はてなキーワード: ドイツとは
友達に言われましたよ、次男のことをしゃべっている時の顔と、長男のことをしゃべっている時と全然違う!と・・・。
その当時、長男を見ては、なんでこの子こんな性格なの?ドンくさいし、本ばっかり読んでいるし、スポーツしろ、って言っても全然しないし、ぽっちゃりだし、でもすっごくよく食べるし・・・。お友達も少なく、電話して出かけることもせず・・・・。
逆に次男はスポーツ大好き、明るい、ずっと笑っている、機嫌がいい・・・。
しかし長男はママ大好き、なんでも一緒にしようよ~、とのたまってくる・・・。
次男は一人でごちゃごちゃと楽しそうに遊んでいると言うのに、なんで長男は一人で遊べない?!
すっごくイライラ、あぁ、生理的に受け付けない、と思いました。まさにあなたのように・・・。
次男が生まれるまでは本当にかわいくて、べつにべったりしていてもかまわなかったのに・・・。
そのうちに、ママ友達にも「この子がかわいいと思えないのよねぇ~」なんて口走ってみたり・・・・。
「ママね、あんたのこと嫌いよ!」ととんでもないことを言ってみたり・・・。ギュッと抱きしめる、なんてしませんでした・・・。
そのあるときとは、長男のお友達家族をみた時です。家族みんな仲がいいんです。家族構成も我が家と同じです。
何が違うんだろう、と思ってみたら・・・・。
お母さんが一緒になって走ったり、遊んだりしてるんですよ。挙句にお母さんが長男のほうをギュッとしてみたり・・・。
でもよく考えたんです、スポーツをしない、出来ない、要するに一人で遊べない・・・。
私もスポーツ嫌い、外に出たくない、本を読んでいたいタイプ・・・、どんくさい・・・。
長男に動いて欲しかったら、やっぱり自分も動かないとダメ!ということに気が付きました。
次男はずっと家の中で踊っているので、そういう必要は無いのですが・・・。
表に出て遊んでもらいたいときはこっちから、「ねぇ、バドミントンしよう」、外で何かしようと声をかけることにしました。
いつも色よい返事はもらえませんが(笑)それでも、たまには二人でバドミントン、それこそキャッチボール、サッカーしてみたり・・・。次男もそこに入ってきて3人で・・・とか。
今は13歳、生理的に受け付けなかった当時がうそのように、まだまだべたべたしてもらいたくなりましたよ。
どうせ思春期、すぐに嫌がられるんだから・・・、とこちらからべたべたしてみたり。
ただ、食事のしつけはお母さんがずっとずっと言い続けないと・・・。
今10歳の次男なんてぺちゃぺちゃ食べますよ、長男が文句を言うぐらいです。
貧乏ゆすりは面白いことに、ドイツでは(私は国際結婚です)悪いことじゃないんですよね。
やっぱりはずかしい、やって欲しくないことは、聞かなくてもいい続けることが大切です。
あなたは偉いです。
これからやってくる思春期をどう乗り越えられるか、これからに掛かっていると思いますよ。
それでもそうだったんです。
生理的に受け付けないのは、2年ほど続きました。
昨日子ども連れて「くるみ割り人形」を観に行ったの。好きなんだよ、クリスマスの「くるみ割り人形」。色とりどりのチャイコフスキーの名曲に合わせて、エレガントからキュート&セクシーまで幅広い衣装とゴージャズな舞台装置、それにロビーを埋め尽くすバレエ少女の数々!みんなが幸せに暮らしているんだな〜この世は素晴らしいぜああ生の喜び!って錯覚できるじゃん。劇場の外はGAZAとか温暖化とか汚職とか炊出しとかデフレとかポイ捨てとかパワハラとか首切りとか胸痛むことばかりなのに、「くるみ割り人形」を見に行けば何も考えずに心を踊らせる体験に浸れるから、好きなんだよ。
でも、今まで特定のバレエ団のくるみしか見てこなかったから、噂には聞いてたけどこんなに解釈と演出と振り付けが違うなんて思ってもいなかった。出産前に観ていたバレエ団のくるみは、ねずみも子役も子供がやってるハートフル系でヨタヨタ踊りも「ん〜かわいい!」ってなるやつ。話もほぼ絵本通りのベーシックな、ドイツの貴族のクリパで魔術師風味のおじさんがアグリーなくるみ割り人形くれるけどウェルカムな少女クララはいい子だねってことで小さくなって夢の国にレッツゴー。最後は目覚めて、夢を見ていたの…わたし?トウシューズ抱きしめエンド。安心安全安定のくるみ。
今回初めて観に行ったバレエ団のくるみ、メッセージ性が強すぎ。こども向けだったから踊りにナレーションで解説が入るんだけど、クリパの主催者が少女クララになってるし、そもそもクリパじゃなくて大戦後に行方知れずと成り果てた一族友人が身を寄せ合って慰め合うための慰労会なんだって。戦争で死んだ知人空似の顔人形を両手に持って大広間で踊る人々。それもうパーティの面影消えて葬式の亜種じゃん。お菓子の国で出会う、チョコレートのスペインの踊り、お茶の中国の踊りも、完成された素晴らしい音楽をバレエの幅広さを感じさせるキュッとしたキャラクターダンスで見せてくれる最高の場面なのに、随所に挟まる「この踊りはクララの心の強さを表しています」のナレーション。表してないから!そのコサックダンスは人の心とか表さないから!強いて言うなら大麦糖の美味しさを表してるから!ドロッセルマイヤーおじさんが子どもたちにねだられて出す機械仕掛けの人形の踊り、これも息を呑むような幽玄な踊りなのに、「あっ!これは行方不明になったトレバー!こんなところにいたのね」とかナレーションがついちゃう。戦争で行方不明になった友人が機械仕掛けの人形になって帰ってきたら嬉しいどころかホラーじゃん。極めつけはネズミの王様対くるみ割り人形のたたかいの踊りに被さるクララの心情代弁風ナレーション「戦争はやめて!」。その直後にくるみ割り人形サイドを名指しして会場の子供の声出しを煽る「みんなもクララを応援して!がんばれーがんばれー!」って何?戦争やめさせたいならワンサイド応援させんなや。世相反映しすぎ!非戦のメッセージが強すぎ!調べたらリーマン・ショックのあとからこの演出やってて東日本大震災で死者追悼風味が増したらしいけど、暗い世相を夢のバレエに何で反映したのさ。最後に、逃げるように会場を後にする友人知人と今生の別れをキメるクララ、馬車に乗って立ち去るドロッセルマイヤーおじさんにすがりつくも振りほどかれ門は閉まり瀕死の白鳥みたいに泣き崩れるクララ。S席買って、絵本と紙芝居であらすじ確認して、楽しみにしてきた我が子、全体の悲壮さにポカンとしちゃってたよ。なんでこの演出で10年続いてるの?これ好評なの?終幕で舞台にどーんと出てくるメッセージボード「wish happiness for all people everywhere.」、分かるよウクライナやガザの事考えたら貴族のクリパ観に来てる場合じゃないって思っちゃうよね。キリスト教の博愛精神でより恵まれない人に愛の手を差し出すべきって日だよねクリスマスは。でもこっちは2万払って家族連れて遠くまで夢見に来てるんだよ、非戦は他所でやってくれ!せめてパンフとWEBに独自解釈書いてからチケット売り出してくれ!
これ本当は団員の中にもこの演出どうなの?クリスマスに商業的にやるには偏りすぎてない?って思ってる人がいるでしょ、でもそれ表立って言えない雰囲気なんでしょ。コールドの振りが揃ってないなーとか上手い人はいても脇役やってるぞ?とかカーテンコールそんな回数求められてないのにまた幕開いたぞ?とか、きっとこのバレエ団は自浄作用も客観視してくれる存在もいないんだなと思うと、期待外れだった怒りと閉鎖的な組織の成果物見せられた胸糞悪さでダッシュで劇場を出ました。ていうか、私が観たのは一体何だったの?
誰か、来年のクリスマスに子供を安心して連れていける、夢のようなショーを知ってたら教えてください。もしくは他バレエ団のくるみの様子を教えてください。
一般人だろうが、アイドルだろうが、バンドマンだろうが、格闘家だろうが、格好いいわけがない。
そもそもこの視聴者参加型の番組は、一般人の力試しの域を遥かに超えて、すでに異常な難易度に達している。当初、僅か3cmの突起にぶら下がって移動するだけで賞賛されたクリフハンガーは現在、電動で距離を変える対岸の壁に飛び移ることを要求している。出現当時誰もクリアできなかったサーモンラダーも、今や15段の連続をわずか15-20秒程度で登り切ることを求めている。当然自作セット練習はほぼ必須級になっている。要は、インフレが進みすぎているのだ。
その過剰な難易度のせいで、これまでのべ4000人が挑戦してたった6回しか完全制覇されていないのだが、クリアの対価となる賞金はたったの200万円。米国版では100万ドル、ドイツ版では30万ユーロが与えられるのに対して、あまりに僅かの報酬である。それでもなお参加希望者が後を絶たないというのが、海外版Ninja Warriorsに対比した本邦SASUKEの狂気を強調している。
さて、この番組の知名度を一躍上げることになった狂気の根源と言えば、お馴染みMr. SASUKEこと山田勝己である。完全制覇の夢に破れ、そり立つ壁を越えられなくても出場し続け、引退と復帰を繰り返してみせるのだから、さぞかしSASUKEが好きで楽しくて仕方ない人種なのだろうと思われがちだが、実は彼にとってSASUKEのトレーニングは長らく、「辛く苦しいもの」であったという。熱中のあまり仕事をクビになっているにも関わらず、である。
転機となるのが2020年の第38回大会、5度目の引退から8年ぶりに復帰した山田勝己は、55歳にして難関エリア・フィッシュボーンまで超えてみせ、ドラゴングライダーに辿り着いてバーを掴み、そのまま見事な流れで落下する。黒虎フォントで「順逆無理」のコメントを残すその姿は妙にバラエティ慣れしたおじさんに見えるが、その後沼から上がった山田は、失敗した自分を温かく迎える拍手が目に入り、SASUKEが楽しく嬉しいものである、ということにここで初めて気づいたのだという。テレビ未公開シーンとなるインタビューでは、目に涙を溜め「楽しかった。やっと、Mr. SASUKEになれたかな。Mr. SASUKEでよかったと思えた」と語る。
この転機の伏線は、三人目の完全制覇者・漆原裕治のYouTubeチャンネルにアップロードされた、合同練習の様子に見え隠れしていた。同世代の仲間たちと共に練習に励みながら、自分より年下の新世代に教えられながら、山田は「SASUKEのトレーニングが楽しいんやって初めて気がついた。いっつもしんどかった。ひとりでやっとるだけ。ひたすら。俺もそれに気がついて、しとったら。10年前くらいに気がついて…」と独りごちるのだ。
そんなこと、二人目の完全制覇者にして山田の盟友・長野誠が、15年も前に語っていたではないか。Final Stageの頂で、仲間と一緒にやるSASUKEが楽しくて、それだけで、だからこの頂点には本当はなにもないのだと。あの言葉を聞いておきながら山田は、ありもしない幻を、辛く苦しいまま追い続けていたというのか。でもその、幻を追いかける力ひとつで彼はここまできてしまった。まだ第3回が開催されるかもわからないうちから、世界最古の自宅SASUKEセットを製作し、練習を始めるような人間なのだから。
第38回大会、55歳の身体にしてはかなり上手く進んだあの回で綺麗に終わっておけばよかったのに、その勢いで生涯現役宣言をかましてからの39回では、超初っ端で落ちたにもかかわらず勝手に継続、結局2度も着水などという無様な姿を晒して見せる。そのどうしようもない、弟子にも呆れられる様子を外野は勝手に嗤うけれど、彼が引き際を知るまっとうな男であったならば、この狂ったエンターテインメントの象徴を引き受ける、唯一無二の存在にはなりえなかっただろうし、そもそもこの番組自体続かなかったかもしれない。
山田は最近、小学生によく気付かれるようになったとスタッフに語る。彼が1st stageを最後にクリアしたのはもう20年も前のこと、その頃にはまだ生まれてもいなかった子供達が「Mr. SASUKE」と叫んで彼に手を振る姿を見れば、人生における選択の答え合わせは、死ぬその瞬間までできやしないのだ、という不思議な勇気をもらえたりもする。
膨大な労力を費やしてほとんどがクリアできない、ほぼクソゲーのようなSASUKEに熱中する人間たちが、客観的には格好いいわけがない。他にいくらでも、小さな労力で衆目を集める手段があるこの令和にはとりわけ、彼らはだからこそ特別なのだ。
気の遠くなるような鍛錬で得られる人外じみた能力は、制作会社が恣意的に決める珍妙なアスレチックをクリアするためだけに使われる。血の滲む労苦の果てに3rdステージまで辿り着き、得られる栄誉は「飲み屋で声をかけられる」ことだという。
そんな奇妙な欲望の追求は、人間の「業」の極限的なかたちとも言えるかもしれない。別にやらなくてもいいのに、というかやらなきゃいいのに、そのほうが楽なのに、コスパが全てのこの時代、一般人が合理的に諦めてしまうようなものごとに、なぜか限界まで賭けずにはいられない。人間らしさなるものの、最も人間離れした表出がそこにある。
そんなTBSが送る究極の人間の業バラエティ、SASUKE。山田が15歳の弟子のクリアを匂わせ倒している第41回大会は、12月27日(水)18:00からスタートです。みなさん絶対絶対絶対見てください。
すまん、いたわ。でも大枠以下のような認識の人が多いんじゃないかな。
①ハマスが音楽フェスを急襲。世界中がドン引き。日本のネットも「やっぱイスラムテロリストやばいね、皆殺しにすべき」というのが初動の反応。
②この結果パレスチナに注目が集まり、ここ数年ウクライナ関連で名を上げたような学者や有識者、歴史オタ・ミリオタ・国際政治学オタが背景を解説。
「前段として、イスラエルは何十年もの間パレスチナ人の土地を奪い、空爆し、誘拐し、搾取してきた背景がある」「そもそもブリカスの三枚舌外交が発端」という情報がやや広まる
③イスラエルの地上作戦という情報に呼応して、有識者たちが「民族浄化をやる可能性が高い」と注意喚起。
④地上作戦開始。民間人はもちろん、大量の国連職員や国境なき医師団、現地NPOなども虐殺される。今度は世界がイスラエルにドン引き。
⑤イスラエルは「ガザ北部のハマスの拠点だけがターゲット。ハマスでない人間は南部に逃げろ」と言いつつ大規模な封鎖で人の移動を邪魔する。
⑥ターニングポイントになったのはシファ病院への攻撃で、地下にハマスの司令部があると言い張って乳幼児や医師を虐殺したが、司令部らしきものは見当たらず。
イスラエル軍の少将が「これがテロリストたちのシフト表だ。人質を監視するテロリストの名前が書いてある」とカメラの前でプロパガンダを行うが、池内先生などアラブ語を読める有識者からは「ただのカレンダーだ」と一瞬でデマを却下される。しかしなぜか自民党の佐藤議員などが「まさしくハマスの巣だったようです」と鵜呑みに。
⑦数日経ってもハマスの地下司令部は見つからず、病院のMRI室で「院内でテロリストの武器を発見した。やはりハマス司令部だった」などのアピールを行う。病院の医師らスタッフも生き残った患者たちもハマスの基地説を全否定。
イスラエルは10日以上経過してからようやく国連やメディアの査察を受け入れる。(お掃除済み)
⑧イスラエル、突如しれっと「ハマスの拠点は南部にあることがわかった」と言い出し、南部の避難所や病院を空爆開始。また国連職員や医師も含む民間人が犠牲に。
⑨人質交換が行われる。「交換……?ハマス側にイスラエルの人質がいるのはわかるけど、なんでイスラエル側にパレスチナ人の女性や子供が大量に監禁されてるんだよ」という疑問が持ち上がる。イスラエルが長年にわたり大量のパレスチナ人を非合法に強制連行・収容していた事が明るみに。
⑩これらと並行して、アメリカやドイツで「イスラエルの虐殺行為を止めるべきだ」と発言した人々が反ユダヤの差別主義者認定されて仕事をキャンセルされる事例が多発。
⑪パレスチナ人の死者はほぼ2万人にも達し、あまりのことに国連もイスラエルを名指しで非難。ウクライナ・ロシア戦争時を超える数の国々が賛成した停戦決議案に対してアメリカが拒否権を発動。さすがに世界中がドン引きする。
⑫世界中でイスラエルの虐殺に対する抗議デモが活発化。在米ユダヤ人ですらネタニヤフ政権によるジェノサイドを非難する。さすがのバイデンもかばいきれなくなったのか、手のひらをかえして「イスラエルは世界の支持を失いつつある」などと言い出す
俺の見てきた経緯はこんな感じや。細かいところはうろ覚えやが、大筋はこんなんで、つまり
最初ははてブ含め日本のネット世論は「イスラエルがかわいそう、ハマス死ね」というものだったが、民間人虐殺を正当化するイスラエルとイスラエルシンパが異常ぎるので世論が徐々に反転した」
というのが正しいと思う。
ユーロ/円はこの20年くらい、90円〜160円くらいで推移してきた
すごい成長率だ
2000年 535兆円
2023年 589兆円
すごい停滞だ
さて、120円/ユーロ〜160円/ユーロでGDPを比較してみる
(当時の為替ではないことに注意)
2000年
2023年
こう見ると、2020年には既に「為替次第では越し得る」とう言う状況だが
2023年現在も、「為替次第では越し得ない」と言う状況である
2033年
ドイツ707兆円〜943兆円
であるので明確に超す
つまり2028年くらいにドイツは明確に日本を抜き去る可能性がある
※ただし為替が120〜160円/ユーロであり、ドイツがずっと成長し続け、日本がずっと停滞し続ける場合に限る
(ちなみに政府がこだわってる2%成長を日本がしたとすると、12年後くらいに越される。もちろんドイツがずっと成長し続ける前提)
ところで、ドイツという「EUの中の都市部」、「アメリカで言うNY州」みたいなのと日本を比べるのはナンセンスだと思うけどね
長い話を一気に2日で読み終えるほどには面白い話だった。戦争ものは大体気分が悪くなるので読まないことが多いが、アガサクリスティ賞をとったと聞いたり感想に伏線の回収という文字を見たので購入してみた。結果、ミステリー要素は皆無だったが淡々とした文章が戦争の悲惨さを的確に伝えつつ必要以上にグロテスク描写をしないという塩梅で、犬が死ぬシーン以外は特に感情を乱されることなく一気に読めた。
本書はとても面白く戦争小説を悲惨だからと思って避けてる人たちにもぜひ読んでほしいと思った。作者の意図はわからないがエンタメ小説としてもしっかりと成立しているところがとてもよくできていると感じた。
本書がとても良くできた小説で、読者として十分楽しませていただいたことを前提として、以下は疑問点について書いていきたい。批判ととれるかもしれないが、批判の意図はあまりない。他の人の感想を読むにおそらく作者の意図したように作品を受け取っている方は沢山いるし、ただ、私に理解できなかったというだけだと思う。
違和感の一つに主人公が掲げている女性のために戦うという本作品の主題に関してだ。これは最初出てきた時から一貫してその後もこの話のテーマのような顔をしてでてくるが、最初の村で村民を殺され、狙撃手に母親を殺されて学校に入りスナイパーのエリートとなる過程で主人公が何故そのような考えを行動原理として掲げているのが終ぞ理解できなかった。村民は全員死んでいるのだ。男も女も平等に死んでいる。何故彼女の頭に女性のために、という言葉が出てきたのか本当にわからなかった。そのまま物語は進むので私はてっきり途中で行動原理も変わる者なのだと思ったけれどそんなことはなく、そのままだった。
女性を守ることを行動原理にするには見ている光景に説得力がないように思った。
私は途中で友人のシャルロッタあたりが暴行されるのだろうと思っていたのだけれど、そんなことはなく、暴行は悲惨だ悪魔的所業だと言う割には主人公は最後までその光景を目の当たりにはしていない。ラストのミハエルですら未遂で終わりドイツ人の女性は逃げ出せている。徹底的にその描写を避けているように見える。ただ避けてあるからこその読みやすさがあるのもまた事実だと思う。ただ、私の感覚で言わせていただけるならどうしても、冒頭の流れからどうしても主人公が『女性』を守るために戦うとなるには理由が足りないように思えてしまうのだ。
また、肝心なところでの爪の甘さを感じるところも散見した。特に冒頭の80キロを超える主人公の母親の死体を村を一望できる場所から雪道を引きずって降りるドイツ人の描写などが特にそう感じた。あまりにも違和感があったので、何かしら後々に効く伏線なのだろうと覚えていたがそんなことはなかった。もし、ドイツ兵があの死体をそのまま置いて主人公だけを連れて村に降りたのなら、イリーナは主人公の母親の死体を目の前で焼くことはできなかったし、主人公はイリーナを恨むこともできなくて、話が進まないのかもしれないと読了後の今では思う。
また主人公は宿敵であるドイツの狙撃兵に対して「自分は自分の哲学において行動する。お前とは違う」と言うシーンがある。そしてドイツ狙撃兵は、殺される。主人公の同期にヤーナという登場人物がおり、彼女は世界中の子供の命を守るために戦争に参加する。彼女はソ連赤軍兵士だが、ドイツ人であれ子供は助けると言う哲学を持っている。主人公は終盤、ヤーナの目の前でドイツ人少年兵を撃つ。死にはしなかったが彼を助けようとしたヤーナは銃弾を受け重傷を負う。無論、少年兵を撃とうとした主人公の行動は正しく、誰も彼女を責めない。ヤーナも責めない。でもはっきりと主人公はヤーナの哲学を目の前で踏み躙っている。かなりのダブスタに感じた。そう言う描写が多々あった。誰か知らないドイツ人の兵士の、背景にいる家族のことを考えることもあるが、それは仕方ないのだと言い聞かせて、スコアを稼ぐのに、自分の母親を撃ったドイツ人狙撃兵には憎悪と侮蔑の目を向ける。憎悪までなら理解できる。侮蔑に関しては同じ穴の狢のではないかと思うのだ。何故なら主人公の母親はドイツ軍に銃を向けていたのだから。
最後に、イリーナと主人公のほぼ恋人同士のような終わり方について、私はその雰囲気を汲み取れずにいたので、最後は呆気に取られた。シャルロッタがヤーナと二人で家族になると言った時に、主人公が仲間外れでびっくりしたあたりで、あれ?とやっと作者の意図を汲み取れた。
納得できなかった部分を羅列したが全体的に本当に面白い話だった。大好きな一冊です。
日本の科学研究の実力が急速に低下している 政府支出を評価する「独立財政機関」の設置を | 若者のための経済学 | 東洋経済オンライン
2017年度版の「科学技術白書」(6月2日政府、閣議決定)によると、主要な科学論文誌に発表された論文のうち、引用された件数の多い論文の国別順位で、日本はこの10年間で4位から10位に下がっており、基礎研究力の低下が著しいと指摘されている。
この要因について『ネイチャー』は「(科学分野における地位の)全般的な低下傾向により、日本の若い研究者たちは厳しい状況に直面しており、フルタイムで働けるポジションも少なくなっています。日本政府の研究開発支出額は、世界で依然としてトップクラスであるものの、2001年以降ほぼ横ばいです。一方で、ドイツ、中国、韓国など他の国々は研究開発への支出を大幅に増やしています」と指摘。
日本は科学技術関係費における基礎研究の比率が高い。しかし、政府部門の支出割合は低下しているため、本来であれば官主導で行う必要がある各種基礎研究も民間部門に依存していることになる。
10:30 愛車のポルシェ(1000万円以上)でフレックス出勤。ジーパン姿でホットドック片手に会社の玄関に到着。
10:45 ベルリン支社に早口のドイツ語で米国債300億ドルの売り注文をするように指示
10:50 社員専用のスタバで高級コーヒー。出向中のイギリス人と早口の英語で談笑。
11:30 昼休み。美人OLを連れて健康志向の高級ランチ(@4000円)を食べる。その後出向イギリス人と社員専用のグランドでクリケット対決。
14:30 昼休み終了。外人役員の前で、早口の英語で新しい金融商品のプレゼン。役員は大喝采。
COOLに立ち去るが、部屋を出て資料補助の美人OLとハイタッチ。
15:15 ベルリン支社より、午前の国債取引で40億ドルの利益が出たとの報告メールを確認、小さくガッツポーズ。
それを美人OLが目撃、クスリと笑う。照れ隠しに爽やかなウインクで返す。
それを受け、美人OLから社内メールが届いてた。【タイトル】ばーか(笑)【本文】取引成功おめでと!
15:20 社員専用のスタバへ、キックボードで移動。出向中のドイツ人と談笑。話題は「MBA留学時代の思い出話」
16:00 フレックスなので退社。ポルシェでジムへ直行、みっちり2時間体を鍛える。
18:35 歩いているとでかい水溜り発見。20万のコート水溜りにサッと敷いて「姫、おとうり下さい」。高級ディナー(@35000円)。
20:00 シティホテルのスイートルームで美人OLと濃厚なセクス。
20:03 イキまくってまだ痙攣している美人OLを尻目に、COOLにホテルを出る。
21:20 帰宅。シャワーを浴びて真っ白のバスローブに着替え、片手には高級ワイン。高級葉巻をいっぷく。ひざには黒猫。
21:30 パソコンの電源を付け、仕事スレに「残業おわた たいしにたいしに 発泡酒とコンビニ弁当食う@35歳ハゲ」と書き込み。
22:30 ブランデーグラスと皿を全自動食器洗い機にほうりこむ。仕事スレに「土曜のヘルスだけが楽しみ @35歳ハゲ」と書き込み。
無限は様々な人たちを当惑させてきた。周囲の物理世界で観察されるものはすべて有限。
観測可能な宇宙の原子の数でさえ、想像を絶するほど大きいとはいえ、やはり有限。
数学はおそらく、無限とつながるための最も知性的で論理的な方法を与えてくれる。
数学的な無限理論は、19 世紀末にドイツの数学者カントールによってほぼ独力で作成された。
自分のアイデアを追求するために、カントールは途方もない勇気を示した。批判者たちに答えて「数学の本質はその自由にある。」と書いたのである。
数学では、選択された公理と論理規則に厳密に従わなければならない。
しかし、そのルールの中においては、本当に想像力を羽ばたかせることができる。数学には独断や偏見が入り込む余地はない。
カントールの考えは、無限大は数ではなく、むしろ集合の性質であるというものであった。
2 つの集合 A と B が与えられると、A から B への「写像(勝間さんじゃないですよ)」について考えることができる。
これは、 B の要素を A の各要素に割り当てるルールである。
カントールによって導入された重要な概念は、集合 A と B の間の1 対 1 対応である。これは、Bの各要素がAの1つの要素にのみ割り当てられるような、A から B への写像である。
Aが有限数の要素 (たとえば、n) を持ち、B が別の集合である場合、B にもn要素がある場合にのみ、AとBの間に1対1の対応関係が存在するという定義である。
ここで、無限集合の概念を導入できる。これは、Aと有限集合Bの間に1対1の対応がないような集合Aである。たとえば、自然数の集合 N={1,2, 3,…}は無限集合である。
ここまでの理論はかなり単純だ。しかしその後、カントールは驚くべき発見をした。互いに1対1対応していない無限の集合が存在するのである。
たとえば、集合Nと実数の集合Rの間には1対1の対応がないことがわかる。
カントールの対角線論証とも呼ばれる証明があるが、これはかなり美しい証明と言われている。
そこでは実数の集合と自然数の集合の間には 1 対 1 の対応関係がないということが示されている。実数の「無限大」は自然数の「無限大」よりも「大きい」と言える。
この 2 つの間に「無限」は存在するのか? これは、数理論理学における最も深い問題の 1 つである、有名な「連続体仮説」につながる。
今のイスラエルの蛮行を見ると、ドイツ人のナチスドイツに対する反省方法やアウシュビッツの展示内容はユダヤ人の憎悪を拡大するだけで完全な失敗だったとみていいのかな。
イスラエル人兵士はアウシュビッツを見学した人もかなり多いと聞くし。
こうなると、日本の原爆資料館と比べてアウシュビッツの展示内容がどうだったのか比較したほうがいいね。
何が同じで何が違うのか?
よかったよかった
自殺攻撃のおかげで勝利した戦いって史実で存在したのかどうか気になる
気になるので軽くググったがすぐには見つからなさそうだ
ここでいう自殺攻撃というのはいわゆるカミカゼをイメージしている
「戦列歩兵とか?」
何割かは撃たれて脱落することは承知の戦術なので、まあ自殺的とも言えるかもしれない
ちょっとイメージとは違うんだが、当時の価値観なんかを調べるのは参考になるかもしれないな
自殺攻撃が成果を挙げてしまった国はどのような価値観を持つにいたるのか←究極的にこれを知りたいので
絶対先行研究があるはずなんだが、検索ワードを選定しないと資料の海に溺れる予感が強い
「捨て奸とか?」
うーーーーーん、これは組織的なのか?自殺攻撃的ではあるが……
捨て奸って敗走するときに「成果」は挙げたかもしれないけど、捨て奸のおかげで「勝利」することはないからなあ
勝ってる時にしない戦術なんだわ
そう、「自殺攻撃のおかげで勝利した戦い」ってのが見つからない理由ってそれなんだよな
「そういうこと言うと戦争のほとんどすべての戦術って自殺攻撃的精神を持ってない?」
そうではあるが
自殺攻撃、戦死率が高い戦術で成功体験を得た人々がどのような価値観を持つかを知りたいので
枢軸国が勝ったIFの物語を読めば価値観を推察することもできるかもしれない、ということね
一理ある
注意すべきは「枢軸国が勝つ≠自殺攻撃が成果を上げた」ということ
そう考えると一理はあるが、やはり筋は良くないかもしれない
枢軸国勝利IFというテーマは語るべきことが多すぎるから、上手いこと探さないと結局小説の海に溺れてしまいそうだ
センシティブなテーマだから変な資料を読んでしまうと変な先入観が身についてしまいそうで怖い
戦死率が高い戦術で成功体験を得た人々がどのような価値観を持つか→人的資源を軽視するノウハウで成功体験を得た人々がどのような価値観を持つか
一気にビジネスの話になってきたぞ、これはこれでセンシティブだなあ
聞く人によっては連想ゲームが始まってしまうかもしれない 不毛だ
---
Wikipediaの「自殺攻撃」のページで出典にされているこの本おもしろそうだから読んでみるか
「自殺攻撃のおかげで勝利した戦い」にも「自殺攻撃、戦死率が高い戦術で成功体験を得た人々がどのような価値観を持つか」にもあまり関係ないけど
『ヒトラーの特攻隊:歴史に埋もれたドイツの「カミカゼ」たち』
近所の図書館に蔵書あり、助かるね
督戦隊(とくせんたい)とは、軍隊において自軍部隊を後方から監視し、自軍兵士が命令無しに勝手に戦闘から退却(敵前逃亡)または降伏(投降)する様な行動を採れば攻撃を加え、強制的に戦闘を続行させる任務を持った部隊のことです。
督戦隊は、戦線の後方に展開し、自軍兵士の敵前逃亡阻止等の任に就きます。戦闘を継続させるためならば、敗走する自軍の兵士を容赦なく攻撃し、殺害することもあります。
督戦隊は、もともと兵士らが自発的に戦闘に出ることを期待するのが難しかった前近代時代の戦争に主に使われた手段です。ナチスドイツと旧ソ連は第2次世界大戦当時までこうした部隊を運営し悪名を馳せました。
2022年11月4日、英国防省は戦況分析で、ロシア軍が「督戦隊」と呼ばれる部隊をウクライナ国内に展開し始めたとの見方を明らかにしました。逃亡を図る自軍の兵士を「射殺する」と脅し、無理やり戦闘を続行させるのが役割だと述べています。
イスラエルに関して言えば彼らが暴れてくれるほど面白いとこがあるからな
ドイツ筆頭に西洋がなぜあんなユダヤ人に甘いのかって、要するに「自国で迫害しちゃった」負い目がそれだけ大きいということで
アメリカにとっての黒人、日本にとってのコリアンみたいなもんで、進歩的文化人を気取ろうとすればするほど彼らに甘い対応をするしかない
その結果がご覧の有様
力を持った元祖弱者が悪となり、リベラルが自己矛盾を思い切り突き付けられた状況が笑えないわけないだろう
BLMなんかも大概狂気に片足突っ込んでたけど、あそこで踏みとどまれなかったツケが今回っている状況と言っていい
西洋発の反差別ムーブメントがアジア人に冷淡なのも結局そういうことで、「海の向こうの植民地のことなんか俺ら知らねえよ」って話なんだろう