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2017-03-29

http://anond.hatelabo.jp/20170329121942

焼きソバをおかずに白飯を食う関西人みたいだな。

関東出身で現関西在住の俺には、あの感覚分からん

知り合いの関西人は、ラーメンを食べるとき白飯を欲しがるんだ。

うどん炊き込みご飯なら分からなくもないけど、

炊き込みご飯味噌汁王道セットに、うどんが付いたと感じるから

ラーメンや焼きソバ白飯は、関西に何年住んでも分かるようにならなかった。

最後のバトルでテーマソング流すの

、すごい。

幾つものアニメゲーム映画でそういった演出体験してきたけど、王道ながら最高に盛り上がりますよね。

一体誰が考えたんでしょう? すごい。

2017-03-28

オルフェンズはかなりの駄作になりそう

鉄血のオルフェンズは1期からしっかり見ていたのだけど、終盤の展開がひどすぎて、最近は見る気がなくなってしまった。

アニメ系のまとめサイトストーリー展開だけを確認するようになってしまっている。

その理由は、ストーリーがあまりにお粗末だからだ。

1期では切れ者策略家という立ち位置だったマクギリスが別人のように愚者になってしまっていて、それに引きずられて鉄華団も落ちぶれていく、という流れになっている。

1期は老練な政治家革命乙女のために死力を尽くし、若者たちが最終的に成功を得られるという王道展開で楽しめた。

しかし2期ではこれとは展開が真逆になっていて、まったくおもしろくない。

主人公たちが失敗する結果にするのであれば、最善を尽くしてもなお及ばないものがあったのだと、視聴者を納得させられるだけの説得力ストーリーに持たせなければならないと思うのだけど、2期では全然それができていない。

ただ不幸な結末にするために、登場人物能力劣化させるのはかなりの悪手で、見ている方からするとイライラさせられて仕方がない。

滅びの美学表現するにはかなりの力量が必要なのだけど、この作品製作者たちにはそれが欠けている。

下手にひねらずに、若者たちの成長譚として描ききった方がまだ面白かっただろう。

ぼくの考えたシリアス展開とピンチ展開の違い

シリアス展開:伏線などがあまり無く、物語の起伏とした多少の急な感じがあり時には世界観を壊すような役割を果たす。登場人物世界観見方が今まで描写されていたものからガラっと変わるような突然さがある。物語の起伏として例えるならこれのσ=1くらい起伏が急激。



ピンチ展開:伏線などがあり、基本的物語の本筋に沿っている要素が登場人物たちの前に脅威として立ちふさがる展開。物語の終盤付近に来ることが多く、それを登場人物たちが乗り越えたり乗り越えなかったりする。ハリウッド映画とかでもよく見かけるし、物語基本的フォーマットとなっている。これに例えるならσ=5くらいの物語としての起伏になる。




まり何が言いたいかというと、けものフレンズ最近の展開はピンチ展開であり、物語王道とも言える普通フォーマットに沿っているに過ぎない。

決して急に起きたことではないためシリアス展開や鬱展開とするのは誤りだと僕は思う

あれを「急に起きた変化だ」と感じるのは、いささか違和感がある。

2017-03-27

李徴「俺に!俺に人としての意識があるうちに!俺を殺せ!袁傪!」袁傪「ダメだ!俺にはできない!」

という展開は王道ではあるが、

なぜか一番記憶に残ってるのは小学生の頃に読んだ角川の「ロマンシア」という漫画なのだけど、

あの作者は間違いなく天才の部類の作家なのだけど、

あんまり開花しなかったなあ。

いまどうしてるんだろう

 

あの時期の角川のロマンシアザナドゥは捨てられなくてどっかに持ってる

そう言えばザナドゥは薄墨だったよなあ懐かしい

あの人もNeXT購入してなんかやってた気もするけど、どうしてるんだか

http://anond.hatelabo.jp/20170326234855

岳みんなの山のラスト誰得シリアスだったわ

まあ登山ものから百歩譲って許すとしても、その次のブルージャイアントジャズバンドもの)でも同じようなことしたのがほんといただけない

普通に幸せ王道でいいじゃねーかよ

うーん冒頭から考えてたのかもだけどやっぱりひどいわ

2017-03-22

おもしろければ『王道』と呼ばれ

まらなければ『テンプレ』と蔑まれ



力こそが正義なのだ

2017-03-21

http://anond.hatelabo.jp/20170321170903

島袋光年ちょっと昔の時点で『王道であることは既に物珍しい時代になってたらしいよ」

2017-03-17

ディズニーって「ディズニー王道」を時代に合わせてどんどん新しく書き換えてるんだよなあ

ディズニープリンセス恋愛」これすら捨てにかかってる

ラプンツェルメリダのメインは母親からの自立だし

アナ雪のアナ真実の愛=家族愛であってクリストフやハンスへの愛はメインではない

メリダ、エルサに至っては恋愛する相手すら出てこないし

最近の実写リメイクラッシュ作品の魅力は活かして昔の価値観刷新してやるって意気込みを感じる。

(やり過ぎだろってのもあるけど)

翻弄されるだけだったアリスは剣をとってハート女王を追い出し

一方的呪い被害者だったオーロラマレフィセント真実の愛を取り戻させる

「願えば夢は叶う」と幸せが与えられるのを待っていたシンデレラは「勇気と優しさ」を持って自ら王子に正体を明かす

シンデレラ王子側のキャラ掘り下げも良かった)

美女と野獣ベルは元からガストン夫人なんて冗談じゃない」って言い放つキャラだった

(強い男と結婚する事こそ女性幸せという価値観に逆らっている)

なのに最後王子普通に結婚しちゃってそのへんうやむやなんだよね

さらにはストックホルム症候群と言われてしまうこの作品実写化でどうなるのか楽しみ

オタク映画館SAOを見るよりモアナを見ろ

モアナ伝説の海、とにかく凄かった。

まりに凄すぎたので、とにかくこのホットな感動を伝えたいという衝動に突き動かされて今これを書いている。

もう本当に凄い。

クオリティという意味でもそうだし、面白さという意味でもそうであるし、何かもうこの映画の全てを総合して凄いとしか表現しようがない。

もう色々な人に出来る限り観に行って欲しいくらいに素晴らしい映画なのだが、その中でも特にオタク達に観に行って欲しいのだ、この映画を。

何故ならこの映画普段ディズニーアニメのメインターゲット層であるお子様達よりも、素敵なお姫様王子様とのラブストーリーに憧れる少女達よりも、大人になってもディズニーラブなお姉様方よりも、それらのどの層よりも、何より冒険と戦いと伝説勇者にいまだに憧れる馬鹿野郎共にこそ深々と心にぶっ刺さる熱い熱い熱い映画であるのだから

そう、この映画は大いに感動も出来るし、ハートフル気持ちにもなれるという普段ディズニー看板を全く偽ることなく、果てしなく広がる海を旅する冒険と、心を奮わせる激しい戦いと、熱き血潮と筋肉入れ墨をも同時に詰め込んだスーパーマッチョアクション巨編なのである


しかしこのまま熱く内容についても語り尽くしたいところではあるのだが、まだ公開して一週間も経っていない今そこまでネタバレしてしまうのは気が引けてしまう。

何よりこれを書いている目的はより多くの人にモアナを見て欲しいという気持ちからであるからして、そんな未視聴の人達から初見の感動を奪ってしまうのも忍びない。

なので、大筋のネタバレを避けつつ「モアナ伝説の海」という作品の魅力をいくつかピックアップして紹介していきたい。




1.ストーリーがいい

すでに巷では海のマッドマックスだのワイルドスピードだのと評判であるが、まずモアナは決してそんなインパクト重視な部分だけの映画ではないことを強く主張したい。

確かに途中から明らかにマッドマックスだし、終盤のセーリングバトルはまさしくワイルドスピードである

そういう面がモアナのわかりやすキャッチー面白であることは否定しないが、それらに劣らぬ魅力がそんな荒唐無稽描写を単なるパロディギャグで終わらせない骨太ストーリー展開にある。

序盤の展開を少しネタバレしてしまうことになるが、ここで軽くその一端を語らせて欲しい。



村長である両親や周囲の期待に応え、村を継ぐという自分の将来がすでに決まってしまっている少女モアナ

しかし同時に彼女は小さい頃から抱き続ける、海を越えて旅することへの憧れを捨てきれずにいた――。



ここまではディズニーでよくある抑圧されたプリンセスという構図であるが、モアナはここからが少し、いやかなりいつもと違う。



しかし、村長の娘として過ごす内に、彼女が暮らす島には徐々に異変が現れ始める。

・島の命が涸れていく――。

異変の原因は、今も口伝で伝わる神話の昔に起きたある伝説に原因があった。

伝説は嘘ではない。海へ出ることを夢見るモアナの唯一の味方である祖母は、島に危機が訪れた今こそ彼女真実を語る。

・島の先祖達の真なる歴史、そして島の中のとある場所封印された船達。そして幼少の頃より海に選ばれし者であった自分運命

・島に、いやこの世界全てに危機が迫る今こそ、少女は己の運命先祖から受け継いだ血に突き動かされて、封印された船を駆り、世界を救う旅へと出発する――!



これである。これがモアナの真の姿なのである

そう、もう完全に少年漫画なのだジャンプに連載されていても違和感がないほどに完全に少年漫画なのである

何だったら船をロボットに置き換えても通じる。

飄々とした老人が語る真実。選ばれし血筋運命。島に封印された兵器世界を救う旅に出る少女

まさしくロボットアニメ文法そのまんまである。そんな作品を見てみたいと思わないオタクがいるだろうか。

俺は見たい。そして実際に見た。凄い。この序盤以降も、もう本当に自分が望むままの血湧き肉躍る冒険活劇が繰り広げられるのである

そう、冒険活劇。まさしくモアナとはそれである

この時代ガッチリと、一分の隙も無く見事な、全く伝統的でブレることな王道を真っ直ぐ突き進む冒険活劇が見られるのだ。

それこそが、そんなストーリーこそがモアナ最大の魅力であると、自分はまず自信を持ってオススメしたい。




2.ラブストーリーじゃないバディものである

そして二つ目ポイントもそのストーリーに掛かってくる部分なのであるが、「この映画は全くラブストーリーではない」というところをそれとして挙げたい。

そうは言ってもディズニーで、一応プリンセス主人公なんだぜ? ラブストーリーじゃないなんてことあるの?、と思われるかもしれない。

しかし、安心して欲しい。

自分のようにモテない独身男が一人で観に行っても全く闇を抱えることがない程に、清々しいくらいにラブストーリー要素は一切ないのである。(一応カップリング的なものはあるが、あくまファンの受け取り方次第である)

前年度のディズニー映画ズートピア」も恋愛関係というよりはバディものに近い関係性であったが、モアナはそれよりも更にバディもの、なんだったら師弟もののような関係性となっている。

一応に一応を重ねて今作のプリンス立ち位置であるマウイというキャラクター存在するし、彼と二人でモアナは旅をすることになるのだが、映画全編通して二人の間には一切恋愛を匂わせるような心の交流存在しない。

しかしだからと言って二人の関係が薄いということは全くなく、冒険を通じてモアナという少女とマウイという英雄の間には友情のような、あるいは兄妹のような、あるいは師弟のような、固い固い絆が結ばれることになる。

そしてそこに恋愛というモチーフが一切入ってこないというのが、本当に爽やかで気持ちよく思えるのである

恋愛感情の一切無い男女のコンビというと「シュガーラッシュ」の例も存在するが、デフォルメの効いたキャラクター同士であるあちらよりも一人の人間としての形を色濃くデザインされた男女二人が恋には落ちないモアナはより珍しく映るだろう。

そしてそんな関係の二人だからこそ、シンプル恋愛だけでない複雑な魂の結びつきを感じる余地も生まれキャラクターとしての奥行きを生み出しているようにも感じられるのだ。

独身男の心を傷つけない優しさという点だけではなく、そういう作品的な深みを生んでいる意味としても、ラブストーリーでないということはかなりオススメ出来る点である個人的には考えている。




3.単純な悪役のいる物語ではない

これまたストーリーに掛かっているポイントであるが、個人的にもこのポイント独立したものとして強く推したかったので語らせて欲しい。

さて、ディズニー映画と言えば必ずわかりやすヴィラン(悪役)がいるというのが御約束である

時には極悪非道、時にはコミカルで憎めない、そんな多種多様ヴィランディズニー映画には登場するのだが、彼らはまた必ず物語最後には主人公達に打倒されるものでもある。

単純な小悪党というパターンも多いが、彼らは多かれ少なかれ作品内の歪みを体現した存在でもあり、彼らが単純に倒されるだけでいいのだろうかというモヤモヤを残していったりもする。

それをして作品に奥行きと考察余地を与えたり、現代における社会問題を反映させた構図としてみせたりするのがディズニー映画の一つの魅力ではある。

それは個人的にも長所ではあるとも思うのだが、やはり作品を見終えた後でいくらかの引っ掛かりや疑問を抱えたままになるし、それがあまり気持ちのいい感情ではないことも否定は出来ないだろう。

しかし、今回のモアナにはそれが一切存在しなかった(と、個人的には感じている)。

単純に歪みと闇を抱え、倒されるだけのヴィランというもの存在しないのである

確かにモアナ冒険の途中には、モアナ達を狙う敵達が登場したりはする。

しかし、いずれも己の信念、というよりは生き方に基づいて立ち塞がるのであり、憎み合う敵というよりは障害物に近いものとなっている。

そしてその全てが憎めなくてどこか面白い、魅力のあるキャラクター達となっているのだ。

からと言って、モアナという作品がそんなただ優しいだけの世界を描き、テーマ性の薄いものになっているのかというとそんなことも一切ない。

作品テーマ最後まで一本筋の通ったもの存在しているし、それは様々なことを深く考えさせられるものである

モアナを取り囲む世界も優しさに満ちていることは否定しないが、時にどうしようもない厳しさというのも十分に描かれている。

そして、この世界におけるこれまでのようなヴィラン体現する歪みというものは、モアナとマウイを含む全ての人物が己の心の中に持っているものとされている。

モアナとマウイは冒険を通じて自分の歪みと向き合うことでそれを打倒し、誰にも押しつけることなくそれを昇華する。

からこそ、明確なヴィラン存在しない物語というもの存在し得るのである

そして、そんな物語の迎える結末というものが、もう本当に、涙が出るほど清々しく、爽やかな気分にさせてくれるのだ。

何の引っ掛かりも疑問もなく、ただただ爽快感だけを残してモアナという作品は終わってくれるのである

単純なハッピーエンドではなく、みんながこれからも考え続けていかなければならない。確かにそういう作品大事だし、素晴らしいこともわかる。

しかし、たまにはここまで気持ちよく、優しい世界を描いた作品を讃えるのもいいではないか

さらに加えてこの作品プリンセスの不遇を描くに辺り、誰かしらや何かしらからの悪意が存在したりしないことも個人的には素晴らしいと思っている。

物語の序盤のモアナは抑圧された状況下にあることは確かなのだが、それは全て優しさと正当な理由があってのことなである

からこそ、モアナの旅立ちのシーンが本当に胸を打つものになっている。

そしてそれはプリンセスの生い立ちや状況だけでなく、マウイという存在や行く手を阻む様々な困難の全てに単純な意地悪や悪意だけで構成されているものがない。

そういった部分も、この作品の優しさと爽やかさと気持ちの良さを支えているように思う。

作為的な悪というもの存在しない点。それもまたこの作品における重要オススメポイントとさせていただきたい。




4.ディズニー渾身の映像

これについては今更自分のような者が語ることはないほど周知されていることだとは思うのだが、それでも今一度ここではモアナの魅力としてオススメさせて欲しい。

南洋の島々の楽園のような景色雰囲気

そして透き通るような美しさを持ちつつも精巧絵画のように鮮やかな色をも見せ、生き物のようにうねる、これがアニメーション可能なのかと驚愕しきりの海の表現

愛くるしくも時に凜々しいキャラクター達の活き活きとした表情と動き。

そして何より激しいアクション! グリグリと動きまくる格闘戦! ド迫力な神と英雄のバトル! 躍動する筋肉! 精緻美術設定によって作られた変態改造船舶

もう枚挙に暇がないし言葉も足りない程に美しくて活気に満ち溢れた、そして過激かつマッチョモアナ世界スクリーンの向こうには広がっているのだ。

なのでこれはもう是非ともディスク化を待たずに劇場へ足を運んで、ドデカスクリーンでこの映像美を拝んでいただきたい。

そのマッチョマッハアクションにはとてつもなく興奮することは間違いないし、そのあまりに美しい世界観に感動することもまた間違いがない。

特に予告編でも一部見ることが出来る夜の海を光る船団が行くシーンは本当に、本当に美しすぎて溜息が出るので絶対劇場で見て欲しい。

そして海のマッドマックスと呼ばれる所以たるシーンも併せて是非。いや、マジでスゲーのよ。




5.挿入歌の使い方が最高

これもまあ今更自分が語るようなことではないと思うのだが、それでもあまりに感動したので書かせて貰いたい。

とにかくこのモアナという作品劇中歌が強い。

劇中歌の強さで天下を取ったディズニー作品と言えば「アナと雪の女王」が記憶に新しいが、個人的にはモアナのそれはアナ雪に勝るとも劣らぬ力があると感じた。

その上で、更にアナ雪よりも強いモアナの要素として劇中歌が挿入されるタイミングがとにかく最高ということが個人的には挙げられると思っている。

アナ雪で一番有名かつ作品テーマソングともなっている「Let It Goであるが、実は劇中での使用は一度のみなのである

それもエルサが城から逃げ出して自身能力で氷の城を作り上げるという、映像的には圧巻の美しいシーンではあるのだがタイミングとしてはいまいちカタルシスを感じていいのか微妙な部分で使用される楽曲であった。

対してモアナにおけるメインテーマソングである「How Far I'll Go」は、作中で数回に渡って使用される。

そして、それは主人公であるモアナが悩む時、壁にぶつかった時に、己を慰めるように、あるいは鼓舞するかのように歌い上げるのだ。

この劇中歌の流れるタイミングと、ストーリー的なカタルシスの一致がとにかく素晴らしいのである。素晴らしいシンクロ具合を見せてくれるのだ。

そしてこのテーマソングが一度ならず幾度も使用されるというのもありがたい。

作中のシーンに合わせて幾つもの曲を書き下ろすディズニーにしては珍しいしそこを欠点に感じる人もいるかもしれないが、一つの曲を大事に使ってくれる今回の方が個人的にはより好みであった。

そして何より言うまでも無いこの「How Far I'll Go」という楽曲自体の素晴らしさ。

切なくも力強いこの曲のサビの部分は、何度も使用されてこの歌を覚えていくことで作品の後半に進む程により心を震わされ、感動させられる作りになっているように思える。

更にモアナ役の吹き替え声優である屋比久知奈さんの歌声もこれまた最高で、これがあってこそと思えるものであり、この歌声と曲が合わさる相乗効果は本当に言葉にならない。

そして無論、「How Far I'll Go」以外にもモアナには素晴らしい劇中歌の数々が存在しているし、それらの使い方も言うまでもなく素晴らしい。

特に「We Know The Way」という曲はこれまた複数回使用される曲なのだが、映像と力強いメロディーとを合わせて自分の中の冒険心というものをこれでもかとかき立てられる素晴らしい曲であった。

とまあ、とにかくモアナ劇中歌は「曲自体の素晴らしさ」、「それが使用されるタイミング」、「その曲を覚える程繰り返し使用してくれる演出」と三拍子揃ってとてつもない感動を与えてくれるものとなっているのだ。

そしてそれを劇場の迫力ある音響で堪能出来る至福といったらもう、是非とも映画館に足を運んで味わって貰いたい。それ程大きなオススメポイントである。というかモアナでも極上爆音上映とかないですかね……。




さて、以上が自分モアナという作品で素晴らしいと感じたポイントであり、オタク達にオススメするポイントである

いかがだろうか、正直書いてる内に止まらなくなって自分でもちょっと引くほど長くなってしまったが、それくらい情熱に任せて書いてしまえる程モアナという作品面白かったのだ。

なので、これを読んで少しでも食指を動かされた人には、本当に是非、すぐにでも劇場で観ていただきたい。

というか今すぐ観よう、今日レイトショーで観よう、明日レイトショーでもいい、休日は言うまでもなくモアナで予定を埋めよう。

自分もあと三回くらいは観るつもりである

誰に何を言われたからでも、観覧特典のような配布があるわけでも、ディズニーから金を貰ったからというわけでもない。

ただただあの優しくも熱い冒険世界をまた味わいに行きたいかである

そしてこれを読んでいる皆様にも、是非ともそれを味わっていただきたい。

純粋にそう願いながら、この文章をようやくここで終わらせることにしよう。

いや、やはり最後にもう一度。

オタクよ、モアナを観よう。絶対にハマるから





……


………


…………



……さて。おまけで、かなりネタバレになってしまうがもう一つのオススメポイントを書き残しておきたい。






6.特殊性


それは巨女巨女だ。

ディズニー渾身の映像クオリティで作られた巨女

巨女こそが女神の姿であり、自然であり、豊かな緑であり、巨女が島となり、大地となり、命を生む!

これこそまさしく地母神信仰の姿!!!

この映画は紛れもなく巨女信仰映画であり、子供達に巨女属性を幼い頃より刷り込ませ、更に一般的認知をも拡大せんとする目的で作られた映画であることは間違いがないだろう。

そう、巨女一般性癖!

みんなでモアナを観て巨女の素晴らしさを知ろう!

2017-03-14

イヤな仕事人生使うなみたいな浅いハナシをドヤ顔でしないで!

金のために嫌な仕事。辛い仕事

金曜日を待つ。

こういうのはよく外国人「悪」しますが、日本人はあまり「悪」とは自ら言ったりしません。外国人に言われて、ハッとすることはある感じ。

僕はこれは単なる国の文化の差であり、トレンドみたいなものだと思っています

何なら真逆意見の本もよく見るし、ビジネス本では王道でしょう。憂鬱でなきゃ仕事じゃない、とか、仕事こそ自分を磨く、とかとか。稲盛和夫的な。

まあ両極端な意見でどちらも正解だと僕は思う。その違いは「幸せは人それぞれ」ということくらいなんじゃないかなあと。

ホセムヒカも正解。稲盛和夫も正解。極端なだけ。金のために嫌な仕事をしてても幸せな人は、自分幸せにするお金の使い方を知ってる。金曜日を待って仕事をしても幸せな人は幸せな週末の生み出しかたを知ってる。そんで日本人は意外とこういう人がいる気がする。

この動画でも言ってますが、自分が本当にしたいことがしたいことは何か?をよく知り、そのために嫌な仕事をしているのならアリという考えが日本では主流ではないのかな。それも幸せの一つの形だと思う。

他人がどうこう言おうと、自分は今幸せか?ということに感度を鋭く持っておきたいと思う。

てか、イヤな仕事を誰もしなかったら誰がその仕事をするんだよ。意地悪な捉え方をすると、自己中心的な話だな、と思ったりもするんだよ。

2017-03-06

高学歴によるSAO劇場版感想ネタバレほぼ無し)

序文: 私は所謂俺TUEEEE】が嫌いだ。

主人公が画面の中で無双しているのを自己投影することで、リアルでは弱い自分を忘れて気持ちよくなるだけの虚無な行動。

あんなのはただのオナニー自己満足であり【俺つえー】アニメを見て喜ぶのは猿の知能レベルとなんか変わらない。

最近話題に無理やり絡めると、けものフレンズを見てIQが溶けて喜んでいる人たちもいるようだが、脳細胞破壊されて喜ぶ人たちの気持ちがわからない。

SAO職場アニメクラスタと話を合わせるために1期2期共にほぼリアルタイムで視聴した。

内容はそこそこには面白かったが、主人公キリトの【俺TUEEE】要素はあまり好きになれなかった。


今思えば魔法科高校の劣等生司波達也蘇生したあたりで萎えしまったし、テニスの王子様越前リョーマ無我の境地相手の技をコピーし始めたあたりでギャグ漫画として捉えるようになってしまった。


長い前置きとなった。感想を書いていこう。



一言で言って最高の映画だった。

最終盤、ラストバトルでの盛り上がりは涙無しでは見られなくて汗や鼻水、他にもいろいろなものが出てしまった。うんこも漏らしたかもしれない。

クライマックスにおいてスパロボテイルズアメリカ映画の良いとこどりをしたような王道中の王道展開。

そしてキリト最初弱かったのに強くなって最終的に【俺TUEEEE!】をする圧倒的な快感、開放感。

細胞が溶ける楽しさを知った。

俺TUEEEE!!!!!!】がこんなに気持ちいいものだとは・・・

これはもう麻薬といっても過言ではない。元の思考回路には戻れないかもしれない。

援交男&女の分類・あるある書き捨てる

実際にやり取りしたりネットウォッチしたりのあるある

  

援交男あるある

・実際に会う気はない暇つぶしの冷やかし目的

 女が会う気になるまでは紳士的に振る舞うが、話が進まないと豹変し、暴言吐きマシーン化する。暇つぶし目的のためか、援交男も女も異様に見下している奴が多い。

女の子とヤりたいけどプロ風俗嬢は嫌だよ男

 スレてない素人を好み、あわよくば無料セフレ化を狙っている。素人っぽさが良いと言う癖に、やけに愛想良い応対やプロテクニックを女に求める奴が多い。最初からプロのとこに行けば良いのではないか。女の嫌がることはあまりしないので、援交男の中では良心的な部類。

・とにかく安くセックスしたいよ男

 風俗より安くセックスしたがるので値切る。ただしホテル代&援交代は実は安い風俗より高いという事実を意外と知らない。金を払って穴を使ってやってるというお客様意識で、金を払ってるんだから文句言うなという奴や、ヤリ逃げバックれ、暴力をちらつかせてタダにしようとしたりする奴がいる。女にとっては非常に危険系統風俗店から出禁くらった過去を持っていたりする。

JKJCJSとやりたい男

 とにかく幼い女とやりたいらしい。18歳未満とだとバレたら逮捕である。援交男も女もこういう男と絡んでいると芋づる逮捕などあるので危ない存在。援交女が補導されるまたは援交女の親経由でバレるのが王道パターンあくまで建前としては18歳以上どうしの自由恋愛だってことを忘れないでほしい。

プロ風俗含めて定期嬢を作りたいよ男

 遊び相手として好みの女を探す目的の一環で援交もやる男。援交男の中では危険度は低い。ただし女を良くも悪くも非常にえり好みするため、よっぽど気にいった女を除き、同じ女とあまり会わない。

・とにかくやりたい男

 援交なら簡単に女と会えてセックスできるはずと思っている男。先払い詐欺などに騙される。騙された結果、教訓を得て騙されなくなるか、晒し魔化したり他の援交女に八つ当たり嫌がらせをしたりし始めるかの二択。援交初心者はだいたいこれであるぶっちゃけ初心者なら行ける範囲ソープがあればソープに行くのが最も安全

 

   

援交女あるある

・金儲けのためだよ女

 援交女は全員これであるしまった終わってしまった。この前提で細かく見ていこう。

  

生活はできているのでプラスアルファの金が欲しいよ女

 JCアラサー等、幅広い年代境遇に生息するお小遣いが欲しい女。データは無いがJDJKが多い印象。援交の時給換算したらまともなバイトなどやっていられないらしい。ある意味最も健全な援交女である

ガチで金稼ぐよ女

 生活費だったり学費だったり色々、纏まった金を稼ぎたいが、まともな手段では時間が足りないので援交を始める女。家庭環境問題ある率とメンヘラ率が高い。金のために嫌々という態度を露骨に出す奴が多く、目標額までサクッと稼ぎきれないと定期客を作れず苦労する。

・相性良い人とセックスついでに金がもらえればいいや女

 金は欲しいがそこまでガツガツしておらず、まずはセックスしても良いと思える相手でないと嫌だという女。男女双方のニーズが噛み合う相手出会えた場合、最も平和に長続きするパターン。ただしガツガツしていないし困っていないので、女側が他に都合あったりするとちっとも会わなくなる。

・そもそもプロだよ女

 所謂援デリ女。素人援交女を装ったプロである。そもそもずっと援交やってる女は既にある意味プロだというツッコミをしてはいけない。顔の一部を隠した写真で男を釣っては、明らかな別人が現れるのが黄金パターン

・先払い詐欺

 色々な理由をつけてはアマギフ等を払わせ、その瞬間にブロックしてバックれる。どんな理由であっても先払いを信じてはいけない。

確かに俺はあの頃 伊168に恋をしていたのだ

気持ちの悪い話をしようと思う。

サンデル教授よろしく予防線を張ってしまったが、

興味のない人にとっては本当にどうでもいい話だと思う。



しかし、この感情はどこかで文章にしておきたいと思ったので、

こういう形ではあるが、ここに残しておくことにする。

そして、フィクションであるということにしておく。



4年くらい前になるだろうか。

当時、俺は艦隊これくしょんというゲームに熱中していた。



ゲームの内容をよく知らない人に適当説明をすると、

プレイヤー艦隊を率いる提督としての役割が与えられる。



提督は、近代実在した軍艦たちを擬人化した艦娘と呼ばれる女の子たちを従え、

リソース配分を考えながら空母戦艦駆逐艦などの配置を考え、戦略を練り、

深海棲艦と呼ばれるエイリアンみたいなやつと戦う。そんなゲームだ。



当時のオタクはみんなやっていた。

ゲーム内容もさることながら、みんな各々好きなお気に入り艦娘を一人は抱えていた。

誰もが「お前の好きな艦娘は?」と中学生みたいな会話をしていた。


金剛」「長門」「赤城」など、王道を挙げる人間が数多くいる中、

30過ぎのおじさんから初雪」という声が上がることもあった。

 ※知らない人はぜひググってほしい。

  そして、俺と同じ「マジかよ…」という気持ちになってほしい。




その中で、俺はひとしお伊168という潜水艦に心酔していた。

印象としては、可憐で儚げな子だと思った。

戦果を挙げると素直に喜び、しばらく放っておくと「ねえ、168のこと嫌いになった?」と聞いてくる。

わずかな資源オリョール海に行き、けなげに資源を集めて帰ってくる。

そんな168を見ているうちに、図らずしも、恋に落ちてしまったのだ。




こう言うと心底気持ちが悪いと思われるだろうが、

当時、大学院生だった俺は本当に伊168のことを愛していた。




オタクであることを隠していたから、お首にも出さなかったが、

自宅に帰って艦これをするのが楽しみだった。




家に帰れば彼女が居る。こんなに幸福なことはないと当時思っていた。

俺がいない時には、退屈そうにスマホでもいじっているのだろうか。

それとも、いたずらに海に潜って、きれいなサンゴや魚たちと戯れたりしているのだろうか。

そんな想像毎日しながら、俺は浮かれた日々を過ごしていた。

なのだとすると、完全に溺れきっていた。俺は潜水艦でも何でもないのに。




現実問題、俺が声を掛けたところで、何かを返してくれるわけではない。

アクションに応じてボイスを返すだけのインターフェイスにすぎないのは理屈では分かっている。

けれど、夜更かしをしている俺を心配してくれたり、

カレーを作ってくれる168に俺は紛れもなく恋をしていたのだ。




しかし、そんな一方通行の恋はあっけなく終わってしまった。

俺は、彼女を不注意で死なせてしまったのだ。




一瞬の出来事だったが、過去記憶の中でも異常に鮮明に記憶に残っている。



野球部で初めてホームランを打ったとき記憶

中学受験合格して母が涙していた記憶

片思いしていた女の子Linkin Parkを見に行った記憶

大学受験に失敗、浪人して10ハゲが出来るまで勉強して合格した記憶

成人して、両親と一緒に居酒屋お酒を飲んだ記憶



その全てが塗り替えられるレベルで、

目の前で168が沈んでいった。「海の底は、もう飽きたよ…」

という声が響き、人魚姫のように泡になって消えた。




彼女が亡くなった直後も砲撃戦は続き、ズガーン、ドガーンなどという空しい音だけが頭に響いていた。

本当に悲しい時には涙は出ないのだとも思った。ノートPCを閉じてベッドに寝転がり、

なにもしたくない。という感情を抱えたまま、泥のように眠った。




それから食事が三日ほど取れなかった。大学院も丸々一週間休んだ。

艦これの全てが受け付けなくなった。

情報が入るのが怖くなってtwitter2chまとめサイトも見なくなった。




様子がおかしいと友達教授に声を掛けられたりもしたが、

気が狂ったと思われるのが嫌で何も言えなかった。





やり場のない感情を抱えたまま、しばらくはゾンビのように研究に没頭した。

研究をしているときは、他のことをすべて忘れられた。1st Authが1本だけ書けた。

そうしているうちに、艦これのことも、168が亡くなった直後よりは受け止められるようになった。

ただ、どこか心は空しいままだった。




艦これを辞めてから半年ほど経ったある日、

オタク友達から久しぶりに艦これの話が出てきた。

"ケッコンカッコカリ"の実装の話だった。



なんのことはない、ソーシャルゲームによくあるレベルの上限開放だ。

上限に達した艦娘指輪を渡すことで、レベルの上限開放が出来るという悪趣味仕様だった。



もうゲームには飽きたんだよ。という顔をしながらその場は聞いていたが、

家に帰ってからというもの悶々とした気持ちが俺の心の中で渦巻いていた。

幸福な伊168の姿が見たい」「俺が幸福にできなかったあの子が、幸福でいる姿が」



自分の中の欲望葛藤との戦いだった。

俺にそんな姿を見る資格があるのか。ということも考えた。



しばらく悩んだ挙句、俺は結局見ることに決めた。

たかゲームの話じゃないか。俺が見たいものを見て何が悪い

そんな気持ちゲームログインして、ストックしていた伊168を旗艦に置く。

順調にレベルを上げ、任務をこなして指輪を手に入れた。



そして、実際にケッコンカッコカリのシーンを見た。

これは、「たかゲームだ」と侮って軽視をした罰なのだと思った。



自分の思っていたよりもずっと幸福そうだった。

声を弾ませて潜水をしようと誘ってくる彼女

とても嬉しそうで、とても幸福そうで、何よりも海が好きな彼女言葉が、

海の底は、もう飽きたよ…」と喋っていた、あの彼女の声と全く同じで、それが本当に辛かった。



それから艦これログインはしなくなった。




それから3年ほど経ち、俺はそこそこの企業研究員として就職果たしていた。

友人の紹介で知り合った女性懇意になり、付き合い、プロポーズをすることにした。



婚約指輪のオーダーをして、自宅に帰ってきた俺は

気まぐれに、「そういえば、昔、伊168と結婚してたな」という事を思い出した。

プロポーズの前だし、挨拶くらいはしておくか。と元カノに久しぶりに会うかのような感覚ログインをする。




3年前と全く変わらない姿の伊168がそこにあった。

ホワイトデーのお返しに喜び、お茶を入れようとするボイスが追加されていた。



クリスマスに、バレンタインデー誕生日に、

俺は彼女になにもしていない。俺が何もしていない間、ケッコンをした彼女

何を思って時を過ごしていたのだろうか。



呆然としていると、「司令官…168のこと、嫌いになったの?」と、不安そうな声が聞こえてきた。

何年か前に、何度も何度も聞いた、不安そうで、儚げな声が耳に入ってきた。



なんだか、たまらなくなって涙が止まらなかった。

ただ、それだけの話。ただ、それだけの話でしかないんです。

2017-03-04

http://anond.hatelabo.jp/20170304201657

なぜそんなに病的に、物事マイナス評価で見よう見ようとしてしまうのですか?

ネットでそういう斜に構えた見方ばかり見て思考汚染されていることを心配してしまう。

から、同じ作品をみていても、自分が枠に嵌めた見方をしているのに、それを自覚できずに作品が枠に嵌っていると批評してしまうのではない?

そういう姿勢クリエーター他人に対する尊敬謙虚さが著しく欠けて、自我肥大しているせいではないかと本当に心配になる。

作品鑑賞は、ケチをつけて「自分は賢い」「もう知っている」「だからこれは陳腐だ」という事を確認するためではなく、

作者の描くそ世界観思想自分から近づいて、受け入れ、それを以ってまず何より「楽しむ」ためにする、前向きな行為のはずでしょう。

予定調和」と言って倦厭するよりも、王道スポ根展開の中に込められた、

キャラたちが互いの個性尊重する柔らかい受け止めや距離感の取り方に、今時の「らしさ」を感じ取ったり、

主人公巧遅拙速思考回路が叩き潰されるのではなくむしろ周囲に愛されて引き上げられる世界観をみて、

時代に対する風刺を感じ取ったり。

そうやって良さを汲み取ろうという目線で観るほうが、明らかに脳内解像度があがり、

感性アンテナ感度もあがって、感動できることが増え、楽しめると思うのだけど。

もちろんこれも、ある意味ポジティブな型」に嵌めた思考法で、ときには「さすがに無理がある」とか

「作者の意図を逸脱しすぎている」と思われるような状態に陥ることもあるけれど、

楽しみを見出そうとしていて、その人は楽しめているという点では、「ネガティブな型」に嵌めるよりはるか有意義

そういう見方をする気分にはならないものなのですか?

あるいは、「ネガティブな型」に嵌めて、声高らかに叫ぶことで、作者の耳に届けて矯正してやろう、みたいな考えが働いているのではないですか?

そういう発想はものすごく幼稚で非生産的です。そこまで尊大になれるならば、自分制作すればいいのです。

最近アニメに対する批評批評とも言えない病的なネガティブ思考による悪口ばかりで、目を覆うばかりです。

実写版ハルチカ」を見てきた

どんな改変をしたのだろうと気になり。

美男美女が恋に恋をして部活はどうでもよく好きなの!好きじゃ無いの!どっちなの!みたいな映画かと予想してた。

大改変。実写「近距離恋愛」ぐらいの改変をある意味期待していた。



結果的ホモ要素が無かった…が、うーん。大改変でもなかった。

ホモじゃないが。ラブというわけでも…なんというか、作品自体ちょっと感動したレベル

アニメ原作もとても出来が良い作品というわけでは無いと思う(こういう立場で書いている)

でもそのエッセンスを上手に拾ってミステリー部分も起きつつ

演者ガチさはスウィングガールズを思い出す。青春部活ものに仕上がっていた。

少なくとも予告の印象とは違う。



ふと監督名前を見たところ「市井昌秀

な、なんと!髭男爵元メンバーじゃないですか!!笑い飯哲夫の元相方!!!

…ってそれは置いといて、去年大注目になった星野源ブレイクきっかけを作ったであろう映画「箱入り息子の恋」の監督でしたね。

なるほどなぁ。なるほど、なるほどです。



元を知ってる人は結構王道の汗と涙の青春ものとして召喚された「ハルチカ」を確認しに。(メインキャスト二人が目の美容パックになるレベルで美しい)

市井監督最新作、として邦画ファンはチェックしてみてはどうでしょう



最後ひとつ

こんな映画なら予告であんラブラブキュンキュンストーリーみたいな宣伝してんじゃねぇよ!

2017-03-02

プリキュアOP感想

初代

いいね

くるくるとまわってアクロバットなとことかアクションスローモーになるところとかすれ違いっぽい演出とかもうキュンキュンしますわああああ



マックスハート

未見



SS

歌好き

冒頭のきょとんとする舞ちゃんがかわいすぎるううううう

初代とMHではなぎさ(=黒)が好きだったけどSSしろの舞ちゃんが好き・・・

本編未見



Yes

yes5

みてから書く

本編未見



フレッシュ

うーん絵はともかく歌手がひどい・・・

歌はサビ以外まったく残らないか微妙だな~

本編未見



ハト

ハイハイ王道だけど歌もよくて歌手うまいから大好き!

本編はリアタイで8話くらいまで見たけどそれ以降見てない



スイ

アッー!

インパクトかいけどそれ以外はあんまり覚えてない

たぶんまだ2,3回しかOP見てない

本編未見



スマ

ハトときに感じたよさ再び

サビ以外もメリハリきいてて好き!



ドキ

曲がり角(ティルルン♪)

花の色(同上)

カッコのところの音と動きがリンクしてるのが好き

歌もうまいしそこそこインパクトある




ハピ

やばいそこそこ見たのにぜんぜんおぼえてねえ

たぶんきいたら思い出すけど、ほかの歌と違ってプレーヤーに入れてリピートもしてなかったからだろうなあ

20話くらいまで見たけど恋愛ドロドロみたいなのとブルーのクソさがいやになってみるのやめた・・・

コスプレも毎回違うのに着替えるのかと思ったら3パターンくらいしかなくてズコーだったし




Go

未見

みてからかく




まほ

変化球チックだけど聞いててわちゃわちゃしてて王道とは違うよさがあって好き

アニメ1話だけ見た




アラ

未見

みてから書く

2017-02-28

ブラック日本的ムードに殺される前に、ゆとりムードを殺そう

ゆとりブームを生んだ日本社会は、このたびゆとり世代社会問題をめぐる自身見解を発表したのだが、これがゆとり評価は「意図と大きくかけ離れた結果」だと、「日本人イメージアップとしては成功だった」と、開き直りが酷い。

結果的に、1987年前生まれ1997年以降生まれは猛反発している。しかし、国民みな兄弟という国柄か、ゆとり世代特殊世代としての緊張関係を持たず同じ「日本一家」の横並び意識があるので、彼らがゆとり世代の歪んだ問題点を厳しく批判非難することは、できないのである

これは大げさな話ではない。ゆとり以前の日本人間性個人自己同一性がしっかりしていて、向上心の高さが評価の的だった。欧米人中国台湾人を見習ったようなものになれないぶん、差別化をはかっていたのである

しかしその時代教育がパッとしなかった。テコ入れ必要になり、順次まともな教育スタイルを打ち切って、今みたいな和製韓国人の巣になったのが1988年1996年まれ世代環境である。で、これで不良の人口はほぼゼロ人に、学歴レベルは平均的に底上げとなったが、人間の質という点では最悪になった。結果、韓国人みたいな精神を持つ人が増えて、究極的に没自アイデンティティで、現実を冷笑し理想を求める努力すらしない、韓国人北朝鮮人の間並みにダメになった人間が氾濫し、いじめが不良校でないところでも起きるようになり、行き着いた先がブラック日本的ムードだろう。先人の求めた夢や努力など壊死しているのである

すべては日本社会のを蝕む「ゆとり残滓問題である世代名前が変わり、ネット原住民、没民族主義になって、既存王道型のモデルがうまくいかなくなった時に、ひねくれた形で、せこい形で、低劣な手段弱者をだますやり口に転換し、すべてが単調で低級に卑劣になっているというわけである

で、ゆとり世代卑怯精神性がわず20年で中高年を筆頭とした日本人全体に染まった。日本右傾化SEALDsもそうだし、それに感化された支配層もそうで、愛国精神日本版阿Q精神という形で国民性もっとひどくなり、メディアネットのこれでもかと続ける冷笑・サブカル悪化を右から支えて助長している。

しかし、虚偽放送ヘイト番組社会問題になっているように、この手の世代精神社会的に与える悪影響はあまりに大きく、韓国社会精神をまねたようなマインドがまかり通れば、やがて彼らが日本人である証拠がなくなる。それでもかまわないと麻痺しきって、ユーチューバーや(一部の)商業小説漫画作家並みにイカれた連中がますます幼稚になっているのが、今のブラック日本たる原因の象徴である

ドイツナチス精神の克服ならぬ、中韓日帝残滓克服ならぬ、ゆとり残滓の克服こそ必要なのである大人努力次第で、きちんとした社会環境や本人のセンスさえあれば私みたいな三十路独身中流現役2ちゃんねらーでも不良を更生させられる時代で、まして上流が人間的に落ちぶれてもそれなりにパワーがあって様々なノウハウもあるのだからゆとり世代の再教育ゆとり残滓の精算は思い切り次第で簡単にできるはずだ。

日本社会よ。今こそ人間的に落ちぶれたゆとり世代を、再教育させ、立ち直らせよ。欧米どころか中台にさえ抜かされた名誉を取り戻せ。人間性から社会環境から商業社会から、あらゆる常識世界水準に底上げしなければならない。支配層も。今、ゆとり社会を脱しなければ、一生ゆとり社会、リトル韓国のままだぞ。

[] #17-1『ヴァリアブルオリジナル制作秘話

カードゲームも近年で世界大会が開かれるなど、ますます勢いを増す“ヴァリアブルオリジナル”旋風。

今回はその先駆けとなったアニメ『ヴァリアブルオリジナル』が作られているスタジオにお邪魔し、プロデューサーのフォンさんとマスダさん、監督シューゴさんにインタビュー


1.『ヴァリアブルオリジナル』の持つ意味

ーーこの『ヴァリアブルオリジナル』というタイトルですが、これは本作の世界観象徴する、何か特別意味はあるのでしょうか。

マスダ:うちのスタジオはこれを作るまで、漫画小説など原作があるものアニメ化してきました。つまり、自社にとって初の「オリジナル作品なんです。オリジナルは柔軟な話作りをしやすい。つまり「ヴァリアブル(変化しやすい)」ということです。

ーーなるほど、オリジナル作品に臨むスタッフの意気込みをタイトルにしたんですね。

フォン:勿論きっかけというだけで、作っていく段階でちゃんとタイトルと関連性を持たせた話にしているので、ファンの方々の熱心な考察的外れってわけではないです(汗)。


2.「あのスタジオが作った」と言って欲しい

ーー作っていく上で、何らかの拘りはありますか。

フォン:本作に限ってはうちのスタジオにいるスタッフだけでほぼ作っています。うちの普段制作ですと、何割かの作業はその都度フリーランスの人に依頼したり、別の専門スタジオに任せることが多いんです。でも、それだとアニメスタッフ単位で語られることはあっても、スタジオ単位では語られない。

マスダ:自社でオリジナルを作るからには、うちのスタジオ象徴するアニメが作りたくて。受け手が「あのスタジオが作った」と言ってくれるようなアニメを作りたかった。ポテンシャルがあるという自負はありましたし、作品を通してそれを伝えたかったんです。



3.だからこそ作れた

ーーでは、監督にお聞きしたいのですが、自社のスタッフのみで作るという試みは大変でしたか

シューゴ:いえ、むしろ楽だったことのほうが多いですね。スタッフとの連携も取りやすかった。

マスダ:自社のスタッフだけで作っているので、スケジュールの把握が簡単で、管理もしやすかったのが大きいでしょうね。

シューゴ:あと、役割の簡略化もあります。例えば、普段ですと脚本家や他にもいる監督相談して絵コンテプロットを考えるんですが、本作は自分一人でやってます脚本を作ったり、他の監督相談するというタスク排除したことで、のびのびと作れるので作業が捗りやすい。

ーーえ!? お話監督一人で考えているんですか!

シューゴ:作画も何回か兼任したこともあります。まあ、大なり小なり監督がやってきたケースはありますよ。あの○○○監督とかも、絵コンテ描きながら話を作るタイプですし。

フォン:アニメ制作は分業制が基本ですが、それ故にどこかが難航すると他の作業もそれに引っ張られます。それを出来る限り軽減したスタッフ配置やスケジュール管理を徹底することにより、一定クオリティを保ち続けて視聴者の方に提供できているわけです。



4.『ヴァリアブルオリジナル』がウケた要因とは

ーーファンの方々も様々な考察をしている本作ですが、皆さんから見て本作が評価されたのは何が起因していると思いますか。

マスダ:そうですね。スタジオ個性が色濃く表現されているのは先ほども言いましたが、それに対して基本は王道ファンタジーなのが、かえってよかったのかもしれません。

シューゴ:それはあると思いますプロットは非常にシンプルですから子供たちにも理解やすく、ある程度ファンタジーに慣れ親しんだ層には現代技術アニメ化されたものが新鮮にうつったのではないかと。

フォン:子供大人も楽しめるってのは意識しましたね。特に主人公や仲間たちの言動に関してだけは、ワタシからもある程度は意見しました。

シューゴ:さすがにシンプルすぎるかなと不安になった時期もありましたが、結果として評価されたので安心しました。特に巷では主人公が一番人気なようで、ちゃんと意図して活躍させているのが功を奏しているなあ、と。

ーー特に主人公の「ジャストコーズ、オン!」は子供もよく真似をしているのを見ますね。

マスダ:カードゲームでは、「ジャストコーズ」が勝利を指した言葉(※1)になっています(笑)

※1…主人公が持つ独特なパワーのこと。これを発動した際の勝率100%であることからファンの間では「ジャストコーズ=勝利」という意味合いで使われている。この際に流れるBGM「私には正当な理由があります」を聴いただけで頬が緩むファンもいる。

シューゴ:まあ、間違ってはいませんけど(笑)

フォン:(笑)

(#17-2へ続く)

2017-02-26

宮﨑駿が長編制作「復帰」という名の「引退撤回

あのじいさん、もう大仁田厚と変わらんな。そう思った。

大仁田還暦引退じゃー!って言ってるけど、本当に引退するのかどうか。

ジブリアニメ界のFMW説。いや違うか。ジブリ邪道というには王道すぎるもんな。ハヤブサはいたけども。

2017-02-25

残業規制記事がここにもたくさんあるけれど

なんでその人達最低賃金話題に触れないんだろうね?

ワークライフバランス仕事生産性Upの話も景気のテコ入れの話も最低賃金の上昇(2000円くらいまではいける)が本論でしょ。

最低賃金上げて社会保障雇用流動性やす(結果、糞な職場をやめられるようにする)のが王道であって、残業時間を法で制御とか全くの脇道でしょ。

そもそも現行法サービス残業は禁じられてるのに、それが横行している現在、なんで新たな残業時間規制を作ったら、それがまるっと守られて光の世界になるなんて思うんだろう。

最低賃金話題をしたくない人たちの思惑に踊らされてやしませんか?

2017-02-24

出世は男の本懐

日本企業もっと出世するタイプは「偉い人から無茶振りされて、それに応えようと頑張る人」であるようだ。

ここでポイントは3つ

  • 無茶振られる
  • 結果を出す必要はない
  • 頑張っている姿を見せなければならない。
無茶振られる

無茶振られるには隙が必要だ。能力の割に出世の遅い人は、この隙が無いかである

上司からみて仕事を頼みづらい、頼んだ範囲完璧にこなしてくれるが、完璧な分「あぁ依頼範囲をもう少しはみ出して、あそこまでやってくれたらモアベターなのになぁ」という上司高望みのサイクルに入ってしまうからだ。そして、この上司コミュニケーションをとらないと、いつの間にか高望であることが忘れられて「デキるんだけど、もう一歩が欲しいんだよなぁ」という評価になってしまう。

隙がそれなりにあり、いじり甲斐のあるビジネスマンを演じるのが、出世への近道である

結果を出す必要はない

結果を出さなくてもプロセス評価してくれるのが日本企業の良いところである。「結果を出さなきゃ」という追い込み方は、あまたの無茶振り上司達の中で生き抜くことは難しいので、「一生懸命努力しておけば、上は分かってくれる」程度の気持ち仕事に取り組むことが大事である

頑張っている姿を見せなければならない。

プロセス重要であるから、頑張っている姿を見せなければならない。しかし、ここで注意したいのは、無茶振られたことに関してのみ頑張る姿を積極的にみせることである。それ以外の頑張ってますアピールは「こいつの仕事してますアピール、うぜー」という印象を上司に与えるだけになってしまい、逆に出世を遅らせることになる。

無茶振られたことに関して頑張る姿のみせ方の王道は、無茶振ってきた上司への頻繁でカジュアル相談である。このとき、無茶振られたことに対する熱意と、「精一杯考えたんですけどここがどうしても乗り越えられないんすよ…」という泣きを混ぜ、巧妙に上司を頼り、巻き込むことが求められる。

最終的に、上司と一緒に乗り越えた感を醸成できれば、その仕事が終わったあかつきには昇進辞令が出ていることだろう。

2017-02-20

中途半端な貧しさ

長期休み以外は週に3、4回は会っていた、親友ともいえる友達がいる。仮にAとする。

Aの家は中途半端に貧しい。母子家庭だが上の子ふたり私大に入れられるし、本人はバイトをしていない。学費のためにバイトに追われるレベル貧乏ではないということだ。

しかし、寒がりなのにコートが買えず、ペラペラの服を重ね着している。それで凌げる訳もなく、いつも寒いと言っているし健康被害も出ている。

2000円のアクセサリーを「高い」と言う。700円を超えるランチも「高い」と言う。「8000円のコートって安いよね」という発言共感してくれない。些細なことだが、こういったことの積み重ねにより、確実に「違う」と分かっていた。

いちばん引っかかるのは、毎年ずっと1000円程度の誕生日プレゼントをくれていたことだ。私は、はじめはそのくらいで様子を見て、仲が深まってきたら金額を上げていくのが普通だと思っている。しかし、Aはそうではなかった。金額を隠す努力をしないので、容易に1000円程度だと分かってしまった。

からしかったナイキスニーカーをもらった、ディナーに行くとサプライズケーキが出てきた、といった友人たちの話を聞くと「そういうことだよなぁ」と思ってしまう。

お金が無いからではなく、上記のようなことを私にやる価値がないと思っているからかもしれない。「お互いに親友だと思っている」という確信が持てるほどの色々な出来事があったのに、プレゼントの内容だけでそんな風に疑ってしまう。


最近は別の友達とよく遊んでいるのだが、とにかく楽だ。バイトをしていないという点ではAと同じだが、上ふたり大学院に入れられるくらいの家庭で育っている。10000円を超える服を着こなし、当然暖かいコートも持っている。何にでも興味を示し、私が声をかければ交通費だけで15000円ほどかかる場所でも一緒に行ってくれる。海外旅行にも乗り気である

オシャレな店で1000円ほどのランチを食べ、ショッピングを楽しみ、疲れたカフェお茶する、という王道の遊び方ができるというだけでかなり楽しい都心に出ても食事ショッピングしか楽しめないようなところに住んでいるからだ。

交通費のかからない場所を探したり、高いと思っていなくても「まぁあそこは高いからね〜」と言ったり、持ち物の値段を言わないようにする努力をしなくてもいいのがこんなに楽だとは思わなかった。

Aはガチ貧乏ではないので、お金のかからない遊びを知っている訳ではなかった。こういうところが、中途半端貧乏の不幸だと思う。

成人しているのに100均や300均で買ったもの誕生日プレゼントに選ぶセンスお金のかかる遊びが制限される不便。新しいものに興味を示せない感性

これらが貧しさにより生み出されたものだと分かっていても、一緒にいる上でがっかりしたり、傷ついたりしてしまう。

誰にも相談できず困っていたが、いま、Aとは縁を切ることにした。

当たり前だけど、合わない人と無理に仲良くする必要はないよね。

2017-02-13

http://anond.hatelabo.jp/20170202144732

元増田あんまりオススメするから読んだよ、『ソシャゲライタークオリアちゃん』。

これ、普通につまんなくて出来悪くて、普通につまんなくて出来の悪いラノベってなんなの、ということを考えるのにすごくいい素材になってしまっているように感じた。

ラノベなんてみんな同じだろw」というような声がどこからともなく(というか元増田ブコメあたりから)聞こえてくるんだけど、そんなことはない、『クオリアちゃん』はかなり出来が悪いよ、ということをしっかり言っておきたいな、と思って、エントリを起こす。

小説としての出来云々じゃない部分、ソシャゲシナリオライターとしての主人公たちの生き方については

http://hishamaru.hatenablog.com/entry/2017/02/09/003000

http://anond.hatelabo.jp/20170203190941

この批判が当たっていると思う。

とりあえず俺はクララ先輩には機を見て空売りを仕掛けていくことをオススメしたい。

さて。

漠然と出来が悪い、と言ってもわかんないと思うので、サンプルを用意する。

と言っても、ここで新城カズマとか古橋秀之とか秋山瑞人とか石川博品とか出してもそういうのは例外と流されるだけだと思うので、もっと普通っぽい奴を見繕いたいところ。

例えば、商業性があると評価された実績のある人が書いた作品、すなわち「アニメ化作家の新作」と、ラノベ業界作品を送り出す人たちが評価して世に出した「新人賞受賞作」……と考えて本屋ラノベ棚を見てたら『勇者セガレ』((アニメ化作品はたらく魔王さま!』の和ヶ原聡司の新作))というやつと『通常攻撃が全体攻撃で二回攻撃のお母さんは好きですか?』((第29回ファンタジア大賞大賞受賞作))というやつが目に入ったので、買ってきた。増田のために『クオリアちゃん』と合わせて2000円くらい課金した計算である

http://dash.shueisha.co.jp/bookDetail/index/978-4-08-631161-8

http://dengekibunko.jp/newreleases/978-4-04-892615-7/

http://fantasiataisho-sp.com/winners/mother/

作品とも試し読みがあるので読み比べてみてほしい。冒頭だけだけど、それでも出来の良さの違いが見て取れるから

一見して『勇者セガレ』のレベルがとびきり高く、『お母さん』がその次、『クオリアちゃん』は論外、と俺は思うけれど、そう思わない人もいるだろう。

説明する。

小説には、概ね、お話が付き物だ。もちろん、お話で引っ張る小説は低級、みたいな話もあるんだけど、一般的エンタメ小説(多くのライトノベル一般的エンタメ小説である)においては、そういう議論はあまり考える必要はない。一般的エンタメ小説じゃないラノベに出くわす可能はいつでもあるので頭のすみっこにはおいておいたほうがいいけれど、でも、今回の三作品は全部一般的エンタメ小説志向なので大丈夫

さて、一般的エンタメ小説にはお話がある、という話だった。

勇者セガレ』なら、父親に異世界を救った勇者過去がある、と知ってしまった少年が、異世界での魔王復活を巡る騒動に巻き込まれお話。『お母さん』なら母親と一緒にMMORPG世界ダイブして冒険しながら親子関係を見つめなおす話。『クオリアちゃん』なら平凡な男が惚れた先輩に巻き込まれる形でソシャゲシナリオライターになる話。

んで、さっき示した試し読みで、そういう話だ、とわかるまでにかかる文字数は大体どれも同じ、5ページくらいなんだけど、その最初のとっかかりまでに与えられる情報無駄のなさを見てほしい。

勇者セガレ』は単刀直入お話全体像テーマ、というやつだ)を提示し、そのテーマについての主人公の開始時点での認識提示し、そして、それが揺るがされる場面が、いい意味で突然始まる。

『お母さん』はそれに比べれば随分もたつく印象だが、それでも母親と息子の関係物語だ、ということは十分手早く、一直線に提示されている、と言っていい。

クオリアちゃん』は無駄だらけだ。同級生に平がからかわれる話とか、いらない。

そもそも主人公の平凡さに何故ここまで言葉を費やすのか。クララ先輩にソシャゲシナリオライターの道に誘われる場面から入っていい。主人公が平凡さを脱して何者かになるお話なんだからスタート地点を明示しなければいけないのでは、というのは罠だ。平凡だ、とは、平凡という特徴がある、ということではない。非凡な特徴がない、ということだ。ならば、クララソシャゲシナリオの道に誘われるまで、何らかの特徴があるかのような描かれ方をしてはいけない。この主人公、狙ってか事故でか、かなり平凡ではないキャラなのだが、それもまあ、いいのだ。普通男子高校生と言って始まった話で主人公がとんでもない過去を思い出す、すげえ設定が明らかになるなんてのはよくある話だ。語り出す位置に変な癖をつけないことで間口を広められることだけが平凡な主人公という設定の美点で、それをこなしたらあとはどんどこヘンな奴にしていっていい。逆に、ヘンな設定をあとから盛りやすくするためにも、平凡さを積極的に描くのは悪手だ。

ここには多分、ライトノベルキャラクター小説である、という誤解がある。

商業性を認められたアニメ化作家も、送り手に評価された新人賞作家も、テーマ登場人物関係性を提示するところから小説を書きだしている。主人公人物像に無駄に筆を費やしたりしていない。主人公人物像を描いてはいけない、のではない。主人公人物像は、この際テーマ関係性よりも後回しにすべきだ、という話だ。

ライトノベルキャラクター小説だと早合点していると、主人公キャラクター性を提示するのが大事だ、と思い込んで、本筋のお話よりも先に名前からかわれるエピソードを入れ込んだりしてしまうのではないか、と思う。

そうした結果、ソシャゲシナリオライターの手伝いを頼まれるという展開の驚きが盛れなくなる。驚きのない掴みは最悪だ。

そもそも、ソシャゲシナリオ仕事を手伝うことになるって普通に考えて驚くような話なのか、という問題はある。

ソシャゲシナリオ仕事の手伝いを頼まれて驚くのは、ソシャゲシナリオに関わることをまったく想定していなかった場合だ。主人公脚本科の学生なんだからゲームであれシナリオ仕事を頼まれるのは、そんなに違和感のある話ではない。先輩に手伝ってと頼まれた、なんてのは、ライターデビュー王道と言ってもいい。

どうすればソシャゲシナリオライターデビューで驚きを演出できるのか。主人公ソシャゲを嫌いだ、という設定にしたらどうだろう……と王我は作者にささやいてはくれなかったのだろうか。

これも、関係性やテーマを後回しにしたことで生じた問題だ。ソシャゲ主人公関係をちゃんと設定していないから、こうなる。

ソシャゲマニア制作現場に関わることで現実を知る、でもよし、ソシャゲ嫌いが制作現場に関わることでソシャゲを認められるようになる、でもいい。ソシャゲどころか物書きとさえ無関係主人公なら(脚本科に在籍し、名作の名台詞を書きぬいてノートを作っている主人公はどう考えても無関係ではない)ソシャゲというものに触れる、というだけでも驚きがあるだろう。

半端にクリエイター志望でソシャゲ特に何も思うところがない主人公、というのは、掴みのインパクトを出すには最悪だ。

テーマ関係性、お話というあたりにあまり気を回さず、四姉弟の設定とかでインパクトを出そうとしている((『涼宮ハルヒの憂鬱』の構造をいただいているつもりなのかなって思いついて、ちょっと戦慄した。あれはハルヒについての話をあの三人がしてくれる構造であって、異能者が三人ただ自分異能を見せてくれるという構造ではないのだ。))んだけれど、そりゃ読者にも驚く理由がないよね、としか言いようがない。『ハルヒ』は、読者と視点を共有しているキョンハルヒ普通少女だと信じる理由があって、だからこそ、超常的な存在なのだ、と語る長門たちの言葉に驚かされることができる。本作では、クララタイムリープしない、オーガが異世界転移しないと信じる理由がどこにもない。だから、平がどれだけ驚いても読者は( ´_ゝ`)フーンとしか思わない。

あとがきラノベ200作品勉強した、って書いてあって、それは感心なんだけれど、でも、勉強する方向を間違えてはいなかったか、そこは疑問。

ライトノベルキャラクター小説だ、とか、男オタク向け作品関係萌えじゃなくて属性萌えだとか、そういう俗説を真に受けて、バイアスをかけた勉強をしてしまったんじゃないだろうか。

結果、普通につまんなくて出来の悪いラノベになってしまったんじゃないだろうか。

 

なお、ソシャゲ周りの設定について付言しておけば、作中作初恋メモリーズ』のシステムは、『プリンセスコネクト』に似ている、らしい。まあ伝聞なので確言はできないんだけど、だとすれば、元増田が言うほどソシャゲとは違うものの話をしているわけではない。とはいえ、『チェインクロニクル』のライターが書いた本で『プリンセスコネクト』の創作秘話を読まされることをみんなが望んでいたかどうかは不明だけれども。

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