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2017-05-22

地元在住の福島県民の大半が放射能危険性を自覚したらどうなるか

退避する。ではすまないだろう。放射性物質存在する。地元を再建したいという気持ちも残る。

「お前たちも甲状腺がんになれ。子供と老人の命で私たちへの差別を贖え」という声が少なからず出るだろう。

危険性をシビア見積もる人々は、こうした声を自己責任論で一蹴せずに応答できるだろうか。

沖縄米軍基地について「引き取り論」(内地人間地元基地も誘致せず、反対と平和を唱えるのは欺瞞的だという主張)が存在するのに、放射性物質に同様の議論が起きないという保証はない。しかもこちらには撤去(なくす)という選択肢存在しない。

新潟日報は引き取り論を知っており、震災瓦礫にこれを当てはめたことが泉田おろしに加担する口実になってしまった(一番はレイシストをしばき隊シンパ幹部言動がすっぱ抜かれたことだが)。彼らは鳩山政権崩壊後に新潟普天間基地移設先になったときどう行動するか、参院選候補に訊いて回っているのだ。

福島県と繋がる阿賀野川(このことが東北電力新潟県管轄する理由となっている)は放射性汚泥を運んでいる。つまり、すでに流域の下越地方は厳正な意見採用すれば汚染されている。このことに現職の米山隆一基本的に関心を示していない。

新潟市は国の基準に則って処理を進めたが、既に危険ものを少しでも分散してリスク平等を実現することは同じ日本住民としての連帯感情を示すものと言える余地はないのか(もちろん、私自身はこれは皮肉も含んで言っている)。

話を戻す。「拉致原発も抱える新潟県民が何故、米軍基地を受け入れないのか」。こうした反基地活動家の声を、たびたび新潟日報が取り上げてきた。

ならばこの問いが可能か聞きたい。「がれき汚泥危険性や、原発の押しつけが差別だと解っているのに、なぜ放射性物質を受け入れないのか」と。前知事泉田裕彦言動を巡って、新潟県民と福島県民の間に同様の葛藤を見ることは可能なはずだ。

http://anond.hatelabo.jp/20170522154432

それって、女は容姿差別する(しないのは珍しい)って意味

ご推察の通り、当方女で容姿ダサめの方が安心する(自分ダサいしお洒落な人には気後れする)ってタイプだけど、差別しないで「平等に」接すると、無駄に期待を持つ人がいてトラブルになったりするので、申し訳ないと思っている。トラブルに発展すると、自分社会人としての信用も下がるし、なにより相手の心を乱してしまって申し訳ない。平穏に生きるには差別的にならざるを得ないのかと悩む日々。

たぶんフルスペックを出せば凡人の200%くらい出力できるが…

いい歳したおっさんだが「本気を出せばSだが面倒なのでBクラス」だと思ってる

 

やりたくない理由はこうだ

責任が増える

・常にその頑張りを期待され続ける

上から目線マウント思考になる

・どんなに積み上げても寿命が来たら死ぬし、寿命が来る前に劣化する

・金を手に入れても買いたい物もない

 

ようするに頑張ったところで所詮無駄だと思っているのでのらりくらりして生きたい

しかし成長を求められる職場なのでやらざるを得ない

なぜそんなところに入ったのかを説明すると面倒なので省くが流石にサボり続けられなくなってきた

辞めたくはないので勉強しないといけないのだが正直ノリ気がしない

誤解しないで欲しいが元々の頭は自己評価で高い方だと思う

ただ勉強に昔から楽しさを感じない

集中力だけで乗り切ってきたタイプ

 

自分が成長して力を獲得すると経験上間違いなく傲慢人間になる

これを基礎人格の俺としたらいつも24時間表に出てるのは偽造人格の俺だ

基礎人格の俺は弱者死ねといい、敵も死ねといい、言う事聞かないやつは死ねと思っている

偽造人格の俺は基礎人格の俺にデメリットを感じ、嫌気がさして構築した

大人しいニコニコしてる人格

もし俺が事件を起こしたら「挨拶できてしっかりした子(おっさん)だったのにねえ」とコメントされるタイプ

この偽造人格を被ってる間だけ俺は大人しい草食動物でいられるし

いからこそ他者マウントしたり高圧的な態度を取らないでいられる

なんと美しいのだろうか

基礎人格のように醜い闘争快感を感じるのと違い他者を思いやろうとする素晴らしい性格

ここまでで気づいただろうがこの日記を書いているおっさんは極度のナルシストだ、残念ながら

 

この偽造人格もかれこれ10年以上使っている

せっかく押さえていた基礎人格もここから求められる成長性と共に

男性特有マッチョイズムも発掘していかなきゃいけないと思うとかなり憂鬱

平和平等で融和で調和を愛したかったがこの世界経済はそれだけでは生きるのを許してくれない

俺が野獣になっていくところを見ても同僚はどうか失望しないでほしい

俺のせいじゃない

この世界が牙と爪を要求してくるから

2017-05-21

適応障害?】転職引越し環境が急に変化して、おかしくなった。

今年の1月転職引越しをして

急に環境が変化した。

5人位の小さなメーカーから

100人規模の広告系の会社に。

しか環境のあまりの変化に、

身体と頭がおかしくなった。

今まではゆっくり仕事をしていても良かったのが、

急激なスピードとやりとりが求められる環境になった為だと思う。

車で一般道から高速道路に入ったと言えば

分かりやすいかもしれない。

  

それで、スピードに付いていけないと感じた瞬間、

こんな症状は信じられないと思うかもしれないが起きた。

  

冗談が分からなくなる。(会話が成り立っているのかすら分からない。)

バラエティーで笑う所・タイミングが分からなくなる。

・とにかく誰にでも従順になる。

・誰もが平等だと感じるので、上下関係が訳分からなくなる。

・何を守るべきか、守らないで良いか判断力がなくなる。

頭痛便秘身体が鉛のように重い。

一貫性を保てない。

・周囲にどう見られているか全く分からない。

・嘘がめっちゃ分かる。

  

  

新型うつ病適応障害と似たような症状かと思ったが、

世の中への見方も変わってしまっているから、ちょっと違うんじゃないか・・・?とも思う。

  

人は危険出来事出会った時、闘争・逃走・凍結の3つの反応で

対処をするそうだ。熊と出会った時も同じだ。

  

その凍結の状態になってしまっているのではないかと思った。

いや、本当に、自分がまともではない状態になっている事だけは分かる。

しかし周囲の人にそれとなく聞くと、

まぁ普通に見えるしゆっくりと喋るよね、くらい?

くらいにしか言われない。

徐々に慣れるんだろうか…。

2017-05-19

どうしてチケットの高額転売ってダメなの?

チケットの高額転売話題なので。

はいわゆる「積む」ヲタです。入りたい公演には定価の数倍、数十倍の値段を出して入ることをヲタは「積む」と言いますが、私は積みますだって入りたいんだもん。お金出してでも入りたいもん。

てか、そもそも論だけど、積むことの何がいけないの?誰かに迷惑かけてる?私と売り手との売買ってだけで、誰かに損失を与えてるわけじゃないよね?

例えば私が道ばたで100万円のおにぎりを買ったとして、確かに高すぎる値段ではあるけど、私とおにぎり屋さんの間の契約なんだから、誰にも口出しできないでしょ?例えそれがそのお米を作った農家でも、海苔屋さんでも。だって私とおにぎり屋さんの契約は、100万円とおにぎりを交換するっていう内容なんだから、もうそれ以上でもそれ以下でもない。

チケットの売買も同じでしょ?私がそのチケットをほしくてお金を払う。それに対してチケットを持っている人がチケットをくれる。それだけじゃない?双方が納得しているのに、口を出されないといけないの?

そんなの公平じゃない!って声をあげる人がいるけど、君は日本国民かな?日本国は残念ながら「資本主義国家」なんだよ。自由の代わりに公平を捨てた資本主義国家。そんなに公平を求めたいのなら早く「社会主義運動でも始めて。公平の代わりに自由を捨てた社会主義国家になるために。

買い手はお金を出す。欲しいものを買う。売り手はそれで生計を立てる。まさに資本主義国家じゃないか

公式お金いかいかダメ!」?!公式はもうすでにチケ代で収益を得てるじゃん。定価以下でも定価以上で買っても公式に行く金額はもう決まってるんだよ?

不公平だって言うなら資本主義国家に生まれてきてしまったことを悔やむべき。だって資本主義国家ではお金を持ってる人が良い思いをするんだもん。よりたくさんのお金を手に入れた人がより余裕のある生活を送れるっていうシステム下に生まれしまった私たちが、たか趣味範囲平等を求めるのはあまりナンセンス国民義務でもなければ権利でもないような娯楽物に「一人一名義」「落選したら諦めろ」とか言って「平等」を持ち込むのって、もうそれは資本主義国家下での娯楽じゃなくないですか?

2017-05-18

補足解説 ともあれ、ハイヒールは滅ぼさねばならない。

ともあれ、ハイヒールは滅ぼさねばならない。

http://anond.hatelabo.jp/20170516141639

↑ これの筆者である。私がこのエントリを書くにあたって意識したのは、共産主義ファシズム、ラディカル・フェミニズムだ。そこにミソジニーの味を加えてみた。

ついでに、最近話題ポリコレも組みこんだ。その点ではリベラル思想も汲んでいる。

文章はいい加減だし、今日日本において実現可能性はゼロだと思うが、この主張自体はマジメに唱えているつもりである

  

  

"自由"の抑圧こそが必要

たとえば、労働問題について考えてみよう。

過労死するほど働く自由」と「過労死するほど働かない自由」の両方を労働者に与えれば、それで十分だろうか?

私はそうは思わない。読者諸君も、一部のリバタリアンを除けば、「過労死するほど働く自由」を認めないはずだ。

  

過労死するほど働く自由」なんていうものは、たとえそれを望む労働者がいるのだとしても、決して認めてはならない。政府長時間労働を厳しく規制し、それを抑圧することが必要だ。

人が趣味や遊びをやりすぎて死ぬというのは愚行権範囲で、一応は自由だと言えるかもしれない。しか労働問題においては、そういう権利適用するべきではない。

  

長時間労働は、それをやる自由とやらない自由の両方を認めてしまった場合ブラック労働環境の中で強制的にやらされて苦しむ人が続出するのが明らかである

女性労働するときハイヒール・化粧についても、これと同様のことが言える。

  

「上から改革」が必要

明治時代日本でも、あるいはどこかの後進国でもいいが、近代化過程では必ず「上から改革」がある。

旧弊に従う自由も、旧弊に従わない自由も、どっちも認めましょう」という生半可な方法では、おそらく近代化を達成できない。国民はややもすると旧弊に従おうとするからだ。だから政府が強権的に指導し、旧弊排除することで、国民はようやく新時代適応できる。

  

たとえば女性差別がひどい国では、政府女子教育権利提唱しても、おそらく多くの国民はそれに従おうとしない。

権利を与えるだけでは、都市部のごく一部の家庭が娘を学校に通わせるにとどまるだろう。貧困層田舎にまで女子教育を普及させるには、政府国民権利を与えるだけでは不十分であって、その権利行使することを国民義務付けなければならない。

  

重要なのは政府国民全員に強制することである

「おらが村では女子教育なんてやらない」とか、「うちの家庭は伝統的な女性にふさわしい育て方をしたい」とか、そういう保守的な反発をするのは男性だけではない。母親祖母も「女はかくあるべし」と考えている。「女子学校に行かせる余裕なんてない。家の手伝いをさせたい」と思っている毒親もいるだろう。

そして女子児童は、当人まだ子であるため、自分がどういう価値観に従うべきかを判断できずにいる。

ここにおいて「多様な価値観尊重せよ」などという主張は有害だ。政府旧弊にまみれた価値観をきっぱりと否定しなくてはならない。

  

当然ながら現代日本で、後進国近代化するときのような強権的なやり方は適さない。とはいえ、政府会社のお偉いさんが主導しなければ何も改善しないというケースが多いのも事実だろう。

たとえば就活会社説明会服装自由と言われたら、参加者は皆がスーツを着てきたという笑い話がある。こういう未開社会のごとき状況を改善するためには、「必ず私服を着ろ。スーツを着るな」という強権的な命令必要だ。

から改革をおこなって、下々の者は全員一斉に従う。――今日でもこれが最も現実的手段なのだ

  

ポリティカル・コレクトネス必要

私はなにも女性からハイヒール・化粧の権利を奪おうというのではない。会社官庁ではそれを禁止しろと言っているだけである

前回に書いたとおり、ハイヒールも化粧も、やりたい人だけがプライベート時間に楽しめばよい。(短髪はすぐに伸ばせないけれども、それならカツラをつけて好きなヘアスタイルにすればよい)

  

私がこのように主張するのは、リベラル思想の影響を受けたからだ。

もし本物の極左ファシストであれば、プライベート時間にもどんどん介入し、ハイヒール・化粧を完全に禁止するであろう。しかし、私はそこまで厳しい統制には反対である

  

近年、女性蔑視の"萌え絵"等が問題になっているのをよく見る。

そのときリベラル側の主張は、「女性蔑視表現政治的に正しくない。プライベートでその表現を楽しむ自由制限するつもりはないけれども、公共の場所ではちゃんとポリコレ配慮せよ」というものであった。

私はこれに賛成だ。そしてそうである以上、ハイヒール・化粧もまた、公共空間から追放せねばならないと思う。それらのものは非常に女性蔑視であるからだ。

  

もっとも、ハイヒール・化粧は女性たちが好んで選択しているという場合が多いだろう。

女性主体性尊重しましょう」――これがリベラルにとっての錦の御旗なのだ

しかし、私は世のリベラルほど無邪気になってその御旗を掲げることはできない。前回に書いたことの繰り返しになるが、女性ハイヒールや化粧を好んで選択することは、被差別者がなぜか自分の受けている差別肯定するという現象からである

被差別者が望むならば差別を受ける自由はあるのか? 被差別者であればその差別正当化してよいか? これはきわめて難しい話である。ただ一つ言えるのは、ここにポリコレ的な問題意識を持たないリベラルは、よっぽど鈍感か、よっぽど不誠実ということだ。

(この意味では、リベラルを気取っているフェミニストなんかより、ラディカル・フェミニズムの方が先鋭的になって突っ走っている分だけ、かえって正しい認識を持っている。)

  

ミソジニー必要

私は歴史に詳しくないため、このさきは与太話しか書けないが、昔の中国には纏足という習俗があった。

そしてこれはあまり知られていないことだが、お上纏足強制していたわけではない。とりわけ清朝漢民族のこのバカらしい習俗忌避し、それを禁止する傾向にあった。にも関わらず人々は好んで纏足選択し、競うようにその美しさを賞賛していたという。

女真族満州族)の建てた清朝纏足禁止令を出しても止めようがなく、結局、義和団の乱以後の近代国家への動きの中で反対運動が起こり、まずは都市部罰則との関係で下火になった。しかし隠れて行われ、中国全土で見られなくなるのは第二次世界大戦後のこととなる。最終的に絶えた理由として、文化大革命反革命行為と見なされたこともある。このため、現在でも70歳以上の老人に一部見受けられる。

Wikipedia纏足

孫引きになってしまうが、以下のような話もある。

当時、女性が嫁に行くと、嫁ぎ先では何よりもまず最初に、花嫁の足を調べた。大きな足、つまり纏足をしていない普通の足は、婚家の面目をつぶすものだ。姑は、花嫁衣装の裾をめくって、足を見る。足が十二、三センチ以上あったら、姑は裾を投げつけるようにして侮蔑をあらわし、大股で部屋から出て行ってしまう。婚礼に招かれた客は、その場にとり残された花嫁に意地の悪い視線を投げかけ、足を無遠慮に眺めて、聞こえよがしに侮蔑言葉を口にする。母親なかには、幼い娘の苦痛を見るにしのびなくて纏足を解いてしまう者もいる。だが、成長した娘は、嫁入り先で屈辱を味わい世間非難あびると、母親が心を鬼にしてくれなかったことを責めるのである

ユン=チアン(張戒)/土屋京子訳『ワイルド・スワン』上 1993 講談社刊 p.19-20

http://www.y-history.net/appendix/wh1303-082.html

この引用で注目するべきは、姑や母親たちが纏足を推進していたということだ。

そして子供とき纏足を痛がっていた娘自身も、親に纏足してもらえてよかったと考えていることだ。

  

さらに言うと、纏足は、男性中心の社会から女性たちが悪弊強制されていたという観点だけで語ることはできない。それは女性自身が願望するところの"オシャレ"でもあった。

纏足は、女性の誇りだった」「女性は肉体で動くから、痛みに耐えれば、高貴でよりよい人間になる」「母から娘への 女性になるための教え」「痛みを通して、身体を使って、女性成功する」「足をより小さく、洗練して優美にすることで、女性は大きな誇りを感じた」

http://coconutpalm.cocolog-nifty.com/blog/2010/01/--10---0239.html

西洋女性を苦しめたコルセットにしても、きっと纏足と同様、女性自身が望んでやりたがるオシャレという側面があったはずだ。

これはまさしく、現代日本女性が「ハイヒール・化粧はめんどくさい。強制されるのは嫌だ」と考えていながら、一方ではそれをやりたい願望を持っていて、結局それが手放せなくなってしま自家撞着するのと同じ心理だ。

ハイヒール・化粧をやるかどうかに関して、「女性主体性尊重しましょう」とか「強制にならないかぎり両方自由です」ということを言っているリベラルは、あまりに鈍感かあまりに不誠実か、そのどちらかのために、この観点を見落としている。

無論、健康面やそれにかかる手間を考えれば、纏足コルセットよりもハイヒール・化粧は随分とマシである。ただ、それは差別過酷ものから軽いものになったというだけだ。進歩はしているけれども、まだ差別を克服できていない。

から我々はさらなる進歩のため、おしゃれをしたいという女性の願望を抑圧しなければならない。ハイヒール・化粧を好んで選んでしま女性性(女性らしさ)は、政治的に正しくないのである。逆にそれを憎悪するミソジニーこそが政治的に正しいのだ。女がオシャレをやめることで初めて男女平等を達成できると私が主張するのは、この洞察に基づくものである

なお、議論はここにおいて、私が冒頭に書いた長時間労働問題につなげることができる。「過労死するほど働く自由」を是認しようとする資本家知識人は、プロレタリアの敵である。我々はこれを打倒しなくてはならない。

この理論適用すれば、女がオシャレをする自由是認しているリベラルと一部のフェミニストこそ、女性差別の温存を図っている連中だと言えるだろう。

  

終わりに

twitterをなにげなく読んでいたら、たまたま的確な言葉を見つけた。

リベラリズム本質的価値-自由平等など-は、どこにあるのか? 逆説めくが、リベラリズム自体はその本質的価値原理主義の激しい攻撃から救えるほど強くはない。 リベラリズムがその重要遺産を生き延びさせるためには、ラディカルな左派の同志愛による助けが必要となるだろう。

スラヴォイ・ジジェクbot @SlavojZizek1949」より

https://twitter.com/SlavojZizek1949/status/864981669509332995

前回のエントリは、穏健なリベラリストから散々顰蹙を浴びた。それは投稿前に分かっていたことだ。

しかし私は、どちらかと言えば多分「ラディカルな左派」寄りの立場から、まじめに女性差別撤廃せよと主張したつもりである

ジジェク言葉どおり、リベラルはここからの援護を受けなければ、その遺産を存続させることさえできないであろう。

2017-05-17

安倍政権って本気で日本戦前に戻せるつもり?

共謀罪だの反テロ法だの騒がれているけど、本当に日本をあの戦争国家にできると思ってるの?

野党もそうだけど、この法案ときで驚く国民がどれだけいると思ってるの?

秘密保護法だの安保法制ときを思い出してみなさい。みんな無視したでしょ?

1930年代とはちがって、日本人は富裕の喜びを味わってるから政治に頼る機会というのはほとんどなくなってきている。

なぜ戦前日本戦争に向えたかといえば、当時はほとんどの人民が貧しかたからだよ。だから政治に頼らざるを得なかった。事実過激派はその時代のほうが戦後のそれよりも多かった。

現在日本はそれこそ非寛容な社会だが、景気に関しては悪化が止まっていないどころかむしろ改善兆しさえ見ている。いや改善しているのかもしれない。

過激思想に手を出すような人間というのはしばらくは現れないだろう。

安倍政権の願いであ戦前再現は、あの法律だけでは実現しないだろう。大多数の人民には意味をなさないと思う。

彼の夢は、非寛容社会にした上で、人民平等に貧しくしてこそ実現できるのだ。

2017-05-16

じゃあ満員電車を使うなよ

ってのは個人対処として手を講じる分にはいいんだけど

他者への呼びかけとしては物凄い筋悪だよな

痴漢されるのが嫌なら、冤罪を食らう可能性が嫌なら、と両方を平等に殴りつけるならまだしも。

自分ブサイクから他人を見た目で判断していないことに関しては自信がありますけど

全員に平等に接していると結局誰とも友達になれませんよ

リベラル左翼のみなさんだって私生活ではポリコレに反した選好に基づいた選択をなさっているでしょう

痴漢ほど男女不平等犯罪もないよな

満員電車で男のちんこが当たったら犯罪だって言うなら、女に乳ぶつけられても犯罪だろ

駅員にこの女に胸押し付けられたって言ったら現行犯逮捕してくれる世の中になんないかな そういう男女平等な世の中にさ

http://anond.hatelabo.jp/20170516122417

主人公

ねぇ博士正義や悪ってなんなんでしょう?

レッドが悪い奴だと思うから野球勝負して追い出したんです。

でもあいつのおかげでチームは強くなったし甲子園にも行けるようになった。

俺のやったことは正義なのか、それとも悪なんでしょうか?

黒野博士

ああ、そりゃ簡単なことじゃ。

正義”の反対はなんじゃな?

主人公

悪じゃないんですか?

黒野博士

悪の反対は善、善の反対は悪じゃ。正義の反対は、別の“正義”あるいは“慈悲・寛容”なんじゃ。

正義とは、人の従わねばならん道理を言う。”正義を行う”となれば、道理を守らせることにもなる。

主人公

それはいことなんですか?

黒野博士

それは必要なことじゃが、問題道理が一つでないことじゃ。

“殺すな・奪うな”までは殆ど思想共通じゃが、その先はバラバラじゃ。

“男女は平等”かもしれんし、“女性は守るべきもの”かもしれん。

“どんな命令にも従う”が正義なら、“悪い命令に逆らう”のもまた正義

主人公

じゃあ、なにが正しいんですか?

黒野博士

みんな正しいんじゃよ。道理に関する限り、正しい事は一つと限らないんじゃ。

主人公

でも、それじゃ困りますよ。なにが正しいのかわからない!

黒野博士

から”法”がある。なにをしてはいかんかの約束じゃ。

・・・これも正しいとは限らんがね。

じゃから、結局のところはその時ごとになにが正しいのかよく考える必要があるじゃろうな。

結局のところ、みんなにとって最も良い事を探して選択するのが”善”なんじゃろう。

じゃから正義は善と限らん。ともすれば自分の信じる道理他人押し付けることになるからな。

主人公

・・・よくわかりません。

黒野博士

じゃあ、最初質問に戻ろう。

やらなきゃならんと思ったからやったんじゃろう?

本当にそれが正しかったのか、最善のやり方だったのか、ときどき反省してみるんじゃな。

いずれ、自分で納得できる時が来る。

主人公

・・・はぁ。

じゃあ、悪って何なんです?

黒野博士

一般的定義から言うと、世の中のルールを破って他に迷惑をかける行為じゃな。

主人公

でも、博士は”悪”なんですよね?

どうしてわざわざそんなものをやってるんですか?

黒野博士

わははは、一般的と言ったじゃろ?

ワシにとって、悪はロマンなんじゃよ。ロマン

わかるか?

ルールにとらわれないことじゃ!

希望生命力突破点、新しいもの

幸せになりたいという欲望!

昔は、”科学”も”自由”も”人権”も”平等”もみーんな”世の中の平和をみだす悪”じゃったんじゃよ。

主人公まさか

黒野博士

なーに、ちょこっと歴史の本を読めばわかることじゃよ。

それじゃあな、少年! 若いうちは悩んでおけよ!

2017-05-14

また女性従業員入ってきた。日本死ね!!

先日癒しを求めてスーパー銭湯行ったんだけど、男湯に女性従業員入ってきて、本当不快だった話…。とりあえず、お客様の声があったから、男湯は男性スタッフに清掃して欲しい旨の記述を書いたんだけど、後日行ってみたら今度は20歳くらいのすごい若い女性が入ってきて、「ふざけんな」と思って、もうそこに行くのは止めたわ。それで、また別の日に今度は違う銭湯に行ったら、そこでも女性が入ってきて、日本男性のスペースに女性が入って来れるのが許容されている社会だと痛感した。

医者看護師が人の身体を見るのは専門的な知識技術を身につけている訳だし、気にならないけど、銭湯の清掃なんてはっきり言って誰にでもできる単純作業でしょ。なぜ人が服を脱いで無防備になる空間フローリングタオル交換等を同性にやらせないのかが理解できない。ある施設では受付に男の人がいて、男湯に行ったら女性従業員作業しているという施設もあったし…。

銭湯温泉は日頃の疲れを取れたり、リラックスできたりする場所だと思う。だったら施設側も利用者不快な思いをさせないで、しっかりとプライバシー配慮して同性を雇って素敵な時間を過ごさせてあげようよ。

公衆浴場法って法律がるなら、国や自治体もしっかりと法整備しろよ。法整備されてるのは子ども混浴年齢制限くらいでしょ?浴室の清掃は同性が対応させるって追記するのに反対意見なんてほとんど出ないと思うよ。お店側はもしかしたら反対意見が出るかもしれないけど、それは利益を重視した主張であって、まずは利用者配慮して欲しい。

男湯を清掃する女性スタッフに聞きたいが、お風呂に入ってる時に男性従業員が清掃しに来たら、不快に感じるよね?ってこと。自分が嫌なことは人にはするなよ、そしてお店側もさせるなよ。女性は同性限定男性はどっちでもいいだろというのは明らかに性差別だと思うし、現に不快に思っている人も知り合いを含め結構いると思う。

もちろん多くの施設は同性が対応していて、プライバシー配慮しているわけだけど、残念ながら配慮の足りない施設があるのも事実。まずは浴室・脱衣所・トイレについては同性が対応するようにしようよ。それがマナーでしょ。

この際だから記載しておくけど、映画レディースデーとかもマジで止めてほしい。「女性オススメ」とかのキャッチコピーでみんなが利用できるなら良いけど、性別によって料金価格を変えるのは性差別だと思う。中学校社会で習った「憲法第14条:すべて国民は、法の下に平等であって、人種信条性別社会的身分又は 門地により、政治的経済的又は社会的関係において、差別されない」って条文は何なのか?男性であることでいろいろな面で差別されてるんですけど。

飲食店とかもレディースセットとか女子会プランとか女性優遇サービスは多いし、ゲームセンターで男だけでプリクラNGってところも意外とあるよな。昔は仲良い男友達大勢で楽しくプリクラしたけど、それももうできないのか…。

男女の出会いサポートする民間会社イベントの参加料金とかも、男性の料金は女性の5倍とかもザラらしい。もちろん、食事を伴うなら男性の方が量を食べるから多少高いのは納得がいくけど、5倍はさすがに行き過ぎだと思う。

男女平等」とかよく言われているけど、日本社会男性不利益を受け過ぎていると思う。本当に男性差別をするのは止めて欲しい。もちろん、男性差別だけではなくて同時に雇用とか女性特有差別とかもなくなって、男性女性も共に住みやす日本になって欲しい。

とりとめのない文章かも知れないけど、そういう風に感じている人がいることを是非知ってもらいたいと思う。

http://anond.hatelabo.jp/20170514170545

幸福の量は一定だし所詮は奪い合いだし

人権平等保障されても人の命の価値は同じではないし

富の総量は増えるけど資本家である我々が総取りするし

いわタワーのいわたさんが、どうしてもオシャレに見えない理由

いわタワーのいわたさん、

自分結構ファッションが好きなんですが、いわたさんがオシャレに感じたことはないです。

もちろん、ファッションは色んな系統があるし、好き嫌いあるし、そんなことを踏まえた上で平等な目で見てもやっぱりオシャレに感じない

なぜかと考えたら、

まず私服をのせてる写真撮影環境が悪すぎる

自分の部屋でダンボールの上に乗った私服写真

どんなオシャレに着こなしても、まわりのロケーションでダサく見えるのをもう少し考えた方が絶対にいいと思う

ファッションが好きなら、ブランドルックが何故あれだけこだわってるか知ってるはず

あと、ブランド古着で働いてたかブランドについて知ってると言ってたが、ブランド古着で働くぐらいの数のブランドを知ってる人間ごまんといる。

あと、雑記ブログみたいにしている時点で、ファッションについてあまり興味ないもしくは知らないみたいな人をターゲットにしていると思うのですが、

ファッションがそこそこ好きな人には、

結構バカにされるような感じのブログになってしまってると思います

ファッションブロガーといえば、海外のかなり稼いでいるモデル級の人をイメージしてしまうので、やはりそれと比べてしま

とは言っても、日本ではアメーバとかそんなんがうじゃうじゃいるイメージなので、日本ファッションブロガーはそういうことなのかも


結局支離滅裂のこの文章で何を伝えたかったというと、

ファッション好きな人は、いわたさんを鼻で笑っているということ

GIベビー民法改正

米軍兵と日本人女性とのあいだに婚外子(いわゆるGIベビー)がいたとき相続問題

日本強制認知相続裁判した場合は、婚外子相続分は嫡出子の2分の1であった(1896年日本民法)。

米国法裁判すれば平等相続が認められ得たかもしれないが、言語問題があり事実上困難であったろう。

日本相続差別廃止されたのは敗戦68年後の2013年。ただ、父親が既に高齢で死亡し相続も終わった時期である点は注目すべきだろう。

憲法設置のとき相続差別を残したのは実は、米軍兵を性的優遇しようという日本政府のオキモチからだった、という可能性はないだろうか。

これを考えれば、極東委員会が新憲法運用上の問題があると指摘したのも非常に尤もだと思われる。

事実最高裁相続差別合憲だと言い続けていたのであり、憲法裁判所存在していないのと同然だからだ。

2017-05-12

仕事は選ばなければ何かしらある、確かにそうだ

だけど月給13万円で介護やりたいですか?と仕事を選ぶなとおっしゃる高貴な方々に言ったら8割くらい嫌だと言うのでは?

まりそういうこと、仕事は選んで当然、選べる仕事がなければ国や社会のせいにするのは間違ってない。

まり自分底辺なのを人のせいにするのはある意味間違ってはない。

実際高度経済成長期なんて頭の悪いやつでも工場で真面目に働けば普通に結婚できて奥さんも子供も養えて車も買えて家も買えたんだから

能力のない人に普通生活をさせる余裕がない今の日本未来はない。

全ての人が平等能力を得られるとは限らないからだ、その証拠国立大学授業料は昔と比べて大幅に増加し並の家庭の子供は奨学金バイト漬けしなければ通えない、ましてや並以下の家庭の子供は進学を諦め高卒フリーターになるのがオチだ。

政治本音教育費なんかにかけても所詮選挙権に年齢に満たない学生ばかりが得するだけだし票にならないから老人にばら撒くわwwwwwである

http://anond.hatelabo.jp/20170404162320

生涯未婚率の男女差を見る限り、今も実質的には一夫多妻制だよね。

イスラムみたいに建前だけでもすべての妻を平等に扱えるぐらい甲斐性あればいいんじゃないのかとは思う。

2017-05-11

風邪でも無理して出かける理由

自分ばっかり風邪ひいて辛いのは不平等から移せるだけ移してしまえって思う

そのうえ「風邪なのに来るなんて熱心」と思われて一石二鳥

http://anond.hatelabo.jp/20170511105639

ベーシックインカムをよく言う人いますが、ベーシックインカム

病院無料だったりする国が、

病院行かない人には不平等から病院を有料にする代わりにその分の費用お金で渡しますね。

っていう感じのものな上に、そういう国の福祉が素晴らしい国ですら破綻しかけて来ているというぐらいなので、

国の福祉がむしろワーストに近い日本では無理無理だと思います

2017-05-07

アマゾンの「バックオーダー発注廃止は、正味戦争宣戦布告である

結論:

 アマゾンの「バックオーダー発注」廃止は、流通改善に名目を借りた正味戦争の宣戦布告である。この戦争に敗北し、多くの出版社個別直接取引(e託)に応じてアマゾンのみに特恵条件を与えることは、破壊的な状況をもたらす。

 また、直接取引をしたところで流通が改善するという保証はない。アマゾン依存度が上がるほどに、苛烈な「ご提案」に逆らえない状態となる。

 在庫ステータス管理の問題は、業界が抱えつづける課題ではあるが、このアマゾンの施策とはほぼ関係ない。

 長くなってしまったので、結論を先に書いた。これに納得できた人は、この先は読まなくてもいい。そうでない人、「僕と契約してe託出版社になってよ」と囁く声に揺れている人に向けてこれを書く。

 その提案書には、いくつもの重要な点が省かれているからだ。

取引正味の現状

 現在、出版業界の正味標準は以下のようになっている。

 出版社から取次への引渡 69%(-2~+10数%)

 取次から書店への引渡  77%(-5~+数%)

 一般に、老舗ほどよい条件を持っている。(大手がすごくいいというわけでもなく、特に正味が高いのは法学・医学などの高額専門書出版社である

 正味以外にも新興出版社は上記条件のほかに歩戻し(新刊委託手数料)を支払い、新刊の代金支払いは納入の7か月後、さらに3か月から1年の支払い保留を課されるケースもある。

 一方で、老舗出版社新刊でも搬入翌月に代金の半額の内払いを受けるなど有利な取引条件を有している。

 かつては出版社ごとの正味の違いは書店への卸正味に反映されていたが、取次間の書店獲得競争の結果「一本正味」が増えている。その結果、老舗出版社の高額商品を卸すと取次が赤字になるという「逆ザヤ」も生じている。

 大手出版社が取次の株式を保有しているという背景もあり、こうした取引条件が改定されることはめったにない。

 アマゾン直接取引(e託)は、これを年会費9000円、正味60%の直接取引に一本化しようという提案である

https://www.amazon.co.jp/gp/seller-account/mm-product-page.html?topic=201463220

 ある意味平等に見えるが、背面では個別に違った取引条件が出版社に持ちかけられている。漏れ聞いたところでは66%の提示までは確認したし、中堅以上からはそれ以上の条件で取引しているという示唆も受けた。

 しかし公式以外の取引条件はあくまで特約であり、アマゾンの提示する「条件」が守られなかったと判断された場合は一方的に破棄される。また、契約書をよく読んだ人は、その条件が数年間の時限であることに気づいたはずだ。

 アマゾンはこれまで(おそらく)73%くらいで仕入れていた本を、60%で仕入れるようにしたい。まずのところ、「取次に在庫を置いてもらえていない本」から。いきなり60%と言っても受け入れてもらえないから短期的には優遇条件や集荷などのエサを出す。

 これが今回の提案の一番の眼目である

なぜこのタイミングで言ってきたのか

 アマゾンアフィリエイトにしてもマーケットプレイスにしても、市場占有率が上がるにつれ、取引条件を何度も改定してきた。取次からの卸を「73%」と推察したのも、天秤をかけられている取次がギリギリ呑めるラインを推察しての話だ。日本上陸時の大阪屋との取引正味が75%で、そこからコンマ5%刻みで4回、計2%下げただろうというのが筆者の読みである。取次のアマゾンに対する態度が「あんな条件では積極的には欲しくない」に年々変わってきたというのが傍証となっている。

 それにしても今回の「バックオーダー発注廃止」は急で乱暴な施策に見える。通告メールの文面にも焦りが垣間見え、「3月期の利益が取次対応の遅れによる売り逃しで毀損された」からだと主張している。

 3月は新刊が多く、セット搬入等も含めラインは輻輳する。アマゾンと日販の蜜月が終わり、日販が「こんな粗利のところに便宜を図っていられない」と気づいたのもあるかもしれないが、今日に始まったことではない。

 より説得的な答えは、「配送料の値上げにより利益が圧迫されるので、別途利益を上げる見込みを立てて早急に本社に報告しないと、日本法人の評価が下がるから」だろう。

 アマゾンは、租税回避配送・資材・仕分の業者を徹底して継続的に買い叩くことに不断の努力を払い、設備投資の源泉を得てきた。そうした抜け道は徐々に塞がれてきたが、その間に無視できないシェアを得た。その買い叩きの対象が、いよいよ本格的に出版社にまわってきたということだ。

アマゾンで品切が頻発する理由

 さて、「話題になった本がアマゾンに行ったら品切になっていた」が、なぜ頻発するかの考察に移る。

 アマゾン発注の仕組みは以下の記事に詳しい。

アマゾンのバックオーダー発注の件について小零細出版社が考えるべきこと

 このバックオーダーの発生してからのこれまでの流れについては、以下の5年前の記事が(ちょっと出版社が鈍すぎだが)おおむね正しい。そして、この流れは一般書店も変わらない。

amazonの本の補充はなぜ遅いのか

 精力的な書店は、発注出版社に直接行ない入庫処理も迅速なので、出版社在庫があるもののバックオーダー後の入荷はアマゾンより4営業日以上早い。

 このバックオーダー発注を7月1日から「取次を介してやらない。e託しない出版社の取次に在庫のない商品は扱いを中止する」というのが今回の通告である

 そして、高島氏の言うように在庫状態を開示して搬入を早くしても、問題は解決されない。

 ベンダーセントラル(VC)でチェックするとわかるのだが、アマゾン発注は間歇的になされる。たとえば、週に10冊需要のある本は、2か月に1度、100冊の注文が来る。

 その冊数の在庫を日販が準備していなければ、大阪屋栗田在庫を見に行って、それでなければ翌日繰り返す。そんなことをされたところで、それに対応して発注される可能性のある品目を網羅的に取次が在庫することは不可能である。日販にしてみれば、その照会は大阪屋栗田で充足されたかもしれず、明日発注されるかもわからないのに、その数を即仕入れろというのも無理な話だ。

 なぜコンスタントに補充をやらないのかという疑問が起こるだろう。在庫が少ないタイミングで受注の波が来たら、アマゾンにしても機会損失になるからだ。

 しかし、実際にこの十数年、定番書であっても同じアイテムの「バックオーダー発注」の短冊が数週間に一度、同じ日に何枚も「市川13,6,4、小田原9,5,2、堺20,7、鳥栖6,5,2」というようにまわってきて、その前後アマゾンで品切になり、回復まで10日間というような事態が繰り返されてきた。

 ベンダーセントラルを見ると、受注は多少の波はあれどコンスタントであり、アマゾン自身の「需要予測」もおおむね頷ける値になっている。しかし、発注だけがすさまじく間歇的なのだ

 最初は倉庫の入荷オペレーションのためかと考えていた。しかし、倉庫が各地に増えた現在では、各倉庫の発注時期をずらせば、品切を回避できるはず。アマゾンの優秀な人たちがそれに気づかないはずはないが、折に触れてその点は提案してきた。

発注時期を倉庫毎にずらせませんか」「バックオーダーの発注を版元に直接送りませんか」

 しかし、そのたびに返ってくる返事は「当社独自の計算にもとづき、在庫量・発注時期は最適なかたちでおこなわれています」「流通にご不満がある場合は、e託契約をご検討ください」だった。

 いま筆者が持っている仮説は2つ。

「倉庫ごとに時期をずらすと、北海道発注が佐賀に飛ぶような高コスト事例が頻発しかねないので、各倉庫の在庫平準化したい」

在庫についてつねに不安定にすることで、出版社と取次に対して取引カードにしている」

 それが穿ちすぎであるにしても、アマゾン在庫が過小であり、それを解消する意思がないのはあきらかだ。

過少な在庫量と倉庫の人手、発注遅延、そして入荷時期への過大な要求

アマゾン在庫が過小だ」と指摘すると、返ってくるのは「市川小田原川崎に、あんなに巨大な倉庫を持っているのに、あれ以上投資しろというのは無理」という反応だ。

 しかし、あの倉庫は流通のためのスペースが大きく、書籍以外のものも大量に扱っている。書籍の在庫量が売上に対してひどく少ないのは、厳然たる事実である

 業界紙新文化』 の2017年1月12日号に成毛眞氏がアマゾンキャッシュフローについて述べている(以下リンク小田光雄氏の要約)。

http://d.hatena.ne.jp/OdaMitsuo/20170201/1485874803]

 それによれば、顧客から代金を回収し、納入業者たちに支払う期間のキャッシュコンバージョンサイクルはマイナス18・86日だという。仕入は月締め翌月払いの平均45日サイクルとみて、顧客回収サイクルはどんなに短くみても10日あるだろうから、平均在庫期間は17日、年間在庫回転数21強ということになる。この値は、筆者が複数出版社から確認しているVC上の在庫/売上比とも整合する。

 これは、書店としては驚異的な値で、駅売り雑誌スタンドかと見紛うばかり。ちょっと話題になるだけで「品切御免」となるのも、致し方ないことだ。

 話題の週刊文春が売り切れだからスタンドを責める人は、まあどうかしている。アマゾンは、そういう在庫量でやっていくことを選択しているということだ。

 そして、取次から入荷後に出荷可能になるまでの期日も遅い。通常の書店でも、入荷後に配架担当者がいなくて1~2日寝る場合はあるが、アマゾンは入荷から出荷まで3日寝るのがデフォルトである。これは、現場の人員と設備慢性的に不足させて、100%以上の稼働率を維持しているからだろう。そのため、繁忙期や天候不良時には業務がさらに停滞する。

 アマゾン発注判断は遅い。判断に人間を介さないため、需要が急激に伸びた場合にもその要因がパブリシティなのか、ネットのバズりなのか、その需要はいつまで続くのかという読みを外部情報に求めることをしていない。したがって、自サイトでの顧客の行動を見て、「売り逃し」が続いてから発注を増やすという行動になる。

 この入荷遅れと発注遅延という行動様式は、e託を導入しても基本的に解決しない。

「いま寄越せすぐ寄越せ、寄越さないならペナルティだ」とクレームする先が、取次から出版社になるだけである

 在庫ステータス22(重版中)のものも、アマゾンは同様の行動様式発注する。即出荷できないものは発注せず、11になったら最前列に割り込ませろと言う。割り込ませなかったら、特恵条件は破棄される。

新刊については改善しつつある

 問題がここ1年で飛躍的に改善したのが新刊である新刊については、情報が出てから発売までに時間があるので、アマゾンの遅い発注判断でも、じゅうぶんな量の入手が可能になる。そのうえ、アマゾンも「新刊の追っかけ発注は入手しにくい」ということを学習したのか、発注量も多くなった。

 新刊委託配本をしない出版社でも、取次とコミュニケーションを密にとれば発売即品切れを回避しやすくなった。

 とはいえ、発注タイミングはやはり遅い。「発売前重版」になるような本がアマゾンで入手できず、一般書店には平積みになるようなことは多い。それは、書店としてのアマゾン能力が低いということの証左だ。発売4週間前に発注しても入手できない個人書店事情とは問題のレベルが違う。

現在のアマゾン情報弱者相手の草刈場

 一方で、アマゾンの利用はどんどん広がっているし、検索順位は高い。話題書をスマホ検索して即注文しようとすると、アマゾントップに出てきて「2~3週間後出荷」となっている。そういうときに出てくるのが転売業者だ。

 マーケットプレイスで3倍程度の価格をつけ、「希少品につきプレミアム価格です」と説明している。そして、その業者のページを見ると、数十万点の出品物がある。もちろん商品仕入れているわけではない。受注があってからhonto紀伊國屋ヨドバシ発注し、届いたものを転送するのだ。

 商品登録から値付けまですべてbotを活用した、「他の書店を探すのが面倒な人」から無知税を搾り取るためのビジネスモデルである

 転売業者栄枯盛衰が激しいが、いまは「ブックマーケティング」や「メディアフロント」が勢いがあるようだ。関心ある人は探してみてほしい。

 彼らの最大利益を追求する商魂や、ネガティブコメントを即流しにかかる熱意など、学ぶところは多い。

 トップ企業であるということは、いちばん情報に疎い人がやってくる場だということでもある。だからアマゾンを偏愛する利用者は他の書店利用者より平均的に無知で、流行に流されやすく、堪え性がない。したがって配送関係でトラブルを起こすことも多い。発送に時間がかかれば、カジュアルキャンセルしてくる。この層を相手にするのはコストがかかる。だからアマゾンはそのコストの負担を要求しているのである

 そういう人へ売り伸ばすのは商売の勘所でもある。

 だからアマゾンの提案に乗るという判断もありうるだろう。

どこまでやればいいのか

 アマゾンの要求は単純だ。「扱ってほしければ情報を出せ。情報を出したらカネを出せ。カネを出したらもっと出せ」ということだ。

 出版社ディスカバー21の干場社長証言がある。2014年10月のものだ。

>https://newspicks.com/news/654047>

「これまでは大型パブや広告がある場合、前持って出版社の方で手動で在庫を増やすように指示できたのですが、10月1日より、今後、全てそれまでの平均売り上げによる自動補充にするという通知が10月を過ぎてからただ1通ポーンと送られてきました。

それが嫌なら、去年からアマゾン出版社に持ちかけているパートナー契約を結べと。つまり年間600万円以上の契約料を払えと。

それはアマゾンによる一方的評価基準により価格が決まるもので、売り上げに準じたものではない。今回の処置は、パートナー契約を結ばない出版社への締め付けとも受け取れます。」

<<

 この書きぶりからすると、ディスカバー21はおそらくe託を利用しているのだろう。というか、取次を利用せず書店直接取引するのが、柳原書店破綻以降の同社のスタンスである。「在庫を増やすように指示」などが出来たところからすると、導入当初はあるていど優遇されていたようだ。

 しかし、依存度が高くなったとみると掌を返す。大変合理的な行動だ。e託の正味60%もいつまでも固定されるとも限らない。

 こうした「パートナー契約」によってサイト内の表示順序も左右されているのが現在の状況だ。

都合が悪くなったら出口があるのか?

「e託で条件が切り下げられたら、取次取引に戻せばいい」。そういう意見もあるだろう。

「みんながそうやったあと、取次は数年後も残っているのか」という問題はまず措く。

 それにしても、アマゾン裏切り者を許さない。海外での事例は、反目した出版社商品に対して注文ボタン撤去検索結果への非表示など、アマゾンが自社サイトの優位性を最大限に活用した実力行使を辞さず、読者の利益を損ねることをものともしないことを我々に教えてくれる。

「e託やってたんだけどさ、不利になってきたからやめたよ。e託しなくてもそんなに不都合ないよ」などと公言する出版社の存在が、アマゾンの戦略にとってどれだけ目障りかを考えてみよう。個別取引合理性などかなぐり捨てて「アマゾンから離れた出版社倒産した」という事例をつくりにくることは覚悟しなければならない。

 複数出版社でこの問題を訴えようにも「e託契約」も「パートナー契約」も、すべて明細は秘密保持契約(NDA)の向こう側にあり、その訴訟リスクが情報共有と連帯を阻む。今回、筆者が匿名で書かざるを得ないのもそのためだ。

 現在でもアマゾンは不定期にポイント付与率の上げ下げを実施している。対抗馬のhontoもっと派手にポイントバラまいているので、日本出版界はそれを非難することもできない。

 現在のe託では販売価格の主導権は出版社にあるが、市場を更に占有したところで契約更改は再販廃止が条件となり、「プロモーション」「正味下げ」「値下げ」の3点セットの「ご提案」がつぎつぎに舞い込むことになるだろう。

 アマゾンで買えばほかより安いとなれば、消費者はなお雪崩を打ち、発言力はさらに高まる

 電子書籍では、入金額分配契約の出版社の場合、「アマゾンで本を買うと、他の手段より著者への支払いが少ない」という事態は、すでに起きている。これから紙の本にも普及してくる可能性が高い。

 アマゾン1社を優遇するなら、出版社縮小均衡の果てに「アマゾン制作部門の下請け」となる道を選ぶしかなくなるだろう。

 もうひとつの解は、アマゾンの条件を呑むのなら、その条件をオープンにし、他の書店にも同様の扱いをするということではないだろうか。60%条件ならば書店を起こせる人は多くなる。1社独占になりさえしなければ、安すぎる正味だとは思わない。本の価格は上がるだろうが、この正味戦争に建設的な出口を探すとすれば、そういう方向しかない気もする。

アマゾンは破壊的イノベーター

 アマゾンがやっていることは、「すべてのお客様のために」ある。アマゾンが考えるお客様希望は「手軽で安価な入手」だ。だから、「手軽で安価」な入手に協力する者は優先するし、それに協力しない者を悪く見せるために努力をいとわない。

「ほかの書店はともかくアマゾンで品切れするなんて」「売っていないなんて」という読者と著者の態度が、それを後押しする。

業界が絶望へ相転移するときのエネルギーを利益に変えている」と言ってもいい。

 だから、折りに触れ現れ、「僕と契約してe託出版社になってよ」と囁くあの提案書を追いかけまわして、「そいつの言うことに耳を貸さないで!」と叫ぶ。

 あなたが、すべての絶望を希望に変える奇跡の道を見つけるまでは、契約してはいけない。

  • 2017.5.20--追記

思いのほかたくさんの反響いただきました。

ありがとうございます

匿名の身ですので、本記事は「CC BY 4.0」転載・再配布・翻案自由とします。

とだけ宣言しに舞い戻ってきたのですが、せっかくなのでもう少し蛇足を。

取次の擁護ウザい。

→擁護していない。取次が硬直的な差別取引出版社が新しく出てくる芽を潰していることは既述の通り。

資本主義消費者利益なので残当

→まっぱだかの資本主義が野蛮で不合理な結果をもたらしてきたということくらいは、10代のうちに学んでおこう。消費者利益もエシカルでなければ持続可能にならない。いいからパンツくらい穿け。見ているこっちが恥ずかしい。

独禁法と公取は仕事するべき。

アマゾンは公取と密接に連絡を取って、アウトにならないギリギリの線を見極めて活動している。そして、紙の本はもちろん、電子書籍においてさえアマゾンは圧倒的な独占を未だ手にしてはいないので、公取は様子見。まあ、ケータイ相手コミック商売をしている国内勢がまだ大きいからなのだが。

パトレイバー後藤隊長みたいな言いかたになるけど、役所が動くのは常に手遅れで犠牲が多数出てからだし、そうでなくてはならない。文化的な公害のおそれには予防原則を持ち込むべきではない。

国内勢力を糾合して対抗するべき。

→それこそ公取の出番になる。出版界は笛吹けど踊らない者が多様にいるからこそ、自由でいられる場。そのメリットを手放すのは下策。テーマは変わるが、軽減税率ほしさに政府に嘆願する業界団体は恥を知れ。おまえら出版界全体を代表してなんかいない。業界が一丸になどなったらあっという間に規制され、規制団体に天下りを送り込まれる。

流通を改善しないで吠えるな。正面から戦え。

流通は改善している。アマゾンで入手できるような本なら、たいがいの書店でさほど待たずに注文できる。アマゾンが1週間以上になっているならば、多くのケースで書店コンビニのほうが早い。というか、ド田舎以外で入手を急ぐならまずはhonto withでチェックするべき。

書店で取り寄せできないと書店のせい、アマゾンで取り寄せできないと出版社のせいにする読者をネット上で散見するが、実際は逆。アマゾン出版社に連絡をする労すら惜しむ。

はいえ、取り寄せを渋ったり、TONETSやNOCSの在庫情報の見方を教育されていなくて「この本は取り寄せできません」とウソをついたりする書店員も、たしかにいる

公平な制度設計がなされたら、湿度の低い社会になると思う

本来日本は誰の子供を妊娠してるかわからないのが常態社会であったから、

雇用面で男女が平等になると、ヤリマンは増えるでしょう

九州男児アナルが大好きっていう伝統もあったようで、本来日本からすると同性愛禁止はオカシイ

不機嫌な時

まわりは自分の不機嫌を尊重して然るべきだ

真剣にそう思ってる人がすごく多い

ひょっとしたら過半数以上そうなのか

まだ学校いたころは建前でも「平等」を謳っていたか

無理矢理に引き下がっていたやつが多かったんだなと思うくらい

いい年の大人自分の不機嫌を隠そうとしないしそれに気を使わないとさらに不機嫌になる

恥ずかしくないのだろうか

ずっとそう思っていたのだけどそれはどうも間違いのようです

それが当たり前だそうです

感情を隠すとストレスたまるしかえって失礼にあたるなんてことをいってた人もいました

そうなのでしょうか?

2017-05-06

http://anond.hatelabo.jp/20170506110151

そりゃそうだろ、単純な実力の世界じゃないかルックス至上主義になるんだよ

女性アスリート純粋競技レベルだけだと、せいぜい男の中学高校クラス

女流棋士だってルール自体平等なんだし、あの人らが男の棋士に勝てるほど強ければ

彼らみたいに顔関係なく注目される(たまに勝つこともあってニュースになってる)

だろうけど、実際問題弱いんだもん

容姿に限らずキャラクターばっかり売りにされるのは、単純に実力がないからだろ

その「特徴ある上手な人」とやらがヘタクソなんだよ

まあ政治家とかだと客観的な実力を測るのが難しくて、男すらそういう空気なんだけどな

http://anond.hatelabo.jp/20170506074911

育児における男女の労力が不均衡過ぎるのに親権だけ平等を主張するのが図々しいわ

子供を生み育てる際に出世絶望的になったり給料削られたり退職させられたりのリスクかぶるのは女だけじゃん

分割統治されちゃったね

ウーマンリブの結果、意図していたか意図していなかったかは知らんが、分割統治された状態になっているよね。

今や、男対女の戦いでは無く、女対女の戦いだよね。そして、既得利権を奪われた男たちが奪った女たちをたたくと。

昔の女たちは結婚したら仕事を辞めるのが当たり前で、ほぼ全員の職歴はそこでストップ、足並みがそろっていた。やめて男性に養ってもらうのを前提にシステムが組まれていたので、同じような仕事をしていても男性の方が給料が良かったかもしれない。その時代女性たちは男性平等お金が欲しい、仕事をしたいという共通意見が持てた。

今はエグゼクティブになる女が居る一方で、ホームレスになる女も居る。その辺は男とあまり変わりが無い。女たちが団結しようにも、エグゼクティブな女とホームレスな女の主張が一致する訳が無く、一緒に何かを主張することができなくなった。男の方も男女平等給与体系になり、収入が目減りしたので女を保護するという余裕が無くなった。また、高齢者に席を譲ったら「そんなに年寄りじゃ無い!」と怒られるように、女を保護したら「守られるような存在じゃ無い!」と怒られるようになった。

とまあ、女たちで結託して主張することもできなくなり、男から保護されることも減ったというのが今の状態だろうね。

昔に戻ることはできないので、それぞれで頑張れとしかいいようがないが。

http://anond.hatelabo.jp/20170506051320

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