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はてなキーワード: 自尊心とは

2018-02-09

元増田だけど

anond:20180208143934

付いたブクマでよくわからないのがあったから、書いてみる。

 

「月に2,3回でワンオペって使っちゃう?」

 

いや、ある一定時間1人でやる育児ワンオペでしょうに。

なんだろ?言葉定義全然違うぞ?

毎日1人でやる育児ワンオペ育児なのか?

 

あめーよ的に言ってるなら、たぶんそれは家事育児ハラスメントだし、

おそらくこの人がツーオペになることはないんだろうな。

 

あと見解の相違とかあったけど、専業にありがちだよねwwこれww

まぁたぶん「自尊心」がそうさせてるんだろうけど。。。

 

どっちの例もすごくシンプルで端的に言うと

パートナーに対する尊敬感謝

が圧倒的に欠落していると思う。

 

 

どこで?いつ落っことしたの?それ。

2018-02-08

よい子という呪い

小さい頃からよい子であるように育てられた。私はもともとの気質として依存的なところがあって、あらゆることを一人で判断するのが苦手であるし、自分感情よりも他人から褒められることを優先するべきだという考えが染み付いている。良い子でいることは楽で、自尊心が満たされる行為だった。今までの人生ゆっくりじっくりと「よい子の呪い」を自分にかけながら生きてきたのだ。

大学受験が迫ってきたとき、将来は直に人のためになるような仕事に就きたい。結婚出産もしたいと思った。だから医療系の資格を取ることに決めた。

大学に通う中で辛いことや、この仕事をやっていく自信を無くすことは何度もあったが、勉強していく中で「これが一番やりたいと思える仕事だ」と感じられるようになった。結婚しても、出産しても、仕事を続けたいと思った。

一方で、私はそもそも結婚したいのか?出産したいのか?という、今向かって行っている方向を全否定するような疑問が湧くようにもなった。小さい頃から父親に、「結婚出来ない女はかたわと一緒。」「○○ちゃんは早く結婚すると思うな。」「○○ちゃんは嫁いでいくから…」「勉強なんか出来なくていいから男を見る目を磨け、家事完璧しろ。」と言われてきた。私は、父に 結婚するのが当たり前であるという父の考えを刷り込まれいるか結婚しようとしているんじゃないのか?父に馬鹿にされたくないか結婚したいんじゃないのか?父に「女は結婚したら仕事をやめるものだ」「女は家事が出来なきゃいけない」「俺は男だからいいけど…」など、男だから、女だから、と言われるのが嫌で仕方なかったのに。私は本当に結婚したいと思っているのか?

結婚しても仕事をするって、当たり前のようにやっている人もいるけれど出来る自信がない。(私は物事を同時に行うキャパが小さい。)今 付き合っている恋人は、「自分は古き良き日本男子だ」とか「俺は家事はできないから」なんて言っているし、いつも夜遅くまで仕事をしているから率先して家のことをやってくれるとは思えない。

ずいぶん脱線してしまった。よい子の呪いがかかっていることで、結婚したいという気持ちが、自分の本当の気持ちなのか 親を安心・満足させるめなのか判断がつかないのだ。もし私が結婚しなかったら、父は私を罵ると思う。馬鹿にすると思う。それは嫌だ。結婚したら、出産を望まれる。恋人子供が好きだ。でも結婚して出産したら、父は仕事をやめろと言うと思う。私は仕事を続けたい。でも仕事と家庭を両立するようなキャパはない。実家に帰るたびに仕事をやめろだとか子供を作れだとか言われてはかなわない。子供を産んだら今度は、子供可哀想から仕事をやめろと言われるだろう。何をどうしたって全てが丸く収まることはないのだ。

君の名は日本ホルホルに利用されなかった理由

若い人向けすぎて日本ホルホルメイン層の自尊心の満たされない大人が食いつかなかった

アジア圏メインの興行収入無双だったため白人に褒められるとたまらない日本ホルホルの民が食いつかなかった(といっても邦画にしては欧米でそこそこ入ったけれど)

バカでも知ってるアカデミー賞ノミネートされなかったから(実際はそこそこ海外の賞を取ってる)

2018-02-04

今日、ニ年描いた自ジャンルから撤退する。

はじめに、これは私の醜い心の内を整理する為に書くものだと明記しておきます

今日、2年描いた自ジャンルから撤退して、推しカプを描くのをやめることにした。

私は同人活動をしている。インターネットぽちぽちサイトをつくって遊び出してから同人誌制作している今までを含めて大体10年ぐらい。カウンター機能アクセス追跡機能をつけてもアクセスしているのは自分だけ、という時代を経て、ピクシブ小説なり漫画なり描けば、ランカーとまではいかなくても、タイミングが良ければランキングに載るレベル評価を貰えるようになった。

私が今日まで描いていた自ジャンルは、オリジナルアニメ作品で、規模としてはかなり大きい。その上、その作品カップリングの中でも、二番手人気のカプにハマったので、書き手読み手もかなり人口が多かった。特に、初期は書き手も少なめだったので、その頃ピクシブ投稿された人気作品には、10000単位ブックマークがつくほどだった。

私の漫画にも、10000以上のブックマークがついた。そのカプにハマってから初めて描いた長編漫画だったので、思い入れを込めて描いたものだった。そこからフォロワーが2000人ぐらい増えた。それ以降、私がピクシブ投稿した作品は、必ず1000以上のブックマークがついた。

もちろん、ジャンル効果なのは分かっていた。漫画評価されたけれど、私は決して絵が上手いわけではない。元々小説を書いていたから、ある程度ストーリーをつくり慣れていただけで、褒めていただけるのは話の内容が殆どだ。更に、その頃の推しカプ作品では10000ブックマーク越えなんてざらにあったので、今改めて当時の投稿者たちにランクをつけたとしたなら、私は中の下ぐらいだろうなというのが本当のところだった。

実際、イベントに出たところで、新刊は売れてもせいぜい100冊。他の参加者新刊完売と嬉しそうにツイッターで報告する中で、私が新刊完売したことは一度だけ、それも100冊だ。

そう分かっていたけれど、それでも、嬉しかった。

元々同人活動よりも早く、インターネット作品投稿するばかりだったので、お金を払って本を買ってもらうよりも、私は、自分作品を読んでほしかったのだ。読んで、ブックマークしてもらって、タグ付けでもコメントでもメッセージでもツイッターリンクを共有して一言添えるでも何でもいい、出来れば感想が欲しかった。

それが、自ジャンルに来て変わった。私の作品を好きだとメッセージをくれる人がいれば、イベントで面識もない私の為に手紙を書いてきてくれる人がいて、更にはメッセージで「翻訳する為に転載させてほしい」と拙い日本語で断りを入れてくる人もいた(これに関しては二次創作腐向けなのもあり、丁重お断りしたが)。

私の、私の為でしかなかった作品を、好きな人が沢山いる。おそろしい喜びだった。私の、推しカプに対する熱を表現する為の作品づくりは、いつからか、その人たちの目を気にし始めた。

ツイッター存在もそれに拍車をかけた。ツイッター上には、推しカプの絵を日々量産しては、1000RT、10000RTを稼ぐような人たちがかなりの数いた。更に、ピクシブで人気のある投稿者は、おおむね1000人以上のフォロワーがいた。

しかし、私にはそれがなかった。元々、ツイッターであまり呟かない性格だし、上記理由で、絵も全くと言っていいほどに描かない。ツイッターに上げた10RT程度の漫画が、ピクシブに上げた途端1000ブックマークつく、というのが私だった。

羨ましくて、絵を描く用のアカウントをつくって、そこで毎日むりやり描いたが、100RT程度が限界だったので、打ち止めた。

そんなふうに数字を気にしているうちに、周囲に敵対心までもがわき始めていた。

くわえて、推しカプはアニメ(原作設定)で現代に生きる兄弟なのだが、パロディというか、パラレル設定も多い。アイドル設定もあれば、妖怪設定もある。更に、アニメが終わってからは、アプリゲームパラレル設定からし供給がなかったので、溢れるほど派生がある。

けれども、私は、原作である本来兄弟推しカプ以外、何一つ萌えなかったので、兄弟推しカプを永遠と描いてきた。しかし、書き手が多ければ似たような話が増えるのも仕方なく、そのうちに、推しカプ内ではパラレル設定が次から次へと流行り、もてはやされるようになった。

敵対心というよりは、山月記風に言えば、「臆病な自尊心」と「尊大羞恥心」というやつなのかもしれない。好きな書き手がいても、自分より評価されているのが――それも自分の好きではないパラレル設定で――が悔しく、また、ツイッターフォローしても他の人のようにフォローバックしてもらえないのが恥ずかしく、私はとうとう、ピクシブで絵を描く他の人の作品を見れなくなっていった。

そうなると、自然イベントに参加しても、ほとんど交流することがない。数少ない仲良くしている人がその場にいなければ、もう、ずっとスペースに座っている他ないのだ。

それも、盛り上がっている初期の頃ならよかったのだろうけれど、アニメが落ち着いてからは、目に見えて右肩下がりだった。同人誌が売れない。差し入れが減って、手紙どころか、ピクシブメッセージも貰うことはない。私を好きな人交流したくて、ツイッター上で自家通販をしたけれど、申し込んでくれた3人中2人に連絡なくキャンセルされた。新刊の告知ページに、コメントはつかない。私の本の通販の有無なんて、もう誰も気にしていないのだ。

描く意味があるのだろうか、と思ったことがショックだった。描き始めたはじまりは、間違いなく、私がこのアニメを好きで、このカプが好きだ!と思ったから、描いたはずだったのに。いつからか、人に褒めてもらう為に描いていた。作品ではなく、私を見てほしくて描いていたのだ。

私の本を買いに来てくれる人がいる。本を買ったあとから、以前に出したこ本が好きでした、と直接一言くれる人がいる。

でも、私は、それでは足りなかった。ごめんなさい。

WEB拍手ask質問箱、いろんなツール流行したけれど、そのどれもに手を出さなかった。同人誌の奥付にもつたことはない。手を出すべきだったんだろうか。私も、他の人みたいにツイッター上で返事をしてみたかったけど、もし誰もメッセージをくれなかったら、どうしたらいいんだろう。

ジャンルが好きだ。推しカプが好きだ。自分の描く推しカプの話が好きだ。でも、そんな気持ちで描き続けて、疲れてしまった。だから今日おしまいにする。

同人自体はどうせ辞められないけれども、次に何か描くのはまた気が向いたらにする。そうじゃないと、いつか誰かにとんでもない迷惑をかけるような気がするので。

ありがとうございました。楽しく同人ができるようになったら、またよろしくお願いします。

2018-01-30

わたし不倫女です

タイトルの通りなのだが、この春に不倫卒業する

彼に二択を迫ったのだ。

まず別れてほしい。そしてその時に、私を選ぶか、奥さんを選ぶか決めてくださいと。

そして、仮に前者だった場合離婚するまでは会わないので、離婚をしてきてくださいと。

世間体がどうとかい問題ではなく、セカンドとして生きていることでこの数年自尊心が日々削られていた。そのことは最初はわかっていなかったが、ここ一年ほどでぼんやりと形が浮き彫りになり、彼に決断するように伝えた。

でも、こうやって文章にするとどうしても私が甘いような気がしてしま

別れたとして、彼に私を縛る力はないのだ。

から、とりあえず別れる。その後は知らん、というのが正解なのかな。

アプローチしたいなら離婚してほしい、ということ?

でもそもそも不倫男でかつバツイチと、わたしがやっていけるかという問題がある

その前に不倫関係がある、よろしくない

卒業したらまた、その時の気持ちを書きにこようと思う

anond:20180130175418

なるほど…!

ありがとう

かに、人に求められてこそ!みたいなところがあるなぁ…。

自尊心はあるけど、かなり歪んでるってかんじ。

2018-01-29

ごめん

ちゃんと本気でやってくださいって言っちゃって。

まさかあれで全力でやってるなんて思えなかったんだ。

だってその道のプロ独立して10年やってるときけば

こっちだってそれなりのものが出てくると思うだろうよ。

オマエこの案件は手抜きしているだろう?と問い詰めたくなる

レベルだったんだぜ?

そのちっぽけな自尊心とやら、踏んづけちゃってごめんな。

職場環境に心を殺された話

とある業界仕事が好きで長年続けていたのだけど、最近になって会社を辞めた。

理由職場環境にある。どんなに自分が誇れる仕事でも大好きだと思ってやってる仕事でも、環境地獄だと心が死んで好きなものが嫌いになってしまうことを実感した。

文章下手かもしれないけどとにかく言いたいのは、職場環境に悩んで死にそうになってる人はガンガン転職していいってこと。特に人間関係経験上一度もうダメだこの会社と思ったらどんなにそこで頑張っても自分がしんどくなるだけ。社内に味方がいないというのはとてもつらい。

どうやって心を殺されていったか、手順はこうだ。

まず所属していたチームのヒエラルキー問答無用最下位。そのチームというだけで雑な扱いをされるもんなんだけどまずその風潮がおかしいってことにどうして誰も気づかない。自分挨拶無視されるのに先輩の挨拶は通る。社内での露骨差別

「お前が死んでも代わりはいもの」とばかりにオフィス内全体が雑。自尊心がなくなる。

あれ?みんなにこのチーム丸ごと見えてない?あれ?みたいなことはもちろん日常茶飯事。集合写真でも当然のようにはぶられる。自尊心がなくなる。

からないことは上司や先輩誰に聞いても知るかよと言われるので頼りにせず全て自力解決。むしろ人に頼ってはいけない、自分は人に頼るダメなやつと思い始める。自尊心がなくなる。

タイムカードなにそれ?シフト制だけど希望休なんてものはないし有給なにそれ?朝は誰より早く出社して全員が就業時間ぴったりに仕事を始められる準備をするのが当然になってくる。し、誰にもそれを止められない。タイムカードデジタルから改ざん可能だやったね!

さっきも言ったけどシフト制だから突然休むとチームの仕事が回らない。張ってでも行く。

祖父が亡くなった朝、その日はチームの仲間が全員休み自分がいないと仕事が回らないからと出社した。判断力が狂ってる。

結局早退して次の日会社に行くと、お悔やみどころか昨日お前が帰った後大変だったと先輩上司からバッシング。みんなじーちゃん大事にしような!

そうしている間に上司有給使って海外旅行とか行ってたなぁ……お土産みんなには配ってたなぁ……

エクセル写真編集しろポスター校正?それは専門の業者発注したほうがいいっすよ先輩!!!やりまぁす!

上司ミスなのにしこたま怒鳴られていやあなたミスですよって指摘しようものなら無言の圧力!いや今自分ミスって気付いたやんけ謝罪しかい!!もういいよ甘んじて受けますよその説教。自信なくすし自尊心もなくなる。

評価などされない。体調不良なら冷えピタしてレッドブルかっこみながら仕事するのが当然、心配はされない。クレーム電話小一時間戦い受話器を置いた後でも周りは我関せずと静まり返る。お疲れ、の一言があれば救われただろうに。

他にも都合のいい時だけ都合のいいように使われる奴隷のような扱いを受けてきてあーそうか透明人間からみんなには見えてないんだーとか聴力を一切シャットアウトしてパソコンに没頭したりと無心じゃなきゃやってられないぜって感じだったわけで、そうなってくると自然自尊心がなくなる。

自尊心がなくなる。

唯一お互いに仲間であるはずのチーム内でも亀裂というかなんというか生まれてくるわけだ。みんなも奴隷のように働いているか自分の保身で精一杯で人を思いやる心を忘れてしまう。

半年で4人の奴隷が辞めていった。4人で回すチームなのにね。確かに誰かが死んでも代わりはいたけど短い人3ヶ月持たなかったね。みんな毎日泣いてた。

こうして味方がいなくなり、自分自身にも自信がなくなり、そんな状況で働いてもうまく行くわけもなく社内で一番何もできないダメ人間自分自分評価を落としてしまう。自尊心が消えた。

ただ仕事は好きだった。濁しまくっているからこの感動をうまく文章で伝えられないのが悔しいけど社内で評価されなくても自分仕事は別のところで活きてると知っていたし、どんなに自尊心をなくしてもこの仕事が好きだということだけがモチベーションだった。

でも心を殺された先駆者が口を揃えて言うように、心が削れて死んでいくと、好きだったものが好きじゃなくなってしまう。

嫌いになると言うより興味をなくす。貴重な休日に外出する気力もなく布団に引きこもるし新しい情報収集する気が起きない。自分自分おかしくなってることに気付いているのにどうしたらいいかがわからない。原因は明白、だけど仕事をしなくちゃならない。仕事をしなくちゃ。会社に行かなくちゃ。

そうだ、考えることをやめよう。

ただただ朝起きて会社に行って仕事をして帰宅するそれだけに全生命パワーを注がないと人としての形を保っていられない感じになってくる。友達からLINEとか返せるわけがない。Twitterも見ない。

毎朝の通勤で泣きながら歩き、帰りも泣きながら歩く。普通じゃない。けどこの時はもう自分が悪いからこうなってるんだと思ってる。頑張るしかないと思ってる。

頑張ってもどうにもならないこともある。

この仕事を嫌いになる前にもう辞めようと決心して上司にどれだけつらいか、この環境がどんなにおかしいか自分以外のチームの全員が精神的に参っている、訴えたけどうわべだけの「そうなるまで気づかなくてごめんね」をもらった。そう言われるのは知ってたよ先に辞めていった綾波達もそう言われてたからね。マニュアルかよ。この人たちには血が通ってないんだ。

もっとつらい環境仕事してる人もいるとか、その程度で泣き言かよとか、そうじゃなくて自分が今しんどくて死にかけてるんだったらそんなところ居る必要ない。

仕事辞めて転職して、めちゃくちゃ心が回復したし好きなものを好きだと思える毎日楽しい。新作映画のチェックをする余裕もあるし休日無駄美術館とか行っちゃう楽しい

毎日地獄のように過ごしてて正直ずっと仕事辞めたい辞めたい辞めたいってなってる人はある程度自分人生無責任になって一旦放り投げるのもアリだと思う。死にながら毎日を消費するよりずっとマシ。

少なくとも仕事辞めて転職して生き返った人間がここにいる。職種も違うけどこれはこれで楽しいから逆に視野広がったしキャリアアップである仕事辞めてもなんとかなるよ。

あと社内に味方がいなくても誰かしら味方はいることを忘れちゃいけない。それが家族なのか友達なのか知らんが頼れる人には甘えていい。

どうでも良いけどなんのための社内義務ストレス値チェック診断なのか。あれかなり数値オーバーしててお前の精神状態ヤバいぞってメールバンバン来てたけど医者にかかろうとすると内容を会社側に開示するシステムプライバシー皆無すぎて自己申告できるわけねぇーーー

仕事大事だけど自分の心身よりも大事仕事はないと思った。以上。

長いのに読んでくれてありがとう

2018-01-28

アンダーヘアを駆逐したい

もう全部剃るとか脱毛するとかそういう感じにして全部無くしてツルッツルにしたい。

別にパイ◯ンが性癖とかそういうんじゃなくて、ただ単に脇毛とかそういうムダ毛処理の感覚で鬱陶しいから無くしたい。絶対無い方が快適だと思うんだよ。

でもアンダーが鬱陶しいのと同時に自分は凄まじい大浴場好きだ。近所のスーパー銭湯とか、温泉とか、そういうところが大好きで結構割合でよく行く。日帰りでも泊まりでも行く。日々の癒しだ。

でもそういう人目があるところに出入りする時パ◯パンってどうよ?????ってなってしまって、結局やめとこってなってしまう。私そういうところでパイ◯ンの人見たことないし。

清潔で機能的で抜けたチリ毛でうんざりしなくていいだなんて、悪くないと思うんだけどなあ。

さな自尊心邪魔をして、悩み始めた数年、未だ踏み出せてはいない。

anond:20180128004948

仮定の話です。

もちろん申告義務はなく、採用側に知られる可能性は低いかと思いますしかし、もしそれを採用側が知っていたら採用しませんよね。ということは差別というのは歴然とあるのです。

私が言いたかったのは、功利主義では差別区別equalということです。差別区別を分けるのは自尊心です。区別なら許されるという思いは、区別されて低い側に押しやられることが起きた時に自分に納得させるためにあります

2018-01-26

女だけの街について

自分が女だからなのかこの問題燃えてるのがしんどすぎる

かに炎上した元ツイートはどうしようもないその人の特性(男であること)で排除している点で差別だと思う。この人からはそんなに感じないけれど、この人を擁護する意見には、それは流石に男憎しがすぎて論理的ではないのでは…みたいなのもちらほら見受けられたし。

でも現実性なくない?とか、犯罪みたいな都合の悪いことを全部男に押しつけて女同士で起こる可能性考えてないのかよ、みたいな反論はあまりにも的外れだと思った。

そもそも元ツイの人は男が全部悪い!という意味じゃなくて、性犯罪の面で、ただ一部の危害を加えてくる人のせいで全ての男の人にビクビクしないといけなくて辛い。いつ何されるか分からいからいつも気張ってないといけなくてしんどい疲れた。みたいな、愚痴まじりのつぶやきだったはずなのに、え、公用地ですか?インフラは?っていうのが論点になっているのが謎すぎる。そんなの明日会社行きたくねー!爆発しろ!みたいなつぶやきに、爆弾自分でつくるんですか?そんな知識あるんですか?入手経路はどこから?って返すのと同じでしょ。

あと、男全員を悪者にするなよって意見は本当にその通りだと思うんだけど、どうしても女の人は警戒しなきゃいけないんだよ。別に男が嫌いな訳じゃない。少なくとも自分は。自分恋人もいるし、話してて楽しい友達もそれなりにいるけど、やっぱり夜道で後ろに人がいたら速歩きで距離取ろうとするし、知らない男の人に話しかけられたら女の人に話しかけられるより冷たい態度をとってしまう。それはやっぱり、一部の男の人に当たり前に危害を加えられるからであって、その人が危害を加えてくる人か分からいから。例えば、街を歩けば強引にナンパされて、断ったら死ねよブスって暴言吐かれて。女性専用車じゃない車両に乗ったら痴漢されて。ヒトカラしてたら男子大学生集団がいきなり入ってきたり、夜道で家まで送りましょうか?って声かけられたり、3万でどうですか?って急に言われたりして。全部自分経験たことだけど、電車の中で痴漢されて精子鞄にかけられたり、スカートの中盗撮されてた友達たちも居るから自分はまだマシな方なんだなって思う。こんな一回されるだけで自尊心ボロボロになるような経験が、女子会で笑い話として消費できるくらい日常的なことになっている。

そんなしんどい毎日があるからこそ、多分女の人が男の人を警戒するのは、小学生が変質者避けの為に大人全員を警戒するのと一緒で、もちろんいい人が99%なのは分かってるけれど、目の前にいる人がもし残り1%だったら?と疑ってしまう。本当は男か女かなんて意識せずに暮らしたいよ。こんにちは、って言われたら笑顔こんにちはって返したいし、夜後ろで人が歩いてたら、純粋今日お仕事お疲れ様って心の中で思いたい。たまに街で道を聞いてきたおじさんに、ありがとう、助かったよ。とか言われると罪悪感でいっぱいになる。ああ、なんでこんないい人疑ってしまったんだろうって。人を信じられないってなんでこんなにしんどいだろう。

この件で、男の人はなんで理解できないんだ!というつもりは全くない。だって本人の経験してないことはやっぱり理解しづらいと思うから自分だって他のマイノリティ人達のつらさは本質的には理解できてないと思うし。でも、この女だけの街のツイートへの反応に、女の人がいつも感じていないといけないリスクのことだったり、行動が嫌でも制限されてしまうことへの言及全然なくてなんだか虚しくなってしまった。マイノリティがする差別は綺麗な差別、なんて言うつもりはないし、擁護するつもりもないけど、実現性とか排除の論理とかの話をする前に、どうしてツイ主がこんなツイートをしたのか考えてほしかった。少しでもいいか言及してほしかった。皆で関係ないところで叩きあって、どんどん断裂を深めていって。多分ツイッター議論してる人たちにとっては、この女特有のしんどさは議論する価値もないどうでもいいことなんだなって、別に特筆すべきこともないし心を痛めることもない被害妄想にすぎないのかなって、きっとこのまま無視されて明日明後日もこんな日々が続くのかなと思って絶望した。本当につらいんだよ。助けてよ。でもこんなこと言ったら、女は何かをしてもらうのを期待してばっかで何にも自分で行動を起こす気ないじゃないか。結局特権階級が欲しいだけじゃないか。って言われそうで言えない。

はてなーは死者に敬意払い過ぎ

自衛隊記事を開いたら案の定コメント案の定の星を集めてうんざり

そんなのあえて口にすることかよ。コメントするやつも星をつけるやつも人の死に乗っかって自尊心満たしてるとしか思えない。

人の死さえコンテンツ扱いしてるのはどこの誰なのか考えて欲しい。

祀るな。もっと小さく静かにそっと寄り添うように悲しめばいいじゃないか

別にこれに限った話ではないけど、はてなーはどのポジショントークすれば人がよく思われるかしか考えてなくて本当に反吐が出る。

中身がない。自分意見がない。ぺらっぺらのすっかすか。まさに時間無駄

存在感なさすぎじゃない?もうオカモト名前を変えたほうがいいよ。

2018-01-25

anond:20180125131456

低い自尊心を借り物の思想で補ってる奴がそんな開き直れるわけねえだろ

学生 vs 社会人

どっちが好きかという話

自分社会人のほうが好きだ

 

学生の何より辛いのが競争序列化

学力運動、外見、行動について、あれだけ比較される時期は人生で他にない

しかもそれらは努力でどうにかなる類のものではあまりない

努力は皆多かれ少なかれしてるんだ

から学生理不尽な、あるいは理不尽でなくとも現実を突きつけられるような自尊心との喪失と戦わなければならない

 

翻って社会人の良いところは、それぞれ少しずつ別の仕事をしているところだ

全く同じ存在しかも年齢まで同じな者が一箇所に居るというのはあまり存在しない

例え仕事仲間が自分より優秀でも、逆に劣っていても、お互いの得意分野ではそこそこ戦える状況になる

すると素直に相手尊敬できる

 

また、お金のためにやっているという言い訳が立つのも良い

例えば、月あたりの生産高が500で、社内の順位100人中90位、1位の生産高が1000だったとする

これはとても悔しいけど、500分の給料を貰うと考えると納得ができる

500というのはある程度絶対的な値なんだ

これが学生だとこうならない

テストの点数が500点で、学年の順位100人中90位、1位の点数が1000点だったとする

500点というのに意味が生じない、あくまで90位という相対位置けが重要視される

また、90位じゃなくて例えば10位でもそれほど嬉しさがない

まだ上に9人居るという事実けが残る

実際、中学生の時に150位/250人から20位/250人に上がったことがあるが、嬉しいのは1ヶ月だけで

あとは「上の19人に比べてどうか」「前回より良かったか悪かったか」という相対的発想にしかなれなかった

 

学校差別化ができないのも苦しい

集団生活の秩序という名目のもと、一部以外は全て同じであることを求められる

すると、どうしても皆残りの違いに注目せざるを得ない(学力運動、顔立ち、体格、性格、行動)

 

もちろん社会人になると集団戦になるので苦いこともあるし

日々死にたい気持ちでいっぱいだが

あの悪魔じみた序列比較の中で尊厳を奪われ続けるよりはマシだと常々感じている

2018-01-24

anond:20180123003712

増田研究者に向いてなさそう

自分研究に向いてないっていう趣旨トピックのはずなのに

ところどころで「何事も疑う自分は賢い。周りは頭使わないバカ。」っていう自尊心アピールしたがってるのが丸見え

そういう人間研究の道に進むと誰も見向きしない重箱の隅をほじくるようなテーマだけにかじりついて(主流の研究したら自分無能がばれるから

何も結果出さずに周りを批判だけするニート予備軍みたいなやつになる

2018-01-21

ネトウヨチェック項目一覧wwwwwwwwww

あなたはいくつ当てはまるかな

1.「今までが左より過ぎたのだ」

2.「差別ではない。区別だ。」

3.「中国は今すぐチベットウイグルの人々に人権を!」

4.「中韓に○きる価値は無い」

5.意味知らなかったのに「証左だ!」とか行っちゃう

6.安倍ちゃんの腹痛心配したら怒る

7.安倍ちゃんの能力心配したら憤る

8.安倍ちゃんの後ろにいつもいる官僚さん褒めたらなぜか怒る

9.森さん嫌い

10.日本会議って行ったら何も言ってないのに怒る

11.フェミニズムって言えば批判になると思ってる

12.いつも偉そう

13.戦争になっても自分関係無いって思ってる

14.地政学ってあるって信じてる

15.トランプおかしいって言いきれない

16.読売新聞でさえも左寄りだと思ってる

17.産経にはしっかりして欲しいと思ってる

18.たかレンホー見ただけで心の余裕なくなる

19.本当はキムチ鍋食べたことある

20.中華料理は割と行く

21.アメリカハワイぐらいした行ったことない

22.ってか海外苦手

23.事業主医者が多いと聞いて安心してる

24.ネトサポって何?って焦ってる

25.小池さんネトサポ親玉だったこと知らない

26.News U.S.記事ちょっと信じてる

27.リベラルに本当はコンプレックス持ってる

28.自分人権侵害で訴えられることは無いと信じてる

29.一応裁判刑事告訴については目を通してる

30.自尊心が無い

2018-01-19

自己評価他人評価があってない女は事故物件

外見も能力も大したことないのに、やけに自分は優れていると思っている女

優れているから同年代かには目もくれず、自分を包み込んでくれそうな高スペな年上とかに惚れる

でも、年上から見たら大して優れている訳でも無い女が背伸びしているだけだから適当関係に(不倫セフレ

そして婚期を逃し、無駄に過ごした時間自尊心に箔を付けていく

こういう女が増えてきている気がする。なんか同年代~年下をすぐに見下す未婚ババア

女子大生になったらイベントコンパニオンバイトしまくりたい

ちらちら見てくるおっさんどもに対して内心でみてんじゃねーよと思いつつ自尊心を満たしたい

2018-01-16

人類が毛の呪縛から解放される日

私はハゲている。

毛は勝手に生えてくるし勝手に抜ける。生えてほしいところには生えてくれないのに、要らないところの毛はやたらと伸びる。

自分の体に生えている一番長い毛は乳首の横に一本だけ生えているチーくん。もはや友達だ。大切に伸ばしている。

女性脱毛お金をかけるのは自分コントロールの効かない部分を制御するためなのだ、という文章をどこかで読んだ。たしか自分自分コントロールの効かないハゲに頭を抱え、更にハゲ助長させている気がする。

ハゲはつらい。部下の女性と目が合わず彼女目線が上の方に行くのが分かる時が何よりつらい。風が多少なりとも吹いている日は前を向いて歩けない。濡れるとさら悲惨だ。海やプールへの誘いを一体何年断り続けているのだろう。ちなみに私はまだ20代なので、同僚たちのフサフサで艶のある髪を見て自尊心が傷付けられる。

ちなみに皮膚科に通っている。肌が弱いのがハゲの原因の一つにあるみたいだ。でも治療の成果が出ている気はしない。AGAについても調べたが、薬の副作用が怖いなと思って以来気が進まない。スキンヘッドにする勇気はまだない。頭の形が悪いし、頭皮に湿疹があるからできるだけ隠したい。

よし、そうだ、毛から解放された人類のことを想像しよう。

その人類は毛が一本も生えない。その代わり、オシャレカツラ産業がとても盛んだ。人々は自分オリジナリティ溢れるカツラデザイン表現する。カツラの色や形にも流行世代があって、カツラを見ればその人がだいたいどんな人間なのかが分かる。

まつげやまゆげが無いのは目に悪い気がするから、目を保護するためのつけまつげつけまゆげが普及している。あとつけ鼻毛も。つけ陰毛で愛を表現する人たちなんかも現れる。

人類は毛をコントロールし、デザインし、肉体のすべての制御を手中に収める。人類がまだ制御できないものは死とうんこくらいだ。

そんな世界になったら、チーくんと離別することにはなるものの、ハゲによって磨り減った私の心は輝きを取り戻し、海に行ったり風雨の中を堂々と歩いたりできるようになるのだ。自分制御できないもの判断されることは減り、我々は我々のことを自分の思うままにデザインすることができる。

でも、私は飽くなき人類の一員なので、毛の制御だけに飽き足らず、健康な肌や、凛々しい目や、高い身長に憧れて、それら全てを制御できる世界を夢見ることだろう。そんな世界での外見は、インターネット世界アバターみたいなものなのだろうか。

だいたい皆同じような美しい体や顔を持っていて、派手な装飾品やありえない色合いで差異を付ける。しかしそんなアバターばかりが増えてくると、自分ありのままを受け入れる「自然派」が一番だみたいな主張をする人たちが現れる。

世界は「アバター派」と「自然派」と「中間派」に別れ、それぞれに所属する人間たちにはなんとなく特有の傾向が生じてくる。そして終わりのない論争が起きる。昼下がりのワイドショーでそれぞれの派閥所属する人間たちが唾を飛ばし合う。

人間は与えられたものを受け入れるべきだ」「いいや、与えられたものだけで生きて行くのに苦痛を感じる人だって居る」「自分が苦しいと思うものだけ改善すればいいじゃないか」そんな怒号が飛び交うワイドショーから今日わんこ』にチャンネルを変えるところまでを想像し終わると、私はいつも考えることをやめて、頭皮に軟膏を塗り、チーくんが今日も元気かどうかを確認する。

anond:20180116010700

私も免許取ってから怖すぎて1回しか運転してないまま2年が過ぎたけど

ちょっと踏ん張って免許取るまではしておいた方が良い

なぜならあなたは私と同じで自尊心が低そうだから

これをやりとげる、人並みに免許が取れるということは大変な自信になる

私は学生の頃1度挫折して、それがものすごいコンプレックスになってて

アラサーになって一念発起して免許取ったらすごく心が軽くなった

仕事しながらはつらかったし第一段階第二段階合わせて10時間くらい延長したけど頑張ってよかったよ

ちなみに典型的な頭だけ働くタイプ効果測定も本試験学科100点だったせいで余計実技ができないのがつらかった。

2018-01-15

山椒魚世界の神であるか?

 現代文の授業で山椒魚を初めて読んだとき、この捻くれ者は、私によく似ていると思った。だが決定的に違うところがある。それは山椒魚世界の神であったが、私は神にはなれなかったという点においてだ。その違いとは些細なようであって、とても重大なことであると私は思う。それは、私が誰かの神に、世界になりたいのに、なれない不完全な出来の人間であるからだ。

まず前提として、この文章はすべて、井伏鱒二氏の短編小説である山椒魚」を借り、私が私について語るだけの、極めて主観的でくだらないものであるということを示しておく。恐らく十八の人間が書く文章なんてたかが知れていると思うが、それでも私は山椒魚にとてつもない親近感を抱いているのである。それについて少しばかり、私が今まで思ってきたことを書けたらいいと思う。

まず「山椒魚」とは一体何かということを明確にしておく必要がある。山椒魚とは前述したように、井伏鱒二氏による短編小説である山椒魚自身身体が成長しすぎてしまたことによって、住処である岩屋から出られなくなってしまう。外に出ようと幾度となく繰り返す山椒魚だが、それが叶うことはついになかった。外の世界自由に生きる生物たちに嫉妬を抑えきれない山椒魚は、ついに悪党となり、山椒魚は岩屋に入ってきた蛙を閉じ込め、自身と同じ状況に追いやることで、自身精神の安定を保とうとしたのである。蛙は屈することなく二匹は岩屋の中で激しい口論を二年にも及んで繰り広げるが、空腹で動けなくなり、死しか望めない蛙に対して、ようやく山椒魚友情を感じるのだ。山椒魚は聞く。「お前は今、何を考えているようなのだろうか?」と。それに対し蛙は、「別に今でも、お前のことを怒ってはいないんだ」と答えるのだった。

この山椒魚を初めて読んだ時の感想は、「二年も口論を繰り返していたのか」とそれに尽きる。だが数回これを読み深めていくうち、山椒魚とは、ただ友達が欲しかっただけの、普通人間なのではないかと思うに至ったのだ。山椒魚には寓意が込められており、簡単に例えを出すならば「うさぎかめ」のように、ほかの生物もの真意本質を遠回しに伝えるというものだ。私の中で山椒魚普通人間であるし、出られなくなった岩屋は肥大した自意識であり、蛙はそれらをすべてわかっていた人間なのだ。これらも前提に、本題へ入ろうと思う。

何故この文章題名を「山椒魚世界の神であるか?」にしたかは至極単純である。私にとって山椒魚は、世界の神であるからだ。もっと突き詰めて言えば、岩屋の中に閉じ込められた蛙の世界であり神であるということだ。まず先程書いたように、岩屋は肥大した自意識であると私は思っている。山椒魚はその自意識に閉じ込められた、或いはそこから出ることを拒んだ所謂可哀想人間に過ぎない。蛙はその山椒魚自意識を満たすため利用された、こちらも可哀想人間であるという認識をしている。山椒魚は蛙を利用し監禁することによって、死の間際に、世界となり神となることに成功したである

人間人間の神になるために必要なことは、その標的からすべてを奪うこと以外に存在しない。山椒魚は蛙を自分の住処に閉じ込め取り入れることによって、蛙からありとあらゆる自由を奪うことに成功している。それがなければ山椒魚は神になれなかったし、もしかしたら山椒魚は図らずも神になっただけかもしれない。だがそれだけ、人間人間の神になるということは難しいことなのだ。それが善悪のどちらに所属するかはまず置いておくとして、私はそれをやってのけた山椒魚を素直に尊敬する。山椒魚悪党となることで蛙を閉じ込めたが、この時の山椒魚の心境を鑑みるに、標的が蛙であった必要はなかったのだと思う。よくニュースで聞くような、無差別殺人犯の言う「誰でもよかった」と同じように。ただこの「山椒魚」にとって、この蛙が蛙でなかった場合、二年間口論が繰り広げられることも、最後にようやく友情が芽生えることもあり得なかったのではないだろうか。

 しかし、だからといって山椒魚が神であるということに相違はない。閉じ込められた蛙にとっては、憎むべき対象も、愛すべき対象も、結局は山椒魚しかいなかったのである。蛙は最後に「今でも別に、お前のことを怒ってはないんだ」と言った。それはおそらく、蛙自身も、山椒魚を神とすることで救われた一人の人間だったからだと思う。山椒魚が蛙を閉じ込めたとき、蛙は、閉じ込められた岩屋の中で堂々と「俺は平気だ」と宣言する。それは山椒魚を見くびってのことだったのか、それとも逆に、山椒魚ならば…という、敬愛の証だったのかもしれない。ただ私が思うのは、おそらく蛙も、もしかしたら山椒魚と同じような立場になっていた可能性があるということだ。メタフィクションのような話になってしまうが、蛙は山椒魚よりも体が小さいので、少なくとも岩屋から出られなくなってしまうということは考えにくい。なので、自由に飛び回ることのできる外の世界―要するに「山椒魚」の世界観で「社会」で、同じ立場になっていたかもわからないのだ。山椒魚肥大した自意識から出られなったが、それはあくまでも人間の内側で起こっている出来事に過ぎない。自身の激しいナルシズムが引き起こす極端な自己評価他者評価ギャップに悩み、それを見栄で隠そうとしたために発生した、ある種一時的反抗期のような、よくよく考えてみれば、我々も通ったことのあるような道でしかないのだ。だが蛙は人間の内側でそれを発生させてはいない。人間人間が大量に入り混じる、失敗の許されない、いわば監獄のような世界でそういった問題に悩まされていたとしたら、それはきっと山椒魚よりも可哀想で哀れな姿になっていたに違いない。山椒魚は蛙を閉じ込めることで、自身と同じ状況の人間作成し、その結果精神の安定を保とうとしたが、それは蛙も同じだったかもしれないということだ。蛙は山椒魚に「わざと閉じ込められる」ことによって、可哀想人間に捕らえられ逃げられない自分を作り出し、自分社会に対する折り合いのつかない問題から逃げ出そうとしたと考えれば、最後の「今でも別に、お前のことを怒ってはいないんだ」というセリフにも納得がいく。

この文章を書くにあたって、自分の「山椒魚」に対して抱いた如何ともし難い薄気味悪さというのは、蛙によってもたらされた山椒魚への許しが生み出したものだと気付いた。小説である一言言ってしまえば確かに終わりなのだけれども、例えば自分が身勝手理由他人監禁され、しかもそこで死を迎えなければならないとなった場合最期相手を許すことが出来るものだろうか。それが愛する人家族ならいざ知らず、どこの誰ともわからない人間にいきなり監禁された時点で、普通に考えて怒りなんて言葉では済まない。それこそ二年間によって繰り広げられた喧嘩でさえ、この最期によればおつりがくるほどだと思う。最初こそ「二年間も口論していたのか」なんて暢気な感想を抱いたけれど、少し考えてみたら、最期の蛙の言葉は、私にとっては最早呪いだ。もしも私が山椒魚だったとして、自分が閉じ込めた相手が死の間際に自分を許す旨の発言をしたら、嬉しさも喜びも何も感じることは出来ない。むしろ、「この人は今まで何を考えて自分の思い通りになってくれたのだろう」という不信感すら残ってしまうだろう。自分という一人の人間を殺したという事実から逃げるなよという、怨念のようなものさえ感じさせる。それを考えると、山椒魚が蛙を閉じ込めたというよりも、蛙のほうが、山椒魚を好きに操っていたようにしか考えられないのだ。蛙は山椒魚のことを、自分と似た人間だと思い、自身社会に出たことで削られてしまった自尊心自意識回復するために、「わざと山椒魚と一緒にいた」ようにしか思えない。物理的にそこから出られなかったとしても、こころだけでも自由になることは出来たはずなのだ山椒魚と違って自由に泳ぎ回ることが出来ていた人間ならば。だがそうではなかった。ということは、蛙は自由に泳ぎ回っているように見えて、その実、社会という檻から逃げられず、自分肯定するために必死だった、ただの哀れな、普通人間しかなかったのだ。

最後にもう一度、これは私が井伏鱒二氏によって描かれた短編小説山椒魚」を借りて書き殴っただけの、主観的陳腐文章であることを明記しておきたい。ここに書かれていることはすべて、私が勝手に作り上げた妄想であって、おそらく山椒魚には、これよりももっとポジティブメッセージ寓意)が込められていることだろうと思う。しかし私にとって「山椒魚」は、どうにもポジティブものとは受け取れなかった。可哀想人間が寄り添って、互いの削れた部分を埋めるために、互いの世界になろうとする。そんな常人には理解出来ない、孤独で閉鎖的でどこまでも自分本位人間本質を描いているように見えたのだ。

私は山椒魚に似ている。けれど私は誰かの世界にはなれなかった。私にとっての「蛙」がこれから現れることはあるのだろうか。山椒魚が蛙を操っていたのか、蛙が山椒魚を操っていたのか。本当のことは、誰も知らない

              

                                                                                                    了

女に生まれてよかったー

よく、女は大変て言う

男性のほうが恵まれていて、女性自分の足で立とうにもいろんな枷がある、みたいな

それは自分仕事を持ち、自分自分を食べさせるのが当たり前と考えている女性にとっては確かにそうだと思う

働くことにプラスしていろんなことをやらなきゃいけない立場にどうしてもなるし

でも、私のような、1人で立ちたくない、立てない、無能自尊心の低い女にとっては、

なんて女って恵まれてるんだろう、という話になる

仕事しないっていう生き方が、全く普通に存在する

仕事するかしないかを、選べる

男の人は、専業主夫になるような人は、そうはいってもすごく少数だ

男の人は、まず働かないといけない

無能でも、自分で働いてお金を稼いで食べていかなきゃいけない

有能な女性にとっては生きづらく、有能な男性にとっては生きやす

無能女性にとっては生きやすく、無能男性にとっては生きにくい世の中だと思う

学力を上げるために公教育能力クラスにするべき

タイトルのとおりだけど。

子供学力を全体的に上げるためには義務教育の場にも能力クラスを導入するのが一番だと思う。

今の義務教育って平均点レベルの子供に合わせた一律教育で、平均を逸脱して理解の早い子にも遅い子にも苦痛になってる。

理解の早い子は機会を損失してるし、遅い子はどんどん周りから遅れてしまう。

年に数回の学力テストをやって、その点数別にクラス20~30人ずつくらいの能力クラスを編成するのがいいと思う。使うのは同じテキスト

進学塾では普通にやってることだから学校でもやってやれないことないと思うんだけど、モンペとか「子供自尊心が~」とかなってできないのかな。下位層にも手厚く優しくという目的があれば、その辺もカバーできるんじゃないかと思うんだけど。

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