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2017-08-22

(追記あり)医師の働き方がしんどそうすぎて見ていてつらい

追記

多くの方々に見ていただきありがとうございます

エントリ末尾に返信というかコメントを残しています

ここから本文

友人の医師の働き方が異常で見ていてつらい。

もちろん教員SEや一部の公務員などほかにもひどい業界もあるけれど、特に、人の命を預かる仕事で、これほどひどい状態なのは、将来患者になりうる自分やほかの人々のためにも看過できない)。

※ 本文は2017年の、西日本地方都市のそれぞれ異なる自治体で働く3人のアラサー医師聞き書きです。

自分が聞いた時点である程度脚色されているだろうし、きわめて一部のものしかないことはご留意ください。

規則で長い勤務時間:待機・当直・日直

まず、病院によって大きく違うだろうけれど、待機や当直について。

自分の友人は月に3-4回、当直がある。

これは、最初は夜出勤して翌朝帰るシフトのことかなあ、生活リズム狂ってたいへんだなあ、と思っていたけれど、聞いてみると、1日8時半から働いて、そのまま当直で病院に残り、なにもなければ宿直室で眠れるけれどそんなことはなくて何度もたたき起こされて診察・処置する。

そのまま朝を迎えて、ふつうカンファレンス(ほかの業界で朝会・朝礼に該当するものらしい)があって、そのまま日中勤務して、夜帰る。もちろんトラブルと遅くなる。

ただ、別の大学病院に勤めている友人のところでは、当直翌日は、半休とりやすい(もちろん有給)とかもあるけれど、それは恵まれている、という口ぶりであった。

待機というものもある。これは月に5-6回ほど、夜間や土日のオンコール体制のこと。

土日のオンコール体制24時間。土曜の朝から日曜の朝までとか。お酒も飲めないしすぐ出勤できる場所にいないといけない。

そして、呼ばれなければ、勤務時間とはみなされないので給料は出ない。

これの呼ばれる頻度は5回に2回ほど?

日直は、土日にふつうに働きに出ること。これは月2回ほど。代休はない。

一週間にどれくらい働いているんだろう・・・

裁量のなさ:業務量の不安定

そして、普段の勤務は、平和であれば早く帰れる日もあるけれど、患者さんの数や救急車や急患の状況によってはかんたんに22時を超えるし、時間だけでなく自分計画をたてにくい。

こうした振り回されやすさ、自分裁量のなさはつらいと思う。

ちなみに、看護師さんもまたたいへんで尊敬する仕事ではあるけれど、かれら(注:某文化により、平仮名のかれらは男女を含む)はシフトが組まれているので超過勤務が続くことは医師ほどではないと思う。

これだけでも異常な労働時間拘束時間だと思う。

勤務時間が長く、かつ裁量の少ない仕事は高いストレスがあるとは聞く。

こういう過労・睡眠不足になりやす状態で適切な判断ができるだろうか。

ぼくら一般市民患者のためにも医師労働環境改善必要だと思う。

ハラスメントの起こりやす

時間だけではない。

人の命を救う聖職者とみなされており、暗黙の裡に自己犠牲が求められ、また称賛される。そこでは医師健康生活を守るという当たり前のことも自分勝手、ととられやすい。

有給はとりにくく、退職時にまとめてとると、ずっと陰口を言われる。

医局人事での転勤も多い。医局から抜けると、この地域で働けると思うなよ、と言われる(とはいえ、こう言われたけれど実際には働き口を見つけた友人はいるとのこと。日陰になるけれど)。

また、上司資格取得などに影響しているため、明示的にも暗黙的にも要求を断りにくくパワハラがおきやすい(これは大学などのアカハラと似ている部分はある?)。

患者さんも、命がかかっていることもあり感情的だったり、反発的なひとも珍しくはなく、コミュニケーションコストが大きい。

年齢を重ねての多浪や再受験が多いほどに憧れの職業であり、また、患者さんから先生はたくさんもらっているんでしょ、と思われるというのもある。

原因

これはなにが原因でどう解決されるべきだろう?

上記の聖職扱いされやすいのと労働組合が動きにくいのもある?

これは、転勤の多さや、労働者経営者あいだの連続性があり対立しにくいというのはあるかもしれない。

はいえ、いま調べてみるといろいろ活動している団体もある。

2009年設立された全国医師ユニオン

http://union.or.jp/

(機会があれば応援したいし手伝いたい)

医労連ちょっと政治的活動にお熱の様子。

http://irouren.or.jp/lines/

きつい状況にある医師のみなさまはうまく使ってほしい、と外野ながら思う。

ほか、職種別にタテワリな組織IT投資への無理解ITリテラシーの低さからなる非効率さはありそう。こういうところに入るコンサルティングシステムベンダー、たいへんそうだけれど期待。。プラクティスとか知見、知りたい。

むすびに

こういう状況をみていると、医療崩壊もそら起こるし、夜間に救急車も受け入れられないのもわかる。

お金がなくて増員が見込めない現在、どうやったらいいんだろ。夜間は診療報酬めっちゃあげるとか?

東大卒女医さんが自殺でもしないと変わらないのかもしれないけれど(現代社会への皮肉)、そうなるまえになんとかしたい。ひとまず、こういう現状を知ってほしく書いてみた次第です。

もちろん冒頭に書いたように、ほかの業界、ほかの職種にはもっともっと低い報酬社会的地位で劣悪な労働環境のもとにいる日とも多くいるとは思うし、それらも併せて改善されてほしいし、応援しています

勝手尊敬しているmedtoolz先生がご見解を書いていただけないか・・・

追記

主語が大きくて、「医師」ではなく「勤務医」についてでは、とのことでほんとそのとおりだと思う。ただ、指摘があったことを残すためタイトルは訂正しません。

この開業医との格差などどうするべきなのでしょうね。


辞めればいいじゃん、というコメントは、ミクロで見れば正しいのですが、医師個人問題だけではなく、ぼくら一般市民が受けることができる医療にも影響があるので本質的解決にはつながっていません。


また、するどい指摘としては、これを医療政策学者の津川友介氏など制度設計解決を試みる案もあるとのこと。

少子高齢化が進み経済的にもうまくいっていない現代日本では、医療費増加で医師を増やして解決することは難しいと思う。

保守的業界団体などからは反対されるかもしれないけれど、医療費抑制するためにもすすめてほしい・・・一般市民はなにができるだろうか?

ポジティブ医療費抑制を狙う政治家応援したい(誰かいたら教えてほしい)

https://anond.hatelabo.jp/20170822181512

2017-08-13

異なる感性への受容性

ってどこで決まるんだろう。何に影響されるんだろう。

日本がーとか男性はー女性はーとか大きなことを言う気はない。

けれど、自分人生において異なる感性への受容性が全くない人たちがそれなりにいた。

人と自分の考え方が違うと「考え方が違うんだな」ではなくて「お前がおかしい」って人間性否定する人達

小学生まで

母にも祖母にも「なんでそんなことするの!どうして周りの子と同じように出来ないの!」「それは男の子がするもの」「なんでそんな頭おかしいの」とよく言われていた気がする。

まり覚えていないけど学校先生にも同様のことを言われていた気がする。

中高生時代

友達自分価値観を本気で否定してきたこともそういったことを見たことも記憶にはない。

ただし先生からはやっぱり否定され続けた記憶がある。

大学時代

中高時代と同じように友達から否定された記憶はない。

意見の相違はあっても「それって違うんじゃないかな。私はこう思うよ。」って感じだった。

バイト先の社員からは「まともじゃない」「他の人がやっていることができないの」「偏差値高いのに常識はないんだね」とか言われた。

ちなみに塾バイトで無報酬での残業強要されて断ったとき

バイトの件はそもそも法律に関わることなので受容性とかの以前の話なんだけど、ここでこれを挙げた理由としては彼らの主張が「これは塾バイトいう聖職であり人のためになることなのだから無休で当然。むしろ給料やってやってるんだから感謝しろ」ではなく、「みんながやっていることをどうしてあなただけ文句言うの」だったかである

社会人になって

職場の人から価値観否定されることはない。

私が間違っているときは「xxxの部分のここに論理の飛躍があるのでは?」と指摘される。そこに人間性否定は入らない。

付き合った人に「xxxってこういうものでしょ?それおかしいよ」って言われたことはある。

あなたはそう思うかもしれないけど、私は違うんだよ。お互いの妥協点を探そう」って提案したたら不服そうにされた。結局別れた。

総じて、自分人生において、感性が異なるとき相手人間性否定は、目上の人が目下に言うことを聞かせる、または同格においてのマウンティングのために使われている。

嫌な思いをした人たちが他の人に対してもこういったことをしないようにするのはある種当然の流れだと思うけど、他人に十分合わせられそうなのにしない人たちも沢山いる。

彼らはどうやってそれを身につけたんだろう。

2017-08-08

正しい歴史認識」の話

真実はいつも一つ」といったとしても、私は、ジーザスクライストでも、工藤新一でもないから、事実認識のなかからその真実が見極められるというわけではない。

徳川武家慣習が依然とする)封建国家日本では、長幼の序とか、男尊女卑とか(女ですら劣後させられるくらいだからゲイとかトランスジェンダーとか……)、教師聖職絶対権力であったり、先輩が絶対的に偉かったりする。少なくとも戦時中まではそれが当然だった。

同じ日本人であっても、徳川時代以前から和人の方が先輩だから偉いわけで、後から編入させられた沖縄人や、北海道開拓使征服されたアイヌ人とかは、差別されていたわけで。(いわゆる「純粋日本人」とはそういう差別的表現だ。)

ましてや、日韓併合日本国民の端くれになっていた韓国人の扱いなんて、最下層であるわけで。

やっぱり身内である日本人かわいいから危険職種身分の低い人にさせたいと思っていたわけである。同じように、いわゆる穢れ仕事もそうだ。

例えば土木建設工事なんかでも、現場で命がけで肉体労働をする層にはいわゆる外国人労働者を使う。事故なんかで災害死しても、日本人が死んだとなれば立派な慰霊碑かなんかが建ったり、新聞報道実名が載ったりした。それに対して、韓国人労働者だとかが災害死しても、およそまともには扱われなかった。

今のように機械エネルギーを贅沢につかってでも人命最優先ということは、当時は不可能だ。だから、「使い棄て」が要り、死人が出ることもいわば「必要悪」かなにかと思われていたのだろう。例えば北海道開拓には、刑務所受刑者従事して沢山死んだ。少なから土木工事に「タコ部屋」もあった。

同じ日本人であろうが、身分格差がある。

徳川時代丁稚奉公にしても、人身売買に近い「社畜である

かつて「江戸にもない」景気の江差ニシンを獲ったのは、出稼ぎ季節労働者の「ヤン衆」で、(身分が低いし、教養もないし、将来のことなんか考えないので)資産を溜め込めないからパアーっと遣うので活況になったのは当然だ。ヤン衆を雇う網元が最も儲かり、資産を貯蓄しても非難されない。

炭鉱採掘にしても、危険職種死ぬことも多い、死ななくとも身体がやられるのだが、賃金は出る。生命身体と引き換えに稼いでいるというのが実際だ。いわゆる「軍艦島」なんて、当時では物凄く贅沢な暮らしができていたようだけれど、多くの時間を島の中で閉じこもって生活するわけだから自由は少ない。

トリクルダウン」(おこぼれ)で「恵んでやる」ということだ。つまり明らかな社会的格差があって、強者弱者チャリティーで恵んでやる。そういう社会

日本社会では身分の低い層であれば、出稼ぎしてでも稼ごうと思う人は多いわけで、甘言で騙すなどということもそれはあったとは思うけれども、たとえ騙しじゃなくたって、被差別層(社会的弱者)は事実上、穢れ仕事でもせざるをえないことに往々にしてなりがちだ。

たとえ徳川時代から日本人が同じ職種に就いたとしても、日本人の方が優遇されるというのも明らかにあったわけであり。

あとは、言うこともないだろう。

その社会的事実を、どのような価値観に基づいて主観的評価するか、そういう問題が「歴史認識」と呼ばれているようだ。主観的評価なのだから、一つにはなれない。

2017-05-29

留学しないと英語ができないのは、日本英語教育が嘘まみれだから

直訳と"literal translation"

日本人にとって、直訳という言葉は「機械的文法に沿って訳語を並べて、意味不明の訳文を作ること」といった印象が強い。意味が通じる翻訳をするには、意訳、つまり元の文を理解した上でその内容を自分言葉で書き直す必要があると考えられている。

しか英語で直訳を表わす"literal translation"は、そういった言葉ではない。もちろん、機械的に置き換えて意味の通じない文を作ってしまうことも言うのだが、"literal translation"は「原文に忠実である」というポジティブな側面を持っていて、formalで立派な翻訳という感覚を伴う。

それはつまり、「意訳」に良い印象がないということでもある。それは「意訳」に当たる適切な英語表現がないことでも分かる。

https://www.onehourtranslation.com/translation/blog/literal-translation-vs-conveying-sense-text

ここでは"literal translation vs. conveying the sense of the text"(直訳 vs. テキスト意味を伝えること)というタイトルになっている。日本人から見ると「"直訳 vs."と来たら『意訳』が来るに決まっているだろう」と言いたくなる。しかし、英語で意訳という言葉は、直訳とvs.出来るほどの市民権を得ていない。

英語翻訳フランス語ラテン語といったヨーロッパ圏の言語から知識を取り入れるために行われることが多く、ヨーロッパ圏の近縁語同士では直訳は有効方法論だ。結果として、"literal translation"は立派でフォーマル翻訳という意味合いが生じた。

対して、訳者勝手自分なりの表現を加えてしまうと、fidelity(原文に対する忠実さ)が欠けているという批判対象になる。

たとえば、私は素人ながらアニメ英語翻訳に関わったことがあるのだが、海外アニメオタクは意訳を嫌う。佐藤さんはSatou-san,斎藤先輩はSaitou-senpaiだし、学校先生敬称英語だとMr.なのだが、犬塚先生はInuzuka-senseiだ。

たとえば、アニメセリフに「ありえなくね?」と出てきたら、文字通り"That's impossible, right?"と訳すのが好まれ意味を汲み取って"Are you kidding?"と訳したりすると、"over-translation"とか"liberal translation"などと言われて叩かれてしまう。日本人の私から見ると、とても理不尽に感じるが、彼らの感性はそうなっている。

http://www.proz.com/forum/translation_theory_and_practice/160439-%22overtranslation%22_vs_%22undertranslation%22.html#1349407

この問題についてググっていたら「literal translationが良いというのは神話だ」という海外の人の意見を見つけた。これを言っているのが日本語英訳をしている人だというのも示唆的だ。

日本では英語文献を翻訳するのが主なので、literal translation、直訳はほとんど役に立たず、ひどい翻訳代名詞のようになっている。英語話者にとっての日本語英訳でも同じだろう。

Translationと翻訳

基本的に、英語圏でTranslationと呼ばれているものと、日本翻訳と呼ばれているものは、行為としては似ているが、内実は全く異なっている。

英語圏で行われているのは直訳であり、我々がやっているのは意訳だ。英語圏でやっているのは文法ルール訳語を覚えて他言語に当てはめ、原文を出来るだけ変えずに英語に直すことであるが、我々がやっているのは「他言語を(何らかの方法で)理解し、その内容を自分なりに日本語で作文する」という行為である

直訳が役に立たないとはどういうことか

直訳が役に立たないということは、つまり文法ルールを覚え、日本語訳語を覚えて適用しても、英語理解することは出来ないということだ。

これは残酷現実であるが、「いくつの文法ルールを覚え、何万の訳語を覚えても、英語理解することは出来ない」

これは文法訳語が不必要だと言っているのではない。文法訳語はヒントにはなる。だが、答えにはならない。

はっきりいえば、ヒントを一生懸命集めて暗記しても、意味がない。文法ルールをいくつ暗記しようと、英単語訳語をいくつ暗記しようと、それは英語力ではない。

身も蓋もない言い方になってしまうが、法則化出来ないなんらかのプロセスによって、英語を直接理解する能力。それが英語力だ。

そして直訳が出来ない、つまり英語日本語に変換して理解するための法則が導けないという事実から分かるのは、日本語理解している我々の脳をどういじくっても、それを英語適用することは出来ないということだ。

それはつまり、「英語理解するための脳の回路を、日本語とは別にゼロから構築する必要がある」ということに他ならない。赤ん坊が新しい言語習得するときのように、何年もかけて、少しずつ脳を開発していき、英語理解できる脳を構築していくしかないのである

どこかの英語学習体験記で読んだことがあるのだが、「留学に行った所、フィンランド学習者と同部屋になった。フィンランド学習者はひたすら単語帳を眺め、英単語だけをひたすら覚えていたが、それによってあっという間に英語が出来るようになっていた。だから、私も一生懸命単語帳を眺めることにした」といったものだ。

これがつまり、直訳が可能言語使用している脳と、直訳できない言語使用している脳の違いだ。欧州の人々は基本的に、母国語理解するために使っている脳を英語向けにアレンジするだけで、英語ができるようになる。我々はそうではない。

しかその体験記の終わりは、「一生懸命英単語を覚えた結果、留学を終える頃にはかなり英語ができるようになっていた」となっていたように思う。しかし私が声を大にして言いたいのは「それは英単語を覚えたおかげではない」

留学神話は本当か

日本英語学習界には、留学神話がある。「留学さえすれば英語は出来るようになる。留学しないといつまでたっても英語ができるようにはならない」というものだ。

もちろん留学さえすれば英語ができるようになるというのは嘘だ。それはもちろん神話しかない。「留学して、英語を使わざるを得ない環境自分を追い込み、一生懸命英語に取り組めば英語は出来るようになる」というのは正しいが、「留学はしたものの、日本人同士で固まって遊んでいただけで、勉強はしていない」といった生活英語ができるようになるはずもない。実はそういう日本人留学生は数多い。

しかし「留学しなければ英語ができるようにはならない」というのは真実を突いている。

日本英語教育に従って、文法ルールを覚え、訳語を覚え、どんなに努力を続けても、英語ができるようにはならない。留学して、日本英語教育から離れ、ただがむしゃらに英語と格闘すれば、それだけで英語は出来るようになる。

そして「がむしゃらに英語と格闘する」ためには、留学別に必須ではない。がむしゃらに英語の本を読む事もできるし、映画を見てもいい。海外英語フォーラムに書き込んでもいいし、Lang-8英語日記をつけてネイティブ添削してもらうのも、アジア圏のネイティブスカイプ英会話をやるのも良いだろう。

がむしゃらに英語と格闘することが必要なだけだ。そしてそれ以外に英語ができるようになる方法はない。

なぜ日本英語教育では英語を出来るようにならないのか

基本的に、日本英語教師英語ができないという事実がある。

http://www.nikkei.com/article/DGXLASDG25H1M_V20C15A5CR0000/

全国の公立中学高校英語教員のうち、英検準1級以上かそれに相当する資格を取得しているのは中学28.8%、高校で55.4%だったことが25日、文部科学省2014年英語教育調査で分かった。政府教育振興基本計画17年度までに中学で50%、高校で75%との目標を掲げている。英語教員のいっそうのレベルアップが必要な状況が浮かんだ。

高校英語教師英検準一級が55%、半分近くが英検準一級を持っていないということだ。準一級を持ってないということは、日本文法単語の暗記中心の教育をする能力すら疑問符がつく。

準一級の問題は、日本英語教育で教えられたとおりに暗記した単語を当てはめ、文法ルールにそって直訳すれば理解出来る、日本人向け英語もどきしかない。それが分からないということは、英語もどきを教える資格もないということだ。

もちろん教師聖職として尊敬されるべき存在であり、それを指揮するのは霞が関文部科学省エリート官僚であるから自分たちが教えているのが「実際には役に立たない英語もどきです」とは言えない。「私たち英語がよく分かりませんし、『生徒をちゃんと英語が出来るようにしろ』と言われても出来るわけありませんよ。むしろ、そんなやり方を知っているなら教えて下さいよ」などと口が裂けても言えるはずがない。

それに対して一方では「聞き流すだけで英語ペラペラに!」とか「たった100語で英語は出来る!」とか「頻出フレーズを暗記すれば日常会話はバッチリ!」とか、英語教育界はオカルトだらけである

もちろん商売でやってるのであるから、「がむしゃらに英語と格闘しろ、それ以外ない」などと言えるはずもないのだが、そんなことを言っていても誰も英語が出来るようにならない。なんとかならないものだろうか。

私が実践してきた、オススメの、実際はがむしゃらにやるだけの英語学習法を紹介しておく。

http://anond.hatelabo.jp/20170526220542

http://anond.hatelabo.jp/20170524213622

http://anond.hatelabo.jp/20170522214348

TOEIC3000語が覚えられない

コメントを頂いた。本を読んでもTOEIC3000語が覚えられない、ということだった。

TOEICリーディング結構速読必要なので、その実力が身につくまで、100万語ぐらい、500ページのペーパーバック12冊分程度読まないと、普通最後までたどり着かないんじゃないかと思う。12冊分を辞書を引きながら、単語表現感覚を感じ取りながら舐めるように読めば、どうやっても8000語程度の単語感覚的に理解できる、生きた語彙力が身についてるはずだ。必要なのは暗記力ではなく、文を深く読み、英語表現意味を感じとる力だ。記憶は忘れるけれど、感覚は忘れない。忘れたと思っていても残っていて、何度か同じ表現を見かければ、その都度感覚は強化され磨かれていく。

単語を覚えるというのは読書の途中で自動的についてくるもので、ピクニックの途中で摘める野イチゴのようなものだ。しか英語学習者は読書というピクニックには出かけず、ピクニックの準備だけを念入りに行っているように感じている。「自分にはピクニックも難しい。ピクニックに出かけたらヤマで遭難するかもしれない。その時のために食料を買い込んでおこう」と言いながら、辛い奴隷労働をして腐りかけのイチゴを買い込んでいるように見える。ヤマに出ればいくらでもおいしい野イチゴが摘めるのに、ヤマに行っても腐ってて使い物にならない表面だけの単語知識必死で暗記しているように感じている。これは本当によくないことだと思う。

LONGMANをやるべきか

もう一つコメントを頂いた。学習者は英英辞典オックスフォードでなく、ロングマンをやるべき、というご意見だ。

辞書から得られるもの単語理解ではなく、ヒントでしかない。ヒントを英語で貰っても基本的英語学習者にはわかりにくい。英英辞典自体を読み物として楽しめないなら、英英辞典を見ても英和より効率が悪いと考えている。もちろんロングマンが読み物として楽しい、読んで頭に入りやすいという方がいるならその方が良いと思う。私はオックスフォードが読み物として楽しいので使っているが、面倒な時はウェブリオに走っている。

忘れていた

この記事は長文すぎて最後が切れていたので、二つに分割したものの後半部分だ。前半部分はこの記事と繋がりがあるようでないのだが、いろいろと書いた。 http://anond.hatelabo.jp/20170529095534

終わり

ネタがなくなったので、多分この増田で吠える英語考察は今回でしばらく休止するかと思います。今まで長文をご覧いただいた方、コメントを頂いた方、ありがとうございました。

英語教育は嘘まみれではないのではないか、という意見について

http://anond.hatelabo.jp/20170529221645 こちらでコメント返しをしました。

2017-05-13

http://anond.hatelabo.jp/20170513163951

先生給料は高いんだな

高校教師の平均月収は約45万円

か。

増田より高い。

聖職とかなんとか言いながら教師はカネでしか人の価値をみないんだな

2017-05-01

消防士の寄り道を許すこととアイドル恋愛を許すことは同じ

これらはどちらも日本人が持つ信仰メカニズム根本にあるからだ。

聖職という言葉が示すように、ある特定職業立場にある人間に対して徹底的に穢れを嫌う傾向が日本人には強い。

しかし、SNS全盛の今の時代において、今まではなんとか隠してこれたもの不可能になりつつある。

人間人間であり、信仰対象にするにはあまりにも脆い。

勝手に憧れて勝手理想を作り上げた挙句、裏切られて傷ついては相手報復をしていたのでは全員が不幸になってしまう。

この息苦しい世界を脱するためには、お互いがただの人間であることを認めあうことにほかならない。

それでも尚信仰対象を見つけようとするなら止はしない。ただ、そうした生き方を続けられない時代が訪れている。ただそれだけのことである

生きる必要を奪われてしまうことも、それも一つ淘汰の摂理しかないのだ。

2017-02-12

http://anond.hatelabo.jp/20170212215614

教師聖職なんかじゃなくて接客業だということをみんなもう少しわかった方が良い。

2016-09-06

http://anond.hatelabo.jp/20160904024257

教師聖職じゃないってのはだいたいそうだとおもう。

でも学びに来てる生徒って子供時代はいわゆる聖域じゃん?

そこに聖職ではないとしても泥臭い下衆な大人はいっていいかどうかってのはないと思う。

聖職って自負してがんばれっては思わないけど素手でさわってるその時代

いわゆる聖域だってことみたいなのは自覚してほしいとは思うよ。

教師になにができるかをそんなに望みはしないけど

生徒に何ができて何をしなくて済むのかを選択できる立場にあるのは

重みを感じてはほしいよ。

2016-09-05

http://anond.hatelabo.jp/20160904024257

聖職ったって本家総本山だかが話題性知名度ワガママ女を聖人にする時代からな。w

 思うにアンタ、”教師に求められてると思ってる像”に振り回されてるだけじゃね?

俺が学生の頃とかヨユーで生徒とデキ婚したヤツとか竹刀体育館正座した奴滅多打ちにするキチガイとか金髪引っ掴んで職員室で墨汁ぶっかけたりバリカン入れたり携帯ゲーム機没収して返さないのとかいたわ。w 体育祭じゃリレー勝ち馬投票券作って生徒に元やらせたりな。ww

 こういうの書くともっと酷いのいたってのが幾らでも出てくるだろうし、そんな底辺なんか知らないって意見も出てくるんだろ? まぁ実は全部聞いた話なんだけどよ。(笑)

でも体罰とかあっても割と思い返すと楽しかったり懐かしかったりするモンらしいぜ? 見て見ぬふり教師よかイジメ見たら即ブッとばしたり校庭にバイクで乗り込んだOBに背負い投げキメて奪ったバイクスピンターンしてみせて安全運転教習始めるのとかいたらおもしれーじゃん? 教師も間違うなら世間も間違うんで、こんなトコでこそこそ愚痴ってないで大暴れしてみせりゃいんだよ。

 カトリックなんかクソショタホモだらけでもう今更引っ込みつかねぇんだろうけど「**が魅力的だから先生も男として我慢できなかったんだ! みんな俺を許してくれ!」とか教室全員の前で本気で土下座したらどんだけ訓える者として効果があるかっつー話だよ。だってそうだろ? そりゃ過ちなんかねーほうがいいかしれねーけど、人間なんだから当然だろ? 体裁取り繕うよりどう正すかのが大事じゃん。

 したら休みのない教職の現状は間違ってるってつってる以上、それを正していけばいいんじゃねーの?

多分アンタ一人じゃ上手くできないだろうけど、それを見て他に行動する奴は出てくるぜ? きっと。

 教師ならまず手本見せてくれよ。経過出してくれたら応援コメントくらいは入れるからさ。

2016-09-04

http://anond.hatelabo.jp/20160904024257

本文読んでないけど下手に聖職のような扱いすると象徴のようになって危険だと思いました(こなみ

教師聖職じゃない

この間テレビを見ていて驚いたことがある。

労働のわりに給料が少ないという元教師に対して「先生なんだから給料うんぬん言うな!」「子供への愛情があればむしろ無給でもいいくらいだ」という人がいたからだ。この意見は極端な例で、まさか本当に教員は無給でも働けると思っている人はいないだろう。

しかし、「先生から子供無償の愛を注ぐことができるかというと別の話だ。

子供というと誰を思い出すだろうか?

多くの人は自分の子供や親戚の子供など、自分と関わりのある子供を思い浮かべるだろう。

それらの子供に愛情があるのは当然だ。

しか教員相手にしているのは、いわば他人の子供であり、自分が産んだ子でも親戚の可愛い子でもない。

数ヶ月前まで見ず知らずの赤の他人なのだ

こんなことを書くと「では教員子供に対して愛がないのか!」というアホ野郎が出てくるだろうがそうではない。

教員を目指す人は多くの場合子供が好きで教職情熱を持っている。

赤の他人の子供でも愛をもって叱ったり褒めたりすることはできる。ただ、その愛は親から子への無償の愛ではない。

日本未来を支える子供たちへの教育愛情だ。

「いう事を聞かない、提出物も出さない、暴れる、他の生徒に嫌がらせをする、なんにでも口を出してくる親がいるような子へ

無償の愛を注げというのは無理がないだろうか?

昨今話題となっているブラック企業では、いくら働いても残業代がでないという。残業代を出さないのに長時間の勤務をせざるをえない企業ブラックと呼ぶのなら、教員もまたブラックなのではないだろうか。

教員にはそもそも残業代など存在しない。基本的残業は当たり前だからだ。残業代などだしていたら県や国が破産する。

それでも人はいうだろう「他の仕事に比べたら良い給料もらってるじゃないか」と。

冒頭にも書いたが、労働給料が見合っていないと思う教員は少なくない。それは教員かがめついというより、休みがなく週6勤務が当たり前とかしているからだ。中には週7勤務の教員もいる。

給料うんぬんではない。教員休みがほしいのだ。

子供相手にする仕事というわりに、圧倒的に休息が足らないのだ。これでは毎年教員自殺者が出てくるのも頷ける。

特に中学高校では思春期の子供を相手にしているから、子供も親も常にピリピリモードである

素直さもない。自我の芽生えが肉体とうまく結びつかずイライラする気持ち教員という身近な大人にぶつけ、最低限のしつけをしない親からの苦情の電話をとり、国や県などが上辺だけで決めた研修子供とか変わる時間が減り、何も分からない若手に多くの分掌が回ってくる。

そしてなりより問題なのが、教員世界新人などいないという事だ。

これは例え新卒教員になったとしても、失敗は許されないという意味である。ここ最近団塊の世代が続々と定年を迎え、教育界も人手を失っている。そのため、新卒採用試験合格した者も次の4月から担任を持たされることが増えてきた。

というより新卒の約半数がクラス担任なのである

大学ストレート合格な22歳だ。一般的に22歳と言ったら一人前だね!という人がいるだろうか?22歳の新卒に一人前の仕事を任せる企業があるだろうか?

教職は、何の経験もない22歳に30何人のクラス責任を負わせるのだ。

こんな馬鹿げた話があるだろうか。相手子供で何があるか分からない。どんな事で傷つくか分からない。大人と違って気持ちをうまく整理できない。そんな子たちを相手仕事をし、雑多な事務処理をし、休日には部活指導をするのだ。

それなのに世間から聞こえてくるのは「先生から仕方ない」「子供への愛情があればできる」と言った言葉ばかり。

そりゃあ、いいでしょうね。あなたたちの相手大人なんだから

普通に話しても通じるもんね。でもね、教員子供に対して話さなきゃならないのよ。

頭をフル回転させてるの。それでいて当たり前?馬鹿言うなよ。

教員聖職じゃない。

待遇や勤務を見直してくれないと、自殺者は減らない。

自殺まで行かなくても多くの先生が病んでるんだよ。

療養休暇の先生何人いると思う?数えた事ある?

どうして先生だけ、先生からって激務が放置されるの。

そんなのひどい。

子供が好きだったのにこれじゃ、子供を好きなままでいられないよ。

2016-06-21

http://anond.hatelabo.jp/20160621234514

日本聖職主義なので無理じゃね?子供が好きなら低賃金、低待遇でも出来るはず!ってのが一般的理論

安くて高質!金は払わないけどサービスは寄越せ!権利!って感じ。LINE音楽でもそんなの有った。

2016-06-17

http://anond.hatelabo.jp/20160617115356

黙って貧困に喘ぐ保育士非正規教員というのが美徳聖職、それ以外は認めないというのが日本保護者なのに気が付かなかったのか?

2016-05-18

ブラック教員保育士は、やる気が有る人がなれば良い

教員保育士はやりたい人が沢山居る職業だ。

給与待遇が悪くても、やる気が有って情熱を持ってやりたいと言う人が居るだろう。

そういう人に任せれば良いと思うんだが?

芸能人芸術家アニメーターだってそんなに給料貰えなくてもやりたいから頑張っている人が居る。

同じなのではないか

生活問題が有るなら、実家で暮らせば良い。

少ないなら保育科、教育学部を出た学生で3年くらい勤めさせてまた新しい新卒で補充すれば良いだろ。

女性が多い仕事なので水商売風俗と掛け持ちしても良い。

実際、そうやって頑張っている人も居る。

こういう聖職業は本当にやる気が有る人間にやって貰いたい。

2014-07-03

神主が何かを言う権利あるわけないじゃん

ってのを勘違いしたのかな。

神主って、単に「お前」のことでしょ。

別に神主という聖職につく者」とかそういう意味じゃない。

http://anond.hatelabo.jp/20140703194246

http://anond.hatelabo.jp/20140703195512

2014-04-21

http://anond.hatelabo.jp/20140421150250

そもそも聖職者という用語を定義もせずにお前は聖職者から奴隷労働しろと言っても相手は聞かんだろうし、

もし聖職というのが責任の大きさって意味なら、責任重大なんだから過重な労働に耐えろってロジックはよろしくないなあ。

インフラ責任重大なんだから無茶な労働条件でも耐えろ!

流通業責任重大なんだから無茶な労働条件でも耐えろ!

建設業責任重大なんだから無茶な労働条件でも耐えろ!

第一次産業責任重大なんだから無茶な労働条件でも耐えろ!

なんでも使えちゃうね。

http://anond.hatelabo.jp/20140421150250

有効投票数3509・男1675.女1834》

       聖職    聖職でない

  全体  21・9%    78・1%

   男  23・1%    76・9%

   女  20・9%    79・1%

http://dogmarion.cocolog-nifty.com/seso/2006/12/post_ad6c.html

http://anond.hatelabo.jp/20140421201904

弁護士クズとか弁護士聖職とか、そういう風に考えてるのって

一種の貧乏フィルターだよな、あとは育ちの悪さ。

弁護士なんてただのツールだよ。出来の良いツールもあればそうじゃないのもある。

http://anond.hatelabo.jp/20140421150250

教職員組合教員を「労働者」と位置付けていて「聖職」的位置付けには反対していたはず

から業務全般の効率化は基本的に全部も反対してる

効率化が進めば業務が減り、教職員の数が減り、組合員減少に繋がる、という理屈らしい

公立学校IT化が遅々として進まない要因の一つだったりする

http://anond.hatelabo.jp/20140421150250

から疑問だったんだけど、他の同程度に責任重大、聖職ってされる医者だとか弁護士と比べて、

相対的に教師って給与社会的立場低くない?

聖職崩壊

学校先生から

残業代が出ない

・昼休みも生徒と接しなければいけないので休みといえない

部活動指導なんかしていたら時間がない(から外部委託しろ、別途手当を出せ)

といった意見がよくあがる。

ネット特性もあってか、そのような声がよく拡散するようになってきた。

労働基準法的な観点でみたら、すべて正論なのだけど・・・

教職特に中学校教職員は、子供たちの未来をまかされた、いわば「聖職者」じゃないのか。

中学校先生にどのような教育を受けるかで、生徒の人生に大きな影響を与える。

他に、人の命を救える「医者」や争いを解決する「弁護士」も聖職者といえる職業だろう。

その聖職者立場にある人が、自分本位の小さいわがまま言ってていいのか。

目の前で救える命があるのに「勤務時間おわったから」と助けない医者は、それでいいのか。

生徒にとって重要時間である部活動」を無駄仕事と言ってやりたがらない先生は、それでいいのか。

いままで、本人も誇りを持ち、周囲もその存在を認めていた特別な職につく「聖職者」が崩壊している気がする。

2013-07-21

http://anond.hatelabo.jp/20130720232536

教師・医師弁護士などは、聖職イメージが強すぎて、かえって変な批判をされやすい。

医療は緊急性も大事から、「遠くの名医より近くの藪」ということもありうる。

あと誤解されがちだが、非関税障壁撤廃が問題とされるのは、医療費の高騰が懸念されるから

2013-06-29

ヴィタリー先生聖職権主義批判は何度見てもいいなあ

2013-05-30

ヴィタリー先生聖職権主義批判は何度見てもいいなあ

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