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はてなキーワード: 揶揄とは

2016-12-11

40歳独身処女親友自殺した。

私には高校の頃からの友人が居た。

居たというのは先日、自殺して亡くなってしまたから。



高校時代から冴えなかった私は校内で「あそこは帰宅部」と揶揄されていた文芸部に入った。

もちろん帰宅するために。

最初くらいは行っておこうと部室に向かう途中で会ったのが親友彼女だった。

増田さんも文芸部?」と声をかけてくれた。

最初の返しは「はい。」という一言だったと思う。

結局その年の入部者は私達2人だけだった。

帰り道、なんで文芸部に入ったかの話になって、お互いに帰宅するためだった事で盛り上がった。



その後、彼女とは漫画の貸し借りや好きな歌手が同じという事で仲良くなり、帰宅目的だったのに部活に行くのが楽しみになっていた。

帰宅部と言われるだけあって先輩たちはは初日以外は来ることはなかったので部室を2人で使い放題だった。



高校卒業し、お互いに就職して働き出した。

彼女アパレル関係会社就職し、私はIT関係会社就職した。

働き出して一人暮らしするようになってからも土曜の夜か日曜の夜はお互いの家に行き来していた。

一緒に料理したり、漫画貸したり、ゲームしたり、アニメ見たり、ドラマ見たり、お笑いライブ見に行ったり、好きな歌手ライブ行ったり、

レンタカー借りてドライブしに行ったり、仕事愚痴言い合ったり、彼氏できないね~って話したり。

当時、彼女は「アパレルは女しか居ない。出会いない。私、絶対結婚できないと思う。」と言っていた。

私はアパレルキラキラした世界と思っていたから「なんだかんだ言ってモテてるけど理想高いだけじゃない?」と返していた。



そして28歳の時、私に初彼氏ができてそのまま3ヶ月で結婚した。

元々目立つのが苦手な私は彼にもその事を伝え、結婚式はしなかった。

その事を彼女が知ると、「誓いだけでもした方がいいよ。じゃあ私が牧師役やってあげるから。」と言ってくれた。

最初は断ったのだが、どうしてもやったほうがいいと強く薦められ、私が折れる形で私の家で指輪交換と誓いのキスをした。

今思うと夫婦の思い出にもなったし本当にやってよかったと思っている。



私が結婚してからも最低1ヶ月に1回は会っていた。

結婚後、最初に私の家に呼んだ時は彼女が遠慮してしまうのではないかと「旦那居るけど遠慮しないでね」と言った。

彼女はいもの笑顔で「大丈夫だよ!」と言ってくれた。

私の旦那も私と共通趣味という事で私の家に彼女を呼んだ時は一緒にゲームしたりしていた。



私に娘が生まれからも最低1ヶ月に1回のペースは崩れることはなかった。

娘ができてから彼女が抱っこしてくれたりもしていた。

彼女は「私、意外と子供やすのうまくない?」と言っていた。

彼女笑顔から子供を好きなのが伝わってきた。



私が家庭を持ってから彼女彼氏ができた気配はしなかった。

「男できない~」なんて話は相変わらずしていたものの、私は彼女仕事を頑張っているのだろうと思っていた。

私は私で、なりゆき専業主婦になってしまったので彼女バリバリ仕事をしているのがうらやましかった。

お互いにないものねだりな感じで「仕事できていいな~」「いやいや、家庭ある方が勝ち組だよ~」なんて言い合った。



娘が大きくなってくると娘は彼女の事を「○○お姉さん」と呼んで来るのを楽しみにしていた。

彼女が私の家に来た時はもちろん、私が彼女の家に遊びに行った時も「これ、○○ちゃんに似合うと思って社販で買っておいたから持って行って!」と服をくれた。

さすがはアパレルで働くだけあって服のセンスは良く、娘は私が買った服より彼女が選んだ服を好んで着ていた。



お互いに35になる頃、彼女自分彼氏いない歴=年齢で処女であることを言ってきた。

「早くしないと子供産めなくなっちゃう」と泥酔して号泣しながら言った。

私は彼女背中をさすりながら「会社男性は居ないの?」とか「結婚相談所に行ってみたら?」とか慰めていた。

その時彼女が鼻をすすりながら言った一言が私は忘れられない。



子供作るためにあんたの旦那貸してよぉ」



その時は冗談だと思って「もう~あんたにはあんなのじゃなくてもっといい男居るよ~」と流してしまった。

彼女もそれ以降その事を言うことは無かった。



その後彼女婚活を頑張っていた。

彼女が行った珍しい街コンの話を聞いていろんな種類の街コンがあるもんだなぁと思っていた。

自衛隊街コンとか女のほうが歳上街コンとか一緒に料理を作る街コンとか

もちろん普通のも含めていろいろ行っていたようだった。



先月彼女40歳誕生日の週に会った時「私、まだ彼氏いない歴=年齢だよ~こんなまっさら状態40歳になると思わなかった~」と笑いながら言っていた。

私は、彼女が勤めている会社部長クラス役職についていたので「仕事がんばる女もいいと思うよ!」なんて言っていた。

いつもどおり飲んで食べて話して「次はクリスマスに○○ちゃん(私の娘)にプレゼント持っていくね」なんて次の約束もしてその日は帰った。



12月に入ってちょっとしてから彼女に送ったLINE既読にならなくなった。

いつもなら既読になって返信か、スタンプが返ってきていたのに。

その日の夜、彼女マンションの前まで行ってみたが彼女の部屋には明かりがついていなかった。

仕事が忙しくてLINEが見られないとかそんな所だろうと思っていた。



翌日、彼女の妹さんから連絡があった。

彼女自殺したと。



私は信じられなかった。

何をする気にもならず、私と彼女が好きだった歌手CDをかけて聞いていた。

家事をしなければと頭では思っていても体が動かなかった。

でも実感は無かった。

旦那が帰ってきてから一緒に仮通夜に行った。



仮通夜に行き、顔を見せてもらって実感が湧いてきて涙が出た。

「○○(彼女名前)!○○!なに寝てんの!起きなって!」と言うのが精一杯だった。

そして、亡くなった部屋のテーブルにあったという遺書のようなメモ書きを見せてもらった。



結婚たかった。

子供が欲しかった。

でも、いっぱい頑張ったけどできなかった。

お父さん、お母さん、孫を見せられなくてごめんなさい。

○○(私の名前)いつも一緒に居てくれてありがとう

いつも○○ちゃん(娘の名前)と遊ばせてくれてありがとう

○○(妹さんの名前)お父さんとお母さんをよろしく。



「頑張った」という部分が涙が落ちて滲んでいた。



私は立っていることができず、その場にうずくまって親族の方々が居る前で大声で泣いてしまった。

私は旦那に抱えられるようにして仮通夜を行っていた彼女実家から帰宅した。



私は、彼女旦那を貸してくれと言った時の事を思い出していた。

どんな気持ちで言ったのか。

泥酔して号泣しながらでなければ頼めなかった頼みごと。

それを私は冗談だと思って流してしまった。

私が旦那を貸していたら彼女自殺なんてしなかったのか。

彼女子供さえ居たら自殺するような事は無かったんじゃないか

そのために旦那を貸せばよかった。

私はあの時のことを後悔した。



見ず知らずの女性じゃない。

相手親友

子供ができてから一生懸命育てるだろうって事は予想できた。

貸したからって私の旦那を取るなんて事もしないだろう。

取ろうと思えばいつだってできたし、わざわざ私に許可を求めたって事はやっぱり子供が欲しかっただけだったんだろう。

から浮気とかじゃなく、子供を作るためだけに旦那を貸せばよかった。



乱文、長文失礼しました。

どこかに書かないと私の心がもたないと思って書かせてもらいました。

2016-12-09

キュレーションライターの話を読んで思う事

1円ライターから見た、キュレーションサイト炎上」の現場

http://magazine-k.jp/2016/12/08/writing-for-curation-media/

なるほどキュレーションライター現場のいまが垣間見えるポストだねぇ。。

この文章を読んでて思ったのは、いい意味でも悪い意味でもキュレーションライター文章だなぁと言うこと。

ふむ「高級ライター」と「1円ライター」か…もしそう言うマインド有償物書きをしてるとしたら、

僕は所詮ネット駄文書きと揶揄するしかない。

僕は紙の時代人間なので考え方が違うのだろうか。

金をとる文章重要価値(要素)の一つに「推敲を含む編集スキル」があると思っている。

まり記事の内容(クリエイティブ)とともに 文章品質担保 されていなくてはならないと。

だが大勢キュレーションライターの書く記事にはその部分のスキル品質が欠如しがちという印象がどうしてもある。

ネットの即時性に合わせたクロックライティング粗製濫造。そこには高級も一円の格付けもない。

文章の質が良いかいかだなのだ

しかし今回のことで語られるのは、記事の内容やリテラシー掲載PVに拘泥するものばかりだ。

もしかしてそれは寿司回転寿司似て非なるものであるように、文章のものが別の物、

強いていえば文章構築がこれまでとまったく違う次元の物となったということかもしれない。


デジタルの0と1の波間に文章言霊は薄れてゆくのだろうか。

例えば男女の恋愛フラグがたった作品でも、同性の恋愛を描く二次創作は発生するのに、

なぜ同性間の恋愛と思しき関係性が描かれた作品場合は、

特定カップリング贔屓しやがって公式フザケンナ!になることがあるんだろうか?

揶揄かもしれないけど)同じコマにいるだけでカップリングは成立するのに、

特定の同性の対象がいると途端に別の組み合わせで創作したくなくなるのかな?

みんな自由創作しようぜ

マーベル副社長発言日本コンテンツ海外進出について

https://oriver.style/cinema/tcc2016-cb/

日東コミコンが開催され、その中でマーベル副社長であるC.B.セブルスキーさんのトークショーがあったようだ。

該当の記事には多くのブックマークコメントもついており、皆様々な意見を言い合っている。


しかし、この記事で一つ大きな誤解が生まれており、いくつかのコメントはその誤解のために少し的外れな内容になってしまっているように思える。

というより少々作為的意図すら感じてしまう。

記事ではその点についての私見と他国日本コンテンツをどう広めるていくかについて書こうと思う。


マーベル副社長は「日本人よ、日本しか通用しないものばかりを創るな」などと言っていない。


まず、大きな誤解を招きかねない原因はこの記事タイトルに原因がある。

マーベル副社長日本人よ、日本しか通用しないものばかりを創るな」

と、でかでかと記事タイトルを掲げているが、記事の内容を見るとセブルスキーさんはそんなことを言っていないのがわかる。


日本コンテンツをどうグローバルなものにしていくか?

という部分は「世界を目指せ!日本映画産業は小さくまとまりすぎている」という段落の中でまとめられている。


日本映画産業は小さくまとまりすぎであるというところ。日本ファン日本の観客のことしか見ていなくて、海外の観客のことを全然考えていない。日本監督映画プロデューサー映画会社もっとグローバルにやっていくべきなんですよ。だって日本にはとても優れたストーリー・テリング伝統があり、日本文化もっと世界に受け入れられるものなのだから物事もっと大きく考えるべき(Think Bigger)でしょう。」


ここでセブルスキーさんが言っていることをよく見るとわかるが

日本文化もっと世界に受け入れられるものなのだから物事もっと大きく考えるべき(Think Bigger)でしょう。」

まり日本映画アニメ文化的ものが受けないとは決して言っていない。

これはセブルスキーさんも言っているが、過去の実績からも明らかだ。

マジンガーZやグレンタイザがヨーロッパの一部で受けたり、セイントセイヤがラテンアメリカで受けたり、マッハGOGOGOアメリカマニアに受けたのは明らかだが、これらの作品果たして海外を強く意識した作品だっただろうか。

巨大ロボットに乗りながらも、強く苦悩したデュークフリードヨーロッパでの受けを狙ったとはとても思えない。


また、アニメに限らず実写映画でも同じだ。

海外で高名な黒澤明や小津の作品アメリカ風ヨーロッパ風、あるいは中国風の映画だっただろうか。

事実はその全く逆だ。

黒澤が作った作品で恐らく最も有名な作品である七人の侍」は時代劇ではないか

侍が出てきて日本刀百姓と一緒に戦う映画のどこに西洋らしさがあるのか。

小津の映画は全編が静謐としており日本人らしさに満ち満ちている。


明らかに日本人らしさに溢れているにもかかわらずこれらの映画はそのどれもが海外で受けた。

モチーフ西洋のものを使っていたとしてもその作品の根幹は日本人らしさで溢れている。


セブルスキーさんは現状存在する日本映画ストーリー・テリング伝統をそのまま貫けば良いといっているだけだ。

ここで注目すべきなのはしろ、前半の部分で海外の観客を見ろと言っている部分だ。

まりもっと単純に考えればいい。

海外の観客にコンテンツを届けたり、今現在既に存在する海外の観客が何を思っているのか良く考えろと言っているのだ。


それは、コンテンツの内容をアメリカ向けに変えろとかそういう話ではないはずだ。

例えばクランチロールアメリカカナダヨーロッパで受けている作品は何かの一覧を発表していた。

アメリカの多くで受けていたのは「ドリフターズ」だった。

なるほど、バイオレンスが好きなアメリカ人らしいと思うが、であればアメリカで物を売りたいのであれば今後そのような作品積極的に送り出せばいい。

しかし、そこでアメリカ人におもねって、不自然アメリカ要素を入れたりするべきではない。

我々日本人の考えるバイオレンスさと、ドリフターズで受けいれられた要素を真剣に考えるべきだ。


アメリカのような作品を作りたいと、アメリカコンテンツ適当にナメタような態度で作ってもアメリカ人の作った作品に敵うわけがない。

まれときからアメリカで育ち、アメリカのものの考え方をしている人のようなことを日本で育ち、日本生活をしているだけの人ができるわけがないのだ。

骨をうずめる覚悟で何年も生活すればまた別かもしれないが、そんな人がなぜ日本映画アニメ産業で物を作らねばならないのか。最早意味不明だ。


日本人日本人しかありえず、それ以上でもそれ以下でもない。

ましてや西洋人中国人では決してない。

それはつまり我々の作る作品日本人的でしかありえずその枠から出ることは決して出来ない。

かならずどこかに日本人的な部分が混じる。


アメリカ世界的なコンテンツを作ることが出来るのはある社会的な前提条件が存在するからだ。

それは文化的多様性をそもそも内包した社会からだ。

インディアン/ネイティブアメリカン生活していた文化ヨーロッパからやってきた文化

南アメリカ黒人文化日系人華僑などのアジア系文化

そのどれもが並立して存在しており、また映画製作現場でも多数の民族文化が交じり合う。

なぜならスタッフもまた多民族構成されるからだ。

このような状況を無理やり日本に作り上げたいなら東宝松竹社長アメリカ人にして、フランス映画監督でも引っ張ってくるしかない。そしてスタッフには多数の外国人スタッフを入れるべきだ。

しかし、残念ながら日本社会でそのような会社を作り上げるのは難しいだろう。

少なくとも主流にはなりえない。

であるなら、我々は逆に日本人であることを貫き続けるしかないのだ。


これは日本人文化SUGEEEEEEEEEEEEEとか日本最高!であるとかそういうことでは決してない。

日本で生まれ日本で育った日本人が「自分ストーリーを語る」とは一体なんなのか?

それを突き詰めると結局日本生活した人間目線から見た作品しかありえないのだ。

そういう意味多様性を語るのであれば

例えば、近年東京で増えてきた外国人日本人交流・衝突を描いた映画であるなら語れるだろう。

あるいは「シン・ゴジラ」のような日本ポリティクスを突き詰めた作品もっと作ってもいい。

最初はなかなか理解されない可能性も強い。

細部については理解やすいようにローカライズするのも構わないだろう。

しかし、将来を見据えるならそういったカルチャーの積み重ねによって理解してくれる人を増やすしかない。

海外では日本被れをweeeabooooといって揶揄する言葉存在する。

では、ハリウッド映画を毎年のようにバンバン見ている私たち日本人はなんなのだ

それこそまるで日本版weeeabooooではないか

日本スターウォーズが年間興行収入2位になる国なのだ

そこらじゅうweeeabooooだらけではないか

もし本当に日本コンテンツ海外に広めたいのであれば、文化的衝突を恐れてはならない。

日本進出したハリウッドがそうであったように。


海外の人が日本的ものを作って欲しいという要望を出しているのにもかかわらず

なぜか海外的なものをつくらなければならないと勘違いしてしまう事が日本では多発する。

この記事でもセブルスキーさんの言っている

日本にはとても優れたストーリー・テリング伝統があり、日本文化もっと世界に受け入れられるものなのだから

という発言を聞いておきながら

日本人よ、日本しか通用しないものばかりを創るな」

というタイトルをつけるのは雑すぎるだろう。

もっと日本人の観客の言っていること、海外の観客の言っていることを良く聞くという地道な

コミュニケーションを取る方法以外に解決策はないのだ。

そのキャッチボールを行うためにもっと流通網を整備し、海外意見を拝聴できる体制を整えるべきなのだと俺はそう思う。

つーか進撃の巨人実写版日本の客のことも考えてないだろ。

2016-12-08

政治的に正しいビジネスキス

ダチョウ倶楽部上島キス芸はセーフですか?

喧嘩腰に向かい合っているうちに唇が触れてしまったという形式なので大丈夫ですよね?

でも、それを見た観客がギャーと悲鳴をあげるのも芸の一部であると考えたら「男同士のキス揶揄している」ということでやっぱりアウトなんですかね。

2016-12-05

年を食ったせいかバイオレンスに拒絶感が出てきた

M-1見てても錦鯉やカミナリの漫才は一歩引いてしま感覚があるし

あれをげらげら笑って見ている人がいたなら多分白けていた

その場にいない誰かを揶揄するようなネタも昔ほど素直に受け止められなくなったか

M-1で言えば和牛スーパーマラドーナニューヨークあたりのスタイル

(と言っても和牛は決勝以降、水田の演じるキャラ浮世離れさせることでえぐみを減らしていたので見れた。

ただ、決勝1本目の巾着捨てたくだりで「あ、アスペルガーっぽい・・・」と思ってしまった。

インターネットの暗部に僕は毒されすぎているのかもしれない。)



僕の中で段々と「誰も傷つかないこと」が表現評価する前提条件になってきている

何かを傷つけるということを表現に取り入れるならば

そこに重さやそこにおいて暴力必要である理由がないと納得できなくなってきた

暴力茶化すなんてことにはもう軽蔑気持ちすら湧いてきているかもしれない

母は映画アクションシーンなどに拒否を示す人間

僕はそれを「なんだかぬるいなあ」と冷ややかに見ていたものだが

今になってそんな母の気持ちも少しわかるようになった気はする

そう言えば嫌韓系のディスは最近見なくなったな

AIだのBOTだのお決まりパターンをかますやつは時々出現するけど

その代わり国内での格差揶揄した罵倒が多くなっている

そもそも野村的なるもの実態もよくわからない

ホストキャラ揶揄する意味合いしか使われていない

2016-12-04

http://anond.hatelabo.jp/20161203215317

日本という家に巣食うシロアリのような存在から両立するな

朝鮮の歴史はは属国歴史だと揶揄されるが

その結果、内部に一定勢力を保つことに長けたのだろうか

2016-12-03

ツッコまれた仕返しをする嫌な奴になってしまった

少し前のことなんだけど、けっこうバズってた記事ブコメで頓珍漢なことを書いてる奴(Aとする)がいたのでidコールせずにノールック手斧皮肉を書いた(そこそこスターが付いた)。

その時は気づかなかったんだけど、さっき他の自分ブコメを見返していたら、件の記事の1週間ほど前に逆に自分ブコメ揶揄する感じでAからノールック手斧されていたことに気が付いた。

これ、Aから見たらツッコミを食らって悔しかった私が反撃の機会をうかがっていたように見えてしまうのでは…。

なんだかとっても恥ずかしいんだけど、今更どうしようもないので千代田区高層マンションの一室でワイン傾けながら読モセフレ愚痴ってる。あー厄日だー。

2016-12-02

http://anond.hatelabo.jp/20161129135612

こないだ体調不良ってことで音楽イベント急遽欠席ってなったことに対してネットではみくにゃんのイベント今日からからだなとか揶揄されてたけど、あまりにも失礼というか不謹慎ものだったんだな

2016-12-01

http://anond.hatelabo.jp/20161201113407

そもそも方言や訛りを揶揄するあの感じ

他の地域ではみたことな

津軽弁猿真似とか

九州出身者が訛ってた時に「出た、博多弁」と言ったり・・

そんなのみたことな

嫌がらせしか見えないもんね

2016-11-28

[]プロットアーマー

直訳すれば「筋書きの鎧」。

すなわち物語上の都合で主人公が守られたり助かったりすることを揶揄する言葉

[]ロフトプラスワンで反左翼イベント発言者の締め出しを行っ

いまさらだが。自分が知ったきっかけはこれ

上念司おはよう寺ちゃん活動2016年11月28日
https://www.youtube.com/watch?v=5B3tGY33Kag

開始5分くらいで、「ここ2年間ロフトプラスワンで締め出しを食らって開催できなかった」というコメ


どういうことかと思って、ロフトプラスワン周りを検索すると、こういうページが出てくる

村西とおる氏による「不自由言論空間ロフトプラスワンイベントであったことの一部始終」
http://togetter.com/li/982629

簡単に言えば似非左翼揶揄した本を出した千葉麗子に関してロフトプラスワンが出場の辞退を要請したという内容


で、さらに調べていくと

「『襲撃を許さな共同声明』の自分勝手
http://www.t3.rim.or.jp/~punsuka/jibunkatte.html

簡単に言えば、ロフトプラスワンを、「政治組織ブント』」と呼ばれる左翼組織が襲撃したが、先に襲撃したのは右翼では無いか、という内容


これらからするに、要するに政治的イベントを行い暴力ざたになる可能性のある状況をロフトプラスワンが嫌っての流れと推察出来る。

ただ、右翼ロフトプラスワン組織だって襲撃したという記事は見つからず、実際、右翼から目の敵にされているシールズ問題なくイベントが開催出来ている

それに比べて、右派系に関しては左翼に襲撃される可能性のある出演者がいるというだけで、辞退の要請が発生している。これをどう見るか、という話になる

2016-11-27

腐女子夢小説馬鹿にするのは女性の性欲を認めたくないだけ

腐女子夢小説(夢女子)を馬鹿にするのって、どうせ女性の性欲を露わにしているのが嫌なんでしょう。

腐女子自分の性欲をうまくごまかすための方法として、BLを選んでいるだけ。いまの社会じゃ女性の性欲なんてないことにされてるか、揶揄されるものだもんな。。

BLなんて女性のためのポルノだよ。エロがないBLがあるのも知ってるけど、攻め×受けって言ってる時点でその二人のセックス妄想してるんだからさ。

から、「キャラくんと付き合いたい」って女性としての性欲をオープンにしている夢小説嫌悪する。自分が隠さなきゃならないものオープンにしてるのを見るのが嫌だから

腐女子さ、よく「○○ぶちおかしたい」って攻め目線発言するよね。それ実際に○○を犯すのが攻めキャラだったりそうじゃなかったりしても、攻めに自己投影した発言だよね。

でも、「○○にぶちおかされたい」は言わない。例え実際に○○を犯すのが攻めキャラだったとしても、受けに自己投影した発言は、腐女子の中では許されない。だって女性の性欲があからさまに見えるから腐女子が見たがらないものを見ることになってしまうから

最近の受けちゃん女体化流行だってそう。受けちゃんを女体化して、自分の性欲を重ねてるようにしか見えない。

そんで、「それって夢小説っぽいよね」って言えば、ムキになって「これは夢じゃない!」って言う。私は自己投影なんかしてない、って。



前に男性声優さんが「BLポルノ」って主旨の発言をして大炎上した。

ニーズ』を考えるとBLってジャンルAVと一緒だよね、だからBLが好き♪ファンタジーから☆」とか言ってる女は全員ドスケベである

(引用元 http://majipro.blog22.fc2.com/blog-entry-2476.html)



実際そうであるだろうが、炎上した。腐女子自分の性欲を認めたくないから、そこを突かれると恥と怒りが爆発するのだ。まあこれ腐女子に限らず女性一般そうだと思うんだけど。

これは創作の良い悪いの話じゃなくって、女性の性欲が隠されてる現状の話。

男の性欲はオープン理解されてる。でも女はだめ。見せてはいけないって女性自身が抑圧してる。

エロエロBLが好きなら、何故自分がそれを好んでいるのか、もっと冷静に考えてみたらいいんじゃないの。



参考

http://majipro.blog22.fc2.com/blog-entry-2476.html

http://majipro.blog22.fc2.com/blog-entry-2480.html

2016-11-25

安倍自民党萩生官房副長官がまた暴言萩生田光一官房副長官は11月23日シンポジウム国民のために頑張る民進党共産党希望社民党自由党)の野党国会対応を「田舎プロレスある意味茶番だ」と揶揄した。そのあと24日、衆院議院運営委員会理事会で、発言撤回し、陳謝した。

安倍自民党萩生官房副長官がまた暴言

萩生田光一官房副長官は11月23日シンポジウム

国民のために頑張る民進党共産党希望社民党自由党)の野党国会対応を「田舎プロレスある意味茶番だ」と揶揄した。そのあと24日、衆院議院運営委員会理事会で、発言撤回し、陳謝した。

2016-11-22

はてブってボーナスステージあるよね

ファッション記事なら「ダサい」、勘違い男の記事なら「性別が逆ならどう反応するの?」みたいな、労力ゼロスターがたくさんもらえる定型文あるよね。自分も良く使うんだけど、とりあえず強い言葉悪口揶揄を書いておけば簡単承認欲求が満たされるの、結構まずいと思う。そういうので星をたくさんもらえればはてな界での知名度は上がるけど、人間界ランキングが音を立てて転げ落ちていく感じがしている。麻薬やでこれ。

とにかく、ボーナスステージで人気コメントになるはてなーではなく、大喜利で滑ってスターがつかないはてなーに、私はなりたい。

2016-11-21

2000年代後半以降のテレビアニメの延長線上に

いまのアニメ映画の流れはあると思う。


君の名は。」も「聲の形」も「この世界の片隅に」もけいおん!あたりからブームが起こった

美少女動物園日常アニメとかのテレビアニメからの流れがある。

あの時期、真摯作品に向き合った人達だけに今があるのだ。


ジブリアニメをもろに模倣して叩かれまくってもめげずに次の作品をきっちりハイレベルで作り上げてきたとらドラ大好き、イカ娘大好き釘宮病患者新海誠

・ややもすればキモオタ巣窟揶揄されてしまいそうな「けいおん!」を馬鹿にすることなく、女子高生日常を細部まできっちり作り上げた山田尚子

ステレオタイプアニメ玄人からすれば馬鹿にされかねないB級傑作漫画ブラックラグーン真摯に取り組み、マイマイしんこで全然ヒットしなくても腐らずに観客を信じた片渕須直


あの時代アニメ馬鹿にしてまともに向き合わなかったヤ○カ○先生反省するように。

2016-11-20

http://anond.hatelabo.jp/20161120011146

理工系女子マイノリティでもなんでもありません。」

いや、それは違うよ。被害者意識とかはおいといて、圧倒的少数派であることは確かです。

偉大な女性科学者が何人いたとしても、専攻内で女子1名(私のことです)なんだったらそれは少数派でしょう。

圧倒的少数派で、かつ「自分は異質である」と度々思わされているって、つまりマイノリティってことじゃないの?

元増田の言い方は確かにアレだし、「なんで?」と聞かれたら真摯に答えますが、その中に「女のくせに」というニュアンスが含まれていてイラっとくることはあります

(大体そういう人はその後にオタサーの姫などと揶揄してきて殺意を覚えます。)

しかちょっとしたことなんですけれど、男女比がおかしいところに行くということは面倒くさいことが増えるということなんです。

その面倒くささ(「生きづらさ」は少し重い言葉かもしれないが、そう思う人も多いだろう)を否定して受容せよって、つまり女性の方だけハードル上がっててOKということなんですが分かってますか?

女性の方だけハードルが上がっているということは、理工系全体がより質の低い人材を受け入れることになるということなんですが分かってますか?

2016-11-18

低能先生

増田に書いてもスルーされるか否定されるか揶揄されるかの三択だけど、はてブならそこそこ☆付けてもらえるじゃん

共感を得られてるよ

よかったね

[]よくある質問

今回はリバイバル……リブートリメイク……まあ、他の人も明確に区別しているわけではないから、何でもいいか

真面目に答えず、出来る限り嘘と虚構を織り交ぜて答えていきたい。

Q.ポリコレ棍棒とはなんですか。

明確な元ネタは分からないが、はてなではとあるユーザーブコメによって大きく注目されたワードだな。

最初はそこまで注目された言葉ではなかったが、とあるユーザー間でのトラブルが、ここ匿名ダイアリーに書かれてホッテントリにまでなったことがあってな。

そのトラブルの発端となったブコメに「ポリコレ棍棒」というワードがあり、これが印象に残った人が多かったらしく、はてなではイメージが徐々に形成され、認知されていった模様。



Q.どういうときに使う言葉ですか。

使われるようになってから間もないこともあって、用法は明確に定義されているわけではない。

主な使われ方としては、政治的な正しさ(ポリコレ)による主張が過剰だったり、或いはズレているように見えた際、それを揶揄する意味合いで使われることが多いようだ。

そして、その主張がより過激に、攻撃的になった場合に「―で殴る」といったように表現するらしい。



Q.なぜ「棍棒」なのですか。

暴力的な」ものの例えとして、武器に例えたのだろう。

武器の中から棍棒」が選ばれたのは、原始的武器で野蛮なイメージがあるためとされている。

「主張は理知的に見えても本質は粗野である」みたいな皮肉が含まれているのかもしれない。

……いや、実際のところどうなのか私は知らんよ。

その言葉を使っている人たちに聞いてくれ。

それにしても、はてな村手斧といい、妙なもの武器にしたがるものだ。

私としては忍者が好きなので、手裏剣とかのほうがカッコイイと思うのだがなあ。

ちなみに私は手裏剣は「打つ」って表現したい派だが、「投げる」でも気にしないか安心したまえ。

2016-11-16

しろ世が「政治的に正しく」なるほど世にオタクがあふれるのでは

俺っちネット民の大半が思ってる通りずっと「オタク」と「政治的正しさ」は相反するものであり、

世が「政治的正しさ」を志向するならオタク表現抑制されて然るべきものとなると思っていたのだ

しか最近ふと思ったわけだ、むしろ世の中が「政治的正しさ」を志向すればするほど、世にオタク表現が溢れていくのではないか、と

…ヘーイ何妄言垂れ流しとんじゃボケぇとか言わずちょっと聞いとくれよハニー



いや「実はオタク表現政治的に正しいんです。だから世が政治的に正しくなればオタク表現もあふれるのです」なんて主張ではない

全てがそうとは言わんがオタク表現基本的に「政治的に正しくない」と思う

では何故に世が「政治的に正しく」なれば「政治的に正しくない」表現蔓延るとのたまうのか?



ここで注目スべきは「オタク抑制である

オタク抑制して社会の片隅で縮こまらせる存在たらしめてたメソッドとは何か?というと

オタクキモい

しかし近年その「抑制」通じなくなってるのだ。何故かって?理由簡単

オタクキモい」は政治的に正しくないのだ!(な、なんだって!?

対象がどのような人物であろうとどのような言動をしようと「キモい」と言いつけることは

政治的に正しい」世ではまっこと「政治的に正しくない」行いなのだよ!(ななななんだって!?

対象が「政治的に正しくない」からといって「政治的に正しくない」罵倒を投げかけるのは相手と同じ穴の狢。「政治的正しさ」の基本)



政治的に正しいオタク批判というのは確かにある

しかしはっきり言ってどれも弱い。ほんとオタクを打倒するには蚊が止まる程度の衝撃しかいくらい弱い

だって差別性がどうたら~うんたら~かんたら~たらったらたらり~んとくどくどくど長口上垂れ流して垂れ流したら、

当のオタクにはハナホジして「はあ。だから何?」の一言で終わりです

だがそれに比べて「オタクキモい」の便利さと言ったらなんだ!

六文字だ!たった六文字だ!たった六文字でオタクビシバシシゲ抑制できるのだ!なんてコンビニエンスザンショ!

…だが、「政治的に正しい」世の中ではこのメソッドは著しく不当なのだ

キモい」と言われた当のオタクは「自分は不当な罵倒を受けた」としか思えないのだ。

(勿論明確にそう思っているヤツは一人もいないが、「政治的に正しい」世の中では心の片隅で絶対にそういう感情を抱かざるを得ない)

当人がどれだけ「政治的に正しくない行い」をしていても、だ(←ここ重要からメモっといてね



あとはもうパワーゲームしかない

政治的に正しくない」「オタク」と「政治的に正しくない」「オタクキモい」…のVSにおいて後者が衰退し、前者が勝ったのだ!

…それだけの話しだ!きっとそうなんさ!



いや別にオタク批判すんな」と言うわけでもないし「政治的正しさはクソだ」と言いたいわけでもない

ただ言いたいことは、オタク抑制するのに最も効率の良いメソッドは「政治的に正しくない」ものに他ならぬこと、

そのメソッドを失ったんだから世にオタクがあふれるのは当たり前じゃんということであり、

オタク批判」の方々が「政治的正しさ」を盾にしてオタク批判できると思ってるんなら、

それはむしろ逆効果なんじゃねーの?ってことです。

ポリコレ棒とか揶揄する気はなく、そもポリコレ武器にすることでアンデッドモンスター即死魔法食らわせて逆効果みたいな事態が起こってるというか

まーなんつーか、ポリコレ勢の方々は今一度戦略を考えた方がいいんじゃないかと思うんですが余計なお世話ですかね?

2016-11-14

かわいい女になんて、なる必要なかった

一昨年、娘を産んだ。

3年の婚活をし、2年の妊活をしての出産だった。

出産後は、それはそれは大変だったけれども、大きな肩の荷物を下ろした気持ちになったことを書いておきたい。



まず、小学校から、私は「ブス」「でかい女」と言われていた。

男子からは、ランドセルを蹴られ、ツバを吐きかけられ、泣いたら「わー泣いたー」と笑って喜ばれる。そういう存在だった。先生相談しても、「あなたのことが好きなのよ」という、何の慰めにならないようなことを言われ、何の対策もされなかった。最終的には、泣くのもバカバカしくなって、蹴られたら蹴り返すようになり、さらに「わーゴリラー」と言われるようになった。


それが中学生になり、殴る蹴るなどの暴力行為はなくなり、だんだんと「お前はブスだ」「女として見られない」という言葉のみが残った。

先生や兄にまで言われるので、私は、自分美人かわいいと言われる存在ではないんだな、ということを、ただ当然の事実として受け入れられていた。高校になっても同じで、私はオシャレというものを「そういうことを許される存在ではないから」と、学ぶことすら放棄した。

両親や祖父祖母が「かわいいよ」と言ってくれても、受け入れることができなかった。



大学生になり、好きな人ができた。

女として見られたことがない私を、「女の子なんだから」と当たり前に女性として見てくれた人だった。

今思うと、言動も態度も軽い男性なのだが、私はその人のために、10キロダイエットをし、化粧を覚え、オシャレな服を選んでくれと友人たちに頭を下げて、一緒にショッピングへ行った。

結局その恋は叶わなかったが、「自分女性なんだ」と、ようやく思えた瞬間だった。



社会人になり、会社就職した。自分お金お酒を飲むようにもなった。

そこで直面したのが、「女性とは」という押し付けだった。

「女なんだから

「女なのに」

「女は」

初対面の取引先の人に、「もっとおっぱい大きい人に担当変えてほしい」と面と向かって言われた時は、さすがに顔をゆがめたけれど。

電車痴漢された時に、上司に「良かったじゃないか。お前でも触ってくれる人がいて」と慰められた時。

半年彼氏がいないの? あそこに蜘蛛の巣はっちゃうよ」と男の同僚に笑いながら言われた時。

生理休暇をとった同僚について、「そこは自己管理問題だろ。なあ?」と怒る先輩に同意を求められた時。

私は怒ることだということすら分からず、ただ笑って「そうですねえ」と受け入れていた。



30歳を越えて、「生き遅れ」「女として終わった」と言われる現状を、笑って受け入れた。

「35歳を越えると子宮が腐る」と言われたことを、受け入れた。

「女なんて若いうちだから」と言われることを、受け入れた。

子供を産んでいない半人前だから」という言葉を受け入れた。

婚活をはじめた時に、何度も「女は30歳まで」と言われるのを受け入れ続けた。



無意識に、「男に求められて結婚して子どもを産んで、ようやく女は一人前」という言葉洗脳されていた。


今の夫は、学生時代からの友人だ。飲み会中に、前の彼女と別れたという報告を聞き、その場で私から口説いた。

その時に、ようやく自分自由になれた気がした。



そうして結婚して子どもを産んで、ようやく楽になった。

もう周囲に何も言われなくてよくなった。

この感覚言葉にするのは、とても勇気がいることだけど。

ずっとバカにされていたことを、「男の人って」「社会って」そんなものだと思い続けた。

もうちょっと言うと、「そうやって、顔をゆがめず、私は気にしない、とスルーすることが、世渡り方法なんだ」と思っていた。

だって、そうしないと、「モテない女」という、最低な存在になってしまう。戻ってしまう。そう思っていた。



そうして、ようやく「結婚して子どもを産んだ」という事実で、一息つけて、昔の自分を振り返ることができた。

もっと怒って良かった。

バカにするなと泣いて良かった。

小学生の私は、戦っていた。

私は「ブス」ではない。大きいけど、それでバカにされるいわれはない。バカにするやつが悪い。

先生に、「笑いながら流すな」と言いたかった。

上司に、先輩に、同僚に、「女をバカにしてるって気付いてる?」って言いたかった。

それらを流して流して、次の女性に悪習を残してしまった。



次の女性は、そのうち娘になる。

娘が、自分容姿や体の形で、男の人に受け入れられないと悩む人生は歩んでほしくない。

娘が、自分のことをブスだから、と、若いうちに着飾ることを恥ずかしく思う人生になってほしくない。

娘が、性的バカにされるような人生を送ってほしくない。

そのためには、声を上げ続ける。

「女だから」とバカにするやつを、怒る。

それは、昔テレビで見た、ヒスババア揶揄され、「かわいくない女」と言われていた、あの人やこの人のようなことなんだろう。

それでも私は、世界の片隅から声をあげ続けなければいけない。

かわいい女になんて、なる必要はないし、そうでない女をバカにしていいルールなんて、無くなった方がいいんだ。



夫にそういったことを話したら、「そんな、『かわいい女』をパートナーに求めている男ってどれぐらいいると思っているの?」と逆に聞かれた。

驚いて、夫に私の好きなところを聞いたら、「僕を引っ張って行ってくれるところ」と答えた。

かわいい女になんて、みんながなる必要はなかった。そんなことも知らなかった自分のために、私はこの記事を書く。

2016-11-13

http://anond.hatelabo.jp/20161113165402

あ?そうなの?俺が観測していないだけなんだね。「低能先生」なんて揶揄してごめんね。

 

あと頭悪いのは確かで比喩的表現が見つからないのは言った通りだし、

尊大をこじらせたクズ」っていうのはもっともなので、返す言葉がないなあ。

これについては尊大存在になれるよう鍛錬を重ねるしかないけど、これを「無駄」とか言わないでね。