はてなキーワード: ドボンとは
それな
てかhttp://b.hatena.ne.jp/entry.touch/togetter.com/li/1008593でドボン会のおっさんが物欲しそうな顔しながらブコメしてんのマジキモいんだけど。
http://anond.hatelabo.jp/20160626021547
才能がないと自嘲するひまがあるなら、退職願を書いた方がいいよ。
というか、書け。
あなた一人がへばりつきたいというだけで、いつまで紙とインクと、作家さんを消費し続けるつもり?
「何でこんなひどい作品、……いや文字列だよね?」という本が、
担当編集者として、ヒット作を出せないまま数年が経過、というのも、よくある話だ。
でも、そのくじを引き続けていいのは、勘違いかもしれなくても、
「自分には編集者としての才能があり、いつか間違いなく当たる」
あなたに強みはないの?
作家さんに対して、
と誇れる点はないの?
それがないなら、「つぶしがきかない」とか「転職が厳しい」なんて自分のためではなく、
社会のために、職を辞さなくてはいけない。それは編集を選んだ人間の責務なんだ。
あと、もう一つ。
「この本を世に出すことで、少しでも社会の役に立てる。なぜなら……」という自負、あるいは願いが消えているなら、
退職願を出した方がいい。というか、出せ。即刻。
青臭いことは承知の上だが、出版は営業ノルマのためにするものじゃない。
出版は、出版によって世の中を良くするためにするものであり、その役立った結果と緩くリンクするのが売上なんだ。
このことを忘れて、売上だけ考えるようになっているのなら、もう潮時だよ。
漫画家さん、デザイナーさん、ライターさん、編プロさん安心してください。
版元編集者にも逃げ道なんてどこにもないですよ。
なに寝ぼけたこと言ってんだ。
その義務を果たさず、
「私にはあなたたちを良い方向へ導くことができません」
「でも私も逃げ道がないから、大丈夫。一緒にドボンしましょう」
って、クズの発想だよ。
当たり前だよね。
第35回増田ステークス(GI)はてな競馬場 芝2400M 番 馬名 脚質 短評 ..のgazi4さんのプロフィールが面白かったので他の人のも探してみた
普通だった
http://anond.hatelabo.jp/20151112074324
白犬はズイショか? ズイショはああいう場所では書かねえだろ。匿名であることに耐えられなさそうだしな。
酢婆はtopisyuだったとおもうが、ウォッチスレで匿名の雑魚と慣れ合うつもりなど無いだろ。ママ友の間でも君臨するタイプだぞあれは。
蛙はドボン会長かな。言っちゃ悪いがtwitterでもジメジメしてたし一時期はウォチスレでジメジメしたことやってるって言われたら納得する雰囲気はあった。
でも人型アイコンになってからは比較的まともな記事書いて園芸とかやって癒やされてるのかと思ったが違うのか?
最近はてなブログでも全く見かけなくなったけど何やってるのかな。
ここまではわかるが黒猫って誰だ? 最近はてなブログのもめごと追っかけてないからわからん。
しかしウォチスレ住民ってほんとに人を見る目が無いな。4人の内2人は完全に的外れ。
ズイショやトピシュが自分たちと同じ土俵に立ってると思う事自体思い上がりも甚だしい。
まだまだいそうだがおれが思いついたのはこのくらい。 wideangelは絶対入れるべき
wideangel widengel事件のことを風化させてはいけない
watapoco 最初期から青二才をウォチし続けている古参。
説教増田 半年に1回位みかけるレアキャラ。粘着と違って愛があるやつ。俺が一番好きだった増田はコント増田。 http://megalodon.jp/2014-0830-1551-37/anond.hatelabo.jp/20140830124501
angmar シロクマ嫌いで有名。永遠となった青二才の同人誌「唐沢高校新聞部」の原本をもつ数少ない男。
らくからちゃ 自分のブログはいかにも優等生なのになぜかはてな村の劣等生である青二才を強く意識してる真意がきになっていたが配偶者の方が障害をかかえておられるらしくその関係か?
ひかる人財プロジェクト 例の事件が起きるまで青二才のすべての記事にブクマをつけてたやつ。事件が起きた時青二才が一生懸命叩いておりそれ以降は一切ブクマをつけてない。
ドボン会会長 最近見かけないと思ったら園芸やってた。40代っぽいけどすごく童貞臭い。
miruna ラノベ天狗と混同されがちだがラノベ以外についても呪詛をよくぶつけている。
深草圭志 はてな的なるものを憎む美少女。 青二才がはてな的である限りは一生絡み続ける。
testa_kitchen はてな的なるものに文句を言い続けるだけのBOT。 同人作家らしいがはてなにおいてそっち方向では全く話題になったことがない。
どこの誰ベエと話したかは言わないけど「ドボンさんはモテなそう(童貞だろう)」という意見を聞いた時に薄々同意はしたけど、この文章読んだ時にやっぱり童貞だろうなぁ…と思った。 / “炎天下の中で行列に並ぶ妊婦さんを見た話 - ネットの…” http://t.co/A7kkYuxkXs— 三沢文也@こっちは本気で遊んでるんだ! (@tm2501) 2015, 8月 17
僕が思う童貞臭さっていらんこと言う人なんですよ。それも人や他人に口を出したい欲望を素直に認めないで高飛車に「べき論」を装ってしゃべること。自分の意見であることさえ表明できないし、かと言って歯切れよく言ってる人を見つけてその人に代弁させる器用さも、我慢するだけの堪え性もない半端もの— 三沢文也@こっちは本気で遊んでるんだ! (@tm2501) 2015, 8月 17
ネットでいっぱい喋れる、言いたいことが言いたいだけ言える時代だからこそ「言わないこと」「言わせること」が大事なんだよね…。昨日、「はあちゅうさんは腹黒い話は基本人に言わせるか有料でも聞いてくれる人にしか言わない住み分けをしてる。振る舞いがリア充っぽい」という話したけど、逆がドボン— 三沢文也@こっちは本気で遊んでるんだ! (@tm2501) 2015, 8月 17
いや、僕はキャバクラとか風俗で説教する客の存在を各種下ネタ系の読み物でよく聞くんだけど、アレの気持ちがさっぱりわからんわけ。自分だってあんまり正しくない場所に来てる(というより、お前みたいなのがいるから商売が成り立ってる)から彼女はそこにいて接客してるのに、なんで説教できる?謎い— 三沢文也@こっちは本気で遊んでるんだ! (@tm2501) 2015, 8月 17
あ、僕が女子から気持ち悪がられる時の失敗は基本「舞い上がりすぎ」なんだよね…。オブラートに包んで言えば「楽しいことにのめり込みすぎる」ことで、悪く言えば「味をしめた結果、それまでのまともに努力してた時の段取りがすっ飛んでしまう」わけだ。ある程度親密になってから失敗するタイプですw— 三沢文也@こっちは本気で遊んでるんだ! (@tm2501) 2015, 8月 17
ゆえに僕はある程度運とか出会いとか人と継続に会うだけの最低限の予算があれば、そこそこうまくは行くんだよ。ただ、うまく行った瞬間に「承認された。努力が実った」と平常心が保てなくなる(舞い上がっておかしなことを言い始める)タイプです。だから、童貞ではないけど、うぶいし青いのが僕の位置— 三沢文也@こっちは本気で遊んでるんだ! (@tm2501) 2015, 8月 17
ガチの童貞ってそれ以前の「自分を持ちながら待つ」ということができないんだよ。恋愛テクニック以前にギラギラや生暖かさや自分がビビってることも言い出せない(ネタにして笑ってもらう器量もない)からすこっしもうまく行かないんだよ。僕から見たドボン会長なり童貞臭い人のイメージはそれ— 三沢文也@こっちは本気で遊んでるんだ! (@tm2501) 2015, 8月 17
逆にもうセックスに入るムードからして心地いい僕の場合はそれが強すぎて盲目になっちゃうんよなぁ…。なんかそのムードまで来るとそれまで待ち続けたり、恋愛モードになってた理性がダバ〜と吹っ飛んで、「セックスすげー恋愛すげー!おらワクワクしてきたぞ」みたいなキモさ全開になるんよなぁ…— 三沢文也@こっちは本気で遊んでるんだ! (@tm2501) 2015, 8月 17
(色んな人に言われてるから言うけど)何度目だよ!童貞じゃないって言ってるだろ! https://t.co/xmqhX4nsJK— 三沢文也@こっちは本気で遊んでるんだ! (@tm2501) 2015, 8月 17
しかし、これは自分も含めてなんだけど、あの童貞を卒業した人が性を語る時の口調の「わかったような口ぶり」はなんなんだろうな。これ、女でもそうで性に関連する産業の経験とかネタを売りにしてる人の口ぶりってどことなーく偉そうなんよなぁ…。アレの正体が知りたい。— 三沢文也@こっちは本気で遊んでるんだ! (@tm2501) 2015, 8月 17
伊東ライフは中学校の時の親友が高校上がって早々に30弱ぐらいのおねーさんと付き合いだして即セックスしとった事実を聞かされた時が人生唯一の挫折点です。あの敗北感マジ全身の毛が抜けるとこだった。— 伊東ライフ (@itolife) 2015, 8月 16
モテないモテないと言いながら、モテたいという願望があるにはありながら、ついつい楽しくなってモテなそうな、世界の半分ぐらいを怒らせそうなネタをつぶやいて、世界の半分からクレームを言われまくってるアカウントが私です。…リア充になりたかったら、自分が言いたい毒は他人の毒をRTするべきか
眠れないから本を読んでるが、二村ヒトシさんの本ほど口が悪い本を読んだことない僕としてはあんなに口が悪い本をみんながみんな読んで、しかもほとんど批判がないと言う事実に一番驚いてる。内容自体は正しいけど、こうまでゲスい言い回しされてると自分に当てはまる部分以外でもカチンとは来る
あとはこの挿絵にイラッとする。やってることはサイバラ敵に「おばちゃんがゲスい感じに偉そうなこと言うよ」ではあるけど、なんでかなぁ…文の人と画の人が別になって、しかも絵の人の口の悪さを配慮せずに「この人が正しい、読んでる君は間違ってるからもっと怒られるべき」という態度だもんw
となんというかな…「中庸(バランスが取れること、バランスを踏まえた上で自分を見せられる人)」がモテます。と言う本で、これ自体のいうことは間違っちゃいないと思うんだが、これを言い出した途端に、中庸からどちらかにそれてる人を両方共範囲攻撃しちゃう本だからなぁ…。気分は良くないよね
僕がフェミ嫌いつうか、行き過ぎた女性尊重路線に疑問を感じるのは女の人のしてほしいこと、してほしくないこと、もしくは思考構造自体が相手次第であって、相手にかかわらず頭でっかちに、ゲームやルーチンや科学のように区別する事が難しいため。だから、過剰にルールを支配すると主観的になりすぎる
つまるところ、男性に責任を投げられても、それがこの本で言う「気持ち悪い男は嫌われる」というすげー主観的でかつ、本人だけでは対策が難しいような評価のされ方(どこができてないから改善しろという点数化がしにくい精神構造の問題で評価される)ところに「女性基準が行き過ぎると怖いよね」がある
個人の女の人を悪く言いたいんじゃなくて、もうちょっと生き物レベル、社会レベルの話として「客観視しにくい基準の存在の厄介さと、それらを当たり前に突破しないといけない現状」に対して「うお!生きづれー」「仕組み化される時にもっと説明されないと壁にぶち当たる人がいっぱい出る」と危惧してる
いや、「個人的な好き嫌い」と「仕組みとして、あるいは自分の生活や可能性を決める基準」は別だよ。僕がフェミとか女性的な評価をおっかないおっかないと言ってるのは後者。特に女性自身が主観的かつ独特の(数値化・仕組み化しづらい・あまり男性に理解されてない)に自覚のないまま踏み込みすぎる様
まぁ、機会が平等になる必要はあると思うし、選択できないこと自体があるとするなら選択できるようにどっちの性に対してもすべきだとは思うけど、それは評価やものの見方がどう違ってるかを理解した上でじゃないと成立しないんだよね…。まぁ、この話してるうちに眠くなってきたからここでおしまい
ちなみに、さっき女性的な「気持ち悪い人が嫌い」という主観的かつ本人にはどうしようもない評価が怖いといったけど、ホモソーシャルにはホモソーシャルなりの野蛮さがあるから結局はどっちの怖さも周知すべきだとは思います。まぁ、後者については男の割合が多い中小企業や大企業でも肉体系見れば明白
おいおい、この本すげーこと言い出したぞ!薄い本的な都合よくヘタレ男が女の子に持てちゃう展開を「恋のドラえもん幻想」というムダにかっこいい名前をつけて罵ってやがる!すげー!謎のハイセンス
モテない自分に耐えられなくなってに耐えられずネット上で憎しみや逆恨みをばらまいたり、犯罪行為に走るのは社会的にもとっても迷惑なわけで、だから彼らは自分のためではなく世間のためにも気持ち悪くない男になって、すこしモテるようになる義務がある。(二村ヒトシ)モテは義務って…おお怖い
いやさ、気持ち悪い云々の話の時から一貫して思ってるけど、世の中には本気でわからなくて悩んでいる人がいて(それを利用して儲けている作者のような人がいて)、それゆえに困ってる人にお前が悪いと罵り倒すだけでも違和感あったのに、今度は「モテは義務」だよ…どんだけ強気なんだよ…この本
これ、すごく悪意のある言い方させてもらうと「モテたい男は気持ち悪くない男になってモテる義務があります。モテる気がない人は二次元で都合のいい妄想に満足して生身の女の子にはさわらないでください。どちらでもないモテたいけど気持ち悪い男は犯罪者予備軍で像を垂れ流す有害な連中です」だとさ
全体的におっかないし世知辛い本だなぁ…。何度も言ってるけど、言ってる事自体はそこまで間違ってないし、どっちかといえば正しいんだけど、言い方がゲスいし、失礼で回りくどいし、範囲攻撃だし、全面的に男が悪いというスタンスで書かれてるから読んでてすごく「怖い」とは思う。
どこの誰ベエと話したかは言わないけど「ドボンさんはモテなそう(童貞だろう)」という意見を聞いた時に薄々同意はしたけど、この文章読んだ時にやっぱり童貞だろうなぁ…と思った。
人の育児に文句言うときは自分の良心が傷ついたとか、迷惑を被ったことをきっちり言わないとなんか嘘くさいんですよ。ドボン会長の書き方みたいに「いや僕がどうとかじゃなくて、こういうの良くないと思います」みたいなのは自分がないし、ほっとけだし、いちいち口に出すな…という感じなわけですよ…
僕が思う童貞臭さっていらんこと言う人なんですよ。それも人や他人に口を出したい欲望を素直に認めないで高飛車に「べき論」を装ってしゃべること。自分の意見であることさえ表明できないし、かと言って歯切れよく言ってる人を見つけてその人に代弁させる器用さも、我慢するだけの堪え性もない半端もの
ネットでいっぱい喋れる、言いたいことが言いたいだけ言える時代だからこそ「言わないこと」「言わせること」が大事なんだよね…。昨日、「はあちゅうさんは腹黒い話は基本人に言わせるか有料でも聞いてくれる人にしか言わない住み分けをしてる。振る舞いがリア充っぽい」という話したけど、逆がドボン
いや、僕はキャバクラとか風俗で説教する客の存在を各種下ネタ系の読み物でよく聞くんだけど、アレの気持ちがさっぱりわからんわけ。自分だってあんまり正しくない場所に来てる(というより、お前みたいなのがいるから商売が成り立ってる)から彼女はそこにいて接客してるのに、なんで説教できる?謎い
あ、僕が女子から気持ち悪がられる時の失敗は基本「舞い上がりすぎ」なんだよね…。オブラートに包んで言えば「楽しいことにのめり込みすぎる」ことで、悪く言えば「味をしめた結果、それまでのまともに努力してた時の段取りがすっ飛んでしまう」わけだ。ある程度親密になってから失敗するタイプですw
ゆえに僕はある程度運とか出会いとか人と継続に会うだけの最低限の予算があれば、そこそこうまくは行くんだよ。ただ、うまく行った瞬間に「承認された。努力が実った」と平常心が保てなくなる(舞い上がっておかしなことを言い始める)タイプです。だから、童貞ではないけど、うぶいし青いのが僕の位置
ガチの童貞ってそれ以前の「自分を持ちながら待つ」ということができないんだよ。恋愛テクニック以前にギラギラや生暖かさや自分がビビってることも言い出せない(ネタにして笑ってもらう器量もない)からすこっしもうまく行かないんだよ。僕から見たドボン会長なり童貞臭い人のイメージはそれ
逆にもうセックスに入るムードからして心地いい僕の場合はそれが強すぎて盲目になっちゃうんよなぁ…。なんかそのムードまで来るとそれまで待ち続けたり、恋愛モードになってた理性がダバ〜と吹っ飛んで、「セックスすげー恋愛すげー!おらワクワクしてきたぞ」みたいなキモさ全開になるんよなぁ…
(色んな人に言われてるから言うけど)何度目だよ!童貞じゃないって言ってるだろ!
ツイッターで読んでる本について語ったら著者にふぁぼられた。…あ、アレですよ。2章まではすげー失礼で、臆病な部分があたってると感じる僕でさえ「あたってるのにテメーに言われるとうぜー」とさえ思うけど、2章過ぎると口調によるイラつきは減るよ。だから2章までが踏ん張りどころだよ(謎の弁明
しかし、これは自分も含めてなんだけど、あの童貞を卒業した人が性を語る時の口調の「わかったような口ぶり」はなんなんだろうな。これ、女でもそうで性に関連する産業の経験とかネタを売りにしてる人の口ぶりってどことなーく偉そうなんよなぁ…。アレの正体が知りたい。
今回の本(すべてはモテるためである)はその典型例。他の専門家や達人でこんなに偉そうで心得のない人を罵り倒す本を読んだことがないから「人にカネ払ってもらって、本を読む労力までかけてもらっておいて、読者をキモい・モテない・バカ・臆病と罵り倒す本がこの世にあるのか」とカルチャーショック
本を出すことに対してもっと「色んな人にお世話になった」「発言の場を与えてもらった」感がないから、本読んでて違和感があるんだよなぁ…。内容自体は頷いていて、引用して使ってみたいこともいっぱい書いてあるんだけど、アレだけ言葉遣いや読者との関係性をふてぶてしく取る本を読んだことないから
ドボン会 会長 ドボン会 会長 ドボン会 会長 ドボン会 会長 ドボン会 会長 ドボン会 会長 ドボン会 会長 ドボン会 会長 ドボン会 会長 ドボン会 会長 ドボン会 会長 ドボン会 会長 ドボン会 会長 ドボン会 会長 ドボン会 会長 ドボン会 会長 ドボン会 会長 ドボン会 会長 ドボン会 会長 ドボン会 会長 ドボン会 会長 ドボン会 会長 ドボン会 会長 ドボン会 会長 ドボン会 会長 ドボン会 会長 ドボン会 会長 ドボン会 会長 ドボン会 会長 ドボン会 会長 ドボン会 会長 ドボン会 会長 ドボン会 会長 ドボン会 会長 ドボン会 会長 ドボン会 会長 ドボン会 会長 ドボン会 会長 ドボン会 会長 ドボン会 会長 ドボン会 会長 ドボン会 会長 ドボン会 会長 ドボン会 会長 ドボン会 会長 ドボン会 会長 ドボン会 会長 ドボン会 会長 ドボン会 会長 ドボン会 会長 ドボン会 会長 ドボン会 会長 ドボン会 会長 ドボン会 会長 ドボン会 会長 ドボン会 会長 ドボン会 会長 ドボン会 会長 ドボン会 会長 ドボン会 会長 ドボン会 会長 ドボン会 会長 ドボン会 会長 ドボン会 会長 ドボン会 会長 ドボン会 会長 ドボン会 会長 ドボン会 会長 ドボン会 会長 ドボン会 会長 ドボン会 会長 ドボン会 会長 ドボン会 会長 ドボン会 会長 ドボン会 会長 ドボン会 会長 ドボン会 会長 ドボン会 会長 ドボン会 会長 ドボン会 会長 ドボン会 会長 ドボン会 会長 ドボン会 会長 ドボン会 会長 ドボン会 会長 ドボン会 会長 ドボン会 会長 ドボン会 会長 ドボン会 会長 ドボン会 会長 ドボン会 会長 ドボン会 会長 ドボン会 会長 ドボン会 会長 ドボン会 会長 ドボン会 会長 ドボン会 会長
いえーい、英語コンプレックス丸出しだけどちっとも英語コンプレックスを克服しようとしないまたは英語関連の記事をブクマして英語コンプレックスを解消できたと勘違いしてるはてなーのみんな~、いえーいオイラだよー!
bitch
日本で使われているやりまん、というよりは、イヤな女、誰もが嫌う最低な女、クソみたいな女、性格ブスという意味で使われることが多い。
slut
いわゆる、やりまん。誰とでも寝る女、という意味で使われることが多い。
whore
これは売春婦、金銭を得て身体を売る女のこと。他には、prostituteとかhookerとも言う。
bitchとslutの明確な区別はよくわからないけど、基本的には上のような解釈でいいと思う。
たとえばslutがイヤな女みたいな意味で使われることもあるし。
間違ってたら訂正よろ。
オイラの勝手な思い込みなんだけど、ビッチ、といわれる女性というのは、女性に妬まれる要素があったりして、
男からみるとちょっとかっこいい女、だけど女には嫌われちゃう、
みたいなイメージがある。
「私はビッチ」というのは、英語ができないのに、期せずして、イヤな女、誰もが嫌う最低な女、クソみたいな女、性格ブスという正しい意味で使っているのが興味ふかい。だって、誰がみてもイヤな女やろ?
あいつはオイラの定義するビッチとはかけ離れてるほど、ださいし、ロックでもないし、ましてやパンクロックでもねえよ、ドボン会長さん?
http://anond.hatelabo.jp/20140323110512 に触発されて。
包丁とかほとんど使わないし、分量も超適当で超ウマイ。アレンジも魔改造もし放題。
普通にカレーライスにするのもいいけど、パンの上に乗せて更に上にチーズ乗せて食べたり、じゃがいも切ってちょっとレンチンして耐熱皿に乗せてこれかけてチーズ乗せて食べても美味しいし、オレンジページに乗ってそうな優秀ソースにも早変わりだぜ。朝飯もちょっと小さめの丼にこれかけて卵割れば大勝利だ。土日に作って3日は同じの食べてるぜ。
経済学部生でもないのに、学部教養でかじった程度の経済学の知識で書いてしまいました。
間違っていることも多いと思います。ごめんなさい。
さらっと書いてるけど、好きで調べたりしている人以外には、こういうのがとてもわかりにくいと思う。
自分自身がそうだったからだ。だから簡単に説明してみようと思う。
この証明書を裏付けるのは金の価値。みんなが、「金は高価だ」と思っていて、食べ物や服や家具や機械とか、あるいはおねーさんと酒のんでおしゃべりする権利とかと交換してもいいと考えている。でも、金そのものを持ち歩くのはいろいろと面倒だしあぶない(財布の中に入れておくとすり減ったりする)から、金庫屋が金を預かり、かわりに「金と交換できる券」発行している。それをみんなが金の代わりに使っている。
これはむずかしい。
なんでかというと、この場合の紙の券は、なにか具体的なモノと交換できる証明書ではないから。
とすると、それは一体なんなのか?簡単化した単純な例で考えてみる。
まず登場するのは、超できる男として有名な出来山さん。この出来山さんがお店を出すことになった。お店を出すには仕入れが必要になる。しかし、裸一貫の出来山さん、仕入品の代わりに提供できるものがまだない。そこで、出来山さんは業者の人にこう言う。「この店がうまくいったら、色をつけてお礼するから、まずは仕入品を納入して欲しい」。仕入れ業者の人は「出来山さんは超できる奴。多分、出来山さんのお店は繁盛するに違いない。まだなにもない出来山さんだけど、そこに納入すれば、後々いい商売になるだろう」と考える。そこで、仕入れ業者は、まず出来山さんのお店に品を納入する。出来山さんは、お店の将来の売上から、仕入れ業者に色をつけて返す約束をする。
出来山さんは、その仕入品を使って自分の商品を魅力的なものにするために色々な努力をする。そして、商品の売上から、仕入れ業者に、前借りしたものよりも多くを返す。そうすると、仕入れ業者は「出来山さんと商売しているとこっちも儲かるな」ということになって、もっと大きな商売をさせるために、仕入れ品をもっと納入するようになったりする。
さて、ここで、出来山さんを日本政府(あるいは中央政府)、仕入れ業者を日本銀行(あるいは中央銀行)と考えてみる。
出来山さん(日本政府)の商品というのは日本経済そのもので、出来山さんの手にする売上は日本経済からくるアガリ(税金)だ。仕入れ業者は、出来山さんの商品(日本経済)が魅力的(活発で生産的)だと見込んで、紙幣を「発行」して出来山さんに貸しつける。つまり、相手がリターン(利子)を返してくれるだろうという「信用」によって紙幣=マネーが生まれる(creating money)。だから、不換紙幣のマネーというのは、兌換紙幣のマネーと違って、モノとは交換できないけれども、より大きなリターンを返してくれるだろうという信用を形にした「信用紙幣」ということになる。
普通、通貨は国単位、経済体単位で流通している。例えば、日本なら1万円券や1千円券の日本銀行券、あるいは、造幣局が発行する100円硬貨なんかが流通しているし、アメリカならドル紙幣が流通している。だから、この信用紙幣の「信用」は何に対する信用なのかというと、その通貨が流通している経済体そのものが活発で成長する、あるいは(すくなくとも規模を維持して)その他の経済体に対して影響力を持つことへの信用だ。例えば、「(日本円を使ってモノを交換している)日本経済がドボンしないだろう」とか「日本円で買える日本の商品が欲しい」とみんなが思っている(日本経済を信用している)限り、日本円はその価値を保つ。
日本円が日本経済の信用を元手にしているということは、逆に言うと、「日本経済はもうダメや!」とか「日本に欲しい物なんかあらへん!」みたいにみんなが思い始める(信用を失う)と、日本円の価値が暴落して流通できなくなってしまう(ハイパーインフレで紙幣が紙くず)。そうすると、日本なのに、みんな日本円を使わなくなってしまい、米ドルなどの外国通貨が流通するようになったりする。そうなったケースが、アルゼンチンなど。
至極単純化したけれども、不換紙幣=信用紙幣、の仕組みは大雑把に言ってこういう感じのものだ。
日本銀行は、自分で紙幣を発行していろんな人に貸し付けている。日本政府はその中のひとりだ。
だから、なにも、日本政府だけが日本銀行が発行するマネーを市中(日本経済)に流しこむパイプ役なわけではない。そこには色々複雑な仕組みがある(らしい)。例えば、日本銀行は、自分が発行したマネーで不動産なんかにも投資したりする。つまり、直接、市中にマネーをぶっこむこともできる。でも、それはあまり勧められることではないとされている。なぜなら、自由にマネーを発行できる日本銀行は、理屈の上では、市中の商品をいくらでも買いあげることが出来る。すると、どんなジャンクな品物や詐欺まがいの商品でも、日本銀行に売りつければ商売になってしまうことになる。ジャンクな品物や詐欺まがいの商品が売れる経済というのは、まったく健康的じゃない。言い方は悪いけれど、そんなのは闇経済と同じことだ。
「日本銀行がなんでも買ってくれるから、適当な商品使ってぼろ儲けしてやれ」「日本銀行がなんとかしてくれるから、いくらでも借金してやれ」なんていうのが、いわゆる「モラルハザード」というやつだ。
少し話がずれたけれど、ここで、わかりやすくするために、日本政府の借金は全部日本銀行が引き受けているとしてしまおう。その額およそ1000兆円。そして、日本政府は借金を返したら、再借金はしないと仮定してみる。すると、どうなるか?
日本経済には、すでに発行済の日本銀行券=マネーが出回っている。そこから日本政府はアガリ(税金)をとり、そこから日本銀行に借金を返して、借用書(国債証書)を取り戻す。つまり、日本政府が日本銀行に借金返済しきってしまうということは、日本経済から1000兆円のマネーを吸い上げて、日本銀行に収めてしまうということになる。マネーはみんなの交換を活発にするものだから(物々交換は、自分の欲しい物と相手の欲しい物がうまく噛み合わないと成立しなかったり、いろいろと面倒くさいのだ)、マネーが減った分だけ、みんなの交換は不活発になる。交換が不活発になるということは、在庫が余ってしまったり、あるいは欲しい物が手に入らなかったりするということだ。
マネーがないと交換が不活発になるということを、また簡単化した例で考えてみよう。あなたはお腹が減っていて、定食屋に入りたい。マネーがないのだから、あなたは、例えば皿洗いなんかの仕事と定食を交換して欲しいけれど、皿洗いの仕事をする人はたくさんいて、定食屋の洗い場ではすでに定食目当ての人が働いていたりする。あなたは機械を直すのが得意だから機械を直しましょうと定食屋のオヤジに言うのだが、定食屋には壊れた機械がない。だから、やっぱり定食を食べられない。
ここにマネーがあったとするとどうなるか。あなたは機械を直して欲しい人を探して、その人の機械を直してあげるかわりにマネーをもらう。そのマネーをもって、定食屋に行き、定食とマネーを交換してもらう。機械を直して欲しい人、お腹の減ったあなた、マネーが欲しい定食屋のオヤジ、と3人ともハッピーになれる。つまり、在庫が余る(あなたの機械を直す能力が活かされない)ことや、欲しい物が手に入らない(あなたが定食を食べられない)ということがなくなる。さらには、それぞれが得意なことをすることで、とても効率よく仕事ができるし、みんなが効率よく欲しい物を手に入れることができる。つまり、それぞれの能力が最大限生かす機会が生まれるということにもなるのだ。マネーすごいぜ!
そういうわけで、必ずしも、国の借金を減らせばそれでいいというわけではない。それは、日本経済の中に流通するマネーを減らしてしまう=交換が不活発になってしまう→日本経済の信用がなくなってしまう、ということにもつながりかねないからだ。
もちろん、「日本政府は、もう借金の利子を払うこともできない」といった具合に日本国債の信用が失くなってしまうと、これはこれでまた大変なことになる。なぜかというと、そうなれば日本国債を買う人がいなくなってしまうからだ。日本国債を買う人がいなくなってしまうと、日本政府の予算が減ってしまう。つまり、公的サービスが減ってしまう。警官や検察や裁判官が減ると、治安が悪くなって、インチキ詐欺師が蔓延り、経済の健全性が失われてしまうかもしれない。そうすれば、日本経済がダメ経済になってしまって大混乱、交換が不活発になってみんなが貧しくなってしまうかもしれない。あるいは、小中高の学校や大学の運営ができなくなって、将来のビル・ゲイツやスティーブ・ジョブスやマーク・ザッカーバーグになりかねない若い人達が、ただの非正規雇用ワープアになってしまうかもしれない。これも、日本経済にとって大きな痛手になる。
つまり、まず第一には日本経済が元気なことが大事だし、第二には「日本経済は元気だな!」とみんなに思ってもらうことが大事だし、第三には「日本経済は元気ないな」と思われないことが大事だ。国の借金は、こういうことのバランスを考慮しながら、考えることが必要なのだと思う。
じゃあ、そのバランスはどうやれば取れるの?ということになるのだが、それが簡単に分かることなら、経済学者の議論なんかは存在しないんだろう。
おわり。
わたしが、経済学の講義で学んだことは、「アニマルスピリッツ」を持った方が未来は明るい(らしい)ということです。
簡単に言うと、みんなが「やってみりゃいーじゃーん」(楽観的)で「やってやろーじゃーん」(能動的)で「なんか、よくなるかんじじゃねー」(希望的)な方が、雰囲気=景気は明るい。そして、楽観的で能動的であるためには「(ダメだったとしても)そのうちなんとかなるだろう!」というやつも必要なのだと。
お金が出回っていることはとても有用なことだから、お金を稼ぐことはむしろいいことです。自分にとってだけじゃなく、みんなにとってもいいこと。でも、稼いだお金を貯めこんで使わない守銭奴のような人はお金を回さない人だから悪い人です。自分ばっかり稼ぎすぎて、他の人に稼がせなさ過ぎるのも悪いこと。それはまるで、ヘビー級のボクサーが、モスキート級に混ざってチャンピオンになっても、全然つまらないのと同じ。そんな気がしました。
みんなが気持ちよくお金を稼げて、気前よくお金を使えるような経済や社会にするにはどうすればいいのかを考えることが、当面のわたしの課題です。
まぁ強いて言うなら、とある一人の魔法少女が、作者という絶対強者の手によって、自らのアイデンティティを嬲られ続けて。
ただひたすら作者の持論を発表するだけのただのスピーカーキャラにまで成り下がっていく様を1~11巻に渡って楽しむことが出来ます。
四代目プリティベルとして華々しくデビューするはずが、なぜかおっさんのボディービルダーにその座を奪われてしまう。
その後、表紙との辻褄合わせのためか、取りあえず美咲えりも魔法少女にしたはいいけど、まぁ当然この作品で普通の魔法少女が普通に活躍する機会なんて与えられるわけもなく、「超膨大な魔力」とか言う鉄球足にはめられて海にドボン。
最初の方は目をキラキラさせて担任の住吉先生に経済学の素晴らしさを説くレベルだったんですよ。まぁ、ほほえましいもんですわ。
美咲えりが南軍の学校を見に行ったとき、ディベートの基本についての話聞いて感銘受けてたのは、この電話口での口論の前だったか後だったか……。
10巻では、ついに担任の先生ぶっ壊れて学校やめちゃいましたよ。いつの間にか新自由主義者にされてね。
いやぁ、マジでね人間が壊れていく様がつぶさに観察できますよ。もちろん壊れてるのは美咲えりの方ね
担任の先生も壊れてはいるんだけどね。ここの部分さ一応美咲えりVS住吉先生なわけじゃないですか。
最初の覚醒時には住吉先生は、度胆抜かれて何も言えなかったし、電話での口論のシーンでは美咲えりが一方的にがなりたててる部分しか描かれない。
10巻に至ってはもういない担任の先生に向かってひたすら罵詈雑言ぶつけてるだけですからね。
ていうか、住吉先生の態度が負けた「主義者」のそれというなら、美咲えりの態度は勝った主義者そのものだよね。
えーと、えりちゃんディベートにおいて大事ことが何か君は分かってるはずじゃなかったっけ?
とにかく徹底して美咲えり(つまり作者)の意見を述べるだけで、新自由主義者であるところの住吉先生の意見はほとんど見られない(最後の発狂しているで「公共事業は乗数効果がある経済的合理性がある」と言っているくらい)。まぁ作者が知らないから書けないんだろうけど。
あ、ちなみにこの担任の先生この漫画でもっとも不憫なキャラクターです。ぶっちぎりでNo.1、たぶん誰も追い越せない。
それこそ登場時はただのモブキャラだったのに作者が(美咲えりというスピーカーを通して)自分の意見をぶつけるためのサンドバック役として、急に新自由主義者のラベルを張られ、散々自らの生徒に罵倒された挙句、論争に負けて発狂した間抜けなピエロとしてこの物語から葬りさられました。
命を失う描写が描かれなかっただけで、間違いなくこの教師は作者の手で殺されました。魔法少女プリティ☆ベルは彼の死をもっと悼むべき。
そして彼のキャラ紹介欄の半分は新自由主義者と共産主義者に対する罵倒で埋められている。
あぁ、そうか住吉先生は新自由主義者だけでなく、作者が良しとしないすべての経済理論の権化としての属性も与えられていたんだね。
バトル漫画のかませ犬だって、敵の強さを読者に分かりやすく伝えるという物語の進行上での役割を与えられているってのに
このくだりが本編に一体なんの関係があるのんですかね? ここの描写削ったとしてもストーリーに何の影響もないと思んですけど。
巻末の、なんだこれ? おまけコーナーで、長々~と長文で国家運営における全体視の必要性について語ってました。
見事に「主義者」同士での諍いの末路を表しているのは見事だけど、どこまでも本編には関係ないのよね。
ここで美咲えりが語っている内容は、おそらく本編でのイタカが中島に説教するシーンで言えなかったこと、書ききれなかったことなんじゃないですかね。
政治経済について語って頂いておおいに結構。自分の意見を反映するのも大いに結構。
ただちゃんとやってくれ。
サークルの新カンコンパで俺は焦っていた。隣の席に座っていた男が、漫研とかいうオタサークルに入りたがってる癖に、酒を飲んではウェーイ、飯が来ればウェーイ、箸が転べばウェーイみたいなよく分からん軽いノリの男で、おまけに声がでかい。むかつく。だけど今日、この居酒屋では間違いなくその男が中心であって、人気者になりたいけど大声が出せず、さしたるネタもない俺は、爪を噛みながら寺とか釘とか藁人形のことを考えて一人癒されるしかなかった。
そんな時、便意がやってきた。人を押しのけてトイレに立つ。ここで意味も無くケータイと財布を持っていったことが命取りになった。財布はいい。ただケータイを持っていった意味は今考えるとよく分からない。誰も盗まんて。便器に腰掛ける前に、ケータイと財布を洋式便器の後ろについてる謎のボックス、便器のタイプによってはそこで手を洗える奴、に置いた。そのボックスが命取りになった。
このボックスとかいう糞野郎はなんか意味もなく微妙に傾斜してやがるんだよ。それも置くときには気づかないぐらいの微妙な角度で!しかもよりによって便器側のほうに傾いてるわけ!だからここにものを配置すると重力に従ってニュートン的に確実にそのもの自身の重みによって便器サイドへとずりおちるのは自明の理なわけ。もうコーラを飲んだらゲップが出るってぐらい確実だァッ!なわけ。間違いなく一種のトラップだった。あるいは店主の小粋なサービス精神の表れかもしれない。財布は皮製だったから摩擦が強くて助かったが、ケータイはつるつるしてたのでドボンした。美事に。一瞬リアクションがとれなかった。刹那、自分でもびっくりするぐらい何のためらいもなくケータイを掴んでいた。超びっくりだよ!いやそれほどトイレが綺麗に見えたんだけどね。多分汚いトイレだったらそ知らぬ顔して流していたかもしれない。瞬間にして雑菌まみれになった手でケータイを握り締めながら、それでも不思議なことにケータイの画面は普通にしばらく点灯していた。やった!ソフトバンクの防水性超やべえじゃん!とか喜んでるといきなりチカチカし始めて、やがて完全にブラックアウトしてしまった。
気分は沈んだ。確かに気分は沈んだ。何十時間かはやったぷよぷよ+コラムズとかいう神アプリ、作品のアイディアメモ、さっき聞いたばっかの漫研同期の連絡先、全部消えてしまった。だが、俺はここに来て一つの光明を得たように思った。遂に、遂にネタができた…!これ漫研の連中に喋ったら絶対ドッカンドッカンくるじゃねえか!?便器にケータイ落としてぶっ壊すとか、多分ケータイの面白い壊れ方としては相当上位に来るのではないか。見知らぬメールアドレスから毎日赤錆びた包丁の画像が送られてくるようになってから三ヵ月後電源が入らなくなったとかの方がもっと面白い気はするけど。で、便器液で汚れたケータイを綺麗にするためにもう一度水で洗ったりなんかして、ケータイぶち壊したのにも関わらず完全にるんるん気分で宴に戻った。自分もあの声のでかい男のようにウケてみたかった。それだけの出来心でしかなかったはずなのに。笑い話ってのはただ素材をごろんと提供しただけではダメで、それを面白くするためには面白く聞こえるように話さなきゃならないとは長く感じていたことだけど、そのことを深く考える心の余裕は、超ホットなネタに出会ったばかりの俺にはなかった。
声デカ男に話しかける。「やべえよ、さっきさ」「ん?」「ケータイ便器に落として壊しちゃった」みんなからの視線が集まる。「え?マジで?」そうだよね、冗談だって思うよね。「いやマジで。これケータイ」「え、点かないの…?ちょっと貸してみ?」「ほい」渡してから、あ、でもそれさっきまで便器に入ってた奴だけどなと付け加える。「うっわきたねえ!マジかよはははは」やっとウケた!「えー、どういう風に落ちたの?」「便器の後ろの方の台に置いといたらずるって」「ははは」あれ…なんか笑いが足りないな…っていうかみんな既に他の話始めつつあるし…「もー何やってんだよー」「やっちまった、はは」…………あれ!?これだけしかウケずに終わり!?ケータイ一個使うほど体張っておいて!?い、いや、ネタは万全なものだったはずだ…た、多分、俺の話を盛り上げてくれなかった声デカ男が悪いんだよ!声デカ男許すまじ。殺すリスト入れたからな。このようにして、自分の大学生活は始まったのであった。
RI実験室の汚染調査でもやるのだけど、壁をふいたろ紙を懸濁して、液シンにかけて、その部屋の放射能を見積もった測定とするわけね。
それって、ふいた壁のごく一部だけに、強烈な放射性物質の塊があるだけなら、そこをふかなければ当然液シンに影響はない。
そうやって、いろいろな場所をちょっとずつ測ることで、このエリアは全体的にこうです、って言ってるわけね。
がれきの一部をふいた紙を測定して、このコンテナに詰め込まれたがれきの放射能汚染は~、っていうわけな。
汚染部位が多かったり、全体がまんべんなく汚染されてたら、この検査でも当然汚染部位を引き当てる率が上がったり、数値が高くなったりする。
そして、広範囲に散らばっていくような汚染の場合、だいたいがまんべんなく拡散するはずでまんべんなく汚染されているはず。
だからこの方式で問題はないんよ。
悪いとは思わないよ。
しかしなー。
俺はやっぱり信じきれないわ。
原発に近い土地ほど、原発に近い産地の食品ほど、たまたま起きたごく狭い範囲の高濃度の汚染、っていう検査のまぎれがあるはずなんだよ。と、俺は思うんだよね。
これって、検査の数が多ければ、見つけられる汚染は当然いくつも出るけども、それって平均値の中にまぎれて行ってしまうわけでさ。
については、正直、そこまで信頼していない。
俺は原発に近づくほど、測定のばらつきが当然あるはずだ、と思ってる。
まさかのドボンを引き当てる可能性はあがるんじゃないかと思っている。
そんなことはないかもしれないのだけどね。
まとめるとですね。
という2点から、俺はやっぱり関東含む福島近辺はリスクが高いと思っている。
まあこれもひとつの考え方ってことで。
話しもとに戻すと
「ドボン」がいつくるかは分からないわけで、それが30年後だったら、30年後までに定年になりそうな世代はぶら下がっといた方が明らかに得。
ということだから
それはその通りでみんなそれは分かってて各所で累計1億回くらいは指摘されてるんだけど、誰もまともな解決策を打ち出せてないというのが現状。
話の始まりに戻って
誰もまともな解決策を打ち出そうとなんてしていない。
ということでFAでよい?
解決策を打ち出そうとしているけど、出せない。って話からは始まって え?そうなの、そうだったの?という所に発起してるけど
誰もまともな解決策を打ち出そうとなんてしていない。 このままゆるゆると、平凡に凋落していく覚悟がある。ってことなら、
わりと そう思うって事で 合意を得られると思う。
で、まぁ没落のスピードもひかくてきやわらかだし、リスク取るよりソッチの方が特そうだし、まぁ、いんじゃないかとはおもうと。
残念かといわれれば、残念ではあるが、まぁ、仕方ないという範囲。
どっちかーつーと、アレだな。泣き言だよ。
いやだなー、こんなの嫌だなー。 平々凡々と生きたいなー。 でも、ドボンが怖くて そういうふうには生きられないなー
みんなが羨ましい。 そんな感じかね。
ナッシュ均衡は崩れてない。ナッシュ均衡に達してるからそうなってる。
個人としてぶら下がりをやめたとしても、みんなが一斉にやめない限り凋落のスピードは遅くならないし、
皆が一斉にやめるなんてほぼあり得ないわけで、だったら個人としてはぶら下がってた方が合理的だというだけ。
それがナッシュ均衡。
「ドボン」がいつくるかは分からないわけで、それが30年後だったら、30年後までに定年になりそうな世代はぶら下がっといた方が明らかに得。
なんでリーマンショック(いや別にリーマンが潰れたこと自体は本当はどうでもいい)が起こったかとかも勘違いしてそうだな。
あれは誰もが「予想できなかった」からじゃない。「みんな分かってた」けど、個人としては「ギリギリまで稼いでドボンの前に逃げる」方がずっと得だとみんな考えてたから。
実際にそれで逃げ切って大儲けした人もいっぱいいるわけ。
あ、で話は最初に戻るけど
みんなで、ソッチの方が期待値高いよねー みたいな話になった結果 ナッシュ均衡?みたいなものが崩れて、一大凋落になって
結構 リストラのスピード早まってね? 結果 JALもいったし。 ドボンつーわけじゃないけど、 ダメなときは一気にだめになるジェットコースターのリスクが潜んでるよね。
で、当然のように 最初書いたとおり 企画力とか落ち込んで ダメになって。
話まとめると ようするに 望んでそうなってるんだよね? いくらなんでも 望んで凋落のスピードはやめなくてもいいだろうにと。
ちょっと言いすぎてるところもあるけど、わりとそんな感じ。
ホットココアの新サービス、クラウドノートの本質はソーシャルキュレーションという名の著作権へのソーシャル集団レイプです。
クラウドノートは虎の威を借りるどころか、虎の衣を集団でひっぺがしていくサービスと形容するべきだと思います。
著作権侵害の構成要件とクラウドノートの構造を照らし合わせ、いかに違法性があるのか?を検証していきます。
また、Youtubeやニコニコ動画はセーフだけれど、クラウドノートがアウトな理由もあわせて解説します。
著作権法は著作物が著者の意図を離れて、他者に濫用されない為の法律です。
です。芸術性がなくても、個人の感情や思想が少しでも反映されていれば著作物にあたります。
故に、ネット上の書き込み、ツイート、コメントは全て『著作物』にあたります。
著作権者として保護される権利の代表的なものに「複製権」があります。
他人がみだりに著作者の著作物を複製することは出来ません。
よって、他人の書き込みや記述を他者が許可無く「まとめる」のは著作権の複製権の侵害にあたり、違法です。
著作権が制限される場合のひとつ「引用」がクラウドノートの場合はあたりそうです。
引用は
公表された著作物は自由に引用して利用することが出来る。ただし、それは公正な慣行に合致するものであり、かつ、報道・批評・研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行なわれるものでなければならない
しかし、クラウドノートの場合は、キュレーションという名で単に複製しているだけなので、
また、引用には「あくまで著作物が主従関係の中で従になっていなければならない」という決まりがあります。
つまり、著書等で一部引用されている場合は良いのですが、引用がメインじゃダメよ!ということです。
クラウドノートの場合は明らかに著作物の引用が主従関係のうち、おもいっきり主であり、引用にはあたらないといえます。
以上の理由からクラウドノートは著作権法侵害サービスであると言えます。アフィリエイトサイトで他者の著作物を掲載して逮捕された
ちなみに、この理屈でいうと2chまとめもアウトです。なぜ2chまとめは訴えられないのか?2chまとめがセーフなのは単に著作権者が訴えていないからです。著作権は親告罪(侵害された人が訴えたらアウト)である為に、全ての書き込みの著作権者である管理人が訴えない限りはセーフなのです。
Youtubeやニコニコ動画は著作権法的には「場を提供しているだけで自身が著作権侵害をしているわけではない」のでグレーでセーフとされています。
要するに、自身が積極的に著作権侵害をしているわけではなく、ユーザーが勝手にやっているのだから関係ないじゃん。ということですね。
なぜなら、クラウドノートは利用者全員が「ソーシャルキュレーション」という名の著作権侵害を行うことを前提として作られているサービスだからです。
例えていうなら、Youtubeは「公園でたまたまレイプをした人がいても公園管理者のせいじゃない」という理屈ですが、クラウドノートは「集団レイプをしましょう公園」なので、公園管理者自体もアウトということです。自らの営利目的の為に、他者というフィルタを通してキュレーションを著作物侵害を行っているだけで、本質はホットココアのサービスによる著作権侵害だからです。
以上の理由からクラウドノートの違法性は非常に高く、2chまとめをやっている内はまだしも、他のサービスのキュレーションをした瞬間に訴えられて即ドボンしそうな予感です。
あと、togetterの場合は、議論の過程の「報道」ともいえるんじゃないかなと思います。
著作権の濫用はウェブの進化を阻害する!プンプン!という方もいるかもしれませんが、あくまで現行法の法律にそって違法性を論じただけなのであしからず。
終わり。
CB400SFが欲しいって思ったのは、乗っけて貰ったのがCB1300SFだったからなんだ。
かっちょええええ!って思ったけども大型は運転できる自信もないし、そのちっちゃい版くらいのつもりで書いた。
安全装備は重要だよね。メットだけでいいってコメントもあるけど、それだけだとやっぱり怖くて乗れないや。
近くにツーリングスポットな山があるけど、事故って死んだバイカーさんが結構居るらしくって、他人事とは思えないんだ。
とりあえず、いいメットと脊椎パッドは買っとくwww
調べてたら、ネイキッド系は結構値が張るのね・・・。最初は妥協してストリート系の安いのになるのかな(´;ω;`)
四輪にはこだわり無いんだろ!ってコメントもあるね。
ごめんねタケシ。カーチャンはホンダ党なの、ビートに乗ってるの。それなりにこだわりはあるのよ?
二輪はド素人だから、CB400SFが高額商品だって知らなかったの、ごめんね。
でも、キツいコメントのお陰で自分の中で誤解を解くことが出来たかも。
乗り出しは運命の出会いで25万だったけど、現在までに四輪に掛かった金額は結局、総額で80万超えるしね。
じわじわ茹でガエルになるか、熱湯にドボンか、の違いみたいな?上手く表現できないけど。
免許取ったらのんびりといいタマを探すことにするよ。乗り方忘れる前には買いたいけど。
みんなコメントありがとう。