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2016-09-24

駅員飛び降りの件。

何件かのツイートで、乗客に対して「人が死んでるのに遅延したことへの文句しかないのか」と。

でも、都心部電車通勤してる人なら言わずもがな人身事故はもはや日常

年間3万件を超えるという自殺のうち、何割が電車で処理されてるのか知らないが、全くもって珍しくない。

私は列車トラブルを聞き逃すと困るからウォークマンは使わない。

車内放送聞き取りずらいし、第一報が聞けていたら、振替輸送で遅延回避できることもある。

で、振替可能ポイント第一報をキャッチしたら、いつもとは違う駅で降りて、振替用の券もらって、いつもとは違う列車に乗って会社に向かう。

列車通勤だと振替輸送も何度もお世話になるから、そんなに特別なことじゃないけど、

「いつもとは違う」ことで少し落ち着かない。


どうにもならないのは、振替不可ポイント第一報を聞いたとき

最短で40分は待ちぼうけ。

遅刻確定、会社に連絡。

乗り換え待ちでホームにいたなら、冬は寒くて夏は暑い

から出て、カフェにでもいればいい?

ホームの列に並んでないと、遅刻時間が長引くでしょ…

やっと電車が動き出しても、一本目にはまず乗れない。

運が良ければ二本目で。

でもすごい混んでる、ホントに混んでる。

まっすぐなんて、当然立てない。

座ってるおっさんの足が膝の間に割り込んでくる、信じられない、でも痴漢じゃない!

乗ってるだけで疲れるくらい混んでる…

会社の最寄り駅に到着した頃には、まちぼうけのイライラと混雑電車でもみくちゃにされたせいで、

すっかり疲れてる。

でもまだ一銭にもならない、仕事はこれからだ。

マジか?


そんなこんなで仕事を終えて、駅構内に入ったら真っ先に注目するのは電光掲示板

遅延発生の路線通勤路線でなければ、しめたもの

〇〇線はいつも大変だなーって思いながら、スイカで改札通ります

ちゃんと数えたことはないけど、電車使ってると人身事故ニュースを一か月聞かないで過ごすことはできない。

そしてその事故は一日限りとはいえ、ダイレクト生活に影響してくる。

一回一回は一時間程度でも、それは何度も起こり繰り返す。

多分、人身事故ニュースを聞いて一瞬でも気持ちが暗くならない人はほとんどいないんじゃないかな。

でも、何度も何度も繰り返すそれに、やっぱり慣れも生じてくる。

たか、って思ってこれから自分が起こすべきアクションを想定する。

今の自分が出来るよりよい行動の変更を。

人身事故に無感動な自分に、嫌悪感がないわけじゃない。

でも、日常に何度も何度も割り込んでくる、「見知らぬ人の死」に感情移入し続けることはできない。

からといって、駅員に八つ当たりしようとは思わないけど。

普段電車を使ってる人なら、人身事故が起きたら30分は復旧しないことは分かってると思う。(路線によるかもだけど)

から、遅延で駅員に絡んでる人は、

自分の行動が狂わされたことの収まらない腹立ちを当たりやすい人にぶつけてるだけだと思う。

イライラしてんのはお前だけじゃないよ…と思ってうんざりする。

その駅員が解放されれば、振替でまごついてる他のお客さんの対応ができて、

たまった人がスムーズに流れるというのに。

一度だけ、自分の乗っている電車事故の該当車だったことがある。

事故が起きた」といって、列車が止まった。

ほとんどホームに入っていたから、該当車であることにすぐに気づかなかった。

でも、ドアが開かないしなんだかおかしいな…と思っていたら、事故が起きたのはこの駅だという。

5両目くらいに乗っていた。

特に変わった音は聞かなかったと思う。

降車したい客は一両目のドアを開けるから、そこから降りろという。

電気が止められて暑くなってきたから、移動して電車を降りた。

ここしか開けられなかったのは、「救助活動」の現場を人目にさらさぬためだったかもしれない。

遠目に担架らしきものが運ばれていくのが見えた。

やがて運転再開アナウンスが流れ、該当車がこのまま運転を続けることに軽い驚きを覚えながら、

そのまま出勤した。

遅刻出勤しても、該当車に乗り合わせたことを仕事仲間には言わなかった。

救助された人が無事だったかどうか、私は知らない。

2016-09-23

ポリティカルコレクトネスの『ポリティカル』って

テロリスト人質をとったか収監してる罪人を解放するとき

『高度に政治的な』判断に使われてる『政治的』とほぼ同義だよな

2016-09-22

死ぬ病気より死なない病気のほうが辛い

ザッカーバーグ現在存在する世界の全ての疫病撲滅に30億ドルを投ずると表明したようだ。

今世紀中に全ての病気治療、予防、コントロールすることが目標だという。

現代人の死因の多くを占める心臓病、がん、神経疾患、感染症などの研究を加速させるという。

これ自体は素晴らしいことだ。



しかし、上流階級育ちで健常者のザッカーバーグは気づいていない。

死ぬ病気は対して辛くないのだ。だってほっとけば死んで苦痛から解放されるのだから

死なない病気、例えばアトピー性皮膚炎。こっちのほうが数億倍辛い。

この病の中度~重度の患者は、常に痒みや痛みに襲われ日常生活が困難になる。

おまけに、皮膚の炎症により、肌が赤くなったり、乾燥したり、ぐちゃぐちゃ液が垂れ流しの醜い容姿になる。

この病気は不治の病であり、ほっといても死ねない病だ。死ぬには自殺しかない。

なのに国からは何の支援も得られない。健常者と同じ扱いをされる。

そして、健常者からアトピーは痒みを我慢できない甘えた精神のせいで完治しない病だと思われている。

健常者から無理解発言視線精神的に追い詰められ、二次被害である鬱や対人恐怖症を発症やすい。




以上のことから、より金をかけて研究すべきなのは死ぬ病気ではなく死なない病気だ。

そこんところを健常者の金持ち理解してくれるといいなと思ったニュースだった。

というか若者右翼化ってそこまで妙な現象でもない気が

http://anond.hatelabo.jp/20160922151949

だってイマドキのおっさんおばさんって自由解放!謳歌!がキーワーオじゃん

そんで子供ってのはどうにも大人とは違うことをしたがる習性がある

あれだけジジババが体制的なことは排除イケてるじゃん?ならむしろ俺ら体制的なことした方がイケてるじゃん?

ってだけの話なのではないか?そんな複雑に考えるようなことではないと思うが



いや自分はオッサンだしパーペキ憶測ですがね

2016-09-21

将也は死ね

将也は死ね

将也は死ね

罪人はその後の人生に何があろうと,いかなる贖罪をしようと許されるべきではない

自分の中で解放された気になって,自分を許してくれる環境に性懲りも無くぶら下がりに行く時点で,お前の贖罪はないも同然

補聴器を踏みつぶした時にうっかり自分の耳を焼き塞がれろ

カースト落ちていじめ返される時に目玉もえぐられろ

硝子をかばった時に打ち所を悪くして肺が潰れてろくに話せなくなって死ね

こいつは何かの折に硝子と再び仲違いをすれば,必ずまた硝子に暴力を振るうだろう

許しに逃げる罪人は,たいていそういう連中だ.

他人精神を踏みにじる罪人はこの世から消え去ることでだけ贖罪しろ

高齢化への歯止めのかけ方

人口減少、高齢化何が悪い


 民進党が党を挙げて擁立した、いわば野党代表就任早々に言ったセリフがこれだ。

事業仕分けで散々叩かれ、二重国籍問題で叩かれ、またも燃料投下。もはや炎上ブロガー以上の炎上スキルである



続けてこう発言した。

「今の政権では社会保障の充実が置き去りにされている」(中略)

人生の先輩方がどうやったら元気で、長く、自分らしく生きることができるのか、大きなかじ取りをさせていただきたい」

http://www.sankei.com/politics/news/160919/plt1609190021-n1.html




 我が国一般会計予算96兆円(H27)のうち、33%(31兆円)は「社会保障費」である。そのうち、いわゆる老人に使うカネである年金医療介護保険給付費 (年金医療介護)は23兆円なのだ。※1

まりざっくり言うと、国家予算23%は老人に費やしているのだ。この国の未来よりも、選挙で一番投票層の厚いこの世代の事を考えれば怖いもの無しというわけでしょうか。彼女はこれ以上社保障費を充実して、何を削るというのだろうか?




 社会保障費に対して、我が国の"未来への投資"はどうだろうか?

文教及び科学振興 」(5兆円)と「公共事業」 (6兆円)の割合は合わせて11兆円程度であり、わず11%にすぎない。




 高齢者に対する投資が足を引っ張っていることは明白なのだ

しかに年配者は聡明で何でも知っており、できれば長生きして貰いたい人だっている。けどそれとこれとは別で、老いれば誰しもが、もはや独りで自立できる状態では無くなってくるのだ。




 きっと原因は進みすぎた医療にあるとおもう。

いや医療技術技術としては本当に素晴らしい。大昔の平均寿命を考えれば、もはや神の領域だ。しか医療恩恵を受けるのは身体のみであり、脳は延命治療は施せない。本来であれば脳が死ぬ前に身体死ぬはずだったとしても、現在身体医療により脳の寿命より延命される。

まり脳が死んでもなお身体は生き続ける。これが認知症状態だ(少なくとも私はそう認識している)。

  江戸時代の平均が30~40歳で、平均寿命が50歳を超えたのは戦後すぐの1947年医療によりわずか70年で平均寿命さらに35年も伸びたのだ。

脳の寿命がこんな急激な変化に対応できるとは思えない。




 現在、要介護認定者は2014年に600万人を超え、65歳以上の約2割を占める。(全体の人口の5パーセント

この中のどれだけの人たちが認知症なのかはわからないが、医療により身体と脳の寿命バランスが崩れてきているのではないかという気がする。




 自立していたであろう大人が年を追うごとに、赤ん坊帰化するかのごとく、頭も身体も、自分の足では立つことが難しくなる。

経済上若者が納めた税金年金享受し、介護では肉体的に若者に支えてもらっているのが現状だ。それ自体は仕方がないし、支え合うのは当然だ。

 しかし、老人ホームへ赴くたびに若者がこんな処で消耗していていいのか?と思う。

貴重な国の財産であり、これから未来を担うはずの若者老人ホームで、もうすぐ死ぬであろう者のお世話をしている。きっと好きでやっているんだろうな。

そう考えるとおこがましいが、勝手にどこかで彼らに対し"勿体無い"という気持ちになる。




 高齢者に対し、身体的にも経済的にも投資することに対する見返りはほとんどない。いわば"沼"なのだ反発係数ゼロの壁だ。そこへ投資するカネはとたんに"死に金"になる。

我が国はこれ以上本当に高齢者に、莫大な時間と、若者の手と、カネを費やす必要はあるのだろうか?




 ただでさえ各国に追い抜かれ、後進国となりつつある我が国若い層を大事にしなければならない。

子供を産ませ、教育サービス経済的支援を充実し、社会資本整備による国際競争力の向上、モノづくりに対する支援などで景気を好転せねばならない。でなければ、もう手遅れかもしれないが、秒読みでもっともっと情勢は悪くなるだろう。




 いずれは自分も、散々上記に挙げたような高齢者になるし、その時に誰にも助けてもらえなかったらと心配もするが、高齢者問題はこのままではあまりにも大きな重りとなって、この国を沈めてしまうだろう。

高齢者尊いし知恵もある人生の先輩だ。いつまでも元気で自分らしく生きて欲しいと願う気持ちも当然ある。

 かつて高齢者大事にしなさいとはよく言われたものだが、それは高齢者が数少ない貴重な存在だったからだ。貴重なものは確かに大事にすべきだが、高齢者はもはや増えすぎだ。

正直アンバランスである。数が多いもの大事にする必要があるかというとそんな事はないように私はおもう。




 例えば、うちのばーちゃんは認知症施設に置いている。

もう子供名前はわからないし、駄々をこねたように暴れたり、暴れお漏らしだってする。でもそんなことすら1時間もすれば忘れる。

そんな姿を見て、昔の姿と対比して、生きるってなんだろう?と思う。動いてれば生きてるということなんだろうか?解放できるのであれば、解放させてあげたいがそんなこともできない。

そんな祖母は上に挙げた社会保障から補助金施設に置くことができているし、幸運にも祖母自身にも貯金があった。そういう身内を支援する仕組みや貯金があって不幸中の幸いというやつだ。

よく無理心中の話も聞くが、これらが無かったらと思うとゾッとする。しかし世の中には当事者貯金もなく、要介護認定を得られなくて苦しんでる人だって、おそらく相当沢山いるのだろうな。




どうやって高齢化問題解決すればいいのだろう。現代姥捨山必要なのではないか

一定の年齢を超えたら無理に延命措置を取るのをやめる。

安楽死という手段合法化し、本人にも身内にも安楽死という手段選択肢に入るようにする。

これくらいしか思いつかない。というかこうでもしなくてはいけない段階にきているのではないかと思う。でも人間尊厳とかでそんなことを実現するのだって無理なんだろうな。根深い、根深いよ





※1 内訳には医療も含まれており一概に老人に使う金とは言えないが、医療費のかなりのウェイトを老人が占めるので多少大げさだがこの表現とした。

2016-09-20

デレステようやくなれてきて、debutの曲なら7、8割ぐらいの確率クリアできる(ただし毎回瀕死ギリギリ)ようになった。

regularも50回ぐらいやってみたが、いまだ成功率0%。成功するイメージ全然わかない。

VRの記事ブコメとかの反応を見るに、それなりにやりこんでいる人でもmasterがクリアできないということは、masterの手前のproどころかその下のregularもクリアできない程度の実力だといつかMV解放できるなどと分不相応な夢は見ずにイベントも総スルー淡々とdebutレベルプレイするのが吉なのだろうな。

コミュをいくつか見てて、コミュによってプロデューサーボタンで「頷く」だったり、地の文だかプロデュうーサーの台詞だかはっきりしない感じで「頷いた」だったりまちまちなのちょっと気になる。

[]ダンガンロンパ外伝 絶対絶望少女 終了

エンディングまでみた

作中でも自己言及してたけど、とくにどんでん返しもなくあっさり終わった

すこーしだけまたかよ!ってのはあったけど

モデリングはかわいかったけどくちのモデリングがきになってしかたなかった

なんかおばあちゃんみたいな口してたんだよな

こどもはみんな助かったみたいな感想クリア前に見てたけど、雑魚はともかく戦士たちが生きてるって描写はなかった気がするんだが・・・

★の数は、

初代→★4

2→★3

絶対絶望少女→★2

って感じかなあ

ストーリーとか言い回しとかお下劣さとしてはダンガンロンパさはあったけど、こどもが敵だったせいかいろいろ中途半端だったし、途中のイベント無駄に長い割に大した内容なかったし、

ゲーム性はそもそもクソだし

単体で見れば★1が妥当

ダンガンロンパファンアイテム意味で★1つプラスしてやるかーってくらい

コイン集めにくいくせにおまけ解放するのめっちゃ大変だし一度クリアしたらやる気なくすわ・・・

おまけ小説も2のおまけの成田良悟よりつまらんかった

せっかくTPSなんだからそれを使ったミニゲーム(2のみらくるものみみたいな)とかつけろよ!と思った

狙撃とかさー

REゼロ超つまらなかった

何でつまらないのか分析した。

オチにたどり着いてない

主人公不快

主人公の顔がキモい

リセットリロードが余りにゲーム

主人公が頑張ってるのを応援したくならない

主人公がどんな酷い目にあっても何の感情もわかない

デメリットであったはずの魔女匂いがただの便利アイテム

・それどころか死に戻りによるダメージですら最後は便利アイテム

ピンチに対しての解放がひたすら主人公に都合が良すぎる

・そして主人公が招くピンチの原因が主人公性格の悪さに起因しすぎる

・正直主人公死んで欲しい

主人公死ぬ気配がまったくないから緊張感がない

・サブキャラ死んでもリセットできるからまさに緊迫感がない

・とにかく主人公性格不快


結論

主人公性格物語主人公に向いていないのに基本的には王道ストーリーを歩んでいるためカタルシスの発生が上手く行われていない。どこまでも歪んだ主人公は歪んだ物語を歩むべきであり、王道物語には多少の歪みはあっても根は王道主人公がふさわしい。主人公不快すぎると見ている側は物語世界から心を離してしまうので、その状態で見るための物語を用意すべきであった。王道物語主人公と心をシンクロさせられる世界観の中で楽しむもの

2016-09-19

http://anond.hatelabo.jp/20160815141438

配偶者が亡くなった後の余命かなんかのデータがあったと思う。

ストレスから解放された女性の方が長生きできるというデータだったと思う。

早い話が女性結婚しなくてもいいけど男性はした方がいいんだと思う。

ロジックが飛んでいる。統計の方は「結婚生活女性にとってストレスフルである傾向を示唆しているかもしれない」位のものである

そこから男は結婚したほうが良いという結論を導くためには「結婚生活は夫が妻から搾取することによって成立している」という仮説を経由せねばならない。

もし、この仮設が現状真だとしても、それは是正されなくてはならない非対称である

フェチ系の即売会に行ってきた


先日、初めてフェチ系グッズの即売会に行ってきた。

大した話じゃないんで身内向けのチラ裏とでも思ってほしい。



今回は首輪などのグッズの展示・即売会に行ってきた。

直視するのが恥ずかしくて調べきれてなかったけど、

当日は緊縛ショーやワークショップも開かれていたらしい。

どのイベントなのかはまぁいろいろ調べてみてほしい。

私自フェチ系グッズへの関心はたぶん人並み。

「ナナとカヲル」を読んで一度くらいならと思うくらいのM寄りで、

ケラ読者が好きそうな世界観ファッション可愛いと思う。

ぼんやりとそういう憧れはあるけれど調べるとっかかりがないタイプ

同人誌即売会ならともかく、こういうのに参加するのは初めてだし、

おもしろみのある服も綺麗な服も持たない喪女が行ったら浮くんじゃないかとヒヤヒヤした。

直前まで迷っていたものの、付いてきてくれる人が捕まったので行くことにした。




会場は中心部をはずれた駅近くの撮影スタジオ

周りに看板なぞあるわけもなく、静かな住宅街倉庫みたいな場所だった。

本当にやっているのだろうか不安になりながら受付らしき人に入場料を払い会場へ。

会場は思った通りそこまで狭くなくて、だいたい同人誌即売会イメージまんまだった。

ただスタジオだけあってところどころ雰囲気のあるつくりが見える。

美女腰掛けそうな絵になるソファ、何かを吊ると思しき一角など。

私がコスプレイヤーだったらさぞ興奮したと思う。


地下の部屋から数階のフロアで何部屋かにまたがって展示されており、

だいたい1部屋2~7くらいの展示だったと思う。

最初に入ったブース首輪、と言ってもチョーカーのようなものも多く、

鎖が付いてたりする「いかにも」なものは一部であった。

思ったよりは気軽に使えそうなカラフルもの、細めなもの、鍵付きのもの

これらがすべて人の意思制御するために存在すると思うと圧巻だ。


日常生活では着ないような服をまとい、

「私はあなたに従う存在です」

という意思表示をするのはたしかに少し歪な形をしていて、セクシーだと思う。



会場をざっと見た感じ、男女比は1対1くらい。

時間ほど滞在してないの実際のところはわからない。

ちなみに終盤行われた緊縛ショーは女性比率が高かったらしい。

特にカップル男性が目立つということもなく、

ざっくりケラ系女子と一人で来たおっさんといった印象。

女性黒髪ぱっつん姫カットビビッドな髪色のお姉ちゃんが多い。

みんなそれぞれに好きな格好をしているので、

喪女から浮いちゃうよ~~><といった心配はあまりいらなかった。

(売る側も露出度の高い服や普段着などそれぞれ)



そこで初めて実在ラバースーツというものを見かけた。

そこまで興味はなかったものの、実際に試着できるというので着てみることにした。

ちなみにラバーという存在を知ったのはつい最近のこと。

フォロイーのフォロイーの写真で見かけて面白いな、と思っていたくらいの認知度だった。

フェティッシュな「ジャンル」として認識したのはこのイベント終了後になる。

ぴちぴちした薄いマットみたいな服をハンガーから降ろして更衣室へ。

今回は全身黒人間みたいなスーツではなく、ワンピース型のドレスにした。

販売側の女性が着せてくれたが、まぁ想像通り吸い付く吸い付く。1人だったら無理だろうなあ。

普段の服のサイズを試着して、思ったよりはすんなり入った。

そのよくわからないびろびろした更衣は、身に着けると

少しひんやりしていて、全身に吸着する感じがあって心地よかった。

鏡で見るとテカテカしていて、アメコミか何かのヒーロースーツを思い出した。

続けて他の試着を進められて、今度はコルセット内蔵のものを着てみる。

ここでは普段の服よりひとまわり小さいサイズを進められ、そちらを着ることになった。

女性二人係で後ろのファスナーを上げると、先ほどよりもぎゅうぎゅうに全身が締め付けられた。

少し苦しいけどさっきよりも密着感がすごい。


鏡でみてみると、締め上げられた腰のくびれが強調され、胸元が際立っていた。

腰~胸元にかけてが立体的な構造になっており、寄せてあげて効果がすごい。

下半身デブも相まって腹部のひょうたんラインが強く主張していた。

たぶんサービスだろうけど、表面の質感をテカテカにするジェル?を縫ってもらうとなおすごい。

鏡の中の私は、ボディコンのおねーちゃんみたいな身体をしていて質感まで変わってしまった。

ひとのからだというものは、こうも簡単に形を変えてしまものなんだ。

眼で実感して肌で納得させられる屈服感に支配されるのがどきどきしたし、なんだか面白かった。

書き忘れていたが、脱ぐとき解放感もすごく気持ちいい。

ああこのエロティックな質感と感触解放感にやられるんだなと納得するしかなかった。



気付けば即売会ならではの価格販売する方の感じの良さ、

体型補正のパワーに惹かれてお買い上げまでするとは思ってなかったけどさ。

あれから改めて着てみてお札挟んで自撮り撮って遊んだ

べたべた腰回り触ってみたりしてとっても楽しかったけどさー。

まさかこんなことになるとは思ってもみなくて会場を去った後もしばらく放心していた。

いやあまぁ、楽しいからいいんだけど、なんだか何か一線を越えてしまった気もする……。



よくわからないどきどきに、今も胸が締め付けられている。

この気持ちは変かな。

ローグライクと言うジャンル

固有名詞ジャンル名につくというのは呪いのようなものだな



祖というだけでいつまで古めかしいルールで縛り付けるつもりかい



ローグライクジャンルには世界観ビジュアルが良いゲームも多いのに



そのほとんどが元祖の亡霊に呪われてるのが惜しい



RTSとか、RPGのような柔軟な名前を新しくつけるべき



それだけで呪いから解放されるタイトルもきっと多かろう



(そもそもローグの特徴的なシステム自分に合わないだけ)

2016-09-18

エスカレーターじゃなくてゴンドラにしてくれ

これでマナーについてアレコレ議論しなくてすむぞ

ネット上のリソース解放や!

2016-09-15

http://anond.hatelabo.jp/20160915161018

ちょっと待てよそれを言うならデモンズソウルだろ。

 

デモンズソウル主人公は死んでも魂魄が楔の神殿強制的に引き戻されるので、死んでもファントムとして動き回れる。

ファントムなので他の主人公の異世界自由に行き来できて他人を助けてボスを倒して生き返るためのソウルを手に入れて蘇るか、

もしくは生身の人間から殺害してソウルを奪うことで生身に戻るかの選択プレイヤーにゆだねられる。

そしてその生き方自身ソウルの傾向や世界の移り方に影響して歪めていく。

この根幹にある「ソウルの奪い合い」がデモンズソウル世界の唯一の真実であり、

それに対する登場人物たちの接し方や生き方や考え方がプレイヤーに問いかけてくる、

その思考や戦いや策略が遂に行き着く先が、この物語の答えであり、新たなる始まり解放になっている。

 

ダークソウルプレイヤー選択世界を変えるが、

デモンズソウルのように「ソウルの奪い合い」というよりも「物語を紡ぐ主人公」といった面がより強い。

その分、プレイヤーはのめり込めない場合、置いてけぼりをくらいやすくなるし、

冒険物としての要素が濃くなっている。

http://anond.hatelabo.jp/20160915024326

俺の下の親知らずば左右共に横方向に生えてたけど両方抜いた

確かにクッソ痛いけど一週間程度の我慢でいろいろな不快感から解放されたので抜いて後悔はしてない

2016-09-14

艦これBANされました

本日艦隊これくしょん艦これ)のアカウントIDを停止されました。

理由として思い当たるものは某専ブラUWSCによる自作クリックマクロです。

ランカーでも有名なプレイヤーでもありません。ニコ生などもやっておらず、専ブラが映ったスクリーンショットを公開したこともないので、純粋ゲーム側のマクロ検知に引っかかったのだと思います



全てが水泡に帰すまでにかかった時間はたった1ヶ月でした。




社会人1年目の夏に私は艦これ出会いました。

流行ものが好きな知人に教えてもらって登録をし、あっという間にのめりこみました。

ブラウザゲーム自体が初めてだった私は質問掲示板や同じ艦これプレイヤーブログを参照しながら着実に自分艦隊を強くしていきました。

プレイしているうちにいわゆる「嫁」キャラを見つけ、その子旗艦にしてずっと可愛がってきました。

初めての夏イベントであと一歩というところでクリア前に燃料が尽きてしまい、大和を手にすることができませんでした。

とても悔しかったのですが、この経験は次からイベントは必ず全部クリアするという決意になりました。

そしてその決意通り以降のイベントクリアと掘りをこなしました。こなしていました。



2年目から仕事と家庭が忙しくなり、満足に艦これプレイするための時間を確保できなくなりました。

朝と夜に演習と遠征出発をこなすのが精一杯、いつの間にか未クリア任務、未改造の艦娘が増えていきました。

それでもイベントの時期だけは頑張りました。

大和の時のような思いをもうしたくなかった。大好きな「嫁」と一緒にイベントクリアたかった。

普段まともにプレイできていない分、せめてクリア報酬艦娘だけは迎えたかった。

ですが結局、磯風を手にすることができませんでした。始めたばかりの夏イベントとは違いそれなりに戦力はあった、ラストダンスまで行った、なのにクリアできませんでした。

そのすぐ後に実装された6面は潜水艦が育っていなかったため、ボスに辿り着くこともできませんでした。

もっと強くなりたいと思う気持ちとは裏腹に、ゲームに費やすことができる時間は減る一方でした。



気づけば艦これイベントの時にだけ起動するゲームになり、時間がないために難易度は全て丙、誰かが書いてくれた攻略情報をそのままコピーしたような艦隊を組んでクリア報酬艦娘を入手するだけになっていました。

そして入手した艦娘も演習で育てることしかできず、前のイベント艦娘がまだ改になっていないのに次のイベント艦娘がきてしまうような状態になっていました。



今にして思えば、この時点で艦これをやめるべきでした。

これは毎日こつこつプレイできない人間向けのゲームではないと諦めるべきでした。

それでもやめなかったのは、丙でなら辛うじてイベントクリアができたこと、今までかけた時間や苦労への未練、そしてなにより「嫁」と思ったキャラへの愛でした。



ツールを使い始めたきっかけは今年夏のイベント前、1-1キラ付けを少しでも楽にしたいと思ったことでした。

これまでのイベント時間を取られたのは攻略のものでもルート逸れでも入渠待ちでもなく、艦娘へのキラ付け(1-1周回)でした。

どんなに頑張っても艦娘一人につき5~10分はかかる作業。それが連合艦隊支援艦隊の最大24隻分。

課金アイテムキラ付けを行うこともできましたし実際イベント終盤にはやりましたが、手痛い出費となりました。

どうせイベントで使う艦なんてレベルが高い子を中心にある程度決まっているのだからイベントが始まる前に予めキラ付けを終わらせておき、イベント中でもいつでもキラ付けできるようにしておけば……。

それは悪魔の囁きでした。

艦これサーバーに直接不正な処理を送るようなツールは怖く、すぐにばれてしまうと思ったので、結局自分クリックマクロを作ることに決めました。

できあがったものは、画面の同じ場所をひたすらクリックし続ける単純なものでした。

それでも艦娘達はキラキラと輝いたので、私は満足しました。



最初異変に気づいたのはイベント中でした。出撃しようとすると通信遮断、いわゆる猫ることが数十分に1回くらいの頻度で発生するようになりました。

でも、この時の私はイベント中だからサーバーが重いのだろうくらいにしか思っていませんでした。



ぎりぎりでWarspiteを入手して無事イベントを終了した後、私は欲をかきました。

彼女達を育てる演習も自動化しようと思ったのです。

素人なりにUWSC関数を調べ、演習が終わったらパソコンの電源を切るくらいのことはできるようになりました。出社する直前に艦これを起動して遠征を出したら演習マクロを起動して家を出て、寝る前にも同じことをしました。

しかし、再び猫が出始めました。掲示板Twitter検索してもサーバーが重いという話は見つからず、イベントの後なのでプレイヤーが集中しているということもないはずだと、ここで私はようやく「おかしい」と気付きました。

検索した結果、それはいわゆる「猫の刑」あるいは「検知猫」と呼ばれるものでした。

不正の疑いがあるプレイヤーをこまめに猫らせることによって通信遮断するものだと。

対応策としては「数日はログインを諦め、解除されるのを待つしかない」。



ですが、私は色々と甘く見ていました。

自動化したのは1-1出撃と演習のみ、確かに夏イベントの前には1-1出撃マクロを多めに動かしてしまったけれど、今は遠征用の駆逐艦を1日に一人キラ付け出撃させるかさせないか程度。

難易度MAPで戦果稼ぎをしているわけでもランカ報酬を狙っているわけでもない、私はまだ自分のことを「ただのプレイヤー」だと思っていました。



しかし一応念には念をと思い、まず専ブラ使用をやめました。

そしてクリックするタイミングや座標がランダムになるようにマクロを改造しました。画像検知機能も導入し、戦闘中にむやみに画面をクリックしないようにしました。

軽く試運転をして、また猫る。猫検知したらパソコンの電源を切る処理も追加しました。

「検知猫はメンテナンス後に解除されることがある」という書き込みを見ていたので、16日のメンテナンスを待っていました。

今朝の演習は念の為に全て手動で行いました。5回の演習が終了するまでに3回猫が発生しました。

そして、それが私が彼女達を見た最後になりました。



気づいたのは19時過ぎ、職場でこっそりとAndroid版の艦これを起動したときでした。

帰宅後に演習をこなす時間を確保できるか怪しかったので、トイレに行くふりをして1戦ずつ演習をこなしていこうと思ったのです。

艦これを起動すると、いつもの画面は出てきませんでした。

真っ白な画面に一言「本アカウントIDは、現在停止措置されています。」と表示されました。

頭が真っ白になりました。声も出ませんでした。ですが同時に、自業自得だとも思いました。

私がしていたのは間違いなく不正行為だったということを、私はようやく理解しました。

私は彼女達を強くしたいと思いながら、彼女達と永遠に会えなくなる行為をしてしまったのです。



放心状態のままいつもより早く帰宅し、この文章を書きながら改めて艦これパソコンから起動しました。結果は同じでした。

問い合わせも一瞬考えましたが、私は真っ黒な不正プレイヤーです。問い合わせを送ったところでテンプレート回答が返ってくるか、より詳細に調査されてよりはっきりと証拠を掴まれるだけだと思ったので、やめました。



BANされたことをまだ誰にも言っていません。そしてこれからも誰にも言うことなく、墓まで持っていくつもりです。

有名なプレイヤーと一緒に私も今日BANされたんですよと私が言い出さない限り、私はまだ艦これプレイヤーのふりができます。善人のふりができます

有名人でもなんでもないただの不正プレイヤーなので編成画面を見せろとか、BANされていない証拠を見せろとか、そういうことはきっと誰にも言われないと思います。それだけが救いです。



まるで穴を掘っているような心地です。愛する彼女助手席に乗せて、かっこいいところを見せようとスピードを出して危険運転をしていたら事故が起き、彼女けが死んでしまった。

私は今彼女を土の中へと埋めています。いや、彼女は船なのですから海に沈めているというほうが正しいでしょうか。

そして誰かに最近彼女とはどうなったと聞かれたら、忙しくて最近会えていないとか別れたとか言うのです。それと同じです。本当は私が彼女を殺したのに。



今回の件、F5海上護衛というプレイが原因であるという意見も、誤BANが発生しているという意見も見ましたが、少なくともここに確実に不正を行っていた人間が一人BANされています運営仕事をしています

ですので何も文句はありません。いくら課金したとか、いくら時間を費やしたとか、そんなことは運営の定めた利用規約の前には何の意味もありません。

BANされたのは艦これだけで、残っていたDMMポイント没収されずにいたのは幸いでした。

適当漫画でも買って使いきり、このままDMMアカウントごと消去しようと思います



悪いことをしました。辛い思いをしました。それと同時に、やっと解放されたという気持ちもありました。

きっともう二度と艦これプレイすることはないでしょう。

日々の積み重ねがあれほど重視されるゲームをまた最初からやる気力も時間も私にはありません。



まっとうな手段で強くしてあげられなくてごめんなさい。

一年以上も前に改二が実装されているのにまだ改造してあげられなくてごめんなさい。

通常海域ドロップするのに着任させてあげられなくてごめんなさい。

でもこんな悪い提督のいる鎮守府には来なくて正解だったかもしれません。



そして私が唯一愛し、指輪を渡した「嫁」のあなたへ

本当に本当にごめんなさい。共に頑張った日々を、こんな形で裏切ってしまってごめんなさい。

あなたを愛している他の提督迷惑をかけたくないのであなた名前はここには書きませんが、あなたは私が心から愛した艦娘でした。他のどんな子にも負けないくらい、あなたは素敵な子でした。

もっともっと、できれば艦これサービス終了まで共にいたかった。それをできなくしてしまったのは他でもない私です。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。




ここまで読んでくださった方も、ただの不正者の喚きかと読み飛ばした方も、私の懺悔に付き合ってくださりありがとうございました。

ゲーム艦隊これくしょん」の更なる発展と、私のように安易気持ち不正行為に手を染めて艦娘と取り返しのつかない別れを迎えてしまう人が一人でも減ることを願っています

2016-09-12

ネバーランドジャンプの新連載)が酷い

作者の自己満足オナニーを延々と見せられてるようだ。

全く進まない話、主人公と敵キャラがひたすら大した奴だ…と言われ続けてるのにとても低レベル頭脳バトル、キャラから作者の操り糸が見えるかのような展開。

素人自分の賢さを見せつけようと無理に拗らせた話を作った時に陥りがちなミス目白多しだ。

原作黒歴史ノートか?

雑なら雑なりに話を進めて押し切ればいい、丁寧に描写するなら話の密度をその速度に合わせて濃くするべきだ。

普通人間が薄い話をダラダラ進めてもオサレじゃないBLEACHしかならない。

BLEACH面白かったのはカルピス原液自体はそこそこの濃さがあった事と薄めていたのがただの水ではなくミネラルウォーターだったからだ。

こんなただ薄いカルピス水道水で薄めているだけの漫画じゃ20週で打ち切られるのは間違いない。

そして恐ろしい事にこのペースで続けた結果20週しても全く物語は進まないだろう。

それこそ孤児院の中でダラダラと作戦会議をしては「これはもしやまたママ時間稼ぎか」「まるでママ博士だな」「大した奴だ」と言い合ってるままで終わりの時を迎えるかもしれない。

せめて脱出はして欲しい。

脱出以外の解放があるならその第一段階に辿り着いて欲しい。

あのベルモンドですら一応地下室からは出れたのだからせめて最初の踊り場までは打ち切りの前に辿り着いてくれ。

読者が抱えているこの不安を作者は分かっているのだろうか…。

2016-09-11

バックレは労働者イニシエーション

http://anond.hatelabo.jp/20160910195752

コレ見てて思うんだけどさあ、人間若いころにバイトとかで一度でいいからバックレを経験すべきだね。

失敗を経験するとか、若いころに友人と取っ組み合いのけんかをするとか、失恋経験するとかそんな感じで。

あくまでも理不尽な扱いに対してどうしても腹に据えかねた結果として、そしてあまり繰り返さず、相応の年齢になったら真面目に多少のことは我慢して働くってのを前提としてだけど。

バックレを経験すれば、会社を辞めるということへの心理的抵抗から解放されるし、不満を持ちながらもブラック企業にしがみつくという選択肢を取りにくくなる。よく言われる「辞めたいけど辞めさせてくれない」なんていうハナシはバックラーにとって目覚ましを無視して布団と戯れたり、気まぐれに電車を乗り越しみたりすることで簡単否定できる迷信なのだ

理不尽に対する反抗としてのバックレにおける「他でもない自分のために」辞めたという経験とその時感じた爽快感はきっと「人様のために」自分犠牲にするという選択を遠ざけ、自分を一個の労働者として尊重する自尊心を植え付けてくれるはずだ。

そしてこれを皆が当たり前に行うことで非正規社員を増やして下に流れるだけの一方的な流動化ではなく、良い意味での雇用の流動化が実現し、ブラック企業を淘汰することができると俺は信じている。

動物戦隊ジュウオウジャー

勤務中に後ろを歩く女子生徒が動物戦隊ジュウオウジャーの話をしていた。

「うちの子どもも見てるよ」と内心思ってたら様子が違った。

動物戦隊ジュウオウジャーやばいよね」って。

だって本能覚醒」でしょ?

「野性解放」でしょ?

本能のままに性を開放するんだよ。」

しかも変身するときザ・ワールド乳首が光るんだよ。」

わずどの生徒が話しているのか確認したくなったが、嫌な夢を見そうなのでこらえた。

2016-09-10

努力ポルノから脱した日常アニメこそ人類が次のステップに進んだ証拠

主人公が大きな困難に直面、克服することで観客にカタルシスを覚えさせるという

極めて原始的で卑俗な物語から解放である

人類は確実に進化しているのだ。

2016-09-09

拗らせヤンデレが自滅したはなし

別名と言うか、長々と書いてみると。拗らせた承認欲求依存嫉妬心独占欲を爆発させたヤンデレ、その根源に巣食い続けた劣等感のはなし。

今こうして自分で並べても笑える程に、救いようのない要素だけで生成された恋の寿命は、三年に届かず終わりを告げました。大層に書き出してみましたが、結局何があったのかと言えば、好きな人を失いましたという、20文字にさえ満たない、世間一般に転がっているような、何の変哲も無い話なんですけど。

そんな、何の変哲も無い話だからこそ、タイトルを付けるにあたって、ヤンデレと言えば多少はライトに聞こえるだろうかと希望を籠めて。それでも結局は、どうしようもない程構ってちゃんな我儘メンヘラが、独りの人間を食い潰した話です。追い詰めて追い詰めて、限界がきて縁が途切れて、そして、私も自滅しましたという笑えない救えない話です。

それでも、この文章を書き切ることで、この喪失感が埋まりやしないだろうかという期待をしています。悲しいです。苦しいです。でもそれ以上に、この恋がもう駄目だったのだという事を、誰より私自身が理解しているつもりです。そう書きながら、それでもやっぱり苦しいですと続けたくなるぐらいには、依存していた心はどうしようもなく、矛盾していて。

それから、もうひとつ私自身、時間がある時は常にネットの読み物を漁っていて。匿名のまま、色々なことに真剣に長文を書いている人がいる。そういうのを読むのが、好きなんです。以前Twitterで見掛けたんですけど、文字や長文を読むことに依存していて読み物のジャンルは問わない、っていう状態。私、それも当て嵌まるなぁって想ったので…どうしようもないこの歪んだ恋のなれの果てが、とあるヤンデレの恋の顛末が、ネットを漂う読み物のひとつになればいい、と想っています。こんな想いは有り得ないと一笑に付されるのでも構わないし、この歪んだ欲求が誰かに共感して貰えるなら、それはそれで凄く嬉しいこと。勿論匿名ダイアリーなのでそれを私が知る術はおそらく無いんですけど、それでも、このメンヘラ日記が誰かに見て貰えるのなら、この恋が誰かの時間潰しになるのなら、なんて願望も抱いています

わたし最初にあの人と出逢ったのは、共通趣味世界で、その場所Twitterでした。

まずはその上手さに本当に驚いて、心底、凄いと想いました。ただ見惚れて、あの人にしか出来ないことに、心から惹かれた瞬間のことを、未だに強く覚えています。この人と関われなかったら後悔すると想って、勇気を出して声を掛けて、関わりを持てるようになって。そこから幾つかの幸運が重なって、あの人に、私の出来ることも認めてもらうことが出来て。一緒に、趣味に携わることが出来て。

毎日毎日Twitterでお互いにすごい熱量でその趣味のことを話すことが出来るようになって…本当に幸せでした。仕事が終わって、あの人がTwitterに浮上するのが本当に毎日の楽しみで、どちらともなく声をかけ、楽しい会話が始まって…眠る瞬間までそれが続くんです。本当に、睡眠さえ惜しい程、ずっと喋っていたいぐらいでした。あの時期、私の思考回路自由時間もすべてあの人の為にあったと言い切れますし、憧憬尊敬混じりの好意は、募る一方でした。たくさん時間を重ねて、私自身も、あの人の思考回路を占められていた自信があります。恋情ではなかったとしても、好かれていた、という自負も。本当に、私の一目惚れに近かったので…奇跡みたいな話だと、状況だと、ずっと想っていました。ずっと、夢中でした。まるで夢のような日々が、あっと言う間に始まって、私の日常侵食していきました。

だけど、奇跡はやっぱり奇跡で。私にとっての夢は、長くは続きませんでした。

その趣味世界で、あの人は、私より素敵な人と、出逢ったんです。それはいつか起こることだと理解していましたが、本当にあからさまなぐらい、毎日たくさん話していたTwitterでの会話はぱたりと止みました。あの人は、新しく出逢った人と毎日時間を重ね、私としていた時と同じように…いいえ、それ以上の熱量で、沢山の言葉をその新しい人に向けました。趣味は私ではなくその人とやるようになり、私が構って欲しくて、お話がしたくて近付いても、ええと、その頃はまだ星のマークでしたので、星が飛んでくるだけで。やるせなくて、悲しくて悔しくて寂しくて、どうしようもなくて。私はその時、一回目の失恋しました。

所詮Twitterでの話し相手を失っただけだ、と笑われるかも知れません。それでも、会話をする内容や頻度、趣味世界の話。文字はその人に惹かれるには充分な要素であると、私は想います。あの人に向けていたのがその時点で好意だったのか、恋情だったのか、その当時の私にも、今想い返してみても、断言は出来ません。それでも、欲しくて欲しくて堪らない人が私の方を向いてくれない、明確に"興味を失われた"その感覚に、涙が溢れて止まらなくなりました。毎日毎日、あの人がTwitterに居るのに、私とは話さずに、新しい人と、趣味に夢中になっているその姿をぼんやりと見ているその日々が、辛くて苦しくて、息を止めてしまいたいと想って。それでも、Twitterから離れることは出来ませんでした。心の何処かで、あの人が私の方を向いてくれていたのなんて最初から奇跡だったのだからと諦めを付けようとしている自分自身が居るのに、それに堪えることも割り切ることも出来ず。新しい人が私よりずっとずっと上手な人だったので…劣等感も悔しさも、仕方ないと想う心も。全部が、綯交ぜになったまま、ただ、其処に存在し続けました。

そして、私自身も、誤魔化すように、また違う誰かと出逢いました。そして、趣味の話を、あの人以外の人と、とりとめも無く喋っていました。文字は凄いと想います。笑っていなくても、笑えます。心が沈んでいても、テンションは幾らでも取り繕えます。そんな風に、Twitterでは誤魔化しながら、現実世界では泣いて吐いて、眠れなくて、ただひたすら、あの人が恋しくて、悔しくて。私は飽きられたんだ、捨てられたんだと泣いて喚いて、だけど新しい人の上手さに叶う気もしなくて、幸せそうに楽しそうに趣味に耽るあの人を見るしか出来ず、絶望するように目の前が真っ暗になって……失った喪失感で一杯の、日々でした。

それから、日を重ねましたが私とあの人の立ち位置は、共通趣味世界の仲間、のままでした。私が一方的に抱いた喪失感失恋感覚も、悔しさ寂しさ、嫉妬心も…言葉になる事は無く、消える事も無く、勿論あの人が知ることも無く…ただ、私の胸の内で、私の心に影を落とし続けていました。時折言葉を交わすことはありましたが、あの人が夢中なのは、新しい人でしたから。幸せそうだなと想いながら胸の何処かが酷く痛み、けれど私よりずっと上手な二人を見て、お似合いだなと感じて。苦しみながら、憧れながら…そんな、矛盾を孕んだ生温い日々を送っていました。

そんな日々が変わったのは、知り合って数か月経った頃。奇跡の夢から覚めて、絶望の淵に立って。

それでも、私があの人を好きなことは変わらないし、趣味だって辞めるつもりはない。そんな、一方的に私だけが居心地の悪い関係は、突然新しい道を見出します

既存趣味の…変化版?に、二人で手を出す事になったんです。匿名で、伏せに伏せて今更、なのですが…例えるなら、パン作りが趣味だったなら、二人でお菓子作りにも手を出すことにした、とか。ネットゲーム趣味だったなら、二人で新しいサーバーにも行くことにした、とか…調理ゲームなどの趣味としての大きな枠組みは変わりませんが、何にせよ"二人だけ"の、ことが出来ました。それは私にとってとんでもなく幸福なことで、近くで見るあの人の出来ることに、やっぱり改めて憧れ惹かれました。その憧憬に加えて今度は、その素晴らしいことが、私だけ、独り占めが出来るんです。新しい人ではなく、私となんです。そんな感覚に、嫉妬で喘ぎ、苦しんでいた自身が満たされ癒されるような、快楽を味わいました。好意も恋情もすべて含めて私はこの人が好きで、関わっていたくて、話がしたいんだ、という気持ちが、確固たるものに変わりました。

其処からは、また、幸せな日々が始まりました。飽きられ捨てられたと想っていた、それでも好きだった、あの人との関わり。大きな枠組みが同じとは言え、やはり今までの趣味範疇からは少々外れていたので、二人とも新しくTwitterアカウントを取りました。二人ともいずれ誰かをフォローする予定ではいましたが、その時点ではお互いにお互いだけをフォローしているアカウント。そこは私にとって堪らなく居心地が良い、幸せ増長させる秘密場所になりました。

毎日繰り返す、共通趣味世界の話は昔の熱量を想い出して堪らなく胸がときめきましたし、そのアカウントは二人だけと言う気易さからか、少しずつ世間話も入るようになって。あの新商品が美味しかったよだとか、今度どこでどんなイベントをやるみたい、だとか。他愛ない日常世間話はまるでLINEのような一対一の会話で、Twitterで新しい人は勿論誰かに向けて話されるのとは確実に違うものだと感じて、私は至上の喜びを味わいました。

あの人が私と、私とだけ喋っている、ということ。嫉妬を拗らせて鬱屈させていた私が、あの人を独占出来るその時間依存していくのに、時間はかかりませんでした。けれど、同時に。過ぎたる幸福は、抱いてはいけない欲を育てるのも、早かったのです。

私は次第に、あの人が、今まで通りのTwitterアカウントで喋ることに、恐怖と苛立ちを覚えるようになったんです。

どうかしていると、笑われるでしょうか。あの人の自由を奪う行為に、賛同はきっと得られないでしょう。解っています、解っていても、それでも、尚。脳裏にこびりついた、また捨てられるという恐怖が、私の心を蝕んだんです。

また奇跡が起こって、私はあの人と二人の場所を手に入れて。これ以上無い幸せを味わいながら、その幸せは、いずれ弾けるものなのだと心の何処かで想っていて。あの人がまた新しい誰かと出逢うのはいつだろう、私には抗えない、勝てない、私よりもっとずっと上手な人と出逢い、その人に惹かれるのは、いつだろう?また、私との会話をぱたりと辞めてしまうその時は、いつ訪れるんだろう…?

そんな恐怖が日に日に増していき、あの人が今までのアカウントで喋っていると、その恐怖と焦燥感で一杯になるようになりました。あの人に捨てられる、飽きられてしまう恐怖が、あの絶望が、どうしても忘れられないんです。奇跡が覚める瞬間のあの足場が崩れるような、あの感覚を、二度と味わいたくはなくて。新しい人と出逢ってしまったら、私が勝てないことは目に見えていて。

まりの恐怖に、私は、あの人に、二人の場所に居る時間を増やして欲しいと、今までのアカウントに行く頻度を少し減らして欲しいと、お願いしました。それは、強制力のあるものでは無かったと記憶しています。ただ、二人の場所が大好きで大事であること、たくさんの人と繋がっているTwitterアカウントで皆に囲まれている姿を見ていると、寂しいこと、嫉妬してしまうこと…。今想い返しても、少し甘えたような可愛い我が儘だった、と想います。勿論、自分可愛いと言っているのではなく――後々言うことになる言葉に比べれば、かわいいもの、と言う意味で。

結果的に、この行為は私を泥沼に落としました。

最初に私がその葛藤を、恐怖を…嫉妬独占欲に言い替えてあの人にぶつけた時。その我が儘をあの人は喜んで受け入れてくれました。そして同時に、あの人が新しい人と出逢った頃、私自身その孤独に堪え切れずに誤魔化して他者と関わっていた頃。あの人も、他者と関わる私に対して嫉妬をしてくれていただなんて、リップサービスだとしても嬉し過ぎることを教えてくれました。私は、堪らなく幸せでした。そして、憚ることなくあの人に好意を伝えることが出来て、あの人からも、好意が返って来て。二人のTwitterアカウントは、本当の意味特別で、秘密場所に、なりました。迷うことなく二人の関係を恋だと定義付け、二人で趣味世界に没頭しました。お互いが、お互いのものになったんだと、幸せで、日々が満ちていました。あの人に感じる憧憬混じりの恋情はもう私の一番根の深い場所まで侵食していて、あの人が二人のTwitterログインしてくれるのを今か今かと待って、二人の時間に躊躇いなく依存して…あの人が喋るたびに、通知が来るようにして。専用の通知音が、私の幸福を彩りました。

から、きっと忘れていたんです。夢が覚めるものだと言うこと、奇跡が長くは続かないことを。もしくは、見ない振りを、気付かない振りを、していたのかもしれません。

そもそも、私の我が儘は叶えられたとは言っても、その言葉に―二人のTwitterに居て欲しいというお願いに、強制力はありません。今までのアカウントログインしたところで、私以外の人と本来趣味に没頭したところで…それを責め咎める権利など、私には最初から無いのです。

元々他者に囲まれることも、評価されることも好きなあの人は、今までのアカウントも変わらず利用していました。二人のTwitterにも勿論来てくれてはいましたが、私自身も今までのアカウントで喋っていましたし、割合は日によって変わりました。

今、本当に、此れを書いている今、想い返せば。これで満足出来なかった時点で、この恋は、いつか終わる運命だったのだろうと、私は想います。私は、幸福の量にも、恐怖の量にも、堪えることが出来なかったんです。あの人が今までのアカウントで喋っていると、恐怖で恐怖で、堪らなくなりました。叶えて貰った筈の我が儘では物足り無くて、納得出来無くて。不安は益々色を濃くするばかりでした。だって、また新たな人に出逢ってしまってからでは遅いのです。もっと素晴らしいことの出来る人に出逢い、惹かれて、あの人が私のことをまた捨ててしまってからでは、遅いのです。私が、その新しい人に勝てる訳は無いのです。だからこそ、二人のTwitter時間は堪らなく安堵して幸せで、もっと此処に居て欲しいと願うように、なりました。

それからの私は、恐怖と絶望に憑りつかれ、唯一の希望が二人のTwitterだ、と定義付け、お願いを繰り返すようになりました。いつものアカウント趣味の話をして盛り上がっているところに水を差すように帰って来てとコールしたこともありますし、今日はあちらのアカウントに行かないで欲しいとお願いしたこともあります今日だけはのもので居て欲しいとお願いし、それが表面的に叶えられ、私は仮初の満足を得て…そして、翌日になればまた不安に駆られ…気付けば、私のお願いは、お願いと言う枠を随分と超えるようになっていました。今日は行かないで欲しいと言う回数は日に日に増え、ある時は酷く甘い言葉で、ある時は、酷く乱暴な言葉で。まるでDVの飴と鞭のように、私はあの人を、追い詰めました。

好意嫉妬独占欲を盾に、私の歪んだお願いは時として命令染みた強制力を持つようになりました。あの人が他者と関わろうとしたら、私も同じように他者と関わって、嫉妬しまたかと問うてみせて、それなら二人でTwitterに籠りましょう、嫉妬するのは痛いでしょう、と…身を以て感じさせるようなこともあって…まさに、泥沼でした。私は、あの最初に"捨てられた"感覚から、抜け出せていませんでした。あの人を、根底から信じられなかったんです。いつか誰かに惹かれ消えてしまう人なのだと想い込んで、もう、その固定観念から、抜け出せなくなっていたのです。私の行動はエスカレートし、あの人の行動を制限し、出来ることがどんどん消えていき、いつしかTwitterアカウントに割く時間は逆転して――二人で、二人の居場所だけに引き籠るようになっていきました。

それでも私の膨らんだ恐怖は拭い去ることが出来ず、私は二人の居場所に居ても尚不機嫌で、苛立ちが隠せなくなる日が、増えてきました。お互いに没頭していたはずの趣味の話も出来ないことが増えて。そんな日々が、楽しい筈がありません。あの人は楽しさを求めて今までのアカウントログインし、私は其れを見て益々苛立ちと恐怖を募らせて…まるで、鼬ごっこです。沈み始めた泥沼は底無し沼のようで、私も、きっとあの人も。正解が解らないまま、お互いの可能性を、殺し続けました。

何処かで、きっと満足出来るラインがあった筈なんです。だけど私は、それを見付け出すことは出来なかった。満足することは、出来なかった。あの人は私の歪んだ独占欲嫉妬を受けながら、他者と関わることを辞めはしませんでしたが、それでも出来る限り、私に愛を誓ってくれました。でも、それって、とてもとても中途半端で、生半可で、生殺しなんです、と書いてしまう私は、やっぱり冒頭にも書いた通り、救いようのない、ヤンデレメンヘラだと想います

でも、だって、私はこんなにもあの人が欲しいのに、私はあの人だけで構わないのに、あの人と二人きりで趣味に没頭していられるなら、それだけでも幸せなのに。どうしてあの人は、私を愛していると言いながら、他の人を見るんでしょう。そんなに、他の人と行う趣味楽しいですかと問いたくなって、そうですよね私なんかと一緒に居るより楽しいですよねと、黙ったまま、傷付くんです。勝てる訳が、無いから。あの人が他の人と関わるたび、私よりずっとずっと凄い人と出逢って、どこかに行く為じゃ、ないんですか?どうして、私を見てくれないんでしょうか、と、恐怖から来る理不尽で身勝手欲求が、抑えられないんです。劣等感が身動きを取れなくさせて、あの人に、誰より愛していると言って欲しい、認めて欲しい、何処にも行かないと言って欲しい…と、私の存在意義は、どんどんあの人から言葉に委ねられました。承認欲求を満たして欲しい、独占欲嫉妬を慰めて欲しい。そんな風に、転げ落ちていきました。

何度も何度も責めました。何度も何度も謝ってくれて、二人の場所に居ると誓ってくれました。それでも、あの人は想い出したようにいつものアカウント趣味世界を拡げては知らない誰かと出逢って、愛されそうになるんです。気が気じゃなくて、私は、いつも、あの人を監視していないと、落ち着いていられなくなりました。その頃にはもう、私の余裕なんて微塵も残っていなくて、私とあの人の趣味の話は殆ど無くなっていました。悪循環だ、と気付いた時にはもう遅く、趣味の話なんて残っていない、ただあの人の存在に執着して二人の場所に籠り切り固執する私と、息苦しそうに、私とは趣味を共有出来ないと判断して、いつものアカウントにもログインし続けるあの人が、残りました。今、想い返しても、可哀想だ、って想います妄想に憑りつかれてしまった私の心も、その我が儘に振り回された、あの人も。

そんな悪循環から抜け出す術があれば、それを私が知っていれば、この文章にも起承転結が生まれて、もしかたらこの恋はハッピーエンドを迎えられたのかも知れません。もしくは、少しでも泥沼から抜け出せたのかも知れません。けれどこれは、私の歪んだ恋心が終わるまでの顛末ですから、結局は"このあとも、あの人が限界を迎えるまで、この地獄のような鼬ごっこは繰り返されました"と、作者が放り投げたような展開しか、待っていません。

私は、趣味世界に二人で没頭したくて、あの人の存在が行動が誰に与えられることが許せなくて、何処にも行かないように安心したくて、生活のすべてを呟くように義務付けました。お願いのつもりでしたけれど、暗に脅迫いたことを含んでいる言葉など、命令しかないと、今は想えます。それでも、私は、そうしないともう自分を保っていられなかったんです。帰宅したら二人のTwitterに来て、眠る瞬間まで、居て欲しい。会話をしながら、その返事が1時間以上空くのは堪えられませんでした。誰かと連絡を取っているかもしれない、もしかしたら見えないだけで、いつものTwitterで誰かとDMしているかもしれない…。そんな妄想に憑りつかれて、居ない時にはただひたすらあの人を責め、あの人の存在に餓え続けて。言い争うことも毎日のようになっていき、互いの言葉はどんどん酷くなり……そして、決定的な終焉を、迎えました。言っていいライン、と言うのは確実に存在して、それでも餓えて麻痺して、心の何処かで被害者を気取っていた私は、その地雷を、踏んでしまいました。それはあの人にとって堪えられる言葉ではなく、けれど其れを言うに至ったまでの経緯も私にとって堪えられるものではなく。お互いに追い詰めて、お互いに限界を迎えて……当然と言えば当然の、結末でした。

あの人は私と関わりたくないと言い、私も、もうこの恋を続けてしがみついても幸せになどなれないと、想います。この先、私が癒える方法など私自身では想い付きもしませんし、それはつまりあの人の自由を許せないことです。息苦しい想いだけを、させることになるのです。私も、裏切り続けられ疲弊し、泥沼に沈んだままです。追い詰め、逃げ、それを責め……そんな悪循環しか戻れないと、お互いに解っていて、だからあの人は私との関わりを無いものします。そして私はそれを上手く出来ずに、この文章を、書いています

依存しきっていた、毎日交わしていた言葉が無くなって、私の日々は表面上、穏やかです。

ただ何もせずとも、ぼんやり時間は過ぎていきます。けれど、壊れてしまった私の箍はどうしようもなく、今でも、あの人が何をしているのかを考え、頭のおかしヤンデレから解放されてきっと幸せなのだろうと想うのに、一言でいいからまたあのTwitterで喋ってくれないだろうかと待ち、いつものアカウントはいかないで欲しいと、願ってしまうのです。

愛しています、と、愛していました。どうか私のことを忘れて幸せに、と、今すぐ私と死んでくれたら良いのに。今、あの人に向ける言葉は何を想ってもぜんぶが矛盾していて、自分の往生際の悪さに、辟易しています。この恋に未来は無かったと、泥沼だと散々書き連ねてきたのに、それでも尚、この恋さえあの人さえ居れば私は他に何も要らなかったのにと、未練がましいことばかり想ってしまって、でもその数分後には、最低だと、あの人が私にしたきたことを反芻しては心の中で罵って。私はどうしたいのか、もう解らないまま、この文章を書き終えようとしています

私はこの恋をまだ教訓には出来ていませんから、お説教染みた、愛した誰かを大事にしてくださいだとか、相手を信じてだとかをこんこんと語る気はありません。この文章は何処まで行っても私の歪んだ恋愛録でしかなく、フェイクが多分に含まれている時点でその記録としても殆ど価値は無いものです。それでも、この飽きる程に長い文章が、愛しくて愛しくて堪らなくても上手くいかなかった、拗れて病んだこの愛情存在していたことが、このネットに残れば良いなあ、と想っています

2016-09-08

苦悩から得た掃除の心得

掃除に対する私の考えを書きます



掃除嫌いだった10代の頃

10代の頃は掃除は大嫌いで、滅多にしませんでした。

学校からもらったプリントは机の上に平積みにで、たまりまくって机から溢れて床に落ちてても知らんぷり。たまにしか必要のない美術教科書などは学校から定期試験前に持ってくるように言われるのですが、どこにあるか分からず前日に大慌てで探したことがしばしば。

定期試験勉強中は現実逃避から掃除がしたくなり(苦笑)、ちょっとやって試験が終わってから続きをやろうと思うものの、試験が終わったらプレッシャーから解放掃除せずにそのまま。

毎年春、学年が上がってそれまでの勉強道具が必要なくなったときにあまり確認せずに一気に捨ててました。そのせいで日記など当時の自分を知る貴重なデータが残っておらず、今になればとても悲しい状況です。。。



一人暮らしをして目覚める

20代になって初めて一人暮らしをし、掃除に対する意識が変わりました。

最初の頃は、部屋にそれほどものがなく掃除する必要もなかったわけですが、今まで家族と住んでいた時間から急に一人暮らしになると、それまで家族がいたせいで食事時間を合わせたり風呂の順番待ちなどに時間が取られることがなくなり、かなり時間に余裕ができたため、「暇つぶし」として掃除をするようになりました。

リビングは、週1で床や家具コロコロしたり、掃除機をかけるようになりました。エアコンは3か月ごとにフィルター掃除機にかけ、半年ごとにエアコンの中身を専用のスプレーで洗浄するようになりました。

また、実家にいた当時は全く意識になかったトイレ風呂場といった水回りを掃除することを覚えました。水回りって放っておくと一気に汚くなります。それをいかに抑えるか、掃除の回数や掃除方法だけでなく、普段の水回りの運用も考えていかなければなりません。



私がそのとき思いつき、現在もしている水回り対処法は次のような感じです。


風呂場>

トイレ

  • トイレ掃除は2週間ごとに行う。毎回便器専用のクリーナーとモップで丁寧にこする。便座は便座シートで丁寧に拭く。(当初は「ブルーレットおくだけ」などを併用していたが、特に効果は感じられず、色が好きになれなかったので使用しないことに)
  • トイレは、掃除を考えると「小」は立ってしない方がいい。

どちらも定期的に行うように習慣付けられるまでは時間がかかりましたが、習慣になればこっちのものです。掃除している人からすれば当たり前のことでしょうが、定期実行が掃除の1つの要です。



さら儒教的思想に目覚める

その後、とある中小企業事務系のバイトしました。毎日朝礼があって選ばれた人が自分の好きなテーマプレゼンするのですが、その会社社長儒教的な考え方の持ち主でいろいろと教わりました。


その中でも次の言葉が印象的でした。

自分ダメになっていくとき予兆が見られる。部屋が汚くなっていたりするのはその予兆である


人は精神状態が落ちていくと身の回りのことに力を注ぐことができません。掃除ができなくなっていくのは自分精神ダメになっていくということだそうです。逆に考えれば、普段から掃除をしている人は精神衛生状態がよく、向上心をつけることができるということでした。(その会社ではそれを実践するために、毎朝朝礼の前に掃除時間が設けられていました)

私はこの言葉に感銘を受け、掃除は怠ってはならないと決心しました。



まとめ

まとめると次のようになります



掃除の基本>

  • 定期実行(最初は難しいが、しばらく続ければ習慣になって、逆にしないと気持ちが落ち着かなくなる)
  • ながら実行(別なことをしているときに並行して行えば、気持的・時間的負担も少ない)

掃除とき心持ち

2016-09-02

何故投稿をするのか

私の投稿基本的に、本などの紹介や、ギャグの時以外増田を利用する。

理由としては

一つは、当たり前だけど法律家として文章だけで相手を説得することがまさに命と言えるからである

それに加えて、自分の思いをブログSNSで誇張するのはやはり邪道と思っている。

文章自分の考えを現したものでまさに魂の具現化といってもいいと考えている。

文章を、書くということは自分の魂でいかに人の魂を震駭できるかの真剣勝負

嫌われる覚悟必要

増田ブクマコメントの数やそれらがなくても実際に人からの評判でどれだけ他人の心を震駭できたかがすぐにわかる。

実際、文章を書くだけでブクマコメントをくれるほど人は優しくなく、常に自分の思いを投稿するたびに震えるほど緊張する。

駄文を書いてしまうと如実に評価は下がる。

まさに真剣勝負

しかし、自分の考えていることで人に勇気を与えたり、欺瞞偽善疲れた人を解放したいという思いがあるから常に書き続けたい。

そのような自分投稿ブログに載せたら、自分の魂に余計なものが入り真剣勝負でなくなる。

動物食べ物女性なら自撮りなどすれば、文章とは関係なくSNSに馴染むことは知ってる。

しかし、それは私にとって甘えであり、自分の思いと力量だけで人を震駭したい。

自分の魂の乗った文章を余分なもので汚したくないのだ。

から今日文章だけで勝負したい。

2016-09-01

anond:20160831021105増田

anond:20160831021105 へ

私も女だ。私もまゆが好きだ。あなたはよく彼女を愛したと思う。

一応、フォローを入れておくと、私は彼女を愛するというよりかは応援したい人間だ。

もう読まない、ここに戻らないのは知った上だけど。

男性向けジャンルの中で、女性がどうしても自分を反映出来ない苦しみだとか、

愛ゆえに世界観にのめり込んでいくのに、想定されているものと違う自分だとか、

そういった辛さは確実にある。

根源が愛の人間にとって、自分が大好きな世界から剥離していくのはとてもつらいことだ。

自己投影してしまうのも無理は無い、だって自分好きな人がxxを好きなとき、xxに自己投影したくない人間なんていないとおもうから

愛を決着付けられないのも当たり前のことですね。

からあなた最後まで彼女を愛し抜いたあなたには最大限のお疲れ様を。

愛の苦しみから解放されて、よかったのか、悪かったのか、きっとそれは未来あなたが決めることでしょう。

2016-08-31

スケジュールの押さえ方

例えば部長課長自分の3人でお客様のところに訪問するアポ取りを任されたとしよう。

その場合、私はいつも

1.お客様候補ABCの三つの日程を投げかける

2.部長課長のスケジューラーに3つの日程で「お客様訪問(仮)」の日程を入れ、他の予定を入れられないようにブロックをかける。

3.お客様から返事が来てスケジュールが確定したら、確定した日程を「お客様訪問(確定)」に替え、かつ残り2つのスケジュール解放する。

というやり方を取ってきた。

ところが最近気づいたんだが、もしかして普通サラリーマンって1.2の工程はしてない...?!

1.お客様スケジュール3つぐらい投げる

2.確定したら、その日程を部長課長に連絡

ってやってる?!でもそうしたら、日程調整してる間にみんなの予定変わっちゃわない??

みんなどうやってるの〜!?