はてなキーワード: 婚約とは
ここ1ヶ月、図らずも『結婚』について考えることがとても多かった。
本当に偶然色々なところから結婚とかそれに関係するものを見せつけられたというか、「目を逸らすな」と言われている気がした。今までも度々結婚に関して否定的なことも確かに書いてきたけど、手放しに「結婚なんてクソだ、絶対したくない」と思っているわけではない。
ただあまりにも「結婚=幸せ」の価値観を、全くの思考停止で受け入れている人間が多すぎることに辟易としていることは事実。それへのアンチテーゼというか、警鐘というわけではないけど「あんたらそれちゃんと考えて言ってんの?」と言いたかっただけ。
結婚にはメリットもデメリットもあると思う。今の自分にとってはデメリットの方が大きいような気がする、というだけで否定的なこともつらつら発信してきたのもまた事実なので、しっかり言語化して考えないとな、と思った次第であります。
まあメリットデメリットと言ってもそれらは結局表裏一体で、扱う人間やタイミングによって良くも悪くも簡単に変わってしまうもの。まずその良し悪しは考えずフラットに、恋愛から結婚に変わることによる影響を挙げてみる。
…あれ、こんだけ?って感じだけど、マジでこんだけ。この二項の中に色々な面が潜んでて複雑に入り組んでいるだけだと思う。
強いて言えば、⑶ 社会的立場の構築 ってのも追加できるけれど、自分にとってそれは全くメリットでもデメリットでもなければ、何かアクションを起こすに当たって原動力になるものではない。一緒にいることの周囲への説明が楽になるぐらい?
結果としてついてくる分には勝手にしろって感じだけど、社会的立場のために何かをしたりしなかったり、という判断はしない。それは結婚云々に限らず。
てことで⑴⑵について順番に書いていくけど、既に長丁場になりそうな予感がプンプンする。
それによって生まれるのは①安心感と②義務感。この時点でも善玉と悪玉に分かれてそうだけど、実はもう一つ階層がある。
①安心感
安心感がもたらすのは、文字通り “不安が取り除かれた心地よさ” ともう一つ、あらゆる人間関係において最大の敵 “馴れ合い” だ。
文字通りの意味については書くまでもないけど、やっぱり本能的に人間が自分以外の人間に求めるものってこれしかない。「愛されている」っていう実感が欲しいし、そこからの変化が一番恐ろしいものだと感じる。
つまり愛し愛されていると思っていた人が目の前から消えてしまう、という最も恐るべき状況に陥るリスクを最小化してくれる正攻法として、婚姻届という書類を提出して認められる結婚という契約が、最も手っ取り早くて一般的な手段であるということ。それによってお互いがある程度心地よく生活できるし、信頼にも繋がってくる。するとパートナーにも自由を与えることが容易になる。
それが一つ。厄介なのはもう一つの馴れ合いというやつで、先述の通り男女中に限らずあらゆる人間関係において最も脅威になるのがこいつ。
これは交際前と交際後という比較的浅い次元の関係性の変化でも猛威を振るう。「付き合ってから冷たくなった」だとか「もっと誠実だと思ってた」だとか、こういった類のパートナーに対する愚痴って全て馴れ合いから来ていると思うのだ。それは言う側も言われる側も同じこと。
言われる側からすえば、付き合う前だったら「この人に好かれたい、嫌われたくない」という一心でどんなことでもできてしまう。親切にするし、優しく受け答えするし、浮気な様子は見せない。けれど付き合い始めて「この人は自分が好きだ」と認識できた途端、「これぐらいいいだろう、許してくれる」という感情が生まれて、それまでとは違った対応や行いをしてしまうようになる。
言う側からすれば、付き合う前であれば「自分はこの人の何でもないし、相手にされなくて当然」という謙虚な気持ちでいられるのに、付き合い始めると「自分はこの人に大切にされて当然、自分のために動いてくれて当然」という傲慢さが顔を出して自分の勝手な期待を相手に押し付けて、それが叶わないと裏切られたような感覚になる。だから上記のような愚痴をこぼす。
言う側と言われる側は固定された立場ではなくて、どちらともがどちら側にもなりうる。こうしてすれ違って、ある日プツンと切れて、もうバイバイ。これがよくあるカップルの破局パターンなんじゃないかと思う。し、自分もこれまでほとんどそうだったような気がする。
浮気、冷たい、優しくない、好きじゃない、…どこにでもありふれた別れの真因としてこの馴れ合いがある。
人と人との関係を良好に保つには、「それぞれの人間だ」と認識できるほどの距離感が常に必要だ。
付き合う前のような「好かれたい」「嫌われたくない」というある種の緊張感が、その最たるものだということ。それがあるからこそ気遣いや思いやりが生まれるし、欠けてしまったところも受け取る側がカバーできる。
交際前から後への距離感の変化を乗り越えられたとしても、結婚前と後ではまた違ってくる可能性は大いにある。それは交際という口約束とは異なり、婚約というものが法的拘束力を持つからだ。
これが安心感がもたらす負の側面。乗り越えるには所謂「親しき仲にも礼儀あり」という先人の智慧を、片時も忘れないよう脳裏に焼き付けておくこと。しかない。
②義務感
さっきの安心感に比べればこちらはシンプルなもので、「この人を幸せにしなければならない」とより強く思うことができれば、そのおかげで仕事のモチベーション向上に繋がる良い面がある。
その代わりに、義務感という言葉に強制的な印象を持ってしまうと一気に嫌悪感を覚えてしまうことが大いにある。
人間は何でも強制されるものが嫌いだ。「好きだった物事も、強制されると嫌になる」なんてのは世の中にありふれた陳腐な言葉だが、それだけ多くの人に当てはまってしまう内容でもあるということだ。
できちゃった婚、なんてのが存在することからも分かるように、一般的に真っ当に子どもを育てようとしたらその両親は夫婦であることが望ましい。
とされている、と言った方が正しいのかもしれないけど。
まあともかく、「子ども作るなら結婚するでしょ」「子どもできたなら結婚するでしょ」という発想が当然という世の中であるということ。それが⑵の文意だから、必然的にここで議論を進めるのは、子どもを作る・子どもがいることによるメリットデメリットになる。
子どもが家庭の中で担う役割はやはり二つあると思っていて、一つは①家族の一員としての役割、もう一つは②夫婦の間に生まれた子どもとしての役割、というこの二つ。
これはやはり一般的に幸せとされていること。「家庭を持つことが全人類の夢」とでも言わんばかりの勢いで押し付けられがちな価値観だけど、確かにそれも一理ある。
正常に機能している家族であれば、そこに帰属する幾人かの繋がりはとても強くて、無条件に愛し愛され、外敵からの攻撃から守ってくれる居場所になるはずだ。そこに血縁関係が有るか無いかなんてそこまで重要な問題ではないとも思う。これが家族であることの幸せ。
ただ、現実問題そのように理想的に機能している家族は少ない。と思う。そんなことないのか?いや、きっとそうだと思う。そうだと思いたい。良いな、と思う家族は知り合いの中でも一握りだし、実際SNSなんかでも家族に対する愚痴ばかり流れてくる世界。
そして自分が育った環境もあまり良いものとは言えなかった。育児放棄だったりアルコール中毒者による虐待だったり、そんなような何か明らかに大きな問題を抱えていた訳ではないけれど、家族であることの決定的な意義でとなる、愛されているという実感や安心感、自己肯定感を育む教育、そんなものを一切享受することはできなかった。
それに、世間一般の家族における父親に対する風当たりというのは、相当に強いものがある。自分も父親が大嫌いだし、母も姉も、だ。家族から愛されている父親なんてパーセンテージでみたらほんのわずかだろう。
ほとんどの家族で見られる構図として、まず夫婦仲は良くない。子どもたちはずっと面倒を見てくれている母の味方につき、母を攻撃する存在である父を敵とみなす。ありふれた構図だ。
それだけならまだいいのだが、何故か、いくら育児に協力的であっても、家事をこなしていても、父親というものは基本的に孤立するようにできているらしい。悲しい習性だけど。
世の母親が「腹を痛めて子どもを産んでよかった」と答えるのは、そういうことだと思う。そこに綺麗なものは何もない。
もし自分が父親になったら、と考える。先述のように「愛されたい」という欲求を家庭で満たされることなく育ったがため、自分はこうも恋愛依存的になってしまったのだと確信している。他にその欲求をぶつける対象として友人や集団帰属などの手もあったにはあったんだろうが、自分にはそのどちらも受け入れられなかった。
まあともかくそうやって、ようやく見つけた「自分を愛してくれる人、肯定してくれる人、守ってくれる人」と結婚したとして、その人との間に子どもができれば、それがまた全て奪われて無に帰してしまう。
子どもにとっては母である自分のパートナーを奪われ、挙句の果てに家庭という場所から孤立する。そうなるとまた生まれ育った悪夢のような家族に逆戻りだ。それを恐れている。
「子は鎹」という言葉がある。
こんなクソみたいな言葉はこの世にないってぐらいクソみたいな言葉だと思う。鎹がなければ離れてしまうような関係の人間と一緒に過ごさざるを得ない上に、それに子どもを付き合わせるなんて最悪だ。
けれど皮肉なことに、その離れる原因はほとんどが子どもだったりもする。
子どもができることによって夫婦の関係は父母という関係にもなって、彼氏と彼女、夫と妻、という1:1の関係性ではなくなる。その変化の中で上手く2人の間を擦り寄せていかないと、育児や教育や家計の問題でやっかみ合うようになり、関係は悪化する一方だ。そうして子どもが原因で離れていった2人を、繋ぎ止めるのもまた子どもなのである。
…とまあ、長々と書いたけど今の自分で考えが及ぶ範囲はこれぐらいだ。
あとはもっと歳をとったり、独り身になったり、自分が結婚してみたりして見えてくるものもあるのだろうなとも思う。それはその時にならないとわからないし、とにかく今はこう考えている。
という記録。
なんだろう、神格化、あるいは自分とおなじ資源を相手ももっていて当然提出できるだろう?みたいなおごりをまだ感じる
「それをしてしまって裏切ったり裏切られたことがあるがこれ以上は相手も自分も耐えられないと判断して切り捨てて進んできた」みたいなややこしい事情をおもいきり短縮したような簡潔さを感じる
適応能力がある賢者は呪文が20種類もてるがそれに費やせるMPは毎日呪文1回分くらいしか回復しない
適応能力がない勇者は呪文がバイキルト1つだけだがそれは消費MPもすくなく一日に20回繰り出せる
そういう人たちが「もっと仲良くなる」のならなにかの目的なり、どちらかの犠牲や覚悟や説得やないとなりたたないとおもうのだよね
トライするならよくかんがえて
婚約しているのに親にあってないの?嘘クサーイ
2年付き合って、お互い一人暮らしで、家事もできて、安定した仕事に就いていて価値観も合う。
情緒も安定していて、一緒に暮らしても、穏やかに過ごせる理想の相手だと思い結婚を申し込み承諾してもらった。
婚約するにあたり彼女が自分の姓名に愛着があるので変えたくないと言ってきた。
自分は姓名を、変えることに抵抗はなかったので自分が変えることにした。
自分は割と無頓着でなんでも受け入れる方なので、こんな感じで一緒に暮らしても順応できるだろうと思っていた。
機能性を考えると、サランラップ一択なのに、妻は自分はずっとクレラップを使ってきたから変えたくないと。
おいおいまじかよと、ここはどうしても譲れないと話は平行線になった。
20代前半から婚活サービスを利用し始め、途中彼女が出来たり別れたり、婚活市場を出たり入ったりと紆余曲折がありながらも、この度結婚に至ったため、振り返りがてら利用してきたサービスの感想を書いてみようと思う。
相席居酒屋、お見合いパーティー、街コン、結婚相談所、マッチングアプリと思いつく婚活サービスは一通り利用したことがある。
順番に感想を書いてみる。
正直言っておすすめしない。婚活でなく友達探しとしても効率悪すぎると思う。
女性は無料で飲み食いできるので、感覚として8割くらいが時間つぶしで来ている。
そういう場所だと割り切って安いキャバクラ代わりとして使うには良いんじゃないかな。イケメンやコミュ力高い人は楽しめると思う。
たまにぶっとんだ女性もいて、楽しいこともあるが、婚活として使うのはハードル高い。
お見合いパーティーにも種類があって、大きく分けて回転寿司型、合コン型、イベント型に分けられる。
・回転寿司型
メリット:開催頻度が高く、都内だと毎週末十数回は開催されてると思う
参加者の年齢層が指定されていたり、旅行好き、ゲーム好きなどテーマが指定されているため、ある程度ターゲットを絞り込むことは可能
男性は割高
まず回転寿司型だが、一般的にお見合いパーティーと聞いて想像されるのはこのパターンかな。
1人あたり5分程度の時間を区切って、順番に違う女性と話をするタイプのもの。時間になると男性が移動して、一つ隣の女性の席へ移るため、回転寿司タイプとはうまいこと言ったもんだ。
このシステムを体験するためだけに一度参加してみるのも面白いかもしれない。
基本的には事前に用意したプロフィールカードを見ながら会話するのだが、長くても1人10分程度しか会話できないため、自己紹介程度で時間切れになることが多い。
多くのパーティーで最後にカップリング発表があり、お互いにもう一度会いたいという意思が合致した場合、連絡先が交換できるシステムになっている。
逆にカップリングできないと連絡先も交換できないので非常に効率が悪い。何回かカップリング成立し、再度デートする機会もあったが、俺はその後発展することはなかった。
やっぱりもう少し会話する時間が欲しい。
・合コン型
メリット:回転寿司型と同様に年齢層やテーマが指定されているため、ある程度ターゲットを絞り込むことは可能
デメリット:グループを仕切れる位コミュ力がないと、好みの女性と会話をすることが難しい
次に合コン型
飲食店に集まる合コンのような形式。これも時間を区切って席替えがあるが、回転寿司型ほど短時間でもないし、同時に複数人の女性と会話が出来るので、回転寿司型よりしっかり相手を見ることが出来る。
但し男性側も複数人がグループになってまとめて席替えになるので、コミュ力が低いと気になる女性に話しかけられずに終わるパターンもあり、ある程度のコミュ力が求められる。
ダントツ可愛い子がいるとコミュ力高い男が独占することがままあって、最後まで話できない人がいる場合もある。
店を貸し切って行うタイプだと良いのだが、通常営業中の店舗を間借りしているタイプでは周囲の視線が結構恥ずかしい。
・イベント型
メリット:イベントによっては、趣味嗜好が近い異性と出会える可能性は高い
デメリット:拘束時間が長いため、参加者がイマイチな場合、時間が経つのが遅い
途中から自由行動になることが多く、リーダーシップ取れる人がグループに居ないと、グダグダになりがち
これは色んな種類があって、一緒にスポーツや謎解きを楽しむものから、バスツアー型のものもある。
趣味色の強いイベントだと、趣味が合う女性と出会いやすいと思う。
俺がお見合いパーティーで彼女が出来たのは全てイベント型だったので、成功率から言ってもわりとおススメできるタイプ。
合コン型とイベント型は連絡先交換自由なので、回転寿司よりも2回目以降につながる可能性が高いが、途中で主催者が居なくなることが多く、たまに暴走する男性が居たりする。
飲みすぎで腹を出して寝だす奴とか、寒いでしょう?と言いながら自分のコートを女性に押し付けようとする奴とか。嫌気がさした女性がイベント途中で帰ってしまうのも複数回見たことがある。
割とカオスだが、反面教師としては有効。絡まれてる女性を助け、その後デートにつながったこともあるので、スマートな振る舞いは身を助けることを思い知った。
お見合いパーティーは大手どころのIBJかエクシオ主催のパーティーに参加することが多かったけど、IBJの方がタブレットを使ったり、回転寿司会場も半個室になってたり、洗練された感じがして良かったな。
ただ、申込時に「女性満席です!」って書いてあったからワクワクして参加したら、実際は女性3人しか居なかったり、お前定員何人で設定してんだ?って問い詰めたくなるようなパーティーも複数回経験してる。
参加費用も女性は500円程度~に対して、男性側は5000円~と高額に設定されてるし、婚活男子舐めてるんだろうなと思う。ただ集客力のある代替イベントがあるわけでもなく、仕方なく参加させて頂いてた。
そこんとこ、ほんと何とかしてください。
実際行ってみないとどんな女性が参加してるか分からないのが最大の弱点かな。
イベント型や合コン型はとりあえず楽しんで帰ろうと思えるんだけど、ターゲットとしてる層の女性がそもそも参加してないと、特に回転寿司型は時間を無駄にしたって思いながら帰ったことも。。。
男性目線ではあまりデメリットと感じなかったが、参加条件に「年収●●万円以上~」「大卒以上~」と書かれているパーティーであっても、給与明細や卒業証明書などの提示は必要なく、自己申請のみでOKだった。
身分証明も免許証を提示すればOKだったので、既婚者が紛れ込んでても分からないだろうなと思った。
ある日、1日に2回お見合いパーティーに参加し、1回目で出会った女性と2回目で再会したことがあり、かなり気まずかったが今となれば笑い話だな。
ちなみにその女性は後日マッチングアプリでも見かけたので、最早運命じゃないかと思ったが、いずれもマッチングしなかった。
近隣の複数の居酒屋で同時に合コンをやっている感じ。合コンっていうよりも、どっちかというと立食パーティーに近いかな。
参加人数が多いイベントが多く、どうしても可愛い子と出会いたいという場合は確率的に悪くない選択肢だと思うが、参加人数が多すぎで訳わかんなくなることが多い。
あと、婚活パーティー型と違って指定席ではないので、可愛い子の周りには人だかりができてるが、そうでない子との差が激しすぎて、なんだかなぁ・・・と思うことも。
俺が参加したイベントがたまたまそういうタイプだったのかもしれないが、主催者はもうちょっと配慮してあげてほしい。
正直10年近く前に、2回しか参加したことないので、最近の事情はどうなってるか分からん。正直あまり詳しくない。すまん。
当時は街コンブームだったので、最近はいろいろ状況が変わってると思う。
メリット:プロフィールや写真である程度絞り込んでから出会えるので、効率は悪くない。
身元がしっかりしているので、ネットワークビジネスの勧誘やサクラに気を使わなくて良い
費用が他と比べてダントツに高いので、それなりにしっかりした女性が多いのかと思いきや、変な人、というか価値観の合わない人と出会う率は一番高かった。
ひたすら質問ばかりしてきてこちらの質問には全然答えてくれない人とか。どちらかと言うと受け身の女性が多い気がした。
最初から1対1で対面する時間が長いので、お互いの嫌なところも見えやすく、結果として価値観が合わないことが分かりやすかったのかな、とポジティブにも捉えらえると思う。
相談所婚活の流れとしては、プロフィールを見てお見合い申し込み⇒お見合い⇒仮交際⇒真剣交際⇒プロポーズ・成婚退会だが、俺の入っていた相談所は、仮交際までは何人と交際してもOKというルールになっていた。
お見合い後に仮交際が成立した場合、当日中に男性側から女性へ電話をかけるファーストコールというルールがあるんだが、これがまぁ繋がらない。
俺は退会するまでに5,6人と仮交際になったんだが、初日に電話が繋がったのは1人だけだった。酷い相手だと1週間音信不通のこともあった。
仮交際成立後も、LINEしても返事来るのが数日後、とかはざらにあった。
俺がたまたまそういう女性ばかり選んでしまってる見る目のない男なのかもしれないが、お互い社会人なんだから基本的なルールは守ろうぜ。
とはいえ、お見合いが成立した場合は、少なくとも1時間はじっくりと話す時間があるため、元ヤンから元アイドル、契約社員からバリキャリまで、普段出会えない色んな人の色んな話を聞けて面白かった。
相談所によっては親身にアドバイスをくれるところもあるらしいので、恋愛経験の少ない人には良いと思う。俺の入っていた相談所は質問に対して明後日な回答しか出てこなかったので、あまり頼らなかったが。
サポート重視の人は入会前に相談所をしっかり吟味した方が良い。
なんだかんだ退会前の肉体関係が禁止されてるのが地味につらい。俺は退会後いろいろあって結局婚約破棄になったのだが、体の相性の悪さも婚約解消の(一部だが)要因となったことは事実。
メリット:直接会う前にメッセージ交換が出来るので、ある程度人柄を推し量ることが出来る
費用は安い
デメリット:玉石混交。本気で出会いを求めている人も居れば、どう見ても情報商材屋だろうっていうプロフィールの人も居て、嘘を嘘と見抜けないとマッチングアプリは難しい。
なんだかんだで一番おすすめ。妻と出会ったのもマッチングアプリ。俺が婚活を始めた十数年前は、まだ出会い系のダークな印象が強かったけど、この5年ほどで一気に市民権を獲得して使いやすくなったのは大きい。
出会う前にアプリ上でメッセージをやりとりできるから、実際会ってみて「何こいつ?」ってなることは逆に相談所より少なかった(ゼロじゃないけど)。
マッチングしてうまくいくにはある程度コツは要る。俺自身はマッチングアプリも入退会繰り返してたけど結婚相談所辞めた後に再開したら思いの外うまくいった。相談所での経験が活きたんだと思う。
20代後半で初めてマッチングアプリに挑戦した時はなかなか好みの女性とマッチングできなかったが、30代中盤になって再挑戦したら意外と可愛い子とマッチングできる。(ただし相手も同年代な。若い子とのマッチングは無理)
たぶんライバルのイケメンたちが婚活市場から居なくなって、俺みたいなフツメン以下にも可愛い子が回ってきやすくなる年代なんだろう。
今モテなくて悶々としてる20代も、30中盤まで待てれば可愛い子と出会える確率は上がると思うよ。但し年齢分、外見の洗練と心の成長は必要だからな。待ってりゃ良いってもんでもないぞ。
結局結婚するまで8人の女性とお付き合いしたけど、実生活で出会ったのは2人だけで、あとは何らかのサービスを使ってた。
内訳は
相談所1人
アプリ1人
だった。特に30代になってからは身近な出会いが無くなったので重宝した。
振り返れば結婚に至るまでお見合いパーティーには40~50回は参加したし、マッチングアプリでも100人以上の女性にいいね!を送り続けた。
お見合いパーティーの自己紹介だけで終わった相手もカウントすれば、数百人の女性と出会い続けた十数年だった計算になる。
アプリやお見合いで数人出会っただけで上手くいかないと挫けている人がいたら、もっと断られ続けてた奴がいるぞと、励みになってもらえれば嬉しい。
出会いの数を増やすだけで上手くいくことはないし、トライ&エラーでファッションやトーク力も向上させる必要があるのは間違いない。
それでも諦めずに出会い続ければ、いつかは素敵な人と出会えると思う。
妻は同い年なので決して若くはないが、めちゃくちゃ可愛いし、精神的にも自立した素敵な女性だ(俺より学歴も年収も高い)。
婚活中はつらいことも一度や二度じゃなかったけど、こんな素敵な女性に出会えた自分は幸運だと思うし、諦めず出会い続けた自分を褒めてやりたい。
あくまで俺の経験則なので異論もあるだろうが、最後はノロケで終わらせてもらう。
・追記
思いの外伸びてるので驚いてる。
俺の表現が拙いせいで、相談所には変な人しかいないと誤解している人も居そうなので、少しだけ補足しておく。
俺個人としては相談所もマッチングアプリも、一定の割合で価値観の合わない人は居て、その上で、直接会う前にメッセージ交換できるのがアプリ最大のメリットだと思ってる。
例えばアプリのプロフィールに「旅行が好きです」と書いている人に対し、「今まで行った旅行先でどこが良かったですか?」とメッセージを送ると「沖縄です!」みたいな一言回答しか返信しない人、めちゃくちゃ多い。どうやってコミュニケーション取れっちゅうねん?あとは一発目のメッセージからタメ口で送ってくる人とか。
こういう人たちは申し訳ないが直ぐに切っていたので、直接会った人の3倍はメッセージだけで終わった人が居る。
相談所でのお見合い通過率も大体3分の1程度だったので、価値観が合わない人の割合はだいたい一緒じゃないかな。
相談所も事前にメッセージ交換できる機能を付ければ悲しいお見合いの数も減って良いと思うんだけど、お見合い料で稼いでるところもあるから難しいんだろうな。
アプリでは少なくとも見た目なりプロフィールなりに興味を持ってもらえた上でメッセージ交換をしているはずなので、いつもメッセージのやりとりばかりで直接会えないっていう人は、「いい人は会ってくれない」と嘆くより、自分の送ったメッセージを見返して改善できないか考える方が建設的だと思う。
(中にはいいね稼ぎ目的の男性もいるらしいから、あまり根を詰めると精神衛生上よくないと思うので、ほどほどに)
アプリが合う人、相談所が合う人、それぞれだと思うし、俺個人として相談所はあまり合わなかったという話でしかないです。相談所をディスってる訳ではないので、念のため。
あと、妻の年齢についてのブコメが伸びてるみたいだけど、トップブコメの人が言いたいことを補足して頂いてました。ありがとうございます。
一点追加すると、相談所のブログなどで聞きかじった知識では婚活男性の中には年下女性至上主義の人が結構居るらしくて、その人たちにも対して、同年代に目を向けても素敵な女性は居るよ、っていうメッセージを伝えたかったのです。それ以上の他意はありません。
・追記2
めぞん一刻では、一人旅に出た五代が響子以外の女性を相手に初体験を遂げるという筋書きを、作者の高橋留美子は考えたと聞いたことがある。結局のところ、五代は悪友に誘われてソープランドに行ったが。
当時、男性が主人公に据えられたラブコメ作品は、主人公にとってヒロインは最初で最後の女性であるという形式が主流だったと思う。しかし、めぞん一刻のヒロインである響子は、主人公以外の男性を知っているという意味では主流から外れていた。一人旅の旅先で初体験をするというアイデアも、物語の結末で最終的に結ばれる相手以外の異性を知っているという意味で、五代と響子を対等な関係にするという意図が有ったのだろう。
うる星やつらも、ヒロインのラムは主人公の諸星あたる以外の男を知っているので、この点は音無響子と同じである。しかも、おそらくラムが元彼のレイと付き合ったのは、単にレイがイケメンだった(※人間形態時)からである。その上、後から登場するテンの存在は、実際の作品上での設定はラムのイトコであるが、要するにコブ付きの結婚や男女交際のメタファーであることは想像に難くない。
絵柄がかわいいし、ほとんどの場面では虎縞ビキニ姿というセクシーな姿で描かれているから忘れがちであるが、そもそもラムは別に、男性にとっての理想的ヒロインではない。当初はヒロインとして三宅しのぶが予定されていたが、読者の反応が良かったからラムにヒロインの座が回ったという意味で言うのではない。
味覚の好みは異なるし、コブ付きだし、すぐ暴力を振るうし、元彼を選んだ理由は面食いだからだし、要するにラムは普通の、愚かな部分も併せ持つ女性なのである。これは別に悪口で言っているのではない。
うる星やつらもめぞん一刻も、そこで描かれる男女たちは均しく愚かである。現実世界の我々と変わらず、彼らは等身大の人間である。もちろんうる星やつらに登場するのは宇宙人だの幽霊だ大財閥の跡取りだの様々だが、私が言いたいことは分かってもらえるはずだ。
彼らは、人間の逃れ得ぬ本質として、欲望だって持っているし愚かだから、若さゆえに何となく見た目で相手を選んで交際に踏み切って、結果として失敗したりもする。音無響子が高校を卒業して間もなく、母校の教師だった惣一郎さんとの交際・結婚に至ったのだって、ある程度は響子の若さゆえの未熟さや愚かさに起因する暴走という側面が有ったであろうと思う。読者も大人になると、響子の父親が惣一郎さんとの結婚に反対だったことにも何となく共感できるようになる。卒業まで待ったとはいえ、教え子に手を出した形だし。しかし、人間は生きていれば色々有るものである。元カレや元カノがいたり、周囲から良く言われない交際や結婚をしたりするのも、よく有る、ありふれた話である。
話が少し逸れたが、男性作家・編集者が男性読者向けに作る作品で、ヒロインが主人公以外の男性経験が無いとか、逆に主人公が最終的に結ばれるヒロイン以外の女性を知らないように描かれることは、当時から既にウソ臭い描写になりつつあった。だからこそ高橋留美子は、ラムや音無響子のヒロイン設計に一癖を持たせたし、五代にも響子以外の女性との性体験を持たせようとしたのだろう。
作者である高橋留美子は、作品を通じて「それで良いのだ」と言っている。人間は、生きているかぎり失敗だってするものである。しかし、そんな愚かさも含めて、だからこそ、人間は愛おしい存在なのである、と。
高橋留美子作品のヒットを受けて雨後の筍のように、美少女や美女が大勢登場する後続漫画作品が多数生まれたが、このような人間の内面に対する理解や暖かい(しかし生温くはない)人間観までも見習うことができた後続漫画作品は少なかったと今でも思う。
ここではヒロインたちのことばかり書いてしまったが、もちろん男性キャラたちも平等に馬鹿な感じで描かれている。梅を口にして酔っ払ったラムが、教室で学校の制服を脱ぎ出したの見て、男子生徒たちが興奮で色めき立つと、それを見た女子生徒たちが「バカじゃないの?普段着姿(虎縞ビキニ)になっただけじゃん」と呆れる場面。水乃小路家の一人娘(トンちゃんの妹)との見合い話を渋る面倒終太郎に「もったいない。婚約して許婚になれば堂々とすけべえができるのに」と身も蓋もない誘惑の言葉を面倒の父親が言う場面。これらの場面やキャラを描きながら、しようがない困った奴らだなと作者は苦笑しつつも温かい眼差しを注いでいたのだろうと、ついつい想像してしまう。
私の彼氏は、仲良くしてた女友達から見てクズいヤツらしくて、女友達と彼氏どっちかを選べ。彼氏をとるなら友達やめる。みたいなことを言われて、彼氏をとった結果、縁が切れた友達がいる。
正直、そんな謎な選択を迫ってくる友達の方が傍から見てクズい彼氏よりよっぽどクソでは?と思うから、縁が切れてよかったと思うんだが、なんかふとした瞬間に様子が気になって、SNS覗いてしまう。
そのふとした瞬間が今日きて覗きにいったら…
ペアリングにペアリングブレスの写真つきの"お祝いにペアブレスもらった''って投稿があった。おそらく婚約か結婚したんだと思うんだろうな。
破談すればいいのに。(真顔)
私きっかけで知り合った2人が、私が関わりない世界線で結婚するの気持ち悪い。
最初は腹が立った。時間がたつにつれて気持ち悪さを感じてきてる。
私が作ったコミュニティから私が排除されて、私のいない世界線で楽しく幸せに生きてるのがとてつもなく不愉快。
お互いを繋いだの私なんですが。
結婚式で友人代表つとめるレベルの人であってもおかしくなくない?
結婚して何年か先、職を失って、親の財産相続の話で兄弟関係が悪くなって血みどろな状況になったのちに、手の施しようがない病状に見舞われるような失意のどん底に落ちればいいのに。
・まん毛濃いのは悩みだから触れてくれるな。
・私は恨んでるけど。
前回の記事より3ヶ月後、一念発起して結婚相談所に登録した。残念ながらそこで結婚相手を見つけることはできなかったが、別ルートから恋人ができたので、その経緯を記録する。これは、前回あたたかな言葉をかけてくれた方々への報告でもある。
また、結婚相談所で結婚こそできなかったものの、相談所の対応がとても親切であったことも残しておく。この記事が見知らぬ誰かの背中を押せたら嬉しい。
それなりに人口の多い県に住んでいるため、結婚相談所の候補を絞ることから始めた。自分には持病があるが、そうした様々な事情を抱えた人も歓迎してくれる場所をネットで3つまで絞り込んだ。そのうえで実際に担当者から話をうかがい、成婚率などの具体的なデータと制度を確認するとともに、担当者の人柄もチェックした。
穏やかな方が多かったが、コンプライアンスの観点から不安になってお断りしたところもあった。面談の場所として指定された店が商談禁止だったのだ。目くじらを立てることでもないのかもしれないが、少しでも不安を感じる要素は排除したかった。
結局、一番信頼できそうな方の相談所に登録することにした。自分の給付金10万円はここで使い切った。ついでに紹介された写真屋さんでお見合い写真も撮ってもらった。
多くの結婚相談所はNNRやIBJといった連盟に加入している。大きな違いがあるわけではないが、後者のほうが会員数は多く(2万人と6.5万人という違いがある)、株式上場もしているとのことだった。
仲人制度も存在していたが、それ以外の仕組みはマッチングアプリとよく似ている。つまり、こちらから気になった女性の写真をクリックし、自己紹介を閲覧したうえで「いいね!」する。表現こそ「いいね!」ではなかった気がするが、本質的には同じである。向こうもこちらに関心を持って「いいね!」を押せばお見合いが成立し、直接会うことができる。
マッチングアプリとの最大の違いは、「いいね!」を押すたびに必ず短文でもいいので手紙を書くことが要求されることだ。正直なところこれが大きな負担だった。というのも、マッチングアプリと同じく月に30回ほど相手に「いいね!」ができるが、マッチングアプリはお気軽にボタン一つでできるのに対し、こちらは文面を毎回考えないといけない。それでお断りされるのが続くと精神的に極めてしんどい。文章にはおのずと気持ちがこもる。しかし「ごめんなさい」の返事もなく、断られたことが無慈悲にアイコンで表示されるだけである。
一応、お見合いパーティも存在していたが、コロナ下で頻度が月に1度あるかないかで倍率は高い。しかも、いざ足を運ぶと男性2人女性2人という状態で、マッチングしづらかった。安上がりな街コンのほうが良かったかもしれない。
これは自分がえり好みしているからかもしれないと考えて、隣の県の女性も含めて「いいね!」をし、対象年齢も5歳年上にまで広げた。しかし、梨のつぶてだった。婚活を始めて3か月、見た目収入か持病か理由はわからないが、女性から必要とされていないと感じた自分は完全に心が折れた。
行き詰まった自分は、大学時代に親しくしていた女性にメールした。そのアドレスが生きているかどうかはわからなかったが、どうしてもメールを出さずにはいられなかった。何かに引き寄せられるように、久しぶりに会ってお茶でもしたい、と綴った。
幸い彼女からは返事が来て、懐かしいので会いたいと言ってくれた。結婚相談所の担当者さんに「実はある女性と再会していい雰囲気になっていますが、どうやって告白したらいいでしょう」と厚かましくも相談したら、とても丁寧なお返事をいただいた。
前回、マッチングアプリで音信不通になった女性とのデートで、何が悪かったかを自分なりに考えた。
1つにはデート時間が長かったことが考えられる。出典を忘れてしまったが、長いデートは男性の想像する以上に女性にとって体力的にしんどいらしい。また、初めてのデートはお茶をするだけでもいい、とも聞く。音信不通になった女性は体力のあるほうで、昼間から夜まで映画を見て水族館を見てご飯を食べて、みたいなデートを繰り返していた。しかし、それが早く飽きられる遠因であったこともありうる。そのため、デートではできるだけ長居し過ぎないことを心掛けた。
もう1つは告白の場所が悪かったのだろう。無理して雰囲気を作ろうと夜の公園とか慣れない店を選ぼうとしてうまくいかなかった。また帰り際に告白しようとするとあわただしくなり、きちんと言葉を選べない。今回は自分のくつろげるなじみの喫茶店で告白した。無理に帰り際にロマンチックな場所を選ぶよりも、デートの途中でもいいので自分がアウェイにならない場所を選択するのがいいらしい。その点、1人であちこち出かけていたのが役になった。それでもめちゃくちゃ緊張した。
彼女と交際できてとても幸福だ。彼女ほど素直な女性を自分は知らないし、彼女ほど喜ばせてあげたいと思える女性はいない。
今まで試みてきたマッチングアプリ、街コン、合コンなどでのみじめな失敗も、すべてを教訓にしたことで今がある。言い換えるならば、自分の行動にはすべて意味があったように思う。結婚相談所で失敗したことさえ、相談員さんから背中を押してもらえるというプラスの結果を得た。恋愛・結婚市場における自分の価値などどうでもいい。彼女がそばにいてくれれば、他人の評価に意味はない。
また、下世話な話をすれば、彼女は結婚するまで深い仲にはなりたくないらしい。でも、自分もそれでいいと思う。愛する人との親密な触れ合いはさぞ気持ちのいいことだろうと思うが、それがなくたって彼女がニコニコしていれば十分だ。
ここに至ることができたのも、友人とここでの励ましのおかげだ。優しい言葉に深く感謝し、ここに筆をおく。
キスもできずに別れました。
2022年10月末、再び結婚相談所に登録、婚活頑張ってます。
プロポーズして受けてもらえた! 頑張ってよかった!
返済能力のない相手にお金を貸すのもどうなの、とちょっと思ってしまった。
それは、新たに相手に借金をさせて、お金を返してもらうと言うことなのだろうか。
きっと私の両親だったら「返済能力も意思もない相手にお金を貸した、お前も悪い。自業自得だ」と切り捨てられそうな気がする。
世間一般的にも、似た感覚を持つ人はそこそこいるのではないだろうか??
それでも、小室さんの母親の元婚約者を非難する声が、極端に少ないのはなぜなのだろう。
お付き合いをするうえで、色々思うところがあったのだろう。
これが、婚姻中のことだったら「そんな相手を選んだお前が悪い」で終わりな気がする。
婚姻と、婚約は違うとは思う。が、婚姻中だからと言って、必ず体の関係があるわけではないし、その関係が未来永劫続く保証はどこにもない。
そもそも、だったらさっさと結婚すればよかっただけの話ではとも思う。
「結婚してくれたらお金を渡すよ」じゃぁ、だめだったのだろうか??
この違いが、私にはイマイチピンとこない。