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はてなキーワード: 戦後とは

2016-07-25

http://anond.hatelabo.jp/20160725193559

自民党中国謝罪しろ韓国謝罪しろ東南アジアにも謝罪しろ日本南京で大虐殺をした!

戦争はよくない!憲法を守れ!九条を守れ!こんな素晴らしい平和憲法はない!

原爆を落としたアメリカを許すな!君が代廃止しろ天皇はさっさと死刑になれ!

あなたもそう思わない?えっ!?どうして思わないの!?!?おばあちゃんがまだ子供で満州にいた頃は~



って毎日毎日ずーーーーーっと言ってる、戦後ずっとガチガチ日本共産党員やってた祖母の家に三日泊まっただけでクッソ疲れたから

政治的思想信条感情的にまき散らし続ける人はどっち向いてようが周りがだいぶ暗い気分になると思うの……

2016-07-22

http://anond.hatelabo.jp/20160314202843

大変かもしれないけど、頑張って。

親は悪くない、甘えるな



自分新聞配達して数百万の学費を払った。

学費生活費はすべてそこから体をはって払った。

車の免許教習所学費もついでに自分で払った。

当然PCとかネット代・携帯代も自分ではらっていたよ。

なので、社会人になってから借金はない。



うちの祖父も裸一貫で地方から首都圏にでてきて、

昼間仕事して、夜学大学にいって勉強して、学費自分ではらい、

かつ親に仕送りをしていた。資格をとって法律家になったよ。



戦前戦後の昔と違い今は時代が違うとか、今の方が大変とかいってはだめだよ。

今の時代の方がはるかにITもスマホ学習の機会・選択肢も沢山あるから

圧倒的にいい時代だよ。



約500万円もの投資して得た学士号によって、

月13万円とは費用対効果が悪すぎる。

その学士号を取る必要性がそもそもあったのか?



学生時代の4年間なにをしていたのか?

より高い給料のもらえる資格取得の勉強を頑張ったか

スキルをあげるために頑張ったか

借金返済のために頑張って稼いでいたのか?

20歳過ぎていて考えが稚拙だよ。



より高い給料のもらえる会社転職するか、

ダブルワークして、夕方・夜からコールセンターコンビニで働くかして

ささっと借金返してしまいなよ。





考えてばかりいないで、行動起こすんだよ。


行動を起こしたら不安は消えるから(クレメントストーンの言葉)。

2016-07-19

フランス語の知識は知識人常識

バゲットとバケットの区別などどうでもよいという反知性主義的な言説が散見されるサービスはてなであるが、この区別重要ものであることは論をまたない。以下にその理由混同の原因を示す。



混同が起こる理由


これはひとえに、フランス語発音英語発音混同することによる。


バゲットはフランス語のbaguette(発音記号:bagɛt)

バケットは英語のbucket(「バケツ」の意 発音記号:bʌ́kət)


両者はまったく意味の異なる単語である

混同が起こるのは、当然のことながら、話者がフランス語を知らないためである




区別必要である理由


たんに恥ずかしいというだけでなく、英語フランス語区別ができない人が発する言説の信ぴょう性に、深刻な疑義を生じる結果となってしまためである

以下に例を示す。



〔……〕4月に入ってからの、《Nuit debout》(ヌイ・デブ:起きている夜)という運動と関連のデモには特に関心をもっていた。

〔……〕《debout》の言葉からすぐに連想されるのは、「デブー!」が耳に残る《L'Internationale》(インターナショナル)の歌である

〔……〕

Debout ! les damnés de la terre !

〔……〕



http://finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/2016/05/nuit-debout-132.html 《Nuit debout》(ヌイ・デブー)のような運動日本にもあってよいんじゃないかと思った. 強調は引用者による。)



Nuit debout(nɥi dəbu)の正しい発音をあえてカタカナ表記すると、「ニュイ・ドゥブー」となる。

フランス語の"u"(ɥ)は日本語にない母音で、ウの口の形をして、イといおうとしたときの音に近い。「ウ」ではない。

"e"(ə)については、

音節母音で終わる音節のこと)の場合、「」に近い。これをけっして「」と読んではいけないことは、フランス語の初級クラスアルファベットを教える回(つまり初回)に、かならず教える。

deboutを、英語のdebut(dibjúː)から連想して「デブー」と読んでしま気持ちはわかるが、まちがいはまちがいである。




次の例。



戦後レジューム」ではなく「戦後レジームである


レジーム」は「和製英語」ではない。その語源フランス語のrégime(制度体制の意 発音記号:reʒimである

これを「レジューム」と発音してしまうのは、英語のresume(rizjúːm)が念頭にあるためと思われるが、当然のことながら、まったく意味の異なる単語である





結論


どれほど博学を披露し、先鋭的な知的営為を行おうとも、フランス語の初歩的な知識がないだけで、それは一瞬にして瓦解してしまう。

バゲットとバケットの区別ができない人間がなにか立派なことをいおうとしても、それはできないことは明白である

中等教育段階においてのみならず、大学進学後もフランス語を必修科目とし、正確な発音習得につとめることが必要理由がここにある。






追記 質問への回答



b:id:c_shiika

Comment allez-vous? から Comment を抜いた場合は「アレブ」って読めばいいのだろうか

正しい。

用例:


Allez-vous-en. Vous n'avez pas d'aptitude pour passer un temps agréable sur Hatena.

アレヴザン ヴナヴェパ ダプチチュード プール パッセ アン タン アグレアブル シュル ハテナフランス人的には「アテナ」))

和訳出ていきなさい。あなたはてなに向いていない。





b:id:theatrical

フランス語辞書何使ってる?


普段使いは以下のものでこと足りると思う。

https://itunes.apple.com/fr/app/dictionnaire-littre/id301211332?mt=8

http://www.lerobert.com/espace-numerique/telechargement/le-petit-robert-2016-pc.html



より精密に読む場合は、読むものの書かれた時代、調べたい分野にあった辞典を使う。


例:中世ルネサンス場合はAncien françaisやMoyen françaisの辞典がたくさんあるのでそれを使えばよい。

17世紀以降は、テクストが書かれた時代に発行された辞書を引いて、その時代認識されていた単語意味特定する。

最近の若者身長が高いという幻想はどこで刷り込まれるのか

日本人身長はほぼ横ばい

身長が高くなってないのに身長が高くなっていると言い続ける日本人がいる

今の若い女性戦後より摂取カロリーが少ないらしい

身長が高くなるはずがない

2016-07-13

鳥越俊太郎安倍内閣戦後最悪の内閣だと思います特定秘密保護法もー、安保法制もー、憲法改正もー、緊急事態条項ヒトラーだー」

鳥越増田やってるんじゃねえの?

2016-07-07

銀行はなぜ合併しなければならなかったのか

江戸時代日本は米・金・銀という三種類の通貨システムを平行して扱っていた。徳川幕府諸侯領(明治時代以降藩と呼ばれるようになるやつ)が入り乱れた連合国家であった。諸侯領間における政治経済システムの違いは大きかった(要するに戦国の遺風を引きずった藩とそうでない藩があった)。上記のような事情があった結果金融業の発達は著しく、幕末には多くの諸侯がこうした金融業者の支配下に置かれるありさまだった。

明治政府戊辰戦争後、

などといった問題対処するために、新貨条例および国立銀行条例が制定した。これらの制度

というなにがなんだか分からない制度になっていた。しかしこれは当時の国際情勢を考えると仕方がない話で

といった状態で、日本近代金融システムを構築するにあたって模範とすべき制度はまだなかった。結果アメリカを真似して兌換券の分権的発行を主軸とする制度が作られた。このため各地に割拠していた金融資本国立銀行への転換が進んでいった。

しか殖産興業の進展、西南戦争による莫大な戦費などといった問題対処するために、不換紙幣の発行を国立銀行に認めるに至った。

結果インフレなど金融システムの混乱が見られたため、ここにアメリカ型分権型金融システムには限界があることが明らかになり、日銀法と旧銀行法が導入されイギリス式中央銀行制度が導入されることになった。これが 1882 年。

このような経緯があったため、金融資本の再編といった事態にまでは話が進まず、そのまま第一次世界大戦関東大震災突入する。戦争景気による企業の無理な業容拡大と戦後景気後退震災によって銀行には不良債権が蓄積された。

上記のように各地に雑多に存在する金融資本江戸時代のそれを引きずっていたため近代銀行としては規模が小さく、これによって金融不安が高まり昭和金融恐慌に至った。これが 1927 年(1929 年や 1930 年ではない)。

その状態さらに 1929 年 1024 日はやってきた。 1930 年にはその影響が日本にも及ぶに至った。

かかる状況の中で昭和二年旧銀行法改正により 1927 年から中小銀行の整理が進められていたが、 1936 年馬場鍈一大蔵大臣により「一県一行主義」が掲げられた。馬場大蔵大臣としては失格者で財界との対立の結果大蔵大臣から放逐され憤死することになるのだが、翌 1937 年に日中戦争が開戦、日米開戦もほぼ既定路線となるなかで一県一行主義継続され日米開戦のころには中小銀行の整理は完了した。

こうした集権的かつ計画的経済運営にあたったのはいわゆる革新官僚たちで、その親玉吉田茂だった。彼らは社会主義的な経済思想国家主義的な政治思想を併せ持っており、戦中戦後日本の内政を主導した。

全然関係ない話だが、社会主義国家主義反自由主義という思想セットは革新官僚リーダーの一人である岸信介の孫の安倍晋三にも受け継がれていることはよく指摘される。

戦後岸が政界進出したこともあり、結果として一県一行主義体制および統制的な銀行体制はほぼそのまま戦後に引き継がれることになった。もちろん建前上は一県一行主義廃止され、戦後資金流通の円滑化のために戦後地銀いくら設立されたが大勢に大きな影響をあたえることはなかったのだった。

このような情勢のなかで、戦後日本金融当局==大蔵省銀行に対して

  • とにかく安定して資金供給を行うこと
  • 間違っても競争などしないこと

を求めて各種の行政指導や各種許認可を縦横にもちいて銀行群をコントロールした。これをいつしか護送船団方式と呼ぶようになっていた。

これは実際うまくいっていた。バブル崩壊までは。バブル崩壊の余波は大きく、護送船団方式では銀行を守り切れないことは明らかになっていた。 1995 年には木津信用組合兵庫銀行倒産するに至った。

また長らくの護送船団によって日本金融システム陳腐化は著しく国際社会において東京金融都市としてまったく影響力が無い点も問題とされた。

これらの問題対処するためとして金融ビッグバンと称し護送船団は解体されてしまった。銀行はここに自由サービス投資を行えるようになった。

ところで足元の経済情勢を見るに 1993 年から 1996 年にかけて経済成長率は 2-3% を維持しており、ここに橋本総理大臣バブル崩壊による不景気は終了したという判断をするに至った。また 1995 年には武村正義大蔵大臣により「財政危機宣言」が出されており財政再建を開始すべきという機運が高まっていた。

そこで橋本内閣は 1997 年、消費税増税などを含んだ超緊縮予算を成立させる。これが大失敗であった。緊縮財政により景気は悪化金融システム不安は再発し北海道拓殖銀行山一證券破綻、翌 98 年には橋本内閣総辞職現在まで続く長い長い不景気が始まった。

しかしここに至って護送船団方式の再開は難しく、銀行はノーガードで野に放り出されてしまった。かかる状況のなかでは銀行経営効率を上昇させるような積極投資は難しいことは明らかで、銀行合併による規模の拡大によって身を守るという手段をとらざるを得なかった。

結果生まれたのが三大メガバンクである。このような事情によって、消極的理由で成立した合併であるから当事者たちは乗り気であるはずもなく、旧来の自己立場防衛のために果てしない内紛が始まることは、それはもう仕方のないことだったと言えるのではないか

そのような事情の中で銀行システムの開発にあたる SIer技術者は内紛の道具の一つとなり疲弊を重ねている。

僕が言いたいことは何か。誰か頭が悪い人が一人いたからこのような状況になっているという訳ではないということ。むしろ一人ひとりができることを着実にやった結果がこうなのだということ。つまり、逆に言えばこの状況を解決する手段など無いということ。みずほ現場で苦しむエンジニアにできることは、逃げることだけだということだ。

2016-07-02

http://anond.hatelabo.jp/20160702021412

その「国際社会軍事常識」で「戦争」を防げている国がないということも、国際的には常識だと思う。

まるで集団的自衛権よりも高い精度で戦争を防ぐ別の手段実在するかのような言い方だなあ

そんなドクトリン存在するなら世界中の国がとっくの昔に採用してるだろうに

憲法9条平和が守れるんですかと馬鹿にする人は、それを盾にして朝鮮戦争にもベトナム戦争にも湾岸戦争にも、日本若者は行かなくて済んだことを忘れていますね」

という話も成り立つわけだよね。

成り立たないよ

ぶっちゃけ憲法九条あろうがなかろうが、朝鮮戦争ベトナム戦争湾岸戦争日本若者に参戦するチャンスはなかったし、今後も当分は来ない

身も蓋もない言い方するなら、日本国憲法ってのはアメリカ戦後世界戦略構成する要素の一つでしかない

まり世界揉め事日本は関わらせない。その代わり日本のケツを持つ」というのを体現させたのが今の憲法なわけ

から憲法の条文がどんな内容になっていようが、日本軍事面海外に出ようとしたらアメリカがなんだかんだと難癖つけてストップかけてる

実際アメリカってのは、PKO法案成立の時代から日本再軍備には割と冷ややか、建前レベルの歓迎コメント出すなら御の字レベルの反応しかしてない

去年の平和安全法制が可決した時も「ふーん、まあ役に立つならいいけど」程度の社交辞令しか出してないしな

2016-06-28

大橋巨泉さんのコラムについて

yahooニュースでも取り上げられてた、大橋巨泉コラム「今週の遺言」の最終回

スポーツ新聞は軒並みスルーだったけど、

最後に「安倍晋三の野望は恐ろしいものです」「7月参議院選挙野党投票して下さい」と書いてある。



集中治療室に入って、余命いくばくもない状態

こんなことを書くのは、よっぽど現状に不満があって、気合がないとできない気がする。

50代でセミリタイアした人とは思えない。



ここから先は想像になるんだけど、安倍首相大橋巨泉

過去への憧憬といった点で、実は同じ方向を見てたように思う。

安倍首相は「戦前の強い日本」を

大橋巨泉は「TVが楽しくて、希望に満ちていた戦後日本」を



過去を美化して、過去を取り戻すことが未来だと思うのは勝手なんだけど、

その過去を知らない世代からすると、ただ途方にくれるしかないです。

昔、幸せ時代があって、その時代が終わってしまったことはよくわかりました。

ありがとうございます

みじかびの、きゃぷりきとればすぎちょびれ、すぎかきすらのはっぱふみふみ。

2016-06-24

日本にも犬を食べる地域があった

中国で犬を食べるニュースが上がってますが、日本にも犬を食べてた地域はあります

明治以降開拓地中部地方山間部。今は高原として観光地になってる。

うちの祖父母が犬食べてたので昭和の初期、戦後しばらく普通に食べてました。

有名な作家日記にも食べてる記述があるみたいですね。

2016-06-21

大宅壮一文庫TV版がほしいのに誰も作らない(作れない)クソ社会

大宅壮一文庫」が存続の危機に|NHK NEWS WEB

http://www3.nhk.or.jp/news/web_tokushu/2016_0621.html

戦後雑誌を網羅している私設の専門図書館大宅壮一文庫

文化風俗流行・世相を知る上で雑誌はかかせない。

しかし少なくとも80年代後半から日本では、雑誌新聞以上に世相を知るのにかかせないのがテレビだってことには誰も異論は挟まない。

その時から日本ワイドショー情報番組支配された。

80年代まれの者はテレビ洗脳された。

過去文化の広まりを知る上でテレビは欠かせない。

しか過去放送内容を研究者自由に手に入れることはできない。

大昔のフィルムは残ってなくとも、80年代以降の放送内容くらいはテレビ局に残してあるだろうに。

テレビ反省しないのは、放映しっぱなしでアーカイブを残さないからだ。(新聞社でも縮刷版残さないとこあるけど)

放送された全てのテレビ番組が録画され、そこに行けば誰でも自由に視聴し、参照することができる、テレビ大宅壮一文庫のような場所を作るべきだ。

例えば、10年前に「福島瑞穂朝まで生テレビでこんな酷いことを言った」というデマコピペ流行り、検証するのに非常に面倒くさい方法が取られたが(2chの実況ログから検証された)、テレビ文庫があればそこへ行って過去朝生をチェックするだけで、デマだと簡単証明することができた。

例えば、舛添の政治資金問題に多大な放送時間を割いているワイドショーに疑問を抱けば、過去政治家政治資金問題放送時間と比べて、その異常性を調べることができる。

今、非合法的にだいたい全ての番組が一旦はアップロードされるようになっている。しかし、権利者に即座に消され、アーカイブとして残ることはない。

よくネットでは、「○○の言葉はどんなふうに広まった?」みたいな記事が人気になり、新聞雑誌を中心に調査されているが、テレビを調べなくてどうするんだっていつも思ってた。

何かテレビ無視されている。調べられないのは分かるけど、それならそうと言及すべきだろうと。それもこれも、テレビが全くアーカイブを残さない、公開しないからだ。

別にネット自由にさせろというわけじゃない。しかるべき場所しかるべき人がしかるべき手続きを取れば、誰でも視聴し研究できるように保管されてればいいだけなのだ

しかしそういう文化的行為に全く無頓着民放テレビ局広告代理店はほんとクソ

[]21:増田公方

 一年以上の準備期間を費やして増田連合軍北方異民族追討の兵をあげた。

遠征軍には中心的な増田四家の当主がすべて参加し、統治の安定ぶりを誇示している。

会談では他家に強敵を任せる流れだった増田家(四)も戦後立場を考えれば一家だけ参戦しない判断はできなかった。

そこまで読んでの決断なら増田家(八)の当主は大した奴だと、ちんぽこ将軍は半ば安心していた。

 遠征軍には他の増田家に連なる人間も、北は増田軍(三)ごと降伏した増田家(一)の亡命武将から

南は降伏以来実家に帰っていない増田家(士)の敗戦処理当主まで参加していた。

増田家(六)は増田家(四)の当主兼任

 彼らの総兵力は二十万に達する。まさに増田島の総力を結集した史上初の増田連合軍と言えた。


 二十万人の増田増田領(一)と増田領(三)の境界をなす増峠、その南に広がる大きな盆地邀撃の陣を構えた。

 増峠を越えてやってきた北方異民族軍勢が、平原の北を赤黒く染める。

傭兵を導火線に、全球的な寒冷化に押されて、南下してきたなどの同情できる動機は彼らになく、欲得ずくである

北方異民族支配階級は南からイノシシの子供を輸入し、

肥育したものを潰して塩漬けにし、金の容器に封入保存する風習で知られていた。

 これは缶詰の起源ともされるもので、彼らの文化はともかく、技術は決して侮ることはできない。

また増田島にはない特有兵科を持っていた。

 ?騎兵である

増田島の住民が知らない角のやたらと大きく広い動物?を騎乗可能品種改良したもの騎兵で、威圧感は馬の比ではない

中にはチャリオット形式の敵もいて、赤い服をまとった御者の姿は、何故か増田たちの本能的な殺意を呼び起こした。

 両翼に展開した?騎兵相手取るのは、カラトラヴァ騎士団増田騎馬軍団だ。

尤も、彼らの数はどんなに集めても合計で五千を超えないので左翼に集められている。

右翼には各家から集中された騎乗士を、前列に配置された武熊が補強する状態だった。

 目算では敵の?騎兵は左右共に一万から一万五千。これに数千の軽装歩兵が加わっている。

味方は右翼騎乗士一万に武熊五十頭、左翼騎士団三百に騎馬軍団四千五百、その他が五千であった。



 バックボーン構成する歩兵の数では増田連合軍が確実に上回っている。

上回るように動員し、補給体制を整えてきたのだから劣勢だったら大問題であった。

前衛言い出しっぺの法則増田家(八)本国衆四万がつとめる。指揮官増田出羽守

「このいくさに勝てば、殿が増田家(四)の姫を紹介してくれる……」

 独り言をつぶやいているのは、おめでたいからではなく、恐怖をまぎらわすためだ。

十万人に迫る目前の異民族

https https」「スマフォ」「ニッキニッキ」「タノシクタノシク」

などと口々に意味不明言葉供述しており、受け身の意識でいると狂気に引き込まれる。




特にwww」や「//」と笑ったり恥ずかしがったりしている輩が憎々しいでござる。

 笑ったり恥ずかしがったりできなくしてやるでござる!」

 増田出羽守の後方で増田家(五)の先鋒をつとめる増田左混は言った。

江川の敗北で一時干されていた彼であるが、大軍をひきいた経験はやはり貴重なため、起用されていた。

彼は転がり込んできたカラトラヴァ騎士団と合同訓練を積むことで戦術視野を広げていた。

 中軸を構成する増田軍(五)全体の兵力比較戦場に近いこともあり五万を数える。

彼らの領土は一度も本格的な戦闘舞台になったことがなかった。実に幸せな家であった。




 増田左混の右手には増田家(四)を中核とする歴戦の精鋭たちがいた。

「昔は傭兵にしていたくらいで話が通じる連中だったので候が、そやつらがさらに遠方の異民族まで呼び集めたようでござる」

 増田家(一)の亡命武将が、当主説明する。峠の向こうが冬の間に地獄になったことを想像しながら、

長い準備期間を耐えてきた彼はこのいくさで退くなら果てる覚悟を決めていた。

 戦意の高すぎることが心配される増田軍(四)は合わせて三万であった。

なお、増田軍(四)には旧増田領(二)などに展開している他の部隊存在する。



「ついに増田島を縦断してしまった……」

 反対側の中央左翼よりには増田家(十)の当主がいた。故郷が遠く、別に海上輸送負担があるため、彼らの軍役は軽い。

武熊がトラウマになっている旧増田家(九)家臣団も寄騎につけられて総勢三万だった。




 最後増田家(八)当主がひかえる後衛には、四万人が集まっている。

輜重兵が一部混じった雑多な集団であり、味方にはあまり期待されていなかった。

「この地は我々のシマだ(お腹グルグルしてきた……)!!」

 実はこの当主戦術レベルで戦いに参加するのは初めてだった。




 最初に動いたのはもう一つの部外者であるカラトラヴァ騎士団だった。

恐怖を知らない騎士たちは三十倍を超える敵にむかってまっすぐ突っ込んでいく。

「キホウキホウ」「ツカエツカエ」

 敵はおめきながら迎撃の体勢を整えた。先頭をはしる騎士団グランドマスダーは異国語で部下に叫ぶ。

「カラコール戦法だ!」

 彼が槍を掲げると騎士たちは一斉に顔を左手のあらぬ方向にねじ曲げた。そちらに指をさす。

「「あっ!!?」」

 言語の壁を通じて通用するしぐさをみて、?騎兵たちは一斉に右手をみた。

「「??」」

 何もないことを不審に思って視線を戻した先には視界一杯の白銀騎士たち。

 ごあ、ぐあっしゃゃあああああん!!

 耳を聾する轟音をかなでて敵味方が激突する。?の大きな角も馬にまで装甲を施したカラトラヴァ騎士団相手には障害にならず、敵の右翼は切り裂かれた。

 彼らがこじ開けた突破口を五千の騎乗士が拡張する。一方、増田騎馬軍団は大きく左に回り込む機動をおこなった。



騎士のいない反対翼の戦いは増田連合軍の有利には展開しなかった。

「com.com.」

 ?チャリオットが耳障りな音を立てて迫り、旋回しながら武熊に矢の雨霰をふらす。

「ぶおっ、まおっ」

 武熊たちは腕で頭をかばい、いやいやをした。さらに射られるとたまらず敗走する武熊が現れる――味方の方向へ。

「こっちくんな!」

「やっぱり武熊は増田の敵」

「敵に回すと恐ろしいが、味方にしても頼りないっ!」

 武熊とハサミは使いようなのだが、右翼騎兵勝手なことをわめいて混乱をきたした。

そこに?騎兵たちが威勢よく突っ込んでくる。

「「うわあああああっ」」

 戦場東側での戦いは幸先の悪いものになった。



「すべての増田が我らの背中をみているぞ!」

 増田出羽守は由緒正しいスカラベの前立てを部下に向かって反射させ、刀で敵を指し示した。

五万の雑魚ナメクジがうねうねと敵に向かって進む。時折、敵味方の矢が飛び交い、飛翔音が恐怖を煽り立てる。

至近距離に近づいたことで増田兵は黒い毛皮をまとった敵の中に、本物の生きた毛皮が混ざっていることに気付いた。

「敵の武熊だ!」

「いや、セルクマだ!」

 そいつの身体は増田島の武熊より一回り大きかった。しかも、暴れた時の危険無視して敵兵が大武熊の近くにまとわりついていた。

増田たちはさっそく脱糞する。それでも槍にすがってへっぴり腰で向かっていく。

「イチランイチラン!」「モウケモウケ!」

 異民族は突然騒ぎだし増田の肝をつぶした。ほとんど気を呑まれ状態中央での戦いがはじまった。



右翼の連中は何をやっておる!」

 増田ちんぽこ将軍右翼崩壊をみて叫んだ。事前に打ち合わせた作戦があっさり台無しになってしまった。

「右を向けぇい!」

 烏合の騎兵集団を破砕した敵の?騎兵が奇声をあげて駆け寄ってくる。三万の歩兵は味方の右側面を守るために戦いはじめた。



「やっぱダメだ~~っ」

 同じ頃、中央でも増田家(八)軍団が後退に追い込まれていた。

あれだけ意気込んで進んだのに、撃退されるとは情けない。

負け上手の増田出羽守は無理して流れに逆らうことはせず、部下と一体になって逃げた。

「姫との結婚は無理でござるな……」

 敵の中央はいきおいに乗って増田連合軍を追ってきた。増田家(五)が汚れた尻拭いに割ってはいる。



「必ず負ける兵は必ず勝つ兵と同じ。やはり、軍師にとっては使いやすいわい」

 増田匿兵衛はうそぶいて銅鑼を鳴らせた。前衛が引き出した敵を左右の歩兵が側撃する――計画だったのだが、右側は?騎兵への対処必要だったため機能したのは左側の増田家(十)軍団だけだった。

「放てぇ~~っ」

 自慢の手銃が火を吹き、防備の薄い斜め右から撃ちまくられた蛮族がバタバタ倒れる。

コミュニケーション不能な連中もさすがに怯んだ。そこに増田家(士)の尖兵が斬り込んでいく。

「……この兵があれば天下も狙えたはずでござるが」

 自分のではない脱糞臭いがして、増田中弐は邪念を追い払った。



 戦場西側では増田軍が圧倒していた。鋼鉄戦士たちが?騎兵中央を食いちぎる一方で、増田騎馬軍団が側面や背後に回り込み、騎射で滅多撃ちにする。

増田島の湿潤な気候が蛮族の合成弓にあわなかった影響もあり、一方的射撃戦になる。

 このまま敵の後方を回り込んで、東の騎兵戦も勝利に導けば完勝。

そんな、計画だったのだが、味方の右翼時間稼ぎに失敗したため計画根本から狂っている。

喧騒の中、増田騎馬軍団指揮官たちは、その事実を忍びに聞かされた。

「父上!」

 ある増田騎馬が北を弓でさした。増田典厩は頭をつるりと撫でる。

「まったく、とんだぢゃぢゃ馬ぢゃわい……」

 増田騎馬軍団はじゃじゃ馬が導く方へ進んだ。



 増田軍(四)は敵左翼騎兵の攻勢をしのぎ続けていた――むしろダメージは?騎兵の方が大きかった――が、

動力にまさる敵の動きを拘束することはできず、敵左翼の一部はついに本陣にまで乱入してきた。

精強な増田軍(四)に近い右寄り本陣をおいた方が安全という読みが裏目に出た。

「うろたえるな。うろたえるではない!」

 と叫ぶ増田家(八)当主が一番うろたえていた。尻は腸そのものを体外に排出してしまった感触だ。

ナマコならそれを囮にして逃げるのだが、最高司令官ともなれば、そういうわけにもいかない。

「ipip!」

 馬廻りが角の派手な?騎兵相手にしている間に、随伴していた軽装歩兵が足下まで迫ってくる。

「ひかえろ、下郎が!!」

 当主悲鳴をあげると、腰の大業物を抜いて、一刀のもとに小鬼を斬り捨てた。

!?

「://」

 敵は一瞬硬直する。増田家(八)の当主はかつて伝説的な剣士師事し、

免許皆伝を受けた腕前であり、その太刀筋は異様に鋭かった。

「ぬりゃ!てりゃっ!」

 漏らしながらも、バターのように雑魚ナメクジを斬りまくる。

「それ以上、いけませぬ」

 太刀が刃こぼれだらけになったところで馬廻りが主を止めた。四万の後衛は?騎兵を軒並み倒しおえていた。

普段輜重を護衛している彼らが、増田家(八)では最精鋭なのであった。

輜重が奪われない信頼があるからこそ、増田軍(八)は安心して戦えた(負けられた)。

そして、彼らが防衛された食糧を期待して本隊への合流を目指すことで全体が敗北から早期に立ち直るのであった。

 だが、やはり実戦経験の乏しさは問題であり、頭領がみずから戦う事態後衛はそうとう混乱していた。

そんな最悪のタイミングで敵中央から東にこぼれた大量の歩兵軍団が襲いかかってきた。

 最初東西に引かれていた戦線はいつのまにか、南北に引かれる状態になっており、本陣最右翼最前線だった。

敵味方が増田左混が戦っているあたりを中心にして、回転扉のように右回転した結果である

「ここは一旦、お引きを」

 増田匿兵衛が進言する。当主は言い返しかけたが考えを改めて軍師にしたがった。

くそっ」

 当主の隣で馬を攻める軍師は尋ねた。

「お腰の物は味噌ですかな?」

「……たわけ。うんこに決まっておろうが」

「某もでござる」

 見ると増田匿兵衛も漏らしていた。



 大将敵前逃亡したことで増田連合軍士気は低下、思い思いの方向に退却をはじめた。

あくまでも退却をこばんだ増田家(一)の旧臣たちは敵に突入して討ち死にを遂げた。

「むごい……」

 と漏らしつつも、増田家(四)の当主も、死兵の抵抗を利用して戦場から離脱した。



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2016-06-20

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マクロス三角関係微妙なんて、今に始まったことじゃねーだろう。

しろフロンティアの(比較的)真っ当な三角関係が、マクロスとしては特異だったんじゃなかろうか。

初代はミンメイがスタートダッシュ切ったけど、アイドルやらカイフンやらで疎遠になった。そしたら中盤以降でカタツムリヘアーのおばさんとフラグ立ちまくってただけ(愛おぼは乗り換えがもっと露骨)。ただ戦後編の未沙と付き合ってるのに、カイフンと別れたミンメイとデートするあたりは三角関係っぽいかポスター逆さに貼り直す通い妻いいよね。

プラスゴリラ記憶捏造祭でノーカン(あれはバルキリーを見るもんだから、そんなんでいいんだけど)。7はバサラが歌にしか興味ないし、それ差っ引いたところでミレーヌとガムリンがお互いを意識しつつ、二人してバサラを追っ掛ける構図。普通三角関係じゃない。ゼロは……妹がヒロインとかそういう対象だった記憶がない。というか、三角関係成立してたっけ?

それらに比べりゃ、Δは視聴者が期待するような三角関係をちゃんとやってる方だと言える。マクロス三角関係なんてそんなものだ。



ワルキューレに関しては、近年のアニオタの中にグループアイドルを見る文化が育っていないのが原因だと思う。

近年のアイドルアニメは、ソロアイドル、もしくは候補生を集めて作中でユニットを結成してるのがほとんど。視聴者はまずメンバーそれぞれの個性を知ってからユニットとしてどうかを見ることになる。アイドルもの主人公ユニット組んでるのは、だいたいそうやってる。

でも作中で既に結成されているユニットが主役で出てきて、その全体を見てからメンバー各人を見るという、逆の見方をするアニメがほぼ無かった。WUGテレビシリーズから見始めた組くらいだろうか。だからアニオタはほぼこういう見方を知らない。だからワルキューレも分からないのは当然だろう。

同じく主人公既存アイドルユニットオーディションで加入する話だったAKB0048ときは、主人公たち研究生襲名すること(正規メンバーへの昇格)を目指す姿を中心に見せていたから受け入れられていただけだったのではないだろうか。もし研究生が凪沙と智恵理だけで、他は全員 襲名メンバーOGだったとしたら、今回のようになっていたかもしれない。なるほど。AKB0048は徹底してアニオタに「会いに行くアイドル」だったのだ。

ワルキューレも作中では「会いに行くアイドル」だが、メタ的にはアニオタの側から見方を学び、会いに行く必要があるアイドルだ。それをバルキリー・歌・三角関係ほか要素過多なマクロスでやってしまったのは、確かに失敗だったかもしれない。それでもワルキューレは、今度の無料配信で見返すなり、CD聴くなりすれば、あるいはこれから先の話も見ていけば、まだ十分に「会いに行けるアイドル」だ。

もうゼロゼロを待っていても彼女らは会いにこない。アニオタよ、ワルキューレ会いに行こう

親がまだ終戦の様子とか戦後を知ってる世代から時々話聞くんだけど

今この時代に聞いた話を伝えようと思うと左翼だなんだでフルボッコされそうなんだよね

日本人にとっての体制VS反体制とは



政府VS市民」「右VS左」「戦争VS平和などではない。



自身が仕掛けた侵略戦争を、非道兵器犠牲者となることで敗戦した日本人

戦中は国粋主義翻弄され、戦後共産主義翻弄された日本人

自分たち文脈を持たず、他国からの輸入で自由平和を知った日本人


僕らはあまり矛盾を抱えすぎていて、それでいて宗教を持たない僕らは、今さら自分矛盾否定するほどの自信も持っていない。



そんな僕らが求める体制VS反体制とは、それはもうありのまま僕らを否定するもの肯定してくれるもの対立で、

社会的ものVS個人的もの」「高尚VS世俗」「大人VS子ども」なんである



政府だろうが市民団体だろうが、あらゆる組織社会的ものであり、個人的僕らの敵。

右だろうが左だろうが、自信の思想を持つようなことは高尚なことであり、世俗的な僕らの敵。

戦争だろうが平和だろうが、学校で教えられることは大人の事情であり、子どもである僕らの敵。



それが、日本人体制VS反体制であり、僕らがアニメマンガゲーム音楽に求めることなである

やっぱりこの世にはアカシックレコード必要

今日実家に帰ってきて、自分の部屋の隅にあったぬいぐるみを見てふと感じた。「怖い……」と。

ゲームセンターUFOキャッチャーで取ったぬいぐるみを何体かつなげて、壁にぶら下げてあったのだ。

別にそのぬいぐるみの形相が恐ろしかったとか、そんなわけのわからないことをした自分が怖くなったとか、そういうわけではなかった。

そのぬいぐるみをつないで、壁にぶら下げた、その行為をした記憶はある。でも、そのとき自分が何を考えていたのか、どういう気持ちだったのか、それをしたあと自分が何をしたのか、まったく覚えていないのだ。

記憶が飛んでいたというわけでもない。単純に時の流れによって記憶から抜け落ちてしまっただけ。

でも、それが怖くなった。その時の自分気持ちを覚えていられるのは自分だけのはずなのに、その自分すら忘れてしまっているのだ。ほかの誰が知るはずもなく、つまり世界から完全に消え去ってしまったのだ。

この単純な事実が途方もなく怖くなった。時が経つにつれて確実に何かが失われていく。そしてそれは、長い宇宙時間の中で、数限りなく行われてきたであろう喪失いくら努力したところで、もう絶対に知ることはできない。

祖母が死んだときに感じた恐怖とまったく同じものだった。

祖母自分中学生とき、百歳の少し手前まで生き、そしてこの世の摂理に従って亡くなった。

それ自体は恐ろしいことでも、悲しいことでも何でもない。むしろよく長生きしたな、大往生だ、よかったよかった、ぐらいのものである

事実親族一同、悼むことはあっても、嘆き悲しむというようなことはなかった。

自分別に必要以上に悲しむことはなかった。だが、ふと彼女人生について考えたとき、途方もない恐怖を覚えてしまったのだ。

彼女の九十余年もの間、いろいろなことがあっただろう。大正に生まれ学校に行き、祖母を生み、戦争を生き延び、戦後経済成長経験し、ひ孫の顔まで見た。

他愛のないこともたくさんあったであろう。その時々で、彼女は何かを見て、感じて、そして思ったはずなのだ

しかし、それらを知ることはもう我々にはできない。数多の物語が、真実が、情報が、失われてしまったのだ。

それが、とても怖かった。

こういうことを音のない夜、ふと考えて眠れなくなることがよくある。

そういうとき、思うのだ。アカシックレコードさえあれば、と。この世のすべてを記憶していてくれる機械えこの世にあれば。

好奇心学問必要性を感じてのことではない。ただひたすら、情報喪失という恐怖から自分を守ってくれるものがほしい、そういう理由アカシックレコードがほしくなる。

今日はそういう夜だった。

2016-06-19

http://anond.hatelabo.jp/20160619235559

広島焼きっていうやつは関西人の、それも広島風お好み焼きを舐め腐ってる連中がいうから苦言を呈すんだよ。

もともと戦後お好み焼き発祥広島からっつったら連中はその事実すら否定するからね。

あいつらのはただ混ぜるだけから。まああんまし地元意識ないけどw

2016-06-18

[]18:増田の野望

 増田家(八)の領土は史上最大となり、そして史上最大の危機にあった。

増田家(士)との戦争本貫地を荒らされ、一度は決戦に敗れ、極限までの動員を強いられた。

金食い虫である艦隊増田島の南北両岸に整備してもいる。

増田(七)領に避難してきた「宮」への手当も必要だった。

 なにより深刻なのは、かつての本拠地継続している一揆存在だ。

増田家(士)の横暴をうけて決起した彼らは独力で侵略者を追い払ったのだと過信し、

独立や自治の大幅な拡大を求めていた。

増田家は外敵から彼らを守る義務を一時放棄したわけで、しかたのない面はある。

 だが、巨大な領主に戦功以上のものを認めるつもりは、さらさらなく、官僚たちにねばり強い交渉を継続させていた。



 内憂に対して外患である増田家(四)も増河決戦後の無理が祟って活力を大幅に減じている。

それでも、増田島に一対一の存在になった事実は重く、早期の統一による平和を求める世間圧力もあって、

戦機の果実は無理矢理エチレンを塗りたくられた状態にあった。

 最悪の場合増田領(八)の内部で増田島の群雄割拠再現されるだけなのだが、

相手意識なき増田島の統合意思ではそれを指摘しても説得しようがない。

 両者は神経と国力をすり減らしながら共に戦備を整える状況だった。



 そんな中、キャスティングボートを握ることになったのが、西の祖国を取り戻した増田家(十)当主である

彼は「主君から再三の出兵を求められながら、言を左右にして逃げていた。

 実際に旧増田領(士)の平定に手を焼いていることや、船団が嵐に遭い兵力の六割を失った事情があって、

兵の抽出は困難だった。

 しかし、それだけではない。彼には増田家同士が消耗した状態中央に打って出れば、

漁夫の利によって天下を得られるのでは?という野心が確かにある。

 お家を再興できただけでも恵まれているのに天下を望んでしまう。

人の欲望には限りがない。あるいは傭兵となって天下を見てきたからこそ、

それを手に入れる夢を見てしまうのかもしれなかった。

 少なくとも出兵の見返りに増田(九)領くらいは手に入れたいものだ。

甘い考えに溺れていた当主鼻歌交じりに寝室に入ったところで、その鼻をひくつかせた。

(わ、私のじゃない脱糞臭いがする!?……こ、こわ~っ)

「タレカアル!?

 不審を通り越して恐怖を覚えた当主ふすまを開けて人を呼んだ。

「ここに」とやってきた一人の男に安堵するも、よく見るとまったく知らない顔だ。

プライベート空間の深部で、それはありえない。

「お主は誰じゃ!?

 そいつは鍋が煮立つように笑う。



「拙者は増田。誰でもあり、誰でもない。時にはお主自身でもある……こぉんな風に!」



 男の顔は当主の顔と、うり二つに豹変した。それでいて、まがまがしい瞳の奥は底が見えない。

当主の写し身は大口を開いて笑う。

「ぬぉおおおおっ!」じょばばばばば

 当主は失禁しながら刀を振り上げた。――その動きが布団をはねのけて、彼は目覚めた。

「……夢か」

 しんと静まりかえった寝室を見回す。そして気付く。

(私のじゃない脱糞臭いがする!?



 増田家(十)当主大脳が壊れるよりも出兵を選んだ。

増田家(士)と同じように、忍びいくさでは「主家」に敵わないと判断したのだ。

もっとも忍びの働きも本人の解釈にすぎず、彼が来て見て嗅いだモノの正体は後世に至るも謎のままである



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2016-06-17

ビールを飲みに野球観戦!

地ビール屋さんが頑張ってると言う事なので、そのビールを飲める野球観戦へ!

ビール試合もなかなか楽しい具合だったのですが。。。

だが残念なのは野球戦後にあり

久しぶりの土地なので、素敵なビールを出してくれた記憶があるビアバーに

なんだろう、この店の雰囲気

金曜の21時過ぎにこんな感じですか?

入店したお客さんより話をしてた常連さん先に対応しますか!

なんなんだろう

好きなビールを注文してもいまひとつな味わいで

知り合いが店主と揉めた話を時々聞くけど、納得な時間を過ごせました。

2016-06-13

祖母が90歳を越えて、宗教不眠症になって老衰している話

タイトル通りなのだが、色々調べて不思議気持ちになったので書いておく

うちの祖父母は双方90歳こえて元気にやってる信心深い夫婦で、先祖代々名古屋昭和区興正寺檀家をやってきている。

ここ数年、興正寺が色々と問題を起こしている。

http://www.asahi.com/articles/ASHCN7T68HCNOIPE025.html

(興正寺プレハブ対立問題)

http://anago.2ch.net/test/read.cgi/bizplus/1360116318/

(僧侶不当解雇見習い通夜問題)

うちの祖父母は、割と熱心な檀家でもちろんこういった問題があることは知っているものの、

「おっさま(名古屋弁で坊さんの意)や若様が、考えもなしにそんなことするわけにゃーて。みんな信じとるもんでだいじょうぶ」

と何を心配しているのかも最早よくわからんが、何か達観した様子でこの手の騒動をみていた。

家族としては、信仰の魅力はわからないけど楽しそうだし、

信仰自由尊重し、まぁ好き勝手やってくれと思っていたが、この手の問題には眉を潜めていた。

興正寺(U住職) と プレハブ寺(高野山から派遣された稲沢市のA寺のM住職)が要は対立しているのだが

このM住職というのが、元々15年ほど前に興正寺で働いていた住職だと祖父から聞かされた。

ニュースでは不当解雇となっているものの、

解雇された M住職・N住職・U住職というのは うちの婆様界隈ではみんな知っていることらしいが

興正寺への寄付を懐にしまい、自分の寺の修復費用に充てるなどを何度も繰り返しており

それを現職のU住職は見て見ぬふりをしていた。

・・が、余りにも目につくようになりU住職代替わりが近いタイミング解雇と相成ったらしい。

(興正寺名古屋一二を争う大きな寺で、名古屋市近郊の坊さんがたくさん働きに来るのだとか。雇用形態などの仕組みはよくわからない。)

祖父母は檀家総代などをやっていた為、プレハブ寺側のM住職とも面識があり、最近偶然出くわした際に以下のような会話をしたらしい。

90超えの老人のいうことなので、どこまで正確かはわからないが。


M住職「◯◯さん、今のままあちらさん(興正寺)を支援なさるんかね。高野山を敵に回したってことになりますよ」

祖母「私は、あんたさんがやってきたことをよく知っとるからあんたの支援はできん。興正寺興正寺高野山高野山。私は興正寺檀家。」

M住職「私が興正寺代表になった時には、◯◯さんには色々やめてもらわなきゃいかんね・・」

この会話をうけ、祖母は泣き崩れてしまった。

母と興正寺相談にいったらしい。M住職が、興正寺代表になることはあるのか?と尋ねたところ

興正寺「M氏が、規則にない住職代行を名乗ってまで興正寺に取り入ろうとしている目的は、数年前の不始末を消すことでしょうから。そんなことは私達は本山が何を言おうと許しません」

肝心の質問ストレートに答えないあたり、坊主というのは流石な生き物である

Q:Mは代表になりますか? A:許しません


祖父母は、興正寺戦後の再建などに大きく力を貸したようで、寺を守るという意識ものすごく強い。

もう3人しか生きていないが、茶飲み友達などは、M住職興正寺を入ることを本気で拒んでいる。

(私はその感覚が全く理解できないので、口も出せないが)

この相談にいった日から祖母調子おかしくなった。

「墓に入るなら興正寺と決めていたのに、Mが代表になったらと思うと恐ろしくて眠れない」と言うのだ。毎晩眠れないらしい。

祖母に色々聞いてみたところ、何十年も前に、祖父に隠して興正寺寄付をしていたらしく それをM氏に渡していたのだと言う。

寄付をすることにより、なんかに寄付人として名前掲載されるはずだったが、本来載るべきだった名前が載っていなかったそうだ。

祖母の周りでもM氏経由で寄付をした人たちだけが寄付人として 名前が載らなかったようで

M氏が横領したのでは?と言う噂もたったが、目を瞑っていたようだ。そして、10年ほど前、解雇されてホッとしていたそうだ。

それが現在興正寺の目の前にプレハブ小屋をたて、住職代行を名乗っている。数年前なら檀家がそんなことは許さなかったが

力を持った檀家高齢化には勝てず、M氏のことを知る人が減ってきたところで今回のこの騒動のようだ。

ちなみに、祖母祖母友人の寄付総額は、私の年収の倍以上だ。バカらしくてめまいがした。


私としては、もういい歳なんだし好きなことやってていいよ、と思うものの、

祖父母にとっては興正寺が宝のようなもので、檀家であることに誇りを持っている。その趣味やめろとも言いづらい。 

・・が、余りにもタチの悪い趣味である金も時間もかかるし、何より登場人物銭ゲバ坊主だらけである

そもそも高野山興正寺関係もわかっておらず、祖母の話を話半分で聞きながら興正寺周りの噂を探していたところ、不気味なブログをみつけた。

http://blogs.yahoo.co.jp/crusiafr/archive/2016/04/27


実名まくり

どこまでが事実かわからないが、ここにある坪単価や値上げ額などは事実

8 :名刺は切らしておりまして:2013/02/06(水) 11:11:52.08 ID:sdFlk7sq

お寺が朝鮮人に乗っ取られたら、だいたいこうなる

お前らも気を付けろよ


http://anago.2ch.net/test/read.cgi/bizplus/1360116318/8


この書き込みを思い出して、いやな寒気がした。

祖母にとって興正寺とは、仏教とは 

それらが何なのかがよくわからないが、家族のように大切なモノだと私と母は解釈した。

祖母はここ数日で急激にやつれた。

毎日困るくらい元気そうだったが、ここ数日全く元気がない。

調べてみたり近所の人らに話を聞いてみたが、正直よくわからない。

興正寺はU住職じゃなきゃ困る。」と近所の人は言うが、ネット上で記事になっているのは「U住職は悪」という内容ばかり。

何が真実なのかよくわからない。

私としてはプレハブだろうと興正寺だろうと構わないのだが、坊主が老人が眠れなくなるような事言うなよ!と怒りが湧いてくる。

なんか誰かに聞いて欲しかったのでとりあえず書いてみた。

2016-06-11

http://anond.hatelabo.jp/20160611181718

本場米国精神医学界では、自信とか自己肯定感遺伝の影響がほとんどで、自助努力がどうにもならないし、

そもそも自信を持っていても(以前言われていたほどには)大して人生クオリティを上げないと、言われている。

日本心理学系の言説は基本50年遅れくらいだからあんまり気にしなくていい。

戦後直後くらいに流行った森田療法ですら日本の中では比較的新しい部類の治療法だったりするし、終わってる。

2016-06-07

http://anond.hatelabo.jp/20160607134152

ほぼすべての日本人男女が結婚するようになったのは高度成長期から

戦前から戦後直後くらいは女でも結婚できない奴なんて普通にいたし、そういう事情を抱えた女に対する慣習的な救済手段が妾制度

いまとは色んな事情全然違うんだから現代不倫と妾制度を一緒にすんじゃねーよ。

2016-06-06

http://anond.hatelabo.jp/20160605135122

「つけがち」というか現在の主要な米海軍艦はだいたい人名だったはず

以下は戦後建造された駆逐艦だが、

これら全て米海軍の発展などに大きく貢献した海軍関係者(要するに提督といった偉い人)の名前に由来する

空母はこんな感じ。ちなみに全部ニミッツ級

全てが人名由来だが、確かに少し前まではそうでないものもちらほらあった

たとえば「米海軍最後原子力ではない空母であるキティホーク」は、ライト兄弟が初めて空を飛んだノースカロライナの街の近くの地名に由来する(そのため古い戦闘機愛称にもなっていたりする)

また「世界最初原子力空母」であり数年前に退役した「エンタープライズ(冒険心)」は米海軍象徴的な名前として位置づけられている(太平洋戦争時における旧日本海軍の「大和」とか「長門」みたいなもん)

そのためNASAスペースシャトルや、有名なSF映画宇宙船名前にも採用されている(「戦艦大和」→「宇宙戦艦ヤマト」みたいなもんか)

これら人名由来じゃないやつってのはだいたい、「軍艦名前人名由来」という慣習が根付く前につけられた古い名前だったりする

たとえば世界初イージス艦は「タイコンデロガ」って名前で、これはアメリカ古戦場(タイコンデロガ要塞)、ネイティブアメリカン(イロコイ族)の言葉で「二つの水に挟まれた地」という意味

2016-06-05

http://anond.hatelabo.jp/20160605183105

いや、信念くそくらえとかそういうレベルじゃないと思う。

本気で何も考えていない。何となくその場のノリがすべて。

から柔軟に意見を変えられるし、それを何とも思わない。



戦後直後、大半の日本人が戦中とは真逆のことを言ったり、

やったりして平気だったのは、最初から何も考えていなかったから。

考えていた連中は社会不適応起こして、暴れて捕まるか、自殺しただろうから

http://anond.hatelabo.jp/20160605070240

戦後の一時期、世界共産革命だのを夢見て左翼教育が熱心だったのも今は昔だと自覚しようず。

どこの国もそこの国名に因んだ元素が一個づつあるんだから、じゃあ日本も、って全くもって普通感覚だお?

ナショナリズムガー!とかいつまでやってんのw そもそもただの妄想だし。

http://anond.hatelabo.jp/20160605062058

間違えた。1949年フランシウム最後だな。ナチスからパリ解放されて戦後復興が進んでた時期だから、まあ愛国的な命名も納得。