はてなキーワード: ドレスアップとは
8月に入ったばかりですが、あえていいます。 批評家は最終的にバービーが2023年の映画であると宣言し、2023年はバービーの年として記憶されるでしょう。 この映画が偉大な芸術的成果であるからでも、そのメッセージが歴史の流れを変えるからでもなく(実際、このメッセージは一般に受け入れられているフェミニストの知恵を逆流しているだけである)、女性、特にアメリカ人女性が密かに切望しているものを届けたからである。
人類の滅亡からインド・ヨーロッパ人のヨーロッパ侵略に至るまで、この映画からすべてを読み取ることは完全に可能ですが、バービー人形はイデオロギー的に動かされた混乱しています。 世界中で興行収入が驚異的な成功を収め続けていることは、映画の質だけでは説明できません。 また、ほとんどの女性が幼少期にバービー人形で遊んでいたという事実だけに起因するわけでもありません。 (少年の子供時代の執着を特集するメディアが増えている理由は、女性がノスタルジーを抱く傾向がはるかに低いためです。)それは実に単純です。観客がピンクのドレスアップをするバービー映画は、すぐにカルト現象になりました。
カルト的なセンセーションを巻き起こすために、映画が優れている必要はありません。 実際、そうでない方が良いです。 ロッキーホラーショーはせいぜい二流の映画ですが、十代の若者たちは何十年もの間、週末ごとにそれを再演してきました。 実際、アマチュアパフォーマーが優れた映画制作に気を取られることがなかったのは本当に助かります。 同様に、バービー人形は主に人類学的および歴史的理由から興味深いものです。
今日、劇場で映画を見るために派手な衣装を購入した同じ女性たちが、映画がストリーミングプラットフォームに配信されると、キャンディー色のバービーパーティーを開くでしょう。 私は、ナプキンの上に置かれたピンクのキャデラックマルガリータの写真と、ライアンゴズリングの似顔絵がInstagramに投稿される競合写真を予想します。
これは、グレタ・ガーウィグ監督が綿密に作成したガールボスのメッセージとはほとんど関係がありません。 不当な扱いを受けたためにミサンドリーに反応する女性もいることは間違いありません。 抑圧的な家父長制についてのアジトプロップをずっと聞いてきた多くの女の子は、彼らのイデオロギーが大作映画で強化されるのを見ると、すぐに自信を感じるようになります。 どれも、フクシアの服を着たいという明らかに抑えられない衝動を説明するものではありません。
私たちの歴史のこの瞬間がそうです。 2020年初頭に課されたコロナウイルスによるロックダウンは、アメリカの都市や郊外の外観と雰囲気を変えました。 その多くは、特にニューヨークやサンフランシスコなどの真っ青な地域では回復していません。
一時的な屋内退避命令で一般のアメリカ人が自宅に閉じ込められたとき、ホームレスのキャンプは路上生活の唯一の残骸になりました。 次に、Black Lives Matterが街頭を占拠し、全国の警察の削減を確実にしました。 すでに侵食されていた法の支配は、その後の犯罪の波によってさらに後退しました。 脅威の精神障害者がダウンタウンに群がり、暴力犯罪が増加する中、都市中心部は多くの住民、特に女性、子供、高齢者にとって事実上の立ち入り禁止区域となった。
たとえば、サンフランシスコのマーケットストリートは、かつてはエキサイティングなショッピングと観光の目的地でしたが、麻薬と犯罪が蔓延していました。 観光客が写真を撮った通りでは、現在、店舗の閉店が相次いでいます。 この虫に怯えたゲストがいたため、市内のカフェやレストランは閉店しました。 雰囲気を楽しむ女性が利用するようなトレンディな店は、持ち帰り用の食べ物を販売して存続することはできませんでした。
閉鎖前の傾向を引き継ぎ、社会生活はメディアチャネルに移行しました。 私たちはより社会的に適応しているため、この種の通常の日常的な交流の排除は女性に重くのしかかります。
もちろん、その多くは自分自身が招いたものです。私たちは、他の人間に近づきすぎたことで見知らぬ人を叱責する悪名高きカレン族でした。 ここサンフランシスコのベイエリアでは、かなりの数の人々が、私の観察によるとそのほとんどが女性であり、依然として公共の場でマスクを着用しています。 私たちは好きなように責任を負わせることができますが、人々が満たされていない感情的なニーズを抱えており、それらのニーズが私たちの文化の中で何らかの形で表現されるという事実は変わりません。
新型コロナウイルス感染症恐怖の社会政治体制の主な特徴は、社会正義の課題順守のために地域社会を非公式に取り締まる白人女性の採用だった。 ソーシャルメディアのインフルエンサーであるサイラ・ラオさんは、ディナーパーティーで一皿数千ドルを請求し、裕福な母親たちの「白人の特権」を非難しながら、国中を飛び回る好景気のビジネスを始めた。
編注:WBPCとか弁護士がそう。反貧困とかシングルマザーとか言って自分たちが一番儲けている。という連中です。
政治的プロジェクトに加えて、覚醒は美の基準の侵食をもたらしました。 その中で、肥満の主流化と女性ブランドのマーケティングへの男性の参加が最も顕著な特徴でした。 さまざまな体型や顔の特徴に繰り返しさらされることで、すべての女性が同様に魅力的になれるという前提に基づいて、嫉妬深い心は美しさを再分配しようとしました。 それもまた、女性の活動主義とメディア企業の役員室におけるフェミニストの権力の獲得の結果、部分的には自ら招いたものである。
私はフェミニストの美容プロジェクトが成功する可能性について常に懐疑的でした。 美の理想を採用するには、それに応えない女性を排除する必要があります。 それは傷つき、不公平ですが、その「10」がどのように定義されるかに関係なく、すべての女性が「10」になれるわけではありません。 さらに、私たちの美的好みは、不可解にもデブ恥辱に熱心なマスメディア複合企業の陰謀の結果ではありません。 それらは私たちの社会に現れた傾向を反映しています。 痩せた女性が望ましいのは、資本主義の現代において好ましい特質である自制心が表れているからである。(編注:10とは10点満点の完璧な女の子。映画はボー・デレク主演)
2020年に全国を席巻したマーケティング慣行の変化は、私たちの精神に影響を与えることはありませんでしたが、私たちの生活から喜びを吸い取ることに成功しました。 スリーパーと形の崩れたガウンが小売スペースを占領しました。 サージカルマスクの義務化により、買い物は社会活動から雑用に変わりました。 ファッションの広がりにより、憧れの美しさは、せいぜい普通の、しかししばしばグロテスクなものに置き換えられました。 それはアメリカ女性の歴史の中で悲惨な時代でした。
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それは実に単純です。観客がピンクのドレスアップをするバービー映画は、すぐにカルト現象になりました。
リベラルな青い州は殺人も無罪にして、フェンニタルが蔓延したのでこうなっている>ホームレスのキャンプは路上生活の唯一の残骸になりました。 次に、Black Lives Matterが街頭を占拠し、全国の警察の削減を確実にしました。 すでに侵食されていた法の支配は、その後の犯罪の波によってさらに後退しました。 脅威の精神障害者がダウンタウンに群がり、暴力犯罪が増加する中、都市中心部は多くの住民、特に女性、子供、高齢者にとって事実上の立ち入り禁止区域となった。
こんばんは、定期的に増田で燃え上がるファッションネタを楽しく拝読しております。
ファッションはコミュニケーションだ、いやプロトコールだ、ダサいが移り変わるとか難しすぎるだろとお嘆きのあなた。もう大丈夫です。
一生使えるコーディネイトの秘密を開示して、無難な服が変わってしまうのは何故かを簡単に解説します。
なおポジショントークを多分に含んでおります。あ、男性向けをベースに話しますが、女性向けも同じです。
服を買いに行く服が無い、そういう人はたぶんファッションや服装にそんなに興味が無いんでしょう。
そういう人が一生使えるコーディネートとして、スーツがあります。
ダークネイビーかダークグレーのスーツを買いましょう。ネイビーとかグレーって書いてあるスーツで明るいと感じなければ良いです。
シャツは白、ハンカチも白。ネクタイはネイビーもしくはグレー。靴下はスーツと同じ色で膝下までの長いもの。ダークブラウンの革靴と、靴と同じ色合いのベルトを選んでください。
そして、どこに行くにもそのスーツを着てください。
これで、一生困りません。
でも、ファッションに興味が無い中で無難な服が知りたいってことは、ファッションに脳みそを使いたくないんでしょう?
想像してください。
銀座の三越で、秋葉原の秋月電子で、札幌のススキノで、大阪のスタジアムで、新潟の商店街で、熊本の空港で、アメリカはニューヨークで、霧煙るロンドンで。
その場所に、ダークネイビーのスーツの人が居たとして、あなたはその光景に違和感を覚えますか?異質でしょうか?
ありとあらゆる場所でそれなりに使えるものが、真のスタンダードです。
はい、その通りです。
XXXには「友達と遊びに行く」「バーベキュー場」「ユニバーサルスタジオ」「大学」「山登り」などが入るかもしれません。
ありとあらゆる場所に溶け込めるのがスーツですが、友人とディズニーに遊びに行くときや、バーベキュー場で集まるとき、大学に行くときにずっとスーツなのは嫌ですよね。
それがファッションであり、オシャレです。
相手からどう見られるかがファッションの本質であり、どう見せたいかがオシャレの基本です。
さて、なぜダサいや無難が移り変わるかの前に、服装の持つ三つの要素の話をしましょう。
まず理解しやすい身体保護から。寒さから身を守る、日差しを防ぐ、夏に蒸れず冬温かい。服の持つ「機能性」に注目する部分です。
次に社会的な記号です。制服が自らを何者であるか示すのと同じように、服が持つ「ある集団の中で持つ意味」に注目する部分です。
最後は自己表現手法としてです。好き嫌い、好きな色嫌いな形、服が持つ「自分はどう服装と向き合いたいか」に注目する部分です。
社会的な記号が強く求められる場所、例えば警邏中の警察官は、自己表現の手段として勝手に制服を改造して自己表現することは好ましく思われません。
それでも、その職業の制服であるという意味合いを維持したまま、身体保護として夏蒸れない、冬に体温を奪われないという機能性の向上は行われ続けています。
また、自己表現手法として、自分が可愛いと思う服装として、冬にヘソを出すような服装を好んで着ることもあり得ます。機能性を犠牲にしても好きな服を着るわけですね。
さて、無難なファッションとはなんでしょうか。ダサく見られたくない、普通の服装だと思われたい。そんなところでしょう。
では逆に、オシャレな服装とは何でしょうか。そう、無難ではない服装です。
新しいインスピレーションを基にした、オートクチュールやオーダーメイド、プレタポルテのショーを起点とすることが多いですが、ファッションには流行があります。
映画「プラダを着た悪魔」で監督のデビッド・フランケルが、たったの2分で説明しきったファッションの流行についてのシーンを引用しましょう。
アン・ハサウェイ演じる主人公アンドレアが、ベルトの細かな差異に真剣な周囲に思わず笑ってしまった時に、メリル・ストリープ演じるファッション誌編集長のミランダがこう言うのです。
「あなたがいま着ている青いセーターは、自分は服装に興味が無いと世界に主張している。でもあなたは知らないだろうけれどもそれはブルーではないし、ターコイズでもなければラピスでもなく、実のところセルリアンだ」
「あなたはオスカー デ ラ レンタがセルリアンのガウンのコレクションを発表したことも知らなければ、イブ・サンローランがセルリアンのミリタリージャケットをショーで見せたことも知らないでしょう」
「その後、8人の異なるデザイナーがセルリアンのコレクションを発表し、デパートメントストアにそれらが流れ出し、あなたが見つけたカジュアルコーナーにも流れたでしょう」
「皮肉なことに、あなたがファッションに興味が無いと思って選んだその青いセーターは、この部屋の人たちがあなたのために選んだセーターなのです」
そう、誰かが流行を作り出し、そのトレンドに乗って何百万人もの服飾業界人が文字通りの意味で働いた結果が、オシャレを作り出すのです。
そして、オシャレな服装が行き渡った結果として、陳腐化し、そして、ダサくなる。なぜならば流行に、トレンドに乗っていないから。
その通りですが、少しだけ違います。
数十年スパンで変わらないと考えられるスーツに象徴されるように、変わらないものも存在します。
ただ、服装のもつ3つの要素のうち、特に「社会的な記号」というのは、自分の周辺環境に強く依存します。
強いものは国ごとに法で定められており、弱いものでも場違いな感覚を自身に与えることがあります。
それでも、いくつかの要素を抑えれば、トレンドを理解することはできるのです。
カジュアルというのはリラックスした普段着です。ドレスはカッチリとしたよそ行きの服ですね。
俗に、ドレスアップ、カジュアルダウンと言うように、良い意味でくだけた、悪い意味でだらしない恰好がカジュアルです。
これにビジネス、つまり仕事着かどうかという目線を含めて、おおむねスタイルが決まります。
スーツはビジネスでありドレス、かっちりしているわけですね。寝巻みたいなのがカジュアルの極致でしょう。
キッチリしているか、仕事で使えそうか、リラックスしているか、くらいでとらえてください。
流行るからダサくなる、そしてトレンドは次に向かうとなると、実はシルエットはわかりやすい部類です。
つまり、スキニーのようなキツメのぴったりしたものが流行った場合、次に来るのはゆったりとしたオーバーサイズです。
色合いは、日本は独特で黒が好まれる傾向にあります。スーツが通用する国では、わりと珍しいです。
モノクロが流行りだしたら、次はカラーです。これも違いが分かりやすいからね。
スーツは嫌だ、自分のスタイルは無い、でも無難な服装は着ておきたい……
大丈夫。
GUのサイトに行って、季節のコレクションのページに行きましょう。いまなら春ものですね。
シルエットはどうですか?はい、わかりやすくダボっとしたゆったり目のシルエットですね。ワイドとかオーバーサイズとかです。
色はどうですか?黒か白、デニムもあるかな。あんまり原色系の鮮やかな色味は無いですね。
スタイルはどうですか?まあGUですしカジュアルが多いですよね。でも全体的にキレイ目かな。
「じゃあ、無難な服装は、シルエットがダボっとしていて、色は黒と白、スタイルはキレイ目あたりかな」
逆に女性側は流石に春らしい色味で、スタイルはわりとビジネスに寄せてきている感じですね。
ま、日本で暮らす分には、正直全身真っ白にしておいて違う色のジャケットを羽織る、全身真っ黒にしておいて白いインナーを着る、とかでもそれっぽくは見えます。
そうすると、スタイル、シルエット、色のうち、色はモノクロで抑えられる。シルエットはGUの季節のコレクションでわかる、スタイルだけ考えれば良くなります。
スーツを着ろ派からすると、可能な限りドレス側に寄せて欲しいところですが、そこは個人の好みもあるでしょう。
これだけ覚えて帰ってください。
そして無難を選ぶ限り、追い続けなければいけないのです。
シルエットはGUでチェックしましょう。使う色は少なくしましょう。スタイルはキレイ目に寄せましょう。
身体保護か、社会的記号か、自己表現手法か、どれを重視するかを考えて服を選んでみましょう。
そして、身体保護の観点から、服は定期的に買い替えましょう。トータル1年着たら限界だと思ってください。おすすめは毎年買い替えです。
肉体労働系の地方マイルドヤンキーソサエティで生きてると、これはもうアッラーアクバル並みにみんな言うし誰も疑わないね。
まあ実際、元ヤンで未婚なのは犯罪者みたいなのが多いというのはあるけども。
ブラック企業の二十代の社員がトラックの中で待ち受けの女房と幼児の写真見せて、独身中高年の派遣バイトに説教するわけよ。「男ならよ〜」って。
でも子供自慢以外の話題といえばブランド財布こうたとか車のドレスアップパーツが知り合いの伝手で安く買えたとかだしね。
「ヤンチャ」なガキがそのまんまわがままなおっさんになり無内容なジジイになり死ぬだけ。子供こさえようがこさえまいが。
「それはクソ田舎に特有の事情だ」という切断の仕方はあり得るが、俺は世界中どこいったって人間の大半はそういう一山いくらの俗物だと確信している。
キャバクラにハマったことがあるからすげーよくわかる。ブコメも早く彼氏作れとかマッチングアプリしろとか全然わかってねえな。キャバクラ道の本質は金で買える恋愛(友達)はラクで、そして金の続く限り、その恋愛(友情)は永遠に続くことなんだ。 何を言っているかよくわかんねぇと思うけど、そういうものなんだ。
考えてもみろ。人間関係には色々と面倒くさいことがある。恋人や友達に会うだけでも、いつ会うかアポをとって、行く場所を決めたり何をするか調整しなきゃいけない。それがキャバであれば 自分の行きたい時に、会いたい時に、お金さえあればそれが実現できるんだよ。しかも会ったら否定なしの全肯定で話を合わせてくれる。相手のことは気遣わなくてもいい(実際は気遣っている)。つまり人間関係の面倒くさいところをすべて取り除いて、いいところだけを残したのがキャバクラでありホストなんだよ。カネはかかるんだけど、逆に言えば、お金だけしかいらないんだ。
ウシジマくんの中年会社員くん編に、その日に会える若い女は貴重だ、そんな女をたくさん飼っている養豚場がキャバクラだってセリフがあって、ああ、これだと思ったね。
俺の末路を語る。おれは普通のサラリーマンで30代の既婚者で子供もいる。だからシャンパンをポンポンいれるような感じじゃなくて、指名で入ってドリンク入れて1セットか2セットいて帰るみたいな客だった。1セットで帰ると2万弱、2セットいると3万くらいね。安キャバいうな。
それまでつきあいでキャバに一緒にいくことはあっても、つまんねーと思っていた。だけどある日、一人でいって変わった。キャバは団体と個人で全然違う。
それで通いが始まった。やがて小遣いの範囲を超えて、手元にお金ができるといくようになった。例えば飲み会の会計で、割り勘を徴収してカードで支払ったときのお金とか、家庭や会社での立替分を現金で貰ったときとかそういうお金。
しまいには朝たべず、昼たべず、夜320円の牛丼を食べてキャバにいく。そこで2万使うわけだ。朝食べないのは朝食べるとなぜか昼に腹が減るから。
オープンから入るとセット料金が安いんだけど、なんかガチっぽくてイヤだから、時間つぶして22時とか23時に入ってた。アフター狙いでラスト1セットで行ったりもしたな。おまえらは午前2時に焼肉食べたことあるか? うまいぞ。
しかし、なんで通ってたんだろうな。飲んだ後とかに、なんか、脳みそに電気が走る感覚で、あ、いかないと、みたいな感じになるんだよね。ドレスアップした女の子が接待してくれて、黒服がかしずく非日常的な空間が麻薬なんだと思う。
通う頻度もじりじり多くなって、1ヶ月に1回が、2回になり、2週に1回が週に1回になる。最終的には週に2,3回はいってたと思う。個人の貯金も随分使ってしまった。
俺の場合はもう使える金がなくなって終わった。あ、このままはもう無理だって。カード払いに躊躇がなかったらもっと行ってたと思うし、会社のカネを預かる立場なら少し拝借してたかもしれない。女の場合は体使えば現金化できるから、そうなっちゃうよね。すごいよくわかる。
元増田もいけるとこまで遊んだらいいよ。いつか気付くから。最後まで気付かなかったら、金で買える恋愛の中で死ねるんだからそれはそれで幸せだろうと思う。
特に上半身を気合い入れて鍛えているので、上腕二頭筋、上腕三頭筋、僧帽筋、三角筋がでかい。タンク、レーサーバックは映え映えだが、ドレス選びに迷う。
二の腕がデカいのは誇りだけど肩を出したドレスを着ると単に鍛えてないぶよぶよの二の腕の太い女と似たシルエットになってしまう。
二の腕の肉を取るには〜とかそういう情報じゃなくて、デカい上半身の女が強そうにエレガントに見えるドレスが知りたいんよね
ロンダラウジーのドレスアップしたときのインスタポストとかを参考に見ているが、ロンダとはいえなんか太ってるようなシルエットに見えてしまうものもあり、キレキレなのに太って見えたくないよなと迷っている
若い頃は大好きだったデパート巡りも、90代になってからは、買う物や欲しい物もなくなり、とんとしなくなった。
ある日、よんどころない用事ができて、福岡・天神のデパートに1人で出かけた。久しぶりのデパートは華やかで、自分がお上りさんに思える。早々に用事を済ませ、せっかく来たのだから目の保養にと店内を回っていたら、すてきな洋服が目についた。しばらく眺めていると店員に「試着してご覧になりませんか」と言われ、こんなチャンスはめったにないと、試着室に入った。
着替えて姿見に映った私は、ドレスアップのせいか少々美人に見える。私の心がささやいた。「思い切って買いなさいよ。少々高価だけど、今日まで50年前のブラウスや、もらったセーターなどを着ていたんだもの、奮発したら」
もう1人の私が今度はささやく。「買っても着る晴れの場所はあるの? 残念ながら彼岸が近いのよ。形見にしてもありがたがる子もいないし、宝の持ち腐れになるだけよ」。なるほどね。
結局どちらにしたのでしょう。ふふふふ。ご想像にお任せしましょう。
後藤 俊子
無職 98歳
だれでも知ってるかのように使わんでほしいのだが・・・
少なくともわいは知らんかったぞ
ツライチとは、辞書によると「二つの面の間に段差が無くフラットな状態」という意味。漢字では「面一」と書く。クルマのドレスアップとしてのツライチは、ボディ(フェンダー)の外端とタイヤ&ホイールの表面が、ピタリと一致していることを指す。ノーマルのクルマのタイヤの位置は、フェンダーの端から数センチ単位で内側に引っこんでいる。
【関連記事】【噂の真相】段差をゆっくり乗り越えないとクルマが傷むってホント?
むかしから、カッコいいクルマの条件は、「低く、幅広く、タイヤが太い」というのがセオリーなので、ドレスアップするなら、車高を落として、太いタイヤを履かせて、なおかつそのタイヤをフェンダーの外側ギリギリの位置まで広げて装着するのが一番手っ取り早い。だから、ドレスアップの第一歩としてツライチに興味を持つ人が多いというわけ。
ミリシタについて思うところがあるので書きなぐっていく。すべての文末に「(※個人の感想です)」が省略されている。
細かい部分をいちいち説明することはしない。わかる方に伝わればいい。別に伝わらなくてもいいけど。
先ごろミリシタにてイベント『ダイヤモンド・クラリティ』が開催された。
ざっくり言うと今年から新たにテコ入れされたはずの比較的大きめなイベントだったわけだが、これが酷かった。
2M効率とか報酬地図とか要求ポイントとか、言いたいことはいろいろあるが、個人的に一番疑問だったのは、
という点。これが本当にわからない。
まことに失礼だが運営アホなんじゃないか? というのが率直な感想。
『ダイヤモンド・クラリティ』では、イベント限定の衣装を含む報酬をコンプするためにはアホほどリズムゲーム(ライブと呼ぶ)を回すことを要求される。
その救済措置としてか、大量にオートライブPASS(ご丁寧に期限付き)が配布された。オートライブPASSというのは操作しなくても放っておくだけでライブをクリアできるよ、というアイテム。
つまり、運営の想定通り大量のオートライブPASSを使ってアホほどライブを回そうとするとどうなるか?
ユーザーはただひたすら画面を眺めるだけ、という素敵ゲーム体験になる。
厳密には1曲2~3分ごとに何回かタップする。次の曲をまた眺める。配布オートライブPASSで足りない分は自分でプレイする。
アプリをバックグラウンドにするとライブは一時停止されるので、プレイ中は端末が占有されることになる。
……楽しいか?
運営はこのゲーム体験(と言えるのかすら疑問だ)がユーザーにとってポジティブなものだと思っているのか? 自分らでテストプレイしてる? 楽しかった? 正直に言ってみ?
『ダイヤモンド・クラリティ』に限らず、ミリシタのイベントははっきり言ってつまらない。
結局のところ周回するだけ。毎回同じ。
ついでに美咲ちゃんのやべーレベルのクソデカ独り言も社長に呼ばれてたことを思い出す流れも毎回同じ。(これはどうでもいい)
あと去年の誕生日の「〇〇、ここにいたのか」っていうなぜかアイドルが屋上で待機してるやつも毎回同じ。(これもどうでもいい)
ミリシタのイベントにはカタルシスがない。イベントならではの工夫、イベントを楽しんでやる動機が薄い。
動機づけとして思いつくのは①イベコミュ②アナザー衣装③称号④スコアタぐらいだが、
基本的にすべてのイベントを走るガチ勢以外だと担当のイベぐらいしかあまり走る魅力がない。
(ここでの"走る"とはスパドリや石を使うという意味で、3万pt程度は普通に元気を消費していれば達するので走るとは考えていない)
最近のイベント報酬はユーザーへの圧を強める方向で調整されているっぽいので、そのうちますますライト層の客離れを招くんじゃないかと危惧している。
例えばイベント期間中のみイベント曲をプレイすると何かしら特別な演出が出るだとか、特殊なノーツが落ちてくるだとか、あるいは特殊なギミックがあるとか、いまそこでしか味わえないゲーム体験を提供するべきだ。
そういう意味で真夏のダイヤのしょっぼいビンゴが方向性としては近いが、もちろんいろいろと改善の余地がある。テンポとか報酬とか、そもそもあれをビンゴと呼べるのかとか。
できればライブ後ではなくライブ中の特殊演出として考えるべきだ。ノーツが次々落ちてくるライブならいくらでもやりようはあるんじゃないかと思うが……。ノーツをいじると視認性の問題がめんどくさいんだろうか?
もしかしてこのところ実装曲が体感難しくなっているのはこの点を考慮してのことだったりするんだろうか?
ライブの難易度を底上げしてしまうとリズムゲームの不得意なユーザーが離れてしまいかねないので、あくまでイベント期間限定で考えるべきだ。
例えばイベント期間を通じてステータスを積み上げていき、そのステータスに応じてライブで得られる報酬やスコアを加速度的に大きくする、など。
あるいはイベント限定でOMを超えるようなふざけた難易度を用意してミニゲーム的にコンボ数を競わせるとか。フルコンスクショでSNSが盛り上がるかも。上述の「目新しいゲーム体験」にも通じる部分が大きい。
イベントに限らずライブの報酬がそもそもしょぼい。ドレスやリップ何千個もいらない。現状ライブ報酬が機能していない。
例えば複数集めることで好きな衣装をレンタルできるアイテムを実装して、イベント中はそれが落ちやすくするなど。
ミリシタに関しては他にもいろいろと言いたいことがあるけど(例えば触れ合いがいちいちめんどくさくてつまらんしあざといというか狙いすぎというか「小悪魔キャラという設定だったはずの美希が言うならともかくこのアイドルにこんなセリフ言わせる??」的な不快感にも近い飽きがあることとか、今更感すごいけどドレスアップルームでポット操作するのにそんなパンツ見せるようなかがみ方しなくていいから……っていう呆れ嫌悪とか、3Dモデルの歌織さんの胸でかくしなくていいからとかそういういたずらにエロに寄るのやめてくれる?っていう感情とかちなみにわたし男性ですけど)もう疲れたのでこれぐらいで勘弁してやろう。これまで少なくない額課金してきたしミリシタがより良い方向へ発展していくことを祈ってますよ運営さん。
プリキュアの中でというより、今まで見たアニメの中でもかなり好きな部類に入るので、どこが好きか列記しておきたい。
キャラクター設定、変身シーン、ストーリーなど全部好きだが、一番好きなのは主人公「星奈ひかる」の性格。プリキュアのピンクというとリーダー的存在のキャラが多いが、ひかるはあまり「行こう!」「しなきゃ!」とメンバーに押し付けてくることがない。「どう思う?」と相手に考えさせ、答えを引き出す。
星奈ひかるは宇宙や星座、UMAなどが大好きで、その明るさゆえ「ちょっと変わってるけどいい子」としてクラスに馴染んでいるが、自分と同じ熱量で好きなものについて語れる親友はおらず、天体望遠鏡で星を眺めてはオリジナル星座を考えたり、一人でプラネタリウムに通ったりしていた。決してクラスの人気者、みんなを引っ張るリーダー的存在、という感じではないところが好き。一つ上の先輩である天宮えれな、香久矢まどかがプリキュアに加入した際も呼び捨てにすることを躊躇するなど、意外と常識人の面もある。
『スター☆トゥインクルプリキュア』は5人いるが、皆が常に一緒にいるわけではない。サマーン星人のララは13歳ながら大人であり、キュアミルキーに変身したが、物語序盤はAIの助けを借りながら故障したロケットを修理していた(その後地球で学校生活が送ってみたいと思い、ひかると同じクラスに通う)。5人目のプリキュア、キュアコスモとなったレインボー星人のユニに至っては、地球人に興味がないのかプリキュア加入後も自由に行動している。
キュアソレイユ(天宮えれな)、キュアセレーネ(香久矢まどか)は3年生だがクラスが違うし、活動分野も違うのであまり一緒にはいない。えれなはきょうだいたちの面倒を見ながら実家の花屋を手伝っており、まどかは生徒会長と弓道部、習い事などで忙しくしている。
プリキュアとなって戦う際は行動をともにするが、「みんな一緒で、いつも仲良し」という感じを押し出してこないところが好き。
ラスボス、映画通してだが『スター☆トゥインクルプリキュア』では敵の存在を消し去るような勝ち方はしない。特に主人公である星奈ひかるは敵のことすらもっと知りたいと思い、理解しようとしている。物語の後半、パワーアップするために「トゥインクルイマジネーション」というものを獲得する必要性が生じるが、これは5人それぞれが自分自身の課題と向き合い、自分で見つけなければならない。これを獲得する過程が好きだった。
キュアコスモとアイワーンの激しい感情のぶつかり合い、キュアセレーネとガルオウガの90年代を思わせる熱い戦闘シーン、本当の笑顔とは何か問いかける、キュアソレイユとテンジョウのやりとり、宇宙人であることがばれ、恐れられながらもクラスメイトを守ろうとしたキュアミルキーの決意、キュアスターとカッパードの雨の中の戦いと、差し伸べた手…。敵の宇宙人にもそれぞれ敵となった理由があり、葛藤を抱えているストーリーが良かった。
個人的にはまどかの成長が一番好き。「自分は一人では輝けない」と悩み父親の言う通り生きてきたまどかが、父と一体となって矢を放ち、父を超えていくところが良かった。
キュアミルキーの動きは永久保存版だが、他の面々も可愛い。後のプリキュアへ継承されないところを見ると、やはり長すぎたか…?
プリキュアを見ながらこれほど衝撃を受けたのははじめてだった。バケニャン、どこか怪しいとは思っていたが…アイワーン様以上に驚いた。
「映画独自のドレスアップで敵を倒すこと」で終わらないのがいい。他のプリキュアシリーズとのコラボがなくストーリーに集中できたのも良かった。
美しい地球の風景、ユーマとララの心の交流と別れへの不安、「それだけで、いいのかなって」ひかるのララへの問いかけ、ユーマが宇宙に還っていくシーン…。知念里奈さんの主題歌も美しかった。一度は見てほしい。
始まるまでは「星というとセーラームーンをイメージさせないか?」と若干心配したが、そんなことはなかった。12星座に焦点を当てたこと、他の星に行き、宇宙人たちと交流するストーリー、宇宙での機動的な戦いも面白かった。ロケットで頻繁に地球と宇宙を行き来するため体への負担が大きそうではあるが。夜空や星を見上げるシーンが多いところもスタプリならでは。取り上げているテーマが深いし、ストーリーもわりと中身があるが、ひかるやララのキャラクター、絵柄、色味などをポップにすることで見やすくなっている。
特定の性別や嗜好や趣味やなんやかんやを叩く為に書いてはいない
夏に遭った妖怪がおり、未だ夏になると思い出して気分が沈むのでネットの海に流して供養したい、そういう話だよ
オカルト話を期待した人はごめんね
■悪魔爺
趣味を同じくする友人らと遊んだ帰り道、此方を見て悪魔だと罵倒する爺に遭遇した。
一行で済む話なのだが、供養であるのでもう少し語りたい。語るね。
その当時私は二十歳手前くらいの年頃だった。
高校生活は闇色を煮詰めた肥溜めのような暗鬱たる日々だった。要するにカースト最底辺のクソ陰キャだった。
しかしインターネットを通じて共通の趣味を持つ他人と出逢い、親交を得て、なんだ生きるの楽しいじゃん、広いじゃん世界、インターネットありがとう、という救済を得てもいた。
インターネットの海は広く、必然的に現実世界での住所は遠い事が多く、オフ会となれば一大イベントだった。
少なくとも当時の私にとってはそうだった。
大学には行かず就職をする道を選び、そこで働いて得た給料を握り締め、バスに乗り電車に乗り飛行機に乗り、初めて『友達に会いに行く為のひとり旅』を経験した。
うきうきとわくわくでいっぱいだった。
冒頭に一行で纏めた『趣味を同じくする友人らと遊んだ』というのは、つまるところこの『オフ会』の事だ。
集まった面子と一頻り語り合い、飯を食べ、ショッピングに興じ、おやつを食べ、カラオケで歌い、プリを撮り、オフ会は至極健全に盛り上がり、感極まって泣く程楽しかった。
宿を取っていたので、いや、旅行だから泊まりたいじゃんね。日帰りはやってやれないことはないが、余韻に浸る時間が欲しかろう。欲しかったのだ、私は。
ビジホの一室でひとりゆっくりとこの日を噛み締める為の時間が欲しかった。
泊まっていきなよと言ってくれる面子も居たが、それは畏れ多すぎてできなかった。比喩でなく嬉しさで爆発して死ぬと思った。
じゃあ次に逢う時はうちに泊まってねと言ってくれたその友人に、(また逢えるの!!!!????来てもいいの!!!!!!????)と内心で爆発しながら頷いてハグをして手を振った。
その、帰路だ。
とんでもなく楽しかった、私の青春は今からなんだ、皆やさしくて面白くて素敵な人達だったな、等というような幸せに酔いながら人気のない暗い夜の道をひとり歩いていた、その時。
幸せに酔いながら歩いていた、とはいえ、そうかそれでは道の端に寄って自転車の通行を妨げないように歩こう、と思う程度には素面だった。
素面だったが、酔ってもいた。
道の端に寄って歩きながらも心は此処にあらず、楽しかった思い出ばかりを反芻していた。
であるからして、自転車を漕いでいるその人物が割と結構な声量で何か言葉を発しているらしいと気が付いたのは、すれ違うまさにその手前だった。
ところでそのオフ会というのは、ゴスロリを愛好する者達の集いであった。
ゴスロリの是非だのなんだのについてはここでは省く。
初めての友人と初めてのオフ会。
それどころか、皆が皆思い思いに目一杯ドレスアップして集う。
加えて、何より、若かった。
要するにこの日の私は勿論どえれぇ気合を入れたコテコテのゴシックファッションに身を包んでいたのだ。化粧も然り。
ゴシックとか言われてもよう解らんという場合は概念的な魔女を想像して頂ければ、それで解釈はふんわりと一致する。
言われた私はこう思った。
しかしながら見知らぬ爺にすれ違いざま大音量で罵倒されるという体験は思い返す限りこれが初めてであった。
あまりに驚いたものだから足を止めてその爺が去りゆくのをぽかんと見送る格好になってしまったのだが、すれ違い終えて去りゆきながらもまだ尚爺は此方を振り返り振り返り、私を罵倒し続けていた。
否、爺が罵倒していたのは私ではなかった。私を通して何か概念的なものを罵倒し続けていた。
悪魔(チリン)、女(チリン)、売女(チリン)、悪魔(チリリン)、女(チリン)、悪魔(チリン)、悪魔(チリン)、悪魔(チリン……)……
通り魔に遭った気分だった。
しかし私は魔女なので、えぇまぁ売女ではないのでそこは否定しますけど悪魔だったり女だったりはしますね…????????????????
という気分でもあった。
わけが分からなさ過ぎてそういう妖怪なのだと思うことにして正気を保ったのかもしれない。
元より私の好むファッションは一般には受け入れられにくい傾向であることと、虐げに慣れきった高校生活も一因としてあったのかもしれない。
当時の私はこの爺が一体何であるのか全く解らなかったのだ。ただ辛うじて、爺の見た目をしているから爺だということだけは解った。
この妖怪悪魔爺はそれから数年経った今でも夏のこの時期になると私の心の中に勝手に蘇り、なんとも言えず遣る瀬無い虚無感を齎してはベル音を響かせ去っていく。
嘘だ被害妄想だ幻覚だなんだと言われるのも辛い気がしたのでこれまで誰にも言わずにいたのだが、例のポテサラ爺が現れたことにより、おそらく同類の妖怪であろうこの悪魔爺の話もネットの海に流して供養したく、こうして記事を書いている。
ストレスが極限にまで溜まったので、県内のホテルステイを計画中。
もともと和食が好きだしぶっちゃけフレンチやイタリアンの味がわかるも
自信がない。
悩んでるうちに新しいプランでコース料理がかなり安くなったことを知り
田舎のオーベルジュだし、そこまで気合い入れなくてもいいと思ったけど
せっかくならばドレスアップしよう。
以前古着屋で買ったサテン地の黒カットソーとH&Mで買ったベアトップの
オールインワンを合わせる。
アクセサリーは一張羅の1粒ダイヤネックレスとプラチナのイヤリング。
バックは普段遣いにもしてるチェーンのバック
オールブラックは重くなりそうだけど、カットソーはサテンの光沢があるし
オールインワンも少し艶があっていい感じ。
異素材なのでのっぺり感もないのが気にいった。
最初、白のシャツを合わせようと思ったんだけど、弓道着みたいだったので
黒に変更。
ドレスアップと言う意味でも、一色ですっきりまとめた方が、本格的な感じ。
以前2回クルーズ船で旅行をした経験があり、フォーマルディナーの時に
ドレスコードに合わせてドレスアップするのが新鮮ですごく楽しかった。
さすがにこれから乗ろうと思わないけれども、日常の中でそんな瞬間が
あってもいいと思う。
特に日本の若い子がそうだけど、ドレスアップする場でもカジュアルな格好で
斜に構えた感じが、かえってダサいと思う。
海外だったら普段Tシャツにビーサン歩いてるような若い子たちでも、
ドレスアップは完全に仕上げてくる。
本来それが当たり前なのに、日本の若い子達は普段から小ぎれいな格好してる割に
ドレスアップが下手。
ハレとケをきっちり区別して、どちらも両方心地よく過ごせるといいな。
夜空の星がすごくきれいらしい。
山の上のホテルだからきっと寒いだろうし、ちょっといいストールを
一緒に持っていこう。
シックの赤の織りが入ったストールはオールインワンの上に羽織っても
きっと映えるだろう。
在宅勤務は以前からだけど、最近クライアントが増えて、すごいありがたいけど
毎日毎日ミーティングやら面談やらで自分の時間がどんどん削られていくので
ストレスが蓄積。
いきたかった旅行も全部キャンセルになったし、ここでいっぱつドカンと使う。
なので今日は昨日はケの日。
ユニクロのワンピース着て、ファミレスでドリンクバー飲みながら
残りの仕事仕上げていくぜ。