はてなキーワード: セルフイメージとは
ブルゾンちえみが好きだ。
ようつべで何度も何度も繰り返し見ては大笑いしている。
と言っている。
自分の記憶の中では柳原可奈子がまず思い浮かぶけど、女性だからこそわかる「いるいる!こんな女」という笑いは結構いろんな女性芸人がやっているけど(男性のバカリズムがやっていたネタも大好きです)、ブルゾンちえみも大枠ではその中に入るのかなと勝手に思っている。ただの印象で語っているだけなので詳しい人間違ってたらごめんね。
彼女が受けているのは「キャリアウーマン」という言葉から大衆が想起する漠然としたイメージに、彼女のネタがよく合致しているからだと解釈している。自分は少なくともそういう動機で笑っている。もちろん現実にあそこまで振り切れた人はそんなにいないけれど、一人の女として、自分自身の中にもあの「キャリアウーマン」さんと重なる部分がないとは言えない。「男は手玉に取ってなんぼ」「自分らしく生きる」「周囲に流されない強いアタシ」みたいな、なんかそんなセルフイメージを大切にしたがっている部分。そしてそれを体現した彼女を見てなぜこんなにも笑えてしまうのか、ちょっと考えた。ほんとはわたし、そういうのあんまり好きじゃないんじゃないだろうか。あの「キャリアウーマン」さんは、女性誌をはじめとする昨今のメディアがガンガン押し出している「あるべき女性像」の権化だ。
正直ね、もうそういうの疲れてるのよね。突っ張って、気合い入れて、周囲の人との関係性を巧みにコントロールしながら生きていくのって、大変なのよ。もっとのんべんだらりと、ときには流されたり、理不尽と戦わずして負けたりしながら、それでもえっちらおっちら、なんとかかんとか生きていくぐらいでもね、もういいんじゃないかと思うのよ。要するにメディアがあの「キャリアウーマン」さんのような女性像をゴリ押しするのは高い服やら化粧品やらをたくさん買ってほしいからだし、それに踊らされることに疲れた女性が彼女の姿に癒しを見いだしているのではなかろうか、と、自分がそうだからみんなそうだとは限らないけれど、そんなふうに思う。
一方で、突っ張って、気合い入れて、まだまだ強い逆風と戦いながら働いている本物のキャリアウーマンに、彼女はどのように映るのだろう、とも思う。
一時期そのような生き方に憧れて頑張ってみた時期もあるけれど、わたしには無理だった。心も体もついてこなかった。
今は家事の傍ら、週2日もしくは3日ぐらいのペースで細々と自営業をしている。
だから、男性と肩を並べて大きな仕事に取り組む女性はすごいと思うし、そういう女性がもっと働きやすい世の中になってほしいと常々思っている。
しかし、あの「キャリアウーマン」さんがネタとして成立するということは、正直まだまだ、真の男女平等には遠い世の中なのかなあ、と思ったりもした。
考えすぎなのだろうか。
自分も遅刻魔で、他人を苦しめて自分も苦しめてきたから分かる。
私の場合だけど…考え得る原因はいくつかみつけたので紹介する。
まず私の症状は、昔からギリギリだったけどとくに大学時代は遅刻欠席常習犯だった。しかし遊びなどは間に合うことが多かった。
社会人の今は、ふたたびギリギリながらセーフを保っているタイプだ。
それから、遅刻癖が顕著なのは家から出るのだけで、出先から別の場所へ移動するときはとくに問題なかった。
●慢性的な罪悪感
他のトラバにも挙がっていたが、自己肯定感が低く、無意識下で罪悪感を感じていたい欲求を抱えている。
●愛情の試し行動
それから、低い自己肯定感ゆえに、「こんな自分でもほんとに付き合ってくれるかな?」と試し行動をしてしまう。これは何度も許してくれる友達に対してやりがち。
●怒りの試し行動
幼い頃のことをよーく思い出してみた結果、数年の長期間にわたり自分の時間を意図的に奪われ続けた経験があった。
それに対して無意識の怒りをずっと抱えて生きていて、持て余した結果、自ら遅刻をすることで他者の反応を見たがってしまっている。無意識に。
この気がある人は、最短時間で計算してしまうらしい。たしかに…
私は効率を考えてるつもりで、最短でいけば家に何時までいられるという計算で考えてるし、支度が早くできないので結局おそくなる。
既に間に合わない時間を越えるとき、それから今まさに待たせているとき、強烈な絶望感におそわれる。
こんなクズで私どうなっちゃうの?!しね!!みたいな考えを至って真面目に行ってしまう。負の感情におぼれ、自分の魂に自分で傷をつける感覚がある。
それはそれで、スリリングで、たしかに自分は生きてるんだという感覚を伴う。
たまに普通に早く行くと周囲に驚かれるのも、普段の自分の行いを攻められる気がしてしまいまたギリor遅刻に戻ってしまった。
遅刻をすれば、周囲の冷ややかな視線を浴びることになるが、そうして「やっぱり私はクズなのだ…」と再確認する作業は自分に必要なものであるきがして、もはや日課になってしまった。
とにかく、このセルフイメージを無理矢理にでもかえるしかない。
私による私のための分析に寄れば、アダルトチルドレン的な要素を持つ私は「不成功防衛」に囚われていて、遅刻癖もその一つなのだと思う。
なぜ遅刻をするのか。
遅刻をすることで、直接的間接的に何かしらのメリットが、ほんの少しでも生じているからだ。
遅刻癖は、「クズで欠陥のある私」のセルフイメージを保つのに役立つ。
たとえば親と共依存関係にあるばあい、自立しないことは大いなる貢献につながる。
そして周囲から過度な期待をかけられることもなくなり、後からがっかりさせて傷つくより先にわざと裏切っておけば、自分は傷つかないはずである。
こんな感じな考えに、実は囚われていたことにきがついた。
対処法はよくわからないが、とにかくおもいつく限りの無意識をひっぱりだして、一つ一つのエピソードに泣いたり怒ったりして向き合って、自分は世界でただ一人の生きた人間であることを自覚するということがいま一番効果があった。
何言ってるんだといわれそうだが、いままでどこか他人事で、自分はどこにもいなかったから傷つこうが傷つけようがかまわなかったのかもしれない。
やっぱポリコレドリブンで思考してると本物のバカになっちゃうんだねw
したり顔でアウティングガー(笑)だの弱者にやさしいワタシに酔いまくった偽善ツイート垂れ流してたおリベラル様(笑)
あれですか? イケメンホモなら未成年への性的虐待も許されちゃう感じですか?(笑)
コカイン吸って未成年物色するホモとか控えめにいっても鬼畜の部類に入ると思うけど(笑)
あー、今時はヤク中も病気だから犯罪人扱いしないでくだちゃいねーかわいそかわいそでちゅねーとかいうのがトレンドなんだっけ(笑)
つうか普通に考えてコカインの件がクロだからセクシュアリティガーとか弱者ぶって逃げたんだって普通に考えたらわかるよね?
ポリコレ脳で普段から弱者(笑)にやさしいワタシというセルフイメージにしがみついてるから常識的な推論もできなくなっちゃうんだよ?
だからこれからもお前らの居場所はこれからもどんどんなくなっていくんだよ?わかる?
今年はお前らおリベラル様にとって最低の一年だっただろうけど(笑) 来年からはもっともっとお前らの生きづらい社会になるんだよ?
料理が好きなメンヘラ女は、その行動の対価に優しくして欲しいだけ
こんなに尽くしたんだからもっと自分を見て、スキルを持ってる自分を褒め称えて、
知識のある自分を認めて
欲を言えば、背が高くてかっこよくて金持ってて社会的地位のある自慢できる人。
多少暴言吐かれたり殴られたって構わない。
別れた後そのネタで他の人の同情を買えるしね。
同情されるともっと優しくてかっこいい人に大事にされるべき人間なんだって思えて気持ちがいいから。
これって私好み、こんなの好きなの私だけ。
自分の捉え方がオタクっぽい。自分の設定があるし、他人のものを自分のものみたいに語りたがる。
言うのは、そういう自分だって思いたいだけだから相手はもちろんだれでもいい。
メンヘラは見た目を気にする
自分よりブスは蔑んでいいし、
自分より学歴が低い奴が想像力を持ってるなんていう発想もない。
ゴミカス共の笑顔より自分の笑顔のほうがこの世にとって尊いと思ってる。
なのにすごく自信がない。
元増田です。
今まで、コミュ障だったイメージの自分のセルフイメージを改善するためにも、増田を利用させてもらっています。
ツッコミが入るってことは、ある程度、主張を読んで貰っているということですよね。
まだ、コミュニケーションに自信を持てない、心理的な壁を持っている、というあたりが、正確な表現でしょうか。
(追記:反応があるということは、私の考えていることに対して理解があるということですよね。「何を言ってるの?」ということでしょう。
矛盾しているじゃないかということでしょう。こういう言葉をリアルで聞かされることで、悲しい気持ちになってきました。人には個性があるんです。私は、あなたと同じ感じ方をする人間では、ないのです。)
あいつら(ミニマリスト)は基本的に弱者だって観点を踏まえたブクマが
「頑張って働けば、稼ぎを増やして好きなものに囲まれた生活を送れる」
そういう人たちが、自分の生活設計のセルフコントロール感を取り戻す事を通じ、
「みじめな貧困生活を送るわたし」とは異なる自己肯定感のあるセルフイメージを
持てるようにする、みたいな感じで。
例のビッグカメラの件とかは好きなだけ叩けばいいし、
多くのミニマリスト系ブログから漂う自己啓発的なキモさには何の異論もない。
あいつら(の大半)には、確かに色々足りてない。
でもさ、おまえら「月に一度の回転寿司が唯一の楽しみの生活保護家庭」叩きみたいな、
「愚かな振る舞いをする弱者をあざ笑う記事」とかには、それを諌めるような、
文化的資本とか環境要因に触れた、愚かな弱者によりそった視点からのブクマとかつけてるわけじゃん。
今回のきっかけのビッグカメラの件とかはは確かに調子のりすぎだと思う。
思うんだけどさ、
優しさとか冷静さとかが、ちょっと、かなり、相当に足りないんじゃないの?と気になったよ。
とここまで書いて、ほぼ同じこと書いてるブログあった。
http://kutabirehateko.hateblo.jp/entry/2015/07/26/035930
のでそっちだけ読んでくれりゃいいや。
自分はこれに該当するのではないかと思った。
素人の勝手な自己判断なのでそうと決まったわけではないのだけれど
ネットでの記事をあれこれ読んでいると自分にも当てはまる箇所がある。
人との関わりを持たないという点に関しては
両親の教育方針も大きく影響しているのかもしれない。
今思い返してみるとただの毒親なのかもしれないと思う。
勉強にしろ、スポーツにしろ、遊びにしろ、その邪魔をするなと。
要はそれが自分にとっては人と関わるなというメッセージになっていた。
誰かが何かに熱中している時は「何それ楽しそう、混ぜて」という子供ではなかった。
そういう時は邪魔をしないように一歩引いて見るだけだった。
病気になった時などは「お前のせいで行かなくてもいい病院にいく羽目になった」というようなことは言われていた。
不可抗力なことに対しても両親は容赦なかった。
その時のことはトラウマになっていて、今でも電話の音やインターホンが鳴ると心拍数があがる。
それに対する両親の対応も「お前が電話なんか取るからだ」というものだった。
それでも両親は常に「お前が余計なことをするから問題が起こる」という態度で何も話が進展しなかった。
無視される経験は子供ながらに自分の言動が相手に何の変化も起こさないことを思い知らされた。
次第に自分の主張をすることはなくなっていった。
流石に両親も何も欲しがらなくなった自分を見てやばいと思ったのか
「お前の好きなもの何でも買ってやるから言ってみろ」と言われたことがあった。
しかし、自分の意見は全否定されるのだから、こういう場合何を言うべきか分からなかった。
「いや、ないよw」と笑うしかなかった。
当時は両親が何故困った顔をしているのか分からなかった。
両親の希望通りに何もしていないのに何がいけないのか。
普通の人には世の中は可塑性に満ちているのかもしれないが
自分の行動で他人の生活に変化が起こってはいけないし実際に何も変化しないという脅迫観念のようなものがある。
人に興味もないことはないが世の中のことに変化を起こしてはいけないのだから
学生時代は好きな異性が他の人と付き合って別れてというのを眺めているだけしか出来なくて胸が引き裂かれる思いがした。
そういった感情もネジが切れるように、余りに過ぎると正常に機能しなくなるような気がする。
相手が変化しない程度の接触しかないので話すことは至って平凡だと思う。
気になる異性と二人っきりで話す機会があっても「今日は良い天気ですね」くらいしか話さない。
学生時代は何かと「冷たい」とか「無関心」「いい加減」「見下してるんでしょ」などと言われていた。
こちらからは何も出来ないので言われるがままだった。
自分はこう思っている、こういう考え方というセルフイメージがあるが他人から見ると全然そう見えないらしい。
話さないから分からないものだろうなと思うし、それを訂正するつもりもない。
大人になり、仕事も覚え、いい歳のオッサンになってしまったので干渉される機会もなくなった。
やっと自由になった反面、もう自分の人生の可能性は何もかも無くなってしまった。
知識も多少は増えたので、振り返ってみると人生もっと楽しめたはずだったのになぁと思う。
あんな事したかったなぁ、こんな事したかったなぁとか、あの人と話してみたかったなぁとか。
残念だなぁと思う反面、何事も起きなくてホッとしている自分もいる。
後悔くらいなら許されるだろう。
ヤンキーの悪趣味さって、ああいうのが素直にカッコいいと思ってるのか露悪的に、ダサさが逆転してカッコイイみたいなセンスなのか不明なんだけど、ネット民のセンスの悪さはあれが素直にカッコいいと思ってるみたいだな。
昨日、語尾に(笑)とか w をつけるのカッコ悪いみたいなエントリを書いたら思いのほか反響があって面白かったんだけど「昔から使われてるだろ(だから正当な使い方だ)」とか「お前センス古いよ」みたいな反応が多くて、あれを普通だと思ってる人が多いと判明してしまった。
2chあたりの「うはwwww会社やめたったwwww」みたいのは、書いてる本人もバカみたいって思ってギャグで書いてるんだろうけど、ブログとかツイッターで普通の記事なのに使ってる人いるじゃん。あれどういうつもりだって疑問だったけど、ああいうセンスなんだね。
コンビニのカップめんの棚のまえで立ちすくんでさんざん迷ってしまい、途方に暮れた末に、結局カップヌードルカレー味にしてしまうことがよくある。最近はそば系のやつとかもよく食べるけど、カップヌードルのたまに帰ってきたくなる感は異常だ。
その中でもカレー味が1番好き。昔カップヌードルに入っていたよくわからない立方体の肉の塊、ネット上での通称「謎肉」はカレースープによく合った。いまは「コロチャー」という別の肉になってしまったけれど。いまのも別に嫌いではないんだけど、やっぱりあの肉がまた食べたいという気はする。(調べるとライトやリフィルのほうにはまだ入ってるらしいのだが)
カップ麺の世界も競争が激しくていろいろな新商品が出ては消えていく。その中でよく見るのが「生麺そっくり」というような、本物のラーメンと比べて遜色ないことを喧伝する謳い文句だ。あと有名ラーメン店とのコラボ商品とかもよく見かける。ふつうに鍋でゆでるタイプの袋麺をめぐる状況もだいたい同じ感じで、マルちゃん正麺という商品がヒットしてから、より生麺っぽい乾麺を目指す技術競争が加熱してきたようにおもう。
しかし、これだけ各社が技と工夫を凝らして新しい麺を開発してるのにもかかわらず、(他のカップ麺と比べれば相対的に値段が安いとはいえ)カップヌードルはこんにちに至るまで淘汰されず、同じ味を守りつづけている。他のインスタント麺が「まるで生麺!」とか「行列のできる店の味!」とかばかりにこだわっている中で、カップヌードルの姿勢のあの揺るがなさ。堂々たるものである。
それは、カップヌードルが自らひとつの評価軸になってしまったということを意味するのだろう。チョコレートやポテトチップスやコーラは日本人の記憶の中では比較的最近登場した食べ物だけど、チョコレートやポテトチップスやコーラをようかんやおせんべいやほうじ茶と比較しておいしいとかおいしくないとか言いだすひとはいない。チョコレートはチョコレート自身なのであって、他の甘いお菓子とは別のジャンルを確立しているからだ。それと同様に、カップヌードルはラーメンではない。ラーメンや他の麺類とはまったく違う、異質の食品が20世紀後半のある時期の日本に突然発明されてしまったということが重要なのであって、この一点においてカップヌードルの偉大さは他のカップ麺と比較できるものではない。
そういう食べ物って他に考えられる? いまちょっと考えたけど、乳酸菌飲料とかはそうかもしれない。ヤクルトとかおいしいとおもうんですよね。
後発のインスタント麺はしょせんラーメン的イデアの似像に過ぎないので、王道っぽいしょうゆ味やとんこつ味が多いし、カップの形からしてだいたいがどんぶりを模した横長だ。対してカップヌードルは非ラーメンなので、カレーとかチリトマトとかクリームシチューとか、かなりのゲテモノを投入しつづけ、しかもちゃんと受け容れられている。
そこでおもいだしてみると、カップヌードルCMでふつうの家庭人が家で平和にカップヌードルを食べてる風景というのはあんまり出てこないことに気づく。たいてい宇宙にいくとか南極に行くとかそういうSF。
ここまで考えると、あーまんまと広告戦略に踊らされてただけだったなーという気にはなるんだけど。まあ、それにしたって「カップヌードルという食べ物」のセルフイメージを確立するまでの道のりというのはなかなか平坦なものではなかったろう。
物心がついたときから、俺はずっと絵や漫画を描き続けてきた。俺にとって絵や漫画を描くというのは、
何かにインスピレーションを得てストーリーを書いたり、遊びの一環としてやる程度のもので、
何か特別なことでもなく、ましてや高尚なわけではなかった。
ただ、自分がいわゆる「オタク」かと言われてみれば、オタクとみなされれば利益を害する状況であるかどうかは
関係のない状況だとしても、そうです、とは言い切れないだろう。なぜなら、俺はいわゆる「オタク」の行動が、
全く理解できないからだ。
描く絵柄もかわいいし萌え絵を取り込んだ部分もあるから、世間一般からすれば俺はオタクかもしれないけれど、俺は
オタクの行動、思想というのが全くといって理解できない。というかオタクに対しては忌み嫌っている側面さえある。
もちろん、俺のオタクのセルフイメージ自体、マスメディアの偏向報道によって事実とは違うものも多分に
含まれているという可能性も否定できないと思う。でも、それでも所詮二次元の、自分が描いたわけでもないような
美少女に(いい歳してるかとか容姿の良い悪いかは別にしても)たくさんの愛情を注いで、愛でるようなことをする、
二次元の美少女を「嫁」と称したりするような、そういう入れ込むような行為は、(口は悪いけど)はっきり言ってキモいと思う。
どうしてキモいのか?と聞かれても、俺ははっきりは答えられない。ただただ、キモい、と感じるだけだ。
ましてや(程度の差はあれども)グッズを買ったりアニメイベントに参加するために生活費を切り詰めたりするような連中となると
それこそ本当に理解ができない。アニメで漫画が原作なら漫画やBD、DVDを買うために生活費を切り捨てる、というのなら
まだ理解できる。でもグッズを買ったりイベントに参加するためだけに生活費を切り詰めたりするという話になると、全くといって
その価値観が理解できないものとなる。たかだかそんな物、事のためにお金や時間を消費するという事は、本当に理解できない。
だから俺はそういうオタクの価値観は持ち合わせてはいない。はっきり言ってそんな物より服の方が大事だ。
興味もないし理解もできない。
理解できないといえば面白いアニメを見終えれば、すぐに二期を作れ、続きを作れという作品性そのものを
無視したような、おかわりをねだるような行為も理解できない。確かに面白ければ続きをずっと見ていたくなる気持ちも
わかる。だからといって(続きがあったり続かせる気があったなら別だろうけど)すぐにおかわりをねだるような行為。
これも本当に理解できない。下品だ、作品を単なる消費物としかみていないんだ、とそういう意見は忌み嫌ってしまう。
というか書いてて思ったんだけど、食べ物を食べるだけのようにただ消費だけをする、という連中が本当に
理解できない。
というか、ただ消費をするだけと書いたのはおねだりをするように続きをねだったり絵や作品をかけといってくるような
といっても全てが理解できないわけではないと思う。二次創作をやるのは俺がインスピレーションを得たから
何かを描くのと大して変わりはないし、今後の作品作りに活かすためにアニメや漫画を細分にわけて分析したり、なぜ
面白いのか、魅力的なのかだとかの考察を加えてみたりするような事もある。だからそういう行為は理解できる。
話はそれたかもしれないけど。だから、俺は上に書いたような理由で、(あくまでセルフイメージではあるけれど)
オタクは理解できないし、精神的にさえ「オタク」には成りきれないと思うし、成りきれない。
ものすごく大雑把に要約して書くと、俺はオタク的行動が理解できない、だから精神的にさえオタクには成りきれない。
成りきれないし、忌み嫌う節さえある。
だから結局のところ俺のそういう感情を理解してくれる人は、俺と同じようなかく側、作る側の人間でしかないわけだし、
オタクの世界じゃ俺の居場所なんてない。一時期はサブカルや芸術に身を置く側の人間のように振る舞おうともしたものの、
俺は自分の描く絵や漫画はサブカルや芸術を志向したものでもないわけだし、あくまで漫画や絵は娯楽としかとらえていないし
そうとらえた物以外を作る事には興味すらないわけだから、だから俺は結局サブカルや芸術に身を置く側の人間にも
なれなかった。
そんなんだから、絵は萌え絵を取り込んでいるような絵柄にも関わらず、精神的にさえ「オタク」にもなれない、
「すべてのモテ男、リア充は死ね、腹を切れ、又吉イエスに地獄の火に投げ込まれて苦しめ」
と思いました。
と、とりあえず誤解のないように、恋愛に対するスタンスを明らかにしたところで、俺はそれでもやっぱり、自分が姉だったら全面的に弟君を擁護したい。
自分では一度も攻めたことのない、受け身だから悪いというのは、どうなんすかね?
たいがい、顔の造形に優れた女って、そんなスタンスじゃない?
告白してくる男を待って、なんとなく付き合ってみて、なんか違うと思ったら、適当に理由をつけて離れてを繰り返す女はザラにいる。
ざっと地球人口が50億、女性半分、男性半分だとして、自分が世界の異性のなかで一番好きな、25億分の一の相手が、相手にとっても25億分の一の相手であることなんて、あるだろうか?
人は、好意を抱かれたら、自分も相手に好意を抱くという、馬鹿な生き物だから、相思相愛なんて成り立つだけだ。
相思相愛が成り立ったとして、女性から男性への好きと、男性から女性への好きが、ちょうどバランスが取れたカップルなんかいるのか?
弟君、時折にじみ出る態度がカチンとくるだけで、夫としての、父としての務めはきっと完璧にこなしているんだろう。
好きじゃない男と結婚した女は、家事も育児も落ち度なくこなしていても、やっぱり叩かれないといけないのか?
今まで、見下した態度で女性を傷つけてきたツケ?
百歩譲って、受け止めるべきは弟君の妻の恨みまでだ。
今まで付き合った女性の恨みまで合わせてツケを払えなんて、まるで前局のドラを乗せてるようなもんじゃないか。
払うのは手役の点数だけだよ。
俺は、弟君が好きになった。
想像だけど、彼は、好意を抱かれたから、自分も好意を抱くということがないだけでなくて、それ以外のことでも、しっかりと自分の気持ちと相手の気持ちを分けて考える力がある。
巷で流行っているから、自分もそれを好きになる、とか、みんなが嫌っているから自分もそれを嫌うとか、そういうことをよしとしない。
みんながどう思っているかじゃなくて、自分がどう思うかで行動する。
見栄っ張りだけど、決して軽くない。
自分が描く理想、あるべき姿があって、常にそれをスタンダードに、行動している。
物腰は柔らかだけど、セルフイメージ、自分の哲学から外れたことは絶対にしない。
自分を誤魔化すことが出来なくて、他人からは時に傲慢に思われる。
世の中は同調と自分に嘘をつく人ばかりだから、クソみたいな慣習や、いじめがなくならないのに、俺たちは、彼みたいな人を攻撃する。
同調はしないだけで、他者を認めていないというわけじゃない。
弟君は、とても優しい。
どんなことをされても、彼は父として、夫としての役割をこなし続ける。
彼女が結婚しても、ババアになっても、弟君のことを嫌っても、墓の中に入っても、弟君は彼女を愛し続ける。
それでも、人の道に外れることはしないし、父と夫として完璧に役割をこなし続ける。
賢くなんかなれない。
空気を読んで、気持ちを誤魔化すことを覚えるだけだ。
同調圧力に屈しているだけなのに、「自分もそう思う」と、自分に嘘をつくようになるだけだ。
お願いだから、世界中が彼の敵になっても、姉のあなただけは彼の味方をしてやってほしい。
人は誰でも くじけそうになるもの
叫ばなければ やり切れない思いを
ああ 大切に捨てないで
人にやさしく してもらえないんだね
僕が言ってやる でっかい声で言ってやる
ガンバレって言ってやる
やさしさだけじゃ 人は愛せないから
ああ なぐさめてあげられない
期待はずれの 言葉を言う時に
心の中では ガンバレって言っている
聞こえてほしい あなたにも
たぶん結婚したのが間違いだったような、そういう二人ではある。だけど子供も生まれてるし、間違いだとしてもなんとかうまくやってほしい。
けどそれでうまくやれるなら家庭裁判所とかいらないですよね・・・
ここ数日、頭が煮えている。とにかく吐き出す。
弟は十五年前に私の友人に一目惚れし、その恋はいまだ終わらずに続いてる。
弟は貧相な体格でぼそぼそとうつむき加減に喋る少年だった。いじめられたりはしなかったようだが、クラスでは冷遇されがちで友人は少なかった。
そんな弟が一目惚れをきっかけに体を鍛え始め、ファッション雑誌などを買ってくるようになった。
友人は成績優秀な明るい美少女だったので、少しでもふさわしい男になろうとしたんだと思う。弟の努力は凄かった。
弟は変わった。筋肉がついて体が大きくなったし、表情も変わってよく笑うようになった。他人の目をきちんと見て話が出来るようになって、別人のようになった。
この成長は私をちょっと感動させた。これで弟と友人が付き合い始めたらいい話ぽいのだが、そうはならなかった。
元々顔立ちが悪くなかったのもあって弟はわりとモテるようになった。可愛らしいクラスメートに告白された弟は、あっさりとその子と付き合い始めた。
別にいいとは思う。身近な誰かに目を向けることが正解ってこともいっぱいある。
だけど弟の人格はこの頃から少しずつおかしな方向に変わり始めていった気がする。
他の女性と付き合っている間もずっと弟は友人のことが好きで、これは大問題だった。
女神のように神格化された脳内の友人と、短所もある現実の女を、弟は容赦なく比べた。
だから歴代の彼女たちとの付き合いは長続きしなかった。オレほんとは他に好きな人がいるけど頼まれたから付き合ってあげてるんだよね、君のあらゆる欠点はオレをうんざりさせるけどそれでも我慢してあげるね、という思いを弟はありありと出していた。
弟は人当たりが柔らかい。"オレってフェミニストで女に優しい"と酔ってるところもある。だから普段は気づきづらいが、相手を恐ろしく見下していることが時々ばれて、修羅場になる。
弟が私の前で愚痴をこぼしたことがあって、その内容も酷かった。
「性格は悪くないけど、顔が好きじゃない。メシを作らせるとまずくはないけどものすごく旨いわけでもない。これって付き合ってるメリットが乏しいよね?」
「我慢できるから別れてないだけ。結婚したくはない。期待させたらかわいそうだから『君と結婚とかありえないから』と言ったら泣かれた。うざい」
当時私は結婚を考えていた男性と別れたばかりだったので、弟の発言がむかついてしょうがなかった。
私は弟の発言がいかに失礼か指摘した。弟は私の言葉を「感情的で非合理的でわけわからん」と片づけた。"合理的で論理的で決して感情的にならないオレ"というセルフイメージを弟はとても大事にしている。
こんなやつもう知らんと私は思った。弟も私の発言が気に入らなかったらしく、その手の話をあまりしなくなった。
あれだけ執着しているくせに、弟は本命の友人に対して何もできなかった。電話だの食事だのお出かけだのは何度も繰り返したようだが、そこからさきには全然進まない。
振られるのが怖かったんだろうけど、きっとそれだけじゃない。
弟は歴代の恋人たちに、頼まれたから付き合ってあげると宣言した。相手が不満を言うと「なら別れようか」と笑った。
おかげで弟は圧倒的強者として色々思い通りに出来た。これが駄目だった。
昔の弟は逆だった。何でも周囲の言いなりだった。嫌な思いもいっぱいしたと思う。
相手に合わせることしか知らなかった子供が、相手だけが合わせてくれる関係を知っちゃった。その結果が、今の弟なんだと思う。こっちの方が楽だし上手くいくと思ってるんだろう。弟は話し合いが苦手だ。相手と自分の要求を突き合わせて妥協点を探るという考え方をしない。どっちかがどっちかに合わせる。これしか知らないみたいに見える。
だから弟は大好きな友人が相手でも、自分から行けない。頭を下げるようなことをしたら終わりだと思っている。合わせるより合わせてもらう関係にしようと一生懸命だ。
私、姉としてひどくないか。こんな分析して何になるんだ。今更全部手遅れなのか。
弟は友人に対してちょくちょく恋愛相談を持ちかけた。弟の相談内容はいつも決まっていて、
「今の彼女とうまくいってない。別れそう」
のどちらかだった。
要するにオレを口説くなら今だよ、というアピールを何度も繰り返していたわけだ。
受身の恋愛しか知らない弟にとってはこれが唯一知っている必勝パターンだったんだろう。本当にバカな子だ。こんなの相手が自分に対して好意がある時しか有効じゃない。
弟の恋愛を終わらせるのはいつも女性の側だった。物腰柔らかな暴君に我慢できなくなった女性がある日爆発する。
「浮気もしてない、暴力もギャンブルもなし、なのになんでオレは振られちゃうんだろうね? 女の人を信じるのが、どんどん難しくなる。みんなワガママで感情的」
弟のアホなコメント。本命の友人以外の女とは何回破局しても弟は平気で、どうして破局したのかその理由を学んで次に生かそうとか、そういうことも全然考えなかった。
弟の恋愛は始めることも続けることも終わらせることも、ぜんぶ相手任せ。自分で決めたことがない。
だから弟の暴君ぶりを全部我慢できる女性が相手だと、その関係は終わらなくなる。
とても我慢強い女性が弟の暴君ぶりに耐えきった。絶対に自分から別れようとはしなかった。そうやって彼女は結婚まで押し切った。
散々嫌がったけど弟は自分から別れを告げずに時間だけが経って、とうとう結婚することになった。一年後には子供も生まれた。
披露宴を三ヶ月後に控えたある日、たまにはきょうだいでゆっくり飲みたいからと私は弟に連れ出され、焼鳥屋に行った。
「どうしてこうなる。どうして、なんでだ」
「どうしてだ、なんでだ。なあ」
弟が血走った眼をこちらに向けた。
「ねえさん教えて。なんであの人はオレを選ばないの? 放っておいたらオレもう他の女と結婚しちゃうのに。手遅れになってもいいのかな」
あの人というのはもちろん友人のことだ。
「あんたマジでアホでしょ。他の女はどうでもいいから、結婚する相手のことだけ考えろ」
「教えてくれよ、なんか聞いてないのか、なんであの人オレに来ないの?」
「我が弟ながらホント気持ち悪い。あんたって思わせぶりにするばっかりで、自分の気持ちを伝えたことないじゃん。今更そんなこと言うなら、自分からもっと動けばよかったのに」
「それはできない。ダメになったら気まずい」
「この話きいたせいで今後、私はあんたの奥さんと顔を合わせるたび気まずくなるんだが。ふざけんな」
「だってあの人はねえさんの友達じゃないか。オレ、ねえさんのことだって大事なんだよ。オレのせいでねえさんとあの人が気まずくなったら嫌だから、慎重にしようと思って」
私はその瞬間、人前であることもわきまえず弟の横っ面をひっぱたきそうになって、がまんした。
「わたしたちの友情を尊重するためにあんたは自己犠牲の精神でどうでもいい女と泣く泣く結婚してやるってことか?自分が何言ってんのか考えてみろ糞野郎。ゴミ野郎。クズ野郎」
弟は小さい頃と同じ怯えた表情を浮かべ、身を縮めた。
弟が交通事故に遭ったのは、妻の妊娠が判明してすぐのことだった。
大した事故ではなかったのだが、これが原因で弟はある厄介な疾患を患った。
弟の場合、主な症状は頭痛と倦怠感。気圧の変化で症状が悪化するため、台風が近づいてきたりすると一日中寝たきりになってトイレにも一人で行けない。当然会社も休みがちになる。弟は職場にいづらくなってしまった。
弟の妻は優しく笑ってこう言った。
「大丈夫よ。私の稼ぎがあるし。夫婦は助け合って生きるものでしょう?」
その後夫婦は話し合い、弟は会社を辞めて在宅で仕事を始めることにした。妻は出産後ちょっと休んで仕事に戻り、家事と育児は弟の役割になった。
弟は妻に対して今までずっと強気できた。「なら別れよう」と簡単に言う弟に妻が縋りつく形で関係が成立していた。
その力関係が逆転した。弟は経済的に妻に縋りつく立場になった。
彼女があまりに我慢強かったので弟は気付かずにいたが、弟の妻は寛容な女性じゃなかった。
彼女はこれまでずっと耐え続けただけで、一度も弟を許したことがなかったんじゃないか。たぶんずっと恨みをためていた。
数か月に一度、弟は私に電話を寄こす。いつも深夜だ。妻に見つからないよう家の外に出て、小さな声でひそひそ話す。
弟の妻は変わったらしい。昔とちがう別人みたいだと、弟は怯えた声を出す。
弟の作った食事がまずいと言って捨てる。赤ちゃんの首筋のあせもを指差し、育児放棄だ虐待だと怒鳴る。話しかけて弟の返事が遅れると、テーブルの表面をバンバン叩く。
普段は穏やかなのに何かの拍子にスイッチが入ったように荒れるので怖いと、弟は言う。
弟は涙声で「ワケがわからん」と繰り返すが、話を聞いていると根本原因はなんとなくわかる。妻は弟を信じていない。自分は愛されていないという疑いが常にあって、ちょっとしたことでその疑いがふくらみ、荒れるのだ。
弟は見栄っ張りだ。全てがうまくいっているみたいに見せたがる。大学も会社も、世間では一流といわれる場所に入れた。資格職についている賢明な妻を持ち、フリーランスで働きながら郊外の人気住宅地に住んでいる。"何もかも恵まれた幸せなオレ"というセルフイメージを弟は必死に守りたがっている。
だから弟には愚痴をこぼせる相手がいない。感情的で非合理的なことを言う、四つ違いの姉しかいない。これまでそれほど密に連絡をとっていたわけでもないのに。いま私たちきょうだいは子供時代に戻ったみたいに、たくさん話をしている。
弟は大人しくてまじめで素直なこどもだった。姉の後ろをちょこちょこと付いて回り、私が繰り出す理不尽な命令に従った。
家中駆け回って材料を集め、SFに出てくる宇宙基地みたいな人形の家を、二人で作ったりした。一緒にたくさん叱られた。
弟は私が何か言うと真剣な顔で耳を傾けた。何もかも弟より上手くできる姉に尊敬のまなざしを向けた。四つも年が違うんだから当たり前なのに。
たぶん弟の心のどこかに、まだあの頃の感覚が残っているんだ。だから「ねえさんどうしよう」と途方に暮れた声を出すんだ。
そういえば弟がおねえちゃんじゃなくてねえさんと呼ぶようになったのも、私が頼んだからだ。何かの本を読んで影響された私が
「これからはねえさんて言って。おねえちゃんてなんか子供みたい」
と言ったんだ。子供だったくせに。弟はこくんと頷いて、あれからずっと私のことをねえさんと呼んでいる。
弟はそう言うが、離婚すればほぼ確実に親権は弟の妻のものになるはずだ。法律は元々母親が有利なようにできてるし、妻の方が経済的にも安定している。
弟の妻は子供のことは可愛がっていて、家にいる間はよく面倒をみている。家事の中心は弟だが、妻もかなりやっている。
この状況で弟が親権をとれるはずない。
子供と離れるのは絶対に嫌だから離婚しない、いつも弟の結論はそうなる。
弟は時々夢見るような口調で友人のことを話す。
あの人はどうしているかな、あの人に会いたい、あの人に似合いそうなピアスを見つけた。
「バカ野郎、そんなだからあんたの妻はいつまで経ってもあんたが信用できないんだよ」
「だけどあの人のことを考えている時が一番楽なんだ。その時間がなくなったらすごく辛い。支えなんだ」
弟が結婚する半年前に友人は仕事の都合で引っ越し、一緒に携帯も変えた。友人の新しい連絡先を弟は知らない。
友人と私で話し合い、知らせない方がいいと判断したのだ。
ところがバカ弟はあの焼鳥屋の夜、私がトイレに行っている隙に私の携帯を調べたそうなのだ。ロックはかけていたが単純な暗証番号だったので、なんとかなったのだろう。
それでも弟は三年我慢した。時々携帯の画面に友人の連絡先を呼び出して、それを眺めることが心の支えだったという。
そして二週間前の夜、またしても妻に怒鳴られた弟は何かが切れてしまったらしい。家を飛び出し友人に電話して、
「どうしても話を聞いてほしい会って欲しい」
と頼んだ。
友人は弟のただならぬ様子に驚き、自宅のすぐ近くにある終夜営業のカフェで話を聞くことにした。
そんでもう、ほんとに今更、お前十五年間何やってたの、何で今なのと私は弟の肩を揺さぶってやりたいんだが、ずっと話し続けて空が明るくなってきた頃弟は「あなたがすきです」と友人に言ったらしい。
「そんなの言われても困る。奥さんに恨まれるの嫌だし、家庭のある人とどうにかなる気はない」
と友人から連絡を受けて頭がカーッとなったというのが、私がこの文章を書いた動機だ。
すごいよね、よくこんな長文書けたよ、自分で感心しちゃうよ。これ書くのに二日かかったバカみたいだ。
友人は弟に「このことはねえさんには話さないで」と頼み込まれて悩んだ末に、それでも黙っていられないと思ったらしい。本当に申し訳ない。うちの愚弟が。マジで愚弟が。ほんとに愚弟でどうしよう。
連絡先が流出してしまった件について、友人には謝罪した。今後弟が彼女を悩ませた場合についても話し合い対策も用意した。弟が予想を越えた暴走をしなければ、なんとかなりそう。
あと他に私ができることってなんだろう。
根本原因は弟夫婦の問題なので本人同士でしっかり話し合ってもらうしかない。お互いの主張と気持ちを突きつけあって、利害の調整をするということをしなかったから、あの夫婦な今みたいになってる。どれほど辛いとしてもまず話し合いだ。私が絡む余地はない。
ということを弟に言いたくて電話を掛けたのだが、繋がったのは最初の一回だけだ。弟が友人の連絡先をどうやって入手したか聞き出したところで妻が帰ってきたらしく、途中で切れてしまった。弟は妻の目の前では絶対に携帯を触らない。弟が携帯で誰かと連絡をとることを、妻が嫌がるからだ。だから弟は夜中隠れて電話するわけで、なんか書いててあらためて気付いたけどこれ結構異常なんじゃないのか。
私だって結婚していて、一番大事なのは自分の家庭で、弟夫婦のゴタゴタなんか巻き込まれたくないので、もう放っておいていいのかな。
だけど甥っ子は可愛いんだよな。うちまだ子供いないからなおさら。両親がうまくいってないというのは、甥っ子のためにも悲しい。
弟夫婦の関係は異常なんじゃないかと書いててあらためて思ったんだけど私の感覚が正しいのかどうかわからない。誰か教えて。
うちは子供がいないから共働きでも時間には結構余裕がある。だからわからないことがいっぱいありそう。子供のいる家庭だと余裕がなくてギスギスするのは当たり前、と一度言われた。そんなことないだろうと思うんだが、確信持てない。
電話の終わりで弟はいつも「でも大丈夫。うちはうまくいってる。妻も優しい」と言うんだけど、うそ臭くてしょうがない。でも私が姉ばかで弟のことを心配しすぎてるだけかもしれない。本当は言葉通り幸せな家庭?
うちの両親に相談するのが一番いいのかもしれないけど、弟に激しく口止めされてるんだよなあ。もう喋った方がいい気がする。でも親巻き込むと大ごとになりそうだし、弟にも弟の妻にも恨まれそう。
ほんといくら書いてもまとまらないな。
大人になったら人間て賢くなると思ってた。全然違う。年取るほど実感する。
深夜電話で思ったんだけど、弟夫婦の関係ってちょっとDVぽくないか。考えすぎな気はするけど、一番怖いのがそれ。二番目に怖いのが弟がストーカー化することなんだけど、弟がそこまで出歩く自由なさそうだから、こっちはあまり心配しなくていいだろう。とにかくDVだったらどうしよう。こんな長文書いてる場合じゃない。
だけど弟と連絡がとれないから、動けない。
とりあえず留守電きいた弟が今夜くらいに連絡くれるといいんだけど。明日休みだから遅くても話せるし。
勉強出来る子だったんだよなあ弟。だから本人も含めてみんな弟をバカだと思ってないんだけど、私はバカだと思う。そんなことを思う姉はひどいよな。ごめん弟。とにかく、電話して来い。姉はけっこう心配してます。
ロリコンという語も割とライトに使われてきたワードで、参考→http://d.hatena.ne.jp/soorce/20061110/p1
流石に正面切ってペドフィリアの犯罪予備軍よばわりされたわけでは無いんじゃなかろうか。
冗談めかして「つまり私が幼稚園とか襲いそうって意味ですかーそれアウトでしょー傷つくなー」ぐらいで流すのが無難じゃないですかね。
何となく (1)は空気読めない、気むずかしい、杓子定規、みたいに思われそうなので、常日頃の職場での自分のキャラと応相談。
キャラっつってもセルフイメージじゃなくて他人からどう見られているか、な点には留意。
普通は悪口を笑って流す人がロリコンだけマジになって否定すると「ムキになるのが怪しい、本物臭い」とか言われそう。
人の言葉遣いにいちいち空気読まずに訂正入れるモヒカンスタイルでやっているなら(1)が最も正しいと思われる。
(
君が仮に過激な保守なら、一部の市民団体が愚かな自己中心主義者だというのは常識だろ?だったらプロ市民とかいう罵倒が成立する。
逆に過激なリベラルなら、ネットでなんでも韓国のせいにする連中が無知なレイシストだというのは常識。だからネトウヨとよべる。
あ、たぶん福島危険論だろうから、なんかが常識で俺とかをエア御用とよべるんだろう。
これのどこを風刺と勘違いしたのかを聞いてみたい。
それに安全か危険か、事実認識に関しては感情の排除は当然だが、罵倒してるのは全くに感情的なものだ。
よくフェミニストの方は男女差別の根拠として『女性の家事労働時間の各国比較』を根拠にされていますが、
国民性の違いがあります。 主に日本人女性自身のセルフイメージに問題があると思います。
女性の家事労働時間 http://anond.hatelabo.jp/20111231161437
一方で、「『家事・育児の負担(C)』を男性以上に求められてきた女性が『フルタイム(A)』で働くよう社会から求められていること」はどうでしょう。A+Cは「過大」ではないでしょうか?
そういった現状を無視して議論を進めようとするフェミニストは危険だと思います。
貴方の頭の中にあるイメージがそうである、という事は分かりますが、古い女性観です。
http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/2475.html
戦後の大きな意識変化が見られるのは「楽しみ」の男女差についての見方である。
男性の場合、男の方が楽しみが多いとしているが、その割合は下がってきている。
むしろ女の楽しみの方が多いのではと思う男性が増えている。
http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/2470.html
男女年齢別に集計した楽しかった時間の合計をグラフにしてみると、3つの点が明解である。
(2)女の方が男より楽しく生活している
現実の男女は貴方の思い描いている世界と同じでしたでしょうか?
今の男性がどれだけ苦しい思いの中でいるのか、
そういった状況だからこそ結婚がイメージできない男性が増えているとは思いませんか?
正直、今の世の中でフェミニストが「女性に権利を!」と叫ぶのは
男女のカップリングの面でマイナス、男性の自殺に関してもマイナスでしょう。
それは思考停止です。 根拠がない議論がお好みですか?
"反抗期"っていうと悪く聞こえるけど、本来は”自立期”というべき期間なんだよ。
その自己表現の仕方が妹さんはある意味分かりやすい「荒れ方・暴れ方」で、
あなたの場合はどう表現していいのか悶々としてしまうって形で分かりづらい形なんじゃないかな?
>たったそれだけなのですが母が「ママのこと好かんとか言うなら●●(妹)と同じ扱いになるよ」
>「『お弁当?知らん』ってことになるよ」「まぁ、そんなことぐらいしかできないけどね」
あなた自身が怒っていいべき事項だよ。
5年間の海外駐在を経て帰国子女になってしまったものの、セルフイメージと周囲からのイメージが
異なり過ぎて辛そうだね。
現実的に勉強についていくのが辛かったら、中高一貫の私立ぽいからサポートを受けるべきだと思う。
もしなかったら、大手予備校や塾にそういうサポートコースあるからHPだけでも調べて
ちなみに帰国子女だから英語ペラペラというけど現地の日本人学校いっていたり、
英語圏でも英米ではない英語圏で肩身が狭かったり、非英語圏の子もいるからそれ程気にしなくていいんじゃない?
ドイツ系ハーフのウェンツ英二も見た目から英語ペラペラで英語のテストでできそうに見えるからと
カンニングにあい結果点数が悪かったので文句を言われたそうだけど「外見で判断するやつが悪い。(テストを)見るやつが悪い。」と
言い切った。
嫌味を言われたら(特に女子の場合は)「話せても子ども言葉だし、文法も分からないよ」と自分をちょっと下げて相手に優越感を持たせるのも手ではないかな。
もし依存症だとしたら、克服することが先決。
こんなことや
距離を取るということは「彼女から離れた目で見る」ということ。
「好き」はいったん横に置いて、彼女はどういう人なのか、じっくり観察するところから始めるんだ。
これといったことが今できるかい
ホントの「好き」は「独占したい」とは違うよ?
多分、焦って頭に血が上ってこれの意味なんて理解できないだろうね。
自己管理のうまく出来る人はのめり込む前に規制がきくし、克服も容易。
優しい君は多分、「私は自分のことより相手を優先させがちだな・・・」と言うタイプだしね。
克服するためには、まず自分の恋愛のパターンを客観的に理解することが大切。
そして次に自分を知ること。認めること。