はてなキーワード: 共通点とは
@moonchild3606
面白いことに、私が初めて「ティアーズ オブ ザ キングダム」をプレイしていたときは、楽しんではいたものの、リニア ゼルダのファンとして、現在のゼルダにはもう自分の居場所はないという沈んだ気持ちから逃れることができませんでした。 だから青沼がこれほどのことを言うのを聞くのは、正直少し胸が張り裂けるような思いだ
@schl0ck
右? 物事が永遠に同じであるべきではないことはわかっていますが、私がゼルダの伝説のゲームに夢中になったのには特別な理由があり、それらの理由のほとんどは最近の 2 つのゲームには存在しないか、あまり焦点が当てられていません。
@starscythe2099
伝統を拒否する。 変化を受け入れましょう。 いい感じだよ、男。
@boughtinbloodendless7813
@starscythe2099 間違った伝統がそうなるのには、それが機能する理由がある
@Malorak
@starscythe2099 ...これはアートには当てはまりませんが、爆笑。 ロック音楽が好きな人に、「2023 年になったので、音楽も変わります。新しい音楽を聴いてください」と言うところを想像してみてください。 確かにそれを好む人もいるでしょうし、オープンマインドでいることは素晴らしいことですが、おそらく 2023 年の音楽は彼らにとって合わず、後でもう一度試してみて、新しいロックが何をしているのかを見たいと思うかもしれません。 それは100%大丈夫です。 ジャンルには理由があって存在します。 どちらも存在する可能性があります。 非常に奇妙なテイクNGL。
@dericandkhristy
@schl0ck ところで、OoT とムジュラの仮面を「同じ」だと考える人はいますか? 風のタクトやトワイライトプリンセスはどうでしょうか?
ゲームは、ストーリーと一部の進行の直線性、妖精が優れた回復アイテムであること、宝箱を開けたときの「DA NA NA」などの核となる側面を維持しながら、常に異なっています。
なぜ任天堂が伝統的なゼルダの要素をすべて(まあ、ほとんど)捨てなければならないと決めたのか理解できません。
自由を増やすためだけに、公式全体を破壊することなく変化を起こすことができます。
人々が問うべき質問は、どんな順序であれ寺院を建てることに、私たちが失ったものすべてに本当に価値があるのかということです。
答えは簡単です、ノーです。
@dericandkhristy
@SirMalorak 素晴らしい投稿です。 👍
@LinkMountaine
@dericandkhristy ただし、実際には何も失いませんでした。 いくつかのことは単に異なって処理されます。 ゼルダシリーズは常にこのスタイルに合わせてデザインされています。
@cyd_hunter99
@LinkMountaineer いや、全然違う気がする
@LinkMountaine
@cyd_hunter99 まあ、間違っているかどうかはあなたの選択です。
@thatnerdygaywerewolf9559
@LinkMountaineer ただし、物は失いました。 失われたものの 1 つは、能力の進歩の仕組みでした。 古いゲームをプレイしていくうちに、徐々に新しい力や能力を獲得し、パズルを解き、環境と対話するための新しい方法を提供します。
BotW にはこの要素がほぼ完全に欠けていました。環境と対話する新しい方法を提供する新しい能力はゾーラ アーマーとおそらくラヴァリのゲイルだけでしたが、どちらもパズルでは使用されませんでした。 残りの能力は単なる戦闘補助者でした。
TotK は、すべての賢者の能力に環境効果とパズル解決の応用があったため、この点では少し優れていましたが、初期能力に比べればまだマイナーであり、過去のゲームで新しいアイテムを入手するほどゲームプレイに影響を与えません ( さらに、その使用方法によっては多少の手直しが必要になる可能性があります)。 さらに 2 つの隠された能力がありますが、1 つは主な能力の退屈さを取り除くだけ (オートビルド)、もう 1 つは小規模で戦闘のみです (地震テクニック)。
編集: 新しいアイテムやパワーが戦闘に影響を与える方法もあります。一部の敵は事実上「パズル」の一部であり、対処するには多様化する兵器のさまざまな部分が必要です。 BotW には再びこの要素が欠けていました。新しい能力は、面白いというよりも、単に退屈を軽減するだけ (ウルボザの怒りはダメージ スポンジの敵に対して役立ち、ミファーの恩寵は料理の必要性を軽減します) か、アクションを自動化する (ダルクの保護は自動で完璧なガードです) ためです。 TotKは、時間の経過とともにより多くの「パーティーメンバー」を提供し、ランダムな武器では戦えない一部の敵(特定のダメージタイプを必要とする鎧を着た敵やギブド)、および大きく異なると感じられる他の敵の間で、再びBotWよりも優れていました。 あなたが見る他人(暗い手)から。 そして、TotK がこの面でどれだけ改善したかについては実際に満足していますが、あなたの能力セットは依然としてほぼ一定のままです。
@Buttertruemu
それをどう説明したらいいのかわかりませんでしたが、あなたは私が表現できるよりもずっと上手に表現してくれました。 楽しかったけど、もっとリニアなゲームが恋しい
@ausgod538
@SirMalorak 会社が両方をやりたくない場合、両方は存在できません。
@therealpskilla502
古い LOZ ゲームを説明するときに「リニア」という言葉を軽蔑的ではない方法で使用でき、それによって嘲笑されることがないのは素晴らしいことだと思います。 シリーズが時間の経過とともに進化するのは問題ありません。私は新しいコントロール、ラッシュラッシュ、新しいアーマーセットなどが好きですが、LttP に遡る数十年にわたるシリーズのアイデンティティが何であったのかを忘れないようにしましょう。 SSが嫌いでオープンワールドの流行に乗って、同じ年に発売されたスカイリムに夢中になった人がいたような気がします。 SS には問題がありましたが、それはモーション コントロールと反復性によるものであり、直線性そのものではありませんでした。 当時の一般的なコンセンサスは「リニア = 悪い」となり、結果として LOZ のファン層は分断されました。 これで 2 つのオープンワールド LOZ ゲームができました。どちらもそれ自体は優れていますが、オープンワールドと非直線的な進行があるというだけで、ロック付きの没入型で直線的なダンジョンが少なくとも 7 つ手に入らないというわけではありません。 アンドキーまたはパズルボックスのゲームプレイは、ベテランのファンにとても愛されています。 (マップのサイズに基づいて、ダンジョンは 10 ~ 13 個程度が望ましいです)。 シリーズの中核となるゲームプレイ要素を完全に削除して、反復的な神社やアクティベート 5 ターミナル スタイルの「ダンジョン」に置き換えても、ファンの半分を疎外しないと期待することはできません。
@dpackerman4203
正直に言うと少し侮辱的でもあります。 長年のファンとして私たちは古いゲームが大好きですが、彼は基本的に、それらは時代遅れであり、もう重要ではないと言いました。 そしてイライラするのは、Botw からやってきた新規ファンが同じようなことを言う人がたくさんいるということで、それが本当に気になります。
@saxor96
@ausgod538 それが問題です。 私たちは彼らがBSの理由でそれを望んでいないことを批判しています。
彼らが単純に「オープンワールドのダイナミックさをもう少し探求したい」と言ったのなら、古いシステム自体が時代遅れでもう良いものではないことをあからさまにほのめかすよりも、もっと耐えられるでしょう。
@therealpskilla502
@dpackerman4203 先代からのシリーズベテランということで、本当に老けたなと感じます(笑)
@vanyadolly
オリジナルのゼルダファンとして、私は新しいコンセプトを本当に楽しみにしていましたが、正直に言うと、NESゼルダを機能させる要素はまったく組み込まれていませんでした。 これらのゲームは、新しいアイテムを獲得するたびにさらに探索することを促す直線的な進行を持っていました。 世界は空虚で目的のないものではありませんでした。 現在、彼らはオープン性を重視するあまり、ゲームプレイだけでなくストーリーもそのせいで損なわれています。 個人的には、ゼルダ ゲームの魅力を満たすものはほとんどありません。
@vanyadolly
@LinkMountaineer絶対に違います。 私は基本的に古典的なゼルダのファンなので、そのような話は聞き飽きています。 オリジナルのゲームは直線的に進行するオープンワールドを持っていたため、リニア ゲームとの共通点が多かったです。 それがこのゲームを素晴らしいものにした理由であり、現在のゲームに欠けているものでもあります。
@gamgee3393
@starscythe2099 それはひどい哲学です。もし変更がより悪いものであれば(ゼルダの話ではなく、一般的に)、私たちはそれを受け入れるべきです。 私たちのリーダーや、お気に入りのフランチャイズを支配する人々に挑戦するのをやめたら、私たちは結局、ずさんな消費と生活をすることになるでしょう。
@LinkMountaine
@vanyadolly あなたの聞き飽きたことは本当に気にしません。 現実は現実だ。 また、直線的に進行するオープンワールドを実現することは物理的に不可能です。 オーバーワールドに後で開かなければならない場所がある場合、それはもはやオープンワールドではありません。 この 2 つは相互に排他的です。
@therealpskilla502
@vanyadolly よく喋ります。 他のすべてを犠牲にして「無限の自由」を追求することは、直線的な物語の進行に基づいて構築されたシリーズとは相容れません。 私が「物語の進行」と言ったのは、これにはストーリーとゲームプレイの両方が本当にユニークな方法で含まれているからです。
@kylemccrory8509
@starscythe2099 そのようなものを単に理由として拒否するのは十分な理由ではありません。
@vanyadolly
@LinkMountaineer 不可能ですが、なんとか 1986 年にそれを実現できました。Elder Scroll はそれを何度か行いました。 BotW と TotK がオリジナルのゼルダ ゲームに似ているというのは完全な誤りです。 オリジナルのゲームには、リニア ゲームやその 2D 後継ゲームとの共通点が多くあります。
オープンワールドとは、すべてのエリアに 100% アクセスできることを意味するものではありません。 もしそうなら、現在のゲームは、進行の背後にいくつかの制限がロックされていたオリジナルとの共通点があるとは言えません。
@LinkMountaine
@vanyadolly 私は、過去のゼルダ ゲームが範囲の点で BotW や TotK に似ているとほのめかしたことはありません。 実は注意してください。
実際、オープンワールドとはその定義そのものが意味するものです。 いつでもどこでも制限なく行くことができます。つまり、世界は真にオープンです。 したがって、オープンワールド。 私は本当にそれは自明のことだと思いました。
チームで仕事をするならリアクションをし続けろ、自分がチームに与える影響力はでかい、みたいなことを書いているnoteがホッテントリに上がっていたのだけど
あれさ、なんでそうなるの?
さっきまで勢いづいて喋ってた人も
え?急にどうしたん?なんでいきなり静かになるの?みたいな
みんなも今までの人生のうち一人や二人こういうタイプの人間いたと思う
きっと全員なにか共通点があると思うんだけどわからない、わかる人いない?
なんか独特な雰囲気を持ってるんだろうなってのはなんとなく思う
この無言になる間アイコンタクトでも取ってプークスしてたらそれはいじめだろうけどそういうのではないのよね
こっちもあっちもえっ…?みたいな空気になるの
自分なんかまずいこと言ったんだな〜って言葉発するのだんだん不安になって自信無くなってくる
書いてて思ったけど余計なことを言うタイプ・気まずい空気作成メーカー・つまりコミュ障に繋がるのかなって少し見えてきたかもしれん
この2つの共通点は親ガチャ・環境ガチャに盛大に外したですよね
まぁ造形が良いということは年を取ってもそれなり役にたつはずなので、
自分の不足を自覚してこれから上手いこと頑張れで『賞味期限切れのイケメン・美女』は放置する
(関連増田:学歴コンプと同じで外見コンプの人は胸に刻んで欲しいんですけどね https://anond.hatelabo.jp/20231029084622#)
結論から言えば『人種差別』や『障害者差別』などの本来のルッキズム文脈以外で絶対不細工なんてものこの世に存在しねーのである
社会的困難が無い・顔に障害も抱えていないのに、何故絶対不細工だなんて妄想を抱く至るかというと、
・・・・と書いたところで早くも飽きて書くの面倒になってきた。なので書きたいことだけ書いて終わる
書き起こしてみたら 1つ目(親ガチャ)、番外(親ガチャ、環境ガチャ)、5つ目7つ目(病気)が主たる原因なので、これ簡単にどうにかなるかなるやつじゃないなと思った
ワイは生まれつき人の見分けがつきにくいので、人の造形は心底どうでも良いのだが(よほど個性的でない限り秒で忘れる)、
人がしている格好は多少気にする
人がしている格好は多少気にするってことは、意識高いの?と言えばもちろんそんなことはなく、服ヲタ・オシャレ小僧なのかと言えばそんなことはなく、
365日キメキメで過ごしてんの?と言えばそんなことはなく(仕事で偉い人と話す時や商談や冠婚葬祭やラグジュアリーな場所以外どうでもいい)
単純に人がしている格好はその人の社会ロールとメンタルの状態を表していることが多いと学習しているからである
身なりに極端に構っていない人は、極端に自尊心が低いか、経済力が問題がある状態かで、相手すんのが面倒なので基本的には関わらない
なんで我慢して他人に従わなきゃいけないのというのはわからんでも無いし、そもそも従う気もないので、TシャツGパンかトレナーGパンで過ごしている
でもまぁ、商談ほか決めるべきシーンはあって、普段無頓着でも、キメると絶大な効果を発揮するのである
『普段からキメキメな人』と『必要な時だけ整える無頓着な人』だったら前者の方が整えるスキルが圧倒的に高いはずだが、
ぶっちゃけ美容界隈・軽薄界隈以外の一般人が気にしているのは整えるスキルの練度ではなく、下記の4つである
なので、『造形』や『整えるスキルの練度』に関係なくキメるべき時は盛った方がいいと思います。特に面接は盛ろう
https://anond.hatelabo.jp/20231211194049
就活に困っている子、社内の立ち位置に困ってる子に、自分を盛れってアドバイスするのは悪かないけど、ただのルッキズムで気持ち良くなってんじゃあないよ
清潔感なんて実態とかけ離れた言葉じゃなくて(むしろオシャレは衛生的には微妙なことすらある。整髪料ほか)
見た目を盛っておくだけでもだいぶ違うで
- おしゃんな美容室いっておしゃんな髪型にする。眉毛もやって貰う
- スーツとシャツは安くて良いので必ずお直し屋に出して丈を直しておく
- リュックでも良いので、予算内で買えそうなカジュアルブランド鞄を購入する。出来たらレザー風とか張りがある生地が良い
(入社後の商談にリュック持っていっちゃダメよ)- なんでも良いのでおしゃんな革靴か、予算内で買えそうなカジュアルブランドスニーカーを買う。イメージとしてはadidasのスタンスミス黒みたいなの
- たとえ本当に明るい人であっても、おしゃべりな人であっても、無理矢理明るく見せようとしない。無理に喋らない。聞かれかことだけ答える
- 常にやや口角を上げて相槌打ちながら面接を行なう。笑うシーンではしっかり笑顔を見せる。面接官がシビアな話している時は難しい顔をしとく。わかりますとか話には乗らなくて良い
- 体力と体調管理には自信がありますアピールは、聞かれてなくても、ねじ込めそうなタイミングでする。なんならエピソード創作しておく
おしゃれでイケてる感じに盛ってくださいって言うといいと思う
面接受けに行くとかいうと遠慮して無難な感じにされるので言わない方がええぞ
髪色は黒髪かアッシュブラウンくらいの方がええが、別にパーマかけてもいいしデザイン坊主でもいいぞ
ただ、マンバンヘアは職歴に自信ないなら流石にやめた方がいいと思う
見た目が盛られていると何がいいかというと、元気があって協調性があるように見える
流行りっぽいおしゃれっぽい格好している方がそういう解釈されるんだなぁ
元気があって協調性もりもりなキャラじゃない場合は見た目盛ってそういう演出しとこう
補足2:ブクマカやブクマカ兼ねてそうな生きづらいちゃんくんの生活環境ヤベーと思いますの。多様性を重視する人なのかしら
清潔感が別の概念(ガチで汚れや臭いを指してる)だったら増田の生活環境ヤベーって話になる。環境は自分の鏡だぞ
いい感じに言えば差別的な発言に見えるのは言葉足らずなだけで、
実際の増田は多様性を重視しているので "増田の周りには色んな人がいる" かな
ワイは賃金格差は無くすべき、賃金の高い低いで人をはかるべきじゃないって思ってるけど、
清潔感が別の概念(ガチで汚れや臭いを指してる)と主張するブクマカやブクマカを兼ねている増田は、
ワイの周りにそういう人いないし、関わらないし、そういうレベルがいる環境の人(経済レベル・職業)だと思われて得することないので
これについて真面目に言いたいんですけど
現代ってテレワーク(在宅勤務)なんですよ。ワイなんかパジャマのままで仕事してる
テレワークがデフォじゃなかった時代は会議時はカメラONがデフォだった
けど今はある程度の規模感だとデフォでOFFなんだね。負荷がヤベーからだね
(まぁ外資だとそうじゃないとこもある。GAFAMのどれかとか)
それから、清潔感の演出ではなく、臭いや汚れに配慮ができない、マジで衛生上の問題を抱えた人が、
在宅勤務してるとかではなく通勤してくる、当たり前に身の回りいるって、
給与の高い低いをなんらかの指標にする場合、割と深刻な事態だから重く重く受け止めた方がいいぞ
ワイくん、面接時と商談時は全力で盛るものの、在宅だと衛生に含まれること含めてあらゆること放り投げるけど、
ワイくんのオフィスに臭いや汚れに配慮ができない、マジで衛生上の問題を抱えた人は身の回りに1人もいないぞ。それなりのお賃金で働いてるからだ
(仕事は『やり甲斐』や『社会貢献性』や『プライベートを優先しやすい』など、給与の高い低いだけで決まるものではないっちゃないけどね)
ある程度のお賃金のお仕事って基本感情の発露とか疲労感アピールって許されてないと思うので、
補足3:自然のままが良いと感じる人は別にそれで良い。ただ・・・
自分自身が自然のままがいいと感じる人は自然のままの方がいいに決まっている
ただまぁ正しい正しくないで言ったら脇毛と同じく他人に流行の強制をするのは良くないが、
自分らしさでメシ食えるのホント少数派だから・・・ってのは流行に乗るを全面拒否する子には言いたい
自分自身が必要な分のお金を得るために装備を整えるのって、搾取されているとかそういう話じゃないからって言いたい
自分自身の主義を優先したいってならは別に止めないけどわざわざ困難な道選ばんでいいぞ
結局どうやって友達を作るかってところに戻ってきちゃうんだけど、
就活や男女のマッチングと同じで、やっぱりそこには大前提として
っていう2条件が要るのよな。
友達なんかひとりもほしくねーやと思ってる人とはどんなに魅力的な人物だって友達にはなれないし、
友達がほしくてしょうがない人だって、つまらない人物や感じの悪い人物は願い下げだろう。
つまり上の2条件がちゃんと揃わないとマッチングは成立しない。
ちなみに、初対面のその場で友情が築かれることなんて、相互にめちゃめちゃオープンマインドじゃないとありえない。
やっぱり、何度か会って話してるうちに、お、こいつなんだか気が合いそうだな、ってなるのが普通。
(女子同士の場合は初対面でいきなり打ち解けた感じになるけど、あれは双方とも演技。友情ではない)
自分は人間としてまともです、こういう人物です、ということを臆せずある程度開示して見せないとなかなか友達はできない。勝手に友達がどんどんできちゃう人はこれが上手というか無意識にやってる。相手に興味を持ってどんどん質問するし、共通点を見つけたら喜ぶし。
のいずれかか、もしくはこれらの複合要因。
学生時代の友達ってのは「だいたい似たような知能」「ほぼ同年齢」という共通点があり、かつほぼ毎日顔合わせるという単純接触効果マシマシな状態で成り立っている。
よって、学生じゃなくなったら「会社のランク格差」「収入格差」みたいなところを皮切りに共通点が少なくなって、その上で毎日顔合わせるわけでもなくなるので、「冷静に考えてみたら意外とあいつのこと好きじゃなかったわ」と発覚するのはあるあるネタ。
んで、夜職の人と接点持ち続けるのはまともな昼職の人間的にはやっぱあんまよくない(向こうは隠してるがこっちが感づいてる程度なら別だけど)。
この理屈って、極論をいえば「なんで絵が描けないくせに漫画を読んでるの?」と同じだと思うんだが。
「楽器を演奏できない人がなんで音楽聴くの?どうやって楽しんでるのかぜんぜん理解できねーわ」
と言われても、逆に「はあ?」ってならん?
漫画だけに限っても、
「逃げてばかりで戦ったことがないくせになんでバトル漫画好きなの?」
「女子からキモがられてるのにラブコメ漫画を読んだところで、恋人のいるキャラに共感できないでしょ?」
「いじめられっ子が頑張る漫画読んでるけど、お前はイジメられて何もできずに終わった側じゃん」
「車椅子のくせに、なんでリアルじゃなくてスラムダンクの方が好きなの?」
とか、
そういうことだよね?
フィクションなんだから現実と真逆のものを読もうと逃避しようと自由だし、
例えば、
「いい歳したおっさんのくせに、なんで少年漫画を読んでるんですか?」って質問をして、
「現実が惨めで、楽しかった少年時代に逃避するしかないんです」
なんていう、「いかにも」「それっぽい」答えが返ってきたとして、納得するか?
逆にそれっぽい答えの方が、余程信用できない。
好きになる理由など、
漫画以外のすべての人生経験によって左右されるんだから、ただの一般人には答えようもない。
下手したら、妊娠中だったときのオカンがBLを読み耽ってたせいかもしれん。
と、ここまでは「そういう安易な解釈はよくないよね」、という説明だ。
「主人公と同性」のキャラクターは、基本的に「主人公(読者である自分)と同質の存在」
分かりやすいのが、「立ち向かうべき・乗り越えるべき、主人公のよくない一面」を体現したキャラ。
良いか悪いかは別として、「ライバルキャラ」は主人公の分身そのものであることが多い。
好奇心が強く冒険を求める気質で努力を惜しまず、同じようにラピュタを追い同じ女性に恋をする。
「同性で同世代の子供の死」(自分の分身と別れることで成長する)が描かれる。
「主人公と同性のキャラクターは、主人公の分身としての意味を持つ」というのは、
主人公と同性の相手との恋愛はつまり「理想の自分との恋愛」と解釈できるのだ。
読者の「自己愛の強さやナルシシズムを気持ちよく満たしてくれる」要素が強く、それが魅力なのだといえる。
だから作風も耽美系(自己陶酔)や、上下関係(自分という最上位のプライドを甘くくすぐる構造)に寄りがちなのである。
ミニチュアの箱庭のような居心地の良さや安心感が、同性愛ものにはあるのだ。
もちろん「BL・百合好きは幼稚なナルシストだ!」という話ではない。
その単純な理解は、
「少年漫画好きのおっさん=精神が未発達な社会不適合者」と同じだ。
そうでなきゃSNSがこんなに流行るはずがない。みんな承認欲求を満たしたいバケモンなのだ。
むしろ自分が特別でなくなったら、人間はもう生きていられなくなる。
そして、ナルシシズムにも種類がある。
「自分大好き!他のことは知らん!」と自分を持ち上げるタイプと、
「自分以外のものを踏みにじることで、自己愛を満たす」ような自分以外をこき下ろすタイプだ。
どちらが優れているわけでもないし、人はみな両方の要素を持っていて、どちらの要素が強いか、というだけである。
ただ、個人的な印象としては、
異性愛作品の方が「他人をこき下ろす構造の作品」が多いように感じる。
同性愛作品の方が他人にも寛容なことが多い気がして、それもまた人気の一因ではないかと思う。
また、(異性愛者の)「女なのに百合好き」「男なのにBL好き」も、別におかしいことではない。
「裸の付き合い」とかいって温泉にやたら行きたがる男、すぐケツやちんこを叩いてくる男は死ぬほど多いが、同性愛者かと言えばそんなこともない。
「兄貴」キャラとか、シュワちゃんやスタローンなどすぐ裸になりたがる筋肉俳優は、男のファンの方が多い。
そしてそういう作品は、(同性愛的な)男の性的サービスカットが結構多い。(千葉真一の戦国自衛隊とかビックリする)
「同性キャラの性的モチーフ」だからといって、「それを見るなんておかしい!お前さては同性愛者だな!」ということはなく、ぜんぜん普通のことだ。
ジョジョ読んでる奴はオカマとか、そういう時代じゃないんだから。(いたんだよ昔は)
まああくまで、「そういう傾向があるというだけ」の話なのは、理解してほしい。
ブロック上限100に対してネタバレありボタンで折り畳まずにネタバレ書く奴多すぎるし、このツイートみたいな意味のない通知も来るし、なんかもう少しなんとかなんないのかね
Filmarksほとんど自分が観た映画の記録用にしか使ってないから明らかにフォロバ目的の人からいいねしてもらっても何とも思わんしたいていそういう方々は解説者みたいにあらすじ説明から入ってらっしゃるのが共通点(全然いいんだけど)
https://x.com/nigousenutajima/status/1446333843368144897?s=46
Filmarksでいいねしてくる人の大半はレビュー読んでないよね 上から順にいいねしてフォローさせようとすんな 今見たら上から順にいいねしてた あたし観たのかなり昔だからこんなに遡っていいねしてきたのがきもい
https://x.com/neosayacandy/status/1393546404568571910?s=46
Filmarksでいいねしてくるやつ本当その映画のレビュー書いてるやつ全員にいいねしてんじゃねーかってくらい遡ってもいいねしてる きもい
https://x.com/neosayacandy/status/1393585732376088582?s=46
↑これ本当にあるあるで、はるか昔かつ映画の内容に関してはほぼ触れてないメモ程度のレビュー(見た映画館の記録とか、一言「おもしろかった」とか)にいいねが来る。その映画のレビュー欄を上から確認するとそいつが投稿する直前までのレビューに連綿とそいつがいいね付けてる。内容がないようなのも一言書き捨ても全部。で、そいつは長文の勝負レビューみたいなの書いてる。
利益率が悪いのにわざわざこんな商品扱って個人で店出してる時点で店主はまず思想が強いと思っていい
だいたいこういう店をやってる奴らの共通点はコミュニケーション能力が低くて愛想が悪く、客商売の基本がなっていない
連中は挨拶ができないので笑顔でいらっしゃいませも言えない、大手チェーンの高校生バイトでもできることができない
昔あるフェミ思想の強い店主がやってる本屋にそれと知らずに行った時は、うわっオスが入ってきやがったと言わんばかりの露骨に不機嫌な顔をされたことがある
客商売やってる分際でお前の個人的な思想を前面に出してんじゃねぇよボケが、小学生か
キモい個人店やってる奴は社会で働けないぐらい思考が歪んでしまっているので自営業に逃げてクソの役にも立たないオナニー商売をやっている
サブカル系本屋など全てヴィレッジバンガードに吸収されろ、コーヒー屋はスターバックスで十分だろ
旧ジャニーズにしても宝塚にしても羽生結弦にしても、共通点としてコアファンの厄介さとその厄介さ加減をビジネスに変えている状況がどうしようもない。
その中でビジネス面についてはヤカラ達の問題なのでさておいて、個人的に気になっているのはその餌となっているコアファン達は、なんで赤の他人である「推し」に対して自意識が歪むまで熱量を割けるのかってことで。
現実なんてクソゲーだってのは誰かが言った話だが、そのストレスを供給されるエンタメで解消するってのは別に否定しないし覚えもある。
ただ身持ちを崩したり相手を傷つけたりするってのは、どうにもいただけない。その結果供給がストップされることだってある訳だし。
その熱量を、もう少し自分周辺に対して向けた方がバランス感覚としていいんじゃないのか、と思うわけだ。
具体的には、汝ネコを愛せよってことだ。それで大体解決する。
ブロック上限100に対してネタバレありボタンで折り畳まずにネタバレ書く奴多すぎるし、このツイートみたいな意味のない通知も来るし、なんかもう少しなんとかなんないのかね
Filmarksほとんど自分が観た映画の記録用にしか使ってないから明らかにフォロバ目的の人からいいねしてもらっても何とも思わんしたいていそういう方々は解説者みたいにあらすじ説明から入ってらっしゃるのが共通点(全然いいんだけど)
https://x.com/nigousenutajima/status/1446333843368144897?s=46
Filmarksでいいねしてくる人の大半はレビュー読んでないよね 上から順にいいねしてフォローさせようとすんな 今見たら上から順にいいねしてた あたし観たのかなり昔だからこんなに遡っていいねしてきたのがきもい
https://x.com/neosayacandy/status/1393546404568571910?s=46
Filmarksでいいねしてくるやつ本当その映画のレビュー書いてるやつ全員にいいねしてんじゃねーかってくらい遡ってもいいねしてる きもい
https://x.com/neosayacandy/status/1393585732376088582?s=46
↑これ本当にあるあるで、はるか昔かつ映画の内容に関してはほぼ触れてないメモ程度のレビュー(見た映画館の記録とか、一言「おもしろかった」とか)にいいねが来る。その映画のレビュー欄を上から確認するとそいつが投稿する直前までのレビューに連綿とそいつがいいね付けてる。内容がないようなのも一言書き捨ても全部。で、そいつは長文の勝負レビューみたいなの書いてる。
全然ちげえよアホ。
「恣意性がある」というごく一部の共通点だけで、それ以外の差異を全無視すんな。
個人が金稼ぎのためにありもしないでまかせを流布して社会全体に余計な負担を押し付けることと、言語が数百年数千年に及ぶ時間と無数のコミュニケーションを通じてある様式に収束していくことのどこが同じなんだよ。