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2017-03-28

マリモパンツ完全版クリアたか感想書く

匿名じゃなきゃかけないことある

とりまモードクリアしたんだけどさすがにラスボスは強すぎる、初見では対応しきれん。2戦目でどこでどんなイベントが発生するかわかったか対応して勝つことができたけど一発目では無理だな。多分一回目のゴールは必ずイベントで弾かれるくさいけどあまり相手の強さも相まって「あれこれってイベント発生まで絶対ゴールできない?」と思ってしまったよ。

あと、製作者の気持ち的にあのキャラクターを出したかったのかもしれないけど、ぶっちゃけ俺はラブなんたらは嫌いなので興ざめもいいとこだわ。あのノリはシュールギャグだと思って見るから笑えるのであって、わりとしっかりとしたシリアス存在するマリモパンツに持ち込まれると萎える。

しかあの優男の声って製作者だろ? なんていうか「オレツエーしたいのかな」とか思ってしまってさ、ゲンナリするわけよ。

ここまで不満ダラダラ書いてきたけどそれ以外は満点あげたいぐらい作り込んできたなってのを感じさせたね。ほんと最後だけ、むしろ最後があれだったから終わりよければすべてよしの真逆を行く作品だったよ。

良かった点としては悲劇回避の部分。

やっぱりあのシーンはかなり熱いシーンだから回避するためにどうやって作るのか気になっていたんだけど、上手くやってきたなと思わされた。あそこだけのためにどんだけ労力かけたのか、すごいね

代役があのキャラだったのは賛否両論ありそうだけどまああいしかいない感もあるし妥当なのかな。ただどうしても技が生々しいというか汚いので、パンツがやるのと比べると劣ると言わざるをえない。ただ悲劇回避普通に嬉しいので納得はしている。

あとは全体的にゲームバランス修正とかテンポ改善とかされてて楽しめました。

色々書いたけど10年ぶりぐらい? にマリモパンツプレイできて一人のファンとしてとても嬉しかったです。完成させてくれてありがとうございました!

2017-03-27

けもフレがヒットした理由

考察余地がある

②不穏な空気がある

③不穏な空気とは真逆キャラクターデザイン

これらはまどマギとも共通している

まどマギと比べてシリアスがぬるいのは時代の変化かと

http://anond.hatelabo.jp/20170326234855

2017-03-24

政治的に相容れない奴らを追い出したい

なんで同じ国に考えが真逆の奴らが同居してんだよ

左翼左翼だけの国に集まりゃいいし、

右翼右翼だけの国に集まりゃいいんだよ

分断断絶こそが真の世界平和への道と知れ

2017-03-23

デビルマンCCさくらって真逆アニメだよな

かたやほとんど悪人キチガイしかでてこないスプラッターホラーアニメ

かたや善人しかでてこないキレイ世界のほのぼの恋愛ファンタジーアニメ

コラボしてほしい

追記:この年になると正直、性愛的な部分は別にタブーを感じない。そんなもんだろうと思う。

母を幸福にしてくれない宗教が嫌いだ。母を幸福にできない自分も嫌い

私は某宗教三世だが、某宗教死ぬほど嫌いだ。

親戚の手前、はっきりと口に出せずにいるが、信者との接触のたびに腹わたが煮えくり返り、その日、一日中気分が悪い。

うちは祖母が熱心な信者で、他宗教には排他的他者にも信教を強制しようとする、ネットで語られる新興宗教信者体現したような存在だった。独善的独裁的で他者反論を許さな祖母が私は大嫌いだった。

娘の母は二世で、家庭環境から価値観としての信仰はあるものの、他者布教はしない消極的な(熱烈信者からはよく思われないタイプの)信者だった。祖母とは真逆のやさしい人で、私は母が好きだった。

私自身は記憶もないうちに入信させられた三世で、新年に謎の会館で数珠で遊んでいたり、自宅で行われる謎のイベントに参加した記憶はあるものの、物心つくと次第にその慣習が疎ましくなっていた。

思春期を過ぎた頃には、内心では完全にアンチと化しており、会合の誘いはのらくらと断り続けたし、選挙活動もその場は適当に応じながら、絶対に票は投じなかった。

近所で信者挨拶されるたびに苦笑いと胃のムカムカが止まらず、挙句の果ては、当てつけのようにこれまた新興宗教の某証人の話に耳を傾ける始末だった。

この憎しみにも近い激しい感情がどこから来ているのか、ずっとわからなかった。

私は「母を幸せにしてくれない」から宗教が嫌いだった。

そして、私は「母を幸せにできない」自分も嫌いだった。

母は数十年、うつ病に苦しんできた。

うつで寝込んでいる母を、祖母信心が足りないとなじり、私に母のために信心するよう強制した。

祖母への反発が強かった私は、祖母の前では頷きながらも、絶対に祈らなかった。

私が祈らないから、母は治らないのかもしれない。

母のために祈れない私は冷たい人間なのかもしれない。

私が母を不幸にしているのかもしれない。

私は「母を幸せにしてくれない」宗教を憎むことにした。

「母を不幸にしている」自分を憎む代わりに。

私は「宗教」というフィルターを通して、「自分」を憎んでいた。

宗教を憎めば憎むほど苦しくなるのは当たり前だった。

自分罵声を浴びせ続けるようなものだったからだ。

私が某宗教を嫌いながら、表面上それを表に出せなかったのは、私の行動の責任が母にまで及ぶことを恐れていたからだ。

私が脱会することで母が信者内で悪く言われるかと思うと絶対脱会できなかった。

玄関先に挨拶に来た議員候補を追い返したかったができなかった。

宗教を捨てることは、母を捨てることだった。


幼い子供は親が怒っていたり悲しんでいたりすると、自分のせいだと思い込む性質がある。

両親が不機嫌だったり、落ち込んでいたりする家庭で育った子供自己肯定感が低くなるのはそのせいらしい。

親を幸せにできなかった挫折感は、「自分は人を不幸にしている」という呪いになる。

殆どの人は、その呪いに気づけないまま、一生、謎の生きづらさを抱え込む。


私は母の幸福を諦めることにした。

引っ越したら脱会届を書くつもりでいる。

結局、私は母を捨てたのかもしれない。

2017-03-22

http://anond.hatelabo.jp/20170321214825

猜疑心が強すぎるのでは。そういう乱れた場もあるのかもしれないが、

おそらく実際としては、現役コスプレの子たちの言っているような健全な場の方がはるかに多いのだと思う。

往々にして、外部の風評というのは特別醜悪な部分だけ抜き出し、誇張され、時に捏造されたものなので、

それをベースに現役の子たちに聞くと、その聞き方によっては自分たちを愚弄していると捉えられ、頑なに反発されるのは当たり前のことだ。それを隠蔽と受け止めてしまったのでは。

というより、そのコスプレイヤーたちもあなた友達だったくらいだから、概ねあなたと同じくらいの知性や倫理観世界で生きてきた人だ。あなたの憂慮するような事に遭遇したなら辞めていたはず。

続けているということはそういう乱れた層の人間とは遭遇していないか、したとしても距離を置いて、真っ当にやっているのだろうと汲んであげ、配慮した上で訊いてほしかった。

 

このような、内側の人と外側の人との乖離を、私も別の件で感じたことがある。

私自身、ラブライブという作品ファンで、その作品性に、キャラクターたちの関係性に、演じる人たちの熱意に、心動かされ感動することしきりだった。今も作品を大切に思っているし、ファンも大半は悪い人ではないと思っている。

なにしろ内容が、多様性を尊び、拙さにも寛容で、思いやりにあふれた優しい世界観でありながらパワフルなベンチャー精神鼓舞するような内容だからだ。

けれども、偏見の目でみられやす美少女ものかつアイドルものでもある。大ヒットしファンを大量に抱える中で、やはり外部の人からは「気持ち悪い」と思われる部分が、ことあるごとに抜き出され続けてきた。

全身にキャラバッチをつけた人や特攻服を来た人が徒党を組んで街を闊歩しているだとか、ファン聖地甘味処で騒いだだとか、あるいは殺人事件を犯した学生ファンだったとか。

そういう悪評に繋がりそうなことを、ネット暇人たちは目ざとくみつけてきて、そのたびに作品ファン呼称であった「ラブライバー」は、ネット上においては蔑称として認知されていった。

実際にそれ単体で迷惑を掛けているとは言い難い「痛ファッション」などについては、私自はいい歳のおっさんでありグッズ収集欲も見せびらかし欲もないとはいえ、

まりに叩かれるのが不憫で擁護していたりもした。もっと暖かい目で見られるくらいでいいとは思うのだが、やはり外部の人は弾圧対象にしたいくら気持ち悪がるものだ。

ネットを見ていると、非ファンの人が触れる情報は、そういう「ラブライバー」を揶揄するものばかりだから、「あの作品クズキモオタヤンキーの集まりなんだな」という印象になってしまっているだろう。

けれども、私が街や劇場などで目にし、触れてきたファン若者たちは、平均的な若者たちと大差なく、基本的礼儀正しく、親切で、真っ当なバランス感覚を持っている人が多かった(あとカップルが多すぎ)。

その乖離は、私が運良くファンの一員として内側に居たからこそ気づけたようなもの

もし2013年のあの時、偶然スクフェスDLせず、ネットに篭ってゆるいアニオタを続けていたら、ラブライバーにいい印象は持っていなかったと思う。

それほどまでに、「理解しがたい奴ら」への「嫌悪感」は容易に人の心へ侵入してくるものだと言うこと。

2ちゃんファンが集う板でも、「前は『ラブライバーwww』って見下してたけど…」という人はよく見かける。

けれどもそうした人は、ラブライバーdisで溢れているメジャーまとめブログコメ欄などには行かなくなるし、可視化されない。

結果として、他人醜態を嘲る卑小な感性の人々の持論ばかりが、ネットの総意になりやすい。

 

同じようなことは、もちろん他作品でもある。○国嫌悪だとか、著名な人、政治家芸能人経営者への態度でも起こりうる。

そういえば私はその前に、堀江貴文さんに関しても同じことを経験していた。

彼がなぜ罪に問われたのかについて興味をもって、ニートで暇はいくらでもあったので、日本司法経済についてWebコラムや本を読み漁った。

いろんな方面有識者の彼に対する見方総合した結果、彼は過剰に批判されていると私は判断した。

そして、むしろ彼の才能や考え方は尊敬に値するものが多いと感じてファンになった。もともと自分思想傾向が彼同様リバタリアンに近かったせいもあるだろう。

もちろん世間感覚とは真逆だ。いつまで経っても彼を「でも犯罪者でしょ」と思考停止して評する人が多いのは、息苦しいがどうしようもない。

ただ、彼が他と違うのは、今でも著名な大学に招かるなど、風評と切り離して是々非々評価する人たちからは求められていること。

彼に限らず、歯に衣着せぬ物言いをする人は、どうしたって悪印象を持たれ、する事なす事マイナス補正が掛けられる。

それでもやってる事が保守的職人キャラなら好かれることもあるが、破壊的急進的な行動様式の持ち主であれば、多くの日本人は嫌う。

でもそういう人も必要だし、正しく評価されるべきだ。

私は「叩かれまくっている人から良さを汲み取れるオレカッコイフェチ」になっているのかもしれない。

ほかにも、極論ばかりと叩かれる池田信夫だが、氏のブログ普通に勉強になることが多い。感化されて『資本主義自由』や丸山真男を読むようになったり。

一種中二病と笑わば笑え、それでも「安易に悪意に染まらない」心という得難いタレントを得たと自分では思っている。

 

話を戻すと、増田が難儀なのはコスプレ世界踏み込みそうなのが彼女だと言う所。

これが自分自身であれば、まだ傷つくのを恐れず飛び込んできちんと判断してやろう、という良い選択肢があるのだが、そうは行かない分、慎重になるのは分かる。

もし、増田があげた彼女のくだりが虚構で、コスプレへの嫌悪感を表明するための方便だったとしたら、この下衆がと罵倒してやりたい所だが、本当にそういう事なら、提案がある。

彼氏彼女の仲なのだから、二人そろってコスプレに参戦してみたらどうか。

彼女を守りつつ虫除けもできるし、彼女にとってもその方が嬉しいし楽しめるだろう。

コスプレ元ネタ作品を一緒に鑑賞する機会などもつくれるし、一石三鳥だ。

それをせずに、彼女コスプレ醜悪な部分ばかり語って忌避するように仕向けるのも手としてはある。

それも彼女保守的性格ならいいが、そうでなければ「了見の狭い男」と取られる可能性もある。

わざわざコスプレしている友人に裏を取りに行こうとしたあたり、後者を恐れているんじゃないかと思う。

それが頓挫した今、残された道はやぱり「二人一緒に」しかないのではと思う。

2017-03-19

訴えの矛先について

ネット上に溢れる色々な異性に対する訴え。

夫が家事育児をしない。死ね

男が男尊女卑だ。死ね

...。

これらの訴えって、彼女たちが本当に訴えたい層に届いているのだろうか?

届いていないんじゃないかネット上のリベラル?な、どちらかというと彼女たちが腹を立てるような男とは真逆属性男性たちが、上記のような記事を見て、「男(=俺)ってそうなのか...」「生きるって大変だな...」となるだけなのではないか?とふと思った。

そもそも彼女たちは男にどうにかしてほしくて記事を書いたのではないのかもしれない。ただ書き殴りたいだけなのかもしれない。分かるーとブコメがつけばいいのかもしれない。

ただ、例えば家事育児をしないA子さんのクソ夫のせいで、善良な全然関係ない男たちに矛先が向くの、なんかかわいそうだなって。

以上です。

2017-03-15

http://anond.hatelabo.jp/20170315154459

それどころか文章全部読んでなくてワードしか拾わないせいで

意味真逆の捉え方してるやつとか普通にいる

恐ろしいというか笑えない

2017-03-14

[][][][]「選択」こそが、人間に活力を与える。

Amazon.co.jp: 選択の科学: シーナ・アイエンガー: Book

動物園動物は、野生の動物より、はるか食糧衛生状態の面でめぐまれているにもかわらず、寿命は圧倒的に短い。

たとえば野生のアフリカ象寿命は56歳ですが、動物園のそれは17歳。

動物園動物には、過剰な毛づくろいや、意味もない往復運動などの神経症状をみせる動物が多いのです。

その理由は、野生のときのような、「選択」ができないからだ、ということが明らかにされます



人間だって同じです。

英国の20歳から64歳の公務員男性1万人を追跡調査して、さまざまな職業階層健康状態比較を行うというものがありました。

その結果は、「モーレツ上司が、心臓発作をおこして40代でぽっくりいく」という予想と真逆の結果が出ていたのです。

職業階層が高ければ高いほど、寿命は長かった。

これらは、職業階層の高さと仕事に対する自己決定権の度合いが直接相関していたことに理由がありました。



ひきこもり ダブルバインド 二重拘束

イヤな仕事人生使うなみたいな浅いハナシをドヤ顔でしないで!

金のために嫌な仕事。辛い仕事

金曜日を待つ。

こういうのはよく外国人「悪」しますが、日本人はあまり「悪」とは自ら言ったりしません。外国人に言われて、ハッとすることはある感じ。

僕はこれは単なる国の文化の差であり、トレンドみたいなものだと思っています

何なら真逆意見の本もよく見るし、ビジネス本では王道でしょう。憂鬱でなきゃ仕事じゃない、とか、仕事こそ自分を磨く、とかとか。稲盛和夫的な。

まあ両極端な意見でどちらも正解だと僕は思う。その違いは「幸せは人それぞれ」ということくらいなんじゃないかなあと。

ホセムヒカも正解。稲盛和夫も正解。極端なだけ。金のために嫌な仕事をしてても幸せな人は、自分幸せにするお金の使い方を知ってる。金曜日を待って仕事をしても幸せな人は幸せな週末の生み出しかたを知ってる。そんで日本人は意外とこういう人がいる気がする。

この動画でも言ってますが、自分が本当にしたいことがしたいことは何か?をよく知り、そのために嫌な仕事をしているのならアリという考えが日本では主流ではないのかな。それも幸せの一つの形だと思う。

他人がどうこう言おうと、自分は今幸せか?ということに感度を鋭く持っておきたいと思う。

てか、イヤな仕事を誰もしなかったら誰がその仕事をするんだよ。意地悪な捉え方をすると、自己中心的な話だな、と思ったりもするんだよ。

2017-03-13

野菜運動睡眠瞑想、+α

それは「すごーい!楽しいー!」

これですよ。

アニメはみてない。はてブで概略を知った。

はてブ便利ー!スゴーい!

この世はクソだ。つまらぬこと、腹の立つこと、つまらぬことばかり。

しかしながら、「すごーい!楽しいー!」とあえて口に出してみる。

思っていなくてもいい、心の片隅になくてもいい、真逆のことを考えていても、あえて口に出してみてる。

不思議なことにそっちに引っ張られるのだな、心が。

さっきまでくそ!と思っていたのに、なぜかどうでもよくなる。

思っていないことを口にすることに躊躇するかもしれない。

私もそうだった。

でも、あえてやってみる。

2秒くらいでできる、心を保つ方法

バカみたいにやっていると、嫌な気分を引きずらないだけではなく、自分の気分の底が上がるのを次第に自覚した。私の場合は。

落ち込んだ時の底が今までよりマシになる。

自分の抱えている問題がたいしたことない気がする、気のもちようで、次の未来が決まる。

命の危険がないような状況であれば、この方法はあるていど有効

2017-03-10

http://anond.hatelabo.jp/20170309181815

そうなんだよな。被害者意識

ミソジニストの男ども見てると、「女叩きは非難されるのに男叩きは非難されない!」とか

とことん現状認識真逆だと感じるわ

男性差別」「日本人差別」とか言ってる奴らこそ「弱者特権を振りかざし好き放題してる」と思うんだが

奴らは絶対にそんなこと言われないんだよな

2017-03-09

http://anond.hatelabo.jp/20170309121548

それは徴税原則真逆の発想やね。やり直し。勉強が足りなすぎ。

プール授業 飛び込みの是非 スポーツ庁長官鈴木大地氏は全面禁止に難色「もやしっ子が育つ」(内田良) - 個人 - Yahoo!ニュース

プール授業 飛び込みの是非 スポーツ庁長官鈴木大地氏は全面禁止…でタイトルが切れてたからたまにはいいこと言うんだなと思って記事見に行ったら真逆でガッカリ

2017-03-03

http://anond.hatelabo.jp/20170302172228

どっちかというと8話不評の原因は真逆で、

オタク(と自分オタクじゃない!と必死でもがいてる人)が自分の姿を鏡で見せられて萎えた」っていうのが真相な気がするんだよな

2017-03-01

借金玉氏の「残業禁止強者ルールなのでは、という話。」について

「ウァァ!」

「どうも、効率の悪い人です」

については、特にありません。

生産性効率…なんですかね?」

および

創造性は時間単位では計測できない気がする」の前半は、後回しにします。


創造性は時間単位では計測できない気がする」の後半および

残業禁止強者ルール

「で、どうしますかね」

の部分が重要です。ざっくり要約します。

システム化されてる大企業と、中小零細企業は違う。中小零細企業は、たくさん働かないと勝てない。

残業禁止では、資本装備率が高いほうが勝つ。「弱者」はたくさんはたらかないと勝てない。この構図は、「大企業中小企業」に限らず、「定型発達/発達障害者」も同様。

長時間労働には問題があるため、「長時間労働させろ」とは言えない。具体策はない。残業禁止で失われるものがあり、損する人がいる。

大企業資本装備率が高くて労働生産性が高い、これは直感的にもそうでしょう。

ここにもそんな記述がありますhttp://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/h20/h20/html/k2120000.html

まず大企業と同じ利益率を出したり、定型発達と全く同じ成果がだせなければ、すぐ倒産解雇になるわけではないので、「勝つ」という2値的にも見える表現はやや注意が必要です。

次に、大まかな構図としては、「大企業中小企業」と「定型発達/発達障害者」は同じでも、細かく見れば大きな違いがあります

たとえば資本装備率労働生産性が低い企業でも、一人当たり人件費をさげてたくさん雇うことができれば、理屈上は残業をなくせます

また、後述しますが「創造性」に関しても違います


そして、じゃあどうするかについてですが、「社会企業がどうあるべきか」とかは、広範で複雑なので今回は考えません。

就労意欲があり、能力的に就労ギリギリ発達障害者で、残業したい人はどうすればいいか」に限って検討します。それ以外の発達障害者についてはわかり手氏なんかがきっと考えてるんじゃないの??


法務局氏と借金玉氏のやりとりでは、「職場理解配慮を求める」ことがどの程度現実味があるかということが、重要論点になりました。

もし残業ふつうにおこなわれている会社では、そのまま残業すればいいし、残業をあきらめてもなんとかなる場合はそれでもいいでしょう。

ほかの人が残業していないなかで、黙ってサービス残業すると、企業にとって大きなリスク負担になるときがあります

労務管理上の問題以外にも、生産効率に関する情報不正確になることや、セキュリティや機密管理上の問題も生じます

そのような問題が起こるような企業では、発達障害者配慮する余裕もあるでしょうから理解配慮を求めるほうが現実的になるでしょう。

また、発達障害であることを理由にして配慮を求めることには、発達障害者に対する特例であることを周知することにより、それ以外の人への残業拡大を防ぐこともできるので、反感をかいにくい可能性があります

さらに、障害者雇用促進法には、障害者に対する合理的配慮が定められています実効性は知りませんが、無許可サービス残業がさまざまな問題を引き起こすような企業は、遵法精神が高いでしょうからいくら意味があるかも。

もっとも、管理がしっかりしてて遵法精神が高い企業では、「例外的残業を認める」なんてケチ配慮じゃなくて、もっとよい配慮が行われる可能性もあります

職場特性の見極めがたいせつですが、どれを選んでもダメ職場もあります

重要なのはここまでです。以下、後回しにしていた細かい点について。

業務の中の非効率を除去していって効率化するのは絶対必要だろ、とかその辺はわかる。

生産性向上って単純作業じゃなくてそういうのが中心でしょう。

機械化やら人件費の安い海外やらに対抗する策が「手を早く動かす」って、本当にそれでなんとかなるの?負け戦じゃね?って思うわけですよ。

「手を早く動かす」は、生産性向上のなかではダメな方だけど、機械化やオフショアへの対抗策としては、「手を早く動かす」は「残業」に比べればずっとまし。

ブログ書いてて思うんですが、かけた時間エントリ評価はまるっきし比例しないです。僕のブログで一番のヒットだったエントリは、正味45分で書きあがってますが、全く評価されていないエントリに5時間かかってるなんてのもザラです。そういうもんだと思います。僕も文章書いて長いですから、「効率よく字数を埋める」は苦手じゃないんですよ。下請けの████で他人の████を書いている時なんかは完全にこのモードですので、字数ベース生産性は非常に高い。でも、本当にそれって生産性ですかね?

で、なんですよ。単純な知的作業さえもAI化していく世界で、人間がウォー出来るエリアってもうこの「創造性」以外にそんなにないと思うんですよね。長期的にはこのエリアすらAIが殴りこんで来て尖った棒で我々を追い出すのかもしれませんが、それでも今のところ。(自動ブログ書いてPV集めて広告貼るAIはてな支配する日も来るのかもしれない)

意味がわかりません。とりあえず「(ブログなどの)創造性の領域では、かけた時間と成果がまったく比例しない」かつ「AI化が進む世界で、人間活躍できるのは創造性の領域だけ」と解釈します。

時間と成果が比例しないなら、短時間でも成果を出すことは可能で、人間AIに勝てる唯一の分野なら、その仕事には価値がある。

したがって「創造性の領域では、とても高い労働生産性が期待できる」が導けるのではないですか。創造性の領域では長時間労働必要ってのと真逆でしょう。

実際には上記の2つの主張は偽であり、創造性が重要領域では長時間労働必要かもしれません。創造的な分野では、人材管理評価がきっと難しいでしょうから、少数精鋭がいいはず。そのため長時間労働になりやすいかも。

わかり手氏の記事で、発達障害者は出力が安定しないとありましたが、創造性が重要になる領域では、健常者であっても出力が安定しないの可能性もあります。そうだとすると発達障害者が背負うハンデはすくないのでは?

これらの点も大企業中小企業の違いと、定型発達と発達障害者の違いという、二つの違いの間の違いです。

濱口桂一郎氏の記事について

その「特権」を行使できない総合職女性たちがいわゆる「マミトラック」に追いやられていくという姿は、「平等」という概念の複雑怪奇さを物語っています

マミトラック」はあっても「発達障害者トラック」はおそらくありません。それは借金玉氏が望んでもたどりつけなかった地位であり、借金玉さんからみればマミトラックこそが「特権」なのでは?

濱口氏の記事は、単体でみれば重要だとしても、借金玉氏の主張がそれに回収できるわけではないと思います

2017-02-25

私がえっちゃんを嫌いなのは何故なのか

私はえっちゃんが嫌いである。ガールズバンドボーカルのあのえっちゃんのことだ。

明確な理由はすぐに思い浮かばないくせに、嫌いという感情名前を目にしたり声を聞いたりするだけで私の心にふつふつと湧き起こる。ああ、またCMえっちゃんの声がする。嫌いだ。


私がえっちゃんを知ったのは10代の頃だった。当時仲良くしていた男性がいて、その男性が「えっちゃんかわいい」と言ったからに思う。それまではバンド名と有名曲を少し聞いたことがある程度でボーカルえっちゃんという名前ということは知らなかった。

その男性とは曲の趣味が合うのできっと私も好きになるだろうと思った。


ちょうどその頃だったと思う。なんの番組だか忘れたがえっちゃんテレビに出ていた。愛嬌のあるのっぺりとした顔立ちで、小さく華奢で、声が女の子らしい。スリーピース体制だったが三人とも野暮ったく上京したてなんだろうと思った。

その番組の中で三人にいろいろ質問をしていた。Yes/Noで答えられる質問ばかりだったと記憶している。そこで事件は起こったのだ。

どういう質問だったのかも忘れてしまったがえっちゃんは、えっちゃんだけは他の二人をまるで見捨てるような回答ばかりしていたのだ。売れるためならソロでもいいというようなことを言っていたように思うが、記憶を改変しているかもしれない。真逆のことを言っていたかもしれない。とにかく、他の二人とは違う回答をしたのだ。

女性は周りに合わせ必要以上に空気を読む性質を小さい頃から持っていると思うのだが、そのときえっちゃんはそんな気を微塵も感じさせない言葉を使っていた。そのとき私はこの女を嫌いだと思った。

この女は売れるために、有名になるために、たくさんの人に自分の曲を聞いてもらうために、自分の声を聞いてもらうために、周りの人間踏み台にしていくような女なのだと。

もちろん売れるために良い曲を作り発信していくことは素晴らしいことだ。しかしその過程で今まで一緒にやってきた“仲間”をいとも簡単に切り落とすことにためらいのない人間に、どうしても違和感を感じてしまった。

それからだ。私がえっちゃんを毛嫌いするようになったのは。きっとこれがそうだ。

この番組を見てからえっちゃんを、えっちゃんの声を嫌いになった。


それからというもの、私はえっちゃんこき下ろすようになった。

顔がかわいいわけではない、どちらかと言うと残念な方だ。百均の300円商品のような感じ。体型がセクシーなわけでもない。薄っぺら思春期前の少年のようだ。声も甲高く、あざとさが目につく。曲はいものも確かにあるが、地味な女性が歌うからいいと言う“地味な女性”を抜いてしまえば凡庸ものに感じてしまう。

そして結婚を三年隠していたこと、妊娠が発覚したときに完全に大嫌いになった。あざとさだけでは飽き足らず、えっちゃんは強か過ぎた。あんなに清純そうに振る舞っていながらも実際はバンドマン旦那と愛を育んでいた。ファンではないがとてもショックを受けた。ああ、私があの時感じた違和感気持ち悪さは当たっていたんだと。

持論だが、性を感じさせない容姿をしている女ほど性欲が強いように思う。素顔に近い化粧しかしない人、自毛そのままでカラーパーマをしない人、Tシャツジーパン好きな人など。

えっちゃんは持論に驚くほど当てはまる。ウブな見た目に騙されてはいけない。えっちゃんは経産婦だ。


私がどうしてえっちゃんを嫌いなのかを考えつらつらと文章を打ち込みながら、気が付きたくなかった事実に辿り着いてしまった。

私はえっちゃんが羨ましいのだ。

どちらかというと残念な見た目をして性格陰険田舎者みたいなえっちゃんがたくさんの男を魅了して(たとえそれがオタクな男たちであろうとも)、バンドマンという目立つ職をしている男を捕まえ結婚その男の子供を産み、それでも人気があることに。

私はお世辞にも綺麗とは言えない見た目をしていて、体も薄っぺら貧乳だ。性格は薄暗く頭もおかしい。単語を並べるだけならえっちゃんとそう変わりはないのに、えっちゃんメジャーデビューしているガールズバンドの顔でファンもたくさんいて旦那もいて子供もいる。たまにいい曲も書く。私はただの事務員で未婚で恋人もおらずついでに言ってしまうなら処女だ。しっかりと誰かと付き合った記憶はない。

私はえっちゃんが羨ましいのだ。気が付きたくなかった。羨ましい。

一般的女性幸せを掴んだえっちゃんが羨ましい。これからもいい曲を書いてね。聞かないけど。

2017-02-16

年寄りを敬うより、子供を敬う方が賢いとすら言える。

産んでしまった人は、今更産まなかったという未来は選びようがない。

産んでしまったのだからこそ、親は子供を大切にするべきだ。

人の一生を考えるとき

天寿を全うする場合、老化で死ぬことになる。

個人の一生の範疇から能力の推移を考えたとしても、

年寄りを敬うよりは「子供を敬う方がより利口な方法」だと言える。



大半の大人がこれの真逆をいい放ち、「俺たちのご機嫌をとれ。より気持ちよくしろ。」と赤ちゃんばりに駄々をこねる。

現状の躾の本流への批判

躾というのは、子供にそれが何故ダメであったり、良かったりするのかを理解させることが大切だ。

子供に対して「嫌なことをするな。」と何度も言うよりは、

の子が嫌なことを体感している時に、その子が喜ぶことをしてやる方が、

その事柄意味を深く体感として学ぶことができる。



言葉で何度も伝えたり、体罰や、口汚い批判で厳しく伝える必要はあまりなく、
より良いものを選べるように適度に感情をくすぐってやるだけで良い。

もし子供を道具だと仮定するにしても、道具を扱いきれずに壊すのはバカである

2017-02-15

アニメけものフレンズガチ画期的な点

ふつう、このくらい話題になるとみんなのハードルガンガン上がる

するとどれほどの名作でも、超えられない高い壁がみんなの心のなかに作られてしま

 

だがけものフレンズは、見始めるとハードルガンガン下がる

いわゆる「IQ下がる」「脳が溶ける」ってやつだ

判断能力が失われる

 

理由はいくつかある

登場人物がみんなポンコツ過ぎて、真面目に考えるのがアホみたいに感じられる

・みんなかわいい

脱力するような展開、言動

 

まり緩急の「緩」のつけかたが異常にうまい

(名作と呼ばれる作品は大抵「急」がうまい

 

そうして、視聴者の脳が完全にだめになったところで、各話の最後に少しだけ「急」をつける

それだけでダメになった脳は「うおー!」となってしま

他の作品だったら「小出しうぜーな」というような展開でも、けものフレンズでは「うおー!たーのしー!」だ

 

「強力な緩」

これは他の作品でも再現できたらすごいんじゃないかな?

具体的にどう再現するかは、クリエーターの方々がんばって

 

たぶんだけど、「オレツエー」の真逆をやれば良いんじゃないかと思う

2017-02-14

http://anond.hatelabo.jp/20170206213549

加齢による変化が受け止められない可能性があるのがリスクファクターか。年取ったら必ず今よりも見た目は悪くなるからなー



自分真逆。顔だけなら誰が見てもイケメンが好みだし、なぜかそういう誰が見てもイケメンに好かれがちだけど

付き合いたいと思ったことがない。俺好かれて当然でしょ俺のこと好きでしょ顔で来られるの鬱陶しいか

つーんとしとくとプチストーカーみたいになってウザいし。なんでそんなに自信満々かよと思う。



増田自分がフッた体でいるけれど、案外相手の女の子に「こいつうざーい」って思われて

やんわりされてる可能性もゼロじゃないよね。だって見た目が気に入った子とも長続きしてないんでしょ、結局

半年前に「氏ね」と言われた相手から手紙がきた

半年前に不用意な発言から好きだった女の子を怒らせてしま

氏ね!しんでほしい!」と言われた。

それ以来、ずっと落ち込んでいたんだけど昨日、その子から手紙が来た。

ハッピーバレンタイン

あなたにとって「楽しい」が沢山ある1年になりますように。」

たぶん半年前の出来事を忘れているのかもしれないけど

言ってることが真逆じゃないかモヤモヤする。

半年前に「氏ね」と言われた相手から手紙がきた

半年前に不用意な発言から好きだった女の子を怒らせてしま

氏ね!しんでほしい!」と言われた。

それ以来、ずっと落ち込んでいたんだけど昨日、その子から手紙が来た。

ハッピーバレンタイン

あなたにとって「楽しい」が沢山ある1年になりますように。」

たぶん半年前の出来事を忘れているのかもしれないけど

言ってることが真逆じゃないかモヤモヤする。

2017-02-11

日本喫煙事情について正しい事実を書くからちゃんと読んでほしい

http://anond.hatelabo.jp/20170210112714

言わんとしてることはわかる。確かに昔パリ行ったときは、吸い殻だらけでビビった。それから見れば、日本が「分煙推進国」に見えなくもない。

でも重要なことは、受動喫煙の「リスク」なんだよ。

開放された屋外と、締め切った屋内で、どっちが受動喫煙リスクが高いと思う?当然、屋内だ。

中国からPM2.5文句言ってるけど、喫煙可の喫茶店居酒屋PM2.5濃度が、北京以上にヤバいってことを知ってるか?

日本は、健康リスクの高い屋内の受動喫煙を野放しにしたまま、そこまでリスクの高くない路上喫煙を、「マナー」とか「火傷防止」とか「景観上の問題」とかにすり替えて締め上げてきた。というか、JTマーケティングにまんまと騙されてきた。健康リスク観点から見たら、対策真逆だったことが最大の問題なんだ。外で吸えないのに中でも吸えないなんて!と言うが、逆に中で他人に煙を吸わせることの方が規制されて当たり前なんだよ。

ちなみに「分煙」では受動喫煙が防止できないことは世界常識な。喫煙室の扉が開いたとき禁煙空間に煙が流れるし、喫煙した直後の肺には煙が充満してるから喫煙からすぐ禁煙空間に行けるような造りだと、結局禁煙空間に煙を吐き出してしまう。だから厚労省も、屋外の喫煙場所からオフィスに戻るのに遠回りをさせてる。あと最大の問題は、そこで働く労働者や清掃業者受動喫煙な。分煙だとこの問題絶対解決しないことは明らかなのに、そんなこと承知JT分煙を推し進めてる。奴らは、「ひとのとき」は想ってるけど、「ひとのからだ」については何とも思っちゃいない。ちなみに、罰則付きの法制化に反対してる糞議員ももJTから政治献金を受けてる。JTの罪はホントに取り返しのつかないレベル凶悪

そもそも、たばこ規制については国際条約があって、日本2004年ごろに批准している。条約締結国は、健康リスクの高い屋内での受動喫煙を防止する義務がある。だから外国は、まずリスクの高いところから、という形で、屋内全面禁煙を進めてきたんだよ。日本リスクの高い屋内の対策を全くしていない。加えて、たばこパッケージ画像警告を載せなかったり、マスメディアが、喫煙有害性をしっかり報道しなかったり(JTスポンサーからね)、といった問題がある。だからたばこ白書が発表されたときニュースで言われていたように、「世界最低レベル」の受動喫煙対策だと指摘されているわけだ。

まり日本は、JT詭弁国民が騙され、財力でメディア議員が操られてきた結果、先進国で最悪の「たばこ天国」になってるんだよ。

まぁはっきり言って、財務省JTの株を保有してる時点で一生何にも変わらないと思うけど、国民はそういう事実は知っておかなければいけない。

教師との恋愛という罪の告白

 先生出会ったのは、わたし中学生の時です。彼は大学院卒業後、国語非常勤講師として赴任してきました。わたしと1周りほど年が離れていて、身長10cm程度高く、かわいい顔立ちをした、少し年齢不詳気味の人でした。


 当時のわたしは、授業中は寝ているか教科書の隅に落書きをしていて、学年下位をふらふらと彷徨っている、やる気のない生徒でした。そんなわたしに「やればできるから」と声をかけ、必死に授業に参加させようとする先生は、いかにも「教師になりたて」で。その熱い眼差しで見られる度に、わたしは居心地の悪い思いをしていました。どれだけ無視をしても「おはよう」と笑顔で手を振る先生、「わからないことがあればいつでも聞いてね」と教室を去る間際、席までわざわざ歩いてきて声をかけてくる先生わたしは、彼の笑顔がどうしても嘘くさく見えて、大嫌いでした。

 気持ちが変わったのは、制服シャツが半袖に変わり始めた頃でした。一週間遅れで課題を提出しに行った際に、とある難関大学過去問を意地悪のつもりで聞いてみたら、さらりと答えられてしまい、その際に知った彼の学歴の高さに意外性を感じたからです。先生はいま思い返してみても、とても頭の良い人でした。自分が頭の良いことを知った上で、きちんと、相手にあわせたレベルで話ができる、勉強を教えることのできる優秀な先生でした。彼の解説を聞きながら、初めて、答えを導き出す楽しさに気付き、勉強楽しいと思うことができたのです。

 いま思えば、わたしは彼のパフォーマンスの引き立て役のひとりでしかなかったのでしょう。後々、彼の鞄から発見した、クラスの成績表の書き込みを見れば分かります。伸びしろはあるがやる気がない、かつ、やる気になれば伸びるタイプわたしは「ちょうど良い生徒」に過ぎなかったのです。そして、幸か不幸か、彼の好きなタイプの顔立ちをしていました。


 先生は褒めるのが上手でした。たった10問の小テストで満点をとっただけでも「偉いなあ、嬉しいなあ」と、にこにこ頷いてくれました。自分で言うのもアレですが、わたし地頭は悪くなかったので、少し本腰をいれて勉強するだけで見る見る間に成績は上がっていきました。周りの教師が驚いた眼で答案を返してくるのが面白くて、わたしもっと良い点数が取りたいと思い始めていたのです。

 いや、違うかもしれません。分からない問題先生に聞きに行きたいがために勉強をしていたのかもしれません。先生担当教科の国語だけでなく、どの教科も教えることができ、また、教え方が上手だった。だから、分からないものがあれば、どの教科でも先生に聞きに行っていた。わざと分からない振りをしていると見抜かれてしまうので、本当に分からない問題を探し、解決していく内に、分からない問題は減っていき、どんどん難解になってしまった。わたし先生に会いたい、質問をしたい、話したい一心で、教科書に向き合っていたのです。


 たったの半年程度で、わたし順位は下の下から、上の上へと上がっていきました。先生は桁数の違う成績表を見比べて笑っていました。その彼の横顔を見ながら、わたしは少しだけ、意地の悪い考えを抱いてしまいました。言わなければ、幸せでいられた言葉を言ってしまったのです。


「1位を取ったらデートしてください」


 先生は、びっくりした顔でわたしを何秒か見つめた後、視線を宙に泳がせました。「お願い」。そう、一歩前に出たわたしから距離を開けるように後ずさり「1位は難しいよ?」と苦笑いしました。「無理だと思うなら、約束してください」。その時の彼の脳内には、きっと、学費免除をされている学年主席優等生の顔が浮かんでいたのだと思います先生は意を決したように「いいよ、ただし、全教科合計順位で」と小声で告げました。


 300人いない程度の学年でも、1位を取るのは簡単なことではありません。優等生は、わたし学校でも飛びぬけて頭の良い少女でした。しかし、わたしには彼女に負けない思いがある。恋心です。

 わたしは、先生とのデート権利をかけて彼女一方的勝負を挑みました。彼女の苦手科目であった生物攻略することで、大幅に点差をつけたわたしは、僅差で勝つことができました。学年末試験の結果が書かれたA4のペラ紙を持って、勝ち誇った笑みを湛えながら職員室に飛び込んできたわたしを見て、先生は少し罰の悪そうな顔をして「おめでとう」と返しました。



 誰かに見つかるのは避けたいと提案された場所は、あろうことか先生の自宅でした。少し驚きましたが、恋は盲目状態だったわたし先生からメールが届いた瞬間、秒速で返信しました。春休み、まだ蕾のままの桜並木を見ながら、ミスタードーナツの袋を下げて、先生の自宅への道を歩みました、人生で1番幸福な瞬間でした。私服姿の先生想像の何倍もおしゃれで、部屋も黒を基調とした、かっこいいものでした。

 わたしたちはドーナッツを食べながら「教師と生徒」という禁断の響きに似つかわしくないほど、平凡で下世話な話をして盛り上がりました。教室内のヒエラルキー職員室内のパワーバランスも変わらず馬鹿らしいと腹を抱えて笑いあいました。先生が録画をしていた、ただ絵面だけが派手な洋画を見ながら、作品とは全く関係ない話に興じました。


 映画を見終わった頃、先生が不意に真剣な表情で聞いてきたこと、その声音を、わたしは忘れることができません。「俺のこと好きなの?」。いつも飄々としていた先生が、こんなに真剣になるのを見たのは初めてでした。報われぬ片想い今日最後にするつもりだったわたしは、笑顔で「大好きです、結婚したいみたいな意味で好き」と頷きました。次に出てくる、哀れで馬鹿な生徒の恋心を突き放す言葉に怯えながら。

 しかし、先生の口から発せられた言葉は、予想の真逆をいくものでした。わたしのことがひとりの女性として好きなこと、これからもこうして会いたいこと。しかし、くれぐれも周りの人に気付かれてはいけないこと、それが守れなくなった時点で離れたいこと。彼の話していた言葉はよく覚えていませんが、約束事の多さだけは覚えています。「教師と生徒」の恋に怯える先生気持ちを手に取るようで、その真剣眼差しに促されるように、わたしは「はいはい」と頷いていました。

 先生が、なぜわたしのことを好きだったのかはわかりませんが、彼はよく「愛に飢えててかわいそう」とわたしを評しました。両親も健在ですし、人並みに可愛がってもらえていたはずですが、わたしは両親との関係性というものがどうしても希薄しか感じられなかった。そんな姿が、愛に飢えているように見えたのかもしれません。彼は小さなから過剰な愛、過干渉を受け育ったそうです。だから、その与えられすぎた愛を持たざる者(と彼が思うもの)に受け渡すことで、バランスを取っていたのかもしれません。


 先生わたしは、密かに逢瀬を重ねていきました。学校では、若いお気に入り教師に熱を上げる馬鹿な生徒を演じ続けました。その一方で、2人で会う時のわたしは、あまり騒ぎませんでした。先生に似合う、大人の女性に早くなりたかったので、静かに、黙っていました。

 高校生になり、バイトを始めると、わたしの身なりは少しずつ「ちんちくりんな子供」を脱却し始めました。大人になるにつれ、彼の熱が上がるのを感じ、気分が良くて仕方がなく、その感覚を味わう度に自分の箍が外れていく気がしました。己のアイデンテイティがうまく掴めなくなり、自分子供なのか大人なのか分からなくなる瞬間が増え、ぼーっとした日々を過ごしていました。誰にも言えないまま、大人になるストレスは存外厳しく、不安に泣いた日も多かった気がします。

 そして何よりも、わたしは頭が良くなってしまった、なりすぎてしまった。あんなにも尊敬していた彼の大学の合否判定は「A」しかでませんでした。学年1位は優等生からわたしの手に移ってしまった。彼が枕元で得意げに語る知識に、目を輝かせることは、もはやできなくなり、ただ黙って薄笑いを浮かべることで精いっぱいになりました。そういったわたしの変化を感じてか、彼はわたしの「人に言えない」ことに漬け込むようになっていきました。


共犯者だよ、君も捕まる」


 そんな言葉を言われる度に、わたしの頭の中はぐちゃぐちゃにかき回され、嗚咽をあげて泣くか、へらへら笑うことしかできなくなりました。誰かに言わなくては、と思いつつも、その先に待つ破滅を考えると声が出せない。何よりも「淫行教師」と「可哀想女生徒」として衆目に晒されるのが耐えられませんでした。

 わたしは、先生のことを本気で愛していました。彼の未来は輝かしいものであってほしかった。たとえその先に、わたしがいなくても。先生がどれだけ汚い姿を見せてきても、教室の隅で燻っていたわたしを救ってくれた人に他ならないのですから。それが例え、先生の株をあげるためのパフォーマンスであっても、救いだったのですから


 物語の幕引きは、あっけないものでした。先生は、自分の罪を周囲に告白してしまったのです。2度目の冬のことでした。放課後、その曜日先生学校に来ていない日だったので、早めに家に帰って漫画でも読もうといそいそ帰りの支度をしていたわたし学年主任が呼び止めました。主任は、まるで化け物でも見たような、恐ろしい、それでいて悲しそうな目でわたしを見ていました。すべてを察しました。

 先生は、主任校長にだけわたしたちの関係告白しました。校外で2人で会っていた事実を認め、これ以上関係が深くなる前に学校を去りたいと告げたそうでした。主任校長は、わたしに深く頭を下げました。そんなことしてほしくないのに、する必要ないのにと焦るわたしを2人は涙を堪えた目で見上げてきました。そして、痛切な表情で「肉体関係はあったのか」と問うてきました。「ありません、断じて」とだけ答えると、先生たちは泣き出し、再び謝り始めました。わたし校長室の分厚い壁が、この大きな泣き声を外部に漏らさないかだけが心配でした。


 先生からはその数日後、直接、学校を去ることを告げられました。彼は、わたしが嘘をついたことを責めました。勝手な生き物だと、少し幻滅したのを覚えています一方的に罪を告白し、逃げ出すのはルール違反だと怒りたい気分でした、しかし、解放されたがっている自分がいたのも、また、事実でした。わたしたちは主任校長に話したこと「だけ」が2人の間にあった関係であることを確認会話し、男と女関係を辞めました。

 先生わたしは、3学期中をいつも通りに過ごしました。終業式で言い渡された先生退職を聞き、泣いている生徒の多いこと。別れを告げ、さよならを惜しむ生徒たちを横目に見ながら職員室に顔を出さずに、わたしは去りました。先生の机に重なった書類の多さは、1日やそっとで持ち帰れる量ではないと判断たからです。

 春休みわたし毎日のように学校に通いました。先生の机が見える、職員室と質問コーナーの境目に陣取って赤本を進めました。毎日うつもりでしたが、たったの1日だけ大雨が降り、行かない日がありました。その翌日、いつものように職員室に向かうと、先生の机はもぬけの殻になっていました。わたしはその瞬間、初めて人前で叫び声をあげ、怒り狂いました。教師たちの静止の声も聞かず、わたしは何度も横に立ち、椅子にもたれかかり、無意味に引き出しを開け閉めして遊んだ、彼の机を蹴り上げました。そして、糸が切れたようにしゃがみ込み、永遠と、わんわんと小さな子供のように泣いていました。


 高校3年生の時、知り合いか先生都内の某大学で働いていると知らされました。わたしは当時の志望校よりも幾分か偏差値の低いその大学第一希望に変更し、無事に合格しました。学びたい学問でもなんでもありません、ただ、先生いるからでした。何も言わず、大雨の中逃げるように去っていった彼に、文句の一つでも言ってやりたかたからです。大学生としてあらわれたわたしを見た先生は、怯えきっていました。「お金ならあげるから」と言われた瞬間、わたしは、あの日職員室で暴れた時のように先生の鞄を投げ捨て、近くのベンチを蹴り上げました。

 なぜか彼は土下座をして、許しを乞うてきました。わたしがしたかったのは、してほしかったのは、そんなことではありません。ただ「さようなら」とだけ言いたかっただけなのです。先生は、季節が夏になる前に海外へと去っていきました、何か月か後に届いたエアメールには「許してほしい」と何度も綴られていました。

 先生は、わたしのことが恐ろしくて仕方がないようでした。大学でふとすれ違っただけで、化け物を見るような顔をして踵を返されるたびに、わたしの心は潰れました。きちんと別れを言いたいだけだったのに、いつしか、互いに恨みが募っていってしまったのです。彼はすでに日本に戻ってきているようですが、わたしは、まだ会いに行けていません。会うのが怖いのです。あの目が怖いのです。


 わたしの家には毎年、主任校長から年賀状が届きます。他の生徒には届いていないようですが、わたしにだけは届くのです。罪を共有し合う仲間ですからわたしはその年賀状に、便箋3枚程度の手紙で近況や1年の振り返りを送るのが常でした。母は、特別親しくもなかった教師への手紙を綴るわたしを眺めては、毎年、不思議がっていました。

 はじめて家を出ることになり、年賀状の送付先が変わることを告げる手紙を綴る最中わたしはぽろりと母に罪を告白してしまいました、勿論、関係については「公然事実」のみ伝えました。母は「でも、好きだったんでしょう?」と聞いてきました。そうです、わたしは好きだったのです、先生のことが。そして、今でも好きなのです。「さよなら」を言えないまま、わたし片想いの渦にまだ囚われているのです。「なら、良いじゃない、世間はどういうか分からないけれど」。そうです、他人など、どうでもいいのです。どうでもよかったのです。


 冬になり、主任校長一人暮らしになったわたし年賀状を出すことなく、立て続けにこの世を去りました。わたしのことをずっと気遣ってくれた2人は、成人し、就職が決まったことをとても褒めてくれました。彼らが、あの日以降、罪について話題に出した日は一度もありませんでした。わたしを気遣う優しい文面、文化祭に遊びに行ったわたしを出迎えてくれた笑顔、どこまでも優しい2人でした。

 2人の葬儀には沢山の生徒、教師が集まりました。その中の誰も、わたしの罪を知る者はもういません。しかし、幼き日の思い出話に花を咲かせれば、誰もが「あなたは、あの先生が好きだったのでしょう?」と聞いてきますわたしはその質問をされる度に「好きです、今でも」と答えるのです。そう答えながら、喪服姿の先生を横目で探してしまうのです。ヒールはいわたしと同じぐらいの身長、年の割にかわいい顔立ちをした年齢不詳の人。わたしは、彼がどんな姿をしていたのかも、もう曖昧しか思い出せません。一緒に撮った写真はたったの1枚しかありませんでしたし、それもどこかに消えてしまいました。

 

 はじめて会った日から、気付けばもう10年以上の月日が流れてしまいました。あの頃急速に大人になってしまったわたしは、ひどくアンバランスな心を抱えて生きていますわたしの心は未だに、あの新しいようで古ぼけた校舎に囚われたままなのです。職員室を入って右側の島、奥から3番目の灰色の大きな机、先生の足元にしゃがんで、顎をひんやりとした板にのせて、話すのが大好きな子供のままなのです。

 しかし、わたしがいまいる場所は、生きている場所は、あの箱庭ではないのです。過去の罪に囚われる時代はもう終わりなのです。だからこそ、口に出さなくてはいけないのです。だからこそ、会いたいのです。会って、言いたいのです。


 せんせぇ、さようなら


 はいさようなら


 いつか終わりを迎える日に、罪を抱えた半身の行方を知らずに眠ることが、わたしはできそうにないのです。

2017-02-10

http://anond.hatelabo.jp/20170210202329

正直、首相一人で政治を行うわけでもないから、ある面で超有能であっても、それゆえに我が強すぎて周りと折が合わないみたいなのより

いろいろと劣ってそうだけど、周りが担ぎやすいほうが、安定政権首相にはふさわしいと思う。

とてつもなく超すばらしい政策奇跡を起こすような政治家には到底なれないけど、着実に成果を残していく、というやり方に限定されるが

特にその制約が大失点になるような状況でもないし。

短期政権だけど、その期間中に超例外的で、すばらしい業績を残した、みたいな政治家もいてもいいとは思うけど

その真逆がいても別にかまわないと、個人的には思う。

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