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はてなキーワード: 台湾とは

2017-05-19

http://anond.hatelabo.jp/20170519170144

しか台湾の面倒をアメリカは見ないといけないって向こうの法律で決まってるんだべ

日本ドミニカ移民みたいに後は自分で何とかしろ放置プレイしないんだよ

副島 種臣(そえじま たねおみ、文政119月9日1828年10月17日) - 明治38年(1905年1月31日)は、日本江戸時代末期(幕末から明治時代佐賀藩士、政治家書家。勲一等、伯爵。初名は竜種(たつたね)。通称は次郎(じろう)。号に蒼海(そうかい)、一々学人(いちいちがくじん)。

目次 [非表示]

1 生涯

2 書家

3 栄典

4 参考文献

4.1 伝記

5 登場作品

6 脚注

7 関連項目

8 外部リンク

生涯[編集]

文政11年(1828年)、佐賀藩士・枝吉南濠(忠左衛門、種彰、30石)の二男に生まれる。父は藩校である弘道館教授を努める国学者で、兄は同じく国学者枝吉神陽。母は木原宣審の娘・喜勢。父と兄の影響により、早くから尊皇攘夷思想に目覚める。弘道館で学び、この間に江藤新平大木喬任と交わる。

嘉永3年(1850年)、兄・神陽が中心に結成した楠公義祭同盟に加わる。嘉永5年(1852年)、京都遊学、漢学・国学などを学ぶ。この間に矢野玄道らと交わる。さらに、神陽の命を受けて大原重徳に将軍廃止天皇政権による統一を進言する意見書を提出して青蓮院朝彦親王から藩兵上洛を求められるが、藩主鍋島直正に退けられた上、藩校での国学教諭を命じられた。

安政6年(1859年)、父の南濠が死去し、同年3月には同藩士の副島利忠の養子となる

元治元年(1864年)、長崎に設けた藩営の洋学校・致遠館の英学生監督となって英語等を学ぶ。慶応3年1867年)、大隈重信脱藩するが、捕らえられて謹慎処分を受ける。

明治維新後は慶応4年1868年)、新政府参与制度取調局判事となり、福岡孝弟と『政体書』起草に携わる。明治2年(1869年)に参議、同4年(1871年)に外務卿となり、マリア・ルス号事件において活躍する。マリア・ルス号事件では、助けを求めた中国人奴隷解放したことで、正義人道の人と国際的に支持された。

明治6年(1873年)2月には前々年に台湾で起きた宮古島島民遭難事件台湾出兵も参照)の処理交渉特命全権公使外務大臣として清の首都北京派遣され、日清修好条規批准書の交換・同治帝成婚の賀を述べた国書の奉呈および交渉にあたった。この間、清朝高官との詩文交換でその博学ぶりを評価をされている。同年10月征韓論争に敗れて下野し、明治7年(1874年)には板垣退助らと共に愛国公党に参加、同年には民撰議院設立建白書を提出したものの、自由民権運動には参加しなかった。西南戦争中は、中国大陸中南部旅行滞在している。

明治12年(1879年)、宮内省一等待講。明治17年(1884年)、伯爵明治20年(1887年)に宮中顧問官、明治21年1888年)に枢密顧問官明治24年(1891年)に枢密院副議長になり、明治25年(1892年)には第1次松方内閣において内務大臣を務めた。

明治38年(1905年)、脳溢血のため死去[1]。

ルジャンドルフランスウラン(Oullins)に生まれランス大学およびパリ大学に学んだ[1]。父親のJean-François Legendre-Héralは人物像を得意とした古典主義彫刻家エコール・デ・ボザールの教師[2]。24歳のときニューヨークの著名な弁護士の娘であったクララヴィクトリア・ミュロックブリュッセル結婚した。結婚後すぐに米国移住し、帰化した。

南北戦争[編集]

1861年に南北戦争が勃発すると、ルジャンドルは第51ニューヨーク志願兵歩兵連隊兵士募集に協力し、1861年10月29日に同連隊少佐に任官した。その後ノースカロライナでの戦闘従事し、1862年のロアノーク島の戦いにも参加した。しかしながら、1862年3月14日、ニューバーンの戦いで重傷を負った。

負傷にもかかわらず、ルジャンドルは軍を離れず、同年9月20日には中佐に進級。1863年には第9軍に配属され、多くの戦闘に参加した。1863年3月14日には大佐に進級。ヴァージニア荒野の戦いではユリシーズ・グラント将軍の指揮下にあったが、その最中の1864年5月6日ルジャンドルは再び重症を負った。今回は顔面を撃たれ、左目と鼻を失った。アナポリス病院入院したが、その間にも南軍最後攻撃から街を防衛するための準備を手伝った。その後ニューヨーク移送され、そこで第9軍の兵士募集を手伝った。1864年10月4日名誉除隊したが、1865年3月13日には准将名誉進級した。

中国[編集]

1866年7月13日ルジャンドル厦門米国領事に任命された。7月ニューヨークリバプールに向けて出港し、その後ヨーロッパアジア大陸旅行12月厦門に到着した。領事として、ルジャンドルは5つの条約港、すなわち厦門基隆台北、淡水および高雄責任を持った。そこでは、年季奉公人の不正取引抑制に尽力した。

1867年3月12日米国ローバー号が台湾遭難し、その乗員が台湾原住民殺害されるローバー事件(en)が発生した。ルジャンドルは福州へ赴き、台湾中国側当局問題解決圧力をけるように、福建・浙江総督を説得した。福建総督は自ら行動は起こさなかったが、ルジャンドル台湾に行く許可を与え、台湾知事が協力するように紹介状を書いた。

ルジャンドルは、遭難現場訪問のために米国船アシュロット号を雇い、台湾当局に行動させようとした(これは失敗した)。その後アメリカ合衆国海軍ヘンリーベル少将懲罰作戦実施したが、これも失敗した。さら情報を集めるため、ルジャンドルは再び台湾に出向いた(このときは、紹介状は無しであった)。

中国へ戻ったルジャンドルは、南台湾に軍隊派遣するよう福州の総督を説得し、ようやくこれに成功した。ルジャンドルは400〜500人の規模を希望したが、これよりはかなり小さな遠征隊が、1867年7月25日台湾に送られた。ルジャンドル砲艦派遣ベル提督要請したが、これは拒否された。このため、武装商船ボランティア号が雇われた。ルジャンドル9月4日台湾上陸したが、上司に対しては全くの傍観者として行動したと報告している。

ルジャンドル直ちに本来任務を開始した。南台湾の険しい山岳地帯を通りぬけ、原住民酋長と難破した欧米の船員の安全保証するための条約協議した。

1871年9月6日琉球宮古島)の船が台湾沖で遭難したが、ローバー事件と同様に、多数の船員が殺害された(宮古島島民遭難事件)[3]。1872年2月29日ルジャンドルは先に結んだ条約日本人船員にも適用するよう拡大するため、台湾に出向いた。任務は不成功に終わり、またルジャンドル北京駐在米国公使フレデリックロウ(en)とも不仲になってしまった。

日本[編集]

1872年厦門から米国へ戻る途中、ルジャンドル日本に立ち寄り、明治政府台湾問題武力解決提唱した。これは副島種臣外務卿意見とも一致しており、ルジャンドル米国領事の職を辞し、1872年12月12日外交および軍事顧問として明治政府雇用された[1]。1873年2月、副島は2年前に台湾で起きた宮古島殺害事件の処理交渉特命全権公使外務大臣として北京派遣されたが、ルジャンドルもこれに参加した。この交渉部分的には成功であったが、引き続きルジャンドル1874年台湾出兵の準備を手伝った。台湾問題に関して、ルジャンドル駐日米国公使チャールズ・デロングの支援を受けており、また個人資格でこの遠征に参加するつもりであった[4][5]。加えて、2名のアメリカ軍人が雇用された。ところが、デロングの後任の米国公使ジョン・ビンガムは、ルジャンドルを支持せず、1874年4月19日台湾出兵は一旦延期とされた。ルジャンドルらは長崎で出征準備を整えていたため、大久保利通長崎に向かった。結局遠征部隊5月18日長崎を出港したが、ルジャンドル大久保と共に東京に戻った。その後、ルジャンドル交渉のため福州に派遣されることとなったが、アメリカ総領事職場放棄の罪に問われ、短期間ではあるが上海収監されてしまったため、遠征には参加できなかった。1875年には日本政府から勲二等旭日重光章を授与されたが、これは外国人としては最初のものであった[1]。その年の末には顧問を辞任した。

ルジャンドル1890年まで日本滞在し、大隈重信個人的顧問を務めた。

韓国[編集]

1890年3月ルジャンドル日本を離れ、朝鮮王高宗顧問となった。1899年9月1日漢城(現 ソウル)で卒中により死亡するまで、その職を務めていた[6]。

原因・背景[編集]

1871年(明治4年)10月宮古島から首里年貢輸送し、帰途についた琉球御用船が台風による暴風遭難した。乗員は漂流し、台湾南部に漂着した。船には役人と船頭・乗員合計69名が乗っていた。漂着した乗員66名(3名は溺死)は先住民現在台湾先住民パイワン族)に救助を求めたが、逆に集落拉致された。

先住民とは意思疎通ができなかったらしく、12月17日遭難者たちは集落から逃走。先住民は逃げた者を敵とみなし、次々と殺害し54名を斬首した(宮古島島民遭難事件)。12名の生存者は、漢人移民により救助され台湾府の保護により、福建省の福州経由で、宮古島へ送り返された。明治政府清国に対して事件の賠償などを求めるが、清国政府は管轄外として拒否した。翌1872年明治5年琉球を管轄していた鹿児島県参事大山綱良は日本政府に対し責任追及の出兵を建議した。1873年(明治6年)には備中国浅口郡島村現在岡山県倉敷市)の船が台湾に漂着し、乗組員4名が略奪を受ける事件が起こった[1]。これにより、政府内外で台湾征討の声が高まっていた。

開戦準備へ[編集]

副島種臣

宮古島台湾遭難事件を知った清国アモイ駐在アメリカ合衆国総領事チャールズルジャンドル(リゼンドル、李仙得)は、駐日アメリカ公使チャールズ・デロングを通じて「野蛮人懲罰するべきだ」と日本外務省提唱した。

初代龍驤台湾出兵旗艦であり副島種臣大久保利通をそれぞれ、中国に運んだ。

孟春(砲艦)は三本マストスクーナー型鉄骨木皮の小型砲艦で、台湾出兵に参加した。

外務卿副島種臣はデロングを仲介しルジャンドル会談、内務卿大久保利通ルジャンドル意見に注目し、ルジャンドル顧問として外務省雇用されることとなった。当時の明治政府では、朝鮮出兵を巡る征韓論などで対立があり、樺山資紀や鹿児島県参事大山綱良ら薩摩閥は台湾出兵を建言していた。これらの強硬意見の背景には、廃藩置県によって失業した40万人から50万人におよぶと推定される士族の不満のはけ口を探していたことがある[2]。

1873年、特命全権大使として清国に渡った副島外務卿は随員の柳原前光を用いて宮古島台湾遭難事件などの件を問いたださせたが[注釈 1]、清朝の外務当局は、台湾先住民は「化外」であり、清国統治のおよばぬ領域での事件であると回答して責任回避した[1]。その後、日本ではこの年秋、朝鮮使節派遣をめぐって政府が分裂し(明治六年政変)、また、翌1874年1月の岩倉具視暗殺未遂事件、2月の江藤新平による反乱(佐賀の乱)が起こるなど政情不安が昂じたため、大久保利通を中心とする明治政府国内の不満を海外にふり向けるねらいもあって台湾征討を決断し、1874年明治7年)4月、参議大隈重信台湾蕃地事務局長官として、また、陸軍中将西郷従道台湾蕃地事務都督として、それぞれ任命して軍事行動の準備に入った[1]。

明治六年政変における明治天皇勅裁は、ロシアとの国境を巡る紛争を理由とした征韓の「延期」であったため、ロシアとの国境が確定した際には、征韓派の要求が再燃する可能性が高かった。政変下野した副島にかわって外交を担当することとなった大久保としては、朝鮮よりも制圧が容易に思われた台湾出兵をむしろ積極的企画したのである

台湾での戦闘[編集]

西郷従道

台湾出兵に対しては、政府内部やイギリス公使パークスやデロングの後任のアメリカ公使ジョン・ビンガム(John Bingham)などからは反対意見もあった。特に参議木戸孝允らの長州系は征韓論否定しておきながら、台湾への海外派兵をおこなうのは矛盾であるとして反対の態度をくずさず、4月18日木戸参議辞表を提出して下野してしまった。そのため、政府は一旦は派兵の中止を決定した。

台湾出兵時の日本人兵士

水門の戦 最も激しい戦いであった。当時の日本人による版画[3]

国立公文書館が所蔵している公文書によると1874年4月4日三条実美により台湾蕃地事務局が設置される。(以後の任命は当時太政大臣であった三条実美からの奉勅となっている)同年4月5日台湾蕃地事務都督に西郷従道が任命される。[4]同年4月6日谷干城赤松則良に台湾蕃地事務局参軍と西郷従道を輔翼し成功を奏する事を任命される。[5]同年4月7日海軍省から孟春艦、雲揚艦、歩兵第一小隊、海軍砲二門と陸軍省から熊本鎮台所轄歩兵大隊砲兵一小隊出兵命令が命じられる。[6]という経緯になっている。

5月6日台湾南部上陸すると台湾先住民とのあいだで小競り合いが生じた。5月22日台湾西南部の社寮港に全軍を集結し、西郷命令によって本格的な制圧を開始した[1]。6月3日には牡丹社など事件発生地域を制圧して現地の占領を続けた。戦死者は12名であった[1]。しかし、現地軍は劣悪な衛生状態のなか、亜熱帯地域風土病であるマラリアに罹患するなど被害が広がり、早急な解決が必要となった。マラリア猖獗をきわめ、561名はそれにより病死した[1]。

収拾への交渉[編集]

明治政府は、この出兵の際に清国への通達をせず、また清国内に権益を持つ列強に対しての通達・根回しを行わなかった。これは場合によっては紛争の引き金になりかねない失策であった。清国の実力者李鴻章イギリス駐日大使パークスは当初は日本軍事行動に激しく反発した。その後、イギリス公使ウェードの斡旋で和議が進められ、8月、全権弁理大臣として大久保利通北京に赴いて清国政府交渉した。大久保は、ルジャンドルフランス人法学者ボアソナード顧問として台湾問題交渉し[7]、主たる交渉相手総理衙門大臣の恭親王であった[1]。会談は難航したが、ウェードの仲介や李鴻章の宥和論もあって、10月31日、「日清両国互換条款(zh)」が調印された[1][7]。それによれば、清が日本軍出兵を保民の義挙と認め、日本は生蕃に対し法を設ける事を求め、[8]1874年12月20日までに征討軍を撤退させることに合意した。 また日清両国互換条款互換憑単によると清国遭難民に対する撫恤金(見舞金)10万両(テール)を払い、40万両[注釈 2]を台湾の諸設備費として自ら用いる事を願い出費した。[9]また、清国日本軍の行動を承認したため、琉球民は日本人ということになり、琉球日本帰属国際的に承認されるかたちとなった[1]。

帰結[編集]

日本清国との間で帰属がはっきりしなかった琉球だったが、この事件の処理を通じて日本に有利に働き、明治政府は翌1875年明治8年)、琉球に対し清との冊封朝貢関係廃止明治年号使用などを命令した。しか琉球は清との関係存続を嘆願、清が琉球朝貢禁止に抗議するなど外交上の決着はつかなかった。

1879年明治12年)、明治政府のいわゆる琉球処分に際しても、それに反対する清との1880年明治13年)の北京での交渉において、日本沖縄本島日本領とし八重山諸島宮古島中国領とする案(分島改約案)を提示したが、清は元来二島領有は望まず、冊封関係維持のため二島琉球に返還したうえでの琉球王国再興を求めており、また、分島にたいする琉球人の反対もあり、調印に至らなかった。

また、明治政府兵員輸送英米の船会社を想定していたが拒否され、大型船を急遽購入して国有会社の日本国郵便汽船会社に運航を委託したがこれも拒否され、大隈重信はやむなく新興の民間企業である三菱を起用することに決定したが[10]、この協力により、以降、三菱政府からの恩恵を享受できることとなり、一大財閥になるきっかけとなった[11]。

台湾出兵と熱帯病[編集]

被害[編集]

日本軍の損害は戦死8名、戦傷25名と記録されるが、長期駐屯を余儀なくされたため、マラリアなどの感染症に悩まされ、出征した軍人軍属5,990余人の中の患者延べ数は1万6409人、すなわち、一人あたり、約2.7回罹病するという悲惨な状況に陥った。

軍医部の対応[編集]

1871年(明治4年)、兵部省は、陸軍省海軍省に分かれ、軍医寮は陸軍省に属し、軍医頭は松本良順(のちに順)であった。台湾出兵当時、軍医部は創立より日が浅く経験不足であったが、総力を挙げて事態にあたった。出征軍の医務責任者は桑田衡平二等軍医正(少佐相当)、隊付医長は宮本正寛軍医大尉相当)であった。他に24名の医官を従軍させた。医官は全員奮闘したが、極悪の環境と猛烈な伝染病で病臥する者が多く、西郷都督からは薬だけでも兵士にあたえてほしいと要請された。医官の多くは漢方医で、熱帯病の治療にはまったく経験がなかったという。かれらは交代の22名が到着したため、ようやく帰国できた。宮内省から外国人医師が派遣された。ドイツ出身のセンベルゲル(Dr. Gustav Schoenberg)は、東京大学医学部前身にあたる大学東校お雇い外国人医師レオポルト・ミュルレルの推挙であったが、能力がなくトラブルを起こした。しかし、彼とともに送られた6台の製氷機械は大いに役に立ったといわれている[12]。

2017-05-14

ランサムウェア『WannaCry』について

http://www.aljazeera.com/news/2017/05/ransomware-avoid-170513041345145.html

Avast said Russia, Ukraine, and Taiwan were the top targets of the attack,

Avast!の述べるところによると、ロシアウクライナ台湾がメインターゲット、とある

これ主犯が中国くさいなあ。

https://japan.cnet.com/article/35101102/

今回のランサムウェアMicrosoftの古いシステム脆弱性をついている。Microsoft3月にこの脆弱性修正していたが、セキュリティ会社のFoursysのAndy Wool氏によると、NHS関連病院の大半のコンピュータは今でも「Windows XP」を利用しているという。今回のエクスプロイトを初めて発見したのは米国安全保障局(NSA)であり、NSAハッキングツールShadow Brokersと呼ばれるグループにより流出していた。

NSAピンポイントで狙うところも含め。

2017-05-13

http://anond.hatelabo.jp/20170513203707

慰安婦設立文官(っていうか軍所属か)だった中曽根元総理謝罪しに行ったほうがいいのね

インドネシア台湾日本府に慰安婦呼ぶように申し付けてるだね

その後、台湾日本府でどこかの寮長してただね

中曽根

2017-05-09

韓国の超反日大統領誕生既定路線だろう

そして南北統一される。

南としては、もともと米のせいで分断された民族親北大統領のもとで統一されることは彼らにとって待望するところでしょう。北も敬意をもって丁重に接すれば当然歓迎するはず。

米に代わって隣国中華人民共和国覇権を得ることも既定路線であって、長い目で見れば韓国中国敵対することは愚か。

で、北と合併すれば核保有国にもなれる。

また、中・北・南、反日大連合で仲良しこよしになれる。

東南アジア諸国は、中国には逆らえないし、そして日本を守る義理もない(台湾に対して、今まで日本は何か助ける行動をしたかい?中国との関係があるから何もしてこなかったでしょ?同じことよ)

で、我々日本人は今後どう生きていこう?

都議選ときにみたような自己保身いっぱいの自民党員(韓国保育園候補地を差し出した元知事のことですら、自分たちが推薦した責任回避すべく必死擁護してきた連中だ)が、国民を率先して守ってくれる期待などできず。

だって日本うまみがなくなれば、うまいこと言いながらも徐々に手を引くでしょう。自分のところの政府インターネットサーバさえ止めるくらい困窮しているわけで、宗教にも関係ないアジアにこれ以上かまけていられないでしょう。

へたしたら、中・朝・韓連合核保有国)対日本(核を米に頼る)という構図を(実は米側も口裏を合わせて)意図的誘導されて、欧・米・中の武器屋ショータイム日本海が使われだすかもしれないよ。。あ、日本武器屋も入るかもね...

2017-05-06

安倍自民党ブーメラン 小野田きみは米国との二重国籍

日本政府台湾を国として認めていない以上、蓮舫については、二重国籍問題は発生しない。 ただし自民党なのだから当然二重国籍問題が発生する。 まさに安倍自民党ブーメランwwwwww

http://anond.hatelabo.jp/20170506121907

富国強兵植民地政策ではない

 

また日本植民地欧米植民地とは同じ植民地と言う表現妥当ではないくらい違う。

有名なのはベルギー王の植民地だったコンゴ人口が6分の一に減少。

日本植民地だった、台湾朝鮮満州は全て人口が増加

人口増加が政策バロメーターだとすると日本現在少子高齢化日本が行き詰まっていることの証拠だな。

http://anond.hatelabo.jp/20170506005327

講義15回やっても、どうせ学生スマホマンガ読んでるかゲームやってるかでしょ。

台湾なんかだと通勤電車で本広げてない大学生がいないっていう光景が見られるけど、そういう、学ぶ意欲がないと、講義やるだけじゃ問題解決にならん気がする

2017-05-04

陳副総統らの国籍表記科学アカデミーが「台湾」に訂正

http://japan.cna.com.tw/news/apol/201705040002.aspx

こういうの見てると、内心は台湾支援したいけど仕方なく中国と仲良くしているって感じなんだろうな

1935年の主要都市人口台湾

台北市274,157
台南市110,816
基隆市86,887
高雄市85,467
嘉義市73,072
台中市70,069
新竹市51,025
彰化市51,014
屏東市43,430
鹿港街39,820
斗六街36,535
員林街33,503
清水32,762
豊原32,142

2017-05-01

中国台湾海自艦船名がどう表記されているか知ってる?

日本国内だと「諸外国への配慮」で①ひらがな艦名、②国内独自艦船規格で通しているけれど、

例えば日本国内で「いずも護衛艦 いずも」として運用されている艦船は、中国だと「準空母 出雲」だからね。

外国から見れば、ひらがな意味不明な規格を忖度する必要なんてない訳で、

そんな事も知らず国内ルール言霊で揉めてる日本平和なのである

2017-04-28

土人できた

北海道土人____________5474000人

東北土人______________9021000人

関東土人_____________42600000人

中部土人_____________21720000人

近畿土人_____________22760000人

中国土人______________7560000人

四国土人______________3819000人

九州土人_____________12965000人

沖縄土人______________1423000人

北朝鮮土人___________25160000人

韓国土人_____________50620000人

ロシア土人__________144100000人

モンゴル土人_________29590000人

本家中国土人_______1371000000人

インド土人________1311000000人

台湾土人_____________23539000人

フィリピン土人______100700000人

ブータン土人___________774800人

ラオス土人___________15580000人

タイ土人_____________67960000人

ベトナム土人_________91700000人

カンボジア土人_______15580000人

ミャンマー土人_______53900000人

ネパール土人_________28510000人

バングラデシュ土人__161000000人

マレーシア土人_______30330000人

ブルネイ土人_______423200人

インドネシア土人____257600000人

パプアニューギニア土人7619000人

オーストラリア土人___23780000人

ニュージーランド土人__4596000人

パキスタン土人___188900000人

2017-04-23

まりに酷い韓国擁護ブログ

http://yu1gst.hatenablog.com/entry/2017/04/23/113331

なんで韓国人ヘイト性のニュースですら「日本人反省汁」がまとめになるわけ?

最近の『台湾親日中国韓国反日』という下記のようなニュースヘイトに毒されている日本人は多いのではないだろうか。

http://www.asahi.com/articles/ASK4N6KCKK4NUTIL043.html

気になるのは嫌韓ニュースを真に受けて、『韓国人は嫌い』だの、『中国人は嫌い』だの、国単位でざっくりとヘイト発言する日本人である

いやそのニュース理解してます

単位でざっくり「日本人は嫌い」と言う人が韓国中国では80パーセント超ってニュースですよ?

あなたの言い方ならばその2国は「ざっくりとヘイト発言する人間が80%超の国」ってことですね。

なんでこのニュースを受けて第一声が「気になるのはヘイト発言する日本人である。」なんだよ。

脳みそ膿んでるのか?


引用元朝日新聞もそうなんだけどさ。

世界の国の中で特異な2カ国を取り上げて「こんなに日本を嫌ってる」ってニュースをもって、

何でノータイムで「日本人ヘイトが気になる」になるんだよ。

普通に考えてまずヘイトやってんのはその2カ国だろう。そういうニュースだろう。

80%超ってことは、要するに誰にも咎められない常識レベル認識ってことよ。

日本に対するヘイト常識。むしろ奨励する空気すらあるのかもしれない。その2国の国内では。

怖いよね。


いつものその2国のそういうニュースのたび、

当該2国の特異性やヘイト性に対する関心も分析も全く無しに

いきなり「日本人ヘイトは気になる」「日本人反省すべき」になる。

そのアンフェアで非論理的朝日新聞論法はもう付き合いきれないんですよ。

みんな呆れて笑ってるからよく周囲を見ろよ。


いい人風だけどバカ論法

日本人はどちらかというと韓国にいい印象を持っていない人が多いように思える。

私の場合現在一番仲のいい友達韓国人であるため、そういった感情はない。

これ一見いいこと言ってる風だし本人もそのつもりだろうけど

実は論理バカ丸出しじゃないですか?


逆にしてみてくださいよ。

「私は韓国人にいい印象を持って居ない。なぜなら現在個人的に憎んでる宿敵が韓国人からである。」

これだったらツッコミ入りまくりでしょ。

お前バカかって。差別野郎って。

どう見てもバカですよね。ガバガバ帰納法やめろバカと。

同じでしょ。

一見いい人風でも思考回路バカなんですよこの人。

善人のつもりのバカ


いい人風防護膜をまとってバカ発言連発

韓国儒教ベース文化であり、年上を敬う、礼儀を重んじる文化という点で日本共通している。

してません。

韓国儒教日本儒教とは全然違うものです。

というか韓国若者の方が「悪い意味での儒教文化廃止して日本みたいにしよう」と言ってるぐらいです。

バカらしい儀式負担や、横暴で凶暴な老人の害、全部儒教のせいだろうと。

適当認識発言をしないで欲しい。


若干の文化の違いはあるが、本来日本人韓国人は仲良くなりやすい組み合わせだと思うが、

どういう根拠で言ってるんですかね

朝鮮半島とはかなり古代百済が滅んだあとは

わりとずっと仲が良くはない間柄ですよ

そして現代韓国人は国の歪みも何もかも日本押し付けソリューションに浸ってしまってます

80%超ですから

日本からすると、韓国よりは仲良くなりやすい国は世界中にたくさんあって

とくにこれから発展する東南アジアの国々とこそ重要な友人関係を結べるよう努力すべきでは


いい人の観光日記国家を語られても

以上、韓国旅行記を韓国に対する雑感を交えて紹介した。

今回の記事で少しでも韓国の印象が変わったら、ぜひ一度韓国に足を運んでみることをおすすめしたい。

きっと今まで韓国に関するニュースだけで感じてきた思いと、また違う良い思いが湧いてくるはずだ。

ニュース扇動ブログだけで物ごとを判断するのはダメですが、

週末観光旅行相手の国を分かったつもりになってなんだかオーソリティみたいな顔で発言するのもバカ丸出しでしょ。


繰り返しになるけど、いい人風だけど単にバカなんですよこの人。

だってめぐり合わせ次第でこの人と逆に、韓国旅行で嫌な奴に会ったり不快な目に遭う人だっているわけですよ。

それで帰ってきて

韓国はやはり日本の宿敵」「実際に訪ねてみればわかるが韓国という国は腐ってるんだ」

って言ってたらどうです?バカでしょ?

でもそのバカはちゃんとバカ扱いされるんですよね。


問題はこの人みたいないい人風のバカ

いい人風だとバカなこと言ってても突っ込まれにくいのでそれがこの人の処世術になって、

そのうち逆にバカ思考回路に気付く機会も失っちゃったんでしょう。


だいたい韓国人達だって日本大勢旅行に来てますよ。

そして結構満足してくれて、たくさんリピーターになってるんです。

それでもそれはそれとして反日だし、日本は信用できないと言ってるんですよ。

観光解決したら世話はねえという当たり前の話。

そのへんの事実にも少し向きあったらどうですかね。

この人の現状はいい人のつもりの不誠実なただのバカですよ。

2017-04-18

ジャニーズとかの楽曲CMって

なんで英語宣伝すんの?

「Koichi Domoto, 〜〜, Now On Sale」

みたいな。

アジア圏の人に広く買って欲しいから?

香港台湾ファン考慮して?

じゃ、しょうがいか

クソダサいと思ったんだが、やむを得ないか

大統領に課された課題について語ろうぜ

オバマミッション黒人大統領任期を満了することだったが、彼は二期やり遂げてある意味完璧に終わった。

んでもって、トランプミッションは、おそらく日本戦争に引きずり出すこと。

TPP辞めてみてからFTAをやるとか揺さぶりかけてみたりとかは前哨戦で、彼に課された本当のミッションは、日本戦争に引きずりだすことだと思える。



日本っていう国は、米国からするといまんところアジアへの前線基地の色合いが濃い。

そしてアジアでの戦争経験統治経験がある国といったら、いまんところ日本しかない。

フィリピン含む太平洋地域では失敗におわったが、台湾および朝鮮半島は、旧帝国時代日本統治する以前と以後での発展加速度は押して知るべしなの世界中常識である

しか日本人は、自分に得がなくとも課された仕事はやり遂げるという国民性を持っていて、それは命のやり取りをする軍隊でも同じだ。

というわけで、日本軍海兵隊米軍露払いに使い、緒戦で米兵の消耗をゼロのままアジア進出を果たすことが米国にとっての理想だと思う。

しかしそんなこといったところで、日本太平洋戦争での負け経験から~のマスコミの徹底した左翼反戦思想にずっぷりと使っているわけだから戦争なんてするわけがない。

ならば、有無を言わさず戦争をせねばならない状況に追い込んでいくしかない。

ということで、最近の状況である

北朝鮮が暴発すれば、間違いなく日本にある米軍基地やその近傍にある住宅地ミサイルが飛んでくるわけで、日本当事者になる。

当事者になれば、戦わずに知らぬ存ぜぬを貫くことは不可能

やっぱり米国シナリオ通りである

2017-04-15

日本が核攻撃を受けても、米国はそれほどダメージがない

日本中国比較して、どちらが米国の為になるかをテストたかったところはアメリカ人としてあったかもしれない。

森友学園問題その他の対応を見ていて、中国とは比較にならないどころか韓国未満であり、アフリカの国々とすら変わらない部分を持っている現在日本を見て、「一度死んだほうがいい国」という結論を下したのかもしれない。

ロシア日本をくっつけようとする動きが急速になくなるどころか、アメリカパートナーとして中国サポートする方向に切り替わったように見える。

それはどういうことか。

韓国日本米国パートナーとしてふさわしくない、と米国三行半を突きつけたのかもしれない。

ずいぶん前から米国にとって東アジアとは中国意味している。

中国金盾システムを作ったのはアメリカIT企業であるし、軍事的アメリカ中国は直接的に衝突出来ず、経済的にも研究面でもアメリカ中国の協力関係は深い。

北朝鮮ミサイル米国本土すべてを射程距離に含めているわけではない。アメリカ東海岸にはどうやってもとどかない。

日本が核攻撃されるリスクがあるのに、無理やり北朝鮮軍事攻撃をする意味アメリカにとってあるのだろうか?

アメリカとしては北朝鮮アフガンシリアも同列の存在に過ぎない。アメリカの都合だけ見ると、アメリカ軍事介入する意味はそれほどない。

戦費負担戦争終結コストを考えると、むしろアメリカを苦境に追いやるだけの行動を取っているように見える。

北朝鮮軍事的に刺激するということは韓国台湾フィリピンそして日本軍事的破局させる危険性を持っている。

それでも北朝鮮軍事攻撃するということは、韓国台湾フィリピンそして日本ではなく、これからアメリカ中国とやっていくことにした、ということなんだろう。

現在アメリカ単独で生きていくことは出来ない。モンロー主義を貫けるほどの力はないはず。

日本韓国が核攻撃されて破局的な被害を受ければ、少なからトランプ政権責任追及されることになる。

米国国際的立場はかなりまずいことになるかもしれない。米国の代わりは中国が担う、ということになるのだろう。

2017-04-11

信号待ち中、高収入バニラ広告トラックが通り過ぎた。 

後ろにいた中国台湾男子2人がバニラ発音日本風に言おうと練習し始める。

漢字が読める国の人なので「高収入」も読めた風でうっすらどんなものかを理解した会話をしていたよう。 

しかし、彼らは兎に角バニラ」の言い方に夢中。

ヴァニラ、バニィラ……。

2017-04-02

鎌倉の桜のことなんだけど

桜の季節に行ったら桜の花が椿みたいに首から落ちてたの見たんだけど、これもしかして台湾リスの仕業台湾リスいるよね鎌倉

2017-03-31

昔はよかったと言いながら、歴史の魅力を推さない風潮

国際化が進む日本でも、地方のように、歴史的遺産の残る原風景も探せばまだまだある。これは韓国台湾中国も同様だ。大都会から続く現代都市は、必ずどこかで途切れる。

しかしそういう場所を通ると、必ず別のことにも気づく。それは、本来都市と無縁である地域にもかかわらず、ついこの間まで歴史的価値のあったような場所無秩序都市に変貌していることだ。田舎分譲マンション建設されていて、本来学園都市と無縁である地域大学キャンパスがドカドカ建ち、鉄道道路は満員状態だ。

東アジアはよく「欧米東南アジアのように未来志向なだけではなく、歴史もあって田舎もあってバランスが良い」ことを売りにしている。たしか関西中部関東のように、都市無秩序対策にとことん取り組みつつ歴史的遺産をきっちり守る場所もある。どうも大都市圏方面ばかりそういう施策はあるのに、田舎のそれを蔑ろにしすぎだと思う。

日本田舎が都会の何倍以上もあるが、田中角栄政権移行の画一的開発化に伴う開発もあって、もはや「田舎」は残っていない。つまり貴方たちが云う田舎はその地域の片隅にしか残っていない。北関東東北にも歴史スポットはあるが過去の名残もあっても観光地化に適しているとはいえない。

日本都市開発はやたら前時代的と言われる。しか日本において「道路の便利な場所」なら大都市部にもある。例えば札幌新潟だ。ではそれらを資源として活用しているだろうか?新潟市出身の親父の友人いわく帰省がてら訪問したら悲壮感がただよっててやばかったという話である文化人はそんな場所で生まれやすい。

オタク文化担い手地方出身者の多さは、日本ポップカルチャーというものいか社会の暗さを世界に示したように見える。都市中央恩恵を受けず、そこで生まれ人間が学と徳を弁え、現地は都市ほど産業が少ないので自営業が多くなり、中には漫画文学などの作家になってしまう。

こういう系列クリエイター首都圏から輩出することは少ない。まして都会の場合、かつて流行していたアングラ漫画とか、社会風刺もののような、どちらかというと現実風刺路線の、文化的な味がやや薄い作品ばかりだ。

私は少年少女漫画小説の中で東京都市部神奈川県地元民が描いた作品がダサくなっていると思っている(あくまでも数字のみで見た考えで、作品ごとの評価は別)。とくに高校生を描いた物は、往年の不良漫画みたいに野暮になっている。同じ関東でも埼玉北関東のものと比べても悪い意味で飽きやすい。高評価される作品地方民・地方出身者が書いたものが主流。ギャルヤンキーのようなダサいもの地方っぽいが、今のサブカル面は違う。

で、なぜ作品レベルがばらついているというと、やはりそれは地方に行くほど仕事の数が少ないが、時間お金にゆとりのある人が転入するために、作品作りへのゆとりが生まれやすいからではないか。そういう場所では、ありのまま地元を描くことが難しいが、空想もの作品を生むにはうってつけの場所だ。

社会風刺文化的ものが分離されていることが理想であるが、だったらそれがなぜ都会でも出来ないのか。広義の都会人の自分が言うのも説得力いかもしれないが本当はこういったばらつきはないべきで社会風刺と娯楽もの区別が明確になければ文化強国は持続しない。

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