「ツッコミ」を含む日記 RSS

はてなキーワード: ツッコミとは

2017-03-25

http://anond.hatelabo.jp/20170325050724

そういうのを社会学とか政治的には「分断」とか「断裂」って読んでいて、それこそ100年以上まえから様々な議論が行われてきたのだ。

彼らに話を聞いてもらおうと思うなら、まずは信頼関係を取り戻すことが第一で、それもないのに正しさだけ説いたって無意味じゃないだろうかと思う。

しかし、そもそものはなし、信頼関係というもの双方向のものだ。相手に話を聞いてもらうのは、両方の陣営がお互いにしあうべきもののはずだ。そして、話し合い(説得)という関係では、説得のための理屈が強度につながる。

そして現在格差的に上の側にいる層(現実世界に生きていて、収入資産がそれなりにあり、安全で豊かで幸福生活を送っていて、知的教育を受けていて、おおよそリベラル)はその戦場で、相対的に強力な武器を持っている。誤解を恐れずやや露悪的に云うならば、彼らは概ね正しいのだ。今しきりに批判されているグローバリズムですら、そのグローバリズム世界全体の格差は縮小し、餓死者は減り、疫病は随分少なくなった。もうそれだけで倫理的には正義だ(もちろんこれは相当強い表現なので、国内格差とか言い立てる人はいるかもしれないが、それは「一番弱い人を救わずに俺に金をよこせという意味?」という批判に耐えられないのだ)。

そういう状況で「互いに話し合うべき」というのであれば、格差上の側が下をフルボッコ試合終了だ(それがこの40年位の世界の動きだった)。

一方で「下が弱いので、上が一方的理解すべき、一方的に譲歩すべき」では、弱者居直り強盗だ。そんなものに付き合うバカは二種類しかいない。ひとつは付き合うふりしてバカ上前をはねようとする「下流の味方のふりをする上流」であり、もうひとつは後述する「暴力」に対してを憂える人だ。

そもそも、弱者知的訓練の不在の結果「適正な落としどころ」を見つけられないので、「ぱっと見得に見えるけれど実は損」のような強者のつくった商売に騙されて現在がある。税制から携帯の縛り契約ソシャゲまで、全部そんなもんだ。交渉面で弱者というのは、もう「損をする」か「得している気分で損をする」かの二つしかないのだ。それひとつじゃねえかというツッコミもできない。なぜならその二つが本当は「損する」という一種であることを見抜けないというのが、この話の本質からだ。

なので、結局交渉面での弱者は、暴力面で強者カウンターするしかない。革命だ。これまた露悪的に書くが、革命暴力必要なのだ交渉面での弱者強者牽制する方法って本質的にはこれ以外ないからだ。

日本はこの暴力に対する忌避感が強い。暴力良くない!って思ってる。それそのものは悪くないんだけど、それがあんまりにも広がって、自分暴力を奮ってることに気がついてないことさえある。暴力社会的に悪=僕は悪じゃない=暴力は奮ってない、みたいな理屈で。いいやとんでもない。暴力下流武器だし、日本人だって様々な暴力を奮ってる(なんせ一般的生活者権力者富裕層に反抗するためにはそれが必要なのだから)。「経済格差が広がると治安悪化ちゃうよ?」ってネットでよく見る言説なんだけど、あれは「これ以上俺が貧乏になるとお前らの家に火をかけるとか、襲撃して殺すぞ」という脅迫オブラートに包んだ、れっきとした暴力だってことを認識した方がいい。別に暴力からって責めてない。バランスを取るために必要武器からだ。でも、「それを暴力認識しないしたり顔で云う」のは危険から認識すべき、って話だ。

強者の側だって雇度留めとかお祈り手紙とか暴力奮ってるんだから、そういう意味で公平な社会なのだ

「互いに話し合うべき」なのはわかるんだが、それはせめて両者が、そういう自分暴力性に自覚持ってからじゃないとそれこそ話にならない。自分暴力奮ってる自覚のない人間集団結論する平和条約とか、怖くて仕方ないっしょ?

2017-03-24

http://anond.hatelabo.jp/20170324230202

SF用法くそもない。

『パークガイド帽子』を被ったかばんちゃんを見たボス権限付与したの、ボスの『心の中』を想像して物語的に受け取ることもできるし、「なるほど必要オブジェクト認識したことでプログラムキックされたんだな」とSF的に見ることも、好きな方に見れる作り方で好き

サイエンスフィクション」として成立している用例をあげたら「SF物語性を伴ってるから例示がおかしい」

とかこれはツッコまれたらクチをポカーンと開けて待機するしかない案件だと思う。

事細かくツッコミを入れたら物語、という単語SFには指示されていないと読むことはできるが、これは「アホか」ってレベルしかない。

仮に上記文章をお前の意見に照らして修正するとすれば、そこは現実ではなく「SF物語として」に言い換えたほうが丁寧だってことになる。

そしてツイートの例示が物語性を伴っていないなら、彼の言ってることは現実ではなく設定だってことになる。

とりもなおせばそれはフィクションであり、サイエンス形態をもったフィクションであるからSFという形容以外にはありえない。

そもそもSFに必ずしも物語性が関与している、という定義は先程のWikipediaですら誰も発言してない。根拠不十分で理由がほしいところだ。

少年誌コマ割りに一体なぜ違和感があるのかと考えていたんだが

あれはカートゥーンに対するリミテッドアニメのコンテなんだなと

飛び飛びの止め絵を連続してみせることでコマをつなぐ

ところが中間がないので情報がすっ飛んで直線的で大味な印象を受ける



例えばバッと主人公が走るシーンが有ったとして

リミテッドでは走ってますよ、という説明文としての姿勢をつける

実際にそんな前傾姿勢じゃ走れないだろうというツッコミは受け付けてくれない

しか実写映画ディズニーに影響を受けた大友や、アニメーター宮崎の描く漫画中間が吹っ飛ばない

戦車を奪うシーンでも振りかぶる直前の動作が入ったりする

2017-03-23

隙を見せる方が増田は伸びる

例えば周回遅れの話題に今さら気づいた、というようなことを話題にしたいときは、

さら気づいたのだ、とバカ正直に書いてはいけない

さもたった今ついさっき私だけが気づいたのだ、というような書き方をしなければならない

バカ正直に書いたら、せっかく大勢の人がツッコミ入れられたものを、

お前がセルフツッコミして完結してしまうから

完結してまとまっちゃった増田なんか誰も相手にしてがない

ちゃんとしてるものよりも、

ちゃんとしてないものの方が人はイジリたがるものなのだ

2017-03-22

向井秀徳当事者性による二重性批判


「俺がそこにいた!」

初期ナンバガ歌詞を振り返るとこういう文体が多い
omoide in my head』の「17歳の俺がいた」もそうだ

これは一人称の文に見えるが、実は三人称
俺“は”ではなく俺“が”と書くためには
「俺」という登場人物第三者視点から見る必要がある
まり三人称視点登場人物としての「俺」を描写していることになる

だが、この三人称の語り手は客観的ではない
いた、ではなくいた“!”と主観をむき出しにする
語り手もまた“俺”であることを忘れてはいない
まとめると語り手「俺」が登場人物「俺」を主観的記述した三人称、となる

自分自身物語内の登場人物として捉え直すのは、メタ的だ
向井映画監督を目指していたそうだが、
カメラファインダーという隔たり越しに登場人物描写する手法もうなづける

だが、メタ視点から正確に写そうとすればするほど、対象からは離れてしま
その対象が持っていた熱や存在感当事者性はどんどん薄まるだろう
そのメタ的な隔たりによる当事者性の薄まり向井は冷たいと感じた
そういった客観性集合体こそが「冷凍都市」であり
それを攻撃するための当事者性の象徴こそが「性的衝動」となる

語り手の俺が登場人物としての俺や少女描写する、という二重性
正確に描写しようとカメラの精度を上げるほど当事者性が薄れるジレンマ
こうした二重性を自覚した上で破る矛として性的衝動を用いたのが
初期ナンバーガールの詩の原理なのではないか

ではザゼンだとどうなのか
カメラ技術進化すれば、もはや人の目で見ているのと変わらなくなる
そうした現在において「メタフィクション批判」はもう古い、リアリティもない
向井秀徳カメラ技術もこなれてしまった
だが、世間当事者性は弱まるばかり、性的衝動を用いて復権させなければいけない
(よみがえる性的衝動
性的衝動は二重性を攻撃することでこそ、その強さを示せるのだ
から語り手/登場人物という入れ子構造を使わずに二重性を作らなければいけない

そこで向井リフレインに注目する
同じ場所言葉を何度もダブらせることで、反復が差異を生む
フィルムの一コマコマを切り分けるのと同じだ
(繰り返される諸行無常
こうして場所を移すことなく二重性を生み出すことに成功した
ナンバガ時代の二重性が
登場人物としての俺を乖離させることで生み出す客観的二重性だとすれば、
ザゼン以降の二重性は、単独で生み出せる主観的二重性といえるだろう
向井カメラシャッターを切らず、
ただ自分の目のまばたきでフィルムを切り分ける方法を見つけたのだ

はいえこ主観的二重性は『omoide in my head』の時点で芽生えている
思うに、福岡時代当事者性=性的衝動の強さを無根拠に信じていられたのではないか
カメラを手にしたばかりの少年にとってはどんな景色自分のものに思えるように
だが東京に来て、描写対象性という問題に直面して当事者性を鍛え直す必要が生じる
そうして鍛え上げた結果、福岡時代のような信頼を取り戻しつつあるのが
現在ザゼンボーイズでの素朴な描写に至るのではないか


ブログツイッターもやってなくて書く場所も聞いてくれる相手もいないのでここに
誰かツッコミ入れてくれ

2017-03-21

バーナード嬢曰くで噴いたところ

図書館電子書籍を読む不自然さを、「トイレおむつはいて漏らすのに似てる」と例えたところ

「たとえがひどすぎる!!!」というツッコミも、そのまんまなツッコミだけどめっちゃ面白かったです

2017-03-20

http://anond.hatelabo.jp/20170320011340

ダイエット宣言まで行かなくてもいいか菓子食うの抑えたいって話を周囲にする

・上記を踏まえて大元の保管場所を遠ざける

俺の場合は自席とは同じフロア内に自由利用の個人キャビネットがあったのでそこを保管場所にした。

食いたいときは保管場所まで行って個包装をちょっとだけ持ってくる。

誘惑に誘われても何度もキャビネットまで菓子を取りに行くってワンクッション挟まると躊躇の割り込みがかかりやすいし

誘惑に負けてしまっても往復が目立つのでオイオイオイってツッコミが入る。

場所と周囲の理解が得られるならばの一案だけれども。

2017-03-19

http://anond.hatelabo.jp/20170319112755

女の都合の良い願望にツッコミいれてもね

二次元好きな女も三次元美人に言い寄られたらコロっといくんでしょ?”みたいなのと同根

日本単一民族国家

たった2文字「ほぼ」を付け加えるだけでツッコミ回避できるのに。この表現みるたびにその怠慢さにイライラする。

それとも本気で完璧単一民族国家だと思ってるのか。それもそれで頭の悪さにイライラする。

2017-03-18

希死念慮

メンタルの不調で長らく医者に通い薬を飲み続けながらがっつり仕事もしてきた。

仕事が一段落した、こっから一週間は良いけど来月からまた仕事は忙しくなる、でも来週と来月末には楽しみな予定もあるしホテルも予約した。

このタイミングで初めておそらく希死念慮ってやつなんだろう症状がきてしまった。数年間に渡る通院歴の中でも初めて。

仕事しててもずっと頭の中に「死にたい死にたい死にたい」て流れている。

来週頭にこの書類を決裁に出さなきゃ死にたいホテル荷物送らなきゃ死にたい死にたい夕食どうしよう松屋でいいか死にたい死にたい

いや死ぬ予定ないし!と客観的自分ツッコミいれてくる。それでも仕事中だろうがあふれてくる死にたい死にたい死にたい集中力は死んだ。

あんまり自分の予定や希望と、頭の中にあふれてくる「死にたい」がかみあってないので、さすがにどう見ても頭おかしくなってんな今の自分、という結論に。

このわけわからん感覚と何年も向き合ってる人すごいな、お疲れ様です。しんどいと思う。すごいな……。

仕事の能率をあげたいばっかりに勝手に減薬気味にしてた(副作用が出やすいか主治医は鑑みて処方にも幅はもたせてくれてるとはいえ)のが要因のひとつだと思うから、とりあえず連休明けの仕事後に叱られてこようと思う。

http://anond.hatelabo.jp/20170318082401

ホッテントリで数稼いでるからって開いてみたら

全然同意できない薄っぺら互助会ブログ意見

参考になります!すごいです!ってブコメが投げられてることに対して苛立ってるので

クソ増田記事ブクマツッコミで埋まってるのは特別問題ないだろ

2017-03-17

http://anond.hatelabo.jp/20170317223010

から客観を「含む」と言ってるんだが。

横槍するならもっとマシなツッコミを頼む。

広島の話と一緒。感動したって言わなきゃ首吊りさせられるような空気

まったりしててそこそこ考察もできるし深読みしすぎるとクソからツッコミが入るけどいいアニメですねフレンズ

とでも言っとけばいいのかな。CGペラペラとか言っちゃいけないし、背景美術どうなのよとも言っちゃならない。

表情が固いとも言ってはならないし、足のモデリング手塚っぽいピノコ足にしたほうがマッチするのに生々しい造形だとか。

おっと言っちゃいけないんだったね。

恐る恐る

けもフレの海外ブログへの日本人コメントで、「ディストピアなのに登場人物イノセントで」、と知ったかぶってるのが怖かった。

イノセントって単語サリンジャーフィッツジェラルド村上春樹継承する文脈中の文脈で、

下手に口にすると文学方面から猛烈なツッコミが入る系なんだが。

もちろんイノセンス押井守は分かってタイトルを付けてる。

彼はイノセンスについて、ことわざだけで物語形成することは出来ないか、というヒントを語った。

ことわざとは脈々と引き継がれてきたもので、イノセンスは今までの物事を繰り返している。

まり純粋さなんて怪しげなもんだ、というメッセージともとれる。これは一義的もので他にも当然議論余地はあるだろう。

けもフレ以前のサリンジャーフィッツが描いたイノセントイノセント故に狂気的で、狂気であるから世界否定しようとする。

フィッツの『グレート・ギャツビー』は世間的な社交界を開く面々を白眼視し、ニック曰くの高潔なるジェイを変彼の中で祭り上げる。

もし仮にけもフレがイノセンス文学ならば、狂気的なイノセンス故に前段階の文明は灰燼に帰したのだという描写があったり、

今の関係性を狂気的な手法で維持するといった、イノセンス帰結を描くのではないかと思われる。しかし本当にそうなのだろうか?



追記:ブコメツッコミならともかく鬱陶しいだけなんですが。

はてブ民って本当にチョロいよね

ツッコミたくなるような文章書いとけば100ブクマ余裕

2017-03-16

森友・籠池氏の「財務省佐川局長から身を隠せと言われた」発言信憑性

http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye3005344.htm

 

なかなかどんな場面での発言なのか、想定できないから、丸っきり籠池氏のでまかせと判断している人もいる。

しかし、話を盛っているにしろ、丸っきりの虚偽ではないと考えている。

 

籠池氏の証言は、「顧問弁護士酒井弁護士?)から財務局の人(佐川局長)が籠池氏にしばらく身を隠してくれと言われたから、10日間隠れていた」というもの

佐川局長は、「籠池氏や弁護士と面識も話したこともない」と証言

弁護士は、「佐川局長と面識も話したこともない」と証言

 

別に矛盾なく成り立つ。

 

且つ、佐川局長は、近畿財務局を通じてだろうか、確実に騒動後に森友学園側と連絡を取り合っていたのだ。

朝日新聞掲載された「ごみ撤去1億円」という籠池氏のインタビュー記事が出た2月14日早朝

http://www.asahi.com/articles/DA3S12794669.html

 

これを、翌日の財務金融委員会で、共産党宮本議員が指摘したところ、佐川局長が、この記事森友学園から事実誤認であるとして、記事修正を求めている旨を、聞いているとの答弁がなされている。

https://www.youtube.com/watch?v=BtbNXYzxBrs&t=1132s 

(22分10秒から佐川の答弁)

 

宮本議員は後で、なんで佐川局長森友学園側の代理人のような答弁をするのか、とツッコミをいれている。

 

そして森友学園の籠池氏は、この矛盾が大きく報じられるようになると、今まで受けていたテレビ新聞取材から遠ざかるようになっていった。

 

まあ、実際に財務省人間が「悪事を伏せるために身を隠してくれ」なんて言ったとは全く思っていない。

ただ、国有地取引を通じてツーカーだった近畿財務局人間弁護士を通じて籠池氏に「いい加減なことをマスコミに答えないでくれ」くらい要望したのではないか、とは想像できる。財務省職員手続きが間違っていたとは思っていないのだから

 

それを、弁護士を通じた伝言ゲームの中で、籠池夫妻を通過してノンフィクション作家菅野完氏に伝わった時には「財務省佐川局長が『身を隠してくれ』と籠池氏に言ったから隠れていた」という話になったのではないか

http://anond.hatelabo.jp/20170316114305

ツッコミになっていない。元の文章もっとよく読むように。

http://anond.hatelabo.jp/20170316113300

まず俺が最初に反応したのは「最終話が重い」に対してであって、んなバッドエンドばっかりじゃねえだろというツッコミだった。

すると「最終話の数話」とかいう謎表現で、何故か中盤以降の展開の変化の話になってしまったので、その時点で議論としては成立してない。



その上で語ると、

コメディ最終話直前でシリアス展開を入れる」というのはしばしば使われる手法ではある。

らきすた最終話直前にはシリアス回があったな。

おそ松さんも元からブラックな話は多かったとはい最終話直前はラストにつながるシリアス展開だった。

けいおん最後の方で番外編としてちょっと雰囲気の違う話をやっていたっけ。

伏線回収でもなんでもないけどな。

しかし、もちろんのこと、それは大多数ではない。

日本アニメは「最初からシリアス」か「最後までコメディ」がほとんどだからだ。

その点だけでも「日本アニメは」と言ってしまうのは確実に主語がでかい

日本コメディアニメは」でもまだ大きいくらいだ。

いまやってる「このすば」なんかは徹頭徹尾コメディだな。

ラブライブは、無印の一期最終話手前でダウナー展開だったが、二期ではなかったし、サンシャインでもなかった。

けいおん以降の日常系アニメでも最終回シリアスになる作品はそうなかったはずだ。

中盤で喧嘩したりする展開は記憶にあるが。デレマスアニメもそれだったな。



とにかく、「日本コメディアニメでは最終話直前でシリアスになることがときどきある」くらいに留めておけば文句は言わんよ。

オタクがそれを好んで…いや脚本家が…あたりの雑語りはまたまた別の話だけど。

2017-03-15

http://anond.hatelabo.jp/20170315013839

本旨と関係ない一文へのガノタからツッコミが多くて笑った。

詳しくない物を例えに使っちゃ駄目よね。

どーでもいいけど↓の増田のような(元増田ブコメにも数人湧いてるけど)「2月Google検索アルゴリズムアップデートたから時期は合ってるな」みたいなコメントをする奴って何考えてるの?自分の頭で何も考えてないの?

http://anond.hatelabo.jp/20170314234627

 

こういうコメントって、「創作だろ」というツッコミに対するカウンターとして投稿されているんだろうけど、なんでそのコメント反論になると思っているんだろう?こういう頭のわるい人がいるせいで「低品質」で「内容のない」ネット記事検索順位を押し上げているのかな?

元増田は、増田まとめサイトネガティブ投稿をしている時点で、2月Googleまとめサイト狙い撃ちの検索アップデートを知らないわけないじゃん。はてブでもさんざんニュースが人気エントリに入ってたんだから

そういった一連の流れを組んで作られたのが元増田でしょ

2017-03-11

http://anond.hatelabo.jp/20170311190339

人月100万なら税務署も帳簿にツッコミ入れる価値が出てくるわけで、ゲーム機個人事業の経費で落とせってのは相当に無責任アドバイス税理士に依頼してるなら経費で落ちないと思う。ゲーム制作本業仕事に使うにしても私的利用があるなら按分する必要はあると思う。

2017-03-10

アメトーーク一人旅芸人

ツッコミの人がグループ旅行好きでボケの人が一人旅好きなんだな

どっちがどうとは思わないがツッコミの人は相手が居て成立する節があるから寂しいんだろうな

あとツッコミの人は口が立つ人が多いかグループ回すのが得意そう

2017-03-09

http://anond.hatelabo.jp/20170309162820

そこに問題意識を持っているからでしょう。

常々、日本人自分たちけがお米好きだと間違った主張をしている。

これはゆゆしき問題だ。

コメ文化日本独自のものではないことをもっと広く知ってもらわなければ。

と思っている人の前で

日本人はみんなお米が大好き 」

なんて言ったら、

「いや、○○人もお米好きでよく食べるよ。何で日本人けがお米好きだと思ってるの?」

ツッコミが入るのは当然。

http://anond.hatelabo.jp/20170309111748

作者の伊藤ヒロ悪ノリ満載のパロディが得意な人で、この長文タイトル悪ノリの一環なんだよ。

器用な作家から低俗作品を書こうと思えば、いくらでも低俗に徹することができる。

おそらくは低俗作品から低俗タイトルを付けているわけで、そこにツッコミを入れても作者の手のひらの上だぞ。

http://b.hatena.ne.jp/entry/s/togetter.com/li/1088371

なぜ任天堂ファンがこの発言に対して怒るのか、はてブしか任天堂話題に触れない人にはなかなかピンとこないだろうと思うので解説する



任天堂ソフトPSによこせ系の言説は今回が初めてではなく、古くはゲームキューブの頃あたりから2chゲハ板を中心にずっと言われ続けてきた

もちろん新しいハード買うお金がないかPSでも出てくれれば嬉しい、などという素朴な個人の願望の発露なんてもんじゃなく、

ゲーム業界のために」「ユーザーのために」「京都の1ローカル企業が独占するにはふさわしくないから」「PSで出させてやってもいい」という

上から目線ギョーカイヒョーロンもどきが横行してたわけだ

しろ任天堂ソフトを出せ、はまだかわいいもので、IP譲渡しろの子会社を売却しろだのもっとすごい言説がゴロゴロしていた(今もしてるが)

任天堂 クレクレ」あたりでググれば、当時から続く雰囲気がつかめるだろう



この手の「任天堂ソフトよこせ」論はいわゆるゲーム迷惑サイトにも当然引き継がれ、かのサイト群を好んで閲覧する人たちにとっては

任天堂ゲームはとりあえずPSに出せと言う」のは基本作法となっている(あくまでもPS限定ってのがポイントxboxsteamは除外)

任天堂ソフトなんでもかんでも欲しがるのならもう任天堂ハード買えよ、というツッコミは禁句だ

まり、古くから任天堂ファンは昔からずっとゲハ板住人やゲーム迷惑サイト閲覧者からソフトクレクレされ続けてきていいかげんウンザリしてるんだ、

ってのがわかってもらえればいい



で、件のデザイナーさんだ

彼のツイートを見るに、このツイートをすると怒る人がいるのは自覚してる=上記のような事情を察している

にも関わらずハッシュタグまでつけてツイートするってことは、むしろ怒らせたいのではないか任天堂ファンが怒るさまを見たいのではないか?という疑惑がある

なぜわざわざ怒らせるかというと、そうすればゲーム迷惑サイトとその読者が喜ぶから

まり、このデザイナーさんはゲーム迷惑サイト大好きで、そこに対して媚を売ったんじゃないか?と考えられるんだな



考えすぎだろと言われればそうかもしれないが、任天堂ファンはそこまで考えてしまうくらいゲーム迷惑サイトに嫌な思いさせられてるのよ



(追記)なぜ任天堂ファンがキレるのかわからない、別に困らないだろ、という意見について

これは実際に体験したことのある人間でないとわからいかもしれない

twitterで・LINEで・2chで・友人との会話でゲーム話題になり、こちらが「今任天堂のこのゲームやってるよ!面白いよ!」と言ったら

「は○まで見たけどそれってクソグラのクソゲーなんでしょ?PSで出せばもっといいゲームになるのになんで出さないの?」と

ナチュラルに、まったく悪気なく(本気で悪気なく)返された時のあの徒労感・無力感・怒り

内心黙れよと思いつつも愛想笑いを浮かべて「ああ、うん、そうかもね」とフェードアウトして会話を打ち切らざるを得ないあの残念さ

なんで好きなゲームの(たいていデマ由来の)悪口を聞かされなきゃならんのか

こんな思いを日常的に何年も何年も経験してきた人間にとっては笑い事ではないのだ

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