はてなキーワード: 真剣とは
美希
無印では美希がハニーと呼ぶのは恋愛に疎い美希が「真剣に彼氏だと認めた」相手だけなのに
アニメではちょっと親しい同僚程度のPをハニーと呼ぶようになってしまった
実際デート回以降の美希とPの会話を見てもただの同僚でしかない
しかも無印では美希がPをハニーと呼ぶのは2人でいる時だけと約束したのに対し、アニメでは人前でも堂々と
美希の「ハニー」はそんな軽いものではないのだから、アニメのPが9人を同時に担当していて
美希だけと恋愛関係になることができないなら、「ハニー」をアニメに出してしまってはいけなかった
残りに12人が全員売れてなかった時期に、ファンクラブがあって熱心なファンがいるほどの人気
でもなぜかデビューから3ヶ月前後でアイドル引退、プロデューサーに
その理由も本人の葛藤も何も語られていないのに、「今私がやるべきことはPだから」と
アイドルの律子が好きだった律子Pへの死刑宣告だけは律子の口から言わせる外道脚本
雪歩
アニメで日常生活が困難なほどの男性恐怖症に改変され、後半は空気
でも二次創作によくある、真に発情するフヒ歩だけはしっかり抑えました
女の子みたいな格好の真に対して「誰もそんな格好の真ちゃん求めてないよ」なんてセリフ、
雪歩と真が好きなら絶対言わせないと思うんだけど…
春香さん
SPや2でも見られた、なぜか必要以上に落ち込むネガ春香さんがアニメでも健在
別にユニットで活動してるわけでもないのに、合同ライブの練習に全員が集まらないのを
文句ならライブの練習時間も取れないくらい仕事入れまくったプロデューサーに言え
そして仲良し事務所の馴れ合いじゃなく、ファンの方を見ろ
千早の歌唱力の高さは、弟の死と両親の不仲の中で自我を保つために
弟が好きだといってくれた歌に依存し、ひたすら歌だけを練習し続けている結果だけど、
アニメじゃそういう自分に厳しい部分を見せずに「歌以外の仕事はしたくない」部分だけ見せて好感度だだ下がり
しかも後半は他の子がメインの回にもあからさまな伏線を貼りつつメイン回が2週に渡って露骨な優遇
原作では弟の死を直接見ていないのに対して、アニメでは事故現場で弟が死ぬのを目の前で見ていたことに改変
歌姫という割に中の人の歌唱力がアイマス声優では中の下なのはさすがに可哀想なので触れないでおいてあげよう
真
父親に言われて習っていた空手を、痛い思いはもうしたくないからと初段でやめて、
誰かと殴りあったり傷つけあうのは嫌いなはずの真が
アニメじゃ護身術も心得てるプロのSPとガチで戦ってふっ飛ばして勝利
中華街を滅茶苦茶にしたことに対して、石油王が弁償してくれるからと反省ゼロ
あずささん
声優のたかはし智秋さんは「あずささんは一見天然のように見えて熱いソウルを持っているから
髪を切ったことについてゲームでは何の説明もなかったけどアニメではきっとドラマが」と言っていたが
結局アニメでもまともな説明はなし、1話から最後まで天然なだけでした
プリンを15個も食べて、皆が犯人探ししてるのに最後まで自白せず隠し通した酷い人に
無印にはない、大酒飲みの設定も追加
最低ランクでも「厚化粧で人前に出るのは嫌」と言っていたはずが
アニメでは誰もが一目見てドン引きするような化粧で自信満々で人前に
真としょっちゅうケンカしていたけど、その内容もほとんど真のほうが正しくて伊織が突っかかってるだけ
真と伊織のケンカは後半にいいコンビになる伏線かと思えば2クール目では特に絡みなし
やよい
体力では765プロでも3本の指に入る元気っ娘のはずが、
アニメスタッフは「体が一番小さい=一番弱い」という認識なのか、
ダンスレッスンでもついていけなかったりとなぜか足手まとい要因、2クール目に入ってからはまともな活躍なし
無印では「貧乏な家計を支えるためにアイドルをやっている」のを恥ずかしがるが
アニメでは亜美真美に貧乏を笑いものにされても全く気づかない池沼っぷりも発揮
基本的に空気で双子のよさもアニメではまったく描写されなかったが、
唯一やよいの貧乏を笑いものにしているシーンでだけ存在感があった
や「え~?プリンなんて知らないよ?」
亜「なぁ、全部話して楽になったらどうだ?」 真「田舎のおっかさんが泣いてるぞ?」
や「お母さんウチにいるよ?」
真「君が悪いんじゃない。『貧乏』が悪いんだ」 亜「プリンって物を、食べてみたかった…」
や「あたしプリンくらい食べた事あるよ?昨日だって家族みんなで食べたんだから!」
亜「またまたぁ」 真「あり得ないっしょ」
http://anond.hatelabo.jp/20120220193315
嫌いな人とは距離を置く。
賛成です。おおいにやってもらいたいし、自分でも実践しています。
今困っているのはHさんとの付き合いです。
私はHさんが「好き」です。物事に真剣だし、行動力があるし、見習いたいと思います。
ですが、Hさんは私のことが嫌いです。私が誘ったお店のことを「マズイ」と批判するし、うちに訪ねてくるときはいつも小型犬を連れていて、猫を飼っている我が家には上がっていただくことが出来ません。(犬を外につないでおけないし、犬と猫がケンカします)私に無断で新聞の講読契約をしていたことがあり、とがめると「お金は私が払うから、ノルマなんで入れさせてちょうだい」と言いました。ほかにも(嫌われてるなあ)と思える出来事がいくつかあります。
ところが、Hさんは、私に「家に遊びに来ないか」とか「一緒にDVDを見ないか」とか誘ってきます。
私はHさんが好きなので、ついつい、ほいほい付いて行き、結局のところ、(嫌われてるなあ)と確認して帰ってくるのが、最近の付き合いのパターンです。
実はHさん、ある会の会員で、会員を増やすよう、上の人からせっつかれているようなんです。それで、嫌いだけど、言いなりに付き合ってくる私に声をかけているという次第です。
私はHさんが好きです。Hさんが私のことを好きで誘ってくれるのなら、その会に入ることもあるかも知れません。でも、Hさんは私のことが嫌いなんです。
Hさんに自分の気持ちに素直になってもらうには、どうすればいいんでしょう。
ホント、嫌いな相手には近寄らないでもらいたいです。
http://anond.hatelabo.jp/20120217173832
読んでくれて、ありがとうございます。ご意見はすごく参考になりました
なにか、こう、異性に女性として崇拝されることで自分の価値を見出したいと思うような
処女だったころの、どうでもいい情報に流されていたかわいそうな若いころの自分の
そのつらさを思い出す時があるし、そんなことで悩む人が減ってほしい。
女性が、ちゃんと、相手のために自分の体を犠牲にすることなく、本当に良い恋愛や結婚ができるような世の中になればいいなとか。
もちろん女性側も、くだらない条件で男性を見下したり差別したりするのはよくないと思います。そういう女性は苦手です。
今でもそういうことで悩む女性はたくさんいるみたいなので、
医学的なことや統計学的なこととかも含めて、性についてもうすこしこう・・・
処女にこだわるでもない、かといって性病や堕胎を予防する大切さも忘れたくないような
先進国らしい教養のある常識が一般化すれば、学生や若者がもっと幸福になるなあと思ってはいます。
個人的には、成熟した男女が、真剣な恋愛を通して性を学んでいくならば
お互いに過去の経験を尊重しあえるから問題ないとは思うのですが。
性のことは、心の深い部分に影響があるテーマだから、男性も女性もそれぞれの言い分があると思う。
多くの男性が一生のパートナーが、できれば処女だったらうれしかった という風に考えると思う。
そういう男性が多くいることを知らず、処女のまま結婚したことが長いことコンプレックスだった女性の私が
それならもっと、処女を大切にするような文化だったらなあという思いとともに過去を振り返ろうと思った。
本当に、いろいろ悩んでいるので、文章にまとまりはないと思います。
けっこうつらい思いをしたので、つらい想いとともに混乱しながら書いているので
文章が整っていないのはごめんなさい。
まず、処女でコンプレックスだったのは、20歳過ぎて処女はひどいブスだけ、ということをたくさんの男性から言われたこと。
それがコンプレックスだったので、私は、処女だったけど、一生懸命自分を磨いて、結局モデルをやれた。
水着の仕事もあったので、グラビアだったり水着のモデルをやってても、私みたいな処女の人だってそれなりにいるんじゃないかなっておもう。
ここまでかくとオッサン乙、ってことになるとおもうけど
女性は男性ほど性欲が強くないし、一生の相手じゃないと体を許したくないと思う人は多いと思う。
話を戻します。
サークルとか合コンとかでモテるのは、男性受けする女性ですね。
清純派でおしとやかだったり、美人で女の子らしい女性が受けますよね。
で、そういう女性は、女性が憧れる男性からもアプローチされるので
女性は、性欲は強くないけれど、恋愛はしたいと思うものだから、ほとんどの若い女性は彼氏がほしいと思うのが当たり前ですよね。
だから、清純派で、清らかに見えても、だからこそそういう女性は、極端に潔癖でなければ男女交際をするのが普通です。
清純派のおしとやか美女がすごくもてて、いつも彼氏が途切れなくて、
片思いしているイケメンとも付き合えているのを、仲間内では知っているわけです。
そのモテる女性が「清純で、ピュアで男になれていなそう」ということで、さらにモテます。
自分が片思いしたような素敵な男性と付き合って別れたにもかかわらず
何も知らない男性からも「ピュアそうだからかわいい」とモテることになります。
それで、結局は、合コンでも、その女の子が選ばれることになります。
これは、自分のコンプレックスとかバカさを暴露することになるので
もう、叩かれてもいいのですが
自分は、ぶりっ子だったり、清純だったりはしませんでした。キャラが清純ではありませんでした。
嫉妬とか言われても実際そうなので構いません。
私は、自分が好きだなあと思うような男性と複数つきあえているかわいい女性がうらやましかったし
先にも書いた通り、モデルをしたことがあるので、ブスではありません。
でもコミュニケーションは下手でした。
同性からは、「ぶりっ子するな、自分のことをかわいいと思ってうぬぼれるなブス」
そういうことで、女性受けする自分のキャラ、というのを作るのに必死で
道化を演じました。面白い、芸人みたいな、明るい、自分の彼氏を横取りしないようなさばさばした女、というキャラです。
私は、小学生中学生時代に女性から集団で嫌われた経験が強烈だったので
しかも、それが、自分の素のキャラだと思い込むようになっていきました。
で、合コンにいくと
「君は男慣れして遊びなれていそうな感じがするね」
と言われてしまい、男慣れした清純派で非処女の女性に負けてしまうわけです。
男性は、清純な女性が好きでしょう。男性経験が少なそうなおしとやかな女性が好きでしょう。
自分が片思いしていた男性と付き合った後に何人もの男性と付き合ったような女性と比べられて
「あの子のほうが清純で、君は遊びなれてる」
と言われてしまったことかな。
そして自分は処女なのに遊びなれている女性だと思われてしまう。
そういうのがなんだか、とても悲しかった。
自分が片思いした男性が選んでいたのは、非処女だけど清純な女性だった。
それに、誘ってくる男性は、セックスをしない女性だなんて古風でダサイし、ブスしかいないと
散々洗脳してきました。
処女を捨てろ、ダサいといってきたのはむしろ男性のほうでした。
今思うと、結婚ではなく遊び用の女性として、男性たちは誘っていたのでしょう。
しかし、大学生ぐらいだと、そういう男性ばかりではないですか。
今思うと、学生ぐらいだと、童貞を捨てたいだとか、彼女がほしいとか、遊びのためにセックスしたいとか
そういう男性ばかりだったのだと思う。
しかし、何も性知識のない女性は、ああ、性にはオープンなのが当たり前な時代なのかなあと思ってしまいます。
私は、学生生活を通して、
セックスに臆病でいるなんて性に対する偏見だから、早くセックスを知ったほうがいいと
男性からも女性からも言われてひどいコンプレックスを持つくらいでした。
今思うとそれに流されなくてよかったと思う。
処女を捨てなきゃとせかされる環境が、いまでも日本には普遍的に存在していると思います。
将来自分が結婚する女性が処女だとかどうだとかは、あまり考えずに
処女と結婚したいと思う男性が大半ならば、結婚する女性以外とはセックスをしないべきなのに。
極端に乱れた女性でなくても
メディアもそうですし、先述したように遊び目的で性欲を持て余している男性が
結婚なんてずっと先で、青春や若者としての充実が先にやってくるという社会構造だから
処女が減るわけです。
イケメンで、ハーバード大出身で、年収が3000万円くらいの、
姉なのですが。
姉も、まあ兄弟なので若いころはモデルみたいなバイトもしてましたし
それなりにリア充でした。
姉は、特にビッチとかヤリマンとか中古とか、処女厨の人が言うような女性ではありません。
義兄は、処女とかこだわらずに、人柄と容姿で選んだのだと思います。
義兄自身、恋愛経験が普通にあるので、性に対しての極端な汚いイメージがなかったのではないかと思います。
それは、けっきょく、性に対するコンプレックスや過度の執着ではないかとも思います。
夫が初めての人でしたが夫は普通にモテていましたから恋愛経験が私以外に5人くらいありました。
夫に処女をささげた直後は
こんな、セックスという、刺激の強い、おおきなことを
他の女性ともしたことがあるなんて と
とても悲しく思いました。
ということではなくて
やっぱり、セックスというのは、心身ともにとても刺激の強いものですから
だから、こんな深いことを、ほかの女性としたこともあったなんて、悲しすぎる、と思ったのです。
他のひとと、あんなことやこんなことをしたんだと悲しい思いをするのは
処女厨のひととまんま一緒でした。
しばらくたって、慣れてくると、性に対してすごくコンプレックスや偏見を持っていただけで
大切にしようというのがメインになって、過去なんてどうでもよくなりました。
童貞厨てのはすくないけど、私は相手が童貞だったらうれしいと思う。
男性のほうが性病の罹患率が高いわけだし、過去に女性関係があれている人はエイズじゃないか怖いなっていうのもあった。
いわゆる「童貞くさい男」っていうのが「キモオタっぽいさえない男」っていうイメージがあったりするからなのかと思う。
女を口説けない男、みたいな。
処女を続けてきた自分からすると処女っぽい女っていうのも同じくらい恥ずかしいことだった。
好きな男に選ばれない女、みたいな。
そして、処女からすると、相手の過去の性的な関係はとても悲しかったし気になった。
最初のうちは。
性のことについていろいろ悩んだ時期もあって
それでいま落ち込んでいるので、
お読みくださってありがとうございます。
真剣な話、頼まないといけないと思うがな
このままだと間違いなく、今まで経験した事がないような高齢化社会になってしまう、日本が終わる
年金や健康保険が維持できなくなる、老後どんな事になっているか恐ろしいわ
それなのに子供を産んだ女は迷惑、子供が迷惑をかけるのを100%止めろ、泣き声上げさせるな、ベビーカーを使うな、席を譲れって主張されてるようでマタニティマークが不愉快、妊婦や子連れに電車で優先座席ゆずらねーよ、子連れや妊婦に手助け?するわけねーだろ図々しい、子持ちはまともに働けなくて迷惑だから会社辞めろ、専業主婦は社会のダニ、自分で産んだんだから自業自得だろ、自己責任で人に迷惑をかけるな、迷惑かけるようならそもそも産むなって感じのバッシングが激しいし
その言葉は本当に本音なのでしょうか?
小学生の話を聞いてる時でも「私がこういってほしいと思ってることに合わせてるかも」って考えちゃう時もあるしね。
ここでいう本音はわたしが勝手に定義したもの。本文で述べたような「構造の中で本音の位置にあるもの」を、便宜的に本音ってことにしてる。(図をかきながら説明できれば手っ取り早いんだけどね)
言った言葉を土台として、そこからいろいろ話が伸びてくれれば、その土台となった部分が本音だったんだろうって思うことにしてる。
あと特徴として、感情が表に出てる時の話は、まとまりがなくてぐちゃぐちゃしてることが多い。
そういうものを「これは本音だから」ということでこちらが黙って聞く。
相手も本音のつもりで、真剣に喋ってもらう。そういうお約束ごとみたいなものでもある。
そういう訳で、厳密な定義はない。使えりゃいいんだよ、程度の大雑把な感覚で捉えてる。
そもそも価値って何なんでしょうか?
価値には人によって変わるんじゃないでしょうか?
そのとおり。大事なのは「何が価値か」ってことよりも「価値はどこで発生するか」っていうことと「どういう時に価値を感じるか」だ。そして「どこで」は言葉を受けた人の心の中、「どういう時に」はそれが自分にとって役に立った時or気に入った時だ。「価値って何か」の答えは、この2つの条件を満たしたもの、ってこと。この考え方は、ブランディングの本から拝借したもので、私オリジナルってわけじゃないです。
受け手が意味を理解できること、そしてできれば役に立てられることによって価値が生じるんだ。
そのために、言葉と受け手の大事な所と結び付けられるように工夫する必要があると考えてる。
だから、
これについて、あなたなりの考え方もあると思うけれど私自身はただ言葉にしただけのものに価値は認められない。
そこに価値があるっていうのは簡単だけど、それじゃもったいないと思うんだ。
だから、本人がぐちゃぐちゃしたものをただ言葉にすることで価値があると感じたなら、本人にとっては価値がある。
でも、そのままだと周りの人には伝わりにくいと思う。
気持のぐちゃぐちゃした部分って、すごく大事なものになりうる、と思ってる。
それは、自分には使い方がわからなくても他の人が使い方を理解して教えてくれるかもしれない。
でもそこで終わりにするんじゃなくて、
それを自分でもよく振り返って使い方を考えてみたり、
他の人に見てもらえるようにちょっと一手間かけるといいかなってこれはおすすめ。
それでね、すごいな、と思うのは、こういうのって教えなくても皆できてるんだよ。
私はいちいちノートに書かないと自分の本音を自分でチェックして分析して、とかできないんだけど
むしろ生徒の方が、そういうの上手にできてる事が多いの。
もちろん語彙の問題とか考え方が単純だとかいろいろあるけど、ちゃんと自分にとって大事な事を考えてるの。
そういうのを聞くのって、私にとってはものすごく価値があることなんだよね。
むき出しの本音見たくないのにTwitterしても誰もフォローできないんじゃ
[[勉強なら他所でやれ | Transistar http://transistar.info/?p=486]]
この学生は、モノづくりがしたいが、スキルがない。だから映画を作る会社に入ってスキルアップしたいがどうも入れる気配がないので、うち(リサレコ)で新卒募集してないかとのこと。まぁふざけてるよねw
でもって、入社する若者はそれを前提に大学は遊びまくるわけで。
なんでこんな若者がいるのだろうか?
話は簡単。入社してから教えてもらうことで、十分世の中わたっていけた世代が教育しているからである。
将来の夢を語らせて何故か作文で発表しろという今の教育。どう考えても時代遅れ。
その夢の為に何かさせんかい!
夢が音楽関係でも、今ならフリーソフトで使えるものなんていくらでもある。
そういったもので、なにか一つでも身になることをさせるべきである。
それをさせない。何故か。そんなものやらなくてよかったからだ。
スキルがつかないわけだよそりゃ。
個人的に、今日本の教育で最も必要なのは議論の時間だと思っている。
自分の意見を言い、それに責任を持たせること。これを教え込まなければならない。
会議一つとっても、責任を放棄したひとりごとを言い、それをお偉いさんがまとめるだけ。無駄。
全員が真剣に責任持って意見を言い合い、とっととまとめる。これが最も必要。
自問自答でも今何をすべきか考えることが出来れば、あんなあほな話にはならないはずだ。
まあそんなことを始めたら、今のテレビで責任持たずに適当にくっちゃべってるアホコメンテーターの居場所がなくなっちゃうので全力でつぶされると思いますがね。
あれからtwitterなどを経由してKanon問題とかいうのを中心に
いままで知らない世界をまわったりしてずっとモヤモヤしてたのだけれど、これですごくすっきりした。
あくまで個人的には、だけど。もちろん違う人の意見は尊重する。
http://ueshin.blog60.fc2.com/blog-entry-183.html
回想や思い出から若くして青春を捉える思考法って、なんか人生まちがっていると思うんだけどなぁ。そりゃあ、老人の人生だ。
この物語は愛する人の死によって、愛することの大切さや命がけの愛があぶり出されるわけなのだが、
私はどうもドラマという虚構に、死という壮絶さはいまいちフィットしないと感じるというか、虚構の死には没頭できないようになっている。
われわれは「虚構の埋没」を笑った世代である。
愛の別れはせいぜい空港どまりだった。いまの世代は虚構に埋没して、冷めた距離をおかなくなっているのだろうか。
死を笑ってはならないという神聖不可侵性を、物語にあたえるのである。
たしかに軽薄で、深みのない物語はもうたくさんだという気もするのだけど、
感動をつくれるからといって、死を乱発するのも問題だろう。
あくまで私はこれで納得した。
その上で、ゲーセン少女を素晴らしいと言ってる人の感覚をあえて理解しないことに決めた。
これでもう決着。
結局私は自分自身がどう思ってるのかがちゃんと言えれば満足だったわけで、
他の、自分と違う考え方をする人には興味なかったんだ。残念だけれど。
「ゲーセン系」の議論は一通り出たと思うけど、同時に引っかかった点がある。
ゲーセン系の話に噛みついた人はあくまでも「泣ける」と安易に感動した人に向けられたものである。
それを「感動しちゃ悪いんですか!?」って逆ギレしていた感じ。
確かに個々の感じ方は様々でいいけど、安易に「面白い」「つまらない」を言いすぎる風潮があるかもしれない。
「ここの〇〇が面白かった」「あそこはよかったけれども、この点がよくない」とか
一人一人が根拠を持っていればあそこまで大きくなることもなかったとは思う。
要は「全肯定」か「全否定」かしかないから溝は埋まることはないってわけ。
ただ、物語の読解力や全体を見る力は全体的に低下しているのかもしれない。
圧倒的に「自分が理解できない=つまらない」だと思っている人が多い。
それはあくまでも「個人」が理解できないものなのに、「全体」が理解できないと思って
感想レビューに「最悪。見る価値(読む価値)なし」とか平気で書き捨てるのはどうなんだろうと思う。
それも「全肯定」か「全否定」しかできないから起こる現象なんだろうか。
その流れでよく言われるのが「起承転結がなってないから最悪」という言葉。
確かに物語の基本は起承転結かもしれないけど、必ず起承転結があるとは限らない。
それをまるで鬼の首をとったかのように言い張るのはどうかと思う。
作文も起承転結、小説も映画も全部起承転結じゃないと理解できない頭になってるんじゃないだろうか。
頭に「結」を持ってくる論文が書けないという子も、「起承転結」に囚われてるんじゃないだろうか。
それもこれも「全肯定」か「全否定」かしかできないのと関係があるんじゃないだろうか。
そこまで真剣に考えている人が少ないなら少ないなりに何らかの傾向が見えたらと思ったけれども
http://lingmu12261226.blog10.fc2.com/blog-entry-138.html
まず、自分の意見が正しいか正しくないか(合理性)だけしか考えてないですね。自分の意見はこんなに正しいんだーってことを強弁するだけ。
さらにいえば、正しさだけにこだわるのは、「正しいかどうかは人の立場や物の見方によって変わる」ということが全く理解できてないってことでもある
要するに、自分にとっての正しさを、延々と立場の違う他人に受け入れろ、という議論を展開するわけです。
この人はもう手遅れとして、これを悪いケースとして、幼稚な意見の述べ方から脱出する方法を考えましょう。
仕事をする時、物事を動かすときに最も必要になるのは何か。2つあります。
もう一つはものごとについてのメリット・デメリットを両方考えてみる事です。
相手のことを考えてみるといってもこういうのは違います。
「この会社だけでなく、色々な企業を見てくださいね」と優しく就活生に語りかける癖に、実際には「手書きのエントリーシートだと時間がとられて、他の企業の説明会に参加しにくくなる?いやいや、本当にうちの会社に入りたいなら手書きででもエントリーシート書けるでしょ?さっさと書け」というようなメッセージを就活生にぶつけている。これでよく「社会人」を名乗っているなと常々思っている。自分の会社に応募してきた学生すら苦しめてるくせに「社会のために頑張って働いてます!」というような善人面はしないでいただきたい。
これは自分の考えを押し付けているだけです。真剣に考えて見た結果がこれならまぁ、そういう思考をする人がお似合いの舞台で頑張ってください。
こういう思考をもてる人間であればほんの少しかんがえただけでわかることですが、
企業側には手書きの履歴書には合理性があります。 デメリットもありますがそれ以上に効率が良い部分が大きい。
そして、学生側でも「レベルが低い学生であればあるほど」効率性が悪いどころか大きなメリットがあります。
そういった点とデメリットを比較して、デメリットが大きい人達を探していきます。
・考えなしにバカスカエントリーして一日2つも3つも対応しなければならない企業がある人
・履歴そのものが自分を雄弁に語ってくれため、デジタル情報で一切構わない人
・ドラッカーのように字が致命的に汚く、どれだけ努力しても直せない人
・毎日mixiやtwitterや社会人批判のブログに時間を費やし就職活動に割く時間が足りない馬鹿学生
くらいでしょう。この人達をいかに核にして、そこから浮動票をうまく巻き込んで物事を変えていくか考えないといけないわけです。
togetterで時々この話題になった時、多くの人を巻き込んでいるのは「履歴そのものが自分を雄弁に語ってくれため、デジタル情報で一切構わない人」のタイプの人ですね。
彼らがそう言ってるから自分もなんとなく手描きは大変だし反対だ、位の学生が多いですが、扇動されているにも気づかないとかお馬鹿さんですね!
業界全体として、「手書きの履歴書が悪い」などという乱暴な理論は到底当てはまりません。
少なくとも、合理性や理屈の名において、この件を変えようと思っているのであれば、それは阿呆だと言えます。
できるだけ議論の対象を具体的に絞る、そしてできるだけ数で語る。
実際にアンケートをとって、どの程度の人がそれを望んでいるのか確認する。
まずは選択適用から推進して、手書き履歴書を望む人が少ないため採用に不都合が出ることを証明できればいいのです。
あと、本当に心の底から思うんですが、履歴書ってそんな大した話ですかね?
企業に不満を持つにせよ、もっと大事なところに疑問を持ったりしないの?
頭の良い人が、企業の問題を本質的に掴んで、そこに人を巻き込むためのわかりやすい切り口として履歴書問題を取り上げるってのはわかる。
でも、特にそういうことを考えてない人が、ドヤ顔で履歴書問題について論じているのを見ると、怒りと言うか憐れみすら感じるんですが。
ごめん、偉そうなことを書いたけれど、俺の説明ダメダメだわ。
http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20120126
言いたいことは全く同じなんだが、説明のわかりやすさのレベルがぜんぜん違う。
抽象化しつつ、プロセスとSHは詳細化しろって、言うやすし行うは難し。
私は抽象化はできるけれど、それと並行してプロセスとSHを分解するってのができなんだ。
このくらいの説明がすっと書けるようになりたい。
夜中に泣きながらはらはら書いた記事でしたが,
コメントをいただき,読んで,少し気持ちがラクになりました.
>「一生懸命やるのはそもそもイヤだから、ダラっと働ける場所を目指す」
というのが,いまの気持ちには近い気がします,
ただ,もしもうまく行くなら,そのうち仕事が楽しく思えてきて,
>「自分の一番とんがった能力」を「自分のやりたいことの上で」
に近づいていけばなぁ,と,なんとなく思います.
公務員や学校教員になればよかったのかな,という思いもありますが,
「逃げかな?」「いまさら遅い?」と,真剣には踏み出せないでいます.
頭では,
「なんとかなる」「失敗する気でやればいい」
「なんとか卒業して,なんとか就職して,だめになって2年でやめたらいいじゃない」
と思うものの,
高いプライド故なのか逃避癖なのか,
「就活いやだ,研究いやだ,生きていけない,死にたい」と考えてしまいがちです.
(なんかまぁ,根本的に,考え方に難がある気もしますが...)
はぁ.生きるのつらい.
#吉田寅次郎の思想#
・「ことは長州藩内の問題ではない。寅次郎個人の問題でもない。一藩の軍学師範が約束を違えることは、長州が満天下に恥をさらすことです。最大の不忠なのです!私人としての寅次郎がどうなろうとも、私は公人として立派な行動を取らねばなりませぬ」
・「僕は気が狂っているかもしれません。しかし狂うぐらいに行動して初めて道は開けるのです。家族にも私の突き進む道を見ていただきたい。きっと褒めていただけるはずだ」
・愚かな人間とは自分の信念を曲げてしまう男のことです 自分で一旦決めたことなら生涯をかけて貫かねばなりません
・金子くん、使命を見失ってはいけません 私達が守ろうとしているのはあの人々の平和な笑顔です
私も一瞬君と同じ気持ちになりました 我々が命がけで苦労をしているのに、と
のうのうと遊ぶあの庶民に怒りが込み上げそうになりました。
しかしだからといって、彼らも苦しまねばならんと思うのはトンデモない誤りです 驕りです!
私達が守るべき庶民が愉しむ姿に怒りを覚えるのは本末転倒であります
何のために戦うのか それを忘れてはなりません それが武士なのです
自らの意思で死地に飛び込むのが武士なのです 我々は決して「戦ってやるのだ」などと思い上がりをいだいてはなりません
逆に、どれほど苦しかろうと事情があろうと、戦うべき時に戦わずのうのうとしている武士を許してはいけません
・我米国に渡らんと欲す!我米国に渡らんと欲す!我米国に渡らんと欲す!(投夷書)
・密航計画が幕府に知れるのは時間の問題。ならばその前に自ら名乗り出よう。
「逃げ隠れしたと思われては僕達の誠実さが伝わらない」死刑を覚悟で密航を企てたとわかってもらわねば役人の心を動かすことはできない。
私から何かを説くわけではない。私の姿を見せるだけでいい。
命をかけてこの国の前途を憂えている人間がいると知れば、その人がまた真剣にこの国を考えるようになる
そんな人を増やすのが、これからの私の使命だ、喜ばしいことではないか
私は無理だったが、その人達が私の夢を継いでくれる 絶望などないさ
僕は誓って悪いことはしておりません 命を捨てて貴国の船を訪ねたことはいまでも英雄的な行為であったとおもっております
まさかさらし者になるとは思わなかった
この状態では悲しい顔を見せればそれが他の理由でも人々は僕をダラしない、情けない罪人だと思うでしょう
といって怖い顔をしてもニコニコ笑ってもトンデモなくふてぶてしい悪漢だと思われてしまします
だから僕はどんな表情もできない… まだ英雄であることに慣れていないのであります・・・
「我が国の祖法」とおっしゃるが、
我が国の歴史を見るに、学問文字仏教儒学すべて海外より伝来したもの
そもそも聖徳太子はるばる波濤を越えて隋に試写を使わされ それが遣唐使となりて交流が栄えたところから始まっております
これは三代将軍の御代 寛永年間に起こった島原の乱に原因を持つ非常時の措置にほかなりません
二百余年を過ぎてなおこれに執着するのは弊害のみが多く国家発展の妨げとなり
神奈川条約が結ばれた今、鎖国は事実上死文となっているのではありませんか?
徳川幕府そのものがすでに町民中浜万次郎くんを直参に登用し重用されているのですよ
本年よりは急ぎ多くの優秀な若者を外国に送り、異国事情を学ばねばならぬ時ではありませぬか?
→幕府側の対応「自首してこなければこんな問題起きなかったのに」w
「以蔵、怒る!詳しく怒れ!何に、どういう訳で怒るのかをよくかんがえて怒らんか!」
「以蔵、お前の言うとおりだ、わけのわからん上の勝手なカラクリでわしらはすきにされてるんだ。お前のおかげで分かったぞ!」
「エライ人も偉くない人も同じだということを教えてくれる人が偉い人なんじゃ」
「以蔵、もうすぐ世の中は変わる。お前も何でもやれる時が来る。だから短気を起こすな」
→刀振りかぶってる相手に両手広げて真正面から抱きついてくる人間は斬れない。お前には負けた
#日本が勝てない理由#
それぞれの藩が自分の持ち場だけで戦う よそが買っても負けても知らぬ存ぜず それで勝てるわけ無いだろう!
藩が互いに連携を取らなければ作戦すらタテられないというのに 各藩が共同戦線を組むのは幕府が禁じている
各藩が仲良くなったら将軍家より強くなることを恐れている 幕府は馬鹿か!
目の前に巨大な敵が出現しても各藩は互いの顔色を伺い前の敵より後ろの将軍家に睨まれるのを恐れている
結局江戸湾防備にしても 形だけのことしかしない 幕府も各藩も、国が消えれば全部なくなってしまうのに自分のことしか考えられない
こんなことではこの国は他の国と戦争なんかできない この国を変えなきゃどこにも勝てない!
この国を何とか一つにまとめなければすべてが滅びる
#日の丸の旗の話#
海軍の創設に際して、薩摩が強く主張し、幕府が反対した日章旗であるが、
幕府が日の丸を掲げ、錦旗を掲げた薩摩は日の丸を賊軍として攻撃目標にした。
以来戊辰戦争のあいだじゅうは日の丸は皇室に背く悪の象徴として、官軍の手によって踏みにじられ引き裂かれ焼き捨てられたのであった
#大災害が起きても、大飢饉が起きても、幕府が地方を支援することはない#
安政東海地震 M8.4 五ヶ月前に安政伊賀地震、翌日に安政南海地震、一年後は江戸直下型地震
しかし幕府には蓄えがないし、そもそも幕府は他の班を助けるという発想自体を持たない。
たとえば天明の大飢饉の際には、白河藩は餓死者ゼロであるのにたいし、付近の岩手藩は最も餓死者が多い結果になった。
これをみても、徳川が日本代表や支配者などではなく、ただの一番強い藩でしかしかなかったことがわかる。
この不安定さのせいで、思想の取締や、政道への口出し禁止、参勤交代で外様藩の力を弱めるなどの措置が取られたわけで
どうせなら、徳川家が名実ともにもっと強大な支配者として君臨していれば、話は変わったかもなー。
#開明の志を持っている藩は多いが・・・#
薩摩藩を筆頭に
越前福井の松平春嶽、下総佐倉の堀田正睦、水戸の徳川斉昭など。
お互いに競争をするのはいいが、みんな自分の班のことしか考えていない。
私は攪拌の江戸湾警備をこの目で観てつくづく情けなくなった。
三百も藩があって、それが互いの垣根を取っ払って力を合わせ、西洋列強に立ち向かう方法はないのか?
→薩摩の西洋化にした所で所詮一昔前を追いかけているに過ぎない。
イギリスやアメリカの最新兵器に比べればおもちゃのようなものよ。
攘夷も開国も、どちらも無理なんだ。このままじゃどっちにしろしてやられる。
しかし、やつらは数百年ずっと相互貿易で文明を発展させ富を蓄え、その力で東洋へ次々と乗り出していった
そんな連中を相手に 訳もわからず国を開いて交易を開始してもいいように食い物にされる。
だからまず船だ! 一隻でもいいから最新鋭の蒸気船を購入するんだ。
http://anond.hatelabo.jp/20120122164816
私も笑うことはとてもいいことだと思う。時には無理したって笑うことだって必要だと思う。
楽しいから笑うんじゃなくて、笑うから楽しいって言葉もあるしね。
だから、あなたのように、個人が自分の判断で意図的に笑おうとするのは素晴らしいことだと思う。
ただ、私がキにしてるのはもう少し深刻な人たちです。
こういう意図的な笑いがあまりにも頻繁に必要なのだとしたら、ちょっとそれは自分を見直す必要があるし、
まして笑いたくないところで笑いを強制されるような場があるのではないかと思ってるんですよね。
無理やり笑うって結構しんどいと思うんですよ。しんどいかこそ価値があるんだと思うけれど
あんまり頻繁にやってると、身体の根っこの部分がくたびれるような気がしてます。
富樫の話はオチです。
人のことは批判してながら、結局自分もそうやって笑ったりワクワクするきっかけを求めてる。
で、それはそれでいいじゃないか、と思うんですよ。
それが仕事じゃないから、現実じゃないから、小説じゃないから、良い作品じゃないから、ステマだから、
批判しようと思えばいくらでも出来ますが、本質は全部一緒でしょ?
要するに、みんな何かで感情揺り動かしたい。自分が生きてるって実感を得たいわけじゃない。
そう思うと、何か親しみを感じます。愛しい気分にすらなります。
自分は理解出来ないけど、他の人はとにかくわらをもつかむ思いで恋空とかゲーセン女とかもしドラとかをその日の自慰に使うんでしょう。
そして、お互い賢者モードになってから話をしましょうよ、と思ったり。
眠れないから安酒を飲んで、くたびれるまではしゃいで、くたくたになって、
何かに追われるように、自分を追い詰めるようにそういうものにしがみつくのはやめたほうがいいと思う。
不安で神経が高ぶって眠れぬ時には、おとなしくクスリを飲んで寝ることです。医者に相談すべきです。
根本的に治したいなら、安い話を読むのをすっぱりやめてセルフヘルプの本に真剣に取り組むべきです。
孤独のグルメの例のセリフは、本当に自分にとって真理だと思う。
http://anond.hatelabo.jp/20120119004000
真剣に子供と向き合って、真面目に注意しているだけ。自分の感情を包み隠さず。
でも、学童期になると、そうはいかない。何せ、学校で話される言葉の9割は「これがこうしてこうなったからこうなる」といった理詰めの話。だから、これから3歳、4歳と年齢が上がるにつれて、「理詰めで話す」ことにも慣れさせていかなくてはならない。でないと、小学校に入ったとたんに「先生、何言ってるのか、わかんないよー。わあああん」となる。
つまり、3歳までは感情に訴えて、3歳過ぎた(幼稚園に入るころね)ら、理詰めの話を織りまぜていく。
それが役割分担ってやつだ。がんば。
経済格差の問題らしい。
牛丼屋やコンビニのバイトは、日本人にとっては学生の小遣い以上にはならない。
塾講や家庭教師の口を見つければバイトに励んでる奴が馬鹿に見えるほど稼げる上に、自分も復習がてらの勉強ができる。
最高の働き口だ。
「アイマス動画の全部のアイドルにランキングを付けるとしたら下位になるだろうな
しかしそれはアイドルとしての話だ。動画としての使いやすさとは違う。
貴重なツッコミ属性だし、本当は男なのに女と誤解されるというネタにもなるし
シリアスや男前なところも見せれるし、ボケを止めて話を進めてくれるし
会話シーンでは必須といって良いレベルだな要するに適材適所ってことだ。」
ポルナレフさんなみの過労ぶりですなぁ・・・。人材の真剣な枯渇。あまとうさんではダメなんですか?(ダメです
なるほど、好かれるキャラというよりは、実用的なきゃらなのね。
まぁ確かに女ばっかりで2828動画を作ると、コアなファンにはバカうけだが
やれ私の好きなカップリングじゃないだの、百合きめえだのうるさいし、
ヘタレ男というのは、女主体の会話を作るさい、本当に「作り手にとっては」便利なんだろうな。
「第一、可愛い女の子にいじられたり蔑まれたり脅迫されたり見下されたり振り回されたりって、
これ全部ご褒美だろ、と私は本気で思っている
私が変われるのなら本気で変わってくれと思っている。
まぁ涼は涼で他の人に代われるなら変わって欲しいと思ってそうだがな。残念だが次元の壁は極めて高い」
※ツイッターからの流れで書きました。偶然ご覧になった場合は意味不明だと思いますのでスルーしてください。
では、昼間の河野さんの記事について、思うところを申し上げます。
「どっちが正しいか勝負しましょう」なんて気はありませんので、ひとつの意見としてお読みいただければと。
まず前提をいくつか。
1 ご承知とは思いますが、当該記事 marketingis.jp/archives/1594 の内容にのみ異議があり、河野さんご自身の人格や存在を否定する意図はありません。もしそう取れる発言があればお詫びします。特に河野さんが気にされたツイートは、確かに非難のニュアンスがこもったものになっており、あらかじめお詫びいたします。
2 ツイッター上では実際の知人友人もいらっしゃいますが、好き勝手なことを書きたいので、一応は匿名でやっております。「いや、直接連絡を取って口頭で」ということであれば、別途ご連絡申し上げます。
3 私は企業のサービス企画の人間で、以前はネット広告を担当していました。物書きではありませんので、文章の質についてはご勘弁を。また、ダイレクトマーケティングの経験しかありませんので、産業全体については私見を超える言及はできません。
以下、本文です。
まず、お気に障ったと思われる「終わった教」についてですが、もちろん、タイトルの「4Pの時代は終わった」についての言及です。
ここは批判というよりも反射的な嫌悪感がありました。
「○○は終わった」「これからは○○だ」「201X年は○○が来る」という言葉で危機感を煽ってコンサルだのセミナーだので稼ぐ方がいますが、反射的に「またか」と思ってしまったための言葉です。私は河野さんをネット上の断片的な上方しか存じ上げないにも関わらず、勝手にそうした類だと分類してしまったことは軽率で、たいへん失礼いたしました。
本文について。
私には4Pが終わったという意見(表現?)には同意できません。記事を拝読しても、終わる終わらないの問題ではないのではないかと考えます。
少し具体的に。
記事中で“ひとつは「バランスが崩れた」こと、そしてもうひとつは「Pが増えた」ことです。”と書かれていますが、この2つには違和感を感じます。
まずバランスについて。元々、4Pの要素間のバランスは均等ではないと考えています。
ダイレクトマーケティングでは商品が売れるための要素として「市場4:商品の良さ4:広告2」の比率であるいう考え方があります。ダイレクトマーケティングに長年従事してきた者としては、これは数値的にも実感的にも、実際にそうであると考えています。
通販的には、広告というのはあくまで受注を目指すものですから、4Pに置き換えれば、概ねプロダクトの方がプロモーションの2倍重要である、と考えられます。
他の業態を見ても、4Pがそれぞれ比較的等価に扱われてきたと思えませんし、業種や手法によって比重は異なるのではないでしょうか。
ならば、その比重の変化を4Pという考え方が終わる終わらないという話につなげるのは、少し無理がありませんか?
プライスの比重が高くなっているというご意見には異存ありませんが、安売り競争とは別の次元で成功する企業も少なくありません。
4つの要素の比重の変化そのものが当然であるならば、プライスの重要性の向上という現象は、4Pという考え方そのものの有効性には無関係であると考えます。
次に、セス・ゴーディンの引用に河野さんが加えられた「P」のリストですが、「Philosophy」以外は、従来の4Pを構成する要素のひとつ、あるいは4Pとは元々異なる切り口で語られていること、ではないでしょうか?
前者であれば4Pを深掘りしたことになりますし、後者であればそもそも4Pでは除外された考え方ですから、これらも4Pそのものの否定には繋がらないと考えます。
ただ、「こういう要素が重要だよね」という意見表明であれば、なるほどほとんど同意です。あ、ほとんどと言ったのは、全部について熟慮していない程度の意味で、一部同意できないことは意味しません。
ご存知でしょうが、マーケティングは色々な構成要素が複雑に絡み合っていますから、1つの切り口で都合よくすべてを考えることのできる方法はありませんよね? 4Pもそれらのひとつに過ぎず、終わった終わらないという意見は適当ではないと思ったわけです。
で、最近の「終わった」「来る」に辟易していたところに、河野さんの記事を拝読し、反射的に軽い気持ちで陰口を叩いてしまった、という次第です。
最後に。ツイートで言いたかったこととは離れますが、糸井さんの件も気になりました。
糸井さんの広告観ですが、「この広告でどれだけ売れたかとか、そういうことじゃない。俺と組んだら一回遊べるぜ、ってこと」(要約)という、広告そのものに価値を置いた考え方でした。これはなぜか10年以上前にプロレス雑誌に掲載されていた糸井さんのインタビューでの発言なので、ご存知かどうかわかりませんが。
こうした広告観に立てば、いま売れてます、というコピーは確かに広告の“文化的”な意味での衰退とも取れます。少なくとも糸井さんは楽しくはないことでしょう。
が、これがプロモーションの相対的低下を意味するとは思えません。だったら「いま売れてます」的なコピーでプロモーションすればいいし。嘘や違法は論外ですが、これまでのメジャーな広告手法が仮に力を失っても、他の方法はあります。企業の担当者や意欲ある広告会社の方は、そこに真剣に取り組んでいますよ。
「もっと良い案を出せないのに何が教授だ」「代替案出せなかったんだから教授の負けだろ」と言いたい人の気持はわかる。
でもそうじゃないんだよね。少なくとも、そういう返答を真剣に求めているなら、
橋下さんはあのテレビ番組じゃなく別の場を要求すべきだった。いや、どうせわかっててやってるんだろうけど。
いやいやいやw
学者側が「市長、市政について私から献策があります!聞いていただきたい!」って市庁舎にやって来たのを
テレビ番組に引きずり出して叩きのめしたっていうなら
それは「橋下酷い奴だ」ってことでいいけどさ。
そうじゃないじゃん。
橋下が相手としてる学者達って
彼等自身もメディア使って橋下を叩いてきたよね。
凄惨な惨敗という結果になっただけじゃん。
それをああいう結果になった途端
学者側こそ「真剣な答」や「代替案」なんて用意する気なかったじゃん。
あの人達は「ハシズム」とか「子供市長」とかアホみたいなこと一杯言ってきてるんだよ。
(本当にメディアプロレスがいかんと思ってるなら、橋下を非難するのと同じぐらいに
今回ボロクズになってる学者達にも批判を加えているべきだよ、あなたがたは。)
http://anond.hatelabo.jp/20120116194259
そういうやり方したことがなくて、真剣に市政についての代替案を持ってて具申してきた、っていう学者がいるの?
…って言ったら、いっぱいいるだろうね世の中には。そっちの方が多数派だ。
それを橋下がテレビプロレスに連行してボコボコにしたなら、それは凄く酷い話だと思うよ?
でもそうじゃないんだもん。
志が高潔なゆえに、敵の邪悪な戦法にやられたみたいな言い方は
今まで橋下プロレスにやられた学者は高潔でも真面目でもなんでもない、
純粋に弱かっただけ、ただの敗者だよ。
学者の中で一番プロレスが得意かつ人格が俗悪ゆえにメディアに出てきたという
学者の中でもマジメでマトモな学識で一目置かれてる、
今回は相手がずっと格上のプロレスラーでギッタンギッタンにされたというだけ。
こんなの少しも同情する必要なんか無いし、
勝負は全く公正公平だった。
アンフェアな勝負だったって言ってる人は
要するに「橋下が勝ったからアンフェアだ」と言ってるだけでしょ。
今回ボロクズになった学者プロレスラー達こそこれまでの仕事の中で、
プロレスラーでもなんでもない相手に一方的に好き放題なこと言ったりやったり
そういう”アンフェア”な実績がたくさんある筈だよ。
彼等が有名になるまでに。
イメージ的な攻撃やレッテルや変なあだ名をどれほどやってきてる?
自分達はあらゆる反則殺法をやっていいけど
市長が得意技の弁舌やテレビ慣れを使うのは許されない卑劣なの?
そんなアホな。
あなた達の中の「真面目な議論」「建設的な議論」を求める資格がある人の割合はどれぐらいだろうか。
番組を見てて、
個人的には橋下の露骨な嘲笑とかワンサイドゲームとかに嫌な感じがしたけど
あれは「橋下の方がが卑劣だった」んじゃなくて「橋下の方が同じ道の熟達者だった」だけ。
本当にまともで真面目な議論なんてものを望むならまず
あなた達にそれが出来るかな。
まずタイトルについて。
まずこれは議論じゃなくて政治の進め方として何だけれど
「1つしかルートを持ってない人が政治をやる」というのは危険過ぎる。
最善ではなくてもプランB,C,Dを考えるまではして欲しい。
橋下さんはまずそれを考える手間をちゃんとかけたのか、と問いただすと「文句があるなら代替案を出せ」という人がいる。
「より良い改善案」が提示できるって事は、とうぜん現場をきちんと把握してる必要があるだろう。
机上の空論などではなくね。
改善案が理想論なのは全然許せるが、「問題も対案も空論」では話にならない、「問題も対案もきちんと判っています」と言えなければダメだろう。
「現場を知らない」程度で封殺されるなんて、お粗末も良い所だ。
絶大な自信で「私は把握している」と返答できなきゃダメ
代替案は別に最善でなくても良い。今の案の問題点を検討するきっかけになるだけでも価値がある。
「ダイタイアンガー」という人の難点は、ろくに考えてない奴に限って行動が大事とか言い出すこと。
こういう人は、最初は威勢はいいのだが、一度行き詰まると急速に失速する。いろんなルートを考慮していないから。
そして、この時に自らの正当性を維持しようとして強権政治になる危険が高い。これは歴史的に何度も繰り返されてきた。
こういうのは非常に困るんですよ。
「もっと良い案を出せないのに何が教授だ」「代替案出せなかったんだから教授の負けだろ」と言いたい人の気持はわかる。
でもそうじゃないんだよね。少なくとも、そういう返答を真剣に求めているなら、
橋下さんはあのテレビ番組じゃなく別の場を要求すべきだった。いや、どうせわかっててやってるんだろうけど。
最初からその返答をまともに出せないような場を作っておいて、ちゃんとした返答ができないからオレの勝ちってのはインチキなんだよ。
だから結論部分だけパッというと「じゃあもっといい改善案出せよ」「ダイタイアンガー」になっちゃう。
ただ、教授側にも言い分はある。
まず相手がどこまで論理的な土台があるかを把握・合意した上でないと、どう意見を出していいのかわからない。
まどろっこしいと思うかもしれないけれど、アカデミズムってのはそういうやり方で成り立ってるんだ。
橋下徹さんみたいに、自分の意見を主張して受け取り方は相手に任せるってやり方じゃないんだよ。
それを橋下徹さんみたいに、話すそばから自分と関係ない土台で話をする。話をきくという態度が全くない、では
意見をだそうにも出しようがないんだよね。
池上彰さんみたいにわかりやすく話せる人もいるじゃないかと思うかもしれないけれど、
あの人は、自分の意見を言わないよね。彼は自分の主張を持たず、誰かがいった過去の話をわかりやすく整理するだけだからああやってスマートに話せる。
でも学者から意見を求めるなら、もっと時間をかけて聞かないと駄目だ。
ワイドショーの20分程度の枠で、しかも橋下徹さんが10分以上も喋って、と企画の時点で失敗している。
政治の世界、テレビの世界ってのはそういうやり方は通用しないぞっていう言い分はわからないでもないんだけれど、
じゃあ、彼は「アカデミズムのやり方には対応する能力も時間も無いので無視します。私以外のものに勉強させます」という態度を取るのが誠実だと思う。
今みたいに、相手が意見を述べる前提すら受け入れずに、言いたいことだけ言って、論破しましたってパフォーマンスはプロレスより悪質。
仮にも学者を呼びつけておいて、あの態度というのは、反知性主義の極みというしかないかな、と。(あーでもそれがますます指示に結びつくのかなー)
橋下徹さんが本当の意味で相手を論破したいなら、フジテレビBSのプライムニュースやUSTREAMの時間無制限方式でやるしかない。
とりあず爆笑問題の各教授に話を聞きに行く、みたいな番組のようにひと通り相手の思考プロセスを追った上で、そのプロセスに反論スべきだ。
自分の土俵で勝っても論破したとは言わない・・・のだけれどね。まぁ言ってもしょうがない。
とりあえず今回の放送でよくわかったのは、橋下徹さんは人の話を全く聞くつもりは全くなく、
反対派は力づくで、あるいは今回のようにイカサマをやってでも潰すという姿勢の持ち主だということ。非常に恐ろしい。
いや、まぁそれもささいなことだ。政治家ってのはもともと教養がない人種だからね。実学しか認めない人たちだからそこは期待しない。
それより私が心配しているのは、別に巷の学者の声なんかいちいち相手しなくてもいいけど、
とにかく最低でも一人は、ちゃんと理論を踏まえて、じっくり考えて意見を彼にアドバイス出来る人がいるのか、ということ。
「いかに相手の教授がヘボであるか」をいくら主張しても、橋下さん自身のアイデアが良くなるわけじゃない。
「学者の意見」や「代替案」を封じ込めて、代替案がないことをもって自分を正当化しても、橋下さんの考えが間違ってたら結局上手くいかないんだ。
上手くいかないものを、独裁という形で無理やりうまく行かせようとすると、最悪の結果しか生まない。
橋下さん自身が考えなくてもいい、むしろ彼は強く偏ったイデオロギーの持ち主だから自分の頭で全部考えようとしないほうがいい。
方向性を決めて、いいアイデアを求めて、それを判断すればいい。
ただ、今のところ、彼の実績を見ていると、
コスト削減に躍起になってるだけ、実学以外を軽視し、目立ちやすいところにはどんどん手をつけるが全体を見通す目がない、という印象を持つ。
これは橋下さんが自分で考えちゃってるってことなんじゃないかな、と。
別に彼がクソ教授だと思う人の相手はしなくていい。でも、嫌いな相手をあきらかにするのと同じくらい、彼が正しいと思っているものを
若い頃、高校を卒業する18歳から20代前半ぐらいまではいいだろう。まだ夢も希望も溢れてるかもしれないし、何かになってやる、何かをやりとげてやるといった自分に対する希望も持てるかもしれない。高卒や大卒で会社に就職という選択肢を選ばないでそのまま社会に出たり、自分探しするのも一つの選択肢かもしれないと考えられるだろう。会社に属さないでフリーランスで働く仕事も世の中にはたくさんある。
でも20代後半になってもその仕事で親から独立して生活できるだけの収入が得られなかったら?だんだん雲ゆきはあやしくなってくる。周りが結婚しだして子どもが生まれたというニュースもちらほら飛び交い、そんなニュースを耳にするたびにあせるようになる。結婚して家庭を持って子どもを育てるだけの年収って一体どれぐらい必要なんだ?その前に、一人で独立して最低限の生活をしていくにはどれぐらい必要なんだ?その質問はなるべく早いうちに真剣に考えた方がいい。年をとってから考えても絶望するだけだから。
そのうち30代後半になってくると、自分の身体にもガタがくるようになる。代謝が落ちて太ったり、成人病予備軍になったりする。ひょっとして病気になって入院したら?ガンになる可能性は?そんな不安を感じるようになる。その時に初めて、毎月安定した収入が得られることの強みを感じるようになる。身体を直すのには何はともあれお金が必要だから。ある程度の貯蓄があれば、或いは高い個人保険などをかけておけば、多少は緩和される不安だから。誰もがいつまでも若くいられるわけではない。いずれは年をとってしまう。そのことは当たり前だけど、若いうちにはわからない。気付いた時にはもう間に合わないこともある。
そんなわけで大事な大学新卒カードを捨てるのは、そういうリスクを考えた上で捨てた方がいいですよ。一度捨ててしまうと二度と手に入らなかったりすることが、生きていると結構あるのです。その時は大したことじゃないように思えても、年とった自分にとって必要だったかもしれない決断が。