はてなキーワード: 帰結とは
哺乳類としてはオットセイだかセイウチだかの完全上方婚型一夫多妻制を合法化・追認するのが、一番合理的ではないだろうか。
追認というのは、ニンゲンでも既に事実婚として実施している場合があるらしいので、それに対応した表現である。
上方の中でも圧倒的な上方である超高収入超実力者の夫が、元増田のように比較的上方だがトップではない層~中間層の妻を複数名金銭的にフォローする。
フォロー対象が複数名いても何ら支障をきたさないレベルの上方男性にのみ家裁が許可を出す形式をとる。
別に中間層より下の妻もいてもいいが、ここでは「下方婚しろ」とプレッシャーを掛けられることの多い中間層以上の女性の救済方法を考えているので、あえて例に挙げた。
この制度は上方婚をしたい女性のニーズを満たすだけでなく、社会にとっても非常にメリットが大きく、完全なwin-winの関係を実現できる。
一夫一妻婚しか認められていない社会では、地位の高い女性が増えるほど上昇婚を満たせる男性の数が少なくなり、カップル数の低下、ひいては少子化に帰結するという悩みの種があった。
しかし完全上方婚型一夫多妻制を合法化・追認すると、社会の中に存在するカップルの数が純増し、一定の出生率の改善が見込まれる。
下方に位置する男性はそもそも一夫一妻婚でも一夫多妻婚でも関係なくカップルの成員となる資格がないので、今回の議論では無視してよく、トレードオフ問題は生じない。
時折聞く言葉だけど、聞くつどに日本は本当に美しくないのだろうかと考える。よくわからない。時代ごとの文化が異なるのは日本に限らずのことであり、至極当然のことだが、その文化一つ一つにも残虐な行為があった背景や多少はともあれ人々の肉体や精神を犠牲になりたった文化がある。それらについての問題点を指摘していくことを悪いとも無意味とも言わない。むしろ良いことだと思う。
けど、「だから日本は美しくない」と言い張ることは民族意識に反しているようでいながら、却ってナショナリズム的である。負の要素を日本という言葉で括って語り、美しくないという言葉に帰結するのは、いかにも民族的であり、しかもそれらはひどく後ろめたい。一切の問題がなくては美しさは認められないとは潔癖が過ぎて、しかもすべての国々への批判的文言となりうる。
こんなことを言い出せば、どんな批判意見でも例外によって排斥されなければならないのか、と指摘されることは分かっている。自分としてもそうだと思う。けれど、ただ単に、美しくないとはショックだ。どれだけ汚職事件があろうと、性犯罪が横行しようと、文化が排除されようと、ムラ社会的な要素があろうと、人権が尊重されなかろうと、それらの問題とは別に、それぞれのものには必ず美しさが存在していると自分は信じたい。一つの問題を国民意識にしてまとめてしまうのは問題提議としてよくあるやり方だけれど、納得しがたい。
当方、茨城県南部出身。鹿嶋市出身というわけではないがご近所。鹿島アントラーズも、まあ子供の頃銀行からもらってきたグッズが家にあったりしたんで馴染みは深いが、別にサポというほどではない。なので特にアントラーズへの義理はない、と前置きした上で。
ネットを回ってると、鹿島アントラーズは嫌い、というサッカーファンは一定数いるようだ。こんだけヘイト溜めてるってことはよっぽど強いかよっぽどアコギかよっぽどサポのマナーが悪いんだろう。それ自体はチームやサポの自業自得なんで、しゃーんめーよ、としか言えない。
でも、鹿島アントラーズが嫌いという表明をするときに、鹿島は嫌い、と表現する人がかなりの数いて、その度にものすごいショックを受けてる。
別にアントラーズの運営がクソだとかサポのマナーが悪いとかでアントラーズが嫌われるのはいい。でも、なんで「鹿島」がdisられないといけないの?
わかってる? それ地域の名前だよ? そこに住んでる人やルーツ持ってる人がいるんだよ?
そして、一般的には出身地とか居住地とかって、人種や性別とかと同じで、差別しちゃいけないことになってるよね?
韓国代表の「代表」の2文字抜かして後ろに「嫌い」ってつけたらヘイトスピーチになるご時世に、なんで平気で「鹿島嫌い」だの「鹿島クソ」だのそういう文言を垂れ流せるのかが俺にはわからん。「アイヌ(という設定のゲームのキャラ)殺す」のカッコ内を省略した人がヘイトスピーチってことではてなで吊るし上げられたことあったよな。なんで「鹿島(アントラーズ)嫌い」のカッコ内を省略していいと思えるの? 感覚麻痺しすぎやろ。
別に鹿島だけじゃなくて浦和とか水戸とかだってそうだよ。浦和レッズや水戸ホーリーホックをdisるのはいいとして、浦和の人や水戸市民がなんで自分たちの故郷のことをdisられないといけないんだよ。
その点野球は、まあ阪神とかはあるが、楽天とか日ハムとかDeNAみたいな企業名か、あるいはジャイアンツやホークス、巨人みたいな愛称で呼ばれることが多くて、嫌いなチームを罵る表現が地域差別にならないようになっていると思うよ。東北楽天ゴールデンイーグルスのことをいくら罵っても、「楽天」と呼んでいる限りは文面上は東北disにはならないもんな。サッカーもそうしてほしいよ。「アントラーズ嫌い」とか「アントラーズはクソ」なら別にサポではない俺は何とも思わず選手とサポだけに刺さる罵倒表現になるんだからそれでいいだろ。
Jリーグは地域密着を掲げていて、クラブ名に地域名を入れないといけないそうだ。確かにそれは、観光とかの面では必要かもしれないし、地域と切り離したものにするよりもチームへの愛着を育むことになるのだろうけれど、そのせいで地域ヘイト(に見える表現)が撒き散らされていて本当に不愉快。正式名称に地域名が入っているのはいいとして、地域名をそのままメディアでの呼称にするのはまずいでしょ。まあサガン鳥栖みたいな例もあるけど、「鳥栖はクソ」より「サガンはクソ」の方がどう考えてもマシだよね。
とにかく、チームを地域名で呼ぶ文化か、熱狂的なサポーター文化か、どっちかを変えてほしい。でも後者は国際標準っぽいから簡単には変えられないんだろう。だったら前者を変えるべき。ちょっとめんどくさくても「鹿島」じゃなくて「アントラーズ」と呼ぶ、「松本」じゃなくて「山雅」と呼ぶ、「長崎」じゃなくて「V. ファーレン」と呼ぶ、みたいに徹底すべき。
それができないうちは「サッカーは人種差別に厳しい(キリッ」とかお笑い草でしかないわ。地域ヘイト表現を量産しといてよくそんな白々しいこと言えるよな、って思うよ。っていうかそういう文化があるから定期的にヘイトスピーチするサポが湧くんじゃねえの? Japanese Onlyも当然の帰結だわ。
ここ数日Twitter界隈で猛烈に叩かれているサマータイム。
システム的な面を中心にどれだけ不利益が出るかの解説は出尽くしていますが、まだの方はこちらなどをご参照ください。
「サマータイム実施は不可能である」 https://www.slideshare.net/tetsutalow/ss-109290879
本稿では、そのような反対論が特段意味をなさない、すなわち私が「サマータイムに反対しようが賛成しようがどっちみち実現しない」と考えていることについてお話しします。
まず、これらの記事を見てください。特に後者の安岡孝一先生(京都大学人文科学研究所教授)のブログは、本エントリを書くきっかけになり、同時に執筆に当たり大きく参考にしています(一つ一つ参照元の文を示すことは省略させていただきましたことをご容赦ください。)。安岡先生に感謝申し上げます。
「東京五輪終わっても「サマータイム」恒久的運用へ 議員立法による成立を目指す : スポーツ報知」 https://www.hochi.co.jp/topics/20180808-OHT1T50025.html
「日本の法令における「一日」と「二十四時間」 | yasuokaの日記 | スラド」 https://srad.jp/~yasuoka/journal/623028/
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◆夏時間への切り替え方 導入初日を4月の最初の日曜日とした場合は午前2時に2時間進め午前4時に合わせる。夏時間が始まる日曜日は 1日が22時間になる。10月最後の日曜日をサマータイムが終わる日とした場合は午前4時に2時間戻し午前2時に合わせる。この日は1日が26時間となる。
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必ずしもこのような立法がなされるとは限りませんが、少なくとも夏時間を採用した場合には、同日に同じ時間が2度到来します。2時間をずらすサマータイムであれば1日26時間の日が発生します。そしてこの場合、2つのパターンが想定されます。
①午前0時~午前1時59分59秒の終わりまでが2回あるパターン
②それ以外のパターン
日本の戸籍では、時間単位の記載が行われる事項は必ずしも多くはありませんが、有名どころとしては死亡時刻が挙げられます。
なぜこれが必要かといえば、死亡の先後によって相続の順位に変動が起きるからです。
祖父・父・息子・息子の妻の4人を思い浮かべてください。この4人には、これ以外の身寄りが一人もいません。そして、サマータイム終了日には、午前4時の時点で時計を午前2時に戻すものとします(上記②のケース)。
さて、父がある日の午前3時ちょうど、息子がその1時間30分後に亡くなったことを想定します。民法の規定に従えば、父が死亡した時点で相続が発生し、父の財産の全ては息子に相続されます。そして、息子が死亡した時点で、父と息子の財産の全てが息子の妻に相続されます。簡単ですね。
しかし、日本の戸籍は残念ながら24時間表記ではなく、午前/午後n時という記法を採用しています。彼らの戸籍はどうなるでしょうか。現行制度に基づけば、父の死亡時刻は「m月d日午前3時」と、息子の死亡時刻は「m月d日午前2時30分」と記載されます。さて、これで両名の死亡順序が入れ替わってしまいました。この通りの記載であれば、まず息子の財産を父と息子の妻で分配することになります。そして、父の死亡によって父の財産の全部と息子の財産の一部は祖父に相続されます。
何を言いたいかといえば、死亡の順序によって相続割合は変動するのです。
上のような不具合を回避するためには、「午前2時」から「午前3時59分」までの間の時刻に、例えば「一回目」や「二回目」といった表示をする必要があります。
昔ながらの手書きの戸籍であれば、これは割合簡単なことです。しかしながら、全国の4自治体を除く全ての地域で戸籍はコンピューター化(電算化といいます。)されています。その自治体名などはこちらをご参照ください。
「戸籍電算化 | 晴れのち曇り時々雨 http://www.kumori.net/koseki/」
電算化された戸籍のシステムでは、当然この「一回目」というような文字や記号を挟み込む機能がありません。そして、上記①の場合でも、戸籍は24時間表記ではありませんから、やはり「午前0時~午前2時」が2回生じますから同じことです。さらに、自治体が使用する戸籍のシステムは、法務省が統一的に開発したものではなく、各自治体が個別にベンダーと契約して導入したものです。ベンダーはおおむね数社に集約されていますが、互いに独立したシステムですので、その改修はシステムごとに行うことになります。
次に、スケジュール的なことを考えましょう。「サマータイム法」を提出しうるのは最速でこの秋の臨時国会ですから、まあ10月頭ぐらいでしょうか。そして、サマータイム法案は議員立法(下記参照)であって、決して成立が確定していませんから、早くとも法案の提出時点から前述の戸籍の記載に関する法務省令なり通知なりの立案を始めることとなります。
「【東京五輪】酷暑対策でサマータイム導入へ 秋の臨時国会で議員立法 31、32年限定(1/2ページ) - 産経ニュース https://www.sankei.com/politics/news/180806/plt1808060002-n1.html」
法案成立後なるべく急いで法務省令なりを出すとして、戸籍の記載方法が各自治体に通知されるのはどんなに急いでも10月頭~中旬となります。
さて、戸籍というものは決して間違いがあってはならないものです。この「間違い」というのにはいくつか意味があり、代表的なものとしては、
A.内容に間違いがあってはならない
の2つを挙げることができます。
まず、Aについては、先ほどの例を挙げるまでもなく、戸籍に関する記載を誤れば一発で国家賠償訴訟、管理職以下懲戒処分まっしぐらです。そのぐらい戸籍は重いものです。そして、Bについても、例えば市民の離婚歴や本籍などの情報が流出した場合、こちらも一発でやばいことになります。そのぐらい(ry この2つの帰結として、戸籍のシステムは、改修に当たっても決して脆弱性を生じてはいけないものであり、同時に、改修後のシステムにもエラーがあってはいけません。
では、これらを満たす改修について、今年度中に全自治体が見積もりを取り、来年度予算に反映させるか最悪来年度補正予算に盛り込み、再来年度までに実装までを終えることができるでしょうか。無理ですね。
ここからが大切です。
法案を書く場合には、必ず「法制局」のチェックを受けなければいけません。官僚さんが書き、内閣提出法案(閣法)として提出する場合は「内閣法制局」、議員さんの発案で議員立法として提出する場合は「衆議院法制局」または「参議院法制局」のチェックを受けることになっています。そして、法制局の方は、ここまで書いてきた不都合を当然ながら分かっています。そして、きちんと「無理です」とおっしゃいます。もちろん、原理的には法制局のチェックを受けずに法案を提出する権限が国会議員にはあります。そうでなければ、言ってみれば公務員に過ぎない法制局職員が国会議員以上の権限を有することになり、国民主権に反します。しかし、実務はそのように動いておらず、法制局と何かしらの妥協に至ることになります(明らかに憲法違反の議員立法を提案される先生方も現在の与野党問わずいらっしゃるようですが、その辺は法制局の方が努めて雅な言い回しで案文に落とし込まれているようです。)。しかし、これに関しては法制局の方も法務省民事局の方と一緒になって「無理です。」と言わざるを得ません。妥協の余地がありません。そして、このエントリよりも遥かに分かりやすく不都合を説明されます。この時点でサマータイム法案は葬られます。以上。
ここまでのことを極めて短く書けば、「サマータイムは法制局チェックを通らないので実現しない」ということになります。みなさんどうぞご安心ください。
それでもサマータイムが実行された場合、それは本格的に明白な違憲立法も法制局を無視してバンバン通りうる社会になったということです。サマータイム以前の問題なので共に悲しみましょう。
なお、刑法・刑事訴訟法上の刑期や勾留期間を含めた1日が24時間であるという前提に基づく各規定については、確かに23時間や25時間の日の存在を想定していないというのはそのとおりですが、おおむね①時間単位で規定しなければならないほど短い期間は時間で、②乱暴な言い方をすれば数時間の誤差は許容されるような期間は日数以上の単位で規定されていますので、混乱が生じることはあっても法制上そこまでの支障にならない気がします。
安岡先生のこちらのコメント(なお、こちらのリプライ先になっている刑事訴訟法に関する指摘は私のものではありません)
https://srad.jp/comment/3459182
は、危惧としてはもっともですが、時間の計算であればきっかり実際の時間の経過に合わせた例えば「四十八時間後」に期限が到来することになろうかと思います。この辺は民法138条以下と民法の解説書をご参照ください(民法の規定ですが、特則がない限り全ての公私の期間計算に適用されます。)。あくまで本エントリの目的は「サマータイムが実現しない理由」を述べることですのでこれ以上踏み込みません。
おそらく君の願う意味での「根拠」は無いだろうな。それは私(あなた)が私(あなた)である根拠は何か、というのと同じ質問だ。私は最終的には各人が何を信じるかに帰結すると思っている。
だが、一般的には「根拠」はあることになっている。過去の議論の積み重ねがあるから。人権については、ロックやルソーを読めば分かるだろう。
なぜなら、「過去の議論の積み重ね」こそ人権の不安定さの本質そのものであり、例として出ている「ロックやルソー」が正しいというのも「通過点」でしかない可能性を否定しえない。
結論で言えば、性交は相互行為であるから。一般的な契約行為つまり物々交換したり、商取引をしたりすることと同類なのだ。
君は双方の合意無しに契約がなりたつと思うのか。例えば、レジで会計せずに商品を持って帰る、また、金額が不明なのに勝手に自分の好きな金額をレジに置いて商品を持って帰る。
一般的に許されないことだと直感できるが、なぜ性交になるとそれが分からなくなるのか。
性交したい者(あえて性別は書かない)が自由に性交「権利」はあるだろうが、それは当事者以外が「するな」「しろ」と指図できないという意味においてであって、決して自分の望む相手と望む時にセックスできる夢のフリーパスではない。
一般的な商取引において、たとえば生活必需品の価格を極端に吊り上げることは現代でも非難される。
食料品を商人が買占めて値段を吊り上げたら現代であっても「大塩平八郎の乱」は起こりうるだろう。
性交においても同様だと言える。現状の価格の吊り上げを「不当」ととらえるものが一定以上入れば「大塩平八郎の乱」は起こりうるだろう。
おそらく君の願う意味での「根拠」は無いだろうな。それは私(あなた)が私(あなた)である根拠は何か、というのと同じ質問だ。私は最終的には各人が何を信じるかに帰結すると思っている。
だが、一般的には「根拠」はあることになっている。過去の議論の積み重ねがあるから。人権については、ロックやルソーを読めば分かるだろう。
結論で言えば、性交は相互行為であるから。一般的な契約行為つまり物々交換したり、商取引をしたりすることと同類なのだ。
君は双方の合意無しに契約がなりたつと思うのか。例えば、レジで会計せずに商品を持って帰る、また、金額が不明なのに勝手に自分の好きな金額をレジに置いて商品を持って帰る。
一般的に許されないことだと直感できるが、なぜ性交になるとそれが分からなくなるのか。
性交したい者(あえて性別は書かない)が自由に性交する権利はあるだろうが、それは当事者以外が「するな」「しろ」と指図できないという意味においてであって、決して自分の望む相手と望む時にセックスできる夢のフリーパスではない。
これは面倒な間違いをしている。
fujitaweekend 扶養控除から子供手当への税金の付け替えが少子化対策の最後のチャンスだった。民主党の内紛と旧来型(昭和型、所謂社員主婦家庭観)の税制を望む自民党勢力に勝てなかったことが今の絶望的状況に帰結してると思うよ
このコメントを主婦優遇と読み違えてしまうのは、増田が扶養控除と配偶者控除をごっちゃにしているからだと思われる。
できない。
扶養親族とは、その年の12月31日(納税者が年の中途で死亡し又は出国する場合は、その死亡又は出国の時)の現況で、次の四つの要件のすべてに当てはまる人です。
(注)出国とは、納税管理人の届出をしないで国内に住所及び居所を有しないこととなることをいいます。
(1) 配偶者以外の親族(6親等内の血族及び3親等内の姻族をいいます。)又は都道府県知事から養育を委託された児童(いわゆる里子)や市町村長から養護を委託された老人であること。
(以下略)
増田の言うような、配偶者の基礎控除の転用という性質を持つものは、扶養控除ではなく配偶者控除が正しい。
そのようにしっかり分ければ、最初のコメントの趣旨もわかるのではないか?
fujitaweekend 扶養控除から子供手当への税金の付け替えが少子化対策の最後のチャンスだった。民主党の内紛と旧来型(昭和型、所謂社員主婦家庭観)の税制を望む自民党勢力に勝てなかったことが今の絶望的状況に帰結してると思うよ
もとのコメントは配偶者の話ではなく、子供の話だ。「所謂社員主婦家庭観」についても、母子家庭などを視野に入れての言葉だろう。
個人的には扶養控除と子供手当どちらが少子化対策に有効か、それが家族といったものにどう影響を与えるかはよくわからない。
ただ税務のプロである増田が、配偶者控除と扶養控除を一緒くたにして「扶養控除から子供手当へ」という文章から配偶者控除の話をしだすコミュ障だというのはよくわかる。
日本が北朝鮮のような独裁国家であれば、国家指導者の鶴の一声でロスジェネも引きこもりも少子化も非婚化も女性の社会進出も障害者の人権問題も、何もかも解決するのにね・・・。
なんて冗談は横に置いて。
違う、そうではない。むしろ言論の自由や民主主義が正しく機能したからこそ、その帰結として今の社会があるのだ。
だから、日本の政治は高齢者の方を見続けているし、メディアも老人の味方となっている。
若者にとっては「自分たちの意見が無視されている」と感じるかもしれないが、老人達にとっては、今の日本は「高齢者にとって最も住みやすい社会」になっているのだ。
何が言いたいかというと、言論の世界においては、数が多いグループにならなければならないということ。
ロスジェネ世代は、団塊に次いで数が多いけど、ロスジェネ世代同士は分断されているよね。
その象徴が、hagex氏と低能テロリストの事件という、ロスジェネ世代同士の傷付け合いだったのではないか。被害者も加害者も40代前半だったわけだし。
呼称に対する潔癖な態度は、氏の「ネットリンチ」に対する態度と同一線上にあるように感じた。
良く言えば高度に倫理的、ただしそれは共感や同情と言った帰属社会の防衛とは無関係なところで働いている、といった感じ。
たとえば口蹄疫のとき、屁理屈をつけては牛を殺せ、殺せと非人間的ツイートを繰り返しているアカウントがいた。
一貫して宮崎の農家がどうなろうと関係ないので牛は殺すべき、と主張していた。
当時の赤松農相が薄ら笑いで「だから殺せと言ったのに」と炎上していたが、もっと酷いメンタリティの持ち主だった。
そいつはどこかの法律事務所で出禁を喰らっている人だった。たぶん普段の態度から当然の帰結だったのだろう。
今思えば、牛を殺すのは正解だった。
私は、罹災者を救うそぶりなど露程も見せず、ただ牛を殺すことにしか興味なさげな政治への憤りによって、牛を守りたいと思っていた。
しかし、公衆衛生の観点から規則に従って牛は殺さねばならなかった。
目の前に困っている人がいても同調しない人、それは時により倫理的な人である。
低能先生という言葉に反対する人、それはおそらくより倫理的な人であろう。
社会的に受け入れられるかは別として。
今いろんな日本の問題って結局、最終的には「金がないから」に帰結しないか?
で、結局は会社が稼げるようにすればいいんだけど、実際企業が儲かってないからそうもいかなくて、ってことだよね
で、人手不足人手不足って、いや、10個あったコンビニ5つに減らせば、そのなくなった5つの店にいた店員が残り5つにいくんだから人手不足解消されない?
競合他社が破格の安さで作るから、高い物作れなくて、結局従業員の給料減らして対応するしか…って、それ同じ業界に会社が多すぎるからそうなるんであって、何個か潰して吸収すればよくない?
なんか人手不足って、そりゃ人が減ってるのに、店をバンバン増やして、商品次から次に出したって人不足になるに決まってるじゃん
アニメだって、限界集落みたいにいわれて人手不足になってるけど、アニメ会社なんてもっと潰して、そこにいた人が残ったアニメ会社に行けば人手不足も解消されるし、余裕もできるんじゃないの
低空飛行で頑張るからいけないんだよ
元増田です。
すみません、いいとか悪いとか正義とか悪っていうような、書き方が悪かったです。
件の記事が直接的な原因でなかったり、それだけが原因ではないかもしれません。
ただ、運が悪ければ、晒すっていう行為は(晒し行為の倫理的、論理的な是非によらず)包丁を持った人間が刺しに来るという帰結をもたらす可能性があるっていう認識を持たなければなりません。
それを、晒し行為は悪いことではないんだよ、晒された人の行動がいけないんだとか言い始めたところで、実際に人間が包丁を持ってやってきたらそんな論理は役に立ちません。
そこんところから目を逸らしてはいけないということだと思います。
記事に問題がなかったとしてしまうのは臭いものに蓋をしてるだけですよね。あるいは、包丁を持った人間の存在を無視してまで晒し行為を正当化しなければいけないのでしょうか。
誰かか問題ある行動をしてたとして、それをまとめて不特定多数に晒すことが、果たして本当に純度100%の正義なのか?
少なくとも本人はネットウォッチやそれを晒すっていうことがどういうことかわかってやってただろ。
晒された人が問題ある行動をしてたからと言って晒すという行動そのものに全く問題がないって言ってるのは無理筋すぎるでしょ。
ただしそれが殺されるほど悪いことかっていうのは絶対にない。
逆に晒しそのものはみんな暗黙の了解でやっているのに急に全く悪気がなくむしろいいことみたいな擁護しだすから隔絶がうまれてるんじゃないの?
追記
すみません、いいとか悪いとか正義とか悪っていうような、書き方が悪かったです。
件の記事が直接的な原因でなかったり、それだけが原因ではないかもしれません。
ただ、運が悪ければ、晒すっていう行為は(晒し行為の倫理的、論理的な是非によらず)包丁を持った人間が刺しに来るという帰結をもたらす可能性があるっていう認識を持たなければなりません。
それを、晒し行為は悪いことではないんだよ、晒された人の行動がいけないんだとか言い始めたところで、実際に人間が包丁を持ってやってきたらそんな論理は役に立ちません。
そこんところから目を逸らしてはいけないということだと思います。
記事に問題がなかったとしてしまうのは臭いものに蓋をしてるだけですよね。あるいは、包丁を持った人間の存在を無視してまで晒し行為を正当化しなければいけないのでしょうか。
イオンでは神奈川県内限定で「神奈川のイオングループは横浜DeNAベイスターズを応援しています!」という
コマーシャル中にはしつこいくらい神奈川という言葉を散りばめているのだが、神奈川県民は基本的に「神奈川」という
地名に対する思い入れが浅く、むしろ「横浜」「川崎」「湘南」というより細かい地域にアイデンティティを見出す場合が
ほとんどだから、イオンのそれは、そういった地域性をろくすぽ知らないよそ者がマニュアルに沿って作った愛情の欠片も
無いキャッチフレーズであると、神奈川県民のおおよそが見抜いている。
そして恐らく、イオングループは全国のプロ野球チームのある都道府県でこれと同じものを、地域名とチーム名だけを変えて
流している事と思われる。
実に姑息で、意地汚い愚行である。こんな事をしてまで地域住民に媚びへつらおうとする姿勢に唾棄せざるを得ない。
しかし、さはさりながら、このような姑息で卑怯な宣伝手法を繰り出すイオングループが全国各地を席巻する勢いであるのもまた事実だ。
かつて、まだ時代が昭和から平成に変わった位の時代であれば、企業がプロ野球チームの応援をしたり優勝セールをしたりするというのは
一途に一球団に絞って展開したものである。イトーヨーカドーは巨人のセールをやるために巨人のスポンサーになって巨人が優勝した時だけ
どこどこのチームが優勝したらどこどこがセールをやるという情報は野球に興味のない主婦の間でも当たり前のように共有されていたから
優勝しても名古屋以外ではセールが行われない中日が優勝すると主婦からブーイングが飛び交っていたのも、記憶に新しい。
だからつまり、かつて当たり前のように持っていたこのような日本人の矜持というものは、もはや消失して、なんでもありのいい加減な
国民性に成り果てたと言っても過言ではない。
民主党政権下の菅直人首相が言い出しっぺとなったTPPの参加協議に、当時野党だった自民党は猛反発していた筈だったが、今では180度転換して
全力で推進する立場になっている。しかしそれを咎める声は、自民党支持者の間からすらも聞かれなくなった。
民主党政権下で小沢一郎が中国の習主席を天皇陛下と会見させようとした時には「皇族の政治利用だ!」と猛反発していた自民党も、その後
秋篠宮殿下を加計学園のイベントに出席させて、恥ずかしげもなく皇族の政治利用をしている。
そこまでしても支持率が安定しているからと図に乗った自民党が、国有資産を次々と身内にバラ撒いて私腹を肥やすようになったのは、当然の帰結とも言えよう。
それでもまだ、自民党政権の支持率は底堅いのだから、これはもはや、ズルいやつに寛容な国民性が醸成されつつあると言えるのではないだろうか。
日本代表が勝利した記事に付いているトップブコメが本気で気持ち悪くて朝から吐きそう。
勝ったことを素直に喜ぶなり、試合内容を振り返るなり、戦術について議論するなり、というのが本来のブコメだと思うんだけど、トップに並んでいるブコメは軒並み「これまで代表を叩いていた奴ざまぁw お前より俺の方が正しかっただろ」という内容のマウンティングブコメしかない。はてなーって何かを素直に喜んだことあるんだろうか。本当に気持ち悪い。
結局今問題になっているはてぶの歪みの話も、全てこの「話題自体よりも、それを棍棒にすることで相手を叩いてマウンティングできることに興味がある人が集まっているコミュニティ」という問題に帰結しているんだと思う。しかも自分が正義だと思っている分、他のコミュニティより相当タチが悪い。あの肥溜めにしか見えないヤフコメですら、もっと素直な人が多いように思う。はてなー全員不幸な死に方すればいいのに。
今回はとなりのヤングジャンプでも読める、シンマンGP2018のエントリー作品。
プロットに関していえば、今回のエントリー作品の中で最もしっかりしているかな。
テーマを意識して世界観や設定などセリフも練っているし、主人公と“人”で字体を変えるという細かい表現の気配りも良い。
個人的には、背景を丁寧に描写しすぎるとキャラ絵と浮くから批判的なんだけれども、本作の場合は主人公たちの構図を読者に意識させることが重要なので、まあ必要だよね。
気になるのは、リアリティがあって丁寧な説明があるかと思えば、明らかに変な描写なのに説明がない部分もあったりという杜撰さかな。
前半で出てくる猫の話を信じないオッサンの主張ですら理屈が(側面的には)ちゃんとしているのに、主人公は物語の構成上の都合でバカになってしまっているような。
主人公の言葉に翻訳が入ったり、登場人物たちによる説明や理屈が過剰になりすぎてフキダシが大きくなり、コマやページ全体が窮屈になってしまっているのも気になるなあ。
作者自身もそれを分かっているっぽくて、フキダシの配置などに注意を払っていると見受けられる箇所も多いから、どうしても削りたくなかったんだろうなあ。
うーん、すごく感想書きにくい。
まあプロット自体は分かりやすい対立構造を展開しつつ、主役二人の友情が育まれるなど、基本的なところは抑えている。
ただ、そのために使われる作中の要素一つ一つが、面白さにそこまで貢献していないって印象なんだよなあ。
大味な漫画には大味なりの魅力もあると思うけれども、そういう作品って多少のマイナスポイントが気にならなくなるような、圧倒的なプラスポイントがあってこそだと思うんだよね。
或いは、読者に良くも悪くも爪あとを残すようなポイントが欲しい。
主要人物が、私の中ではいずれも魅力的に映らなかったのが理由としては大きいんだろうけれども。
コマ割や構図による見せ方がややイマイチで、絵的に気持ちが盛り上がるような要素は薄い。
なんというか、ずっと同じ高度を走っているような感覚。
話の見せ方としては、すごく道が整備されすぎているというか、順繰りなのが気になるかなあ。
そのせいで、主人公が終盤で改心を決意するのは読者目線で見れば分かりきっているし、展開に意外性もないから全体的な印象としては記憶に残りにくい。
序盤の何気ない描写をちゃんと後半でも利用しているのは、少し感心したけれども。
粗探しばかり羅列してしまったけれども、総合的な評価としては、好みの差こそあれど纏まっていると思う。
まあ、フツーかな。
あ、でも、こういうときに使う“フツー”ってあまりいい意味じゃないか。
例えば、表現力。
登場人物たちの感情や、その状況に対する臨場感、説得力などは、説明的な絵やセリフだけでは薄味だよね。
その点で、本作はすごいフツー。
読んでいて「おっ」と思うような画がない。
テーマも陳腐というか、テーマに対しての話の描き方が陳腐というか。
主要人物たちの紡がれる絆も、話のオチとして帰結させるには描写が不足していると思う。
戦闘シーンは主人公の才能や実績を存分に活かしているのは良かったと思うけれども。
シンマンは連載権をかけた企画だけれども、その観点から見て評価する時どうかってのもあるよね。
今回の読み切り作品をそのまま連載にできるかって見方なら、『さばいさんインザブッシュ』や『超銀河系外道少女レオ』などのキャラが濃い系あたりは分かりやすいけれども、個人的にはあんまりハマらなかったなあ。
『ローローリップ』や『Guns and Valinta ガンズ アンド ヴ』の作家は、まあストーリーにもよるが良いもん描いてくれそうって気はする。
『アリスと不思議な国のうさぎ』は、テーマやプロットで爪あとを残してやろうって気概があるから、連載をとったら個性的なストーリーの漫画を描いてくれそうな期待感はある。
他は、まあ横並びかなあ。
別にどの作品が1位になるか予想するために感想書いているわけでもないし、特に推したいって作品もなかったから正直どれでもいいけれども。