「男性自身」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 男性自身とは

2021-07-08

anond:20210708204059

元増田です

作者が自分と同じ性別・同じ性格・同じ境遇の人こそ「解像度の高い」キャラクターとして描きやすくなる

これは僕はそうなんじゃないかな?と思っています

女性作家が描く男性男性自身が描く男性より生々しく現実的

僕は今はまだこう考えるまでは至っておりません

きっと「女性作家が描く男性男性自身が描く男性より生々しく現実的だと感じた事は僕もこれまで何度かあります」の件を読んでそう思われたのでしょうが

女性作家が描く男性男性自身が描く男性より生々しく現実的だと感じた事はこれまで何度かある」だけで、

女性作家の描く男性が(いついかなる時も)男性自身が描く男性よりも生々しく現実的だ」とは今の段階ではまだそう思っていないのです

具体的な作家さんの名前を出しますと、所謂24年組」と呼ばれる少女漫画家さん達が描かれた漫画に登場する「日和見主義なおじさん」的なキャラクターはとても生々しく現実的だと読んでいて思いました

現実にはこういうおじさんは確かに存在するのに、男性向けの漫画の中だとそういう「普通のおじさん」は描いてもつまらないという理由からなのか出て来ないので、正に少女漫画女性作者さんならではの視点だと感銘を受けました

ですが、同じように少女漫画に登場する例えば「容姿端麗な王子様」のようなキャラクターは、やはり女性が好ましいと思う要素で構成されているからかもしれませんが、こういう男性現実ではあまり見ないな、と思います

そういう「現実には存在しないけれどフィクション世界では古くからまれキャラクター」の存在は正に創作ならではという事で僕個人としては好ましく思っています

女性作家さんの「男らしさに苦しめられている男性が描かれる作品」に出てくる「男らしさに苦しめられている男性キャラクターも確かに女性にはこう見えているだろう、という現実味のある存在なのだと思います

ですが、元の日記でも書いたように『「女性目線から描かれた男性」の「男性の生きづらさ」なので、これ現実男性像と微妙にずれてる様な…という違和感を僕は拭えない』で居る事もまた事実です

僕が疑問に思っているのは、やはり元の日記タイトルもそうなのですが「何故女性男性問題を描こうとするのだろう?」という所になります

トラックバックブックマークで非常に多くの方達から意見を貰えたので、それを読めば何か自分なりに一つの解釈を出せるかもしれない、出せたら良いのになぁ…と思っています

anond:20210707213629

追記読んだ!

矛盾してるのでは? と思ったけど、当事者の方が解像度が高いはずなのに男の生きづらさを描くのは女ばかりなのは何故か。疑問がより深まった、ってことかしら。

anond:20210708013409

弱者男性のそのままのあり方を認めろって言うけど男性自身に対して弱者男性差別するななんて言わないじゃん?むしろネットでも男同士で男らしさから外れるやつ叩くとかをやりがち

女はアホみたいなフェミ論だろうがそれを女にも男にも言えるけど男は男にジェンダーフリー的な説教は基本出来んわ、出来るのはマウンティングくらい

2021-07-07

追記有り】男性問題について何故女性が首を突っ込んでくるのか?という疑問

手芸は「呪い」を解く? 男子高校生編み物を通して自分を取り戻す漫画ニッターハイ!」作者に聞く

「男が手芸なんて変だし」。自分にかけられてしまった「呪い」やジェンダーバイアス解体していく物語ニッターハイ! 』。「男子高校生編み物をする」というテーマはどのようにして生まれたのか。作者の猫田ゆかりさんに聞いた。

https://www.huffingtonpost.jp/entry/story_jp_60dc293fe4b0b84c3be32135?ncid=tweetlnkjphpmg00000001

Twitterを見ていてこの広告が目に入ってきた

詳しくは知らないけれど最近流行りの「他人にかけられた『呪い』や『ジェンダーバイアスから解き放たれる人間を描く」作品であるらしい

LGBTなど多様性を受け入れる事の重要性が説かれる今、編み物といういかにも女性的な趣味男性を描く作品はなるほど確かに「男らしさを降りて良い」と男性勇気付かせる物なのだろう、きっと

だけれど、僕は以前からこの手の作品キャッチコピーを目にする度に思う事がある

「男らしさ」という物に苦しめられている男性は確かに存在するだろうし、そんな物を捨てたい自由になりたいと思っている男性もきっと世の中には存在する

だけれど…何故その「男らしさという呪いに苦しめられた男性」を描くのが、

「男らしさに苦しめられている男性」ではなく、

決まって「男らしさに苦しめられている男性を描きたい女性なのだろうか?

「いやそんな事は無い。男らしさの有害性に苦しめられ声を挙げている男性はとても多い」という人も居るだろう

ただ、僕の観測範囲問題なのかは知らないけれど、僕がこれまで目にした「男らしさに苦しめられる男性」を描いた漫画家さんは、決まって皆女性だった

『違国日記ヤマシタトモコが語る、“口うるさいマンガ”を描く理由 「人のあり方は多様でいいと気づくのはすごく難しくて苦しい」

https://news.yahoo.co.jp/articles/190e00f82bd10f71e69750a969bd72110b0109e3

ホモソーシャルってどういう意味? – "男性同士の絆"と"男性の生きづらさ"について

https://note.com/palette_lgbtq/n/nef751beeeb21

たった3例だけれど、男性が「男らしさの呪いから解放されたい」と当事者目線で主張している例を僕をこれまで見た事が無いので、

結果的に「何故か女性男性の生きづらさについて熱心に語っている」印象が僕の中にはある

その男性の生きづらさにしても、「女性目線から描かれた男性」の「男性の生きづらさ」なので、これ現実男性像と微妙にずれてる様な…という違和感を僕は拭えない

ところで最近、「ワンダーエッグプライオリティ」という様々な問題を抱えた女子中学生達の苦悩と戦いを描いた作品があった

かつて数々のヒット作を手掛けた男性脚本家野島伸司氏が手掛けた作品であり、何の事前情報も無く見た所面白くて三か月間楽しませてもらった

この「女子中学生の苦悩」というのが男の僕から見た所本当にリアルなのかどうかは分からなかったけれど、「ああ、こういう事本当にあるんだろうな…」程度の気持ちリアリティはそこまで意識せず見ていた

Twitter等で感想を見る分には女性受けもそこまで悪くなかったような印象があるけれど、実際の所は僕には分からない

「ああ、これって典型的な男が考えたリアリティの無い女だな」と思った女性大勢たかもしれない。それは僕には分からないけど、そう思った女性が沢山居ても不思議ではない、と思う

よく少年漫画ヒロインに対して

「男にだけ都合が良い現実味が一切無いヒロイン

だとそのキャラクターや作者を嫌う女性を僕は昔から時々見かけてきた

僕が「男らしさというジェンダーバイアスに苦しむ男性」を描く作品女性漫画家に対して抱く「何故貴方女性男性の生きづらさを描こうとするんです?」というちょっとした反感は、それに近い物かもしれない

追記

男性男性の生きづらさを全く書かないから、女性作家が目立つだけ

全くかは分かりませんが、男性男性の生きづらさについて女性作家ほどに書かないなら、

男性の感じる男性の生きづらさ」は「女性の思う男性の生きづらさ」よりそれほど深刻な物ではないのではないでしょうか…?

客観視できるからでは? 自分女性を見て「型にはまってるな~」と思うことはある/作者が自分と同じ性別・同じ性格・同じ境遇の人しか描けなかったら作品が作れない。

女性作家が描く男性男性自身が描く男性より生々しく現実的だと感じた事は僕もこれまで何度かあります

ただ、「男性の描いた女性」に対して「女性をよく客観視出来ている、リアリティがある」と褒めている女性をこれまであまり見た事が無く、「男にだけ都合が良い現実味が一切無いヒロイン」と貶す人ばかり見てきました

作者が自分と同じ性別・同じ性格・同じ境遇の人こそ「解像度の高い」キャラクターとして描きやすくなるんじゃないかな、と僕は思っています

追記2】

誤字を訂正しました

"自分と同じ性別・同じ性格・同じ境遇の人こそ「解像度の高い」キャラクター"< これを言い出すと「ユダヤ人を600万人殺さないと『本当の』ヒトラーは描けない」に行き着くので、気にし始めたらキリがありませんよ。

そういえば嘘か本当かは知りませんが、先日キャラクターリアリティについて面白い噂話を聞きました

機動戦士Zガンダム」にパプティマス・シロッコという何を考えているのかよく分からない天才的な能力を持った悪役キャラクターが登場するのですが

監督富野由悠季天才玩具デザイナー村上克司氏をこのシロッコというキャラクターモチーフにしたのではないか?という話が一部では有名で

シロッコが何を考え動いているのかを富野監督シロッコに成り切って必死に考えた結果「こんな奴が何を考えているかなんて分からん!」と途中から嫌になってしまったそうです

「作者が自分と同じ性別・同じ性格・同じ境遇の人こそ「解像度の高い」キャラクターとして描きやすくなる」>残虐な支配者が描いた歴史書はさぞ解像度が高いだろうね

残虐な支配者に支配された側の話は支配された側の方が解像度高く描けると思いますし、支配した側の話は支配者側の方が解像度が高いのではないでしょうか?

2021-05-23

anond:20210523125858

そんなもん技術的にはソープ嬢とかデリヘルとかキャバって形で実現できとるわ。

セックスワーカー達は、ロボットのように喘ぎ声を出して、ロボットのように褒めちぎってるよね。

そこに男性自身への気持ちは一切ないんだよな。

それじゃ、弱者男性の心は満たされないな。

2021-05-15

anond:20210515080339

出世する人間男性が求められる理由は?

同じ能力の男女がいたとして男性優遇される理屈不明

女性妊娠出産で職を離れる恐れがあるからとよく言われるが、女性結婚しない子供もいらないと主張しても取り合ってもらえるとは思えないな

男性には男性社会の圧があってそれで当の男性自身も困っているのは知ってる

だったらそれを解消するのは男性であってそれを女性に解消してもらおうとするのはおかしいしそんなことは不可能だよ

2021-05-13

anond:20210513094702

男性自身は他の男性と比べた自分ステータス意識することがやめられない

コレはむしろ女性側に顕著な現象だよな。

なんで女性ってそんなに赤の他人に対してマウンティング過剰な反応を示すんだろ。

女性の、自分他人よりも上位にいないと情緒不安になるの、弱者って感じ。

anond:20210513093109

とてもよくわかる

弱者男性だなあとか考えない

でも男性自身は他の男性と比べた自分ステータス意識することがやめられない

それはそれで仕方ないんだろうと思う

2021-05-07

弱者男性と「男性サバイバーメッセージ

男性サバイバーからメッセージ

http://manysided.blog85.fc2.com/blog-entry-86.html

12年前(!)に増田でバズった記事

このブログ記事に、性虐待を受けた自分負け犬だ、加害者になることもできないと絶望した男性サバイバーが、女性サバイバーネット中傷して回ったとある

嫉妬と羨望です。そしてネット女性被害者相手なら勝てるという安心感男性攻撃され続けていたので女性相手なら安心女性被害者という底辺にいるのだから
男性被害にあっても男だからと抑え付けられるのに比べ、女性は延び延びと被害者の主張が出来て恵まれているように見えた。それも許せない。甘えているんじゃない。
だけど、そこで救いがありました。攻撃した女性サバイバー男性被害についての理解がある方で男性被害者の方では?と見抜かれて親身に相談に乗ってくれました。
男性サバイバーサイトを紹介され、そこではじめて自分の他に男性被害者がいる、男性被害者も苦しんでいる事を知る事ができました。
男性でも性被害(広い意味では性被害じゃなくてもいいです、暴力人権侵害でも)をうけたら傷ついていいのだ、苦しむ権利があるのだ、と理解するのに数年かかりました。これが分かった時憑き物が落ちた感じでした。性被害に対して苦しいと認められたとき、楽になりました。」

これって、「弱者男性」による女性差別、女叩きと同じじゃないか

「俺は男に敵わない弱い男だ。女はズルい。伸び伸びと被害者ぶれてムカつく。だから女を攻撃してやる。どうだ俺は男だ女よりエラいんだ」という心理

この人は自分攻撃した女性サバイバーに親身になってもらって救われたが、私ならそうする気にはなれないしそうしろとは言えない。

ネット女性サバイバーに集まるセカンドレイプは酷いものだ。

被害者ぶってんなよどうせ誘惑するような格好してたんだろ自業自得wwwwイケメンなら喜んでほいほい股を開くくせにwww殺されなかっただけ感謝しろ汚れたビッチま〜んwwww女はイージーwww

これくらいの、いや、もっと下劣セカンドレイプネットには溢れている。

女性サバイバーは決して伸び伸びと気持ちよく被害者ぶってはいない。人生を、生活を、友人や家族パートナーとの関係を、精神身体を壊され、自責や恐怖に押し潰されながら、知って欲しくて必死に声を上げている。

その傷口にナイフを刺し、抉ってくるような加害者に「この人も苦しんでるかもしれないから親身になってあげよう」とは思わない。むしろ「なんで傷付けられた側がそこまでしなくちゃいけないのか」と思う。この人は原因を見つめて救われたが、他の人もそうとは限らない。

すももは「性被害なんて充分対処されてるしいいじゃないか非モテ問題視しろ」と言っていた。男性サバイバーでもないのに女性被害者嫉妬しているのだ。

性犯罪において、男性法律差別されている。僕は男性被害者にも強かん罪を適用してもらう活動を行っていますが、当の男性自身が無関心です。
同じ被害を受けても男性女性で罪の重さが違うという、分かりやす男性差別に関心がない。ネット男性差別と騒ぐわりに、です。
多面体さんもakiraさんも男性被害者に強かん罪が適用されないことを問題視していますよね。(日本の強かん発生率は低いでしょう。一方の性別には強かん罪は適用されないのだから
男性問題女性サバイバー女性の方が熱心に語り、法の不備を真剣に考え、男性サバイバーに寄り添ってくれる。
そういう男性理解者ほど、男性セカンドレイパー)に攻撃される。」

この男性サバイバーの願ったように、男性相手にも強制性交等罪が成立するようになった。

被害に苦しむという意味での弱者男性によりそう女性はいた。彼らへの支援も少しずつ増えてきている。女性被害者にも。

2021-05-05

男性が受ける差別とは、警戒されることと、信頼という名目で粗末に扱われることです

男性が受けている差別として重要だと私が思うのは、警戒されることと、信頼という名目で粗末に扱われることです。

男にも女にも、男は警戒すべき存在だという感情がうっすらとあります

同時に、男性だったらほっといても大丈夫だろう、という肯定的な信頼の形をとって、男性のことをろくに気遣う必要はないとされがちです。

から世間話でもマスメディアでも、男性への警戒や、過度の信頼による雑で粗末な扱いが平然と行われています

それが積み重なった結果として男性は、敬遠されて孤独人生になりやすく、自尊心も低く、自分たち男性自身への嫌悪も生まれ自分の事すら粗末に扱い、次世代男性もそのように扱うので引き継がれる、などの被害を負っています

保護と抑圧は地続きなのでバランスが大切だ」という話をよく目にしますが、同じように、信頼と放置も地続きなのです。

家父長制は、自立したい女性にとっては抑圧という差別だけれど、自立を望まない女性には保護を受けやすいというメリットとしても働く。

それを裏返したように、男の自由放任は自立できる強者男性にとってはメリットだけれど、弱者男性にとっては助けてもらえないし悲鳴無視される差別として働いています



若者が遭遇しやす実例として、バイトサークル活動が長引き、夜になってしまった場面を考えましょう。

男性は帰り道の安全心配されることは少ないです。

これを、男性の方が不安心配事が少なく生きられるというメリットととらえることは確かにできます

しかし同時に、「襲ってくるとしたらたぶん男だ、男を警戒すべきだ」「男の自分は、夜道で女とすれ違う時に怖がらせてしまうだろうから気を使わねばならない」「男の帰り道を気遣ってやる必要はない、男は粗末に扱っていい。自分が男なら自分の事も心配せず粗末に扱うべきだ」という認識を強めることにもなります

実際は、男性でも深夜に一人で帰ることに恐怖を感じる人がそれなりにいるのですけどね。

でも、女性の帰り道は心配されるが男性はそうではないという現実と向き合うたびに、「ああ、俺の夜道への恐怖は認識すべきでない感情なのだ。むしろ俺は怖がる側ではなく怖がらせる側なのだ」という方向へ矯正され、やがて本当に自分でも自分不安や恐怖に気づけなくなります



色々な場面で、不安を感じてないことを前提とした粗末な扱われ方を重ねて、男性自分に対しても他人に対しても鈍感にさせられていきます

たとえばトイレ

男だったら道端で立ちションしても大目に見られがちという自由は、性器露出し排泄を見られたくない感情を気遣ってもらえないという粗末な扱いでもあります

不安羞恥を感じていた男児も、「その辺でおしっこ済ませてきな」と言われたり、仕切りのない小便器や、女性が清掃に入ってくるトイレを使ううちにその弱さを鈍麻させ忘れてしまます

たとえば「男の人がいれば安心だね」という言葉

この言葉はおおむね好意や信頼の表れですが、同時に「男の人は一人でも不安になる必要はないよね、あなた自身が男の人なんだから」という扱いでもあります

一人で行動しても口を挟まれない自由の反面、一人は心細いという男性感情最初から考慮されていない。

このような扱いに触れ続けることで、「俺は男だから不安になる必要はないんだ」と自分勇気づけ、痩せ我慢することが癖になります

夜道にせよ、トイレにせよ、一人行動にせよ、成人男性に直接聞いてもたいてい「いや全然平気だが」と言うだけでしょう。

最初から平気な男性と、鈍麻し平気にさせられた男性と、本当は平気じゃないが痩せ我慢している男性区別することは本人にすら困難です。…

…これは「たとえ当事者男性差別否定しても、それをそのまま受け取るべきではない。男性差別存在する」という無敵論法っぽくなるので好きではないロジックですが、そう言わざるを得ない。

ここ数週間のネットでは、男性セルフケア能力が低い、まずは自分を大切にすべきなのにそれをしようともしない、などという話も多くなっていますが、それは数十年にわたる「男性自由に行動してよい反面、粗末に扱ってよい」という経験の積み重ねによるものであり、決して男性個人に責を負わせるべきでも、自己解決を求めるべきでもありません。

セルフケアに焦点を当てるならば、社会によって損なわれた男性個人セルフケア能力を育て直すため、社会反省して手厚く協力してあげよう、という話になるのが妥当でしょう。

しかし現状の男性セルフケア論では、セルフケアというスローガンと丁寧な暮らし雑誌は与えてやるのであとは自分で(せいぜい弱者男性内部で)上手くやって満足しろ社会は手を貸す気はないぞ、という正反対の切り捨て論になっています



男性が警戒され、気遣ってもらえない原因には合理的理由がある、という反論はできるでしょう。

ホルモン文化的影響による男性の特徴は色々あります

腕力の強さ、性欲や暴力性の強さ、外見の悪さ(体毛が濃く皮脂が多く禿やすいなど男性ホルモンが外見に与える悪影響は多い)、コミュニケーション能力共感能力の低さ、など。

しかし、そのようなある程度の合理性があったとしても、統計的差別であることは間違いありません。

統計的差別はどの程度まで許されて良いか、というのは難しい問題なので、別に論じる必要があります

そして、フェミニズム弱者男性論の共闘が難しいのはここが主要な原因でしょう。

性犯罪男性から女性への加害が多い(犯罪全体では男性被害者の方が多いですが)」「腕力が強くて静止が困難」「妊娠リスク」など様々な事実に基づき男性に対する統計的差別をどの程度認めるべきか、真っ向から対立しまから

統計的差別は一切許されるべきでないと言い切る人も時々いますが、それはどの陣営であっても非現実的でよくないと思います

もっとも「社会運営するにはマクロ視点統計的差別必要なことは認めるけれど、その加減を考えましょう」とかぬるいことを言ってると、確かにそうだね考えなきゃねとは言ってもらえても実態現状維持が続くだけであり、統計的差別を一切許すな!と極端なこと言って圧を掛ける方が新規分野の社会運動としては実を結びやすいんでしょうけどね……。



これに近い話題は、今までも男性加害者として認められやす被害者として認められづらいという内容でしばしば語られてきましたが、たいてい注目されるのは悲惨な女→男セクハラ暴力事件がほとんどです。

それも由々しき問題ですが、その根底にあるのは、もっと日常的でうっすらとした「男ならまあ平気だろ。ほら、やっぱり平気だった」という日々の積み重ねではないでしょうか。

特に、「男性なら大丈夫」という信頼により粗末に扱われる場面は見過ごされやすいと思います

フェミニズムでは、「女を自立した人間と信頼して放任しろ、家父長制で口を出してくるのやめろ」というアプローチが行われていたため、その逆になっている、過度の信頼による放置という男性差別問題視されづらいのです。

女子供は弱いか保護して指示してあげなきゃね」という慈悲的差別に対して、男性が受けやすい「男は大丈夫だろうから心配する必要もないし勝手に自立しててくれ」は信頼的差別などと呼べそうです。



この記事は、これまで弱者男性論で強調されてきた、人間関係恋愛経済ジェンダーロール、弱者男性論が不条理否定される、などの論点対立しません。

警戒されつつ粗末に扱われることは、親しい人間関係恋愛関係ハードルを上げます

経済的貧しさについては、一般的貧困問題に加えて、男性公的にも私的にも助けてもらいづらいし、そもそも助けを求める能力社会により破壊されていることが困窮してはじめて露見するなど、男性特有の困難があります

男性ジェンダーロール問題とくくられるような、男なんだから泣くなしっかりしろと言われるとか、責任を負わされるとかは、「信頼の名目で粗末に扱われる」部分です。

弱者男性自体があまり聞く耳を持ってもらえないしミソジニストとすら言われるとか、困ってると認めてもらえなかったり、困っててもそれは受け入れるべき部分だと言われることなども、「信頼してるという名目で粗末に扱われる」ですね。



また、「男性にも弱者がいることは分かったけど、結局どうなることを求めてるんだ、要求を出してくれ」という問いがありますが、運動として歴史の浅い弱者に、的確な要求をする強さをいきなり求めないでください。

現時点では、「どうなったらいいかを、男性に肩入れしつつ一緒に考えてくれる人が増えるのが望みです」としか言えません。

少なくとも私は、男の乳首露出NGしろとか、男性トイレもすべて個室にしろとか、芸人ちんちんポロリシーンやハゲネタダメだとか、「男の人がいると安心」はハラスメントから許すなとか、そういう短絡だったり個別的すぎる議論にはしたくありません。

https://anond.hatelabo.jp/20210505030506

anond:20210504190918

機能してないのは男性自身のせい

男性学男性に耳の痛いこと多いから耐えられない

「俺の気に入らない学問は学ばない」こういう姿勢から

2021-04-01

女性上昇婚思考是正する必要なんかないだろ

女性男性より稼げない、子供を生んだら仕事継続できないというのはそれ自体問題であってべつに上昇婚思考是正するために

じゃないし、だいたい男性自身の若くて可愛い相手結婚したいという考えを是正する(放棄する)つもりなんて一切ないくせに女性にだけ

捨てさせようとするなんてどういうつもりだ?

2021-03-29

anond:20210329103617

男性自身には出来ない妊娠出産という大仕事一年間独占契約女性に完全委任するんだから、それなりの報酬を払うべきだよね。

2021-03-21

anond:20210321162513

うーんそれは女権拡大論者に求めることなのかって気はする

フェミは何でも屋じゃないし

男性自身LGBT自身批判活動すべきでは

2021-03-06

不愉快なのは性的消費ではなくダブスタ

森喜朗性的消費する記事についたブコメ見てて、なんかズレてね? って思った。

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/joshi-spa.jp/1066616

徹頭徹尾ルッキズムだし性的に眼差されてるし性的消費。だが対象弱者じゃないだけでこうも視点が変わるのかと驚く。これキモチワルイ、理解不能って思った人、そう、それが日頃女性が感じてる性的眼差しってやつよ

男性自身が「男を性的消費するな」と思って感じそれを言いたければ,そのまま言えばいいのよ。/わたし自身は、男性・男体はまず女性・女体並みに、社会において性的に鑑賞される側になるべきだと考えてもいる。

ブコメ眺めても、「男をそんなふうに見てたのか! 気持ち悪い! 俺たちを性的消費するな!」なんて言ってる人、いなくね? いや、一人二人はいるかもしれないけど、この記事ブコメ論調批判してる人たちはそういう切り口で批判してるわけじゃないでしょ。

「女の性的消費はあれだけ糾弾されてきたのに、なんで男の性的消費は『名文』とかで済まされんの?」って話でしょ。

「元スポーツ選手の○○議員競技服姿、おっぱいの形がくっきり浮かび上がっててエロいわー」って記事評論家面白おかしく書いてたらどういうふうに扱われるんですかって話。

そういうのが女から笑って流される社会なら別に俺らも「森元首相エロく見える世界があるのかwwwwwwネッ広wwwwww」で済ませるけど、仮に女の政治家性的にいやらしい目線を堂々と向けられたときには怒り狂って呪詛ブコメで埋まりそうな米欄が男の政治家対象になってるときだと「これは名文w」って雰囲気になってるの、「は?」って言いたくなるよね。

どっちも許すかどっちもアウトかどっちかにせーや。

「ああいう男の政治家性的ネタにする記事もっと読みたいので女の政治家が堂々と容姿を論評されても気にしない」という人や「女の政治家容姿を論評されるのは許せないので男の政治家容姿をいじられる記事批判する」という人は男女平等に扱ってるってことだから別にいいんだけど、普段ルッキズムかにめっちゃ反対して性差別を訴えてる垢がこの記事を笑って消費してるの見ると「ダブスタも大概にしろよ」って思うわ。

まりちゃん男女平等を徹底しろやってことです。性的消費は別にいいんだけど男女不平等は許せない。

追記

これだけ説明してもこんな卑怯な(or 読解力皆無の)コメントつくんだな。ほんとどうしようもない。

あれは森さんへのセクハラだと思うが、なんで抗議しないんだ、と言うなら自分でしたらいいと思う。ダブスタと言われてもすべての問題に同じだけの熱量はいられない。でもセクハラという訴えを嗤ったりはしないよ。

さすがにさ、「批判しない」程度だったらここまで言わんし、同じ熱量批判しろとも要求しないけど、「名文w」とか言って喜んで受容してた連中はいったい何なんですかね? 「批判しない」と「肯定」のあいだの深い溝を越えてるという自覚がないの?

なんかほんとバカバカしくなってきた。もう性的消費の訴えとかなんも気にしなくていいわ。男女平等性的まなざしていこうな。セクハラ? 性的消費? あーはいはい、どうせ自分らに都合よく言ってるだけなんだろ? もういいよ、あんたらの抗議とやらに真剣に取り合う必要なんてないってことはよくわかったから。

2021-03-03

anond:20210303042014

男女反転すると結構味わいが変わって面白い

 

ーーー

エロい記述特にないです。

3ヶ月付き合った女とセックスした。

が、全く良くなかった。

今思えば、それほど相手のことが好きじゃなかったんだと思う。大学4年で童貞だというのがずっとコンプレックスだったので、ヤレるならヤってしまいたい、というのが本音だった。

実際こじらせすぎたコンプレックスから解放されたので、そこについては後悔していない。

でも行為自体があまりにも気持ちよくなくてショックだった。相手が下手だったのか、俺が勃ちにくかったのかは分からないけど、入れたというより「さし込んだ」って感じだった。

俺はエロい事に興味があったし(その時は)相手を好ましいと思っていたので、上手くいくだろうと甘くみていた。

いや、初めてでアンアン言ってたら俺に才能がありすぎてしまうんだけど、それにしてもキツかった。AVファンタジーだと改めて実感した。

人生で「シーツのシミを数える」なんて経験をするとは思わなかったな。ちなみにホテルシーツは綺麗でシミ一つなかった。

あと、ヤる流れになった瞬間の女ってなんであんなに鼻息キモくなるんだろう。マンコに手足生えたみたいで、正直ドン引いてしまった。

そう言えば高校の頃付き合った女の子キスの瞬間は目ギラついててキモかったな。

女はみんなああなのか?教えてエロい人。

女とはそれっぽい理由をつけてすぐに別れたけど、最中に言われた「○○くんはちょっと勃ちにくいのかな…」って言葉がずっと引っ掛かってた。

俺の下半身問題があるなら、そんな不名誉なことはないじゃん?あと絶対お前より私の方が手コキ上手い自信あるから

思い立ったら即行動。俺は小さい頃から動力だけは褒められてきたのだ。

Amazonオナホを購入し、次の日には届いたので早速使ってみた。

AVでの流れを思い出しながら男性自身オナホに入れるが特に気持ちよくはない。

やはり動画を観ただけでは再現できないらしい。何事も実践の前に理論を学ぶ必要があるよな、と思いネットで「オナニー 気持ちいい」と中学生ビックリ安直ワード検索をかけて知識を得た。

ここまで「俺が一番俺を気持ちよくできるだろ!俺の体は機能不全じゃないって証明してやる!」と息巻いていたが、大きな壁にぶち当たることになる。

それは、どのサイトにも書かれている「妄想を膨らませて気分を高めましょう」という文言

オナホも買って(初心者にはエネマグラオススメだと書いてあったがチンコを入れるための練習だと思っていたのでオナホにした)、あとはメソッドに沿ってやるだけだと思っていた。物理的な刺激があれば体は自然と興奮状態になると勘違いしていた。

肝心なことをどうして忘れていたんだろう。セックスをするためには心理的興奮はマストではないか

恥ずかしい話だけど、この時まで俺は一回もオナニーというものをしてこなかった。

AVやR18作品を観ることはあっても、その行為自分事として考えたことがなかった。

エロい事をエンタメとしてしか消費してこなかった。

そりゃあ勃つもんも勃たないわ、だって興奮してないんだもんな。

絶望的な気分だった。お気に入りAV女優の動画を観たけど、やっぱり勃つことはなかった。お姉さん可愛いなぁとしか思わなかった。

これから先、俺はちゃんセックス出来るようになるのだろうか。受験でも就活でも病んだ事はなかったけど、この時ばかりは自分の行く末が不安すぎてちょっと泣いた。

「初セックス全然良くなかった!」なんて言ってたけど、一番の被害者はドマグロの男に抱かれた相手だったのかもしれない。申し訳ないことをしてしまったなぁ。

オチも何もないけど、こういう「エロい事を自分事として捉えられない」人って俺以外にも少なからずいるんじゃないかなって思って書きました。仲間がいたら嬉しいです。

まぁセックスしなくても死にはしないので、強く生きていこうと思いますおやすみなさい。

2020-11-21

anond:20201121230016

最初にいうけど、これは統計ではなく感覚的な話。

男は、弱みを見せず、我慢して働くものという美学が、男性自身を追い込んでるような気がする

あと立場とか、どちらが上か、とかを気にするのかな。

から、弱みをなかなか表に出せない。

あと変化に追いつけず過去に拘泥しがちなのかも。

仕事をやめてからでも、仕事をしていた時から切り替われない、偉くないのに尊重してもらいたいお爺さんが多い気がする。

それを踏まえると、パワーは男性ほどないが変化に強いのが女性

そもそものパワーは女性よりもあるが、変化に弱いのが男性なのかなぁ

2020-11-15

私は、女の方が多い会社に勤めていて、痴漢もされたことないし、過激フェミニズムに走るほど困ったこともない。

タイツ広告については、「この広告で買いたくはならないけど、冬の必需品なので買いたくなくなりもしない」ぐらい。

この広告をやめろ!とまでは言わない。(萌え絵が好きなので、麻痺はしてるかもしれない。)

多分ATSUGIの隣にグンゼがあったら「まあグンゼにしとくか…」とは思うだろうけど。

いくらでも替えがきく商品売ってる企業にとっては地味に困りそうだけど、広告の大失敗とまでは言えない気がする。担当は変えた方がいいけど…。私物化がすごかったから。

ただ普段フェミニストじゃなくてもこれぐらいの不快感を覚えた女がたくさんいることは知っておいてほしいな。

私が私生活で困ったことがないとはいえ、私以外の多くの女性にとって過ごしにくい社会であることは間違い無いと思う。

正社員でも育休が取れなくて辞める人、大手で育休も取れるけどあからさまな窓際に追いやられる人、結構話を聞く。

そしてそれらに対して「女性の権利向上を!」と叫べる人はすごいと思う。

でも女性の過ごしやす社会にならないのもなんとなくわかる。

フェミニストは「女性もっと優しい社会に」と考えているけど、「男性女性も過ごしやす社会に」とは考えていないように見えるから

「今格差があるのだからまずは女性を今より上にしないと」と言いたい気持ち(アファーマティブアクションの考え)も理解するけど、実際男性たちは、女性が思うほど現状に満足していない。

大企業上層部など、今の社会構造を作った人たちは満足しているだろう。

でも、そんなもの男性の中の1割にも満たない。

ほとんどの男性自分生活に不満があって、そういう人間Twitterのような気軽に呟ける場所に集まる。

自分が満足していないのに、自分たちを「満足している人たち(格差容認している人たち)」と決めつける人たちに協力できるかと聞かれたら、私には無理だと思う。

から、まずは「クソオス」などと呼ばずに、冷静になってほしい。そして、女性現実を少しずつ見てもらおうとした方がいい。

実際に女性差別はあるのに、なぜ「協力してください」という態度を取らなければならないのか?と思うフェミニストいるかもしれないが、多分ツイフェミ揶揄するような人たちには女性に対する差別が本当に見えていない。

見た上で容認してツイフェミ馬鹿にしているのではない。見えていない。

目につくのはレディースデー女性専用○○ばかり。

「いいこともたくさんあるじゃないか」と思えるものばかり。

そして、女性が日々感じる「小さな生きづらさ」まで見えていない。(例えば、高齢男性が同じことしてる男には注意しないのに自分にだけ注意した…とかそういうちょっとしたもの)

なぜなら、男性自身も「自分の」目の前の生きづらさを解消するために必死から

男なんだから、男なら○○できる、そういう小さな生きづらさに心をチクチク突かれているのは男性も変わらない。

広い視野をもってみんなが協力しないと社会構造なんて変わらないのにと思うのに、毎日毎日インスタントラーメン広告タグで揉めて、こんなのフェミニズムジェンダー平等も進むわけないだろと感じる。

女性でも男性でもない何者かが先導してくれないかなあ。

2020-11-11

実を言うと、フェミニズムはもうだめです。

 突然こんなこと言ってごめんね。

 でも本当です。



   *



 フェミニズムは全ての女性を救うわけじゃない。


 すんげー雑な言い方をすると、フェミニズムはその役割ピークを迎えようとしている。

 言い方を変えれば、フェミニズムは相対化され、限界を迎えている。つまりフェミニズムは数あるライフスタイル思想の一つに過ぎず、全ての女性や少数者を包括的に支持し救済するといった、かつての理念として見られていた役割からは剥がれ落ちつつあるということだ。

 結局のところ、フェミニズムは全ての女性対象としているわけでもなければ、全ての少数者を対象としているわけでもないということである論点取的に言うならば、この時点でフェミニズムは全ての女性を救うこともできれなければ、全ての女性や少数者を支持する立場から脱落することになるのだ。


 考えてみれば当たり前の話で、フェミニズムの原義は男女同権主義であり、そもそも女性のみを対象として扱っているわけではないかである。勿論、男性自身らを扱っていることは自明だし、更には、いわゆる少数者であるところの男性弱者男性のみならず、男性女性総体、そして全ての人間に対して地平を開いた、社会救済としての思想――それがフェミニズム本来理念であったのだ。

 とは言え考えるまでもなくこのような理念は有り得ない。全てを対象とした救済の思想、という考えが仮に存在するのであれば、それは宗教に求められるべきであるし、我々は誰を対象として救済や支持を表明するかを一考しなければならない。我々は全てを救うことなどできない。全てを救うという思想が仮に現実存在し得るのであれば、それは有史以来の悠久の歴史において既に達成されている筈であるし、そこにフェミニズムの参加する余地存在しない筈なのだ

 換言すれば、「フェミニズムが全てを救済する」というテーゼを本気で信じている人は一人もいないということだ。


 いずれにせよ、全てを救う思想というもの現実的に存在しない。にもかかわらず、フェミニズムないしフェミニストが越権的にその立場を乗り越えようとした結果、それが不可能であるということはもはや陳腐なまでに自明化しつつあるように思う。

 フェミニズムは世の中の全ての女性を救っているであろうか? と問われた時、その答えは勿論ノーである。例えば、「セクシー広告現実人間リスクを生むので自重すべき」、というシンプル命題においてさえ、女性間で紛糾は起こる。

広告セクシーな魅力を私は評価するし、そのようなポテンシャル広告価値のみならず女性価値にも還元されるのではないでしょうか?」と言う女性は、この文脈においてぶっ潰されることになる。「はあああああ!? 貴方評価したところでもしストッキングタイツを身に着けた一般的女子存在性的に眼差されたら貴方責任取れるんですか!?」と。この言明によって既に「一般的女子」とされる存在の中から、「広告セクシーな魅力を私は評価する」と言明するような女性パージされることになる。この時点で、どう考えてもフェミニズムは、あるいはフェミニスト活動は、女性総体を救済しているわけではなく、最も好意的な言い方でも「女性の部分集合Aを救済しようと『試みている』」に過ぎないのだ。

 でもフェミニストはそう思っていないらしく、「我々の活動は最終的に女性全てを救済し、どころか、ホモソーシャル的な思想に囚われた男性さえをも救済することができる」と考えているフシがある。

 無理。

 無理だから

 例えば、ソマリアでレ○プされている少女フェミニズムは救うことはできない。彼女らを救うことができるとすればそれは政治役割である。とにかく、世界同時革命的に思想啓蒙を行うことは無理なのである逆襲のシャアを見ろ。

 そんなこんなで、フェミニズム役割限定的であるし、それは全ての女性に対して及んでいるわけでもない。というか、対象としている女性たちそのものでさえ救済できているかは謎である。いや勿論されてる人もいるんだろうけどね。


 話を戻すと、結局のところフェミニズム限定的に人を救うしかないし、それが活躍できる範囲は決して広くはないのである。この時点で、フェミニズムはある種の専門的な救済機構への道に進むことになる。というか、最善でもそうなるしかないのである。因みに最善以外の可能性としては「自分たち救世主だと考えている思想強要集団」という可能性が存在している。

 逆に言えば、フェミニズム自分たちの救うことのできる範囲というのをしっかり限定して、その上で物事に取り組むべきなのである企業マーケティング一挙一動監視し「社会に悪影響がある!」と発信するのはフェミニズム役割ではない。それは本来公共広告機構ジャロ役割だ。

 ソマリア女性を救うことができるのが政治であるのと同様の意味で、役割はきちんと分担しなければならない。広告のことはジャロにまかせておいたらどうじゃろ? という話である

 役割限定することは極めて重要で、繰り返すように我々は世界同時革命的に全てを救うことはできない。しかも、救済の対象限定することによって全てが解決するのかと言えばそうではなく、そこには必ず利害のバッティングが起こる。例えば、広告バッシングされることで不利益を蒙る企業存在するのが現実だし、あるいは、広告バッシングされることで不利益を蒙る献血促進団体存在するのが、そのような例に当たる。必ずそこにはお互いの利害の衝突があり、お互いの倫理があり、お互いの目標があり、お互いの努力がある。

 全てを救うことができないというのはそういうことで、要はそこにはお互いの、利害の衝突があるということなである。誰かを救おうとすれば誰かが救われないということなのだ。

 そして、誰かを救うということは、別の誰かを救おうとする人間を切り捨てるということなである


 つまりここにおいてフェミニズム立場は相対化されることになる。

 フェミニズム自身擁護しようとする人々と利害的に対立しているところの、別のグループとの対立を味わう。お互いに誰かを切り捨て、自らの救いたいと望む人々をのみを救うしかない袋小路に辿り着く。その時点で、思想の優位性、発言正当性などは捨象されてしまうのだ。つまりフェミニズムは誰かを救うことを諦める代わりに誰かを救うという形を、最善の可能性においてさえ取らざるを得ないのである。全てを救おうとしてもそこには最悪の可能性が導かれるだけで、まずは、誰を救いたいのかを限定しなければ、誰も救うことなどできなどしない。

 そして、現実に生きる人々が常に取るべきなのはそのような態度である。現に、今を生きる人々はそのような態度を常に取り続けている。例えばアツギという企業社員や依頼先のイラストレーターを守るように、それが当たり前のことなのだ。そしてそこには避け難く対立が起こる。誰かをぶん殴れば誰かにぶん殴られる。誰かをぶん殴れば誰かに毛嫌いされる。何も、フェミニズムけが特別というわけではないのだ。


まとめ


 警句的に言えば、ありとあらゆる対立において、ありとあらゆる闘争において、誠実な闘争というもの存在しない。どんな対立であれどんな闘争であれ、それは不実で胡散臭くて汚らしいものだ。しかし、今回の件を見る限りで、そこには一般論を超えたきな臭さを感じざるを得ない。

 それは恐らくフェミニズム限界に起因するきな臭さなのではないかと思う。彼女たちは、全ての女性を救うことはできないし、男女同権思想自明として救済しなければならないところの男性を救うこともできない。また、強い社会ストレスの中で生きる少数弱者を救うことができない。時には、彼女たちは女性をも切り捨てる。

 勿論、救う対象限定することは大切だ。誰もかもを救おうとすることな人間には所詮できないのだから

 とは言え、まさにそこに、一般論を超えたきな臭さの源がある。つまりそれは、自覚なく人々を切り捨てておきながら、自身限界意識せず、まるで全てをも救い得るかのように振る舞うフェミニストフェミニズム傲慢のことである。突然こんなこと言ってごめんね。

 でも本当です。

2020-11-07

anond:20201107175417

有害な男らしさって知ってる?

社会学研究によれば、男性自殺者が女性より多いのも男性自身の支配欲の影響らしいよ。

有害な男らしさは、女性だけでなく男性までもむしばむんだ。

2020-10-09

レズ男と女について考えた

本来ならレズビアンって書くべきなんだろうけど、長くて面倒だし言葉狩り的なノリが好きじゃないのでここではレズ表記したいと思う。

まず私は、男性との交際経験があるレズだ。正確にはレズ寄りのバイ女性交際する場合はタチ、いわゆる男役になる。

最近よく「男と女」について語る人を見かけるようになった。非モテがどうで〜みたいなのは、ひとまず置いておく。私が考えたのは、社会的役割……立場のことである

【男=守る/女=守られる】

あるいは

【男=リードする/女=リードされる】

社会に浸透したこの図、なんとなく伝わるだろうか。

私は女だが、女性交際する場合は限りなく「男」に近い立場彼女コミュニケーションを取ることになる。もちろん自分意思で決めたことなので特に不満はない。というか、それがしっくり来る。本当は男性とも恋愛できるのに女性を選ぶ、一番の理由。私は【守られる/リードされる】立場に置かれることが苦手なのだ

そして思ったのが、私のように【守られる/リードされる】ことが苦手な女性は案外多いのではないか?ということ。

ただ、その人たちの全てが同性に恋愛感情を抱けるわけではない。その場合彼女らは【守る/リードする】立場男性と向き合おうとする。すると、同じように【守る/リードする】ポジションに立ちたい男性は不満を抱くだろう。自分役割を奪うなと警戒するかもしれない。

だが、逆に考えてみてはどうか。

実は女性が思ってる以上に【守られる/リードされる】存在になりたい男性がいるのだとしたら?

ありえない話ではないはずだ。けれど男性は、女性に比べて「生まれ持った性に与えられた役割」を放棄することを躊躇う人が多いように感じる。一度、頭をクリアにして考えてみてほしい。

自分は【守りたい】のか【守られたい】のか。

自分は【リードしたい】のか【リードされたい】のか。

白黒ハッキリさせなくてもいい。どっちかといえば、でも全然構わない。

もちろん「俺はリードされたいけど男に抱かれたいわけではない」という人もいるだろう。むしろ大多数がそうだと思う。じゃあ、どうすればいいか

答えは至ってシンプルである。【守る/リードする】ことを好む女性と【守られる/リードされる】ことを好む男性が付き合えばいい。

なお、私は男性が「自分がどっちの立場を好むか」を言い出しにくい空気を作っているのは他でもない男性自身だと考えている。

さな男の子を「男なんだから泣くな」と怒鳴る父親若い男性社員を「男のくせに酒が飲めないのか」とバカにする中年男性管理職。これは呪いだ。真に受ける必要なんて一切ない。世の中は、少しずつ変わり始めている。

お姫様になりたい男の子がいてもいい、王子様になりたい女の子がいてもいい。

自分が生きやす立場で、自分らしく生きていける時代は、すぐそこにある。

2020-08-29

男児は望まれていないのに、なぜ男女の産み分けは認められないのか?

子供を殺したい

https://anond.hatelabo.jp/20200731034501

わたしは誰の為にもならない息子を殺したい。



男の子の半数はまともな大人に育たない

https://anond.hatelabo.jp/20140402083933

「まとも」=「身内に居ても許容出来る」と仮に定義してよくよく考えてみると、確かに男性の半数は「まとも」じゃない。


ただの知り合い程度なら許容出来ても、身内に居たら嫌だ、困る、と言う男性は半数くらいいる。


女性であれば精々1割程度に過ぎないのに。




もし産み分けが金も手間もかから簡単に確実に出来て、産み分けする事への心理的抵抗も全くない世の中になったら


出生率が上がったりしてね(女の子ばかりが増えるけど)。



https://anond.hatelabo.jp/20140402120303

統計的事実として犯罪者の約8〜9割が男性であり、育てづらく本人も生きづらい発達障害者割合は男女比が4:1以上


運が良ければ女児より優秀に育つ事例が多い一方、犯罪者になる確率引きこもりニートになる割合発達障害を抱えて産まれてくる可能性も大きい。



自分子供は欲しくない。元増田と同様の理由で「どうしても作らなければならないとしたらどっちがいいか」と考えると女児を望んでしまう。




男の子女の子と比べるとリスクが圧倒的に高い」

ということは統計で示される事実です。

そして、このように男の子が産まれてくることを恐れ子供を授かれない女性や、男の子が産まれしまって苦しんでいる女性が居ます

それなのになぜ、産み分けは可能にならないのでしょうか?

現状の男女比ほどには男の子は望まれていないというのが本当のところなのに、

世間体が悪くなるのを恐れ、

「産み分けを合法化すべき」

と言い出せないのではないのでしょうか。

誰かが周りの目を恐れず、主張しなければならないのです。

はてなの皆さん、KKO・“弱者男性”、フェミニストの皆で手を組んで、

「産み分けの合法化

に向かって行くべきなのではないのでしょうか。

なぜなら、男性性は、女性の生きづらさばかりか、男性自身の生きづらさの原因となっているからです。

男性を極力産まない」

ことで、男性自身を含め、様々な属性の人が生きやすくなります

おおっぴらに賛同はできなくても、

「こういう主張があるんだ!」

ということが広まって行けば、いつか産み分けが実現し、産まれてくる男性の数が減るはずです。

私はこの主張が根付くまで何度でも主張し続けるつもりです。

争っている場合ではありません。

この考えならば、立場の違う人々でも1つになれる可能性があると思います

皆で変えていかなければいけないのです。

2020-08-27

anond:20200827003616

ガラスの地下室か…

いいね。こういう男性差別に反対する声をもっと男性自身が沢山上げていってくれれば、世の中もっと良い方に変わっていくと思う

調べたらフェミニスト男性版はマスキュリストって言うらしい。

欧米ではすでにマスキュリズム運動も随所で見られるらしいけど、日本も「男子たるもの弱音を吐くな」的な空気を押し除けて男性差別を声高に叫ぶ流れができて欲しい

女性はなかなか男性差別に気付けないこともあるし

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん