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はてなキーワード: 戦後とは

2016-12-04

日本映画関係者発言見てると海外はまだ遠いなと思う

正直10年以上前日本ゲーム業界見てる気分。


中国配慮して中国寄りの映画作りましょうよ。

とかもっとグローバルな映画・・・

とか、わかってなさすぎて苦笑する。


10年位前に日本ゲーム業界もそういう方向性を目指したけど、結局大失敗した。

それは、結局のところ日本人外国人の考え方をした映画を作るのは無理だから

日本人外国におもねった作品を作ると「アメリカ人が考える忍者物」と同じことにになってしまうことをメジャー立ち位置にいる日本人全然理解できてないんだよね。

特に普段海外海外って実際に海外に行ってるわけでもない中途半端な人たちはそのへん全然わかってない。

だってアメリカ的な映画ならアメリカ人が一番得意に決まってんじゃん。

中国的な映画なら中国人が一番得意に決まってんじゃん。

もし、それを回避したいなら映画監督プロデューサー制作会社社長も全部アメリカ人中国人にしないと駄目(実際ハリウッドはそれやってるけど)

こないだ「君の名は。」に言及してた某実写映画監督とかそういう中途半端理解しかしてない臭いがプンプンする。


で、話戻すけど、日本ゲーム業界が最終的に得た知見は「日本人らしいゲームを作ること」だった。

それが最も独創的でユニークになって海外で唯一無二になって受けるんだ。

ってことを10年かけて理解した。

そして、今それを実行してる業界は、「アニメゲーム漫画業界」だけ。

そしてそれをいか流通に乗せて広められるか?

ってことに注力する段階に入り始めてる。

まりカルチャーのものを輸出して理解してもらう段階に入ってる。

weeeaboooってつまりそういうことだよね。


日本人自然ハリウッド映画理解してるけど、それはアメリカ文化100%はいわずとも多少なりとも知識として持っているから。

そしてそれは戦後何十年にも渡ってアメリカ映画界が積み上げてきた結晶なんだ。


こないだ川村元気インタビュー読んだけど、「ハイパードメスティックもの海外で受ける」って言ってたよ。

今のところ実写映画界で理解してるのはあの人とかその周りくらい。

日本実写映画ドラマはいつそれを理解するかねぇ。

死の収容所へ 1

ヨーロッパユダヤ人絶滅の準備

 ドイツ軍ソ連侵攻は「特別行動隊」(Einsatzgruppen :アインザッツグルペン)によるすさまじい組的殺作戦をともなっていた。侵攻から数週間を経ずしてナチスは他のヨーロッパ地域に住むユダヤ人絶滅作戦の準備に着手した。1941年7月31日、ゲーリング( Herman Göhring 空軍相、元帥)はラインハルトハイドリヒ(Reinhard Heydrich SS上級部隊隊長、SS大佐)に次のような命令を伝えている。

「次を命ずる‐貴官は、ヨーロッパドイツ支配圏におけるユダヤ人問題の『最終的解決』に関する組織、実務、そして財務上の必要なあらゆる準備にかかり、… さらに、ユダヤ人問題の『最終的解決遂行にかかわる準備組織、実務、そして財務上執るべき手段計画の全容を、本官に対し速やかに提出せよ」

 この任務遂行の準備を調整するためハイドリヒは1942年1月20日、ヴァンゼー(ベルリン郊外)に会議召集した。会議にはドイツ帝国閣僚の面々、ヨーロッパ占領地域各国のドイツ総督、そして、ゲシュタポ本部ドイツ移民ユダヤ人局長・アドルフ・アイヒマンを含むSSの上級将校たちが出席した。

ヴァンゼー会議」の決定はやがて、政治および軍事面において、全世界に重大な展開を引き起こすことになる。

 1941年12月11日日本軍による真珠湾攻撃を受けてドイツアメリカ合衆国に対し宣戦を布告した。戦争はすでに人類連合国側と枢軸国側に隔て、全世界を巻き込む総力戦様相を帯び始めていた。この新しい局面は、ドイツ戦争遂行上の衝害から解き放った。ドイツにはもはや政治的配慮や「ユダヤ人の大量殺戮がもう始まっているのではないか」という世界世論に気がねをする必要が全くなくなったのだ。

 ヴァンゼー会議の進行は詳細にわたって記録され、議事録ニュルンベルク国際軍事法廷証拠として提出されている。それによれば、ハイドリヒはまずヨーロッパにおけるユダヤ人問題の最終的解決について自分ゲーリングから全権を委譲されていることを告げて会議を始めた。会議の中でハイドリヒは次のように述べている。

「総統の意向により、ドイツ移民は目下ユダヤ人をことごとく東方追放し、その跡地に対して行われることになった…

ヨーロッパにおけるユダヤ人問題の最終的解決の中では、各国に散在する約1100万人のユダヤ人が考慮されなければならない。次のとおり…」

 ここでハイドリヒはヨーロッパ33の国と地域ユダヤ人口をリストに揚げている。リストにはドイツの占領国や同盟国とは別にイギリスソ連ヨーロッパ地域、また中立国ポルトガルスペインスウェーデンスイスアイルランドトルコといった、ドイツが占領する予定だった国も含まれていた。

 ユダヤ人大量虐殺の実際の準備はハイドリヒによる組織の準備と同時に進められた。1941年夏、ハインリヒ・ヒムラーアウシュヴィッツ強制収容所所長ルドルフ・ヘスを呼んだ。ヘスは戦後証言で「ヒトラーユダヤ人問題の最終的解決の実行を決断したことを、このときヒムラーから知らされた」と明らかにし、さらに次のように述べている−「事実、東部で行われているようなやり方(ソ連地域でのユダヤ人殺害特別行動隊による狩り込みと射殺)では与えられた任務対応できなかった。絶滅という任務のためには、特にアウシュヴィッツ収容所対応させる必要があった」。

 この会談の直後、アイヒマンアウシュヴィッツを視察している。二人は、ソ連で行われている射殺は大量の人間を短時間のうちに皆殺しにするには不向きであり、大量殺戮はガスを使う他はないとの結論に達した。

 ガスを使った殺害ナチドイツにとって初めての経験ではなかった。すでに「安楽死計画」において、ガスが使用されている。この計画1939年9月から1941年8月末まで実施され、7万から9万人にのぼる精神病者と重度の障害者がガス殺された。わずかにユダヤ人も含まれていたが、このとき犠牲になったのはほとんどがドイツ人だった。ナチスはこの「安楽死計画」を、「役立たずの穀つぶし」—ナチは彼らをそう決めつけた—を国家から駆逐し、アーリア人種の優性を高めるための手段だと考えていた。ヒトラーはこの計画にあたり「T-4」という秘密組織を発足させている。「T-4」は総統直属の正式組織として医師を擁する医療関係の諸機関大学研究所病院等)を支配した。不治の病に苦しみ死を待つばかりとなった病人たちの命運が、かれら医師たちの手に委ねられた。

 かくして犠牲者たちはそれぞれの医療機関に用意された気密構造の部屋へ案内され、ガスによって窒息したのだ。死体は特殊な焼却炉で燃やされた。このガスを使った安楽死はすぐに外部に露見し、ただちにこの殺害行為をやめさせるための抗議行動が‐特に犠牲者の遺族と教会から‐起こった。ヒトラーは譲歩し、1941年8月末、これら医療をかたる殺人を当面中止するよう命じた。

 しかしこの安楽死計画の中で蓄えられた経験は、「最終的解決」の準備をしていたSS当局に役立つことになったのである

絶滅作戦

 絶滅作戦としての最初のガス実験1941年9月アウシュヴィッツで行われた。ソ連軍戦争捕虜たちが実験台に選ばれた。彼らは密封された地下室に閉じ込められ、チクロンBによってガス殺された。非常な短時間で捕虜たちは窒息死した。以後続けられた一連の実験で、ナチスはガスという新しい殺害方法を開発するめどを立てるに至った。同じ頃「特別行動隊」も、ハイドリヒ指揮下のSS技術局の援助を受けて同様の方法を開発している。ここでは「ガス室」の代わりに「ガス・トラック」が用いられた。この車の外見は救急車か冷蔵車に偽せてあったが貨物室は気密構造となっており、マフラーから貨物室まで 延ばされた特殊なパイプ排気ガス中の一酸化炭素を密閉された貨物室に直接流し込むようになっていた。犠牲者たちが貨物室に入れられるとドアが閉まり、鍵が下ろされ、そしてエンジンがかけられた。

 「ドライブ」は、全員が死亡するまでに30分も要しなかった。所定の場所に着くとドアが開けられ、死体は運び出されて埋められた。この「ガス・トラック」は、大型のものでは150人を、小型のものはその半数を収容した。ソ連ドイツ占領地域では1941年12月だけで、数千にのぼるユダヤ人が「ガス・トラック」で絶滅させられている。

 1941年12月8日。占領下ポーランドのロッヅ管区ヘルムノ村(ポーランド名ウッヂ市ヘウムノ)近郊で最初絶滅収容所が稼働を始めた。殺害には「ガス・トラック」が用いられた。犠牲者たちは主に列車で運ばれ、収容所の近くで降ろされた。そこは一部を公園に囲まれ崩れかかった古い宮殿中央広場で、人びとは垣根に囲まれ区域に通されると「労働に就く前にこれから車に乗ってシャワーを浴びに行く」と告げられ、次のように言い渡された。「衣服を脱いてこの車に乗るように」

 「ドライブ」が始まった。車が4キロメートルほど走ったころには、排気ガスによって全員が毒殺されていた。「終点」は森の中の柵で囲まれ場所で、そこにはこの仕事のために特別に殺されずにいるユダヤ囚人の一団が待機していた。彼らが死体を車から降ろし、そして埋めた(後には死体は焼却処理されるようになっている)。ヘウムノではこうした「ガス・トラック」が3台稼働し、当局員として150人ほどの警察官とSS隊員を擁して1943年4月に一旦閉鎖されるまで稼働し続けた(その後1944年から3ヵ月あまり再稼働)。ここではロッヅ管区他から連行されたユダヤ人と少数のロマ・シンティヨーロッパ語名ジプシー)の集団、合わせて30万人近くが殺害されている。

 1941年11月ポーランド総督管区内でユダヤ人絶滅作戦の準備が始動した。ヴァンゼー会議ハイドリヒの挙げたポーランド在住ユダヤ人口は228万4千人であるハイドリヒは1942年5月にチェコレジスタンス暗殺されたがそれ以後この暴挙は彼のファーストネームに因み、ドイツ政府より「ラインハルト作戦」のコードネームを与えられた。作戦指揮官には後のルブリン管区SS司令官警察長官、オディロ・グロボチュニクが任命された。グロボチュニクは3つの絶滅収容所計画を実行に移した。1942年3月中旬、まずベルゼック(ポーランド名ベウゼッツ)収容所、次いで同年5月ソビボル(同ソビブル)収容所が、そして7月末には第3の収容所、トレブリンカが大量虐殺を開始した。ドイツ東方植民地に設置されたこれら3つの収容所はいずれもガス室を備えていた。ここでは一酸化炭素ガスが使用され、ガスは屋外に設置されたガソリンまたはディーゼルエンジンからパイプで引き込まれた。それぞれの収容所には2、30名のSS隊員と、90から120名のウクライナ人(もとソ連軍捕虜で、ナチス・ドイツに協力を申し出た者)が 当局員として駐在した。SS隊員のほとんどは「安楽死計画」の要員から抜擢された者たちで占められ、後者ウクライナ部隊はルブリン近郊のトラヴニキにあったSS錬兵場で編成・訓練を受けたので、付近住民からは「トラヴニキ・マン」と呼ばれていた。

 ヘウムノ、ベウゼッツ、ソビボルそしてトレブリンカの各絶滅収容所は、文字に違わぬ殺人工場だった。連行された人々は、そのままガス室へ直行させられたのだ。何百人かのユダヤ囚人処刑を免れていたが、これは当局員と囚人たちの身の回りの世話のためであり、こういったグループはすべて数週間あるいは数ヵ月ほどで殺され、随時交代させられていた。

 ルブリン近郊のマイダネク収容所ユダヤ人、非ユダヤ人双方を収監する完全な構造を備えた強制収容所で、この地区にある他の収容所は全てマイダネクの補助収容所として機能していた。おびただしい数のユダヤ人がここで殺され、あるいは移送中に通過し、あるいは囚人として収監された。この中にはポーランド軍属のユダヤ人戦争捕虜も含まれている。マイダネクを生き残った者は数えるほどしかいい。

 強制収容所および絶滅収容所のうち最大の規模を持つアウシュヴィッツ収容所は、第三帝国ポーランド南部シレジア地方に建設された。1940年、早くもアウシュヴィッツ村(ポーランドオシフィエンチム町)に近い旧ポーランド陸軍兵舎敷地強制収容所が設置されている。これは元々ポーランド軍将校と政治犯収容するためのものだったが、I.G.ファルベン社などドイツ軍工業囚人労働力を提供するため、収容所近辺に多数の労働収容所が補助収容所として置かれるようになった。1941年にはビルケナウ村(ポーランド名ブジェジンカ)に最大の規模を持つ絶滅収容所アウシュヴィッツⅡ(ビルケナウ)収容所建設が開始された。ビルケナウはアウシュヴィッツ基幹収容所アウシュヴィッツⅠ)から西へ約3キロメートルの地点にあり、1942年5月に稼働を始めている。チクロンBを使用するビルケナウの4つのガス室は一度に1万2千人を殺害する能力を備えており、死体ガス室に隣接し連動する焼却炉(ナチはクレマトリウム火葬場と呼んだ)で 焼却された。焼却炉は24時間あたり8000人分の死体処理が可能だったが、1日で殺害される人数はこれを上回っており、残りの死体ガス室近くの森の中で野積みで焼かれた。アウシュヴィッツでのガス殺は1944年末まで続けられた。2つの収容所は約2500名のSS隊員を擁して1945年1月まで稼働し、その間に130万から150万のユダヤ人を含む、180万から200万人が殺害された。

 アウシュヴィッツビルケナウ収容所絶滅収容所と同時に強制収容所としても機能していた。殺されるために収容所に到着した人々は「選別」を受けるよう命じられることがあった。若く屈強な男たちは絶滅の集団からはずされ強制労働に就かされるか、他の収容所へ移送された。他に子ども双生児脊髄障害を持つ遺伝患者などが選別の対象となった。彼らはドイツ人医師たちの医学実験用に選ばれていたのだ。医学博士ヨーゼフ・メンゲレは、医師団の中でもとりわけ悪名高い。

 生き残った囚人たちも「選別」を免れたわけではなかった。1日に何度も行われる点呼で衰弱したり病気にかかった者、または労働に適さない者が見つけ出され、彼らはガス室に送られた。

 厳格をきわめる制度の下に束の間の余命時間が貸与され、囚人たちはそれを生きていた。飢餓さらす、むち打ちなど懲罰苦痛を与える−この種の非道所業はすべて囚人たちの心身を消耗させ死に至らせることが目的であり、SS隊員でもなければ思いつかないようなものばかりだった。 恐怖は、囚人たちの日常だった。囚人バラックから毎日、何十体もの死体が運び出されていた。 アウシュヴィッツビルケナウ−ここで心身を全うし得た者は、ごくわずかにすぎない。

2016-12-03

http://anond.hatelabo.jp/20161202194252

本筋ではない細かい部分についてですが、三国人というのは元植民地の人を表す戦後になって出来た言葉なので、戦時中に「植民地三国人」は存在しないと思います

2016-11-30

北海道の美味しいお店

http://anond.hatelabo.jp/20161130113432

試される大地へようこそ! 1月にいらっしゃるとのことで、お勧めのお店を紹介します。


芦別市芦別「新宝来軒」

ここの「ガタタン」を食え。「ガタタンラーメン」がスタンダードだが、個人的には「ガタタン」をチャーハンにかけたものが好み。

「ガタタン」は塩味あんかけなのだが、ほとんどこの芦別しか食べられない。戦後満州から引き揚げてきた人が中国料理アレンジした料理を蘆別で始めた。これが「ガタタン」。

炭鉱で栄えた芦別炭鉱マンをあったかくする為に「ガタタン」は食べられてきた。そして近年ではご当地グルメに。

そんじょそこら粗製乱造されたご当地グルメには叶わない、引き揚げ~炭鉱労働という、戦後北海道歴史のド真ん中を歩いた食べ物といえる。

これを味わいながら、北海道近代史というものに思いを馳せてほしい。



足寄町本町「あさの食堂

今ではめっきり少なくなった、ただの食堂ラーメンがメインで、二人のばあさんが作っている。

化学調味料主体の、懐かしいラーメンを食べたかたらここ。醤油を頼め。チャーシューが激烈に、懐かしい。

昼時に行ってみてほしい。近くの道の駅に大型トラックを止めた運転手さんや、地元の昼間っから道楽してるおっさんを眼にすることができるだろう。

ここから北見に抜ける運ちゃん、阿寒に抜ける運ちゃん、帯広に抜ける運ちゃん。今も昔も、足寄は人間交差点なのだ



札幌市北24条元祖美唄焼き鳥 三船」(居酒屋

いか北24条の「三船」に行くんだぞ。「三船」を冠する店は何件かある。美唄焼き鳥元祖三船福太郎氏にあやかったものだ。

由緒論はえてして混迷を極める。ここは伝統だとかじゃなく、純粋うまいところを紹介する。それが24の三船だ。

ここ、メインメニュー美唄焼き鳥の鳥串で、サイドメニューも大変豊富。そしてどれもとっても美味しい……のだが、サイドメニューは頼みすぎないほうがいい。

鳥串が美味しすぎて、何本でも食べられてしまうのだ。6人で行って、一時間半でお通しと串120本と酒だけで帰ったことがある。それだけ串がめちゃくちゃ美味い。



札幌市駅前和風パブ 松」(居酒屋

札幌ザンギを食べたいならここ。ザンギって鳥の空揚げの親戚みたいな北海道グルメだが、その王道典型と言えば松のザンギ

ただしここはまっとうな居酒屋なので、酒もちゃんと頼むべきだし、注文しないでずっと居座るようなことをしてはならん。

食事メインなら正直いかないほうがいい。あと和風パブっていってるが普通居酒屋から気負うことはない。



士別市多寄「淳真」

道北道東のいなかには美味しい蕎麦屋が点在しているが、ここは士別市の郡部にあるお蕎麦屋さんだ。

田舎ロードサイドってのがどんなものが味わうに格別の場所。②のあさの食堂と似てるんだけど、こっちのほうが人の往来が多い気がする。

ここの主人は、道外からやってきた人。多寄の食材に惚れ込んで移り住んだ。この多寄、蕎麦生産するが、それはどこか遠くへ運ばれるだけだった。地元産の店を、超田舎提供する試みが始まった。新しい移住・挑戦の歴史を感じたいならばここだ。



岩内町本町「北緯43度」

焼き魚を食べたいならここだ。目の前で焼いてくれる感じだ。私は山育ちなので、豊富な魚メニューのどれが旬なのかさっぱりわからない。けれど、いつも頼んだもの絶対に激烈においしい。

近くに道の駅があるから、そこも見学しよう。そしてこの界隈には美術館がたくさんありますわ。いずれも郷土画家ですの。お嬢鯖も大満足間違いなしですわよ!




羽幌町本町渋谷水産直売所・北のニシン屋さん」

ニシン時代は遠くなった。最近はまた増えてるらしいが。では漁村では何が行われているのか。それは、ニシンが群来(くき:大量にやってくること)ていた時代から培われた「水産加工業」だ! そんな歴史はともかくだ。札幌から200キロ程。ここまで離れると海鮮丼が安い! 「羽幌丼」を食べよう。地元産にこだわりたいなら「甘エビ丼」だ。食べ終わって満足したら、付設の直売所を見に行こう。水産加工テクニックを直に感じて、お土産を買って帰ろう。





2000年代以降に生み出された軟派なご当地グルメに絆されるなよ。

2016-11-27

トリコさんとインターネットの最強の病

 は、匿名であることでも、まとめサイトでもなくて、

 いったん見たり読んだりしたらそれだけでおしまいなところだと思う。

 要するに、対話継続しない。

 コミュニケーションがはじまらない。


 まあそういう意味SNSはまだマシな方なのかもしれない。

 深刻なのはブログだ。

 ホッテントリtwitterRTなんかで

「こんなバカがいるぞ!」

 と晒されれば、そのブログ過去記事やそれ以降の記事なんかチェックされず、

 ただひたすらバカとして叩かれまくる。

 その記事たまたま曖昧だったり、よくわからなかったり、ある種の人々の癇に触れるようなものだったら即アウトだ。

 それ以外の記事いかに誠実で、理知的で、有用なことを書いていようが無視されて、

 一発で「こいつはアホ」だとインターネットで晒されて消費される。

 仮に著者が「ああたしかにあの記事はよくなかったかもしれないな」と反省してちゃんと弁解してももう遅い。

 余程話題になった人か、有名人がやってるのでもないかぎり、継続してそのブログをチェックする人なんていないからだ。


 誰の話をしているというか、有名はてなーであるトリコさんの話だ。

 先日、彼は

戦争と敗戦ですごく傷付いてたんだって認めたほうが良い気がする - 山下泰平の趣味の方法

 という記事を書いたのだけれど、これを読んだ人たちが起こった。

 twitter でこんな感じで批判された。


ざっと読んだだけだけど、この国が主にアジアの人たちをたくさん殺したりいろんなものを奪ったんだという加害の視点が全くなくてひどい。/戦争敗戦ですごく傷付いてたんだって認めたほうが良い気がする


戦前の加害責任にあまり無頓着だったので80年代ごろから自省的な視点が出てきたって流れを正反対に語ってる。戦後歴史まで修正されるというわけか。


何の感想なのかさっぱり分からない。

何を元に書いた文章なんだろう。

歴史記事でも読んだのだろうか。

認めたら、どういう結論に持って行きたいか見え透いて嫌。


 要するに、コトリコネトウヨに与する糞野郎だと思われたわけだ。

 気持ちはわからないでもない。

 たしかに当該記事は全体的にふんわりしていて、論旨がわかりにくい。

 コトリコさんは最初自身twitterで「日本語の読めないクソ野郎が」みたいな感じで怒ってきた人たちに対して怒っていたけれども、

 自分でも何か思うところがあったのか、そのあとでそのツイートを削除し、新しい記事を立てた。


近代の資料を見せられた時に - 山下泰平の趣味の方法


 箇条書きにしているので、言いたいことがわかりやすい。

 わかりやすくしたところで、怒ってきた人たちは「いや、私たちが怒ってるのはそういうところじゃないんだよ」と反論してきて、

 コトリコさんも「やっぱりあいつらはクソだった」と爆怒りしそうだけど、

 それはそれでいいんだと思う。

 怒りあうのが対話というものだ。


 コトリコさんはえらい。

 怒られて、一旦ぶちぎれたのに、

 ちゃんと内省して、気持ち説明しようとした。


「そんなつもりじゃなかった、というのは全然弁解にならない」という論法流行っているけれど、

しか差別とかはそういう面があるけれど、なんでもかんでもその論法を当てはめるのは極端すぎる気がする。

相手が歩み寄れる徳と知性を持っているなら、「そんなつもりじゃなかった」を聞くのも悪くないんだ。

「そんなつもりじゃなかった」相手に傷つけられた、ということは、自分の気持をわかってもらえなかった、ということでしょう?

自分の気持をわかってもらうために、相手気持ちも聞きにいく、というのはコミュニケーションのあり方としては常道なんじゃないんですか。


そもそも「そんなつもりじゃなかった」という人の八割は

ナイフで刺したら漠然相手が大怪我するだろうな、とは考えてたけど、死ぬまでとは思わなかった」

みたいな人です。

程度問題として「そんなつもり」じゃなかったのであって、「それがナイフだとは思わなかった」とはまず考えていない。

ナイフだと思わなかった」と弁解する人はほんまもんバカか、うそつきです。


そういう意味において、コトリコさんは「そんなつもりじゃなかった」とは言っていない。

「おれの持っていたコレを見て、ナイフだと怯えていた人が出てきたけど、俺的にはコレはカステラです」

淡々とそれがカステラである理由を補強する特徴を述べているにすぎない。

誠実だと思う。

それを読んで、「なんだやっぱりこいつはナイフカステラだと勘違いしてる狂人じゃないか」と考える人も出てくるだろう。

トリコが持っているものナイフカステラかの判断はどうつければいいかは、まあ、読んだ人とコトリコさんの問題だ。

そういうものが、対話で埋められていくギャップなのだと思う。


でも、コトリコさんを批判してた人はコトリコさんの新しい記事を読まないんだろうなあ、と思う。

たぶん、みんなコトリコさんのブログを初めて読んだ人で、twitter で「こんなバカがいる」とそれまでの自分経験に基づく類型に押し込めて消費して、

相手にも聞くにたる「言葉」があることを想定しない。

まあ、それは敵にしろ味方にしろバカばっか相手にしてきたせいで、

そう判断するのが「合理的」だからなんだろう。


他人存在想像しないバカの内心を忖度する必要はない。

それはそのとおりだとおもう。

でも、そのバカがこちらの気持ちを慮って行動を取ってきた場合

その言葉には一聴の価値がある。

それは誰でもわかっていることなんだろうけど、

不幸なことにインターネットというプラットフォームでは、

いったんバカ認定したらその人間言葉永遠に聞かないでいいことになっている。

誰が悪いわけでもないけれど、

病んでるな、と思います

憲法家族公共がうたわれるのは当然では?

根本的な問題はこの国が危機的な少子高齢化にあるということで。

老人と現役世代の比は2015年で2.3、2060年には1.3になるんですよ。

ってことはあれですよ、この国はすでに福祉崩壊してるし更に悪化するって事ですよ。

だって福祉を実現するためには多数の強者と少数の弱者という構造必要ですから

強者に影響のない範囲リソース弱者に分配するから福祉福祉たりえるんですよ。

現役世代2人で老人1人を支えなさいって今の現状は福祉でもなんでもないですよ。

ただの重い負担。そしてそれは福祉理想とは裏腹にむしろ社会の持続的な成長を

阻害し、社会不安定化させますよ。

で、これが2060年には1.3になる。現役世代1人で老人1人を支える社会になるんですよ。

各々が1人ずつ老人を抱える社会になる。どうするんですか?そこで憲法ですよ。

老人を見捨てるにせよ、若者を見捨てるにせよ、大きな物語必要で、それが憲法ですよ。

お国のために死んでもらう人たちが今後多数出てくるのは確実なわけで、それを見越して

憲法改正しそれを擁護する理屈を入れ込む必要があるんですよ。

家族に養ってもらえない老人は死んでください」と言わざるを得ない日がくるんですよ。

自民党が悪いんですか?違うでしょ。全ての日本人自由に生きた結果がこれですよ。

独身貴族楽しい!とか、産まない自由がある!とかいってきたツケですよ。

資本主義に制約が必要なように、市民生き方にも制約が必要だったんですよ。

これから日本は大変なことになりますよ。一人WWIIIですよ。悲惨な戦中や戦後を迎えますよ。

全てお前らのせいですよ。反省しろっ!

2016-11-26

長野県美麻村の話をする

あなたは、かつて存在したこの村を知っていますか?

最近聞いた? そうでしょうね。



何を隠そう、私はこの村の出身である。予め断っておくが、今ニュースになっている人々とは面識はない。久々に聞いた故郷名前あんニュースで、うげえとなった気持ちを吐き出そうとしているだけだ。野次馬的な気持ちで内部事情を知りたい人には、残念ながら伝えられることはない。

美麻村は、長野県北安曇郡山間にある、人口千人程度の小さな村であった。2006年に隣接する大町市吸収合併されたため、現在地区として残っているのみである

私は、子供時代をこの村で過ごした。年齢を言うとそれだけで簡単に絞り込めてしまうので、それはやめておこう。少なくとも、絞り込めてしまう程度には小さな村だ。

私は子供の頃、自分の住む村があまり好きではなかった。寒いし、不便だし。のんのんびよりのひかげの気持ちも分かる。彼女がことある毎に都会を自慢するのも、故郷に対する屈折した思いがあるからだろう。実際には都会にだって苦労はあるけれど、とにかく田舎にいたくなくて飛び出してきた以上、彼女はそれは表に出さないのだ。

アニメキャラに重ねたオタク自分語りキモいのでやめたほうがいいと思いますはい

ニュースでも報道されているが、美麻村過去戦後すぐくらいまで麻の生産地であった。もちろん、麻薬としてではなく、繊維産業として、であるGHQによって禁止されたと聞き及んでいる。そこらへんの歴史は、美麻地区新行に麻の館という資料館があるので、訪ねてみれば詳しく知れると思う。

麻が自生しているのではないか、と思っている方もいるかも知れない。それに関しては、可能性は低いと思われる。私は子供の頃、しばしば山の中に山菜を取りに行ったが、あの特徴的な葉を持つ植物を目にしたことはない。

トリカブトウルシなど、危険植物については注意を受けたので、それがなかったということは大人も見た者はいないのだろう。自生できるほど麻に適した環境ではないようだ。

なお、同じように繊維産業のために栽培されていた桑の木は今でも残っていると思う。

美麻に何があるかというと、特に何もない。山と、山に張り付くような田畑があって、谷沿いに家があって、それで終わりだ。交通の便は良くなく、店も少なく、冬はそれなりに深い根雪が積もる。暮らしやすいとはお世辞にも言い難い。

美麻が限界集落と言われているのを知って私は寂しかったが、責める権利はないだろう。私自身、地元を飛び出してきた身だ。

年々人は減っていく。若い世代特に。これは、全国的にそうなのだから何も美麻に限ったことではないのだが。

私は今東京で消耗しているのだけれど、最近たまに帰りたくなる。子供の頃よりは、あの土地が好きになっている。

もっとも、定住しろと言われても、ちょっと遠慮したいけど、たまに訪れるにはいい所だ。

こんだけネガティブなことを書いておいてなんだけど、興味をもった人がいたら、訪れてみて欲しい。麻は(多分もう)ないけれど、美味しい蕎麦屋さんならある。

この話に落ちはない。こんなところで、終わりとしよう。

2016-11-24

にっくきトンテキ定食休日を狂わされた話

せっかく勤労感謝されての休日だったというのになにも楽しくなかった

正常な状態の4割ぐらいのエンジョイ

ずっと歯が痛むのだ

松屋トンテキ定食を前日に食ったのが原因だ

普段定食ペラペラの肉と比べたら肉厚だがただそれだけ

特別コスパも良くないしうまくもない

噛み応えだけはあり、差し歯にした奥歯の根元にダメージが行ったのか今日ずっとジンジンと奥歯が痛かった

友人と久々にカラオケでも行こうと思ったのにキャンセルした

口動かして歯が当たるだけで痛むぐらいだから歌うのは無理だった

家でじっとしていても歯が痛むし頭痛がするし何をしても全く楽しくなかった休日だった

トンテキ定食は以前に食ったことがあって気に入らなかったのを覚えていたのに…

翌日が休みという解放から肉肉しいものを食べたかった

焼き肉でなく松屋トンテキで済まそうという貧乏根性丸出しの選択をして痛い目を見たのが悔しい

そもそも○○テキという名称から昭和戦後のみじめったらしい感じが匂いたってきて気に食わない

脱脂粉乳、とかホッピーみたいな「ニセモノで我慢します…」みたいな妥協姿勢が透けて見える

ホッピーうまいわ、馬鹿にすんな!

ホッピーもお前みたいなトンチキ野郎と一緒にされてかわいそうだわ

ホッピーはいいがお前は何だ?何も取り得がないぞ

その証拠トンテキが好きですってやつはどこ探してもいないだろう

俺みたいな貯金20万ぐらいしかないような貧しい中央値男にもお前みたいな豚野郎は願い下げだよ!

そのレベルがお前ってやつ、トンテキ

奴隷根性戦後右派保守

奴隷根性戦後右派保守

保守右派と言うのは基本、社会王道にして本流の立場なわけです。

実際、この国の政権与党保守政党自民党だ。そして巨大な資本やこの国に張り巡らされた保守系地元人脈がバックに存在している。

そういう強いはずの人間(保守を自認する側)が何かと言うと「左翼被害を受けた」を連呼するのはなぜなんだろうと考える。

例えば…自民党政権沖縄基地建設を強行している。

現状、基地反対派が劣勢に立たされているのは自明

にも関わらず…。

わざわざ本土から基地賛成を掲げて、現地に乗り込んで…反対派ともみくちゃになった挙句左翼に殴られた」と公言する保守系国会議員さん。

やら…。

あと…明らかに図体がでかく、声大きく…でかい車にでかいスピーカー積んだその手の右派人間がだよ、極左反天皇制を掲げる100人ぽっちのデモ隊に対して「反日ヘイトスピーチをするな」と必死に怒鳴る光景…こういうのが巷にあふれている。

この手の話、裏を返せば「お前らは加害者で、俺たちは被害者なんだ」って話になると思う。

これ、絶対変な話でさ…「自分被害者である」っていう表明は「あいつらより俺たちは『弱い』」ってゆー表明になると思う。

俺も数年前に虐められたことがあるからわかるけど、自分が誰かにいじめられているって自覚するのって、すげー屈辱だと思う。

そういうことを考えもせず、能天気に「僕は被害者です」って大音量で叫べる神経って凄いなあって思う。恥知らず

少数派の極左、俺みたいなアナキストがそういう弱気なことを言うならまだわかる。

しかし、社会の本流である保守派、明らかに武を尊ぶことを公言する右翼が…「僕、被害者です」と言わんばかりの態度をとるって…これは本当に哀しすぎて、笑っちまう事態だよ。

あの光景を見ると、この国は未だに敗戦国で被占領国なんだろうなって思う。

言わば…「奴隷」なんろうなと思う。

主人に泣きつけば何とかなると思ってる、自分保護される対象だと思ってる。だから無邪気に「俺は被害者、俺は弱い」ととれる発言を出来ちゃう。まして強面の人が。

右派全てが奴隷根性を持っているとは思わん。

俺は「月刊日本」を毎月読むし、片手くらいだけど俺と話してくれる右派の方の知り合いもいる。

その人らの話を聞くと、日本と言うのが米国の、国際資本の…もっと言えば「状況」の奴隷、「強いものに流される存在であることを知って居られるんだなと思う。

でも多くの保守右派右翼はそういう認識には立ってないんだろうなと思う。

何が尊皇、何が大東亜解放…笑っちゃう

精神的に隷属した三等国民奴隷に何が出来るんだろう。

せいぜい、百人程度の少数派のデモ隊を虐めるくらいが関の山だろう。

大日本帝国無茶苦茶な国であったけど、少なくとも奴隷ではなかった。

戦前日本の態度って言うのはさ…

「我々は世界加害者なれども、同胞たる日本人を喰わせるためなら、他の民族出血強要することも厭わない」

みたいなそういう、明らかに間違っているけども、奴隷根性はなかったと思う。石原莞爾の「世界最終戦争論」なんざそういうテーマだ。

戦前回帰」にする程度ならまだまし。

一億総消費者、総被害者のうらぶれたクソみたいな時代にあってしまうよ。

戦前日本以下だ。我々日本人は日々、退化しているようだ。

そのうちサルなっちゃうんじゃないかな。

被害者根性ってのは身近に無根拠な「原因」を求める。

その結果が排外主義もつながる。

今の日本ホントヤバい

こういう人らは社会の本流にいることが信じられない。

どうしようって…。どうすれば世の中、本当の意味で誇りを取り戻せるんだろうか…って考え込んでしまう。

2016-11-20

この世界の片隅に」は反戦映画じゃ無いから良い、というのは言い間違いではないか

朝ドラ見ない層はわかんないんだろうが

昨今というか戦後史実ものドラマ映画特に今にも続く朝ドラに言えることで

朝ドラヒロインは必ずと言って良いほど「戦争はなんなのか、最悪だ」とアピールするシーンが入る。

「こんなのおかしいよ!なんで?こんな理不尽許されない!!!」と戦時中に言うのが朝ドラヒロインだったりする。本当に、毎回決まったように。

それはヒロインの特徴づけみたいに使われて、どれだけ普通女性だとしても、そんなことを思って葛藤する。

(この世界アニメで声を当ててる人は珍しい現代ものヒロインなので、そこを経験していない。)



ただ、これって多分現実のあの時代を生きていた人たちの普通の考え方では無い。

みな普通に日常戦争を受け入れてたから、ああい時代があったのだ。

朝ドラヒロインありがちな部分が、この世界~のヒロインには無い。大多数のリアルな反応をヒロインたちがしている。

それが、多分評価されて「反戦を訴えかける映画ではない」という感想が生まれているんだと思う。

多分そう言ってしまう人って朝ドラとかを見てるんじゃないかな。

うそう、朝ドラはそういうヒロインばっかりだと書いたけど記憶ではカーネーションヒロインは違ったよね。

結構普通に受け入れて、素直に戦時中を生き抜いていた。

あれもあそこが評価されたんだ。

嘘ではないねリアルだねという評価で。

だけどNHK脚本家は、やっぱりいまだにヒロイン反戦を叫ばせてしまうんだよな…時代はなかなか変わらない。



この映画は確かに一切戦争に反対するシーンが無い。

だけど、だからこそ、強烈に反戦メッセージがこめられていたりする。

しかしたら、朝ドラのこういった価値観を変えるものなのかもしれない強烈さがあるほどに。



長々書いたが検索すると「あれを反戦ではないから良い!と言う人がいるのはおかしい!」って人ばっかりで「反戦ではないから良い」と言ってる人がほぼ居ない。

ツイッターって、そんなもんだよな…と思うのであった。

2016-11-19

作品同士を比べるな、と言うけど

この世界の片隅に を見てしまった今、シンゴジラ君の名は。ではしゃいでいた自分に戻れる気はしない。

何なんだろうな…この映画…。

あれよりよかったというか、あれもよかったんだよ?でも同じくらい良いとは言えない…。言えないんだ。

何故比べるかと言うと、シンゴジラ君の名は。は「フィクション災害」を打ち出しているのに対し、この映画は「現実被害」を打ち出してきたからなんじゃないか?と思う。

からこそフィクション現実を比べてしまうのだ、と。

この世界の片隅に っていう映画は、自分の中にあったなにかの価値観を確実に崩したし…多分この映画は今だけじゃなくて10年後も年に1回くらいは見られてる映画になったんじゃないかなって。

多分この映画火垂るの墓と打って変るだろうし、今後の日本戦争史に対する向き合い方も変えてくる。

戦後71年、たくさんの人が死んで、そして生きてきたか自分たちが居る。

この映画にはその重みが詰まってるような気がして、数日前に観たのに上手く感想に出来なかった。

祖母が死んだとき自分まだ子供だった。

一度だけ戦争について話してくれたことがある。でも、もっといろんな話を聞きたかった。聞けばよかった。

やっと、教えてもらえた気がした。



比べて一方をコケ落とすような大人気ない幼稚な馬鹿のせいで、容易に比較することができなくなってしまった。(大体、シンゴジラファン君の名は。ファンの抗争に巻き込まれているだけであるが)

しか比較する要素は十分にあると思う。

ただもしかしたら「この世界の片隅に」と最初に比べるべきは「火垂るの墓」なのかもしれない。

表裏一体とも言えるこの二つの作品が、描きたかったこと、込めた思いの違い、そんなことを劇場の片隅で鑑賞した後ずっと考えている。

見て「良かった」←これが映画キーワード

2016-11-18

「反・反戦イデオロギー

この世界の片隅に」について。まだ見てねえけど、いい映画なんだろうなーというのは何となく感じる。

ただ、それをめぐってこういう言論が飛び交うのにはつくづくウンザリするなあ…。

http://togetter.com/li/1048335



ここにはどうも「反戦」という概念戦時中には「なかった」とか思い込んでる人が一定数いるようで、それこそ鳥肌立つ。それじゃ憲兵さんや特高は何を取り締まってたんだよ。大正から昭和初期に言論を取り締まられてた人たちが何を唱えていたか、当時の雑誌を少しでも見てみればわかることなんだが。図書館に行けば復刻でもなんでも見られる時代だよ。見て確かめたのかよ?

何より、大昔に死んだうちのひいじーちゃんは、右翼の大物ともつあいのあったそれなりの医者だったそうだが、戦時中酔っぱらって「こんな阿呆戦争を誰が始めたんじゃ!負けるに決まっとろうが」とか叫んで警察のお世話になったことが何度かあったそうだ。ばーちゃんは子供のころひいばーちゃんから「お父さんはちょっとお仕事で遠くに行っていてねえ」とか言われて、「お医者さんも遠くに仕事に行くんだ」と素直に信じていたらしいが、戦後になって「実は」と笑い話に聞かされたんだと話してくれた。そういう話は別に普通にあるんだよ。それこそ「普通」に。ばーちゃんは、日本神国から戦争に負けるわけなんてないって信じてた普通の軍国少女だったらしいけど、そんなばーちゃんの日常も、そしてひいじーちゃんの「警察のお世話」も、同じように戦時下の「普通」の一コマだったわけで、なんでそれが無かったことになるのさ。



からさあ。なんつーか「反戦イデオロギーうぜえ。コノセカ万歳」って唱えるのはいいけどさ(個人的には名作(かもしれない)映画をそんな目線で賞めたくないけどそれは人の勝手からあいいけどさ)、悪いけどそれが「イデオロギーうぜえ。アート万歳」って意味で言ってるつもりなら、その「反イデオロギー」主張だって十分に偏ったイデオロギーであり、すでにあなたの頭の中で歴史ねつ造が始まってるってことは知っておいて欲しいね。少なくとも、うちのひいじーちゃんのような人の存在をなかったように得意げに話されると、ちょっとムカッとくるわ。




だいたい、宗教とかマルチにしても、ふだん「宗教マルチなんて」って言ってる連中をはめるのが一番チョロいのなんて常識だよ。右翼でも中道でもいいけど、自分のもってるその感覚が、左翼と同じく一つのイデオロギーであることを十分自覚した上で、左翼批判するなら批判してほしいやね。それができない人は、ほんと、その手の人間の手にかかればチョロく騙されるんだから自分イデオロギーから自由だ、とか思ってる時点ですでにあんたはイデオロギーに染まってるんだから



あ、言っとくけどオレは左翼からね。でも、あんたたちは(特に中道を自認する皆さんは)、イデオロギーに関わらず、その意見が正しいか正しくないかを見極めることができるんだよな? オレが左翼であるか否かに関わらず、オレの意見自体が正しいかどうかを冷静に判断してくれるだろう? それが事実であることを心から期待しているよ。

2016-11-13

日本会議あたりが提案してる家長制度ってそんなに悪いものなの?

ねえ、みんなに聞いてみたいんだけど、日本会議あたりが提案している家長制度って、そんなに悪いもんなの?

というのも、アメリカトランプ勝利とも関係してるんだけど、日本日本でかなりリベラルというか個人主義に寄りすぎて、不満がたまっているんじゃないかと思うんだ。



個人的には家長制度でも個人主義でも、社会的に殺される人、社会的に活かされる人、どちらも発生すると思う。

家長制度のもとであった「(長野の山奥で行われていた)次男坊以下の人を地下牢で一生を過ごさせる」なんていうのはひどいもんだけど、個人主義自由主義下では、それが見えにくくなってるだけじゃないのかな?



たとえば、個人主義ではみんな社会に出て稼がないといけないわけだけど、みんながみんなそういうのに向いているとは思えない。逆にそういう人が家にいて、子育てなんかの戦力になったほうがいいんじゃないかと思うこともあるわけだよね。

他にも自由恋愛のせいで、パートナーを見つけられない人もたくさんいるけれど、家長制度であればお見合いが主になるから日本における「最大多数の最大幸福」はそっちのほうが実現しやすいんじゃないかと思ったり。



元々、日本家長制度採用していたんだよね。それが経済成長で余裕が出てきたから、個人主義の台頭を容認できたんじゃないのかなぁ。もちろんそれはその時点での最適解だったと思うんだけどね。

でも、これからさきは人口動態やグローバル化の影響で、経済的に縮小していくのがだいたい確定しているわけだよね。そういう膝を抱えて縮こまるときに、コアとして残るのは旧来から慣れ親しんでいるコンセプトのほうじゃないの?特に田舎家長制度との親和性はまだまだ高いわけだし。



そう考えると、日本戦後個人主義ピークは、2000年後半の民主党勝利したときピークで、ここから先は揺り戻しなんじゃないかと思うんだけど、どうなんだろう?リベラルの人たちはこれに対する有効な(これを跳ね返せるだけのパワフルな)反論って持っているのかな?

2016-11-11

http://anond.hatelabo.jp/20161111151159

まじで罰ゲームしか思えないわな。少子化しかゆとり戦後史上最悪の危機になっている。

本気で移民政策を考えたほうがいい。

2016-11-08

ユダヤ人も手を焼いた 戦前日本家族制

戦前日本家族制度についての意外な事実を紹介。


すばらしかった戦前家族制

面白い話を一つ紹介しよう。

かつて国際連盟労働部長であったユダヤ人、アルベールトーマが日本労働事情調査のため来日した。

国際連盟といっても、教科書歴史観しか教えられていない日本人にはその本質を知る人は少ないようだが、これはユダヤ世界政府ともいうべきものである

第一次大戦の結果、金融支配力に自信をつけたユダヤ人政治面へも進出をはかり、その結果作られたもの国際連盟なのである

この連盟指導者は、日本人杉村太郎氏を除いて外は皆ユダヤ人だったのである

なぜユダヤ人労働問題にかくも力を入れるのかということは、マルクス主義階級闘争史観をご存知の方はお分かりいただけると思うが、かつてユダヤ人は非ユダヤ人の協力者を集めるためマルクス主義階級闘争史観宣伝したのであり、その結果エピゴーネンとしての各国共産党を生んだのである

話がちょっととんだが、面白い話というのは、アルベールトーマが来日し、日本階級闘争の激化工作をしようとした時、その前に立ちはだかったのが、日本の強固な家族制度だったのだ。

アルベールトーマは、

日本では家族制度が強固なため階級闘争、つまり労働運動の激化を仕掛けることは非常に困難である

何故ならば、労働者失業しても労働運動などする必要はない。

家族が暖かく迎え入れてくれるからである

この家族制度を何とかしない限り、日本階級闘争を持ち込むことは難しい」

といっているのである



アインシュタインもまた来日した時、日光金谷ホテルからドイツユダヤ機関手紙を書いているが、その中に日本家族制度の立派さを書いているのである

ここでまた日本人にお詫びをしなければならないのであるが、この日本のすばらしい家族制度を破壊したのは我々ユダヤ人なのである

具体的には、占領改革の時ニューディール派が行ったものである

前述のアルベールトーマの件でもお分かりと思うが、ユダヤ人マルクス主義的変革を実行するためには、家族制度は国内君主制といわれる如く邪魔存在だったのだ。

家族制度が「小さな君主制」としてユダヤ民族マルクス主義的変革事業邪魔になるということは、なにも今日昨日の問題ではなかったのである

『あるユダヤ人懺悔 日本人に謝りたい』(モルデカモーゼ)より


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このことから判ることは、核家族化や女性社会進出人類社会進歩と共に自然に生まれてきたものではなく、国家を内側から破壊するために輸入されたものであるということです。

もともと日本国体は、天皇家本家国民はその分家という家族国家として成り立っており、家族制度はその縮小版の「小さな君主制」で、国民はすべて「絆(きずな)」で結ばれていました。

家族制度の破壊は、その「絆」を分断して国家解体するという作戦だったようですね。


近隣諸国同士を争わせること(つまり絆を破壊して信頼関係を失わせ、本当の敵を見えなくすること)によって他国支配することを分断政策といいますが、その国内版が家族制度の解体だったようです。

戦前日本家族も、最小の本源集団として共同体性を色濃く残していたのでしょう。

分断統治を得意とするユダヤ人もこれには手を焼いたということ。

しか戦後は彼らの思惑通り、核家族化が進みます


そして、大家族で行ってきた子育て核家族で行うのが困難になり

保育園落ちた、日本死ね!」

へと続く・・・



http://anond.hatelabo.jp/20161108114257

からも娘からも邪険にされる父親像を一般化させたのは一体誰?

からも娘からも邪険にされる父親像を一般化させたのは一体誰なんだろう

というコメントがあったので


フェミ団体でしょう

そして、そのフェミ権力を与えたのは戦勝国アメリカでしょう

日本弱体化政策」の一環


占領せず洗脳で弱体化を図る!GHQが行った『日本弱体化政策』とは

http://matome.naver.jp/odai/2142192163190654201

日本が再び米国の脅威とならないことを確実にする」

家族の結びつきは重要です

少子化シングルマザーが増えているのはGHQの狙い通り





あるユダヤ人懺悔日本人に謝りたい

http://d.hatena.ne.jp/sifue/20061208/1165688702


日本国憲法(というかユダヤドイツ人を骨抜きにするために作ったワイマール憲法の丸写し内容)で、何がしたかたかというと

人間獣化計画

目的は以下のとおり

愛国心消滅

悪平等主義

拝金主義

自由の過度の追求

道徳軽視

3S政策事なかれ主義(Sports Sex Screen)

無気力・無信念

義理人情抹殺

俗吏属僚横行

否定消極主義

自然主義

刹那主義

突端主義

国粋否定

享楽主義

恋愛至上主義

家族制破壊

民族的歴史観否定


間違いなく、日本物質的豊かさの反面で大流行している精神的退廃じゃないですか

(苦笑。本当にユダヤ人法律家ってすごい賢いなって思いました。

最終的にたどり着くところは、家族制度の完全崩壊と金、金、金の欲と利害関係にまみれた個人主義的なエコノミックアニマルばかりの国家

というか国家として機能しない社会を作るのが目的なんだそうです。

いわゆる精神崩壊国家崩壊目的とした憲法ですね。



そもそもこの日本国憲法の元となったワイマール憲法は、

ユダヤ人迫害されてきたヨーロッパユダヤ人政府ワイマール共和国ができたときに、

大多数のドイツ人の中に生きるユダヤ人が復権するために作った人民飼い殺し用の憲法らしく、

どうせなので日本でもその写しを戦後日本でも使ってやれ、と適用されたそうです。

(ちなみにドイツではその危機ドイツ人が感づき、反発でナチズムが横行してユダヤ人迫害された)



で結果、日本では物質的豊かさと反比例して、日本人精神家族国家をここまでぐちゃぐちゃにしてしまった。

で、このユダヤ人の老人モルデカイ・モーセさんは日本人はいろいろよくしてもらったのに申し訳ない…最後に謝りたい、とこの告白をしたのがこの本というわけです。

憲法の内容とその効果資本主義共産主義をの両方を道具として生き残るための使ってきたユダヤ歴史などを詳しく紹介してくれています

特に憲法の中で「自由」と「平等」という相反する概念の組み合わせがどれだけ人をダメにするか、「義理人情」の方がどれだけ崇高な概念かとかいている所は、かなりぐっときます民主主義がどれだけ虚妄か本当に勉強になりました。

まあこんな気持ちユダヤ人の方がいたということで、ぜひ、一度読むことをオススメしたい本です。内容的には、最近流行っている「国家の品格」とかに近い本ですね。




男女平等は完全な家族制度の崩壊福祉費用の増大による国家疲弊を狙ったものだったんですね。


しかしたら、婦人国有なんていう制度が導入されていた日本の事を考えると寒気がします。

ももしかしたらほぼ、この婦人国有政策実施されているのと同じような世の中なのかもしれませんが、

こんな政策実施されていたら、女性ただイケメンに抱かれるために努力し、

はいい女を奪い合う、まさに恋愛至上主義道徳軽視の快楽主義自然主義が更に蔓延した社会(非モテ非コミュさらにつらい社会)になっていたんでしょうね。

そう考えると、日本に古来からあったお見合い制度や信頼ある人同士が結婚相手を紹介し合う制度は非常に道徳的にも精神的にも高度な文化なのかもしれません。








http://anond.hatelabo.jp/20161107131126

2016-11-07

http://anond.hatelabo.jp/20161107220500

元増田を完全無視して語るとすると、海外に行く東大卒エリートは、そのまま永住するだろうね。

技術者レベルならば、正当な評価待遇を受けられるし、何の問題もない。

逆に俺みたいな頭悪い奴からすると東大って間違いなく最高峰なんだけど、世界視野で見れば東大はいえ中上位レベルだし、

東大レベル以上の、そういった高学歴を持つ海外の優秀・準優秀な人を介在させて、高待遇を与えて、要職に付ければ変わるんじゃないかな。

悪い言い方を極端に言ってしまえば、戦後GHQのような体制を取れば、変に歪んだ「日本社会」を改革できると思うよ。劇薬だけど。

2016-11-06

http://anond.hatelabo.jp/20161105085555

知らぬ間にトラバが付いていた。ふだん余り増田アクセスしないので気づくのが遅れてもうしわけない。

10月20日に発売された『別冊宝島 将棋名勝負伝説』というムックがある。

これに収録されている渡辺インタビューインタビュアーが文春の中村記者

このインタビュー取材構成過程の中で、中村記者三浦事件記事取材のことを当たったんだろう。

なるほど。でも10月20日発売だと,インタビューはかなり前に行われているのでは?

もし10月3日渡辺-三浦戦以前にこのインタビューが行われていたとしたら,元増田10月3日以前の段階で渡辺竜王疑惑について知っていた,という考えなのかな?

一応自分http://shogi1.com/miurahiroyuki-soft-ryuousen-3rd/時系列記述ベースに考えているので,

というスタンスで書いている。

それが違っていて,10月3日以前の段階で渡辺竜王疑惑について(噂レベルかもしれないが)知っていたが,自分との対戦でそれが使われた(と思って)激怒して今回の行動に出たのだとしたら,文春やブログで語っている「将棋界のため」というよりは,すごく利己的な動機から行動しているように感じられてしまう。


そういえば話は変わるが,電子機器持ち込み禁止ルールの制定を提案したのは,7月疑惑の対戦の対戦相手の一人である久保九段であるby 文春報道)ことに今更ながら気づいた。なぜ9月の月例報告会まで待ったのだろう?

日本戦争負けてから

日本戦争負けてから俺が生まれるまでの年数と、昭和が終わってから現在までの年数が同じになっていたことに我ながら驚愕した。

そういえば、自分子供のころ、近所に「ガダルカナル地獄を見た」みたいな爺さんが普通にいたもんな。

あのころは、まだ日本戦後だったんだな。

大人のいう「戦争はいけない」に妙な切実感と説得力があったのも当然だ。

日本への原爆投下意味とは?

主な理由ににソ連への牽制原爆実証実験が挙げられるだろうがこれだけでないように思う

個人が思うにトルーマンソ連を引き摺り出して米ソの対立基軸を決定的にさせること

ソ連の対日参戦によって日本本土を労力をあまり使わず早期に無条件降伏させること

早期の無条件降伏により日本本土日本勢力圏へのソ連侵入を最低限に抑えること

これによって日本戦後運営アメリカ主導で確実に行うことまた日本西側陣営に確実に引き込むことなどを画策したのではないかと思う

アイドル戦争と何の関係もないわけがないだろ

今でいうアイドルに相当する存在が、戦前戦中どれだけ政治利用戦争利用されたかちょっと調べればわかることだ。敵味方を問わず


戦後現在もおそらくそうだ。だからサイモン・ヴィーゼル・センターイスラエル政府も即座に反応したのだ


http://anond.hatelabo.jp/20161106115144

2016-11-02

http://anond.hatelabo.jp/20161102123606

戦後になってアメリカ式の脂っこい料理を大量に食べるようになったからだろ。

2016-10-29

アメリカこそ悪の枢軸北朝鮮中国も驚き!アメリカ犯罪国家であ

アメリカこそ悪の枢軸人類歴史の中で、イラク戦争ほど無意味戦争はあったでしょうか。フセイン大統領暴君と思われている方が多いかもしれませんが、独裁者の中では比較善政を敷いていました。サウジアラビアには言論統制もとんでもなく、反対者は処刑されるというのに、アメリカは何も言いません。アメリカ最初からイラク兵器を持っていないことも分かっていたようです。

アメリカが潰したカダフィー政権下のリビアもそう。アメリカが『悪』とした、カダフィーは国の富を国民に分配し、国民を思い、国民幸福のために頑張っていた。

医療費水道代、電気代はタダ、ガソリンも1リットル10円という格安価格。ローンに利子はなし。全国民に家を持たせ、失業者には家等の生活に欠かせないもの無料支給農業を始める人には農地無料支給政府の売り上げの一部を国民現金支給識字率を90%まで上げた。スウェーデン顔負けの高福祉社会主義国家でした。

アメリカが挙げてる悪態は『カダフィー独裁者である』以外すべて嘘。反政府勢力アメリカの犬。カダフィー信者と言われるかもしれませんが、そう言う人たちも大体はアメリカ信者です。今のリビアになって国民幸福度も下がってるし、識字率も下がってる。貧富の差は拡大し、失業率も増えた。アメリカアメリカの犬になった連中や、リビア人の少数派が多数のリビア国民生活破壊したのです。

NATO攻撃したときリビア国民の約1/3に当たる170万人が、反対デモを行っていたといいます西側諸国マスゴミはそのデモ報道しませんでした。マスゴミは都合の悪いことはすぐに隠したがります中立的立場で、事実報道しなければならないはずのマスゴミが、事実報道しないのです。

民意を踏みにじるな!悪者め!』と叫んでいる西側諸国民意を踏みにじったのです。最低最悪です。西側諸国が殺した数万人をカダフィが殺したことにし、悪者に仕立て上げる。プーチン大統領も、各国の政治家もこのアメリカを初めとする西側諸国悪事批判しています。現地にいた外国人たちも、そのような事実はなかったと主張しています。私も当時リビアに行ったとき、良い国ではないかと思った。国民の1割にも満たない人たちによる反政府デモをいいことに、反アメリカ主義の国を潰そうとしたアメリカ。『民主主義』を口実にいろんな国を潰していくアメリカ世界で一番悪なのは北朝鮮でも安倍政権でもなく、アメリカです。独裁が必ずしも多くの国民を不幸にするわけではないのです。

しかし、人が変われば政治が変わる。1代目がどんなに良い人でも2代目が恐ろしかったりする。ユーゴスラビアもチトーが死んだら内戦が始まったし、北朝鮮金日成庶民気持ちを良く分かってたが、2代目の金正日国民を不幸にし始めました。

ソ連例外的で、レーニン指導者になっていたが、レーニン本人はスターリン後継者にする気など全くなく、彼の遺書には『スターリンは決して権力者にしてはならない。私の後継者は民を思い、忍耐強く、思いやりがあり、指導力もある者を指導者に…』と指示があり、後継者を決める選挙もされようとしましたが、この遺書スターリンの命で封印され、政敵と思われるもの排除し、権力の座に就き、独裁を開始しました。

アメリカ自分利益になる独裁国家放置するどころか関係強化!

アメリカフルシチョフ以来のソ連にもいちいち細かいところまで非難しました。そして、何かしらの行動をしました。

しかし、ソ連対立していた中国に対しては激甘。毛沢東スターリンの倍の人数を殺しました。それを認知している人間はどのくらいいるでしょうか。

また、チベット人虐殺も見て見ぬふり。騒がれると口だけで非難をして、一切制裁無し。残虐な独裁者を許さないのなら、チベット人ウイグル人支援をすればいいのに...

第二次世界大戦後の戦争は間接的なのも含めて7割アメリカからおこしたものです。戦争をすれば、アメリカ経済が潤うのだからアメリカ戦争を繰り返すのです。人の命より金が大事というアメリカの腐った思考は本当に考えられません。スターリンみたいなものです。

日本アメリカ被害者

原爆を落としたことをアメリカ大統領謝罪するべきなのに、一度も日本謝罪しに来ていません。保守派の方々が言う『日本の誇り』を奪ったのもすべてアメリカ日本人を沢山殺し、戦後日本不平等条約押し付けたのもアメリカ

それなのに、日本人アメリカを恨まないのは、アメリカ洗脳されている証拠北方領土領有を主張するくせに、アメリカ武力日本から奪ったグアム島領有を主張しないのは、アメリカを贔屓しているってことではないのでしょうか。

ソ連軍北方の島々に侵攻しようとしたときも、事前に出ていくように警告し、日系住民の命をできるだけ助けようとしました。それに引きかえ、アメリカは事前通告も無しに、罪もない市民を何人も殺害したではないですか。

アメリカソ連への見せしめ目的(口実:戦争を早く終わらせるため)だけに核爆弾で数万人もの日本人の命を奪った『犯罪国家』です。

アメリカ正当化させないで、アメリカの過ちをしっかりと見てください。すぐにあなた反米になるでしょう。

2016-10-24

http://anond.hatelabo.jp/20161024182544

ああ、そうか

日本行政の弱さと企業依存はワンセットなんだな

行政に力が無いからこそ企業セーフティーネットみたいになっちゃってる

それじゃあ「もっとクビにしろ」なんて言えない

 

企業側を変えれば良いと考えていたが、変えるべきは国の方なのかも

でも何故・いつからこうなったのかがよくわからない

 

近年? 戦後? 明治以降? 民族性なのかな、根が深そうだ

2016-10-21

大阪とか沖縄最近話題

差別の話だけどさ、当事者じゃない周囲の人間が「差別差別!」と騒いでるのを見ると、日教組戦後頑張った歪んだ教育が実を結んだんだなぁと思うわ。

戦後教育受けた世代特に2040代ぐらいの奴らってパブロフの犬みたいに「差別ダメだ!」みたいな思考回路で、すぐ相手攻撃しようとするだろ。

特にネットでは顕著だけど、思考停止が過ぎるだろと。まずはその言動に至るまでの沖縄の状況を確認しろよ。ひどいもんだぞ、あれ。

正直俺には「お前の家がどこにあるかわかってるんだぞ、妻子も知ってるんだからな」と現場にいる機動隊基地関係者脅迫してた反対派がまったく話題にならず、

土人って言われただけの今回の話がこれだけメディアに取り上げられてる事の方がおそろしいわ、この国の報道はもう死んで腐ってるな。