はてなキーワード: 学会発表とは
昨日、自身の経験から残業禁止にしてもブラック企業は生まれるよという話を書いた。
予想以上に反響があり、また想像以上に私の意見が伝わりらない部分があったように思えたので、ブコメで出ていた意見や突っ込みに対して回答を書きたい。
これでもまだかつて私が在籍していた会社を他人事として笑っていられるだろうか?
Q1. 単に残業禁止にするだけなら弊害出るのわかってるでしょ?馬鹿なの?
A1. 今回の残業禁止令は外部から来た役員の発案でしたが、外部から来た役員というのは往々にして社内に基盤がない。
部外者が社内に居場所を作るには何かの実績を上げる必要がある。
そんな新役員の野心と、人件費削減という汚れ仕事をよそ者に押し付けたいという元からの経営層の思惑という利害の一致が
ちなみに新役員のイメージとしてはマクドナルドやベネッセの社長を歴任した原田氏を想像していただくと話が早い。
Q2. 業務効率化を優先的にしなかったのが悪いのでは?不要な会議をなくしたりしなかったの?
A2. かつて在籍していた会社の情報を書かなかったので、いろいろ想像をする余地ができてしまったのかもしれない。
ひょっとしたら『Excel方眼紙にFaxが現役です!』みたいなロートル企業を想像されたのかもしれないが、そうではなかったと明言しておく。
PC一つとっても、技術系の社員はフルHDのデュアルディスプレイが標準装備だったし、
会議だって外せないコアメンバー以外はSkypeで自席からの参加でよく、必要な部分だけ入ればよかった。
上司の決裁がいるときも、ハンコをもらって回るなんてことはなく、直属の上司と関係者をCCに入れたメールを送れば終わりだった。
Wikiベースの社内グループウェアも導入していたし、生産性については割と理解のある会社だったように思う。
不要な業務といえば、社員旅行や花見といった昭和の文化は遠く昔に廃止され、学会発表や業界紙への寄稿といった業務に関係あることも数年前に廃止済み。
これ以上どこに無駄が残っているというのだろうか?
Q3. 人増やせよ。教育削るなよ。
A3. 人を増やすのって一朝一夕でできることではない。特に技術系の仕事は一人前の戦力になるまで時間がかかる。
かつての弊社の場合、社員総数800人程度で、毎年平均して30人程度の新人を採用していたが、もし人員増を計画したとしても一気に100人採るなどということは不可能だっただろう。
採用コストもあるし、オフィスの空きスペースがないというのもある。一番大きいのは『教育リソース』の問題だ。
新人を指導するのは30代~40代の中堅、ベテランの仕事だったが、日常業務の主力である彼らの時間を『OJT』という名の教育でとられるのは短期的にみると戦力ダウンに直結するからだ。
ちなみに残業禁止後、新人教育が削られたのも、業務の主力たる彼らが事業に専念しないと仕事が回らないため。
で、そういう面から考慮した結果が採用人数30人という数字なわけで、これではどう頑張っても年4,50人に採用を増やすのが限界だろう。
現実的に考えると人員の適正化には5~10年くらいはかかるんじゃないだろうか。
また、人員に余裕を持つということは、不況時にリストラされる可能性が上がることも意味しているわけだが
これの件については皆さんどのようにお考えなのだろうか。私はリストラを食らうくらいなら平時は残業で労働力不足をカバーする方がましだと思うのだが。
私もブラック企業の文化には反対の立場だが、私の文章の表面的な部分を拾って一斉に弾劾する皆さんのコメントからは、ブラック企業の『匂い』を連想せずにはいられなかった。
正義の御旗のもとに盲目的に悪を弾劾するのもありだとは思うが、こういう世間の空気による同調圧力こそがブラック企業の長時間労働を正当化した原因だということを思い出していただけないだろうか?
それから、私がやっているメーカーの仕事だが、国内同業者との競争だけでなくてアジアの新興国との競争も激化しているというのは周知のとおり。
彼らのハングリー精神はすさまじいものがあり、昭和の日本を思わせるモーレツぶりを発揮している。
そんな状況において、国内一社が働き方を変えただけではどうにもならないと思うのだが、そういう場合でも一律に社会悪だというのだろうか?
どうも最近の議論は近視眼的すぎるように思う。狼男を撃つ銀の弾丸は存在しないのだ。理想論を語るのもいいがもう少し現実を踏まえて議論してはいかがだろうか。
院進学すればいい、院卒なら将来安泰、とは思わない方がいい。
明確に、こういう仕事がしたい、という意思がない限り院進学はおすすめしない。
大学院生になったところで、学部1年や2年の頃のように遊んではいられない。
年に一度は中間発表として研究成果を示さなければならないし、学会発表に出なければならない。
そして、今の就活システムではM1の夏から準備(インターンとか)が始まる。
また、明確な将来の目標がない人(どの業種に行きたいか決まらない人)は特に進学をおすすめしない。
大学院生は、一点特化した技能とそれをサポートする万遍ない知識が必要とされている。
一点特化だけでは駄目だ。
もし自分のやりたい業種が大卒レベルの技能でも良かった場合、なぜ大学院に行ったのかを考えなければならない。
大学院に行き、専門的知識を特化させ、その上で就きたい業種がある、という明確な目標のある人が大学院に行くべきである。
適当にしか人生を考えたことのない人間が、遊ぶ時間欲しさや就活から逃げるため、優良な大企業に就職するために院に行くべきではない。
それに、そのような院生に、追加で2年間の研究はつらいと思う。
大学3年生よ、今一度将来についてよく考えてほしい。
というより、人生を間違ったのかもしれない。つらい。もう限界。
教授からは過度な期待と課題を押し付けられ、同期や後輩の大半は使いものにならない。信頼できる同期もデスマーチを強いられていてあてにはできない。自分より上の学年はいない。八方塞がりだ。どうして自分達だけがこんなことになっているのか、と思う。突然体調不良や事故なんかが起こって、研究室に行けなくなったらいいのに、と常に考えてしまう。
頼れない方の同期はそもそも研究室に来ない。来たところで自分の研究しかしない。研究室としての活動や後輩指導などは、たぶん興味がないのだろう。肝心な時に研究室にいないから、必然的に雑務や指導がこちらに回ってくる。
後輩たちも就活とはいえ研究室にほぼまったく顔を出さないので、仕事の割り振りもできない。来ないことには教えることもできないし。
こうした状況からか、教授は頼れる相手に積極的に仕事を割り振るようになった。来ないことには仕方ないのは分かる。でも、自分達の負担も考えてほしい。
おまけに、頼れると判断した自分達には研究、学会発表などを積極的に勧める。経験を積んでさらに成長して欲しいのだろう、と思う。でもオーバーワークしている人にばかり学会発表などを勧めて、研究室に来ないような同期には信頼出来ないから割り振らない、ではますます忙しさに差が開くだけだ。学会も後輩指導も雑務もせず自分の研究と授業だけやっている同期を見ると、自分は何をしているのか分からなくなる。そんな同期に「俺だって忙しいんだから」と言われたが、怒る気力もなかった。
どうしてこんな状況になったのかを考えてみると、いくつか思い当たることはある。
キャパオーバーになるほど仕事を任されるようになったのは、「まじめで、やる気があって、言われたらはいと答える人間だったから」なのだろう。
はっきり言って教授からの信頼を勝ち取りすぎた気がする。もっと不真面目で、言われても嫌ですと断り、自分の気が楽なように生きたかった。何に対しても「はい、分かりました、頑張ります」などと言っていては自分の限界を超えて、心身共におかしくしてしまう。これくらい大丈夫だろう、彼ならやってくれる、安心して任せられる、などと相手は思うのだろう。サボる人間がいる環境だと真面目な人間ほど損をする。真面目な人間に生まれたくなかった。
思い返せば学部時代からそうだった。誰もやりたがらない研究室内の役職を志願し、中間発表やその他研究も自ら進んで行い、とりあえず期日には収めてきた。そうした結果から、後輩指導の際に「この役職は責任のある人に任せたいから」とリーダー職を任されたことがあった。もうその時点から自分の研究室奴隷生活は始まっていたようなものだ。
教授のことは嫌いではない。関係は良好だと思う。自分と同じようにオーバーワークしている同期とも、関係は悪くない。後輩とも仲はいい、はずだ。
けれども研究室として考えると、全く調和もなにもしていない。表向きには体裁を保っていても、内部は最悪だ。研究室運営は成り立っていないに等しい。
もう研究室にいたくない。そう思っても、吐き気や頭痛や目眩が起こって研究室に行けなくなる訳でもない。体が研究室に向かってしまう。そして任された仕事を、たとえ期日が無茶苦茶であって、間に合う可能性がなくても、とりあえずどうにかしようとするのだろう。
逃げても、教授や同期に何かを言っても、誰かに相談しても、助けを求めても、何も変わらないように思う自分がどこかにいる。この状況を抜け出す方法は目の前の仕事を片付けるしかないと心の何処かで思っている。それに、自分が常に逃げることのメリットよりもデメリットを考えていることも分かっている。人の目を見て生きていることに気付いたけれども、それはまだ治っていない。研究や学会発表ができなくて、教授に何を言われるのかが怖いと心の何処かで考えている。
だから、もう、駄目なんだと思っている。何をしたって無駄、逃げ出す勇気も死ぬ勇気もないから、限界だろうと研究室に行って終わりもしない仕事をするしかない。
まずお前が何をもって「ガセ」と言ってるのか不明。
こうやって曖昧に何が分かって何が不正確だったかを明かさずに「ガセ」と一蹴する行為は、元ネタを曖昧に伝えることと同じく、真偽不明の都市伝説へと繋がる。
お前はその投稿で自分がデマを流そうとしていることに気づいているのだろうか。
「少年がマヤ遺跡を発見!」のニュースについて、よくよく読めばまだ発見されたわけではないことが分かる。現地調査が行われていないからだ。
今は、少年がマヤ星座と都市の位置の関係について仮説をぶちあげ発表した段階。
マヤ遺跡の素人から見れば有力な仮説に思えるも、マヤ専門家から見ればまるで見込みがないという。
来年、学会発表をするというがそこでも同じように厳しく優しく責められて成長していくのだろう。
現地調査について、今回の仮説の大々的な報道により資金集めが上手くいき、実行されるのかもしれない。
先延ばし癖をなんとかすべく、先日から勇気をだして作業するようにしている。今日は来月の学会発表用スライドを作成開始してみた。今回のプロジェクト内容を口頭発表するのは初めてなので、当然スライドは白紙からスタートである。とは言え、これまで幾度となく口頭発表はしてきている。そこで過去に発表してきたスライドをテンプレートにして、完成度 5% 程度かとは思うがゼロ点から少しだけコマを進めることができた。
この時気づいたのは、白紙からちょっとだけ進めていく作業をしている間ずっと目をそむけたいような気持ちでいたことだ。この目をそむけたい感情が先延ばし現象のときには必ずあるような気がする。この感情は一体なんだろうか。
ヒャッハー!辞めてやる辞めてやる!大学院辞めてやる!!!なまじ修士の時良い成果が出て、研究職に就いてる人も多い分野だから、この研究室で我慢しようと思った!!!思ったが、もう限界!!!!!辞めてやるってばよ!!!!!!!!ドクター在学して数ヶ月、なーんもまだ研究成果出せてないけど知るかそんなもん!!!修論書けずに、後輩(自分)に嫌味を言い続ける先輩!!あと数年は研究しないと研究職には就けない(だからドクターに居続けろ)と言う放置系教授!!!就職について相談したら「研究職と公務員両方受けるの??いい?そんなに甘くないよ??二兎追うものは一兎をも…って言うでしょう??」と正論でぶん殴る同期!!!これまでの経緯を話したら「いままで、あんまり辛いことなかったのかな?」と言ったキャリアカウンセラー!!!!!みんなみんなありがとう!!!ヒャッハーーーーー!!!!研究室の先輩(一人でゼミの発表原稿、パワポ、レジュメを作れないので後輩たちが手伝わないといけない。しかも、ゼミの発表をドタキャンすることもある。学会発表、論文ともにゼロで長期留学もしていない修士4年のメンヘラ)のお世話はもう嫌だーーーーーーーーーーーーー!!!自分のペースで普通に2年で修論出しただけなのに、「修士の間にインターンしたり、就活もしたりして、正直焦りすぎだと思った」とか言ってくる同期ーーーーーーーー!バーーーーカーー!!!!!うちは裕福じゃないから修士の留年できねぇだけだよ!!!今回、第一志望の公務員試験には落ちちゃったけど、声かけてもらってるバイト先を続けながらまた来年も受けるよ!!!とりあえず大学院はもうやめる!研究職は諦める!公務員のほかの日程もあるし!!正直、年も取ってるし、色んな人に迷惑かけてるし、自分に甘いと、思うけど!!!思うけど!!!こんな人間関係くらいで中学生の時から憧れてた分野の研究を辞めるのはすごく辛かったけど!!!!!うん、本当に、なにやってんだろ!!!!!!!研究室行くたび、体調を崩して、毎日泣いて、甘えてる??甘えてるかもしんない!!人生舐めてるかもしんない!!!!でも、いいじゃん!!!!ヒャッハー!!!!人生、ベロベロに舐め倒して昇天させてやるから待ってろ!!!
「実習生の指導」「更に資格を取得したり上から指示されたとおりに学会発表したり」と言う辺り、
看護師とか医療従事者かな、と思ったけど、その辺の女性は高齢独身者も一定数いるからなあ。
そういう人も周りにいるけどスルーしてるのかもしれないけど。
「恋愛結婚」と言っても、実際は結婚したいと思ったから結婚相手として良さそうな人間を探して、お互い条件が合ったから結婚してるだけだよ。
6月になった。
私は今月、30歳の誕生日を迎える。
私が中学生や高校生の頃に思い描いていた30歳は、幸せな恋愛を経て結婚して愛する旦那様も子供もいて、子育てのためにパートや時短勤務で働いている、幸せな家庭を築いている、そんな30歳だった。
今の自分はどうだろう。
結婚はおろか、男性とはほぼお付き合いしたことがなくいまだに処女のままだ。
高校3年生の時に向こうから告白してきて2か月弱付き合った男性がいたが、何度伝えても私の大学受験の邪魔をしてくるので申し訳なかったがこちらから別れを告げた。
大学生の頃は通学に往復3~4時間かかり、必死に勉強とバイトをしていたらいつの間にか周りにカップルができていて、女子の間でも仲良しグループが出来ていて、気づいたときにはぼっちだった。
就職したての頃は職場の先輩方に合コンに誘ってもらって、そこからいい感じになって何度かデートもした男性もいたが、それ以上進展がなく連絡が途絶えた。
職場の後輩と何度か2人きりで食事に行ったが、彼にはいつの間にか恋人ができていた。
合コンに誘ってくれていた先輩方が結婚してからは、お誘いそのものがなくなった。
3~4年前から中学・高校・大学時代の同級生の結婚ラッシュが始まり、1~2年前からは出産ラッシュが始まった。
Facebookは結婚式の写真と赤ちゃんの写真ばかりになった。
職場でもまず同期が結婚して、先輩だけでなく後輩たちも続々と結婚していった。
同僚たちが結婚して職場の人を招いてお披露目パーティーをするたびに出勤する人数が足りない状況で毎回働いたり、同期や先輩が産休・育休に入ると本来その人たちがやる予定だった新人指導や実習生の指導といった本来の仕事以外のプラスアルファの仕事の大部分が私に回ってきて帰宅時間が日付が変わるころになってしまったりもした。
そうしてがむしゃらに働きつつ、更に資格を取得したり上から指示されたとおりに学会発表したりして、限られた休日には1人でコンサートに行ったり観劇に行ったりしていたら、いつの間にか30歳がすぐそこにきていた。
結婚はできるならしたいと思っている。
でも、お見合いしてみたら、と言われることもあるが、そうではなく、まず恋愛をしてみたいのだ。
今まで生きてきて一度も、好きな人に好かれたことがなく片思いは片思いのままで終わった。
周りは当たり前のように出会って恋に落ちてお付き合いして結婚しているが、そのあたりまえが私には全くできない。
まず出会えない。
私は友人が少ないが、その数少ない友人たちに誰か紹介してほしいとお願いをしても一度も紹介されたことがない。
出会えないものは始められないから、始まらないまま現在に至っている。
私はずっとこのまま一人なのだろうか、と考えるだけでぞっとする。
ただ誰かにそばにいてほしい、愛してほしい、と思う。
「良い発表」というなんともザックリした検索をおググ様に捧げたら,卒論修論や学会発表やポスター発表や,国際発表まで,わりと求めているところに近い話がザクザクと出てきた.
そういうのを色々読んでも「どのくらい砕けた言葉で話すか」は悩む.というか,色々な意見があるみたいだ.
バリカタ「既往の研究を整理した所,Bの条件下においてAはCである,という知見が得られました.」
カタ「既往の研究より,Bの条件下において,AはCだということがわかっています.」
ヤワ「今のところわかっているのは,AはBの時だとCだな~ってことです.」
同じことを言い直したつもりがニュアンスまで微妙に変わったけれど…,バリカタはさすがに言いづらいし,聞き手にわかりづらいっていうのもわかる.でも卒論発表で,ヤワみたいな話し方をしたら,なんていうか就活で舐めプしといて内定かっさらいまくるやつがいるように,デキるやつはデキるんだろうけど,個人的に浮く感じが度胸が足りなくて辛い.
博士課程 Advent Calendar 2014(http://www.adventar.org/calendars/548)のエントリーです。
1回目のテンプレ(http://anond.hatelabo.jp/20141201200815)をお借りしました。
大学での研究生活の後半 (学部4年の1年間 + 大学院修士の2年間 + 大学院博士の3+年間)。
ワンピースでたとえるなら新世界みたいな感じ。人によっては前半の研究生活を「楽園《パラダイス》」と呼ぶとか呼ばないとか。
人によってはキャリアパスのためという理由もあると思うけど、個人的には、研究が楽しい/研究を自由にやりたいから。
スラムダンクでたとえるなら「リサーチャーになっちまったのさ…」(まだなってないけど)
調子が良い時の例:
調子が悪い時の例:
調子が最悪の時の例:
学振DC1をもらってますので月20万(マイナス 税・学費など)をもらってます。
学費は、(大学によって学振受給者の使いが違うようですが)自分は半額免除もらいましたので年間26.8万円(2.2万/月くらい)払ってます。
徒歩20~30分くらいのところに5.9万のワンルームのアパート(都内23区)を借りて、気分転換と運動を兼ねて徒歩で通学してます。
今のところほぼ完全に自炊をしていて食費は月2万くらいです。
初年度は税金等がないのもあって、±ゼロ ~ +3万(黒字)くらいの家計でやりくりしています。
修士2年5月の時に、国内会議1本+国際会議1本+国内論文誌1本+学内賞 で学振DC1に応募して面接免除で採用になりました。
その後、いろいろあって研究室を変えることになり、採用内定後に指導教員の変更届を学振に提出しました。
博士に入ってからはまだどこにも行けていないのですが、修士1年の終わりくらいに海外の研究所で4か月ほどインターンをしました。
インターン先で研究してから、ますます研究が面白くなったり、博士にいってもやっていけそうという自信がつきました。
学部4年になった時から博士神学は考えていましたが、最終的に博士進学の決心が固まったのはインターンから帰ってきたとき(修士2年の始め)です。
また、インターンに行ったことで、研究に対しても、キャリアプランに対しても、自分なりに視野を大きく広げることができて、本当にいい経験になりました。
D1のとき(今年)インターンにいけなかったこと (後悔というより残念なこと)。
青色LED訴訟の「真実」 問われる相当対価「604億円」の根拠
http://techon.nikkeibp.co.jp/NEWS/nakamura/mono200406_1.html
http://www.nichia.co.jp/specification/about_nichia/ip/zuisou.pdf
ここ最近もやもやがたまってるので(もやもやしすぎて頭が働かなくてちゃんとした文章が構成できないけど)、はてダ使うの初めてではてな記法とか間違ってるかもだけど考えを整理するの兼ねてここで愚痴らせて
某大学の物理系にいるM2なんだけど、博士いくつもりで就活とかも全然してなかったのに今になって研究の行き詰まりがむっちゃ露呈してかなりやる気喪失してる
心当たりとしては
2. そもそも自分は実はそんなに研究をやりたいわけじゃなかった
あたりで、ネットでいろいろブログとか検索してるとやっぱりこういうので悩んでる人多いんだね
1のほう、d:id:next49:20081019:p2とかd:id:next49:20081207:p1とか「なにこれ自分じゃんやば…」ってなってしまった
大学院入るときに分野をわりとがらっと変えたせいもあるけど、研究に必要なレベルにまだ基礎知識があんまり追いついてないのに「研究」をやらされるのでリンク先にあるような叱られまくりの学生になってしまって辛い
このあたり2のほうとも絡んできて、その辺はd:id:next49:20090222:p2とかd:id:next49:20080205:p2がすごいしみる
自分が物理あんまりわかってないので、指導教員が「これこれこういう方針でいってみては?」って提案してくれて、ほうほうそういうものなのね、ってそういう方向でやってみて、で結果をみせたら「この報告からは君が何をやろうとしているのかわからない、これによって君は一体何を主張したいの?」みたいに言われるとえー急にそんなはしごを外されても…ってなって、でもやっぱりそれじゃ研究する立場としてはダメすぎるよね。
本当に自分で「自然な疑問」を持って問いを立てる、っていうのが全然できない
なんというか、理系の人の大半が例えば法学での甲という学説と乙という学説の対立なんか別にどっちでもいいよ、って感じてるのと同じくらいに物理のあれこれに対してえー別にどっちでもいいよ、って感じててあんまり「これを明らかにしたいんだ!」っていう目的意識を持つのが難しい感じ
いやそんなんじゃなんで大学院行ったんだよって話だけど、一つには周りの人に「君は学業が優秀だから」っておだてられたのといまやってる分野が将来的にもっと盛り上がりそうだったから、っていうのでそもそも「この研究がやりたい!」って動機じゃあんまりなかったのかも。前者に関しては「優秀な人間だって勘違いしちゃったじゃない!」のあのマンガまんまだしだいたい分野変えた時点で少なくとも学部の頃での評価なんてなんの役にもたたなかった、後者に関しては物理でそんなのあるんかいな、って思うかもしれないけど詳しく書くと身バレしそうだし割愛。
実際のところ院に入る前に「自分はこの分野に興味があるんだ!」って思ってたのは実は自己欺瞞(本当は別に研究するつもりもなかったけど、それじゃ大学院行く意味ないし適当な理由付けとして)だったのかも
とにかく、このブコメhttp://b.hatena.ne.jp/entry/d.hatena.ne.jp/next49/20080205/p2にあるような
「研究の対象にも研究すること自体に対しても興味がないから考えないのだと思う。どうでもいいと思うことについて人は頭を使わない。「正解」があるならもうそれでいいですって感じになるよな。」
っていうのはマジで心当たりありすぎる。ていうかそれをM2の今になって気づく脳タリンな自分に辟易するけど、それでもまだなんとか指導教員に自発的に「これこれこういうところが分かりません!」て質問できれば状況はマシだったのかも。
でもアスペルガーのサバイバル術でよくある「質問されたときは理由で返すな、そういう時に相手が聞きたいのは理由ではなく謝罪だ!」みたいなのを高校生くらいのときにふんふんそういうものか、覚えとかなきゃってやってたせいか上で書いたみたいな状況で指導教員に「これはどういうことなの?」って聞かれてもむっちゃ身構えちゃうしそこであなたがそう考えた理由を教えて、って言われてもえーそういうこと今まで求められてなかったよー、ってやっぱりはしごを外された感しかない。最近はこういう質問なげられたときにしどろもどろになってろくな返事もできない自分にたいして指導教員もかなり呆れ顔になってるな、ってわかってしまうので精神的にけっこうきつい。
上のブコメのリンク先とその追記先を読んで思ったのは、例えば就職面接のコピペで知られる「1+1は何ですか?」っていう質問にたいして大学教員のほうとしては「私は1+1=2だと考えます。それには3つ理由があります。1つ目は…以上の理由により、1+1は2とかんがえるのが妥当だと私は主張します」って学生が答えるのを期待してるのかもしれないけど、自分が今まで生きてきて当たり前に求めらてた解答は「(1+1が何であることがこの人の期待してることだろう…)→(その答えを察して返事する)」だったし、ていうか研究室の一歩外にでれば今でも普通にそう振る舞うべき場面ばっかりじゃん。「気立てがいい」って要するにそういうことじゃん。
ほんとなんかもう、ただただ自分が研究に向いてないってことが改めてわかったというだけの1年半だったし修士すら終わらせられる気がしない(修了要件に学会発表を1回はしなきゃ、みたいなのがあるけどできる気がしない、未だにぜんぜん結果がでてない)、でも退路も立たれてどうしようもなくて大学いく電車の中ですら辛くて泣き出す始末、いままで期待していろいろサポートしてくれた家族にも申し訳なくて大学院無理そうですって言えないし、いまはすごく明日の月曜が来るのが嫌すぎてつらい
かといってここで逃げたら「自分で選んだ道すらまっとうできない」ダメ人間の烙印はずっとついて回るし、親や教師の言うことがよく聞けるだけの聞き分けのいい子が大人たちの考える「正しい答え」をひたすら暗唱し続けた結果がこれだと思うと情けないと思う反面、しょせんは自分の頭で主体的に考えられない人間の末路にはお似合いだねっていう感じもするしもう一生誰かの言いなりになって言う事を聞くだけで生きていければな、っていう希望しかない
笹井氏のニュース http://mainichi.jp/select/news/20140806k0000m040143000c.html 見ててさ、
複数の関係者によると、笹井氏は約2カ月前から研究室メンバーの就職先を探し、「研究室を閉めるから行き先を探すように」とも指示した。実績があれば他の研究室に移りやすいため、それまでの研究を論文にまとめさせたり、学会発表の準備をさせたりしたという。
このメンバーの就職先を探したって部分に本気でびっくりしちゃったんだけど、普通は研究室のボスってこういうのやってくれるもんなの?
少し前から私もついに就活生になってしまい、就活をしているのですが、3社ほど落とされました。ちなみにそれ以外で1社内定は出ていますが、半分コネみたいなものです。
「3社なんかじゃまだ文句を言うには早い」と就活の諸先輩方には怒られそうですが(苦笑い)、私としてはなぜ3社も行って3社とも落とされるのかよくわかりません。自慢になってしまいますが大学の中では「キミならすぐに(就職先)決まるよ」とか、「(大学事務の)○○よりお前のほうが十倍くらい使えるのに」とか、「ウチの講義のティーチング・アシスタントやってくれないかなあ」とか、はたまた「お前とは将来的にウチの先生になってもらって一緒にやっていけるといいんだけど」なんて言われていたのですが。学部の頃から成績もいいですし、僕は途中から研究内容を替えたけど、一生懸命勉強して、タラタラ研究してる奴らはすぐに追い抜いたし、研究では小さなチームの統率も任命されて、仲間と協力しあって意欲的に研究を進めていて、最近英語で論文投稿したし、筆頭著者だけでも今年度だけで4回は学会発表を予定していて、攻めまくっている。
だいたい3,40分の面接で一体俺の何がわかるというのか。同じ会社で選考が進むたびに何度も同じ志望動機を言わせるのとか、アホらしい。会社もたかだか1時間前後の会社説明会しかやらないにもかかわらず、「キミの志望動機は甘い」とか言うのはお互い様だと言わざるをえない。チェックポイントは会社の給料、規模、将来性、勤務地、給料、福利厚生、ブラックかそうじゃないか、せいぜいこの程度だし、それなりにこれらの条件を満たす会社というのはそこそこ存在する。そこで正直なところを言えば、どの会社も志望動機は大して変わらない、と多くの就活生は思っているに違いない。正直者よりも、面接の場だけ取り繕ってキレイ事を言うアホな学生を企業はよしとして採用するのか。アホか。
就活すると全員リクルートスーツなのも日本の閉塞感を感じさせる。つまりこういうことだろう。「他人と同じことをして、決して目立ってはならない」。目立ったら、異質扱いでサークルから弾き出される。こういったネガティブゲームで就活、いや今の日本の多くの社会は成り立っているのではないか。だから社会に対する小さな抵抗として、僕は淡い紺色のストライプスーツで就活をしている。ちなみに、欧米では黒のスーツは葬式かパーティーの時しか着ないらしい。
一理ある。何故コピペD論が有り得るのか甚だ疑問。修論・博論は何度もボス(教授)なりメンター(助教とか)に修正されまくって、最初に自分で書いた原型は留めない、というのはある意味研究者に共通のネタでもある。程度の違いはあるにせよ。
仮に論文本体内でのコピペや嘘っぱちリファレンスリストを許容したとする。しかしデータの使い回しは有り得ない。例えばPCR画像使い回しなんて完全に黒。余談だが、修論提出締切に間に合わなくて先輩のリファレンスリストをコピペして審査員に提出する"裏技"というのは聞いたことがある。しかし当然減点対象になりうるし正本では直すのが普通。
三年前のデータと?そんなん有り得るか。理論科学と違って実験の面倒なことは再現性をとるためとか綺麗なデータをとるために何度も同じ実験を繰り返さなきゃいけないこと。投稿論文への掲載に値するデータを取るのにいくつもパイロット実験があったりする。で、そうゆう膨大な下積みデータってフォルダやファイル名に日付を入れて管理する。細かな作法は人それぞれだけど、日付の他に、実験の名前とか、株の名前、対象遺伝子・タンパクの名前もデータ管理に使う情報。どうやって数年前のデータと取り違えるのか理解し難い。
http://anond.hatelabo.jp/20140317015734
わからんでもないが。実験詰め込み過ぎてノート書くの一週間放置とかデータ整理二週間さぼるとか。でも最低限どの条件で実験したとかはメモ書きしておく(そうじゃなきゃ後で困るのは自分)。しかしそれ以前に、自分のデータ、しかもうまくいったデータって覚えてないもんか?というのが本質的に疑問。まして顕微鏡写真なんか、DNAの泳動写真に比べたら憶えやすいのは。視野内の細胞の配置とかで。顕微鏡に関しては確かに膨大な数の写真を撮るけれど、「これ!」というデータはそのあと研究室内での発表とか学会発表で繰り返し見ることになるから、自分どころか教授が憶えてたりするぐらい。
コピペや泳動写真の切り貼りがいけないことだとは知らなかった、は理研ユニットリーダーとしては有り得ない発言だと思うが、これまでの研究教育環境が悪かったことも否めなくはない。しかし既に書いた通り一つのデータを「異なる実験」と言って使い回すのは単なる嘘偽り。研究教育以前の人としての問題。二月中旬だか下旬頃に「いま必至に追試・再現性の確認を行っている」と発表されていた気がするが、そもそもきちんと実験されていないもの・存在しないかもしれない現象に再現性もくそもあるかい。いったい真実は何なんだ、おぼちゃんよ。
続きその2。ちょっと日が空いちゃったけど。
ま、マイペースに書いていこう。
よく後輩に聞かれるのは、「この時期は何をしたらいいのか」と「どうやって企業を探したか」あたりだろうか。
僕がこの時期にしていたのはTOEICとかSPIの勉強ぐらいか。
まずTOEICに関してだけど、あれの点数が有用になるのは800以上になってからだと思う。
「700以下:書かないのと同じ 700~800:まあまあ 800以上:少し加点」だろうか。
書かないことで減点されることなんて殆ど無いだろうし、他に魅力があれば雇われる。
同期の内定者に、院で400前半なんて人もいたぐらいだし。
そして、TOEICで加点されるには相当な点数が必要だと思う。
上に800以上と書いたけれど、860以上でようやく意味がある、ぐらいかもしれない。
そんなわけで、TOEICはこの時期はあまり役に立たない気がする。
もちろん、会社によってはペーパーの英語試験を課したりするから、英語の勉強が無意味とは言わないけれど。
SPI等の勉強は、問題形式を知っておく程度にはやった方がいいかもしれない。
参考書は、わざわざ買わなくても大学の就職課などで貸してくれることがあるのでそれで十分。
苦手な範囲があった場合は、あとからネット上の問題でも解けばいい。
やっておいたほうがいいことがあるとすれば、前回のでも触れた「他者より優れている点」をしっかりとみつけることだろう。
自分がそう思っているだけではなく、他の人を(企業の採用担当者を)納得させられるようなものが必要になる。
自己PRにバイトやサークルをあげる人はよくいるが、企業側から見てみればバイトやサークルを頑張った学生なんていくらでもいると言うか、ほぼ全員がそういうアピールをしてくるわけだし。
そこを自己アピールで話したいのなら、他よりも抜きん出た何かが必要になるだろうし、それが無理なら他の方向から攻めるべき。
というか、攻める業界や職種を決めるために、「他者より優れている点」を探すのだけれど。
自己分析ってことになるのかなこれ。
どうやって企業を探したかについては、これは他の人に聞くのが一番いいと思う。
就活を既に終えている同期や前年度に経験している先輩、院だったり浪人してたりすれば学部や高校時代の同期など、近い世代の人に色々聞いてみた。
専門が一致しなくとも、大手は手広く手掛けていることが多いから自分の専門にあう部門もあることが多いし、気にかけてなかった業界を知るきっかけにもなるし。
そういえば、よくある話なのかは分からないけど、一番最初に受けた企業は、間違ってアルバイト用みたいな簡単な履歴書で提出したのに部長面接まで進んだってのがあります。
調べてみたところ、学会発表などの実績についてはどちらも同程度のようです。
学会発表に毎回出ている方を選んだほうがいいんじゃね?
自己分析してたら、タイトルの考えが頭から離れなくなってしまった。
指導教官は尊敬しているし好きだ、この人の下でもっと学びたくて修士に進んだ。
でもM1になってから急にやることが難しくなって、B4と違って講義もあるし、アタフタしてたら就活始まるし。
ただでさえてんやわんやなのに、他大学の教授との共同研究が始まって、研究室の学生のうち関係しそうな専攻テーマなのが私だけで、
気付いたらB4の頃とは全然違う方向に研究が進んでて、ついていけない。
実際には「ついていけない」なんて言えない、研究者面してたいから。
研究ガリガリやって学会にもバンバン参加してドヤ顔したいから。
ただの出たがりの見栄王。
理解してない事を隠すのは無理があって、結果、論文が書けない。
内容が陳腐だ、何も伝わってこないと言われる。
自分で望んでついて行ってる指導教官でなく、共同研究の教授に言われるからなおさら傷つく。共著者怖い。
時間のない中添削して頂いているのだから、ありがたく頂戴して泣きながら論文を修正して、またチェック沢山頂いて、徹夜で修正して。
なんとか査読通ったけど、カメラレディ提出前もフルボッコされて、今は発表スライドをフルボッコされてる。
この分野に明るくない人でも何となくわかった気になれる、そういう発表にしたかったんだけど、それじゃ共著者はお気に召さないらしい。
多分この共著者と私は、もともと人間としての反りが合わないんだろう。
「反りが合わない」と思ってるから余計こじれるのもわかってるけど、どうしたって怖い。打ち合わせの日が憂鬱。行きたくない。
きっと頭悪いと思われてるんだろうな。
共著者へのただの愚痴になってしまったけど、厳しい添削も素直に受け取れないようじゃ研究者としてやってけないと思う。
学会発表へのモチベーションが下がって、それに伴って研究へのモチベーションも下がって。
こんなことでモチベ下げるぐらいだから、きっとそこまで研究好きな人間ではなかったんだ、私は。
そう考えたら就活も不安になってきた。今の希望職種って本当に私に合ってるのか?思い込んでるだけじゃないのか?
もうなんか色々めんどくさい。やりたくないのにやらなきゃいけない事ばかりだ。
それでもタスクをこなすのが社会人なんだろう。投げ出してしまったら私は研究者にも社会人にもなれない気がする。
だから早くスライド修正しなきゃいけないんだけど、「しなきゃいけない」と思うと息が詰まる。
研究からしばらく離れて、就活に専念したほうが精神的にもいいんだろうけど、何故か次の学会の予定も入れてしまった。