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はてなキーワード: 揶揄とは

2016-07-21

文学ってのはもっと豊かで人を幸せにするもんだろ

それは問題を取り違えてるよ。

あのコピーから感じ取れる主張は、少なくとも俺にとっては「文学アニメより高尚です」という主張ではなくて「文学ファンは(ですらないと俺は思ってる。このサイト、要するに利権業者広告代理店発注したものだろ?)アニメファンより高尚です」というものだ。ようするに「文学が高尚であってくれないとそれをネタ商売ができねえ、都合が悪い」という意思だ。

この主張の差は、小さくはないよ。

そしてそれに対して、「いやいやそんなことはねーだろよ」と俺は思ったんだよ。

「そんなことはねーだろ。少なくとも、他ジャンル(今回はアニメ)を揶揄しないと自意識を保てないようなファン自尊心ってどんなもんよ?」と。

そもそもの話、多くの文学者アニメを下になってみてないわけよ。文学をそこまで高尚だと思ってすらいないわけ。高橋源一郎は「君が文学を苦手に思ったとしても文学面白はいつかきっと君に届く。安心しろ」と「文学がこんなにわかっていいかしら」の中で言った。書き手がそうであるのに、たかだか文学賞選考委員新聞などの、いわゆる外野が、書き手ファンの間に割り込んできて「ティチングしてやる」という、その態度が醜悪だと思ったわけよ。そこにあるのは権威化して利権を得ようとする私欲だけだ。

少なくとも俺は、文学ファンとして、このサイトは許容できないよ。俺の大好きな文学は、こんなふうに、他を引き合いに出さなきゃコピーひとつ作れないようなものじゃない。文字文章の力を信じて、独力で読者の心に豊かさを届けられるものだよ。そんな文学が、俺は大好きなんだ。

http://anond.hatelabo.jp/20160721015413

2016-07-13

スターウォーズスタートレックメートル法採用されている理由にまつわる都市伝説

スターウォーズスタートレックメートル法が使われているのは「ヤード・ポンド法採用するアメリカ人にとっては耳慣れないメートル法SFっぽく感じるからだ」とするエピソードが広まっている。

これは、いまだにメートル法採用しようとしないアメリカ人のズレた感覚への揶揄として、しばしば働いているようだ。

http://scifi.stackexchange.com/questions/75795/why-does-star-trek-use-celsius-si-system-not-fahrenheit-the-imperial-system

しかし、たとえば上記のフォーラムを見てみると、そこで挙げられている考察の多くは、「未来社会ではメートル法一般に用いられているであろう」という純粋予測である

あるいは、国家統合され宇宙にまで進出した人類が、アメリカしか残っていないヤード・ポンド法を使っているほうがおかしい、という論理的な考証である

Wikipediaの「合衆国メートル法化」の項目にも以下のような記述がある。

https://en.wikipedia.org/wiki/Metrication_in_the_United_States

Cultural impact

The continuing use of U.S. customary units has caused writers to speculate in fiction set in the future about the adoption of the metric system. Many authors have assumed that the United States and the human race in general will use metric units; however, others have assumed the continued use of U.S. customary units or have neglected to take metrication into account. Writers sometimes use customary units simply because American readers and watchers will understand the measurements; other times, they are simply used by accident. The 1966 show Star Trek, for instance, initially used U.S. customary units despite multiple Earth national origins and a setting in the 23rd century. Later, starting with "The Changeling", metric measures were used, albeit inconsistently. Later sequels of the show, such as Star Trek: The Next Generation, and Star Trek: Enterprise (set in the 22nd century), used the metric system exclusively.

アメリカ人メートル法に「SFっぽさ」を感じているとしても、それは「人類共通言語を話している」などの設定と似たような「SFっぽさ」であって、「耳慣れない」という理由ではおそらくないだろう。

「耳慣れないかSFっぽい」というエピソードは、面白おかしく誇張された与太話とみなすべきである

2016-07-11

我が偏見オタクハーフパンツを毛嫌いするのは自己愛のためである

いわゆる2ちゃんまとめサイトで、ファッションにおけるトレンドを軽視、嘲笑する発言が、

根強く散見される。

最近だとハーフパンツに対する、

こんなまとめスレ

http://apasoku.doorblog.jp/archives/49021313.html

こんなまとめスレ

http://blog.livedoor.jp/love120331/archives/47987270.html

すね毛が汚いとか、中学生みたいとか、

まあ、それなりにわからなくもない否定的意見存在する。

ハーフパンツに限らず、今年の流行で言えばチェスターコートニューバランス

ちょっと前ならダンガリーシャツチノパンの組み合わせは、

量産型揶揄され、流行に流される軽薄な人間象徴として嘲笑されてきた。

レディース山ガールだのゆるふわファッションだのも同様だ。

しかし、俺の個人的偏見で言えば、こうした人間ファッションにおけるトレンド否定するのは、

自己愛擁護なのだと思っている。

ファッションに気を使わないが、劣等感を拭いきれない層、あえていうとオタクが、

恐れているのは、あいつがんばっちゃってるぜwという他人から嘲笑なのだ

服に気を使わなかった人間が、気を使い出すようになる一番の動機は、なんといってもモテたい。に他ならない。

脱オタにおける一番の障壁は、なんといっても、それまで服に気を使わなかった自分が、

服に気を使い出した。という変化から他人自分欲望を読み取られ、否定されることが最大の恐怖なのだ

この恐怖に怖気付き、多くのオタク脱オタを断念してきた。

ネットにおけるファッショントレンドへの否定的意見は、

ほとんどが、そうした恐怖に負けた奴が、自分自身擁護するために考え出したと思っている。

トレンドを取り入れることほど、わかりやすファッションへの気の使い方はない。

量産型他人揶揄する人間は、量産型人間嘲笑される自分の姿を見てるのではないだろうか。

2016-07-06

互助会はてなの内部に生まれた、いわば小さなはてなのものだった

互助会」と名付けられたそれは、いくら手斧を投げつけられても消えなかった。水面に映った自分に石を投げつけるが如く、ただただ無意味排斥が続けられた。

我こそは真のはてなー自称するグループが、「真正はてな村コミューン)」を名乗り活動を開始した。互助会である者、はてな的でないとされた者には、たとえコミューン構成員であろうとも、容赦なく手斧が振るわれた。

コミューンが「はてブロ及び一部のはてダ互助会の温床である」として排除にかかったとき ブロガーにより「自由はてな同盟」が結成され、これに抵抗した。だが同盟も、内紛と分裂を繰り返した。両者の争いは「左手右手が自らの内臓を殴り合っている」と揶揄された。

株式会社はてな上場廃止とともに、京都の寒村に静寂が訪れた。はてな的とされたものは、何ひとつ残っていなかった。ただただ、増田たちが脱糞を繰り返しているだけだった。

2016-07-04

ノーセックス・イン・ザ・シティに見る男性ポリコレ流行

いやぁ、あの増田記事爆発的にHITしましたね。

http://anond.hatelabo.jp/20160702203952


実はこの増田記事数年前にも別口で上がってたりするんですけどね。

まぁ、それは置いておきます

本題は別です。


如何にあの女性偏見に満ち満ちていて、日本人男性無意識の内に差別しているのか?

白人優位主義的な視点から日本社会を見たとき下劣さ、性に対する無自覚傲慢さがこれでもかと炸裂したとんでもない記事でした。

逆にはてな民の一部にはあの女性賛同したりして取り上げてる人もいましたね。


話を変えますが全体を俯瞰してみたときにこれはちょっと面白い現象だなぁと思います

こういった性に対するポリティカルコレクトネス考える人というのは従来のステレオタイプで捉えるのであればいわゆるフェミニズムの人でした。

ところが今回のコメント欄を見るとわかりますがはっきり言うとポリコレ発言をしているのは男性です。

あの女性が如何に偏見だらけなのか、まなざしに対する揶揄性別反転、人種問題

あらゆる角度から件の女性いかレイシストなのかを分析しています

これって従来はフェミニストマチズモ男性に対して行っていた手法ですよね。

ところがどうも最近はてなではその手法男性から女性側に当てはめるという事例ちょこちょこと出てくるようになってきている気がします。

まり、「フェミニストがそういう手法が良いといってるんだし、俺達もやってみようか」というところでしょうか。

その結果、はてな界隈フェミニストの中で差別的発言偏見に満ちた発言をする人は容赦なくぼこぼこにされ始める現象が起きていると・・・

これは、なかなか面白い現象ですね。

将来的にどの方向に向かうかはまだわかりませんが注目していこうかなと思います

自分鬱病ではないと思うけど

鬱病の知り合いが鬱はもの凄く苦しいんだと言っていたので、多分そこまでじゃないなと思っているから)、

10年くらい前から存在価値がないと思い始め、

眠っているうちに死んでいたらいいのになと思うようになった。

いつも憂鬱かと言うとそうではなく、調子の良い時はむしろけっこうな万能感に溢れていて機嫌が良いときもある。

自分が無力だと思うと打ちのめされ過ぎて病んでしまうので(特に何かがなくても鬱状態ときもあるが)

他人にも揶揄されたことがあるけど、間違いなく自己愛パーソナリティ障害か何かなんだと思う。



他人から賞賛評価自分を元気づけ、愛や美の空想に取り憑かれているので

自分は上手いからやれる」と根拠なく努力して、

その誇大な妄想力がエンジンになったおかげて小さなから夢だった仕事に就いて独立までしたけど、

元の性格問題があるので、落ち込みやすくすぐに病んでしまう。

でも、仕事を続けるには、誇大な妄想に取り憑かれて調子が良い方が俄然出来るので、

多分性格自体を治したら仕事をする気力も失ってしまうのが分かっているので、

この性格は治せない。



最近は本当に存在価値のなさを実感するようになり、

あんまり万能感を覚えなくなったので辛い。

あの万能感を利用して生きてきたので、なんとかして無気力状態から脱したいけど、

ふとした瞬間に、自分はいてもいなくてもいい存在なんだと思ってしまう。

自覚があるので、まず人格の方を治療されそうだからメンタルクリニックにはかかりたくないけど、

出来るなら鬱だけ治してハイになりたいな。



辛さの余りに最近視界に刃物がちらついて、リストカット…みたいな思考にすらなりかけるけど、

リストカットはもう卒業したので頼りたくないな。

生きる気力を取り戻すのって、結局自分みたいな人間は、

「結果を出す」

以外に救いがないので、襲いかかって来る希死念慮の中でがんばるしかない。

でも最近はもうそろそろ疲れたなって思う。

2016-07-01

ミートボールin弁当の当たり感

俺30だけど、やっぱりうれしいよ

なんか特別感があるんだよね

ソーセージ卵焼きがあれば完璧だね

細いコーンクリームコロッケも好き

弁当しか食べられないいろいろが全部好きだよ

子ども舌wwwwなんて揶揄する人もいるだろうけど、

俺はなんといわれようが好きだよ

2016-06-30

エロゲにおける泣きゲー概観

エロゲには泣きゲーというジャンルがある。傾向として18禁要素は少なく、その必然性が薄いこともままあることから時にエロ不要論が主張されたり、あるいは泣きゲーエロゲではないと揶揄する人もいるジャンルである

しかし「一般に、泣いたあと人間は気分がよくなる」(ウィリアムフレイⅡ『涙―人はなぜ泣くのか』)。快楽を得ながら体液を体外に排出する行為エロと称するのであれば、その意味で泣きゲーエロゲの一ジャンルであることは間違いない。

泣きゲーはある日突然出現したものではなく、それはどうプレイヤーの涙を誘ったか技術の積層であり、様式の歴史である。個々の作品論は星の数ほど存在し語り尽くされてきたが、この歴史という点での言及は少ない。当時それは歴史ではなくリアルタイムだったのだから、当然といえば当然ではあるが。

2016年現在、エロゲ論壇は死に、泣きゲーが語られることも少なくなった。

だが、だからこそ、最初からぶっ通してやり直してみることでその変遷について、その後に何が継承されていったのかという点で俯瞰することが出来るのではないか。

ということでやり直したので、増田に書きなぐっておく。

1988~1996年

そもそもエロゲの目的は何かといえば、もちろんエロである。主役はエロCGであり、脇役に過ぎない物語の出来を評価する者などいなかった。

その様子が変わり始めるのは80年代後半、『リップスティックアドベンチャー』(フェアリーテール,1988/5)辺りからであるエロゲが一つの娯楽物語として成立することが示されたことでプレイヤーはその物語性に目を向け始め、脇役だった物語はSFやホラーなど様々な要素を取り入れていく。その一つが「感動」であった。

例として、早くも1991年の『ELLE』(elf)に対して「ホロリとした」という感想が存在する(小林義寛『ゲーマーエロと戯れるか』)。泣ける物語かというと微妙だが、今プレイしても確かに面白いSFエロゲであり、感動的要素が含まれていると言える作品である

人は感動すると涙腺が弛むことがある。逆に言えば、涙腺が弛む種類の感動がある。この点での先行研究として米沢嘉博の『マンガで読む「涙」構造』があるが、そこで昭和の泣ける少女マンガ少年マンガを分析した米沢は、女性は不幸における愛と感動の物語に泣き、男性友情、努力、勝利の感動に泣く、としている。

男性向けであるはずのエロゲはしかし、何を血迷ったか「不幸における愛と感動」を物語に取り込むことに成功する。

DESIRE』(C's ware,1994/7)、『EVE』(C's ware,1995/11)、更に『この世の果てで恋を唄う少女YU-NO』(elf,1996/12)と傑作を連発した剣乃ゆきひろはいずれも物語の中核に少女の悲劇を配した。それは壮大かつ感動的な物語の帰結としての落涙をしばしば生み、その感想に「泣いた」というものが少なくない。

さらに『同級生2』(elf,1995/1)の桜子シナリオにおいていわゆる難病物がエロゲに導入される。それは当時十分に涙を誘うものであったとして、これが泣きゲー元祖だとする説も存在する(小林,前掲)。

努力・勝利の感動が無かったわけではない。例えば『闘神都市2』(ALICESOFT,1994/12)は自分の無力さが生んだ悲劇きっかけに、強くなるために精神をすり潰し、廃人になってでも最後の敵を倒す物語であり、高く評価された。……しかしそこにはやはり「悲劇」がつきまとっている。

「不幸における愛と感動」は、こうしてエロゲで広く受けいれられていく。

1997年

難病物は概ね、主人公ヒロインの仲が深まるにつれて病状が悪化する展開をとる。これを病気に限定せず、「不幸」に一般化したもの涼元悠一は「萌やし泣き」と呼ぶ(涼元悠一ノベルゲームシナリオ作成技法』)。ヒロインとの幸福日常をまず描いてから一気に雰囲気を暗転して二人の不幸な状況を綿密に描写、涙腺の緩んだプレイヤーに最後の一押しをするという、泣きゲーに慣れた人にはお馴染みのそれである

この萌やし泣きは、しかし突如エロゲに登場したわけではない。

前述の闘神都市2には、ごく短いが構造上萌やし泣きと解釈しうるイベントが存在する。同級生2桜子シナリオは難病物である以上もちろん萌やし泣きだが、その不幸描写は非常に短く、またオチが「主人公勘違い」というギャグである。それは手法としては古くから存在しており、変わってきたのは、それを物語上どの割合で展開するかという点であった。

1997年5月、それが一つの分水嶺を超える。『ToHeart』(Leaf)のHMX-12マルチシナリオは、萌やし泣きを1ルート全てを費やして実現した。

おそらくこれが(エロゲ上で)萌やし泣きの威力が十分に発揮された最初の例だろう。彼女の物語は感動的な場面をクライマックスに据え、それ以外の要素――ギャグも皮肉もセンス・オブ・ワンダーも滲ませること無く、ストレートに終わった。そのシンプルさに価値があったと言え、本作は多くのプレイヤーから「泣いた」と絶賛された。

そしてもう一つ、作り手の意思という点でも分水嶺を越えたものが登場する。『MOON.』(Tactics,1997/11)が「鬼畜サイコ涙腺弛まし系ADV」と自ら名乗ったことは、その後の歴史的意味でも強く象徴である。もし泣かすという意思で作られたもの泣きゲーと呼ぶならば、その明示という点で最初泣きゲーは本作と言うこともできるかもしれない。

MOON.は大量のエロシーンを擁し、エキセントリックな人物造形も無く、萌やし泣きでもない。後の作品よりも本作が泣けるし好きだという人もいるが、多くの人を確実に泣かせる威力に本作があと一歩不足したことは事実と思う。

はいエロゲはついに、プレイヤーを泣かすことを主目的とし始めたのである

1998年

ToHeartで泣かせる物語構造確立し、MOON.で泣かす意思が示され、そしてそれは『ONE』(Tactics,1998/5)において結実する。MOON.スタッフが作ったそのエロゲには、萌やし泣きが全ヒロインルートで導入された。

当時の多くのプレイヤーにとって、それは致死量だったと言っていいだろう。

本作はMOON.と変わって18禁要素は非常に薄く、無くても物語は成立する。物語は全ルートで感動と涙が目的に据えられ、それしかない。にも関わらずこれがプレイヤーの絶賛を浴びたことは、「泣かせること」がそれ単独ジャンルを成立させられることを示していた。

今やり直してみると甘い部分も多い。しかし『sense off』(otherwise,2000)、『それは舞い散る桜のように』(BasiL,2002)など、本作の影響下にありつつも秀逸な作品がのちにいくつも生まれたことを考えれば、その影響力と価値を軽んじられる者はいないだろう。

1999年

6月、MOON.を作りONEを作ったチームは独立してKeyと名乗り、『Kanon』をリリースする。これがどれだけの信者を獲得したかは言うまでもないだろう。

特に技術的な面でKanonはONEよりも洗練されている。OPとED、泣かせるための特殊演出などのソフトウェア面はもちろん、泣かすための専用BGMが用意された、という点も大きい。1997年の『アトラク=ナクア』(ALICESOFT,1997/12)は物語のクライマックス、その絶望的状況下で「Going On」が初めて静かに流れ出すことで異様な精神的高揚をプレイヤーに与えたが、これが事前に何度も使われていたら効果は半減していただろう。これと同様のアプローチKanonは泣かすという目的で採っている。

Kanonから3週間後に発売された『加奈』(D.O.,1999/6)もまた、この時代泣きゲー金字塔である。ONEやKanonが物語を中盤過ぎまでギャグで埋め尽くしたのに対し、加奈は10年以上に渡る兄妹の闘病生活を正面からシリアスに描いた難病物であるリアリティのある物語という点で「新しい」泣きゲーだったと言え、今なお評価は高い。

――一方で、ToHeartもONEもKanon加奈も、悪く言えばただのお涙頂戴であるハッピーエンドは奇跡や幸運によってのみ訪れ、主人公たちは運命に翻弄される無力な存在でしかない。こうしたお涙頂戴は今も昔も根強い人気を誇るが、一方で毛嫌いする人がいることも事実である

興味深いことに泣きゲーは、これらのお涙頂戴では泣けない人々をも泣かせようとするかのように、別の「泣かせる何か」の模索を少しずつ始めていく。

2000年

知名度も低く地味だが言及しておきたい良作として、1月に発売された『Lien』(PURPLE,2000/1)がある。不慮の事故幽霊になった主人公とその周囲の人々が残された2週間でその死に向き合い、改めて別れを告げる物語であり、主人公が生き返ることは無い。従ってお涙頂戴の文法に則っているが、しかしその最後において、彼らは前を向き、笑顔で別れを告げる。別れは悲しみしか生まないものではなく、人の強さを示すものでもあることをLienは描いていた。

そして9月、Keyのリリースした『AIR』は約束された勝利を遂げる。物語はもちろん難病物で、ヒロインは最後に死ぬ。その死を「ほとんどなんの意味もない」(東浩紀ゲーム的リアリズムの誕生 動物化するポストモダン2』)とするならば、これは従来通りのお涙頂戴だろう。

しかし、彼女無意味に死んだことが悲しくてプレイヤーは泣いたのだろうか。

もちろんそういう人もいるだろう。だがかの有名な「ゴール」は、彼女が最後まで努力し、やりきったこと――笑顔幸福記憶を全うしたからこそ、泣いた人も少なからずいたと筆者は考える。最後の別れにおいて、彼女は必死で前を向いていた。

悲劇象徴としての別れの描き方と、それに対する姿勢は少しずつ変化を見せ始める。

2001年

ところで萌やし泣きの多くは幸福8割、不幸2割程度の文量配分で構成される(※数字は筆者の体感であり、根拠はない)。これを反転し、幸福を2割以下、不幸を8割以上にするとどうなるか。

鬱ゲである

MOON.もその一つだが、『DiaboLiQuE』(ALICESOFT,1998/5)や『銀色』(ねこねこソフト,2000/8)など、爆発的に売れることは無くとも鬱ゲーは途切れること無く続いてきた。特に銀色の執拗な鬱展開は秀逸であり、未だ根強くファンがいることも頷けるものである個人的にはDiaboLiQuEももっと評価されていいと思う)。

そして8月、幸福と不幸がほぼ半々、つまり鬱ゲーであり泣きゲーでもある『君が望む永遠』(age,2001/8)が発売される。

男女関係修羅場シリアスに描いたエロゲといえば『WHITE ALBUM』(Leaf,1998/5)が有名だが、そこでは主人公修羅場の矢面に立たされることはない。対して本作のメインシナリオでは主人公は徹底して矢面に立たされ、主人公が別れを切り出すことでのみ悲劇は終幕する。

誰を切り捨てるかは、プレイヤー選択肢が突き付けられることで行われる。だからこそ最後に彼らが再び笑い合える可能性が示されることはプレイヤーを安堵させ、涙を誘った。彼らは奇跡によってではなく、心の強さによって悲劇を克服する。

さらに11月、物語の殆どがギャグで占められ、物語の構造自体は従来の萌やし泣きの延長ながら、にも関わらず枠を踏み越えたものが登場する。『家族計画』(D.O.,2001/11)である

家族に捨てられた連中が偶然集まり、やむなく家族を偽装し、衝突しながら家族になっていき、崩壊し、再び家族になる様が描かれる作品である加奈やAIRでも家族愛は描かれたが、いずれも兄妹あるいは母娘の二者間に閉じている。対して家計は父母兄姉妹という集団の絆を描く。

襲いかかる不幸は彼らの手によって跳ね除けられる。プレイヤーはもはや誰かの不幸にではなく、茉莉がお兄さんになって下さいと訴え、準が最後にスプーンを咥え、その家族としての努力が実ったことに涙する。

なにより家計ではもはや誰一人死ぬことはない。君望もメインシナリオでは誰も死なない。誰かを失う悲しさだけが泣かせる手段ではない。悲劇に敢然と抗い、心の強さで打ち勝つだけでも人は泣くのである

2002年

……などと枠を広げ、新しい要素を貪欲に取り込むパイオニアばかりではない。泣きゲーというジャンルを充実させたのは既存の要素で構成された作品群である

例えば『flutter of birds』(シルキーズ,2001/2)は極めて基本に忠実な難病物だし、特定ルートで萌やし泣きを取り込んだ『みずいろ』(ねこねこソフト,2001/4)や『水夏』(CIRCUS,2001/7)、『グリーングリーン』(GROOVER,2001/10)はいずれも好評を博した。またDESIRE同様、悲劇シナリオの感動としての落涙であれば『腐り姫』(Liar Soft,2002/2)はこの年の作品では秀逸である

また、集団間の絆も広く扱われていく。

うたわれるもの』(Leaf,2002/4)ではSRPGというジャンル上の必然もあるだろうが、家族的な仲間との絆が描かれている。『世界ノ全テ』(たまソフト,2002/4)や『ロケットの夏』(TerraLunar,2002/10)は後半こそ二者間が主軸になるものの、いずれも部活を通して仲間と触れ合うことで主人公が成長し、仲間との絆を育むことで成立する物語である

2003年

ONEとKanonとAIRを足して3で割ったような『SNOW』(Studio Mebius,2003/1)、あるいは『てのひらを、たいように』(Clear,2003/1)では、困難に対する仲間の存在がより大きな価値を持つ。その最後は奇跡による解決はいえ、ヒロインのために仲間全員が努力し、足掻くことでハッピーエンドが訪れる様は「与えられたもの」というより「勝ち取ったもの」という印象が強い。

これらを「みんなは一人のために」とするならば、「一人はみんなのために」もまた登場する。『CROSS†CHANNEL』(FlyingShine,2003/9)である

ToHeart型のよくある学園物語に始まり、それが綱渡りの上で構築されたものであることが明かされ、ばらまかれた伏線が繋がっていく様は見事の一言に尽きる。と同時にそれは、心の壊れた主人公が何度も失敗しながらトラウマを乗り越え、仲間のために自己犠牲を重ね、それによって心を再構築していく物語である。その実に静謐な最後において、そこで彼が平穏と幸福を遂につかんだことに、タイトルの意味と、そして彼が勝ち得たものが明かされることにプレイヤーは涙を流す。

2004年

そして1月、『Fate/stay night』(TYPE-MOON)が発売される。絶望的状況下で静かに流れだす「エミヤ」はプレイヤー凶悪な興奮を与え、「強くなるために精神をすり潰し、廃人になってでも最後の敵を倒す」展開に涙を流した。

そこに「友情、努力、勝利の感動」があることを疑う者はいないだろう。


泣きゲーというとKanonやAIRがよく話題に出されるが、「泣いた」という感想がC†CやFateにも多く存在することは事実である。と同時に、いずれにも物語の重要位置に少女の悲劇と愛が配置されている。

そしてこれまで言及してきた「不幸における愛と感動」の泣きゲーに、努力や勝利が全く存在しないわけでもない。その努力が実ったかどうかの差はあれど、必死の行動があったことはどの作品でも紛れも無い事実である

としてみると、「泣いた」と感想を多く有する作品、すなわち泣きゲーには「不幸における愛と感動」と「友情、努力、勝利の感動」の要素が、両方含まれていると捉えても間違ってはいないだろう。そしてそうだとすれば両者は対立するものではなく、両立するものと言える。

そう捉えるならば泣きゲー歴史とは、時代によって、作品によって、この両者の配分を巡る歴史だった、ということもできるように思う。

2005年以降

いい加減読んでいる人も飽きただろうし2005年以降は割愛するが、一つ言及するなら不意打ちという手法が導入された点である

例えばいかにも安っぽいハーレムものとして始まりながらシリアスなSF展開を経て感動的最後を迎えたり、あるいは陰惨な陵辱物として始まりながら見事に綺麗な純愛物へと変貌したり、泣きゲーとしての姿勢最初は微塵も匂わせず、突如牙を剥くもの2005年以降に目立ち始める(いずれもタイトルは念のため伏せた)。

また泣けるイベントが用意されていても、それが作品としてのクライマックスと一致しないことが珍しくなくなる。中には語るべき物語は全て終わり、エピローグの最後の最後で油断しきったプレイヤーに猛然と襲いかかるものもある(いずれもタイトル以下略)。

昨今、泣きゲーが減ったと言われることがあり、実際、一見してわかりやす泣きゲーを現在はあまり見かけない。しかしプレイヤーを泣かせることが主目的化した時代を超えて、泣きゲーとしての技術や様式は再び物語を盛り上げるための一要素へと還元されていった、というのが現代の流れだとすれば、それは死につつあるのではなく、むしろ要素として広く普及し、遍在したことで目につきにくくなった、ということのようにも思えるのである

おわりに

リアルタイムにこれらを経験した人にしてみれば、有名作を並べただけでなんの面白みもない内容と思う。申し訳ない。が、今20歳前後若者にとってみればFateですら12年前の古典である。「泣きゲー元祖」がなぜ人によって違うのか。なぜ未だにはわわとかうぐぅとか言ってるヤツがいるのか。若者がそんなことを知っている方がおかしいし、それを知るために最初から全部やり直すなど正気の沙汰ではない。

かつて何が起きて、それが今にどうつながっているのか。粗く拙いまとめに過ぎないが、その理解一助として本稿に役立つところがあれば幸いである。加えて「そういや最近エロゲやってねぇなぁ。またちょっとやってみるか」と思うきっかけになれば、それに勝るものはない。

どうか、幸せエロゲライフを。

2016-06-29

涙で揺れちゃう月の世に

恋は白いブランコ

不思議乙女心





白いは余計な情報ですよね?

こういうの詩的っていうんですか?

ガンダム羽根生やしちゃうんですか?



って、ううきまさみが愚痴ってたけど、

レイバーを空飛ばすのも、十分詩的だと思うけどなあ。




あ、あれ? 犬だ! 犬がいるぞ!

タマネギ食べさせても死なないアニメ監督わんわんがいるぞ!

そばに七味を山ほど入れるぞ! キモい




あ、あれ? 色黒宗教大好きだ! 色黒宗教大好きがいるぞ!

へその緒食べないと死ぬアニメ監督ろくろがいるぞ!

市販野菜ジュースには栄養がないって言うぞ! キモい




あ、あれ? メカ音痴メガネメカデザイナーがいるぞ!

エルフの耳を長くしたアニメ監督めがねめがねがいるぞ!

ハラトモヨサン

ヨナ

って言うぞ! キモい




あ、あれ? 声優を嫁にしたクリスがいるぞ!

映画館ゴティックメードがぶつかり合う、鉄と鉄がぶつかり合う音を収録するために二年間かけたアニメ監督ばんどまんがいるぞ!

おわかれだヨ

達者でな

お前といられて

すんげえ幸せだったぜ

繁代……

って言うぞ! キモい




あ、あれ? ここに10万人の宮崎勤がいます! って言ってないことを証明した漫画家がいるぞ!

この人のことは本当に好きなので揶揄いません。



それじゃあ、みんなも、80年代90年代アニメ漫画関係者をこのテンプレートで弄ってね!

長谷川裕一ハゲに「お赤飯がまだの女性にそういうことするのはよくないですよ」って説教されたエピソードとかを盛り込むのがコツだよ!!!!!

う、うわーーーー! 石田敦子の元にお見合い写真が大量に送られるよーーー! 助けてーーーーーー!

2016-06-25

今の世の中を作っているのは女。

20代男性の53%が交際したことないらしい。

30代男性は38%。

  

だが、考えてほしい。

この男達はなぜ交際したことないのか。

ホモから?低収入から?人を愛したことが無い?

いろいろあるだろうが、

「女に選ばれなかった」これがでかい

  

そもそも、女性場合はかなりのブスでも男からアプローチを受けるという。

確率的には、95%くらいの女性はなんらかのアプローチを受けたのだろう。

だが、女性場合は「断る」という選択を取る。

そう、「女性に断られたか交際経験が無いです」ってのがほとんどの男の内情ではないか

ようするに、「女の選別がきつすぎる」から、「交際できない男ができている」というわけだ。

  

これが現実だと思うんだけど、なぜか女性は男が女性に興味が無いという帰結に持っていきたがる。

イヤイヤ、女性アプローチ受けたら受けていれば、少なくとも80%の男は交際経験あり、ってなるんじゃないだろうか。

  

少子化なり、草食なりって、ようするに「えり好みする女が悪い」この一点じゃなかろうか。

こういう社会を招いておいて、「女に社会進出させろ」ってどの口なんだろうね。お前らに社会を語る資格はねーよ。そう思う。

  

<追記>

女で言えば、AKBくらいの顔面偏差値でようやく男は普通の女くらいのモテ度になる。

女の普通くらいの奴が、「男は情けない」というのは、逆の立場で言えばブサメンが「女は情けない」というくらい腹が立つ。何様だよって。だから女様だなって揶揄される。

女は努力して立場得てるわけじゃないのに、偉そうにするから、女叩きがでる。

2016-06-23

くまみこ増田評を見る限りだと原作レイプに怒ってるだけなんだな

原作信者が増えて良かったと胸を撫で下ろす訳にも行かないんだけど

怒る理由が一様に原作レイプした事やそれに類して脚本家が逃亡した事を揶揄したり

それを咎めたりするだけで、結局原作レイプした事に怒ってるだけに見えてならない。

根本的な問題が残っているんだけど、多分原作レイプした事に一貫していて気付かないんだろうな。



極端な話、くまみこは全体を通してみれば面白かった。

ただ、最終回解釈原作改変が拙かったというけど、本当に最初から本編見ていたのか些か疑問が残る。

というのもちょこちょこ原作が改変されている。

それらは原作信者による改変考察とそれへの批判が各所で行われてるので割愛するけど

要はこの騒ぎの発端は都会に憧れる主人公が極度のコミュ障で都会に行くと石を投げられるからもう田舎でいいやって人生諦めた様が問題だったようで、

それに関した過程適当だったり改変だったりで色々問題だったとか。



でもさ、根本的にくまみこはつまらないアニメなんだよね。

田舎娘が都会に憧れるのは良いけど、ユニクロで買い物したり、しまむらヤンキーと買い物したり、ヴィレヴァンに買い物に行ったりで

要するにひとりでできるもん!じゃないや、はじめてのおつかいアニメでやってるだけだよね。

で、俺は都会暮らしなんだが俺みたいなのにはあまりにも痛々しくて見ていられない訳で、

都会から帰ってきてクマのナツに今日は楽しかった、怖かった、悲しかった、嬉しかったを報告して良かったねで終わる。

ただ、それだけなんだよね。



なのに、原作改変してコミュ障のまちが発狂して精神崩壊したのは可哀想だって見た人皆がドン引きした、ただそれだけなのに

やたらと脚本を叩く叩く。

要は原作からしてニュアンスの違いはあれど、コミュ障の子供が都会暮らしする為に都会ごっこをやるだけの作品であって、

冒険心で都会行って痛い目にあって帰ってくる、それのどこにクソさがあるって言うんですかね。



はっきり言いますよ。

増田民は便乗でくまみこ叩き過ぎ。



別にお前らの都会への妬みとか聞いてないから、

ああ、このアニメクソだったわ~。

これでいいじゃん。

何を高尚ぶってくまみこのここがおかしいとか嫌いとか脚本逃げた事より監督問題しろとか言ってんだよ。

くまみこ面白かった・つまんなかった。

これだけを話題にしてればいいじゃん。

何か色々釣られ過ぎでしょ

何かアニメ見るよりほかの事やった方がいいんじゃないの?

来季アニメもうすぐ始まるよ。

それに備えて他のアニメ消化しなきゃ、だよ。

くまみこなんかもう過去アニメと思わなきゃ前に進めないじゃん!

2016-06-19

「アベる」というネタは誰が吹き込んでいるのか?

あれはどこから来て誰が作り出しているのか?

朝日新聞系列社員にそういう人がいるんだろうか。


いや、個人的には別に安倍がどう呼ばれようがどうでもいいんだけど、正直な所あまりにもワンパターンすぎるというか。

違う人間のはずなのににたような言語センス発言が飛んで来るのにものすごく薄気味悪さを感じる。

まり、誰かが「アベる」というネタは使えますよ。

と吹き込んでいるのではないか?と思えるのだ。

ハッキリ言うと、今更アベると揶揄するのは使い古されすぎて下の下の策だと思う。

しかし、執拗使用をすすめる人がどこかにいるということだ。

民進党の周りの人たちはブレーンとしてそういった人たちを周囲においているということなのだろうか。

こんなつまらないことで躓いてほしくはないし、その手の人達を遠ざけてくれないだろうかなぁ・・・

と一人で思うのでった。

全てのRubyエンジニアはだいたい糞である

汎用系のエンジニアからRubyエンジニアとして転職して1年。

コボラー(笑)なんて言われることも多いが、この1年で出会ったRubyエンジニアは全て糞だった。

その特徴はだいたいこの3つだ。

1.テストを甘く見ている

やれテスト自動化だ、やれテスト駆動開発だの口だけ達者なエンジニアの多いこと。

そもそもブラックボックステストホワイトボックステストを分かっていない奴が多すぎ。

テストコードカバレージが100%だったとしても実際の打鍵結果でエラーは弾けることが多いのにリリースしてしまう。

そもそもテストケース表を若いうちに書く習慣が無いからだ。

ドキュメント揶揄し机上デバッグも行わない、こんな状態で「アジャイルですから」とかドヤ顔でいってしまRubyエンジニアは糞である


2.パフォーマンスを考えない

Rubyエンジニアパフォーマンスを考えない。

どのメソッドがどれくらいの負荷なのか意識せず実装を行う。

便利だから、ただそれだけの理由なのである

そもそも自分が行おうとしているソートが何ソートなのか知っているのか?計算回数を考慮した上での実装か?

便利なメソッドがたくさんあるのは知っている。

ただ、中身くらいは知っておこうよ。

eachで回してばかりだから複雑なループ対応もできない。

新人に教えたらバカにされたけど、まずフローチャート書くようにしようぜ。


3.外部ライブラリに対する絶対的根拠の無い信頼

Gemに対する絶対的な信頼感、あれなんなの?

Githubで公開されてましたんで導入しました」じゃねーよ。

結局他のGemバッティングしているじゃねーか。

得体の知れないコードをたくさん詰め込んだプログラムをよく動かせるな。

そんで都合の悪いところだけコードを読んでオーバーライドする。

影響範囲を全く調査せず、Gem絶対神話を唱える。あれなんなの?





いや、Rubyが便利なのは認めるよ。俺だってPLIとかCOBOLより書いてて楽しいよ。

インデント合わなくてコンパイルエラーとかないしな。

でもあまりにもRubyエンジニア糞すぎだろ。

エンジニアもどき量産言語だね。どれか1つでも当てはまった奴は小学校からやり直せ。

日本の将来が心配だわ。




追記


意見がたくさんもらえて喜ばしい。

文化の違いという意見もあったが、「よくわからないけどなんかうまくいく」コードだとデバッグも大変だし不具合も起きやすい。

それで納品するのはプロとしておかしい。



主語が大きい

「だいたい」とあるだろう。全てのだいたいだ。



フローチャート

ロジックを整理するツールとしては優秀。

精神論に聞こえるかもしれないが、フローチャート書いて育ったエンジニアは頭の中でロジックの組み立てと凡その演算回数が計算できるようになるよ。



カバレージが100%だったとしても実際の打鍵結果でエラーは弾ける

あー、ここは誤タイピングだわ。

自動テストカバレージ100%です、そして画面数回触ってリリースしますーっていう奴が多いってこった。

単体だけじゃなく画面使ったテストもケース表書いて網羅性を担保しないとダメだろ。

もちろん慣れて頭に入ってくれば勘所がわかるんだが、そんな属人的ものよりもケース表書くのが無難だろう。

2016-06-18

はてなのひとたちも実際は「オタクネトウヨの相性の良さ」に気づいてるはずなんだよね

よくはてなじゃ「なんでオタクネトウヨになるんだ?」「ネトウヨオタクは声がでかいだけ」なんて意見をぽつぽつ目にするけど

実は君らも内心わかってるでしょ?本質的オタクネトウヨは同一って

オタクネトウヨにとって「オタク文化日本の守るべき、あるべき文化」で「リア充ヤンキー文化外来の穢れた文化」って感覚があるわけ

からオタクであること=外来の穢れし文化からこの国を取り戻す、って感覚につながってくるの

実際韓流ブームの時オタクが目の敵にしたフジテレビキー局髄一のリア充オーラ漂う放送局だったし、はまってる人間たちもスイーツ(笑)(これもすっかり死語だな)と揶揄される女ばかりだった

奴らの脳内じゃ「チョン」ってのは本物の韓国人じゃなくて、ウェイウェイいいならが女をやり捨てする人種、そのうえでK-POPリア充っぽいマッチョさを武器にしてるのも奴らの世界観を増強させた

まり聖戦なんだよ、これは、アメリカ韓国といった穢れ国家文化からロリを愛で、内向的で潔癖なる日本(この時点で本来めちゃくちゃななんだがな)を取り戻すな

まあこれはオタクなら大なり小なり誰もが持っている感覚のはずだ、でも自制心のきいているオタクならその本能を理性で抑えなるべく物事を公平に見ようとするが

リミッターの無い脳死オタクは「アニメ規制するな!でも韓流ドラマやレディコミ、ヤンキー漫画規制しろ!」と身も蓋もないことを平然と述べちゃう

ようはわがままISISと一緒、ネトウヨオタクってのはオタク人間の醜くて目を背けたいけどそういうわけにもいかなくなったこの国の一種本音

から今後右傾化するこの国においてあの悪趣味自民党宣伝カーみたいに萌えキャラや清楚顔してスカートはしっかり短いアイドル愛国を叫ぶ地獄のような世の中が来ると思うよ

2016-06-17

和ゲー洋ゲーの真似しなくていい

気がする。ゲーマーの人は日本ゲーム凋落ぶり、ドメっぷりを揶揄するんだけど、別にそれはそれでいいのではないかなと。

それが好きな一定層もいるからさっていう。

まぁ昔の一時期、日本世界を伍しているところだっただけに残念っていうのも有るのかもしれんけど。

2016-06-16

http://anond.hatelabo.jp/20160616164352

自己認識として突っ込みどころがないのは当たり前で、目的と行動が合致しているか矛盾もない。

それと世間一般評価は別で、また同時に「ナントカと紙一重とは言うけれど」という揶揄は別だな。

さらに言えばそうやって必死粘着してるお前の狂気性についてお前はどう思ってるのかそちらのほうが疑問だね。



さて、その上でおまえの評価の仕方だが、お前はいわば世間一般常識自分感覚あるいは経験をすりあわせて俺を判断しようとしている。

そしてその判断はお前の判断ではなくもはや世間判断だ。

世間判断であれば同じく「粘着する」行為についての非一貫性矛盾について自覚的でなければおかしいだろう。



ナントカと紙一重とは言うけれど」

そうだね。ほんとうに。

2016-06-14

◯◯なアイコンを使うブクマカありがちなこと

注意:本エントリあくまで「こういう感じのアイコンを使うブクマカのみなさまにはマスとして、傾向としてそういう感じである」ということを言っているにすぎません。よって特定ブクマカ非難ないし侮辱、または揶揄する意図のないことをここで断っておきますあくま一般的イメージです。みんなの持っているイメージです。かわいいの子や、やさしいおばさんや、仕事には厳しい部長などの一般庶民感性最大公約数です。



デフォルトアイコン雑魚

デフォルトアイコン→よりめんどくさい雑魚

B!クマアイコン→蛮族

気持ち悪いあやつり人形写真増田記事をよくブクマしてそう

テリヤ犬→かわいいけど裏で権力握ってそう

初期アイコンデカ「M」増田記事をよくブクマしてそう

白地にJT文字ダジャレに通暁しているイケメンっぽそう

白地に青丸+「かいすた」→特徴がなさそう

白地に青丸+「ふっけん」→元ネタアニメが廃れた今となっては同じようなアイコンの人らがみな互助会ホモに見えそう

毒々しい一つ目っぽいデザイン野菜毎日350g摂っていそう

スポンジボブネットウォッチしてそう

はじきとばされているギコの絵→いまさらコネコというのもどうなのか

黒字に「Z」→はやそう

白地に黒で「か」&赤で「な」→毒にもクスリにもならないコメントしてそう

胸に「P」と書かれたシロクマ最近はめっきり炎上に便乗するお嬢さんじゃないか?そう

きゅうべえの顔のどアップ→とげとげしいけど根はやさしそう

feita→コロコロアイコンえんな

Ikamaru→昔はアイコンなくなかった?

胴体が分断された旧アイコン→十回に一回くらいキレキレのダジャレコメしてそう

帽子を被った男の横顔の影絵→車で人を轢きそうになったことがありそう

オレンジの布をかぶったネコ→いつもあとで読んでそう

マンデルブロロールシャッハテストみたいな黒いシミをJの字に配置した→ブログの方が読み応えありそう

cider-condo→ボケすぎてなんだかわからない

アニメアイコンアニメ好きそう

デフォルトアイコンが左にずれて見切れてる→アイコンより「PLUS」の文字のほうがめだってそう

自撮りアイコン→これが観測範囲内で遭遇率低い場合自分のことを村民だと思ってさしつかえなさそう

Androidマスコット→実はiPhoneユーザーっぽそう

白地に◯のなかに「泥」→おやじくさそう

ヒッピーっぽい男の肖像オフパコしてそう

初音ミク→見分けつかなそう

黄色い旗にPの文字→かつては早撃ち&連射で知られていたけど最近ではめっきりたたなくなってそう

茶色地に「狐」→時事ネタ政治ネタにはくいつきよさそう

銀河系最近見ないな―と思ってたらいつのまにかひょっこりブログ更新してそう

白地に「や」→無言ブクマ多くて怖そう

白地に(9)→句点多くない。。。。?

手描きのミッフィーちゃんみたいなうさぎ→最小限のことしか言わなそう

毒男→おまえのアイデンティティがそこにあるのはわかるがいい加減卒業しようそ

何かの風景アイコンサイズじゃよく見えないのでもっとわかりやすいのにしてくれ

メガネをかけた好青年風のイラスト最近よく見かけそう

雷→はやそう、と見せかけて実は遅そう

弱酸性ビオレキャラみたいな画風だけど微妙に違う→自作ですか?

ピカチュウ人形→平均的なはてな民です。とりあえずお薬だして様子を見てみます

ラテの注がれたカップ→一々丁寧にコメントつけてそう

ライター→うーん

フードをかぶったような黒い人物→左様ですか

地獄のミサワ風味のアイコンの人→食い物ネタに食いつきがよさそう

2016-06-13

浦和レッズサポーター辞めることにした

レッズJリーグ初期から好きだった。

昔はホント弱小で、福田得点王取った時もPKばっかじゃね?とか揶揄されたり、大学生でも勝てるんじゃね?とか言われて、レッズファンとしては結構辛かったんだが、みんなそんな弱いレッズでも好きだった。



サポーター熱狂的だし、地域ぐるみ応援している感じも凄く良かったんだけど、一部のクソサポーター見てたらホント冷めてしまった気がする。



応援したいのか誹謗中傷したいのかよくわからないし、何故かスタジアム来てた乃木坂ディスっていた時は意味不明過ぎて引いた。

2016-06-11

青二才氏が定期的にkanoseエアリプからみに行く理由を自ら語った

kanoseから鯛のおかしらだと揶揄される方法で探し当てた本がやっぱり良かった。…スキルってこういうことなんだよ。/服を着るならこんなふうに 第1話コミックNewtype | WebNewtype


人の悪口を根に持ってるような顔をしてますが、僕は頭ごなしに言われただけで、その人の意図が見えない冷やかし系の悪口は「お前に冷やかされるほど安い人間じゃない」と証明したくて覆す度に、しつこく蒸し返してたりします。

鯛のおかし発言はその筆頭なんですよね〜


表紙を別人が手がけてればともかく、お話解像度画力がしっかりしてなきゃ、いいマンガの表紙って書けないから「ジャケ買い」ってちゃんと論理的説明できるなら正しいんですよ。

だいたい、鯛のおかしら呼ばわりされてるから言うけど、フリーゲームダウンロードなんか画面しか判断材料ないし


いや、別に僕よりもkanoseさんのほうが順当に行けば(僕がくたばらなければ)向こうさんの方が勝手ボケて死んでいくぐらいには歳の差があるんだから別にいいんですけどね〜。

ただね、悔しい気持ちを忘れると、人の進歩が止まるから「力でわからせてやろう」みたいな気持ちは持ってなきゃ


謝ってほしいんじゃないんだよ。

ただ、僕がああいうことを人に言われるような空気を出してたってことが許せないんだよ。

同じことを有村悠さんみたいなあっからさまに疑いの眼差しを静かに向けてくるととても勝てないような人に言うと思う?…それがなかった2012年の僕が悪いんです


相手武器を取ることさえ諦めるぐらいに強そうじゃないとダメなんだよ。真の護身は戦わないことなんだから


ハードスキル習得したい欲求と、ハードスキルを持ってる人が基本的に嫌い欲求の間で板挟み


何でもかんでも俺のやり方に落とし込んでしまえばだいたいのことはできることに気づくと楽。…まぁ、それに気づくまでが長くて、すでに手遅れ感満載な26歳ですが

なおいまだに鯛のおかしらの語源を知らないのか、マンガ意外でも鯛のおかしら的な発言が多いことに自覚がないもよう。



なお本人はkanoseから直接話しかけられるとはぐれメタルのように逃げる模様。 なお戦わないのが護身と言いながら勝てない相手エアリプ喧嘩を売っているもよう。




なお本人ははずれを引きまくってキレたという記事を何回も書いているが都合が悪いので記憶から抹消しているもよう。




同じことを有村悠さんみたいなあっからさまに疑いの眼差しを静かに向けてくるととても勝てないような人に言うと思う?

なお本人は忘れているようだが言っていたもよう

2016-06-10

私が二年でやろうとしてきたことは,本当に短い,くだらない夢でした.

"〜ごっこ","意識の高い〜",などと揶揄されても仕方のないことだと思います

私が矮小ビジョンを掲げている間,その横でこつこつとやってきた人はみな成長し,出世していきました.

この二年間は,私にとって一体何だったのでしょう.






そんなこと,できやしない,そんなこと,くだらないと笑う人がたくさんいました.

でも,自分だけは,そうでないと信じてやってきました.

しかしもう今,そのように思えません.

2016-06-09

http://anond.hatelabo.jp/20160607180854

不倫したがる人間違法になってもする。

不倫しないと誓った人間でも、

条件が重なれば、

一時の感情に流されないとは限らない。





不倫第三者から見て許される状況ではないことは、

不倫当事者だって充分承知の上でやっているのだから

外野が騒ごうが騒ぐまいが関係ないわけで、

騒ぎ方の程度の問題ではない。




困るのは「外野が騒ぐことじゃない」風潮になることではなく、

ダメと知りつつやってしまうという、

不倫に対して危機感の薄い風潮」ではないのか。




その風潮を食い止めたいなら、

不倫されてこんなにも不利益を被った」

という、生々しい不倫被害の現状をもっと世に知らしめるべきだ。




見ず知らずの他人揶揄されることなど、

不倫抑止力にはならないと思うが。




所詮不倫ニュースなど、

他人の不幸をネタにして楽しみたいだけのエンターテイメントだ。

他人の不幸ほど面白い物はないのが人間なのだから

外野が騒ぐなと言ってもムリなのだろう。






せめて外野は「世の中をよくするために意見している」

などという自己陶酔はやめて、

他人の不幸で楽しませてもらってます、ごちそうさま」

程度の認識で騒いでいてもらいたいものだ。




そもそも、

日本たまたま一夫一婦制に賛成の人が多いからそうなだけで、

別に一夫多妻とか、一妻多夫とか、

しろ結婚制度にこだわらなくたって、

それで生活できて子孫が繁栄するなら構わないと思うが。





不倫が悪とされるのは、

パートナーに対しての裏切り行為を平気で行う人間性もそうだし、

先の見通しもないまま無計画に子供を作ってしま行為なのであろう。




パートナーがいるのに他人を好きになってしまうこと自体を悪とは言い切れない。

その時にパートナーとしっかりと話し合いができるとか、

将来設計を立て直すとか、

もしくは叶わぬ恋とあきらめるとか、

それができる人間性が求められているのだろう。

2016-06-08

ファッション水素水

http://minamimitsuhiro.info/archives/4638326.html




ファッション業界水素水業界、何が違うのか教えてさ。


共通点なら思い浮かぶぞ。

1,密室流行を決めてこれ流行ってますよと売り出す。

2,芸能人モデル使って売り出す。

3,広告に疑いを持たずに脊髄反射する奴が買う。



売るものが違うぐらいしか違いなくね?





ちなみに自分周りではガウチョパンツは土方ファッションヤンキー?と揶揄されます

これがオシャレになっていくから人間の美の基準なんて絶対的ものではないんだろうな、とつくづく思う。

2016-06-06

http://anond.hatelabo.jp/20160606022712

全然ひっくり返せていないし、結局オレと長らく言い合ってた奴も破綻を指摘されて引き下がった。

あげく自演したと思わしきデス六ちゃんの元記事戦国史は以前にもましてブクマが減ってしまった。

そういう意味でおれはあいつの記事荒らしとして働いたわけだが、べつにこれは狙い通りなんで構わんね。

これが絡め手というならまあそうだろ。今後も俺らしき人物の揶揄が上がる度にぶち込んでゆくんでよろしくお願いします。

2016-06-05

マヌケちゃんの藁人形論法について

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%83%B3

相手意見の一部を誤解してみせたり、正しく引用することなく歪める、または一部のみを取り上げて誇大に解釈すれば、その意見反論することは容易になる。この場合第三者からみれば一見すると反論妥当であるように思われるため、人々を説得する際に有効テクニックとして用いられることがある。これは論法としては論点のすり替えにあたる誤謬であり、無意識でおこなっていれば論証上の誤り(非形式的誤謬)となるが、意図的におこなっていればそれは詭弁である

らしいな。

どうも「相手意見の一部を誤解してみせたり」は少なくともマヌケちゃんの特徴なんだが、ここんところマヌケちゃん的にどうなんだろ。

  1. 相手が示した意見を歪め、あるいは一部のみを取り出して解釈し、それを相手発言たかのように言い返す。
  2. さら発言引用する形で一見では否定しがたい自論を作り出し、自らの発言正当性を補強する。
  3. 相手意見同調する不完全な擁護意見を持ち出し、充分な主張・再反論がされたようにみせかける。
  4. 発言の中から一見関係ありそうな問題や考え方を取り出し、さも相手側の意見はこれを象徴するものとして非難する。

01番はやられたな。02番は相手がアホだったんでできてないっぽい。03はその他大勢荒らしの得意とするところ。

04は一番多かったな。基本レッテルははりしかしない。



というわけで相手藁人形論法揶揄するマヌケちゃんは藁人形論法の使い手でした☆