になるのかもしれない。

ともあれ、物事が「いかに深いか」を十分に言語化して語ることはものすごく難しいんだよ。前提知識が多く多岐に渡るし途方もなく長文になる。

対照的に、物事が「いかに浅いか」を語って揶揄するのは簡単だし、そういうネガティブ情報感染力も高い。

から自分が良いと思えなかったものにも、自分には捉えられなかった「深さ」があるのだろうなと斟酌して、静かに離れていく美徳を身に着けて欲しい。

それは結局、デフォルト他人尊敬するという良き人格に繋がっていく。

逆にそれができないで、何かをこき下ろすことに快感を感じる性質卒業できないままだと、いずれ何にも感動できなくなって脳が凝り固まってしまうだろう。

間違っても、今後はそんな「『○○でござい』なんて言ってて本当にいいの?」みたいに他人を冷笑する考え方に陥らないでほしい。

ネットを見ているとそういう不遜な思考回路にあふれているから、ネットを離れない限り難しいかもしれないけれども。

2017-03-04

http://anond.hatelabo.jp/20170304201657

なぜそんなに病的に、物事マイナス評価で見よう見ようとしてしまうのですか?

ネットでそういう斜に構えた見方ばかり見て思考汚染されていることを心配してしまう。

から、同じ作品をみていても、自分が枠に嵌めた見方をしているのに、それを自覚できずに作品が枠に嵌っていると批評してしまうのではない?

そういう姿勢クリエーター他人に対する尊敬謙虚さが著しく欠けて、自我肥大しているせいではないかと本当に心配になる。

作品鑑賞は、ケチをつけて「自分は賢い」「もう知っている」「だからこれは陳腐だ」という事を確認するためではなく、

作者の描くそ世界観思想自分から近づいて、受け入れ、それを以ってまず何より「楽しむ」ためにする、前向きな行為のはずでしょう。

予定調和」と言って倦厭するよりも、王道スポ根展開の中に込められた、

キャラたちが互いの個性尊重する柔らかい受け止めや距離感の取り方に、今時の「らしさ」を感じ取ったり、

主人公巧遅拙速思考回路が叩き潰されるのではなくむしろ周囲に愛されて引き上げられる世界観をみて、

時代に対する風刺を感じ取ったり。

そうやって良さを汲み取ろうという目線で観るほうが、明らかに脳内解像度があがり、

感性アンテナ感度もあがって、感動できることが増え、楽しめると思うのだけど。

もちろんこれも、ある意味ポジティブな型」に嵌めた思考法で、ときには「さすがに無理がある」とか

「作者の意図を逸脱しすぎている」と思われるような状態に陥ることもあるけれど、

楽しみを見出そうとしていて、その人は楽しめているという点では、「ネガティブな型」に嵌めるよりはるか有意義

そういう見方をする気分にはならないものなのですか?

あるいは、「ネガティブな型」に嵌めて、声高らかに叫ぶことで、作者の耳に届けて矯正してやろう、みたいな考えが働いているのではないですか?

そういう発想はものすごく幼稚で非生産的です。そこまで尊大になれるならば、自分制作すればいいのです。

最近アニメに対する批評批評とも言えない病的なネガティブ思考による悪口ばかりで、目を覆うばかりです。

http://anond.hatelabo.jp/20170304204106

この増田大丈夫か?

感性だけあっても言語化できなきゃ意味ないだろ

感性と語彙力は違うよな

「語彙力がないか映画感想が最高位しか出てこない」とか言ってる奴が居たけど、

それは語彙力がないからそういう感想しか出てこないのではなくて感性が鈍いからだよ

この世界の片隅に」主演声優解説

もう上映も終わりかけてるらしいし映画賞も一通りとったのでネタバレするぞ。



主人公のすずさんが終盤にかけて色んな大切なものを失うシーン。

すずさんからある大事存在と共に、特別で大切な拠り所みたいなものが消えていく。

あのシーンが本当につらくて、その後もエンドロールも含めて、彼女は失った代わりに何を手に入れたのだろうと考えた。

最後の『ある子供』はそうだろう。でも、かけがえのないひとつを失ってまで手に入れるものだろうか。交換ではなく、新たなものであり、失った事実は消えない。

戦争は全て無にする。それが答えなのだろうか?と。

いやもっとドロドロした感情も残していくんじゃないか?と。

でも主人公はじめ、生きているみんなはそれでも生きていく。

でもすずさんはこれから、どこに寄り添って生きていくことが出来るんだろう?


で、最近見た記事

すずさんは、もともと絵を描くことで自分の持てあましている感情を吐き出していたけれど、あるときから自分でも認識していなかったような感情を、言葉や表情で表現するようになるんです。



女優のん「“演じる”という、不確かで自由もの

http://news.yahoo.co.jp/feature/525

この解説が、この疑問の答えだと思った。

主演声優が言うのだから、というよりも、そういえば声が変わっていたのだ。のん評価される部分はだんだん変化してくすずさんの感情表現できているからだろう。

すずさんの感性映画全体の雰囲気と、発する言葉を変えていく。

彼女のことだからそのうちまた絵を描くようになるかもしれないし、感性は失われない。少しの変化はあるかもしれないが、戦争を持ってしても変えられなかった部分がそこにある。戦争はすべてを奪えなかった。



この映画を見た感想は二分している。

「悲しすぎてもう見れない」

希望がある気がした」

個人としては後者感想だ。しかしその希望は考えれば考えるほど分からなくなった。

映画本編終了後、あの世界では確実に大勢死ぬのだ。主要人物だけではなく、あの日すぐに救援に向かった近所の人たちも。

時限爆弾のように、いろんなことが彼女の周りの悲劇になっていく。

しか記事を読んだとき、もしかしたら、すずさんがすずさんであり続けてくれたことが希望なのかもしれない…という考えになった。

終わる前にもう一度見て来ようと思う。

それで円盤を…いつになるのかなぁ?遅いのかなぁ?困ったねぇ。

2017-03-03

http://anond.hatelabo.jp/20170303231710

感性表現力は凄いかもしれんが、「世界観」は普通じゃない

一般的世界観を、巧みに表現しているからこそ評価されてるんだと思う

誤発注詐欺師よばわり

http://b.hatena.ne.jp/entry/s/togetter.com/li/1086607

例によってブクマでは「誤発注という虚偽を行った悪質な業者であることを推測するコメントが飛び交っている。

普段冤罪はいけないだの名誉回復ができるのかなどと美しい正論を吐く口でこれである

店を詐欺師と見るのはいかにもブクマカらしい感性だと思う。10倍の発注には当然確認が入るに決まっている、そういうふうに世界は出来ているとこいつらは思っている。

その狭窄な視野貧困想像力薄っぺら正論を撒き散らし喜悦に浸るスノッブどもらしい感覚である

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