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はてなキーワード: 一見とは

2017-03-27

ディストピアってユートピアの逆なの

一見理想郷に見えるけどそうでないってのがディストピアだけど

北斗の拳みたいな地獄みえて実際地獄ってのはなんていうの?

2017-03-26

素晴らしいキャラ作り

これだけネットが普及した時代でも、あまり知られていないマニアック趣味はある。

少なくとも殆ど日本人にとって、アメリカ女子プロレスはそうだろう。


そんなアメリカ女子プロレスの現チャンピオンは誰か、ご存知だろうか。

実は、大阪出身日本人なのだ

リングネームアスカ」、日本では「華名」の名前ファンに親しまれていた人物だ。


ちなみにプロレスは洋の東西・男女を問わず基本的興行第一スポーツである

大相撲と似たような世界と言えば、なんとなく分かってもらえるだろうか。

から試合も観客を熱狂させることが最大の目的であり、したがって流血や骨折といった、観客がドン引きするような展開はほぼ皆無である

言い換えるなら「魅せるのも商売」の最たる例である


では、件の大阪人彼女は、異国の地で何を魅せているのか。

なでしこジャパンゲイシャガールもしかしてアイドル?そのどれでもない、極めてオリジナルユニークキャラ作りだったりする。

即ち、殺気みなぎる不敵な笑みがチャームポイントの、


「ヒノモトの蛮族」


のものである

大阪的(?)極彩色」「鬼ヶ島の鬼」「安珍清姫」「片言の英語」が悪魔合体した感じだろうか。

というか、入場コスの振り袖と能面マスクが、首狩り族の儀礼アイテムのように見えたのは生まれて初めてである

ファイティングスタイルも強烈かつ容赦ない攻め方で、ダイナミックな投げ、鋭いキック、そしてトドメ柔道ばりの絞め技で失神狙い、まさに序盤中盤終盤とスキがない。

何より最後の絞め技が大蛇のそれにしか見えないのは大したものである


と、色々書いてみたが、百聞は一見に如かずということで、試合映像リンクしておく。

是非とも圧倒されて欲しい。


デビュー

https://www.youtube.com/watch?v=AUF_MadMPbw

チャンピオン奪取

https://www.youtube.com/watch?v=hXD65LaFiHk

防衛戦

https://www.youtube.com/watch?v=uZgjPWEfK4g


今後も見逃せない。

俺たち上級市民

爆サイ話題が出てきたタイミングで「貧乏人とは価値観が違う」エントリ書く人間もクソだけど、まんまと星つける連中も大概だな。

あれ、一見経済状況が人間関係に影響を与えるみたいな言い方してるけど、同調してる連中の目線は全部上から下だからな。

「俺たちのような上級市民」ていう意識を共有したいがためにもっともらしい理由自分を納得させてるみっともない連中。

やっぱ高学歴おばさんが今のネットマジョリティなんだろな。

日本では金使う遊びばっかりで貧しい!ドイツでは友人と散歩しておしゃべりする遊びが主流!」

こういったコメントにいっぱいお星さまついてたけど、みんなこんなのがいいんだ?

友人と散歩しておしゃべりって…そりゃたまーにならいいだろうけどさあ、友人とわざわざ時間合わせて遊ぶ時にそんだけでいいのかよ。

お互い忙しい仕事の合間をぬってスケジュール合わせてたまの休みを使って、で散歩。いや、いいよ?たまーにならさ?それが理想的だし当たり前になれって言われてもねえ…。

金使うことの何が悪いんだ?気の合う友人とせっかくだからお金使って飲み食いしたりカラオケとか遊べるところで遊んでもいいじゃん。

と金使って遊んでるからと言って、しゃべったりしてないわけじゃないしなあ。

そりゃ根源的なものだけ抜き出せば「友人と散歩しておしゃべり」だけでいいだろうけど、そんなんで間が持つの?みなさん普段コミュ障とか会話が苦手とか言ってませんでしたっけ?まさか「友人となら滞りなくしゃべれるし、もしそういう風に喋れないなら真の友人じゃない」とか言っちゃう童話青春ドラマみたいな考えしてる人が多数なのかな。人間、何年も生きてればそうじゃないって普通気づくはずだけど。まあ、間が空いても気にならない関係は確かにあるけど、その場合散歩中にぼーっとすんのか?たまの休みを使って間を楽しむ。ずいぶん粋ですね、みなさん。

つか、金払う遊びの中でも食事しながらの友人との会話ってかなり上質な遊びの部類だろ。別に家で作って招くのでもいいけど、それだと遊びというよりはなんかホームパーティーとかそっちの部類になるよね。

みんな、こういう一見して理想的なようだけど、絶対実行しないだろうみたいな概念が大好きだね。

あと「心が貧しい」的なマウンティングもみんな大好きだね。「心が貧しい」なんてただの言いがかり以外の何物でもないのに。




http://anond.hatelabo.jp/20170325194531

2017-03-25

[]よくある質問

真面目に答えず、出来る限り嘘と虚構を織り交ぜて答えていきたい。

Q.たまに「人と関わりたくない」と言いながら、そのことをネットで発露する人間はどういうつもりなのでしょうか。

ほら、映画とかであるだろ?

自分の顔を紙幣に」みたいなことを言う奴。

一見すると遠慮しているように見えるけど、その実は主張が激しいという決まり文句

それみたいなもんだ。



Q.ヌーヴェル・ヴァーグってハンバーグの種類ですか?

ああ、そうだ。

ジャンプカットされたバンズや、ボイスオーバーのパティがふんだんに使われていて、それが当時は画期的だったらしい。

潮流は私が生まれるよりもずっと前になくなっていたようだが、今でも調理法現代に残っていて、実写映画だけでなくアニメなどでも使われている。

特にシャフト」というスタジオは“アニメ界のヌーヴェル・ヴァーグ”と呼ばれているらしい。

……おい、はてなキーワードヌーヴェル・ヴァーグあるじゃないか

私を弄んだな、この野郎女郎

畜生が、分かっていればこんな質問に乗っからなくて済んだのに……。



Q.この世で最もナンセンスなことは何ですか。

シャマラン映画で何が最も好きで、何が最も嫌いかを語り合うことだ。

2017-03-24

ネトゲでBANのボランティアをしていた

当時、女子高生であった私は、ドフスというネトゲにそこそこの労力と小遣いを注いでいた

そこそこの熱意も持っていた私は、視界をうろちょろと走り回る業者bot殺意を抱いていた



業者の様子をスクショで撮って公式フォームから通報したり、PvPを仕掛けて殺す事もあった

中立キャラである業者を殺してカルマ値が下がり、PvP状態が解除不可になったりと難儀な目にも遭っていた



業者が減らず、人が減っていく中、ドフスはボランティア募集し始めた

イベント企画するサークル等があったが、私が目を惹かれたのは「火サークル」というボランティアだった

曰く、迷惑プレイヤーをBANするボランティアであるらしい



これならば、と私はそのサークルへの参加希望を出した

そして火サークルの一員となり、専用のアカウントキャラを与えられた。専用という事でちょっとクワクした

一見すれば「サクリエール」という通常のクラスキャラであるが、

専用であるからして、やはり通常とは違う。それは下記の通りであった



・他プレイヤーに見られないよう、常時透明化

地図ダブルクリックすれば、フィールドのどこにでも行ける

・透明化しているか意味はないが、色・性別を変えられるポーションが与えられた

・「火サークル」というギルドにあらかじめ所属している

・何より、他プレイヤー右クリックすると、「このキャラをBAN」という旨の項目がある



そんな火サークル活動内容と言えば、各地のパトロール・そしてBAN

私はすぐさま、業者跋扈するパンダワの地域へと移動した

これでようやく、あの煩わしい業者どもが消え去る……!

その希望をこめて、私は業者右クリックし、BANを押下したのだった



結果どうだったか

業者は相変わらず元気に動き回っていた



サークルのBANは、速効性のものではなかった

すぐに消え去らない業者を見て、すぐさま公式質問してみたが、

IPを頻繁に変えている相手だと、上手く効かない。その内消えるからよろしく」と説明された覚えがある

ただ、目の前でBANしたというのに、相変わらずちょこまかと敵を狩り続ける業者を見て、本当に効いているのかと疑心を抱いた



それでも数週間、私は活動した

業者特に湧く地域を中心にパトロールし、「業者いるし火サークル意味ねーじゃん」という陰口にうなずいた

だが、私以外の火サークルメンバーは、次第にログインをする事がなくなっていった

(火サークルギルドは通常のギルド機能が同じ為、他メンバーの最終ログイン日が見れてしまう)



しばらくして

周囲のログイン状況に呑まれ

ある日から、私の最終ログイン更新される事はなかった

結局は私も、火サークルとしての活動を停止した





そんな経験があった事を、ふと思い出した

「火サークル所属している事を公言しないように」と言われていたが、

そう言っていたドフスの日本支部は、今はもうどこにも無い

2017-03-22

日本ポスト主義化と経済成長のまいた種

20世紀公共交通一強の時代が長く続いた。交通手段公共交通こそが超大国だった。世界から評価される、エコ経済的バリアフリー…多くのヒト・モノ・カネが鉄道界隈に集まり鉄道を中心に都会が動いていた。この流れからの大転換が日本人ポスト主義化だろう。

新自由主義を掛け声に、公共交通破壊蔓延する。貧民の末裔権力を手にした公共交通はあまりにも汚物象徴になってしまいそうだ。その一方で、自動車バスオートバイの躍進はそれを象徴としていて、過去には暴走族があったが日本人努力によって脱却している。

都会の宝、交通象徴という特性をより伸ばしていくことで発展を続け、世界中の人に優れた都市交通の手本を示し続けた日本だが、逆に言えば、その普遍的テーゼを失ってしまえば価値は大きく低下することになる。鉄道だけとっても他の国の方が優秀そうで、利益公益バランスが取れているように見えるのが、事実だ。

今はまさに分岐点を通過した直後だが、今後はさらに鮮明になりそうな気がする。日本私鉄がそのまままるごと公営化されたりとか、自転車であふれている都会の繁華街などが、いつの間にかバスオートバイに変わったりとか。日本の古きよき光景も変わることになる。



2010年代以降のメインカルチャーがまるで低迷する一方、今日繁栄する文化には共通点がある。どれも経済成長期に台頭した文化だということだ。自動車オートバイだけではない。たとえばオタク文化なんかまさにそうだろうし、特に漫画アニメが目覚ましい発展を遂げた。

最近息を吹き返した据え置き機ゲームも、ソシャゲと言われているオンラインゲーム台頭前は主流だったし、日本大衆ゲーム文化京都花札屋が原点にある。素晴らしいゲーム一見価値があるので、中古ショップオンラインで買って一度遊ぶといいよ。

急激な経済発展を遂げている商業出版界隈だって高度経済成長多様化した。太田出版と言えばサブカルチャーイメージで、過去には完全自殺マニュアルの苦い歴史があり、元少年Aの出版を引き入れたと言われてはいる。しかし、それを除けば普通サブカルチャー本ばかりだ。

すべては「高度経済成長のまいた種」である日本の文化自体がそう。たまたま20世紀には、メインカルチャーが一強構造だったが、21世紀にはそれがサブに、下層に、未知の領域にすら分散しているということ。これをどう付き合うか、私たちも考える必要がある。

同人誌販売オートバイを利用する若者は今では当たり前だという。いずれも昔は有り得なかったものだ。今でこそ中高生でもできるような商業デビューアプリ作成も昔なら不良文化(私の父が高校時代小説出版で当時のお金で何十万円数百万円かもらって停学になりかけたことがある。)で、そのイメージを払拭したのが1980年代2000年代若者たち。これが今の現実の礎を築いたんだろう。

2017-03-17

http://anond.hatelabo.jp/20170317120058

人が良さそうな外見してるのと実際につけこまれ性格してるのは別の事だろ

サイコパス一見良い人そうに見えるのはよくある事だし、そういう奴が他人いじめ自殺に追い込む事だってある

http://anond.hatelabo.jp/20170317001852

なんかベイマックスの時もこういうノリの人多かった気がする



んでポリコレに縛られててうぜえとか言い出すのが出て来るのも定番だが

ディズニー恋愛入れなかったり、一見女児向けなのに内容を少年漫画風味にするのは

恋愛を入れると子供にウケなかったり親に嫌がられる(男児は勿論幼い女児もオッサンが思っている程は恋愛に興味ないし

親も恋愛に興味ない娘にわざわざ女=恋愛脳と言う刷り込みをさせたくないと考える人は多い)

&女主人公ものだろうと男児ターゲットにしているから、ってだけなんだけどね

アメリカ子供向け映画第一選択肢ディズニーであって、日本みたいに日本の子アニメが先に来る訳ではないし

男児特撮女児プリキュア」みたいな性別による明確な区分もないか

2017-03-16

増田を金にする方法

 自分のクソみたいなブログ晒しても一日あたり4hitもしないであろう宿便みたいな記事が、

 増田に晒されただけで400ブックマークを稼ぐアナ雪なみのヒット作になるのはよくある話で、

 それは記事の質の良し悪しではなくて、「多くの人の目にふれやすい」という、

 単純きわまりない広告術の初歩の初歩のせいなんだろう。うんこ


 増田は人目が比較的多い。

 ということは、宣伝媒体として結構便利だということだ。

 少しケツの穴の広い企業、たとえば日本広告会社としては最大手とされる便通だったら、

 はてな裏金を渡して増田にそれっぽい宣伝記事を大便させ、

 自演ブクマアクセスを伸ばすことも考えるかもしれない(もうやってたらごめんなさい)。うんこ

 良い商品が安く宣伝できる。企業も儲かる、はてなも儲かる、消費者ハッピートリプルクラウンこだ。


 ところがはてなユーザーは「金のにおい」を蛇蝎のごとく嫌う。

 すこしでもステマが関わっていると秒で喝破し、

 特に証拠もなく「宣伝だ」「金もらってんのか」「互助会だ」「オソマは食えない」と口汚く罵る。

 それ以前に、宣伝記事宣伝として書く(たとえば、「風呂排水口に詰まったうんこが落ちまくる洗剤みつけたったwww」的な)とブクマは伸びない。

 人が増田に求めるのは、笑いか、劣情の解消であって、日々の生活のお役立ち情報などではない。


 ではどうするか。 

 笑いか劣情を満足させる記事さりげなく商品を紛れ込ませればいいのである

 一見、いつもの俗悪なバカ増田記事

 しかしてその実体は億の人々によりより消費生活を推奨するステマ記事

 これだ、このメソッド年商百億は固い。三ヶ月間溜め込んだ便秘のようにかたい。


 実は、本記事もそのメソッドを応用して書かれたものだ。

 インテリジェンスに満ち溢れた本文に、極めて巧みに商品存在が隠されている。

 しかし見た目は違和感のないバナナ型のうんこのように健康的で自然なその文は、あなたの脳に眠る「ある欲望」に働きかけ、それが欲しい、と思わせているのだ。 

 もうあなたは逃れられない。

めちゃくちゃ恥ずかしいことに気が付いた

俺はオタク趣味なのだが、それを普段はおくびにも出さないように気を使っているし、そんな素振りを見せないようにしている。

しかし、今日ふと気が付いたのだが、俺は長年こうやってオタク趣味をひた隠しにしてきたせいか、心のどこかで「もし俺がオタク趣味だと知ったら周囲は驚くんじゃないか」みたいな自意識を芽生えさせていたようだ。

まり、俺は自分のことを「オタク趣味だと一見してわかるようなキモオタとは違う」みたいに思っていて、さらには「それを周囲が知ったらその意外性に驚くんじゃないか」的な思い込みをしていたのだ。

客観的に見てかなり気持ち悪い自意識だ…と気が付いて愕然とした。

「強面の人が実は可愛いもの好き」「美人のあの人が実は腐女子」みたいなありふれた意外性にすがっていたことが気持ち悪いし、何より自分ものすごく価値がある存在みたいに思い込んでいるのもキモすぎる。

そしてなにより、自分の見た目を改めて客観的に見てみると、「普通にオタクっぽい」というところも滑稽なポイントだなと思った。

普段は「ああはなりたくない」と思っていたTwitterあたりにいるイキがったオタクたちと根っこでは俺も同じだったのだなと。

自分自分が思っているよりもギャップなどなく額面通り見た目通りの人間であり、内面で大切にひた隠しにしていることなど案外他人から見ればバレバレ価値のないものなのだなという気にもなった。

http://anond.hatelabo.jp/20170316172433

一見、「未来ことなんて自分関係いから知らんがな」って読めるけど、「未来をダシにして今を食い物にしている連中に物申す」って感じだよね。概ね同意できる。

2017-03-15

私はかつて差別主義者だった、『けものフレンズ』を観るまでは。

 私はかつて差別主義的なケモナーだった。

 ご存知のようにケモナーには様々な派閥存在する。

 メスケモ派、オスケモ派にはじまりマッチョ派、モフモフ派、デブ派、ショタ派(なぜかロリほとんど見ない)、モンスター派(極左人外連)、トランスファー帝国肥大化公国、融合辺境伯領、ロイヤル竜奇兵連(ドラゴナーズ)、爬虫人類委員会レプタリアンズ)、キグルミ派、母性探求派、海生動物会議(「海の人々」)、四ツ足派だけどズーフィリアじゃないもん派(愛ケモ主義極右)、丸呑みだけが人生だ派、卵胎生出産教会インターレイシャル(人×ケモ)派、反インターレイシャル派……

「天はケモナーの上にケモナーを造らず、ただし、ケモナーの横には無限ケモナーを造った」

 とは近代日本における先駆的ケモナー福沢諭吉名言である

 産業革命以降の通信技術の発達は、孤独だったケモナーたちに「同好の士」を発見する機会を与え、ファンダムの拡大に成功したものの、

 同時に細かな嗜好の違いによる派閥対立をも生じさせ、その軋轢がついに二度に渡る世界大戦の引き金となったことは今更説明するまでもないだろう。

 そうした争いは近年まで衰えることなく続き、いつしかケモナーたちは「派閥が違えば殺し合って当然」という野蛮な虐殺言語所与のものとして生きるようになっていた……。


 私もそうだった。

 私もある狭い派閥こそ唯一かつ至高と信じ、他者排除差別によって所属派閥への帰属意識を高めていった。

 派閥意志に叶うと思えば、喜んで我が手を血に染めてきたし、かつての友人たちをためらいなく2ch晒した。

 なかでもいっそう劣悪とされ、他のありとあらゆる派閥から敵視されていたのが「ケモミミストである

 サイバーコネクトツー・スペクトラムでいうところの「レベル2」。

 「ニンゲン身体に、ケモミミ(としっぽ)がついてさえいればよい」とする日和見主義的邪教徒たちだ。

 彼らにはケモコミュニティ内において最初から人権など与えられてこなかった。

 なので、ふだんは「一般人」に紛れて潜んでいたのだが、ときおり何かの間違いで何も知らない”レベル2”がケモコミュニティに迷い込んでくることがあった。

 多くの場合、彼らは痕跡も残さずにコミュニティから「除去」された。


 中道過激派秘密ケモナー警察あいだで流行ったジョークにこんなものがある。

 「”レベル9"(いわゆる真性の獣姦嗜好)はケモナー以上に進化してしまったケモナーだ。だから畏敬をもって殺す。

  ”レベル2”はケモナーになれなかったケモナーだ。だから哀れみをもって殺す」

 私も彼らを憎んだ。

 でじ子の肖像を何枚も焼いたし、それ以上におぞましいこともやった。


 

 現代ケモナー社会は、あらゆるケモナーには自分自身同胞である他のケモナーの「性欲」を認め、尊重することができる能力、そして性的志向の善し悪しについて自ら判断する能力があるというフマニスト的前提をもって、各人に普遍的ケモナー権を付与しようとしてきた。

 一見それは理性的合理的、かつ人道的な判断基準なように思える。

 だが、人は他者の良い面よりも悪い面を重視する傾向にあるようである。それが上記のような派閥争いとケモミミスト蔑視の引き金となったのである



 だが忘れもしない2017年の某日。

 私は『けものフレンズ』を観た。

 もちろん、観る前は”レベル2”だと貶していた。

 しかし、一種社会現象となるにつれ、そして「一般人」たちがけもフレを「ケモナー」と結びつける言説を多く弄するになるようにつれ、私は「世間無理解を忠実バラなぬ」という一種義憤から、けもフレを鑑賞したのである


 最初はなんと退屈でつまらなく、くだらないアニメだろうと思った。

 だが、一話の終わりにさしかかったあたりから胸がざわめきはじめ、

 画面にかじりつくようにして二話に没入し、三話を見終わるころにはすっかりフレンズたちに魅了されていた。

 のみならず、こう思うようにさえなっていた。


「これは”われわれ”について語られた、”われわれ”のためのアニメである」と。


 ケモナー一般に受けいられる性的志向ではない。というか、世間的には性的志向ですらないと考えられがちだ。

 同胞たちは自分たちの好きなものカミングアウトできずに日々気持ちを圧し殺して生きている。

 ファンダムとは、そうした「のけもの」たちを包摂するために存在するやさしいシェルターではなかったのか?

 それがいつのまに、我々自身から「のけもの」を作り出し、排除し、殺し合い、差別するようになってしまったのか――


「姿かたちも十人十色からこそ惹かれ合」い、「みんな自由に生きている」場所

「飾らなくても大丈夫」な場所

 それこそが我々が最初に求めたファンダムのあるべき形ではなかったのか?


 蒙が啓かれるとはまさにこのことだった。

 すべての教えは『けものフレンズ』のなかにあったのだ。 


 私はいてもたってもいられなくなり、地下壕から出て地上へとあがった。


 灰色廃墟が広がっていた。

 だが、つい先刻まで鳴り響いてはずの銃声や悲鳴はすっかり止んでいた。

 地には戦車ではなく瓦礫の影で戯れる少年少女が、空には爆撃機ではなく大きな翼の鳥たちが遊んでいた。

 こんな穏やかで静謐時間はどれくらいぶりだろう?

 まるで、あらゆる憎しみが「ぼくのフレンド」に包まれて溶けて消えてしまったのかように。


 私はあてもなく、ただ何かにつきうごされるかのごとく歩いた。

 そして、数分もしないうちに反対側の地下壕から出てきたであろう年老いた男と出くわした。

 老人はあきらかに”レベル2”であった。

 ふだんなら我々の姿を見て怯えて眼をそらすはずの彼らが、瞳に決意をたたえ、凛としてこちらを見据えている。


「きみも、観たのかね?」

 そう老人は問うてきた。

 私は無言で頷いた。 

 頭を傾げた途端に、一条の熱い何かが頬をつたい、顎からしずくとなって焼けた大地に滴った。

 涙を流している、と自覚したのは、湿った点が地面に染み込んで数秒経ったころである

「私は、私たちは」とうわずる声で私は言った。「許していただけるのでしょうか。あなたたちとフレンズになることは……できるのでしょうか?」


 老人は痩せこけた顔に、穏やかな微笑を浮かべて応えた。

「笑おうじゃないか。ともに笑ってみよう。

 高らかに笑い、笑えば、フレンズなのだ

 喧嘩してすっちゃかめっちゃかしても仲良しに戻れる」   


 そうとも、と老人は私の肩を叩いた。

 ここが、われわれのジャパリパークなんだ。

 われわれは『けものフレンズ』というサンドスターを通過して、今一度生まれ直したのだ。

 まっさら状態で。

 だから、ここからはじめよう。 

 本当の愛は、ここにあるのだよ。

2017-03-14

タラレバは古い、時代逃げ恥」みたいなこと言ってる女が浮気してたりするよね

優しくて誠実な人と結婚したいって言ってその通りの人と結婚したのに

優しくて誠実に見えるイケメン浮気しはじめたりする奴わんさかいるよね。

 

自分自分を不幸にしたがってるようにしか見えないやつものすっごいたくさんいるよね。不思議だ。

あと文章上手くて一見賢そうな女になぜかそういう奴多いんだけど、あれなんなんだろうな。不思議だ。

自動運転は完全に70年後に実用しました

こちらの次元では少し時期を促進させるために、完全自動化をする上でのターニングポイントを予め通知することにしました。

尚、文章作成するにあたってこの時代AIネット文献の力を借りていますおかし表現文章があったらご容赦願います



自動化の一番の課題は、全てを自動化させない限り事故リスクゼロにできない点でした。

そしてそこには、機械にはなかなか理解することのできない、人間動物的な感覚が要因としてありました。

その部分を人間が認めず、我々が発見できないことが完全自動化拮抗させる原因になっていました。



囚人のジレンマ言語化されている問題があります

集団スコアが高くなる行動が明示されているにもかかわらず、個人スコアのために集団犠牲にしてしまうという生物特有利己的な行動です。

我々がどれだけ交通量全体を最も期待値の高い状態で維持しようにも、そこに非自動運転の車がたった1台でも存在するだけで全体のスコア頭打ちになってしま問題を抱えていました。

また、自動運転同士の事故の原因も長い年月の間特定が出来ずにいましたが、それも結果として手動運転が原因だという結論に至りました。

手動運転予測が困難なことで常に全体スコアの再計算必要になり、再計算命令の実行とのラグが原因で事故が発生していたのです。

しかしそれは手動運転存在したブロックとはかけ離れた、一件関連性の感じられない場所における事故だったために原因の特定までに多くの時間必要とすることになりました。

手動運転存在する周辺における計算修正は限りなくラグがない状況にまで達することが出来ましたが、問題は波状に広がる命令が互いに特定状況下で干渉し合うことにありました。

あなた方がバタフライエフェクトと呼ぶ現象に似ていますが、静かな水面に水を一滴垂らしときに広がった波紋が、壁面に反射して段々と模様が複雑になっていくように制御が崩れてしまうことが原因だったことで、関連性の特定が困難になっていました。



前置きが長くなってしまいましたが、手動運転を完全に人間に諦めさせるために最終的に行ったことは車の窓をなくしたことでした。

一見不思議に感じられるかも知れませんが、そのヒントがちょうど存在しているこの時代からこそこうしてこの内容を記載しています

そのヒントとは、高層ビルを走るエレベーター運用方法です。

あえてエレベーター現在位置を知らせないことで、もっと効率よく運用でき、尚且つそこで待つ人間ストレスを軽減することに成功しているというものです。

まり人間相対的位置関係を知ることでストレスを感じる生き物だということを知るヒントになりました。

しかし、第四次エネルギー革命以降には、エレベータービル間もまたぐことができるカプセル単位での高速移動に変化したため、その知識ロストテクノロジーになっていました。

エレベーター制御AIネットワーク化される前の時代情報だったために発見に膨大な時間を要しました。



車の窓をなくして正しい到達予測時間を伝えておけば、交通状況や現在位置に対して人間が抱えるストレスは大幅に軽減されました。

風景が見たいだとか、運転に主導権を失いたくないだとかい人間的な考えを尊重しようとしたことが大きな遠回りになったのです。

その代わりに、エンターテイメント仕事生活など、別のものに集中できる空間提供しました。

そのことによって、移動は生活シームレスにつながることができ、最終的には自動運転義務から手動運転禁止までをスムーズに行うことが出来ました。

まり、この時代においてついに交通という概念をなくすことに成功したのです。

そこに至るまでに長年つまづいたもの象徴が窓でした。

これから自動運転開発がまさに始まろうとする今だからこそ、そしてエレベーター効率維持が機能している今だからこそこの忠告をおいておきます



自動運転の開発は、窓をなくすことを前提で行うこと。

車の延長ではなく、生活の延長として交通という概念を無くすことを目的とすることで、完全自動運転化に至るまでの時間を30年は短縮できるはずです。幸うんこ祈ります

2017-03-12

ブルブル病

さっきイッテQ観てて、出川が綱を渡る時に足がブルブルしてて、

「はじまったよー」「誰か止めてくれよー」とか言ってて、それを見ながらゲラゲラ笑ってたんだけど、



そういえば、私もブルブル病。



3年前に転職した会社の朝礼、順番に日直がまわってきて、本を朗読させられる。

朗読し終わった日直が誰かを指名して、指名された人はその本の内容について感想を述べる。



一見感想を述べる人の方が難しそうだが、私は朗読すらできない。

周囲は優しい人達ばかりで、誰一人厳しい目で見てないのに。

それなのに朗読ができない。出川の様に足がブルブルと震え、声が上擦り、過呼吸の様な状態になる。


入社してすぐにその症状に気付き、恥をかきたくない一心で、心療内科に行った。

あがり症の方は意外に多いですよ!」と、お薬を出してもらった。



日直の日の朝、薬を飲む。

薬が効き始めるのが1時間くらいか

「薬はちゃんと効いてるのか?」と、ドキドキしながら朗読を始める。



順番に日直がまわってくるんだけど、私の前の人が当日欠勤すると、私が日直をやらなきゃいけなくなるかもしれないので、

自分が日直になる前々日からキドキしてる。

そのドキドキを消すために薬を飲みたいけど、

飲むと気怠くなって、眠くなる。仕事に支障が出るから「ここ!」って時以外が飲みたくない。




日直じゃない日も、指名され感想を言わなければいけないかもしれないので、気が抜けない。

「またブルブルが始まるんじゃないか。」「指名されませんように。」と、願いながら1日が始まる。

指名されると、ブルブルと何かしゃべってる自分がいる。

なんとかしゃべり終わっても、なぜかしゃべり終わった後にブルブル病がやってくるから不思議だ。




そんなこんなで、なんとか乗り切りながら、もうすぐ3年が経つ。

人としゃべる事はとても楽しいし、仕事やりがいがあって好き。

まれ環境にいる事も実感しているのに。




だけど、朝礼の事を考えるとそれだけで鬱になり、会社行きたくないと思ってしまう。

なんとか克服したくて日々模索してる。朝礼の事ばかり考えてる自分バカみたいでツライ。

2017-03-11

http://anond.hatelabo.jp/20170311215631

一見まともそうな人でも

都会・田舎みたいな呪縛に縛られてんだね

http://anond.hatelabo.jp/20170310223924

んー、結構こういう話初めて言うかもしれない

本気で言うのは多分初めて



上も下も見たらキリがない

私も似たような境遇(親は健在なのでピンピンコロリを神々に祈る日々)




一番大きいのは友人

この人がいてくれるから何とか生きてける

妻子持ちのナイスガイだが、

つらい時に相談に乗ってくれる

たまの遊びに付き合ってくれる



カネはほしいが、

上を見たらキリがない

からすれば、

私よりたくさんカネを稼いでいるであろう人間の大多数が、

まあそんなくだらないばかみたいなゴミみたいなものによくもカネを落とすものだというものに散財している

英会話教室に90万カネを払ったとにいまだろくすっぽ英語が話せないという男もいた

お金がなくても、楽しく過ごせる人がいる私は、90万ごときゴミみたいなはした金では決して手に入らない素晴らしい友人がいることを神様感謝している



東京に出ていってる連中はカネに目がくらんでいるとおもっている

カネがなくても何とか生きていけるという私を、

負け惜しみだとか、

金持ち連中に飼いならされた負け犬だと言うゾンビが居る

別に負け惜しみじゃなくて、

幸せを見失ってカネばかりを追い求めて鬱や自殺の恐怖に脅かされる日々を過ごすくらいだったら、

貧乏でもささやか幸せを探す方がよっぽど良いと思っている

正直、ラグジュアリーな富を見せびらかされると、羨みやいらだちを感じることは確かにある

でも、

私のことなんか誰も分かってくれないという苦しみを抱えてまでカネを稼ごうとは思えない

張り詰めた空気の中で生き続けながら帰郷を拒み続けて心を深刻に病んだ人を見て、私はその思いに拍車を得た




都会できらびやか生活一見送っていそうに見える人でも、

一皮剥けば、

自我が8割9割毀損しているようなゾンビのようなひとびとを、私はたくさん見てきた

貧乏が良いとは言わない

田舎ギリギリ生活をすることが良いとは言わない

ってかカネは欲しい

カネはめっちゃ欲しい

狂おしいほど、小腸大腸盲腸ねじれきれるほど、カネは欲しい

だが、





心がゾンビになるくらいだったら、

貧乏のほうがほんのすこしだけ僅かにマシだと思う

2017-03-10

常識って大事

赤塚不二夫さんは常識人じゃないとギャグは生み出せないと言ったという

嘉門達夫さんはちゃんと本家許可を得てから替え歌を歌った

一見ハチャメチャな人でも常識という土台があるから称賛される

常識があるからこそやっていいこと悪いことの境界線を見極められる

目立とうとしてハチャメチャな人の表層だけを見てマネしてると痛い目を見る

2017-03-09

日本文化って歴史的栄光に反して現代ブランドイメージが低過ぎるのは何故?

http://anond.hatelabo.jp/20170309234833

あの発展途上国イギリス中国クラス歴史遺産クラス文化あったか



日本文化がここまで落ちぶれたのは、日本人韓国台湾コンプレックスで落ちた日本国民人間性責任じゃないの?

車社会コンプレックスとか、バイク乗りの高校生大学生とか、ポルノを叱れない大人とか。行き過ぎた統制主義とか。

秋葉原話題の続きだけど渋谷

一見外国人でにぎわうほどの栄えている地区だが、

鉄オタスポットが昭和時代に激減し路面電車が早期に消滅

1970年代にやっとブランドイメージ確立されたが、1980年代オタクの町として栄えるも10年も長続きせず。

挙げ句の果てに不良問題解決の遅れでイメージダウン

山手線バイパス1996年2008年にやっと開通。

ギャル文化あぼーん

おまけに今度は左翼運動事実上ホームグラウンド宣言と来た。

なにげに子育て支援のあつい市に住んでいるんだけど。

私の住むA市は昔から貧しくて住民のガラが控えめに言っても悪い事で知られているらしい。(私自身は他県出身者なので伝聞で知るのみなのだけれど)

まりにもA市が不人気なので地価が周りの市よりも大分安く、お陰で家賃も安いので、助かるが。

実は地価が安い事以外にもA市には良いところがあって、それは子育て支援が手厚いことだ。

狭い市なわりに保育園は充実しているし、料金も安価。ちゃんと機能している児童館があり、学童保育もあり、子育て支援センターがあり、公共スポーツ施設では子供向けの安いスポーツ教室が多数ひらかれているなど、子育て世帯にとってはここは穴場だ。

それでも全体的に印象が悪いし、ベッドタウンとしては優秀でも仕事も無ければ遊ぶ場所もないので、あまり住みたい人は多くないらしい。

旦那さんが国家公務員をしているという知人から聞いた話では、

「こんな所に住んでると同僚達に対して格好がつかないので、地価が高くても保育園がなくても境界を一歩跨いで隣のB市に住みたい、と、旦那がゴネてて困る」

のだそうだ。

(ちなみに知人の家はB市との境界線のすぐ側にある)

子育て支援は充実しているが市は不人気で段々過疎りつつあるので、私の育児ライフ最初の数年はかえってとても快適だった。

運動公園子育て支援センター児童館、市立幼稚園、市運営する習い事etc.どこに行っても空いているので、のびのびと子供を遊ばせる事が出来た。各所にいる指導員さんや先生達も気持ちに余裕があって、おおらかに子供達と接してくれる。その為か土地の子供達もまっすぐで穏やかな子へと成長していっている様に見える。

ところがここ二年ばかりで状況が急激に変わりつつある。

というのも、子育て支援センター児童館や市の習い事がやたら混む様になった。

その原因はというと、各種子育て支援事業フリーペーパーインターネットなどを通じで広く宣伝されるようになったからではないか?と私は見ている。

あるいは、保護者情報収集能力が上がっている。

今、施設利用者の多くが周辺の市から来た人々である

運営習い事に通う子供達のほとんどが他市の子供達で、A市の子供達が応募に受からないという事態になった。

元々A市は貧しく情弱の多い地域である。実は市内の幼い子を持つ親達はA市の子育て支援事業が充実している事を意外と知らない。

何もしらずに昭和みたいな密室育児祖父母頼みの育児で頑張っている人が多い様だ。

A市の保護者は他市の保護者情報戦で負けて各種サービスを受ける機会を逸している、ということ。


多くの子育て支援事業納税者ではない人達が好きに使っている、というのがどうやらついに問題として行政から認識されたらしく、次年度からは多くのサービスで市外出身者の利用を制限する事が決まった。

子育て支援センター等で無料で開かれていたイベント講習会などが一部取り止められたり有料化され、市民と市外民とで応募枠と料金が差別化された。

運営習い事にも市外民の利用には大きな制限がかけられる事になった。


そういう訳で、来月からはまたA 市の子供達とその保護者ガラガラ施設のんびり遊んだり学んだり出来るという訳だが、今度は人が来なさすぎてせっかくのサービス予算が着かなくなったり廃止心配が出てしまう……。

A市の保護者乳幼児を0歳から保育園に入れて朝から夜遅くまで働かなくて済む人は多くはなく、よって市営のベビーマッサージだの親子水泳教室だのは間違いなく閑古鳥が声高に啼いてしまうだろう。


そんな状況にもモヤモヤを感じずにはいられないのだけれども、それ以外にもとても気になるのが、市外から子育て支援センター児童館を利用しに来る人々の事だ。

そういう人は殆どが職を持ち一年前後の育休中である子供は小さい子は生後一ヶ月に満たず、大きい子は一歳くらい。

そういう保護者の話を聞いてみると、大体の人が沢山の施設ハシゴしてまわっている。

ある人は周辺数市の支援センターを全部周り尽くして、ここが最後の一軒だと言っていた。

一年程度の限られた期間そうしてベスト支援施設を探して放浪の旅をすることに費やしている。

ハイハイもままならない赤ちゃんをたった一、二時間遊ばせる為だけに、車で往復一時間以上かけて、育児道具フルセットを詰めた荷物を背負ってやって来る。


どこもかしこも気に入らないと言う。

曰く、子供がグズってしま施設に馴染んでくれない。

曰く、施設職員があまりフレンドリーではない。

曰く、どこも数人のママ友グループが出来ており、誰も話し掛けてくれない。

要は、一見でパーフェクトに快適な施設でなければ二度目はないという事らしい。

なんだか、受験戦争就活的な逼迫感があり、育児の楽しさが無さそうだ。

一体何がそんなに彼らを追い立てるのだろう?

2017-03-07

http://anond.hatelabo.jp/20170306235934

俺もテレビはまったく見てないけれどもうすっかりテレビ日本自画自賛番組しかいからね。

あれほど主語の大きさや言葉には敏感なはてなーがこれほどまでに毎回のように話題に出すくらいなのだから埋め尽くさんばかリなのは確実だろう。

こんなにまで自画自賛してくだらない国旗を掲げて国歌を歌うような国は日本だけ。

からこそ俺たちはてなーのような正しき人々はカウンターとしてどんなに一見日本関係ないニュースでもそこに日本の悪い点を見るべきであり、

でもそれ日本でもきっとそうですよね?かなり昔になりますけど多分日本でも同じことありましたよね?これは日本未来の姿ですね?といい常に日本日本人反省を促し続けるべきなのだ

この増田の言うようにそれが正しき道なのだから

2017-03-06

ポカリスエットCM気持ち悪くない?

一見すると仲睦まじい母娘なんだけど、何かうすら寒いものを感じる。

庭に夫の死体が埋まってそう。

2017-03-05

燕とswallow

英語のswallowには、「つばめ」という意味と「飲み込む」という意味がある。

日本語の燕には、「つばめ」という意味と、口はついてしまうが嚥には「飲み込む」という意味がある。

この「つばめ」と「飲み込む」という、一見かけ離れた2つの意味が、少なくとも英語日本語では(ほぼ)同一の文字で表されてるのが不思議だ。

似たような例は他にもあるんだろうか?

2017-03-04

http://anond.hatelabo.jp/20170304132425

最近アイドルはもう「見世物」ではなくなった。

 

あの作品アイドル=カワイイを脱却できていると思う点は大きく二つある。

ひとつは、主軸として「(私達で)終わりにする」物語だというところ。

カワイイという他人に媚びた、というと言い方が悪いが、他人のウケに依存する状況を続けていると、

どうしても商業的になってきてその「カワイさ」を演じ続けることを強いられるようになっていく。

それは現実的に考えても辛いことだし、アニメはい女性人間、歳をとり成長し進学就職していくもの(=ずっと一緒には居られない)というリアル思考が、暗黙的にキャラクターたちにも存在していた。

そこで彼女たちは、アイドルという青春を引き伸ばす道を選ばずに、作中にして若干1年、現実声優ユニットとしても5年で「おしまいにした」。

それも、人気の絶頂最中でその決断を、予め意図したとおりに断行した。

その振る舞いには、これまでのアイドル文化に対して投げかけるような強烈な思想を感じる人もいるだろう。

作中のライバルグループは、メジャーデビューして続けていくことを選んだが、

彼女らはそれを否定するでもなく、「私達がどうありたいか」という思考を大切にした。

その思考について、本編だけでなく劇場版の過半をそれに割いてまで、伝え続けた。

そういうところが非常に現代的だと思うし、観る者に旧来のアイドルからアップデートを促すようにも感じられる。

 

ふたつ目は、作中における「カワイさ」の表現について、あくまでも彼女自身の「カワイイ」観・美意識に基いているところ。

パフォーマンス自分たちの手で、裁量で、決定し作り上げているというところから現代的な感覚に寄り添う配慮がみられる。

そもそもアイドル活動部活という設定にしたところからそうだけれど。

もちろん美少女ものメディアを原点にした作品から彼女らが自発的表現した「カワイさ」自体男性ウケに寄せてあることは否定しない。

けれども内発的に行動している設定にすることで、「やりたくないけどウケの為にやらされる」ような見る側も心苦しい媚び方を見せなくてよくなった(少なくともアニメ上では)。

それどころか、彼女らの美意識に従えば、それの転び方によっては「ウケは悪いが独特な自己表現をするグループ」になっていたかもしれない。

実際に作中で迷走してロックバンドKISSコスプレをしだす一幕があったほど。

ともかく、そうした主体的に行動するウーマンパワー的な土壌を作っておくことで、女性視聴者作品を受け入れやすくなった。

結果として「一見男性向け作品なのに女性ファンも非常に多い」コンテンツとなった。これも今時のヒットコンテンツではよくある現象だ。

ちなみに、この「自分たちカワイイと思うことはやるけど、そう思わない(嫌な)ことはやらない」という、

女性アイドル自身尊厳を守るというかパフォーマーとしての意志尊重する動きは、大手に属さずにアイドル的な活動をする現実若者にも広がっており、

もはや今の若者はそういうグループしか応援しない、と言うと大げさだが、そういう審美眼はちゃんと持っている人が多い。

他のアイドルアニメ作品でもそういう思想共通していて、例えばアイドルマスターシンデレラガールズも、

アイマス作品は土壌としてファンを大切にする文化があるにもかかわらず、アニメでは「ファンの期待に応える」ような描写ほとんどなかった。

描かれたとしても「ファンはいつも支えてくれている」というような、受容の存在として描かれていて、ファンの期待や要望圧力に従うような描かれ方はしなかった。

その一方で何が描かれたかというと、一貫して、アイドルたち自身内面の成長が描かれた。

ただ、外面から圧力がなかったわけではなく、それはプロダクションTV局側の方針との衝突いった形であらわれており、

それと折り合いをつけながら、けれども自分の守りたい個性や魅せ方も守っていくあり方を、

周囲の支援のなかで「彼女自身が」見いだしていく、という大筋になっている。

やはりラブライブと同様に、いい意味で「内輪で閉じている」のだ。そしてそれを良しとしている。

まるで、この世界プロデューサー仕事は、個性的な人たちの自己実現を助けることが主で、

その過程で生まれキラキラパフォーマンスという副産物に変えて売っているかのよう。

そして、「それは創作上だからこそできる綺麗言だよ」とはもはや言い切れない時代だと感じる。

 

最近アイドルはもう「見世物」ではなくなった。

他人目線価値観に、自分生き方翻弄されたくない。

自分たちがやりたいようにやるから共感してくれる人はついてきて。

そういう思想ベースに、角が立たないように上手にやっていく。

これが多様化した文化の中にある、今のリアルアイドル

もちろんそういう風潮にもマイナス面は当然ある。

商売に長けたプロデューサー主体性を奪われないために、アイドル自身セルフプロデュース力が求められる。

成功するグループとしないグループの差はより残酷可視化される。

けれども私たちは、往年のアイドル文化を作ってきた人たちが、丸坊主にしたり惨めな謝罪会見をさせられたりと、もっとむごたらしいものを見てきた。

からアイドル主体性を取り戻した「パフォーマー」に変化していくのは時代の流れだし、そういう価値観を含む創作がヒットするのも必然のことだと思う。

かつてのオタク文化評論などで有名になって文化人を気取っている40、50の方々は、やはり頭がカタくなっておられて、

まり最近アニメ、とくにアイドルアニメなんかについて好意的な評をしない、どころか言及すら嫌がるレベルで卑しめがちな感じがする。

けれど今、もっとも、文化的ホット考察すべきジャンルアイドルものなのだと私は思う。

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