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はてなキーワード: アーティストとは

2016-06-28

perfumeとかbabymetalって「アイドル」枠を都合よく使うよね

本人たちやプロモートする側というよりも、ファンの側かもしれないけれど。

アーティストとかアイドルとか都合よく枠の設定をしている。

アイドルの中でトップ」とか。

アイドルwwとか言われると「もはやアーティストパフォーマーから」とか。

日本がつまらなくなったのはネットのせい

すまん、タイトルは釣るために主語を大きくした

でも邦楽がつまらなくなったのはネットの影響でかいと思う

特に邦楽、今「チャートAKBEXILEジャニだらけ〜」って言ってる奴らの大半はDragon Ashとかオレンジレンジパクリパクリだ!と糾弾して、日本語ラップを「日本人ヒップホップなんて似合わねーよw」と嘲笑し、ロキノンバンドを「厨二wwオーイェアーハンwww」とバカにしてたイメージ

そうやってちょっと自分たちの気に入らないアーティスト排除していったらそりゃ悪い意味で毒にも薬にもならないAKBみたいなのしか売れなくなるわ、そのAKBですらディアナグロンの件で大炎上してるからな、お前ら洋楽歌詞なんか読んだら毎日がエブリデイで炎上するんじゃねーの?

とにかくこのつまらなくて画一的チャートはお前らが手を貸しているという一面は間違いなく有ると思うよ、パクリDQN的要素を徹底して排除した結果がこれ、あ、EXILEは違ったか

当時パクリ糾弾に青筋立ててた人たちはこれが理想だったわけ?こんなのが清くて正しい日本音楽なの?どうなのよ?

2016-06-26

ハーゲンダッツCM

https://m.youtube.com/watch?v=ttEl7z2ZoEY

これすごい好きなんだけどこれってジャンルで言うと何?

似たアーティスト教えて

2016-06-25

http://anond.hatelabo.jp/20160625014941

ゴリータ3世さん。

https://www.youtube.com/watch?v=c5u-GWh3fro




反自民左翼共産主義暴力革命ガー って何周遅れのネトウヨ発言だよ。。。って感じ。

「いや単にニワカだからこんな発言を?」と思ったけど、

参考文献に挙げられている資料がモロにアレすぎて言い訳きかない。



以前はガジェット系の話題しかしてなかったのに、突然イミフ動画あげてドン引き

ついでにいえば、アーティスト政治発言するのがアウト(リスナーは望んでないから)

って時点でなんか終わってる感。コメント欄賛同賞賛擁護ばっかだし。

ああ、もう時代ネトウヨデフォなんだなーって絶望した。

フジロック政治問題

音楽政治を持ち込むなという話ではない。

楽曲政治色を出していないアーティストが、自身立場を利用して""MCの時に""政治的パフォーマンスをするのを見たくないんだよ。

海外アーティストは知らん。言葉わからんし。アーティストは客盛り上げるために持ち曲演奏ときゃいいんだよ。

意見共感できないとかいう話ではない。安倍首相や舛添知事批判しても擁護してもダメ萎える。

ここまで言ってもわかんない奴に言っておくと、既存楽曲を通して(歌詞を変えるとかはなし)の政治主張なら問題ない。

MCの時に政治的主張をするのがダメなんだよ。特に特定の人・団体政党批判すること。まじガン萎えする。


例えば勉強会に行って全く関係い組体操の是非についてスピーカーが話しだしたら萎えるだろ、その話今日しに来たわけじゃねーしって。反対意見だったら尚更だろ。

例えば大好きなアイドル握手会に行ってそのアイドルブースの後ろに大量の自民党ポスター貼ってたら嫌だろ。えっ…ってなるだろ。押し付けんな知らんがなって。

フェスに来てんのに政治色強いパフォーマンスされたらそれくらい、えっ…て思うんだよ俺たち側の意見の奴らは。

なんというか、俺達と相反する意見は間違ってないのはわかるんだよ。

でも問題はそこじゃないって感じの意見が多くて…


アトミックカフェがどうとかそういう話でなくて、普通ステージで予期せぬ政治的パフォーマンスが起きることをめちゃくちゃ危惧してるだけです。

2016-06-24

ジャニーズじゃない。

中居SMAP……っていうかジャニーズに居る資格無いと思う。どんだけ演技力があったとしても、人の嬉し泣きを見て「ウザい」とか最低かと。

私はNEWSファンだけど、中居のせいで「ジャニーズって何しても許されるんだ」とか思われたくない。

それを見て、笑う観客も最低。

V系ファン(通称:バンギャ)も最近マナーの悪い人が多いって言われてるけど、SMAP以外のジャニヲタさんもみんな「マナー悪い」ってカテゴライズされる可能性も無きにしもあらずなんだよ?

自分がやられたんじゃなくても「ウザい」とか言われたら、普通だって印象悪く感じるはず。

バンギャジャニヲタも“好き”だからどんだけチケが高かろうが、会場が遠かろうが観る価値があるからライヴとか行くワケでしょ?

それをたった1人の心無い一言で、周りから「あー、このアーティストファンバカなんだ」って思われたくないでしょ?私だったら嫌。

中居ジャニーズからとかじゃなくて、まず人の気持ちを考えるべきだと思う。

私は当分SMAPの出てる番組は観たくない。っていうか観ない。

ファンではないけど、菊地亜美ちゃんが可哀想。失礼にも程がある。

自分の言った一言で傷付いたかもしれないんだよ?中居亜美ちゃんに謝るべきかと。あと、そういう心無い言動をした中居を野放しにしたジャニーズ事務所テレビ局も謝るべきだよ。

カラオケってなんで全編歌わないといけないのか

1つに、好きな曲でも一言一句完璧歌詞を覚えるのは苦痛から。1フレーズだけとか1番だけ知ってるくらいが普通

2つに、蛇足的な「語り」まで歌詞化されていて綺麗になぞらなければいけないという圧力を生んでる。

いくら好きなアーティストでもさすがに恥ずかしい。

3つに、やたらと長い曲がある(6分以上)。こういう曲は、どれだけ自分気持ち良く歌えても、

長いというだけで他の人からは疎まれるので、多くの人は極力気を遣って入れないようにしてると思う。

もし好きな曲を好きな部分だけ歌えたら、こんな幸せなことはないよ。

第一興商さん、好きな部分だけ歌えるシステムの開発とその文化の普及をお願いします。

アイドルが、というよりアイドルファン理解できない

私はアイドルが嫌いだ。

というと語弊がある。

そういう文化があり、享受する人がいることを認めているし、頑張っている本人たちはとても素晴らしいことだと思う。

それでもやはりアイドルファンというか、アイドルオタクの方々には申し訳ないが私は嫌いだ。




いきなり自分価値観押し付けになってしまうようで心苦しいが、それでも言いたいので言わせてもらう。

音楽を聞く際、私は基本的歌詞メロディーアーティスト歌唱力を見る。

そのどれか一つでも素晴らしく、自分感性に響けば、私はそのアーティストを好きになり、CDを買う。

そういう過程があってからアーティスト本人に興味がわき、人となりを見たくなる。


しかし、世間および自分の周りにも数多いるアイドル好きの方々に関してはそうではない(と私には見えて)ようで違和感を覚える。




彼ら、彼女らの場合、まず見るのはやはり「顔」である

もちろん、「アイドル」という売り出し方法である以上顔は大事であるし、言ってしまえばそれが大半を占めているのもわかる。

しかし、顔の可愛さかっこよさで判断して、応援して、好きになる、というのがとてもとても理解できないのだ。


極端に言ってしまえば、それは「性別」、性を全面に出したところから判断であり、風俗と売り出し方としては何も変わらないような気はしている。


それでいて好きなアイドルたちの曲について言及しているのだ。

やれ歌詞がいい、曲がいい。


楽曲自体はたしかにそうなのかもしれないが、結局はそのかわいいかっこいい人達が歌っているから好きなのであろう?

正当な評価ではなく少し捻れた好意なんだろう?といつも問いただしたくなる。


そしてそれを実際に問うてみれば、自分感情を抜きにしても好きだとまで言う。

嘘をつくでないよ。


「じゃあその人が男(女)であっても、あるいは見た目が好みでなくてもそう言えるの?」と聞くと

たいていは黙ってしまうか、「それはアイドルというものではなくなるから問題だ」と言われる。



私の理解が足りないのか、私の心が汚れているからなのか、理解できない。




かわいいかっこいい人を好きになるのなら現実恋愛をすればいい。

それがかなわぬゆえ疑似恋愛をしたいのなら風俗ホストに行けばいい。体の関係だってなれる。

でもファンの方々は(一部は違うだろうけど)性的接触や恋愛を求めていないというのだ。

自分好みの容姿をしていて、頑張っているその人を純粋応援したい。恋愛感情ではないが本当に好きなんだと。


これはとても難しい。



本当に好きならその人のすべてが欲しくなる。でもその好きは恋愛感情になってしまう。

歴史上の偉人のように、尊敬しあこがれを抱くような好きでもない。

アーティストのようにその人の作品が好きでというわけでもない。



その人本人を好きなのに恋愛ではない。しかも見返りも求めずただ金をつぎ込む。

あしながおじさんか何かか…と私はいつも思ってしまう。



ここまでならまぁ百歩譲って理解できるとしよう。

理解できないのは、それが一人ではないということだ。



同時に他の人を好きになっていることもあるし、ある程度旬が過ぎたらもっと若い子に移っていく。

お前の好きは何だったんだと。

アレだけ騒いでいてもう次かよと。





まあ…これは「アイドル」を商品として消費して売りさばいている今の日本業界も悪いところはあるとは思うのだが

それを受け入れる大衆も、受け入れざるをえない演者も、責任があるというような気がする。




私は何を言いたかったのかまったく自分でもわからない…ただただ思いついたもの文章にしたら支離滅裂になってしまった。




結論としては、「私は、商品となっている『アイドル』およびそれを享受する受け手理解できない」ということである

吐き出せてスッキリしたというだけのチラシの裏

自分の苦手なものを認められず叩くだけの老害にはなりたくないとは思いつつ、こんな記事を書いているのでした。

2016-06-23

書評山田太郎『「表現の自由」の守り方』 (星海社 2016年

表現の自由、そしてコミケアニメ漫画などを守るために戦っていて、オタク層などに人気の参議院議員著作です。

読み方:プロローグは読まずに飛ばそう

プロローグ表現規制が強化された近未来世界を描いたディストピアSFです。

黒地に白文字のこのプロローグ一見しておどろおどろしい感じがして嫌だな、と感じたので初読時は飛ばしました。

本文を読んで山田太郎議員活動や考え方を理解してからプロローグを読んだ方が、おどろおどろしさに煽られずに冷静に本文を読めますし、作者の考え方、議論の仕方もよく分かるでしょう。

なお、作者は本文中では「コミケ/漫画/アニメ危機が迫っていた」「作者がこう頑張って危機回避した」というパターン記述を繰り返していますが、オープニングと本文も類似関係になっていることは、再読時にオープニングを読んで確認できました。

法的論点解説が怪しい

国会議員全員が法制全般に詳しい必要はありません。しかし、自分で専門と宣伝している分野については詳しくあって欲しいものですし、本を出すのであれば、専門家校正を受けて欲しいものです。

特に、本書は「コミケ/漫画/アニメ危機が迫っていた」「作者が頑張って危機回避した」というパターンを繰り返しますので、法的論点説明に疑問があると、「危機本当にあったのか」「作者のおかげで危機回避できたのは本当か」といった疑念が生じてしまますから法律部分の校正もっと丁寧にやって欲しかったと思います

違法捜査が行われると、無罪となると誤解している(80p)

日本では、「違法捜査が行われると有罪にできなくなる」というルールはありません。違法収集された証拠について、その違法が重大であれば、刑事裁判証拠として使用できなくなる、というルール違法収集証拠排除法則)がありますが、排除されるのは基本的に、重大な違法があったその証拠に限られます

本書で取り上げられた事件の例で言えば、仮にフィギュア押収に重大な違法があったと裁判所認定しても、フィギュア証拠に提出できなくなるだけで、肝心の児童ポルノ証拠として提出できますから有罪認定には何の問題も生じないのです。また、情状に関する証拠押収はある程度認められますからフィギュア押収違法かも微妙です。裁判所合法判断する可能性も十分あります

作者の「違法捜査と認められれば、容疑者有罪にできなくなる。今後は警察もこうした軽率な行動は控えるでしょう」という記述は的はずれですし、「警察に対して、相当強いプレッシャーを与えたはずです」というのは、説得力がありません。

親告罪説明おかし

著作権侵害非親告罪化について、「著作権保持者以外が告発しても、それだけで検察起訴できるように変えようとするもの」(90p)と述べていますが、これは不正確で、誤解を招く記述です。

そもそも、親告罪とは、「告訴がなければ公訴を提起することができない」一部の犯罪のことです。著作権侵害以外には、器物破損罪や強姦罪なども親告罪です。(なお、告訴がないとできないのは公訴の提起であり、告訴がなくても、捜査を行うことはできます告訴の見込みがない事件強制捜査を行うことはまず無いでしょうが

親告罪でなくなれば、他の犯罪窃盗罪とか、傷害罪とか)と同じように、「告訴がなくても公訴が提起できる」ようになるのであり、「著作権保持者以外の告発」は不要です。

作者は別の箇所で「刺し合い」の問題を提起(93p)していますので、そこに議論をつなげることを意識してあえて「著作権保持者以外の告発」という説明を入れたのかもしれません。しかし、読者の大半は親告罪の正確な意味を知らないでしょうから最初説明で「著作権保持者以外の告発」という親告罪であるか否かとは関係のない事項を持ち出すのは不適切です。

刑事民事区別せずに説明している

作者は非親告罪化と法定賠償金制度が組み合わさると、「二次創作の描き手が、非親告罪化により、著作権者でない人物から告発され、法定損害賠償制度によって、懲罰的意味合いを含む多額の賠償を命じられるようになる……」と述べます(92p)。

この書き方だと、著作権者でない人物から告発されると法定損害賠償制度によって多額の賠償を命じられるように読めます

しかし、仮に非親告罪化により、権利者の告訴なしで検察公訴を提起したとしても、それはあくま刑事事件であり、罰金を命じられることはあっても、損害賠償が命じられることはありません。権利者が民事事件自分から提起してはじめて、法定損害賠償制度に基づく賠償が命じられる可能性がでてくるのです。

非親告罪化により、著作権者でない人物から告発され」と「法定損害賠償制度によって、懲罰的意味合いを含む多額の賠償を命じられるようになる」のそれぞれで別個の問題を指摘しているのかもしれませんが、この書き方では誤解を招きます

大臣言葉には法律と同じだけの力がある(105p)?

大臣言葉にそんな力はありません。作者は比喩として言っているのでしょうが、どのような趣旨比喩なのか書いていないため、大臣発言にどのような力があると言おうとしているのか、理解が困難です。

国連の各種人権委員会の)「勧告」は強制力を持ち、国内法より優先されると解釈できる(126p)?

これは作者の独自説です。国際法視点からみても、国内法の視点からみても勧告には強制力はありませんし、日本政府もそう解釈してます

実際、日本は各種の人権委員会からたびたび勧告を受けてきていますが、そのほとんどに木で鼻をくくったような回答をして、事実上黙殺してきています

わいせつ規制に反対しない(133p)

作者は、国連特別報告者が「成人のポルノ表現の自由により全て許される」と述べたことに対し、「日本人一般に考えるわいせつ概念とは異なる」と反発しています。どうやら、作者は刑法によるわいせつ規制には反対してないようです。

さて、最高裁判例によれば、わいせつとは「徒に性欲を興奮又は刺激せしめ、且つ普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義に反するもの」を指します。よく誤解されていますが、性器が見えることは最高裁判例上は要件ではありません。

そして、刑法によるわいせつ規制は常に恣意的で、しばしば不合理なものです。例えば、女性アーティスト女性器の3Dスキャンデータという、常識的にはたいして「性欲を興奮又は刺激せしめ」るとも思えないもの摘発される一方、まさに「性欲を興奮又は刺激せしめ」ることに特化して作られたアダルトビデオコンビニで成人用雑誌付録として大量に販売されています

このような恣意的規制表現の自由に関する萎縮効果が甚だしいのではないかと私は思うのですが、作者はわいせつ規制問題には興味がないようです。作者がこれから作られるかもしれない規定が乱用されることかもしれないことについては敏感なのは表現の自由が萎縮しやす権利であることから理解できますしかし、すでにある規制恣意的運用されている問題には興味がなさそうなことには違和感がありました。

他の議員努力に触れない

参議院議員の中には、表現の自由について見識があったり、作者の問題提起に応えてくれる人が他にもきっといるのではないかと思うのですが、他の議員の話はほとんど出ません。まるで、参議院議員の中で表現の自由を守ろうと頑張っているのは作者だけで、作者が一人きりでとき政府与党と対決し、ときには協調して表現の自由危機対処しているかのようです。

表現の自由を守る議員を選びたい人にとっては、選挙区投票先を選ぶためにも国会議員の中で表現の自由を守ろうと頑張っている人の情報が欲しいと思うのではないかと思うのですが、この本はその役には立ちません。出版時には作者はどの政党出馬するかが決まっていなかったようなので、残念ながらそれは難しかったのかもしれません。

追記

誤字訂正メモ

成人の児童ポルノ

2016-06-21

なんではてなってジャニオタが多いの?

単に頭数が多いだけかもしれないけど他のアイドルアーティストファンより目につく気がするな…

特に関ジャニとかNEWSとか、最近グループというわけではないが若手でもないみたいなところ

好きにすりゃ良いと思うけど、「痛いはてなエイター」みたいなヲチスレとか逆に立たないのか疑問

http://anond.hatelabo.jp/20160621001649

一生懸命書いてもらって悪いけど、おうちで簡単コピーP2Pつこうてお手軽に音楽が手に入るようになったこととCDの売り上げ減はほぼ関係がないということになっているよ。

(詳しくはいろいろ資料を読んでね)

娯楽・趣味多様化メディア展開で音楽自体がタダで配られる(TVラジオCM等)ようになったことによる価値の低下、景気の落ち込みなどが主な理由だよ。

そもそもコピーする層はカセットテープ時代からずっといたわけで、そういう人間はもともと原盤買ってない。もともと客じゃない人間から売り上げに影響するわけないよね。

あと「音楽家」とか主語がでかいよ。

音楽業界不景気になった後、売り上げを落としたのは主にチャート常連の「消費」されるタイプの曲を書いていた人たちで、各ジャンルで名の売れてるコアなアーティストたちはYoutubeiTuneのおかげで間口が広がって売り上げが上がったんだよ。

というか、この辺の議論CCCD出た時やRIAA訴訟問題の時にめっちゃされてるから当時のブログ音楽雑誌をきちんと読んだ後にもう一回書いてくれると嬉しいな。

当時のみんなもちゃんと考えてたんだよ。角度とか

BUMP OF CHICKENアルバム"orbital period"のブックレット、「星の鳥」につい

王様が何で王様かというと、王様王様王様と決めたからだ」

という文章から始まる”星の鳥”という物語。この物語について心理学観点から少し考察してみたいと思う。この文章を読むにあたって、筆者はまだこの心理学について勉強の途中であり、未熟な考察が多々あるかもしれないがお許しいただきたい。この日記から、また星の鳥という物語に、BUMP OF CHICKENというアーティストのすばらしさに気づいてもらえたら幸いである。


この物語は、”王様と呼ばれる彼”が、もう一人の彼である星の鳥と出会い、”本当に王様と呼ばれる彼”になっていく物語である


私の学ぶ心理学では、”自己実現”という言葉がしばしば登場する。それは端的に言うと、”自分自分出会う”という体験であり、”出会った新たな自分を、自分の中に統合していく”ということだ。自分が今まで見てこなかった、気づいていなかった、切り離してきた自分人間こころは、それらの自分出会おうとするエネルギーを持っている。学術用語では、「こころ全体性」なんて言い方をする。

王様と呼ばれる彼は、星の鳥という物語を通して、深く、そして厳しい自己実現の道のりを歩んでいる。


自分自身王様と呼ぶことを決めた彼は、自分のことを”王様”としか見ていなかった。だからこころ全体性を求めるエネルギー現実世界へ溢れ出し、様々なもの王様は欲しがっている。しかし、そのどれもは自分のものであって、自分じゃない。満たされない思いは、”胸のあたりをぎゅうっと”させる。

そんな時に、彼は星の鳥と出会う。”星の鳥”は彼がそう名付けただけのものであり、実際は何なのか、物語の中では描かれない。彼が見た星の鳥は、他の誰にも見えることはなく、彼にしか見えていない。星の鳥は、本来自身であるべきものなのである。彼の中にある、”王様”以外の自分ーー彼はそれを星の鳥と名付け、それを自分のものにすることを求めた。

そして、そのために非常に厳しい道のりを歩み始める。

様々な試行錯誤を繰り返し、体に傷を負い、他のものたちに笑われーーそうして彼は気づく。星の鳥と自分自身が似ているということに。

そして、この自己実現、つまり、星の鳥を自分のものにすることは自分一人ではできないことに気づく。自分の力がないことを認め、他の動物たちへ頼む。自分の唯一のアイデンティティであった王様であることすら放棄し、それまで自分の一部だと思っていた大切な宝物も差し出し、それも一蹴され、、彼にとっては相当辛い体験だったはずであるしかし、自分を一度やめるところまで深く、厳しい体験をしなければ、星の鳥を手に入れることはできなかったのだ。


彼は、たくさんの仲間と共に星の鳥を作り始めた。しかし、やがて”死”が訪れる。

私の学ぶ心理学では、”死”を単純なイメージとして扱うことはない。”死”は変化の象徴として扱われることもあり、必ずしもネガティブイメージではない。ここでの彼の死は、象徴的な意味での変化を表しているのではないだろうか。本当の彼自身になるために必要な、死。星の鳥を自分のものにするためには一度死の道を通らなければならなかった。

彼は星の鳥の中心部へ埋葬される。

星の鳥が完成し、王様としての彼の象徴であった冠が彼の墓にかけられた時、彼は猫として生まれ変わり、世界に再び生を受ける。星の鳥である自身王様である自身へと統合され、より高次の存在であるネコへと再生されたのだ。


ここで面白いのが、物語最後に、統合されたはずの星の鳥が再び登場するということだ。

これまで考察してきたように、星の鳥は自己実現過程必要な、自分自身が気づいていなかった自分自身である完璧人間はすべての自分自身を余すところなく統合し、認知下に置いていると言えるが、完璧人間などこの世には存在しない。どんな人間のどんな時にも、切り離してきた自分自身存在するのだ。それを象徴するものが星の鳥であると私は考える。

そのため、一つ星の鳥を自身統合できたからといって、星の鳥は消えない。星の鳥は、再び新たな自分自身を連れて、ネコの元へやってくる。


自己実現”について長々と考察をしてきたが、自己実現はすればするほど良いというものでもなく、そう簡単にできるものでもない。星の鳥の物語に描かれているのは、非常に厳しい自己実現の道のりである簡単にできる自己実現などは、この世に存在しない。しかし、全く自己実現を行わない人間もいないーー。


ーーだから、「思い出した 星の鳥だ」くらいに考えておけばきっと良いのだろう。

この前焼き鳥屋で初めて出会ったおじさん(子連れ)が、特に会話もしてなかったのに帰り際に急に

「あぁぁぁ!お兄さん! ロックロックどうです!ロック好きっすか!? 僕は今年もフジロック行くんですよ!!あぁーーッ!!」

ってがっちりと両手でこちらの手を包むような握手をしながら言ってきたけど、あのおじさん、ちゃんと子供迷惑かけずに家帰れたのかなあ……?

ロックってやっぱヤベェのかもしんねぇなってゴツゴツした大きな手のぬくもりを感じながらちょっと思いました。



音楽ジャンルとか気にして聞かないから、この人がロックですよ一覧表みたいなのがないと「あ、この人の曲好きです」とも言えなくて申し訳なかったなあ。

ナルト主題歌になりそうなやつで速いのは大体ロックなんじゃねーのぐらいの認識から音楽自体は好きだけど音楽を通して語りたい人とは結構な断絶がある。

そういえばビートルズってロックなの?中学音楽の授業でヘイジュードだけ聞いてなんか静かだしゆっくりだし辛気臭いなあって思ったけど。

多分BGMとかで他にも色々聞いてるんだろうけど、曲と曲名アーティスト名が紐づいてない。

音楽家はもうちょっと大人になるべき

http://b.hatena.ne.jp/entry/togetter.com/li/989697

このネタ、定期的にやってくるね。見るたびにほんとクソだなって思う、こういうこと平気で言うアーティストって。

結局、世の中の事象を表面的にしか捉えられない極めて残念な頭脳の持ち主だってのが露見するからこういうのはできるだけ見たくない。

CCCDレーベルゲートCD(以下CCCD統一)は、別に必要が無いのに突然作られたわけじゃない。ビジネスとしてそれが必要だと判断されたから作られた。それが成功か失敗かに関わらず、産業を護るための1つの手法として作られた。

当時、音楽世界を猛烈な勢いで襲ってきたのは、「印刷技術陳腐化」と、「それに伴う経済圏破壊」だ。

音楽が、中世パトロン音楽家が養われていた時代から先に進めたのは「印刷」の技術のおかげだ。楽譜印刷し、アナログレコード印刷し、そしてCD印刷することで音楽お金に変えることに成功した。1つのマスターを大量に印刷し複製すること、その「印刷」が特別技術であったからこそ、そこに金銭的な価値が生まれ音楽を金に変えることに成功した。

マネタイズが上手くいった場合恩恵などいまさら語ることではないと思うが、その金がさらなる設備投資を生み、最高峰音楽スタジオを作っただけでなく、作品多様性文化としての多様性をも生んだ。1作品の売上で1度失敗したらすべてが終わる世界ではなく、大衆に広く伝わる音楽から、極めてマニアックでありながらしかし深く深く誰かの胸に突き刺さるような、採算を考えたら許されるはずのない作品さえも許容できる余裕が生まれた。80年代90年代音楽を見ればそれは一目瞭然であり、多様性こそが文化としての豊かさだというのは誰の目にも明らかだ。それもこれも、マネタイズが上手くいっていたか可能になったことだ。

この辺の「ありがたみ」を、元記事音楽家などはきっと理解していないんだろうと思う。もっとも恵まれ時代活動し、勝手に思うがままにできていた世代特有傲慢さ。プラットフォームを築き上げることがどれだけ大変で、それを維持することがどれだけ重要なことか、まったく理解していないんだろう。いい歳こいてるくせに。

それらの恵まれた状況をもっとも大きく変えたのは、「家庭用パソコンCD-ROMドライブが搭載されるようになった」ことに他ならない。その時点で「印刷」の専売特許が失われ、「印刷」が家庭レベルに落ちた。誰でも印刷ができるようになってしまった。ここでいう印刷とは、CD-Rに焼く行為のみならず、HDDデータを取り込む、そのデータコピーする、これらすべてがつまるところ「印刷」だ。誰でも自由印刷ができるようになった時点で、そこに金銭的な価値を維持できるような専売性は無くなった。

それをいち早く察知したのは、アップルグーグルだ。彼らはしきりに「おまえの持っているCDパソコンに取り込め」とけしかけた。とにかく入れろ入れろとしきりに促した。同時に「その取り込んだデータをどうするかはおまえ次第だから知らないけどな」と、極めて狡猾な態度をとり続けた。スティーブジョブズが本当に音楽家を救いたかったのだとしたら、やるべきことは人々にCDパソコンに入れさせコピーさせることでは無いことは彼も気付いていたはずだ。気付いていながら彼は巧みにポジショントークを繰り返し、自社製品を売り、むしろ自社製品音楽を救うとまで言ってのけた。そして、それに音楽家たちはまんまと騙された。

音楽パソコンにさえ入れさせれば、後はユーザー勝手コピーするなり、ネットにアップするなり、金も法も関係なく勝手にやり始めることを彼らは知っていて、それを積極的に促した。

なぜ彼らはそれができたかといったら、それは「彼らは音楽投資をしていなかったから」に他ならない。制作費やスタジオ設備に一銭も出していないからだ。音楽CDプラットフォームを作ると同時に音楽制作も始めたソニーには、ビジネスを通じて音楽文化を育てる気概があった。対してアップル音楽制作には一切触れようとしない。彼らは単に、はちゃめちゃコピーマシンと、投資はせずに回収だけするプラットフォームを作り上げただけだ。

そうやって彼らが「パソコンにじゃんじゃんCDを入れちゃって~」とやり始めた時、当然、それに抗わなくてはならなかったことを想像もできないようなら、もう一度中学生からやり直した方がいい。

コピーコントロールCDという名前が表すように、コピーコントロール、つまり印刷」をコントロールする必要があった。そうしないと、音楽を育むための全ての経済圏破壊されてしまうからだ。指を咥えて待っているわけにはいかない。対策を講じなければならない。

明らかに不利な立場だった。何もしないと責め立てられ、やろうとすると「考えが古い」と叱責される。アップルグーグルが上手かったのは、いかにも「先進的で素晴らしいパラダイスを目指している」ようなイメージアーティストたちへも擦りこむことに成功していたことだ。その先に実際には何もなくても、イメージさせてしまえば勝ちだ。あの頃のみんなに「10年後、音楽アイドル大人ホストサーカスしか残ってないよ」と教えたらどんな顔をするだろうか。

実際にはCCCD技術はあまり褒められるようなものではなかったし、それは作った側も認めている。技術アイデアが足りなかったのだとは思う。しかし同時に、何もしないわけにはいかなかったこともちょっと理解してやったらどうだ。いい大人なんだから

当時、全てのレーベルCCCDを出していたわけではない。人を「犬」呼ばわりするほどCCCDが嫌なのだったら、違うレーベルからリリースすればよかったではないか契約などのせいでリリースせざるを得なかったのだったら、裁判でもやって争えばよかったではないか制作費をしこたま出して貰って、ワガママもできるだけ聞いてもらいながら制作をしていた人間が、気分でボロクソに言うのって本当に程度が低いと思う。

CCCD正式にはコンパクトディスクでは無い。redbookのCD-DA規格に準拠していないからだ。つまり厳密なことを言えば、CCCD対応していないCDプレーヤーCCCDをぶち込むのは、CDドライブにフロップーディスクをぶち込むのと大して変わらない。

ここで「だからプレーヤーが壊れたのは自己責任」などとは言いたくないし、その辺りは確かにソニーエイベックスのやり方や啓蒙の仕方、技術には問題があった。 だが、何かしらの対策をしないといけないのは明白で、それに対して失敗したからといって上から目線でボロクソに言うのはまったく関心しない。

実際、あれからCCCDは多くの非難を浴びた。ほぼ同時期に、アップルiTunesにまったくもってクソみたいに使いにくいDRMを自ら導入し「ほら、使い辛いでしょ?」とお決まりポジションで言ってのける演出をし、そして業界全体が「コピー禁止DRMはやってはいけない」という風潮になり、まんまとIT屋の餌食になった。 すぐ近所でゲーム映画DVDは「私的複製許可するけど、鍵は外したら怒るよ」というクレバーなやり方を開発し、一定の効果を上げコントロールできているというのに、音楽だけは「複製は許さなくてはならない」という空気に飲み込まれた。そんな馬鹿な話はない。それもこれもアップルグーグルの熱心な啓蒙のおかげだ。

そしてレーベルアーティスト制作費が出せなくなった。 自宅で制作したような貧乏臭い音のショボイ作品しか作れず、過去遺産にしがみつくしかなくなった。若いアーティストたちはどんなに才能があろうと、お金を掛けた制作をさせてもらえずバイトをやめることができなくなった。毎晩、叙々苑弁当を食わせてもらってた上の世代がこぞって「音楽をタダで聞かせればファンが増えてもっとカネになる!」とかいうアホみたいなIT屋の理論鵜呑みにし業界をその方向へ誘ったがために、明らかに業界は縮小し、文化は萎縮し、これから先の若い才能は音楽などやらなくなってしまった。

おまえが良識のある音楽家たちを「犬」呼ばわりするなら、おまえはあいつらのポジショントークセールストークを無邪気に信じこんでお花畑を目指してたIT「犬」だろうが。    mn3

2016-06-20

音楽性で売れてる最近アーティスト


最近邦楽を聞いてないので分からないのだが、音楽性… というと聞こえはいいが、以下のカテゴリに当てはまるようなアーティストって今どんなのがいるのかなと思っている

ジャニーズアイドルエグザイルなどではない(が、彼らも色んなスタイルがあるので、本当はこうは言いたくないが、まぁアイコンとしての意味だ)

10年代デビューで、オリコンなどの上位に入ったことがある

音楽ジャンルは問わないが、とにかく売れたという事実必要


みたいなイメージ

ゲスの極みとかは音楽を聞いたことがないので何ともいえないが、このイメージに入ってくる。

好き嫌いではなく、単に事実として売れた若い人たちっていれば聞いてみたいのだが。

2016-06-19

アーティストってなんで反倫理でも許されんの?

同じ人間なのにおかしくない?

象徴かなんかなの?天皇なの?

2016-06-18

なんで日本人アーティストアルバムジャケット長方形にするの?

アルバムジャケット正方形しろ

グリッド表示で綺麗に並ばないんじゃ

そこのフォーマットはきちんと守れや

こんなん日本人アーティストだけだぞ

そこに個性要らないから本当にやめろ

2016-06-16

【保存版】 新都知事選びの参考資料 【2016年版】

〇:都知事にするメリット、期待出来るポイント

×:都知事にするデメリット不安要素



     ※過去都知事選出馬たか出馬が取りざたされた人物を集めた。

     ※金銭面の強欲さや不倫隠し子問題等が知られていた舛添都知事

       結局人格面の難によって都知事椅子を追われる経緯から

       金銭クリーンさや家庭面にもやや重みをつけた。

     ※順番は公平を期するためにシャッフルをかけたので無作為である



マック赤坂

宗教法人増税とそれ以外の法人・個人の減税を提唱

東京大学教授安冨歩マック赤坂こそ日本社会に潜む暴力への対処法を我々に教えてくれる人物であると高く評価している。

×2010年脱税有罪判決を受けている

×離婚歴あり



東国原英夫

2011年都知事選石原慎太郎に惜敗2位の人気&知名度

宮崎県知事を大過なく任期満了企業100社誘致マニフェストも達成

×不倫歴とバツ2は舛添現都知事と同じ

×16歳との淫行歴



橋下徹

〇都構想とか言い出さな

会計に明るく金銭利権面ではスキャンダル無し

糟糠の妻一筋 7人の子が全員嫡出子

×市長知事任期途中で自らやめてしまった

×維新の会のようなフランチャイズを作っては面倒になって野に放つ

×部落出身で親はヤクザとの報道があった



山本太郎

〇豪腕小沢一郎を抑えて政党代表をとる腕力

山本太郎のなかまたちが1350万人増える計算都民人口

×スピード離婚歴・非嫡出子あり

×バックが中核派



宇都宮健児

2014年都知事選で2位に付ける人気&期待度

隣国・韓国から日本代表する良心知識人に選ばれる宇都宮』と評価される(京郷新聞2013年12月29日記事)。

〇著名文化人の支持者が多い(坂本龍一辛淑玉北原みのり想田和弘森田実、ほか多数)

×政治家としての実績無し

×石原・舛添に続き外交分野に嘴を突っ込みそう



田母神俊雄

軍事に強い

反グローバリズム思想の柱としておりトランプ次期合衆国大統領と気が合う

作家アーティストの支持者が多い(デヴィ・スカルノすぎやまこういち百田尚樹三橋貴明ほか多数)

×公職選挙法違反逮捕

×愛人不倫、妻と離婚係争



中松義郎

発明に強い

〇反朝鮮学校反原発と言う左右バランス感覚

高齢者の老化防止を公約

イグノーベル賞受賞

×末期ガンのため任期満了に黄信号



渡邉美樹

労働者に強い



家入一真

ポーカーが強い

〇最年少

〇支持者に若い人が多い(堀江貴文ロンドンブーツ田村淳安藤美冬宇野常寛、ほか多数)

×離婚歴あり

×study gift等の不明会計問題



細川護熙

2014年都知事選で僅差3位

首相経験者、細川家18代目、経歴の華麗さではトップ

〇支持者の幅が広い(小泉純一郎小沢一郎鳩山由紀夫菅直人鎌田慧、ほか多数)

×首相時代佐川急便からの1億円政治資金スキャンダルで辞任へ

2016-06-14

好きな彼女の受け入れられないところ

僕には彼女がいる。

の子とは趣味も合うし、一緒にゲームしたり動画みたり一緒にいてすごいたのしい。

でも、受け入れられないことがいくつかある。




まず一つ目は、「○○さん(アーティスト)と結婚したい~」と僕の前で言うこと。

冗談のつもりなんだろうけど、何度も何度も目の前で言われると気持ちがこうテンションは下がるしちょっと凹む。

それに○○さんが入院しようものなら本気で凹んで「ホントホントに○○さんならいつでも結婚するのに・・・」と目の前で言われる。泣きながら。

ぶっちゃけ冗談には聞こえないし、言われると凹む。




二つ目は、男友達と遊ぶこと。

これはただ僕が束縛したいタイプからってだけなのかもしれないが、とにかくよく遊ぶ。

朝まで男とSkype通話してたりもする。電話LINEしても連絡つかないときはだいたいそれ。

別に頻度が少ないならいいけど毎週3回はそんな感じ。

浮気とかそういうのはないか大丈夫だし、束縛されたくないと言われたから遊んでもいいよと言ったが、やっぱり気持ち的に嫌だ。

世の中のカップルはだいたいこんな感じなのだろうか?彼氏彼女関係になったのならある程度はそういう異性との遊びは控えるのが普通だと思ってたし、今までお付き合いしてきた元彼女達もそうだったからすごい違和感がある。

僕は他の女の子遊んだりしたら彼女が嫌な思いするだろうと思って控えていたけど、友達とは遊んでもいいじゃんと言われたからそういうものかと思い僕も控えてたけど遊ぶねと言うと僕はダメと言われて喧嘩になった。

自分はよくて僕はダメらしい。




三つ目は、喧嘩をするたびに別れようと言ってくること。

僕は喧嘩をしたなら喧嘩になった原因を話し合って仲直りすればいいだけだと思ってたけど彼女は違った。

喧嘩をするとまず会話することを放棄して逃げ出す。

そしてもうだめだね別れようと言う。

彼女いわくめんどくさくなるともういいやってなるらしい。

お互い好きで付き合ったのに喧嘩したくらいで別れるのは本気で理解できない。(喧嘩の内容にもよると思うが)

喧嘩したとき必ず「私は都合のいい存在だったんですね」と訳の分からないことを言う。

都合のいい存在ってなに?お互い好きで告白してお付き合いすることになったのに都合の良い存在ってなんなんですか?

そしてなぜか僕が女たらしのように言われる。本気で好きになって付き合ったのにこういうことを言われると僕の気持ちバカにされたように思えてくる。

そんなことないし、ホントに好きだよって毎回言っても喧嘩のたびに言われる。




四つ目は、共通友達に付き合っていることを秘密にしていること。

今まで彼女共通の友人がいれば付き合うことになったー!などと報告をして祝福されたりチャチャ入れられたりして過ごしてきたが、今の彼女絶対に周りには言うなと言う。

から僕は誰にも話していない。彼女と付き合ってることを知らない友達彼女と朝まで遊んでるのも知っているのですごいモヤモヤする。




五つ目は、エッチしてる最中元カレを臭わす話をしたりする。

今まではこうだったから~とか。

一番ショックをうけたのは中出ししないの!?とか中出しすると垂れてくるからねとか言われた時。

正直最中にそんなこと言われると萎えるし凹む。

そういうこと言わないでって伝えて、わかったもう言わないようにするって約束はしてもやっぱりそういう話をしてくる。



なんなんだろう。

おそらく彼女と僕は全く合わないのだと思う。

一緒に遊んだり話したりイチャイチャしてるとき楽しいし好きだなあって思うけど、ここまで合わないことがあるともう付き合うのは無理だと思った。




これは僕の心が狭いからなのかもしれないが、やっぱり無理だ。

将来結婚しようねなどの話もでてたりしたけど嫌なことがありすぎて気持ち的にもう限界に近い。

好きな人と付き合えるのは幸せなはずなのに幸せ気持ち最近全くなっていないことに気づいた。




色々書いて気持ちに整理がつきました。

僕は今日彼女と別れます

チケット残ってた増田完売挽歌田素馬立っこの戸っ鶏知(回文

こないだチケットもぎのお手伝いの話の続きなんだけど、

結局チケット完売しかったわよ。

予約分でほぼ売れてたらしいんだけど、

食事券付きの当日券がちょっと余ったんだって

でもそれも全部売れちゃって、

当日券買ってきてくれる人ってそんなファンじゃないかも知れないのに、

あ、ちょっとこれ見てみようかって

ふらっと来る人だってたかも知れないじゃない。

ある意味余裕のある人よね~。

なんか憧れるわ。

知らないアーティストライブに何も知らずにいきなり行くとか

そんな大人になりたいわ。

私もミーハーちはやふる観てこようかしらん。

うふふ。




今日朝ご飯

昨日のお刺身が残ってたので漬けにして、

から海鮮丼よ!

シイラが2柵で100円とか安さ爆発!さすが港町ね。

魚が美味しいって私好きだわ。

デトックスウォーター

まさか魚介類はあり得ないけど、

シジミ砂抜き上澄み水という高度な希塩水ね。

これは普通にお味噌汁作った方が良かったわ。




すいすいすいようび!

今日も頑張ろう!

2016-06-12

http://anond.hatelabo.jp/20160612134241

自分もそれ参加したことある

アニメ好きなので、アニメとか語り合える男性と知合いたいな

あわよくばアニメ一緒に見ながらあーだこーだ語り合える彼氏ほしいな、とかそんな妄想を膨らませながら。

  

別にオタクな会話ができる人じゃなくていいなら普通婚活でいいのよ。

普通婚活パーティじゃなくてこのパーティにしたのは彼氏とオタトークで盛り上がりたいからなのよ。

  

  

なのに、オタク会話どころか、普通の会話すら成り立たない男性がちらほら居てびっくりした。

私の投げた言葉ボールを受け取りはするものの返してくれないの。

言葉キャッチボールが、ただの投球練習みたいになってしまって辛かった

女性とうまく喋れないのかもしれないが、「あ、はい」「あ、そうです」だけの発言って会社でうまくやっていられるのかな、と余計なお世話だが心配になってしまった

(この後滅茶苦茶一方的に話しかけ続けた!)

  

  

あと、好きな作品声優としてプロフィールに挙げている割に熱意が感じられない

「○○さん好きなんですね、昨日ライブツアー東京公演があったんですよね」って話しかけても、「ライブ行かないです」「CD買わないです」「曲、いくつかしか知りません」みたいなの

お金落とさない&もっと知りたいって欲が無いだけで、本当に好きなのかもしれないけどさ…

ただ、そこから話を広げられない人ばかりだった

CD買わなくてもいいけど、前向きなアピール相手に悪い印象を与えないよう上手く話を繋げてくれや

  

  

一番困ってしまったのは否定してくる人

モンハン好きって書いてあるからさ、モンハン4について熱く語り掛けたら「4ってwwモンハンは3以降クソwww」とか言わないでください

一瞬にして私の気持ちは海底2万マイルだよ!

  

好きな作品に挙げられてる作品について、劇場公開もされましたよねって話しかけると「映画見に行かない」「BDDVD買わない」「レンタルしない」って返されたので、

めげずに「そ、そうなんですね…わたしテレビ放送見てました~!(キャラ名)好きです~^^」って返すと「そのキャラ、ぼく嫌いなんだよね~^^」「ぼくは××たんがしゅき~^^」って嬉しそうな顔して言われても凍り付きます

  

  

オタク婚活に参加する男性とは、アニメ漫画ゲームといった物が好きでグッズ買いまくったり愛や評価を語りまくる、みたいなのを思い描いてしまっていたのは自分でも反省した

自分だったら好きな作品お金を使うし、好きなアーティストライブとかガンガン行っちゃうし…っていうのがあって、自分オタク基準にしていて

からお金を使わないのはオタクとして軽すぎると思ったのは良くなかったかもしれない

はいえ、その代わり語りつくせるぜ!ってわけでもなく、じゃあこれらの人たちのオタク定義って何なんだろう…うーむ

  

  

これで見事カップルになっても、その後逢瀬を重ねることを「面接」と呼ぶらしいので、これはまさしく受験就職と同じようなものかもしれない

もし今後参加してみようと思ってる人がいるなら、それこそ受験就職面接くらい、ゲンジ通信あげだまの如く気合い入れろよ

  

  

追記。

うろ覚えだが、わたしが参加したのは確か30代男女限定パーティだったはず。

年齢が近かったら、若いころに見ていたアニメ漫画などでも盛り上がれるかな?とか期待したけどそれ以前の問題が大きかった。

男女ともにカップルになれなかった人たちで後で集まって盛り上がったっていう話をちらほら聞くし、男女ともに異性慣れしてない参加者も多そう(=同性とはちゃんと喋れる)

2016-06-11

エンターテイメントがしぬかもしれないはなしその2

エンターテイメントがしぬかもしれないはなしの続き。

前回は2000年2010年あたりのアイドルジャニーズお笑いジャンルでなにが起こっていたのかということをさらっと(わたしの十代の記憶と共に)振り返った

では現在虫の息である若手俳優の世界でなにが起こっていたのかということも一応書き記しておく

まさに2.5次元ミュージカル王様(なぜ若手俳優の舞台はつまらなく、客席が埋まらないのかおたく真剣に考えてみたブログ参照)であるテニミュが初めて上演されたのは2003年のことである

当時の話はパイセンたちからのお話でしか聞いたことがないけれど、はじめは客席が埋まらないのでキメ様のライブをおわりにやったりして、キメ様のおたくとかでがんばって埋めていたらしい

ちなみにみんな大好き氷帝学園、いまをときめく斎藤工が出演していた氷帝公演が行われたのは、2005年の話であるから、テニミュ(若手俳優)の世界も前述の通り、やっぱり2010年向かって右肩あがりの時代だったんだと思う

それでは今度こそ2010年以降、おたく世界になにが起こってきたのかをふんわり考えてみようと思う

現状として、大きくふたつの問題がエンタメおたく界の中に発生している

ひとつは、村社会としてのおたく世界におけるおたく高齢化社会、ふたつめは、生産的おたくの少数化である

このふたつは繋がった大きなひとつの問題である


⚫︎「おたく高齢化社会」とは

その名の通り、おたく高齢化が進んでいるという話である

変な話だと思うかもしれない。今日本は国として、ずっと偏見を持たれて消極的に虐げられてきた「おたく」という異常な世界ひとつ国民性としてピックアップしていって、それを日本の特色としてビジネスにしようとしている

そして、おたくではない人たちがおたく世界に土足で踏み込んできて、自分たちが興味を持った部分のみを取り上げて「これがおたくなんです!」とテレビ雑誌なんかで言っちゃってる

元々こういうサブカル推しの政策になるまでにおたくになっている人たち(わたし含め)は昔の閉鎖的なおたく世界の中での「みんな違ってみんなとりあえずよし」というのに慣れているからあんまり気にしてないかもしれないけれど、

新規参入してきたおたくの人たちはひょっとしたら、マスコミたちが取り上げた「おたく世界ひとつの側面」を見て、自分でなにか実体験として掴み取ることもせずにこれがおたくなんだとぼんやりと捉えているだけなんじゃないかとわたしは危惧している

おたくというのは長らく村社会である

村のコミュニティーの中に入れていようが、村八分されていようが、そこに存在する限り、とりあえず全員村民である

例外ももちろんあると思う。

例えばワンピースが好きだったとして、毎週ジャンプを買い、単行本を買い集め、アニメを視聴し、自分なりに設定についての考察を行う

これをネットなどに発表することなく、誰に見せることもなくひたすらノートに書き綴っていたら、自己完結しているので、他者から村民として認知されることはないと思う

けれど、この人が例えばホームページを立ち上げて自分なりの考察世界に発表したら、例え誰かと交流を持たなくても、わたし村民として世界に存在していることになると考えている

他のワンピースおたくは誰かしらそれを読むだろうし、感想メールする人もいるかもしれないし、リンクフリーと書いてあったら、リンクページやブログにその考察サイトのURLを貼るかもしれない

かたや、HPを立ち上げたもののアクセスがなかったら、自らサーチに登録するかもしれない

こうして、村の中へと入っていくのである

村の中には色んな人がいる。

一流企業で働いているエリートもいれば、ニートに近いフリーターもいるし、学生もいれば、子持ち主婦もいる

けれど、暗黙の村の掟というものがおそらくどのジャンルおたく世界にも存在して、もちろん可視化されたものではないので、最初はわからないのだけれど、どの村にも、RPGゲームで話しかけてくる村民みたいなやつがいて、

これはこうすればいいんだよ、これがどうなんだよ、とふんわりと村の掟を教えてくれていた

物事というものは、完全にゼロから創造されることはない

そこになにかが存在して、そして、基礎とされるルールが存在して、初めてそこからなにかが生み出される

ことにおたくという生き物は、おたくという側面においてイチからなにかを創造する生き物ではないと考える

何かが存在して、それになにかアレンジを加えて、別のなにかに変化させるのがおたくだと思う

なにが言いたいかというと、アイドルがいて、おたくがいる

漫画があって、おたくが読む、舞台が上演されて、おたくが観る

おたくというのは、創造されたなにかを完成させる上で不可欠な存在ではあるが、まずはじめは受け手

受け手として、その世界に存在するにあたって、どんな世界にもルールがある

けれど、情報化社会の中で、おたく世界の中の村という概念が何年も前から崩れている

これは、若い子に限ったことではない。

マスコミが取り上げたおたく世界を見て、おもしろそう!と新規参入してきた年配おたくも同様である

そうすると、どういうことが起こるのかというと、新規参入おたくたちはSNSなどのツールばっかりは立派に持っているのだけれど、RPGゲームで話しかけてくれるおたくがいないものだから、

レベル上げの方法を知らずにずっとマサラタウンの横の草むらでコラッタキャタピーや同じようにそこに留まって地図を持たないおたく同士で、これがおたくなんだー!たのしー!となっている(もちろん例外もいる)(自ら見つけていけるんだから、わたしと違ってまじ天才的だと思っている)

村民おたくマサラタウンおたくとのおたくの分離化が進む中で、旧型のおたく高齢化が止まらない

⚫︎「生産的おたくの少数化」とは

どのジャンルにもいると思うのだけれど、ツイッターに常駐していて、キチガイを名乗っている若い自称おたくの子たちがわりと一定数いる

これは本当にかわいそうだ。

なぜならなんの生産性もないツイッターに常駐して時間を無駄に浪費しているということはおたくでもキチガイでもなんでもなくて、生産性の低いただのかまってちゃんだからだ

けれど、それでも時間が潰せるものだから、若い子たちはきっと常駐してしまうんだと思う

ツイッターがリアの頃に普及していなかった世代からすると、完全に異常なので、正直積極的にリプを飛ばして関わり合いになろうとは思わない(自分のことを棚に上げてこんなことを言っているがわたしも相当別のベクトルやばいヤツなので、関わり合いにならない方がいいと思う)

わたしが若い頃は、ツイッターがなかったので、ひまだったらもっぱらブログを更新するか、様々な匿名掲示板を眺めるか、仲間内でチャットメールをするか、などしか暇つぶしツールがなかったのだけれど、完全に村社会だったので、

なぜかそんなわたしを見ておもしろそうと思ってくれた色んなお姉さんが色んなことを教えてくれて、暇つぶしの中でも生産性のある暇つぶしツールを与えてくれたというか、

ジャンルおたくの先輩として、例えばこのライブはどのアーティストのどのライブの影響を受けているから、そっちも見ていた方がいいだとか、

この作品を見て、こういう感想を持つなら、きっとこの作家のこういった本が好きだろうから、読んでみたら?だとか様々なアドバイスをもらった結果、

10年以上かけて、こんな神の視点からブログを書くような高尚おたくに育ったのである

(十代の頃から3歳から10歳以上年上の友達とばかり遊んでいたので、地方の女子高生の身分で東京女子大の講義にこっそり潜りこんだりしているような変な女子高生だった)

はっきり言って、おたくおたくとして存在している時点で9割は凡である

だから、自分でなにかを創造することはできないと思った方がいいし、レベル上げの最も簡単な近道は先人に教えを乞うことである

テニミュに関してだってそうである

素晴らしいことなのか、残念なことなのか、若い子たちはどう捉えるかわからないが、テニミュというコンテンツが好きでファーストから通っているおたくはたくさんいる

DVDで当時の公演を振り返ることは不可能ではないが、ネルケは財布をしめていくことを決して許さないので、きっと過去の公演のDVDまで買いあさるなんてなかなかできることではない(それに残念ながら逮捕者がでている公演のDVDは発禁になっている)

ひとりそういうババアおたくと仲良くなって、そういう話を教えてもらって、自分の中にインプットして、そこに自分なりの仮説と解釈を加えるだけで、高尚おたくになれるのに、

ツイッターを眺めていると結局同世代同士でつるんでいるのが多い気がする

その点において、タレコミとかで叩かれているような痛いおたくの子たちの方が結局現場で昔からいるババアたちと顔を合わせて、情報戦で勝てないババアたちといかにうまくやっていくかという課題と直面しているので、

よっぽど要領がいいというか、低姿勢で吸収力があるなあと個人的には思う(ババア側の人間)

⚫︎なぜ生産性の低いおたく多数派だとダメなのか

ここまで読んで、どうして生産性の低いおたくだとだめなんだ、ツイッターで同世代で楽しくつるんでなにがだめなんだ、痛いワタシみたいな高尚おたくになる必要性がどこにあるんだ、と思った人が多数だと思う

なぜダメなのか、

まずひとつめは、マサラタウンの草むらには何年もいられないということ

ふたつめは、マサラタウンの草むらにいただけではポケモンプレイしたとは言えない

ので、布教ができないということである

例え話だとぴんとこないかもしれないので、それぞれについて解説していく

まず、ファンではなくおたくとして存在する以上、ただ消費するのではなく、消化(昇華)できるおたくにならないと、自分でなにがおもしろくて今コレに時間とお金を費やしているのか、わからなくなるとき絶対くる

おたくを自称するくらい、何かが好きなのだから、どうして自分はそれが好きなのか、それにはどんな魅力があるのか、その魅力は他のものと比べてどう秀でているのか、せめてこれくらいは言語化できた方がいい

というか、これをきちんと言語化できる人は、ロジックリーなんかに頼らなくてもたいていのことは物事の本質と原因を分析できる人になるから、生きていく上でもたぶん役に立つから便利だと思う

言語化するには、その世界を知る必要がある。

何年もおたくをやっているババア絶対たいていは厄介なので、積極的に関わり合いになれとは言わない

けれど、ロム専だとしても(もはやロム専という言葉は死語かもしれない)(黙って眺めてヲチっているという意味だと思ってください)自分でなにか発信している人は見ていた方がいい

そこには自分と異なる考えがあるので、自分の考えと比較対照することができ、自分の考えがどういったものなのか、再検討することができ、より強固なものにすることができる

なんでそんな難しく考えなきゃいけないんだろう、ただの趣味なのにと思う人もいるんだろうなあと思う

けれど、よっぽどの天才ではない限り、エンタメを作る側もいきなり完璧なものを作り出すことはできない

特に制作側の人間はおたくが少数派なので、おたくの「これがこうだったらもっと好きになれるのに」ということをことごとく外すことにおいて、才能に溢れている

自分が何かを楽しみ続けるとなったとき、舞台だったらアンケートを書くなり、アイドルだったらツイッターで運営のエゴサにひっかかるようにあーだこーだ言うなり、直接現場制作に話しかけるなりしないと、

自分の中で、あれ?と思ったもやもやは解消されない

そういうことをしないとエンタメ側もレベルアップしないんだと思う

だいたい、大きくなりすぎたエンタメが衰退する理由として、ひとつエンタメおもしろくなっていくということに関して現状のツールでは絶対限界がくるときがあるということ、

そして、大きくなりすぎたエンタメは、ビジネス化されすぎていて、「こうなったらいいのにな」というおたくの考えの届かないことろへいってしまっていることがあげられるんじゃないかとわたしは思っている

おもしろエンタメがあると、どうしてもそこにお金が集まってしまうので、ビジネス化されてしまうのは、仕方のないことなんだと思う

けれど、今の日本においてそれが悲惨なのはたまたま様々なエンタメジャンルが同じようなタイミングでピークを迎えてしまい、エンタメ世界が、大爆撃でもあったのかという惨状になってしまっていることだ

しかもその間におたく側も情報化社会の中で変形していって、おもしろエンタメを育てていく体力のあるおたくが少数派になってしまった


アイドル世界戦国時代が終わって、きっとこれからあの2009年2010年ドラマに溢れたAKBのような盛り上がりを見せてくれるアイドルはもうしばらく現れない

仕事や現実疲れたアイドルおたくを癒すために様々なハコやショッピングモールで特典券を武器に細々と生きていくアイドルたちとおたく世界になってしま

モーニング娘。ミスタームーンライト愛のビッグバンド以降ハロプロ世界に帰ってしまったように、元々アイドルおたくだったひとたちのためのエンタメとしてきっとこれからは存在していく

お笑いも今、バラエテイこそあるものの、若手が芸を披露する場がほとんどない

お笑いは漫才やコントをやって、初めてお笑いとして成立する

バラエテイでの面白さなんてその場にはまれば誰でもおもしろいので、お笑い芸人である必要性などなにもない

芸人はなんでもやって当たり前なんだから、それと比べて木村佳乃がなんでもやった方

おもしろいに決まっている

お笑いジャンルは今、現場難民(芸人側の) に溢れている結果、おもしろい漫才どころではないんじゃないかという印象だ

ジャニーズも、嵐の人気はおそらく今よりでることはないだろう

そんな中で、わたしたちの青春だった若手三組がそれこそ大爆撃を受けたみたいにメンバーが半分くらいに減っている中で、じゃあその下にくる平成ジャンプが元気なのかというと、最近伊野尾がようやくそ美少年さを世間に認識され始めたが(といっても伊野尾わたしと同い年なのでもう少年ではない)

まだ平成ジャンプブレイクするという実感はない

セクゾもメンバーが増えたり減ったりするので、正直ジャニヲタあがったババアはついていけない。デビューしたユニットでそんなことありえます?よくわからない

じゃあウェストはというと、今の関ジャニくらいになれたらいいねーくらいの認識でしかない、わたしの中では

ファンのひとは怒るかもしれないけれど、こう見えて一応彼らがジュニア時代に松竹や梅芸でお仕事していたときにそれなりに見ていたので、ブチギレするのは超古参のお姉さんたちだけで勘弁してほしい

関西ジャニーズの抱える問題と可能性と闇については触れ出すと話が終わらなくなるので割愛

けれど、上記ジャニーズたちが決して売れないと言っているのではなく、現状の悲惨なエンタメ界を今すぐ引っ張っていく力があるかと考えたときに今すぐは無理だという話なので本当に怒らないでください

若手俳優の世界はおそらく痛みを伴う革命でも起きない限り、もう無理である

アミューズドリフェスとかやり始めちゃった時点で、あー事務所もそう思ってんのかなーとわたしはおもったぜ

大したビジネスでもなかったのに、いろんな大人がよってたかってダメにした感がある

たぶんこれからたくさんの失業者が発生するというか、まあ引退する子たちがどんどん増えていくと思う

まあ若手俳優はあんまり稼げるお仕事ではないので、その点においては大丈夫かなあと思っているけれど、元ジャニヲタとしてはジュニアが引退したのちに逮捕される流れにはうんざりなので、ちゃんとそれぞれに生きていく道があればいいなと思う

それがエンタメ世界だったらどんなにいいことかとは思うけれど、今若手俳優の世界にはそんなに飯のタネがないので、なにも言えない

結局、若手俳優のあとに台頭してきた読モジャンルも、KPOPも若手俳優よりも早くマイナー世界へ帰っていってしまったので、

今どこでなにが元気で盛り上がっているのか、わたしの目には見つけられない

それがおそろしくて色んなおたくにこの話をして、今なにが盛り上がっているんだろうと聞いても、みんな首をかしげる。

広告で働いている男の子にもこの話をしてみたけれど、スポーツなんじゃない?と言われてしまった。

残念ながらわたしスポーツには一切興味がない。あとオリンピックに向けてスポーツが盛り上がるというのは、長らく当たり前のことなので、それはこれまでのエンタメに取って代わるものではないし、

そもそもエンタメではないんじゃないかという疑念が拭いきれない

だいたい女ヲタ世界において、あの人どこにいったの?という話をすると、二次元だと聞くことが最近は多い

けれど、二次元絶対すぐ今の異常な熱は終わるんじゃないかと思っている

なぜなら今の二次元の盛り上がり方はグッズ収集だが、グッズの収集という盛り上がり方は、これ以上の発展があるんだろうかとハタから見ていて思うから

わたしは本当に理解できない、これだけお金をかけるくらいこのキャラが好きなんです!みたいな競争をするくらいだったらホストじゃだめなんだろうか、きっと何回か寝れる

若手俳優のおたくをやっていて同じことを何十回も言われるので、もちろんそれじゃだめなことはわたしもよくわかっているが、俳優と違って二次元キャラ特別扱いしてくれないし、そもそも概念でしかないので、非常に難しい盛り上がり方だと思っている

しかし、その一方でわたしみたいな変なタイプじゃない女子の欲求を満たしていることも理解している

みんなでこアニメならこのキャラが好き!みたいに推しを分けてみんなで朝から池袋やらスカイツリーやらTSUTAYAやらに並ぶのが楽しいんだろうなというのは知識としては知っている

団体行動好きの女子にはたまらない「みんなで一緒になにかをしている!」感なんだろうなと思う

だからかなり前の記事になるが日経MJとかはグッズ収集女子を特集する際にもっとそのへんに重きを置いて取材をするべきだったと思ったよ

そもそものそういった子たちの行動心理ってたぶんそこなんだから。

現地で交換したりとか、そういうのが楽しいんだと思うよ。

表面上はキャラへの愛でこんなことになっちゃうくらいこのキャラが好きなわたし!ということになっているが、実際半分くらいはグッズ収集に付随する様々なことを楽しむタイプの女子が大多数のはずだ、女の子は自分を思い込ませるのがうまい

でもそれはもはやアウトドア的な楽しみ方であって、エンターテイメントではない

水道橋に行けばいつでも誰かしら友達がいる!みたいなテニミュなどのアウトドア的側面がピックアップされた趣味だと思う

このままエンターテイメントはなにも新しいものが生まれることなく、これから冬の時代を迎えて、大勢がなにかに熱狂することがない時代になるのだろうか

わたしはそういった大盛り上がりジャンルに身を置いているタイプではなかったけれど、このままなんの盛り上がりもない状況というのはとても不安になる

そして、なによりエンタメを作ってきた側のひとたちが、この危機的状況に気づいているのかしらと非常に不安になる

おたくからするとこれは結構やばい状況である

わたしエンターテイメントがなかったらこの年まで生きてこれなかったかもしれない。

本当にどこかで尽きて死んでいたんじゃないかと思う

今の若い子達にわたしエンターテイメントに救われたようになにか別の救いがあるんだったらいいのかもしれないけれど

ストレス社会と呼ばれて久しい日本で、現実逃避ツール代表であるエンタメがしにそうだ

そして、みんな違ってみんないいという考えを浸透させたせいなのか、国民が多様化すると見せかけて、思考停止した人たちを量産しているだけな気がする

若い子たちと働いていて本当に思うのだけれど、「どうしてこうなんだろう」ということを考える力に欠けている子達が多すぎる

このままだと日本のエンタメどころか、日本自体がいつか沈没するんだろうなと思う

このままだと日本は確実にヤベエ

そんなもうすぐアラサーババアのつづった生産性のない、エンターテイメントがしぬかもしれないはなしでした。ちゃんちゃん

エンターテイメントがしぬかもしれないはなし

エンターテイメントが死ぬかもしれない話

⚫︎前提

・元々自分のfc2ブログからの転載です

・とにかく長い

・とにかく辛口

・怒らないでください



おたくも長く続けていくと色んなジャンルに友達が散らばり、色んなジャンルに対する浅い知識が増えていく。

なんとなく今どこのジャンルに活気があるのか、雰囲気でわかるようになる。それはツイッターがあるからだろうし、昔では考えられない量の情報を簡単に手にすることができるからだと思う

そんなわたしひとつの仮説としてわりと真面目に考え、色んな友人に話していることがある

それが「エンターテイメントが死ぬ話」である

自分の年齢をはっきりと明記するのがそろそろ嫌な年なので、ぼかした表現にするが、わたしゆとり世代であり、就職すればゲッという顔をされた平成生まれであり、ジャニーズで言えば八乙女世代、堀越で言っても八乙女三浦春馬世代、アミューズでいうところの三浦春馬戸谷公人水田航生あたりの世代のそろそろしっかりクソババア世代である

だから、エンターテイメントが死にかけているように感じるのは、わたしアンテナが腐って倒れそうになっているからなのかもしれないし、わたしの知らない世界で新しいエンターテイメントが誕生しているのかもしれない

けれど、わたしの目の届くところにあるエンターテイメントはみんな死にかけている

具体的にどういったことが言いたいかということをわたしが若手俳優のキチガイヲタになった2010年あたりを軸に色んなジャンルのことを考えていきたい

2010年、若手俳優の世界は非常に盛り上がっていたと思う。

テニミュファーストの最後のドリライがあった年だ。身内がDDでドリライに行っていたから知っている

その年のゴールデンウィークは、戸谷公人誕生日イベントがあり、新宿御苑サンモールではたしかDステが行われていたように思う

当時の身内に誘われて遊びに行くとサンモールにものすごい数のおたくがいた。

わたしはというとバースデーイベントチケットを両部合わせて5枚余らせていたので、その場にいた子達を誘ってみたが、Dステの千秋楽だから無理だと断られた

2010年はそんな年だ。

アミューズでいえば宝石シリーズ及び黒白シリーズが始まった年でもある。

赤坂ボーイズキャバレーに夏を費やしたおたくが何人いたことか。

特撮で言えば、丁度2009年平成ライダー10周年記念のデイケイドの放送年で、一区切りついたところで、今をときめく菅田将暉が初々しく日曜8時で戦っていた年だ。

とにかくお祭り騒ぎだった。どこの現場も非常に盛り上がり、頭のおかしおたくがたくさんいた

他のジャンルにも目を向けて行こうと思う

例えばお笑いでは10年連続で開催していたM−1が一度幕を下ろしたのも2010年のことであった。ずっと優勝できずにいた笑い飯がようやくM−1王者に輝いた年である

アイドルではAKB48の第二回総選挙が行われた年である。このあたりがわたしは国民的アイドルという視点でAKBを評価したときの最高潮に盛り上がりを迎えていた瞬間だと思っている

2010年は、エンターテイメントを時の流れで区分したときに大きな区切りとなる年であると考えている

では今度は2010年以前の10年くらいのことを考えてみたいと思う。

わたし小学校低学年の頃に一斉を風靡したSPEEDが電撃解散をして、その数年後に現れたのがモーニング娘。だった

しかし、ザ☆ピース以来、モーニング娘。は国民的アイドルというポジションを離れ、ハロープロジェクトというジャンルの中に入っていってしまった。

そしてそれ以来、AKBが大学の頃に国民的アイドルと呼ばれるようになるまで、特にアイドルらしいアイドルわたしの視界には入らなかった

むしろモーニング娘。のあとは、いわゆる巨乳グラドルが台頭してきた時代のように感じるが、残念ながらあんまりわたしグラドルに興味を持つ性別でも年頃でもなかったので、あまり記憶がない

小池栄子は気付いたら女優としてもタレントとしても非常に大成していたのでまじですごい巨乳お姉さんだと思っている)

中学校の頃(2000年代前半)は芸人の黄金時代だったように感じる(わたしは芸人のおたくをしていたことがないので実際にいつが黄金時代と定義されるのかはわからないのだけれど)

イメージとして、このあたりから盛り上がって2010年お笑いの盛り上がりのピークと捉えている

思えばわたしエンターテイメントに恵まれた世代だったと思う。

小学校のときには体育大会でモーニング娘。のザ☆ピースが流れ、組立体操をした。

高学年のときには笑う犬の冒険を熱心に見て、それがいつのまにか水10になり、中学校文化祭では先輩たちに目をつけられながらも、有志でゴリエミッキーを踊った

やんちゃな子たちはごくせんに憧れ、みんなで文化祭クラスの出し物でごくせんをやり、最後にはスマスマキムタクたちが踊り流行っていた恋のマイアヒエンディングで踊った。

週末をこえて学校に登校すれば、みんなエンタの神様の話をしていた。誰がおもしろい、誰のネタがどうだ、誰がかっこいい

ジャニーズも、いわゆる若手三組と呼ばれるNEWS、関ジャニ∞KAT-TUNが立て続けにデビューした頃で、みんな通学鞄に好きなジャニーズメンバーの名前をポスカで書いていた

(ここで一度力つきた)


エンターテイメントがしぬかもしれないはなしの続き。

前回は2000年2010年あたりのアイドルジャニーズお笑いジャンルでなにが起こっていたのかということをさらっと(わたしの十代の記憶と共に)振り返った

では現在虫の息である若手俳優の世界でなにが起こっていたのかということも一応書き記しておく

まさに2.5次元ミュージカルの王様(なぜ若手俳優の舞台はつまらなく、客席が埋まらないのかおたくが真剣に考えてみたブログ参照)であるテニミュが初めて上演されたのは2003年のことである

当時の話はパイセンたちからのお話でしか聞いたことがないけれど、はじめは客席が埋まらないのでキメ様のライブをおわりにやったりして、キメ様のおたくとかでがんばって埋めていたらしい

ちなみにみんな大好き氷帝学園、いまをときめく斎藤工が出演していた氷帝公演が行われたのは、2005年の話であるから、テニミュ(若手俳優)の世界も前述の通り、やっぱり2010年向かって右肩あがりの時代だったんだと思う

それでは今度こそ2010年以降、おたくの世界になにが起こってきたのかをふんわり考えてみようと思う

現状として、大きくふたつの問題がエンタメおたく界の中に発生している

ひとつは、村社会としてのおたく世界におけるおたく高齢化社会、ふたつめは、生産的おたくの少数化である

このふたつは繋がった大きなひとつの問題である


⚫︎「おたく高齢化社会」とは

その名の通り、おたく高齢化が進んでいるという話である

変な話だと思うかもしれない。今日本は国として、ずっと偏見を持たれて消極的に虐げられてきた「おたく」という異常な世界をひとつ国民性としてピックアップしていって、それを日本の特色としてビジネスにしようとしている

そして、おたくではない人たちがおたくの世界に土足で踏み込んできて、自分たちが興味を持った部分のみを取り上げて「これがおたくなんです!」とテレビや雑誌なんかで言っちゃってる

元々こういうサブカル推しの政策になるまでにおたくになっている人たち(わたし含め)は昔の閉鎖的なおたくの世界の中での「みんな違ってみんなとりあえずよし」というのに慣れているからあんまり気にしてないかもしれないけれど、

新規参入してきたおたくの人たちはひょっとしたら、マスコミたちが取り上げた「おたくの世界のひとつの側面」を見て、自分でなにか実体験として掴み取ることもせずにこれがおたくなんだとぼんやりと捉えているだけなんじゃないかとわたしは危惧している

おたくというのは長らく村社会である

村のコミュニティーの中に入れていようが、村八分されていようが、そこに存在する限り、とりあえず全員村民である

例外ももちろんあると思う。

例えばワンピースが好きだったとして、毎週ジャンプを買い、単行本を買い集め、アニメを視聴し、自分なりに設定についての考察を行う

これをネットなどに発表することなく、誰に見せることもなくひたすらノートに書き綴っていたら、自己完結しているので、他者から村民として認知されることはないと思う

けれど、この人が例えばホームページを立ち上げて自分なりの考察を世界に発表したら、例え誰かと交流を持たなくても、わたしは村民として世界に存在していることになると考えている

他のワンピースおたくは誰かしらそれを読むだろうし、感想をメールする人もいるかもしれないし、リンクフリーと書いてあったら、リンクページやブログにその考察サイトのURLを貼るかもしれない

かたや、HPを立ち上げたもののアクセスがなかったら、自らサーチに登録するかもしれない

こうして、村の中へと入っていくのである

村の中には色んな人がいる。

一流企業で働いているエリートもいれば、ニートに近いフリーターもいるし、学生もいれば、子持ち主婦もいる

けれど、暗黙の村の掟というものがおそらくどのジャンルおたくの世界にも存在して、もちろん可視化されたものではないので、最初はわからないのだけれど、どの村にも、RPGゲームで話しかけてくる村民みたいなやつがいて、

これはこうすればいいんだよ、これがどうなんだよ、とふんわりと村の掟を教えてくれていた

物事というものは、完全にゼロから創造されることはない

そこになにかが存在して、そして、基礎とされるルールが存在して、初めてそこからなにかが生み出される

ことにおたくという生き物は、おたくという側面においてイチからなにかを創造する生き物ではないと考える

何かが存在して、それになにかアレンジを加えて、別のなにかに変化させるのがおたくだと思う

なにが言いたいかというと、アイドルがいて、おたくがいる

漫画があって、おたくが読む、舞台が上演されて、おたくが観る

おたくというのは、創造されたなにかを完成させる上で不可欠な存在ではあるが、まずはじめは受け手

受け手として、その世界に存在するにあたって、どんな世界にもルールがある

けれど、情報化社会の中で、おたく世界の中の村という概念が何年も前から崩れている

これは、若い子に限ったことではない。

マスコミが取り上げたおたくの世界を見て、おもしろそう!と新規参入してきた年配おたくも同様である

そうすると、どういうことが起こるのかというと、新規参入おたくたちはSNSなどのツールばっかりは立派に持っているのだけれど、RPGゲームで話しかけてくれるおたくがいないものだから、

レベル上げの方法を知らずにずっとマサラタウンの横の草むらでコラッタキャタピーや同じようにそこに留まって地図を持たないおたく同士で、これがおたくなんだー!たのしー!となっている(もちろん例外もいる)(自ら見つけていけるんだから、わたしと違ってまじ天才的だと思っている)

村民おたくマサラタウンおたくとのおたくの分離化が進む中で、旧型のおたく高齢化が止まらない

⚫︎「生産的おたくの少数化」とは

どのジャンルにもいると思うのだけれど、ツイッターに常駐していて、キチガイを名乗っている若い自称おたくの子たちがわりと一定数いる

これは本当にかわいそうだ。

なぜならなんの生産性もないツイッターに常駐して時間を無駄に浪費しているということはおたくでもキチガイでもなんでもなくて、生産性の低いただのかまってちゃんだからだ

けれど、それでも時間が潰せるものだから、若い子たちはきっと常駐してしまうんだと思う

ツイッターがリアの頃に普及していなかった世代からすると、完全に異常なので、正直積極的にリプを飛ばして関わり合いになろうとは思わない(自分のことを棚に上げてこんなことを言っているがわたしも相当別のベクトルやばいヤツなので、関わり合いにならない方がいいと思う)

わたしが若い頃は、ツイッターがなかったので、ひまだったらもっぱらブログを更新するか、様々な匿名掲示板を眺めるか、仲間内でチャットメールをするか、などしか暇つぶしツールがなかったのだけれど、完全に村社会だったので、

なぜかそんなわたしを見ておもしろそうと思ってくれた色んなお姉さんが色んなことを教えてくれて、暇つぶしの中でも生産性のある暇つぶしツールを与えてくれたというか、

ジャンルおたくの先輩として、例えばこのライブはどのアーティストのどのライブの影響を受けているから、そっちも見ていた方がいいだとか、

この作品を見て、こういう感想を持つなら、きっとこの作家のこういった本が好きだろうから、読んでみたら?だとか様々なアドバイスをもらった結果、

10年以上かけて、こんな神の視点からブログを書くような高尚おたくに育ったのである

(十代の頃から3歳から10歳以上年上の友達とばかり遊んでいたので、地方の女子高生の身分で東京の女子大の講義にこっそり潜りこんだりしているような変な女子高生だった)

はっきり言って、おたくおたくとして存在している時点で9割は凡である

だから、自分でなにかを創造することはできないと思った方がいいし、レベル上げの最も簡単な近道は先人に教えを乞うことである

テニミュに関してだってそうである

素晴らしいことなのか、残念なことなのか、若い子たちはどう捉えるかわからないが、テニミュというコンテンツが好きでファーストから通っているおたくはたくさんいる

DVDで当時の公演を振り返ることは不可能ではないが、ネルケは財布をしめていくことを決して許さないので、きっと過去の公演のDVDまで買いあさるなんてなかなかできることではない(それに残念ながら逮捕者がでている公演のDVDは発禁になっている)

ひとりそういうババアおたくと仲良くなって、そういう話を教えてもらって、自分の中にインプットして、そこに自分なりの仮説と解釈を加えるだけで、高尚おたくになれるのに、

ツイッターを眺めていると結局同世代同士でつるんでいるのが多い気がする

その点において、タレコミとかで叩かれているような痛いおたくの子たちの方が結局現場で昔からいるババアたちと顔を合わせて、情報戦で勝てないババアたちといかにうまくやっていくかという課題と直面しているので、

よっぽど要領がいいというか、低姿勢で吸収力があるなあと個人的には思う(ババア側の人間)

⚫︎なぜ生産性の低いおたく多数派だとダメなのか

ここまで読んで、どうして生産性の低いおたくだとだめなんだ、ツイッターで同世代で楽しくつるんでなにがだめなんだ、痛いワタシみたいな高尚おたくになる必要性がどこにあるんだ、と思った人が多数だと思う

なぜダメなのか、

まずひとつめは、マサラタウンの草むらには何年もいられないということ

ふたつめは、マサラタウンの草むらにいただけではポケモンプレイしたとは言えない

ので、布教ができないということである

例え話だとぴんとこないかもしれないので、それぞれについて解説していく

まず、ファンではなくおたくとして存在する以上、ただ消費するのではなく、消化(昇華)できるおたくにならないと、自分でなにがおもしろくて今コレに時間とお金を費やしているのか、わからなくなるときが絶対くる

おたくを自称するくらい、何かが好きなのだから、どうして自分はそれが好きなのか、それにはどんな魅力があるのか、その魅力は他のものと比べてどう秀でているのか、せめてこれくらいは言語化できた方がいい

というか、これをきちんと言語化できる人は、ロジックツリーなんかに頼らなくてもたいていのことは物事の本質と原因を分析できる人になるから、生きていく上でもたぶん役に立つから便利だと思う

言語化するには、その世界を知る必要がある。

何年もおたくをやっているババアは絶対たいていは厄介なので、積極的に関わり合いになれとは言わない

けれど、ロム専だとしても(もはやロム専という言葉は死語かもしれない)(黙って眺めてヲチっているという意味だと思ってください)自分でなにか発信している人は見ていた方がいい

そこには自分と異なる考えがあるので、自分の考えと比較対照することができ、自分の考えがどういったものなのか、再検討することができ、より強固なものにすることができる

なんでそんな難しく考えなきゃいけないんだろう、ただの趣味なのにと思う人もいるんだろうなあと思う

けれど、よっぽどの天才ではない限り、エンタメを作る側もいきなり完璧なものを作り出すことはできない

特に制作側の人間はおたくが少数派なので、おたくの「これがこうだったらもっと好きになれるのに」ということをことごとく外すことにおいて、才能に溢れている

自分が何かを楽しみ続けるとなったとき、舞台だったらアンケートを書くなり、アイドルだったらツイッターで運営のエゴサにひっかかるようにあーだこーだ言うなり、直接現場で制作に話しかけるなりしないと、

自分の中で、あれ?と思ったもやもやは解消されない

そういうことをしないとエンタメ側もレベルアップしないんだと思う

だいたい、大きくなりすぎたエンタメが衰退する理由として、ひとつエンタメおもしろくなっていくということに関して現状のツールでは絶対に限界がくるときがあるということ、

そして、大きくなりすぎたエンタメは、ビジネス化されすぎていて、「こうなったらいいのにな」というおたくの考えの届かないことろへいってしまっていることがあげられるんじゃないかとわたしは思っている

おもしろエンタメがあると、どうしてもそこにお金が集まってしまうので、ビジネス化されてしまうのは、仕方のないことなんだと思う

けれど、今の日本においてそれが悲惨なのはたまたま様々なエンタメジャンルが同じようなタイミングでピークを迎えてしまい、エンタメ世界が、大爆撃でもあったのかという惨状になってしまっていることだ

しかもその間におたく側も情報化社会の中で変形していって、おもしろエンタメを育てていく体力のあるおたくが少数派になってしまった


アイドルの世界は戦国時代が終わって、きっとこれからあの2009年2010年ドラマに溢れたAKBのような盛り上がりを見せてくれるアイドルはもうしばらく現れない

仕事や現実に疲れたアイドルおたくを癒すために様々なハコやショッピングモールで特典券を武器に細々と生きていくアイドルたちとおたくの世界になってしまう

モーニング娘。ミスタームーンライト愛のビッグバンド以降ハロプロの世界に帰ってしまったように、元々アイドルおたくだったひとたちのためのエンタメとしてきっとこれからは存在していく

お笑いも今、バラエテイこそあるものの、若手が芸を披露する場がほとんどない

お笑いは漫才やコントをやって、初めてお笑いとして成立する

バラエテイでの面白さなんてその場にはまれば誰でもおもしろいので、お笑い芸人である必要性などなにもない

芸人はなんでもやって当たり前なんだから、それと比べて木村佳乃がなんでもやった方

おもしろいに決まっている

お笑いジャンルは今、現場難民(芸人側の) に溢れている結果、おもしろい漫才どころではないんじゃないかという印象だ

ジャニーズも、嵐の人気はおそらく今よりでることはないだろう

そんな中で、わたしたちの青春だった若手三組がそれこそ大爆撃を受けたみたいにメンバーが半分くらいに減っている中で、じゃあその下にくる平成ジャンプが元気なのかというと、最近伊野尾がようやくその美少年さを世間に認識され始めたが(といっても伊野尾わたしと同い年なのでもう少年ではない)

まだ平成ジャンプブレイクするという実感はない

セクゾもメンバーが増えたり減ったりするので、正直ジャニヲタあがったババアはついていけない。デビューしたユニットでそんなことありえます?よくわからない

じゃあウェストはというと、今の関ジャニくらいになれたらいいねーくらいの認識でしかない、わたしの中では

ファンのひとは怒るかもしれないけれど、こう見えて一応彼らがジュニア時代に松竹や梅芸でお仕事していたときにそれなりに見ていたので、ブチギレするのは超古参のお姉さんたちだけで勘弁してほしい

関西ジャニーズの抱える問題と可能性と闇については触れ出すと話が終わらなくなるので割愛

けれど、上記ジャニーズたちが決して売れないと言っているのではなく、現状の悲惨なエンタメ界を今すぐ引っ張っていく力があるかと考えたときに今すぐは無理だという話なので本当に怒らないでください

若手俳優の世界はおそらく痛みを伴う革命でも起きない限り、もう無理である

アミューズドリフェスとかやり始めちゃった時点で、あー事務所もそう思ってんのかなーとわたしはおもったぜ

大したビジネスでもなかったのに、いろんな大人がよってたかってダメにした感がある

たぶんこれからたくさんの失業者が発生するというか、まあ引退する子たちがどんどん増えていくと思う

まあ若手俳優はあんまり稼げるお仕事ではないので、その点においては大丈夫かなあと思っているけれど、元ジャニヲタとしてはジュニアが引退したのちに逮捕される流れにはうんざりなので、ちゃんとそれぞれに生きていく道があればいいなと思う

それがエンタメの世界だったらどんなにいいことかとは思うけれど、今若手俳優の世界にはそんなに飯のタネがないので、なにも言えない

結局、若手俳優のあとに台頭してきた読モジャンルも、KPOPも若手俳優よりも早くマイナーの世界へ帰っていってしまったので、

今どこでなにが元気で盛り上がっているのか、わたしの目には見つけられない

それがおそろしくて色んなおたくにこの話をして、今なにが盛り上がっているんだろうと聞いても、みんな首をかしげる。

広告で働いている男の子にもこの話をしてみたけれど、スポーツなんじゃない?と言われてしまった。

残念ながらわたしスポーツには一切興味がない。あとオリンピックに向けてスポーツが盛り上がるというのは、長らく当たり前のことなので、それはこれまでのPermalink | トラックバック(0) | 11:26

エンターテイメントがしぬかもしれないはなし

エンターテイメントが死ぬかもしれない話

⚫︎前提

・元々自分のfc2ブログからの転載です

・とにかく長い

・とにかく辛口

・怒らないでください



おたくも長く続けていくと色んなジャンルに友達が散らばり、色んなジャンルに対する浅い知識が増えていく。

なんとなく今どこのジャンルに活気があるのか、雰囲気でわかるようになる。それはツイッターがあるからだろうし、昔では考えられない量の情報を簡単に手にすることができるからだと思う

そんなわたしひとつの仮説としてわりと真面目に考え、色んな友人に話していることがある

それが「エンターテイメントが死ぬ話」である

自分の年齢をはっきりと明記するのがそろそろ嫌な年なので、ぼかした表現にするが、わたしゆとり世代であり、就職すればゲッという顔をされた平成生まれであり、ジャニーズで言えば八乙女世代、堀越で言っても八乙女三浦春馬世代、アミューズでいうところの三浦春馬戸谷公人水田航生あたりの世代のそろそろしっかりクソババア世代である

だから、エンターテイメントが死にかけているように感じるのは、わたしアンテナが腐って倒れそうになっているからなのかもしれないし、わたしの知らない世界で新しいエンターテイメントが誕生しているのかもしれない

けれど、わたしの目の届くところにあるエンターテイメントはみんな死にかけている

具体的にどういったことが言いたいかということをわたしが若手俳優のキチガイヲタになった2010年あたりを軸に色んなジャンルのことを考えていきたい

2010年、若手俳優の世界は非常に盛り上がっていたと思う。

テニミュファーストの最後のドリライがあった年だ。身内がDDでドリライに行っていたから知っている

その年のゴールデンウィークは、戸谷公人誕生日イベントがあり、新宿御苑サンモールではたしかDステが行われていたように思う

当時の身内に誘われて遊びに行くとサンモールにものすごい数のおたくがいた。

わたしはというとバースデーイベントチケットを両部合わせて5枚余らせていたので、その場にいた子達を誘ってみたが、Dステの千秋楽だから無理だと断られた

2010年はそんな年だ。

アミューズでいえば宝石シリーズ及び黒白シリーズが始まった年でもある。

赤坂ボーイズキャバレーに夏を費やしたおたくが何人いたことか。

特撮で言えば、丁度2009年平成ライダー10周年記念のデイケイドの放送年で、一区切りついたところで、今をときめく菅田将暉が初々しく日曜8時で戦っていた年だ。

とにかくお祭り騒ぎだった。どこの現場も非常に盛り上がり、頭のおかしおたくがたくさんいた

他のジャンルにも目を向けて行こうと思う

例えばお笑いでは10年連続で開催していたM−1が一度幕を下ろしたのも2010年のことであった。ずっと優勝できずにいた笑い飯がようやくM−1王者に輝いた年である

アイドルではAKB48の第二回総選挙が行われた年である。このあたりがわたしは国民的アイドルという視点でAKBを評価したときの最高潮に盛り上がりを迎えていた瞬間だと思っている

2010年は、エンターテイメントを時の流れで区分したときに大きな区切りとなる年であると考えている

では今度は2010年以前の10年くらいのことを考えてみたいと思う。

わたし小学校低学年の頃に一斉を風靡したSPEEDが電撃解散をして、その数年後に現れたのがモーニング娘。だった

しかし、ザ☆ピース以来、モーニング娘。は国民的アイドルというポジションを離れ、ハロープロジェクトというジャンルの中に入っていってしまった。

そしてそれ以来、AKBが大学の頃に国民的アイドルと呼ばれるようになるまで、特にアイドルらしいアイドルわたしの視界には入らなかった

むしろモーニング娘。のあとは、いわゆる巨乳グラドルが台頭してきた時代のように感じるが、残念ながらあんまりわたしグラドルに興味を持つ性別でも年頃でもなかったので、あまり記憶がない

小池栄子は気付いたら女優としてもタレントとしても非常に大成していたのでまじですごい巨乳お姉さんだと思っている)

中学校の頃(2000年代前半)は芸人の黄金時代だったように感じる(わたしは芸人のおたくをしていたことがないので実際にいつが黄金時代と定義されるのかはわからないのだけれど)

イメージとして、このあたりから盛り上がって2010年お笑いの盛り上がりのピークと捉えている

思えばわたしエンターテイメントに恵まれた世代だったと思う。

小学校のときには体育大会でモーニング娘。のザ☆ピースが流れ、組立体操をした。

高学年のときには笑う犬の冒険を熱心に見て、それがいつのまにか水10になり、中学校文化祭では先輩たちに目をつけられながらも、有志でゴリエミッキーを踊った

やんちゃな子たちはごくせんに憧れ、みんなで文化祭クラスの出し物でごくせんをやり、最後にはスマスマキムタクたちが踊り流行っていた恋のマイアヒエンディングで踊った。

週末をこえて学校に登校すれば、みんなエンタの神様の話をしていた。誰がおもしろい、誰のネタがどうだ、誰がかっこいい

ジャニーズも、いわゆる若手三組と呼ばれるNEWS、関ジャニ∞KAT-TUNが立て続けにデビューした頃で、みんな通学鞄に好きなジャニーズメンバーの名前をポスカで書いていた

(ここで一度力つきた)


エンターテイメントがしぬかもしれないはなしの続き。

前回は2000年2010年あたりのアイドルジャニーズお笑いジャンルでなにが起こっていたのかということをさらっと(わたしの十代の記憶と共に)振り返った

では現在虫の息である若手俳優の世界でなにが起こっていたのかということも一応書き記しておく

まさに2.5次元ミュージカルの王様(なぜ若手俳優の舞台はつまらなく、客席が埋まらないのかおたくが真剣に考えてみたブログ参照)であるテニミュが初めて上演されたのは2003年のことである

当時の話はパイセンたちからのお話でしか聞いたことがないけれど、はじめは客席が埋まらないのでキメ様のライブをおわりにやったりして、キメ様のおたくとかでがんばって埋めていたらしい

ちなみにみんな大好き氷帝学園、いまをときめく斎藤工が出演していた氷帝公演が行われたのは、2005年の話であるから、テニミュ(若手俳優)の世界も前述の通り、やっぱり2010年向かって右肩あがりの時代だったんだと思う

それでは今度こそ2010年以降、おたくの世界になにが起こってきたのかをふんわり考えてみようと思う

現状として、大きくふたつの問題がエンタメおたく界の中に発生している

ひとつは、村社会としてのおたく世界におけるおたく高齢化社会、ふたつめは、生産的おたくの少数化である

このふたつは繋がった大きなひとつの問題である


⚫︎「おたく高齢化社会」とは

その名の通り、おたく高齢化が進んでいるという話である

変な話だと思うかもしれない。今日本は国として、ずっと偏見を持たれて消極的に虐げられてきた「おたく」という異常な世界をひとつ国民性としてピックアップしていって、それを日本の特色としてビジネスにしようとしている

そして、おたくではない人たちがおたくの世界に土足で踏み込んできて、自分たちが興味を持った部分のみを取り上げて「これがおたくなんです!」とテレビや雑誌なんかで言っちゃってる

元々こういうサブカル推しの政策になるまでにおたくになっている人たち(わたし含め)は昔の閉鎖的なおたくの世界の中での「みんな違ってみんなとりあえずよし」というのに慣れているからあんまり気にしてないかもしれないけれど、

新規参入してきたおたくの人たちはひょっとしたら、マスコミたちが取り上げた「おたくの世界のひとつの側面」を見て、自分でなにか実体験として掴み取ることもせずにこれがおたくなんだとぼんやりと捉えているだけなんじゃないかとわたしは危惧している

おたくというのは長らく村社会である

村のコミュニティーの中に入れていようが、村八分されていようが、そこに存在する限り、とりあえず全員村民である

例外ももちろんあると思う。

例えばワンピースが好きだったとして、毎週ジャンプを買い、単行本を買い集め、アニメを視聴し、自分なりに設定についての考察を行う

これをネットなどに発表することなく、誰に見せることもなくひたすらノートに書き綴っていたら、自己完結しているので、他者から村民として認知されることはないと思う

けれど、この人が例えばホームページを立ち上げて自分なりの考察を世界に発表したら、例え誰かと交流を持たなくても、わたしは村民として世界に存在していることになると考えている

他のワンピースおたくは誰かしらそれを読むだろうし、感想をメールする人もいるかもしれないし、リンクフリーと書いてあったら、リンクページやブログにその考察サイトのURLを貼るかもしれない

かたや、HPを立ち上げたもののアクセスがなかったら、自らサーチに登録するかもしれない

こうして、村の中へと入っていくのである

村の中には色んな人がいる。

一流企業で働いているエリートもいれば、ニートに近いフリーターもいるし、学生もいれば、子持ち主婦もいる

けれど、暗黙の村の掟というものがおそらくどのジャンルおたくの世界にも存在して、もちろん可視化されたものではないので、最初はわからないのだけれど、どの村にも、RPGゲームで話しかけてくる村民みたいなやつがいて、

これはこうすればいいんだよ、これがどうなんだよ、とふんわりと村の掟を教えてくれていた

物事というものは、完全にゼロから創造されることはない

そこになにかが存在して、そして、基礎とされるルールが存在して、初めてそこからなにかが生み出される

ことにおたくという生き物は、おたくという側面においてイチからなにかを創造する生き物ではないと考える

何かが存在して、それになにかアレンジを加えて、別のなにかに変化させるのがおたくだと思う

なにが言いたいかというと、アイドルがいて、おたくがいる

漫画があって、おたくが読む、舞台が上演されて、おたくが観る

おたくというのは、創造されたなにかを完成させる上で不可欠な存在ではあるが、まずはじめは受け手

受け手として、その世界に存在するにあたって、どんな世界にもルールがある

けれど、情報化社会の中で、おたく世界の中の村という概念が何年も前から崩れている

これは、若い子に限ったことではない。

マスコミが取り上げたおたくの世界を見て、おもしろそう!と新規参入してきた年配おたくも同様である

そうすると、どういうことが起こるのかというと、新規参入おたくたちはSNSなどのツールばっかりは立派に持っているのだけれど、RPGゲームで話しかけてくれるおたくがいないものだから、

レベル上げの方法を知らずにずっとマサラタウンの横の草むらでコラッタキャタピーや同じようにそこに留まって地図を持たないおたく同士で、これがおたくなんだー!たのしー!となっている(もちろん例外もいる)(自ら見つけていけるんだから、わたしと違ってまじ天才的だと思っている)

村民おたくマサラタウンおたくとのおたくの分離化が進む中で、旧型のおたく高齢化が止まらない

⚫︎「生産的おたくの少数化」とは

どのジャンルにもいると思うのだけれど、ツイッターに常駐していて、キチガイを名乗っている若い自称おたくの子たちがわりと一定数いる

これは本当にかわいそうだ。

なぜならなんの生産性もないツイッターに常駐して時間を無駄に浪費しているということはおたくでもキチガイでもなんでもなくて、生産性の低いただのかまってちゃんだからだ

けれど、それでも時間が潰せるものだから、若い子たちはきっと常駐してしまうんだと思う

ツイッターがリアの頃に普及していなかった世代からすると、完全に異常なので、正直積極的にリプを飛ばして関わり合いになろうとは思わない(自分のことを棚に上げてこんなことを言っているがわたしも相当別のベクトルやばいヤツなので、関わり合いにならない方がいいと思う)

わたしが若い頃は、ツイッターがなかったので、ひまだったらもっぱらブログを更新するか、様々な匿名掲示板を眺めるか、仲間内でチャットメールをするか、などしか暇つぶしツールがなかったのだけれど、完全に村社会だったので、

なぜかそんなわたしを見ておもしろそうと思ってくれた色んなお姉さんが色んなことを教えてくれて、暇つぶしの中でも生産性のある暇つぶしツールを与えてくれたというか、

ジャンルおたくの先輩として、例えばこのライブはどのアーティストのどのライブの影響を受けているから、そっちも見ていた方がいいだとか、

この作品を見て、こういう感想を持つなら、きっとこの作家のこういった本が好きだろうから、読んでみたら?だとか様々なアドバイスをもらった結果、

10年以上かけて、こんな神の視点からブログを書くような高尚おたくに育ったのである

(十代の頃から3歳から10歳以上年上の友達とばかり遊んでいたので、地方の女子高生の身分で東京の女子大の講義にこっそり潜りこんだりしているような変な女子高生だった)

はっきり言って、おたくおたくとして存在している時点で9割は凡である

だから、自分でなにかを創造することはできないと思った方がいいし、レベル上げの最も簡単な近道は先人に教えを乞うことである

テニミュに関してだってそうである

素晴らしいことなのか、残念なことなのか、若い子たちはどう捉えるかわからないが、テニミュというコンテンツが好きでファーストから通っているおたくはたくさんいる

DVDで当時の公演を振り返ることは不可能ではないが、ネルケは財布をしめていくことを決して許さないので、きっと過去の公演のDVDまで買いあさるなんてなかなかできることではない(それに残念ながら逮捕者がでている公演のDVDは発禁になっている)

ひとりそういうババアおたくと仲良くなって、そういう話を教えてもらって、自分の中にインプットして、そこに自分なりの仮説と解釈を加えるだけで、高尚おたくになれるのに、

ツイッターを眺めていると結局同世代同士でつるんでいるのが多い気がする

その点において、タレコミとかで叩かれているような痛いおたくの子たちの方が結局現場で昔からいるババアたちと顔を合わせて、情報戦で勝てないババアたちといかにうまくやっていくかという課題と直面しているので、

よっぽど要領がいいというか、低姿勢で吸収力があるなあと個人的には思う(ババア側の人間)

⚫︎なぜ生産性の低いおたく多数派だとダメなのか

ここまで読んで、どうして生産性の低いおたくだとだめなんだ、ツイッターで同世代で楽しくつるんでなにがだめなんだ、痛いワタシみたいな高尚おたくになる必要性がどこにあるんだ、と思った人が多数だと思う

なぜダメなのか、

まずひとつめは、マサラタウンの草むらには何年もいられないということ

ふたつめは、マサラタウンの草むらにいただけではポケモンプレイしたとは言えない

ので、布教ができないということである

例え話だとぴんとこないかもしれないので、それぞれについて解説していく

まず、ファンではなくおたくとして存在する以上、ただ消費するのではなく、消化(昇華)できるおたくにならないと、自分でなにがおもしろくて今コレに時間とお金を費やしているのか、わからなくなるときが絶対くる

おたくを自称するくらい、何かが好きなのだから、どうして自分はそれが好きなのか、それにはどんな魅力があるのか、その魅力は他のものと比べてどう秀でているのか、せめてこれくらいは言語化できた方がいい

というか、これをきちんと言語化できる人は、ロジックツリーなんかに頼らなくてもたいていのことは物事の本質と原因を分析できる人になるから、生きていく上でもたぶん役に立つから便利だと思う

言語化するには、その世界を知る必要がある。

何年もおたくをやっているババアは絶対たいていは厄介なので、積極的に関わり合いになれとは言わない

けれど、ロム専だとしても(もはやロム専という言葉は死語かもしれない)(黙って眺めてヲチっているという意味だと思ってください)自分でなにか発信している人は見ていた方がいい

そこには自分と異なる考えがあるので、自分の考えと比較対照することができ、自分の考えがどういったものなのか、再検討することができ、より強固なものにすることができる

なんでそんな難しく考えなきゃいけないんだろう、ただの趣味なのにと思う人もいるんだろうなあと思う

けれど、よっぽどの天才ではない限り、エンタメを作る側もいきなり完璧なものを作り出すことはできない

特に制作側の人間はおたくが少数派なので、おたくの「これがこうだったらもっと好きになれるのに」ということをことごとく外すことにおいて、才能に溢れている

自分が何かを楽しみ続けるとなったとき、舞台だったらアンケートを書くなり、アイドルだったらツイッターで運営のエゴサにひっかかるようにあーだこーだ言うなり、直接現場で制作に話しかけるなりしないと、

自分の中で、あれ?と思ったもやもやは解消されない

そういうことをしないとエンタメ側もレベルアップしないんだと思う

だいたい、大きくなりすぎたエンタメが衰退する理由として、ひとつエンタメおもしろくなっていくということに関して現状のツールでは絶対に限界がくるときがあるということ、

そして、大きくなりすぎたエンタメは、ビジネス化されすぎていて、「こうなったらいいのにな」というおたくの考えの届かないことろへいってしまっていることがあげられるんじゃないかとわたしは思っている

おもしろエンタメがあると、どうしてもそこにお金が集まってしまうので、ビジネス化されてしまうのは、仕方のないことなんだと思う

けれど、今の日本においてそれが悲惨なのはたまたま様々なエンタメジャンルが同じようなタイミングでピークを迎えてしまい、エンタメ世界が、大爆撃でもあったのかという惨状になってしまっていることだ

しかもその間におたく側も情報化社会の中で変形していって、おもしろエンタメを育てていく体力のあるおたくが少数派になってしまった


アイドルの世界は戦国時代が終わって、きっとこれからあの2009年2010年ドラマに溢れたAKBのような盛り上がりを見せてくれるアイドルはもうしばらく現れない

仕事や現実に疲れたアイドルおたくを癒すために様々なハコやショッピングモールで特典券を武器に細々と生きていくアイドルたちとおたくの世界になってしまう

モーニング娘。ミスタームーンライト愛のビッグバンド以降ハロプロの世界に帰ってしまったように、元々アイドルおたくだったひとたちのためのエンタメとしてきっとこれからは存在していく

お笑いも今、バラエテイこそあるものの、若手が芸を披露する場がほとんどない

お笑いは漫才やコントをやって、初めてお笑いとして成立する

バラエテイでの面白さなんてその場にはまれば誰でもおもしろいので、お笑い芸人である必要性などなにもない

芸人はなんでもやって当たり前なんだから、それと比べて木村佳乃がなんでもやった方

おもしろいに決まっている

お笑いジャンルは今、現場難民(芸人側の) に溢れている結果、おもしろい漫才どころではないんじゃないかという印象だ

ジャニーズも、嵐の人気はおそらく今よりでることはないだろう

そんな中で、わたしたちの青春だった若手三組がそれこそ大爆撃を受けたみたいにメンバーが半分くらいに減っている中で、じゃあその下にくる平成ジャンプが元気なのかというと、最近伊野尾がようやくその美少年さを世間に認識され始めたが(といっても伊野尾わたしと同い年なのでもう少年ではない)

まだ平成ジャンプブレイクするという実感はない

セクゾもメンバーが増えたり減ったりするので、正直ジャニヲタあがったババアはついていけない。デビューしたユニットでそんなことありえます?よくわからない

じゃあウェストはというと、今の関ジャニくらいになれたらいいねーくらいの認識でしかない、わたしの中では

ファンのひとは怒るかもしれないけれど、こう見えて一応彼らがジュニア時代に松竹や梅芸でお仕事していたときにそれなりに見ていたので、ブチギレするのは超古参のお姉さんたちだけで勘弁してほしい

関西ジャニーズの抱える問題と可能性と闇については触れ出すと話が終わらなくなるので割愛

けれど、上記ジャニーズたちが決して売れないと言っているのではなく、現状の悲惨なエンタメ界を今すぐ引っ張っていく力があるかと考えたときに今すぐは無理だという話なので本当に怒らないでください

若手俳優の世界はおそらく痛みを伴う革命でも起きない限り、もう無理である

アミューズドリフェスとかやり始めちゃった時点で、あー事務所もそう思ってんのかなーとわたしはおもったぜ

大したビジネスでもなかったのに、いろんな大人がよってたかってダメにした感がある

たぶんこれからたくさんの失業者が発生するというか、まあ引退する子たちがどんどん増えていくと思う

まあ若手俳優はあんまり稼げるお仕事ではないので、その点においては大丈夫かなあと思っているけれど、元ジャニヲタとしてはジュニアが引退したのちに逮捕される流れにはうんざりなので、ちゃんとそれぞれに生きていく道があればいいなと思う

それがエンタメの世界だったらどんなにいいことかとは思うけれど、今若手俳優の世界にはそんなに飯のタネがないので、なにも言えない

結局、若手俳優のあとに台頭してきた読モジャンルも、KPOPも若手俳優よりも早くマイナーの世界へ帰っていってしまったので、

今どこでなにが元気で盛り上がっているのか、わたしの目には見つけられない

それがおそろしくて色んなおたくにこの話をして、今なにが盛り上がっているんだろうと聞いても、みんな首をかしげる。

広告で働いている男の子にもこの話をしてみたけれど、スポーツなんじゃない?と言われてしまった。

残念ながらわたしスポーツには一切興味がない。あとオリンピックに向けてスポーツが盛り上がるというのは、長らく当たり前のことなので、それはこれまでのPermalink | トラックバック(1) | 11:25

続く不倫報道に対する業界の歪な対応ちょっと言いたい。

たびたび見かける「(迷惑かけた関係者に謝るのはわかるけど)世間に謝る必要はない」って意見は一体何なのだろう?

芸能人同士もしくは不倫経験者が庇い合いたいだけ、

あるいは視野もの凄く狭いおバカなんじゃないかと残念な気持ちになる。



具体的な話として、年明け早々大騒ぎになったベッキーゲス不倫の件について今更掘り下げたい。

これに関しての責任割合は、「ベッキー:川谷=4:6」だと私個人は思う。

川谷が最初、妻帯者であることを隠してベッキーを押し倒したという事実は本当に卑劣なことだと思う。

彼には「結婚をする(した)」ということへの意識絶対的に足りなかった。

アナタは健やかなる時も病める時も(中略)誓いますか?」ってのを彼がやったかどうかは知らないが、

結婚たからにはそれなりの覚悟を持っているべきだった。どっからどう見ても無責任すぎる。

それは独身ベッキーには無くて当然の覚悟で、公的書類サインした川谷とは違って、

彼女物事を軽く考えてしまった心理もわからなくも無い。

川谷が既婚者と知ってから彼女対応はご存知の通り最悪だったので同情の余地あんまり無いし、

言動も幼稚で想像力が足りなかったのは間違いないと思うけどね。だから4:6。



芸能界でもベッキーの方が過失の割合が低いと考える人が多かったのか、

はたまた彼女の日頃の行いが良かったのか、ベッキー擁護に走る芸能関係者が多かったように思う。

冒頭に戻るが「謝る必要は無い」と言う人までいたくらいだ。

これ、一般人が言うなら良いんだけど、同じ業界人間が言うべきことでは無かったと思う。絶対に。

だって芸能人芸能人でいられるのは、視聴率スポンサーのお陰でしょうに。

それを支えるのは一般人なわけだ。その辺の、どこにでも居る普通人間

そしてその人間一人一人に感情があって、好き嫌いがある。

好き嫌いによって視聴率が生じるわけだし、スポンサーは購買意欲をくすぐるような人気者を起用したがる。

簡単な話だ。そこんとこ、本当にわかってんの?

自分不倫されたわけでも無いのに、何で一般の人がヤイヤイ言うんだ?」って言うけど、

謝れ謝れって騒いでる人はよっぽど芸能界TVって娯楽に愛情がある人たちなんだってことを理解してないのかな。

そういう良くも悪くもミーハー人間相手広告打つことで成り立ってる業界しょうが

正しい道から外れた人間に、人の気持ちを踏みにじるような人間に、嫌悪するのは当然だろう。

私は当事者が謝ろうが謝るまいが、元々好きでも嫌いでも無いし、

今後もTVで見かける度になんとなーく嫌な気持ちになってなんとなーくチャンネル変えるんだろうけど、

騒いでる人たちは少なくともちゃんと注目していて、

謝ったら「堂々と謝った!見直した!」とか言ってくれるかもしれない。

だったら謝らない手は無いと思うんだけど違うのか?

例え許されなくても「嫌い!」って言ってくる相手に好かれるには、原因になってることに対して謝罪するしか無いんじゃないの?

好かれてナンボの商売でしょう?

から何の考えも無しに、「仲間がピンチ!助け舟出さなきゃ!!」って擁護した芸能人業界本質がわかってない。

視聴者馬鹿にしすぎと言うか危機感が足りないと言うか…そういう体質のせいでTV離れが進んでるのにな。

適当謝罪に加えて周りが勝手擁護して火に油注いだ形になったベッキーも勿論、

自分取り巻き相手に「誰に謝れば良いわけ?」なんて言い放った川谷は本当に救いようが無い考え無しだわ。



ベッキーゲス不倫に続けと言わんばかりに、乙武の5股やファンキー加藤柴田嫁のW不倫が次々取り沙汰されてるけれど

毎回的外れ擁護をする人間が現れる。

他の有名アーティスト引っ張ってきて「彼も不倫してたよね?でも最高のミュージシャンだよ!」とかね。

不倫自体が許されたわけじゃないぞ?その人には黙らせるだけの人気と才能があっただけって話だよ。時代だって違うし。

黙らせる人気が無い奴は謝るしかないだろ。それで飯食ってんだものな。