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はてなキーワード: 知的とは

2017-04-20

ホットエントリーが転載されてる

最近ホットエントリーが転載されて2chURLが貼られてるのを見かけるんだけど、こういうのどこに通報すれば潰せるのか教えてほしい

たとえばこの増田

http://anond.hatelabo.jp/20170420004030

http://cokli.pcanywhere.net/post/1067.html

このページを魚拓取ろうとしたら拒否されたかトップ魚拓

http://www.freezepage.com/1492693122MLPJDZSNPD

増田以外のニュースサイト個人ブログもやられてる

知的であるかどうかは、五つの態度でわかる。

4/10 IP 180.27.219.180

http://vbolk.celebsplay.com/1051.html

4/11 IP 118.10.181.158

http://cfbgh.raspberryip.com/1051.html

いずれもリンク切れ

URLは数時間か数日で変更になるようだ

どうにかして潰したい

2017-04-19

http://anond.hatelabo.jp/20170418142801

言いたいことはよく分かるよ。

要は、スター数による評価には、どんな人によるスター(肯定)なのかが斟酌されないから、

アホによる+1と知恵者による+1が同列に見えてしまう、そのグロテスクさが嫌悪感をもよおすのだよね。

 

これから時代ソーシャル評価システムには、重み付けが必要不可欠だと常々思っている。

AIなどの研究うまいこといけば、ネット上の言論品質評価ができるようになるはずだ。

いまはネット上で目立っていて、思考侵食してきがちな類の論、たとえば、門外漢による浅はかでシンプルな暴論や排斥論、

アスペルガー障害を疑うレベルの「汲み取る力」欠乏ゆえの難癖、そいうった類の不適切具合が可視化されるようになる。

そうすると、そういった論に足を引っ張られず、知的建設的なコミュニケーションネットで成り立つようになる。

きっと、技術が進めば、サイレントマジョリティ良識もっと見えやすくなる。

その良識に至る複雑で複合的な発想のプロセスが、凝り固まった考えの人にももっと伝わりやすくなる。

そういう時代がきっと来ると思うんだけどなぁ。

2017-04-14

差別対象ホワイトリスト形式で広く普及されるべき

http://anond.hatelabo.jp/20170414094139

人種国籍による差別ダメだ。でも自国民に対してなら何を言っても問題はない。

LGBTへの差別はありえない。でもロリコン駆逐されて然るべきだし独身者社会的罰を与えても問題はない。

身体障碍者差別するなど言語道断。でもハゲ不細工は思う存分いじってかまわないしアトピーゾンビは嫌われて当然。

ダウン症の子はまさしく天使だ。でも知的障碍者はどうせ人を襲うかレイプするかしかしないか隔離するか間引け。

こういうことはきちんと言葉にしていかないとな。

素晴らしき大人たちが作り上げた誇りある空気ならばそれは子供たちにしっかりと伝えていくべきだ。

2017-04-12

保存期間1年未満の行政文書について

国会ウォッチャーです。

せっかく連続で伸びてくれたので、今回は皆さんにぜひ理解して欲しい公文書管理問題について書きたいと思います

前回、今国会で一番問題なのは公文書管理で保存期間1年未満の行政文書の扱いだと書きました。

今週の国会でも、民進党緒方林太郎議員高井たかし議員原口一博議員などが次々と公文書管理問題を正面から質疑しましたが、

正直不満です。

この中では高井議員の質疑が一番よかったです。

4月7日の内閣委員会の質疑です。

http://www.shugiintv.go.jp/jp/index.php?ex=VL&u_day=20170407

彼は、森友学園問題での、財務省内での協議記録、面談記録などが破棄されたというが、パソコン上、サーバー上で削除したとしても、復元可能なんだということを指摘して、その上で、復元した場合にそれが行政文書に当たるかどうかなどについて質問されました。

例の佐川理財局長の

パソコンから自動的に削除されるようなシステムになってございます

発言否定した上で、昔の紙ベースならともかく、今は全部電子的にやっているわけだから、保管上のコストは大きく下がっているので、能動的に削除する必要はないのではないか、と公文書管理法改正必要ではないかと述べていました。それに対して、麻生さんたち大臣事務方ガイドライン見直しをしようとしている、と言うにとどまっていました。

大いに不満です。

民進党は何回もこの公文書管理法改正案は提出しているわけだから、ここに絡めてちゃんとアピールしてよ。改正案でも今回の問題は防げないだろうけど、移管、または廃棄の廃棄は削除すべきだ、とかいろいとあるでしょう。

その背景についてご説明します。興味のない方、もうこの問題についてちゃんとわかっている、という人は読まなくても結構です。



公文書管理における福田康夫元総理旧民主党の貢献

もともと日本公文書管理は本当にひどく、諸外国に比べて、歴史責任を持つという意識が極めて希薄だったのは有名な話で、福田康夫さんは若いときからアメリカに比べて、歴史的文書がすぐに調べられないことを問題視していたそうで、官房長官時代諮問機関を設けて、総理大臣になったときに、上川陽子さんを特命大臣にして、公文書管理法の準備をしました。しかし、公文書管理法の制定に熱心だった福田さんがやめると、当然ですがこの流れは停滞してしまいました。

高井さんが公文書管理法第一条を読み上げておられましたが、

第一条  この法律は、国及び独立行政法人等の諸活動歴史的事実の記録である公文書等が、健全民主主義の根幹を支える国民共有の知的資源として、主権者である国民主体的に利用し得るものであることにかんがみ、国民主権理念にのっとり、公文書等の管理に関する基本的事項を定めること等により、行政文書等の適正な管理歴史公文書等の適切な保存及び利用等を図り、もって行政が適正かつ効率的運営されるようにするとともに、国及び独立行政法人等の有するその諸活動現在及び将来の国民説明する責務が全うされるようにすることを目的とする。

非常に高潔理想が書かれており、いい文章だと思います。実はこの法律民主党政権時代に成立(失礼誤記施行。成立は2009年3月、福田さんの呼びかけで福田さん枝野さん、上川さん、逢坂誠二さん、西村智奈美さんらで修正協議して与野党一致して審査、成立した。)して、その中心人物岡田克哉さんと枝野幸男さんだったのですが、彼ら本人が、震災対応の中で議事録作成問題で痛い目にあったという点から野党になった後も、議事録作成義務付ける項の追加を求める改正案は何度も出しています。もともと情報公開法ができたときに、官僚は大量の文書を捨てていたことが明らかになっていますし、今回の南スーダン日報と同様に「不存在」を理由に公開しないよう、法律意思決定の最終結果は出すけれども、議事録協議記録、指示の履歴といったものは、私的メモであるから開示しないという態度を官僚はずっと取っていたわけです。枝野さんを中心としたチームは公文書管理法案に第4条を加え、行政文書作成を、経緯まで含めて追えるようにする義務を負わせていたのですが、官僚側は、議事録等の作成はそれでもやらなかったわけですね。ここは岡田さんや枝野さんが事後的に反省しながら追及されていましたが、政治的な指示で作成しなかった、というよりも、官僚側が彼らの習性として作成しなかったという面が大きいのではないか個人的には思っています

保存期間1年未満の行政文書について

今回の森友問題における、理財局協議記録、南スーダンPKO活動日報などは、意思決定までの過程をたどるための参考資料となるものです。これは日本法律審議が事前審査が中心となっていることとも関連しておりますが、日本官僚政治家は、公文書とは「さまざまな協議、討論を経て出来上がった成果物」だと定義することで、裏にある指示系統圧力の形跡を見えないようにすることを明らかに意図的に目論んでいるといわざるを得ないと思います

ジャーナリスト布施祐仁さんのツイート引用させていただきますが、

 アメリカなどでは、大統領メール電話まで記録を残しているわけで、そこまでは言いませんが、私としては、国会の各委員会理事会協議議事録、各省内での指示伝達がわかるメール等の保持などの保存は当然必要だろうと考えます。今は政治家大事なことは口で秘書官らを通じて口頭で指示することでできるだけ記録に残らないようにやっていますし、いざとなれば秘書がやった、官僚忖度しただけだ、といって逃げるわけです。アメリカのような保存体制をいきなり作れとは申しませんが、少なくとも、1年未満などという、いつ捨ててもかまわないというまったく意味のない保存期間を設けている、行政文書管理規則改正することをしないのは明らかに、問題の再発を防止する意図がないと言わざるを得ません。

 今現在もほんの1,2年前に行われた集団的自衛権解釈変更がどういう経緯で行われたかの追跡が、できないというザマが明らかになっています。この行政文書管理規則は、総理大臣権限で変更させることができます福田康夫さんの高潔理想に比べて、現在安倍さん無責任さは筆舌に尽くしがたいものがあります


 余談ですが、佐川理財局長は確かに強気自分利己的な観点から見た時には頼もしい部下かもしれないですが、彼は全体の奉仕者としての意識が欠けていますし、彼個人判断で、国民代表たる国会議員要請を「個別職員に問い合わせたりすることは差し控えたい」とかいっているのは許しがたい行為だということは言っておきたいと思います自動的に削除される発言にしても、言い訳を聞いても明らかに相手が誤解することを期待しており、彼個人発言の真偽を確かめるだけに、何人もの議員自分質問時間を使って検証しています役人が取っていい態度じゃない。もちろん、彼個人事実を調べて、答弁してしまうと彼個人の将来はもうなくなるものだとしても残念だといわざるを得ないです。

 さらに余談ですが、震災対応議事録を作っていなかったことを散々批判してきた現与党が、議事録作成義務を追加する修正案に応じていないのは、どういうことなんでしょうね。面の皮が厚いんでしょうね。

2017-04-10

http://anond.hatelabo.jp/20170410163641

この辺の流れが、女がパンツスタイル(男の格好)なんて生意気であるという意識に繋がっているかもしれない。

どっちかと言うと「女のパンツスタイル工場労働者下層階級のものから

上流知的労働者服装としては相応しくない」と言う意識では



女性パンツスーツフォーマルとみなされない理由として

↑のように説明しているのを何度も見た事があるけれど

http://anond.hatelabo.jp/20170410123254

大筋同意なんだけど、2つ目の理由は全く説得力が無いような。元増田に言うなら1つ目の理由スカートの方が古い)だけで良かったような。

まずスカートのシルエット論が逆。リアルフォーマルであるドレスは、歴史的に見ても踝丈より長いフレアであるし、足を全く見せない方がフォーマル度が高い(ロングドレスカクテルドレス)。じゃあなんでOLスーツは膝丈タイトなのかというと、個人的見解としては。

1920年代以前は、女性スカート労働者階級も含めて踝丈以下(女性は足を見せないのが基本)だった。当時シャネルが膝(下)丈スカートを作ったのは、画期的なことだった。ちなみにシャネルのコンセプトは、女性を窮屈なコルセットから解放すること。膝(下)丈スカートは当時、超モダン。女が足を人前に晒すなんて、保守派から非難轟々。

現在サラリーマンの源流である都市型知的労働者が登場したのはこの時代タイピストなどの職業婦人も遅れて登場した。彼らは、モダン社会の中の超モダンとも言うべきウルトラハイパーモダン存在。この職業婦人服装として、当時の超モダンアバンギャルドアンチテーゼである膝丈スカートが相応しいと考えられた。

しかし、この時点でもまだ、女がズボンを履くことは考えられなかった。女がズボンを履く歴史第二次大戦中の工場労働(男手不足)から西洋古典を読むと、女のことを「スカートを履いたもの」と表現する例が頻出する。第二次大戦以前は、服装の性規範は強く、女が男の格好を(男が女の格好を)することは難しく、社会的な逸脱を意味した。この辺の流れが、女がパンツスタイル(男の格好)なんて生意気であるという意識に繋がっているかもしれない。

OLスカートのシルエットがタイトなのは、膝丈スカート創始者であるシャネルデザインスタイルとして確立してしまったこと、当時の保守であるロングフレアに対してタイトが新しかった(それが超モダン存在である職業婦人に相応しいと考えられた)ことあたりだろう。まあタイトスカート窮屈死ね!と思う人はシャネルを恨めばよいと思うよ。それでもコルセットから解放だったんだけどね。

そして時代が流れ、かつてのアバンギャルド保守本流総本山となり、その理由も忘れ去られるほど時間が経ち、元増田の疑問に至る、と。

2017-04-09

恋愛にも顧客視点とかマーケティングセンス必要だ。」について

https://www.landerblue.co.jp/blog/?p=32171

こちらの記事についてです。

まあ気に入らないからといって口汚く罵倒するのは論外としても、ご本人も仰るように、男性賛同意見が多く、女性からは抗議がくる、というのには何かしら理由があるはずなのです。

かく言う私も、永江氏の文章には引っかかるものが少なからずあります

それはなぜなのか。私なりに考察してみました。



女性服装や化粧は誰のため?

まずひとつ、引っかかるのはここです。


現代社会においては、女性服装や化粧は、もはや異性を惹きつけるためのものではありません。

雑誌メディアでは「モテ服」「モテメイク」などと囃し立てるので勘違いされがちですが、私たち女性は、意識的にせよそうでないにせよ、もしその中から選んだとしても、一番自分感性に合った、自分に一番似合うと思う、もしくはなりたい自分に近いものを選んでいます

それはその本人のアイデンティティでもあります

永江氏の、というかこういう「ナチュラルなままが一番」という言説は男女問わずよく聞かれるものなのですが、現代人が工夫を凝らして身支度を整える時、それはすっかり身支度が整った姿こそが、私たちナチュラルな姿なのです。


「外面より内面を磨くべき」という言説もよく聞かれるものですが、これに反発を感じる女性は、知性があるからこそ、きちんとした身支度を整えることができるのだと信じています

派手であっても知性がなくてはできない、地味であっても知性のかけらもない、ということは多々あるので、派手、地味、ではなく「知性のある装い」と「知性のない装飾」というふうに区別していただきたい。

その意識の差というか、ナチュラルとは何であるのかという認識の差に、女性は反発を感じるのかもしれません。



男性が服など見ていない、中身を見ているのだという欺瞞

もし本当にそうであるなら、女性がどんな格好をしていようとも意に介さず、中身を見るはずなのです。

でもその直後に、マーケティングでは男性すっぴんに清楚な服装が好みなのだと続けておられる。

そこは格好をつけず潔く、男女問わず人というものは、初見では他人を見た目で大部分を判断しているのだと認めていただきたい。

永江氏の文章からは、男性は賢いので女性の中身しか見ないものだ、愚かな女性ばかりが見た目ばかりを繕うのであるというお考えが滲み出ており、ここもイライラさせられる点であります

(きっとそんなことは一言も書いていないと仰るかと思いますが、こういう話題を出してくること自体が、もしかして女性ほとんどはそれを知っている上でアイデンティティを守るためにあえてそうしないのかもしれないということは勘案せず、「女性は全員見た目ばかりと取り繕うことに夢中で、客観的ものを見ることができないのだ」と、ひとつ下に見ているのだということです。)



遺伝子的に優れているとは?

みくりは、就職活動に失敗したために、手っ取り早い就職口として津崎さんとの結婚を選んだわけです。

一度就職活動から逃げたので、逃げるは恥だが役に立った訳です。

それは、「男に寄生しようとか絶対に考えない」と言えるでしょうか?

給料が出る家政婦と、家事をノーギャラで賄う主婦とでは、どちらの方が遺伝子的に優れていますか?

働き者の専業主婦と、自立して稼ぐ叶姉妹遺伝子に、どんな違いがあるのでしょう?




そもそも恋愛マーケティングなど必要ありません。

以上のことを総括します。

まり恋愛マーケティングなどいらないのです、男性の大多数の好みがどうであれ、女性がそれに合わせることはありません。

最初の門戸の広さの話だと仰いましたが、そこは間口を広げる必要はありません。

本当の自分を取り繕ってモテたとして、何になりますか?

最初からスッピンなら「騙された感」が少なくて済むと仰るのであれば、本当の自分を偽って、マーケティング通りに振舞って手に入れたパートナーは、それが偽りであることを明かし本当の自分に戻れば、やはり騙された感があるのでは?

それとも一生、偽りの自分を演じて生きていきますか?

それは私たちの望む恋愛ではありません。


その男性版として、手当たり次第に女性モテたい結果として生まれたのが、恋愛工学だと思います

あれは、学生時代モテなかったルサンチマンと性欲をどう晴らすかが目的なので、相手は誰でもいい。

一夜を共にするのがゴールなので、自分をどれほど偽ろうと問題ありません。

そんなものを、一生を添い遂げる相手を探す恋愛手段として、オススメしないでいただきたく。


男性は、ありのままを受け入れて欲しいという女性要望に疲れていますか?

それは、女性本質を見ずに、見た目が清楚な地味な女性こそが好ましいと決めつけてきた男性のみが溜めてこられたツケです。そこはお納めくださいませ。


そこが一番の違和感といったところでしょうか。



追記

なぜ私がそこまでこの件にムキになるのか、そこも考えてみたのですが、私は、「マーケティングではそうである」という一見知的に見える論法が流布されることにより、まだアイデンティティ確立していない若い女性が、服装メイク男性の好みに合わせることこそが理知的な振る舞いであると啓蒙されてしまうことが一番怖いと感じているのかもしれません。

次々と消費されていく商売であれば、とにかく商品を買ってもらうことが利益につながるのですからマーケティングの結果に従うのはもっともなことです。

けれど、こと恋愛などのプライベート個人個人の付き合いでは、これは適応されるべきではありません。

人は、商品ではありません。

どれだけモテたくない人は好きにしたらいいとエクスキューズを入れたところで、モテたい真っ盛りの若い人間にそう啓蒙することは、害悪しかないのではないでしょうか。

モテたくても、相手の好みに流されてはいけません。自分をしっかりと持ってください。自分とは何なのか、何が似合うのか、何が好きなのか、しっかり考えてください。

何かを偽り、異性を手のひらで転がすといったような、相手に対して失礼なことをしてはいけません。

好意のある相手に対しては、尊敬を持って接するべきです。

女性に手のひらで転がされたいという甘えたようなことを言う男性につきあってはいけません。

お母さんの代わりを、永遠にさせられることになります


女性蔑視などということではなく、男女ともに、何に縛られることなく、自分の好きな服装メイクをして、また自分に似合うと思うものを探し、自分自身が満足する自分を探し求め、同時に、そういうしっかりとした自分自身を持つ相手を、自分の好みを押し付けずに尊重して受け入れる。

それこそが最高のパートナーであると、私は思っています

2017-04-05

朝は難しい知的作業捗る

難しい知的作業

流行言葉ディープワークと言っても良い。

きのう頭を悩ませた問題が朝にはスラスラ解けることがよくある。

朝は良い。

今まで、そんな朝にはRSSフィードを消化していたが、これって無駄だったのかなと思う。

そう考えると理想的には、前日に朝何の問題に取り組むか決めて、起き抜けに即取り組むというのが良さそうだ。

もちろん睡眠はしっかりとった上で。

2017-04-04

左派知的レベルが高いのに、センス悪いなのが致命的

http://anond.hatelabo.jp/20170404221727



端的に言ってオッサン臭い

っていうか、知的だけれどセンスが悪いって相当ヤバい

特に政治っていう人々の支持が物言う世界においてはこれは致命的。

知的ってのは一目置かれるけれど、他方でちょっと近寄りがたい雰囲気みたいなものも醸し出している。

それだけでもマイナスなのにそこへセンス×のマイナスが加わったら鬼に金棒だろ悪い意味で。

もうちょっと何とかならんのか、せめてネーミングセンスくらいでも。

アホノミクスとか美しい下痢とか論外だからな。

2017-03-31

関係なさそうなブコメをするブクマカ

なんか、ブコメを見ていると、記事主題と一切関係なさそうな話を書いてる人を見かける。

どうせそんなブクマカはふざけるなという話なんだろうと言われるかもしれないが

自分はそうは思わない。


タイトルだけ見て脊髄反射タイトル無視して本論無視、三行だけ読んで明後日の方向に罵倒

そういうブクマカに比べれば、関係ない話を書いている人というのも、あまり悪いとは思えない。



そして、案外そういうブコメにこそ、「知的」なものがあったりする。

関係ないことを書いてある用でいて、抽象的に記事主題議論に関わることを書いているようなパターンだ。

ぜんぜん違う分野の言葉を用いているのに、きちんと記事への発言として通る。

そのようなコメントは、何か文学的な美しさを感じる。



追記

何が無関係ブコメが美しいだ、意味不明なだけだろうがって起こられるのかと思ったら

わりと温かい迎えられ方で困惑しておりまする。なんかありがたいです。はい

はてなでは「教養」をネタにすると爆釣ということが分かった

http://b.hatena.ne.jp/entry/s/togetter.com/li/1095691

週刊東洋経済教養としてのアニメ あなたが見るべき00年代20本」 - Togetterまとめ」




cider_kondo まとめられてる反応よりも、コメ欄(やブコメ)でマウント取ろうとしてる人たちのウザさが本当の見所か。つまりは「教養」というワードを選んだTKタイトル詐欺商法お美事




なるほど、とポンと膝を叩いた。

そういや選書系のエントリブクマだとそこはかとなく荒んだふいんきになるなと思っていたのだが、

あれは教養を巡る醜いマウンティング冷戦よろしく繰り広げられていたからか。




はてなーってお勉強だけはよくできるけれど仕事や人付き合いがからっきしってのが大多数だから

アイデンティティのうち「教養」の占める部分が不自然肥大化してるんだな。

から学歴なんかでも相当荒れる。

他にも知的・知性・賢い・頭が良い、etc・・・

こういうワードが出ると、普段より神経過敏になるというわけか。

あ、あと大学存在意義奨学金などの話題なんかも相当過敏に反応する度数高いな。

それから学歴知的世界正反対位置するマイルドヤンキー系の話題が可燃度高いのもこういう理由か。




結論

はてなー知的コンプレックス抱えすぎィ!

2017-03-30

http://anond.hatelabo.jp/20170330150238

はてな匿名有益情報も紛れている。

例えばけものフレンズネトウヨの多くが支持していることはここで広く知られるようになった。

冷静な人間けがけものフレンズ知的批判できるのである

現代アートって知的アピールをするものになっている気がする

未だに胃がひどく痛む。胃腸炎大学単位を落とさせようとしている。

元はと言えば、イギリスに豚みたいな顔をしたネトウヨイギリスに行ったことである

自分ロンドンでの1日を吐き気我慢しながら、テートモダンかい現代美術館で過ごした。

見応えがあったといえばあった気がする。

しかし、ラウシェンバーグやらは胃の痛みで上書きされてしまっているようだ。

結局、日本人女子大学生のグループが造形を見て「意識たかそうなのが好みそう」とか言っているのが記憶ほとんどだ。

ポロックモンドリアンなんかより、日本人の言ってしまえばクソな言葉記憶に残ったのか。

一つは、日本人女子大生の高度な被服や化粧のテクニックが異国の地で浮き上がり一種コンセプチュアルアートになったのかもしれない。

現代美術というものは、別に好きな奴が好きと言ってりゃいいものだ。

しかし、何というか知的アピール材料となっているのではないか

現代美術に高額な値札が貼られる時代だ。

そんな中で、「バカ」作品文脈理解できないなかで「自分」が理解出来ると差別化しようとする人間が出てきてもおかしくない。

ヒトラー革新的な絵を嫌ったのを基にして、革新的ものが好きだとアピールしていることが一つの「分かっている」になるのではないか

まぁ、別に好きな奴が見ればいい。

ご注文はうさぎですか?」が好きならそれでいいし、嫌いでも何も悪くないのと同じだ。

それだけのことである

ただ、自分女子大生言葉に対してもう一つ思ったことがある。

彼女言葉や行動、姿が全てなのかもしれないということだ。

皆で馴れ合い容姿を磨いて、楽しく過ごすべきなのだ

自分だってなんだかんだわからないのだ。高尚なものなんか理解できない。

自分は俗な人間だ。

容姿がよくなって楽しく過ごしたいだけなのかもしれないと胃を抱えて思う。

腎臓の持病で現状できそうにない美容整形やらに期待せざるえない。

ひどく深いにきび跡やらが大量にある大きな顔を見ていると胃痛がひどくなる。

そして、美容整形といえば現代美術ではオルランかいう人がいたのを思い出す。

2017-03-28

数年経っても見慣れない夫の顔

夫とは会社で知り合って、2年くらいずっと食事デートに誘われつづけ、何度かお付き合いの申し出も受けたのを断ってきたけど、私がちょうど仕事が大変な時に大きい病気をしてしまって弱ってるタイミングで優しくされて、情にほだされて付き合い、去年結婚した。


すごく優しくて私のことを心から愛してる人だと思う。この人以上に愛してくれる人なんていないと思う。

それに人格も素晴らしい人だ。頭が良くて仕事ができるけどそれを鼻にかけない穏やかな性格。付き合う前、私が仕事ミスしても分からないようにフォローしてくれていたのも、後から知った。

だけどつまらない人っていうわけじゃなく適度に面白くて知的で、好奇心が旺盛でいろんな本を読んでて、面白い話をいつも教えてくれる。

私には実にもったいないである会社の同僚にも仲良しでいいねっていつも言われている。


だけど、だけどどうしても、顔が好きじゃない。全然好きになれない。最初はそれでも、数年経てば好きになれると思って我慢していた。でも結婚して1年。お付き合いから3年半。やっぱり全く顔が好きになれない。顔が好きじゃないのでどうしてもセクシー気持ちになれず、ここ3年くらいセックスを1度もしていない。

しかもこれで不細工ならいいんだけど、不細工じゃないのが困る。不細工なら不細工なりにかわいく思えてくるけど、彼はどちらかというとアラブ王子みたいな濃くて色黒でワイルドな感じの顔(ハンサムなわけではない)。それが本当に受け付けない。

嫌いな顔が薄ぼんやりしてたら、なんとなく目が慣れてきそうだけど、彼の顔はいつでも濃くて、見れば見るほど濃くて、それはもうサダム・フセインで、それはもう全然ぼんやりしてない。慣れてくるどころか、夫と過ごしていると、じめじめした夏の雨の日に角砂糖を200個くらい入れたアツアツのココアを飲まされたくらいの胸焼けがしてくる。


母に言うと、「あんないい人、、、他にいないよ?顔が濃いっていったって、三代目ジェイソールブラザーズみたいで良いじゃないの」と言われる。もちろん三代目JSBではない。

今日会社で夫をみつけて胸焼けした。Facebookとかも不意に夫の写真が出てきて食欲が失せてしまう。自分の夫に対する発言ではないと思う。写真を見ただけで胸焼けしてしまうなんて、そんなことは角砂糖200個入りのアツアツココアwithマシュマロに対して言うべきであり夫に対して言うべきことじゃない。

だけどもう限界なの。この3年ずっと胸焼けしていて、餃子ステーキが食べられないの。夫といると味噌汁焼き魚しか食べられない。こういうところから抜け出した人いますか?この先、夫とどうしていけばいいんだろう。

2017-03-26

そもそも爆サイ底辺はてな知的ってレッテル自体に何も根拠がないだろ・・・

はてなーって頭が良いよいように思われたいバカの集まりなんだよね

http://anond.hatelabo.jp/20170326002453

とりあえずコレだけ信じておけば賢そうに見える!と思ったヤツを盲目的に信仰するだけ

からポリコレも硬直的で、自分たちが正しいと一旦認定したもの以外は一切受け付けようとしない

事象の一つ一つを労力かけて一々真贋を見極めようとするよりは、

とりあえずBuzfeedだから正しい、仲間がスター付けてるから俺もスター付けとく、程度の自堕落バカ集団だよ

そんな奴らがポストトゥルースだのフェイニュースだの知ったかぶって知的人間気取りなんだから救いようがないよな

2017-03-25

http://anond.hatelabo.jp/20170325050724

そういうのを社会学とか政治的には「分断」とか「断裂」って読んでいて、それこそ100年以上まえから様々な議論が行われてきたのだ。

彼らに話を聞いてもらおうと思うなら、まずは信頼関係を取り戻すことが第一で、それもないのに正しさだけ説いたって無意味じゃないだろうかと思う。

しかし、そもそものはなし、信頼関係というもの双方向のものだ。相手に話を聞いてもらうのは、両方の陣営がお互いにしあうべきもののはずだ。そして、話し合い(説得)という関係では、説得のための理屈が強度につながる。

そして現在格差的に上の側にいる層(現実世界に生きていて、収入資産がそれなりにあり、安全で豊かで幸福生活を送っていて、知的教育を受けていて、おおよそリベラル)はその戦場で、相対的に強力な武器を持っている。誤解を恐れずやや露悪的に云うならば、彼らは概ね正しいのだ。今しきりに批判されているグローバリズムですら、そのグローバリズム世界全体の格差は縮小し、餓死者は減り、疫病は随分少なくなった。もうそれだけで倫理的には正義だ(もちろんこれは相当強い表現なので、国内格差とか言い立てる人はいるかもしれないが、それは「一番弱い人を救わずに俺に金をよこせという意味?」という批判に耐えられないのだ)。

そういう状況で「互いに話し合うべき」というのであれば、格差上の側が下をフルボッコ試合終了だ(それがこの40年位の世界の動きだった)。

一方で「下が弱いので、上が一方的理解すべき、一方的に譲歩すべき」では、弱者居直り強盗だ。そんなものに付き合うバカは二種類しかいない。ひとつは付き合うふりしてバカ上前をはねようとする「下流の味方のふりをする上流」であり、もうひとつは後述する「暴力」に対してを憂える人だ。

そもそも、弱者知的訓練の不在の結果「適正な落としどころ」を見つけられないので、「ぱっと見得に見えるけれど実は損」のような強者のつくった商売に騙されて現在がある。税制から携帯の縛り契約ソシャゲまで、全部そんなもんだ。交渉面で弱者というのは、もう「損をする」か「得している気分で損をする」かの二つしかないのだ。それひとつじゃねえかというツッコミもできない。なぜならその二つが本当は「損する」という一種であることを見抜けないというのが、この話の本質からだ。

なので、結局交渉面での弱者は、暴力面で強者カウンターするしかない。革命だ。これまた露悪的に書くが、革命暴力必要なのだ交渉面での弱者強者牽制する方法って本質的にはこれ以外ないからだ。

日本はこの暴力に対する忌避感が強い。暴力良くない!って思ってる。それそのものは悪くないんだけど、それがあんまりにも広がって、自分暴力を奮ってることに気がついてないことさえある。暴力社会的に悪=僕は悪じゃない=暴力は奮ってない、みたいな理屈で。いいやとんでもない。暴力下流武器だし、日本人だって様々な暴力を奮ってる(なんせ一般的生活者権力者富裕層に反抗するためにはそれが必要なのだから)。「経済格差が広がると治安悪化ちゃうよ?」ってネットでよく見る言説なんだけど、あれは「これ以上俺が貧乏になるとお前らの家に火をかけるとか、襲撃して殺すぞ」という脅迫オブラートに包んだ、れっきとした暴力だってことを認識した方がいい。別に暴力からって責めてない。バランスを取るために必要武器からだ。でも、「それを暴力認識しないしたり顔で云う」のは危険から認識すべき、って話だ。

強者の側だって雇度留めとかお祈り手紙とか暴力奮ってるんだから、そういう意味で公平な社会なのだ

「互いに話し合うべき」なのはわかるんだが、それはせめて両者が、そういう自分暴力性に自覚持ってからじゃないとそれこそ話にならない。自分暴力奮ってる自覚のない人間集団結論する平和条約とか、怖くて仕方ないっしょ?

http://anond.hatelabo.jp/20170324214002

こんなやつらがネットに詳しいって顔してネット事情通気取りでブコメ書いてるとか…。

もっと謙虚に生きてね(笑)ネットジジババたち(笑)

ほんそれ

どういう人生を辿ってきたらあの程度で「自分知的に優れた人間である」と勘違いできるのか不思議・・・

俺もバカ、お前もバカ

それでいいじゃないか

上メセマウントしないと死んじゃう病気なのか

運動して

瞑想して

野菜食って

シコって

寝ろ

・・・

2017-03-21

知ってるかな? エロポルノコンテンツ嫌悪する非合理的宗教蔓延している国の真似をしてポルノ規制を強める愚をやってしまうと、逆に性犯罪は増えてしま事実を。

知ってるかな? スケベコンテンツ嫌悪する宗教蔓延している国の真似をしてポルノ規制を強める愚をやってしまうと、逆に性犯罪は増えてしま事実を。

エッチなすけべコンテンツが増えれば増えるほど性犯罪は減り平和になる事実統計でも明らかになっている事実を。

https://archive.is/DZ77L

ポルノコンテンツが貧弱だった時代強姦発生数の高さに注目。

ポルノコンテンツの普及とともに性犯罪が減り続けているのがわかる。

そしてポルノ規制理不尽に厳しくしている国ほど性犯罪が多いという現実

ポルノコンテンツにおおらかであればあるほど性犯罪が減って平和になる。

えっちコンテンツは充実すればするほど性犯罪を減らし、平和を実現するという点で、聖書より偉大なコンテンツ

児童ポルノ法(ポルノ規制強化法)が性犯罪を増やしたという根拠

http://d.hatena.ne.jp/skymouse/20140430/1398800010

http://f.st-hatena.com/images/fotolife/s/skymouse/20130722/20130722122433.png

http://f.st-hatena.com/images/fotolife/s/skymouse/20140430/20140430041834.gif

日本宗教にあまり関心が無く、ポルノに寛容だからこそ、世界トップクラス治安の良さを誇っている。

日本が正解だってことアメリカをはじめ世界各国が気づき始めているってことだね。

早く世界日本に追いつければいいね世界日本を見習え。

ちなみに崇高で知的女性団体も、薄い本などへの二次ポルノ規制に反対。

規制強化は逆に害が大きく、女性活躍を妨げるから

性的暴力漫画販売禁止論に「否」 日本女性団体規制でかえって差別的状況に」

http://www.j-cast.com/2016/03/04260466.html

女子現代メディア文化研究会: ~国連女子差別撤廃委員会、「日本における女性の権利保障~ 議題「性的暴力描写したビデオ漫画販売禁止」についての意見書

http://wmc-jpn.blogspot.jp/2016/02/blog-post.html

しろポルノ安全であるとの見方が有力。水門は常に開放しておくのがよさそうです。

http://pmazzarino.web.fc2.com/lesson2.html

さらに気になるのは、昭和33年から数年間の強姦件数の多さです。

このころの少年下半身に何があったのか定かではありません。

しかし、一年間に4500件以上という数字は、尋常ではありません。

これまた近年、有害図書規制を強化しようとする動きがあります

ですが、このグラフからは、ヘアヌード写真集アダルトビデオもなかった時代のほうが、少年性犯罪に走りやすかったという事実が読みとれます

しろポルノ安全であるとの見方が有力でしょう。

水門は常に開放しておくのがよさそうです。

ポルノ性犯罪の関連性の否定について 及び真のリベラル政党必要性について - Togetterまとめ

https://togetter.com/li/998443

ポルノ性犯罪の関連性を否定した証拠 : kaizaringuのblog

http://blog.livedoor.jp/kaizaringu/archives/29948623.html

知ってるかな? スケベコンテンツ嫌悪する宗教蔓延している国の真似をしてポルノ規制を強める愚をやってしまうと、逆に性犯罪は増えてしま事実を。

知ってるかな? スケベコンテンツ嫌悪する宗教蔓延している国の真似をしてポルノ規制を強める愚をやってしまうと、逆に性犯罪は増えてしま事実を。

エッチなすけべコンテンツが増えれば増えるほど性犯罪は減り平和になる事実統計でも明らかになっている事実を。

https://archive.is/DZ77L

ポルノコンテンツが貧弱だった時代強姦発生数の高さに注目。

ポルノコンテンツの普及とともに性犯罪が減り続けているのがわかる。


そしてポルノ規制理不尽に厳しくしている国ほど性犯罪が多いという現実

ポルノコンテンツにおおらかであればあるほど性犯罪が減って平和になる。


えっちコンテンツは充実すればするほど性犯罪を減らし、平和を実現するという点で、聖書より偉大なコンテンツ


児童ポルノ法(ポルノ規制強化法)が性犯罪を増やしたという根拠

http://d.hatena.ne.jp/skymouse/20140430/1398800010

http://f.st-hatena.com/images/fotolife/s/skymouse/20130722/20130722122433.png

http://f.st-hatena.com/images/fotolife/s/skymouse/20140430/20140430041834.gif


日本宗教にあまり関心が無く、ポルノに寛容だからこそ、世界トップクラス治安の良さを誇っている。

日本が正解だってことアメリカをはじめ世界各国が気づき始めているってことだね。

早く世界日本に追いつければいいね世界日本を見習え。


ちなみに崇高で知的女性団体も、薄い本などへの二次ポルノ規制に反対。

規制強化は逆に害が大きく、女性活躍を妨げるから


性的暴力漫画販売禁止論に「否」 日本女性団体規制でかえって差別的状況に」

http://www.j-cast.com/2016/03/04260466.html

女子現代メディア文化研究会: ~国連女子差別撤廃委員会、「日本における女性の権利保障~ 議題「性的暴力描写したビデオ漫画販売禁止」についての意見書

http://wmc-jpn.blogspot.jp/2016/02/blog-post.html

2017-03-19

まとめの供物

2chまとめしろTogetterしろネットウォッチャーブログしろネット上の「まとめ」は何かを叩くまとめばかりで有益情報のまとめが少ないように見える。

ネット民たちはネットウォッチ趣味で今までずっと生きてきたから、何かを叩くことが当たり前になりすぎている。

有名アカウントの誰かがまとめるとそれは「みなさん、今日はこれで行きましょう!」の合図で、それは権威者からの叩いていい認定

叩くことは絶対正義からなんのリスクもない。

そうするとネット民たちが安心して集まってきて叩いて気持ちよくなる。

無防備相手を好き勝手にぼっこぼこリンチできる。

これは手軽な娯楽なんだろう。

相手純粋悪人であり、こっちは絶対正義

手軽な娯楽であり、それが社会利益にもなっているというわけだ。

有益情報をまとめて共有しようという姿勢はなく、何かを叩いて気持ちよくなるためにまとめを利用する。

まとめ人は尊敬されて、「次は誰をヤるんだ?」とネット民たちは期待する。

正義執行に飢えている。

叩いていい何者かが現れると、ネット民たちは気軽に手斧を持って集まってきてそのいけにえを一方的にぼっこぼこにして楽しむ。

ネット知的な人たちの活動はこういったことなのだ。

頭のいい人たちが自分たちの高い知能を使って「まとめ」を作り出し、いけにえを俎上に載せ、げらげら笑いながら手斧でざくざくぶっ叩いていく。

正義執行人たちは自分はいいことをしたと思うだろう。

悪人が一人粛清されて社会はまた少しよくなったと思うだろう。

「さあ、次は誰だ?」

いけにえに人権などない。

まとめられてしまった時点で人権剥奪されている。

「お前は悪人だろ!」

悪人人権などない!」

死ね!」

知的な人たちが今日も血に飢えた手斧を研いでそのときを待つ。

2017-03-18

http://anond.hatelabo.jp/20170318170143

最初の表でそれぞれがどういう意味を持っているか書いてるしその解説もある。

定義語だらけで誰も読めない表と未定義語だらけで誰も理解できない解説を出して「俺は説明をした」ってのはいくらなんでも知的に不誠実ではないか

誰かが「これがわからない」と言ってみると「これが解説だ」と言ってリンクを貼る、そのリンク先が未定義語で溢れているのは何かがおかしいとは思わないか

2017-03-13

ぼくはきみの服の中のオッパイを見たかった

Mはぼくと同じ高校で一学年下の女の子だった。


まるで男の子のようなショートカットの髪、金八先生に出ていた時の上戸彩みたいにCUTEな美少女だった。

ぼくの君に対する第一印象はただひとつ「胸がでかい」それ以外のことをぼくは何一つ思いつかなかった。

小柄なきみのカラダに不似合いなほど、その胸の隆起は際だっていた。


きみは一時期、ぼくと同じ学年の男子と付き合っていたね。

から学校への道を並んで来る姿、帰る姿をぼくは覚えている。

そのときぼくは思ったよ。

あいつはあの大きな胸が目当てなのか」と。

もちろんそんなことはなく、彼は知的でCUTEなきみが好きで胸なんかはただのおまけだったのかも知れない。

しかし、どんな言い訳をしたってきみの第一印象が胸であることは疑いのない事実なのだ

それに「どうせ胸が目当て」だなんて高校生の言うセリフじゃないだろう。

自慢じゃないがぼくのいた公立高校男子童貞率96%、つまり童貞クラスに一人くらいしかいなくて、

しかも在学中に処女童貞を失った場合浪人率は100%という恐ろしい世界だったから、だから禁欲正義だったんだ。

もちろんぼくも受験勉強に精を出し、オナニーで精を出す一人の純朴な高校生だった。

受験勉強甲斐あってぼくは現役で大学合格し、その喜びもつかの間、片想い女の子にはあっさりとふられ、童貞期間更新中だったぼくは、翌年の春にきみが関西のある有名私大合格して大学生になったことを知った。

当時のぼくは手紙をよく書いたよ。在学中にちょっとした面識があったのできみにも合格のお祝いと自分大学生としての近況報告のような手紙を書いた。そうしたら一度京都を案内して欲しいという返信が来た。そしてぼくは思いがけずきみとデートできることになったんだ。


大学生になったきみの胸はさらに巨大化していた。

巨乳というのは裾野が広いんだ。

富士山裾野が広く伸びていてるみたいにね。

「えっ、こんなところから胸がはじまるのか!」と思うほどにきみの胸の隆起はクビのすぐ下からはじまっていた。

ぼくはきみの目ばかり見て話をしていたが、視線を下に落とせばそこには胸があった。

かい合ってる男が自分の顔ではなく胸を見ながら話してるなんてすごく不愉快じゃないか

からぼくはいつもきみの目を見て話をしていた。視線を伏せることなんてできなかった。


今思うとなんてもったいなかったのかと思う。サングラスでもして視線を隠して、思う存分胸を見ればよかったじゃないかと。でも、当時はそんな才覚はなかったんだよ。


京都でのデートの後で、ぼくは卑怯にもきみへの手紙の中に「好きだ」というフレーズを書いた。

しかし、そのときのぼくは本当にきみが好きだったのか、それともきみの胸が好きだったのか、正直言ってよくわからない。

ぼくは知的でCUTEなきみを本当に素敵な女の子だと思っていた。

しかし、その100倍くらいぼくはきみの胸が好きだったんだよ。そんなこと手紙に書くはずないけど。




秋になって、いろんな大学学園祭の季節になって、ぼくはMを伴ってN女子大学園祭に出かけた。

高校で同じクラスだったことがある仲間由紀恵みたいな黒髪の純日本風お嬢さんに誘われたからだ。

実はぼくはその仲間由紀恵のこともかなり好きだった。もしもその美女を射止めることができたならば、ぼくは同じ高校のあのさえない童貞軍団を見返してやることができたはずだし。そう、ぼくのあこがれの大本命は実は仲間由紀恵であり、Mの存在価値は「自分とつきあってくれる女」という点にあったわけだから



女子大学模擬店でぼくは仲間由紀恵にMを紹介した。仲間由紀恵はMをみて、Mの胸をちらりとみて、それから妙につっけんどんな態度になった。


あなたはこんな乳のでかい頭の悪そうな女が好きなのね!」と仲間由紀恵は思ったのかも知れない。


そんなことはないんだ。Mは決して頭の悪い女なんかじゃない。

とっても聡明で話していて退屈しない女なんだ。


でもそんな言い訳をするチャンスはなかった。

だって仲間由紀恵はその後ぼくに手紙をよこさなくなったし、彼女が風の噂にお医者さんと結婚したと聞いたのはその数年後のことだ。



女子大学園祭の後に控えていたのは京都大学11月祭だった。ぼくはそこでMと腕を組んだり、手をつないだりして歩くことができた。

普通カップルのように彼女学園祭デートをするなんて幸福をぼくは手に入れた。


しかし、ぼくは手をつなぐ以上のセクシャル領域に足を踏み入れることはどうしてもできなかった。

その理由簡単だ。ぼくは童貞だったから。どうやってその先に進んだらいいのか、ぼくは全くわからなかったのだ。

手を伸ばせばいつでも触れられるような距離にありながら、その胸はぼくにとって相変わらず不可視のものであり、かつ不可触のものであったのだ。



そのままお正月が過ぎ、春になった。ぼくはMと初詣住吉大社に出かけ、そこから阪堺線チンチン電車に乗って浜寺公園に出かけた。

潮の香りのするコンクリートで固められた護岸の上の散歩道をのんびり歩き、座って話をした。おだやかな一日だった。



あの頃ぼくたちはいったいどんな話をしていたのだろう。

そうして休日には手をつないで歩き、一緒に映画を見たりしたぼくたちはまぎれもなく「つきあってる」という状態だった。

しかしぼくにとってきみの胸は相変わらず不可視のものであり、かつ不可触のものであった。

どうすればぼくはその二つを可能にできたのだろうか。

まだ20歳にもならない自分はその方法を何一つ知らなかったのだ。

もしもできることなら今の自分が当時の自分に憑依して、知りうる限りの恋の手練手管を用いてその困難を可能にしてあげただろうに。


ぼくは免許を取り、中古車いすゞジェミニを買った。それでMとドライブすることになった。

Mに向かって「どこに行きたい?」と聞いたら「鞍馬」という意外な答えが返ってきた。ぼくたちは鞍馬おもちゃみたいなケーブルカーに乗った。

汗ばむような陽気の中で、同じようにデートしているカップルが居た。

ぼくたちとの違いは彼らがキスをしていたことだった。


ぼくは赤面した。


キスとは、ああキスとは、それは限りなく遠くに存在する行為じゃないか

まだぼくは胸を見たこともないのに・・・


いや、それは違う。少なくとも胸を見るという行為は、キスという行為さらに先に位置するものであるはずだ。

ということは、自分が胸を見たいとか触れたいと思っていたことは根本的な間違いであり、それを実現させたかったら

先にキスという段階をクリアしておかなければならなかったのだ。キスとは、胸を見るための必要条件である

もちろんキスをしても胸を見るところまで到達できない場合もあるだろう。しかし、キスをしないで胸を見るなんてことはどう考えても変だ。

まり自分は、「胸を見るためには先にキスをしなければならない」という恋愛の発達段階の重要法則をそのとき発見したのだ。

ストレートに胸に到達しようと思っていた自分が間違っていたのだった。



乳首を舐めたかっらたまず相手の唇を舐めろ!」



ぼくはその真理をここに理解したのだった。


しかし、破局は突然にやってきた。

Mが教会に通い始めたからだ。

学生のぼくたちがデートできるのは日曜日に限られていた。

その二人のための貴重な日曜日を、Mはこともあろうに私ではなく神に捧げてしまったのだ。

ぼくは一度Mにくっついて教会に一緒に行ったことがある。Mのスクーターの後を、ぼくは実家にあったヤマハパッソルで追走した。

当時はまだ原付ヘルメット着用の義務はなかった。そうして教会に出かけたのも一度きりだ。

ぼくにはきみの胸を見たいという願望があったが、教会聖書を見たいとは思わなかった。

僕に必要なのは聖ではなくて性であり、聖書ではなくて早くぼくを童貞から卒業させてくれる性書こそがぼくにとって必要書物であった。

「汝、姦淫するなかれ」という神の教えは、その反動でぼくの心をますます君の乳房への思いでいっぱいにした。

ぼくは教会についていくのを止め、ぼくたちの仲は自然消滅した。

ぼくがMと最後に会ったのはぼくが大学卒業した春だ。

そのとききみはブラウスボタンを二つもはずしていたから、ぼくは思わず「うっひょ~」と心の中で叫んだ。

そのとき、きみのオッパイはぼくの心の中で永遠憧憬になった。あれから34年経つけど、今でも君の胸は成長を続けているのかい

2017-03-11

報道には事件の結末まできちんと追い続けろよといいつつ、自分は新しいニュースに飛びつくだけ飛びついて終わりなのなんでだろうと思ってたけど。初出の情報殆ど無い状態で断言してしまえるくらいの推測能力知的能力に長けてるから自分たちは結果を見るまでもないってことだったのか。。

2017-03-10

hagexで「観客やファン馬鹿にするのはタブーなのか?」という記事が上がってたので読んでみた。

hagexって煽るだけ煽ってあとは知らんっていう典型的炎上加担サイトから、そういう意味でうまく文章を作ってあるなぁという印象。

言葉を誰かに喋らせて俺は中立ですからって顔してる。

こういうサイト好きな人って理知的な顔しつつ心は炎上万歳メシウマおかわり!って幼稚な人が多いんだろうなって思った。

まあでも他のページ見てもゲス記事が多いね。。。

何かをdisる記事とかお金をもらってPRしてるような記事かばっかり。

PVを得ようと思うと女性週刊誌でもやらないような徹底した題材選びになっちゃうんだなっていう閲覧者の闇も見える感じがした。

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