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はてなキーワード: 故郷とは

2017-04-23

防人の詩

おしえてください

この世に生きとし生けるもの

全てのコンテンツ擬人化されるならば

軍艦はどうですか 動物種はどうですか

風はどうですか 空もそうですか

おしえてください

おしえてください

この世に生きとし生けるもの

全てのコンテンツ擬人化されるならば

軍艦擬人化されます動物種は擬人化されます

風は擬人化されますか 空は擬人化されます

酒は擬人化されますインターネット擬人化されます

私の大切な故郷もみんな

擬人化されてしまます

2017-04-21

ファンのみなさんへ

みなさん、おとといのライブ本当にありがとうございました

絶対に泣かないって決めてたんですが、、、。

最後メンバーからサプライズ

涙腺崩壊しました。

さすがにあの手紙は・泣

(注・この文章は私のTwitterリンクから来てくれたファンの人たち宛に書いてます。それ以外の方々、お邪魔してすいません!)

さて。

私のアイドル活動休止について、いろんな人たちが、いろんなことを言っていて...。

正直、ここ数週間はかなりきつかったです。

でも、すべて私の責任だし、文句を言える立場じゃないこともわかってるつもりです。

とりあえず、みなさんにこの場をかりて真実をお伝えしたいと思います

まず、メンバーの不仲説。

ぜっっっったいにありえません。

ことねもりんちんも、私にとってはもはや仲良いとか悪いの次元ではなくて。

もっと深い深い絆で結ばれてます

そのことはおとといのライブに来てくれた人なら、わかってくれるはず。

あと、スキャンダル説。

なんか、私がファンと付き合ってるらしいとか、ホストに狂ってるとか・笑

ありえません!まずホストクラブかいかないし、興味ないし!

とりあえず、私にはうしろめたいことはありません。わがままでお休みさせてもらうことは本当に申し訳ないけれど、私にはどうしても必要ことなんです。

私がお休みする理由

あの場で説明できなくてごめんなさい。

短い時間でうまく話せる自信がなかったし、説明するには文章の方がきちんと伝わると考えました。

私はこの春から故郷の島に帰ります

そこで一年間、ハカホリコジキとして生活します。

ハカホリコジキというのは、私の島に古くからある慣習です。

死人が出た時に、死体をおぶって、村はずれの共同墓地に運んで埋葬するのが仕事です。

この役目は力仕事なので、若い人じゃないとむずかしいのです。

それで、なかなか後継者がいない中、私に白馬の矢が刺さりました。

村のお年寄り達は、自分が死んだ時はハカホリコジキに背負われて、半日かけて川を渡り、共同墓地に埋められたいと願っています。そうじゃないと天国に行けないという言い伝えがあるのです。

そんな願いを無視はできません。

ハカホリコジキをやってる間は、一年間、山奥のお堂の中で暮らします

当然、テレビネットもありません。

淋しいです・泣

でも、必ず成長して、さらにパワフルになって帰って来たいと思ってます

みなさん、それまで待ってて下さい!

では!

2017-04-18

20170406_ミュシャ

ちょうど仕事の谷間も時期だったので、衝動的に有休を取って平日の昼間に六本木国立新美術館まで行ってミュシャ展を観に行った。

連休にぶつかると混雑は必至なのはわかっていたので、そうなる前に観に行きたいと思って行ったのだが行って正解だった。

はいえ、平日にも関わらずそれなりに人が多かった(ちょうど草間彌生展も同時開催してたので、そちらの客入りの影響もあったのかもしれないけど)。

少し前のNHK特番を見て予習したのだが、やはり生で観るのとでは迫力が全然違った。

まず、ミュシャの画風がスラヴ叙事詩とそれ以前(パリポスターとか広告絵を書いてた頃)で全くの別人のようで大変驚いた。

スラヴ叙事詩はそこに描かれた苦難の時代を生きるスラヴ人眼力の凄まじさに、まさに射竦められる心地がした。

「残りの人生スラヴ民族のために捧げる」というミュシャのの真摯姿勢が感じられた。

一般的ミュシャイメージといえば、パリ時代サラ・ベルナール舞台ポスター代表される作品群だが、これはこれでもちろんよかった。

花と女性四部作に描かれる女性官能的だけど、決して下品ではないエロティズムが魅力的だった。

「花と女性」だけでなく、宇宙的なモチーフ(太陽・月・六芒星星座)も取り入れられてるのも特徴的だった。

故郷チェコ(当時はチェコスロヴァキアか…)に戻ってからパリ時代ポスター画みたいな作品をいくつか描いているが、

そこに描かれる女性は少し趣が異なる、スラヴ系特有の丸顔が特徴的だった。

朝の10時半頃から昼過ぎの14時までゆっくり鑑賞することができて満足した。

帰りは遅めの昼食を東京ミッドタウンの中の店で採った、新宿にもあるだし茶漬けえんで冷汁を食べた。これは美味しかった。

後はついでに近くにあった日本酒ショップで取り扱ってる日本酒三種の試し飲みセットを注文したがこれは正直微妙だった。

保存のせいなのか…どれも苦味が気になってしまい味に違いがあまり感じられなかった。

2017-04-16

http://anond.hatelabo.jp/20170416161449

おお。増田自分と同じような境遇の人見つけて感動してる。

自分の親は通学といえば山越えて行くレベルガチ田舎出身者だったか

この程度の環境でも故郷に比べれば、随分と都会で文化的土地に見えたんのかも。

経済的不自由がなかったのは良かったし感謝もしてるけど、針のむしろだよね…。

今更格差社会がーとか言ってる人達は、同じ種類の人間コミュニティだけで生きてこれたんだろうなあと思ってしまう。

2017-04-15

緯度的な故郷ってもんがあるんですよ

北朝鮮に帰りたい

2017-04-14

http://anond.hatelabo.jp/20170414111127

親の世代に遡るけど、差別から身を守るためにはそうしたコミュニティに属するか、そうしたコミュニティから逃れて隠れるかという選択肢があってうちはその後者だった。

それは言葉を変えると、朝鮮人としての在日として生きていくのではなくて、自国から離れて在日朝鮮人として生きていくということの選択でもあった。

マイノリティとして生きる上で日常的な差別から身を守るには被差別者であることを公表しないことが何より効果的だった。



帰化すればいいのにって言うのは簡単で、例えば関西の人が東京に出てきて関西弁を捨てて東京人になりたいか?というような問題だと思う。

さっきサイバーメガネの人にブクマされて思ったけど、誤解を恐れずに書くと、今、福島を離れて都市部に出てきている人も同じように考えているんじゃないかな。

日々周りを取り囲む差別に怯えて、地元に残る人の一部からも白い目を向けられて、それでも本籍を変えて故郷を捨ててまで生きていきたいか?という感じ。

そんな簡単問題ではないと思うので、でしゃばった意見だったら申し訳ない。

要するに自分被差別者だったからこそ得られた経験が沢山あって、何よりもアイデンティティでもあるってこと。

今は隠す隠さないというより、必要があればその都度公表するし、不都合があればあえては口にしない生活日常的な嘘から解放された生き方がやっと出来てきた感じです。

2017-04-12

http://anond.hatelabo.jp/20170412093027

そりゃ田舎者マナーを問うても無駄だけど、

蔑みの目にどこかで気付いてそのうちドロップアウトして故郷の山に帰っていくんだろうから

この機会にドロップアウトタイミングが早まってくれてとっとと山に帰れよと思う

2017-04-05

http://anond.hatelabo.jp/20170207194047

レスだけどたまたま目に入ったので

普通の”沖縄人の悲しみ、危機感は、“普通の”日本人にはもはや届かないんじゃないか、って絶望

確かにアイデンティティとか抽象的なこと言われても実感として伝わらない。

具体的には騒音米兵犯罪自然破壊ってところ?

騒音問題なんて全国あちこちにあるし、最終的には裁判で何とかするしかないんじゃねーの? 実際やってるところもあるようだけど。

犯罪大阪府警も酷いもんだけど、だからって府警廃止しろとは言えんし。大多数のお巡りさんは真面目に務めてるだろうし。

地位協定云々もよく言われるけど、最近報道を見る限り普通に捜査されて裁判受けてるような?

自然那覇空港や数々のリゾート地では沖縄県民が率先して破壊してきたんでしょ? ダブスタやんけ。



沖縄戦犠牲云々も、沖縄県民含む当時の日本人侵略戦争なんか始めたからだろうに、何で被害者面してんのって印象しかない。これは去年オバマ謝罪しろとか言ってた一部広島県民にも思ったことだけど。

「当時の政府が悪い。教育が悪い。自分たちは悪くない」ってか?

前に糸満平和祈念公園に行ったとき米兵犠牲者名前がずらりと並んでてショックを受けたんだよね。完全に意識の外だったからさ。

そりゃ人数は日本人より少ないが、自業自得日本人に対して、この人たちは完全に被害者じゃん。

だって他国なんかを守るために故郷を離れて暮らしてる米兵の皆さんにはご苦労様としか言いようがない。俺がアメリカ人なら絶対嫌だわ。

からそういう人たちを攻撃している連中にいい印象は持てない。



逆に普通の日本人危機感は、普通沖縄人に伝わっているのかと感じる。

要は中国ことなんだけど。

俺は軍事については素人だが、少なくとも尖閣南シナ海あん状態なのに戦力を減らすってのは不安しかない。

逆に基地なんてなくても中国心配ないですってなら、責任ある人が公的立場でそう言って安心させてほしい。ツイッタラーブロガー脳内軍事論じゃ意味ないし、学者専門家は右と左で言ってることが真逆から

でも翁長知事基地反対派も、中国の脅威については総じてスルーじゃん。

それじゃあ支持できるわけがない。

知事は「何でこっちが対案出さなきゃいけないんだ」って切れてたけど、出したくないなら好きにしなよ。

だったら政府の方を支持しますってだけだよ。

からもし俺の家の隣に基地を作るとなったら、もちろん歓迎はしないし積極的に誘致もしないが、最終的には受け入れるよ。ゴミ処理場と同じで、迷惑だけどどこかに必要ものからな。

それは諦めじゃなくて分別というものだろ。

2017-03-31

暗君東西対抗

単純な失政や暴政よりはエピソード重視。

だいたい次代の奴が自己正当化のために悪く書いただけで、実際はそこまで馬鹿じゃないという話もあるので、話半分に読みましょう。

?-前771 姫宮 西周の第12代の王・幽王。無口無表情系の美女・褒姒の機嫌をとるために、用もないのに何度も緊急の烽火をあげ、集まってくる諸侯の軍を見ては、褒姒と一緒に笑っていた。ついに反乱が起きた時、幽王はあわてて烽火をあげたが、もはや集まる軍はなかった。これにより西周は滅んで東周が興り、そして春秋時代へと突入していく。
259-307 司馬衷 西晋の第2代皇帝・恵帝。先帝の御前で家臣が「あいつには玉座がもったいない」と言い放ったほどの暗愚だった。飢饉ときに「米が無いなら肉粥を食べればよいではないか」と言い放ち、かの有名な台詞を1500年くらい先取りした。その無能さ故に、代わって政治の主導権を握ろうとする皇族たちが争い「八王の乱」が起きたが、その無能さ故に殺されることはなく、48歳のときに食あたりで死んだ。
335-357 苻生 前秦の第2代皇帝・厲王。生まれつき隻眼だったために祖父から忌み嫌われ、たびたび鞭打たれるなど、虐待まがいに育てられた。武勇に優れていたが、残虐で酒を好んだ。宴のときには酒を飲まない者を殺したため、諸官は懸命に泥酔せねばならなかった。また隻眼のコンプレックスから「少」「無」「残」「偏」などの文字を使うだけで誅殺した。従弟たちが起こしたクーデターにより23歳で殺害された。死ぬ間際にも泥酔していたという。
463-477 劉昱 劉宋の第7代皇帝後廃帝。「天性好殺」と評されたシリアルキラー。従者に凶器を持たせて街を練り歩き、気に入らない者を自ら殺して回った。贈り物が好みでなかったというだけで皇太后を毒殺しようとしたが「喪に服しているあいだは街へ出られませんよ」と諌められて諦めた。一日に誰も殺さないと不機嫌になったという。有力な将軍クーデターにより14歳若さ殺害された。
502-549 蕭衍 南梁の初代皇帝武帝。当初は名君の誉れ高かったが、次第に仏教に傾倒していき、莫大な寄付金国庫を傾けた。なまじ優秀だったために諫言を聞かず、勝手出家してはそのたびに寺院から連れ戻された。周囲の反対を押し切って、隣国を追われた武将を受け入れたところ、即座に反逆され、凄惨な籠城戦の末に捕縛幽閉された。息子たちの誰も救援に来ない中で、惨めなうちに病死した。
1122-1161 完顔亮 金の皇帝。「天下の美女を妻に得たい」と嘯き、親族、家臣の妻、母娘、幼女、あらゆる美人後宮に入れ、宮殿のいたるところで乱交した。幼い姪を強姦して殺し、従弟の妻を奪おうとして死に追いやった。南宋に対して大規模な遠征を行ったところ本国で別の皇帝擁立され、それでも遠征を続けようとして部下に殺された。死後、皇帝どころか王とすら見做されず、「海陵庶人」と記録された。
1563-1620 朱翊鈞 明の第14代皇帝万暦帝。幼い頃から聡明で知られ「朕は5歳で字が読めた」とよく自慢していた。宰相張居正の手腕により、統治の初期は成功を収めたが、その後は外征・内乱が相次ぎ、自身酒色に溺れて堕落した。明で最も在位期間の長い皇帝だが、30年にわたって後宮引きこもり上奏があっても何の返答もしなかったため、国政は機能不全に陥った。ただし徴税だけは熱心だったという。

西

161-192 コンモドゥス 17ローマ皇帝暗殺未遂や側近の裏切りなどから政治への興味を失い、剣闘にのめりこんでいった。「ヘラクレス化身」を自称して狼の毛皮をまとい、実際に剣闘士としてコロッセウムで戦った。その武勇は素晴らしいものだったが、「皇帝奴隷の真似事を」とローマ市民を嘆かせた。あるとき重臣たちの粛清を図ったが、逆に毒薬を飲まされ、朦朧としたところを襲われて殺された。31歳だった。
203-222 ヘリオガバルス 23ローマ皇帝ローマ最高神故郷シリアの土着神に挿げ替えてその神官となり、処女を守るべきローマ巫女結婚して神の子を産もうとした。その後は離婚結婚を繰り返し、最後には女装をして男性奴隷の「妻」として振る舞った。さら宮殿の中に売春宿を作り、自ら男妾となって通りがかる男性を誘い込んだ。マゾヒストの気もあったという。近衛兵の反乱により18歳の若さで殺され、死体は切り刻まれて川に捨てられた。
937-964 ヨハネ12 ローマ教皇カール大帝の子孫という家柄であり、わずか18歳で教皇となった。無謀にも教皇領の拡大に乗り出して大敗を喫し、それを助けた東フランク王国オットー1世ローマ皇帝の冠を与えた。これにより神聖ローマ帝国誕生したが、教皇権威は低下することとなった。不道徳人間で、ラテラノ宮殿売春宿のようにしており、最期人妻と寝ていたところをその夫に見つかって殺されたという。27歳だった。
1012-1056 ベネディクトゥス9世 ローマ教皇父親の後押しにより20歳にもならないうちに教皇となる。賄賂などはもちろん、殺人もいとわず姦淫にふけり、同性愛も行っていた。従妹と結婚するために教皇位を金で売りとばしたが、すぐに後悔して復位を主張し、混乱を招いた。結果として三度も教皇に就位することになり、最後には新たな教皇により破門されてしまった。四度目の復位を画策していたときに43歳で亡くなったと言われる。
1199–1216 ジョン イングランド王。幼い頃から父・ヘンリー2世に可愛がられていたが、父と争っていた兄・リチャードが優勢になると寝返りヘンリー2世失望のあまりに亡くなった。さらにリチャードが亡くなって王に即位すると、フランスフィリップ2世敵対して惨敗フランスにあった広大なイングランド領を全て喪失し、その体たらくイングランド諸侯の不満が爆発したため、やむなくマグナカルタを認めて王権制限を受け入れた。
1835-1909 レオポルド2世 ベルギー国王アフリカコンゴ私領とし、私財のほとんどを投じて近代化を推進したが、やがて「天然ゴム採取ノルマに達しなければ手首を切り落とす」といった残虐な労働を強いるようになった。さすがの欧州諸国もドン引きして強烈なバッシングを浴びせ、最終的にコンゴ統治ベルギー政府移管された。国民からの信頼は地に堕ち、晩年王妃や娘にまで白い目で見られたという。
1845-1886 ルートヴィヒ2世 バイエルン王。「狂王」とも「白鳥王」とも呼ばれる。政治への興味は薄く、戦争に負けたばかりで多額の賠償金を抱えていたにもかかわらず、借金までして自身メルヘン趣味に耽溺し、中世風の美麗な城を各地に残した。夜中にソリ遊びを始めるなど、奇行に走る王を家臣たちは危ぶみ、精神病だという理由で退位させた。その翌日、40歳で謎めいた死を遂げた。

2017-03-21

http://anond.hatelabo.jp/20170321003142

私学の定員厳格化自体、突然言われたわけじゃなくて2年前から周知されてるわけで…

個人学力問題と、進路指導した教師の目算が狂っただけだろう

18歳の息子の進路を親の東京コンプレックスで決められちゃって可哀想というのもあるが、

そもそも

そもそも地方田舎に人が集まらないのはそこに娯楽も魅力も金もいからで、まずそっちを改善する方が先でしょうに。

増田自身が、住み続けることを結果的に選んだ自分故郷である地方

娯楽も魅力も金も、何か一つでも作り出すことが出来なかった大人であることを恥じたりはしないの?

なんで全部息子や息子たち若い世代おんぶにだっこなの?

それでいて息子たちの人生自分コンプレックスで縛りつけてる自覚ある?

自分がそのツマラン田舎構成要因である自覚ある?

2017-03-19

http://anond.hatelabo.jp/20170319211850

そういうのは、現状維持でも多少なりとも良いと思える状況があったら悩むべきことであって、

現状のままだとクソなのが確定している、一歩踏み出してもうまく行くかはわからないって、踏み出さな理由ないのでは。

その感じだと、今以下にはならないでしょう。

うまくいかなくて、故郷に戻ることになったところで、経験が増える分、今よりは恐らく多少マシになっているのでは?

あと、頭の先からだけで行動を変えることができればそれに越したことはないんだけど、

あなたに限らず社会の人々の多数派にとってそれは容易いことではないので、

自分気持ちや行動を変えようと思ったら、何か物理的な変化を迎え入れるのがいいよ。

そのための手っ取り早い手段として、引っ越して、生活環境を変えるというのはアリかと。

25歳なら、まだ若さ採用に影響するうちに入るから、いまのうちだよ。

実家暮らし24歳の一人っ子だが遠い夢棄てきれずに故郷を棄てたい

今年25歳になる女で、地方暮らし高卒

資格運転免許ITパスポート(笑)

彼氏いない歴=年齢の人間のクズ

父は数年前に亡くなって、母のことは嫌いなんだけど高齢だし、ほっとくのもどうかと思ってる。

今の仕事刺身の上にタンポポを載せるような仕事で、クソみたいな給料でこき使われてんだけど、人間関係には困ってなかったからやめるやめる詐欺でずっと働いてきた。それが最近ハロワで変な噂(だいたいあってる)が流れてて、そのせいで日本人が入ってこなくなって、ろくに日本語もできないような外人さんを、面接(笑)採用して、わずかに入ってくる日本人も、なんかこの人ほかに行くと来ないんだろうなぁって池沼しかいないしで、クソみたいな中国人犬猿の仲になったりで、やめたい。新卒も二人とも屑だったしさ。さっさと辞めればいいのに。

からさっさと辞めたいんだけど、年金暮らしの母を扶養に入れてるから、なかなか一歩を踏み出せないでいる。

任意継続を選べば、2年間は母の保険証は手に入るけど…

から親に稟議を出すのが苦手で、あれがしたいとかこれがしたいとか、自分意見さらけ出すのが苦手で、遠い夢捨てきれずに故郷を棄てたいんだって言えれば楽なんだけど、MPが足りない。

昔夢見ていた職業があって、それをずっと忘れてたっていうか、言い出すのが恥ずかしかったっていうか、ってんで、今は刺身の上にタンポポを載せる仕事に甘んじてるんだけど、それももう6年目…

学生の時はパソコンの大先生(笑)で、趣味プログラミングちょっとできたから、お前はそっちに進めとか周りに言われてて、でも数学がてんで駄目だったからやめたんだけど、今ちょっと触ってみようと思っても、全然筆が進まない。エディタ開いて、やっぱいいやって。能無しみたいにホッテントリニコレポとtwitterFB巡回して、転職先でも探せばいいのに、ばかじゃないの。

こんなんだから上京したって無駄貯金食いつぶしながら故郷にも帰れず、クソみたいな30歳になるんじゃないかって、かといってこのままだらだらと今の生活を続けていても、クソみたいな30歳になることは明白だし。仮面夫婦な親を見て育ったので、結婚なんてできるわけないし。

もう少し強くならなけりゃ時の流れに負けてしまいそうだっていう焦燥感が常に襲ってきてて辛い。

私みたいなのが友達もいない東京にふらっと出てきて、生きていけるのか、だれか教えてほしい。

このままじゃ嫌なんだ。

追記

遠い夢はIT関係じゃないんだ…

2017-03-17

今どき歩きタバコからポイ捨てっていうクズすぎる奴を見かけてしまった。

千葉県内で関西訛り丸出しで喋りつつ恋人か妹かよく分からないのと歩いていた男。

故郷に帰れよ。せめて携帯灰皿くらい持てよ。

2017-03-13

http://anond.hatelabo.jp/20170312190945

深川下町あたりの戦前観光名所歴史遺産震災・戦災で壊滅した上に、当時の人々が「復旧よりも復興」を掲げたため、古老の記憶がその命とともに消え去る前に、元に戻すことができなかった。


歴史的建造物遺産は、災害消失したらそれで終わり、ではない。


ワルシャワ歴史的町並みのように、ナチスに完膚無きまで消滅させられたけれども、戦後、そっくり復元果たして世界遺産にまで登録された例もある。

戦後70年、ようやく「復興」より「復旧」の方が大切(子孫が自らの歴史的アイデンティとなる拠り所がないことがどれほど深刻なことか)と気づいてくれた人がいるのは嬉しいが、いかんせん、あまりに遅すぎた。


同じくナチス廃墟にさせられたアムステルダムのように、「復旧よりも復興」を選択するのなら、そこに住んでいる住民が誇れるような町並みと建築を整える戦略もありだったが、東京はそれすらしなかった。まぁこれは石川栄耀の思想についていけなかった安井誠一郎の頑迷さによるところが大きい(GHQは巷間に言われるほど冷淡ではなかったと思われるけどね。)

今の東北も「復興」を掲げているけど、のっぺらぼうの住宅地に巨大な津波堤防が子孫のアイデンティにどれほどの傷を残すのか、気づくのにあと50年はかかるだろうね。

都市計画、本当に大切よ。とりあえず地元土木事業者政府の金で潤えばいいや、という考え方は100年かけて故郷を蝕むから

まぁ世界中どこも、こういう失敗を経て成長するけど、この手の精神的成長には石造りの街主体ヨーロッパですら数世紀のスパンがかかってるから日本のようなかつて木造主体の街だと仕方ない部分もあると思う。でもいま、ここで精神的成長しないと本当に近い将来、やばいことになるから

苦手なもの嫌いなものが増えていく

三十路も半ばになり、苦手なものが増えてきた。

自分性癖確立され、他のものを受け入れる余地が減ってしまったのだろう。

昔は許せた事でも、些細な事が気になり気にくわなくなり受け付けない。

その事をTwitterなどで好きじゃないと呟きたいが、それをよくリプ飛ばしあっていた人が好きと知っているのでなかなか呟き難い。

今ならのユーリ!!! on ICEの勇利が苦手というより嫌いだ。

日本代表としてその他の人達を押しのけ勝ち上がったのに、あの傲慢且つ卑屈すぎるメンタル

勝っても「僕程度が、僕なんか」と言って他の日本選手地雷を踏み抜き嫌われているだろう。

勝って世界で戦うのならば、せめて負けた人達がこの人に負けたなら仕方ないと思えるような意気込みや意識を見せろ。

家族や周りの人や故郷人達暖かい応援に対して言った「微妙感情」についても、何を言ってるんだこいつとしか思えなかった。

競技を続けるにあたり両親にどれほどの金銭負担があったか夜遅くに押しかけて教えてくれる先生気持ちを、リンクを貸してくれる幼なじみも、こんなに大切にされているのに感謝一つしてない所が非常に腹立たしい。

元々身勝手まりない人間だったのに、神様であるヴィクトルが側にいて信じてくれさえすれば他は何も、どうでもいいという更なるクズになって終わるストーリーも受け付けなかった。

もう1人のユーリ、ユーラチカの方がずっと主人公だった。

BLがどうのこうのというより、掘り下げる程のキャラクタ性もなくストーリーもない。

正統派スケートアニメという触れ込みだったのに作りたいもの、伝えたいものがぶれすぎていて結局「お前ら腐女子はこんなん好きだろwww」っていう舐めきった作品になってしまっている。

スケートアニメならもっとスピンステップ、採点や演技構成など、今後実際のスケートを見るときに「ああ、これがユーリで言っていたやつか」と何かそのジャンルプラスとして残るものくらい入れろと思う。

何故勇利がキャラクタとして人気になったのか、作品としても人気になったのか理解出来ない。

この頃の同人ジャンル流行廃りが激しいので夏までは保たないと思ってるが、目障りだから早く廃れて欲しい。

2017-03-11

さよならAC

2011年3月11日、未曾有の大災害東日本を襲った。影響は各方面に及んだ。福島原発は爆発し、首都圏を含む広域な交通網は打撃を受けた。多くの人が亡くなり、多くの人が家をなくした。

この震災を受けて、企業各社はCM放送自粛した。震災時のCM放送が法によって規制されている訳ではなかったが、CM放映による非難企業自主的に避けようとしたのである。代わりに、テレビ局人畜無害ACCMを流した。 繰り返されるCMにより、ACは一躍その名を高めていった。

震災から一週間が経った。震災による犠牲者は一万人に迫ろうとしていた。テレビでは未だACCMばかりが流されていた。企業としてはそろそろ通常のCM放送したい気持ちだったが、もし自分会社けがそうすることによって「不謹慎だ!」と言われてしまってはたまったものではない。ネットではとあるACパロディ動画があげられていた。それは冷静に見れば面白くもなんともないものだったが、きっと他に見るものもなかったのだろう、驚くべき再生回数を記録した。その人気にあやかろうとしたのだろう、次々とACCM関連の動画アップロードされた。大の大人が「ポポポポーン」と叫ぶという、滑稽とも見苦しいとも取れる動画群であったが、人々はそれを不謹慎とは受け取らなかった。

二週間が経った。各国から支援が続々と寄せられていた。人々は(被災していなかった地域を含む人々は)それを見て「A国は素晴らしい」だの「K国はやっぱりクソ」だの言っていた。その頃、国会ではある法案が審議にかけられていた。アンチコマーシャルメッセージ法案通称AC法案である。この法律では、震災復興を達成したという判断政府が下すまで、企業テレビCM放送禁止規定していた。何故こんな法律が審議されることになったのかはよく分らない。しかイメージダウンを恐れて企業法案に反対できなかったし、当然のことながら猛反対の立場をとるテレビ局各社は盛んにこの法律弊害を訴えたが、震災報道ヘリコプターを使って被災者迷惑をかけたり、衝撃的な映像をまくし立てるように放送し続けたりしたテレビ局視聴者は既に愛想を尽かしていた。結局AC法案は難なく両院を通過し、テレビで映るCMACのものだけになった。

一ヶ月が経った。とある実業家による億単位義援金や、さるスポーツ選手によるツアーの賞金全額寄付宣言世間では話題になっていた。テレビ局スポンサーに働きかけるのに必死だった。自社のCM放送されないのに企業お金を出すなんてことはおかし論理だったが、それを認めたらテレビ局は立ち行かなくなってしまう。結局、「番組内で可能な限りスポンサー商品を紹介する」ということに決まった。出演者スポンサー企業ロゴ付きの服を着ることが常識になったし、番組の中でそれまでの流れとは関係なく唐突商品の紹介が始まることになった。それでもスポンサーから今まで通りの料金を徴収することは叶わず、経費削減の為にギャラの高い大物芸能人は締め出され、金のかからない素人芸人の起用が急速に高まっていった。ネットではAC関連動画の盛り上がりが、最高潮に達していた。

三ヶ月が経った。全く前例のなかった計画停電が行われ、都心優遇ぶりに一部の人々は憤慨していた。結局テレビは何とか放送を続けられていたものの、以前との差は歴然としていた。番組の内容もそうだが、間々に挟まれCMが全てACの為、テレビ自体一種カルト宗教的色彩を帯びていたのであるAC側もCMバリエーションを増やしはしたが、それも焼け石に水と言える程度のものだった。もはや国民ACの名を知らぬものなどいないという有様だったが、多くの国民は良い感情を持っていなかった。余りにもCMが繰り返された為、段々ネットACパロディにする人も減ってきた。

半年が経った。さる地方テレビ局が、番組内で東北地方のお米をセシウム米と表示したことが大変な物議を醸した。ただてさえスポンサーからの金が期待できなくなっているのに、その上この不祥事ではもはやなす術がなかった。結果、番組のみならずテレビ局までもが潰れた。テレビ局が潰れるなんてことは前代未聞だった。この事件の後極度にテレビ局各社は不祥事を恐れるようになり、人々の反感を買いそうな発言ますます避けるようになった。ネットでは、(直接的な関わりはなかったものの)ついにACは局を殺したと言われた。

一年が経った。大震災の模様が改めて各メディアに取り上げられた。問題は未だ山積みであったし、それとごろか原発を中心とした被害は更に拡大していったが、人々はというと大震災のものより、原発は推進すべきだとか廃止すべきだとか、与党を変えるべきだとか変えないべきだとか、そういった話題に興味を持っているらしかった。AC以外のCMが消え失せてしまったことも、もはや当たり前のこととして受け止められつつあり、誰かが思い出したようにACネタにした動画を作るだけだった。

二年が経った。被災者を除くと、人々は既に震災に関する興味を失っていた。時代は変わった。震災後急速に衰えていったテレビに代わってインターネットが主要なメディアと見なされるようになった。人々はテレビを見なくなり、テレビACCMしかやらないことなんてもう誰も気にしていなかった。企業は力を失ったテレビに代わってインターネット上での広告に力を入れるようになった。ユーザーの好みにピンポイントで合わせた商品宣伝から、見るだけでお金が貰える斬新な広告までもが生まれた。それはかつてのテレビCM以上に多彩で、ユニークで、興味深いものだった。テレビなんてものパソコンが使えない情弱だけ見てればいい。そんな声が強くなっていった。

 五年が経った。この年大震災テーマにした映画が公開された。それは大変な好評を博し、歴史に残る名作とまでも言われた。しかし、人々は未だ故郷に戻れぬ仮設住宅暮らしを強いられている被災者がいることを知らなかったし、被災地寄付することなんて思いもよらなかった。震災は感動という名のビジネスの道具となっていた。同じ年、政府によりAC法案の解除が発表された。瀕死テレビ業界はこの宣告に狂喜したが、すぐに期待は裏切られた。なぜなら、AC法はこれより四年後、2020年東京オリンピックの開催と共に解除だということが知らされたからだ。明らかに、国が立ち直ったことを国内外アピールするための政府戦略だった。このころになると、テレビは見てはいけないものとさえ思われるようになり、まだあどけない子どもたちが何かの拍子にテレビを見て、「ポポポポーン」なんて言った日には親から叱られる始末だった。

 震災から九年が経った。遂にテレビCMが復活する時が来たのである。既にテレビは最盛期を思えば哀れになる程衰退しており、CMを復活させたところでかつての威光を取り戻すことが不可能なことは誰の目にも明らかだった。各局はなんとかスポンサーを見つけようとしたが、もはやあえてテレビで自社のCM放送しようと考える企業はいなかった。「もうこの業界は終わりだ」最後希望を打ち砕かれた業界関係者たちは嘆いた。

 そしてその日がやってきた。オリンピックの開催とともに、首相によって震災から復興が全世界に高らかに宣言された。AC法も解除された。人々は56年ぶりの首都でのオリンピック熱狂した。散々興味がないと言っていた人までも試合の経過を見守ったり、見たことのない程人で溢れかえる東京に驚いていたりした。オリンピックは、成功裏に終わった。

 その一方で避難者は七万を下らなかった。福島出身の子供に対する苛めも収まらなかった。東北地方の食に対する信頼も回復しなかった。原発放置されたままだった。しかし、そんなことに心を痛める人はもういなかった。人々は震災被害なんてものは遥か昔に回復したものだと思っていたのだ。

 それから人々が震災のことを忘れるのに時間はかからなかった。いや、震災のことだけじゃない。この九年間で人々はテレビを忘れた。テレビだけじゃない。テレビで嫌というほど繰り返されていたACのCM―かつてはネタにして面白がった、それから先は忌み嫌うものとして見なしたCM。特異な状況であれほど繰り返し放映され、国民全員がこの先忘れることはないだろうとさえ思ったCM。そのCMのことすらも、震災に関する全ての記憶とともに、忘れていたのだ。

2017-03-09

311島尾敏雄と私

島尾敏雄の「死の棘」という小説を読んだ。浪人時代予備校講師に勧められて買ったもの文庫で600ページと長く、ずっと読めずにいたが、春休みを使って読破することができた。簡単に紹介するなら、「死の棘」は作者の代表的私小説で、夫の浮気の発覚から始まる妻の不調と家族崩壊を記録した作品である

 読み進めていくと、妻の精神異常を和らげるためにと、「私」はこんなようなことを考える。

  『相馬に帰ろう』

 紹介され偶然手に取ったこの本のこの文章を読んだ時、私は名状し難い不思議な感じに襲われた。

 私は、相馬地区で生まれ育った。島尾敏雄相馬地区ふるさとだったのだ。

 そして、未だに故郷原発事故惨禍に見舞われている。

 東日本大震災から6年。故郷自然と思われた。

 正直言って、私はふるさとがあまり好きではなかった。自然はたくさんあって、野馬追という伝統も素晴らしいが、若者が志を高く持つには小さすぎる街だと思った。私はどうしたらなんとも言えない閉塞感を打破できるかを考えては、多分無理だろうなと半ば諦めの感情を胸に秘めていた。

 東日本大震災が起きた。

 私は生き残った。住んでいる地域原発避難指示区域には入らなかったものの、鉄道などインフラは寸断され、私たちは転居した。都会に。

 それからの私の生活は非常に充実したものとなった。幸い、福島出身と明かしても白い目で見られることはなく、田舎ありがちなデキる人の足を引っ張る風潮もなかった。意欲ある人が存分に学び体験できる施設があり、尊敬できる人がいた。若者がより広い世界へ飛び立とうとする意欲を持つには充分だった。

 東日本大震災が起こって6年になる今、私は東京で高いレベル教育を受けられている。あの地震でおぞましい数の人が亡くなり、今も苦しんでいる人が大勢いるが、私にとって6年前の地震人生を大きく変えた分岐点であったように思える。あの地震がなければ、私はここにはいない。

 しかし、本当にそれでいいのだろうか。嫌だったふるさとから、私は逃げるようにしていなくなってしまった。どうすればいいかからなかった。何か違うのではないか、という気持ちが渦を巻いていたが、田舎を離れられる開放感でそれを押さえつけてしまった。大震災を美化してしまった私の思考が正常なものなのか、若さゆえの過ちなのかは未だにわからない。

 小説の中で島尾敏雄相馬に帰ったのは、崩壊してゆく家族とのギリギリ人生をやり直す力を、故郷に感じたからだと思う。多くの人が、故郷自分人生の原点にして、そこの原風景大事にしているように。私が捨てた故郷のそばには、未だに立ち入りが禁じられ、人々が帰ることすらできない場所がある。彼の郷里最近、立ち入りが許可されたばかりで、復旧・復興とは程遠い。故郷に帰ることさえ一生叶わない忸怩たる思い、悩み苦しんだ時に自分が生まれ育った場所が変わり果ててしまった悲しみ、いわれのない差別に苦しみ、福島出身ということに引け目を感じている子どもたちの心情にどうやって接したらいいかからない。故郷を追われ苦しんでいる人に少しでも助けになるように日々研鑽を積んで、その人たちを助ける力、次に世界を揺るがす大事件が起きた時に多くの人を助けられるような力を養うことが、震災をチャンスと捉え故郷を捨て去った自分贖罪だ。

 自戒として、ここに記しておく。

2017-03-03

聞こえてくる故郷日本」の断末魔

そういうわけで、今の日本殺意の矢面に立たされているのは「日本残滓」ともいえる。というのも最近自公政権おろし発言に、実に納得する。つまり、表面的に彼らがすべてを支配しているように見えるが、実は本当に窮地なのは日本残滓の側だろう。

1980年代昭和時代だが、まだ発展の前半だったので、当時の国民の誰もが残滓と戦っていた。1990年代残滓的なものますます壊れていったが、それは都市部に限ったことだった。2010年代、もはや日本残滓は、政治サブカル手法によって相互エンコ的に結び付きあわないと成り立たなくなってないか

おニャン子」の時代握手券もなければ秋元康氏が支配層とずぶずぶになることはなかった。ニューミュージック洋楽こそ限定的であった。しかし今の日本では、若者音楽離れすらしている。非常識的なCDセールス国策迎合がなければ国民グループは成り立たない。

ネトウヨサブカル風味(あの暴走族らしさも含めて)は特殊だが、日本的市民団体の多くは運動が成り立たなくなっていて、そういう政治団体組合会長左翼趣味をまき散らして云々することはできなくなっている。壁も中身もうすっぺらいサブカルしかない。

新自由主義」の美名のもとに、好景気まがいな豪華列車が全国各地で走ったり、今時ポストヤンキー名乗りをして道路利用者警察から顰蹙を買う連中は、寝台列車を走らせていたり、痛車ラノベ競争が行われていた頃よりはるか日本らしさを失っている。

日本残滓」がモンスターになったものが、あらゆるものを蝕んでいる。というわけだ。1980年代から1990年代ヤンキーつぶしの迷惑オタクが被っていた頃に比べると、今回の右傾化問題はちゃっちすぎじゃん。昔は、その地域の最大の家族一族大金持ちになり支配層になり、色々な産業に口出ししているということだが、今は新自由主義富裕層インフレするというショボいやり口になっている。日本残滓は弱体化している。

この線香花火が消える寸前にブワッと燃えるような感じの「日本残滓の悪あがき」が、2010年代日本なのである非行ネタ消費も、鬱陶しいほどの鉄道拝金志向オタクギャルヤンキー化もそう。全部が、断末魔。あからさまに必死になり癒着しあって虚勢を張っているだけだ。

から虚勢であり、内実がないから、これはしょせん偶像しかないし、前時代論理であり、ネタしかないし、あやかしであって、モンスターなのである。これに終止符を打つ、一種の抵抗を迎えるのが、今われわれ文明社会を信じて生きる都市住民にはあるのではないか

あの問題が第二次自公政権という擬似右翼政権の幕切れで終わる訳がないと思っている。日本社会性にも切り込まれるだろうし、現在人類が(人類が何度も滅んだと言う説もあるため一応。)文明社会始まって以来受け継いできた帝国システムも、そろそろしっかりと「精算」されるはずだ。2017年から2019年はまさに一つの人類伝統東洋小国から終わる時ではないか日本人自ら日本看板を捨てる。




今の日本人2000年代までとはまったく異質で極左的だ。天皇制への疑念も高い。

だが日本で起きようとしている2019年問題とは、まさに“嘗ての中国”が行ったことと親和性が強い。現在台湾中国王朝制度破壊したように。それがわからない「肉屋を支持する豚バカ支持母体となった社会崩壊する。日本故郷もつ私にはまことに不本意だが、肝心の彼らがこうなのだからもうどうしようもないとなかばあきらめている。

2017-02-26

首都圏に人が集まりすぎた 25年前の時点で首都圏いなかった人は帰って

頼むよ

こっちはずっと住んでるのに人が増えて住民層や店が完全に変わって空き地ほとんどなくなった

自分故郷が急変してほんと悲しい

明らかに電車の中も過密化が進んだしすごいストレス

2017-02-22

http://anond.hatelabo.jp/20170222211959

少子化問題環境問題共通する背景にあるのは

未来人間現在共同体意思決定考慮に含むかどうかという問題である

今は平気でも何百年かしたら公害地球はとんでもないことになったり

日本は本当に人がほとんどいなくなって悲惨なことになっているかもしれない

そういう苦境に陥るかもしれない何年も先に生きている人間たちのこと今生きている自分が考える必要ありますかという問い

これを問題として意識できるかどうかはもう遺伝とか

まれ育った故郷が好きだからずっと良い場所として残ってほしいと願う気持ちを持てる生育環境とか

ぶっちゃけると運とか偶然でしかないと思う

でも問題意識を持てなくたっていいと思う

問題意識をもって未来の人たちについて勝手に悲観するのもそれはそれで傲慢だし

将来実際に人口が目に見えて減れば

未来の人たちが子供をたくさん作って人口を増やそうという意思を持つ可能だって結構あると思うし

なるようになるでしょっていう

結論特にない

bonchacchanga、gudachanことグダポンです。

皆さん、おはこんばんちは。bonchacchanga、gudachanことグダポンです。私は文筆業と趣味社会を動かす所存です。活動の暁に、私自身の夢を実現したいと切望しています

恐らく1度しかない現世を大切に生きたいと願うことは、誰もが等しく同じであります。私は、社会の現状を改善する政策として、脱サブカル・脱日本を提起しております。詳しくはインターネットで公開しておりますので、ぜひご覧いただき、みなさまに実現に向けてお力添え賜りたくよろしくお願いします。

社会としては、具体的にまぁいろいろ考えておりますが、まず日本課題として、大日本帝国時代以降の社会問題について、後世課題への取り組みが70年なおざりになっております日本日本であるために、日本人私たちがなすべきことは娯楽社会の清算、モータリゼーション適正化知性主義への回帰でございます反知性主義が60年以上、日本社会を担ってまいりましたが、日本人が反知性で故郷を腐らせてきた、これは紛れもない事実です。その象徴たる娯楽社会、この前時代制度を排して、本当の意味での知的社会確立する。そのためには反知性主義の衰退、知性の回復まぁこれは様々な問題にもリンクしますが、私人からもこれを提起いたします。



日本問題になっている鉄道社会2050年代までに、国際標準水準にまで進める、これが私の政策です。鉄道利己主義一人勝ちしても、利己主義に徹して「客」などの関係者だけいい思いしても、自動車などの犠牲鉄道社会があることを考えなければ、日本鉄道社会はもう明日はありません。特に私鉄社会は、次の大災害後に、復興を機に脱却できるように、それまでのその場しのぎのインフラとし、いまは次の大災害への備えとして自身で非常時の移動手段の確保をすべきだと考えます

また、地方復興に向けて、都市鉄道高速鉄道公有化した上で、残りのJR含めた私鉄インフラ事業からビジネス観光産業に転換して、鉄道もっと文化商業に徹した、インフラ色を薄くしたビジネスとして振興していくことを考えております。その際に、私は都市道路改善すべきと考えております。そして、インフラ商売交通機関の分離と徹底します。そうすることで、日本はいくらでも産業化しうる資産が、たくさんまいくらでも眠っているのです。

日本人とりわけ日本人の云う都会人がいま、いまというよりこれまで平穏で来られたのは、地方郊外でほんとうに犠牲になっている車社会被害貧困問題被害必要以上の富裕層人口の増加、そうした困窮を横目に一人勝ちしてきて、閉鎖的社会に閉じこもっているという現実がございます。そうしたものから目を背けて、自分たちばかりのことを考えても、日本いや都会や地方社会自体良くなることはございません。現実を良くするためには、外へ目を向けることが必要です。

詳しくは、ぜひインターネットに掲げてありますので、ぜひ細かいことについてはそちらを読んでください。皆さまのお力添えをよろしくお願い申しあげます

2017-02-21

http://anond.hatelabo.jp/20170221231927

故郷は遠きにありて何とやら。

面倒な人と関わらず、モノだけ消費するのが賢いっすわ。

2017-02-19

の子供は日本人でもアメリカ人でもなかった

アメリカ暮らし10年になる。10年ほど前、アメリカ中小企業に誘われて二つ返事で当時結婚していた妻も一緒にアメリカへ飛んだ。

給料も良かったし、アメリカ暮らしも一人なら寂しかたかもしれないが2人でいるということの安心感から結構うまく行った。

その一年ほど後、息子が生まれた。費用会社保険が良かったのかあまりからなくて済んだ。

子育てはあまり手がかからない子だった。流石にアメリカから英語ペラペラ日本語もすこしぐらいなら話せるという感じに落ち着いた。

息子が5歳になった時、アメリカ幼稚園であるキンダーガーテンに入れることになった。そこでは全く問題がなく一年ほどで卒業した。

しかしその後が問題だった。8歳になったときアメリカ公立小学校に通っていた息子が突然「頭が痛いか学校行きたくない」と言い出した。

担任相談した結果、一定の理解を示してくれて学校に行ったり行かなかったりを繰り返した。

詳しく聞いてみるといじめにあっていたようだ。靴を隠されたり、無視されたりと「地味な嫌がらせレベルのことが積み重なっていたらしい。

息子は当然血統的には純日本人だ。それが原因で標的にされ「アジア人から」という理由いじめには行かないまでもからかわれたり暴言を吐かれたりしたらしい。

酷いのは息子が少々内気で細身なのを理由に「ゲイ」だというレッテルを貼られたことだ。アメリカいじめ定番なのがゲイ認定で、とにかくアメリカいじめっ子ゲイ認定したら勝ちだと思っている。対処法はゲイ認定されないように頑張るしかないのだ。

結局いじめ問題は年齢が上がるに連れて解消したが、いまでも恐怖心があり学校に行くのを躊躇うようになっている。

息子の登校が不規則になったところ、担任から精神科に通わせればどうかと提案が来た。今息子は精神科学校に交互に通っている状態だ。最近また学校いかなくなってくる頻度が増えた。

ちょうど最近日本企業にお呼ばれしたこともあり、日本に帰ったらどうか息子に提案したことがある。

答えは曖昧だった。

そう、彼にとって日本外国なのだ。俺にとってはアメリカこそが外国日本自国、正直アメリカで一生暮らす気はないしいつかは帰ろうと思っていたが、彼にとっては全く反対になっていた。

しかアメリカで産まれアメリカで育った俺の息子は日本という国に血統という繋がりしかない。

彼の故郷アメリカなのだ

今更とんでもないことをしてしまったと自覚した。アメリカ社会にもその人種から馴染めず、日本社会でも馴染めず、そして家庭内でも心なしか居づらそうにしている。完全に宙ぶらりんの人間を作ってしまった。

2017-02-18

窮地を乗りきって飛躍した歴史上の国家十選

歴史ネタをまとめてくれる増田をしばらく見かけないので

自分で書いてみる。

このエントリーでは基本的首都まで攻められるか、首都以外を失うに等しい状況から

反攻に出て逆に周囲に脅威を与えるレベルにまで回復した国家を取り上げる。

ナポレオン戦争は単なる大災害なので無視

※※独立戦争関係は「弱くて当然」なので極力避けています。(追記)



「落ちる時はいっそどん底まで落ちた方がいいんです。はい上がる距離が長いほど男の子はずっと強く素敵になりますから結崎ひよの(城平京




国名 地域 簡単な紹介
バビロニア アジア アッシリアシャムシ・アダド王に隷属する都市国家であったが、シャムシ・アダドの死後時間をかけてナイセイTUEEEで力を蓄え、マーリから兵を借りパクするなどして四方世界統一に至る。
アジア 老いた大国晋の内乱で智氏ひきいる智・魏・韓の連合軍根拠地を攻められるものの、奇跡の逆転。中国戦時代には強国のひとつとなる。類似例:田氏斉(弱体化はしたので趙を選定)越(追記)
ローマ共和国 ヨーロッパ ケルト人首都ローマを攻められ、みかじめ料を払って帰ってもらう。その後もピュロス・ハンニバル同盟市戦争などのピンチがあったが、根性でしのぎ地中海世界一円支配する強大国になる。類似例:アテナイ
パルティア王国 アジア ローマ帝国に何度も首都クテシフォンを攻め落とされるが、何度もしぶとく復活する(知識不足すみません)。
ウェセックス王国 ヨーロッパ デーン人に攻められ国王農家のおかみさんにカマドの番を命ぜられるまで墜ちるなどするが復活。いちおう世界帝国イングランドに繋がっていく。
フランス王国 ヨーロッパ 百年戦争ではパリ地方政権状態にまで追い込まれ局面もあった。ゲクランジャンヌ・ダルクなど国民英雄活躍イングランドを追い出し、長年のライバルをつとめる。
ビザンティン帝国 ヨーロッパアジア イスラム帝国によって首都コンスタンティンノープルまで攻め込まれるもギリシア火の神通力によって撃退小アジアを奪い返す。その後もトレビゾンドゾンビ
モンゴル アジア チンギス・ハーン幼少期には一家族の単位にまで落ち込む。チンギスが成長してから庇護者のトオリル・ハーンのケレイト族すら吸収。チンギスの死後も領土を拡大していく。
ムガル帝国 アジア 初代バーブルはウイグル族によって故郷を追われた身。背後で敵と戦いながらインド方面進出して領土を得る。二代目のフマユーンイラン亡命する局面もあったが、最終的にインドの大半を支配する。
徳川家 アジア 今川家の属国状態から義元の死を機に独立。幾多の窮地をめんどうくさい三河武士の助けで切り抜けて天下を取る。類似例:毛利家。


おまけ

国名 地域 簡単な紹介
新羅 アジア 朝鮮半島統一直前も百済の手痛い反撃を受けていた。唐の参戦で一挙に形勢を逆転。百済高句麗滅亡後は巧妙に立ち回って唐を追い出す。
スペイン ヨーロッパ 西ゴート王国から連続性が微妙なので十選には加えず。
オスマン帝国 ヨーロッパアジア キリスト教徒農民を守る遊牧民ヤクザからスタートギリシアを得て、順風満帆かと思いきやティムールによって壊滅的な打撃を受ける。しかし、ビザンティン帝国が衰退していたおかげで復活の時間をえる。キリスト教世界最大の敵となる。
ズール王国 アフリカ だいたいモンゴルに同じ感じ。
ベルギー王国 ヨーロッパ 第一次世界大戦ドイツ帝国侵略を受け、領土の大半をうしなうしかし、西端国王アルベール自らが率いる軍がふみとどまり連合軍の一員として反攻を続けていく。ドイツの敗北によって全土を回復した。
イスラエル アジア 現在進行形すぎてうっかり忘れていたので追記
スイス連邦 ヨーロッパ 最初からクライマックス(追記)
ポーランド第二共和国 ヨーロッパ 第一次世界大戦による誕生直後の脚がプルプル赤ちゃんバンビ状態で、同様のロシアに攻められる。しかし、ヴィスワ川奇跡と呼ばれる大勝利で逆に東方領土を拡大した。その後はお察しのとおりだよ(ブコメより追記)
サウド家 アジア 弱体化し一時はクゥエートへ亡命するも、第一次世界大戦の流れに乗ってイギリスと協力し、オスマン帝国からアラビア半島を切り取る。(ブコメより追記)


なんとかアフリカアメリカオセアニアの例を取り上げたかったけれど知識不足でした。

パラグアイさえあの戦争に勝っていれば……!

中国国家組織ができていないように思える内乱の浮動期を入れないようにしました。

ビザティンも最盛期をすぎているので、オスマン帝国と交換した方がいいかもしれません。

まぁ、ゲルマン人の大移動で首都を攻められた後にユスティニアヌス大帝が出ているのでセーフということで。

たいだい記憶で書いているので間違いの指摘があれば調べて修正します(いい加減)。

2017-02-10

かけ流し燃えよデブゴン2をデスクトップに流していたら面白かった。

シリアス音楽をバックに笑えるシーンと交互にカットするなんて冒険を今の映画でやるだろうか。

ラスボスとの決闘の裏で拳法名人童貞を捨てさせるとか斬新過ぎて吹いてしまった。葬式人形音楽それじゃねえだろとかw

スタッフがやりたい放題で、西部劇が出てきたり寸劇やったりと自由過ぎる変な構成

ネタは全部古典的でいわばドリフなんだけど、これはカートゥーンを参考にした動きだな、などと色々わかるのも別の意味面白い

アニメーション的な動きの下地が有るからワイヤーアクション故郷になったんだな、と思わせる動きだった。

ジャッキードニー・イェンのものはあらかた見たけど、デブゴンは未チェック。

今見たからこそおバカが分かって良かったのかも。

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