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はてなキーワード: ゲイとは

2016-08-27

男性の性被害に関する過敏反応は異常

女性性犯罪にあったというニュースがあれば

「誘われるようなことをした女が悪い」

勘違いさせるような言動をした方に責任がある」

女性なんだから被害に合わないように自衛するのは当然」

といった意見を偉そうに言う。



しかしいざ自分ゲイからの性被害にあったとなると

ホモ死ね

生殖に関わらない性欲を持つ人間は生きる価値が無い」

「目の前から永久的に消えろ」

といった存在のもの否定する言論を平気でとなえる。



自分は「男」なんだから性欲があってそれを行動にうつしてしまうのは当然。

だが俺に対して性欲を向けるような男は許せん。

女の被害感情なんて知りません。

男女の性欲が少子化処方箋


てとこか?

http://anond.hatelabo.jp/20160827153123

別に元増田のような目に遭って「もうホモはやだ」となってもおかしいとは思わないし、同じように増田が「男なんて汚物」ってなっても仕方なかったと思うよ。でも増田元増田に「同情するならこっちにしろ自己中」っていうのには残念ながら同意できないな。



確かに女性がその手の被害に遭うことはホント多いし、対策の進まなさや世間無理解うんざりしているのも分かる。でも、その分一般共感と同情、サポートがあるということもまた事実だし、その点において被害に遭った男性の状況とは全然異なるということは考えるべき。たとえば一つ例をあげると、この男性安心して乗車できる「ヘテロ専用車両」なんてなく、結果彼は電車通学をあきらめるしかなかった。たとえばそういうこと。

それからヘテロ女性にとっては、たとえ被害に遭ったところで男性一般には失望しないようにしようと考えるモチベーションが期待できる(でないと恋愛不可能になる)のに対し、このヘテロ男性にとっては、ゲイ一般失望したところで、失うものは何もないと感じられているだろう(むしろ公言することで安全になると期待しているくらいかも)。だから被害に対する捉え方も全然違うものになって当然だと思う。したがって、彼が彼の経験を基に「痴漢被害に遭った女性に同情」したとしても、ずいぶんちぐはぐなものしかならないだろう。



思うに、増田元増田への「自己中」という批判の中には、やはり増田の中の抑えきれな「男って自分勝手だ」という怒り、そういう「男性一般への嫌悪」がにじんでしまっているように感じるね。でも、それをこの文脈で彼にぶつけるのはちょっとフェアじゃないと思う。実際、この話題の中で彼は明らかに「弱者」なわけで、あなたのやったことは「性的弱者に対して自分フラストレーション一方的にぶつける行為」に過ぎないんじゃないのか。彼が弱音を吐いているから「ここに『叩ける男』がいた」と思って書いたのではないかな。あなたはかつて被害者だったかもしれないが、いまこの瞬間においてはどうなのかな。少なくとも、相対的弱者同士が叩きあっても、いいことは何一つないと思うんだ。

もちろん、彼の「ホモ排除」的な意見だって決してフェアなものじゃない。だが、その不公正と増田の不公正は、全く質の異なるものだし相殺されるようなものでもないだろう。踏みにじられる弱者の怒りを代弁しようと思うなら、あなたはまず、たとえ弱者を叩ける立場に立ったとしてもその力を振りかざさないでいられる自制を身に付ける必要がある。その意味で、「自己中」という表現はやはり適切ではなかったと思うよ。

http://anond.hatelabo.jp/20160827154840

共感してほしくて文章書くなら、少なくともゲイ全体をでかい主語で貶めるべきではなかったな

もっと女性への共感を示そうとしないやつが女性を含む多数から共感を得ようという考えが図々しいが

http://anond.hatelabo.jp/20160827154309

ごめんね。だいぶ頭に血が登ってたわ。ちなみに私は http://anond.hatelabo.jp/20160827152726

こんだけ性被害受けてたらゲイとは場所を共にしたくないという感情は当然だし、この話題他人に気が使えないのは推察されるでしょう。

それに対して「自己中」というのは厳しすぎる言葉だし共感力を疑われてもしかたがないでしょう。

2016-08-25

http://anond.hatelabo.jp/20160824224811

日本ではゲイ告白するのはマナー違反てことになってなかったっけ?

レズビアンならいいの?

http://anond.hatelabo.jp/20160825162914

ゲイ漫画銭湯で同僚とあったら物凄い巨根で全く意識してなかったのに気になって仕方ないみたいなネタを見た、デブゲイに人気属性

銭湯に通うんだ

2016-08-23

会社の明るい化け物

・生まれつきの容姿はまあまあ良いほう。40人学級のうち上位15人には確実に入る

MARCH以上

首都圏中高一貫校出身

首都圏郊外実家があり、大学職場実家通い

・目がキラキラ、肌のキメが細かくてきれい

髪型がいつもキマっている

清潔感があり、人を不快にさせる所作が無い。「育ちが良い」という印象

服装シンプルでこなれている。高い服を買っているのではなく、センスを磨くために

 服代と時間を費やしてきたのだと思う。組み合わせもフィッティングも上手い。洗練されている

・「人間関係による精神的つらさ」の話題がやたら好き。その割に暗い雰囲気は無い

映画恋人友達を誘う。誘われたい。一人で映画を見るのは残念なことという認識

恋人と長続きしない。三カ月で別れるのが普通。別れても病んだりはしない

体育会系ではない。かといって蔑視されがちなオタクが集まる系文化部でもない。

 弱い吹奏楽部、弱いテニス部などで、スクールカーストと苦労のコスパを追及してきた

自己紹介が好き。笑いを取るのも好き。注目を集めるのが好き

業務中の私語が盛り上がって、盛り上がりが終わって仕事に戻ろうとしたとき

 テンションをあげて喋り続けて盛り上がりを終わらせないように引っ張ろうとする

ちょっとした笑いを取るのが得意。男性場合、妙にゲイネタが好き。

会社学生時代の仲間の話をしたり、スポーツサークルの仲間の話をしたり、別コミュニティの話をするのが好き

職場ミスをして、怒られても繰り返す。怒られたことにへこんでいる様子が無い

企画をたくさん出す。出すが自分で進める気は無い。自分で出した意見もよく忘れている

自分で言ったことをよく忘れる。なんでも忘れる

新人だけど部長クラス以上へのウケがいい意見を言う。高い視野っていうか。俯瞰っていうか

・初対面は圧倒的好印象。面接にもかなり強いと思う。一緒に仕事をすると好感度が下がる

自分で調べない。手を動かさない。聞く、調べてもらう、やってもらう。

 人の時間を好きなだけ自分のために使わせることを当然の権利と思っている

・語彙は一般的社会人レベルだけど、天真爛漫というか、小さい子供のような明るさがある。

 中二病的な自意識過剰さ、卑屈さなどは全く無い

・せっかち。フィードバックの遅さに少しも耐えられない。

 「この案件は重いかフィードバックが遅くても仕方ない」ということが理解できない

・「かしこまりました!」「承知しました!」と明るく言って、指示どおりにしない、納期も守らない

自分ミスの尻拭いを同僚にやらせながら、友達と遊ぶために有休は予定通り取る

・人に尻拭いさせて友達遊んだのが楽しかった話を会社でする

 

赤ちゃんの亜種と思うと愛らしいが、給与をもらっている社会人と思うとぶっ殺したくなる。

圧倒的自己肯定感と、圧倒的自己顕示欲と、底抜けの明るさ。新種の化け物だと感じる。

LGBT関連の炎上案件が多発するなか『ラブデスター』がこの先生きのこ

ラブデスターとは

ジャンプ+にラブデスターという漫画が連載されている。

作者は榊健滋週刊少年ジャンプで連載経験もあるので、ご存知の方も多いかと思う。

セクシーコマンドー外伝 すごいよ!!マサルさん』、『ピューと吹く!ジャガー』で知られる、うすた京介の妻という点でも有名かもしれない。

LGBT炎上案件

さて、世界的な近年LGBT人権意識の高まりもあってか、国内でも最近立て続けにLGBT差別問題話題になった。

このような世間意識の変化を受けて、大手企業ではどうしても敏感にならざるをえないようで、

人々が自身性別自由に変更出来る近未来舞台にした『境界のないセカイ』(幾夜大黒堂)は、

作中の表現について講談社同性愛差別にあたるという懸念から打ち切られることになった。

作者のブログで経緯が説明されている。

講談社さんが危惧した部分は作中で"男女の性にもとづく役割を強調している"部分で、「男は男らしく女は女らしくするべき」というメッセージが断定的に読み取れることだと伺っています

…中略…

これが顕著にみられるのは本作第5話で、バーチャルリアリティ空間内で女性化した主人公に対して男性恋人があてがわれ、オペレータが「女性恋人男性であることが当然である」ように語るシーンがあります

このオペレータ台詞が同姓を愛する方々にとっては酷いことを言っている、という認識はありました。

だったらなぜそれを言わせたのか。

…中略…

物語が進む中で主人公ヒロインをはじめとして性の越境を行った人に触れる中で、こうした無関心から来る考え方にすこしづつ疑問を抱いていき、最終的には多様な生き方に寛容な考えを持たせていくつもりでおりました。

ここの描写は背景世界説明の一部であり、主人公の変化を描く過程の一部でした。

問題となった描写作品世界内の個人発言しか無いこともあるし、それが現実世界において好ましくない意見だとしてもいずれ作品総体としては否定されていく意見であるので、最終的には問題なくなると判断していたのです。

なお、LGBT団体レインボーアクションはこの打ち切り騒動について、

「この作品の性に関する描写に、他の作品と比べて特段の問題があるとは思われ」ず、むしろ打ち切りは「表現の自由を抑圧するものだろう」との声明を発表している。

ラブデスターでの同性愛

そして、やたらと前置きが長くなったが、ラブデスターにも同性愛者のキャラクターが登場する。

まずラブデスターのあらすじをAmazonレビューから引用したい。

 廃墟のような実験都市連行隔離された月代中学校の三年生140名。彼らの前に試験官と

称して現れたファウスト(1.st)は「真実の愛を示せ」と命じる。誰かが誰かに告白、左腕にはめ

られた装置ハート)がカップル成立と判定すればその二人は解放される。だが失敗して拒絶され

れば告白した側がその場で死亡、期限の一ヶ月が過ぎた時に残っていた者も同じ運命

恋愛事に興味のない生徒会会長・若殿ミクニは反発し、何とか皆をまとめて生還の道を探るが…。

真実の愛を示せ」と言った理由は「ファウストにとって理解できない愛を理解するため」と言いながら

そのファウストカップル愛情の真偽を判定してるのはどういうことだ、とか色々と突っ込みどころはあれど、

詰めの甘さは前作から引き継いだ作風なのでここでは取り上げない。

140人もいれば当然、人口比で5%とも10%ともいわれる同性愛者も存在する、ということで、

本作にも男性同性愛である姫川』と女性同性愛である蝶野』というキャラクターが登場する。

しか特に姫川の扱いが天下の集英社が連載するタイトルとは思えないほど酷い。

真実の愛を持ち得ない同性愛

姫川好意を寄せているのは主人公で、ことあるごとにアピールしていくのだが、

ノンケである主人公からは当然のように拒否されるばかりでなく、

なんとゲーム裁定であるファウストからもその感情ごと全否定されてしまう。

前提としてこれは命をかけたデスゲームであり、よくある少年漫画のように

ゲイキャラクターギャグ要員として入れているわけではないことに留意されたい。

(一般論としてゲイギャグ扱いすることについてはここでは触れない)

挙げだすとキリがないが、これらの、一貫してこの作品からは、

同性愛真実の愛ではあり得ない」という主張が見える。

集英社も当然チェックした上で70話近く連載を続けているのだから、このメッセージ問題と思っていないのは明らかである

異性愛至上主義世界観で登場させられた同性愛者の姫川および蝶野がどんな結末を迎えるにしても、

くらいしか思いつかないのが辛いところである

2016-08-20

ホモフェラ無し

こないだの法科大学院の、ホモなのを強制カミングアウトさせられちゃった鬱だ氏のう→あの人、屋上からぶら下がってるよ懸垂してるジョニー大倉かな落ちたの話、命名「ベイルアウト自殺」なんだけど、

「こいつらに弁護士になる資格無し」なんて書いちゃう人は、よほど正義を振りかざしたいのか、悪を成敗していい気になりないのかな、はおいといて、

暴露されて困るなら告白なんぞするなよ。これが「実はあの殺人事件犯人ホモの σ(゚∀゚ )オレ なんだ」だったら、犯人隠匿だ被害者のことだ考えろよだろうに、これもおいといて、

これからも生きていかなきゃいけない被告白者。あなた暴露しなければって、そっちが告白しなければだろうに。告白戦敗退後すぐ自殺なら、相手がヒドいこと言ったからかなとか思わんでもないけど、死ぬまでに2ヶ月間あって大学教授相談して、教授に紹介されたゲイ弁護士にも相談してて、今回のホモ側の弁護士がその人っていうのもどうかな、おいといて、

妹の「同級生一言で兄を死に至らしめたことは許せない」これ試験に出ます。けどおいといて、

出落ちなんだけど、訴訟起こしたらニュースに出て、みんなにホモだったって知られて、さらに僕的にはみっともない事件だ。ブサイク女子高生だって自分責任もって生きてるのに。大学から聞いて初めて知ったってことは、親にも秘密にして知られたくなかったことなんでしょ、こんなことされて草葉の陰で「法廷判断してもらうのは社会構成員であることの放棄だね」なんて軽く受け流しながら、化けて出ないのかな。

あ、ホモの親も弁護士なんだー

2016-08-19

飛田新地童貞を捨てた男の末路

飛田新地童貞を捨てた俺の哀れな末路を語ってみる。

  

20歳まで童貞だった。ほんとに辛かった。

中学時代ほとんど童貞で、学年のほんの数名が非童貞

彼らはヒエラルキーの頂点に立っている。

 

高校になると状況が変わってくる。

自分場合は共学だが進学校だったので、そこまで男女交際は活発ではなかった。

しか高校2年くらいから非童貞が増えてきた。

焦りを感じつつも、まだ大丈夫自分を納得させる。

部活勉強言い訳恋愛から逃げていた。

 

だが部活勉強も真面目にやっていたわけではない。

ずっと補欠で一度も公式戦に出たことはなかったし、第一志望の大学には落ちた。

そして彼女を作ることすらできず、いや女の子デートをすることすらできず高校卒業した。

 

大学入学

はじめて恋をした。アルバイトの同僚だった。福田沙紀に似た可愛い子だった。 

慣れないながらも一緒にバイトから帰ったり、メールでやりとりをしたり。

ほんとに楽しかった。

ある日、一緒に帰っている最中、思い切って告白した。

  

めちゃくちゃ引いていた。

告白タイミング唐突だったし、自分アプローチもウザかったのだろう。

「友だちとしてしか見てない」と言われ、あっさりフラれた。

死にたいと思った。

それが19歳の冬。

  

さすがに19歳になると、周りから童貞が減っていく。

辛かった。コンプレックスしかなかった。

自分より年下のやつが、どんどん童貞卒業していく。

一方自分童貞で付き合ったこともない。

やがて20歳を迎えた。

 

「とにかくSEXをしたい。SEXをすれば変われるかもしれない。」

 

その一心だった。

もうプライドもなかったので、風俗童貞を捨てようと決めた。

ネットでいろいろと調べた。

ソープならSEXができ、デリヘルホテヘルSEX禁止らしい。

SEXができないと意味がない。ではソープにしよう。

いざ予約をしようとするが、ヘタレ自分はなかなか電話ができない。

何よりパネルマジックが怖かった。

せっかくの童貞卒業なので、やっぱり可愛い子とSEXしたい。

さらに調べたところ、楽園を見つけた。

 

そう、飛田新地だ。

20分1万6千円、顔を見て選べる、SEXあり、予約不要モデル並みがゴロゴロ

これだ。

 

覚悟を決めた俺はバイト代を下ろし、飛田へ向かった。

そこはまさに楽園だった。

モデル風、アイドル風、ギャル風が軒並み揃っていた。

今まで縁のなかった、こんな可愛い女の子とたった1万6千円でSEXできるというのが、童貞には信じられなかった。

迷った末、篠田麻里子の子童貞を捨てることに決めた。

 

金を渡し、服を脱ぎ、フェラ

そして、騎乗位での挿入。

一瞬だった。

 

こんなものか、と思った。

だが同時に、達成感を覚えた。ようやく男になれた気がした。

 

そして俺は風俗にハマった。

金さえ出せば、どんなタイプの女でも抱ける。

当時、サークルもしておらず、友だちも彼女もロクにいなかった俺はバイトばかりしていた。

趣味特になかったので、バイト代が100万円近く貯まっていた。それを全部風俗に突っ込んだ。

飛田モデル系やギャル系といったタイプを一通り抱くと、次は松島新地信田山新地にも行った。

新地に飽きると、ピンサロホテヘルデリヘルソープ・M性感。

それにも飽きたらず、シンガポールゲイランと香港の141に行った。

長かった童貞時代反動

そうとしか言いようがないくら風俗にハマった。

そんな豪遊の前に、100万の貯金なんぞあっという間に飛んだ。

 

だがいくら風俗で遊んでも、自分素人童貞であるという事実からは逃れられなかった。

素人童貞を捨てたい。

 

実は風俗にハマりながらも恋はしていた。

何人かの素人女の子とご飯にいき、セオリーにならって3回目のデートで付き合ってほしいと告げた。

だが全てフラれた。

たぶん自分には人として、男として、魅力がないのだと思う。

何か大事ものが欠落しているのだと思う。

から普通に女の子と付き合って、素人童貞を捨てるという考えは諦めた。

 

次に目をつけたのが出会い系だ。

ありとあらゆるナンパ本、ブログ、商材に目を通し、トークエスコート術を学んだ。

なんかの商材に書いてあった通り、愚直にジムに行き、体を鍛えた。

はじめこそ不発だったものの、徐々に成果が出始めた。

素人初体験相手は年下のOLだった。

OLといっても高卒就職してるので、19歳だった。

当時俺は22歳だった。20歳飛田新地童貞を捨て、2年かけて素人童貞を捨てた。

 

その後も続々と出会い系経験を重ねていった。

ナース保育士JD......

共通するのは全てワンナイトで終わったということだ。

恋愛に発展することも、セフレになることもなかった。

 

1人だけ、合コンで知り合って彼女ができたが「つまんない」と言われ1.5ヶ月でフラれた。

やっぱり恋愛に向いていないのだと悟った。

今、俺はアラサーだが、たぶんこのまま彼女を作ることも、結婚をすることもなく、一生を終えるのだと思う。

 

飛田新地童貞を捨てたことは後悔していない。

多少の自信になったし、何なら飛田に行ってなかったらアラサーの今でも童貞だったかもしれない。

ウジウジと童貞であることに悩んでいるくらいなら、飛田なりソープなりで童貞を捨てた方がよいと思う。

童貞であることにメリットはない。

だが、それと引き換えに、何か大事ものを失った気がするのだ。

 

ネットでの議論不毛理由

ネットでは日々様々な議論が行われているが、アウフヘーベンまで昇華しているものは稀で

ほとんどが、それぞれの主張をして、自分けが正しいという信念を持ったまま何も変わらずに終わり、

相手理解力をけなして自己肯定感を強化するだけにとどまる。

 

なぜネットではそのような不毛な議論が行われるのだろうか。今回はそれについて書きたい。

 

言葉には「揺らぎ」が存在する。

ヤバイ」という言葉シチュエーションや言い方によって幅広い意味を持ち、人によって解釈の幅がある。

これは他の言葉も同様である

 

にもかかわらず、ネットでの議論はこうした言葉定義に厳密さを求める姿勢が少なく、

それぞれが自分なりの解釈、時には都合のいい解釈レッテル貼りをすることで議論がかみ合わなくなる。

そうした結果、相手バカ認定することになり、各々がバカと過ごすのは時間無駄結論づけられる。

 

こうした定義に関しては地理で例えると非常にわかやすい。

例えば「青森」という単語を出したとしよう。それは青森県全域を示しているに他ならない。

しかし、人によっては「青森東北」と解釈し、東北という意味で捉える。

青森りんごがおいしいよねと話していても、そうとは限らないとか、きりたんぽの方がおいしいなどという答えが返ってくる。

また、その抽象化した概念に関連したレッテルに置き換わることがある。

青森東北福島原発」くらいまで飛躍してしまう人もいる。

青森話題を出しているのに、東京電力が!放射線が!という突飛な単語が出てきてびっくりすることもあるだろう。

彼らにとっては「言葉の厳密さよりも、自分がその言葉から何を連想たか」の方が重要で、それがその言葉の本当の意味になってしまっているだ。

 

地理で考えれば、このような変換がおかしいことは明確だ。

これが、実態を持たない形而上の議論というのはこういうおかしさを確認するのがむずかしくなる。

例えば一橋自殺事件に対するコメントでも、ゲイに対するそれぞれが持つレッテル常識客観的議論を妨げている。

彼らの中での常識に反している=異常=排除すべき のような流れになっていることも少なくない。

政治議論についても同様だ。

彼らは言葉定義自分たち解釈の「揺らぎ」について把握しようとしない。

指摘をしたとしても実態をともなわないため、図で示して明確にまちがっているということを表現しづらいのだ。

 

ネット上では愛知県東日本と考えている人と西日本と考えている人がその違いを把握しないまま、東日本の県の数はいくつなのに

あいつは数も数えられないのかと憤慨しているのだ。

 

しかしながら、こういう「揺らぎ」を理解しようとするものは少数派だろう。

そもそも「定義付け」なんてもの現実世界日常会話で行ったら気持ち悪いと思われるのが関の山だ。

ネットリアル境界線曖昧になった今、そんなことをしようものなら気持ち悪いやつというレッテルを張られ、

定義付け」自体気持ち悪いやつの行う気持ち悪い行動となり、

彼らをまともな議論に導くことは困難になるだろう。

結局、授業でディベートなどを導入し、言葉の「揺らぎ」を自覚させ、定義付けの重要さを頭がこり固まる前に刷り込ませるしかないのである

それまでは、ネットでの議論なんてもの不毛で、一部のまともな人の間でしか生産性を持たないのである



ーたけを

2016-08-18

社会問題としての広がる女装裾野

少し前に男の娘という言葉流行ったが、そのムーブメントは去ったように思われている。

http://matome.naver.jp/odai/2134149251375308901 『男の娘ブームです!』

http://yomogi.2ch.net/test/read.cgi/asaloon/1405243950/ 『男の娘ブームとは何だったのか

しかし僕はどちらかといえば定着したのではと考えている。ある一定市民権を得て、男の娘というジャンルムーブメントから離れて、女装、もしくは女装子という一段階上ステートとしてくくられたのではないかと思う。

少し近接してしまいそうなので先に断っておくことがある。

世間ではLGBTについて、ジェンダー課題について議論されているようだ。僕はあまり調べていないが、そのような特集がよくあるようである

心のことであるとか、様々な議論がなされているのだけれども、僕はもっと深いところでの事情があるのではないかと思っている。

ここではそのような課題について気論するつもりはない。

それでは何の話題なのかというと、性別境界曖昧になっているのではないかという疑問が主題である

若い人はセックスをしないというけれども、データでもそれは少しづつ出てきている。

http://matome.naver.jp/odai/2142314033149402301 『草食系絶食系へ退化?若者セックス離れが止まらない!!』

http://saras-media.com/12982 『20代処女高齢処女が増加中?年代別・処女割合が明らかに』

調べ始めたのが最近だろうから昔のデータとの比較はできないだろうけれども、それでも肌感的にも自分は同じように感じている。

ただし、スーパーマジョリティー、スーパーメインな人たちというこれまで(もこれからも)メインカルチャーど真ん中にいる人たちが世の中の大部分を占めていることは間違いない。そしてそういう人たちは上記記事には当てはまりにくいだろう。

しかし、その傍ら、女装中性的、もしくは無性といった輪について、20年前であればスーパーマイノリティだったジャンルスーパーとはつかないマイノリティになってきているのではないだろうか。それこそ20年前であれば、人口比0.0いくつ%という数が、下手をすると予備軍を含めると1%台まで急伸しているのではないか想像している。(あくま想像範疇であることに留意されたい)

かといって、新宿二丁目の規模が100倍になっているかと言われればそれは違う。むしろ横ばいか、下火なのではないだろうか。

【最もゲイで溢れていた1990年代と比べると、目抜き通りは閑散とし、人通りは減っている[要出典]。異性愛者向けの店舗オフィス、そして異性愛女性の客が増え、ゲイタウンとしての特色も薄れてきている。(抜粋出典wikipedia : https://ja.wikipedia.org/wiki/新宿二丁目)】

2丁目はまた別の機会にきちんと調べる必要がありそうだが。

ここから先はほとんど僕の勝手想像上の物語だ。

そこでまた仮定になってしまうが、変身願望と十把一絡げにしてしまうのは間違っているような気がしないでもないが、女装は単純に化粧をして、女物の下着と洋服を履いて着て、オネエ言葉を使い、一時的女性の偽物になりたいのではないかと、考えてみた。また、現代女装において、ゲイ必須の項目でなくなったこともあるのではないだろうか。

自分に置き換えて考えてみる。(自分女装をする、限定バイセクシャルである

女装をすることに対し、一時的な非日常感を味わいたいわけではない、自分がそれでは継続的に留まるべき性であるという責任も持ちたくない。かといって、男性であることを意識したくない。体の良い逃げだとも考えられるが、そうすることで自律することを怖がる自分をなんとか支えているのではないかと思う。

たまたまかもしれないが、女装さんのフォロワーを見ていると、決して異性と上手に、もしくは世間と上手に渡っていけている人間が多いとは思えない。これは僕個人の一所感である

話は変わってしまうが、女装をしたいという人間が増えているような気がする。僕の過疎放送に来てくれる中にも、少なくない数の、女装をやってみたいんですがどこからやればいいかからなくて、という質問が寄せられる。僕は暦だけは長いが、何も教えられるようなことはないと思い、うまく言語化できないのだけれども。

これは、またあくま憶測しかないのだが、学校社会といったものとうまく馴染めない、もしくは馴染んでいるつもりなのだが、心ここに在らずといった、自分三人称視点で見てしま人間が、自分肯定する手段の一つとして、女装という選択をとったりするのではないだろうか。

昔で言えば一人でゲーセンスコアラーとかしていたような、もう少し最近ならヒトカラが好きな層、そんな人たちが、違う選択肢として取るのではないだろうか。

ゲーセンはあまり明るいニュースもなく、カラオケ自体も、以前に比べて減っているように思う。

その代わり、もうニコニコ生放送は古いかもしれないが、ツイキャスやショウルームなど、自分から少ない人間に発信できるメディアは、どんどん増えている。自己承認欲求をかむアウトすることはしないがインターネットならばさらけ出せるという人間が増えているのではないか

ユーストや、YouTubeなどと決定的に違うのは、コンテンツを作っていくのではなく、自身コンテンツとして売っていこうとしている点であろう。

これは、エロライブチャットとあまり違いはない。言い方は悪いが、安く身売りをしているのだ。

そうすることで、数字も伸び自尊心は保たれる。

これまで明言してこなかったが、女装する男性は、多くはヘテロセクシャルだと僕は考えている。女装同士は友達にはなれど、性的交渉相手ではないのではないだろうか。どの程度がバイゲイMTFノンセクシャルなのかはわからないが。今の所調べようがない。

想像するに、童貞というキーワード気づきをもたらせてくれるのではないかと思った。

女装をする人は、もちろん例外はあれど、ほとんどが独り身の男性である童貞ではなくとも、童貞感覚を持った人間童貞観念を捨てられない人間なのではないかと思う。自己愛が強く、他人から愛情を上手に受け止められない人が多いのではないかと思う。もしくは他人から愛情というのはデータ証明されるもの言葉や行動など)が伴わないと感じ取りにくいのではないだろうか。

脱線してしまった。童貞というキーワードを持ってくるには少し理由がある。

比喩として童貞を失うということは、大人への強制的な一歩を踏み出させるものではないかと思う。

また、僕が師事させていただいた教授が『日本という国は、年齢に比例するように年を取らなければならない社会である』というようなことを言っていた。そのように、すべての行動に責任を取っていかなければいけない社会なのである

もちろんこれは成熟した成人であれば、何を当たり前のことを、となるのかもしれないが、成熟した人間がどんどん減ってきているのだと仮定すると、(あえて厳しい言葉で書くと)未成熟人間が取るべき責任から逃れる方法模索してもおかしくないと考える。

責任というと、あまりにも重いものに感じるかもしれないのだけれどもうまいたとえが見つからない。

さて、そこで冒頭の性別あいまいになってきているという話である

この国において、終身雇用制度は終わりを迎えようとし、世界的に見ても賃金の低い国になりつつある。

そんな社会で生まれ持った持つべき男らしさというものから身を離そうとするのは不思議なことではないのではないだろうか。

嫁を取り、社会に貢献する義務を果たしたくないと思っても仕方がない。

かなり突飛な発想であることは意識しているが、あえてここでは上記のように締めくくらせていただく。

そのうえで、そのように責任を負いたくないモノと社会とがもう一度きちんとささあえあっていけるインフラ必要だと考えている。

それは産業であり、インフラであり、思想である

女装者が、女装者として生きていかなくてもよい社会づくりをするのか、女装者として生きても十分な責務を果たせる社会を作るのか、それはわからない。

ただ、こうあえて書いてしまう。

上記はれっきとした社会問題なのだ

2016-08-16

原発基地とハッテン

41歳、ゲイです。

ちょっと右より。

ただ、原発米軍基地周辺の住民不安さも分からないこともありません。

そこで提案します。

原発20km圏とかそのくらいの住民を退去させ、原発をすべてフル稼働させます

で、ゲイ移住させます

どうせ子供も作らないし。

米軍基地も影響のありそうな地域住民ゲイに限らせます

ゲイ沖縄好きは多いです。

一定数は外国人が好きです。

そしてそれらの地域日本国から独立し、一つの国とします。

ハッテン首長国

経済日本国からの援助でまかないます

仕事をする必要がありません。

国民は朝から晩までハッテンに明けくれます

ゲイ福祉事業関係者が多いことからも分かるように、基本的貧乏です。貧しくてもセックスができれば満足しますので、日本国負担も少なく、ウィンウィンの関係となります

僕が首長になります

http://anond.hatelabo.jp/20160816095448

ゲイ世界はそうなんでしょ

少なくとも女湯関係いか

2016-08-15

オリンピックにまつわる思い出(競技以外)

個人の記憶なので、正確性や客観性は無いけれど。


モスクワオリンピック(1980年)

ソビエト連邦アフガニスタン侵攻に抗議するために、日本アメリカ同調してボイコットした・・・などという背景は何にも分かっていなかったが、

とにかくソ連はひどい国なので日本は参加しないことにした、というのは、なんとなく分かっていた。

「いやなもの拒否することをボイコットというのだ」ということを知った自分は、

晩飯の嫌いなおかずをボイコットしたり、全員集合のエンディング加トちゃんが「風呂、入れよ!」と呼びかけているにもかかわらず、

風呂に入るのをボイコットして母親を困らせたりしていた・・・らしい。


ロサンゼルスオリンピック(1984年)

大会マスコットイーグル・サムのアニメは、自分の周りはみんな見ていた。

しか一年くらい放映されていて、「イーグル・サムはロス・オリンピック公式キャラクターです」というのも喧伝されていたから、

子供たちに「今度オリンピックがある」ということをうえつけるのに、実に効果的なやり方だったと思う。

今とちがって、ネットはおろか、ファミコンがようやく発売されたころで、家庭用ビデオも普及途中、

子供は今よりずっと熱心にテレビ見てたし。

アニメ主題歌を歌ったメンバーの中に、後に光GENJIになる内海と大澤がいた、というのは、

かなり後になってから知った)



コカコーラキャンペーンでもらえるイーグル・サムのヨーヨーブームで、自分もほしかったけれど、

なかなか子供コーラなど飲ませない家庭だったので、結局手に入らなかった。



実は、大スポンサーを活用した商業オリンピックが始まったのは、この大会だと、大人になってから知った。

今考えれば、見事に商業主義に乗せられた子供だったのだな。

そういえば、聖火ランナー権利が売りに出されて、日本テレビ局の金で郷ひろみが走ったような記憶がある。




開会式は、記憶の中ではすごく華やかで、とくに「ロケットマン」に大興奮した。

背中に噴射装置を背負った男性が会場をとんだ、というだけの演出で、今の時代ならばそんなに驚かないのだろうが、当時は衝撃的だった。

人が飛んで驚いた記憶といえば、このロケットマンと、はじめて宙乗りやったとき小林幸子だ。

まあ、プロジェクトマッピングなんて想像もしなかったし、今見れば、地味な開会式だったんだろうが。




ソウルオリンピック(1988年)

大韓航空機爆破事件実行犯、蜂谷真由美こと金賢姫が、自殺防止のために口にテープをはられ、両脇を抱えられて飛行機からタラップでおろされる映像は、

鮮明に覚えている。

あれが、北朝鮮ソウルオリンピック妨害するための事件だったというのを知ったのは、あの映像を見る前だったのか、後だったのかはよく覚えてない。


12年ぶりに、東西陣営ボイコットなしに集まったってことで盛り上がって、たしかロスでは140くらいだった参加国が160くらいに増えていたはず。

(いまや参加国・地域は200を越えるんだから、これまた隔世の感だが)


開会式では、聖火台にとまったハトがそのまま焼死してしまったのが話題になった。

昔は、屋外の式典なんかで、よく本物のハトをいっせいに飛ばす演出があったもんだが、たぶん、これを契機にあまりやらなくなった。

今、いっせいに飛び立つハトが見られるのは、ハトヤホテルくらいか


バルセロナオリンピック(1992年)

バルセロナカタルーニャ州というところにあって、スペイン語とは別にカタルーニャ語というのが使われているのを知った。

開会式ではカタリルーニャ語のアナウンスも流れていたはず。


あの、アーチェリーの矢の先に火をつけて、その矢を放って聖火をつけるという演出は、その後も含めて歴代最高だと思う。

まあ、いろいろ危険すぎて、東京では絶対できないと思うけど。


アトランタオリンピック(1996年)

そりゃ、大スポンサー・コカコーラ本社があるからアトランタなんでしょ? 近代オリンピック100周年だからアテネのほうがふさわしいのに、という解説をよく聞いた。

会期中にオリンピックパークで爆破事件があり、結構な数の死傷者が出た。

当時は「爆破事件」といっていて、あんまり爆弾テロ」という表現はしなかった気がする。まあ、いまのISテロみたいな脅威はみんな感じてなかったし。



シドニーオリンピック(2000年)

日本選手団衣装虹色だったんだけど、なんだかLGBT社会運動でよく使われるレインボーフラッグの色合いに似ていて、

「なんだ?日本選手団はみんなゲイなのか?と海外の人たちが驚いている」というような報道があった。

レインボーフラッグにそういう意味合いがあること自体を知らない日本人が多かったと思うけど。自分も含めて。

LGBTとかセクマイって言葉も、ほとんど一般には使われてなかったし。


閉会式では、ドラァグ・クイーンを題材にしたオーストラリア映画プリシラ』の登場人物の扮装した人たちがパレードしていて

実況担当だった、若かりしころの有働アナウンサーが「えーっと、このかたがたはみんな、男性なんですよね!」と、

言葉を選びつつ興奮気味に話していたことを、妙によく覚えている。



アテネオリンピック(2004年)

今回のリオ同様、直前まで「あの工事が終わってない」「ここが不完全」という報道がよくでていて、「大丈夫か?ギリシア」と思っていたが

まさか、その後あんなふうに「大丈夫じゃない」状態に陥るとは、さすがに誰も思っていなかった。


リオの開会式での最終ランナーが、この大会ときに、飛び出してきた男に邪魔されたマラソンランナーだったことは、

今回、開会式後の報道で初めて気づいた。



北京オリンピック(2008年)

世界各地を経由して行われた聖火リレーで、チベット弾圧する中国政府への抗議が頻発。

日本でも善光寺が出発場所になるのを拒否したり、応援する中国人と抗議する人が騒然とする仲で、

聖火ランナーだった萩本欽一に卵がぶつけられたのは覚えている。

しかスピルバーグも、抗議のために、開会式アドバイザーかなんかを降りたんじゃなかったっけ?




ロンドンオリンピック(2012年)

開会式で久しぶりにMr.ビーン(ローワン・アトキンソン)の姿を見たのが懐かしかった。

日本ブームになったの1998年ごろだっけ?


男子サッカーで、韓国人選手が「独島はわが領土」とかなんとか、旗を掲げて、表彰式の参加を拒否されてた。







こうしてみると、なんだかんだやっぱり時代政治・経済状況が忍び込んでくるのだなあと思う。

今回のリオは、とりあえず「開会式いかにも予算なさげな割によかった」「選手強盗にあったり、やっぱり治安が悪かった」「プール緑色に」あたりは確実に記憶に残りそうだが、

残りの期間は無事に終わってほしい。

まあ、あんまりISテロリストとかは、活動しなさそうな地域ではあるが。




多分、オリンピック史上最悪の事件ミュンヘンの例のやつなのだろうが、さすがに、まだこの世に影も形も無かった時代ことなのでよく分からない。

日本ではどんな感じで報じられ、受け止められたのか、ちょっと興味はある。

ゲイから告白で怯える男はもっと不利な立場にいる女の立場になったら

どうなっちゃうんでしょうか?

セクハラのような告白されても女という立場で不利なため逃げ場がなく、

好きでもない男からほぼほぼレイプされても経済的な自立ができないので結婚のために我慢し、

その約束すら反故されても文句は言えないというトリプルレイプなんだけど


自殺ちゃうかな?

女にとって好意を持てる男は二割なんだって

まり8割からの男の告白ゲイから告白みたいなものってもんだよね

でも女は全員、掘られても文句も言えないし声も上げられないわけだ

男は全員ゲイから告白された方がいい

2016-08-14

http://anond.hatelabo.jp/20160814170309

増田の感じた「怒り」みたいな気持ちは、とてもよくわかる。

別に同性愛がどうという問題ではないよ。はっきり言って、その「A」の態度は失礼極まりない。

告白した、断られた…そこまではいいよ。だが、「分かった」と言っておきながら、その相手にしつこくつきまとう? まして甘える? それは明らかに踏み越えてる。ましてや、そこで再度の拒絶にあい謝罪でもするならまだしも当てつけのように「学校来ない」→「留年」のコンボ。これはもう完全にアウトな奴だ。増田が仮に女性「A」異性愛者だったとしたらどうだろう? こんな勘違いクズ野郎は一人で滅べ!とはてなの皆さんも燃え上がることだろう。

ここまで人間的に未熟な人は恋愛する資格自体がない。この「A」は完全にただの迷惑地雷でありただの自業自得野郎であって、増田にはなんの責任もないし罪もない。翌年の様子みても、なんら反省している様子がないし人間的に成長したようにも見えない。これは十分ブチ切れていいレベル。「オレのせいで留年したって言いたいのか」と増田が思うのは当然で、これは実際そう言ってるのと同じだし、悪く言えば「増田同性愛偏見があるせいで…(チラッ)」と言ってるようにさえ見える分だけ悪質だ。こういう、人権問題を利用したハラスメントをかましてくる相手には、きつい灸が据えられるべきだと思う案件だ。

だが、一橋の件については、まったく逆だ。なぜそう言えるか?

結局のところ、告白というのは「した側」の所有物でもなければ「された側」だけのものでもない。両者が共有する「プライバシー」なんだ。だから、どちらかが一方的にそれを公開するのはやはりルール違反だ。きわめて個人的関係での「相談」とか、そういうところで用いるならばまだしも、だれかれ構わず公開することは、事後的に相手許可が得られることを確信していたとしてもあまりお行儀のいい振舞いではないし、まして許可など得られないだろうという場合においては、単なる暴力に過ぎない。増田暴力を振るわれた側。一橋の彼は振るった側。両者を一緒にすることはできないと私は思う。



増田アウティングを踏みとどまり一橋の彼がそこを踏みとどまれなかった理由を考えていれば、結局のところ「彼がゲイだ」という事実に関する、二人の意識の在り方の違いにあったように思う。それを飲み込んでいられた増田人権感覚比較的まともであったのに対し、「もう黙っていられない」と簡単限界に達した一橋の彼は(その確定的な書きぶりから、おそらくすでに周りにしゃべったあとで、それがAの耳に入る前にLINEで伝えておくことでアリバイづくりをしただけという風に感じられるが)、その部分において非常に底の浅いダメダメ人権感覚しか持ち合わせていなかったということだろう。「誰かに聞かれたらしゃべっていた」と増田は言うが、文章の書きぶりをみてあまりそうは感じない。後で周囲にカムアウトしていたAのイメージがあるから、今の時点でそう思うだけなのではないだろうか?



増田は、自分一橋大学生との間にそれほどの差はないと言いたいようだが、やはり人間は、事実として「やったこと」で判断されるべきだと思うし、その点において増田の振舞いと一橋学生行為との間には、やはり決定的な違いがあるように私は思う。

http://anond.hatelabo.jp/20160814173710

ゲイだとバラされてって言っても無闇矢鱈にいじめ抜こうみたいな物には見えなかったし

遺族も正直おかしいと思う。お金目当てでしょ。

恋愛告白を美化する風潮

一橋のことだけど



みんなAのこと被害者被害者言っているけど、Aは加害者



同性愛とか関係ない。AとZの性別を異性の組み合わせにしても結論は同じ

Aは告白すべきでなかった



恋愛封印することができなかったのか



あくまロースクールには勉強にAもZも来てたはずだろ


勉強に集中したいのに、後先考えず一方的に行動するAの身勝手


やるなら国試終わったあとにしろよ、時期考えろよ



サークルだったり小規模・特殊なところで恋愛御法度とするとこがあるのもうなずける


告白上手くいかなかったら、絶対バツが悪くなるし、

告白上手くいっても、他のメンバーと上手くいかなくなったり、

どうせ別れてめんどくさいことになる結果だらけじゃん


友情と思っていたこれまでのAのふるまいが下心だったと思ってしまったら

告白断ったZはAと前の関係に戻れないだろ?

Aの自分にしてくる行為を警戒して受け入れられないだろ?



告白が不可逆にしたんだよ



すぐアウティングせずガマン期間があったような面からも、

マンの限度でアウティングという取ったらいけない選択肢

踏み込ませたのだろう



大学相談窓口に相談したところで有効な手立てを打ってくれるとでも??

どういう大学であっても、現状を考えても、

こういう「恋愛が発端のトラブル」に仲裁できる相談窓口なんてないだろ

もっと言えば、どうも報道では「Aがゲイである」点で

一橋大学は腫れ物を扱うような感じだし



もちろん、そういう現実があるからと言って、

越えてはいけないラインを越えたZを正当化しないけど



じゃあ、



Aと離れるにはZは退学すべきだったんですか?

そもそもZは告白されたショックで自殺すれば良かったんですか?


それとも、Zに対する殺意表明をするような奴に今すぐ殺されれば済むんですか???



普段犯罪を犯してしま環境に追い詰めている加害者のくせ

問題が起きたら他人事正義面して、

本質を見ずして、分かりやすい表面の「悪」だけぶっ叩いて


自分正義なんだ」


自分の心の安心を保っているクズどもが



お前らだって同じ状況なら過ちを犯してしま可能性はあるだろ

絶対ない、と言えるか?



答えてみろよ

一橋ゲイ自殺で、同性に告白された過去を思い出した。

もう随分昔のことになる。大学時代、同性の「友達だと思っていた相手」に告白された。以下その彼を「A」と呼ぶことにする。Aと俺はサークルの同期で、まあ普通に仲が良かった。サークル仲間複数で遊びに行くことも、Aと二人でメシを食ったり映画を見たりすることもあった。俺にとってAは数ある男友達の一人で、特別感情は全くなかったし、向こうにそう思われていることも全く気付いていなかった。


ある日、唐突にAに呼び出されて、「好きだ」と言われた。その時自分は何故か冷静だった。淡々と「自分同性愛者じゃないし、その気持ちに答えることはできない」と言った。Aも「わかった」と言い、その場は普通に別れて家に帰った。


帰りの電車の中で、さっき起きたことを思い出していたら、なんだか「嫌悪感」としか言いようがない感情が湧きあがってきた。そういえばAはあのときあんなことをした、こんなことを言っていた。あれもこれも全部、俺に対する性的関心が裏にあったのか?なんだか裏切られたような気持ちがあった。


家に帰ってから、当時付き合っていた彼女電話して、告白された話をした(彼女はAと接点がなく、Aのことは知らなかった)。彼女は「裏切られたような気持ちはわかる」と言った。彼女自身、全くそういう対象として見ていなかった先輩(彼女持ち)にいきなりキスを迫られて、ひどく傷ついたことがあったと言う。でもその男と比べたら、手を出してくる前にちゃんと告白したAはまともだ、今後も普通に友達として付き合えるんじゃない?と。そうかもしれない、とその時は思った。


その後しばらくの間は、俺もAも何事もなかったかのように過ごしていた。サークルメンバーも、そんなことがあったとは誰も気付いていなかったと思う。しか告白から何週間か経った頃、ある事件が起きた。


サークルイベントで皆で出かけることになり、「○○駅前で待ち合わせて行こう」となった(まだ誰も携帯電話を持ってない時代である)。するとその前日の夜に、Aから電話がかかってきた。Aは「明日二人で直接会場に行こう」と言うのだ。俺は「いや、皆で行こうって待ち合わせてるじゃん」と言った。するとAは、


「いいじゃん〜、二人で行こうよ〜」


と、甘えるような声で言ったのだ。この時の「虫唾が走った」感覚をはっきり覚えている。俺はお前に、「そういう関係」には決してならないとはっきり言ったではないか。なのにお前は俺を性的に消費しようとするのか。俺の気持ちも都合も御構い無しか。ふざけるな。「いやだ」と強い口調で言って電話を叩き切った。


それ以降、俺はAと距離をとった。ほとんど「無視」していたに近い(向こうからしかけられた時は、必要最低限の返答はしていたけど)。するとAは、サークルに出てこなくなった。他の友達に聞くと、なんか大学にも来ていないらしい。Aは結局、その年の単位が取れず、留年した。


次の四月、大学に戻ってきたAは、俺以外のサークルメンバーカムアウトを始めた。そしてその時、「僕が実はゲイなんだ。去年増田告白したんだけどフラれちゃった」と言っていたらしいのだ。俺はとても悔しかった。あいつは、自分留年が俺のせいだとほのめかしてるのか?俺は告白されたことを、サークル内の誰にも言っていなかった。なのに、なんであいつは自分カムアウトに勝手に俺を絡めているのだ?


俺はそのままサークル引退し、Aともそれ以来全く会っていない。この経験記憶の中に沈んでいたけど、最近一橋ゲイ自殺関連ニュースで、ものすごくありありと思い出した。怖いのは、ひとつ間違ったら俺は「加害者」とされていたんだろうなあ、ということだ。Aには留年という実害があって、その「原因」は結局のところ俺にある。俺はサークル内でアウティングはしなかったけど、それはどちらかというと偶然みたいなもので、もしあの時期にサークルメンバーに「最近Aと何かあったの?」とでも聞かれていたら、たぶん喋ってしまっていたと思う。今回のアウティング舞台になったグループLINEだって、当時はなかったわけだし。


俺は一橋大事件で告白された/アウティングした側の「Z」の話を聞いてみたいと思う。例のグループLINE上の文面を見ても、Zが面白半分でバラしているようには思えない。彼には彼の深刻な思いがあったのではないか。いずれにしても、現時点で手に入る情報だけに基づいて、Zが一方的悪者であるかのように語ることはできないし、すべきではないと思う。

大島薫の詭弁批判する

大島薫が淫夢営業をたくらんだところ、非難を浴びて炎上しました。

それに対して自己正当化をはかる大島薫の詭弁がみるに堪えないので、2点突っ込めることを以下に書き出します。

1.実在する人間だと判明しても、淫夢厨による人権侵害は止まりません

なぜ野獣先輩架空存在ではないことを知らしめることに、野獣先輩の流布を止める効果があるのかについては、過去ニコニコ動画野獣先輩と同じくゲイポルノ男優として広く拡散していたビリー・ヘリントンという人物の例があります。同じくニコニコ動画無断転載されていたビリー・ヘリントン氏が、イベントゲストに登場することになり急速にその動画画像が出回らなくなりました。「動画の中だけの人」が「現実存在する人」になることで人々の倫理観が元に戻ったのではと考えております

まずこの大島認識が誤りです。

淫夢界隈では、とうの昔に実在確認されている出演者たちがネタにされつづけています

有名なTDNと呼ばれる野球選手を筆頭に、DB、HTN、KYN、POPO、KBTITらの実在が明らかになったところで人権侵害は止まりませんでした。


さらにいえば、ビリー・ヘリントンを中心とするレスリングシリーズが衰退したのは、ニコニコ動画運営公認となって飽きられたからです。

もともと、レスリングシリーズ動画ニコニコ動画運営への嫌がらせ目的、またはサブカル的に消費して面白がっていたのが流行きっかけでした。

そんなレスリングシリーズ愛好者たちは天邪鬼といえたわけですが、ビリー・ヘリントンニコニコ動画運営によってイベントへ招待され、あまつさえ彼がグッズ化されることで熱が冷めていったのです。

彼らは自分たちの「オモチャ」がメジャー化して愛想をつかしたのであり、決して「倫理観が元に戻った」のではありません。

2.野獣先輩本人に人権侵害状況をプッシュ通知しにいくのは悪質性の程度が高いです

ゲイセクシャルマイノリティーについて詳しいと自称しているのであれば野獣先輩という人物がネット面白おかし流行している現状を快く思っていなかったはずです。それをいままで放置してきたのに、いまさらアウティングだなんだのと騒ぎ立てるなんて偽善者過ぎはしませんか?

アップされる動画を見て見ぬフリをしてきた一般人たちもまた同様です。アウティングというなら、ゲイビデオに出演している画像ネットに流してるほうがよっぽどアウティングだと思うのですが。むしろ、いまになって非難されている方々は自分が「ネットに無断で画像をアップするのはいいけど、捜索するのはダメだよな」というような倫理観であると、自ら認めてしまっていることにお気付きなのでしょうか?

これは程度問題無視した典型的詭弁といえます

大島のたくらみは、本人の居所を暴き出し、人権侵害の状況を直接知らせに行って、本人の了承が取れたらそれを公表することです。

もし、野獣先輩本人が人権侵害状況を知っていて不快に思っていたなら、大島行為二次被害にあたるでしょう。

そうした大島所業と比べると、野獣先輩人権侵害コンテンツに対してなす術もなく黙認していることは悪質性の程度が全く異なります

そもそもゲイポルノを素材にした人権侵害コンテンツアップロードに対して、権利を持たない第三者には何ができるのでしょうか。

もし取り得る方法があるのならば、大島薫が率先して行うべきでしょう。

本気で野獣先輩の救済を考えていたのならの話ですが。


物事は黒か白か、1か0かの二元論ではなく、その間はグラデーションになっていて程度問題というものがあります

大島はこの程度問題無視した詭弁を弄している自覚はあるのでしょうか。

http://anond.hatelabo.jp/20160814104332

権利意識の高いゲイの人も怖いっちゃ怖いかも知れないが。私が本当に怖いのは、はてなtwitterに生息する意識高い正義の人が、一番怖い。

不用意を批判し、無神経を責め立て、奴らを吊るせ吊るせと唱える。その手の人は、正義の名のもとに他人をぶん殴れればなんでもいいんだけど。お題目としてマイノリティを利用しているだけなんだろう。

Z君が、A君がゲイであることを暴露した理由

ゲイのA君から告白されたZ君がなぜLINEでわざわざ暴露したのか。

Z君はいちおうノンケっていうことになってるんだけど、実はゲイだったのかもしれない。


ゲイフォビアは潜在的同性愛的傾向があるにも関わらず、社会的制約や自身倫理観のせいで認める事が出来ないでいる人に惹起される事がわかっている。

記憶に新しいフロリダでのゲイ虐殺もこれによる可能性が高い。

アメリカン・ビューティーではクリス・クーパー演じる隣人フランクによってその苦悩が描かれている。


友達連中のあいだでは「ゲイなんて気持ち悪いよな」という風潮があり、Z君は苦悩していた。

自分がもしかしたらゲイなのかもしれないとこれまでに疑ってみたこともあるが、そのたびにその疑惑自分で打ち消してきた。

ゲイであることなんて誰にも言えないし、認めたくない。

そこへA君から告白がありZ君は動転する。

もしかして俺がゲイかもしれないとA君はうすうす感づいているのかもしれない。

いやいや、俺はゲイではないし、ゲイであってはならない。

からゲイではない。

2ヶ月の間自分ゲイなのかそうではないのか悩み続けた。

そしてゲイなのだとはっきり自覚してしまうべきなのか。

出した結論は俺はゲイであってはならない。

そもそもA君に告白される以前は自分ゲイであるかどうかという考えを自ら遠ざけて考えないようにしてきた。

そうして心の平安を保ってきたのだ。

そこへA君が突然ゲイであること、自分好意があることを表明してきた。

なぜ俺にそんな事を急に告白してきたのだ。

なぜ俺なんだ。

A君は俺に好意を持っているらしいが、俺はA君の事を恋愛対象として見れるかどうかなど考えたくもない。

自分恋愛対象が男であるのか女であるのか考えたくもない。

そういう考えはこれまで努力して封印して考えないようにしてきたのに急にそれを壊したのはA君だ。

俺が今こんなに悩まされているのはA君のせいだ。

そこでA君はゲイだけど、俺はれっきとしたノンケだということをLINEで友人に表明するという暴挙に出た。

Z君が言いたかったことはゲイなのはA君で俺はゲイじゃない。

A君がゲイからといって自分ゲイかそうでないかということには何の関係もない。

しかしそこには同族嫌悪のような得体の知れない感情が生まれ、悪いのはゲイであるA君だという考えに凝り固まっていた。

A君はお前たちが気持ち悪いと思うゲイだけど、俺はゲイじゃないか気持ち悪くない。

から俺を気持ち悪いなんて思わないで欲しい。

俺は自分ゲイかどうかということにもうこれ以上悩まされたくない。

それが彼のメッセージだった。