はてなキーワード: 七五三とは
就活を機にドンヨリいそいそとスッピンじゃあれだよなぁ等とググり出した過去の私へこのエントリを送る。
そもそも世の中の初心者向け就活メイクというのは丁寧すぎる。もちろん化粧というのはお絵かきのようなプラモの塗装のようなものだから丁寧に工程を積んでゆけば仕上がりは違うし、就活においては就活のルールの許す限り仕上げられるところを仕上げたくなるものだ。
しかしこちとら化粧なんてものは七五三で唇を紅に染められて以来、中学も高校もこっそり色気付き出したクラスメイトを傍目に素肌で生きてきている。描けば描くほど、この状態はあっているのかと不安になるのだ。
そこで、今回は最低限の薄化粧についてレクチャーする。(悲しいことに多分今から話すのは多くの女の子が中高生で通っている部分かもしれない。)
ビフォーアフターの違いは「自分の顔だから鏡で違いがわかる」程度で、「きちんと化粧をしている」感は求めない。それは貴女にはまだ早すぎるし、そもそも職種によっては「化粧がちゃんとできているか」は論点ではない。インターン等で、人事ではなく自分が採用される職種の若い女性の化粧をチェックしてみよう。同じ社内でも人事のお姉さんは「そもそも化粧するひと」が採用されてる率が高い。また、例えば技術職女性でも、年齢に比例してどんどん化粧がしっかりしてくる。
ここで求める化粧の効果は「すっぴんじゃないからマナーをわきまえられているぞ!」という内心の自信と、純粋な化粧の効果すなわち「見た目の印象を詐欺ることで同じ言動でも感じよく思わせる」こととする。いいか一部のサービス業・接客業やセクハラ親父のお膝元じゃなければそれで十分なんだ。
長くなりました。
本題に入ります。
まず前提として(まだ塗る話にいけない)洗顔と保湿はこれまで通りでは足りなくなる。化粧と化粧落としは肌に悪いので意識しないと荒れてくるので、放置派の貴女も最低限化粧水は用意するように。心細いなら乳液も。化粧水は洗顔後と化粧前に顔にパシャパシャ付ける。
銘柄はドラッグストアで定番商品っぽく売られてる安いやつでよい。最初は選び方がわからなくてもだんだん「クサい」とか「こんなの水道水とかわらないのでは」とか好みが見えてくる。徐々にPDCAを回して行け。個人的にここはあんまり安いと怖いから百均は避けておきたい。
次に、毛をなんとかしよう。ひげとほほげは剃ろう。足腕ふくめカミソリを使ったことないなら切り傷をこさえちまうから剃らない方が良い。とはいえヒゲが濃い自覚があるならせめて「横滑り防止」とパッケージに書かれているものを慎重に。切れ味カミソリ級のものを顔に当てるので不慣れだと血が滲みまくる。
フェリエという電動カミソリが絶対切り傷ができないのでとてもおすすめだけど4000円弱するので無理にとは言わない。
眉毛は剃るより抜く方がゆっくり処理できるし怪我もないから抜こう。幸い今は太眉がはやっているので俺物語でもマイナスは小さい。まずは眉間と瞼だけでよいので「そこは眉じゃないでしょ」というところに生えているやつらを抜き尽くそう。濃い人は特にそれだけでは心もとないかもしれないが、眉毛本体を変形させるような行為には慎重に。しばらくテレビや雑誌で美人の眉毛をまじまじと見る期間を持って勉強していこう。
さてやっと塗って描く話にしよう。ここで化粧童貞が誤解しているのは「化粧は基本的に色が薄くて透明度が高い」という点である。例外はアイライナーと一部のコンシーラーや口紅(ルージュ・グロスではない)くらいなもので、基本的に画用紙にクレヨンで描いたようには塗られない。うすーく塗って、すこーし変えるものだ。
世の中によくいるガッツリ塗られている人は、カバー力が高い色んなものを何層にも厚めに塗っているもので、普通にささっとやると、ああはならない。
化粧下地はファンデーションを使いたいなら必要になる。化粧のノリが違う。
化粧のノリといわれてもよくわからないかもしれないが、化粧以外に例えるなら素材による汚れやすさとか汚れの落ちやすさが似ている。電柱にぶつかってウワッというくらい汚れる上にちょっとはたいたくらいじゃ変わらないのがノリが良い状態である。下地の第一の役割はファンデをノセることなので、化粧水と同じで、割となんでもいい。逆に下地にも使える日焼け止めもよいだろう。下地をミスると肌が荒れたり乾いたり、ときにはかぶれたりするので、訝しんだら早めに使用中止&買い替えを。これは他も同じだけれど下地・BBクリーム・ファンデは商品点数豊富な上に、体質に合わない時は明確に合わない。自分の好みや肌質が掴めてくるまではプチプラで試行錯誤を。
BBクリーム、あるいは「下地がいらない」と書いてあるファンデなら下地は不要だ。
次に、ファンデとどっちが先でもいいけど、コンプレックスがあるなら(目のくま、鼻の赤み、部分的なくすみやニキビ跡など)コンシーラーを塗って隠す。これは質感は二の次でとにかく塗り潰すというものなので多様すると変になるのでピンポイントに。合う商品はかなりケースバイケースなので(塗り面積、地肌の色、症状など)、値段が3ケタのものから買っては試すしかない。具体的なブランドでいうと、キャンメイク、セザンヌ、ケイト、ちふれ、メイベリンあたりが定番か。百均も最近はふつうに使い物になるらしい。
次にファンデあるいはBBクリーム。これは、顔の色味を整え、かつ質感を盛るためのものだ。顔がテカりやすい人ならパウダーファンデ、それ以外ならBBクリームでいいだろう。1000円台が安くてそこそことしては相場。ここで欲張って色白になろうとすると事故るので、なるべく地肌に近い色をできればドラッグストアで顔に、抵抗あるなら手や腕に塗って試す。いざ顔に薄く塗り伸ばすと何も変化が無いような印象があるが、もう一度言う、そういうものだ。肌荒れが気になったり塗る行為に抵抗があったらCCクリームを買おう。CCはBBから塗り潰す力を犠牲にして代わりに色々いいことがあるようなやつである。
BBクリームやリキッドファンデの上からはフィニッシュパウダーあるいはフェイスパウダーを塗るのが定石だけどまぁ、無くてもまぁ。
文を打つのに疲れてきました。
チークは顔色が良くなるので必須。ほとんどの人がピンクが似合うタイプの人いわゆる「ブルベ」か、オレンジが似合う「イエベ」のどっちかだけど、売れ筋人気はコレと書かれたのを選べは大抵ピンクとオレンジの中間の色なのでそれを買おう。プチプラ相場は3ケタ円。本当に塗ったのかどうかよくわからないくらいにほっぺのらへんに載せればオッケー。
眉を描くなら、自眉が薄いなら、「輪郭ボケてていいから、眉が有る」という状態まで持っていけば良い。描くと眉が有るようになるので自分でびっくりするので、まずはそれに自分で見慣れてから形状は徐々にトライアンドエラーで修正する。
アイライナーは今の流行りからしても別にいらない。アイシャドウはいらん! 不慣れだとラメやパールにびびる。(化粧することに慣れてから、目元は塗りがいがあるので手を出してみよう。まずは焦茶色の単色や、パッケージがまぶたの形になっている「見たまま塗るだけ」商品から。)
ビューラーは失敗も少ないししたほうが良いけど、まつ毛が抜けたりまぶたを挟みやすかったり苦手なら無理しなくていい、とはいえ、まつ毛長いね〜とよく言われる人は変化が大きいから練習したいところ。つけま? いらん。カラコンもいらん。
くちびるは荒れてるならまずはリップクリームで治そう。色が薄い、あるいは悪いならプチプラ商品を試す。安いのはどれも一長一短。特にコンプレックスは無いなら放置でよい。
あと何かあるかな。
ああ、クレンジングは(同じ価格帯なら)化粧が落ちやすいものほど肌に悪いので、肌の調子と自分のマメさ丁寧さを見ながら…。
家にもうすぐやっと着くので終わりにします。
某カルト宗教2世の漫画がTwitterで話題になっていたので。。。
かなり放任主義だ。
私やほかの兄弟は
中学生になったある日、インターネットが気軽にできる環境になった。
でも、それを受け入れていた自分もおかしかったということに気付いて
かなりショックを受けた。
某学会に入っているというだけで避ける人もいるんだと。
突然一人暮らしを始めてみたりもしたのに
それに行かなければ母親のご機嫌はとれない。
今年も行かない家族がいて
なだめるのが大変だった。
私は今年結婚するので
この点に関してはどうしても無理だ。
京都やヨーロッパが好きで、神社もお寺も教会も見に行くのが大好きだ。
同じDNAを半分持っていたって、信じるものが違ったっていいじゃないか。
どうしたらうまくできるのだろう?
うちは自分が無神教、相手がカトリックのクリスチャン系の家族。
夫は特に熱心な教徒ではなかったけれど、夫の家族は土日は必ず教会に行くほどで、式は向こうの要望でカトリック方式。
夫と義両親の理解もあって、私自身はほとんど宗教には関わらず、子どもは洗礼も受けていないし、七五三やお宮参りなどは夫不在で夫の両親には伝えずこっそりやってる。
うちが上手くいったポイントはできるだけお互いパートナーを巻き込まないこと。ナイーブな内容なのできちんと事前に報告・連絡・相談をしていたこと。
やりたかったこと
女の子と仲良くしても茶化される心配をしないで済む性別で居たかった
シルバニアファミリーのセットが欲しかった
髪をのばして人に結ってもらいたかった
身長伸びたくなかった
お母さんになりたかった
人を好きになりたかった
男だったらこうするって考えて行動にフィルターを掛けないで普通にしていたかった
こういうこと考えてる自分が気持ち悪いって思わないで済むように居たかった
こういうの全部大人になったら気にならなくなって男として生きるのだと思ってたのに、全然全く収まらないし
明確な好きって感情が無いのに性欲だけ女性の方を向いてて、変態的で異常っぽくて、やれるなら相手は誰でもいいって言ってる気持ち悪い男と同じに見えて自分が気持ち悪いし
ずっとどんなに思っても男として扱われ続けてたのに服装変えて髪型変えただけで扱いが変わるとは思えなくて
髪型変えて脂肪がついて鏡で見て女に見える瞬間が多くなって、それは嬉しいのに自分の顔見て嬉しいって事が普通じゃなくて気持ち悪くて、もし普通の人は鏡を見る度に嬉しいって思ってるとしたらずるくて
今月の誕生日で全部終わりにする
ちょっと前まで好きなアーティストがいて、Twitterでわーわー上げてたけどふと止めるとあれ?なんであれをすきだったんだっけ…。ってまるで洗脳の溶けたねずみ講信者みたいになった。
で、好きでいたいわけ。熱くなってたいわけよわたしたち!!
ちょっとでも「これなら、いい」みたいなニュースとか画像を添付して「やっぱ○○最高ー!」とかあげるわけ。
そしたらちょっとね、あれ?きょとん?だった気持ちが消えて、また信者の信念が高まってくる。好き度が確実に上がるわけ。
これ、友達とかが無駄に「今日は日本酒会~☆」とか「まぁちゃんのはじめての七五三☆」とかFacebookでやるのも同じでは?
だったらいいなぁ、子育てどうのこうの友達ナカマどうのこうの旦那どうのこうのSNS大嫌いだったけど、そうなら気持ちがわかるし、安心する。
一(いち,かず,はじめ,にのまえ,よこいち)
一二(かずじ,ひふ,ひふた,いちじ,つまびら)
一二三(ひふみ,かずふみ,いじみ,うたかね,ひおみ,ひほみ,うたたね)
二(したなが)
二三四(ふみし)
二四(にし)
二五(にご)
二六(ばんじゃ)
二九(ふたく)
三(みつ,さん)
三二(さんに,みつに)
三四(さんし)
三五(さんご)
三七(さんしち)
三八九(さばく)
三九二(みくに)
四(あずま)
四七(しな,しひち)
五(ご)
五三(いつみ)
六(ろく)
七(なな,さとる)
八(はち)
八九(やく)
九(いちじく,いちのく,く,くちのく,まる)
九二(くに)
九九(くく)
十(もげき,もぎき,じゅう,つなし,もげき,よこたて,つじ)
十一(といち,とかず,じゅういち,そいち)
十二(じゅうに,じゅうじ,とに,そに)
十三(じゅうさん,とさ,とみ)
十七(とな,じゅうしち,じゅうひち)
十八(とわ)
二十(にじゅう)
廿(つづら,はつか,はたち)
二十一(つるいち,にそいち)
二十二(にそじ,じそじ)
二十八(つずや,つちや)
四十九(しじゅうく)
五十(いそ,い,いい,いわ)
八十(やそ)
八十八(やそはち)
九十(くじゅう,くと,くつ)
九十三(つくみ)
九十九(つくも)
百(もも,ひゃく)
十九百(つづお)
百百(もも,ささ,どど,どうど)
五百(いほ)
八百(やお,やもも,はお)
八百三(やおみ)
千(せん,せんの,ち,ちたび,う,ちよん)
三千(さんせん)
八千(やち)
九千()
廿千(はたち)
百千(おおち)
万(まん,わん,ばん,よろず,よろづ)
二万(にま)
六万(むつま)
八万(はちまん)
十万(じゅうまん,そまん)
万十(まんじゅう)
四十万(しじま,しずま)
百万(ひゃくまん)
千万(せんまん,ちま,ちまん)
億(おく)
京(かなぐり,きょう,きょお,けい,みやこ,みさと,かなどめ,かなじり,からぐり)
三京(みつきょう,さんきょう)
八京(はつけい,やきょう)
千京(せんきょう)
いや、7つの子のお祝いに、みたいな、七五三みたいな感じかな?って思ってる。
着物だけど、買うなんかもちろんできない。
レンタルが嫌だってわけじゃない、着物のレンタルだって、アホみたいにピンキリであるしね。
でみだいたい最低限の値段からして高いじゃん?
たかが、そんな1日のイベントごときに、私にそんな無駄なお金を使ってもらう意味がわからない。
そもそも、人間関係が希薄な私に、そんな式典だ!遊ぶぞ!みたいな友人はいないから、
行く気もない。。でも、親的には、写真だけでも撮る!と言ってる。
私は、母親が着た着物を着ることにしてる。それにお金はかからないから。
(興味もないのでどうでもいいってのもある。)
私は、高校の頃は、たぶんもうすぐ自殺するだろうな。って思ってた。
頭が悪いから、進級とか卒業できなかったら自殺するつもりだったから。
専門学校を1年足らずで夢を追うからと言って、中退を許してもらった。
夢を追うと言ってフリーターを許された期間は4年くらい。
4年経ったら、フリーターなんかやめて、職を探しなさい。と言われてる。
でも、私は、中学も高校も、もうすぐ自殺するだろうな。って思いながら過ごしてたから、
今自殺しないのは、「夢を追う」と言って、好きなことをできてるから。
その好きなことが、成功すれば夢が叶うからであって、サボってる訳じゃない。よ。
当然、夢が叶うことがないなら、(この就職難でしかもフリーター4年ほどという経歴で)就職先探して、っていうほど
就職も簡単じゃないと思うし、そこまでして生きることに必死になるつもりはない、ニートになって、親から金を無心するわけにもいかない
ということで、私は夢が叶わないなら死ぬ。「就職しても夢をあきらめんなよwそこで止めないと、いつまでも夢を追ってる私っていうのが嫌なだけじゃん」とか、
言われるが、4年もかけて追って、叶わないなら、見込みがないから。ね。アホか。
いや、話が少しそれたけど、
そういう風に思ってるから、わざわざ着物にお金を無駄にかける意味がない。
もしかしなくとも高確率で私は4年後に自殺していそうだからね。うん、無駄でしょう。
葬式代もバカにならないんだぞ?!というけど、それはまあ、それ以上に生きてる間にかける金額と、葬式代。
それを考えれば安いものだろう。ねぇ。
主人公の女の子が最初の0話で生まれ(0歳)、最終話の25話(25歳)で結婚するような話(以下、ややこしいので話数は0話始まり、つまり話数が主人公の年齢と同じ数字とかんがえる)。
今まで、同じアニメ内で海に行く話やクリスマスの話など、季節系のネタをやるというのはよくあったけれども、もし一話で一年進むアニメがあるとすると、同じアニメの同じキャラクターによる小中高の入学式や修学旅行や卒業式、はたまた七五三や成人式などの年齢にとらわれる時期ネタというのができる。
さらに、主人公が成長していくという成長アニメはよくあるけれども、もし一話で一年進むアニメがあるとすると主人公の内面だけでなく、外見まで成長していくアニメということになる。そんなアニメはなかなかないと思うし、主人公の成長を父性的・母性的な感覚で見守るように見れるアニメになれるのではないかと思う。
「30分アニメで1年を描くということは、2分~2分半で1ヶ月分を描くということか? そんなの無理だ!」と思われそうだけど、そういうわけではなく、1年の中でメインとなる話を2,3抽出してその話を主に描くというイメージ。例えば7話(7歳)なら、小学校入学ネタと七五三ネタの2つをメインにもってきて、他の時期の話は短い時間で簡単に描くという感じ。サザエさんだって30分の間に3話分やってるし、現在放送中のアニメ、『デンキ街の本屋さん』の10話ではバレンタインとホワイトデーを両方描き、さらにその前の9話のCパートではクリスマスの話をやっていたので、これだけで30分で数カ月分描けるということが分かる。
それでも、「その話は1話で数ヶ月じゃないか! 1話で1年なんて無理だ!」と思う人もいそうだけど、『琴浦さん』というアニメの1話では最初の10分で15年を描いたので、30分で1年ならもっと余裕をもって描けるだろう。他に思いつくのは、映画だけど『おおかみこどもの雨と雪』は2時間で13年間を描いていた。
そもそも、自分がこういうアニメを見てみたいと思ったきっかけは、30秒で60年ほどの年月を描いたディズニーリゾートのCMを見たからであって、30秒で60年が描けるなら30分で1年も十分にできると思う。
さらにいうと、1話で1年進むというのは自分はアニメぐらいでしかできないのではないかと思っている。実写ドラマでは無理だ。数年後みたいにいきなり話がとぶのではなく、前回の話の終わりと次回の話の始まりの間隔は数ヶ月しか差がないので、いきなり年齢にあわせて役者を変えるとなると非常に違和感があるだろう。やるとするなら、26年間の撮影が必要になり、非現実的だ(ハリウッド映画の『ボーイフッド』という作品は、12年かけて撮影してたというから、もちろんありえなくはないが)。
では、漫画だとどうだろう? 漫画でもできなくはないが、場面転換が少し多くなるので難しいのではないかと思う。4コマ漫画ならできなくはないかもしれないが、個人的にシリアスな話も入れて欲しいので4コマ漫画はあわないのではないかと思う(『琴浦さん』を例にあげといてそれはないだろ! とセルフツッコミ)。小説はできるかもしれないが、内面だけではなく外見の成長が大事な作品となるのでやっぱりあっていない。
シミュレーションゲームやアドベンチャーゲームならできるかもしれないが、操作が面倒だ。
もちろん、だからといってアニメだったら簡単にできるというわけではない。他のアニメ作品と比べると、主人公を演じる声優は0歳から25歳までを演じ分ける必要があり、非常に難しい役どころとなる。主人公は女の子と考えたのも、男だと声変わりがあるので無理だと思ったからだ(こんなこと言うと、野沢雅子ならできる! とか、緒方恵美ならできる! 山寺宏一なら! 石田彰なら! とか言われそうだけど)。キャラクターデザインも同じく0歳から25歳で描き分けなければいけないので大変だろう(女の子なので身長だけでなく、胸の大きさも重要になってくる)。作画や原画担当としても、主人公が描き慣れるということもないため、他のアニメと比べて難しいだろうと思う。だけど、それでもやっぱりアニメでしかできない話だと思うので、やる価値は十分あるだろうと思う。
話の構成としては、0話で誕生し、3話か4話で幼稚園入園やはじめてのおつかい、6話で卒園、7話で小学校入学と七五三、12話で修学旅行と小学校卒業、13話で中学校入学、15話で卒業と高校受験、16話で高校入学、18話で卒業や大学受験、19話で大学入学と自動車免許取得、20話で成人式、21話でインターンシップや就活、22話で卒論、23話で就職、25話で結婚という感じ。
上記で書いてない話は、他のアニメでもよくある水着回や温泉回、はたまた季節系イベントのクリスマスやバレンタイン回をつければいいし、最終話で結婚の話なら結婚相手との出会いや告白の話も必要になってくるだろう。
シリアスな話を描くなら、ちょっと遠出してみたら迷子になる話、仲の良い友だちの転校、交通事故、失恋、就職難、それと25年も生きていれば身近な人の誰かは亡くなると思うので、葬式の話をやるのもいいと思う。
後、女の子の成長を描くうえで個人的にかかせないと思うのが初経の話。初経の話といえば、ないしょのつぼみだと思うのだけど、あれが小学校5年生の話なので、11話ぐらいになるだろうと思う。ただ、1クール目の最後の話は12話になるので、12話のほうがいいかもしれない。ただ、そうなると修学旅行や卒業の話と12話にいろいろな話を詰め込む必要があるので難しいか。いや、修学旅行の話は前半でさっさと終わらせて、後半で初経と卒業ネタを織り交ぜた話にすれば・・・。少なくとも、2クールではなく、1クールになるようであればそうすべきだろう。
なんてことをよく妄想しているのだけれども、自分には2クールアニメを作れるような金も人脈も能力もないし、将来それらが身につく未来も全くもってイメージできないので、その事実にふと気づくと落胆する。なんとかして実現できる方法はないかなと思って、調べてみると、アイデアをだせばそのアイデアを実現することができるかもしれないクラウドファンディングの Dmet idea というサイトを見つけたのだけれども、なんだかこのサイトで求められているアイデアと違う気がしてだしてない。一番可能性がありそうなのが、小説として書いて人気になってアニメ化するという展開になることだけど、先ほども書いたように小説向けではないと思うし、文才もない。何より、自分の場合、確実に最後まで書けない。
本当、仕事中にふと、(13話はこういう展開にすると面白いではないか。それと、結婚相手は子どもの時に出会ってたという話にしたら面白い。だから9話はこういう話にして・・・)なんてことが頭に浮かんで困っている。
最後に、自分はそんなにアニメに詳しいわけではないのでもしかしたら知らないだけですでにあるかもしれないので、もしそういうアニメがあるのなら教えてください。
そうそう、一つ書き忘れたことがあった。キャラが歳を取らないサザエさんなんかでは、「いつの間にかカツオより年上になってた」なんて言われることがよくあるが、一話一年のアニメとなると、「こないだまで自分より年下だったのに、いつの間にか自分より年上になってた」という逆転現象が起こる。こんなアニメはそうそうないんじゃないかと思う(とはいっても、自分が子どもの時は、ドラゴンボールの孫悟空がいつの間にか自分より年上になっていたが、それはちょっと違う)。というわけで、例えば『渡る世間は鬼ばかり』は自分の思うイメージと違う。
後、いくつかトラックバックとブコメを頂いたのでちょっと返信する
・「主人公の成長を父性的・母性的な感覚で見守るように」と言いながら
「女の子なので胸の大きさも重要」だの「水着回や温泉回」だのと言ったエロ目線も当たり前のように加わっていて
「父親になったつもりで疑似娘と近親相姦したい」と言う願望丸出しできめえ
確かに、「水着回や温泉回」という例をだしたのは少し浅はかだった。個人的にはそういう展開は他のアニメでも求めてないが、ニコニコ動画や2ちゃんねるのコメントを見てるとよく求められてる印象があったので、例にだした。
ただ、そもそも、『エロ目線』といわれるなら、『初経の話』のほうだと思ったのだけど、そちらのほうに触れられていなくてちょっと驚いている。
こういうこと言われることは考えたけど、ある程度キリよく考えたらそこを最終話にするのがいいと思った(自分だって結婚がゴールと考えてるわけではない)。人生のすべてを描くために80話ぐらいやったら確実に後半マンネリ化するだろうしね。
浦島太郎とか
いや、それは違う。最終話で「数年後」となる話とあまり変わらない。
アニメではないけれど、「ハリーポッター」シリーズも1作で1年だった。映画も2年に一度くらいのペースだったので、ハリー役の役者が成長していて時間を感じることができてたなあ。
なるほど。ハリーポッターは確かに近いかもしれない。読んだことないけど。
ありがとう。探してみる。
帰ってきたら100ブクマ超えてた。こういう作品を見てみたい人が多いんだろうな。と思っていいのだろか。ブコメ見てると似たような作品の紹介コメントが多そうだけど。
以下、気になったブコメの返信。
・リチャードリンクレイターの「6歳のボクが大人になるまで」と同じコンセプトですな。
・映画だけど、6才のボクが、大人になるまで。が面白いんじゃないかな
これは、本文でも言及した、『ボーイフッド』のことですね。見てませんが自分もちょっと気になってます。
自分のイメージでは、最初のうちは、母親がほぼ主役的立場という感じでいいと思ってる。特に0話は特別な数値だし、母親が主役だから『0話』としたといろいろいいわけがつく。
・それだったら小学生以下を無視して13歳~25歳で1クールのほうがよくないか、とも思う。キャラクターデザインも中、高、大、社の4種類以下で済むし。
・キャラデザや予算など課題はあるけどアリだと思う。でも小学校入学から高卒までで1クールにした方がいい。赤ちゃんや園児時代は回想で充分だし。
1クールだと誕生~小学校卒業までだと思ってたけど、そうじゃない案が多いのか。意外。
これなんなんだろ、と思ったら「手軽に「娘の結婚式に出るのお父さん」の気分になりたい」なのか。なるほど。
確かに、そういう感じかもしれない。ブコメの中では一番的を得ているコメントだと思った。
いや、個人的にはテクノロジーの進化は描かなくていいと思ってる。ガラスの仮面や名探偵コナンみたいに、作中の時間ではさほど時間がたっていないのに、最初の話では携帯電話なくて、最近の話では携帯電話があるという話があるけど、その逆。近年の0歳~25歳を描くイメージ(できるだけ普遍性はもたしたほうがいいとは思うが)。
一話一年って縛りだから一つのイベント最大20分で決着付けなきゃいけないじゃん。尺とれば面白くできるような話もぶつ切りみたいになって絶対つまらないと思う。
そうかな? ドラえもんやちびまる子ちゃんだって30分の中で2話やってるけど、面白い話も多いよ。もちろん、自分が考えてるストーリー構成案もある程度話題になるとは思うけど、多くの人に面白いと思ってもらえるかどうかは自信ないけど。
いや、一年で大の仲良しの友だちがそうころころ入れ替わるとも思わないし、入れ替わらない話にすればいいだけだと思う。
今回、いろいろブコメでいろんな作品が紹介されていて、でてくるかな? と思ったけどでてこなかった作品で、小学3年生から小学6年生までを描いた50話で1年進む『おジャ魔女どれみ』という作品が昔あったけど、あれだって友だちは入れ替わるわけじゃなかったし(増えはしたけど)。話それるけど、おジャ魔女どれみの続編(高校生編)のライトノベルは気になってるけどまだ読んでない。
誰も見てないと思いますが、小説家になろうで小説として書き始めることにしました。
前から気になっていたアニメ制作が舞台の小説の『ハケンアニメ!』を読んでいると、一話で一年進むというアニメがでてきました。
かわいくなりたい
旦那の幼なじみの、私と同い年くらいの女の子がいて結婚式をしたそう。
旦那の親からも、旦那からも、すごくかわいいって言ってもらってた(遠方すぎるので結婚式には旦那両親しか呼ばれてないけど)
今日も旦那はその幼なじみの人をかわいいと連呼してた。会ったことはないけど、かわいいと以前から聞いてた。旦那はそんなに女の子のことをかわいいとか言わないから本当にかわいいんだと思う。
自分はかわいくない。それが嫌になった。
思ってるより自分の容姿にひどくコンプレックスがあるのがわかった。
高校3年生まで美容院で髪を切ったことがなかった。眉毛を整えたりするということを知らなかった。
運動部で6年間鍛えた腕と肩と足はごつい骨格で太い。声は太くて低い。足は中学の頃の部活特有の逃げられない環境で異常な負荷をかけてのトレーニングで筋肉がつきすぎて骨は疲労骨折や成長が妨げられたりして上半身に比べて脚は短くて太い。頑張った分だけかわいさから遠のいた。
食の環境もひどくて成長期で高負荷の運動を行ってるにも関わらずいつも晩ごはんは用意されてなくて自分で作る技術もなく体力も残ってないので毎晩家に常備されてる食パンを焼かずにそのまま食べたりとか帰ってくる親を待って仕事のストレスでものすごく叱られながら用意されるおいしくないご飯を食べるかで中高を過ごした。正直どうやって過ごしたらあまり記憶に残ってない。成長期のご飯として最悪だった。
服も、どうやって選べばいいかわからなかった。
どこで買えばいいかもわからなかった。服についての雑誌などご存在してたりすることを知らなかった、周りの人間がおしゃれに関して教えてくれることもなかった。ユニクロとかで仕方なく親に買えと言われて適当に自分でえらんで服を買ってもらってた。
あと、自分にかかるお金のことで小さい頃から両親が喧嘩してるのを見てきたせいで、お金は昔から使うと命が削られるようなものと思っていて極力使いたくなかった。
洗濯も親が忙しくて、自分もやり方がわからないし、教えてももらえず着ていく服や下着を朝に洗濯していない汚れ物のかごの中からまだ臭わないものを選んで身につけるとかが普通だった。
見た目を気にしたりおしゃれをすると当時親が冷やかしてくるためかわいい格好をするのが恥ずかしかったり、お金をかけるのが嫌だったり、知識がないのでただかわいくない自分が悔しかった。
かわいくないから、というか見た目のせいで蔑まれるような態度を取られるのも何度もあった。自分でよくわかった。
それから大学に入る前から今まで努力して恥をかきながら、社会の「当たり前」くらいまでのおしゃれとかかわいさを身につけていった。
かわいい友達は、小さい頃から親にかわいいと育てられまともなというか普通の食生活や衛生管理の元育ったのがわかる。
隣に並ぶかわいい女友達の、どう努力しても勝てないかわいさに時々どうしようもなく嫌になった。
自分のすべてが劣るようで。
かわいさが力関係になると思っていて、もしその友達が自分に何かひどい態度を取っても自分は納得しないといけないと思っていた。
この気持ちを昇華させてあげられるようになっていたい、と思ってこれを書いた。
昨日今日に始まったことではありませんが、靖国神社のことがいろいろと問題になっています。
私は、日本の首相が靖国神社に参拝することは当然だと思っています。
ですが、それに反対する人もいることはもちろん知っていますし、そういう意見も少しは理解できます。
ただここで考えてみたいのは、首相が参拝することではなく、海外からの評価についてです。
靖国神社は海外でよく「戦争神社(war shrine)」「軍事神社(military shrine)」と言われます。
このような評価がまかり通っていることには、たとえ首相の参拝に反対する人でも抗議すべきだと思いますが、そういう抗議をほとんど耳にしたことがありません。
私にとって本当に不思議なことです。
何が不思議かというと、もし「靖国神社は戦争神社」ということになれば、日本人は年間のべ600万人が戦争神社に参拝していることになるからです。
もちろんこれは初詣でや夏祭り、七五三、結婚式、それにいろいろな祈願のための参拝者を含んだ数字です。
ですが、そんなことを外国人に説明しても、「のべ600万の日本人は戦争神社で新年を祝ったり結婚式を挙げたりしている」と思われるだけです。
最近では、靖国神社を「ヒトラーの墓」になぞらえる声も海外から聞こえてきます。
「初詣では日本の風習だから深い意味はない」と言っても、ドイツ人に「われわれはどんな理由があろうとヒトラーの墓参りなんてしない。日本人は間違っている」と言われればそれまででしょう。
確かに靖国神社は戦争や軍事と深い関係があるので、「戦争神社」「軍事神社」という評価が間違いとも言い切れないところはあります。
ですが、このような理解を聞き流していれば、日本人は「戦争神社」「軍事神社」が大好きな、つまり戦争や軍事を崇め讃えることが大好きな国民ということになってしまいます。
果たしてそれでよいのでしょうか。
以上のことから私は、たとえ首相の靖国神社参拝に反対の人でも(靖国神社を潰せとか誰も参拝させるなとかいう極端な意見の持ち主でなければ)、「靖国神社は戦争神社」という悪しざまな評価には反対すべきだろうと思っています。
ですが、何故かそういう意見はほとんど聞いたことがありません。
もしかして、私の考えがどこか間違っているのでしょうか。
自分は子供三人いるけど、全員七五三終わってやっと楽になってきた。
似たようなこと考えてたからつい口はさんでみる。
俺も寝顔見ながらいろいろ考えたなーー。
いい年になった時シンナーやりすぎて歯がないような奴連れて来たらどうしようとか。
昔「大人は子供ができて大人にしてもらうんだ」と言われたことがあるよ。
俺らの親・先祖は多分、みんなそんな思いをしながら、大人になったんだと思う。
食べ物があった時に自分の口より優先するものがあるなんて感覚は、子供がいないと50になっても60になってもわからないと思う。
理解できると実際できるは大きく違うからね。
とかあおるようなこと書くと、上から目線の引きこもりが湧くかな?
子供居たほうが偉いとか言うな?とか言われるよね。
http://anond.hatelabo.jp/20130507112833
成人としての責任が、今の男子は昔より10年くらい遅くなってるっていうのは非常に賛同。
で、それ以外の部分でチラッと気になったので追加記入。
江戸時代の町人の男性のうち、4人に3人だか3人に2人が一生童貞だったんじゃなかったかな? 手元に資料が無いのですが、杉浦日向子さんがどこぞで書いていらしたはず。
一方女性はほぼ全員(売り飛ばされる&強姦も含めて)生涯一度も性的経験が無いってことはほぼなかった。ぶしゃいくでも人数少ないから、それなりに需要がある。
「結婚」という概念や儀式があるのは武家と武家のまねをできる金持ちだけで、町人は「一緒に住んでる」「あ、こどもができたから、夫婦ってやつ?」程度の認識。
家同士のつながり? 田舎から出てき二人にそんなものはないヨ。そもそも田畑なんて男の子ひとりしか継げないんだから、複数生まれた男子の残りは、土地所有なしの労働力としてなんとかしないと結婚どころか食い扶持もないんだし。
働き口は女性もあって、飯炊き女だけじゃなく、レンタルふんどしのふんどしを洗濯する、旦那が売りさばけなかった野菜を料理して惣菜を売る、などなどサービス業ならばやれることは結構あったらしい。
だから男と暮らしてもいやなら出て行ってどうにかなっちゃったりする。
一方こどもをたくさん生むのはたくさん「こどもが」死ぬから。七五三が「その年までしななかった=あとは割りと長く生きられる」っていうお祝いなくらいだからね。3歳=数え年だから今の2歳だからね。
あと成人してもポコポコ死ぬのは病気や怪我が治らないから。風邪⇒肺炎コース=死亡だったらすいし。特に町人と農民、貧乏な士族も。戦争が無くても平均寿命50をなかなかこえられなかった、ってのは中学のときに社会科の先生が言っていた。
で、江戸時代女がこどもを早く生むって話にもどると、
・男は12~15くらいで一人前になる
・町人or農家の次男以下だったら賢くても12くらいで丁稚奉公に出る
・次男以下っていうけれど、子沢山だから次男以下のほうが多い。
・仕事がデキても、嫁もらえるとは限らない
・男は金がなければ一生童貞もあり
・医療が受けられなくて、インフルエンザが流行ればポコポコ死ぬ、怪我でもポコポコ死ぬ
っていう時代背景もあったわけで。
江戸時代例にだす男の人は、そういう社会でオトコとして生きてみたいのかな~って毎度のことながら思うわけです。はい。
格の高い着物とそうでない着物をわかりやすく画像でみたいんだけども。
値段なんて美的な観点でも実用性の観点とも関係なく、ただ需要と供給のバランスで決まって、なんだかんだ言って値段が高い着物は上等、ってことになってるような気がしてならないんだよ。
結城紬と言われても地味だなぁくらいにしか思えないし、大島紬なんて正直いって気持ち悪い柄ばかりに思えちゃうんだけど。
好きな人はすきなんだろうけど、あれ、どの辺がいいの?
興味がない人が見ても格とかわかるの?
私にはさっぱりわからないよ。
希少=高い=上等
っていう理屈じゃないの?
それに、女の子はそれなりだとしても、男の子だと和服は七五三にしかみえないんだ。
体型の問題?髪型の問題?
昨日の就寝時に、自分が子供の頃、まだ両親が離婚する直前くらいの、私の七五三のときのことを思い出した。
私は七五三の衣装の帯がきつくて、着てからずっと車酔いしたみたいになっていた。それでさらに車にのってより気分がわるくてもうろうとしていた。離婚直前の両親はなんとなく一触即発な感じだった(父の一方的なアレだが)。私が、祖母(父の母)から贈られた晴れ着で体調をくずしていたのはきっと不愉快だったろうし、私の反応がよくないのもたぶん不愉快だったろう。私からはそういう風に見えていた。母はスキをついて帯をゆるめてくれたが、それもおそらく気に食わなかったに違いない。帰りの車内は父の機嫌が悪く、居心地が悪かった。
それで、現在にもどるのだけど、就寝時、ふとした瞬間に、脳内で「あの帯、きつかったよな」と、とある架空の存在(私の好きキャラみたいなもの)が言ってくれて、なんか知らんが布団の中で涙があふれてきた。久しぶりに泣いた。なんの感情かわからないけど、「あの時の帯がきつかった」と確認することが自分の涙のスイッチになっていることを知った。自覚ではなく、他人に言わせることに意味があるらしい。この架空の存在は、ばかではない正直さと考え方や感じ方を信頼しているので脳内に居て頂いている。
架空の存在を脳内に住まわせて、自分の欲しい言葉を語らせるなんて不健全なのかもしれないけど、それは別に視えるものではないし、私に指図もしないし、私が「かれならどうするか」程度に考えなければイメージされない。結局虚構なのだ。虚構ですよーという現実だけを伴う幻想だ。かれは妄想にはなれない。
子供の頃のことをひきずったまま大人になって、なんとか自己嫌悪で自爆するのを回避するために、どこからどこまでが親に原因があったかを確認したりするけど、そういう姿を見て「いい年して親のせいにするな」などと言う人が結構いる。しかしその反面、解決方法的なものに「父親一発ぶん殴ってこい、話はそれからだ」みたいなの提示されたりして、なんだか、ただ一般論を言いっぱなしてる感じが気持ち悪い。まあ、だいたいは詳細な背景も聞くまえに、私が相談もしていないのに一方的に言ってくる人の使う台詞だけど。
ぶん殴ったり直に文句言ったりしても簡単に解決しないから、こうしてぐるぐるずるずる大人になるまでなんとかやってこれてしまったんだと思うので、もうそれは今の私には解決策じゃないし、なぜいまさら『暴力』という手段で自分も父親みたいな人間だと自覚させられるような真似をしなきゃいかんのだ、としか思えない。
昔、強固なまでのアンチエセ科学原理主義者とも言える人と婚約をしていた。
私はそれを否定しなかったが、それでも日々積もる不信感は拭えなかった。
一人おみくじを引かない彼。
ここで、この強固な思想についていくことに限界を感じて別れを決めた。
私も科学者だったことがある。だが、心を病み、それどころでなくなっていた。
エセ科学が人を騙し、お金を吸い上げ、騙された人は何の効果もない「作業」を
することになる。
それを彼は許せなかったようだ。
生活の中で科学的な思考が問われる瞬間など、
実はそれほど多くない。
マイナスイオンドライヤーのうさんくささも、科学的云々の手を離れて
ユーザーからの「効果があるようなないような」という評価に落ちついている。
七五三参りをすること。
これらは、科学を模しているわけではないからエセ科学ではないけど、
科学以外全部撲滅派にとってはこういった「慣習」すら悪になるんだと
あちこちで言いふらして回る。
者をほめる、気に入ることが許されない。
でも、祖母の葬儀にはきちんと参加するという。
「生まれ変わっても君と結婚する」
結局、生まれ変わらなくても私たちは幸せにならなかった。
それでも私は言う。
祈りというものに効果がないことがわかっていても、