はてなキーワード: マインクラフトとは
いや、別に補助金を貰うのは構わないというか、寧ろ彼には貰って欲しいぐらいだ
それで承認欲求バリバリの迷惑行為をしなくなるなら治安の面でも良いのではないだろうかw
ただ、ブコメであまりにもギフテッドギフテッド書かれているので、ギフテッドとかいわゆる天才の定義、
と言っても、今さっきWikipedia見るまで自分なりの定義で勝手に考えていたわけだけど、
なんか引っ掛かるというか、ギフテッドってこういう話だったかなと思ってつい書いてしまった
饒舌になるのは良くないな
というか、歴史的にも天才と呼んで間違いない人はいるわけだけど、
あと、自分の得意分野だと優れていると分かるけど、無関係の分野だと評価されないだろうなあと思う人もいるわけで、
特にゲームとかメガデモみたいな世界だと、グラフィックスとかの数学やコードが他の分野の人からは評価されない可能性があるわけで、
そういう意味でも、欠片?をちゃんと解こうと思ってなかったし、多分、解けないんだろうけど、
あと、マインクラフトのnotchもMENSA会員だったと思うけど、
マインクラフトもそうだけど、そんなに複雑で難しいことを敢えてしなかったのが斬新だったというか、
彼はボトムアップでコードを書いていくタイプだと自分は思っているのだけど、
優れているしMENSA会員なんだろうけど、notchがギフテッドなのかはちょっと分からない
というか、自分は凡人以下だと思うけど、難しい幾何学や数式を解くだけがギフテッドや天才の基準でないのであるなら、
自分で言うのもおこがましいけど、自分も天才的な面はあると自覚している
というより、自分も天才的な面があるし、自分から見れば他人の中に天才的な、先天的な才能の一面を見ることがある
それがトラック運転手だろうがレジ打ちだろうが、そこにそういうものが見出だせると自分は思っている
自分にはとてもできないことができてる時点で十分凄いと思うからだ
(尊敬はしているが、人間性とかはまた別であって、人間性に問題があるなら人としては信用できないわけで
まあ、天才だって食っていかなければならないわけで、俺は天才だ!だから雇え!というのはレオナルド・ダ・ヴィンチもそうだっただろうと思う
飛ばないヘリコプターとか構造的にどうよみたいな戦車の絵でパトロンから兵器を発明、研究開発する名目でお金を貰う必要があった
そのお金がなければ生きていけないし、川辺で流体の絵を描いたり、墓場から死体を掘り起こして解剖してスケッチすることもできなかっただろう
レオナルド・ダ・ヴィンチもギフテッド?というか天才の部類ではあるだろうし、
意図的に、俺は天才!と演出することも天才が生きていくためには必要なのかもしれないかもなあ…、うーん、わからん…
しかし、ダ・ヴィンチの川辺の流体は渦がちゃんと描かれていたり流体シミュ的にも面白い絵なのだけど、
描いたものから流体力学的な気づきがあったかはよく分からんのだよなあ
「夏への扉」よろしく、ダ・ヴィンチは実は未来から過去へ飛ばされたタイムトラベラーで、訳あって未来に戻れなくなった、
というなら分かってて描いた可能性もあるけど、そんなこともないだろうし
でも、あの飛べないヘリコプターも考えようによっては「いい線」行ってるとは思うんだよなあ
惜しいというか、そこじゃない感があるんだけど
ごめんなさい
まず、コンピュータゲームがほとんど巷に存在しない時代にPongが登場すれば、そりゃみんなゲームにワクワクしたはず
アメリカにアーケードゲーム筐体だってそのものがない時代なんだから
だからスティーブ・ウォズニアックだってApple IだのIIだのでPongの実装はやっていたはず
それもスティーブ・ジョブズは売りにしてたはずだ
Pongが動作すると、次はブロック崩し(Breakout)が作れる
プログラミングのコツの一つは他人のプログラムを改変することだ
Pongが動くなら、そこからドットやドットの塊をVRAMに描画することは可能だと気付くだろう
でも、単なる壁打ちや対戦ゲームだったPongのゲーム性を大きく変えることになる
日本のゲーム企業タイトーは、このブロック崩しをインベーダーゲームに「再々」発明した
これも実現可能であることは誰でも分かるが、ゲーム性を大きく変えることはある種の発明だと思う
ちなみに、孫正義はタイムマシン商法が得意で、このインベーダーゲームをアメリカに輸出し大儲けした
相変わらず、左から右、右から左に他人のものを移動して儲けるのが上手い(いや、本心から褒めてるんですよ
インベーダーゲームでは、ブロックは上から段々と降りてくることになる
また、ブロックが左右に動く、UFOは高速に動く、手前のバリケードがありドット単位で破壊される
プログラミングのコツの一つである、他人のコードを改造する、は本当に素晴らしい再発明を起こしてくれる
Pong → ブロック崩し → インベーダーゲーム → ギャラクシアン → ゼビウス → グラディウス → 斑鳩だの東方だの弾幕避けだの何だの
に繋がっていくわけだが、
この矢印での「パラダイムシフト」の段差が高いほど、ゲームに対するワクワク感が増すと自分は考える
つまり、ギャラクシアンのようなグラフィックからゼビウスが登場したときは、
安っぽい言葉で形容するなら一大センセーションというかエポックメイキングという感じだったわけだ
しかし、今の時代、2Dシューターにそんなにワクワクはあるだろうか?
というか、マニアでない奴が口を挟むな、と言うぐらいタコツボ化しているように思うのだが、
寧ろ、様式美とかお約束が守られてることがプレイヤーの安堵感につながる
2Dシューターができれば3Dシューターが作れるのも自明である
ただ、マシンのグラフィクスの能力が低かった時代にはリアルタイムでの3次元CGの実現が難しく、
アメリカではベクタースキャン、つまりオシロスコープやブラウン管テレビの走査線方式が主流だった時期もあったが、
アメリカではワイヤーフレームの3Dゲームが実現していた時代、日本はファミコンに向かっていた
自分にはハードウェアによるスプライトに固執し、束縛され過ぎているかのように今からすると思える
一方、ファミコンのスプライトの数はMSXと比べると段違いであったが、
ファミコンは2Dスプライトベースのゲームだけを前提としていた
つまり、ファミコンでブレゼンハムのアルゴリズムによる直線を引くとか困難だったのではないだろうか
自分はファミコンの開発はよく知らないのだが、ファミコン版のテグザーは酷すぎると思った
MSXの方がファミコンよりもトータルのグラフィック性能が劣るにも関わらず、
こうやってだらだら書き連ねてみると、
つくづくワクワクするのは何だってアーリーアダプターの段階であって、
そのあと結婚だって何だって倦怠期?ワクワクが減少する時期がやってくるのである
何もない状況にパラダイムシフトを起こす何かがやってくるとワクワクするのであるならば、
乳児はこの世界の何もかもにものすごくワクワクしていると思われる
乳児でなくなると、この世界の変化しないものは常識として脳に定着して、つまらないものにさえなる
でも、若ければまだまだ体験していないことはあるわけだ
若ければギャラクシアン → ゼビウスがどれだけスゴかったかなんて知らんし、俺も知らんw
でも、ギャラクシアンより先にゼビウス見た世代だけど、凄いなあとは思ったんだよな
だって、自分の場合はギャラクシアンを飛び越えてゼビウスだったんだから
逆にギャラクシアンの方を後から知って、古臭いゲームだなー、レトロだなーと思ったんだから
(ただ、ギャラクシアンの曲線的な軌道はゼビウスなんかより凄い発明に思うんだが。整数演算なんだよね?
ただ、レトロレトロとバカにする人はプログラマーでないとかなんだろうけど、
ゼロからコード書くって、何もないところから作ることを考えさせられるわけで、
それはゲームのプログラムを書くならば、ゲームの基本のPongから考えさせられることになる
例えば、ゲームプログラムを書くときSDLとかSFMLみたいなライブラリは使うかもしれないけど、
自分も何か新しいゲーム開発のライブラリとかフレームワークとか検証するときは、
から始めて、次に倉庫番、簡単なブロック崩し、テトリスを実装するとかやることにしている
そこで開発の大まかな進行とかフレームレートとか、色々分かってくるわけだ
ジョン・カーマックがどこで語ってたのか忘れたけど、最近のFPSは完全にMOD開発になっていて、
そのMOD開発の費用はどんどん膨らんでいっていると言ってた気がする
つまり、レベルエディットとかキャラクターだアイテムだとか、そういうコンテンツの緻密な開発だけが進んでいる気がする
GTAみたいなゲームもFPSとかで培った技術の集大成にすぎない
可視領域をどう区切るか?遠くの建物にLODを使うか?インポスターを使うか?とかそういったゲームエンジンの話は、
マシンパワーの向上やUnityなどのゲームエンジンの登場であまり議論する意味がなくなってきている感がある
もっとも、Unityなり導入すれば簡単に作れるという話ではないと思う
思うが、もうゼロからチマチマCのベクトル計算のコードを書く時代ではなくなっているのは確かだろう
カーマックはその高騰するMOD開発をマインクラフトは意図的に安価にしたと言ってた気がする
つまり、マインクラフトであれば子供でもゲームを改造する体験ができるようになる
それはマインクラフトの開発者であるnotchがそういうゲーム開発に対する思想を持っていたからだ
私はnotchはシンプルなものを積み上げるのが好きなように思っている
ただ、jsdo.itだかに投稿していたソフトウェアレンダリングのコードは北欧のメガデモっぽさがあって、
読もう読もうと思って未だに読んでいないことを今思い出した
文章書き直す気がないまま、だらだら書いてみたが、読み返して自己分析するに、
まず、ゲーム開発でなくてもそうだが、
まず何かがあって、それをコピー改造した何かが生まれる、この連続で物事は進化していく
手塚治虫があって、それを高橋留美子がコピー改造して新しい漫画が生まれ、
次に若い漫画は高橋留美子の漫画をコピー改造して、また新しいものが生まれていく
開発する側も消費者もワクワクするのは、この改造して新しい何かが生まれる、守破離の離のインパクトであろう
黎明期はその離のインパクトが大きいが、どんどんそのインパクトは小さくなっていく
そして、ありふれたものが溢れるようになっていく
これが成熟期と言える
しかし、その成熟期に溢れるものは様式美であり、お約束であり、マンネリズムである
あの時代は3DOが先行したがコケたり、ドリキャスも登場してコケたり、面白い時代だったのである
ただ、今の時代にああいう群雄割拠というか、戦国時代というか、そういう活気がゲーム業界にあるようには思えない
VR元年って毎年言ってない?というツッコミは分からんでもないが、まだまだVRは伸びると思う
物体を触れないなんてのはまだまだVR市場が伸びる余地があるということだと思っている
あと、FPSみたいに走るゲームだと自分も走るのか?ということになるけど、うーん、ルームランナー方式はなあ…
あと、これも自分は専門でも何でもないので、
というか、この文章自体がダニング=クルーガーなのは認めざるを得ないわけだけど、
敵というかNPCというか、今の時代だったら高度な汎用性のある人工知能をゲームでも実現するべきだと思うわけで、
そうすれば当然、同じセリフを延々と喋るドラクエの村人みたいなのは笑い話にしかならなくなる
ゲーム内に高度な人工知能が実現すれば、それらと会話したり、それらとマルチプレイと同様の感覚の連携プレイが可能になる
今までと同じことを繰り返しててもワクワクしないし、
死が少しだけ身近になった今、墓碑は何で作られるだろうか考える。
野球選手なら折れたバットと破けたユニフォーム?喫煙者なら吸い殻と灰皿?
俺は…昨日始めたばかりのマインクラフトでロストしたダイヤモンド?ぶん投げて壊したコントローラー?10年使ってて5回しか交換してない弦、捨てた30本?作ってみてクソみたいだった曲?クソコード?クソアプリ?
墓標は何だろう。「死んだように生きた者、とうとう死ぬ」?「マスターピースのない男が、最後に作ったマスターピース」?
そんなものに誰が墓参りに来るだろうか。もっとも墓を黄金で作ろうが知るものがいなければ誰も訪ねてこないだろうし、死んだあとに来られても何かもてなしができるわけでもなし、あんじょうこのまま荼毘に付せばよいとも思える。
たとえばスターデューバレーっていう牧場物語みたいなゲームだと、"Stardew Valley Expanded"っていう大型のmodが出てる
これはマップの広さを倍くらいに広げ、イベントを足し、キャラクターを足し…とその名の通りの拡張版で、度重なる更新によってボリュームをどんどん増していってる
もともと牧場モノだからマップは箱庭型、つまり一度しか行かない所はあんまりなくて、同じ町の中をぐるぐる回るプレイスタイルになる
その巡回にたえるマップを大量に足してくるんだからすごい 本家の開発に加わったらいいのに!とマジで思うくらいのクオリティだ
スカイリムとかマインクラフトとか、そのへんのmod文化が強いゲームも本当にすごい 武器300種追加とか魔法システムを完全に変更とか、本来なかった衛生度のシステムを追加とか、そういうレベルのがゴロゴロしちょる
で、ポケモンですわ
ポケモンはいいゲームなんだけども、開発力の低さがしばしば取り沙汰される
たしかにやってると物足りなさを感じることも多い なんつうかガキ向け感が否めない(じっさいガキ向けなんだが) 要素も絞られてる感じがする
PC版も出してmodコミュニティに活躍の場を与えゃいいのに!と思う PC版はオフライン限定とかでいいからさ!
絶対宿屋追加とかオリジナルポケモン追加とか、新マップ追加とかそういうので盛り上がると思うんすよ
無理かなあ 無理そう でも楽しそうだと思う
月姫のヒットで、プロのクリエイターの権益が脅かされると言われたのが20年前。
結局、その後進であるFGOは"プロの権益を脅かして"頂点を獲り、マインクラフトは世界一になった。これは最近の話だ。
才能ある個人と資金力のある大手企業が組むことが当たり前になったことで、
その中間である"プロのクリエイター"は苦しい立場に置かれることになった。
EAや任天堂、あるいは中国資本による大作、過去の遺産によるリメイク、続編。インディーゲーム。
何か一つでも、これらより優れた価値を提示できなければプロとしてやっていくことができない。
グラフィッカーやコンポーザーが頑張ればゲームの中身なんてどうでもいい、
そんなことにならないように、今、作り手の力が試されているんじゃないか。
だってあれ、wiki読むか、知っている誰かに訊かないと進められないゲームっぽいじゃん。
でも知っている誰かなんて中々いないので、大抵の人はwikiを頼ると。
あんなの読み始めた日には、ゲーム遊んでいるのか調べ物しているのかわからない状態になりそう。
wikiを読むとか、虚無以外の何物でもない時間を使わせるゲームなんて、その時点でダメダメだと思うんだけど。
「誰かと協力することを学ぶ」とかあって、くっさーって感じ。
バカバカしい。
なんでゲームごときで、そんな小難しいことを勉強させられなきゃいけねーの?
ゲームなんて楽しくてナンボであって、とりあえず暇つぶしの脳死プレイでも面白いのが最低条件なのに、その真逆を行ってどうすんだ。
マジウケるんだけど。
タイトル通りなのだが、6歳の保育園に通う娘が、マインクラフトでイルカを殺して遊んでいた。
やっていない人に説明すると、マインクラフトでは卵からいろんな動物をフィールドに出現させることができる。
パンダならパンダをフィールドいっぱいに出すことができて、結構カオスな状況になる。
パンダは竹を食べるので、竹をあげると立ち上がってもぐもぐ食べる。
イルカは、陸上にだすと、ビチビチうごきながら、そのうち赤くなって死ぬ。
娘はそれを面白そうにやってみせた。
ぽいぽい出現させては、どんどんイルカが死んでいく。
他にも、オオカミを池の中にたくさん出現させて、おぼれる様子を見せてくれた。
こういうことを良くするのか聞いた。
そんなことをするなと。
お前がそんなことをするのは悲しい気持ちになると。
娘は「ここで私が何をしようと勝手でしょ!」と、これまた怒っていた。
屋外で蝉がせわしなく鳴いている。
懐かしい、夏の記憶だ。
PCでゲームをするきっかけはマインクラフトだった。(この時、すでに製品版になってた気がする)
家族共用PC(メモリ2GBでやばい)で満足できなくて、初めてした大きな買い物だった。
そんで、それを手にした俺は、夏休みの大部分をマインクラフトのマルチプレイで過ごした。
マルチプレイといっても、共同で建築したり、経済圏を作ったりいろいろあるが、俺がとびきりハマっていたのはPVPであった。PVPとはいっても単純に武器を作って戦うのではなくて、相手の陣地にある特殊なブロックを壊したり、あるいは持ち帰ったりする攻防戦である。最前線でひたすら殴り合ってもよし、武器をひたすら作ってもよし、防壁作りに勤しんでもよし、自陣のパトロールをしてもよしととにかく自由で、みんながみんな好きな方法でその戦いに挑んでいた。
そして、当時の俺はそうやって数十人が一丸となって攻防するこのPVPの虜になっていた。この手のPVPを扱うサーバは当時たくさんあったけど、俺が通っていたのは最大手のような所で、常に100人近くが接続していた。常連の人と仲良くなったりはなかったけど、いつもワチャワチャで、殺伐としてる雰囲気が好きで、よく入り浸っていた。
こうやってキーボードを素早く叩けるのも、当時戦況をチャットで使えたり、レスバトルしたのが大きかった気がする。
(何事もそうだが、練習するよりそれが必要な場面に遭遇することを多くする方が、なんだかんだ上達につながるものかもしれない)
俺が通っていたサーバは他にもあって、専用コマンドやテクスチャを適用してガンシューティングが出来るサーバとか、ひたすらアスレチックするだけのサーバとか色々なお気に入りがあった。
こっちは小規模なとこも多くて、何回か通うとIDを覚えてもらえてたりした。そのサーバの人たちとどうでもいい世間話をしたり、飯落ちを見送ったり、送られたりした。
夏休みになると湧いてくる、いわゆる夏厨だったわけだが、その住民やサーバ主はきさくな人たちで、殺伐したインターネットの中では温かい空間だった。
年月が経ち、俺はマインクラフトを遊ばなくなって、その熱はOverwatchやR6S、Splatoon(Wii Uの方)に移っていった。一般に語られるゲームの流行り廃りに沿うように、俺も色々と遊び、そして現在に至っている。
それで、この前Overwatchを惰性でプレイしていたわけだが、重なるタンク弱体化などの謎調整+運営の異常なマクリー推し+必ず遭遇するスマーフィングなどでさすがにつまらなくなって辞めた。
ちなみにタンク専で、ラインハルト専(盾張る役目しかしてない)である。(どうしようもない)
それでふと、マインクラフトのことを思い出した。
ひさびさにランチャーを開くとアカウントは古くなってて(別サービスへの引継ぎ必須)、くそデカいダウンロードを終えたのちに立ち上がると見覚えがあるも違うマインクラフトになっていた。いつの間にかダンジョンモードとかも追加されていて、ちょっとびっくり。起動するバージョンも選べて、高校当時の古いMOD入りのバージョンも表示されていた。懐かしい。懐かしいが、だいたい古いやつを起動すると不具合が起こる気がしたのですべて削除した。最新バージョンは当時より番号が大幅に進んでいた。
そして、マルチプレイヤーを選択して、サーバ選択画面に移って、絶句した。全てのサーバが接続不可の赤マークになっていた。
あーアドレスが変わった系かな?と思ってアドレスを専用サイトで調べなおすと、大手は引っかかったが、小規模のサーバは見つからなかった。なんとなく察してしまった。サーバ選択画面に戻って、各サーバの対応バージョンを確認した。どれも、最新バージョンよりはるか手前で、力尽きたかのように止まっていた。
そしてアドレスが見つかった大手サーバは、バージョンが近かったが、閉鎖されていた。公式サイトも確認しにいったが、更新は止まっていて、掲示板は時間が止まったかのように、静かだった。最新の書き込みは数か月前で、「新規は来ず、チーターしかいない。どうにかしてくれ」のような内容だった。
書き込みも数人で、おそらく攻防戦はもう出来なかったんだろう。
唖然とした。
100人規模、数十人規模で毎日盛り上がった、そんな記憶が色濃く残る場所は、いつのまにか廃墟となっていた。
廃墟ならまだいい。もはやその場所を見ることすら出来ない。崩れ去って海に消えてしまったかのようだった。
呆然とした。あんなに盛況だったのに、こうもあっさりと消えるのか。
バージョンに対応するのが大変だったから?管理人が忙しくなったから?人が来なくなったから?
分からない。分からないけど、どれであっても仕方がなかったのかもしれない。
運営するのはタダじゃないし、労力が掛かるだろう。だから、仕方ない。
でも、ここまで全て無に帰しているとは、思ってもいなかった。思いがけない展開で、俺の夏の思い出は終結していた。
もしかしたら、ワイワイしたその思い出のままの記憶に留めておいたほうがよかったのかもしれない。
なんとなく感じる寂しさと、当時の運営者への感謝をなんとなく片隅に書きたくなったので、こうして書き残しておく。(いつかここも消えるかもしれないけどね)
①桜は昨年に引き続きマインクラフト内で夏祭りを開催しようとしていた。
100人以上が所属する事務所からたくさんのメンバーが参加するものにしたいと考えていた。
②桜は昨年、スケジュール調整等で自身の不備を感じていた部分があったため、早い段階から準備を始めていた。
③たくさんのメンバーが参加するイベントにするために運営にスケジュールの確認をしていた。
④運営は当初、桜が希望した8月30日に関しては「大人の事情」で別日にするように指示をした。
⑤その結果、桜は参加が決まっているメンバーやその他のメンバーと調整を行い、
事務所のスケジュール上も空白であった8月22日を開催日とし、事務所のスケジュールにもその旨記載した。
⑥後日、夏祭りの同日同時間に同事務所所属の人気4人組ユニット「ド葛本社」の特別イベントが行われることが発表された。
桜には何の連絡もなかった為、事務所スケジュールを確認したところ後からイベントが追加されていた。
⑦桜はその発表を受け夏祭りを別日にすることも考慮に入れ参加メンバー等との調整を行ったが
大人数が参加するイベントであり、また日が迫っていることもあり調整が難しかった。
⑧結果、事務所の大規模イベント同士を被せてはいけないという暗黙のルールを侵しているということで
夏祭りサイドのファンとド葛本社サイドのファンが事務所のみならず相手の陣営を叩く地獄絵図を展開している。
自分たちのイベントには被せるな開催日をずらせと言っておいて、
ずらした後の開催日を報告されていたにもかかわらずそこには平気で被せていくのは筋が通ってない。
せめて事前に夏祭り運営サイドには説明をしておくべきだったのでは。
なんで出てこないんだ
もう10年経ってるんだぞ
そろそろマイクラなんていうカクカクで影すらないようなゲームそろそろ廃れていいだろ
芸能人もVtuberも生主もゆっくりも誰も彼もマイクラを実況しやがって
あんな安いゲームでマイクロソフトは幾ら儲けてるんだ?少しは次代の開発に注いだっていいじゃないか
・自由度が高く
・modでゲーム性を大幅にアレンジしたり、自作武器を導入して遊んだり
・もちろんそのままバニラで遊ぶのだって、遊び方ひとつで楽しみ方は無限
・洞窟に篭って遊んでもいいし、海面の高さを100にしたっていい
そんなゲームがなぜないんだ
あれが完成形だというのか
傘のようにもはや進化し得ない完成形だというのか
テラリアはもう古すぎる
どうしてマイクラの座を奪うゲームは出来ないんだ。10年前には、こんな面白いゲームがどんどんできるのだと胸を躍らせたというのに
その前は2chに居たニュー速民で、vipperだった。子どもの頃からインターネットが遊び場だった。
インターネットには、いつでも行けば何かがあった。誰かが居た。
眩しい人に群がることができた。何者かと一緒にいれば何者かになれる気がしてた。楽しかった。
爆弾魔さんが、特に好きだった。やることなすことのスケールが大きくて、ギャグも毎回冴え渡ってて、本当に面白かった。
だけどある日、マインクラフトの仕様が変わった。爆弾が弱体化された。彼は動画を投稿しなくなった。
生放送はずっと続けていたけど、DMMゲーとか、艦これとかFGOとかそういうソシャゲを実況するようになった。正直、興味がなかった。
マインクラフトの動画が見たかった。楽しい爆弾魔さんが見たかった。
それでも視聴者がたくさんいたから、いろいろな話題が出たから、生放送に行った。
でも、ニコ動が衰退していくにつれて、みんな居なくなってしまった。
あの日、米津玄師が「砂の惑星」を発表した時、故郷に後足で砂をかけるなんて、と思った。
錆びたバースデーケーキの周りをぐるぐる回る不貞腐れたミクとそれについていく連中。
しかしあれはまぎれもない予言で警告だったのだと、あの頃はまだ若すぎてわからなかった。
やがて爆弾魔さんも私達も成長した。米津玄師の予言どおりになった。気づいたら、私もつまらない大人になってた。
爆弾魔さんは、FGOをやりながら不平不満を放送で、今日もぶちまけてる。
いじめには、いじめられる方にも問題があるとか、いじめられてウジウジしていても結局何も変わらないんだから結局自分が壁を超えていくしか無いんだとか、
たすけてほしいならわかるけど、たすけろはムカツクとか、フェミニストや女の思考回路がうざったいとか。
そういうことを放送で語っていた。たぶん、きっといい歳した大人なら誰でも考えることだ。そしてそういうもんだ、仕方ないって飲み込むこと。
なのにそうですねとか、長文で返答をする視聴者も居る。
まぎれもない、砂の惑星なわけで。
限界だった。彼の放送を閉じた。歳をとってしまった爆弾魔さんも、何者にもなれなかったつまらないただの視聴者の自分も、もう嫌になっちゃった。
淡々と部屋掃除して、皿洗って炊飯器セットして、夕飯の支度した。風呂入ってご飯を食べた。そのうち歯を磨いて、寝て起きて、職場に行って仕事する。
何者にもなれなかった。何も作り出せなかった。
でも、個人的には全く興味がそそられない。
というのも、マイクラの紹介文やらレビューやら解説サイトやらで必ず言われる
というくだり。これが心底気に食わない。
だってさ、これ要はあのクソ大量にあるwikiをいちいち見て回りながらプレイしろってことでしょ?
なにそれきっつーってやつだわ。
ちなみにこの「自分で調べろ」系ゲームで、国産タイトルの代表格は艦これ…と書けば、筆者が嫌悪する理由をわかってもらえるだろうか。
あのクソゲーの、筆舌に尽くし難い苦痛の一つが、何をやるにもwikiが手放せないことだったわけで。
ついでに言うなら、自称有識者が主にwikiのコメ欄と5chでうるさく言ってくる、ああしろこうしろというアドバイスの皮を被ったマウントを見た日には
「ぶち殺すぞ」
って感じ。
そういう、調べてるのかプレイしてるのかよくわからないことになるゲームなんかに比べたら、死に覚えゲーのほうが脳死プレイできる余地がある分まだマシだとすら思うわけで。
だからってわけじゃないけど、もし自分がマイクラ始めるならサバイバルモードのマルチプレイサーバ一択で、wikiは可能な限り見ないプレイスタイルで行くし、それが不可能ならやらない。
もちろんマグマやTNTみたいな危険物も「とりあえず使ってみて覚える」と。
そっからエンダードラゴンをソロで倒すまで、何回アイテム全ロスすることになるかなんて考えたくもないが。
でもこういう遊び方って、多分マイクラ好きな奴ほど冷笑的に思うんじゃねーの?
そこなんだよなあ、マイクラが一番好きになれないのは。
自分のことで恥ずかしいことだが、朝から考えることがあったのでつらつら書いてみる。
先に結論言うと、ゲームより大人の理屈のほうが子どもに有害なんじゃないか。というお話です。
気になってリビングに行ってみると、妻が学校の先生に授業中寝るわ先生の話を聞かないわで困り果てていると言われたらしい。
それは今に始まったことではなく、もう、何年も前からなので、正直またなんか気持ちが落ち着かなくてやっちゃったかと思った(あとで書くけど、私はその理由は私と妻にあると思っている)
そのときに、フォートナイトを家で長時間していることが挙げられてフォートナイトは有害だとか中毒性があるとか、学校でもやっている子どもは少数だとか。しまいにはフォートナイトをやめさせろとか、今どきの学校教育ではありえない結論を校長先生や担任が言ったとのこと。
学校再開するまで子どもは自宅待機、大人はリモートワークでデスクから離れられず、暇を持て余してちょっかいを出してくる子どもに大人の都合でSwitchをずーっとやらせてたツケじゃないか。
当初、息子がフォートナイトをしたいといった時、基本TPSの撃ち合いゲームなので教育上どうなんだろうかとか血が出る描写とかどうなのかとか、オンラインで良からぬ人とつながって犯罪に巻き込まれないかとか、不安な点はいろいろあった。
なので私はYouTuberの実況を見たりパソコンにインストールしてプレイして試しにやってみた。
すると、これが良くできてるんですよ。
CoDとかのリアルな描写は省略されて、殴るアクションも省かれて、キャラクターはコミカル。
自分の位置とパーティーの位置を確認しながらビクロイを目指す明るいTPS。ただ心配なチャット機能だけは使わないようにすれば良いし、こりゃ子どもも楽しいよね。
マインクラフトとスプラトゥーンが良くてフォートナイトが駄目な理屈が説明がつかないので、プレゼントすることにした。
やり始めて3ヶ月たった頃、息子がYouTubeでプレイ動画を公開したいと言ってくる。
よし、やろうということで、ヘッドセットをつけてプレイする様子は楽しそうで、まぁよくしゃべりながらやるねー。と微笑ましく見ていた。私も熱くなってあーだこーだと下手なのに指示して「うるさいあっち行って」と言われる始末。
普段、帰りが遅く、また夫婦仲も最悪な家庭の中で息子からすると、普段の鬱屈した気分を紛らわせるユートピアになってるんだなと思った。
そんな中でコロナ襲来。妻からの要請でプレイ時間を増やし(ほぼ無制限)前述の通りゲーム時間が増え、ひたすらゲームに没頭する息子。息子の目の前では昼間っからすごい剣幕で罵り合う夫婦。
息子がゲームばかりしているのを怒鳴り散らす妻。
ユートピアというよりもディストピアな感じでこりゃまずいぞ。ってなときに自粛緩和で息子は学校が始まり、私は出社するようになった。
息子とは「すぐに元の時間に戻るのは無理だと思うけど、徐々に元の時間に戻そう」と言う約束をし、1週間ごとに1時間ずつ減らしている。
私は小4のときに与えられたMSXで、くさるほどイーアルカンフーやハイドライドやブラックオニキスをしていた。父も母も厳格な学校教員だったのでゲームをやるルールは決められていて、そのルールを破ったらカンカンに怒られたもんだが、パソコンゲームをすることを頭ごなしに否定しなかったし、ただただ見守っていた。おかげさまで大人になってパソコンを使うことが苦にならず、適当にやってたBASICプログラミングも何か役に立っている気がする。
私もだけど、大人になると、子どもの文化や行動が理解できなくなるときがある。
私も聖人ではないので、目についただめな行動をつい大声で怒鳴ったりすることもある。
でも、活き活きと目を光らせてゲームをしたり、ときには悔しそうにリモコンを投げつけようとしたり、戦果を自慢する息子が、ゲームの達成感や敗北感の中で自分の感情をコントロール出来るように、まずは自分が息子の目線で理解したいと思っている。
最後に。。