はてなキーワード: マイナスイメージとは
「顔が酷いせいで何をするにも自信が持てない」っていう状態っての、実際あるよ。一種の醜形恐怖。何をやっても「でもお前ブサイクじゃん」っていう呪いが解けない状態。「顔以外に自信がある」とは正反対だよ。
全力で自分語りするぞ。
30歳、博士号持ち、年収も同年代に比べてかなり多い。性格は全く怒らない、悪口を言わないなど、「マイナスイメージなことをしない」ことには長けてる。今からは全力の自虐が入るが、普段は全くしない。
顔は阿部慎之助のパーツをザキヤマくらいの輪郭に貼り付けた感じ。腰から上は190cmの人の平均、腰から下は165cmの人の平均の長さ(スーツ屋、自転車屋で同じこと言われてる)。
モテるモテないの域まで行けません。顔とスタイルが人間離れしてるからな。自慢だが、異性の友達は多い。おうちにお邪魔して料理振る舞ったことはある。でも手を繋いだことすらない。酔いつぶれた娘を背負ったことはある。でも二人っきりでデートしたことはない。ありとあらゆるデートっぽいものの打診は、ものすごーく優しくお断りされる。複数人ならいいっぽいんだけどね。
優しくお断りされたあと、笑いものにされてたのも確認した。中学のとき、私がポルノグラフティが好きだっただけで「増田がポルノ好きとかまじでやめて」って言われたことを思い出した。私の好きは呪いでしかないんだ。
顔、スタイル、その他努力で変えにくい要素のせいでモテとは無縁、そういうこともある。顔、スタイルのせいで何やってもモテない、何をするにも自信がない、残酷だな。
博士号持ってても「でもお前不細工じゃん」、ベンチプレス100kg上がっても「でもお前奇形じゃん」、霞ヶ浦を3.5時間で1周しても「でもお前じゃん」、どんだけ自分を肯定できる要素があっても、他人に、そして多くは自分に殺され続けるんだよ。
どうか耐えてくれ。私も耐えて耐えて、絶対に「顔以外にどんだけ自信あるのwww」みたいなこと平気で言える奴より幸せに生きてやるから。絶対に幸せに生きてやる。
ブコメで言われてやらかしに気付きました。AnonymousDiaryなのに記名してしまい申し訳ありません。絶対に幸せに生きます。
追々記
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/togetter.com/li/1466883
のブコメとか読んでて思ったんだけど、成長せずに待遇良くなるならそれはコストを掛けずリターンが大きくなっているわけなのでビジネスとして正しいのでは?
そもそも成長と成果は違うし、給与や待遇は成果で測られるものでしょう。
「待遇を上げるため(の成果を出すため)に成長する」は成り立つけど、「成長しないと待遇がよくならない」は成り立たないと思うよ。(その要求が通るかは別として)
むしろ後者みたいなのを経営層とかマネジメント層が吹聴しているから、「成長」って言葉がしんどいマイナスイメージついてるんじゃないかなあ。
そういう組織は「成長」しないんじゃないの。
生きていたいわけでも今すぐ死にたいわけでもない。ホリー・ゴライトリーもそんな風に歌っていなかったっけ。
人生が緩慢に詰んでいく。それを感じながら生きている。ずっと待っているけれど、なかなか詰みきらない。
どう考えても今の仕事に自分が向いているとは思えない、といって他の何なら満足にこなせるのか、そうなれるように努力できるのかなんて想像もつかない(ただ生きているだけでもうクタクタで、そんな想像をする気にもならない。だから駄目なんだろう)。
仕事に限ったことではなくて、家族の構成員だとか社会の一員だとか、とにかく何についても満足に役割を果たせる気がしない。
職がどうとかの問題ではなく、そもそも生きること自体への適性が低いのだと思う。こういう非常にざっくりした悲観的な思い込みに陥ってしまうのは、たぶん自分が何についても真剣に向き合っていないからなんだろう。
とにかくただ生きているだけで毎日クタクタで、生理的なレベルで縛られていることやどうしても頭から離れないこと以外に心のコストを割くことができない。
きっと、他人に対する自分はおそろしく共感性を欠いた身勝手な存在で、関わらなければならないような関係の他人からすれば迷惑極まりないだろう。自分が色々なことに希望を見出だせないからといって、他人までぞんざいに扱うことが許されるわけはないのだ。自覚があれば許されるものでもない。弁解のしようもない。
別に自殺がしたいわけじゃない。自殺に失敗した場合は今以上に生きるのが苦しくなる可能性が高いし、自分の家族や元家族や職場に社会的なマイナスイメージが付与されてしまうのは気の毒だし(言いたい奴には言わせておけばいいじゃないか、とはさすがに言いたくない)。
そういう生ぬるい気持ちを吹っ飛ばすような原動力……例えば何かへの抗議や攻撃のために遺書を残して特別な場所で首を括るとか自分を燃やすとか、誰かの死に殉じるとか、そういう積極的に自殺というアクションを起こすための動機もない。
想像力が貧困な自分の思い描ける死後の世界のイメージは、やり残した仕事だとか遺品だとか自分の人生の後始末に迷惑させられている人々の顔ばかり。そんなことが気になるということは、要するに現世にまだまだ未練があるということなんだろう。本当に自殺を遂げる人は、きっと他人や死後の現世の諸々なんて飛び越えてしまうのだと思う。そういう意味では、積極的に死ぬことにも自分は適性が低いんだろう。
自分の想像できる範囲の世界が全ておしまいになってしまえば死後の憂いもなくなる? 妄想の中のこととは言え、他人を巻き込むのは気が進まない。無気力に生き続けることで間接的にたくさんの他人を害しているだろうに何を今更、とは思うけど。
生きていることの主観的な苦しさが飽和点に達すると、泡がはじけるようにこの世から消滅できればいいのにね。そんなことをよく考える。自分が消滅した後は自動的に他の泡がそれぞれ僅かに膨らんで、何事もなく世の中が回っていけばいいのにね。
自分の主観的な苦しさがなくなって、自分が存在することで他人に与えている迷惑もなくなって、自分がいなくなることで誰かを困らせるということもなく、そういう都合の良いことにならないかな……ならないだろうな。
やはり今の状況と自分自身をどうにか良い方向性に持っていくための前向きな努力をするべきなんだろう。他にできることというと、自分の意識のほうをどうにかするくらいなんじゃないだろうか。
生きていることの苦しさだとか自己嫌悪だとか、全て意識の表層に上がってこないように感覚を麻痺させて、死んだように生きる。自分(もしかすると他人も)の肉体を傷付けてしまいたくならないように、精神を部分的に殺して自意識のスイッチを擬似的にオフにして、余生をどうにかやり過ごす。
いずれにしても、いつかはおしまいになることなのだ。森茉莉も書いていた。どんな苦しい病気も死ぬことで終わる。
そうして怠惰な自分は、かれこれ15年くらいを半ば死んだようにして生きている。死ぬ理由はまだ見つからず、現世への未練は絶ちきれず、自分を変えることもできないままで。
残りの人生は数秒なのか数十年なのか。こんな風にゾンビみたいに無為に生を浪費していることを自分が本気で後悔する日はやがて来るのかもしれないし、来ないのかもしれない。
これで良いんだろうか、これで良かったんだろうか。昨日死んでおけばこんな今日を過ごすことはなかったし、今日死ねば明日は来ないだろうにね。
答えはまだ、出せないまま。
転職のことについて
新卒で入った会社を3~4年で辞めてこれから2社目になるところの人間です
どうも両親は転職に結構なマイナスイメージがあるらしく、30歳過ぎたら転職できるところなんて無いとか、給料下がるだけだとか言ってた
業界にもよるだろうけど、自分としては給料を上げるためだったり、より良い職場環境を目指して転職するのは別に珍しくないつもりだった
倒産だったり自分でコントロールできない要因で転職することもあるだろうし、労働法違反みたいなことをしているブラック企業だったらすぐに離れた方がいいと思ってる
この歳まで育ててくれた恩とかはあるけど、ここまで価値観が違う人とは正直あんまり関わりたくないなと思ってしまった
結婚して一人前みたいな考えが両親のうち片方はあるようなので (本人がそういう生き方をしてきたのもあってポジショントークの意味もあるんだろうけど) 話をして精神的に疲れた
転職するより勤め続けて過労死するほうが喜びそうだなとか極端な考えが浮かぶしネガティブな気持ちをどうにかしたい
関わる時間を減らしていくのが一番いいのかなぁ
あだ名で呼び合うという行為には、互いに親しみが湧いたり、距離が近くなったりといった効果があると思う。
私の近くに、内輪であだ名を付けられている人がいた。全員が呼んでるわけではない。私も呼んでいない。ほんとうに仲の良い人たちだけ。
あだ名は、あるキャラクターの名前だった。例えば、「のび太」だとする。
のび太にはマイナスイメージがあるので、このあだ名を嫌がる人もだろう。
今回の件、本人たちの中では「のび太」というあだ名は浸透していたらように見え、私が見る限り嫌がっている素振りを感じたことはなかった。
しかしある日、のび太をあだ名で呼んでいない、無関係のお局みたいな人が「そのあだ名ってどうなの?やめない」と差し止めを求めた。
一人の正義が勝った瞬間だった。
勇み足だったのか、人助けをしたのか、本当のところはわからない。
その中に出てくる「ブー太郎」はどうだろう。
ブー太郎というあだ名をつけられたら、いい気分がしない人もいるだろう。
でもあの番組を見る限りは、ブー太郎本人も納得しているようだし、彼らの関係の中で成立している。
クレームがどれだけあるかはわからないが、現在のところ視聴者はその事実を受け入れ、放送は続いている。
なんでわざわざマイナスイメージつけるの?
昨今騒がれている東大の特定の件については、まあ起きてしまったものは何とか事後処理するしかない。
寄付講座が寄付の停止で維持できなくなったとしても、そこの教職員をはたして解雇できるのだろうか。
もしメンバーが複数がいたとして、他の落ち度のないメンバーを解雇することは許されないのではないか。
どちらにしても相当マイナスイメージを持たれるだろう。他組織はそのような事態は避けていきたい。
では、大学や会社がこのような事案を出してしまわないようにするには、どうすればいいのだろう。
日常の会話で「男は」「女は」というのをはじめとして、厳密には差別になるような発言はどこにでもある。
法律自体には何の禁止も罰則もなく、「〜に努める」ばかりなので、違反があったからといってどうこうできない。
この「努め」を果たさなかったからといって、懲戒が妥当とは思えない。
そもそも「ヘイトスピーチ」の定義が非常に狭いので、外国人差別くらいしか該当しない。
これしかないの?
上条春菜と眼鏡は切っても切り離せない存在である。彼女はかつて視力が下がったとき、眼鏡をかけることで世界は明るくクリアなものだと再認識する体験をした。眼鏡に救われた彼女は、眼鏡が持つマイナスイメージを変えるためアイドル事務所の門を叩き、アイドル活動を始めた。現在の彼女の野望は、視力など関係なく誰もが眼鏡をかける社会である。実際に彼女は至るところで眼鏡をプレゼンテーションしているし、それは時に普段はコンタクトをしているアイドルにも及んでいる。
でもちょっと待ってほしい。それって、目的のための手段として正しいのだろうか。
「眼鏡のマイナスイメージを払拭する」ことだけが完全に達成されたとしたなら、訪れる結果は「誰もが眼鏡をかけてもいいし、かけなくてもいい」(眼鏡フリーと呼ぶことにする)社会である。つまり、彼女の望みは「眼鏡のマイナスイメージを払拭する」を通り越し「眼鏡は素晴らしいものだと広める」に及んでしまっている。それは眼鏡は野暮ったい、ダサい(裸眼主義)、という価値観を、眼鏡は素晴らしい(眼鏡主義)、という価値観で上書きする、ということだ。
だが、眼鏡主義と裸眼主義は、ひとつの価値観を強要しているという点で同じである。上条春菜は現状に眼鏡フリーをもたらすつもりで、眼鏡主義を持ち込もうとしてしまっているのだ。もはや「眼鏡はイケてない」と言う人と何も変わらない。
彼女はまだ18歳である。自分の行動の意味に気づかないまま突き進むのは仕方のないことだし、その一途さは彼女の強みでもあるから、それは上条春菜の落ち度ではない。だが、どんな個性でも許容されるシンデレラガールズという世界で、彼女が抱える問題を指摘してくれる人はいない。
かくして上条春菜はひたすらに眼鏡を広めようとする存在になってしまった。それは上条春菜というキャラクターの舵をこの方向に切ってしまった運営の責任である。
だがまだ間に合う。彼女自身が気づいて、方向転換すればいい。掛けたい人は掛ける、掛けない人は掛けない。気分に合わせて、時には別の手段を使い分ける。眼鏡至上主義とは違う、真の眼鏡フリーを目指すのだ。その中には四六時中眼鏡を掛けるという選択肢だってあるのだから、彼女のアイデンティティが無くなることもない。
彼女にとって大きな転換点になるはずだ。上条春菜の次の一手として、どうですか運営さん。
まぁでも、上条春菜というキャラクター自体が眼鏡主義の象徴みたいな面を持ってしまっているから、今更は無理なのかな。上条春菜が「眼鏡を掛けなくてもいいんです」って言っただけで解釈違いで映画のヒトラーばりに怒り狂いそうな人、いるしな。
ポエムともお気持ち表明とも言えない吐き捨て。ツイッターで呟くとTLの空気を悪くするし、掲示板に書くには長すぎるので、ここに吐き出す。本当に無駄に長い。
私がアイドルマスターシンデレラガールズを知ったのは、ちょうど第二回総選挙の発表直後くらいだ。今確認したら2013年5月とか出てきた。時の流れの速さを感じる、こわい。約6年半前に些細なきっかけで担当アイドルに出会ってから、私はシンデレラガールズが大好きだった。アイドルたちのきらびやかなイラスト、読んでいてストレスを感じないテキスト、可愛らしい楽曲たち。1stライブのライビュに参加してからは、年一のライブが人生の楽しみの一つになった。今も担当アイドルたちのことは大好きだし、デレマスというコンテンツのアンチになったわけでもない。ではなぜPを辞めるのかと言えば、理由は大まかに3つある。
まず最初のきっかけは、シンデレラガールズのメインがモバゲー版からスターライトステージになってしまったことだった。
デレステは正直すごいゲームだと思うし、私も最初の数ヶ月は楽しくプレイしていた。だが、イベントをプレイしたりアイドルのコミュを読むたびに、テキストに対して違和感やひっかかりを覚えることが多くなっていった。私幸い担当に致命的な解釈違いを感じることはなかったが、どこかテンプレに寄せられたような違和感を常に感じた。
あとこのゲーム、モバマスに比べて単純に疲れる。これはあくまで私の場合であって、時代遅れのポチポチゲーであるモバマスの方が辛いという人が大多数であるのは分かっている。でも私はモバマスの方が好きだった。だからこそシンデレラといえばデレステ!という空気はつらかった。
それでも、しばらくはモバマスメイン時々ステという形で楽しんでいた。恐らく決定打だったのは、私以外にも多くの引退者を出したであろう声付き新アイドルの追加だった。
一応断っておくと、私の担当アイドルたちは全員声が付いている。それでも、あの四人の追加はショックだった。
それでも最初は知れば好きになれるかもしれないとは思っていた。しかし、自分でもびっくりするほど彼女たちを知ろうという気が起きなかった。
別に嫌いなわけではない。実際、モバマスでライバルユニットとして彼女たちが登場した時も何も思わなかった。本当に興味がわかないのだ。好きの反対は無関心とはよく言ったものである。
あかりとあきらとりあむの三人は、変な言い方だが普通に好きだった。しかし、ちとちよはーなーの四人は知ろうとする気が起きなかった。運営の寵愛というマイナスイメージを自分の中で払拭しようとする気が起きないまま、無関心を貫いてしまった。
デレステのSSR枚数や曲数の格差、Pとアイドルではなくアイドル同士の関係がメインという方向性、モバマスのデレステSSR逆輸入といった些細な不満が積み重なり、少しずつ熱を冷ましていたのだと思う。
今までは周年ライブはLVではあるが、可能な限りは行っていた。しかし、7thは行く気がまったく起きなかった。正直最近はCDも買っていないので曲もほとんどわからない。新アイドルに至っては声すら曖昧。そんな状態で行ったところで、盛り上がれるかどうかもわからないから行かなかった。おそらく私は、もうシンデレラガールズの担当以外の要素が好きではないのだと思う。
まず、ここ数年の某まとめサイトにコメント欄のひどさにドン引きした。元々民度が良いサイトではなかったが、第六回総選挙くらい(ひょっとしたらもっと前からかもしれないが)くらいから、目に見えて酷くなっていった。声なしの子のSSRが来たら「不人気」「売上ガー」とわめく。選挙の時期は圏外になったアイドルを煽る。ついでに上位も煽る。新しいCVが発表されたらまた荒れる。あと最近のSSR衣装のデザインへの文句に対しての「フェミさん」「まんさん」とか言うあの煽り(蔑称?)、自分が女だからというのもあるが、純粋に気持ち悪い。嫌なら見るなということで最近は見ていないが、はっきり言って異常だと思った。
次に、デレマスや中の人への批判を絶対に許さない空気に引いた。元々そういう空気はあったとは思うが、決定打だったのはこずえちゃんに声が付いた時のことだった。思い出エピソード前半の彼女の演技は、はっきり言ってひどかったと思う。合う合わない以前にプロの声優として許される演技ではない、というのが個人的な意見だった。しかしその日ツイッターで一番多く流れてきたのは、「ほかのアイドルも初期とは演技が変わっているから見守ろう」という意見だった。それはまだいい。むしろ過度に荒れないのはよいことだと思う。だが、不満をもらした人に対して「嫌ならやめろ」というのはどうなのか。掲示板などで愚痴を吐いた人に対してそれを咎めるようなレスを送る人がいた。ツイッターで直リプではないにせよ、そういった愚痴に対して苦言を呈するような人もいた。もちろん声優さん本人を攻撃するのはよくないことだが、長い期間待って頑張って総選挙を勝ち抜いて、その末にようやく付いた声がはっきり言って下手だったのなら、愚痴の一つや二つ吐きたくなるのも仕方が無いだろう。それなのに、それすら許されない空気なのは正直担当Pがかわいそうだった。最近も7thライブについて賛否両論があったようだが、「嫌ならやめろ」という言葉を振りかざして批判を押しつぶす様にはうんざりした。
最後に、夢見りあむに対する界隈の空気に心底腹が立った。夢見りあむを面白がって持ち上げて神輿にしておきながら、選挙が終わった途端に次回は圏外かなwwなどと草を生やすオタクどもに腹が立った。りあむのソロが決まったことに対し、もっと先にソロをもらうべきアイドルがいるなどと言って炎上させようとするPに腹が立った。私は最初りあむに大してはすごいキャラが来たな、くらいにしか思っていなかったが、りあむという1人の女の子を完全におもちゃとしてしか見ていない空気に怒りを覚え、りあむのファンになった。アイドルdisや中の人disは許さないなどと綺麗事を吐きながら、りあむをおもちゃにして指を指して笑っているプロデューサーたちに吐き気がした。
これは100%自分の都合だから書くべきかは迷ったが、なんだかんだで一番大きい理由だと思うので一応書いておく。私は6年半前、まだ20代前半のフリーターだった。体力も時間もあったので、ソシャゲを4~6個ほど兼任したりもしていた。しかし、今の私はもうアラサーの正社員だ。昔に比べてお金は増えたが、体力と時間は大幅に減った。ソシャゲももう一個か二個やるのが限界だ。そういった理由で、デレマスにかける時間はどんどん無くなっていき、最近ではゲームにログインすらしなくなってしまった。なんだかんだで、SideMが登場してからはそっちがメインになっていたのも大きいと思う。所詮私も、イケメンが好きな女だったのだ。
担当のことは今でも大好きだし、運営も嫌いな部分はたくさんあるが攻撃したいわけではない。ただ前のように愛せなくなっただけだ。おそらく今後もゲームのアカウントを消すことはないし、担当の出番があればカード絵と劇場を見に行ったりする。サイコミの漫画も引き続き読み続けるし、もし担当に新曲が来て気に入ったら、曲を買ったりもするかもしれない。だが、以前のように担当の為に課金したり、LVに行ったり、担当の布教をすることはないだろう。
界隈にはいたくないがアイドルたちは好きだ。こんな私はもう彼女たちのPではなく、ただのファンなのだろう。なので、ファンらしくこれからは少し離れたところで彼女たちを応援しようと思う。
最近はやることが多くてとても疲れてる。だから早めに死ねるように丁寧にやることを片付けている。
論文を書き上げて、試験に合格しても、就職しても年金払わないといけないし、リターンの無い消費税払うしで生きることには金がかかりすぎる。
だからといって死ぬにも金がかかる。自分の埋葬は幾らほどなのだろうか。何処で死んでもその場は誰かの所有物だからマイナスイメージで損失になるだろう。他殺で山に死体を隠され続けた方が葬儀代はかからないんじゃなかろうか。
でもこの先を生きるよりも死んだ方が楽になれる確信のような物がある。昔は希死念慮が理解できなかった。過去に吐き出した死にたいより、今に漏れ出た死にたいの方がより身近な感触を持っている。
それに死ねば満員電車で古くなる人間の臭いも咽せるような香水もイヤフォンからでるノイズも舌打ちも体温も感じなくて済む。生きるより断然マシだな。
増田さんが「コーヒーの味がわからない」とお悩みのようなので、コーヒー豆を選ぶうえでご参考になればと思いました。
▼コーヒーの味
「これはとてもコクがある豆で・・・」
正直、そんなこと言われても味の想像なんてつかない!っていうのが正直なところだと思います。
多くの場合
フルーティー=酸味がある、後味がすっきりしている、紅茶のよう
コクがある=油分が多い、苦みが強い
ことが多いです。
(もちろん粉の挽き方や淹れ方に依存する部分も多々あるので、必ずしもとは言い切れませんよ!)
なんでフルーティーとかコクがあるとかっていうわかりにくい表現にしているかというと、
「酸味」とか「苦み」ってマイナスイメージが強いからでしょう。
▼豆の種類について①~スペシャルティコーヒー?~
まずはスペシャルティコーヒーor通常の豆という種類で分けられます。スペシャルティコーヒーってのは、要は「特別な豆ですよ!」ということなんですけど、必ずしも美味しいとは限りません。
もちろん、品質管理された生豆であるというの重要なポイントですが、日本でされる焙煎、ハンドピック、その後の管理等によっても味は大きく左右されるからです。
(ちなみに、コクテール堂さんなんかは通常の豆を使用していますが、とても美味しく、増田も大好きです)
▼豆の種類について②~産地とブレンド~
コーヒー豆って国名がつくことが多いですよね。けれども、例えば「コロンビア」という豆のすべてが同じ味かというと、そんなことはありません。
あくまでも「コロンビア」原産の生豆ですよっていうことであって、味は焙煎などの後工程でいくらでもかわります。だから、沼にハマるまではあまり気にしなくてもよいです。
むしろ、そのお店のブレンドを飲むことをお勧めします。ブレンドは文字通り、いろいろな種類の豆を混ぜたもので、そのお店の個性が非常によく出ます。
美味しいブレンドを作れるお店って本当に一握りしかない(と思っている)ので、ぜひぜひ飲み比べてみてください。
(ちなみに、一種類の豆から淹れることをシングルオリジンといいます)
▼豆の種類について③~焙煎~
コーヒー豆はコーヒーノキになる果実の中にある種です。もちろんそのままでは食べることも飲むこともしませんが、焙煎して、そのエキスを抽出することであんなに美味しいコーヒーになるんですね
。その焙煎ですが、一般的に煎りが浅いほど酸味がつよく、煎りが深いほど苦みが強くなります。
時々カル〇ィで行くと、レジ前に豆がずらーっと並んでいますよね。あの豆、たぶん半分以上は不良豆です。未成熟豆やカラが混じっていると、それだけでコーヒーの美味しさが損なわれます。
そのため、美味しいコーヒー屋さんはそうした不良豆を取り除く作業をしています。俗にハンドピックと呼ばれる作業です。この作業、地味だし豆の量が減るので倦厭されがちですけど、ちゃんとハンドピックがされた豆とそうでない豆とは、本当に味が違います。
▼コーヒー豆の買い方~豆が粉か~
コーヒーは粉にした瞬間から酸化が始まりますので、絶対に豆で買ったほうがおいしいコーヒーが飲めます。また、仮にハンドピックされていない豆であっても、家でピックできますからね。
どうしても粉がよいということであれば、密閉容器に入れて冷暗所で保存してあげてくださいね。
▼まとめ
・スペシャルティコーヒーとかはあんまり気にしなくてよい。
・ブレンドを飲んでみる。
・美味しかったら豆を買って帰る。
・自分で容れてみる。
・コーヒー沼へようこそ。
「オンラインゲームでチートツールを使ったプロゲーマーが永久BANされた」という記事に付けたコメント
裏プロ目指そう。LoLで永久追放されながらも、腕とトークで大人気のDopa、彼を目指せばいい。バカは感情的に追い出したがるが、実力も訴求力もあるゲーマーを失うのは惜しい。
Bakabot45のコメント2019/11/05 20:34
https://b.hatena.ne.jp/entry/4676827202421978210/comment/Bakabot45
これ他の事例に変えて考えてみ?
おかしいと思うだろ?
ゲーム運営が定めた利用規約に違反している以上処罰されるのは当たり前。プロゲーマーともなれば注目されるわけで、そこで甘い処分にしたら「その程度で済む」という前例になるんだから重い処罰にもなる。
そしてプロである以上実力やモラルも見られて当然。一般プレイヤーの見本となるべき存在が、嫌われ者で卑怯者のチーターなんてあっていいわけが無いし永久BANも妥当。これを「罪が重すぎる」とか言ってる信者は間接的にチーターを擁護するようなものでありゲーム好きの風上にも置けない。
ゲーム会社側として「チーターが多い、チートをしてもバレない、許されるゲーム」という悪評はマイナスイメージになる。逆にチートに対して厳しい印象が広まれば健全で公正なゲームとして評価も高まる。
それをbakabotは「感情的に追い出した」「裏プロを目指そう(再起のチャンスを与えよう?)」「「チーター追い出せ」はeスポーツ(ゲーム)が好きじゃない奴の言葉」だって。本当名前通りバカなんだな。
ただえさえゲーム障害や不健康と関連付けられたり大会での暴言やチート使用、賞金問題などネガティブなイメージを持たれることもあるeスポーツなのに、有名プレイヤーには甘い自浄作用のない業界になんてなっていいわけがない。
チーターは絶対に許してはならない。有名プレイヤーや才能があるからといって贔屓してはいけない。なんでこんなことが分からない?実はゲーム好きでもないエアプだろお前。
もう頼むから黙ってくれ。eスポーツ関連の記事に現れては感情的でバカみたいなコメントを残し暴言を吐く、お前の存在そのもがeスポーツに対するネガティブキャンペーンになってるんだから。
ところでidコールで暴言を吐く正義気取りの複垢使いといえば逮捕されたあの人を思い出す。
フォートナイトはプロパイダ経由で本アカを見つけBANしたそうだが、はてなはいつまで放っておくの?こいつが居る限り「複数のアカウントを取得することは利用規約で、禁止しております。」の一文が全く意味が無いことの証明になっているんだけど。
なんせ観測できる限り4年間に渡り46回新規アカウントとっても問題なく利用できるんだからな。本気で複垢を潰したいなら携帯電話番号やメールアドレスを使わないと登録できないとか、ニコニコのNG共有みたいに一定回数非表示登録されたり通報されたアカウントは登録者に分からない形で強制プライベートモードにするとかしてくれ。
徐々にレ○プだったりグロなどを描き始めたら、周りの人は注意してあげて欲しい。
ストレスの方向を変える為に、そっち方面へ行く人って意外と居るのだけど
そういうのをメインに描くようになったら危険信号のサイン。モラルや道徳・罪悪感などが薄れていっている信号なので。
最初からグロとかそういう系統描いている人ってのは、変人か、もしくは一般常識をもってはいるものの、そういう系統が一般に受けてしまうとある程度戦略としてやってたりする。
が、今までの作風がグロなどに変わる人というのは、どこかしら不満が多すぎて発散する窓口がそこにいってしまう。
絵で済んでいるうちは良いのだけど、飛び越えてしまう人は影で危険なことにも手を出してしまう。
そういう人の特徴というのは、最初のうちはまだまだやさしいレベルの描画なんだけど、どこかの拍子でなんでそこまで酷いことするシーンに?となったりする。
同人誌のうちは、まだ気づかない可能性が多い。そのうち絵投稿サイトでもどんどん投稿していきSNSでも当たり前のように投稿し始める。
https://note.mu/hisameyasan/n/n7dd82b002c2a
「好きなキャラクターが公式でいい子に描かれているにも関わらず、ファンが勝手に腹黒サイコパス設定をさも公式かのように呟いてる(そしてそのツイートや絵がバズる)のが気に入らない」という内容のnoteを読んだ。
まぁよくある「解釈違い」というやつだ。いい子のままのキャラを愛でたい人と、いい子の裏側を創作して盛り上がりたい人と。
私ははっきり言って、何でもあり派の腐女子である。地雷と呼べるものはほとんどなく、1番生きやすいタイプのオタクだと自覚している。闇堕ち・サイコパス化も正直大好物である。はい、投稿者の言う『舌バカ』です。ただし、別に「これが公式で〜〜〜す!!」と大声で叫んだりはしない。普段は鍵垢で同好の志とキャッキャして、支部に上げる漫画にも1ページめに何でも許せる人向けである旨は記載している。
で、だ。
まぁ解釈違いが不快なのは、わからなくもない。でもはっきり言って、公式恋人同士でもなんでもない、時には敬遠の仲のキャラ同士のエピソードの切れ端1mmを伸ばしに伸ばして地球を包む大風呂敷に広げるのが腐女子じゃん。勝手にカップリングして、勝手に受け攻め決めて、時には学級会までやって、勝手にエロまで妄想しているくせに、キャラの人格を…尊重……??ご自身にとって都合のいい妄想は許して、私に都合の悪い妄想は見えないところでやって!バズらないで!人気が出ないで!って言ってるだけじゃん………??とは思った(投稿者のことよく知らんので、カプ者じゃなかったらごめん)。
例えば職場で自分が品行方正に振舞っているのに、同僚に「ああ言う人絶対裏があるよ。実は腹黒サイコパスでは?」と言われたらそりゃ腹も立つ。「は?????」って思うよ。でも同じくらい、「同期の◎◎くんとは大学も一緒でサークルも…ってことは実質付き合ってるのでは?」「こういうエピソードがあるのでは?」「こういうセックスをしているのでは?」と噂されるのも超絶気持ち悪いでしょ。むしろ後者の方がよりキモい。でも例の記事を書いた人の中では、前者だけが悪なんだよね。尊重されるべきご自身の『キャラクター』が守られていれば、後者でも「私の品行方正なキャラは守ってくれたからヨシ🥺」となるんだろうか。ならんだろ。まぁ前者と後者の掛け合わせがよりキモいのもわかるけど、でも後者の前では前者のキモさは焼け石に水。
投稿者から見れば私は確実に『舌バカ』だけど、あのね。本来は食べ物じゃないものを食卓に並べてる時点でどっちもどっちなんだよ。2次のキャラクターは食べ物じゃないの。それを「本来の味ィ!!」って食べてるやつも、タバスコぶっかけて食べてるやつも大差ない。
『明らかかつマイナスイメージの二次創作設定を公式のように〜』が嫌なんだっけ。『改悪』ね…。あなたがそう思うんならそうなんでしょうね…あなたのなかでは……。でも腹黒にしてる人たちの中じゃ腹黒は別にマイナスじゃない。「公式のように」もご自身の感じ方ひとつでは😅だって公式に明言されてない同性愛の描写は問題なく受け入れられるんだよね???あと別に、腹黒が公式だなんて思ってないけど……。オタクは妄想と現実の区別がつかないと思ってるオタク…🤔??
1万RTは「こうだったら面白いかも」「ないとは言えない」って思う人が多かっただけの話じゃないの?「これが公式で〜す!!!!」って人もいないとは言えないが、そういうアレな人を議論の場に持ち出すのは、ちょっと……アレじゃん???
言いたいのは、腐女子は全員キモいんです。キモさに種類があるだけです。いい妄想も悪い妄想もない。それこそ同好の志だけの鍵垢にして、腹黒クレイジーホモだっけ?とりあえず鍵垢にして、そういう投稿をRTする人をブロックすれば平和な世界が訪れるんじゃないですか?あとホモって言葉使うんですね😅ちなみに私はキャラに「こうだったらいいな、面白いな、性癖だな」を上乗せすることはあるけど、その言葉は使いません🥺
最後に、私は自分のことは棚に上げて妄想に優劣つけるツイートを見ると『悲しくなります』!!!!!wwwwww
はい、私も『悲しくなるってだけ』、です♡